あるもの探しの旅

« Gennaio 2016 | メイン | Marzo 2016 »

2016/02/27

Piovere dal cielo棚からボタ餅

pescare un'orata rara con gamberi
海老で鯛を釣った件


1456218845721.jpg 今回は、ネタ元を明かさぬことをお許し願います。何故ならば、バックラベル(右写真)に表記された42%という高いアルコール度数もさることながら、希少性も極めて高いボトルの中の液体が、瞬間蒸発しかねないがため。と、いう訳で異例の投稿となりますが、どうぞご了承ください。

 とある庄イタの立ち回り先で、とある一品を食しながら、その店のオーナー氏とカウンター越しに会話をしていた時のことです。

astiLaSelvatica.jpg グラスでオーダーできるワインやビールがストックされている冷蔵ショーケースの片隅に、見覚えのある特徴的な手描き風のイラストが描かれたカートンボックスが置いてあるのが目に留まりました。

 庄イタが箱の中身として想像したのは、エチケッタ(ラベル)に、そのイラストをDOCG アスティ・スプマンテとして唯一使っている作り手「La Caudrina ラ・カウドリーナ」のアスティ・ラ・セルヴァティカです。

【Photo】プリントラベルのドンナ・セルヴァティカ。ラ・カウドリーナのアスティ・ラ・セルヴァティカ

 なぜならば、このアスティ・スプマンテは、輸入飲料や食品を扱う「カルディコーヒーファーム」ほか、楽天市場などでも取扱いがあり、日本で唯一入手しやすいがため。

 「イラストが描かれているその箱だけど、アスティ・スプマンテを仕入れたのですか?」という庄イタの問いに対するオーナー氏の答えは、予想を覆す意外なものでした。

 直訳では〝野生の女〟となる「Donna Selvatica ドンナ・セルヴァティカ」と呼ばれるそのイラストに庄イタの視線が釘付けとなった理由は、Viaggio al Mondo 2007年6月の投稿「伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィ ~ 天使のグラッパ職人は生き仏だった」をご覧ください。

con_RLevi.jpg

【Photo】2006年10月。ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェの自宅兼蒸留所のアトリエにて。頸椎を痛めて体調が優れない中、まさに一期一会の時間を割いて下さったロマーノ・レヴィさんは、この1年半後、80歳で天に召された。数え切れぬほどのファンタジーを紡ぎ出してきたその手の温もりと柔らかな感触は、今も庄イタの右手に鮮明に残っているPhoto by Takashi Aoyagi

 レヴィさんとの橋渡しの労をお願いしたアグリツーリズモ「Rupestr ルペストゥル」オーナーのジョルジョ〈2007.9「アグリツーリズモRupestr との出逢い」参照〉からの依頼を受け、レヴィさんとのご縁を直接つないでくれたのが、ジョルジョの友人であるラ・カウドリーナの当主で醸造家のロマーノ・ドリオッティさんでした。

Levi-al-centro.jpg

【Photo】2015年7月。青森市のイタリアン「AL CENTRO 」でコース料理の締めくくったのが、レヴィさん生前の2005年に瓶詰めされたグラッパ(右)。これが庄イタ的には直近のレヴィ体験だった。レヴィ翁の没後にボトリングされた復刻版ながら、記録更新は、つい先日、予期せず某所にて果たされた

 そのイラストは、ワインの醸造過程で発生するブドウの果皮や種などの搾り滓を原料に、加熱釜でアルコール成分を蒸留・抽出する蒸留酒「Grappa グラッパ」を、イタリアでは唯一直火式の蒸留設備で製造していたロマーノ・レヴィ(1928-2008)のグラッパのラベルに登場していたもの。

libro-levi22.jpg ワインジャーナリスト、ルイジ・ヴェロネッリ(1926-2004)により〝Grappaiolo Angelico (天使のようなグラッパ職人)〟と世に紹介され、伝説となったロマーノ・レヴィ。2008年5月にレヴィさんが逝き、2年後にはハーブ入りグラッパを担当していた姉リディアさんも亡くなります。

