あるもの探しの旅

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2017/03/12

当選スマすたー

善因善果 あるいは 因果応報

 前触れもなく届いた小包の発送元は青森県観光国際戦略局誘客交流課。読んで字の通り、青森県庁でインバウンドを含む観光に関する業務を担当する部署のよう。観光情報サイトアプティネットにもその部署名が出ています。

 送り状の品名欄には「目指せ東北6県制覇!スマホスタンプラリー プレゼント」と記載してあります(下画像)

 その下に「青森県特産品詰め合わせセット」とプレゼント内容が明記されたスタンプラリーのタイトルには心当たりがありました。

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 昨年7月15日から2017年1月9日まで、東北各県とNEXCO東日本は、初の共同主催による「高速道路でつないで集めるスマートフォンスタンプラリー」を実施しました。

 これは東北の観光スポット・道の駅・高速道路のSA・PAなど各地に設定されたラリー対象地点で、スマホの専用サイトにアクセスすると、自動的にスタンプがもらえる仕組み。東北各県の観光スポット5カ所+高速道路SA・PA1カ所で合計6カ所のスタンプをゲットすると、県単位の制覇賞に応募でき、各県の特産品が抽選で当たるという内容です。

 東北をフィールドに駆ける庄イタは、紅葉シーズンを迎える頃には青森から福島まで6県全てを制覇していました。

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 応募から時間が経過していたため、キャンペーンの存在すら忘れかけていた今日この頃。届いた小包を開封すると、「プレゼント当選のお知らせ」と記された挨拶状が入っています(上画像)

 みごと当選したのは、合計360名に当たる「1県制覇賞」。地元宮城や隣接する4県に先駆け、東北6県の中では最初にコンプリートした青森の特産品セットなのでした。

 思い起こせば、このキャンペーンに応募したのは昨年8月初旬。本州最北の青森を目指して自宅を出発したのは草木も眠る丑三つ時を過ぎた頃。仙台から東北自動車道を北進。休憩を挟みながら八戸には早朝に到着し、三沢から十和田・青森、黒石・弘前・五所川原を経て深浦まで4日をかけて青森各地を巡りました。

tori-iwakisan.jpg【Photo】本州最北の最高峰が岩木山(標高1,625m)。奈良時代後期の780年(宝亀11)まで起源が遡る山頂付近に鎮座する奥宮と本殿(国重文)に向かって参道が続く岩木山神社。古事記に登場する初代神武天皇の即位から数えて2,600年目にあたるとされ、国主導により、さまざまな記念行事が催された1940(昭和15)に創建されたことを示す「奉献 紀元二千六百年八月一日」の銘が入った一之鳥居越しに象形文字のような形状の岩木山が、頂きをのぞかせる

romon-iwakisan-jinjya.jpg【Photo】1589年(天正17)の岩木山噴火で焼失後、徳川3代将軍家光の治世下だった1628年(寛永5)に再建された楼門(国重文)。丹(に)塗り一色に染められた二層の入母屋造り。上層までの通し円柱に渡された梁の幅を指す桁行(けたゆき)17.7m、高さは17.85m

comainu-iwaki-destra.jpg comainu-iwaki-sinistra.jpg【Photo】楼門を囲む玉垣の標柱と一体化した極めて特徴的な狛犬。楼門に向かって右側の阿形(あぎょう)は柱で爪を研ぐネコさながら。逆立ちしている左側の吽形(うんぎょう)に至っては、これまたポールダンスに興じるネコさながら

chozu^iwakisan.jpg【Photo】ギリシャ神話が起源で、映画ハリーポッターと賢者の石に登場する地獄の番犬ケルベロスや、ゴジラのライバル・キングギドラを思わせる三つ頭の龍から滔々と流れ出る岩木山神社の手水。岩木山を源流としており、お清めだけでなく、極めてパワフルな印象の水。京都・清水寺「音羽の滝」と同じような柄の長い柄杓から手に取ってご神水をゴクリ。内と外から穢れを落として体内浄化したのが、今回プレゼント当選の決め手となったかも

