あるもの探しの旅

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2016/06/27

リング、らせん、ループ。

連鎖する言霊現象2016

 作家・鈴木光司氏のホラー小説3部作のタイトルを列記した今回。「言霊」は心霊現象ではありませんが、立て続けに3度目の美味しい言霊現象が起きました。

 前稿「念ずれば すなわち是 通ず(≒ 届く)」をアップした日曜日。朝食後に言霊フルーツ第2弾で頂いた佐藤錦の残りを食べ尽くし、カフェラッテでまったりしているところにインターフォンのチャイムが鳴りました。

 モニター画面には、お隣りの奥様が玄関先に佇んでいる姿が映し出されています。「どうぞ召し上がって下さい。(^^)」とお裾分けに頂いたのが、ぷるんとした赤い輝きを放つコレ。

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 山形県寒河江市と並んでサクランボ栽培が盛んなのが、佐藤錦発祥の地で仙台市と隣り合う東根市。観光サクランボ園に向かう車で混み合うR48で県境を越え、土曜日にご家族4人で東根の果樹園に行っていらしたそう。

 大きさが25mm以上の2L~3Lサイズはあろうかという真っ赤に色づいた果実を食してみると、酸味と甘味のバランスが絶妙な佐藤錦とは風味が異なります。酸味が弱いことから、入れ替わりでこれから旬を迎える「紅秀峰」と思われます。

 二度あることは三度ある。言霊現象は連鎖するようです。「♪ Oooh きっと来る~」という映画「貞子」のテーマ曲「feels like "HEAVEN" by HⅡH」が、今も頭の中を駆け巡っております。

 昨日に続いて「どうもごちそうさまでした m(_ _)m」

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2016/06/26

念ずれば すなわち是 通ず(≒ 届く)

イリュージョン・チェリー from 庄内

フェロモンメロン ~ 奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台」続編

 言霊(ことだま)アムさんメロンの甘い香りに包まれた拙宅に、言霊フルーツ第2弾が届いたのは、もはや必然だったのかもしれません。

 それが届いたのは、山形内陸で、お久しぶり & お初にお目にかかる場所を訪れた休日明け。蕎麦を食したいと言う家人を伴い、今の時季はサクランボ狩りに向かう車で渋滞必至のR48は避けたほうが得策と考え、山形自動車道笹谷峠経由で山形市を訪れたのが先週日曜日。

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 それがアンビリーバボーな言霊果実第2弾の伏線となりました。

 J.S.バッハをBGMに冬の変わり蕎麦「柚子切り」を食したのが今年1月末。〈2016.2拙稿「Pizzoccheri al citron giapponesi 柚子切りは J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲とともに」参照〉山形市を訪れたのは半年ぶりです。

 伺ったのは山形では最古参のそば処だという有名店「そば処 庄司屋本店」。

 慶応年間に創業したこの蕎麦処を訪れるのは、山形総局に勤務していた2003年(平成15)、蕎麦好きの総局長Kさんと訪れて以来。

 庄司屋本店再訪の目的は、期間 & 数量限定の「天保そば」。

 1998年(平成10)、福島県双葉郡大熊町の古民家の解体中、屋根裏の古びた俵の中から、炭や灰に覆われた玄ソバが発見されます。これは天明の大飢饉を生き延びた祖先が、再び襲う飢饉への備えに残したと推測されるもの。

 前々回の〝屋根裏カラヴァッジョ〟@トゥルーズは150億円相当ですが、子孫に託され160年の時を経て屋根裏から目覚めた天保そば@福島の価値は、まさにPriceless

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 とはいえ傷みが目立つ玄ソバを発芽させようという研究機関や大学による試みは、ことごとく失敗。1999年(平成11)に発芽から開花・結実・収穫までを成し遂げたのが、福島の製粉業者仲間から100gの玄ソバが送られてきた山形市「鈴木製粉所」社長の鈴木彦市氏(故人)

 品種改良がなされる前の江戸末期からタイムトンネルを越えて復活した天保そば。製粉業者や蕎麦店主などで構成される「幻の山形天保そば保存会」では、交雑を避けるため、酒田から39km沖合いの飛島で原種栽培を行うなどして作付を増やしてきました。

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 2005年(平成17)からは保存会メンバーの蕎麦店で生そばの提供を始めました。今年も6月1日から会員が営む上記13店舗で、昨年秋に収穫し、低温保存していた天保そばの提供が始まっています。早い店では1週間から10日ほどで完売するのだといいます。