 創刊にスローフード協会が関わった「Vini d'Italia」と同格の影響力があるイタリアワイン評価本「I Vini di Veronelli 」の版元がヴェロネッリ出版。同社からはラベルを150ページに渡って収録した画集(右写真)が出版されるほど。

 現在、市場に出回るレヴィさんが生前にラベルを描いたグラッパ、特にドンナ・セルヴァティカがモチーフとなると、ゆうに5万円以上。90年代以前のヴィンテージグラッパには、桁違いの驚くようなプレミア価格がついています。世界中にマニアが存在する一方、希少性が徒(あだ)となり、まがい物が出回っているとのまことしやかな噂も。

   

【Movie・前編】2012年公開のレヴィ・セラフィーノ蒸留所におけるグラッパ造りの模様。冒頭に登場するレポーターを挟んで左側がマウロ・マルティーニ氏、右側がファブリツィオ・ソブレロ氏。深さ7mの貯蔵庫でおよそ1年保管したDOCG バルバレスコの醸造に用いられたヴィナッチャから、直火式の銅製蒸留釜カルダイアを含む蒸留装置アランビッコでアルコール蒸留をする工程

 レヴィさんの晩年、「Distilleria Levi Serafino レヴィ・セラフィーノ蒸留所」のアシスタントとして働いていたファブリツィオ・ソブレロ氏と、マウロ・マルティーニ氏が、蒸留所を引き継ぎ、レヴィさん亡き後の今も以前と変わらぬ製法でグラッパ造りを続けています。 

   

【Movie・後編】マウロ・マルティーニ氏により1本づつ手詰めされるボトリングから、ファブリツィオ・ソブレロ氏によるラベルの手貼り工程の模様。ロマーノ・レヴィさんの生前と変わらぬ大量生産がきかない伝統的な製法を受け継いでいることが窺える

 レヴィさんの健康状態が思わしくなくなって以降、ラベル以外のほとんどの仕事を任されていた二人の後継者が、レヴィ・セラフィーノ蒸留所で作り続けるグラッパは、現在日本の正規代理店を通して1本2万円前後で入手が可能です。印刷に変わったラベルは、生前レヴィさんが描いたドンナ・セルヴァティカのバリエーション違い。

levi-serafino-barolo.jpg カウンター越しに見つけた冷蔵ショーケースの中のボトルは、そんな1本でした。

 エチケッタにはBaroloと記されていることから、バローロ地区の造り手が持ち込んだ高貴品種ネッビオーロのヴィナッチャを原料としているグラッパです。(左写真)

 オーナー氏が、さらっと語るその用途を聞いて驚いてしまいました。

調理酒として、素材との組み合わせを試そうと思っています

 「エッ!? 」 素材選びには妥協を知らぬショップオーナーであることは、これまでの付き合いから重々承知していたつもり。それにしても贅沢極まりない話ではありませんか!!

 レヴィさんのもとを訪れた経験があることを明かすと、心の広いオーナー様(⇒ここは敬称付き♥)は、「グラッパグラスがなくて申し訳ありません」と言いながら、なんとデミタスカップに注いだ1本2万円以上もするグラッパを味見させてくれたのです。

 その日私がオーダーした一品は380円。いわば海老で鯛を釣った格好。イタリア語ならば「晴天から雨が降ってくる」という意味のPiovere dal cieloという慣用句がピッタリな展開です。
 
levi-serafino-tazza.jpg

 店としては、ディジェスティーヴォ(食後酒)として仕入れたのではなく、あくまで香り付けの〝調理酒〟。まして、こちらはゴチに預かっている身。「せっかくだからグラッパグラスで...。」などと、本音 ワガママを言える立場ではありません。まして、女性客中心の業態からして、仮にグラッパグラスを置いていても、恐らくニーズはゼロ(笑)。

