あるもの探しの旅

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香り立つデニム〈前編〉

専用フレグランス付きテーラード・ジーンズ
JACOB COHËN ヤコブ・コーエン


(財)日本ジーンズ協議会主催による恒例のベストジーニスト2018が10月15日に発表され、一般選出部門には女優の菜々緒さんとタレントの中島裕翔さんが選出されました。

 中島さんが所属するアイドルグループHey! Say! JUMPを今年度の観光キャンペーンで起用するのが宮城県。

 10月16日(火)に宮城県仙台市で開催された第71回新聞大会がらみで前日朝から仙台入りしました。'90年代に5年連続ベストジーニストに選出された木村拓哉さんの次女Kōkiさんが全面広告に登場したその日の河北新報朝刊には、もう一つ見逃せない広告が掲載されました下画像

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 それは16日にパンフレットの配布が始まる冬旅キャンペーン「ふ湯タビ宮城」の見開き広告。果たせるかな翌日はパンフレットを入手しようと宮城県庁1階の観光情報コーナーに群がる女性たちの姿がありました。

 臆することなく列に加わり入手したパンフレットを見る限り、右から2番目の中島さんはジーンズのみならず浴衣姿も板についたもの。半纏(はんてん)がインディゴブルーである点がポイントだと思いますが、いかがでしょう。 

 与太話はこの辺で切り上げ、本題へと移ります。

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Jacob_W._Davis.jpg 多くの人が一度は履いたことがあるであろうジーンズが誕生したのは、1848年に金鉱脈が発見され、ゴールドラッシュに沸く19世紀中庸のアメリカ・ウエストコーストです。

 ラトビア共和国の首都でバルト海の真珠と称される世界遺産の街リガから家族と共に23歳で新大陸アメリカに移住したヤコブ・デービス(Jacob W. Davis,1831-1908)右画像は、サンフランシスコの北東220kmほどにあるネバダ州リノという小さな町で1968年から仕立て屋を営んでいました。

 耐久性を重視する顧客の求めに応じ、帆船の帆に使われる番手の太い綿糸で織り上げた丈夫なキャンバス生地を用いて銅製のリベット(鋲)でポケットを補強した作業ズボンを1871年に売り出します。それは金鉱山や港湾で働く労働者の仕事着として好評を博します。

Levi_Strauss.jpg デービスが布地を仕入れていたのが、ユダヤ系ドイツ移民リーバイ・ストラウス(Levi Strauss,1829-1902)左画像が1865年に設立した繊維製品卸会社Levi Strauss & Co.リーバイ・ストラウス社です。人口増が著しく、新たなマーケットとして有望だったサンフランシスコは、当時ゴールドラッシュによる活況を呈していました。

 1873年5月20日、特許申請に要する$68の費用援助を申し出たデービスと同社との共同名義で特許を認められたのが「ポケットの開口部を補強する方法」。

 同年、オレンジ色の糸を縫い込んだV字型の二重バックステッチを商標登録。生地を防虫効果があるインディゴ染料で染めた9オンスのデニム生地へと変更し、ここにジーンズの原型が出来上がります脚注1参照

jeans_Patent.jpg【Photo】ツルハシを手にした男性のイラストを添えてヤコブ・デービスとリーバイ・ストラウス社が特許申請したのが、リベットでポケットの開口部を補強したキャンバス地の作業ズボン。1873年5月20日付でアメリカ合衆国特許第139,121号として認可された

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 そもそもデニム生地は、海洋交易国家としてヴェネツィアと覇を競ったジェノヴァ共和国から遅くとも17世紀に地中海世界や英国へと伝わり、さらには新大陸へも上陸していました。

 南仏ニーム地方の織物という意味のフランス語〝Serge de Nîmes〟が簡略化してデニムとなったという説がある一方、トリノ近郊にあり、繊維産業で栄えたChieri キエーリで生産され、15世紀には一大貿易港となったイタリア最大の海運都市Genova ジェノヴァから輸出されたデニム地〝blue de Gênes〟がブルージーンズの語源とされます。フランス語でジェノヴァはGênes(ジーンズ)と表記することから、その発祥については互いに譲らぬところ。

donna_cucce_due-bambini.jpg【Photo】ヴェネツィア周辺の出身とされ、ロンバルディア地域で風俗画を残した名もなき画家「Maestro della tela jeans マエストロ・デッラ・テラ・ジーンズ」の「Donna che cuce e due bambini 針仕事をする女性と2人の子ども」〈17世紀・油絵(一部インディゴ)102×193cm〉©Fondazione Cariplo, Milano

 パリ市内だけで9店舗を展開するGUCCIと同様、フランス国内にも少なからず顧客が存在するPRADA、FENDI、そして前回取り上げたDOLCE & GABBANAといったイタリアン・スーパーブランドに関して、インターネット百科事典Wikipedia にはフランス語版が存在しません脚注2参照
 
 そんな一面からも窺える本家中国に劣らぬ尊大な中華思想の持ち主である(と、かねがね庄イタは思っている)フランス人にとって看過できない発見が近年なされました 。

 ベラスケスやルーベンスらを庇護したスペインハプスブルグ家の統治下にあった現在の北イタリア・ロンバルディア州にあたる17世紀後期のミラノ公国領に一人の名もなき画家がいました。

