あるもの探しの旅

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極楽浄土を垣間見てもうた...

2018 Ciliegi Giapponesi
a Patrimonio mondiale Sala della Fenice〝Byodoin〟
2018さくら絶景探訪 第二章 : 世界遺産「宇治平等院」編


 言葉を失う美しさ。光に包まれた浄土が、まさに出現していました。

 そこは2014年(平成26)に完了した平成の大修理で創建当初の色鮮やかさが蘇った京都宇治の世界遺産「平等院」。

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 鳥が翼を広げて飛び立つ優美な姿に似ており、江戸時代の初め頃、鳳凰堂と呼ばれるようになったもう一つの由来とされる中堂の屋根に対で頂く黄金に輝く青銅製の鳳凰は1万円札の裏側に、そして中堂を挟んで南北の翼廊からなる平等院の姿が10円硬貨の裏に刻まれています。

 分厚い札束にほくそ笑む拝金主義者は別にして、極楽浄土をそこから思い描くことは到底できないかと下画像

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 ブッダが入滅して1000年の時が経過すると、仏の教えが忘れられ、悟りを得ることのない混沌とした時代になるという末法思想が世に広まったのが平安末期。

 それは4~5年間隔で宇治川が干上がるほどの旱魃(かんばつ)が襲い、各地で飢饉や疫病が発生。平安京でも餓死者が出る時代でした。

gachizosi.jpg【Photo】国宝「餓鬼草紙」平安末期(12世紀・部分)東京国立博物館蔵 岡山の河本(こうもと)家に伝わる巻物。平安末期の六道思想は、生前の行いによって、成仏できずに餓鬼道・地獄道・修羅道・畜生道などに堕ち、6つの苦しみを味わうとした教え。この「塚間餓鬼」は、平安京の鳥野辺などの墳墓地において、身分が高いものは盛り土塚に埋葬され、庶民層は風葬が一般的だった当時の埋葬の様子を今に伝える

 末法を迎えるとされた1052年(永承7)、仏の世界を現世に出現させようと摂政・藤原道長の子頼通は、道長の別荘であった宇治殿(うじどの)を寺院に改装。阿地池(あじいけ)の中島に西方浄土を造り出すべく、翌年完成したのが、現在は平等院鳳凰堂と呼ばれる阿弥陀堂です下画像

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 ちょうどその頃、10万人以上が暮らし、平安京に次ぐ人口規模の都市だった岩手県平泉では、奥州藤原氏によって中尊寺金色堂や毛越寺、平等院を模した無量光院などの世界遺産群が造営されています。これは大和朝廷によって「征夷」の名のもとで繰り返された坂上田村麻呂の蝦夷征伐や前九年の役、さらには初代清衡は内紛で妻子を惨殺されており、多くの犠牲を生む争いのない浄土を再現しようとしたもの。

 そこでは官軍も蝦夷も関係なく、人が生きてゆく糧となったこの世に生きとし生けるもの全てが浄土に導かれるようにという願いが込められていました。そんな切なる願いも空しく、1189年(文治5)源頼朝によって奥州藤原氏は滅亡。全てが黄金に輝く極楽を再現した往時の姿を今に留めるのは中尊寺金色堂だけとなりました。有為転変は世の習い。あぁ無常。

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 昨年の紅葉シーズン、平等院では15年ぶりに夜間拝観が行われました。それに先立つ一昨年11月、庄イタは伊達政宗の嫡孫(ちゃくそん)で、19の若さで早逝した光宗の霊廟として1647年(正保4)に松島に開山した「円通院」を訪れていました。

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【Photo】円通院三慧殿(国指定重文)上画像には束帯姿で騎乗する伊達光宗像を収めた桃山様式の厨子が収められる。下画像伊達家の家紋のひとつ九曜紋とともに、慶長遣欧使節としてスペインやローマに渡った支倉六衛門常長が初めて日本に持ち込んだバラとスイセンが、ローマとフィレンツェの象徴として左右の扉に描かれる。交易を求めたローマ法王への謁見を成し遂げながら、禁教令のため帰国後は蟄居となった常長の無念も浄化されたのだろうか

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 その目的は夜間拝観。昼とは趣を異にする闇を照らすライトアップの光に照らされた円通院は強い印象を残しました。

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 仙台藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭園と本堂・大悲亭を移築した円通院。本堂前の「心字の池」には、ライトアップされた紅葉がホログラムと化し、水面に幻想的なシンメトリーで映し出されていたのです上画像

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 桜の見頃に合わせ、平等院で夜間拝観が実施されることをニュースで知ったのは、吉野山を訪れた翌々日のこと。

