あるもの探しの旅

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2016/12/18

神ってる(?) 聖地巡礼

2016 年末恒例            
庄イタ的流行語大賞はこんなカンジ。


 毎年12月1日に発表される今年の新語・流行語大賞にエントリーされた2016ベスト10の中で、庄イタが最も注目したのがイタリア語の「アモーレ」。

 サッカー・セリエAの名門クラブ「インテルナツィオナーレ・ミラノ」所属で、日本代表チームのDF長友佑都選手が、会見で交際相手の女優平愛梨さんを指して呼んだ表現です。

via_amore.jpg【Photo】ロケ地:愛と幸福が天から降ってくるアモーレの国イタリア。リグーリア州の世界遺産「Cinque Terre チンクエ・テッレ」を構成する五つのコムーネ(村)のうち、Monterosso モンテロッソとRiomaggiore リオマッジョーレ間約1kmが絶景のハイライトとなる全12kmの遊歩道「Via dell'Amore (=愛の小道)」。恋が成就する恋人たちの聖地に出没した挙動不審者

 よほど清廉潔白な聖人君子だと自らを勘違いしているのでしょう。寄ってたかって建前論を振りかざし、芸能人のプライベートに関し、連日のごとくゲス不倫と称して集団ヒステリー的に騒ぎ立てた週刊誌やテレビのあまりの低俗ぶりには心底うんざり。そんな今年上半期の芸能ニュースで、一服の清涼剤となった言葉でありました。

 長友選手が説明した通り、Amoreは、イタリア人が日常会話において頻繁に使う単語です。広く愛情を意味する言葉であり、それは時に恋人や夫婦間で使われる呼称であり、我が子やペットなどの愛おしい対象を指す美しい響きを持った言葉でもあります。

antonio_canova_amore_psiche-001.jpg【Photo】 ヴェネト州内陸北部のポッサーニョで生まれ、ヴェネツィアとローマで活躍した彫刻家アントニオ・カノーヴァ(1757-1822)。代表作の一つがギリシャ神話に題材をとった「Amore e Psiche アモーレ・エ・ プシュケ」。絶世の美女プシュケは美の神アフロディーテの嫉妬を買い、息子のアモーレに鉛の矢で射るよう命じるも、彼は美しい彼女に恋をしてしまう。翼を持つ神アモーレとの叶わぬ恋に身をやつした挙句、愛に殉じて永遠の眠りについたプシュケは、アモーレのキスで蘇り、結ばれる(ルーヴル美術館蔵)

 自己紹介プロフィールでも述べている通り、庄イタは野球には関心薄です。東北楽天ゴールデンイーグルスのホームスタジアムに行くのは、付き合いで1シーズンに数回だけ。しかもその目的は野球観戦ではなく「緑のイスキア」のナポリピッツァなのです。行ったら行ったで、ピッツァイヨーロの庄司建人さんからは「おや、珍しい~」と言われる始末。

joker-carte.jpg ゆえにリーグ制覇を果たした広島東洋カープの緒方監督が発信源となったという初耳の「神ってる」が年間大賞に選出されたのは、意外であり、改めてジャッポネーズィは野球が好きなのだと実感しました。

 一昨年、一世を風靡した日本エレキテル連合や、昨年ブレイクしたとにかく明るい安村などのように、恐らくは一過性になるであろう「PPAP」や、受賞者は辞退せず、胸を張って出てきて説明責任を果たしてほしかった「盛り土」、米大統領選での二者択一のババ抜きで、よもやのJOKERを引いてしまった格好の「トランプ現象」など、今年の世相を反映した言葉がベスト10入り。
 
 その中では、「千と千尋の神隠し」以来、邦画としては15年ぶりに興行収入200億円超のメガヒットとなった「君の名は。」に登場する舞台を訪れる「聖地巡礼」が社会現象化。若年層を中心に影響力は今だ衰えを知りません。

【Movie】 ©2016「君の名は。」製作委員会

 夢で体が入れ替わった高校生の男女が繰り広げる奇蹟の物語を、リリシズム溢れる透明感のある美しい映像で綴るこの作品。その舞台となった岐阜県飛騨や東京都内各所、そして秋田内陸縦貫鉄道の無人駅「前田南駅」は、訪れる巡礼者で賑わっているのだとか。

 映画で流れる劇中曲「前前前世」に反応したのが前世イタリア人。庄イタも時流に乗り遅れまいと、このファンタジーを9月に鑑賞しました。

 8割以上が20代と思われる観客で、ほぼほぼ劇場は満席。いささかアウェー感を味わいつつも、彗星が糸守へと降ってくるオープニングから運命の糸をたぐり寄せ、時空を超えて出逢う二人に自らの青春時代を重ね、キュンキュンしてしまう昭和世代なのでありました。

。.:*(*゚∀゚)*:.。.. tuo nome ..。.:*♡*:.。 your name ..。.:*(゚∀゚*)*:.。


bio-napule1.jpg【Photo】「アミーコ・ビオ・エ・ナプレ」Dランチ(3,200円)よりアンティパスティ・ミスティ/(右上から時計回りに)カポナータ・ペペロナータ・サラメミラネーゼ・コッパ・海老のクスクスサフラン風味・鯛のカルパッチョ・自社農園産カルチョフィのオイル漬け。Vine della Casa(ハウスワイン)はグラスで白をオーダー

 話は変わって、先月、泊りがけで鎌倉と横浜に出向く用事がありました(いずれも後日レポート予定)。池袋で昼時を迎えた翌日のランチは都内百貨店最大級の46店舗が集うレストラン街へとリニューアルした池袋東武百貨店の「SPICE スパイス」11F「Amico Bio e Napule アミーコ・ビオ・エ・ナプレ」へ。

bio-napule2.jpg【Photo】プリモピアット/ ピッツァ・マルゲリータ(Sサイズ)

 このピッツェリアは、南青山の名店「Antica Pizzeria e Trattoria Napule ナプレ」が、千葉県八街市(やちまたし)に所有する自家農園で栽培する野菜のほか生地に使用するMolino Grassi モリーノ・グラッシ製の小麦粉まで、オーガニックをテーマとして今年2月にオープンさせた店です。

bio-napule3.jpg【Photo】セコンドピアット/ 鶏腿肉の煮込みレモンクリームソース風味

 エスカレーターで11Fへとフロアを上がってゆく途中、6Fリビング用品フロアで「日本橋木屋」の研ぎ師が実演販売をしていました。ドイツで購入し、長く愛用した モリブデンバナジウム鋼製の包丁が、研いでも切れ味が戻らなくなったため、代替えに炭素鋼の包丁を探していたのです。

 日本橋木屋を訪れた外国人観光客が、切れ味の良い鋼(はがね)製の包丁や爪切りをこぞって買い求めているのだという昨今。それは、前世イタリア人にとっても渡りに船の展開に他ならないのでありました。

 木屋の包丁を取り扱う仙台の百貨店でも木屋の研ぎ師への刃研ぎ発注が可能だというので、即断即決。トマトの切れ味が悪くなったら、研ぎに出す潮時なのだといいます。

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 2フロア上の催事場では、山形物産展が開催されており、隣県の見知った産品が並んでいました。ざっと売り場を見渡すと、そこには馴染み深いお二人がおいででした。ちょっとしたイタズラが実は大好きな庄イタ。そっと背後から近寄ってゆきました。

 英語・イタリア語以上にヒアリングに関しては9割以上を理解する庄内弁を封印。山形県内でありながら、庄内とは異郷と呼んで差し支えない山形内陸のイントネーションで、試食用に小分けした特別栽培米つや姫を来店客に振る舞っていた男性に庄内ビギナーを装って話しかけました。

「この庄内のコメ、うめんだべが?(=美味しいのですか?)」

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 珍客の登場に目を丸くしたのが、旧知の間柄である鶴岡・「井上農場」代表の井上馨さん。その隣には奥様の悦さんもご一緒でした(上画像)〈2015.5拙稿「神通力ふたたび!? 鶴岡 後編~東京八丁堀・てんぷら小野@山形 鶴岡・井上農場」参照〉

 予想だにしない池袋での邂逅にはお互いビックリ。井上農場を取り上げた前回レポート「神通力ふたたび!?~鶴岡前・後編」 で引きの強さを発揮した庄イタですが、今回も神ってる超能力を実証した格好となりました。

 春先にお邪魔して以来、ご無沙汰していたご夫妻に「そのうち伺います」と申し上げ、レストランフロア11Fへと移動したのでした。

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 井上さんとの漠然とした約束を果たす日が訪れたのは、それから2週間後の12月初旬。平田赤ネギ〈2007.9拙稿「平田の赤ねぎ」参照〉が美味しくなる季節となり、山伏ポーク〈2014.7拙稿「山伏ポーク」参照〉、そして井上農場のジューシー小松菜を取り揃え、仙台で購入可能な石巻・十三浜ワカメを含め、最強豚しゃぶの具材調達に伺ったのです。

 並外れた餅の食味を知ったが最後、ほかでは満足がゆかぬのが「本女鶴」です〈2012.10拙稿「酒田女鶴と本女鶴 女鶴餅をおいて餅を語るなかれ」参照〉。生産者である酒田市布目の堀芳郎さんのもとを訪れ、希少な糯米を譲って頂くのも外せないミッションでした。

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 冬型の気圧配置による北西の季節風で発生する雪雲のヴェールで山腹を覆われることが多い鳥海山が、その日は珍しく全容を見せていました。伺った堀さん宅で糯米を3kg購入させて頂き(上画像)、今回の庄内訪問の主要目的の一つをクリア。母が此岸から旅立った今年は喪中のため正月祝いはできませんが、新たな年を迎える準備はできました。

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 堀さん宅へと向かう時間帯と重なった日没を挟んで目の当たりにしたのが、表情の異なる出羽富士の姿です。地平線に沈もうとする夕陽に照らされた赤富士(上画像)と、その後のブルーグレーの空に浮かび上がる純白の雪を頂く山肌のコントラストからなる青富士(下画像)は、もうすっかり冬の装い。

 国内有数の渡り鳥の越冬地となっている最上川河口の塒(ねぐら)に向かってゆくのは、V字型の編隊を組んだオオオハクチョウたち。時おり鳴き声を上げながら西の空へ飛んでゆきます。

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 岩ガキ目当ての7月と、シーズン最後のブドウ狩りに出向いた10月の庄内訪問時には太田政宏グランシェフの料理を食べたくて「L'Oasis ロアジス」を訪れました。〈2014.1拙稿「新春縁起藤沢カブ~年忘れ恒例食べ納め@酒田L'Oasis ロアジス」参照〉久方ぶりに酒田に投宿した今回は、JR酒田駅前の「ル・ポットフー」へ。

 全国の食通・各界の著名人から最大限の賛辞を贈られた〝フランス風郷土料理〟という新機軸を太田シェフと佐藤久一(1930~1997)が二人三脚で打ち立てたル・ポットフーは、久一が吟味した調度品が随所に散りばめられ、伝統と風格を漂わせています〈2008.3拙稿「佐藤 久一さんのこと 〈前編〉世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男の物語」参照〉

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 1975年(昭和50)に開業して以来、数々の伝説を生んだ厨房に立つのが、太田シェフの愛弟子である加藤忍シェフ。食の都庄内ならではの吟味した素材を活かす加藤シェフの味付けは庄イタ好みです。週末でほぼ満席の賑わいだった今回、ディナーで注文したのが7,500円のコース。

 アミューズのカナッペに続いてソムリエの小松俊一さんが「お箸でどうぞ」と運んできたのが、本日のオードブル「スズキとイクラのカルパッチョ風」(上画像)

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 魚料理がいつも美味しい店ですが、特にピカイチだったのが、香ばしい焼き目の入った真鯛と舞茸の香りがベストマッチだった「真鯛のキノコソース風味」(上画像)。食感の異なる3つの部位を味わえた「だだちゃ豆で育った羽黒綿羊のワイン煮込み」(下画像)では、サフォーク羊の生産者である丸山光平さんの顔が浮かぶのでした。

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 19年前のジャスコ撤退と昭和40年代に竣工したビルの老朽化による再開発計画が2度頓挫している酒田駅前。2018年に着工、2021年3月の竣工を目指す事業計画に伴い、現在の店は姿を消します。

 以前に話を伺った小松さんによれば、活かせる部材は可能な限り新店に移す予定なのだそう。

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【Photo】伝説の男・佐藤久一の審美眼で選び抜いたルポットフーの内装。地中海クルーズの客船をイメージしたメインダイニングに対し、厨房に面した「ル・シャトー」(上画像)と「ラ・スフレ」の2つの個室の壁面は、淡いグリーン地に銀白色の小鳥や草花の図柄

 出生が酒田の銘酒「初孫」改名の由来となり、映画評論家の淀川長治が世界一の映画館と評した「グリーンハウス」の若き支配人として、後半生は料理で人を幸福にすることに情熱を燃やし続けた不世出の男。その夢の結晶が、原型を留めるうちに事情が許す限り足を運びたいと願う庄イタなのです。

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 前日に続き穏やかな天候に恵まれた翌朝は、鳥海山の伏流水が川となって流れる牛渡川へ。その目的はサケの調達です。お酒じゃありません、鮭です。(日本酒は別途「木川屋山居店」に立ち寄り、大吟醸と純米&本醸造を、おおよそ2:8の割合で混醸する買い得感満載の限定品「上喜元 翁」(1800mℓ 2,160円)を購入)

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【Photo】箕輪鮭採捕場から歩いて3分。途中に堰があるため、杉林に囲まれた中流域の流れは一見したところ緩慢な牛渡川。川岸の随所から水が湧き出している

 産卵のため牛渡川に遡上してくる1万~2万尾のサケを捕獲し、孵化・放流を行う箕輪鮭採捕場では、10月から12月の漁期に捕獲したオス鮭の風干しやトバを購入することができます。

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【Photo】箕輪鮭採捕場の目の前を流れる牛渡川下流。同じ場所を幾度も行き来し、身を横たえながら動かして川底に産卵用の凹みをつくろうとするメス。その横をオスが離れない

 新潟村上〈2007.11拙稿「鮭のまち村上」参照〉と同じく、河口からほど近い遊佐町箕輪。清らかな鳥海山の伏流水の川を遡上して禊(みそぎ)を済ませたサケは、魚体のダメージがなく沖捕りのサケと比べても味に遜色はありません。

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 採捕場の駐車場には地元庄内はもちろん、秋田ナンバーの車も。1尾1,000円で直売する捕獲したてのオス鮭と同様、売れ行きの良さを物語るかのように、この日はまだ風干しが足りないオス鮭しかなかったため、持ち帰って追熟させるべく生乾きを1尾3,000円で購入したのでした。

 池そのものがご神体として地元では篤い信仰の対象となっているのが、採捕場裏手にある「丸池様」。エメラルドグリーンに輝く湧水だけでできている池を訪れてから、久しぶりに牛渡川に沿って歩いてみました。

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 師走に入ったものの、日差しが温かく感じられたこの日。まだ秋の名残のトンボが飛んでいました。バイカモが自生する清流の上流から流されてきたのが、流れが穏やかな堰の上流部に産卵しようとして失敗したのでしょうか、羽根を動かして脱出しようともがく一匹のトンボ(下動画)

 鳥海山の水の恵みはサケだけではなく、さまざまな生態系を育む命の源になっているのです。一日一善。どれほど命を長らえるのかはわかりませんが、枯れススキの穂を差し出してトンボを救出。羽根が乾くよう日の当たる場所に置いて立ち去ったのでした。

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【Photo】箕輪鮭採捕場の裏手には、1976年(昭和51)に建立された鮭慰霊塔がある。サケ漁が終わる毎年2月、慰霊祭を執り行う石塔に鳥海山と風干されるサケが映り込んでいた

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 そして向かったのが「胴腹滝」。町内各所に鳥海の水の恵みが湧き出す地元・遊佐(ゆざ)では「どうっぱら」と呼ばれる庄内屈指の名水です。

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 人の身体を守護する子安大聖不動明王を本尊とする胴腹滝不動堂のお社を挟み、左右2筋の伏流水が岩場の中腹から滝となって湧き出しています(上画像)。湧出地点から水場まで直接引かれた水を求め、この朝も訪れる人が引きも切らず。

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 湧出地点が左右並んでいながら、飲み口が異なる胴腹滝。水場に居合わせた4人の人と言葉を交わしましたが、左右好みや用途は人ぞれぞれ。庄イタは右側の軟らかい口当たり水をいつも汲むのですが、今回は左側のキリっとしたミネラリーな印象の水も汲み、料理やコーヒーなど用途に合わせて使うことにしました。

 3,4年前に駐車場が整備されたほか、今回驚いたのが、工事現場で使われる手押しの一輪車(ネコ車)まで設置されていたこと(下画像)。これで鬱蒼とした杉林の中に延びるおよそ100mの道のりをズシリと重いポリタンクを抱えて往復する難行苦行の必要がなくなりました。

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 胴腹滝が下流で合流するのが月光川(がっこうがわ)。鳥海山を間近に仰ぐ遊佐町を流れるこの清流には、映画「おくりびと Departures」が公開された2008年(平成20)から数年の間、聖地巡礼を先取りをした格好で多くの人が訪れた場所があります。

【Movie】 ©2008「おくりびと」製作委員会
 
 アカデミー外国語映画賞を筆頭に、日本アカデミー賞の最優秀作品賞などの10部門ほか、2008年の映画賞を総なめにした感があった映画公開から8年。本木雅弘さん演じる納棺師、小林大悟が劇中で、鳥海山を背景にチェロを演奏した堤防には、現在も一脚の椅子が置いてあります。

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 庄イタ以外にも30代前半と思われ数名が、庄イタに遅れること数分後にやって来ました。庄内各地の美しい風景を四季それぞれに散りばめつつ、死を、つまりは生命の尊厳というテーマを描いたおくりびと。ひと頃のブームは去っても、人々の記憶から忘れ去られることはないのでしょう。

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 映画では川を遡上するサケを大悟が見つめるシーンが撮影された旧朝日橋。そこに立って月光川を見下ろすと、4~5年後にこの川へ戻ってくるかもしれない子孫を残すという最後の使命を果たすべく、傷ついて白化した魚体に鞭打って産卵場所を求め上流に向かわんとするサケの姿がありました(上画像)

 その上流には、すでに命脈が尽き果てた2匹のサケが、川岸に身を横たえています(下画像)。その遺骸は冬を越し、孵化した稚魚の餌となります。

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 母なる川への遡上を始める直前から一切エサを食べなくなるというサケとは違い、人は命ある限り、泣く子と空腹には勝てないのが運命(さだめ)。

 上質な脂が乗ったノドグロ炙り(⇒香り高く絶品!)・甘味とコクが堪能できるマハギの肝和え・甘エビよりも旨味が強いガサエビなど、全10貫「旬のおまかせ握り」(税込3,240円)に舌鼓を打った酒田「こい勢」に出向く前、遊佐町パレス舞鶴で開催していた「遊佐町フードフェスタ2016」会場に立ち寄って試食できたのが、高級魚「メジカ」の握り(下右画像)

 主にオホーツク海の定置網で捕獲されるシロザケのうち、およそ10,000分の1の割合でしか捕獲されず、超高値で取引されるのが鮭児です。次いで高値を呼ぶのが、1,000匹に1匹いるかどうかという希少なメジカ

 その母川となる月光川の支流である牛渡川で孵化・放流を現在実施しているのが箕輪、滝淵川の枡川、高瀬川の各漁業組合です。秋から冬場にサケ漁を行う半農半漁の組合員が、個体の識別番号をつけて放流したサケの稚魚は、日本海を北上し北海道からべーリング海域まで旅をします。

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 鼻先に目が寄っていることから目近(メジカ)の名で呼ばるこの魚。1か月~2か月後に産卵を控え、たっぷりと栄養を蓄えて生まれ故郷の川に南下を始める前に捕獲されるため、キメ細やかな身には良質な脂が乗っています。クロマグロの中トロにも似た美味は、刺身で食するのが一番。

 今回、縷々ご紹介した庄イタにとっての聖地巡礼は、流行語大賞に選出されるような移ろいやすい一過性のものではありません。

 映画「君の名は。」の主人公・立花瀧の声を演じた神木隆之介さんと同じ誕生日の庄イタも、映画冒頭で流れる瀧のモノローグと同様、これからも、ただずっと何かを、誰かを探してゆくのでしょう。

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2013/06/25

水が合うハナシ

力水@湯沢 vs 神泉の水@遊佐

 
 食べ物・飲み物ではなく、湧水に関するトピックスが続いて恐縮ですが、カテゴリーのタイトルにある通り"水はすべての始まり"です。出張先の旧久保田藩(秋田藩)で、栗駒水系の伏流水と出合うも、結局は旧庄内藩領内で鳥海水系の湧水の類い稀な魅力を再認識した次第。

kurikoma_buna.jpg【Photo】岩手・秋田・宮城の3県にまたがる栗駒山(1627m)秋田県側の標高1000m付近。6月上旬とはいえ直射日光が射さない斜面には雪が例年以上に多く残る。幾層にもなったブナの腐葉土は保水力が高く、地中へと浸透してゆく。ブナの森は豊富な伏流水の供給源でもある

 出張で秋田県南部の湯沢市稲庭を訪れた先日、次なる目的地にかほ市へ車で移動する道すがら、湯沢市古館山にある名水百選「力水」に立ち寄りました。鎌倉期に小野寺氏が古館山の頂きに築いた湯沢城は、関ヶ原の合戦以降、佐竹南家の三代目佐竹義種の居城となるも、1620年(元和6)の一国一城令により廃城となりました。現在は散策コースとして整備された古館山の一角が中央公園となり、市民憩いの場となっています。酒処・秋田だけあって人口24,000人弱の湯沢市街地には、爛漫で知られる秋田銘醸の大きな醸造所のほか、大小7軒の造り酒屋が点在しています。

fukukomachi_yuzawa.jpg 欧州最大かつ国際的に最も権威ある酒類評価会とされるインターナショナル・ワイン・チャレンジSAKE部門の金賞受賞酒「純米大吟醸 雪月花」を醸す両関酒造、同鑑評会出品292蔵元689銘柄の最高峰「Champion Sake チャンピオン・サケ」に昨年度輝いた「大吟醸 福小町」や「角右衛門」銘柄などを展開する木村酒造など、栗駒山系の豊富な水資源を活かした酒造りが行われています。

【Photo】秋田湯沢・木村酒造の福小町(右写真)。馥郁としたコメの旨味と酸味が醸し出す綺麗な造りの純米吟醸(左)、山田錦を精米率40%まで磨き、伝統の寒造りで頂点を極めたチャンピオン・サケ大吟醸(右)

chikara_mizu1.jpg【Photo】古館山を居城とした佐竹南家の御用水として使われた力水は、緑豊かな山裾に今もこんこんと湧き出す(左写真)

