あるもの探しの旅

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夕陽に燃え立つ萌える絶景@砺波

I've seen things you people wouldn't believe, reprise
2018 初夏。散居、ふたたび


 近畿・東海・関東甲信地方に梅雨入り宣言が発表されたのが6月6日。関西地方の平均的な梅雨入りは6月7日だそうで、ほぼ例年通りのタイミングです。

ajisai_shukugawa.jpg【Photo】夜半から降った雨が上がった夙川(しゅくがわ)公園アジサイ園の朝。野坂昭如の小説「火垂るの墓」の舞台となった満地谷にほど近い苦楽園口橋付近で蛍が舞う頃になると、公園の一角に設けられたアジサイ園が青や紫に色付き始める上画像

 10日に東北南部と北陸が、11日には東北北部が梅雨入りし、梅雨のない北海道を除いて日本列島は今年も雨の季節を迎えました。農作物にとっては欠かせない恵みの雨も度を越せば意味合いが違ってきます。

【Photo】1907年(明治40)、大阪で砂糖問屋を営む香野蔵治と櫨山慶次郎が開設した香櫨園(こうろえん)遊園地の唯一の名残が、ウオーターシュートが設けられていた夙川公民館に隣接した片鉾池。今年は陽性の梅雨だという6月の日曜日。気温が上がった梅雨の晴れ間、ウシガエルの合唱が鳴り響く池がある夙川河川緑地で涼を添える青のアジサイ下画像

IMG_3811.jpg 記憶に新しいところでは、梅雨真っ盛りの昨年6月30日から7月6日にかけて九州北部で断続的に発生した線状降水帯により、24時間雨量が600mmに達した九州北部豪雨では、福岡大分両県で40名が犠牲となりました。発生から間もなく1年となる現在も、1,100人以上が応急仮設住宅で不自由な避難生活を送ります。

 数年に一度あるかどうかという豪雨が予想される場合に出される記録的短時間大雨情報、ないしは災害発生の危機が迫っている事を意味する大雨特別警報の発令が、ここ数年全国各地で頻発しています。自助共助の精神で、大切ないのちを守る物心両面の備えを日頃からしておきたいものですね。

aKibitsu-Okayama.jpg【Photo】吉備津神社(岡山市)は、国内唯一の比翼入母屋造の拝殿・本殿が国宝。社伝によれば、祭神の吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、備前國吉備地方の平定に際し、温羅(うら)という鬼を退治したとされ、これが桃太郎伝説のもととなった。カタツムリが木陰の葉の上でじっと雨降りを待つ梅雨の季節、咲き揃ったアジサイ2,000株が境内を彩る

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 旧暦の6月は水無月(みなづき)と呼びますが、何故に梅雨の季節が〝水が無い月〟なのか、悩んだことがありませんか?

 水無月は、中学校の国語で習った連体修飾語です。主語となる体言(月)を修飾する体言(水)が連なって意味を成す言葉なのですが、ここでキモとなるのが〝無(な)〟ですね。

 古語における〝な〟は、格助詞の〝の〟の役割。よって水無月は、水の月という意味です。謎は解けても〝な〟に〝無〟の字をあてているがゆえに、現代語では本来の意味が曖昧模糊とし、梅雨空のようにモヤモヤ感が残るのではないでしょうか。

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 大国主(おおくにぬし)が日本各地に配した八百万の子神を出雲大社に呼び戻すため、出雲地方では神存月(かみありづき)と呼ぶ旧暦の10月の別称、神無月(かんなづき)も同じ文脈で、〝神の月〟ですが、出雲地方以外では神様が不在の月なので、神無月という表記がしっくりきます。

【Photo】多くの参詣客が訪れる出雲大社(いずもおおやしろ)に清冽な気が漲る朝一番の6時に訪れた5月某日。長さ13.5m・太さ8m・重さ4.5tの国内最大級だという大注連縄が下がる拝殿へ上画像。本殿内の神座は西向きのため、拝礼した八足門前から本殿を囲む瑞垣に沿って右回りで本殿脇へと移動し、大国主大神に一番近い場所で二礼四拍手一礼するのが出雲大社の作法。本殿を挟んで東西には19の部屋に分かれた「十九社(じゅうくしゃ)」と呼ばれる南北に長い社がある下画像。閉ざされた19の扉が開くのが旧暦10月11日から17日までの7日間。全国津々浦々から一堂に会する八百万の神の宿泊所となる