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 仕事を終え、北浜駅から京阪電車で向かった宇治駅までは1時間弱。宇治川を渡り、茶どころ宇治ならではの店が並ぶ門前街を移動。駅から10分ほどで夜間拝観が始まる18:30過ぎには表門に到着しました。

 600円の夜間特別拝観料を支払い、古代の建造物に使われた丹土(につち)で落ち着いたベンガラ色に塗り直された表門から境内へ。その先は京都の名だたる観光スポットでは避けては通れない人また人の波。 

 真正面に鳳凰堂を見るビュースポットは入れ替え制になっており、人びとはそこを目指して5,6人ずつ横一線で並んでいます。

 それでも京都の有名な観光地には昨今つきものの古都の情緒を台無しにする中国語やハングルによる耳を突き刺す大声を張り上げての会話はあまり聞こえて来ません。何故ならば、阿地池を挟んで斜めからのアングルの鳳凰堂が、極めてフォトジェニックゆえ、行列をなす誰もがスマホやカメラでの撮影に余念がないのです(笑)。

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 死後の極楽浄土さながらに此岸(しがん)から蓮池を挟んだ彼岸の鳳凰堂は、正面が東に向いて建っています。つまりは見る者にとって、鳳凰堂は西方浄土そのものであるよう設計されているのです。

 創建当初の姿を蘇らせた平成の大修理に先立つ1950年(昭和25)の修復で使用された鉛を加熱した顔料・鉛丹が剥落したかつての外観は、侘び寂びを感じさせこそすれ、この世に極楽浄土を造り出すという創建に込められた願いは伝わりにくかったはず下画像

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 阿弥陀経の経典では、西方の彼方にある極楽浄土は黄金や七宝で出来ており、池には色とりどりのハスが咲き、良い香りがする。美しい鳥の鳴き声は説法となり、極楽に迎え入れられた者は念仏を唱えているとあります。

 落慶当時の彩色や金をふんだんに使う修復計画が発表されるや、異を唱える動きがありました。〝原典に忠実たれ〟は文化財修復の大原則。この世に浄土を顕現させようと創建された平等院に21世紀の価値観や尺度を持ち出すのはお門違いというものでしょう。

 そうは言ってみたものの、現代の照明テクノロジーにより、極楽浄土を彷彿とさせる鳳凰堂が目の前に出現しています。それは平等院を建立せしめた藤原頼道が決して目にすることがなかった到底この世のものとは思えぬ美しさでした。

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 そんなことを考えながら行列に並ぶこと35分。鳳凰堂正面に移動すると、中堂の本尊・阿弥陀如来像(国宝)と真向かいに対峙する形に上画像

 発掘調査の折、江戸時代の地層から見つかった種を発芽させたハスの葉が浮かぶ池の州浜は、1990年(平成2)に発掘された平安期の遺構や当時の文献に沿って、握り拳大の礫を敷き詰めて復元されています。

 寄木造技法を確立させた平安後期の仏師・定朝(じょうちょう)晩年の作による本尊・阿弥陀如来坐像がおいでになる中堂前には本尊を照らす開口部が大きく穿たれた石灯籠が置かれています。

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 阿弥陀如来坐像を覆い隠すように格子が設けられていますが、顔の部分のみ丸く空いています。カメラのファインダーから目を離し、しばし揺らめく燈籠の炎に浮かぶ阿弥陀如来の姿に思いを巡らせたのでした。

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 2001年(平成13)に開館したミュージアム「鳳翔館」は、中堂の屋根には金箔が蘇った複製上画像を頂く青銅製の鳳凰、天人や獅子の精緻な彫りが四面に隙間なく施された梵鐘下画像、雲上で古楽器を奏で、印を結び、舞い踊る雲中供養菩薩26体などの国宝をはじめとする平等院の所蔵品を1Fフロアに展示しており、必見です。

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miidera_bonsho.jpg【Photo】平等院の梵鐘は創建当時の鋳造。鐘楼には複製が下がるが、これほど精緻な装飾が全面になされた梵鐘は他に例を見ない。姿形が特に優れた平等院、当代きっての名手が序詞・銘文・揮毫を手がけ「三絶の鐘」の異名を持つ京都・神護寺、音色が美しい滋賀・園城寺(おんじょうじ・別名:三井寺みいでら・右画像とともに、天下の三名鐘に数えられる

 景観を損なわぬよう、半地下構造で造られたミュージアムには、臨終を迎えた者の生前の行いにより、極楽から迎えに来る仏様が異なるとする「観無量寿経」に基づく九品(くほん)来迎図など、中堂内陣の壁画や扉絵、螺鈿を嵌め込んだ天蓋(一部)などを創建当初の色鮮やかな姿で再現しています。

 極彩色で描かれたのは、阿弥陀如来が観音菩薩や勢至菩薩などの仏を伴って雲や蓮に乗って来迎する姿。そこには、混沌とした平安末期にあって、極楽浄土への往生を切望した関白・藤原頼通の思いが込められています。