 名水百選・力水の標柱が建つ山裾の水場からは二筋の清らかな伏流水が湧き出ており、そこが水汲み場として整備されています。手入れが行き届いた水場の入口には「飲むと力が出る」という力水の由来を記した石碑があり、それによるとこの水は佐竹南家の御膳水として用いられ、殿様はこの水を「体に力がつく」と好んで愛用したのだとか。されば鳥海高原を越え、日本海に面するにかほ市まで移動後、仙台へと日帰りする力を得ようと飲んでみました。

 力水は年間を通して水温12℃前後、硬度約39、pH8.2の中性の軟水です。毎分およそ20ℓの湧出量がありましたが、次第にその量が減少しているとのこと。きりっと冷えた力水は、その名の通りロングドライブで疲弊した交感神経を覚醒させるのでした。

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 佐竹南家の屋敷跡に建っていた小学校では、飲用水として用いたこの水を「おしず(=清水)さん」と呼び、水温10~15℃の湧水でしか棲息できない淡水魚イバラトミヨを飼っていたのだといいます。力水を水源とする池には日本各地で生息数が激減するモリアオガエルも棲息していたといいますから、よほど自然豊かな環境だったのでしょう。

 佐竹の殿様が愛でた力水で元気回復、西馬内盆踊りで有名な羽後町から矢島街道と鳥海高原を経て、最終目的地にかほ市役所に駆け込んだのは17時をわずかばかり過ぎた頃でした。打ち合わせを終え、そこから仙台に戻るには、酒田みなとICから山形自動車道を使うのが時間的には最も早いルートとなります。その経路となるR7の遊佐町女鹿には、Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅~で幾度か登場した湧水ポイントがあります。そう、女鹿集落のシンボルともいえる「神泉の水(かみこのみず)」です。

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 「水が合う、水が合わない」という言い回しがあります。あわただしく出張帰りに寄ったこの日、つくづくその言葉を実感しました。口あたりが極めて柔らかいだけでなく、飲み込んだ水がすぅ~っとカラダに浸み込んでゆく独特の感覚を体感できる稀有な湧水が神泉の水なのです。そのため、庄内系にメタモルフォーゼした10年前に初めてここを訪れて以来、神泉の水は過剰な塩分を含むスポーツドリンク類よりも遥かにスムーズに最もカラダに同化し、しっくりと馴染む水として私の中では最上位に君臨する水であり続けています。

【Photo】地区の暮らしとともにある遊佐町女鹿「神泉の水」

 熱帯に匹敵する年間降水量がある鳥海山周辺には、湧水ポイントが数多く存在しています。火山性土壌の影響で酸性度が高く飲用に適さない北側の湧水を除き、そのいずれもが庄内きっての美味しい伏流水ばかり。これまでViaggio al Mondoに登場しただけでも、牛渡川Link to backnumber、釜磯Link to backnumberゆりんこ・湯ノ澤霊泉Link to backnumber、胴腹滝Link to backnumber、さんゆう・鳥海三神の水同左etc ・・・。

 仙台に帰着するまで150km以上の距離を残し、すでに400kmを走破していたこの日。飲み込んだ神泉の水は、特異な浸透圧を備えた分子構造なのか、体感的には胃壁からたちまちにして体と同化してゆきます。その独特な感覚はこの湧水特有のもの。力水が交感神経を活性化させるムチ入れの水ならば、神泉の水は緊張が解き放たれカタルシスが得られる水。いわば副交感神経のスイッチが入る癒しの水。

kamiko_mizu-3.jpg【Photo】できることなら仙台の自宅まで誘引したいくらいの(笑)塩ビ製のパイプから直接水が注ぐ最上段が飲用。とりわけそこは汚さぬように気をつけたい

 夕刻を迎え、鍋やペットボトルを手に地区の人たちが水を汲んでは持ち帰ってゆきます。佐竹南家の殿様が愛飲した力水も間違いなく美味しい伏流水ですが、神泉の水ほど速やかにナノレベルの細胞にまで水が浸透してはゆきません。それほど水が合う庄内系にとっては奇跡の水である神泉の水は、集落から離れた上手の湧出地点から水場へと引かれています。不動尊が見守る水場は、女鹿の人々が大切に伝えてきたもの。

 6段に分かれた神泉の水は用途がそれぞれ決まっています。最上部は水汲み用、次が食べ物の冷却保存用、3・4段目が食品の洗浄、次が生活用具の洗浄、最下段がおむつ洗い。水場の周囲は人家なので、車は路肩に停車させアイドリングストップ。水場を守る地元の方優先です。


より大きな地図で 栗駒水系「力水」 vs 鳥海水系「神泉の水」 を表示

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2013/06/09

水無月の森の湧水@川崎町ブドウ沢

緑したたる「ブドウ沢清水」 
  蔵王水系の湧水を訪ねて【中級編】

 二口渓谷「磐司の湧水」を芽吹きの季節に訪れた前回レポートに次ぐ今回は、同じく北蔵王山系の雁戸山(がんどさん)山麓の小屋ノ沢林道沿いにある湧水を今月初旬に訪れた探訪記です。タイトルに中級編とあるのは、初級編と銘打った前回よりもアプローチしにくい湧水ポイントであることを意味します。よってランボルギーニやフェラーリは当然のこと、車高の低いヤンキー仕様車やオンロードバイクでは今回ご紹介する「ブドウ沢清水」へは到達不能であることを最初に申し上げておきます。

budosawa_S1.jpg【Photo】R286から「新東北笹谷渓流つり」の看板を目印に小屋ノ沢林道の方向へ。橋の入口には「北蔵王登山道案内図」があるので、あらかじめブドウ沢清水の位置を確認しておきたい

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【Photo】Y字の橋を渡ると、左手に養魚場があり、すぐにこの分岐がある。そこは新東北笹谷渓流つりの立て看板のある左方向へ(上写真) 杉木立の間を進むダート道を進み、1kmほどで右手の斜面から水が湧き出している。沢水ではなさそうなので、飲用できそうだが??(下写真)

budosawa_3.jpg 宮城県柴田郡川崎町から山形方向にR286笹谷街道を進むと、「新東北渓流つり」の看板が左手に見えてきます。今回の湧水への経路となる「小屋の沢林道」の入口は、並走する山形自動車道古関PAを過ぎたあたり。山形方向からは、辛味噌ラーメンでお馴染みの「天狗山」の系列店「ラーメン渓流」を通過し、カーブの先すぐ右手に入口があります。いずれの方向から入ってもY字の橋を奥へ進み、最初の分岐を左方向に直進すると、間もなく舗装路は途切れます。R286から脇道のダートに入って1.3kmほどの山肌から塩ビパイプが引かれ水が流れ出ていますが、飲用に適するかどうか不明につき、スルーしました。

budosawa_4.jpg【Photo】謎の流水から600mほど進むと視界が急に開け、植林された杉木立に「キリンビール水源の森」の看板が立っている(上写真)。その分岐点は進入禁止の左方向にではなく、砂利道を迷わず直進。やがて新東北笹谷渓流つりの巨大な看板が登場(下写真)
 budosawa_5.jpg およそ300m先には「新東北笹谷渓流つり」の大きな看板が立っています。右手に牧草地があるそこから先は、さらに凹凸の激しい悪路となるため、路面を常に注視し、速度を落として慎重なハンドル操作が求められます。

 左手を流れる小屋ノ沢(別名「金山川」)の瀬音は耳に届きますが、崖下の流れを目にすることはできません。植林された杉林が途切れると、鬱蒼とした広葉樹林帯となります。途中むき出しの岩肌が今にも崩れそうな箇所があり、そこには転落防止のガードレールなどないので、注意して進みましょう。

budosawa_11.jpg【Photo】悪路を進むこと4.7km。マイナスイオンたっぷりの沢沿いにブドウ沢清水は突如として現れる

budosawa_14.jpg 新東北笹谷渓流つりの看板を過ぎて悪路を進むこと更に2.5km。山形県境となる南雁戸山(1486m)南面の八方平付近から流れるブドウ沢に架かる「葡萄沢橋」手前の右手のブナの森の山肌から、今回目指す「ブドウ沢清水」は湧き出しています。岩から浸み出た湧水は、塩ビパイプから2筋、苔むした石盆からも勢いよく流れ出しています。その手前には間伐材でのり面を保護された箇所があり、そこからも地下水が滲み出しているので、付近一帯に地下水脈があるのでしょう。そこは川崎町が建てた標柱があるので一目瞭然です。

budosawa_12.jpg【Photo】人の手が及ばないブナの原生林に囲まれたブドウ沢清水。付近の深山はクマ出没注意の領域につきご用心を(上写真) 岩肌から清らかな伏流水が流れ落ち、塩化ビニール製のパイプと石盆から水を汲みやすいよう整備されている(下写真)

budosawa_10.jpg 川崎町が過去に実施した水質検査では、水道用水源では3mg/ℓ以下とされる水のきれいさを示す指標のひとつ、化学的酸素要求量(COD)は1mg/ℓ。pH7.2の中性から弱アルカリ性、硬度12mg/ℓの超軟水であることがわかっています。周囲に人工的な施設がないことから大腸菌類は検出されていません。大好きなブドウ発酵液(=Vino\(^-^*))と比べるべくもありませんが(笑)、岩肌から流れ出るブドウ沢清水は、クリスタルガラスのようにひんやり爽快なもの。硬度からして、蔵王の急峻な山塊で滞留する時間は長いものではないでしょう。口に含んだ印象は、遊佐町の名水として名高い「胴腹滝」左側の伏流水に近い味でした。

 蔵王水系の湧水を訪ねて【初級編】【中級編】と続いた以上、続編があるかも。(と、思わせぶりに締めくくってみる)

     
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2013/05/12

芽吹きの森の湧水@二口渓谷

自然の息吹に触れる春の奥秋保
  蔵王水系の湧水を訪ねて【初級編】

 天候に恵まれた今年の大型連休中、宮城県南エリアの東北自動車道を走行された方は、白銀に輝く蔵王連峰を目にされたことでしょう。脇見運転はいけませんが、蔵王を最も間近にする区間が白石から村田にかけて。村田JCTの分岐で山形方向へ進路をとり、北蔵王の分水嶺となる笹谷峠の山塊が迫る宮城川崎ICから山形蔵王ICの間は、カーブと登り下りが続く山岳道路となります。笹谷峠の通行事情が劇的に改善した笹谷トンネルの開通は1981年(昭和56)。2002年(平成14)には片側2車線の自動車専用道路に改良されました。こうして宮城と山形の県域を越えた相互交流が進んだ現在、山形自動車道を平日は1日76便の高速バスが仙台市と山形市とを往復しています。

mt.zao.jpg【Photo】雪を頂く蔵王連峰。宮城・山形両県にまたがる峰々は多くの水の恵みをもたらす

 笹谷トンネル開通以前の旧R286は見通しの悪い狭隘な峠道のため大型車は通行不能で、山岳観光道路蔵王エコーラインや船形連峰を越えて加美町と尾花沢を結ぶR347鍋越峠と同様、冬季は全面閉鎖されます。山形自動車道以外に宮城から奥羽山脈を越えて山形へ通年通行が可能なのは、白石から七ケ宿街道R113を経由して高畠・米沢方面を結ぶルート、そして石巻-酒田間の太平洋ー日本海最短コースでもある鳴子温泉郷から最上街道R47経由で新庄を目指すルート、そして仙台-東根・天童間の関山峠を経るR48の3ルート。

秋保大滝_2013.5.jpg 全国生産の7割を占めるサクランボの代表品種「佐藤錦」発祥の地である山形県東根市などに向かう行楽の車で6月に大渋滞が引き起こされるR48は、第2代仙台藩主・伊達忠宗が1660年(万治3)に開削した峰伝いの関山街道が端緒です。馬の通行もままならない難所だった関山峠を越える通称「峰渡りの道」に車両の通行が可能となる隧道が穿たれ、当時は関山新道と呼ばれた旧道が開削されたのが1882年(明治15)。山形道の完成前は、R48関山街道と1937年(昭和12)に全通した仙山線が仙台-山形間の動脈でした。

【Photo】釣鐘型の特異な形をした仙台神室岳(かむろだけ)北麓の二口側に源を発する名取川。その上流域にある落差55mの日本三大名瀑「秋保大滝」

 こうした交通インフラが整備される以前、伊達領と最上領の城下町を結ぶ最短コースとして人馬が往来したのが二口街道です。860年(貞観2)に慈覚大師(円仁)が開山した立石寺(山寺)に通じるこの古道は、役行者が吉野から蔵王権現を勧請して以降、山岳信仰の場となった蔵王連山と出羽三山へと向かう信仰の道でもありました。仙台の奥座敷、秋保温泉郷から二口渓谷に向かう道程には、都落ちした源義経の後を追って来るもこの地で果てたと伝わる静御前の墓など、苔むした石碑が数多く残っています。国境警護と荷運びの任にあたった足軽22世帯が、往来を監視しやすいよう街道に沿って列をなして住まった遺構を残す野尻集落などは、往時を偲ばせます。

鳳鳴四十八滝.jpg ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝は、若き日にウイスキー作りを学んだスコットランド・ローランド地方のスタイルである柔らかいタッチのウイスキー造りに適した水を探し歩き、あまたの候補から広瀬川上流の支流・新川(にっかわ)の水に白羽の矢を立てたことは良く知られた逸話。その清流は第四紀小火山群のひとつ面白山に源があります地質図リンク。宮城峡蒸留所では実際の蒸留には川水ではなく新川沿いで汲み上げた伏流水を使用しています。究極の食中酒「伯楽星」で知られる新澤醸造店は、震災被害で廃業した歴史ある酒蔵・まるや天賞の醸造施設を譲り受ける形で仕込み蔵を大崎市三本木より移転。蔵王水系の伏流水が豊富な川崎町の新天地で伯楽星はより一層輝きを増したように思います。

【Photo】新川川(にっかわがわ)と広瀬川の合流地点から間もなくのR48沿いにある「鳳鳴四十八滝」。秋には滝見台から「ゴリラ山」の名で親しまれる鎌倉山と色付いた広葉樹と渓流との競演が二口峡谷(右下写真)と同様、仙台市中心部から車で40分ほどで見ることができる

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 奥羽山脈の分水嶺に端を発する広瀬川の上流域に沿って道が続くR48に対し、名取川の源流域沿いに道が開かれた二口街道。その名の由来は、山寺への道筋と、最上氏が築いた城下町であった現在の山形市を結ぶ街道に枝分かれするゆえだといいます。片側二車線の舗装路は秋保ビジターセンターから先は狭隘な未舗装区間となり、海抜934mという最高地点の高さもあり冬季は県境を挟んだ往来が困難となります。仙台市と山形市、しかも秋保温泉郷と山寺という観光地を最短で結ぶルートではありますが、満足な整備がされぬまま今日に至っており、崩壊したのり面の補修が完了した2011年(平成23)の秋、12年ぶりに通り抜けが可能になりました。

banji_2013.5.4.jpg【Photo】ブナやナラなどの広葉樹が淡い新緑の芽を出したばかりの二口の森と表磐司。今年初めて訪れた5月上旬は彩りにまだ欠けていたが、来週あたりは新緑が見ごろに。紅葉の季節もまた素晴らしい

 この眠れる観光ルート最大のクライマックスは高さ150mほどの切り立った岩肌が3km近く連続する国名勝「磐司岩」でしょう。二口一帯は面白山と同様、大東岳などの噴火によって、中新世から第四紀にかけて形成された火山性の固い岩盤からなります。磐司岩に見られる安山岩質角礫凝灰岩質の断崖は、長年にわたる風雨の浸食によって地表に表れた岩が垂直に削り取られた柱状節理が見られます。

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【Photo】芽吹き始めたばかりの二口渓谷に楚々とした彩りを添える山桜(左) 白や淡い紫の花で二口に春の訪れを告げるキクザキイチゲ(右)

 二口渓谷の右岸は「日陰磐司」、対峙する左岸は「表磐司」、大東岳側は「裏磐司」と呼ばれ、その特異な光景は磐神信仰やマタギの祖とされる磐司磐三郎伝説を生みました。レストハウスや植物園が整備された国名勝・秋保大滝付近までは訪れる人が多いのですが、すぐ先の釜淵などの渓谷美や多くの動植物が生息する緑あふれる自然美に癒されずに帰るのはもったいないというもの。

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【Photo】渓流沿いの苔むしたブナには大きなウロが(左) ブナやナラなどの手つかずの広葉樹林帯が動植物の多様な生態系を育む森からは絶えずこうした清冽な水が流れ下る(右)

 遠出を控えた今年の大型連休中、穏やかな陽気に恵まれた5月4日(土)、ようやく山桜が咲き始めた淡い新緑の二口渓谷を訪れました。前回はムラーノグラスの補修に関する助言を得るため、秋保大滝近くに工房を構えるガラス工芸作家鍋田尚男さんのもとを雪の中を訪れて以来となりますLink to backnumber。補修完了のお礼を申し上げたところで、地元事情に明るい鍋田さんに、二口を訪れるといつも汲んで帰る湧水がある磐司橋まで行けるかを尋ねたところ、大丈夫とのこと。

banji_shimizu2013.5.jpg【Photo】冬を越えた湧水の水場には、足もとをすくわれた大きなブナの倒木が2本。やがて命脈が尽き、土に還るであろうこの倒木から、新たな森の生命が芽吹く日がやってくる

 県境はまだ冬季閉鎖中であることを告げる標柱の立つ磐司橋のたもとに湧き出でる伏流水は、良質の水が得られるブナやナラをはじめとする原生林に覆われた土壌から浸透してきます。その水源は1,000mを超える山々が連なる蔵王連峰に降った雪や雨が火山性の岩盤でろ過されて湧出してくる口あたりの良い軟水です。長い冬の眠りから覚めた生き物が活動を始め、山桜が花を咲かせ木々が芽吹く季節を迎えた生命の揺籃のごとき二口の湧水は、いつにも増して体を目覚めさせるものでした。

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【Photo】ブナの森に湧く伏流水は2系統。左手の水場は1本(左)、水量の多い右手は3本のパイプ(右)が整備され、水が汲みやすい。シーズンには多くの人が水を汲みに訪れるので、ボトルの入れ替えとキャップの蓋を閉める手間がかかり、余計に時間を要するペットボトルではなく、容量の大きなポリタンクで効率的に水汲みをするのが公共のマナー

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【Photo】(株)ざおうハーブ(旧・グリーンアトリエひらきゅう)のドライハーブティ「レモンバーベナ」は蔵王町内の直売所「わいわいハウス」のほか、仙台市内の取り扱い飲食各店・サンモール一番町「みやぎフードキッチンCOCORON」などで購入可(左) 汲んで来たばかりの蔵王水系の二口の森の伏流水が、蔵王で育ったハーブティを珠玉の癒しをくれる一杯に変えたカップは硬質なガラスや磁器製ではなく、イタリア中部ウンブリア州オルヴィエート窯の伝統的な陶器(右)

 蔵王水系の湧水の美味しさをもっとも端的に体感できたのが、同じ宮城蔵王の風土で育ったハーブ苗の生産・加工品販売を手掛ける(株)ざおうハーブの「蔵王グリーンハーブティ レモンバーベナ」との組み合わせ。数年前に取り扱うようになった仙台市大町のイタリアン「francescaフランチェスカ」で初めて飲んだ時に美味しさに目覚め、県から委嘱された商品モニターのサンプルとして登場した折にはベタ褒めの感想を戻したハーブティです。心地よいレモンとミント系のすがすがしい香り。そして極上の緑茶のようなまろやかな口当たり。

 うっとりとするような珠玉の癒しの一杯に、夢見心地のひとときを過ごしたのでした。
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◆二口磐司の湧水
 ばんじ山荘前の秋保ビジターセンターから二口林道を二口キャンプ場・姉妹滝を経て、左手に見ていた名取川に架かる「磐司橋」に至る。橋を渡ってすぐ左手
 (所要時間:秋保ビジターセンターから車で約15分)

   
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(株)ざおうハーブ
 蔵王グリーンハーブティー レモンバーベナ
 レモンの香りが素晴らしいハーブティーの女王。ティーカップ約30杯分¥525
 URL:http://www.zaoherb.com/


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2012/04/07

三陸の宝・十三浜ワカメ ふたたび。

ワカメしゃぶしゃぶ@石巻市北上町十三浜

 東北最大の1級河川・北上川は、岩手県北部の西岳付近に端を発し、全国第4位の流域面積1万150㎡、同7位の河川延長249kmを有する大河です。宮城県登米(とめ)市津山町柳津(やないづ)で新北上川・旧北上川の二手に分かれた流れは、旧北上川が石巻市街地を抜け石巻湾へ、新北上川が同市飯野川で大きく左折し、追波湾で太平洋に注ぎ、その長い旅を終えます。


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 緑豊かな奥羽山脈と北上山地の間を南進して流れる北上川は、途中で雫石川・稗貫川・和賀川・迫川・江合川など多くの支流と合流します。山の養分を蓄えた滔々とした流れの最下流域では、河口から10km以上に渡って自生する葦(ヨシ)が、およそ120haにもなる国内最大級の葦原を形成しています。

 生活排水や産業排水などの河川への流入によって、窒素やリン成分が過剰に増えて富栄養化すると、海では赤潮発生の原因となります。水鳥や魚類の産卵場所ともなる多くの微生物が棲む葦原には、水の浄化作用があり、天然の浄化槽ともいえる新北上川の汽水域は、ベッコウシジミやマハゼ・サクラマスなどの良質な漁場となります。

kamiwarisaki_2009capodanno.jpg【Photo】平成の大合併で南三陸町と石巻市になった旧志津川町・戸倉村と旧北上町・十三浜村の境になる「神割崎」。伝説によると、昔は境界が曖昧なため、そこでは領地争いが絶えなかったという。大きな鯨が岩場に打ち上げられ、所有をめぐって両村民の間で諍いが起きたある夜のこと。天地を揺るがす雷鳴とともに落雷があった翌朝、鯨と巨岩が真っ二つに裂けていた。これを神の裁きと受け止めた村民らは、長年の領地争いに終止符を打った。この岩の左側が南三陸町、右側が石巻市北上町となる(上写真)
沖合に避難して助かった漁船が停泊する大室漁港 (下写真・クリックで拡大)

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 その北岸に当たる河口から南三陸町の景勝地「神割崎」に至るリアス式海岸特有の入り組んだ岩場と入江が続く13の集落(北から順に小滝・大指・小指・相川・小泊・大室・小室・白浜・長塩谷・立神・月浜・吉浜・追波)を総称する石巻市北上町十三浜は、良質なワカメ産地として知られます。岩手・宮城の三陸沿岸は、国内のワカメ生産のおよそ75%を賄う一大産地。北上川の河口に近く、藻類の生育に必要な珪素・窒素・リンといった栄養塩分が多い滋養豊かな親潮のもとで育つ南三陸「十三浜ワカメ」は、肉厚で弾力があり食味に優れることから、岩手田老の「真崎ワカメ」と並び称される逸品です。