 補糖や香料・カラメル色素など人為的な添加を一切行わない本来のグラッパならではの力強さ、そして4年に及ぶオーク樽熟成による円熟味。長い余韻を残す琥珀色の液体を飲み干し、謝意を伝えた去り際、こう言い残すのを忘れませんでした。

grappa-glass.jpg 「またグラッパを味見させてもらってもいい? 次はちゃんとお代も払うので。」

 臆面もなくこうした発言をする庄イタは、おそらくはオーナーが望む本来の客筋とは程遠いはず。なぜならメニューには載るはずもない〝調理酒を飲ませて欲しい〟と言っているのですから。

 店のメニューとのアッビナメント(=組み合わせ)を試みるべく、「次回は自前のグラッパグラス(左写真)を持参するかも...。」と、図に乗って二の矢を放つ庄イタ。

 「ハイ、どうぞ。」と言いつつも、オーナー氏が浮かべた笑いが、若干引きつって見えたのは気のせいでしょうか(;^ω^)。

baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ

2016/02/13

Bravissime Monte Bianco

ハートまでトロけるモンブランはいかが?


 この冬、仙台ではジェラートが熱い。Viaggio al Mondo には昨年6月に登場した青葉区一番町の「GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ」が、その発信地です。

〈2015.6拙稿「Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈後編〉」参照〉


 ジェラテリアにとってはシーズンオフにあたるこの季節。ジェラーティ・ブリオのショーケースには、定番のシチリア産ピスタチオや岩手・中洞ミルクジェラートほか、果実系では柑橘類やリンゴを主とする旬のラインナップが並びます。

 DSCF7480.jpg DSCF7480-001.jpg

【Photo】山形県舟形町産ブラウンマッシュルーム+ブラックチョコレート風味「Fungo & Choco フンゴ&チョコ」(右)。同ホワイトマッシュルーム+ホワイトチョコレート(左)のカップリングも(シングル¥ 380・ダブル¥ 450・トリプル¥ 520)

 原価率を著しく押し上げるに違いないマニア垂涎の某レアもの樽熟グラッパを仕込みで使うケースもあるチョコレート系やナッツ系ジェラートも充実。そんなこの季節ならではのフレーバーとともに、付け合わせとしてお試し頂きたいのが、外はサクサク、中はモチモチ&フワフワの香ばしく軽い食感の「ポップオーバー」です。

popover-brio.jpg

【Photo】冬季限定のポップオーバーとの組み合わせを楽しむ真冬のジェラート。熱々&フワフワと、ひんやり&トロ~リ冷たい組み合わせが目新しい。

popover2-brio.jpg

【Photo】新食感スイーツとして人気上昇中のポップオーバーは、店内のオーブンで毎日45分をかけて焼き上げる自家製。ジェラートと交互に召し上がれ(Mサイズ ¥ 200 Sサイズ ¥100)

 そして何よりも、この冬に食べ逃しては一生の不覚!! に相違ない皿盛りのTorta Gelato トルタ・ジェラート(=ジェラートケーキ)が、ジェラーティ・ブリオのスペチャリテとして密かに登場しているのをご存知でしょうか ?

brio-tiramisu.jpg

 3月中旬までのイートイン限定の皿盛りトルタ・ジェラートが、「Tiramisù ティラミス(上写真・税込¥750)と、「Monte bianco モンテ・ビアンコ(下写真・税込¥890)のツートップ。

 クリスマスシーズンに数量限定で登場し、好評を博したというトルタ・ジェラート。開店した2014年の冬から登場したティラミスに関しては、食べる前から想像がある程度つき、実食した印象も期待にたがわぬ結構なお味でした。

 辛党・甘党の二刀流を標榜する庄イタのイチオシは、この冬デビューの新作モンテ・ビアンコ(下写真)。この投稿を最後まで読み終えた皆様が抱くであろう期待値を、少なくとも150%は上回る美味しさに悶絶すること請け合いです。

montebianco-brio.jpg

 そもそもMonte Bianco モンテ・ビアンコとは、イタリア・フランス国境に聳えるMont Blanc モンブラン(4,810m)のイタリア語名。1789年のフランス革命以前は、15世紀初頭から山全体がサヴォイア公国の領地でした。

