あるもの探しの旅

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2016/05/30

光と闇。二つの肖像 〈前編〉

日伊国交樹立150周年記念 「カラヴァッジョ展」


michelangelo-merisi-caravaggio.jpg メソポタミア・エジプトを起源にギリシャ・ローマで開花した西洋美術は、盛期ルネッサンスで頂点を極め、16世紀中葉に〝マンネリ(ズム)〟の語源となったマニエリスムの時代を迎えます。

 ルーベンス、フェルメール、レンブラント、ベラスケスらに多大な影響を与え、新潮流バロックへの扉を開いたのが、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610)。

【 Photo】今回のカラヴァッジョ展に出品されたカラヴァッジョの没後間もない1617頃に描かれた作者不詳「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの肖像(部分)」( ローマ:サン・ルカ国立アカデミー蔵)

 1527年5月、新教徒派スペイン王カール5世の軍勢とドイツ人傭兵が、破壊と略奪の限りを尽くした「Sacco di Roma ローマ劫掠(ごうりゃく)」で、ひどく荒廃した都の復興を果たすべく、ローマでは1585年に教皇に就任したシクストゥス5世以降、17世紀にかけて街並みの再整備が進みます。

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【 Photo 】2002年のユーロ導入により消滅したイタリア・リア紙幣のうち、ラファエロ・サンティが描かれた最高額の500,000リラに次いで2番目に高額な100,000リラ紙幣の表図柄(上)は、オッタヴィオ・レオーニが描いたカラヴァッジョの肖像とカラヴァッジョが親友マリオ・ミンニーティをモデルに描いた「La Diseuse de bonne aventureBuona Ventura 女占い師」(1596~97 パリ:ルーヴル美術館蔵)。裏面(下)はイタリア初にして最高峰の静物画とされる「果物籠」(1599~1601頃 ミラノ:アンブロジアーナ絵画館蔵 / 下画像)

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 共和制・帝政ローマの圧倒的な遺跡群とバロック様式の建築や彫刻、世界に現存するオベリスク30基のうちエジプトから運ばれた13基までもが重層的に混在する劇場都市ローマの景観は、造形の天才ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)やフランチェスコ・ボッロミーニ(1599-1667)らの功績によるところが大。

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Canestra di frutta 果物籠(1599~1601?)ミラノ:アンブロジアーナ絵画館蔵】カトリックの正当性を示す図書館設立に動いていたフェデリコ・ボッローメオ枢機卿が、併設の絵画館に収蔵するべく発注した。籠が手前にせり出して見えるだまし絵効果を含め、みずみずしいブドウ・マルメロ・リンゴ・イチジクなどの果物が写実的に描かれている。リンゴの虫食い跡や枯れた葉などに、生命の儚さを象徴的に表現した画家の意図を汲むことができる

 帝政期に推定人口120万に達するも、16世紀末には10万人が暮らすテヴェレ川沿いを除けば、樹木が生い茂る廃墟となったローマ。その再生とバロック芸術の黎明期における記念碑の一つとなったのが、ローマ在住のフランス人のため1589年に建てられた「Chiesa di San Luigi dei Francesi サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会」。

 サン・ピエトロ大聖堂の設計やナヴォーナ広場の南北にある2つの噴水などを手掛けたジャコモ・デッラ・ポルタ(1532-1602)の設計による聖堂ですが、最大の見どころは、左側廊で最も奥まった「Cappella Contarelli コンタレッリ礼拝堂」の壁面を飾るカラヴァッジョの出世作「聖マタイ三部作」(1600~1602)。

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Vocazione di san Matteo 聖マタイの召命(1599~1600)】画家のまぎれもない信仰の深さを示す出世作は「マタイ福音書第9章9節」の場面。救世主の背後から差す一筋の光。「私に従いなさい」と言うキリストが指差す先、左端が後に福音書記者・十二使徒の聖マタイとなるローマ帝国の徴税吏レヴィ

 鮮烈な明暗のコントラストが緊迫した臨場感を生む「聖マタイの召命」と「聖マタイの殉教」が公開されるや、コンタレッリ礼拝堂に群がる黒山の人だかりが引きも切らなかったといいます。〝ローマは1日にしてならず〟ですが、カラヴァッジョはローマで画家としての名声をわずか1日にして確立したのです。

 デフォルメを多用するマニエリスムとは無縁の正確なデッサン技量。陽光溢れるイタリアならではの明るい青を背景に多用したラファエロの画風に代表される盛期ルネッサンスとの決別を告げるかのようなカラヴァッジョの独創的な光と闇のドラマチックな表現は、衝撃的でさえありました。

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Martirio di san Matteo 聖マタイの殉教(1599~1600)】 聖人伝記集「黄金伝説」によれば、聖マタイは布教に訪れたエチオピアで洗礼ミサの最中、再婚に反対されたことに激怒したエチオピア王が差し向けた刺客(剣を手にした中央の半裸姿の男?)の手にかかり殉教した。天使がマタイに差し伸べる棕櫚の葉は殉教の象徴。中央奥に画家自身の顔が描かれている

 教皇クレメンス8世が布告した聖年にあたった1600年に免罪符を求めて集った巡礼者やローマ市民は、天才の出現に熱狂したことでしょう。カラヴァッジョはミレニアムにふさわしい新時代の幕開けを飾る寵児となったのです。

 礼拝堂の正面、中央祭壇画として描かれた「聖マタイと天使」は、対抗宗教改革を推し進めるカトリックの聖職者にとっては、旧来の宗教画の定石を覆すものでした。発注主コンタレッリ枢機卿の遺志を継いだ甥・フランチェスコから描き直しを命じられた2年後、全く異なる構図(下写真)の2作目で3部作は完成をみます。