13terre_harvest.jpg【Photo】収穫されたワカメを加工場に運び出す相川の漁師たち

 全国内生産高に占める養殖ワカメの割合は94%(2006年統計)。かつては海が荒れて打ち上げられた天然ワカメを採取する拾い漁でした。養殖漁業への転機となったのが、1960年(昭和35)のチリ地震津波。半世紀前に地球の裏側から押し寄せたこの津波で大きな打撃を受けた三陸地域振興のため、ギャンブル性の高い捕る漁業から安定した収入が得られる育てる漁業への移行が本格化します。当初の水平筏式から、現在三陸地域で広く採り入れられている延縄式養殖法の確立により、今日では養殖ワカメが主流となりました。

 共助の精神が根付く固い絆で結ばれた630世帯2,000人が暮らしていた十三浜。近年では、収益性の高い養殖ホタテやコンブ漁を主体に、サケの定置網漁や、アワビ・ウニといった海の恵みを糧として人々は暮らして来ました。これまで幾度となく津波被害に見舞われてきた地ゆえ、今回も迅速な避難誘導はなされたものの、収穫期に入ったばかりのワカメと養殖設備、漁船などの漁具、作業所、漁港はもとより、沿岸部に建つ家屋のほとんどが流失・半壊以上の被害を受けました。物心両面で受けた痛手の深さは計りしれません。

13terre_2harvest.jpg【Photo】港で収穫したばかりのワカメを芽カブ・茎ワカメとに手分けして切り分ける

 警察庁が震災一年を控えた3月9日に発表した十三浜地区における犠牲者・行方不明者数は136。全校児童・教職員の8割にあたる84人が津波にのまれる惨劇の舞台となった大川小学校がある釜谷地区では、被災自治体の中で最も多くの犠牲者が出た石巻でも最多となる258名が亡くなっています。そこは十三浜で被災した185世帯が仮設住宅で避難生活を送る追波にっこりサンパークとは、北上川を挟んですぐ対岸にあります。過酷な状況に直面する十三浜で養殖ワカメの収穫が始まったという知らせが届いたのが2月末。そこで全国から寄せられた物心両面の支援に対する感謝と、地域復興を願う「福興祭」が行われた3月4日(日)、相川漁港を訪れました。

13terre_aikawa.jpg【Photo】洋上から見た十三浜・相川。背後には北上山地の南端にあたる山々が控え、生活排水を含まない良質な山の水が湾内へと流れ込む

 現在も橋が流された個所があり、被災直後は石巻市北上総合支所や南三陸町戸倉方面と結ぶR398が随所で寸断され、完全に孤立した相川地区。1933年(昭和8)の昭和三陸津波で被災後、海抜約30mの高台に29世帯が集団移転した集団地に昨年の震災直前に完成した「相川子育て支援センター」が福興祭の会場となりました。そこは相川運動公園やにっこりサンパークに造られた仮設住宅への入居が完了した7月までは、相川・小指・大室の3地域の一次避難所となりました。

13terre_barca.jpg【Photo】私たちが乗船した佐々木昭一さん所有のホタテ養殖に用いる漁船

 朝が早い浜ゆえ、早朝5時には漁に出るのが常。この日は午前11時からの福興祭に先立ち、朝9時から洋上でワカメの収穫体験を行うというので、佐々木昭一さん・昭繁さん親子の船に同乗させて頂きました。

 それは地震発生直後、昭繁さんが舵をとって沖合まで避難させたホタテ養殖用のやや船体の大きな漁船でした。十三浜で津波の難をそうして逃れた船は被災前の3割にとどまります。この一年で窮状を知った全国各地の漁協などから数隻の漁船が十三浜に贈られましたが、操舵室が船の中央にある漁船は、甲板上の積み込みスペースが少なく、養殖漁業には不向き。延縄でのワカメ養殖には、小回りが利く小型船が適しますが、ワカメ養殖用の船は津波で失いました。そのため重油価格高騰の折、たった1艘だけ残った燃費効率の悪い船を使わざるを得ないのです。

13terre_2.jpg【Photo】大海原へと向かう船上では自然と気持ちが高ぶる。ワカメ養殖のあらましと被災してからの胸の内を語って下さった佐々木昭一さんと舵を取る昭繁さん

 ご一緒したのは、被災直後から十三浜の支援を行ってきた仙台友の会に所属するライターの小山厚子さん、同じく元ハウンドドッグのメンバーで、現在は水源地の環境保護に取り組むNPO法人「水守の郷・七ヶ宿」 Link to Website代表を務める海藤節生さんと同志の山形県高畠町から訪れたボランティアの人々ら男女18名。日差しはあるものの、洋上を吹き抜ける冷たい風に顔がこわばり、波をかき分けて進む船上で足元がおぼつかないライフジャケットを着用した参加者とは対照的に、大海原へと漕ぎ出す佐々木さん親子は、凛々しい海の男そのもの。

13terre_3_1.jpg【Photo】港から1km以上離れると、海の青さが増してくる。紺碧の海の彼方に開けるのは北上川の河口。地盤沈下が著しい河口南側の長面湾手前のキャンプ場や海水浴場があった低地帯はことごとく水没した

 「あそに津波で流された橋がそっくりそのまま沈んでいます」
 船上で岩壁から100m以上離れた湾内を指さす昭一さんの目線の先には、南隣りの小泊集落へと向かうR398に架かっていた橋が沈んでいるのでした。津波で流された養殖施設や建物など、浜の暮らしで積み上げてきた全ての痕跡は、大量の瓦礫と化して海中に沈んでいたため、その撤去から始めた被災後のワカメ養殖。芽カブの種付けに着手できたのは、例年より一月ほど遅れた昨年11月でした。

13terre_4.jpg 【Photo】養殖ホタテの稚貝が入った網を海中からウインチで引き上げる昭一さん。成貝として出荷できるまで最低2年は要する。収益性が高いホタテ養殖には、幾層にも重なったカゴが必要で初期投資額がかさむ。そのため、海の男たちは3~4ヵ月で収穫できるワカメを主体に養殖再開にこぎつけた (※Photoクリックで別画像がOPEN)
 
 ワカメを湯通し後に塩蔵するほとんどの加工・貯蔵施設が被災したため、相川や大室には白いテント張りの仮設加工所が援助によって作られました。それでも作業は思うようには捗らず、収穫期を迎えてもそのままの放置されたワカメも海上に散見されました。海水中にはワカメを食い荒らす水生生物もいるため、あまり長い期間に渡って海中に取り置くと商品価値が下落しかねません。相川漁港の沖合1.5kmまでが、漁業権があるそうですが、現状では借入金を増やすわけにもゆかないため、被災前の規模までは養殖施設を戻せないとのこと。「亡くなった多くの仲間にはこうした言い方は申し訳ないが、むしろ生き残ったことで辛い思いを一杯しました」と佐々木さんは語るのでした。
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【Photo】ご多分に洩れず高齢化が進む十三浜・相川の漁師うちでは若手の佐々木昭繁さん

 古タイヤの下半分をコンクリートで固め、フック状になった上半分に種付けするロープを通し、それが海上で水平になるよう浮き玉を付け、重量2tのアンカーとして海中へと投入したのが10月になってから。長さ100m~200m程度の延縄を等間隔に並べ直す作業も手間のかかる仕事です。その一角には、まだ小ぶりな養殖ホタテの延縄と、今季は漁を終えた秋鮭の定置網も設けられていました。こうした養殖施設が洋上の至るところにありましたが、今年は被災前の7~8割まで戻すのがやっとだったそう。

 延縄ロープにびっしりと付着した色ツヤの良いワカメを茎部分から鎌で刈り取ると、あっという間にカゴは満杯に。ごく一部で再開した三陸の養殖ガキ生産者は、今シーズンのカキは生育が早かったと口を揃えましたが、これは津波によって陸地の養分が海水中に流入し、プランクトンが増加したことが一因と考えらます。ワカメも生育は順調で、収穫期が早い塩釜種や4月に収穫を行う岩手種ともに良好な作柄とのこと。

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【Photo】長さ2m前後まで成長したワカメの延縄ロープにフックをかけ、電動ウインチで手繰り寄せる(左写真) ローブに張り付いた茎の根元から鎌で刈り取る参加者(右写真)クリックで拡大

 岩手では夏場に自生する天然ワカメの芽カブを採苗し、海中での培養を経て種付けを行います。1953年(昭和28)に牡鹿郡女川町小乗浜(このりはま)で日本初の養殖が始まったワカメ養殖技術発祥の地・宮城では、各地の漁協から種付け用の芽カブを購入してきました。夏場は海中の瓦礫処理に追われた今季は、県内の芽カブの絶対量が不足。そのため、南三陸から芽カブを購入していた青森市から10,000m分の種苗を無償提供されたほか、研究用に気仙沼の芽カブを保管していた徳島からは8,000m分、養殖ワカメ生産量日本一の岩手からも芽カブを調達。こうしてさまざまな地区の芽カブを種付けしたため、従来の十三浜ワカメとは幾分食感が異なるもの含まれるのだといいます。
 13terre_7.jpg【Photo】収穫したワカメから切り分けた芽カブ。独特の粘りがあり、さっと湯がいてからニンニク醤油でたたきにしても美味

 放射性物質による海洋汚染を引き起こした東電による原発事故発生2ヵ月後の検査で、福島南部・いわき市沿岸で採取されたワカメから、暫定基準値の2.4倍もの放射性セシウムが検出されました。ワカメは1年生ゆえ、高濃度汚染水が流出した海域で育った昨年のワカメは既に枯死・融解しています。厚生労働省は、穀類・肉・魚・野菜など一般食品に適用する1kgあたり500ベクレル以下という従来の基準値を、今月から100ベクレル以下の規制値へと厳格化。今なお山積みされ復興の足かせとなっている瓦礫受け入れ拒否を叫ぶ人たちを見るにつけ、放射線に対する根強い不安を取り除く必要性を痛感します。

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【Photo】コリコリした食感の茎ワカメを味噌と味醂風味に漬け込んだ漁師料理(左写真) すがすがしい生姜の香りが心地よい茎ワカメの浅漬け(右写真)

 今なお払拭しきれない消費者の懸念に応えるべく、宮城県漁協十三浜支所では、残留放射線の数値について、国の定めよりも厳しい肉・卵20ベクレル、野菜・魚・加工食品50ベクレル以下という厳格な自主基準を設けている「生活クラブ連合」に検査を依頼しています。2週間ごとに実施される米国製NaIシンチレーションカウンターによる検査結果は、ヨウ素131・セシウム134・137について常に検出限界値(3~12ベクレル/kg)以下というもの。ちなみに岩手県漁連が検査を委託する機関の検出限界値は20ベクレル以下。十三浜ワカメの安全性は十分に担保されています。

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【Photo】ホタテの稚貝が惜しげもなく入った味噌汁はうま味もたっぷり(左写真)  芽カブの和え物(右写真)
 
 刈り取ったワカメは、漁港に戻ってから必要なだけを皆で分け合いました。犠牲者の冥福を祈る黙祷に始まった福興祭では、浜のお母さんたちが料理を準備して下さっていました。寄贈された太鼓と獅子頭のお披露目を兼ねて獅子舞が披露され、明るい笑顔が戻る中、用意された仕出し弁当と共に頂いたのが、茎ワカメの浅漬け・味噌を味醂で溶いて蕎麦つゆを加え半日漬け込んだ酒の肴にもピッタリな茎ワカメ・まだ小さな稚貝ながらホタテのうま味たっぷりの味噌汁、そして収穫したての生ワカメのしゃぶしゃぶ。採れたては濃い茶褐色のワカメをサッと湯がくと、鮮やかな緑色へと変わります。ぽん酢につけてコリコリした食感のワカメしゃぶしゃぶを一体何杯お代わりしたことでしょう。
 
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【Photo】褐色の生ワカメをお湯でさっと湯がいた瞬間、鮮やかな緑色に変色する(左写真) ぽん酢で頂くわかめしゃぶしゃぶは、旬の走りならではの風味(右写真)

 宮城に遅れること数日、生産量日本一の岩手でも収穫が本格化、養殖ワカメは収穫の最盛期を現在迎えています。加工所が壊滅した漁協は、保存がきく塩蔵ではなく、賞味期間が短い生ワカメで全量を出荷せざるをえないケースも少なくありません。生命の源である海のミネラル成分や食物繊維をふんだんに含む旬の採れたてワカメを楽しむなら今が好機。サラダでよし、しゃぶしゃぶでよし、味噌汁の具でもよし。毎日の食卓に欠かせない味噌汁ならば深い味わいの仙台味噌でどうぞ。庄内系らしからぬ(笑)こんな手前味噌で今回は締めくくるとします。

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2011/07/30

10年もの岩ガキ @象潟

鳥海山が育んだ海の加糖練乳・岩ガキ &
  この道50年以上、加藤名人との出会い

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【photo】岩ガキ漁に用いる小型漁船が陸揚げされた小砂川漁港

 にかほ市象潟町小砂川(こさがわ)は、山形県飽海郡遊佐町と県境を接する秋田最南端の地。沖合いの洋上には飛島を、緑の段丘の先には溶岩や火山灰が幾層にも重なった典型的なコニーデ式火山の扇形をした稜線を描く鳥海山が間近かに迫ります。海沿いを進む旧7号線・羽州浜街道沿いに人家が点在する小砂川は、農地には不向きな起伏に富んだ地形ゆえ、おもに漁業を生業とする280世帯が暮らします。


大きな地図で見る

 山形県境となる三崎公園の周辺は、鳥海山の溶岩流が日本海の荒波によって浸食された断崖の岩場となっています。かつては浜街道きっての難所とされた三崎峠も、現在はキャンプ場を備えた公園として整備されました。海沿いを走るR7にせよ、車窓に美しいオーシャンビューが広がる羽越本線を利用するにせよ、現在では想像すらつきませんが、1804年(文化元年)に発生した大地震で象潟一帯が隆起して陸地化する前は、松島のような幾多の浮島・九十九島(つくもじま)が織りなす見事な美観だったといいます。

marina_kosagawa.jpg【photo】砂浜の至るところから夏でも10℃ほどしかない鳥海山の清冽な伏流水が湧き出す。湧水が幾筋もの流れを砂浜に刻みながら日本海へと戻ってゆく小砂川海水浴場

 今から322年前の1689年(元禄2)6月16日(陽暦8月1日)、俳聖・松尾芭蕉は、おくの細道の最終目的地・象潟を訪れます。景勝地として知られた象潟への道すがら、酒田からの道筋で最も難渋した三崎峠には、有耶無耶の関があったと伝えられます。9世紀に朝廷が蝦夷に備えた有耶無耶(うやむや)の関は、宮城・山形県境の笹谷峠に設置されたとする説もあり、時を隔てた今となっては、その在り処は文字通りうやむや...。

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 秋口の産卵を控え、たっぷりと抱卵したミルキーな岩ガキを目当てに象潟まで足を延ばした2年前の8月、県境手前の脇道を入った小砂川漁港を訪れました。港へと向かう道筋に数軒の番屋があり、午前の素潜り漁を終えた漁師たちが休憩時間を過ごしていました。そこでお会いしたのが、加盟する15人の組合員全てが夏は岩ガキ漁を行う小砂川漁協の組合長を務める菅原 光禧さん(75)。

【photo】松尾芭蕉を慕って明治26年におくの細道を巡り、紀行「はて知らずの記」を残した正岡 子規が象潟を訪れた際、ウチに立ち寄ったんだよと語る菅原 光禧さん

 海流の関係で、湾内に砂が堆積しやすい小砂川は、定期的に浚渫する必要があるのだそう。漁港を維持するのもご苦労が絶えないのです。山形県吹浦から象潟にかけての一帯は、至る所で膨大な年間雨量に達する鳥海山の伏流水が湧出する地点があります。それは海中とて同じで、養分豊富な海水のもとで増殖する植物プランクトンを目当てに動物プランクトンが集まります。そうした場所にはプランクトンを餌にする天然岩ガキの群生がわんさと見られます。人家が多い象潟市街中心部や酒田市街から離れた小砂川のエメラルドグリーンの澄んだ海は、生活排水が流れ込む川が無いため、とりわけ岩ガキにとって恵まれた環境となります。

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【photo】店頭で殻を開けサッと水洗い。産地ならではの鮮度抜群の岩ガキゆえ、レモンを利かせ過ぎないほうが、持ち味を満喫できる

 例年6月末から7月上旬に解禁となる岩ガキ漁は、8月いっぱいが漁獲期。庄内浜から由利沿岸の天然岩ガキ漁は、素潜りで行われます。昨年「カワいすぎる海女」で有名になった岩手県久慈市小袖地区で100年以上の伝統がある北限の海女を挙げるまでもなく、素潜り漁は女性のイメージがあります。由利から吹浦にかけての漁場では、水深5~15mの岩場やコンクリート製テトラポットに張り付いた天然ものを専用の金具を用いて捕獲しますが、海に入るのはもっぱら男の仕事です。

maestro_sumoguriryo.jpg【photo】どうです、この風格。今年で82歳ながら現役バリバリ素潜り漁名人、加藤 長三さん

 「誰よりもいい岩ガキを採ってくる」と7歳後輩の菅原さんが語るのが、80歳を越えながら、海が荒れない限りは漁に出ているという加藤 長三さん(82)。加藤さんは現在のように岩ガキが一般に流通する以前から、半世紀以上に渡って素潜り漁を続けてきたのだといいます。海を知り尽くした寡黙な海の男は、多くを語るでもなく窓の外に広がるグランブルーな大海原へと目線を送るのでした。冬が旬のマガキ特有の香りが苦手な私をも虜にする今が旬の岩ガキ。冬ガキにはない甘味の強い風味が広く知られるようになりました。シーズンの週末ともなれば、岩ガキ目当ての長い行列が道の駅に出現します。

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 賢明なViaggio al Mondo 読者は、そうした長蛇の列には並ばず、象潟や吹浦にある鮮魚店を覗いてみることをオススメします。小砂川・象潟・金浦などの産地名・船名など、トレーサビリティ情報を表示した保冷ケースから取り出した鮮度抜群のリーズナブルな岩ガキを店頭で食することができます。

 最後に私の握りこぶしよりも遥かに大きな小砂川産10年もの岩ガキのあで姿お見せしましょう。養分豊かな海水温が低い海域の岩場に張り付き、長い時をかけてじっくりと栄養を蓄え、卵を孕んだ熟女ならではのフェロモンがムンムン(笑)。いかがです? ヨダレが垂れてくるでしょ?!

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2009/08/30

日本初の温水路

先人の英知が遺した日本初の太陽光温水装置
 「上郷温水路群」@ 秋田・象潟

kotaki_chokai.jpg【photo】万年雪を頂く鳥海山の懐に抱かれた秋田県にかほ市象潟町上郷地区。鳥海山の豊かな水が稲穂の中を流れる小滝温水路。一見ありふれた農業用水路だが・・・

 秋田県にかほ市象潟町上郷(かみごう)地区一帯では、秋田・山形県境にそびえる鳥海山の稜線が北側に延びる緩やかな傾斜地でコメ作りが盛んに行われています。そこでは紀元前466年に起きた鳥海山の大規模な噴火などによって吹き飛ばされた巨大な岩の塊が田んぼの所々に見られます。この地のコメ作りには、鳥海山が深いかかわりを持っており、今回はそこに記された昭和初期から脈々と続けられてきた人々の英知の足跡をたどってみましょう。

agariko_daio.jpg【photo】樹齢300年以上と推定される奇形ブナ「あがりこ大王」は、中島台の森の主クリックで拡大

 北西の季節風によって、山頂東側の積雪が多い年で50m、年間降水量が20,000mℓと、熱帯雨林並みの降水量に達するといわれる鳥海山は、豊かな水の恵みを人里にもたらします。上郷地区から鳥海山の山腹に向かう県道象潟・矢島線の先にある「中島台レクレーションの森MAP」には、全長5km の遊歩道が整備され、2時間20分ほどでブナの森を探索できます。そこには幹周りが7.62mと日本一の太さがある「あがりこ大王」をはじめとする奇形ブナの森があり、樹齢300年を超える威容を誇るあがりこ大王の枝越しからも万年雪を頂く鳥海山頂が垣間見られますclicca qui 。森を管理する田中 二三男さんによると、特に朝早い時間帯には、森と付近の路上でクマを目にすることは決して珍しいことではないそうです。

detsubo.jpg【photo】豊富な伏流水の湧出により、ブナの木漏れ日を映す水面には絶えず複雑な流紋が描き出される。獅子ヶ鼻湿原の「出壷」
 
 遊歩道で巡る先に広がる獅子ヶ鼻湿原には、鳥海山の伏流水が湧き出すスポットが数多くあり、年間通して水温7℃あまりという冷たい水が随所で湧き出してきます。手を切るように冷たい水には、1分と手を浸していられません。"クマの水飲み場"という物騒な異名を持つ「出壺」では、今年のように少ない年でも毎秒200ℓ、多いときには400ℓも湧き出してくるという水が岩の隙間へと渦を巻きながら吸い込まれてゆくダイナミックな水の動きが見られますclicca qui 。そこは、苔むした岩肌から大量の伏流水がほとばしり出る「元滝clicca qui 」と並んで、鳥海山の豊かな水の循環を目の当たりにできる格好の場所です。

【photo】マリモとはいうものの、藻ではなく苔が水の中で成長した「鳥海マリモ」(下写真左)
鳥越川から温水路への取水口。獅子ヶ鼻湿原から3kmの導水トンネルを抜けてきた水は一段と冷え込んでおり、川霧が漂うそこは夏でもひんやりと涼しい(下写真右)

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 水深約2mの底がくっきりと見て取れるほど透明度が高い水ですが、数値が7より多ければアルカリ性、少なければ酸性の度合いが高くなるpH値が、火山性土壌の影響によって4.6~4.7%という酸性を示します。そのため殺菌効果は高いものの飲用には適しません。その流れの先には、水苔が流水の中に堆積して形作られた天然記念物「鳥海マリモ」が群生します。湿原付近から湧出した水は、赤川・鳥越川・岩股川となって流れ出し、発電用に引かれた水路には、水温が気温よりもはるかに低いために水面からは霧が立ち込めています。

 雪解け水が地中にしみ込んだ伏流水は、標高550mの獅子ヶ鼻湿原一帯から湧出し、川となって標高200mの上郷地区に流れ着く時点でも、水量が豊かなだけに10℃ほどまでしか水温が上がりません。稲が健全に生育するためには最低でも15℃の水温が必要なため、かつては上郷に暮らす人々は、冷たい川の水口にある水田一枚を稲を植えない捨て田としてあてがわざるを得なかったといいます。

kamigo_haichizu.jpg【photo】県道象潟・矢島線の道沿いの場所(「現在地」と表記)に建つサインボードに記してある「上郷温水路群」の配置・・・①大森温水路 ②水岡温水路 ③長岡温水路 ④象潟温水路 ⑤小滝温水路