 1792年、武力による領土拡大の野望を抱いたナポレオン・ボナパルトが、首都をトリノに置いたサヴォイア公国の流れをくむサルデーニャ王国第3代国王ヴィットーリオ・アメデオ3世に対し、欧州最高峰モンブランを含むサヴォワ(伊語:サヴォイア)地域や、ニースの割譲を迫ります。

Aosta_Monte-bianco.jpg

【Photo】ヴァッレ・ダオスタ自治州の温泉保養地「Pre-Saint-Didier プレ・サン・ディディエ」は、古代ローマ時代から属州ガリアへと通じる要衝の地。背後に標高4,000m級のモンブラン(モンテ・ビアンコ)山塊が迫る海抜1,000mを超える高地に温泉が湧出する保養地。山側の2kmほど先が、モンブラン観光の起点となるCourmayeur クールマイユール

 1796年のパリ条約によって、サヴォワはフランス領とされますが、皇帝ナポレオン1世失脚後のウィーン会議(1814-1815)によって、パリ条約の無効が宣言されます。その結果、サヴォワ県全体がサルデーニャ王国に返還されます。

 イタリア王国成立後の1861年、初代イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエレ2世とナポレオン3世との間で、モンブラン山頂に国境線を引くことで妥協が成立。現在に至るまで、モンブラン山頂は両国の領地という玉虫色の定義がなされています。

 こうした歴史的な経緯を踏まえ、日本ではモンブランの名で広く認識されているこの名峰を、イタリア式のモンテ・ビアンコと呼ぶべきと考える前世イタリア人の庄イタ。さて、皆さまいかがでしょうか。 以下、紛らわしいので山をモンブラン、ジェラートはモンテ・ビアンコと表記しますが、庄イタ的には、どちらもモンテ・ビアンコ以外の何物でもありません)

【Movie】本格的な登山を志すのでなければ、モンブラン観光には、フランスと国境を接するクールマイユールから出るケーブルカー「Skyway」が便利。高所恐怖症の方には厳しいかもしれない360°のパノラマを楽しみつつ、往復40€(18歳-64歳。年齢による各種割引あり)で万年雪に覆われたモンブラン山頂が、すぐ眼前に迫る標高3,466m地点のプント・エルブロネへと難なく到達が可能

 フランス語表記のMont Blanc 、イタリア語表記のMonte Bianco のいずれもが〝白い山〟を意味するこの山は、山頂付近を分厚い氷塊に覆われています。ゆえに夏と冬では標高がメートル単位で異なるのだといいます。そうした自然のメカニズムに加え、自然環境に影響を与えているのが、一向に止まらない地球温暖化です。

nocciora_brio.jpg

【Photo】モンテ・ビアンコのベースとなるジェラートは、ピエモンテ州クーネオ県特産のヘーゼルナッツを使ったNocciola ノチオーラ。ポップオーバーとの相性も良好。モンテ・ビアンコで使用するマロンのジェラートは、専用のオリジナルレシピによるもの

 ここ数年、アルプスの氷河が溶け出し、アルピニストを生命の危機にさらす雪崩が頻発するようになってきました。異常気象を誘因する温室効果ガスを排出しない移動手段が自転車。宮城県民にとって喫緊の課題である脱メタボに向けた「みやぎカイゼンプロジェクト」推進にも繋がる一石二鳥のツールでもあります。

 もともと仙台は東北でも積雪が少ない土地柄。ましてや路面の凍結が少ない今年。体内の内燃機関を活性化させる街乗りに適したBianchi Lupo号で駆ける機会を減らさぬよう、心がけています。

making-brio.jpg making2-brio.jpg

 そんな庄イタのカロリー燃焼のための努力を水の泡と帰する甘い罠(?)の極め付け、モンテ・ビアンコ。ティラミスもそうですが、トルタ・ジェラートは注文を受けてから一皿ずつの手作り。店主でジェラタイオの磯部智広さんによる作業過程を、カウンター奥のガラス越しに眺めていると、否応なしに期待感は高まります。(上写真)