 江戸風の上品な更科とコシの強い田舎の相盛りが庄イタの定番だった庄司屋本店。12時半を過ぎ、混み合う蔵座敷には、早咲きのヒマワリを生けた鉢と最上川の雪景を描いた真下慶治の風景画「デルタが見える最上川」が掛かり、夏と冬とが共存しているようでした。

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 山形内陸ならではの「板そば」(1人前1,450円)には目もくれず、一点買いした「せいろ天保そば」(同1,080円)は、これまで食べてきたいかなる蕎麦とも異なるものでした。

 雑味のない本枯節と利尻昆布で出汁をとる辛口そばつゆ、蕎麦粉10割+つなぎ1割の「といち」が基本の庄司屋。パスタで例えれば、ブロンズダイス成形による表面の細かい凹凸があるルヴィタタイプの天保そばは、コシがありながらも、もちっとした食感が特徴。力強い蕎麦の香りの後に甘味が残ります。

 蕎麦湯には柚子七味を加え、稀少な江戸の味を堪能した余韻に浸ることしばし。白濁した蕎麦湯の後は、蔵王温泉の白濁した強酸性の硫黄泉が恋しくなります。温泉街がある蔵王の標高880m地点に向かう前にチェックしたのが、旬真っ盛りのサクランボ。春先から温暖だった今年は豊作なのだとか。

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 昼夜の寒暖差が大きい盆地性気候で果樹栽培に適した山形県内陸部。サクランボ栽培が盛んな村山地域でも、全生産量の3割程度しかない秀クラス以上で大玉Lサイズの代表品種「佐藤錦」は、たとえバラ詰めだとしても1kg4,000円を下回ることはありません。まして贈答用の手詰めともなれば価格は推して知るべし。

 仙台とそう変わらぬ産地価格を前に、無念のスルーを決断したのです。

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 蔵王へ向かう道すがら、平清水の窯元「七右エ門窯」を訪れ、震災で破損して揃いが不足していた湯飲み茶碗を五客購入しました。

 窯元の敷地内には酒田在住の日本酒師匠Aさんご推奨の純米酒専門店「正酒屋六根浄」があります。初対面の店主・熊谷太郎さんからお薦め頂いたのが、福島県郡山市田村町で、江戸中期の1711年に創業した金寶(きんぽう)酒造・仁井田本家の純米吟醸「田村」。

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 自社田で蔵人が無農薬自然栽培する「亀の尾」を全量使用しており、18代目蔵元とこの道60年の杜氏をはじめとする作り手の思いが伝わる1本。平清水で購入した茶碗は、酒器にも適しているようで。。。(^ω^;)

 凄みすら感じるコメの旨味。素材の良さを余すところなく引き出したふっくらとした味わい深さと力強さを兼ね備えた田村は、冷で良し、燗で良し。これは旨い!!

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 そして翌月曜日。拙宅に届いたのが、品名に「佐藤錦」と記載されたこちらの箱(上)。前日、山形で購入を見送ったサクランボが、イリュージョンのごとく目の前にありました。

 すわプリンセス・テンコーこと2代目引田天功の所業か? そんな妄想を巡らせるまでもなく、送り主は鶴岡在住の知人でした。

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 高まる期待を胸に開けてびっくり玉手箱。中身は高級品の証であるぎっしり手詰めの言霊サクランボ。箱に記載された生産者名は平藤丈司さん。

 昨年JA全農山形などが主催した佐藤錦に次ぐ優良品種として期待がかかる新品種「紅秀峰」の品評会において、食の都・庄内地域から唯一入賞を果たしている生産者です。

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 いわずもがなですが、これまた旨い!! どうもごちそうさまでした。(昨年は送り主に牛タンをお送りした今年のお返し。今年はちょっと気張らねば...。)
  
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2016/06/19

フェロモンメロン

奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台


 どこで区切るのか紛らわしい今回のタイトルですが、フェロモン+メロンと読み解いて下さい。

 それは仙台市役所で行われた会議を終え、同僚と共にタクシーで勤務先に戻ろうとした6月16日(木)のことです。

 市役所前の勾当台市民広場で開催されていた「東北6県『道の駅』まるごとフェスタ」が、ふと気になり、広場を素通りできませんでした。

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 今回が初開催となるこの催しは、NPO法人東北みち会議が主体となり、各駅長らで組織した実行委が主催したもの。東北6県から39の道の駅が集結。各地自慢の産品を販売したほか、熊本県産品の委託販売も行われました。