 1926年(昭和2)1月、豊富な鳥越川の水を活用した横岡第一水力発電所が稼働、さらなる水温低下の要因となる延長3kmの導水トンネルを掘削した電力会社から住民に補償金17,000 円(現在の貨幣価値換算で約1千万円)が支払われます。当時の上郷村長岡集落の世話役であった佐々木順治郎(1882-1952)は、日当たりの良い場所に傾斜が少なく、できうる限り水路幅を確保する一方で水深を浅くした農業用水路を作ることで、水の温度を上げられないかと思案します。水路には随所に高低差のある落差工が設けられ、水が滝となって揉まれることで摩擦熱がkisakata_onsuiro.jpg生じて温度が上昇しやすいよう設計されます。冷水による生育障害で思うようにコメの反収が上がらなかった地区の人々は、順治郎の呼びかけに応じて、農作業の合間や農閑期に労を惜しまずに岩を運び水路を広げる土木作業を行いました。現在のように重機で工事を行ったのではなく、全て人力でなされたという作業はさぞ大変だったことでしょう。

【photo】水路幅を広げ、水深を浅くした象潟温水路を流れる水に日差しが燦々と注ぐ。こうして10℃前後と水温の低い水は徐々に温められる

 最初に着工した長岡温水路が完成すると、水路の入り口から耕作地に至るまでに水温が平均で3.8℃、最高8℃も上昇してコメの収量が徐々に上がってゆく期待通りの成果をもたらします。考案者として陣頭に立った順治郎が温水路の効果を見届けるようにこの世を去ったのは、温水路整備が秋田県営の事業となった翌年の1952年(昭和27)のこと。以降1960年(昭和35)までの間に長岡・大森・水岡・小滝・象潟という合計5つの温水路が上郷地区周辺に整備されます。これらの温水路は現在「上郷温水路群」と総称され、総延長6,281mに合計215カ所の落差工が設けられ、今もすべて現役の農業用水路として活躍しています。

kotaki_onsuiro1.jpg【photo】県道象潟・矢島線沿いを流れるため、上郷温水路群のなかでは、最も場所が判りやすい小滝温水路。流れに手を入れてみると、獅子ヶ鼻湿原の手を切るような水とは違い、太陽のぬくもりが感じられ、温水路の効果を実感できた

 鳥海山を背景に青々とした水田が広がる田園風景に溶け込む幾つもの階段状の流れを形成する温水路と初めて遭遇したのが2年前の夏。それは中島台の奇形ブナの森を目指していたに過ぎない私にとって、全く偶然の出合いでした。融雪水の低温障害という厳しい自然条件に立ち向かおうとした人智が作り出した見事な仕掛けを前にして、そこを取り巻く周囲の環境や作られた目的は全く異なるものの、前世イタリア人である私は、とある既視感(デジャヴ)に見舞われたのです。水が階段状の段差を流れ下るさまは、南イタリア・ナポリ近郊 Caserta カセルタにある世界遺産の壮大なバロック様式の「Reggia di Caserta e Parco カセルタ王宮と庭園」の全長3kmに及ぶ建築家ルイージ・ヴァンヴィテッリが設計した階段状の水路を彷彿とさせたのでした。

reggia_caserta.jpg【photo】ナポリ王国の威信をかけて1752年に造営が始まったカセルタ王宮のバロック庭園(左写真)。階段状の水路が延々と続く片道3kmの庭園は、往復歩くと足が棒になること請け合いなので、園内を走るバスか馬車で奥まで進み、彼方に見えるファサードの幅が250mもある巨大な宮殿まで緩やかな下り道を徒歩で戻って来るのが得策。野村不動産のマンション「PROUD」シリーズの最新CMに登場するのが、この庭園。モデルの森下久美さんと"世界一の時間へ"ひとときの現実逃避を図りたい方は〈コチラ〉をチェック・プリーズ(笑)。ロングバージョンでは、呆れかえるほど長大なこの庭園のスケールが空撮の動画でご覧頂けます

 とりたてて物理や土木工学に関する知識があったわけではない一介の農民であった佐々木順治郎が、日本で初めて考案し、住民と手を携えて作り上げた上郷温水路群は、2003年(平成15)に社団法人 土木学会によって土木学会選奨土木遺産として認証されました。その意義は、"鳥海山からの融雪水による冷水害対策として、水路幅を広く、水深を浅くし、落差工を連続させた日本で初めての温水路である"というものでした。加えて2006年(平成18)には農林水産省によって、"日本の農業を支えてきた代表的な用水"として疎水百選のひとつに選定されます。

kotaki_onsuiro2.jpg【photo】土木学会選奨土木遺産の記念プレート(写真手前)とベンチが設置された親水空間となった小滝温水路の下流部分。そこでは地域の子ども達が温水路について学ぶ校外学習が行われる

 コメの収量を上げる効果が実証された温水路は、後に上郷地区だけでなく、鳥越川下流域の白雪川沿いに1962年(昭和37)~1967年(昭和42)にかけて、この一帯に存在する温水路では最長となる7,190mに及ぶ「岱山(たいやま)温水路」が整備されます。さらに1975年(昭和50)~1982年(昭和57)には、最も新しい温水路として1,306mの長さを持つ「金浦(このうら)温水路」が作られました。

kaneura_onsuiro.jpg【photo】白雪川水系の温水路では最も新しい昭和57年に完成した金浦温水路。落差工部分に岩を積み上げた初期の温水路とは違い、最新の土木工学に基づき、全体がRC作りとなっている。15mもある水路幅のスケールは右側に停車しているalfa Breraと比較すれば一目瞭然クリックで拡大

 毎年6月第一土曜日には、田植えを終えた地区の人々が、温水路の清掃や周辺の草刈りなどの奉仕作業「早苗饗(さなぶり)普請」を行います。早苗饗は読んで字の通り、無事に田植えを終えた農家の人々が、五穀豊穣をもたらす田の神に感謝の意を表すため、6月初旬ごろに行う宴を指します。上郷の人々は、祖先が汗を流して築き上げた温水路への感謝を田の神を敬う心と共に絶えず抱いてきました。毎年7月には、上郷温水路のある5つの集落の人々が、水源となる鳥越川上流域にある大水揚場までの10kmを片道2時間をかけて遡上、水神に参詣するとともに水源付近の倒木を除くなどの手入れを実施しています。

kisakata_tsukumojima.jpg【photo】白雪川水系の温水路の水は、上郷など鳥海山麓の水田のみならず、名勝「九十九島(つくもじま)」で知られるこの象潟付近の田畑をも潤し、やがて日本海へと注ぎ、日本一美味しいといわれる岩ガキをはじめとする海の幸をも涵養している

 佐々木順治郎の発案から80年あまり。鳥海山と太陽の恵みを活かした温水路は、どれだけの豊かな稔りと人々の心に潤いをもたらしたことでしょう。ブナの森に端を発する清らかな水は、これからも決して枯れることなく大地を満たしてゆくに違いありません。

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2009/08/01

トロける夏の誘惑 庄内編

ババヘラ名人の妙技 @ 遊佐町

 4月から秋の行楽シーズンにかけて、秋田の幹線道路や夏祭りの会場には、カラフルなパラソルを立てた露店の即席ジェラテリアこと「ババヘラ」が登場します。インパクトのある直球なネーミングの効果か、秋田発祥のご当地アイス、ババヘラという名前をご存知の方が多いのでは?

sedici_rakan.jpg【photo】穏やかな表情を見せる夏の日本海とは対照的に、鳥海山の溶岩流が形成した荒々しい岩肌に16体の羅漢と6体の文殊・観音などの像が刻まれた遊佐町吹浦(ふくら)の「十六羅漢岩」。荒れ狂う冬の日本海で落命した漁師の供養に地元「海禅寺」の僧侶寛海が単身5年の歳月をかけて明治元年に完成させた

 グランブルーの海がキラキラと輝く日本海に面した遊佐町を梅雨の晴れ間に訪れた先日のこと。良水に恵まれた庄内でも一二を争う美味しい湧水、遊佐町女鹿(めが)にある「神泉(かみこ)の水」を汲みに訪れました。女鹿はR7を1kmあまり北上すると、旧跡「有耶無耶(うやむや)関址」で秋田県境に接する山形最北端に位置します。集落の中にある夏でもひんやりとしたこの湧水の、すぅーっとカラダに染み込んでくるシルクのように滑らかで柔らかい飲み口の良さは、この周辺にある他の美味しい湧水の中でも特筆すべきものです。

aqua_kamiko_pescatore.jpg aqua_kamiko_09.jpg【photo】地区の生活用水として欠かせない「神泉の水」は、体に吸い込まれる独特の柔らかい口当たり。飲み口の良さは、数ある鳥海山周辺の美味しい湧水のなかでも間違いなくトップクラス

 地区の皆さんが大切に使っているコンクリート製の水場は6つに区切られており、県の観光データベースによると、上流から順に、飲料水、米研ぎと冷却用、野菜と海草の洗浄、衣類の洗濯用、漁具農具の洗い場、おしめ洗いと、用途が定められているのだそう。下から二番目の水槽で水揚げした岩ガキをタワシで水洗いしていた漁師のご主人と言葉を交わしながら、不動像が祀られた湧水口からポリタンクに水を汲ませてもらいました。上から二番目の水槽は、出荷を控えた岩ガキの生簀として使われています。25ℓ 容量のポリタンク2個を車に積み込むと、昼食を予約していた酒田市のフレンチ「Nico ニコ」へと向かいました。昨年11月に同市亀ヶ崎にオープンしたこの店は、フランス風郷土料理の名店「欅」の太田政宏シェフのご子息、舟二さんが独立して構えた店です。片道30分はかかる道のりを急ごうと、集落の細い道を抜けてR7を南下し始めました。

babahera_aritigiana.jpg 間もなく海沿いの反対側車線にある広い路側帯に立つパラソルを発見しました。「あっ、ババヘラだっ!!」Nico の予約時間に遅れるわけにはゆきませんが、今シーズン初のババヘラを見過ごすのも野暮というもの。そこを100m ほど通り過ぎてからUターンしました。酒田市以北のR7沿いには、私が知っている限りでババヘラの出没スポットが数箇所あります。そこは秋田県境からおよそ2.5kmの地点でした。県内一円に営業網を張り巡らせた発祥の地・秋田県内はむろんのこと、県境を接する青森県津軽地方や、海水浴客が訪れる北庄内のR7沿いには、本拠地の秋田からババヘラが越境して来るのです。庄内でも最上川を越えた酒田市以南では、ババヘラをみかけたことはありません。

【photo】この日遭遇した若美冷菓は、ババヘラアイスの製造元としては今ひとつしっくり来ない社名(笑)。商標権を持つ進藤冷菓は「ババヘラアイス」と保冷容器に謳っているが、元祖を名乗る児玉冷菓は「ババさんアイス」と呼ぶ。"若美"だからという理由か(?)、店頭に"ババ"の表記は見当たらず、(イチゴとバナナの)「アイスクリーム」とだけ書いてある。果たしてそこに居たのは、ババヘラのレアな異種として知られる「ギャルヘラ」の若い女性ではなく、老練な秘技の使い手だった(上写真)

babahera_gialla1.jpg【photo】まずは黄色のバナナ味を盛る達人(左写真)

 ババヘラはその名の通り、酸いも甘いも知り尽くした年恰好のご婦人が、ほおかむり姿でパイプ椅子に座ってアイスを売る露店と、そこで売られるアイスを指す呼び名です。業者によって売り子さんの服装や商品の呼び名が異なるものの、ババヘラの保冷容器の中には、各業者とも黄色とピンク色のアイスが入っており、客の注文を受けたおババ様が金属製のヘラでコーンにアイスを盛り付けてくれます。氷菓子に分類されるババヘラは、アイスクリームより乳脂肪成分が少ないため、ジェラートとグラニータの中間のような食感です。

babahera_con_rosa2.jpg【photo】次に外周をヘラですくったピンクのイチゴ味を花弁状に付けてゆく(右写真)

 秋田県出身の同僚の目撃証言によれば、主に農家から売り子として召集されたおババ様たちは、販売道具一式とともにワゴン車で営業ポイントに連れて行かれ、40kgもあるアイス入り保冷容器をはじめとする商売道具を一人で組み立てて、日がな一日をそこで過ごして、日没前にお迎えの車で去ってゆくのだとか。 雨ニモ負ケズ 風ニモマケズ 夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲ持つおババ様。派手な呼び込みをするわけでもなく、道端でじっと客が訪れるのを待つその姿には頭が下がります。

babahera_rosa3.jpg【photo】テンポ良くリズムに乗ってヘラを操るババヘラ・マエストロは、すくった黄色とピンクのアイスで、コーンの上にあっという間にバラの花を形作った。これぞ"花咲かばさん"!?(左写真)

 私の直前に車で乗り付けた先客の求めに応じて盛り付けられてゆくアイスに私の目は釘付けになりました。そのおババ様は、噂に聞く秘技「バラ盛り」の使い手だったからです。バラ盛りとは、薔薇の花のようにアイスを盛り付ける難易度の高い技のこと。売り子さんによって、形の個性や技の優劣があり、一口にバラ盛りといっても形はさまざま。その変化形で「チューリップ盛り」なる流派も存在します。美しく盛り付けられるのは一握りの達人しか成し得ないといいいます。形から察するに、目に前で作っているのはチューリップではなく、バラの一種と思われました。私はこの日、ババヘラ歴4年目にしてバラ盛り初遭遇の幸運に預かったのです。わざわざUターンをしてまで戻った甲斐がありました。黄色はバナナ味、赤はイチゴ味とのことですが、味にはほとんど違いは無いような...v(^¬^;)

babahera_pront!.jpg【photo】名人作、可憐なバラの花を彷彿とさせるバラ盛りババヘラ

 年間を通して最も多くの観光客が秋田を訪れる竿灯祭りや大曲花火大会は、ババヘラにとっても書き入れ時。そのため大量のおババ様が動員されます。私が出会ったおババ様が所属する若美冷菓のほか、元祖を名乗る児玉冷菓やババヘラの登録商標権を持つ進藤冷菓などの各業者は、町内会単位のお祭りのスケジュールをあらかじめ調べておき、おババ様を計画的に派遣するのだといいます。おもに農家のお母さんやお婆さんの副業としての労働力に支えられているため、売り子さんが特定の場所を受け持つわけではありません。そのため、ババヘラとの遭遇には運も必要だといわれるのです。まして美しいバラ盛りやチューリップ盛りの使い手となれば、なおさらのこと。

 味の決め手となる生地の配合に凝るイタリアでは、花のように盛り付けられた形にこだわるGelati artigianali (=職人手作りのジェラート)に出合ったことはありません。バラ盛りマエストロの作ったババヘラは、"花の命は短くて"の例え通り、すぐに食べてしまいました。次回はいかなるArtigianale(=職人気質)と技量を持ったおババ様との出会いが待っているのか、楽しみになりました。

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2009/06/21

散居ふたたび

「日本三大散居」@岩手県奥州市胆沢区

 歌舞伎「桜門五三桐」で京都南禅寺の三門の上に立った石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな。春の眺めは価(あたい)千金とは、小せえ小せえ。この五右衛門の目から見れば、価万両、万々両」と見得を切る名ゼリフ。そして松島の絶景を前に言葉を失った松尾芭蕉が、やっと捻り出した句「松島や ああ松島や 松島や」。これらはいずれも後世の創作で、どうやら史実とは異なるようです。

 今を遡ること320年前に記された紀行文「奥の細道」には、旅の最大の目的地であった松島訪問を果たした芭蕉の句が残されていません。満開の桜を前に雄弁な大盗賊とは対照的に、さすがの俳聖も浮島が生み出す奇観を的確に表現する言葉が見つからなかったのでしょう。isawa_sinistra.jpg【photo】焼石岳(写真奥)から奥州市胆沢区へと延びる扇状地は、水に恵まれた穀倉地帯。そこに日本三大散居のひとつに数えられる散居風景が広がっている

 この春、富山県砺波平野の浮島【Link to back number】が織り成す散居風景を前にした私も「絶景かな、絶景かな。この庄内系の目から見れば価万€(エウロ)、万々€ 」と口走り、「浮島や ああ浮島や 浮島や」と呟いたとか、呟かなかったとか...。コメ作りを営む人々が作り出した農村風景の白眉ともいえる散居。その特徴が最も顕著に見られる砺波平野を一年で最も美しいであろう時期に訪れた上は、残る日本三大散居も見ておかなくては。そのひとつ島根県出雲平野は、いかにETC装着車の休日高速料金が1000円といえども、さすがに遠いっす┐(´~`;)┌ 。京都議定書で掲げた ‐6%のCO2削減目標達成に協力するためにも、遠方への移動は差し控えることにしました。

isawa_destra.jpg【photo】見分森公園展望台から眺めた上写真の風景から東側に連続して広がる散居。屋敷の北西側を覆うように茂る居久根

 そこで5月24日(日)に訪れたのが、岩手県奥州市胆沢区の散居です。奥羽山系の焼石岳(1548m)南麓から流れる胆沢川とその支流が北上川へと注ぐ扇状地に位置する奥州市は、2006年(平成18)に 水沢市・江刺市・胆沢郡前沢町・同胆沢町・同衣川村が合併して誕生しました。そこはかつて大和朝廷に反旗を翻し、坂上田村麻呂に滅ぼされた蝦夷の英雄アテルイの本拠地であり、平安末期の平泉に黄金文化を花開かせた奥州藤原氏の勢力下にありました。廃藩置県後は岩手県に編入されましたが、戦国末期から江戸期には伊達氏が治めた地方です。

 東北自動車道を平泉前沢ICで下車、その地勢を確認するために、散居の様子が地上から確認できる展望台が整備された見分森公園展望台へと向かいます。小高い丘に造られた展望台からは、360度のパノラマが一望のもと。低い雲が垂れ込めたこの日は北に聳える岩手山と早池峰山こそ確認できませんでしたが、西側の雲の合間に残雪を頂く焼石岳と田植えを終えて間もない田んぼに囲まれた散居の様子が間近かに眺められました。砺波の散居展望台がある夢の平地区は、庄川を挟んだ山の上にあるため、散居とはいささか距離がありますが、この見分森公園展望台は散居村との距離が近く、「居久根(エグネ)」と呼ばれる屋敷林を備えた散居の様子が手に取るよう。散居を仔細に観察できる点では、胆沢の散居もなかなかですが、散居村自体の規模の大きさと屋敷林「カイニョ」を備え、ヨーロッパの町並みに相通じる統一感すら感じさせる切妻の住まい「アズマダチ」が点在する景観の美しさでは砺波に軍配が上がるでしょうか。
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【photo】
大きな杉木立と軒先程度の背丈の竹垣(写真右側)、青々とした生垣(写真左側)、が組み合わされた居久根。その一部(真ん中部分)が木妻になっている胆沢における典型的な散居

 鳥の目線で散居風景をしばし堪能した後、地域内を車で回ってみました。冬の季節風を遮るため、胆沢の散居は北西側を杉木立の居久根で囲まれています。数が少ないため探すのに苦労しましたが、居久根の一角を丸太や流木などを縦横交互に積み上げて、本来は稲藁や麦藁の屋根を葺いて(最近はトタンで代用されるケースがほとんど)、塀状にする胆沢地域特有の木妻(キヅマ)が残る家もわずかながら認められました。木妻はかつて焚き木用の薪として、風除けとして、さらには塀の代わりとして大切にされたのだといいます。岩手県内屈指の穀倉地帯ならではの伝統的な散居様式の住まいが点在する一方で、残念ながら没個性な今風の住宅や店舗が徐々に散居の景観を侵食している印象は拭えませんでした。
isawa_kizuma.jpg【photo】 昼食に訪れた農家レストラン「まだ来(き)すた」には、長さ10mはあろうかという「木妻」が組まれていた。薪を背丈ほどの高さまで縦横交互に積み重ねてトタン葺きの屋根をのせたそれは、立派な塀の役割を果たす

 世界文化遺産に指定されて以降、テーマパークと見まごうばかりに観光地化が進む白川郷はいささか興醒めにしても、先月訪れた世界文化遺産、五箇山に残る合掌造りの家々は、養蚕が盛んであった雪深い山あいの暮らしから生まれたものです。その幾つかが本来の用途を離れて資料館や土産物店・民宿などの観光資源として命脈を保っていたとしても、屋根の葺き替えなどの保守管理に大変な労力を要する歴史的な町並みが今も保たれていること自体は、とても尊いことです。水が豊かな扇状地ゆえに発達した胆沢の散居は、コメ作りを続けてきた先人の知恵と工夫の結晶でもあります。そんなかけがえの無い散居を末永く守り伝えてほしいものですね。

 散策の合間に立ち寄ったのは、散居村からほど近い旬の地の物を食べさせてくれる一軒の農家レストランでした。そのレポートは次回「初めてだけど まだ来すた」【Link to next issue】」にて。

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2009/05/31

期間限定 散居の浮島

庄内系 北陸路を行く vol.1
5月の砺波はまるで松島だった

 見渡す限りの散居。散居を構成する家々のこんもりとした屋敷林。田植えを待つ満々と水を湛えた田んぼ。それらが生み出す美しい景観は、紛れもなく人の手が築きあげたものです。日本有数の豪雪地帯である白山と飛騨高地に端を発し、富山湾へと流れる庄川と小矢部川。その複合扇状地にある富山県西部の砺波市と南側の南砺市では、田植えを控えた毎年5月上旬、とりわけ美しい田園風景を目にすることができます。それは富山湾に出現する蜃気楼が地上に現れたようであり、鏡の海原に浮かぶ奇跡の浮島のようでもあり、多くの散居が水に浮かぶさまは日本三景の松島clicca quiさながらでもありました。
tonami_maggio2009.jpg【photo】砺波市散居村展望台から望む砺波平野の散居

 「散居」とは、農村における集落の形態のひとつで、耕作地の中に家々が点在する様式を指します。東北では岩手県奥州市胆沢区や山形県飯豊町でも同様の屋敷林を備えた散居が見られますが、砺波市から南砺市にかけての220km²に及ぶ広範な地域には、およそ7,000戸の家々が碁盤の上に散りばめられた碁石のように散在しています。この国内最大規模の散居は、範囲の大きさだけでなく水田の中に農家が100m~150mの間隔をおいて点在しており、屋敷林を備えた切妻の屋敷の形状からして、最も典型的な散居集落といわれています。砺波平野は水の確保が容易だったことから、網の目のように用水路が張り巡らされた水田が近世までに整備されました。水田と住居が隣接していれば水田の保守管理を効率的に行える上、コメの栽培にも便利だったことから散居が発達したのです。
tonami_maggio3.jpg 【photo】砺波平野の5月。水を張った田んぼには、もうひとつのカイニョに覆われたアズマダチの田園風景が描き出される

 集落を構成する家々が一箇所に集中する一般的な農村とは異なり、独立した住居が点在する砺波平野の散居では、強い冬の季節風を遮る防風と避暑を目的とする杉や欅などの屋敷林「カイニョ」で屋敷が覆われています。風が強い砺波の気候風土に適した切妻屋根の家は、三角形の妻部分の白壁に太い梁(はり)・束(つか)・貫(ぬき)が升目状に組まれた「アズマダチ」と呼ばれる明治中期以降に取り入れられた様式で造られています。カイニョに覆われた母屋の手前に納屋と蔵が加わるこの地方特有の散居住居は、端正で美しい佇まいを見せています。時として発生するフェーン現象によって気温が上昇する夏の午後でも、カイニョがある家と無い家では4~5℃の温度差が生じるそうです。フィトンチッドによる森林浴効果に加え、多様な生物を育むビオトープとしての役割も果たすLOHASな屋敷林は、多くの恵みをもたらしてくれます。2002年(平成14)には「散居景観を活かした地域づくり協定」が砺波・南砺の各地域で発効し、屋敷林の維持費用の補助に行政が乗り出しました。
tonami_maggio1.jpg【photo】鎮守の森も水に浮かぶ浮島のよう