making3-brio.jpg

 ベースは冬場の定番ジェラート、Nocciola ノチオーラ(=ヘーゼルナッツ)。その上にピエモンテ産の栗を原料とするマロングラッセを刻んで挟み込むように、別誂えのラム酒が香る大人の栗ジェラートをドッキング。握りこぶし大に盛りつけされたジェラート×2には、絞り袋に入ったバニラ香る濃厚マロンペーストをぐーるぐると半回転(上写真)

making4-brio.jpg

 残り半周にはフワフワの生クリームをたっぷりとトッピング(上写真)。最後の仕上げにはバージンスノーのように粉糖をサーラサラ(下写真)

making5-brio.jpg

 付け合わせには甘酸っぱい洋ナシのコンフィチュールが箸休め的に添えられます(下写真)。皿の上で繰り広げられる多彩なマロンの風味とヘーゼルナッツ、そして生クリームの饗宴。やがて訪れるのは、めくるめく至福の時。それではボナペティート。

montebianco2-brio.jpg

 完成形。まさにこれは万年雪を頂く山頂を挟んで、北西フランス側はメール・ド・グラース氷河と雪原が広がり、南東イタリア側には切り立った岩壁がそびえ立つモンブランの山容そのもの。

 世界の登山家を魅了する名峰が連なるヨーロッパアルプス。その最高峰モンブラン。そして世の美味しいもの好きを魅了してやまない(はずの)冬季限定 トルタ・ジェラートの最高峰、モンテ・ビアンコ@ジェラーティ・ブリオ。

 ひと匙ごとに幸福が訪れるモンテ・ビアンコは、ボリューミーで食べごたえも十分。半分まで食べ進んだところで、皆様にもお裾分け(下写真)。ハイ、あーん

brio-montebianco3.jpg

 どうです? 今すぐにでも食べたくなるでしょ ? ココロの奥底まで満たされるはずの一皿を召し上がられた後は、落とした頬っぺたの持ち帰りをお忘れなく(^ ^。

 1911年にモンブラン登頂を果たし、13年後に世界初のエベレスト登頂に挑んだのが、英国の登山家ジョージ・マロリー(1886-1924)。山頂付近で消息を絶つ前年、「どうしてエベレストを目指すのか?」というニューヨークタイムズ紙記者の問いかけに答えたマロリーの言葉はあまりに有名です。

Because it's there.(=何故なら、そこにエベレストがあるから)〟

 たとえ貴方がダイエット中だろうと、ここは理性をかなぐり捨ててモンテ・ビアンコ攻略に取り掛かりましょう。庄イタがお薦めする理由は至って単純明快です。

 何故なら、そこにモンテ・ビアンコがあるから。

*****************************************************************

GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ

・住:仙台市青葉区一番町1-6-23 shuon 358 ビル1F
・Phone:022-302-5669

logo_brio.jpg・12月~2月末まで冬季短縮営業
   (火~金) 12:00~19:00 (土) 10:00~19:00
    (日・祝) 10:00~18:00  月曜定休(2/15~18 臨時休)
・3月より通常営業
   (火~木) 11:00~20:00  (金) 11:00~21:00
   (土) 10:00~21:00  (日) 10:00~20:00  月曜定休
    禁煙 バンコ(カウンター)6席 テラス4卓12席   Pなし
・URL:https://www.facebook.com/GELATI.BRIO


baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ

2016/02/07

Pizzoccheri al citron giapponesi

柚子切りは J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲とともに


Hoya-soba2014akagawa.jpg【Photo】鶴岡市宝谷(ほうや)。8月の朝。白い花を咲かせたソバの蜜を吸いに来た小さな蜂。蕎麦どころ山形県下において、玄ソバ産出量が最も多いのが鶴岡市。「ふるさとむら宝谷」では、地元産の蕎麦粉を打った「宝谷そば」を食することができる