 その詳細は、仙台でアムさんメロンとの奇蹟的な遭遇を果たした一件を記した「フェロモンメロン 奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台」に続く五回シリーズの長編で既報の通りです。〈2016.8拙稿「Breakfast at Mutsuminato 陸奥湊で朝食を」~2016.10拙稿「カレー + 味噌 + 牛乳 +バター 青森発。華麗なる四位一体ラーメン」参照〉

wespa_tsubakiyama2016.8.jpg【Photo】種差海岸から日本海側まで青森を横断、JR五能線の駅がある西津軽郡深浦町の宿泊施設「WeSPa椿山」で迎えた朝。グループやファミリーで楽しめる施設内に湧出する天然温泉「鍋石温泉」は、日本海に面したドーム型露天風呂で、泉質はナトリウム塩化物強塩泉 (高張性中性高温泉)。4月~10月までの天候が良い日は、ドームが解放され、眼下に広がる日本海の素晴らしい眺望と、肌触りの良いかけ流しの温泉を満喫できる。コテージの宿泊客以外にも500円で日帰り入浴可

 二度目となる八戸三社大祭では、奇想天外な山車のスペクタクルと時代行列や法霊神楽を堪能。涼を呼ぶ奥入瀬から硫黄の香り漂う混浴の千人風呂で名高い酸ヶ湯温泉に浸かろうと八甲田を越えて青森市入り。熱気渦巻く青森ねぶたの余韻冷めやらぬ翌日は、田舎館村で芸術的な田んぼアートに接し、五所川原では立佞武多(たちねぷた)のド迫力に圧倒されました。

carpaccio-casa-del-cibo2016.jpg【Photo】瞬間燻製した朝獲れ八戸前沖サバのカルパッチョ仕立て ハーブと茄子のピューレ。昨年8月、八戸市湊高台「カーサ・デル・チーボ」プリフィックスのCコース(2,950円)で5つの選択肢から選んだアンティパスト。海水温が低い北緯40度近辺の八戸近海で、不飽和脂肪酸を含む脂肪を組成の3割近くまで蓄える「八戸前沖サバ」。朝に水揚げされたサバを燻製仕立てにした一品。一昨年11月、同市六日町「サバの駅」で食したジューシーで香ばしい脂を堪能できる「銀サバ串焼き」(下画像)や「船上活〆(じめ)陸凍サバ」とはまた違った八戸前沖サバの魅力を再認識

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 ヒラメ漬け丼@陸奥湊「みなと食堂」、八戸前沖サバ炙り焼きの朝ごはん@市営魚菜小売市場、八戸イタリアン@「カーサ・デル・チーボ」、マリナーラ&ラニチキン@三沢「Pizzeria Massimo」、青森イタリアン@「Al Centro アル・チェントロ」などは、7月から8月にかけて2度の青森遠征で再訪。

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【Photo】八戸で迎えた2日目の朝。腹ごしらえをしようと向かった先は、JR陸奥湊駅前の昭和感が色濃く漂う市営魚菜小売市場。半身を平らげるとお腹がいっぱいになるサイズの八戸前沖サバの炙り焼きをメインディッシュに、小川原湖産しじみの味噌汁、長芋の千切りなど、南部地域の味が揃ったオリジナル朝ごはん

 新機軸としては、味噌カレー牛乳ラーメン@青森「札幌館」、同「味の札幌 大西」を挙げなくてはなりません。しじみラーメンを目当てに津軽半島十三湖まで遠征するも、お気に入りだった民宿岩亮は知らぬ間に廃業。代役に訪れたのが正解だった「しじみ亭奈良屋」のしじみづくしなど、ご紹介しきれないほどの美味との出合いを青森で果たしました。

shijimi-zukushi-naraya.jpg【Photo】(右手前より順に)しじみチャウダー・しじみラーメン・しじみ汁・しじみバター炒め・豆腐のしじみ南蛮漬のせ・漬物・津軽りんごコンポート・しじみ味噌と佃煮・しじみ釜飯。産卵を控えて身が肥えた十三湖特産の大和しじみを一度に味わえた北津軽郡中泊町しじみ亭奈良屋「しじみづくし」(1,836円)。