 砺波一帯は加賀藩の領地で、山林の樹木は「七木の制」で保護を受けていました。成長が早く家屋の材料や落ち葉が燃料にもなる杉は特に重宝され、「百姓垣根七木」として屋敷内の樹木を伐採しないよう定められていました。「高(=土地)を売ってもカイニョを売るな」という砺波地方に古くから伝わる言葉は、立派なカイニョを誇りに思い、屋敷林を大切に守ろうという意思が込められています。しかしカイニョの維持には枝打ちや落ち葉の掃除など多くの手間がかかるため、最近では減少傾向にあるのだといいます。2004年(平成16)10月の台風23号では、全体の1/4にあたる14,778本のカイニョが倒れ、住居の損壊や電線の切断などの被害が出ました。わずか一夜にして砺波の美しい景観は深刻な打撃を受けたのです。散居村の景観を取り戻そうと行政が実施した助成金や苗木の配布によって、およそ1万本の植栽が住民の手で行われました。これも先祖から受け継いだかけがえのない地域資産であるカイニョに対する地元の人々の深い愛情の表れなのでしょう。
tonami_maggio2.jpg【photo】見事なまでに上下対称のシンメトリーな世界が出現する散居風景にさまざまな形をしたカイニョがアクセントを与えている

 特徴的な散居の風景は、北陸道と東海北陸道が交わる小矢部砺波ジャンクションと城端(じょうはな)SA 間の盛土によって高い視点が得られる東海北陸道沿いで見ることができます。散居を俯瞰して見渡すには、熱気球かハングライダーが最適でしょうが、なかなかそうもいきません。砺波市南部の鉢伏山にある散居村展望台や南砺市井波の閑乗寺公園からは、扇状地に広がる散居の様子が一望のもと。日没時には鏡面と化した水田に夕陽が映り込むドラマチックな光景と出合えるかもしれません。
toyama_cam2004.jpg【photo】2004年に富山県が展開したイメージアップキャンペーン【Link to Website】のポスター(上)には、豊かに水を湛えた砺波平野の散居風景が採用された。ヘッドコピーは「水の恵みの、富山から」

 2年前の9月中旬、世界文化遺産に登録されている白川郷・五箇山地方の合掌集落と飛騨高山地方を訪れました。その際、砺波ICで北陸自動車道を下車、山あいに23戸の合掌造りの家が寄り添うように残る五箇山相倉集落Clicca qui に向かう途中で通りかかったのが、砺波の散居村でした。思わぬ収穫ともいえる特徴的な散居の風景は強く印象に残り、今年のGWに郡上八幡へ遠征した際に再訪を果たしました。
tonami_maggio4.jpg【photo】一家総出で田植えの準備にあたる南砺の農家

 夏の名残のうだるような暑さのもとでも稲穂が黄金色に色付き始めた前回の訪問時とは異なる「水の里」の風景がそこには待ち受けていました。砂や小石が堆積して形成される扇状地は、保水力が弱いため水田には不向きとされます。砺波平野では庄川と支流の豊かな水の恵みによって、地中へ浸透する以上の水が供給され、十分な農業用水が確保できたことから、稲作が盛んに行われてきました。今回訪れたのが、田植えを控えた時期であったことから、満々と水を張った水田に囲まれた浮島のような散居が随所に見られました。鏡面と化した水田には、カイニョとアズマダチがくっきりと映り込み、そこに現れた見事な上下対称のシンメトリーな光景に目を奪われたのでした。

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2009/05/26

郡上八幡で水づくし

庄内系 奥美濃路を行く vol.1

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【photo】緑したたる郡上八幡を流れる吉田川

 暦通りの休みがしばらくぶりに取れた今年のGW、土日祝日ETC装着車の高速道路料金1000円均一の恩恵を受けるべく、ここぞとばかりに遠征しました。午前2時30分に仙台宮城ICを出発。向かうは岐阜県郡上市です。東北道→磐越道→北陸道→東海北陸道を経由、途中3回の休憩をはさんで650kmを走破、郡上八幡ICのETCゲートを出たのが10時30分。

 庄内地方では決しては起こらず、滅多に行かない山形内陸をたまたま走行中に何故か頻発するマシントラブルの原因と思しきエンジン関連のハーネス(=機器配線)の全交換という荒療治を施したばかりのAlfa Breraは絶好調。MT車にもかかわらず装備されているオートクルーズコントロールを駆使して快適なロングドライブとなりました。料金所の電光板が1000円と表示されるのを見て、「こんなに走っても本当に1000円なんだ!」と感動しながら(笑)、ETCゲートを通り抜けて市営駐車場に車を停め、徒歩でじっくりと街を散策しました。

ETC_1000.jpg  【photo】仙台からの通行料金が1000円の表示を見た途端、そうと判っていても「シンジラレナーイ」と叫んでしまった郡上八幡ICの料金ゲートで

 1559(永禄2)年、戦国武将 遠藤盛数によって天然の要害となる八幡山(標高354m)の頂きに八幡城clicca qui が築かれます。そこに形成された城下町である旧岐阜県郡上郡八幡町は、夜を徹して踊りの輪が続く「孟蘭盆会(うらぼんえ・8/13~16)」に最高潮を迎える7月から9月にかけ、32夜にわたって踊りの輪が広がる「郡上おどりclicca qui」の舞台となります。2004年(平成16)3月に周辺7町村が合併し、郡上市となって以降も旧八幡町一帯は郡上八幡の名で通っています。市街を東西に流れる清流吉田川は奥美濃の山々に端を発し、小駄良川・乙姫川と合流しながら街の西側で鵜飼による鮎漁が行われる長良川へと注いでいます。せせらぎの音に彩られた郡上八幡は、四方を山に囲まれており、環境省が1985年(昭和60)に選定した名水百選で第1号の指定を受けたという「宗祇水」をはじめとする湧水や井戸が町の各所にあります。郡上市民4万7千人の上水道は、カルキ臭とは無縁の石灰岩土壌が広がる市南東部の犬啼谷(いんなきだに)で採水される湧水で賄われているそうで、なんとも羨ましい限り。そこは豊かな水の恵みを生活に活かす水場「水舟」や家並みに刻まれた水路が人々の暮らしを潤す"水の町"なのでした。

shinmachi_gujyou.jpg【photo】新町通の入口で3人の踊り手がお出迎え

 歴史を感じさせる格子窓の家々が建ち並ぶことから、別名"奥美濃の小京都"とも称される郡上八幡。どこかしらレトロな薫りが漂う大阪町から観光客で賑わう新町通へと移動し、8万個の玉石が敷き詰められた散策路と水飲み場や水路が1988年(昭和63)に整備された「やなか水のこみち」へと歩みを進めました。周囲の町屋と風に揺れる柳の木がフォトジェニックな空間を生み出すそこは、観光客にとっては絶好の撮影スポットでもあります。10時30分を回ったばかりでも、GW期間中とあって入れ替わり立ち代りでカメラを前にポーズをとる人たちで一杯でした。

【photo】風にそよぐ柳のもとで清水沿いのそぞろ歩きを楽しみたい「やなか水のこみち」(左下)清らかな水が流れ出るオブジェの脇にはコップが備えられ、湧水を味わうこともできる(右下)

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                                         別段「疲れた~ orz 」という自覚はありませんでしたが、そこは長時間の運転を終えたばかり。「疲れた時は甘いもの」と言うではありませんか。お約束の記念撮影を早々に切り上げて、やなか水のこみちと新町通りが交わる場所にある「やなか屋」に立ち寄りました。店頭に引いた伏流水と葛粉とで作る涼しげな水まんじゅうに強く惹かれたからです。こしあん・抹茶・いちご・柚子・さくら・黒糖の6種類すべて一個150円。柔らかく丸みがある水と溶け合うように程よい甘さの水まんじゅうは喉をプルンと通り過ぎてゆきます。

mizumanjyu_yanaka.jpgmizimanjyu_yanaka1.jpg【photo】「やなか屋」店頭には水槽に冷たい清水が流れ出ており、その中に色とりどりの水まんじゅうが並ぶ(左)ぐい飲みのような小振りな白い陶製の器に入った水まんじゅうを、ひんやりとした水と共にクイっと一飲み。ほのかな甘みが爽やかな余韻を残す。写真手前は淡いピンクのいちご風味(右)

【photo】「いがわ小径」西側の始点には、用水路の上に洗い場が設けられている(左) 用水沿いに延びる小径は、すれ違うのがやっとほどの幅しかない(中)小径の中ほどにある洗い場は大和ハウスのCMで終盤に登場。観光客にとっては鯉にエサを与える絶好のポイントでもある(右)
igawa1.jpg igawa2.jpg igawa3.jpg 

 "力水"代わりの水まんじゅうでリフレッシュし、この町で最も水量が豊かな「島谷用水」が流れる水路沿いに整備された散策路「いがわ小径(こみち)」へと向かいました。民家の間を流れる用水沿いの狭い小径には、屋根が架かった3つの洗い場があり、今も利用者が組合を作って洗い場の清掃や管理を行っているそうです。水路には数百匹もの大きな真鯉やアマゴなどの川魚が群れをなしています。鯉に与えるエサが西側入り口に置いてあるので、観光客たちは一袋100円の顆粒状のエサを買い求めては大きく口を開けてエサに群がる鯉たちに歓声を上げるのでした。郡上鮎漁が解禁になると、篭に入れられたおとり鮎の姿もみられるのだといいます。小径の突き当たりでは、暗渠からコンクリート製の樋で吉田川の水を引いて生活用水として使っている様子が見て取れます。そこに近接して設けられた二つの洗い場は、食品や食器の洗浄用soba_heijin.jpgと下着やおむつの洗濯用とに用途が分かれており、後者の排水は用水にではなく、直接川へ流れるよう工夫されているのでした。かように水と共にあるこの地の人々の暮らしぶりは、2006年に制作された大和ハウス工業のTVCM 「共創共生 郡上八幡篇clicca qui」で紹介されました。

【photo】平甚の「もちもちざる蕎麦」(並盛・1300円)

 昼食は混雑が予想される時間帯は避けたほうが得策だろうと「そばの平甚」【Link to Website】へ。そこは多くの観光客が訪れる郡上八幡でも、最も賑わう界隈であろう宮ヶ瀬橋のたもとで、吉田川を眼下に望む絶好の位置にあります。11時を回ったばかりだというのに、でき始めた行列に並ぶこと5分。私は店の看板メニューである二八蕎麦「もちもちざる」を、家族は旬の筍を使った「若竹そば(並盛・1000円)と「とりそば(並盛・1100円)を頂きました。地元岐阜産のほか信州や北海道など国内産そば粉を八割、小麦粉を二割使用した更科系の蕎麦に欠かせないのが、冷たく清らかな水の存在です。わずかに甘めの付け汁で頂くモチモチした独特の食感の蕎麦にコシの強さを与えるのに欠かせないのが、茹で上げた蕎麦をたっぷりの冷水で締めることだとか。

【photo】軒に下がる杉玉ならぬ南天玉が目印の桜間見屋を折れると宗祇水への石畳の参道となる(左) 祠の中から湧き出す水は絹のように滑らか。室町時代の連歌師、飯尾宗祇が庵を結んだ故事にちなんで宗祇水と呼ばれる(右)
sogisui_entra.jpg sogisui.jpg 
 
 平甚と目と鼻の先にある昔懐かしいニッキ味の飴「肉桂玉」で知られる1887年(明治20)創業の「桜間見屋(おうまみや)」の角を折れた先の小駄良川沿いに、町随一の名水との誉れ高い湧水「宗祇水」があります。室町時代に形式が完成された連歌の宗匠、飯尾宗祇(1421-1502)は、各地を訪ね歩く中で、歌人として名高い郡上の領主・東常縁(とうのつねより)に古今和歌集の奥義を授かるため、郡上を訪れます。宗祇がおよそ3年の間草庵を構えたのが、この泉のほとりでした。応仁の乱以降、見直しの機運が高まった古典復興の動きの中で、伝統的な美意識を連歌に反映させた宗祇の作風は、konida_gawa.jpg後に松尾芭蕉にも影響を与えています。奉られた祠から音もなく湧き出す清水は、この地に留まった宗祇が愛飲したことから、歌人の名にちなんで「宗祇水」と呼ばれるようになったといいます。3年後の春、京に戻る宗祇は、古今伝授の師・東常縁との別れを惜しみ、この地で「三年ごし 心をつくす思ひ川 春立つ沢に湧き出づるかな」と詠みました。含んだ清水は歌人の明鏡止水な心情を表すかのように実に軟らかくまろやかな味でした。

photo】流れを間近かに清流のせせらぎに身を置くこともできる小駄良川。斜面に張り付くように狭小な敷地に建つ川沿いの人家は、3階建て・4階建ての特徴的な多重構造。裏手には川べりに降りる玉石積みの階段も備えている

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【photo】 旧越前街道沿いにある延命地蔵の右手には小さな水飲み場がある(左) 尾崎町にある水舟は住民の暮らしを支え、暮らしに潤いを与える(右)

 小駄良川に架かる朱塗りの清水橋を渡ると、鬱蒼とした雑木林に覆われた小高い山を取り囲むように旧越前街道沿いに家並みが延びる尾崎町となります。ふたつの川に挟まれた平場に寄り添うように立ち並ぶ家々の間に、清水が引かれた小さな水場を持つ延命地蔵尊と「尾崎の水舟」がひっそりとありました。街中にある水舟の多くが観光用に整備されている一方、こちら6ヶ所の水舟は生活に密着した本来の姿を留めるものです。郡上八幡の水舟は山形県遊佐町のkajimachi_gujyo.jpg湧水「神泉(かみこ)の水」などと同様に段差が設けられ、上段が飲用水、中段が食べ物の冷却用と洗浄用、下段が洗濯用となり、水と共に暮らす人々の知恵を窺い知ることができるのでした。

【photo】二階部分に斜めにせり出した防火壁「卯建」を備えた伝統的な郡上八幡の風情を漂わせる格子窓の屋並みが残る職人街、鍛冶屋町

 清水橋の上流にある洞泉橋を渡って本町を左に折れると、朱色ないしは黒格子の旧家が残る職人町・鍛冶屋町に至ります。隣家と軒を接する町屋造りの家々の二階には、防火のための袖状の白壁「宇立・卯建(うだつ)」が二階部分にせり出しています。こうした古い家並みが見られるもう一つの地区、柳町を経由したのち、濃厚な大豆の風味が味わえる「ざる豆腐」(たれ付450g500円/250g350円)が評判の「郡上豆腐」へ。昼食を済ませていたので、デザート代わりに杏仁豆腐(180円)を買い求め、宮ヶ瀬橋方向へ戻りながら食べましたが、これが美味しかった!! えてしてありがちな薬品っぽさを感じるゼラチン状の食感ではなく、まったりとした上品な甘さは癖になりそう。いっそ店に引き返そうかとも思いましたが、tirol_gujyo.jpg 子どもたちが夏場に勇気を試される吉田川への飛び込みを行うことで知られる新橋付近までその時点で戻っていたため、お替りは泣く泣く諦めたのでした。

 休憩に立ち寄った新町通の珈琲館「チロル」も、先ほどの郡上豆腐と同様、店先に清水が流れ出ています。自家焙煎したコーヒー豆をサイフォンで飲ませてくれるというので、通常の3倍の豆を使い、2/3の量しか抽出しない「ストロング」(450円)を注文しました。深いアロマに包まれたコーヒーが美味しかったのは勿論、何にもましてコップ一杯のひんやりした水の美味しさが際立っていたと言ってはお店に失礼でしょうか。

【photo】清水が流れ出す珈琲館「チロル」の店先(上) チロルの「ストロング」ブレンド(下)

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 「水の町」郡上八幡は、こうしてさまざまに水にまつわる表情を見せてくれました。「水の都」Veneziaヴェネツィアは世界的な観光地として俗化がいかに進もうと、それを補って余りある独特のオリエントの香りや地中海の覇者として君臨した栄華の遺香漂う魅力的な街ですが、奥美濃の水の町もなかなかに魅力的でした。水づくしがお題となったこの日の最終目的地、田植えを控え水を張った水田に散居集落の浮島が出現する奇跡の景観が広がる富山県砺波市へと東海北陸道を引き返す前に立ち寄らなくてはならない場所がありました。郡上市で産声を上げたという「食品サンプル」の製造現場レポートは次回「庄内系 奥美濃路を行く vol.2」でご報告!

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2009/04/26

「芽出し」と「芽摘み」の春

芽吹きの季節@鶴岡

 4月11日(土)の夜、「アル・ケッチァーノ」の厨房を支える生産者が集い、今月30日に東京銀座にオープンする山形県のアンテナショップに併設されるリストランテ「ヤマガタ サンダンデロ」(ディナータイムの営業が始まるグランドオープンは5月12日)のスタッフ壮行会が「イル・ケッチァーノ」を会場に行われました。奥田シェフから直接「来てね」と電話連絡があった以上、参加しないわけにはいきません。この日も取材を兼ねて参加していたYBC山形放送の佐藤記者同様、生産者ではない私ですが、仙台から馳せ参じました。

sandandelo_20090411.jpg【photo】店を支える生産者と3店舗のスタッフが勢揃い。27名にも増えた店のスタッフのおよそ3分の2は、この一年で新たに加わったフレッシュな顔ぶれ

 テーブルを共にした「食の都・庄内」事業を推進する前・山形県庄内総合支庁長で、吉村新県知事のもとで副知事に抜擢された高橋 節氏と、荘内藩主 酒井家18代当主、酒井 忠久氏ご令室で致道博物館〈Link to Website〉常務理事の酒井 天美さんによれば、お二方とも前日の10日にシェフから参加を打診する電話があったのだとか... (-。ー;)。いくら忙しいからって、シェフったらー(笑)。当「あるもん探しの旅」でご紹介してきた生産者の皆さんを含め、これまでにお世話になった方たちと今後の夢を語り合えただけでなく、新たな出会いもあり、楽しくも有意義な時間を過ごせました。

mizubasho_matsugaoka.jpg ここで大切なポイントを押さえておきます。銀座店は庄内を中心に山形県産食材のエッセンスをPRする情報発信の役割を任されます。銀座店のプロデュースは手掛けたものの、奥田シェフ自身は今後も庄内を地盤として活動を続けます。新たな芽吹きの地となる銀座では異彩を放つであろう「山形イタリアン」を掲げる料理の真価を知るためには、実際に庄内に足を運び、一皿の料理の背景にある食材を作る人の表情や気候風土などを探って下さい。銀座でつまみ食いしたくらいでは、食の都の奥深い魅力に迫ることなど到底できませんから。

 【photo】桃の摘花作業が行われていた松ヶ岡農場の桃畑(下写真)。農場の先にある湿地にはミズバショウが可憐な花を咲かせていた(左上) 

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 その日は午前中から満開の桜を楽しむ花見客で仙台の西公園は賑わっていましたが、13時過ぎに到着した鶴岡の桜の名所である鶴岡公園赤川沿いのソメイヨシノはまだ開花前。ミズバショウがちょうど見ごろだというので、松ヶ岡開墾場(Link to Website)を訪れました。「あかつき」「川中島」など桃の産地として知られる松ヶ岡農園では、女性たちが桃の摘花作業を行っていました。脚立の上で作業にあたるお母さんに話を聞いてみると、剪定を終えた後、小枝に10個前後つくピンク色の花芽の中で残すのは一つだけ。4月下旬に花を咲かせた後に結実する桃がまだ青いうちの7月にさらに摘果を行い、実を大きく甘味が乗るよう育てます。主力品種となるあかつきが出荷の最盛期を迎えるのは赤川花火大会(今年は8月9日)の頃。愛らしく芽吹いた桃色の蕾は、大方が開花前に間引きされるため、ほんの一握りしか実を結ぶことができないのです。

【photo】より美味しく大きな実を結ぶためには、枝に残す花芽は一つだけ。黙々と摘花作業が続く(左写真)。可愛らしいピンクの桃の蕾は、花を咲かせることなくあらかた摘み取られてしまう(右写真)
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 「まだ桜が咲かぬなら」と向かった先は、梅の名所として知られる湯田川温泉。間もなく名産の孟宗が旬を迎える竹林に囲まれた湯田川梅林公園は、紅梅白梅およそ300本がまさに花盛り。鶴岡市の西方、金峰山の南麓に位置するそこは、大型の観光ホテルが無く、いつも落ち着いた雰囲気に包まれています。全身を柔らかく包み込んでくれる独特の湯触りのお湯は、疲れたカラダとココロを優しく解きほぐしてくれます。「御殿水」の別名を持つ岩清水神社の湧水がそうであるように、湯田川温泉の硫酸塩泉(含石膏芒硝泉)bairin_yutagawa.jpgは、飲泉すると、その類まれな柔らかさが確認できます。浴用が主流の日本の温泉とは違って、飲泉療養が主流のイタリアの「Terme テルメ(=「温泉」の伊語)」に前世で親しんだ私にとって、浴用して良し飲用して良しの湯田川はまさにParadisoパラディソ!(=「パラダイス」の伊語) 全ての旅館が源泉かけ流しという贅沢極まりないお湯の効能は、湯田川観光協会のWebサイトで。


【photo】花盛りの湯田川梅林公園(上写真)。芽出し作業の最盛期を迎え、種籾の入った袋が平積みにされた湯田川温泉街の手前にある催芽場(下写真)
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 温泉街の入り口にある「催芽場」と呼ばれる作業場では、稲の種籾の「芽出し」が行われていました。一般に稲の種籾は水に浸されて積算温度が100℃に達すると(10℃の水なら10日間)発芽するといわれています。重量で選別した種籾は、薬剤を使ったり、約60℃のお湯につけて一旦冷却するなどの消毒工程を経て、休眠状態にある種籾を水に10日~20日ほど浸す浸種(しんしゅ)をまず行います。その後サーモスタット機能付きのヒーターを装備した「催芽機」で30℃前後に加温した水に種籾を浸して発芽を促すのが一般的な方法です。催芽機が存在しなかった昔は、風呂の残り湯や調理で沸かしたお湯を使うなど、温度管理が難しかったため、寝ずの番を強いられるなど農家にとって芽出しは手間の掛かる仕事でした。

medashi_09.jpg【photo】一日の芽出し作業を終えて語らうお父さんたち(写真奥)が向かう先は、酷使した体をやさしくほぐしてくれる共同浴場「正面湯」(入浴料200円)かもしれない