 「ちょっと覗いてみていい?」と同僚に声を掛け、3年前、立佞武多(たちねぷた)の折に訪れた〈2013.8拙稿「庄内系イタリア人的青森〈後編〉燃え立つ夏2013@青森:津軽編」参照〉青森県北津軽郡鶴田町の道の駅「鶴の里あるじゃ」のブース前で、ごく淡い期待を胸に足を止めました。

 昨年、激しい戦いの末、タレントのモト冬樹さんが準優勝した「吸盤綱引き全国大会」が開催される鶴田町特産のブドウ「スチューベン」果汁100%ジュースは置いていましたが、アルコール発酵したブドウ果汁や、並外れた美味しさの路地ものメロン「優香(ゆうか)」は残念ながら見当たりません。

amu-san@kotodai-001.jpg ブースにいらした係の方と「優香メロンが出回るのは7月中旬からですよねー」と恨めし気に言葉を交わし、すぐ左隣のブースに移動すると...。

 そこに黄色味がかった淡い緑のマスクメロン(右)が鎮座していたのです。
 
 何が起きているのか、事態の展開が飲み込めないまま、ある確信をもって看板を見ると「青森・道の駅 ひろさき」とあります。

 間違いありません。オレンジ色のラベルが貼られたそのメロンは、ここ何年か庄イタが夏に恋してやまない「アムさんメロン」なのでした。

 夏場の豊富な日照、昼夜の寒暖差、水はけのよい砂丘地帯といった津軽の風土、そしてハウス栽培による徹底した品質管理のもとで生産され、弘前中央青果が商標を有する「アムさんメロン」(品種名:優香(ゆうか))。

 果皮ぎりぎりまで食すことができる緑色系のキメ細やかな果肉のみずみずしさ、時に糖度18度に達する食味と香りの良さは、一度体験したら忘れられません(北海道産の有名ブランド高級メロンは、最高級の特秀で糖度13 %以上)

 よもや勾当台市民広場で遭遇しようとは、予想だにしないアムさんメロンを前に、庄イタが興奮冷めやらぬのには理由がありました。

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 梅雨の晴れ間が広がったその日。今年の春先に発見したアルデンテな平成進化形ナポリタンを食した足で、すぐ近くの「GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ〈2015.6拙稿「Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈後編〉」参照〉で、店主の磯部智広さんとアムさんメロンの噂話をしていました。

 過去2年連続で品評会出品メロンを入手している「青森マルシェ」の今年度第1回目が、7月17日(日)に青森市で開催されることから、「出荷の最盛期を迎える来月、青森に行けたらサンプルを買ってくるよ」という話の流れになっていたのです。

 古来、言葉には不思議な霊力が宿ることがあると申します。勾当台公園にあったアムさんメロンを、言霊(ことだま)メロンと呼ばずして何と呼べばよいでしょう。
 
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【Photo】週末に食べ頃を迎えた2016年の初物アムさんメロン。まだ旬の走りの初物にして、期待を裏切らない素晴らしい食味に魅了された

 青森以外にはまず出回らないアムさんメロンと勾当台公園で遭遇するとは、まさに渡りに船。川で洗濯中にモモではなくメロンが流れてきた上、葱ではなくメロンを背負ったカモまでが飛来したに等しい展開なのでした。
 
 しかも、催し最終日の閉幕時刻間近とあって、定価2,000円のところ2個以上購入で1個あたり1,000円という好条件が提示されていました。そこで3個は自家消費用に、1個はサンプル用に購入し、帰り足で店に届けました。

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 メロンは俗にいう下のお尻部分を押して弾力が出てきたら食べ頃。この週末に食した1個目は、庄イタのアナログ式バイオ官能糖度計(⇒ 伊語:lingua, 英語:tongue, 日本語:舌)の計測では、優に推定糖度17度を超える高貴な甘さを有しており、昨年に続いて今年の作柄にも期待が持てそうです。

 今、こうしている間にも、追熟中のアムさんメロンからは、えもいわれぬ芳香が漂ってきます(上画像)。敢えてリビングルームに置くことで、天然成分100%の心地よいアロマで部屋は満たされてゆきます。

 アムさんが発する「完熟してからワタシを食べて~♥」フェロモンに、ここ数日魅了されまくっていたところ、冴えわたる超能力の成せる業としか解釈のしようがない言霊フルーツ第二弾が待ち受けていました。

to be continued...