 イタリアと庄内への偏向ぶりが著しいViaggio al Mondoとしては珍しく、ほぼ青森一色だった昨夏。〝狭くディープに〟のコンセプトはそのままに宗旨替えをした格好となりました。

 それゆえ5回シリーズの青森紀行レポートを通し、微力ながら青森の交流人口の押し上げに寄与できたかもしれません。青森遠征の折に参詣した八戸・蕪島神社、青森・善知鳥(うとう)神社、弘前・岩木山神社の神々が、庄イタの行いをご覧になっていたのでしょう。

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 香川がうどん県なら、りんご県と呼びたいのが青森。小包には津軽産のリンゴ加工品が3種類、同封されていました。1品目は上北農産加工農業協同組合の焼肉用たれ「スタミナ源」(下画像)

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 発売から半世紀年以上を経たロングセラー商品で、県内シェアは7割と圧倒的。仙台でも目にする機会が少なくありません。

 青森県産の醤油をベースに、生産量日本一のリンゴやニンニクなどの野菜類、隠し味にリンゴ酢などを加えたまろやかな風味。焼肉だけでなく、万能タレとして愛されています。

 長さ10mほどの陳列棚の両サイドをスルメなどの乾き物系が埋め尽くし、呑ん兵衛な県民性が垣間見えるなど、ディープな青森の魅力を凝縮した食品スーパー「カブセンター」で購入していたのが、同組合のピリ辛風味焼肉用たれ「辛味家(画像右)でした。

 こうして頂き物をするだけではなく、ここ数年、夏に欠かせない「アムさんメロン」の食味コンテスト出品作を大人買いしたことは言うに及ばず、イタリア国旗と同じ配色の看板が庄イタには極めて好印象な地元資本のカブセンターで、当選の祝杯となったキリン一番搾り「青森づくり」や青森産リンゴ果汁100%のシャイニーアップルジュース「赤のねぶた」をケース買いするなど、あまたの青森県産品を購入していました。

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【Photo】当選の祝杯は、カブセンター八戸長苗代店で購入したキリンビール北海道千歳工場製の「一番搾り青森づくり」。2杯目が青森紀行の流れで訪れた秋田市で入手した「秋田づくり」。コチラは副原料に「あきたこまち」を使用。3杯目は同じく酒田で購入した「山形づくり」。いずれも同社仙台工場製。「●●づくり」というネーミングに横槍を入れた某同業者のように固いことは言わず、まずは乾杯!! \(●^^●

 東日本大震災が起きた2011年の秋、「どうぞ召し上がって下さい」と収穫したリンゴを庄イタの拙宅に送って下さったのが、弘前市でリンゴを栽培する一戸清隆さん。一戸さんへの感謝の気持ちを忘れず、クリスタルのようにキラキラした透明度が高い味わいのみずみずしい蜜入りリンゴを、購入時期をずらして毎年2回購入してもいます。

 そんな律儀な庄イタを当選とするとは、青森県観光国際戦略局誘客交流課の皆さん、お目が高い

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 2品目と3品目は「青森りんごキャンディ」と「まるごとりんごパイ 気になるリンゴ」。自社のリンゴ園を弘前市郊外に所有する菓子メーカーラグノオささきの製品です。とりわけ同社の「パティシェのりんごスティック」は、仙台でも目にする機会が多く、弘前を代表する菓子メーカーとしての地位を築いています。