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San Matteo e l'angelo 聖マタイと天使(1602)】天使から霊感を授けられ、福音書を記述する聖マタイ。カラヴァッジョは聖人を描くモデルとして農夫のごとき風貌の人物や娼婦を起用したことから、保守的な人々から攻撃されることがあった

 一躍時の人となった彗星のごとき画壇デビューの背景には、最初のパトロンとなったフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿との出会いや、巡りあわせの幸運がありました。その波乱万丈の半生を紐解くと....。

 ミラノの貴族カラヴァッジョ侯フランチェスコ・スフォルツァに仕える執事であった父フェルモが、ミラノだけで17,000人が犠牲になった深刻なペスト禍により1577年に死亡したことで、生活が保障されていたメリージ家は経済的に困窮してゆきます。

 メリージ家の長子であった12歳半の少年ミケーレ(=ミケランジェロ)が、生まれ育ったカラヴァッジョの街からは40kmほど離れたミラノで工房を構えていた画家シモーネ・ペテルツァーノ(1535-1599)のもとで4年間の徒弟契約を結んだのが1584年。

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【 Photo 】6月12日(日)まで東京上野国立西洋美術館で開催中のカラヴァッジョ展のフライヤーより。「トカゲに噛まれる少年(部分)」(右:1594 頃 ロンドン:ナショナル・ギャラリー蔵) 「ナルキッソス(部分)」(左:1598 頃 ローマ:バルベリーニ宮国立古典美術館蔵)

 契約満了後に帰郷した翌年、1590年11月に母ルチーアが没し、弟と妹の3人でわずかな財産を分け合います。生来の激しい気性が災いし、(一説に殺人のかどで)1年間投獄されたのち、郷里を離れて単身ローマに向かったのが1592年。

 やがて無一文となり、貧民街で野垂れ死に寸前のところをバチカンの要職にあったパンドルフォ・プッチ宅に住まうことを許されます。見返りは夕食のサラダ一品だけ。厨房の下働きをしながら、宗教画の模写や最初期の作品「トカゲに噛まれる少年」(上画像)を残しています。

 皮肉を込めてミケーレが「Monsignor Insalata サラダ殿下」と呼んだ雇い主のもとを去った後、徒弟となった画商やクレメンス8世から寵愛され、カヴァリエーレ・ダルピーノの名を授与された画家ジュゼッペ・チェーザリ(1568-1640)の助手となります。

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Buona Ventura 女占い師(1594~95 ローマ:カピトリーノ絵画館蔵)】 フランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿が、ミケランジェロ・メリージの画才を見出した作品。身なりの良い世間知らずの若者から指輪を抜き取ろうとするロマの女性。細部が異なる1596~97作のほぼ同じ構図の絵をパリ・ルーヴル美術館が所蔵している

 日伊国交樹立150周年記念事業として6月12日まで開催中のカラヴァッジョ展に出品されている「女占い師」(カピトリーノ絵画館蔵)(上画像)、「果物籠を持つ少年」(下画像 :1593~94 ローマ:ボルゲーゼ美術館蔵)ほか、「I bali いかさま師」(1594~95 テキサス州フォートワース:キンベル美術館蔵)などを証左とする才能を開花させてゆきます。

 1596年に天賦の才を見抜く審美眼を備えたフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿(下画像)に見い出され、(現在は改築されてイタリア国会上院となった)枢機卿の邸宅パラッツォ・マーダマで寝食の憂いなく創作に専念できる環境が整います。

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【 Photo】オッタヴィオ・レオーニ「フランチェスコ・マリア・デル・モンテの肖像(部分)」(1616 フロリダ州サラソタ: リングリング美術館蔵) 

 当初、マーダマ邸に隣接するサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂の壁面フレスコ画装飾を任されたのは、かつてミケランジェロ・メリージが師事した法王庁の御用画家ダルピーノでした。ところがダルピーノは聖年を控えて多忙を極めたため、仕事が遅延。依頼主によって契約は白紙に戻されます。

 恐らくはデル・モンテ枢機卿の取り計らいで、ミケランジェロ・メリージは依頼主の聖職者を納得させるに十分なデッサンを提出する機会を得て、当代きっての売れっ子画家と同額の報酬を得る好条件のもと、初の大仕事を成し遂げたのです。

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Fanciullo con canestro di frutta 果物籠を持つ少年(1593~1594 頃 ボルゲーゼ美術館)】肩をさらけ出しアンニュイな表情でこちらを見つめる少年が抱える籠に盛られた果物の描写は、後に描かれる前述の「果物籠」に通じる画家の手腕の確かさを物語る

 ミケランジェロ・メリージは、生まれる7年間に亡くなった著名な芸術家と同じ名を拝しながら、皮肉なことに郷里ロンバルディア方言では〝ならず者〟を意味する〝Michelaccio ミケラッチョ〟さながらに激しい気性の持ち主でした。

 2週間ほど創作に没頭した後には(都市の治安が悪かった当時、護身用として一般的だったにせよ)小柄な体躯には不釣り合いな刀身が90cmもある剣を携え、風紀の芳しくない地区に2カ月間も入りびたっては、暴行・武器不法所持・名誉棄損などの警察沙汰を引き起こすのでした。

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Decollazione di san Giovanni Battista 洗礼者ヨハネの斬首(1607~08)】強大なイスラムに対抗するカトリックの軍事拠点マルタ島の要塞都市ヴァレッタに本拠を置く聖ヨハネ騎士団の守護聖人、聖ヨハネを称えるサン・ジョヴァンニ大聖堂の祈祷所に描かれた最大(361mm×520mm)にして、唯一画家の著名が入った至高の作。この功績により、念願だった聖ヨハネ騎士としての叙列が果たされた1カ月後、上位の騎士との諍いを引き起こして騎士の称号は剥奪され地下牢に投獄されるが、騎士団長の手引きで脱獄。シチリアへ逃げ延びた