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2016/06/12

光と闇。二つの肖像 〈後編〉

二つのバッカス。そしてダヴィデとゴリアテ


 かの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)と同様に、出身地の名で広く知られるミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571-1610)が本格的に創作を行ったのは、15年にも満たない歳月に過ぎません。

 存命中から1620年代にかけて登場した「カラヴァジェスキ」と呼ばれる多くの追従者を輩出するものの、没後は人々の記憶から急速に忘れ去られました。

Ottavio_Leoni,_Caravaggio.jpg【Photo】「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの肖像(部分)」(1621 フィレンツェ:マルチェリアーナ図書館蔵)ローマ出身の肖像画家オッタヴィオ・レオーニ(1578-1630)は、カラヴァッジョとは7歳差。両者はともにマーダマ邸に住まうフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿の庇護下にあり、面識があった

 ごく一部の知識人を除けば、忘却の彼方に埋没していた画家に対する再評価がなされたのは20世紀半ば。バロックへの扉を開いた巨匠として復活を果たすまで、実に300年以上を要しました。

 謎多き生涯と作品についての新たな発見は、現在も続いています。

 2014年4月、フランス南西部トゥルーズで、民家の雨漏り補修のため、住民が鍵をこじ開けた屋根裏部屋に放置された1枚の油絵を見つけます。鑑定の結果、それがカラヴァッジョがローマで精力的に創作を行っていた1604~05年に描かれた真筆であるとセンセーショナルな発表がなされたのが今年4月。

 この鑑定が正しければ、1億2千万ユーロ(約150億)と評価された「ホロフェルネスの首を切るユディット」が、恐らくはナポレオンの配下によってイタリアから略奪された後、150年以上も人知れず屋根裏部屋で眠っていたのです。これぞ〝棚カラぼた餅、屋根裏カラヴァッジョ。〟(蛇足ながら、150億円を支払う財力が庄イタにあったとしても、発見された絵を部屋に飾ろうとは思いません)

bacchino-matrato.jpgBacchino malato 病めるバッカス(バッカスとしての自画像)(1593~1594 頃 ローマ:ボルゲーゼ美術館蔵)】鏡の前で酒神に扮してポーズをとる画家自身を描いたこの作品と対峙する時、バッカスが視線を向ける鑑賞者の位置にいた画家本人が仕掛けたアイロニカルな罠に慄然とする。皮肉にも酒乱だったミケランジェロ・メリージが引き起こした幾多の警察沙汰は、少なからず酒の勢いだったという。同時代を生きた伝記作家の証言や犯罪記録をまとめた「カラヴァッジョ伝記集」〈右下〉(石鍋真澄編・訳 / 平凡社ライブラリー2016.3刊)

 庄イタが信奉する酒神ディオニューソス(バッカス)を題材にカラヴァッジョが描いた二つの作品は、1917年から1940年代後半になって真筆として確認されています。

caravaggio_storia.jpg 寵愛を受けたクレメンス8世(1536-1605)からカヴァリエーレ・ダルピーノの名を拝命したローマ教皇庁ご用達の画家ジュゼッペ・チェーザリ〈左下〉(1568-1640)に師事していた1593年頃、ミケランジェロ・メリージは馬に蹴られて足に重傷を負います。

 モデルを雇う所持金がなかった画家自身を鏡像として描いたのが「病めるバッカスバッカスとしての自画像)」。困窮者に無償で医療行為を行うコンソラツィオーネ病院から退院した直後、青白い顔に笑みを浮かべる病み上がりの姿を投影したとされます。

 
Giuseppe_Cesari_Ottavio_Leoni.jpg 病的なバッカスが冠とするのはセオリー通りのブドウではなく、永遠性を示す常緑のセイヨウキヅタ。バッカスが手にする白ブドウは復活、黒ブドウはキリストの血と犠牲の象徴。解くことを促すかのように差し出された腰紐や、救済の果実モモは、一部の研究者が指摘する初期の作品における同性愛の傾向を読み解くことも無理ではなく、多様な解釈がなされてきました。