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 イタリア語で6月はGiugno ジュンニョといいます。これはローマ神話の主神Jūpiter ユピテル(☞ラテン語)Giove ジョーヴェ(☞イタリア語)の妻、 Juno ユーノー(☞ラテン語)Giunone ジュノーネ(☞イタリア語)の名前に由来しています。

Volto_Galleria_Farnese.jpg【Photo】在伊フランス大使館として使われるローマ・ファルネーゼ宮殿1Fには、初期バロック絵画においてボローニャ派を牽引した画家アンニバーレ・カラッチ(1560-1609)の代表作とされる天井フレスコ画(1595-1602)がある上画像Web サイトからの事前申込制で、月・水・金曜日のみ仏・伊・英語ガイドによる内部見学が可能。中央の「バッカスとアリアドネの勝利」など、さまざまな神話の場面を描いた天井画の一部が、この「Giove e Giunone ジュピターとジューノ」下画像

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 梅雨のないイタリアでは6月の別名がMese del Sole(=太陽の月)。地中海性気候のイタリアでは、6月ともなれば日差しは強まり、ローマの最高気温は東京・大阪とさして変わりませんが、月間降雨量は40mmと東京の1/4程度。

 6月1日に発足したジュゼッペ・コンテ首相率いるポピュリスト連立政権の登場で、流入する難民受け入れを拒否するなど、EU域内から不安の目を向けられる昨今のイタリア。著作「イタリア紀行」における高揚ぶりが著しいゲーテの例を挙げるまでもなく、緯度が高いドイツ語圏などヨーロッパアルプス以北の人々が憧れる彼の国の青空には、輝く太陽が似合います。

risaia-vercelli.jpg【Photo】ヨーロッパアルプスの雪解け水が大地を潤す5月初旬の北イタリア。米作が盛んなミラノ南方のロンバルディア平原やピエモンテ州ヴェルチェッリ県では、ポー川の水利を活用し、日本の田園地帯とさして変わらぬこうした風景と出合える

 一昨年度の主食用米の作付け面積が138万haの日本に対し、21万5千haの水田面積を有するイタリア。ミラノ南部のロンバルディア平原やパヴィーア周辺地域とともにコメどころとして知られるのが、ピエモンテ州のヴェルチェッリ県。

 庄イタが前世において目にしたであろう、峩々とした白銀のアルプス山脈を映し出すヴェルチェッリの水田地帯を舞台にした映画が、1949年公開の「Riso Amaro(邦題:にがい米)」。

 主演のシルヴァーナ・マンガーノ(1930-1989)は、田植えの季節に現物支給で近郊からMondina(モンディーナ=田植え女)として駆り出される娘を演じており、機械化が進んだ1970年頃まではトリノ駅からヴェルチェッリまで鉄道が運んだ女性労働力が支えた1960年代までのイタリアの米づくりを今に伝えます。

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 ここ2年ほどの庄イタがそうであるように、瑞穂の国というと、最近では安倍明恵首相夫人が関与した「瑞穂の國記念小學院」、そして籠池泰典・諄子夫妻の夫婦漫談を(心ならずとも)思い起こしてしまうと仰る方がおいででは?

 日本国の別称である瑞穂の国は、奈良時代の編纂である日本書紀に「豊葦原瑞穂国(とよあしはらの みずほのくに)」との記載が認められます。8世紀初めに編纂された日本最古の史書である古事記では「水穂国」と記述されますが、同じ意味合いです。

kushimitama_izumo.jpg【Photo】出雲で共に国造りを行っていた少彦名(スクナヒコナ)が去り、途方に暮れる大国主のもとに三輪山の大物主(オオモノヌシ)が現れ、国づくりを手伝ったという記紀の記述を表す「ムスビの神像」が出雲大社の四之鳥居の前にある。大国主の前に「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)」が波に乗った黄金の玉として出現。強固な神性を備えたムスビの大神となり、国づくりを完遂したという