 稲の種籾を温泉に浸して発芽を促す湯田川特有の芽出し法は、1848年(嘉永元年)に地元の農夫、大井 多右衛門が編み出しました。現在では深さ50cmほどのコンクリート製の水路が整備された催芽場に各旅館から排出されるお湯が引かれています。多右衛門自身の創意工夫と後に加えられた技術改良によって、芽出しが行われる4月ひと月だけで庄内一円はおろか、隣接する新潟県村上市の稲作農家から、あらかじめ10日ほど水に浸した「はえぬき」や「ひとめぼれ」「コシヒカリ」など200トンを超える種籾が持ち込まれます。4月2日に始まった今年の芽出し作業は、私が訪れた日までに作業のピークを迎えており、前日までに100トン以上の種籾を処理したといいます。30℃強の湯に12時間浸された後に湯揚げされ、水路に渡された板の上でムシロを掛けて半日ほど蒸らすと胚芽部分から均一な発芽が得られるのだそう。一連の作業はすべて人力でこなすのですから、コメ作りには大変な人手がかかるのですね。

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 芽出し作業を行っていた男性によれば、日本海に面した「湯野浜温泉」でもなく、260年の歴史がある朝市(4/1~12/5)や赤カブで知られる「あつみ温泉」でもなく、湯田川のお湯でなければ、芽吹きが満足に促されないのだといいます。さまざまな温泉が日本各地にありますが、こうしてコメ作りに欠かせない芽出しに温泉を有効活用している例はごく限られます。肌触りのよい柔らかなお湯という願ってもない地域資源をコメ作りに活かした160年前の先人の英知には、感心するばかりです。訪れる人を優しく包み込む湯田川のお湯は、コメにとってもさぞ心地の良い名湯に違いありません。


【photo】湯田川梅林公園の梅はとうに終わり、鶴岡公園や赤川堰堤の桜も散った5月の湯田川。お湯が抜かれた催芽場は静けさを取り戻していた

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山形イタリアン
  YAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロ

  住)東京都中央区銀座1-5-10 ギンザファーストファイブビル
    山形県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」2F
    Phone:03-5250-1755 Fax:03-5250-1756
  営)11:30-15:00(L.O.14:00)
     18:00-23:00(L.O.22:00)
  2009.5/12(火)グランドオープン


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2009/02/15

?(・・;)。。o な湧水

やはりそこは異郷だった。の巻

 「山形赤根ホウレンソウ」という在来野菜をご存知でしょうか?
ギザギザの切れ込みが深い葉の形状と、根から茎にかけて鮮やかな赤に染まるのが外見上の特徴となる在来のホウレンソウです。食味ではシャキシャキとした葉の食感と、太く赤い根付近の甘さが印象的です。通常の西洋ホウレンソウに比べ、甘味が強いとされる「ちぢみホウレンソウ」の糖度が厳冬期に10度前後となるのに対して、スイートコーンや巨峰と同等レベルの17度以上まで数値が伸びる山形赤根ホウレンソウ。その主産地は山形県内陸の村山地方です。食味の良さから、近年では徐々に需要が広がりつつあり、山形市と天童市、上山市の周辺で栽培されています。もともとは奥の細道で松尾 芭蕉が立ち寄った山寺こと「立石寺」へと向かう途中、山形市の北端にあたる風間地区で作られてきたものです。

 美味しい食材の宝庫・庄内地方が主な行動範囲となる庄内系ゆえ、行政区分上は同じ県でも、食文化だけでなく、さまざまな側面において違いを肌で感じる村山地域は、当「あるもん探しの旅」において、あまり取り上げる機会がないままに今日に至っています。出荷される際にほとんど切り落とされる根っこの部分まで実は美味しく食べることができる赤根ホウレンソウの産地をどうしても見ておきたくて、風間地区へと足を運んで出合った驚愕の湧水について報告・連絡・相談(=ホウ・レン・ソウ)します... ?(・・;)。o

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 風間地区を通るJR仙山線が楯山駅近くで道路と立体交差になった場所に一軒の水車小屋が建っています。比較的最近建てられたと思われる水車小屋には「泉の里 延命水」の看板が掛けられていました。車を停めて立ち寄ってみると、水が引かれた水車の右手に岩をくり抜いた水盆があり、そこから湧水が溢れ出しています。水を含むと、まろやかな口当たりのなかなかの良水でした。

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 周辺は住宅地と畑が混在しており、すぐ先がスタジオジブリのアニメ映画「おもひでぽろぽろ」の舞台となった日本の原風景が残る高瀬地区で、そこから高瀬川が流れています。近くには造り酒屋の寿虎屋酒造㈱があり、蔵王山系に端を発する良質の水に恵まれた地のようです。記された由来よると、昭和18年に掘削して湧出した水とのこと。隣に延命地蔵尊があったことから「延命水神」と名付けられ、どんな日照りでも涸れることなく湧き続けるこの水は、地区の飲用水に用いられています。おいしい水との評判から、茶道愛好者が水を求めて訪れるまでに。ふむふむ、さもありなん。

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 もう一口頂こうかと、ふと水場の奥に目をやると、この水は殺菌消毒を施していない旨を告げる看板が立てられていました。塩素消毒したダムの水と比べれば、地下で磨かれた湧水のおいしさは比較になりません。生水がどうしても気になるのであれば、沸かして飲めば良いまで。水に恵まれた地に足を運ぶことが増えて以来、水の味には敏感になりました。

 湧水を消毒していない旨を記した注意書きは、地元住民のみならず、遠方から水を求めて人が訪れる場所で目にすることがあります。湧水ならば全てOKという訳ではなく、名水として有名な水でも、上流部に果樹畑があれば、そこで農薬が散布されている可能性が高いし、家畜を飼育する畜舎などがあっても、土壌への影響が懸念されるので、汲んで帰るのはパスすることにしています。そうでもなければ、消毒されていないことなど、いつも気に留めないのですが、その隣に立つ赤字で書かれた看板の内容には目を疑いました。あまりにナマな表現なので、文字にするのは差し控えますが、写真をとくとご覧下さい。
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あなたはこの水をナマで飲めますか?

 立て看板には、延命水道組合と地元町内会の名が記されています。「山菜・キノコを採らないで」を意味する「熊出没注意」の看板には臆さない私ですが、この看板にはさすがにビビりました。散歩中のワンコが急にしゃがみ込んで排泄に及ぼうとするのは仕方ないにせよ、よほどの大型犬でもない限りは、「そこじゃダメよ」と引っ張れば済む話。問題はむしろ飼い主である人間であって、そこを公衆トイレだと勘違いして用を足す粗忽者など果たしているのでしょうか? わざわざ赤字で「●●をしないで下さい!」と、しかも「!」付きの強い調子で書いてあるということは、そうした事例が実際に起きているのかも?? それとも、「オラホの水だから持ってくなっ! 」という意思表示なのでしょうか???

 この衝撃的な看板を前に、それを立てた人の真意を測りかねてしまいました。組合の皆さん、町内会の皆さん、どなたかこれをご覧になったら、事の真相を教えて下さいませんか。しばしそこに佇み、謎が解けぬままに泉からすごすごと退散したのは申すまでもありません。何事につけおおらかな庄内では見たことのない看板を前に、庄内系にとっては、そこがやはり異郷であることを実感させられたのでした。・・・以上、赤根ホウレンソウがさっぱり登場せぬまま、報告・連絡・相談、任務完了。


P.S.: のちにネットで検索したところ、2005年夏にはまだ赤字の看板が立てられていなかったことが判明 【山形フィルムコミッションWebサイトへ】。何らかの理由で、最近追加したと思われる赤字の立て看板に気付くことなく、延命水をそのまま飲んでしまったものの、これといって消化器系の変調は認められず、無事に延命していることを付け加えさせて頂きます。(⇒これが水の名前の由来だったりして...)

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2009/01/31

冬季限定「滝の道」の名水

「鳥海三神の水」でプチ沢登り

 秋田と県境を接する山形県最北部に位置する遊佐町は、国土庁が平成6年に「水と緑の文化を育む水の郷100選」に選定した湧水の里。町内には数多くの湧水地点があり、その豊富な水は、"水筒要らずの山"といわれるほど水に恵まれた鳥海山の恩寵にほかなりません。

【photo】 稲刈りを終えた晩秋の遊佐町。雪を頂く鳥海山が里に冬近しを告げる

 清流「月光川(がっこうがわ)」沿いの道、酒田遊佐線を進むと、山の斜面に湧き出た伏流水が二筋の滝となって流れ落ちる有名な「胴腹滝(どうはらたき)」への入口が吉出地区の杉林の中に開けています。二筋の湧水はCa、Mgなどの成分上さして違いは無いものの、左側がきりっつと引き締まった硬質な味、右側は柔らかで優しい飲み口と、不思議なことに共に硬度が11の超軟水ながら、左右で明らかに味が異なります。そこに至る道は冬でも除雪されるため、年間通して水を汲みに訪れる人が絶えません。

doppara_yuza2006.jpg【photo】 山の斜面(胴腹)から伏流水が勢い良く出ていることから、安産を願う不動尊が滝の間に祀られた胴腹滝

 片道150km以上離れた仙台から鳥海山近辺まで足を伸ばすのなら、豊かな水の恵みを存分に堪能しない手はありません。そのため alfa Brera のトランクスペースには、いつも25ℓ容量のポリタンクが少なくとも二つは積み込まれています。しかしながら採水地から路肩の駐車スペースまで5分あまりズッシリと重い25kgのポリタンクを両手に抱えて苦難の道を戻らなくてはならない胴腹滝には、よほど気乗りしないと足が向きません。蒸発残留物が40~50mg/ℓ程度の良質な美味しい水なので、ペットボトルで持ち帰る程度なら別ですが、つい欲が出てしまって...(;^_^\

  鳥海山周辺には、多くの湧水スポットが存在し、そのいくつかは車で気軽に立ち寄れる場所にあります。口から喉を通ってお腹の中にすぅーっと吸い込まれてゆく柔らかな独特の飲み口が魅力の遊佐町女鹿地区の「神泉の水(かみこのみず)」と、同町三ノ俣(みつのまた)地区にある農林漁業体験実習館「さんゆう」前の「鳥海三神の水」は、気軽に車で立ち寄ることができる湧水ポイントの中でも、とりわけ美味しい水です。

sanyou2009_1.jpg 今回さんゆうを訪れたのは、1月11日(日)の夕闇迫る17時過ぎのこと。これまでも幾度となく通った道ですが、さすがに厳冬期に訪れるそこは、これまでとは様子がまるで違っていました。標高こそ海抜300m台とさして高くないものの、鳥海山の山懐へと分け入ってゆく三ノ俣集落に湧く鳥海三神の水を汲みに訪れるのは、山菜が出始める春から夏を経て美しい紅葉に山が燃え立つ時季だけ。降り積もった雪で一面の銀世界と化したそこを訪れるのは今回が初めてのことでした。人づてにそこが冬季間どうなっているのかを聞いてはいたのですが、そこには想像を超える「なんだこれ~!!?」という光景が待ち受けていたのです。

【photo】 標高2236m の頂きを雪雲のヴェールで包まれた鳥海山。山肌を覆う雪また雪。冬枯れのブナ。凍てつくモノトーンの世界。月光川大橋にて

 月光川に架かる旧朝日橋を右手に見ながら右折した道路は除雪されてはいるものの、白く輝く路面は圧雪が凍結し、ともすると車はハンドルをとられ、テールが流れ出します。そこは映画「おくりびと」で主人公・小林大悟(本木雅弘)が鳥海山をバックに堤防の上でチェロを奏でる場面と、身ごもった妻美香(広末涼子)に川原で石文(いしぶみ)を手渡すシーン、産卵のため遡上してくる鮭の姿などが撮影された場所です。

 ダッシュボードにデジタル表示された外気温はすでに氷点下。人家が点在する金俣集落を抜けると、月光川ダムに渡された月光川大橋に差し掛かりました。雪を縫うように眼下を流れる渓流と葉を落としたブナの原生林が広がる鳥海山とが織り成す水墨画のような風景に目を奪われます。命あるもの全てが雪に閉ざされ、じっと息を潜めているかのような静寂が支配するモノトーンの世界をカメラに収めようと、暖房の効いた車内から橋の上に出ましたが、あまりの寒さで早々に退散しました。

kanamata_takinomichi.jpg 橋を渡り切ると左カーブを描く雪道は、ほぼ直線の緩やかな上り坂となります。すでに陽は落ちて暗くなり始めていたため、最初はカーブから先が完全に除雪されてアスファルトの路面が顔を出しているかのように見えました。"何と完璧な除雪作業なことよ(*'0'*)"と感心する間も無く、よく目を凝らすと、そこは道幅いっぱいに水が流れているのです。

 「お、これが噂に聞いた"滝の道"かっ!」 道路は両側とも路肩が凹型にせり上がっており、上り坂の路面に流される水は、1~2cmほどの深さとなって流れて来るのです。それは世にも珍しい湧水が描き出す一筋の道なのでした。

strada_taki_sanyou.jpg【photo】路面を流れ下る湧水が川となって雪を溶かし、せせらぎとなった伏流水の道を「さんゆう」へ向かう

 そこまでは慎重な操作を強いられていたアクセルを踏み込むと、バシャバシャと派手な水しぶきが車のフェンダーから両サイドへと飛び散ってゆきます。路肩の枯れた雑草には、車に飛ばされた水が凍り付き、あたかも氷のオブジェのよう。温泉地で融雪のために温泉を道路に流している例は仙台近郊の秋保や鬼首などで目にしますが、距離にしておよそ1.4kmにも及ぶこの滝の道のスケールは、その比ではありません。そこでは滝登りする鯉や月光川を遡上する鮭の気分が味わえるはずです。

 三東ルシアが出演したTOTOホーローバスのCM(古っ!)「♪お魚になったワ・タ・シ」のフレーズを思い浮かべながら坂を進むと、さんゆう駐車場前に引かれた鳥海三神の水の水汲み場へと至ります。何やら由緒ありげな名前のこの湧水。本宮は夏山シーズンにだけ参詣が叶う鳥海山頂にあり、人里に置かれる口之宮が遊佐町吹浦と同町上蕨岡にある三つの鳥海山大物忌神社とは無関係だそうですが、この水を飲用水として使っている三ノ俣の住民の方たちが鳥海山の大いなる恵みに感謝して命名したそうです。

 鳥海三神の水は衛生上の配慮から、融雪に用いられる湧水の採水地とは少し離れた林の中に湧出する伏流水を引いています。駐車場のすぐ脇に水汲み場があることから、庄内一円はもちろん、県内外から多くの人々が訪れます。すっかり暗くなったこの日は、すでに人気は無く、勢いよく流れ出る清冽な水の音だけが響いていました。

【photo】 路面を流れる水は、道の先にある「さんゆう」の名水と同じ水脈。横着をしてその水を汲まないように。(←そんなズボラなヤツは居るまい) 名水と地元産ソバ粉を使う人気の「金俣そば」を、道幅いっぱいに流して、わんこソバも顔負けの食べ放題な「流しそば」にしてみては如何?

fiume_strada_sanyou.jpg 水汲みだけでは物足りないという欲張りな方は、さんゆうの産直施設と併設される飲食コーナーへもお立ち寄り下さい。産直では春先に出回るワラビやコシアブラなどの山の幸をはじめ、豊かな鳥海の水で育まれた個性的な古代米や、一般に流通している輸入物が霞んでしまうほど瑞々しいパプリカなどの地元の農産物を扱っています。飲食コーナーでは土日に20食限定で提供する地元産ソバ粉を鳥海三神の水で打った「金俣蕎麦」が人気。毎週水曜の定休日と週末には実施していないのが残念ですが、事前予約制で蕎麦打ちや豆腐・漬物・笹巻き作り体験(有料)も可能です。【旬の農産物カレンダーはコチラ

 遊佐町役場に問い合わせてみると、冬でも凍ることなく湧き出す伏流水を道路の融雪のために活用する事業は1981年(昭和56)頃に三ノ俣のほかに升川集落で行われましたが、今も稼動しているのは現在7世帯が暮らす三ノ俣だけだといいます。住民の高齢化のため、昨年からは町が11月中旬にそれまで住民が行っていた路面の清掃と補修を代行、集落から1kmほど離れた林間にある水源地の清掃を行い、雪が積もり始める12月から路面の雪が消える3月ごろまで住民の手で水が流され、保守管理がなされているそうです。「限界集落」という言葉がここにも翳を落としますが、湧水をこうして融雪に活用している事例は全国でも珍しいはず。鳥海山の恩寵である地域資源の水をこうして活用してきた住民の方たちに拍手を送りたいと思います。

fontana_sanyou.jpg【photo】 「鳥海三神の水」は駐車場に隣接しており、利便性が高い。駐車場の先は雪遊びが出来るスキー場になっている

 地区の飲用水や融雪用だけでなく、酒造りにこの水を用いているのが庄内町の造り酒屋「鯉川酒造」です。シーズンに1タンク分だけを仕込み、酒田周辺の一部酒販店で売り出される純米吟醸「極楽鳥海人」は、しぼりたての原酒では18度近いアルコール度数があるため、およそ15度まで度数を下げるための加水用に鳥海三神の水を使っています。蔵元の佐藤 一良社長によれば、この水を加熱して蒸発させると、鉱物成分である白い残留物が微量認められることから、日本酒の仕込み用としては不向きとのこと。それでも、1ℓ中の炭酸カルシウム含有量が12mg しかない超・軟水にカテゴリー分けされる鳥海三神の水は、当然殺菌は行っていませんが、汲んでから3週間程度ならそのままで飲んでもOKです。料理用はもちろん、お茶を入れたり、ご飯を炊く用途としても申し分ない美味しい水であることを申し添えておきます。

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農林漁業体験実習館「さんゆう」
住所)山形県飽海郡遊佐町吉出字金俣239-5
Phone)0234-72-4500
営)8:30-18:30 (3/15-10/31 は 8:00-17:00)
  水曜定休(祝日の場合は翌日休み)
  12/28-1/3休み
当然ながら「鳥海三神の水」は年中無休!

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2008/09/20

ピニンファリーナなミネラルウオーター

ガンベロ・ロッソがNo.1に選んだ水を名門カロッツェリアがプロデュース
イタリア史上最強の(?)ミネラルウオーター

 日本からイタリアへと向かうフライトが終盤に差し掛かる時、上空を越えるのがヨーロッパ・アルプスです。標高2,300m前後とされる森林限界を遥かに超える万年雪と氷河に覆われたそこには、4,000m級の山々が連なっています。欧州最高峰のMonte Bianco モンテビアンコ(=モンブラン・4810.9m)、Cervino チェルヴィーノ=マッターホルン・4478m)、Monte Rosa モンテローサ(4634m)...。世界のアルピニストを魅了するこれら名峰の威容は、決して見飽きることはありません。

 それは機上からの眺めに限ったことではなく、Lago di Misurina ミズリーナ湖や、10km 弱車で進むとたどり着く3つの巨大な切り立った岩山が奇観を呈するTre Cime di Lavaredo トレ・チーメ・ディ・ラヴァレードなど、ドロミテきっての景勝地であるオーストリア国境周辺やピエモンテ州とロンバルディア州に挟まれた小州、ヴァッレ・ダオスタからロンバルディアにかけてのイタリア北西部のスイス国境周辺には、峨々とした山並みと点在する湖が美しい景観を描き出すRegione dei Laghi (=湖水地方)と呼ばれる風光明媚な一帯が広がっています。

monterosa_lago_maggiore.jpg【photo】 マッジョーレ湖を取り囲む針葉樹と岩肌からなる山々の先に白い頂きをのぞかせるモンテローサ。奇想天外なバロック庭園があるIsola Bella ベッラ島を望む湖畔の町Stresaストレーザにはスノッブな高級ホテルが建つ

 アルプスの峰々に降った雪は、夏でも融けることのない万年雪が、やがて氷河となり、気の遠くなるような時間をかけて麓へとゆっくり移動します。その過程で、永久凍土と岩の隙間に水分が徐々にしみ込んでゆき、毛細管現象によって地下水脈となります。人類のCO2 排出量が飛躍的に増えた産業革命以降の100年で、アルプスの氷河は体積が半分に、表面積は2/3に減少したといわれています。近年、北極の氷やシベリアの永久凍土と同様に、アルプスでも氷河の消滅速度が加速しています。同時に地中の氷が溶け出すことによって、支えを失った岩肌が大規模な崩落現象を引き起こす事例がチェルヴィーノやスイスのアイガーで報告されています。その原因は地球温暖化の影響にほかなりません。温暖化防止の対策を怠れば、今世紀中にアルプスの氷河は消滅するだろうと研究者は警告を発しています。表向きは美しい山岳風景ですが、その実、こんな危機が迫っているのですね。うーむ・・・。

Monterosa_Novara-1.jpg【photo】 高速E64をミラノに向けて東に進むと、ピエモンテ州の東端にあたる Novaraのシンボル、サン・ガウデンツィオ聖堂の尖塔が見えてくる。 その周辺は緑の水田が広がるイタリアきっての穀倉地帯。彼方にはモンテローサの姿がくっきりと浮かび上がる

 話が4,000mの山頂並みにお寒く息苦しい展開になりました。気分を変えて今回はスタイリッシュなイタリアン・アルプスの水についてご紹介しましょう。大都市ミラノとトリノを結ぶ高速E64は、両市街地を離れると青々とした森林が広がる平原の北側にはアルプスの山並みが迫る快適なドライブルートとなります。その先には高級リゾート地として知られるLago Maggiore マッジョーレ湖やLago d'Orta オルタ湖が満々とした水面に周囲の山々を映し出して横たわります。特別自治州のヴァッレ・ダオスタ州は、手厚い国の補助金や税制面での優遇を受けており、豊かさではイタリア国内屈指とされる地域です。そんな背景があってか、ミラノ近郊のE64を走っていると、フェラーリ575M Maranello とマセラティGranSport が連なって疾走するイタリア国内でも稀な光景に出合ったりします。(⇒まるでバブル期の銀座みたいだっ!