 青森りんごキャンディを一粒ほおばると、中にはトロ~リとした濃縮リンゴ果汁が詰まっています。爽やかな風味のキャンディに、甘酸っぱい青春の思い出が蘇ります。

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 津軽を訪れると、リンゴ畑が地の果てまで続く風景を目にします。国内生産のおよそ6割を占めるリンゴ王国・青森の主力品種が「ふじ」。

 ふじは青森県南津軽郡藤崎町で育成され、完熟の証である蜜入りが良く食味の良さから海外でも人気が高い品種。

 まるごとりんごパイ 気になるリンゴは、ふじをまるごと1個シロップ漬けにし、芯抜きした部分にはジューシーなスポンジがぎっしり。全体をパイ生地で覆って焼き上げたスイーツです。

 サックリ&しっとりしたパイ生地の中身に隠れているふじは、収穫後間もない蜜入りリンゴのシャキッとした食感が残っており、なかなかに美味。

 スタンプラリー事務局の皆様、どうもご馳走さまでした。

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 善き行いが善き結果に結び付いた善因善果なこの一件。このように青森で訪れた蕪嶋神社・善知鳥神社・岩木山神社の神々による霊力のほか、もう一つだけ、心当たりとなる要因があります。

 2度目の青森遠征の折、日本海側の深浦を朝に発って秋田を縦断、庄内まで南下していました。秋田竿灯まつり最終日と重なったその日。秋田市青柳町にある本格ナポリピッツァの店「COSI COSI コジコジ秋田山王店」を再訪するも臨時休業。代打の「オステリア ムーリベッキ」は特筆すべき収穫が無いまま初訪店を終了。

 口直しは、6月に続いて訪れた甘味処「広栄堂」で。伏流水を冷却した氷柱を丹念に手回しして削り出したパウダースノーのごときフワフワの食感が素晴らしい61種類が揃う当店のかき氷。看板メニューは、とぐろを巻いたソフトクリームがトッピングされたかき氷、生グレープフルーツソフト。通称「生グソ」(笑)。

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【Photo】店頭に「生グソ始めました」の貼り紙がある秋田市民が愛してやまない甘味処「広栄堂」にて。生グレープフルーツソフト(通称「生グソ」/手前・500円)と生イチゴソフト(奥・520円)。綿菓子のようにふわっふわの氷の中に果肉がふんだんに入っており、着色シロップ風味の一般的なかき氷の追従を許さない美味しさもてんこ盛り

iwagaki2016.jpg 秋田市の最高気温が31度を超す暑さだったこの日。激混みの店内で頂いた生グソで勢いづき、日本海沿岸東北自動車道を山形県境まで南下しました。

 見慣れた庄内側とは左右が逆の姿で鳥海山が「お帰り~」と出迎えてくれた秋田県にかほ市で、お盆前には必ず立ち寄る道の駅象潟「ねむの丘」へ。その目的は天然岩ガキです。

 産卵期を迎え、ぷっくりと膨らんだ大ぶりな乳白色の天然岩ガキは、酷暑を乗り切る滋養豊富な夏が旬の海の幸。昨夏食べ比べた中で最も身入りが良かったのが、新潟・笹川流れ産でした。その味をたとえるなら♪ ミルキーはママの味

 生グソと生岩ガキでロングドライブの疲れも吹き飛び、酒田花火ショーと重なった酒田に滞在した翌日は鶴岡まで南下。秋田で食べ損ねたナポリピッツァを「穂波街道 緑のイスキア」で食した昼過ぎには36度を超える猛暑の中、海の守り神・龍神信仰の寺で、かつて人面魚で一世を風靡した善寶寺にも詣でていました。

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【Photo】善寶寺境内(部分)。(手前より)釈迦三尊と十大弟子、羅漢様など個性豊かな表情の木像500体を配した五百羅漢堂は、1855年(安政2)に落慶法要が執り行われた。1867年(慶応3)に上棟した山門は、見事な透かし彫りが施された二層造り。魚の供養を願って創建された五重塔は、1893年(明治26)に完成。すべて登録有形文化財。zenpoji_omamori.jpg

