あるもの探しの旅

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余は如何にしてバッカス信徒となりし乎

Road to バッカス @カラヴァッジョ展


 幼少期から水で薄めたヴィーノを体内に摂取することが珍しくないイタリア人は、自身のアルコール摂取に関する限界を知悉しているため、人前で泥酔する醜態を晒すことがありません。

 そんな前世における幼児体験のおかげか、庄イタは常に品行方正な飲み方を心掛けています。とはいうものの、過去において脛にキズがないわけではありません。

 東京支社勤務時代、JR市ヶ谷駅のすぐ目の前にあった越前料理店「みくに」を会場に、現在は合併により社名が無くなった某大手広告会社と全国各地の新聞社有志による宴席が例年12月に開催されていました。

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【Photo】〝百薬の長〟は楽しく適量を。和らぎ水も忘れずに。週に2日は休肝日。以上、自戒の意味を込めて。(本文と画像は関係ありません)

 そこでは大杯に注がれた日本酒を飲み干す儀式が恒例化しており、座の盛り上がりとともに、清酒+ビール、そこに+刺身のワサビ醤油、さらに+その他モロモロが加わり、正体不明の特製日本酒カクテルと化してゆくのでした。

 ゆえに悪酔い必至ゆえ、参加するブロック紙・地方紙業界では知らぬ人の無かったこの酒席。初参加した転勤1年目は、猫をかぶっていたために大過なく乗り切ったものの、標的となった2年目は翌朝出社できない羽目に。その反省から自分なりにコツとペースをつかんだつもりの3年目。事件は起きました。

 陶酔の極みへと至るディオニューソス的な盛り上がりは例年通り。被弾多数で撃沈は免れるも、したたか呑んでお開きとなりました。店の出口付近では、「次の店行くぞo(`・д・´)ノ━!!」的な雄叫びが響き渡っていましたが、奈落の底への誘いには応じない理性は働いていました。

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【Photo】酒神ディオニューソス(バッカス)とヘラクレスの酒豪ぶりを寓意化した1世紀頃のモザイク。カエサルやアウグストゥスの時代、対立するパルティア帝国への前線都市として、東地中海地域最大のローマ属州都市として栄えたアンティオキア(現トルコ南部アンタキヤ)。AD526 に発生した大地震で大打撃を受け衰退した都市の屋敷跡より出土した(本文と画像は関係ありません)

 当時、社宅があったJR常磐線松戸駅に向かうべく、背後の絶叫を振り払うように、市谷見附の横断歩道を急ぎ渡り終えました。そしてJR市ヶ谷駅の改札を通過した時、勝利を確信したのです。

 「ムフフ...。今年は昨年よりは飲んでないぞ

 市ヶ谷から4駅目の秋葉原、そしてJR山手線日暮里駅で乗り換えるため、JR総武線の各駅停車電車に乗り込んだのが、夜9時過ぎ(路線図参照)

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 ところが暖房が入った車内で酔いが回ったのでしょう。家路について安心したのも手伝い、吊革につかまったまま、知らぬうちにzzz...。ふと我に返ったのが、乗り換えるつもりだった秋葉原を14駅も通り過ぎた先の津田沼の手前。

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 「emoticon.jpg あ゛ーっ、乗り過ごした!

 かくなる上は、作戦変更。西船橋まで3駅ほど戻り、JR武蔵野線で5つ目の新松戸駅へ向かい、JR常磐線上り電車で3つ戻って松戸を目指そうと、津田沼駅で慌てて電車を降りました。

 総武線上り電車に乗り換え、西船橋駅で電車を降り、階段で武蔵野線ホームに移動。5分間隔で運行する総武線ほどは運転本数が多くはない武蔵野線ゆえ、間隔が10分以上空いていたはず。電車を待つ間、ベンチに腰掛けると再び睡魔が襲ったのです。

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 ...zzzz。そのままどれほど時間が経過したのでしょう。なかば意識が朦朧としつつも、覚醒した庄イタが乗り込んだ武蔵野線上り電車。5つ目の新松戸で乗り換えをするはずが、空いていた座席に腰掛けてしまったことで、さらに深手を負う羽目に。

 電車に揺られるうち、意識は遠のき、再び夢の世界へ。zzzzz...。トロイメライの幻聴とオーバーラップして耳に届いた車内アナウンスに促されるように目覚めたのが、終点の府中本町駅の手前。

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 西船橋から乗車して間もなく眠りにつき、新松戸で常磐線に乗り換えることなく、なんと1時間あまりをかけて関東平野を半周していたのです。そこは目指すべき松戸とは正反対の方向(上路線図参照)

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 「マンマ・ミーア!!