【Photo】ジュゼッペ・チェーザリ「カヴァリエーレ・ダルピーノの肖像(部分)」1621

 風変わりな酒神に自身を重ねたこの肖像は、師であるダルピーノの手元に当初ありました。粗末な藁の寝床しか与えず、静物画を主に描かせて厚遇したとはいえないダルピーノのもとをミケランジェロ・メリージが去った時、この油絵がダルピーノの工房に残されていたのでしょう。

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 現在は美術館としては最多の6点を所蔵するカラヴァッジョ作品ほか、ルネッサンス・バロック期の壮麗なコレクションを有するボルゲーゼ美術館の所蔵となっています。

 これはカラヴァッジョのみならず美術品の蒐集に情熱を傾けたシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿〈右〉(1577-1633)が、1607年に銃の不法所持を理由に投獄したダルピーノから押収したもの。ボルゲーゼ家出身のローマ教皇パウルス5世(1552-1621)も、甥の強引なやり方を黙認しました。

【 Photo】プロテスタントに対抗するカトリックの威信を示すため、ローマ教皇庁は宗教的な題材の美術品や彫像を数多く発注した。大理石を自在に扱った造形の天才ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)作「シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の胸像」(部分・1632 ローマ:ボルゲーゼ美術館蔵 / 上画像)とディオニューソス的などんちゃん騒ぎで子どもに弄ばれる牧神ファウヌスの大理石像「バッカナールBacchanal: A Faun Teased by Children」(1616~1617 ニューヨーク:メトロポリタン美術館蔵 / 下画像)

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 枢機卿が美術品を収蔵するために造営したボルゲーゼ家の別荘は、1903年に国立ボルゲーゼ美術館として公開され今日に至ります。ローマ市民憩いの場となっている広大なボルゲーゼ公園ともども、シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿は大いなる遺産を残してくれたのです。 

 ギリシャ神話に登場するブドウ酒と陶酔の神ディオニューソス(バッカス)。彫刻やモザイク画の題材ほか、古来多くの芸術家に創作の霊感を与えてきました。

Velazquez_Baco.jpgEl triunfo de Baco バッカスの勝利(1628~1629 マドリッド:プラド美術館蔵)】スペインバロックの黄金期を築いたディエゴ・ベラスケスが描いたバッカスを囲む酒宴。酒神の姿にはローマから欧州一円に広まったカラヴァッジョの影響が感じられる

 レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロ・ブオナロッティ、バロック期のグイド・レーニ、ディエゴ・ベラスケス(上画像)、ピーター・パウル・ルーベンス、さらにはカラヴァッジョに扮したセルフポートレートを1990年に発表したシンディ・シャーマンに至るまで、芸術家がバッカスを題材とした例は枚挙に暇がありません。

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 5年前、イタリア在住のワインジャーナリスト中川原まゆみさんによる被災したイタリア料理店のための義援金の呼びかけに応じて下さった〈2011.6拙稿「Colletta per Giappone イタリアから届いた義援金)」参照〉トスカーナ州ピサ県ファウリアのカンティーナ「I Giusti & Zanza イ・ジュスティ・エ・ザンツァ」の「Nemorino ネモリーノ」のエチケッタ(上画像)を飾るのもバッカス。

 2作目となるバッカス(下画像)は、第3代トスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチに贈る目的で、ミケランジェロ・メリージのパトロンとなったフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿がカラヴァッジョに描かせたもの。

caravaggio-baccos.jpgBacco バッカス(1596~1597 フィレンツェ:ウフィツィ美術館蔵)】酩酊しているのか、紅潮した顔で鑑賞者に気だるげな眼差しを向けつつ、ワインを注いだグラスを左手で差し出すバッカス。片肌を露わにして寝台に横たわりながら、右手は腰紐に手をかけており、なんとも官能的。熟れ切った果物は腐り始めており、透徹したリアリストぶりが発揮されている

 デル・モンテ枢機卿は、教皇庁内で対抗宗教改革を推し進めた親スペイン派に対し、近代化に寛容だった親フランス派に属する教養人でした。

 ユリウス2世(在位1503-1513)やレオ10世(同1513-1521)の庇護のもと、ラファエロ・サンティやミケランジェロ・ブオナローティがローマに遺した業績に接し、枢機卿から科学的知見に基づいた表現技法を授かった賜物として、ローマにおける画業初期に描かれた中性的な一連の半身像の完成形といえます。