Jean_Femme_Mendiant.jpg【Photo】マエストロ・デッラ・テラ・ジーンズ「Madre mendicante con due bambini 2人の子どもを連れた物乞いの女性」〈17世紀・油絵(一部インディゴ)152×117cm〉©Galerie Canesso, Paris

 その画家は作品上にサインを残さなかったため、2006年にウィーン美術史美術館の美術史家ゲルリンデ・グルーバー博士が便宜上〝Meister der Blue Jeans (独語), Maestro della tela jeans(伊語 ☞ ブルージーンズのマエストロ)〟と名付けます。画家が残したとされる絵画の中の数点には、デニム地の服を身に着けた下層社会の人々が描かれていました。

 2010年、グルーバー博士らによってマエストロ・デッラ・テラ・ジーンズが残した絵画の鑑定が行われました。同時代のオランダの画家フェルメールは、青の表現に高価なラピスラズリの顔料を使いましたが、17世紀は藍銅鉱を原料とするアズライトが青絵具として使われるのが通例です。

 ところがマエストロ・デッラ・テラ・ジーンズが丹念に細部まで描いた青の布地には、デニムの染色に用いられる顔料であるインディゴが使用されていたのです。

Maestro_della_jeans_piccolo_mendicante.jpg【Photo】マエストロ・デッラ・テラ・ジーンズ「Piccolo mendicante con focaccia ripiena 詰め物をしたフォカッチャを手にする子どもの物乞い 」〈17世紀・油絵(一部インディゴ)86×71cm〉©Galerie Canesso, Paris

 フランスの新聞「Le Mondo ル・モンド」Web版でアートコラムを担当するLunettes Rouges(☞「赤メガネ」の意)氏は、この鑑定結果を受け、2010年9月19日付でその信憑性に疑問を投げかけます。

 予想通りの〝お山の大将オレ一人〟的なフランスらしいリアクションですが、オーストリアの専門家の鑑定結果にケチをつけたLunettes Rouges氏、インディゴブルーが赤に見える色眼鏡で物事が歪曲して見えたのでしょうか。

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 初期のジーンズは、ベルトループではなく背中側にサイズ調整用シンチバックがあり、サスペンダー留めのボタンが前後2か所にある仕様でした。後ろ右ポケットの赤いタブと共にリーバイスのアイコンとなっているのが、後ろポケットのアーキュエットステッチ。

 1873年に登場したリーバイ・ストラウス社の型番「501」は、スタンダードモデルとして根強い人気があります。1960年代前半に生産された501は、ヴィンテージコレクター垂涎のアイテムとなっています。
vintage-jeans.jpg【Photo】これはファッションとしてのダメージ加工ではなく、作業服として扱われた時代のジーンズ。初期のジーンズは労働現場で履きつぶされたため、後世に伝わることは珍しいのだそう。リーバイス社が所有する最古のジーンズ「XXc.1879」は1879年頃の製造とされ、価値評価の算定基準が謎ながら、時価15万ドル(約1,650万円)!!

 今や全世界110か国に2,900店舗の販売網を広げ、2017年の売上高が49億米ドルに達するグローバル企業となったリーバイス社。その飛躍のカギとなったのが、フォード社デトロイト工場の流れ作業によるオートメーション方式を応用し、大量生産を可能としたことにありました。

 パッチに描かれた二頭の馬が引いても破れない堅牢さの象徴であるリベットとオートメーションによる品質の平準化がもたらしたリーバイス社のサクセスストーリーは、いわば20世紀型の成長神話。

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 ジーンズがファッションアイテムとしてスタンダード化した21世紀。サヴィル・ロウの英国製と双璧をなす紳士服の頂点、イタリア伝統のサルトリア(仕立て屋)技法を取り入れた履き心地とデザイン性・品質を兼ね備え、ファッショニスタに支持されるのがJACOB COHËN ヤコブ・コーエンです。 

 次回は耐久性を重視する作業着として生まれたアメリカン・ジーンズをルーツとしつつも、知れば知るほど洒落っ気たっぷりなイタリアンテイストのジーンズにまつわるストーリーをお届けします。

*注釈1】ヤコブ・デービスが仕立て屋を営んでいたネバダ州リノの繁華街、North Virginia Street 211番地にリノ市歴史資源委員会によって顕彰碑が設置され、2006年5月20日に除幕式が執り行われた
  
*注釈2】GUCCIに関するWikipediaコチラ)、PRADAに関するWikipediaコチラ)、DOLCE & GABBANA に関するWikipedia コチラ)にはフランス語版が存在しない。その反面、人と同じバッグや財布を所有することに抵抗がなく、右倣え大好きな日本で全世界の4割の売り上げシェアを持つLouis Vuittonに関するWikipediaコチラ)や、CHANELについてのWikipediaコチラ)など、フランス資本のブランドにはイタリア語版Wikipediaが存在する。庄イタにとっては鼻持ちならないフランス人の鼻っ柱の強さとは対照的に、細かい事にはこだわらない(「いい加減な」とも言いうる)イタリア人の心の広さの現れかと(笑)

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