あるもの探しの旅

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香り立つデニム〈後編〉

専用フレグランス付きテーラード・ジーンズ
JACOB COHËN ヤコブ・コーエン


 その香りは、濃密にしてエキゾチックかつノーブル。

 嗅覚中枢を心地よくくすぐる馥郁たる芳香は、ウオッシュの濃淡が異なる2本のインディゴブルーのジーンズから漂ってきます。

 魅惑的な香りの主は、比類なき着心地の良さを生み出すイタリア伝統の立体裁断の技術を駆使したハンドメードによる〝テーラード・ジーンズ〟を標榜する「JACOB COHËN ヤコブ・コーエン」。

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 仕立ての良いテーラードジャケットとの組み合わせを前提にデザインされており、スリムなスキニータイプは別にして、ルーズなフォルムが一般的な作業着ベースの粗野なイメージのアメリカンジーンズとは全くの別物。

 レディース・メンズを問わず、JACOB COHËN のジーンズには全て製造段階で同じ香りづけがなされます。

 それは東南アジア原産でシソ科の花木「Patchouli パチョリ」の葉から抽出した精油ほかを独自に調合した〝INDIAN WOOD〟という香り。パチョリは古代ギリシャ・ローマ時代から香料や媚薬としても知られてきたといいます。

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 フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に所属するドミニコ会修道士が13世紀に行った救済事業が母体の現存する世界最古の薬局「Officina Profumo Farmaceutica di Santa Maria Novella サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局」にもパチョリという名のオーデコロンがあります下左側

 和装にも似合いそうなそのハーバルでオリエンタルな落ち着いた香りのトップノートで連想したのは墨汁や太田胃散(笑)。

patchouli_SMN.jpgPatchouli Patch Eau de toilette.jpgPatchouli Patch-box.jpg

 庄イタがよりINDIAN WOOD との相似を感じるのは、パリで1976年に誕生した「L'Artisan Parfumeur ラルチザン・パフューム」が1978年に発表したオード・トワレ「パチュリパッチ」です上右側。フローラルでウッディな香りと植物由来のホワイトムスクやコケの香りが複雑に絡み合います。

indianwood-jacob.jpg プロフェッショナルな調香師、あるいは映画「羊たちの沈黙」に登場する絶対嗅覚の持ち主レクター博士でもなければ、JACOB COHËNから立ち上る個性的なINDIAN WOODの重層的な香りとサンタ・マリア・ノヴェッラのパチョリやラルチザン・パフュームとの共通点を直ちに見いだすことは難しいかもしれません。

 デニム地から力強く立ち上がるINDIAN WOODは、あくまで甘美ながら爽快さも感じられます。奥底にパチョリのニュアンスを嗅ぎ当てた庄イタなのでした。

 〈後編〉では個性際立つ香りを纏(まと)ったMade in ITALY ならではのジーンズ JACOB COHËN について語ります。

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 日本ではEDWIN系列のAmericanino アメリカニーノ、Outsider アウトサイダーなどのカジュアルなブランドをイタリア北東部ヴェネト州パドヴァ県の人口3,500人ほどのポンテロンゴという街で立ち上げた実業家でTato タトの愛称で呼ばれたAdolfo Bardelle アドルフォ・バルデッレは、1985年に新たなボトムスのブランドを立ち上げます。

 JACOB COHËN ヤコブ・コーエンという新ブランド名は〈前編〉で回顧した国籍を問わず広く愛されるジーンズ生みの親である二人のアメリカ移民、ヤコブ・デービスとリーバイ・ストラウスの成功譚に敬意を込めたもの。

 〝JACOB〟はヤコブ・デービスのファーストネームであり、〝COHËN〟はリーバイ・ストラウスの出自であるユダヤでは一般的な姓であり、元来は司祭を指すヘブライ語です。

nicola bardelle.jpg JACOB COHËNが世界へと飛躍する立役者となったのが、父が立ち上げたブランド再興に2003年から着手し、従前とは比較にならないほど価値を高めた息子のNicola Bardelle 二コラ バルデッレでした上画像