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 謎多き画家を知る資料が裁判記録。1604年4月、デ・モーロ旅館でバター炒めと油炒めで注文した好物のアーティチョーク料理を運んできた給仕の態度に立腹し、皿を投げ付けた上、剣を抜いて脅したかどで訴えられ、罰金を支払って放免されています。

 4対4の乱闘で殺人を犯し、死刑宣告が出されたローマから逃亡したのが1606年5月。デル・モンテ枢機卿の庇護のもとにあった1600年から、カラヴァッジョが官憲に連行されたり告訴された回数は、公的な記録に残っているだけで13回。

 問題が発生するごと火消しに尽力したデル・モンテ枢機卿や、新たなパトロンとなったボルゲーゼ枢機卿ほか、父フェルモがミラノで仕えたカラヴァッジョ侯フランチェスコ・スフォルツァ夫人コスタンツァ(右上)もまた、問題児ミケランジェロ・メリージを庇護する役回りを務めました。

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Cena in Emmaus エマオの晩餐(1606)】逃走資金を得るために描かれた作品。エルサレム近郊のエマオの宿で、夕食となるパンに祝福を与えた人物が、復活したキリストであると両側の使途が悟った瞬間、姿を消したというルカ福音書の記述による。1601年に同じ場面を描き、現在はロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する前作(下画像)から一転、背景のトーンを抑えた静謐な作風への転換点となった

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 命を狙われるお尋ね者となり、決闘で負傷したミケランジェロ・メリージは、旧知の関係にあった侯爵夫人の実家であるコロンナ家が所有するローマ近郊の山中に建つ邸館に身を寄せます。

 4カ月に及んだ潜伏中に描かれ、今回の展示会に出品されているのが、「エマオの晩餐」(1606 ミラノ・ブレラ美術館蔵)と、2年前に真筆と認定されて以降、初公開された「法悦のマグダラのマリア」(1606 ローマ・個人蔵)。

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Maria Maddalena in estasi 法悦のマグダラのマリア(1606)】〝発見次第、殺害せよ〟という死刑宣告を受け、追手からの逃避行の間、画家が携えていた3枚の中のひとつ。娼婦だった過去を悔いるマグダラのマリアに自身を投影したのか、背景を覆いつくす闇はどこまでも深い。死の淵で神の秘蹟に触れ恍惚とする瞬間を大理石で表現したベルニーニ作「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」ほどのR18な印象は希薄

 当時はスペイン領でコロンナ家の庇護が期待できたナポリからマルタ島、シチリアまで4年以上に及んだ追手からの逃避行の末、恩赦を求めてローマを目指すも熱病に冒され、トスカーナ州南部ポルト・エルコレで38年の生涯を終えます。支援者による恩赦請求が教皇パウルス5世によって認められたのは、その直後。

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Martirio di S.Orsola 聖ウルスラの殉教(1610 ナポリ Palazzo Zevallos Stiglianoパラッツォ・ゼヴァロス・スティリアーノ美術館 蔵)】ジェノヴァを支配していたアゴステーノ・ドーリア侯が、子息マルカントニオ侯の愛娘で修道女となったオルソラのために注文し、1610年6月18日に受領した記録が残る。異教徒フン族の王アッティラの求婚を拒んだため、聖ウルスラが胸を射られた瞬間が左から射す光に浮かび上がる。命を狙う追手を逃れ、2度目のナポリ滞在中に描かれた最晩年の作。聖女の肩越しに惨劇の場面を目撃する人物として、画家は最後となる自画像を描き込んだ

 没後400年を控えた2010年、ポルト・エルコレのサン・セバスティアーノ礼拝堂の共同墓地で発見された遺骨が、炭素年代測定やDNA鑑定によって、85%の確率でカラヴァッジョのものだろうと推定されています。

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【Photo】ヴィットリオ・ストラーロ監督作品「カラヴァッジョ~天才画家の光と影~(完全版)」 カラヴァッジョの生涯を描いた劇場映画のDVD版

 現存する真筆としては60点あまりが確認されているカラヴァッジョの作品から11点と、影響を受けたカラヴァジェスキと呼ばれる画家たちの作品で構成される「カラヴァッジョ展」の会期は、残すところわずか。

 画家として活躍した15年に満たない期間、華やかな名声とともに生前から毀誉褒貶にさらされたカラヴァッジョ。画家の生涯こそが、残された圧倒的な画業以上に劇的だったように思えてなりません。

 ピエモンテ州アルバ出身の美術史家ロベルト・ロンギ(1890-1970)による〝カラヴァッジョなくしてはバロック芸術は存在しなかった〟とする再評価が、1920年代になって定着するまで、カラヴァッジョは長らく忘れられた存在でした。

 西洋美術史に偉大な足跡を残し、20世紀になって輝きを取り戻した男の栄光と悲惨を、この機会に目撃してはいかがでしょう。続編では庄イタのイコン「バッカス」を読み解きます。

to be continued...