 もはや酔いも醒めた頭で、「やれやれ、下り電車に乗り換えて新松戸経由なら、1時間30分ほどで松戸まで戻れるかしらん」と思ったのも束の間。

 日付が変わって零時半近くに府中本町を出る下り最終電車は、わずか5つ先の東所沢駅止まりであるという冷酷な事実を車内アナウンスは告げていました。

 「オー・マイ・ガーっ!!!

【Photo】 Skrik/ The Scream by Edvard Munch,ムンク(1863-1944)「叫び」1893年 (本文と画像は関係ありません)

 朝が来れば、また出勤せねばなりません。窮地に立たされた庄イタに残された道は、少しでも家の近くまで電車で戻り、訪れたこともない東所沢から深夜タクシーに乗るしかないのでした。

 総武線の吊革、そして西船橋駅のベンチ(⇒この滞留時間が最長だった)、さらに武蔵野線の座席で、都合3時間近くも睡眠をとったため、これっぽっちも眠くありません(笑)。財布の中を確認し、所持金で社宅まで戻れるであろうことを確認。わずかな乗客を乗せた最終電車に揺られること20分にも満たない小さな旅はあっけなく終了。

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【Photo】栴檀は双葉より芳しというべきか。どう見ても成人年齢に達していないバッカス神。下から出しながら葡萄酒をグビグビ飲み続ける秘技はさすが酩酊の神 Bacco che beve / Drinking Bacchus by Guido Reni, ボローニャ派のグイド・レーニ(1575-1642)「酒を飲むバッカス」1623年 (本文と画像は関係ありません)

 否応なしに初めて降り立った終着の東所沢駅。終点とはいうものの、ヨーロッパの鉄道のような始発終着となる大きなターミナル駅でもなく、予想だにしない小さな駅だったので、タクシーがいるか不安に駆られました。

 捨てる神あれば拾う神あり。南口駅前のタクシープールには客待ちのタクシーが数台。ドライバーに「松戸まで」と告げた時のリアクションは、今もはっきりと覚えています。 

 深夜割増時間帯で、40km 離れた松戸まで乗車する上客が舞い込んだ運転手は、後部座席に乗り込んだ庄イタに対して開口一番、弾んだ声でこう言ったのです。

 「お客さーん、電車乗り過ごしちゃったんでしょ?」

 言わずもがなの指摘を受けた庄イタは、ぐうの音も出ません。自嘲的な愛想笑いを返すのがやっとでした。そうしてまんじりともせず1時間以上をかけて社宅に到着。2万円+α が飛んで行ったとさ (T T。

 この痛すぎる出来事があって以来、「酒は飲んでも飲まれるな」を信条に、宴席ではバッカス神のご加護を願うようになったのです。

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【Photo】画家としての活動は15年ほどだったにも関わらず、バロック絵画の先駆者となったカラヴァッジョ初期の傑作「バッカス」(背景)。1913年に見い出されるまで、ウフィッツィ美術館の収蔵庫で人知れず眠っていた。ギリシャ神話に登場するブドウ酒と酩酊の神は、ブランデーを中に閉じ込めたチョコレート、ロッテ「Bacchus (バッカス)」でもおなじみかと

 ドラマチックな陰影表現を取り入れ、バロック絵画への扉を開いたのが、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610)。フィレンツェ・ウフィッツィ美術館で対峙して以来、日本初公開となるバッカス像との再会が、東京上野・国立西洋美術館で6月12日(日)まで開催中の「カラヴァッジョ展」で実現しました。

 次回は、庄イタのイコンともいうべき二つのバッカスを遺した不世出の天才カラヴァッジョについて語ります。

to be continued...
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