 ニコラが初めて手がけたストレートモデル「610」下画像は、ローマから世界24か国に展開し、セレブな顧客に愛されるメンズプレタポルテの名門「Brioni ブリオーニ」で取り扱われるも、ほぼ無名のブランドへの発注は、わずか700本に留まります。

 順風満帆なブランド再出発とはいかなかったものの、細部に至るまでの並外れた品質とデザイン性の高さから、目の肥えた顧客の心を捉えて離さなくなるまでに要した時間は長くはなかったのです。

jacob-cohen610.jpg 才気に恵まれ、新たなデニムの価値を創造したニコラ。一躍時代の寵児となりましたが、2012年8月、家族と共に滞在していた南フランスの保養地サントロペで交通事故のため急逝します。享年45。

 不慮の死を遂げたニコラ亡きあと未亡人となった妻ジェニファーがクリエーティブディレクターに就任。一流ブランドが軒を連ねるモンテナポレオーネ通りと同様、ファッショナブルなショップが集中するミラノ・スピーガ通りにルームフレグランスや子ども服・シューズなどの新展開を含む旗艦店を今年5月に出店するなど、JACOB COHËNの勢いは止まりません。

 他にはない個性を磨き、品質を徹底して高めることで独自の地位を確立したニコラの開拓者精神は、色褪せることのない魅力と共に一着の中で生き続けています。

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Jacob Cohen-2016.jpg イタリアン・プレミアムジーンズといえば、1979年の初コレクションからジーンズに注力し、若年層に支持されるDIESEL ディーゼル、1981年からジーンズを手掛けたGIORGIO ARMANI ジョルジョ・アルマーニが代表的な老舗どころでしょうか。

 JACOB COHËNが再始動した2003年以降、Pantaroni Torino(☞「トリノのスラックス」の意)の略語をブランド名にしたボトムス専業のPT01ピーティーゼロウーノから派生したPT05ピーティーゼロチンクエ、JACOB COHËNの路線を狙ったRICHARD J. BROWN リチャード・J.ブラウンtramarossaトラマロッサSIVIGLIA シヴィリアなど、あまたのフォロワーが登場した後にあっても、JACOB COHËNは際立った存在であり続けています。

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 その理由のいくつかを挙げてみましょう。

 染色・織り・縫製の全てにおいて高い技術を持つ職人技が世界に認められた岡山県児島のジーンズは、遺伝子の複数形 Genes【dʒíːnz ☞ ジーンズ】と組み合わされ〝Kojima Genes〟の名を世界に馳せています。

 現在、JACOB COHËNの製造を一手に引き受ける「Giada SpA ジャーダ社」は、ヴェネト州アドリアとシチリア州ブロンテに工房を構えます。岡山製やイタリア製デニム生地を厳選。ジーンズの顔となるステッチ入りバックポケットの工程では、効率的に裁断から刺繍までを一貫して行える信頼性が高い日本製の多頭式電子刺しゅう機を導入しています。

 このような日本との縁が浅からぬハード面のこだわりのみならず、手先が器用な女性たちが活躍する熟練の縫い子の技術を併用する縫製には番手の細い糸をモデルごと色を変えて使用します。イタリア伝統の立体裁断でカッティングされた一点ごと手作業によるアイロン成形でクセ取り仕立てを行い、股下に無駄なシワが寄らない無類の履き心地と膝下を絞ったテーパードなシルエットの美しさを両立させているのです。

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 手仕上げされる立体的なシルバーメタルのロゴが浮かび上がるなど、実にバリエーション豊富なパッチには、時にシリアルナンバーが刻印されます。希少素材ヘアハイド(ハラコ)を色違いで使用するほか、シュリンクレザーや型押し、さらには良質のレザーにハンドペイントを施すなど、モデルごとの表情は多種多彩。

