あるもの探しの旅

« 夕陽に燃え立つ萌える絶景@砺波 | メイン | さくらぐみ @赤穂 »

祇園祭 2018 宵山、そしてナポリ。

【はじめに】

 西日本各地に甚大な被害をもたらした梅雨前線が日本海へと北上した7月9日(月)、九州北部・中国・近畿・東海・北陸地方は一斉に梅雨明けが宣言されました。
 平成になって最多となる200名以上の犠牲が西日本各地で生じた大雨が残した容赦のない爪痕を見るにつけ、猛威を振るうことなく梅雨明けしてくれれば良かったものを、と恨み節を漏らさずにはいられません。
 もはや日本全土が災害から無縁ではいられない現実から目をそむけることは許されません。〝自分は大丈夫だろう〟という「正常性バイアス」による油断は禁物。
 まずは居住地域がハザードマップの被害想定区域にあるかを確認。気象庁のHPなどから情報収集に務め、情報入手ツールが限られる高齢者世帯など近隣に声を掛け合い、迅速に避難行動を起こすことが身を守ります。
 気象庁が「平成30年7月豪雨」と命名した豪雨禍で犠牲となられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。


b_ornament_136_0M.jpg

Naginatahoko2018yoiyama.jpg【photo】巡行の順番が毎年くじ引きで入れ替わる山鉾巡行で、くじ取らずと呼ばれ、前祭(さきまつり)の先陣を切るのが長刀鉾(なぎなたほこ)。宵山を迎えた7月14日。最高気温が38.5℃に達した昼の余韻を残す京都・四条通に涼を呼ぶ祇園囃子が響く

 災害や疫病が全国各地で頻発した貞観年間の869年、当時の国の数に由来する66本の鉾を立て、厄疫退散を願う祭礼を京都・八坂神社で執り行った故事を起源とするのが、京都祇園祭です。室町期に始まった山鉾巡行は、15世紀中庸には現在と変わらぬ数の山鉾が繰り出し、真夏の都大路を彩ったといいます。

 日本人の繊細な感性が磨き上げた様式美の極みともいうべき祇園祭ですが、長い歴史の中で順風満帆な歩みをしてきたわけではありません。

tokuyasama2018yoiyama.jpg【photo】謡曲に題材をとった木賊山(とくさやま)の駒形提灯に明かりが灯る宵山初日。暮れなずむ京町屋の前を浴衣姿の人々が行き交う下京区仏光寺通西洞門院西入にて。

 15世紀、都を荒廃させた応仁の乱では、山鉾のほとんどが焼き尽くされます。宝永年間・天明年間に発生した2度の大火、そして幕末の動乱では、劫火が街並みを包み、山鉾の多くが灰塵に帰しています。こうした災禍が襲う都度、京の都人たちは、たゆまぬ熱意をもって復興を遂げてきました。 

【Movie】笹の葉で作り、山鉾ごとにご利益が異なる縁起物の厄除け粽(ちまき)売りの声と祇園囃子が祭りの風情を醸し出す。毎年、前祭の先陣を切る長刀鉾と同様、最後尾の殿(しんがり)を務めるくじ取らずの絢爛豪華な船鉾(ふねほこ)。下京区新町通綾小路下ルにて

 山鉾巡行を控え、提灯の明かりが灯る中、コンチキチンの祇園囃子が流れる宵山初日の京都、そして京都と大阪との境界に位置するジャパニーズウイスキーの故郷・山崎をこの3連休に訪れました。

 ウイスキー造りに適した山崎の地は、桂川・宇治川・木津川が合流して淀川となる地。水温が異なる川が交わるため、スコットランドと同じく霧が発生しやすい環境で湿度が高く、体感的にキツいのなんの。

 最高気温が摂氏39度に迫る勢いだったこの日の京都。熟成庫で眠りについていた原酒たち下画像からは、樽から揮発する濃密なアルコール成分が立ち込めており、深呼吸をするだけで、いい気持ちになれそう。

vat_yamazaki-Suntory.jpg

 海外での評価が高まり、国産シングルモルト原酒が品薄になって久しい昨今。90分のサントリー山崎蒸溜所での見学・試飲では、ホワイトオーク樽原酒、ワイン樽原酒、シングルモルト山崎をテイスティング。

 有料テイスティングカウンターでは、この先数年は滅多にお目にかかることが出来ない山崎25年、白州25年、響21年(各15mℓ 2,900円)、山崎18年、白州18年(各15mℓ 600円)などをストレートで試飲下画像。シェリー樽原酒の個性が際立ち力強い山崎18年、白州の持ち味である爽快さに深みが加わる白州25年、そして時が磨き上げた円熟味が素晴らしい響21年が特に印象に残りました。

DSCF5449-001.jpgDSCF5458.jpg

 山﨑蒸留所の仕込み水と同じ水脈だという伏流水「離宮の水」が湧き出す「水無瀬神宮(みなせじんぐう)」へと向かって歩き出してからも、摂取したアルコール分が全身の汗腺から揮発してゆくかのよう。酔いは回らずとも、強烈な日差しと暑さで目の前が次第に白くなってきました。

 千年の都・京都とは姉妹都市であり、溶け出したアスファルトの路面にハイヒールが刺さるサウナ風呂のごとき8月のフィレンツェの熱気を彷彿とさせたその日。朦朧とした頭に蜃気楼のように浮かんできたのは、サンタルチア通り沿いにスイカ売りの屋台が並ぶ真夏のナポリの光景。