 庄イタにとって、現在の主食はイタリアン。なれど過去において、蕎麦食いを極めた男といえば、誰あろう、私なのです。

 そう豪語するには、理由があります。まずはピエモンテ州で生を受けた前世において、隣接するイタリア最北部、ロンバルディア州北部ソンドーリオ県Valtellina ヴァルテッリーナ地方に、十字軍の時代から根付いているソバ食文化に(おそらく)触れた原体験があってこそ。

 ミラノの北、コモ湖からアルプス側へとさらに北上したヴァルテッリーナ地方は、寒冷な気候と痩せた土壌ゆえに小麦の栽培が困難な土地柄。ソバの実を挽いた平打ちのショートパスタ「Pizzoccheri ピッツォッケリ」を食します。〈2008.1拙稿「すったもんだのお年越し」,2010.1拙稿「ソムリエfromトリノ」参照〉

Morbegno_sondorio.jpg【Photo】コモ湖へと流れ込むアッダ川上流域。アルプスの急峻な山あいにV 字型渓谷が形づくられ、そこにわずかな平地が東西に広がっている。こうしたヴァルテッリーナ地方の典型的な風景は、山あいに平地が開ける信州や山形内陸と相通じる
 
 ヴァルテッリーナと似通った風土が、世界最大のソバ産出国であり、消費国たるロシア。蕎麦粥の「каша カーシャ」は、ロシア版おふくろの味。そば粉クレープ「galetteガレット」は、フランス北部ブルターニュの郷土食。アジア地域では、そば粉を用いる「平壌冷麺(ピョンヤンネンミョン)」の本場である朝鮮半島ほか、ネパールなど標高2000mを超えるチベット高地でも、香辛料とともに韃靼(だったん)ソバを食します。

raksi-yeti.jpg 蛇足ながら、気仙沼が誇るネパール・インド料理の名店「Yetiイエティ」<2012.9「Yeti イエティ@気仙沼」参照>オーナーの小野一太さんから、ヒマラヤ登山で訪れたネパール土産として頂いた蒸留酒が「raksi ロキシー」。昨年の地震で大きな被害が出たカトマンズ周辺の先住民族や、山岳民族の家庭では、専用の器具を用いて自家蒸留します。原料には、山間地では貴重な白米ではなく、多くの場合、ヒエやソバなどの雑穀を用いるとのこと。

【Photo】無造作なペットボトル詰めパッケージが、何よりの自家製の証。Yeti オーナーの小野さんから頂いたネパールの庶民にとっては身近な蒸留酒「ロキシー」。琥珀色の焼酎はストレートで馬子にも衣裳な江戸切子の酒器でクイッとな

 蕎麦食いを極めたと自認するもう一つの理由は、蕎麦好きだった父に連れられ、中学に通い始めた頃から、仙台では蕎麦どころと喧伝される山形内陸部で蕎麦屋巡りのお供を重ねたがゆえ。大学生活や支社勤務で通算10年以上を過ごした東京生活でも、都内ほか松戸小淵沢・信州などの名店を訪れたものです。

 最新の統計である2014年(平成26)の国内そば生産高では、北海道が作付面積21,600ha・収穫量13,000tで第1位。作付面積では4,880haの山形県が第2位、長野県が4,060haで続きます。収穫量では第2位の長野県が2,560t。第3位は茨城県で2,120t。山形県は僅差の2,100tで4番目となります。

 仙台と隣接する村山地域を中心にハシゴすることも珍しくなかった「そば街道」。そうして長年にわたって続けた蕎麦屋通いから、きっぱりと決別したのが2003年(平成15)。同じ山形県でありながら、内陸とは異次元の多彩な食体験ができることを実感した食の都・庄内と出合うまでのことでした。

yuzukiri-ume.jpg

【Photo】「♪ 冬が来れば思い出す」 更科の一番粉に絡むふんわりとした柚子の香りが季節を感じさせる変わり蕎麦「柚子切り」。ロケ地:山形市「手打 梅蕎麦」(ゆず切り 1,200円)

 もはや食傷気味の蕎麦ではありますが、それでも寒い季節に食したいのが、季節の変わり蕎麦「柚子切り」です。その味を覚えたのが、JR山手線目黒駅東口近くのビルの谷間に暖簾を掲げていた今はなき「目黒一茶庵」。