 鳳翔館の1Fフロアには、中堂壁面の長押(なげし)上の壁面に本尊を囲むように配置された雲中供養菩薩52体のうち、26体を移設して展示しています。そこでは長い戦乱の世を経た11世紀の仏像群としては唯一現存する仏様を間近に見ることができます下画像4点

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 大理石の造型において卓越した才能を遺憾なく開花させ、バロック彫刻の頂点に輝く天才ジャン・ロレンツォ・ベルニーニのみならず、高い精神性を物語る日本の仏像彫刻も愛好する庄イタ。

 その原点は、わが心の故郷・山形県酒田市にある土門拳記念館で高校時代に出合った「古寺巡礼」のマスタープリントでした。リアリズム写真の巨匠は1964年(昭和39)に平等院を訪れ、阿弥陀如来坐像などを撮影。帰りしなに遭遇した〝走る風景〟と表現した刻一刻と表情を変える夕焼け空に飛び立つかのような鳳凰の姿を捉えた名作を残しています。

 2014年(平成26)、東日本大震災復興祈念特別展として仙台市博物館で開催された「奈良・国宝 室生寺の仏たち」では、室生寺で拝観するよりも遥かに間近な距離で、奈良では叶わない12体揃った十二神将像や十一面観音菩薩像とお会いすることができ、感激に浸ったものです。

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 ヒノキ一木彫りによる坐像・立像は、いずれも柔和な表情を浮かべ、美しい調べと共に天上から舞い踊りつつ降臨する姿を立体的に表現しています。本尊を囲んで漆地に華やかな彩色がなされてた当初の姿は、さぞや感動的だったことでしょう。
 
 黄金に輝く阿弥陀如来と雲中供養菩薩とに誘(いざな)われ、夢か現(うつつ)か判然とせぬまま、極楽浄土の入口に立っていたのかもしれません。

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 夜間拝観が終了する21時直前まで夢のような時を平等院で過ごした庄イタ。JR宇治駅に向かいながら、2019年のロサンゼルスを舞台とするSF映画の金字塔「ブレードランナー」のクライマックスシーンで語られるセリフを思い起こしていました。

 外見は人間と変わらずとも、知力は創造主である天才科学者タイレルに匹敵し、身体能力が極めて高い代わりに4年の寿命しか与えられていない人造人間レプリカント。その最新型ネクサス6型のロイ・バッティは、宇宙植民地で働く仲間3人と反乱を起こし、ロスに潜伏します。その目的は、残された寿命がどれほどか、延命は不可能なのかを知るため。

 ロイはハリソン・フォード演じるレプリカントを抹殺する任務を帯びた捜査官(通称:ブレードランナー)デッカードと死闘を繰り広げます。超人的な体力を備えたロイは仲間を殺した仇敵を死の淵まで追い詰めますが、自らの死が迫っていることを悟り、高層ビルの屋上から転落寸前で命を救ったデッカードを前にして語り始めます。

  I've seen things you people wouldn't believe.
  Attack ships on fire off the shoulder of Orion.
  I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate.
 (and incridible mt.Yoshino full of cherry blossom, also Byodoin Temple illuminated.)

   【⇒ fabricated
  All those moments will be lost in time, ... like tears in rain.
  Time to die.

 【和訳】
  お前たち人間が信じられないような光景を俺は見てきた
  オリオンの肩(⇒「ベテルギウス星」の詩的な比喩?)を離れたところで炎に包まれた宇宙戦艦
  タンホイザーゲート近くの闇で輝きを放った閃光
  (目を疑うほどに桜が溢れんばかりの吉野山、そしてライトアップされた平等院も)
     【⇒ 書き換え 改ざん済】
  そうした瞬間瞬間も、やがて時の流れの中に消えてゆく ... 雨の中で流す涙のように
  最期の時がきたようだ

 限られた時間枠で生きる人間とて同じ宿命。人間の身勝手で造られたレプリカントの苦悩につい感情移入させてしまうロイを好演したルトガー・ハウアーは、台本にはなかった All those moments 以下のフレーズをアドリブで追加。撮影に臨んだといいます。

 吉野での感動が冷めやらぬまま平等院を訪れた庄イタも原作にはなかった〝and incridible mt.Yoshino full of cherry blossom, also Byodoin Temple illuminated..〟という一節をルトガー・ハウアーに語らせる白日夢に浸っていました。

 短い一生を終えたロイの手から空へ飛び立った白いハトは、酸性雨が降り続けるロサンゼルス上空からロイのもとへと来迎する阿弥陀如来や菩薩たちと必ずやすれ違ったことでしょう。 

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