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【 Photo】伝統的なヴェネツィアングラスのゴブレットにもみられる形状の酒杯に注がれたワインの表面には、波紋状にさざ波が立っており、グラスを差し出すバッカスの左腕の動きを表現している。グラスを持つ手の爪先には汚れが挟まっており、全能の神ゼウスの子であったバッカスの理想化を避け、あえて神性を奪おうという画家の意図が表れている

 1913年、美術研究家マッテオ・マランゴーニは、ウフィツィ美術館の倉庫で、額装すらされず埃にまみれた状態で捨て置かれたこの絵を見いだします。

Caravaggio-Bacco3.jpg カラヴァッジョ研究の第一人者ロべルト・ロンギによって真筆と確認され、修復を経てウフィツィで公開されたのが1922年。

 同じバッカスを主題としながら、自画像とされる1作目と、この2作目とでは、与える印象は随分と異なります。

 共通項は、デキャンターの液面に自身の顔を極めてさりげなく描き込む自我の強さを画家が持ち合わせている点でしょうか(左)

 感情の起伏が激しいメランコリー気質だった画家が、安定した環境で創作に向き合った作風の充実ぶりを示す作品「エジプトへの逃避途上の休息」を、ここで提示しておきましょう。

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Riposo durante la fuga in Egitto エジプトへの逃避途上の休息(1596~1597 ローマ:ドーリア・パンフィーリ美術館蔵)】エジプトへと逃れる途上、疲れ果てて眠り込むの聖母子の前に現れた天使のため、聖処女マリアを称える雅歌の楽譜を掲げるヨセフ。平穏な安らぎに満ちた画風は、背景の風景描写と併せて異例だが、敬虔な祈りを込めた深い精神性を示す宗教画と同時に、斬首に代表される凄惨な場面も少なからず描いた画家の多面性を示す作品でもある

 1606年に犯した殺人による死刑宣告を受け、ローマ近郊からナポリ、マルタ島、シチリア、そしてかつて父が仕えたカラヴァッジョ侯の未亡人コスタンツァ・コロンナ・スフォルツァがナポリ・キアイア地区に所有する屋敷へと再び舞い戻る逃亡生活を送っていたカラヴァッジョ。

 1607年7月から翌年10月にかけてのマルタ滞在中、血の気が多いカラヴァッジョは、とある聖マルタ騎士に剣で怪我を負わせました。1609年10月24日、居酒屋「チェリーリオ」で騎士が復讐に差し向けた4人の暗殺者に襲撃されます。顔の傷は死亡説が流布されるほどで、翌春まで療養生活を余儀なくされます。

 現時点で明らかになっている資料に照らし合わせ、前回ご紹介した遺作とされる「聖ウルスラの殉教」(1610)の直前に描かれたと推定されるのが、こちらの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」。

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David con la testa di Golia ゴリアテの首を持つダヴィデ(2010または2009~2010 ローマ:ボルゲーゼ美術館蔵)】旧約聖書サムエル記に登場する羊飼いの少年ダヴィデが、投石器で倒したペリシテの巨人兵ゴリアテの首を剣で刎ねた場面。殺人犯の汚名を晴らす恩赦への望みを抱きつつ、迫りくる暗殺者と死の恐怖に慄きながら描いた二重の自画像

 額の傷がチェリーリオでの襲撃事件を連想させる巨人の首。馘首(かくしゅ)されたゴリアテが、30代後半にさしかかった罪深き画家。勝ち誇るというよりは愁いを込めた表情で、落とした首を指し示すダヴィデが、若き日のミケランジェロ・メリージだと推測されます。

 1610年7月18日、画家はパウルス5世により恩赦が認められた朗報を知ることなく、トスカーナ南部の港町ポルト・エルコレで客死しました。享年38。

 ウフィツィで対面して以来の再会となった日本初公開「バッカス」を含む真筆11点と、影響を受けたカラヴァジェスキと呼ばれる画家の作品、そして興味深い〝アーティーチョーク事件〟の裁判記録などが国立西洋美術館で一堂に会した「カラヴァッジョ展」は、本日をもって会期を終了。

Caravaggio2016.3-6.jpg

 開催にあわせてミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョの光と闇に彩られた矛盾に満ちた生涯を2回にわたって追いかけてきました。

 日本では、まだ真価が理解されているとは言い難いカラヴァッジョ。Viaggio al Mondo 読者の皆さまにおかれましては、いつの日か謎多き画家の足跡を訪れ、逃れがたい魔力の実相を確かめてみられてはいかがでしょう。

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