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日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展
・会期: 6月12日(日)まで
・開場時間:9:30~17:30 *入館は閉館の30分前まで
6/1(水)~4(土),6/7(火)~11(土)は9:30~20:00に延長
・会場: 東京上野 国立西洋美術館 東京都台東区上野公園7-7
・観覧料金: 大人1,600円 大学生1,200円 高校生800円 (団体各200円引)
・URL: http://caravaggio.jp

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2016/05/22

余は如何にしてバッカス信徒となりし乎

Road to バッカス @カラヴァッジョ展


 幼少期から水で薄めたヴィーノを体内に摂取することが珍しくないイタリア人は、自身のアルコール摂取に関する限界を知悉しているため、人前で泥酔する醜態を晒すことがありません。

 そんな前世における幼児体験のおかげか、庄イタは常に品行方正な飲み方を心掛けています。とはいうものの、過去において脛にキズがないわけではありません。

 東京支社勤務時代、JR市ヶ谷駅のすぐ目の前にあった越前料理店「みくに」を会場に、現在は合併により社名が無くなった某大手広告会社と全国各地の新聞社有志による宴席が例年12月に開催されていました。

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【Photo】〝百薬の長〟は楽しく適量を。和らぎ水も忘れずに。週に2日は休肝日。以上、自戒の意味を込めて。(本文と画像は関係ありません)

 そこでは大杯に注がれた日本酒を飲み干す儀式が恒例化しており、座の盛り上がりとともに、清酒+ビール、そこに+刺身のワサビ醤油、さらに+その他モロモロが加わり、正体不明の特製日本酒カクテルと化してゆくのでした。

 ゆえに悪酔い必至ゆえ、参加するブロック紙・地方紙業界では知らぬ人の無かったこの酒席。初参加した転勤1年目は、猫をかぶっていたために大過なく乗り切ったものの、標的となった2年目は翌朝出社できない羽目に。その反省から自分なりにコツとペースをつかんだつもりの3年目。事件は起きました。

 陶酔の極みへと至るディオニューソス的な盛り上がりは例年通り。被弾多数で撃沈は免れるも、したたか呑んでお開きとなりました。店の出口付近では、「次の店行くぞo(`・д・´)ノ━!!」的な雄叫びが響き渡っていましたが、奈落の底への誘いには応じない理性は働いていました。

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【Photo】酒神ディオニューソス(バッカス)とヘラクレスの酒豪ぶりを寓意化した1世紀頃のモザイク。カエサルやアウグストゥスの時代、対立するパルティア帝国への前線都市として、東地中海地域最大のローマ属州都市として栄えたアンティオキア(現トルコ南部アンタキヤ)。AD526 に発生した大地震で大打撃を受け衰退した都市の屋敷跡より出土した(本文と画像は関係ありません)

 当時、社宅があったJR常磐線松戸駅に向かうべく、背後の絶叫を振り払うように、市谷見附の横断歩道を急ぎ渡り終えました。そしてJR市ヶ谷駅の改札を通過した時、勝利を確信したのです。

 「ムフフ...。今年は昨年よりは飲んでないぞ

 市ヶ谷から4駅目の秋葉原、そしてJR山手線日暮里駅で乗り換えるため、JR総武線の各駅停車電車に乗り込んだのが、夜9時過ぎ(路線図参照)

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 ところが暖房が入った車内で酔いが回ったのでしょう。家路について安心したのも手伝い、吊革につかまったまま、知らぬうちにzzz...。ふと我に返ったのが、乗り換えるつもりだった秋葉原を14駅も通り過ぎた先の津田沼の手前。

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 「emoticon.jpg あ゛ーっ、乗り過ごした!

 かくなる上は、作戦変更。西船橋まで3駅ほど戻り、JR武蔵野線で5つ目の新松戸駅へ向かい、JR常磐線上り電車で3つ戻って松戸を目指そうと、津田沼駅で慌てて電車を降りました。

 総武線上り電車に乗り換え、西船橋駅で電車を降り、階段で武蔵野線ホームに移動。5分間隔で運行する総武線ほどは運転本数が多くはない武蔵野線ゆえ、間隔が10分以上空いていたはず。電車を待つ間、ベンチに腰掛けると再び睡魔が襲ったのです。

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 ...zzzz。そのままどれほど時間が経過したのでしょう。なかば意識が朦朧としつつも、覚醒した庄イタが乗り込んだ武蔵野線上り電車。5つ目の新松戸で乗り換えをするはずが、空いていた座席に腰掛けてしまったことで、さらに深手を負う羽目に。

 電車に揺られるうち、意識は遠のき、再び夢の世界へ。zzzzz...。トロイメライの幻聴とオーバーラップして耳に届いた車内アナウンスに促されるように目覚めたのが、終点の府中本町駅の手前。

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 西船橋から乗車して間もなく眠りにつき、新松戸で常磐線に乗り換えることなく、なんと1時間あまりをかけて関東平野を半周していたのです。そこは目指すべき松戸とは正反対の方向(上路線図参照)

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 「マンマ・ミーア!!

 もはや酔いも醒めた頭で、「やれやれ、下り電車に乗り換えて新松戸経由なら、1時間30分ほどで松戸まで戻れるかしらん」と思ったのも束の間。

 日付が変わって零時半近くに府中本町を出る下り最終電車は、わずか5つ先の東所沢駅止まりであるという冷酷な事実を車内アナウンスは告げていました。

 「オー・マイ・ガーっ!!!

【Photo】 Skrik/ The Scream by Edvard Munch,ムンク(1863-1944)「叫び」1893年 (本文と画像は関係ありません)

 朝が来れば、また出勤せねばなりません。窮地に立たされた庄イタに残された道は、少しでも家の近くまで電車で戻り、訪れたこともない東所沢から深夜タクシーに乗るしかないのでした。

 総武線の吊革、そして西船橋駅のベンチ(⇒この滞留時間が最長だった)、さらに武蔵野線の座席で、都合3時間近くも睡眠をとったため、これっぽっちも眠くありません(笑)。財布の中を確認し、所持金で社宅まで戻れるであろうことを確認。わずかな乗客を乗せた最終電車に揺られること20分にも満たない小さな旅はあっけなく終了。

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【Photo】栴檀は双葉より芳しというべきか。どう見ても成人年齢に達していないバッカス神。下から出しながら葡萄酒をグビグビ飲み続ける秘技はさすが酩酊の神 Bacco che beve / Drinking Bacchus by Guido Reni, ボローニャ派のグイド・レーニ(1575-1642)「酒を飲むバッカス」1623年 (本文と画像は関係ありません)