 開祖妙達上人の生誕1150年に当たった昨年。7月中旬から10月末までの期間限定で、奥の院龍王殿所蔵の龍道大龍王と戒道大龍女のご尊体が開山以来初めて一般公開されていたのです。

【Photo】善寶寺参拝の折に頂戴した龍神様の守護札(右)が当選の手助けとなった。...のかも

 庄内系を名乗る以上、千載一遇の機会を逃すはずもありません。拝観後に足を運んだ善寶寺を守護する二体の龍神が棲むという貝喰(かいばみ)の池では、なかなか遭遇できないという人面魚が出迎えてくれたのでした(下画像)

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 こうしてプチ幸運が重なった挙句の今回のプレゼント当選で、終わりよければすべてよしとなった格好。

 めでたしめでたし。

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2017/03/05

善因善果 あるいは 因果応報

当選スマすたー

 サルデーニャ島とシチリア島が、紀元前8世紀から続いたカルタゴによる統治を離れ、イタリア半島を手中にしていた共和制ローマの領地となったのは、カルタゴに勝利した第一次ポエニ戦争(BC264~BC241)後のことです。

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【Photo】現在のチュニジア共和国の首都チュニス近郊の湖チュニス湖のほとりにあった都市国家カルタゴ(ラテン語:Carthāgō/イタリア語:Cartagine)。地図中では英語でCarthageと表記されているカルタゴが、紀元前3世紀初頭に勢力圏としていた地域が青の部分。北アフリカから西ヨーロッパの地中海沿岸地域にフェニキア人の入植都市を築いていた

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 西地中海一円に版図を広げつつあった共和制ローマの前に常に立ちふさがったのが、地中海交易で繫栄を謳歌したフェニキア人が築いた強国カルタゴでした。

 第二次ポエニ戦争(BC218~BC202)におけるトラシメヌス湖(現ウンブリア州トラジメーノ湖)の戦いやカンネの会戦で全軍殲滅の憂き目を見るなど、幾度となくローマ兵を苦しめたのが、人類史上屈指の天才戦略家ハンニバル。

【Photo】第二次ポエニ戦争でカルタゴ側についた古代都市カプア(カンパーニャ州カゼルタ県)で出土したハンニバル・バルカの胸像(ナポリ国立考古学博物館 Museo Archeologico Nazionale 蔵)

 難敵ハンニバル率いるカルタゴは、史上名高いザマの会戦で大スキピオことププリス・コルネリウス・スキピオ率いるローマに破れ、敗軍の将は命からがら逃亡。そして第三次ポエニ戦争(BC149~BC146)におけるカルタゴ包囲戦で陥落します。

 当時、カルタゴは少なくとも15万の人口を擁し、ローマとほぼ同規模の都市であったと推定されます。戦死や餓死をせずに生き残った女性や子どもを含む5万のカルタゴ人は、全て国を追われ奴隷として売り払われました。

Assaut_Carthago.jpg【Photo】紅蓮の炎に包まれて陥落するカルタゴ(19世紀の挿絵)

 700年にわたって栄華を誇った都市国家カルタゴは、積年の恨みを抱くローマ兵によって破壊の限りを尽くされます。小スキピオこと総司令官スキピオ・エミリアヌス指示のもと、ローマ兵によって火が放たれ、呪われた不毛の地とすべく大地に塩が撒かれます。

 その場に立ち会った歴史家ポリピウスによれば、小スキピオは燃え盛るカルタゴを前にして、地中海世界の覇者となったローマも、やがてはカルタゴと同じ道をたどる運命にあることに思いを馳せ、落涙したのだといいます。

Scipio_Carthage.jpg【Photo】3年に及んだ第三次ポエニ戦争の末、廃墟と化したカルタゴ。栄華を誇った強国の滅びを目撃したギリシャ人歴史家ポリピウス(右)は、38歳でカルタゴ包囲戦の総指揮を執ったスキピオ・エミリアヌス(左)が、いつか故国に訪れる同じ末路を思い、悲哀の涙にくれた史実を書き残した(19世紀の挿絵)