 一茶庵系ならではの変わり蕎麦の極めつけが、年間を通して目黒一茶庵では定番だった柚子切り。辛口のつけ汁と好相性の香り高くコシの強い蕎麦を、仕舞屋(しもたや)風の座敷で、せんべい座布団と小ぶりな卓袱台で頂くという、気取らない雰囲気までがご馳走だったように思います。

 庄イタにとってはセンチメンタルジャーニーに他ならない目黒近辺では、目黒通りからプラチナ通りに左折すると、およそ30年前の開店当初から通っていた「利庵(としあん)」があります。運が良ければ、目黒一茶庵よりも上品な印象の柚子切りを、行列が絶えないその店で食することができるでしょう。

takefuku-yuzu.jpg

【Photo】山形市上町「手打蕎麦 竹ふく」。更科粉に柚子を練りこんだ柚子切りと上品なもりそばの組み合わせ「二色せいろ」(950円)。単品の「柚子切り」(1,030円)も

 角が立った極太の手打ち田舎蕎麦ゆえに、数本ずつ噛むように食し、うすもり(1人前)板蕎麦を食べ進めるうちに顎が疲れてくるのが、山形県村山市「あらきそば」。個人の好みですが、のど越しも重要な蕎麦の風味のファクターだと考える庄イタ。あらきそばに限らず、板蕎麦の多くは、つけ汁が甘い点も致命的。ゆえに山形営業所に勤務した1年間で訪れたのは一度のみで、その後は足が向かなくなりました。

 山形市の「手打蕎麦 竹ふく」は、「神田まつや」などで修業した主人が打つ江戸風蕎麦。蔵王の伏流水を打ち水とする地粉「でわかおり」を主体に、玄そば10割につなぎ1割未満の十一(といち)の細打ちで、あくまでものど越し爽快。辛口でスッキリしたつけ汁と上品な更科蕎麦との組み合わせの妙は、神田まつやに相通じるところ。

nishoku-ume.jpg

【Photo】この1月末、久方ぶりに訪れた山形市東原町「手打 梅蕎麦」。山形産と北海道産の玄そばの更科粉・一番粉・二番粉を調合。とても十割とは思えない極細に仕上げてもコシがあり、辛めのつゆとの馴染みが良い。もりそばと柚子切りとの組み合わせ「二色せいろ」(1,000円)

 定番のもりそばに加え、桜・青紫蘇・菊・柚子と四季ごとの変わり蕎麦も同時に味わえる「二色盛り」がお勧めです。とりわけ12月~2月に供される柚子切りは、冬ならではの醍醐味といえる逸品。今シーズン初訪問の竹ふくで二色せいろを食した1月末、久方ぶりにハシゴをしたくなりました。出がけの〆は蕎麦猪口で蕎麦湯を1杯半。

 その足で向かったのが、竹ふく店主・山川敦司さんの実家が営む「手打 梅蕎麦」です。2003年10月からの半年間、梅蕎麦から徒歩2分の〝食住近接〟の場所に住んでいました。その年のGW明けに遠征した旧・櫛引町で、当時全くの無名であった「アル・ケッチァーノ」を発掘していました。<2007.6拙稿「庄内系転生伝説 プロローグ」参照>

 往時は庄内に軸を置き、野に山に、そして厨房で刻苦勉励していた奥田シェフ (遠い目)。その水先案内のもと、いのちを支える食を介した得がたい出会いを重ねて庄内系へと変容。山形内陸各地のそば街道巡礼からは足を洗って5か月が経過していました。2004年4月に仙台へと戻ってからも、柚子切りの季節には年1回ペースでリピートしていたのが、変わり蕎麦を供する竹ふくか梅蕎麦のいずれかでした。

umesoba2006.11.jpg

【Photo】柚子切りを始めたことを電話で確認し、梅蕎麦を訪れた2006年11月末。柚子切りの「二色せいろ」。極細の度合いが今年(上写真)と比べ、それほどでもなかったことがわかる