 否応なしに初めて降り立った終着の東所沢駅。終点とはいうものの、ヨーロッパの鉄道のような始発終着となる大きなターミナル駅でもなく、予想だにしない小さな駅だったので、タクシーがいるか不安に駆られました。

 捨てる神あれば拾う神あり。南口駅前のタクシープールには客待ちのタクシーが数台。ドライバーに「松戸まで」と告げた時のリアクションは、今もはっきりと覚えています。 

 深夜割増時間帯で、40km 離れた松戸まで乗車する上客が舞い込んだ運転手は、後部座席に乗り込んだ庄イタに対して開口一番、弾んだ声でこう言ったのです。

 「お客さーん、電車乗り過ごしちゃったんでしょ?」

 言わずもがなの指摘を受けた庄イタは、ぐうの音も出ません。自嘲的な愛想笑いを返すのがやっとでした。そうしてまんじりともせず1時間以上をかけて社宅に到着。2万円+α が飛んで行ったとさ (T T。

 この痛すぎる出来事があって以来、「酒は飲んでも飲まれるな」を信条に、宴席ではバッカス神のご加護を願うようになったのです。

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【Photo】画家としての活動は15年ほどだったにも関わらず、バロック絵画の先駆者となったカラヴァッジョ初期の傑作「バッカス」(背景)。1913年に見い出されるまで、ウフィッツィ美術館の収蔵庫で人知れず眠っていた。ギリシャ神話に登場するブドウ酒と酩酊の神は、ブランデーを中に閉じ込めたチョコレート、ロッテ「Bacchus (バッカス)」でもおなじみかと

 ドラマチックな陰影表現を取り入れ、バロック絵画への扉を開いたのが、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610)。フィレンツェ・ウフィッツィ美術館で対峙して以来、日本初公開となるバッカス像との再会が、東京上野・国立西洋美術館で6月12日(日)まで開催中の「カラヴァッジョ展」で実現しました。

 次回は、庄イタのイコンともいうべき二つのバッカスを遺した不世出の天才カラヴァッジョについて語ります。

to be continued...
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2016/05/14

正真正銘、これぞトリュフチョコレート!!

アルバの薫り高きトリュフ入りトリュフチョコ


 2010年10月にオープンした旧店舗近くにこの春移転し、装いを一新した福島市「Osteria delle Gioie オステリア・デッレ・ジョイエ」。

 信仰するバッカス神との対面をウフィツィ美術館以来、久方ぶりに果たした「カラヴァッジョ展」、異才ぶりに圧倒された「若冲展」と続いたGW期間中の東西美術展巡り。その締めくくりとして、福島県立美術館で開催された「フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち 」を鑑賞がてら、1カ月半ぶりに店を訪れました。

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Osteria-Gioie.jpg【Photo】移転前のダークグリーンの外壁とオレンジ色の扉から、黒を基調としたシックな外装に生まれ変わったファサードとエントランス(右)。 外扉を開けると、ワインボトルをかたどった内扉が出迎えてくれる(左)。 旧店舗より広くなった店内はカウンタ-席をセンターに配し、明るく開放的な雰囲気

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sugopo-modoro@gioie.jpg【Photo】昨年11月、旧店舗で食したランチコース「Degustazione 」のプリモピアット「自然放牧豚の自家製サルシッチャと自家製サンマルツァーノトマトソース・ペコリーノ風味リガトーニ」(上写真)の味に魅了され、帰り際に購入した「Sugo al pomodoro fresco con San Marzano フレッシュサンマルツァーノトマトのソース 我が家風」(左写真)。イタリアの家庭と同じく夏の収穫期にまとめて製造、瓶詰めする

 サンマルツァーノトマトの自家製ソースしかり、ラグーしかりの滋味あふれる味付けで、いつに変わらぬ身も心も満たされるコストパフォーマンスの高いランチコース「Degustazione デグスタッツィオーネ」(税込2,940円)を頂きました。

 会計を済ませたところに厨房から出ていらした梅田勝実シェフとご挨拶を交わし、5月25日に開催する生産者交流イベント「自由で自然な仲間のマルシェ ナチュラ・フクシマ」について教えていただいた折のこと。

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【Photo】(3月中旬から5月初旬にかけてのDegustazione コースより。左上から順に)イタリア種の黄色いニンジンポタージュ、アンティパスティ・ミスティ(奥州いわいどりレバーのブルスケッタ、プロシュット、白いんげん豆、赤ダイコンとヘーゼルナッツ、イタリア風卵焼き、カポナータ、ニンジンのマリネ)、熊本産アサリのポモドーロソース・レモンの香りスパゲティ(⇒ 絶品!)、ふるや農園自然放牧豚肩ロースのグリッア、ピスタチオのジェラート・ブラッドオレンジのソルベ、SIMONELLI で淹れるLAVAZZA

 横目でレジカウンターのガラスケースの中に鎮座する「トリュフ入りチョコレート(下写真)の存在を見逃さないトリュフ犬顔負けの庄イタなのでした。

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 シニョーラ梅田から「お味見にどうぞ」と渡されたトリュフチョコからは、庄イタの嗅覚細胞に深く染みついた特徴的な白トリュフに通じる芳香が包み越しに立ち昇ってきます。

 人間の五感において記憶の最も奥底に刻まれるのは嗅覚。ある香りを嗅いだ途端に、遠い過去のシーンが突如として蘇った経験をお持ちの方は、少なくないかと。

 めくるめく香りに誘われるように、5粒入りパッケージ(税込1,260円)を所望。その時イメージしたのは、定番のNebbiolo ネッビオーロ、それも極めつけの作り手との組み合わせ(下写真)

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 熟成によって現れる妖艶なトリュフ香が顕著なバローロを醸すのが、「Giuseppe Rinaldi ジュゼッペ・リナルディ」。