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 スローフード協会が発行する月刊誌「Gambero Rosso ガンベロ・ロッソ」2002年10月号で200種類ものイタリア産ミネラルウオーターの品質ランキングが発表されました。その指針とされたのが蒸発残留物【注1】の数値。日本でも良く知られたブランドの水が1,074mg/l で183位に甘んじた一方で、最も低い13.9mg/lという数値で品質No.1に輝いたのが、ピエモンテ州北部 Biella ビエッラ県Graglia グラリアでボトリングされる「Lauretana ラウレターナ」(日本での商品名は「ローレターナ」)です。この水の特徴は、硬度が高くなりがちなヨーロッパ産の自然水にしては、メーカーの公表値で5.5と異例なほど硬度が低い万人向けの超軟水であること。さらにメーカー公表のph値が5.82(ガンベロ・ロッソの計測値では5.75)と弱酸性を示すため、人体への吸収効率に秀でているのだといいます。

 Ermenegildo Zegna エルメネジルド・ゼニアや Loro Piana ロロ・ピアーナなどの高級毛織物産業で知られるビエッラから5kmほど西の山沿いに向かったグラリアには、19世紀に整備されたTerme del Santuario di Graglia サントゥアリオ・ディ・グラリアというテルメ(温泉)施設が6月から9月のヴァカンスシーズンのみ稼動します。かつては、サヴォイア家のマルゲリータ王妃も保養のためにトリノの王宮からこの地を訪れたのだそう。テルメといっても、もっぱら泌尿器系の結石疾患や新陳代謝の促進を目的とする飲泉治療のための施設ゆえ、ひと風呂浴びて旅の疲れを癒そうと水着持参でそこを訪れても無駄足となりますので、念のため(笑)。集落の外れにはSerbatoio Acqua Potabile Graglia(=グラリア飲用水配水所)なる施設があり、水汲みに訪れる人の姿が見られました。

graglia.jpg【photo】モンバローネ山の中腹に建つSantuario di Graglia グラリア聖堂。イタリア中部 Marcheマルケ州Anconaアンコーナ県Loretoロレートには、13世紀に天使がナザレから移したとされるマリアの生家の壁を祀ったSanta Casa(聖なる家)があり、イタリア国内で重要な巡礼地となっている、そこに安置された黒マリア像から名前をとったMadonna di Loreto がビエッラ周辺の人々の信仰を集めている

 炭酸ガスを含まないNaturare(ナトゥラーレ)、ガス入りのFrizzante(フリッツァンテ)共に、ヨーロッパ・アルプス第二の高峰モンテローサの氷河水が、造山運動で生じた古生代の地層の中をおよそ40キロ南下し、標高2371mのColma di Mombarone モンバローネ山の中腹、海抜1,050m付近で地上に湧出した水(※画像はメーカーWebサイトより引用)をボトリングしたものです。その周辺には工場や人家などの施設が皆無なため、採水地としては非常に恵まれた環境なのだといいます。グラリアの集落の先には、17世紀に造られた聖堂がひっそりと佇んでいます。そこにはLauretana の名前の由来となった幼子イエスを抱く黒マリア「Madonna di Loreto ロレートの聖母」が安置されていました。これは6km北方にある世界遺産の「Sacri Monti サクリ・モンティ(複数形)」のひとつ、Oropa オローパのサクロ・モンテ(単数形)に祀られた黒マリア像と相通じるもの。この一帯はイタリアン・アルプス地方におけるマリア信仰の一大中心地でもあるのです。ゆえに Lauretana の優しい口当たりは、聖母がもたらした奇跡なのかもしれません。
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【photo】 Lauretana の名前の由来となった黒マリア「Madonna di Loreto ロレートの聖母」

 スローフード協会から品質上のお墨付きを得た格好のLauretanaが、注目を浴びる契機となったのは、その2年前の2000年にイタリアきっての名門カロッツェリア【注2】として名高い「Pininfarina ピニンファリーナ」の子会社「Pininfarina Extra ピニンファリーナ・エキストラ」がデザインしたボトルの製品を発表したことが大きく貢献しています。ヨーロッパで最も軽くクリアな味わいとされる Lauretana のイメージを具現化したという透明なガラス製のボトルには、ピニンファリーナのロゴが控えめに浮き彫りにされ、絶妙な曲線と直線からフォルムが構成されています。シンプルなラベルはLauretana のロゴがプリントされた素っ気ないもの。ボトルの背中側から局面ガラスを通して見えるラベルの裏側には、ラウレターナのロゴと共に pininfarina のロゴも記される心憎い演出が効いています。斬新でありながらどこかしらクラシカルな印象を与えるそのフォルムは、かつてピニンファリーナがデザインワークに関わった優美な曲線を身に纏った車たちと相通じるものを感じさせます。

lauretana_pininfarina.jpg【photo】ピニンファリーナがボトルのデザインをしたLauretana。王冠の色とラベル下部の白抜き文字のベースカラーが青=NATURALE(senza gas ガスなし)、赤=FRIZZANTE(con gas ガス入り)。容量は750mlのみ

 フェラーリやマセラティといった華がある高級スポーツカーのデザイナーとして名高いピニンファリーナ。この名前は車好きでなくとも耳にしたことがおありでしょう。トリノで1930年に創業して以降、ランチア、アルファロメオ、フィアットといったメーカーと実績を積み上げ、1952年にフェラーリと協働関係を結びます。西武ライオンズ在籍当時の清原 和博選手の愛車として勇名を馳せた(?)1984年発表のTestarossa、その3年後に登場したF40と後継のF50、そして山形県東根市出身の日本人、奥山 清行氏がチーフデザイナーとして在籍当時に手掛けたEnzoやP4/5 といったフェラーリのフラッグシップモデルにおいて、ピニンファリーナは最も光り輝くように思います。1947年から協力関係にあるマセラティでは、現行の Quattroporte や Grantourismo などにピニンファリーナならではのエレガントな造形感覚が遺憾なく発揮されています。アルファロメオ歴代のオープントップモデル Spider も忘れてはなりません。既存の車をベースにルーフを取り払った美しいコンパーチブルカーを作らせては、ピニンファリーナの右に出る者は見当たりません。

 確固とした実績と揺るがなき名声を得た今日では、プジョー(仏)、ジャガー(英)、フォード・GM(米)、ボルボ(スウェーデン)など、自動車における協力関係はイタリア国内のみならず、世界中のメーカーに及びます。日本においては、カロッツェリアとしてライバル関係にあるジョルジェット・ジウジアーロが、かつて乗用車を製造していた頃のいずヾと117クーペやピアッツァといった美しいクーペモデルを生んだ例があります。しかしながら、数少ないショーモデルを除いて、ピニンファリーナとのコラボによる国内向けの市販車を手掛けた日本のメーカーは存在しません。車が単なる移動手段の道具ではなく、ライフスタイルを反映する自己表現の手段のひとつと考える欧州のクルマ造りと、マッチ箱のようなミニバンの開発ばかりに力を注ぐ日本のメーカーの姿勢はいかにも対照的に映ります。
Lauretana_ back_pinin.jpg【photo】ガラス越しに見えるLauretana のラベルの裏側にはこの水の14mg/lという蒸発残留物の数値と「THE LIGHTEST WATER OF EUROPE」の表記と共にpininfarina の名が記される
 
 現在、企業体としてのピニンファリーナは、イタリア国内のほかに、仏・独・スウェーデンなど世界5カ国に現地法人を置き、グループ全体の従業員数は3,000人。2007年における6億7千40万ユーロに及ぶ売上のうち、8割が自動車関連業務によるもので、創業者のバッティスタ・ピニンファリーナ以来の伝統は、今日もしっかりと受け継がれています。中核となる自動車のデザインワークを行うのは、Pininfarina S.p.A.。かたや広く生活用品一般のプロダクトデザインまで手掛けるのが1987年に発足したPininfarina Extra S.r.l.です。誕生から20年で総売上の2割を占めるまでに成長したピニンファリーナ・エクストラが関わったのは、当然 Lauretana のミネラルウオーターに限りません。歯ブラシやフレグランスの瓶、家電製品、家具、システムキッチン、自家用ジェット航空機、クルーザー、ホテルやマンションの内外装、そして2年前に地元トリノで開催された冬季五輪の聖火台と聖火のトーチのデザインに至るまで、いままで関わった仕事は多岐に渡ります。

lauretana_pinin_ecching.jpg【photo】 ボトル底部の両側には pininfarina のロゴタイプが浮き彫りにされている

 両社のCEO(最高経営責任者)として、ここ数年指揮を執ってきたのは創業者の孫であるアンドレアとパオロのピニンファリーナ兄弟です。デザイナーとしてではなく、もっぱら経営面で手腕を発揮した兄のアンドレアが、先月7日に51歳で不慮の死を遂げました。Vespaブランドで知られる Piaggio 社創業60周年の記念限定モデル、グレーのVespa GT60に乗って自宅から出勤する途中に、78歳の男性が運転する Ford Fiesta にはねられたのです。昨年の売上高が1.000億円を越える自動車と縁が深い企業の会長兼最高経営責任者は、運転手付きの車ではなく、自らスクーターを運転して出勤していました。そうして不幸な事故に遭ったのも、皮肉な巡り合わせですが、これもおおらかなイタリアのお国柄ゆえの悲劇と言えなくもありません。ピニンファリーナ社は8月12日の取締役会において、エクストラ社の代表だった弟のパオロ氏のPininfarina S.p.A.会長兼最高経営責任者就任を決定しました。故アンドレア氏による経営下にあって、トリノ郊外のサン・ジョルジョ・カナヴェーゼにあるピニンファリーナの工場で生産を請け負ったalfa Breraのオーナーの一人として、故人のご冥福を心よりお祈りします。


 【注1】 水の中に浮遊・溶解しているカルシウム・マグネシウム・ナトリウムなど、土壌に由来する有機物(ミネラル)成分のこと。1 リットルの水を蒸発させて残る重量の数値で表される。純水に近い無機質な水が美味しく感じる訳ではなく、適度にミネラル成分を含んだほうが、コクとまろやかさが加わって飲用水としては美味しく感じる。この数値が多すぎると苦味を強く感じるため、飲用には適さない。一般に30~200mg/l程度が美味しい水の目安とされる

【注2】 Carozzeria カロッツェリアは、イタリアで特に自動車のボディワークを行う会社を指す。工房と呼ぶべき小規模なものから、ピニンファリーナのように国外にもグループ企業を抱える比較的大きな事業規模の場合もある。業務内容においても、原料や素材の調達から、設計・組み立てまでを一貫して手掛けるケースから、工程ごとに専業の場合もある。日本車では大手メーカーが開発から一環して生産までを行うのと対照的。ピニンファリーナの他にはイタルデザイン、ベルトーネ、ザガート、ミケロッティなどが有名どころ

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2008/06/14

プリップリでとろける吹浦の岩ガキ

決め手はケッカソース

 海産物にもさまざまな「ブランド」があります。
横綱級の有名どころでは、大分・豊後水道の関アジと関サバ、下関のフク、明石のタコ、富山湾氷見の寒ブリ、青森・大間の黒マグロ、北海道・利尻や羅臼のコンブ・・・。これら全国に名前が轟く海産物は、局地的に特徴ある海流やエサとなるプランクトンの寡多などによってもたらされる優れた食味、ないしは卓越した加工技術によって、地域ブランドとして認知されてゆくものです。新鮮さが大切な海の幸だけに、「●●港直送」という謳い文句が付くだけで、価格面でメリットが生まれるため、各産地間で水産物のブランド化の動きが盛んです。

 5月30日に訪れた私のホームグラウンド、食材の宝庫・庄内で夏の訪れを告げる予期せぬ海の幸にありつくことができました。山海の幸からなるオールスター軍団が、飛び切りの旬を感じさせてくれる「アル・ケッチァーノ」で昼食のテーブルに付こうとする私の耳元で、厨房から出てきた土田 学 料理長がにじり寄って来て小声で囁きました。

 「ちょっとしかありませんが、今日は吹浦(ふくら)の岩ガキがありますよ」
 「ホ・ホント? じゃ、『鳥海モロヘイヤのケッカソース』で頼むわ」と私。

 夏の日本海の恵み、天然岩ガキ。まばゆい太陽の季節に欠かせない海の幸にいち早くありつけるとは。しかも庄内浜でも最も身が肥えてとりわけ美味とされる遊佐町吹浦産とは願ってもない幸運。聞けば庄内浜に夏の訪れを告げる岩ガキの素潜り漁が28日に解禁されたとのこと。吹浦漁協の方の話では、今年は燃料価格の急騰で、沖合いでの漁を取り止め、吹浦から酒田北港までの近場で行うbelgianoyster.jpg岩ガキ漁に切り替える漁師が多いのだそう。宮城の志津川湾や岩手の陸前高田などの南三陸と三重の志摩半島などのリアス式海岸地域や、鳥取の隠岐島などで最近は一部養殖が行われている岩ガキですが、おもに日本海側沿岸の水深5mから15mほどの岩礁に自生しています。産卵期に入る前の6月から8月中旬までが鉄、亜鉛などのミネラルとタウリン、グリコーゲン、ビタミンB類などの栄養分が最も豊富な旬となります。甘味が強く、「海のミルク」とも形容される濃厚な旨みの塊である岩ガキは、私にとって唯一生食がOKなカキです。江戸期に養殖が始まった松島湾から牡鹿半島を経て気仙沼・唐桑に至る東日本最大のマガキの産地に居ながら、生ガキだけはNG。

【Photo】ヨーロッパでは、夏にも生食されるマガキ(上写真)
サンマロ湾に遠浅の海が広がるカンカルは、カキ養殖が盛んなフランス北部のブルターニュやノルマンディー地方の中でも重要な産地。干潮時にはこうして岩場一面に広がるカキの養殖棚が現れる(下写真)

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 仙台と姉妹都市になっているフランス・ブルターニュ地方の街 Renne レンヌの北方60km、サンマロ湾に面した港町 Cancale カンカルでは、1960年代に発生した寄生虫による病気で死滅しかけた「ヨーロッパヒラガキ(別名:Belon ブロン)」の代わりに、宮城県から輸入したマガキの養殖が盛んになりました。いまや浜辺に並ぶ屋台で売られている主流はヒラガキではなく、宮城県からフランスに帰化したマガキ(Photo左側。右手前はブロン、右奥はムール貝)たち。そう思うと親しみがわいてきますが、いかんせん苦手なことには変わりません。

Oyster_Belon.jpg【Photo】脚付きの養殖棚でカキを育てるカンカルの漁師

 一般に「R の付く月以外は食べるな」とされるカキですが、ヨーロッパでは年間を通して生で食べます。5月にベルギーの首都ブリュッセルにある魚介料理専門レストラン「Rugbyman ラグビーマン」(→変な名前だ)で、希少なブロンを食べた時もそうでした。美食の都ブリュッセルでも評判のオマール海老をはじめとする魚介料理に定評あるこの店。殻付きで大皿に盛られてレモンを添えて出てきたのは、丸く平たい形状の「フランスガキ」とも呼ばれる希少なブロンでした。その時も一個だけを白ワインで飲み込んだだけで、あとは狂喜しながらそれを頬張るカキ好きの連れにすべて差し出しました。

 鮮度は抜群でも、私にとって問題は生食で顕著に感じるカキ特有の石灰質のヨード香。それを嗅ぎ分けると、いかにそれが新鮮だろうとダメなのです。 ┐(´~`;)┌ 前世がイタリア人だからフランスと名前が付く食材に拒否反応が出るわけではなく(笑)、イタリアでも主に南部のシチリアやカンパーニャ、プーリアなどの海沿いの地方では「Ostrica オストリカ(=カキ)」を生で食べます。南イタリアの海沿いのリストランテには「Frutti di Mare フルッティ・ディ・マーレ(=「海のフルーツ」の意)」なる料理があり、カキを Muscoli ムスコリ(=ムール貝)やMoscardino モスカルディーノ(=イイダコ)などの海の幸とともに、ソレント産の大振りなレモンをぎゅっと搾って「Greco di Tufo グレーコ・ディ・トゥーフォ」や「Fiano di Avellino フィアーノ・ディ・アッヴェリーノ」といった地ブドウを使用した白ワインとともに頂きます。

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【Photo】
「イタリア版・舟盛り」といった風情の(?)「フルッティ・ディ・マーレ」。さっとボイルしたイイダコや貝類など鮮度抜群の海の幸は、まさに海の果実。ナポリ湾に浮かぶ地中海の楽園・カプリ島のリストランテLa Capannina で

 2005年8月に山形県庄内町の響ホールで開催された「庄内国際ギターフェスティバル」にイタリアが生んだクラシック・ギター界の巨匠、オスカー・ギリア氏が参加しました。この時、休日返上で歓迎レセプションの料理を提供したのが、アル・ケッチァーノのスタッフの面々。師匠にあたるマエストロとの息の合った演奏を披露した日本のトップ・ギタリスト福田 進一氏ともども、トスカーナ州の港町Livorno リヴォルノ出身だというオスカー・ギリア氏は、岩ガキのケッカソース風味に「Ottimo!(=サイコーっ!)」と言いながら、むしゃぶりついていました。ホームシック気味だったマエストロ・ギリア氏は、この夜の料理にいたく感激し、一気に活力を取り戻しました。さすがは岩ガキ、強壮効果バッチリ!

 庄内地域における岩ガキのトップブランドは吹浦産ですが、全国で最も漁獲量が多いのは秋田県にかほ市象潟(きさかた)です。象潟産の岩ガキは、吹浦同様、品質においても一目置かれる岩ガキのトップブランド的存在。そこには、秋田・山形県境の海岸線から一気に2,236m の高みまで聳え立つ鳥海山の存在が大きく関係しています。亜熱帯性気候に属する鹿児島県屋久島の山岳部における年間 10,000mm の降水量をはるかに上回る 20,000mm もの年間降水量があるとされる鳥海山。降り注ぐ大量の雨水や雪解け水には、ブナなどの広葉樹の腐葉土層を浸透する際にosagawashimizuba.jpg水溶性のタンパク質や炭水化物が溶け出します。地中の火山性土壌からは、鉄分やケイ酸、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどが取り込まれ、豊富な地下水となって人里へと下りてきます。生物にとって欠かせない栄養分をたっぷりと含んだ伏流水は、地上はもちろん、象潟から遊佐にかけての海中にも湧き出してきます。

【Photo】にかほ市小砂川集落にある共同水場「小砂川の清水場(しみずば)」。上写真の水場の奥に水神の石碑が祀られた湧出口(下写真)がある。鳥海山南側に湧く「さんゆう」や「神泉の水」「滝ノ水」などの柔らかな水と比べると、硬い金属的なきりりとした味がする

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 植物性プランクトンを含む伏流水が海中に湧き出す岩礁には、多くの動物性プランクトンが集まってきます。漁師の話では、岩ガキもそうした場所に多くの群生が見られるといいます。卵から孵化した幼生は、やがて稚貝となって岩場に張り付き、5年、10年と時間をかけて育ってゆきます。象潟周辺では6月に漁が解禁される小砂川(こさがわ)漁港を除いて、7月と8月に岩ガキの漁期が限られます。生育に時間がかかる天然岩ガキの資源保護のため、各漁協では、素潜りで漁を行う漁業者一人当たりの一日の捕獲数を200個までと定めています。岩ガキ好きに言わせると、岩ガキの産地ブランドとして名高い象潟のなかでも、小砂川の岩ガキは身が肥えて一段と濃厚なうまみが詰まった絶品なのだとか。

 にかほ市象潟にある道の駅・象潟「ねむの丘」を夏に訪れると、大人の足の大きさほどもある優に10年以上は経たと思われる岩ガキを目にすることがあります。そこからR7を南下、本州の日本海側で唯一のウミウの営巣地がある大須郷(おおすごう)海岸から小砂川と山形県境の三崎公園を経て、岩に穿った羅漢像が奇観を呈する「十六羅漢」を過ぎると辿り着く吹浦湾にかけては、鳥海山の稜線が切り立った岩場となって海へと続いています。この周辺には、「奥の細道」で松尾 芭蕉が辿った北の果てとなった象潟への途中、雨宿りをしたと伝えられる「福田の泉」や、飲用水と生活用水として大切にされている小砂川集落の「小砂川の清水場」、遊佐町女鹿集落の「神泉(かみこ)の水」など、多くの湧水スポットがあります。それは海の中でも同様のことです。

【Photo】遊佐町女鹿の「神泉の水」。8月上旬、体にすぅーっと沁み込む非常に口当たりの良いこの湧き水を汲むためそこを訪れると、水槽の中にはスイカなどと共に岩ガキが(緑のネットの中)

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 そうした中には、神泉の水のように湧出口から順に、飲用、スイカなどの食べ物の冷却用、洗い物・洗濯用にと高低差をつけた水槽で区切られている水場があります。鳥海山周辺の海辺にある水場では、湧水の中に捕獲した岩ガキを入れておく場面に出くわすことがあります。海の生物である岩ガキを真水に入れておいて大丈夫なのかと思い、居合わせた地元の方に岩ガキを湧水に浸けておく理由を尋ねました。すると、「夏でも冷たい湧き水は鮮度保持の冷却保存に適しているからね」という答えが返ってきました。海中に湧き出す水温10℃前後の伏流水は、前述の通りミネラル成分などの栄養分が豊富。そうした汽水帯を好み、持久力の源となるグリコーゲンがもともと豊富な岩ガキにとって、そこは居心地の悪い場所ではなさそう。長期間は無理にしても、数日程度は全く問題ないとのこと。恐るべし、湧水パワー。

 日仏伊とカキを生食する場合は、レモンを添えて出てくるのが一般的でしょう。フランス文化圏では刻んだエシャロットを薬味にしたワインビネガーソースで食べることもあります。いずれにせよ、至ってシンプルな調理法です。かたや食材の宝庫・庄内をフィールドに奥田シェフが編み出したアル・ケッチァーノ夏の定番メニューといえば、私がリクエストした「岩ガキの鳥海モロヘイヤ・ケッカソース風味」です。本来「Salsa di Checca ケッカソース」は、甘味の強いフレッシュトマトを湯剥きしてダイスにカットし、みじん切りしたニンニクとバジルを加え、オリーブオイルと塩コショウで味を整えるのが基本。通常は冷たいソースで、さまざまなイタリア料理に使われます。面白いことにCheccaという単語は、男性の同性愛者、いわゆるオカマを指すイタリア語です。 なぜに冷製トマトソースの名前が「オカマソース」なのかなんて、ワッカンナイわよ(何故かオネエ言葉(*^.^*)

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【Photo】今シーズンの初物「吹浦産岩ガキ鳥海モロヘイヤのケッカソース」はアル・ケッチァーノ夏の定番スペチャリテ。岩ガキとしては幾分形は小ぶりながら、ぷっくりとした身には日本海の旨みがたっぷりと詰まっている

 鳥海山の森と水と海の恵みといえる新鮮極まりないプリプリの吹浦産岩ガキ。アル・ケッチァーノのケッカソースに使われるトマトは、6月末から地元の契約農家、井上農場の大玉種「麗夏(れいか)」が登場します。ビニールハウスの中で赤みを増し糖度が上がるまで樹熟させる井上さんのトマトは、甘いだけで水分が多い昨今のトマトとは一線を画す両者のバランスの良さが身上。もぎたてをかぶりつくと、トマト特有の青みを伴った甘く目の詰まった果肉が口の中で弾けます。うま味が凝縮したその味わいは月山水系のブナ原生林に端を発する栄養分をたっぷり含んだ梵字川の水と、夏の庄内特有のカラっと晴れ渡った空から降り注ぐ太陽の味。

 アル・ケッチァーノでの食事前に訪れた井上農場のハウスでは、トマトの黄色い花が咲き、青い実が付き始めたばかりでした。トマトと好相性のバジルの代わりにケッカソースに使われるのは、岩ガキが育つ遊佐町の鳥海山麓で栽培されたモロヘイヤ。ニンニクは用いずに、香りに高貴さをもたらすセロリとエシャロットが華を添えます。素材の持ち味を活かすため、個性が強いエキストラ・ヴァージン・オイルではなく、穏やかなピュアオイルを加えて最後に微量の塩で味をまとめます。モロヘイヤの粘りがトロトロのミルキーな岩ガキと一層の一体感を生み出します。