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 タックボタン上画像や前編で経緯に触れたヤコブ・デービスがリーバイス社との連名で1873年に特許を得たリベット下画像は、ジュエリーを手掛ける工房にモデルごとに風合いやデザインを発注します。

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 ベルトのバックルが上にずれ上がらぬよう、ピンを通すループがフロントトップのタックボタンホールの下に縫い込まれるのは、テーラドなスラックスと同じ仕様下画像

 バックポケット用のブランド名入りの質感が高いバンダナもモデルによって色柄の組み合わせを変えるなど、死角のないディテールへの目配りにはつくづく感心します。

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 着用すれば外見上は見えない箇所における主張も怠りません。

 多くのモデルで採用されるのが、ジッパーではなくクラシックなボタンフロントです。一点づつメッキ加工が施され、風合いが変わるモデル名の刺繍の裏にはブランドポリシーが縫い込まれています。

 Go to bed with a dream Wake up with a purporse
 (☞ 夢を抱いて眠り、目的をもって目覚めよ)

 フロントポケット内側の袋状になった左右のスレーキもモデルごとに柄や色が異なり、JACOB COHËNのモノづくり哲学を記した履く人に向けたメッセージと取り扱いについての指示を超細番手の糸でスレーキにタグを縫いこむ念の入れようです。

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 そこにいわく〝Understand yourself. Think of yourself. And then go your own way. Whatever ties to the circumstance you have, and whatever conditions you are in keep your way and remember to smile. The JACOB COHËN product philosophy.
(☞〝自分を理解せよ。自身について考えよ。そして自ら歩め。どんな事情があったにせよ、どんな体調であっても、自分の生き方を貫き笑顔を忘れるな〟)

 モデルによって開きはありますが、定番の「J622」や「J688」は並行輸入ものでも3.5万円以上、正規代理店を介するショップにおける限定モデルに至っては7万円前後~の価格帯となります。

 そんな実勢価格も相まって、酸いも甘いも知り尽くした世代こそが似合うのであって、その価値を見いだす眼力が問われる逸品を青二才が着こなすには、どうやらハードルが高いようです。

 JACOB COHËNの愛用者ならばお馴染みであろうブランドのアイコンとなる香りINDIAN WOODは、ギリシャ産などを試行錯誤の末に理想の仕上がりを得たエジプト産の軽石でブリーチをかけた後の水洗い工程で生地に付けられます。

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 こうして完成する微妙な風合いを損なわぬよう、洗う頻度を極力減らすよう指示。洗濯にあたっては、裏返してネットに入れ、色移り防止のため単独で洗い、直射日光を避けることが必須となります。

 洗濯によって失われる香りを蘇らせるため、通常モデルにも付属する補修用の糸と共に、リミテッドエディションとプレミアムエディションにはシルバーメタリックのアトマイザー入り専用フレグランスが小袋に入ってきます。

 フレグランスだけを手に入れたいJACOB COHËN 愛好者は少なからず存在するようで、ほぼ常時ネットオークションで10mℓ容量のINDIAN WOODが売買されています。

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 テーラードジーンズを標榜するJACOB COHËNゆえ、直営ショップで購入したジーンズは専用BOXに収まって購入者へと手渡されます。

 どうです?JACOB COHËNの魔法にかかったことがないと仰るアナタも興味が湧いてきたでしょ?