 獣医の資格を有する 5代目当主のBeppe ベッペことジュゼッペ・リナルディ氏は、地元バローロでは、郷土史家としても知られる舌鋒鋭いキャラの濃い人物。申請手続きをすれば容易に取得できるはずの認証機関による有機認定には全く無頓着。

 2人の娘との共同作業で祖父の代から受け継ぐ4カ所のブドウ畑8haから、土着品種の良さを認識させてくれる「Freisaフレイザ」、「Ruché ルケ」ほか、「Dolchettoドルチェット」、「Barberaバルベーラ」などの黒ブドウから年産平均3.8万本のヴィーノ・ロッソを生産します。

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 単一畑Le Coste レ・コステ産ネッビオーロ15%に、同Brunate ブルナーテ産のネッビオーロをブレンドする「Brunate ブルナーテ」、単一畑Cannubi San Lorenzo カンヌビ・サン・ロレンツォ, 同Ravera ラヴェーラ, レ・コステの3つを瓶詰め前にブレンドする「Tre tine トレ・ティーネ」のクリュ・バローロ2種が、生産量全体の半数を占めます。

 世に名高い名醸地を1980年代から2000年代初頭にかけて席巻したモダニズムの嵐など、5代目にとってはどこ吹く風。先人が培った伝統に敬意を払い、1カ月を要する一次発酵には足踏み破砕の名残りとなる上部開放式の木製樽「Tini ティーニ」を、発酵後の熟成には、ファシズム期に普及したクロアチア東部・Slavonija スラヴォニア地方産オーク材を使った2,000ℓクラスの大樽「Botte ボッテ」を用います。(下写真)

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no-barrique-no-bel.jpg 225ℓ 容量のオーク樽(通称 Barrique バリック)は、ワインとの接触面積が多い分、木質由来の甘いバニラ香がワインに反映され、土地や作り手の個性が薄れる側面も。よって近年では地元では「Fustoフスト」と呼ばれる500~600ℓ容量のオーク樽やボッテの良さが見直され、地域性と伝統への回帰が顕著となっています。

 なるほど熟成庫の壁には、親戚筋にあたるバローロ村の伝説的な作り手「Bartolo Mascarello バルトロ・マスカレッロ」の先代が手書きした秀逸なマニフェスト「No Barrique No Berlusconi」(=反バリック樽, 反ベルルスコーニ)の有名なエチケッタ(ラベル)が掲げられています(右写真)

 バローロ5大クリュでは最北のLa Mora ラ・モーラ村は、優美で比較的早くからアプローチしやすいタイプのバローロとなります。深みのある偉大なバローロへと変貌してゆく単一畑ブルナーテで収穫されたブドウの発酵には、1世紀以上に渡って使われてきた栗材とオーク材を組み合わせた黒光りするひと際大きな専用樽を使用します。(上動画の1分20秒過ぎから登場)

 DOCGバローロに関しては、イタリアワイン法が規定する法定熟成期間36カ月を上回る樽熟42カ月が、ジュゼッペ・リナルディにおけるスタンダード。

 バローロ村の北東15kmと至近のピエモンテ州クーネオ県Alba アルバの街では、トリュフシーズンの秋に「Fiera Internazionale del Tartufo Bianco d'Alba(白トリュフ祭り)」が毎年開催され、黒トリュフでは到底代えがきかない魅惑的な香りに魅了された人々が世界中から集います。

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 アルバ市街地の北を流れるタナロ川を挟んで川向かいにあたるPiobesi d'Alba ピオベシ・ダルバには、グラッパの蒸留元として、またグラッパ入りチョコでも名高い「Sibona シボーナ」があります。

 そのグラッパとも相性が良かろうサマートリュフを練り込んだ正真正銘のトリュフチョコ製造元「TartufLanghe タルトゥフランゲ」もまた、ピオベシ・ダルバに製造所を構え、パスタやペースト類など、トリュフを使った加工食品を世に送り出してきました。

 タルトゥフランゲの自信作、フリーズドライ加工した夏トリュフ入りのトリュフホワイトチョコ「Dulcis Tuber Plalina con Tartufo(下写真)には、熟成してこそ真価を発揮するバローロではなく、早飲みが可能なDOCLanghe Nebbiolo ランゲ・ネッビオーロ2011」を合わせてみました。

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 醸造所の前に広がる3haのクリュ「ラヴェーラ」の樹齢が若いブドウを用いるDOC ランゲ・ネッビオーロは、大樽による熟成期間18カ月。平均年産はわずか5,500本。熱烈な信者が多いバローロよりも希少性は高いかもしれません。

 完璧な仕上がりとなった前年ほどではないにせよ、夏の猛暑と収穫期の好天で優良な2011年ヴィンテージは、ネッビオーロの特性といえる強靭なタンニンが意外なほどソフト。若飲みできるワインは、ともすると抜栓後のヘタリも早いのですが、大樽で時を重ねたヴィーノは、そんなことはありません。時間をかけて変化してゆくさまをじっくりと味わえます。

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 樹齢が高いネッビオーロ、特にバローロほどの高貴な複雑味はないにせよ、出汁がきいた旨味をたっぷりと堪能でき、エレガントな血筋の良さは十分に感じられます。インパクト重視でグイグイ押しまくるのではなく、ジ~ンワリ心に沁みる寄り添い型ヴィーノ・ロッソ。

 重量ベースでは0.3%の含有量ながら、芳醇で濃厚な香りが特徴の夏トリュフ(Tuber Aestivum Vitt.)がしっかりと存在感を示し、ピエモンテ産ヘーゼルナッツの風味が、かすかな塩味を伴ったホワイトチョコと相まって、予想通りランゲ・ネッビオーロ2011との良好なカップリングが成立します。