 ところが5年ほど前、神田やぶそばの「せいろう」を思わせるほど、梅蕎麦の盛りが妙に少なくなりました。必然的に梅蕎麦からは足が遠のきましたが、今回は竹ふくで二色せいろを食した後だったので、かえって極薄盛りで好都合。そう踏んで久方ぶりのハシゴ蕎麦を決行したのです。
    

【Movie】少年時代のパブロ・カザルス(1876-1973)が、バルセロナの楽器店で古い楽譜を発見するまでは、久しく世に知られることがなかったヨハン・セバスチャン・バッハの「無伴奏チェロ組曲」。ひときわ味わい深いこの演奏は、母国の旧ソ連を追われ、艱難辛苦を乗り越えた生きざまが音に深みを与える当代屈指のチェリスト、ミシャ・マイスキーによるもの。愛器モンターニャは、1720年ヴェネツィア製

 変わらぬ店構えの暖簾をくぐると、まず耳に入ってくるのが店内に流れるJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第一番。私がこの店と出合った13年前から、梅蕎麦のBGMは唯一無二。心の奥底に響くこの名曲です。(動画を再生しつつ読み進むと、疑似体験が可能かと)

 店主・山川純司さんが打つ香り高くコシの強い細打ち蕎麦は、以前よりもさらに極細へと進化し健在でした。この時季の変わり蕎麦は柚子切りであることは織り込み済み。チェロの旋律に浸りながらテーブル席で待つことしばし。運ばれてきた二色せいろは、嬉しいことにかつてのボリュームを取り戻していました。

ume-sobayu.jpg【Photo】蕎麦の茹で汁だけでなく、相当の割合でそば粉を溶かし込み、白濁したトロ~っと粘性が高いゲル状を呈する梅蕎麦の蕎麦湯。徳利や猪口は山形市千歳山に文化年間より伝わる平清水焼

ume-sobayu2.jpg

 人の声に最も近いといわれるチェロの内省的な響き。無伴奏組曲のはずが、極細ゆえの心地よいのど越しを堪能すべく、ズズズ・・・と威勢よく蕎麦をすする庄イタが奏でる調べが合いの手となり、サラバンドと重なります。

 そこにはフーガト短調のように複数の旋律が重なり合うことで調和を生み出すポリフォニーが成立していたのです。それは大バッハもびっくりポンな対位法なのでありました。

 米国の前衛音楽家ジョン・ケージ(1912-1992)や、Starless And Bible Black におけるキング・クリムゾンのような偶然性が生み出すインプロビゼーション(即興演奏)の妙といえなくもありません。

 梅蕎麦での楽しみが、〆の蕎麦湯です。茹で湯とは別誂えで、そば粉を加える梅蕎麦の白濁した蕎麦湯は、ポレンタの濃厚スープか煮詰まったポタージュを噛みしめるかの如き食感。旨し蕎麦の余韻まで味わえます。

J.S.Bach.jpg

 ドイツ・チューリンゲン地方で存命中、J.S.バッハは、作曲家としてよりも教会オルガンの即興演奏家として知られました。

 蕎麦を食するズズズ・・・という音と、無伴奏チェロ組曲第一番との不協和音とも、和音とも受けとれる即興が繰り広げられる梅蕎麦。少なくとも梅蕎麦の蕎麦湯に関しては、きっとバッハも「Wunderbar ! ブンダバー! (=素晴らしい!と感心してくれることでしょう。

*****************************************************************

手打蕎麦 竹ふく
住:山形市上町2-3-1
Phone:023-643-8003
URL: http://www.ab.auone-net.jp/~takefuku/
営:11:30-15:00 水曜定休
24席 禁煙 無料P(10台分)あり

手打 梅蕎麦
住:山形市東原町3丁目5-10
Phone:023-622-8377
営:11:30-14:30 火曜定休 年始休
URL:なし
24席 禁煙 無料P(11台分)あり

baner_decobanner.gif
ブログランキング・にほんブログ村へ

Luglio 2016
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.