Napoli-vesuvio-capri.jpg

 南イタリア特有の強烈な日差しを受けてキラキラと輝くナポリ湾。ソレント半島まで延びるヴェスヴィオ山のなだらかな稜線が果てる先は、皇帝アウグストゥスやティべリウス帝も愛してやまなかった楽園カプリ島上画像

 そんな幻影が瞼の奥に浮かんできたのも無理からぬこと。その日は〝海の日〟なのでした。

Golfo_Napoli.jpg

 ナポリ方言で歌われるカンツォーネの中で、最もポピュラーな曲が、こんな歌い出しで始まる「'O sole mio オー・ソレ・ミオ」でしょう。

 Che bella cosa e' na jurnata 'e sole, 太陽が輝く日の何と美しいことか
 n'aria serena doppo na tempesta!   嵐は去り、空は澄みわたる
 Pe' ll'aria fresca pare già na festa   すがすがしい空気は祭りの日のよう
 Che bella cosa e' na jurnata 'e sole  晴れ渡った日の何と美しいことか

 Ma n'atu sole    しかし、もう一つの太陽は
 cchiù bello, oje ne'  さらに美しい。
 'o sole mio      私の太陽は
 sta nfronte a te!   君の顔で輝く

Vedi Napoli e poi muori (=ナポリを見て死ね)〟とまで称賛される風光明媚なナポリ愛を歌った曲かと思いきや、ちゃっかり女性の美しさを褒め称えるあたりは、さすがイタリア男。

【Movie】世紀の競演と前評判が高かったコンサートを締めくくったアンコール2曲目「Nessun dorma 誰も寝てはならぬ」に先立つ同1曲目が'O sole mio。イタリア中部モデナ出身パヴァロッティv.s.マドリード出身ドミンゴ&バルセロナ出身カレーラスの歌合戦。キングオブハイCが、演出過剰なビブラートを利かせた歌唱を披露すると、負けてはならじとスペイン無敵艦隊が応じる之図

 ナポリ生まれの詩人ジョヴァンニ・カプッロのロマンティックな詞にエドゥアルド・ディ・カプアが情熱的な旋律をつけ、1898年に世に出たこの曲を十八番とするルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスの名テノール3人が、ローマ・カラカラ浴場跡で初共演したのが1990年。
 
 それは、FIFAサッカーワールドカップ・イタリア大会の前夜祭として企画され、6,000席が用意されたプレミアチケットは10分で完売。公演の模様を収録したCDはクラシック音楽としては空前のセールスを記録。'90年代の愛聴盤のひとつでもありました。

Golfo_Napoli.jpg


 雨が降り出すたびに機嫌を損ね、その都度ピットインした正規ディーラーのメカニックでもトラブルの原因を特定しかねたミラノ・ピニンファリーナ工場製の先代Macchina Rossaに翻弄され続けた痛すぎるイタ車ライフも今は昔《2009.3拙稿「場の空気に関する一考察」参照》

 同じ赤のメタリックボディでも故障知らずで、ボディ形状も先代と似ていなくもない広島製アルファロメオこと、イタリアなど欧州ではMazda3と呼ばれるアクセラで兵庫県赤穂市を訪れたのは、梅雨の晴れ間の6月末のこと。

 その日、ジョルジャなどのイタリアンポップスとともに、パヴァロッティがアンコール前のメドレーでは至極真っ当に歌い上げた'O sole mio、そして20世紀初頭に活躍したナポリ出身のテノール歌手、エンリコ・カルーゾ(1873-1921)の晩年を描いたCarusoカルーソが車内には流れていました。

【Movie】音楽を通じた交流があったポピュラー音楽のアーティスト14人とパヴァロッティが1992年に共演したコンサート「Pavarotti & Friends」。病に倒れソレントで療養するエンリコ・カルーゾの魂の叫びを綴った曲Carusoを作曲者のルチオ・ダッラと熱唱した

 Qui dove il mare luccica, e dove tira forte il vento  海は輝き、強い潮風が吹き抜ける
 sulla vecchia terrazza davanti al golfo di Surriento   ソレント湾を望む古いテラスの上で
 Un uomo abbraccia una ragazza           男は若い女を抱きしめる
 dopo che aveva pianto                涙が乾ききらぬままで
 poi si schiarisce la voce e ricomincia il canto       声の調子を整え、再び歌い始める

 Te voglio bene assai                愛している
 Ma tanto tanto bene, sai               狂おしいほどに
 È una cantena ormai                 固い絆で
 che scioglie il sangue dint'e vene, sai         血潮は沸き立ちそうだ

sorrento-caruso.jpg【Photo】イタリア国内で成功を収めて渡米したエンリコ・カルーゾ(日米ではエンリコ・カルーソと発音)。テノール歌手としての円熟期に病に冒され、ここソレントで再起を期すも病状は回復せず、郷里ナポリで没した。享年48。不世出の歌劇王として名声を得たカルーゾは、ナポリ湾の彼方に沈みゆく夕陽に何を思ったのだろう

 47歳というキャリアの絶頂期にNYで病に倒れ、ナポリ湾に面した景勝地ソレントで療養生活を送る歌劇王。歌にかける情熱と諦念が入り混じった晩年の生きざまを、ボローニャ出身の歌手ルチオ・ダッラが情熱的な歌詞で表現しています。そんな曲でイメージトレーニングをしていたのには、れっきとした理由がありました。

 次回は、関西に居を移したからには、是非もので訪れたいと思っていた兵庫県赤穂市にあるピッツェリア&海鮮ナポリ料理の店「さくらぐみ」訪問レポをお届けします。

baner_decobanner.gif"ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 

Agosto 2018
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

archive.gif

Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.