 国家財政は火の車で、公務員の仕事ぶりはいい加減でも、人生を謳歌する名人たるイタリア人の仕事って、何故にこうも味わい深いのでしょうね。

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logo_gioie.jpgOsteria delle Gioie オステリア・デッレ・ジョイエ
 ・住:福島市鳥谷野字二ツ石12-3
 ・Phone:024-529-6656
 ・営:11:30-14:00 L.O. 18:30-20:30 L.O.
 ・水曜日・第二火曜日定休 Pあり カード可 禁煙
 ・URL:https://www.facebook.com/OsteriaDelleGioie/?fref=ts


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2016/05/02

延長戦 三番勝負

Gli abbinamenti tre vini contro formaggio la Rossa
Formaggio CigliegioAtto さくらチーズ 第四幕


 桜前線の北上に合わせてお届けして参りました桜の香り漂うチーズに関する話題。加熱したモッツアレラチーズのように、伸ばしに伸ばしてきましたが、いよいよ今回が最終章となる第4 弾です。

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【Photo】種自体が国指定天然記念物に指定される「鹽竈桜(しおがまざくら)」。国府が置かれた多賀城の鬼門となる北東に位置する宮城県塩竈市「志波彦神社・鹽竈神社」。その境内には60本ほどの八重咲きのサトザクラの一種、鹽竈桜があり、うち27本が天然記念物に指定されている。ソメイヨシノに遅れること10日ほどで、30~50枚の花弁が手毬状に花開く見ごろを迎える。4月24日に催された今年の鹽竈神社花まつりにて

 ピエモンテ州南部、リグーリア州にほど近いアルタ・ランゲ地方産の山羊乳チーズ「La Rossa ラ・ロッサ〈2016.4拙稿「Formaggio CigliegioAtto II 】 さくらチーズ 第二幕」参照〉と、Vini Bianchi との組み合わせ三番勝負で消費しきれなかった残り1/4は、熟成が一段と進んでいます。

 そんな山羊乳チーズの特徴であるピリっとした風味が加わり、表面のオレンジ色が濃くなり、香りが一段と強くなって購入当初は感じられた桜葉の香りを覆い隠してきました。

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 チーズに限らず日本で流通する加工食品には、食品衛生法で賞味期限の表示義務があります。その日付が迫りつつある状況ではありましたが、そもそも賞味期限とは、美味しく食することができる期日の目安にすぎません。

 多種多様な微生物や菌の活動によって熟成が進む(=風味が変化する)ナチュラルチーズは、加熱して菌が死滅するプロセスチーズとは違い、誤解を恐れずに言えば、食べ頃はあっても厳密な賞味期限など存在しないに等しい発酵食です。

 日を追うごと濃厚さが増したLa Rossa から想起した延長戦の組み合わせは、フルボディのヴィーノ・ビアンコを筆頭格に、渋味として感じるタンニンが強くない赤ワインや濃密なデザートワインなど。

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 1本目に選んだのは、南チロル地方屈指の優れた作り手「San Michele Appiano サン・ミケーレ・アッピアーノ」。

 その最上級ライン「Sanct Valentin サンクト・ヴァレンティン」の単一品種から作られる辛口白ワイン全5種類の中でも、特に傑出している「Pinot Grigio ピノ・グリージオ2010」。(左写真)

 第三幕で最良の組み合わせだった「Graminè グラミーネ2013」と同じトレンティーノ・アルト・アディジェ特別自治州の同じブドウ品種から作られており、比較の意味でキャスティングした次第。

 ロゼのような色合いのグラミーネは個性が際立つ演技派でしたが、オーストリアと国境を接し、ハプスブルグ帝国時代はオーストリアに併合されていたため、現在も優勢な独語表記ではSt.Michael-Eppan ザンクト・ミカエル・エッパンとなるサン・ミケーレ・アッピアーノは、いわば誰もが認める二枚目スター的なキャラ。ブドウ品種が同じでも、造り手によって個性が全く異なる見本のよう。

 アルト・アディジェ地方の中核となる街、ボルツァーノ周辺のブドウ生産農家350軒が組合員として加盟する協同組合組織に関しては、2013年6月に醸造家ハンス・テルツァー氏をお招きし、仙台で行われた試飲会レポートで詳報しています。〈2013.8拙稿「ビアンキスタ、面目躍如。」参照〉

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  試飲会で気に入って3本まとめ買いした時の印象から、キンキンには冷やさず、香りをたたせるため、あえて赤ワイン用の大ぶりなグラスを選びました。

 白の専門家〝Bianchista ビアンキスタ〟の異名を持つ醸造家が理想とするブドウの個性がピュアに伝わるボリューミーで密度の高い白ワインの世界観が、余すところなく表現されています。

 グラスからは熟れたマスクメロンやアップルマンゴーのゴージャスな香りが立ち上がってきます。スモーキーなニュアンスがあるピノ・グリージオと、熟成が進んだLa Rossa との相性は、極めて申し分ありません。

 スケールの大きなフルボディのサンクト・ヴァレンティン・ピノ・グリージオ2010ヴィンテージは、長熟に耐える白品種としてのピノ・グリージオの可能性を雄弁に物語る出来栄え。
 
 単体でもワインと対話するメディテーションも可能な素晴らしいヴィーノゆえ、ついスルスルとグラスが進みます。我に返って下した組み合わせ評定は、言わずもがなの★★★。

 さらに熟成が進み、一段と風味が増してきたLa Rossa には、もはや赤ワインが似つかわしいように思えました。

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〝コクや香りなど味わいの特徴を合わせるべし〟とは、前回述べたアッビナメントの常道。

 そこで取り出したのが、アドリア海にほど近い中部イタリア・マルケ州アンコーナ県Morro d'Alba モッロ・ダルバ周辺だけで栽培されるブドウ品種「Lacrima Nera ラクリマ・ネラ」から醸したヴィーノ・ロッソ2本(左写真)。エチケッタをご覧の通り、作り手はいずれも「Marotti Campi マロッティ・カンピ」。