 第二次ポエニ戦争が勃発する3年前、遥か極東の地、中国に初の統一王朝が秦の国王・始皇帝により樹立されます(BC221)。乱世を平定した皇帝として権力を誇示した始皇帝の死後ほどなく、国家統一を成し遂げた秦は、漢の台頭により、わずか四半世紀で命脈を絶たれました。

 盛者必滅。
 
 春秋から戦国時代にかけての中国大陸は、秦・燕・趙・韓・魏・楚などの国が群雄割拠する混沌とした状況にありました。その時代に生きた儒学者・孟子(BC372~BC289)は、次の箴言を残しています。

 噫戯嘑出于爾者還于爾者也
 ああ、爾(なんじ)に出ずるものは爾に反る
 《意訳》自らの言行は、やがて自分に戻ってくる

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 歴史は繰り返すと申します。ゆえに賢明な為政者は歴史から多くを学びます。他国との軋轢を意に介さず海洋進出を推し進める現在の中国を率いる習近平国家主席、翻っては戦後レジュームからの脱却や憲法改正を目指す安倍晋三首相らは、孟子の教えをどう受け止めるのでしょうか?

【Photo】第三次ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼした総司令官スキピオ・エミリアヌスの胸像。第二次ポエニ戦争で戦功を上げ、スキピオ・アフリカヌスの称号を与えられた大スキピオに対し、小スキピオと呼ばれる(ナポリ・カポディモンテ美術館Museo e Gallerie Nazionali di Capodimonte蔵)

 ポエニ戦争で明暗を分けた両雄がその後たどった道筋を本稿の最後にご紹介しておきます。

 ローマを不倶戴天の敵として戦いに明け暮れたハンニバルは、シリアからクレタ島を経て黒海沿岸のビテュニア王国まで逃亡。BC183、国王プルシアス1世に身柄引き渡しを求めたローマの追手が迫ると、自ら毒をあおり波乱に富んだ64年の生涯を閉じます。

 かたやカルタゴを滅亡させたスキピオ・エミリアヌス。第二次ポエニ戦争を勝利に導き、ハンニバルと相前後してBC183に没した偉大な養祖父・大スキピオと同様、アフリカを制した「アフリカヌス」の称号を得ます。さらにBC147とBC134には、共和制ローマの国家元首である任期1年のコンスルの座に就いています。

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【Photo】古代ローマ時代、政治の中枢であったForum Romanum(フォロ・ロマーノ)。権謀渦巻く政争の場となった元老院議場が置かれた往時から2000年の時を経た現在、フォロ・ロマーノの主役は世界中から訪れる観光客と野良猫にとって変わった

 二度目の最高権力者の座に就いて5年後のBC129、元老院で改革派として台頭してきたティべリウスとガイウスのグラックス兄弟による農地政策への反対演説を控えた前日、小スキピオは死亡しているのが発見されます。

 その首には絞められたような痕跡があったのだとか。死因は明らかではありませんが、義母コルネリアないしは妻センプロニアを含むグラックス一族による謀殺説が否定できないのだといいます。

 そのグラックス兄弟とて、元老院と対立した兄は改革の道半ばで暗殺され、退路を断たれた弟も自ら命を絶っています。金正男氏謀殺事件と同様、〝事実は小説よりも奇なり〟といったところでしょうか。

 怖いデスネ~、恐ろしいデスネ~。

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 クアラルンプール国際空港で事件が発生した日、一つの小包が自宅に届きました。それは一国家の存亡ほど劇的な出来事ではありませんが、孟子が残した人の営みは良くも悪くも因果応報であるという言葉を思い起こさせたのです。

 小包は、あるキャンペーンに当選した賞品なのでした。次回、その顛末を明らかにします。

To be continued...

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