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 今年の初夏、セレクトショップ「Strasburgo 京都LAQUE 四条烏丸店」で購入したJ622セカンドプレミアムエディション「FLORENCE」は、関西では〝着倒れの街〟の異名を持つ京都と姉妹都市である芸術の都フィレンツェをイメージしたモデル。ハンドペイントによるデフォルメされたフィレンツェの市章ユリがイタリアンカラーで描かれている1点ものです。

 パッチと共柄のバンダナやタックボタンが白で統一されて季節感を演出した夏場は、セリエAの強豪SSCナポリのレプリカユニフォームや赤穂さくらぐみで購入したスタッフTシャツをタックアウトで、秋口はナポリ伝統のハンドメード技術を受け継ぐシャツ専業メーカー「Finamore フィナモレ」をタックインで着る機会が多かった季節も変わり目に差し掛かっています。

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 本国イタリアでは、上着を含めたトータルな商品展開を図っており、2016年3月にオープンした関西における旗艦店である大阪梅田の「JACOB COHËN ハービスPLAZA」上画像には、ボトムスだけでなく、上着からTシャツ、バッグやベルトといった小物に至るアイテムが揃います。

 アイテム数が最も多いのはジーンズゆえ、ショップの入り口付近にはINDIAN WOODのかぐわしい香りが立ち込めており、思わず足を踏み入れたくなる仕掛け。

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 そうしてチェックした今シーズンは、J688やJ622シリーズで1960年前後にイギリスから世界の若者に伝播したムーブメント「モッズ」をテーマに英国空軍の青白赤トリコロールカラーのラウンデルやタータンチェックなど、ブリティッシュテイストを取り入れたコレクションを展開しています。

 付属品がなく装飾がシンプルなPWシリーズよりは値が張りますが、せっかくならディテールに凝るJシリーズ、それもリミテッドエディションクラスを手に入れたいもの。

 立冬を過ぎ、コートを羽織るまではジャケット+パンツスタイルで外出する機会が増えます。そこでハービスPLAZA店で物色したのが、J622よりも股上が1.5cm深く上着との相性が良いJ688モデル 。

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 ツイード素材のテーラードジャケットとの相性を考慮し、探したのはワンウオッシュ程度のやや濃いめのインディゴブルーデニムで、膝下からテーパードがかかった日本人にも着こなしやすいシルエットの688が第一候補です。

 いくつか比較した中で、赤いステッチとコインポケットやモスグリーンのハラコパッチに配されたロイヤルタータンが効いたJ622モデル、そしてポケットとウエスト外側部分に入った破線状の極太ステッチが目を引き、JACOB COHËNとしては珍しく内側に2本のループステッチが入った「J688 HEAVY STITCH COMFORT」の二者択一となりました。

 先述したJACOB COHËNのブランド哲学ではありませんが、庄内系イタリア人として自我が覚醒する遥か以前、ブリテッシュ系プログレ少年だった庄イタ。'70年代にティーンだった女子に人気があった英国エジンバラ出身のアイドルポップグループで、(脳天気なアメリカ的楽曲ともども、どう贔屓目に見ても趣味が劣悪に思えた)タータンチェックのステージ衣装に身を包んだ「ベイ・シティ・ローラーズ」に対して抱いていた悪い印象と重なりパス(笑)。

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 そうしてJ688 HEAVY STITCH COMFORTに白羽の矢を立てた次第。

 良質なクロコダイル型押しで、渋い光沢を放つ皮パッチには、通常リミテッドエディション以上のモデルに使用されるシルバーメタリックのロゴが輝きを放ちます。

 さらにJ688 HEAVY STITCH COMFORTはリミテッドでもプレミアムでもありませんが、シーズン毎に特に力を入れたモデルを示すこのセカンドプレミアムエディションには、補修用の糸巻と共にINDIAN WOODのフレグランスボトルが袋に忍んでいるのです。

 これは買いでしょう。

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 裾上げにあたっては、吉田育次店長のサジェスチョンもあり、付属の金茶色の糸ではなくコインポケットに施されたJの刺繍と同系の赤い糸を指定。差し色を強調するダブルチェーンステッチ処理を施した仕上がりにも納得です。

 こうして庄イタを魅了するJACOB COHËNとの運命の赤い糸は、ますます強固なものとなりました。

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