 共働学舎さくらとのアッビナメントでは、ラクリマを泡仕立てにしたスプマンテと組み合わせましたが、泡ものとの相性は今ひとつ。〈2016年3月拙稿「さくらの便りは北の国から」参照〉 捲土重来を期してラクリマのスティルワインに候補を絞り、アッビナメント延長戦第2ラウンドに臨みました。

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 完熟すると実割れしやすく、裂け目から果汁が滲み出すさまが、涙(伊語:Lacrima )に似ているため、ラクリマと名づけられたというこの品種。

 そのリスクが高まる9月下旬まで収穫を控え、最適なタイミングで手摘みしたブドウを2-3年落ちのフレンチバリック樽で12ヵ月熟成後、6ヵ月の瓶熟を施す(一般に上級ラインを意味する)Superiore スーペリオーレ(上写真左側)という選択肢も手元にあるにはありました。
 
 La Rossa との相性を考慮し、最終的に選んだのは、「Lacrima di Morro d'Alba Rubico ラクリマ・ディ・モッロ・ダルバ・ルビコ2013」。

 こちらは、収穫したブドウの8割は通常のアルコール発酵を施しますが、2割を房のまま密閉したタンクで醗酵させる(イタリアの新酒ノヴェッロに用いる)炭酸ガス浸漬法で醸してから圧搾し、両者をブレンド後にステンレスタンクで6ヵ月、瓶熟2ヵ月の熟成を経て出荷されるカジュアルなタイプです。

 ピエモンテ州モンフェラート原産とされ、食事との汎用性が高い黒ブドウ「Dolcetto ドルチェット」と風味が似ているアロマティックな希少品種ラクリマ〈2011.11拙稿「ボジョレー騒動はさておき...」参照〉。前回のスプマンテでは、★評価に留まったものの、相手を変えた二度目の桜チーズとのアッビナメント結果はいかに。

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 ヴィーノが樽を使っていない分、ストレートに感じられる品種の特徴であるバラの甘い香りが、刺激的なチーズの風味をマイルドに和らげてくれます。スプマンテでは阻害要因となった泡がない分、組み合わせの妙が生かされ、評定は及第点の★★。

 延長戦の最後は、北イタリアのデザートワインで締めましょう。桜はバラ科の植物であることから、選んだのはバラの花を意味する「La Rosa ラ・ローザ2006」。

 ラ・ロッサにラ・ローザ。単なる語呂合わせです(^ ^;ゞ。

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 La Rosa は、赤用に混醸されるケースが多い黒ブドウ「Molinaraモリナーラ」と、微発泡のMoscato d'Asti が第三幕1本目で登場した白ブドウ「Moscato モスカート」を収穫後、潜在アルコール度数が18度に達する12月まで陰干してから圧搾。年明けの春に瓶詰めされます。

 醸造所でブドウの陰干しを目の当たりにした2003vinを今年開けた「Vin San Giusto ヴィン・サン・ジュスト」のように、6年に及ぶ樽熟期間に60%まで凝縮する珠玉のデザートワインと比べれば、あっさりした仕上がりです。

 ガルダ湖の南東、アディジェ川流域の盆地に醸造所を構える「Cavalchina カヴァルキーナ」という作り手によるものです。

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 今年50 回目を迎えたイタリア最大のワイン見本市「Vinitaly ヴィニタリー」が毎年4月に開催されるヴェローナを擁するヴェネト州のD.O.Cゾーンでいえば、そこは同郷の「Soaveソアーヴェ」の名声に隠れがちな佳酒「Bianco di Custoza ビアンコ・ディ・クストーザ」や、軽やかな赤「Bardorinoバルドリーノ」を産出する地域です。

 凝縮したブドウを圧搾して得られる天然の甘味と綺麗な酸味が絡み合うこのデザートワインと、刺激的な風味の山羊乳チーズとの組み合わせには、美味しいものには目がないイタリア人もそうするように、媒介役となる蜂蜜を加えた方が良さそうでした。

 ラベルに「Sapore pungente accostalo ai formaggi (=刺激的なチーズの風味を和らげる)」と記されたトスカーナ産クリの花蜜Miele Castagno (上写真)を取り出しましたが、後味に苦味が残り、熟成した山羊乳チーズとの相性はよくありません。

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 そこで引っ張り出したのが、共働学舎さくらにも使った盛岡・藤原養蜂場の石割桜一番蜜。

 国指定天然記念物に指定される石割桜や、桜の名所として親しまれる盛岡城址に近いビルに設置した巣箱の蜜蜂が集めた花蜜はメープルシロップを煮詰めたような上品な風味で、心地よい甘い香りが広がります。

 チーズのコクはそのままに、鋭角的な刺激を蜂蜜が優しく包み込んでゆきます。そこに加わるLa Rosa の適度な甘味と酸味。
 
 チーズ、ヴィーノ(⇒桜はバラ科)、蜂蜜の全てが桜というキーワードでつながり、色合いまで揃って三位一体の調和を生み出します。

 「che Buono !♪ (=なんて美味いんだっ!♪)」と感嘆しつつ、庄イタが下した評定は、最高点に星半分オマケして★★★

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【Photo】盛岡地方裁判所前庭の真っ二つに割れた周囲21mの花崗岩の裂け目からは、高さ10m・根回り4.3mの樹齢380年と推定されるエドヒガンザクラ「石割桜」が生えている。例年4月中旬に開花するが、過去40年で最速だった昨年と同じ4月8日に今年は開花した。国指定天然記念物

 お届けして参りました桜にちなんだチーズとヴィーノのアッビナメント劇場全4幕。こうして大団円を迎えたのでした。 

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