 これら記紀が伝える神話の時代には弥生時代に日本へと伝来した稲作は伝わっていなかったはず。その出自がギリシャ・ローマにしろ、日本にしろ世の東西を問わず神話の世界は理屈では説明がつかないもの。野暮なことは言わずにおくとしましょう。

miwayama-ookamijinjya.jpg【Photo】三輪山がご神体となるため、拝殿写真中央の奥に本殿を持たない「大神(おおみわ)神社」(奈良県桜井市)は、日本最古の神社を自認。祭神である大物主が蛇神に姿を変えたという伝承にちなみ、木の洞(ほら)から白蛇が出入りする「巳の大杉」は樹齢400年写真左。地元特産の三輪素麺は、白蛇神となった大物主に由来する ... のではない

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 確かなことは、豊かに葦が生い茂り、瑞々しい稲穂が育つ国を支えるのは、雨や雪がもととなる水であり、作物を育む人の営みであるということ。

 そのいずれかが欠けても出合うことのない景観が形づくられているのが、飛騨高地を源流域とする庄川と石川県境に端を発する小矢部川とに挟まれた扇状地を形成する富山県西部の砺波平野です。

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 9年前の民主党政権時代、高速道路料金一律1,000円の恩恵に預かろうと、GWに仙台から東北道・磐越道・北陸道を経由して岐阜県郡上市を目指したことがありました。《2009.5拙稿「期間限定 散居の浮島」参照》

 そこで遭遇したのが、屋敷林「カイニョ」に囲まれた伝統的家屋「アズマダチ」で構成される国内最大規模の散居集落と水を湛えた水田とが織り成すシンメトリーな光景。田植えシーズン真っただ中に出現していた砺波の田園風景は、強い印象を残したのです下画像

 その時、加賀百万石を支えた一大穀倉地帯の砺波平野でDNAに刻まれたピエモンテの光景が蘇っていたのかもしれません。

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 関西に居を移し、前回の訪問時と比べればはるかに近くなった砺波への再訪は必須のミッションでありました。

b_simple_70_0L.jpg 朝を迎えた郡上八幡では、戊辰戦争で徳川の恩義に報いるため、江戸詰家老だった朝比奈藤兵衛の長男で弱冠17歳の朝比奈茂吉ら、薩長主導の討幕勢力についた郡上藩を脱藩し、会津藩と共に鶴ヶ城籠城戦を戦い抜いた凌霜隊45名の慰霊・顕彰碑がある郡上八幡城へ。

〝勝てば官軍〟は世の常。そんな明治の世にあって、(父である江戸家老の独断であったにせよ)藩命を受け忠義を貫いた朝比奈茂吉らは国賊として投獄・謹慎の身となります。2年4か月後に放免された後も郷里から離散するなど、苦難の人生を歩んだ凌霜隊士の遺徳を偲びました。
 
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 合掌造集落がある世界遺産・五箇村上画像を目指した東海北陸自動車道とR304を経て久方ぶりに訪れた砺波平野。今年のGW後半は全国的に好天に恵まれましたが、まさに狙い通りの展開が待ち受けていました。

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 日が傾く時間に向かったのは、9年前には午前中に訪れた散居村展望台と展望広場。そこで巡り合った息をのむ光景に、もはや多くを語る必要はないでしょう。

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 気がかりだったのは、9年前の訪問時と比べ、保守管理に手間がかかる屋敷林カイニョと木組みが美しい切妻屋敷のアズマダチ、田植えのために水を張った水田が目に見えて減っていたこと。生産農家の高齢化、消費者のコメ離れと米価低迷は、砺波伝統の美しい田園風景の維持を一層困難にしているようでした。

 それでも幸運なことに、八戸・三社大祭、京都・祇園祭、飛騨・高山祭などと共にユネスコ世界無形文化遺産に登録されている「山・鉾・屋台行事」のひとつ「城端(じょうはな)曳山祭」の宵祭りが砺波平野南端の南砺市城端地区でこの日行われていました。

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 町内6地区ごと「山宿」には恵比寿様や大黒様などの江戸期に製作された6体の御神像がおいでです。京都・祇園の一力茶屋や吉原の遊郭を模した6台の庵屋台に提灯が灯る頃、三味線と笛に江戸端唄の流れをくむ唄い手からなる袴姿の若連中が越中の小京都と呼ばれる城端の街を巡ります。

《若連中による庵唄:再生時に音が出ます》

 江戸情緒溢れる宵祭りに居合わせた翌朝は、絢爛豪華な曳山の巡行も心ゆくまで堪能できるという素敵なオマケまでついたのでした。

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