 ぷっくりとしたMade in 鳥海山な岩ガキが主旋律を奏で、オリジナルレシピのケッカソースが副旋律となる見事な対位法。その甘美な調べにトロけてください。(※記述は2008年夏時点)


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2008/04/20

春を告げる雪形

鳥海山の種まき爺さん

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【PHOTO】秋には鮭が遡上してくる清流・洗沢川沿いに60本のソメイヨシノが咲き揃う。視線の先には多くの水の恵みをもたらす鳥海山が残雪に輝く

 先週末の風雨で仙台のソメイヨシノはあらかた散ってしまいましたが、今が盛りの桜を愛でに鳥海山に端を発する清流 洗沢川が流れる山形県飽海郡遊佐町をこの週末訪れました。同町高瀬地区の洗沢橋から下流にかけては、川沿いに樹齢50年ほどのソメイヨシノの見事な並木が続いています。これは昭和33年の皇太子ご成婚を記念して地元の方たちの手で60本が植樹されたものだといいます。眼前には雪を頂く鳥海山が迫り、今を盛りと咲き誇る桜と花弁が川面に浮かぶ洗沢川には、風を受けて泳ぐ鯉のぼりがかかります。それはそれは絵のように美しい風景でした。

yunosawa1.jpg【PHOTO】次から次へと水を汲みに人々が訪れる湯ノ澤霊泉。湧水の里・酒田市八幡地区の入浴施設「ゆりんこ」のすぐ手前にある 

空模様は花曇りながら、そこを訪れた日の酒田の最高気温は17.8℃と春爛漫の陽気。鼻腔をくすぐるのは甘い春の花の香りかと思いきや、雨上がりの湿気を含んだ風に乗ってどこからともなく漂ってくるのはなんとコヤシの臭い!!(爆) 「ん?」と、堤防の向こうに広がる田んぼに目をやると、そこではトラクターが堆肥を散布中。田植えに向けた田おこしの準備が始まっているのでした。一部の圃場では、すでに水張りが始まっており、そこでは土中から這い出してくる虫を狙うシラサギやウミネコの姿もありました。

 海鳥たちはどうやって海辺から離れた位置にある水張りをする田んぼの存在があることを知るのだろう? ...そんなことを思いつつ向かった先は、1995年に国土庁が選定した「水の郷百選」に庄内地方からは遊佐町と共に選ばれた旧八幡(やわた)町(現・酒田市)の湧水「湯ノ澤霊泉」でした。緑が広がる八森自然公園の裾野にある温泉施設「ゆりんこ」の手前にあるそこは、庄内では知らぬ人のいない名水スポットです。

yunosawa2.jpg 【PHOTO】 こんこんと清らかな伏流水が湧き出でる給水口には苔がびっしり

 二基の水汲み場からは、年間を通して水温10℃の豊富な水が音をたてて溢れ出しています。ここは水汲み場が屋根で覆われているため、たとえ雨降りの日でも水を汲むのに重宝します。すぐ隣にある入浴施設「ゆりんこ」の湯上りに水分補給のため立ち寄るのもいいでしょう。古来から不老長寿の水として、飲用や炊飯用にと、さまざまに用いられてきたこの水を求めて、近隣から訪れる人がこの日も後を絶ちませんでした。yunosawa3.jpg 鳥海山南側に数多く存在する湧水は、口当たりの優しい軟水が多いのですが、この水は輪郭のはっきりしたクリアな印象が最初あるものの、喉を過ぎると口の中に甘さが残る美味しい水です。我が家では冷水でそのままは勿論のこと、カッフェや料理・炊飯にとオールマイティに活躍する霊泉の名に恥じぬこの水。20リットル容量のポリタンク2つに詰めて車に積み込みました。

【PHOTO】 豊富な湧水がほとばしり出る二つの水汲み場が整備された湯ノ澤霊泉。車のアクセスがよいことから訪れる人が引きも切らない人気の湧水スポット

 ポリタンクの水がチャッポンチャッポン、両出し4本のマフラーからは官能的な重低音。そんな絶妙な(?)和音を奏でる alfa Brera で「庄内こばえちゃライン」を南下すると、「刈屋梨」の産地で名高い酒田市刈屋地区に差し掛かります。そちらでも名産の幸水をはじめとする梨の樹の手入れが始まっていました。ちょうど白い可憐な梨の花がほころび始めたところ。その目線の先に聳える鳥海山南側の山肌には、右向きに腰をかがめて種まきをする農夫の形をしていることから、田植えの準備を始める目安とされる種まき爺さんとして地元で知られる雪形が姿を現していました。

kariyachoukaisan.jpg【PHOTO】 鳥海山の山肌に種まき爺さんが姿を現す頃、白い梨の花がほころび始めた刈屋梨の産地、酒田市刈屋地区。日光川と荒瀬川が水はけのよい肥沃な土壌をもたらすこの地では、明治初期より梨の栽培が盛んで、刈屋梨はトップブランドとして君臨する

 自家栽培する無農薬農産物を無添加の漬物なんと希少なことよ! )に加工製造する「月山パイロットファーム」の相馬 一廣さん宅に「ハリハリ大根」と「民田茄子からし漬」を購入しようと途中で立ち寄った折、「父は稲の種まきで近くの共同作業場に出払っています」と娘さんに言われたっけ・・・。連作障害の出ない輪作による資源循環型農業のパイオニアでもある相馬さん。農機具や作業用トラックはBDF(バイオディーゼル)車ですが、休日には1,390kg のボディに3.2 リッターDOHC4バルブV6エンジンを搭載し、250馬力を発生させるalfa147GTAを駆るやんちゃな一面も持ち合わせるお方。

【PHOTO】 岩手山の頂きに翼を広げた格好の鷲が現れる頃、寒さ厳しい南部の地にも遅い春が訪れる
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  古来より農作業などの人々の暮らしと深く結びついた「雪形」が各地に伝えられてきました。津軽富士こと青森の岩木山には、「ツバメ」「下りウサギ」ほか30あまりの雪形が伝えられています。岩手県盛岡市からは岩手山の頂きに翼を広げた「鷲」が現れます。

 宮城県でも栗駒山の名前の由来とされる駒形の模様や、蔵王の水引き入道が良く知られています。雪形とは、残雪と山肌のコントラストが描く文様をさまざまな物に見立てて、名前を付けて呼び習わしてきたもの。地球温暖化の影響で年々その雪形が現れる時期が早まっているそう。熱いラテンの血がたぎるアルファロメオと環境負荷が少ない天ぷらの香りがする作業用BDFトラックを颯爽と乗りこなす月山のエコファーマー。芯が通ったその人の生きざまと、春の訪れを告げる鳥海山の種まき爺さんの姿がどことなく重なって思えました。

gassannpilot.jpg 【PHOTO】月山パイロットファーム製「ハリハリ大根」(右)。細かく刻んだ干し大根に青大豆・ニンジン・赤唐辛子を混ぜ、醤油・砂糖・日本酒で味付け。自家栽培するダイコンで作ったハリハリ漬けは歯ごたえも良く美味。同「民田茄子からし漬」(左)。鶴岡市民田地区に伝わる在来野菜「民田ナス」を酒粕と砂糖・塩・和辛子の粉末で漬け込む。日本で唯一、自家栽培する和辛子を漬物で使用。漬物本来の味を教えてくれる逸品

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2007/08/01

海に湧く山の水

大自然の水循環を目撃する海辺@遊佐町釜磯

 今日8月1日、東北地方もようやく梅雨明けしました。これからが夏本番です。週末は海へ繰り出す方もおいででしょう。そこで今回は、ちょっと珍しい浜辺へとご案内します。目的地は前回同様に鳥海山のお膝元です。

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【Photo】夏をクールダウンするならココが一番。ひんやりした鳥海の伏流水が海辺に湧出する遊佐町吹浦の釜磯海水浴場

 独立峰ながら東北で二番目の高さで聳える鳥海山は、山自体が海から吹く風の障壁となります。そのため山頂から中腹付近は雲に覆われることが多く、出羽富士といわれる秀麗な全容をなかなか人目にさらさない山でもあります。
 
 山麓に降り注ぐ大量の雨水は、腐葉土層のフィルターを通して地中に滲みこんでゆきます。その栄養分を含んだ伏流水は、コニーデ式の円錐型の形状をした鳥海山の裾野が広がる秋田・山形の各所に湧き出しています。漏斗(ろうと)を伏せたような形をした鳥海山は、山自体が水の"ろ過器"と言ってよいでしょう。

 鳥海山の伏流水は、比較的短い期間で地上に湧き出すのでは?と見る向きがあります。この山の岩石組成は、ほとんどが溶岩が冷えて固まった安山岩です。前回述べたとおり、鳥海山の局地的な降水量は熱帯雨林地帯並み。この豊富な水が地中に滲み込み、標高 2,236mの高みから急峻な火山性の土壌の中を通ってくるため、その水には、地中のカルシウムやマグネシウムなどのミネラル成分がじっくりと浸潤することはありません。そのため、鳥海山周辺の湧水はミネラル成分が比較的少ない硬度の低い軟水となります。
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【Photo】釜磯の砂浜には多くの湧水口があり、長い時間は手足を浸していられないほど水温が低い伏流水が湧きだしてくる

 日本海に面する鳥海山の西側では、その稜線が海岸線まで伸びているため、多くの湧水スポットが海沿いに存在します。その中でも秋田県にかほ市の長磯や山形県飽海郡遊佐町の釜磯では、砂浜に豊富な湧水が湧き出ています。その海域では、海中にも地下水が湧き出しているといいます。夏には海水浴場となる釜磯ですが、湧き水の温度は10℃あまりと冷たいため、湧水が海に直接流れ込む付近の海水はひんやりとしています。
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【Photo】 ひんやりとした湧水が砂浜に流れを作って海へと流れ込んでゆくさまは、大自然が営む水循環そのもの

 釜磯の湧水口は砂浜だけでも20箇所以上は認められます。湧き出す水量はそれぞれ異なりますが、水脈が固まっている大きな湧水口には近づかないほうが得策です。なぜなら絶えず砂を巻き上げているその窪みは思いのほか深く、うっかり足を入れようものなら、あっという間に膝のあたりまで沈み込んでゆきます。そうなると大人でも簡単には抜け出せません。ちょっとした"底なし沼"のようなそこは、小さなお子さんには危険を伴うかもしれません。

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【Photo】浅瀬の岩には食べられた形跡のある岩ガキも。密漁はご法度ですよ(^ ^;)

 さほど広くはない砂浜には、活火山・鳥海山の噴火によって吹き飛ばされた岩が点在しています。そうした岩と砂の間からも水がこんこんと湧いているのが見て取れます。湧水が流れ込む浅瀬にある岩の表面には、小さな岩ガキがびっしり。波打ち際からやや離れた砂浜に湧き出した水は、そのまま砂浜に水路を刻む小川となって海へと流れ込んでゆきます。その水路には湧出口から湧き出す水によって、地下から粒子の細かな砂鉄が吐き出されるため、黒い砂鉄が描き出す筋が幾つもできています。
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【Photo】水が滲み出してくる砂浜の一角には、砂鉄が黒い流紋を作る

 砂浜を挟んで両脇の岩場からも水が湧いており、場所によってはすくって飲むことも可能。すぐ目の前は海なのですが、岩の隙間から湧き出す水に塩辛さはありません。なぜか北側と南側の岩場では水の味が異なるように感じます。

 先日、釜磯海水浴場を訪れた際、湧水口に缶ビールやスイカを冷やしておく人を見かけました。確かにひんやりと冷たい湧き水は天然の冷蔵庫代わりになってくれます。ただし、水量が豊富な場所は避けたほうがよいでしょう。さもないと、せっかく冷した飲み物が泳いでいる間に流されていってしまいますので。(笑)

 車を運転していた私は、冷えたビールをおいしそうにあおる連れを横目に、この時とばかり岩場の湧き水を飲んでみました。砂浜の入り口(北側)に近い大きな岩裾から湧き出すひんやりと冷たい水は、まぶしい陽射しで火照った体をクールダウンするにはもってこい。しかも鳥海の湧水の例にもれず口当たりの柔らかな軟水で、なんとも贅沢な気分になりました。地元の事情通に言わせると、ほんの微量ながら海水が混じり込むといわれる釜磯の水は、ミネラル成分が増してカラダにも良いのだとか。
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【Photo】岩の隙間から流れ出す鳥海山の湧き水は冷たくまろやかな味がする

 こうして海辺に湧き出す釜磯の水は、直接目の前の海へと戻ってゆきます。その水はもともと日本海の水だったもの。太陽によって暖められた海水が蒸発して雲となり、雪や雨となって陸地に降り注いだ後、地中に滲み込んだ伏流水となって、地上に湧き出してきます。

 釜磯は水が循環する大自然のメカニズムを目のあたりにすることができる稀有な場所なのでした。


◆追記◆

 釜磯を訪れた際に立ち寄りたいのが、すぐ近くの名跡「十六羅漢」前にある「サンセット十六羅漢」。ココのイチオシは「夕日ラーメン」(650円)。味の決め手は酒田沖に浮かぶ飛島で捕れたトビウオのダシが効いた上品なスープ。縮れた細麺と澄んだ醤油系スープの相性はバッチリ。トッピングは加熱すると鮮やかな緑色を呈する地元吹浦産のアオサ。磯場に育つミネラルたっぷりのアオサが加わってすっきりとまとまる。仕込みに使うのは、すべて鳥海山の湧水だという。
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 対馬海流に乗って日本海を北上してくるトビウオは、庄内沖が北限。酒田の沖あいに浮かぶ飛島では、初夏が漁期となる。頭と内臓を除いたトビウオを浜で炭火焼にしてから一週間ほど天日干しにして作る「アゴ(⇒トビウオの別名)の焼き干し」は、庄内の食事に欠かせない食材。

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 加えて夏の庄内浜のオススメは岩ガキ。海中に伏流水が湧き出る吹浦産岩ガキは、庄内浜でもとりわけ美味とされる。滋養豊かな湧水が湧き出す付近に群生が見られる岩ガキは、低い水温のために、ゆっくりと成長して濃厚な旨みが凝縮してゆく。何を隠そう、カキ特有のヨード香が苦手な私は、三陸産の生ガキは残念ながらNG。しかし庄内浜の獲れたて新鮮な岩ガキは、カキの種類が違うためか、苦手な香りが全くせず、ミルキーな甘味すら感じさせ非常に美味。三陸のカキがダメでも岩ガキならいけるのは、「庄内系」なるがゆえか?(爆) 私同様、生ガキが食べられないという会社の後輩も岩ガキならば全然オッケーだという。優雅な一人暮らしの彼女は、夏に庄内を訪れると必ず殻付きの岩ガキを実家用と自分用にそれぞれ箱買いしてくるそうな。

 国道7号線沿いにある「道の駅 鳥海 ふらっと」では、旬の岩ガキを店頭で食することができる。ひときわ大きな「スーパージャンボ」は、およそ8年の間、海中で育ったものだという。目の前で殻を開け、サッと水洗いされたプリップリの岩ガキを口にほお張ると...。 おっと、ヨダレが。

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 ◆サンセット十六羅漢 :山形県飽海郡遊佐町大字吹浦字西楯7-30
  TEL 0234-77-3330 (元旦以外無休・P有り)

 ◆道の駅 鳥海 ふらっと :山形県飽海郡遊佐町大字菅里字菅野308-1
  TEL. 0234-71-7222 (元旦以外無休・P有り)
   URL. http://www2.ocn.ne.jp/~furatto/index.html

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2007/06/24

命の水・牛渡川

 地球上に生命が誕生したのは、およそ35~38億年前のこと。その奇跡の舞台となったのは原始の海でした。以来、生命は栄枯盛衰を繰り返しながら地球という恵まれた環境のもとで進化を遂げました。それでも、進化の頂点に位置する人間ですら、水がなくては生きてはゆけません。

 この世に生を受けたばかりの新生児は、体の組成の80%が水分です。成人ではその割合が60~70%となり、加齢と共に50%を割って、やがて人間は土に帰ります。水は生命の源であり、象徴なのです。そんな水と生命のつながりを示す象徴的な光景と出合える場所をご紹介しましょう。

  choukai.jpg【photo】出羽富士の異名をもつ秀峰・鳥海山は、暮らしを支える豊かな水をもたらしている

 秋田県境に近い庄内平野の最北端、山形県飽海郡遊佐町を流れる月光川(がっこうがわ)の支流のひとつが牛渡川(うしわたりがわ)です。全長4キロあまりの小さな川の眼前には万年雪を頂く鳥海山が聳えます。山頂付近の降水量が、年間20,000㎜と熱帯雨林帯に匹敵する鳥海山。北西から吹きすさぶ猛烈な冬の季節風によって南東側山頂付近の積雪量は、多い時で50mにも及びます。そうした大量の雨や雪がブナなどの広葉樹林帯の腐葉土を通して地中に滲み込んで、滋味豊かな伏流水となり、やがて地上に湧き出してくる湧水箇所が鳥海山周辺には数多くあります。

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【photo】山頂付近に雲がかかる鳥海山とその伏流水からなる牛渡川
 

 牛渡川の特異性は、水源が鳥海山の清冽な湧水であること、そして流域の川岸いたるところから伏流水が湧き出していることです。その水は、日本海で発生した水蒸気が雲となって鳥海山麓に降り注ぎ、数年から数十年をかけて地中で磨かれて地表に湧き出したものです。湧水だけでできている稀有な流れは、ほどなく月光川に合流して再び日本海へと流れてゆきます。水温は年間を通して10℃前後と一定のため、外気温が高い夏には川面から霧が発生して、木洩れ日を受けて林の中を流れる牛渡川は、より神秘的な表情を見せます。
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【photo】梅花藻の大群生が流れにゆらゆらと漂う牛渡川。水温が低いため夏には川霧が発生することが多い。湧水の町・遊佐ではこのような環境が人里のすぐ近くに保たれている

 山全体が水の濾過装置ともいえる鳥海山は、稜線が海岸線にまで伸びるため、湧水箇所は地上だけにとどまりません。遊佐町吹浦(ふくら)周辺の海辺や海中にもカルシウムやマグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラル成分を含む地下水が湧き出します。そのため、その海域はプランクトンが豊富で、吹浦周辺の岩礁に育つ岩ガキは、栄養価が高く、生で頂くプリップリなそれは、ミルキーなコクがあってとりわけ美味...おっと、話題がそれました。話を戻しましょう。

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【photo】乳白色の川霧に包まれた牛渡川のゆるやかな流れには、石菖藻と梅花藻が群生する

 牛渡川の中流域には梅花藻(バイカモ)が見られます。その大群生が見られるのは、鮭の人工孵化に取り組む同町箕輪地区の鮭漁業生産組合が運営する箕輪鮭孵化場のすぐ上流。梅花藻は水温15度前後の渓流や湧き水などの清らかな水環境のもとでしか生育しません。この沈水性の多年草は6月末から夏にかけて、エゴノキのような白い可憐な花を咲かせます。
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 【photo】川面に咲く梅花藻の花.。水があまりに透明なため、流れが緩やかな場所では、花が風に吹かれているかのような錯覚に陥る

 川辺に立って眺める流れは、水自体の存在を忘れさせるほど清らか。透明度の高さゆえ、流れにたゆたう梅花藻が風に吹かれて揺れているかのように錯覚するほどです。その藻の陰には、環境省が絶滅危惧種に指定しているハナカジカやカンキョウカジカなどの、極めて清らかな水にしか棲息しない淡水系のカジカが潜んでいます。

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 【photo】深閑とした森の中に現れる丸池。光の具合によって、色合いを変えるこの沼は、「丸池様」と地元では呼ばれている

 石菖藻が漂う緩やかな流れをたどってゆくと、鮭の供養塔が建つ箕輪鮭孵化場の採補場に辿り着きます。その裏手には「丸池様」と呼ばれ地元で信仰を集める池が原生林の中にひっそりと広がっています。水深が3.5mというエメラルドグリーンに輝くこの沼の水源も全て鳥海山の伏流水なのだとか。

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 【photo】鳥海山中腹のブナの古木。裾野にもたらされる湧水は豊かな山の恵みにほかならない 

 高度成長期に伐採された鳥海のブナ林を甦らせようと、NPO団体の人々が山の中腹でブナの植林が進めているのと同様、上流から流れてくる針葉樹の葉などが沈殿したり、雑藻が繁殖して水質が悪化しないように地区の皆さんが晩夏に川底の清掃をしています。その際にいったん藻が刈り取られるため、9月初旬にそこを訪れても、繁茂する梅花藻を見ることはできません。水の恵みの価値を知る人たちの地道な取り組みが、牛渡川のシンボルを守る一助となっているのです。

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 【photo】昼なお薄暗い杉林の間を静かに流れる牛渡川。川辺の岩の間からは絶え間なく水が湧いてくる

 杉林が鬱蒼と茂るさらに上流帯では、護岸工事がされていないため、あちこちの岸辺から水が湧き出ている様子を見ることができます。湧出口から出てくる水をペットボトルですくって口に含むと、ひんやりと冷たく口当たりの柔らかな軟水であることがわかります。非常にゆったりとした流れのため、水が湧き出す涼やかな音がそこからは聞こえてきます。さらに上流域に遡ると、鳥海ブルーラインに沿って岩場が続く沢へと姿を変えてゆきます。
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 【photo】春3月。「箕輪鮭孵化場」前の牛渡川には数万尾の鮭の稚魚が群れていた。彼らの中のほんの一握り、0.5%の鮭だけが生まれ故郷のこの川におよそ4年を経た後に戻ってくる

 3月から4月上旬にかけて鮭の稚魚が放流される時期、そして10月下旬から年明けにかけての遡上の季節、月光川水系の河川では生命のドラマが繰り広げられます。オホーツク海やベーリング海を回遊した後、誕生後4年あまりを経て日本沿岸に戻ってくる鮭。母なる川へ鮭たちが戻って来ることができるのは、水の匂いを記憶しているからだということが近年の研究で明らかになってきました。産卵のために上流まで遡上した鮭は、川底に作った産卵床に産卵・放精後、受精卵を守るようにそこへしばらく留まりますが、ほどなく力尽きて生涯を終えます。冷たい流れに漂う遺骸は、やがて誕生してくる稚魚たちが大海へと下ってゆく力を得るための餌となり、新たな生命へと受け継がれてゆきます。
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 【photo】鳥海山頂が雪を頂いた11月初旬。自然産卵を終え、命尽きた鮭の遺骸が月光川の浅瀬に漂っていた(写真右下)。背景は中腹まで雪で白くなっていた鳥海山の稜線。もうすぐ里にも雪が降る

 牛渡川は、水の循環という大いなる自然の摂理の中で生命が生かされているということ。命には限りがあるものの、世代を超えてやがて再生してゆくこと。そうした輪廻転生を繰り返してゆく命の営みの尊さを教えてくれるのです。

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