あるもの探しの旅

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2017/07/02

土佐日記風 会津日記 【喜多方編】

じもてぃもすなる あさらーといふものを
しょういたもしてみむとてするなり
【現代語 意訳】喜多方市民も食する 朝食ラーメンというものを庄イタも試みてみた


土佐日記風 会津日記 【大内宿編】続き

 会津で迎えた二日目の朝は、会津若松から喜多方へ移動するため、R121 会津縦貫北道路を20kmほど北上しました。そのココロは、ズバリ朝ラー〟。つまるところが、ラーメン屋で朝から食するラーメンです。

vista-kitakata.jpg【Photo】喜多方市街地を遠望。さすがはラーメンのまち。事業所からもうもうと立ち上がる水蒸気は、ラーメンを茹でる寸胴鍋から立ち上がる湯気と見まごうほど(笑)

 人口48,000人の喜多方市には、およそ120軒のラーメン店があります。これは人口一人当たりの軒数としては国内最多であろうといわれています。

 1987年(昭和62)、喜多方市内のラーメン店が参加して「蔵のまち 喜多方老麺会」が発足。互いに切磋琢磨し、今日では地域ブランドとして確固たる地位を築いています。2017年6月現在、老麺会には47店舗が加盟しています。

abeshokudo1-kitakata.jpg【Photo】蔵とともに福島県喜多方市の代名詞といえばラーメン。モチモチした太めの平打ち熟成多加水ちぢれ麵は各店共通。醤油・塩・味噌とバリエーションはあれど、店ごとに豚骨や鶏ガラをベースに煮干し出汁のコクがある醤油スープが多数派となる *ロケ地:あべ食堂

 全国平均が5,929円である一人当たりのラーメン年間消費額を県庁所在地別でみると、会津地方とは食文化が幾分異なる福島県中通り地方に位置する福島市(10,917円)は3位に食い込んでいます。ちなみに2位の新潟市(11,900円)を大きく引き離してダントツ1位は山形市(15,622円)。(データ出典:総務省統計局「家計調査結果」平成26年~28年平均)

 山形市周辺では蕎麦屋でもラーメンをメニューに入れている店が珍しくありません。客席がほぼ100%ジモティで占められる平日昼の光景は、完全にラーメン屋(笑)。畑仕事中にはラーメンを畑まで出前してもらい、時に氷を浮かべて麺をすする〝冷やしラーメン〟まで発明してしまう山形市民の並々ならぬラーメン愛に驚愕したのが、山形市で勤務した2003年(平成15)のこと。

abeshokudo2-kitakata.jpg【Photo】蔵の内部が客席として使われている土蔵が左手に建つ「あべ食堂」 ・住所:喜多方市緑町4506 ・電話:0241-22-2004 ・営業時間:朝 7:30~15:00(スープがなくなり次第終了)・水曜定休 ・Pあり ・喫煙可

 県庁所在地ではないため、この統計にはランクインしていない喜多方市民のラーメン好きも筋金入りです。

 そのルーツは、大正末期に中国浙江省(せっこうしょう)から日本へ渡ってきた藩欽星氏が、竹棒で延ばす中華麺を自己流で再現し、屋台で出した〝支那そば〟だというのが定説です。

 喜多方には朝食にラーメンを食べる独自の文化が根付いており、その昔訪れたことがある「坂内食堂」は、チャーシューが麺を覆い尽くす「肉そば」が有名で、なぁ~んと早朝7時に営業開始します。

abeshokudo3-kitakata.jpg【Photo】「あべ食堂」は1960年(昭和35)の創業。朝8時に到着した庄イタが通されたテーブル席と通路を挟んで左側は小上がりの座卓席。ほどなく向かいのテーブル席に一人の男性客が座ると、その次に来店した二人連れは蔵座敷席へと通じる店奥左手へと入って行った

 前稿で述べた通り、庄イタは名物よりも好物に食指を動かす傾向が顕著です。先月の福岡1泊出張では、博多ラーメンを替え玉付きで2回食べましたが、あくまでこれは例外。めったなことではラーメン店の暖簾をくぐることはありません。それでもジモティが集う早朝のラーメン店が、いかなる雰囲気なのか興味がわきました。

 観光客が列をなす昼食時間帯では、純血度が高い朝ラーを知ることはできないはず。そのため、朝食を摂らずに宿を出発。朝ラーを提供する15軒ほどの中から白羽の矢を立てた「あべ食堂」に到着したのが8時ちょうど。

 食べ終えた先客と入口ですれ違ったあべ食堂の客席は、開店後30分にして7割方埋まっています。男女比で7:3ほどの客層は、雰囲気から察するにジモティが8割。店に隣接する蔵は座敷になっており、テーブルと小上がりの客席が一杯になってからは、そちらに来店客を案内していました。

abeshokudo4-kitakata.jpg【Photo】あべ食堂で食した「中華そば」(650円)。ベースとなる豚骨と適度な背脂のコク、昆布出汁の旨味が混然一体となったジンワリ味わい深い醤油スープ。チャーシュー・メンマ・刻みネギがトッピングされ、多加水麺ならではのツルツル&モチモチのちぢれ太麵はスープの絡みが良い

 あべ食堂では、〝より朝食らしくご飯も食べたい〟ラーメンライス派向けに、ライス(大250円・小150円)も用意されます。栄養のバランス的には???な炭水化物×2ゆえ、ライスまでは控えましたが、会津は特Aランクの常連であるコメどころでもあります。健啖家を自認される方はお試し下さい。

〝名物に旨いものなし〟という意地の悪い言い習わしがありますが、あべ食堂の喜多方ラーメンには当たらないことは、この庄イタが保証します。

 こうして人生初の朝ラー体験を完遂。喜多方における次なるミッションは、そう、もちろん〝昼ラー〟(笑)。

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 昼に備え、お腹を空かすために蔵めぐりへと繰り出す前に向かったのが、郊外にある「新宮熊野神社」。晩秋には幹回りが8m近い推定樹齢800年のご神木・大イチョウが落葉し、境内が黄色一色に染まることで知られます。

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 本宮・新宮・那智の熊野三山を主祭神とする本殿への拝殿「長床」(国指定重要文化財)は、朝廷から奥州平定を命じられた源頼義が武運長久を願って1055年(天喜3)に勧請(かんじょう)したのが起源。現在の社殿は平安末期から鎌倉時代にかけての建立と推定され、藤原時代に遡る建築様式の寝殿造りを踏襲しています。

 屋根は寄棟造りの茅葺。幅27m×奥行12mの床面には、およそ3m間隔で直径45cmほどの円柱が等間隔で配されています。

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 壁のない空間に柱が並ぶ拝殿を前にして思い起こしたのが、シチリア・アグリジェント近郊「Valle dei Templi 神殿の谷」に建つ「Tempio della Concordia コンコルディア神殿」(下画像)

 ローマ神話に登場する民族融和を象徴する女神コンコルディアに捧げるため、紀元前5世紀に建立された当時の構造を今に留めるシチリア最大の神殿です。

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 13本のドーリス式円柱が42m幅に並び、19.7m幅のファサードには6本の円柱が配される遺構は、石と木の違いはあれど、庄イタの目には長床と二重写しに映りました。

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 喜多方観光のハイライトは蔵めぐり。1880年(明治13)、市街地中心部の300棟を焼き尽くした大火が契機となり、防火上の備えとして多くの蔵が建てられたのだといいます。もうひとつ〝男子たるもの40歳までに蔵を建てざるは甲斐性無し〟とする地域性が育まれた点も見逃せません。

 そうして競うように建てられた蔵が集中するのが、「ふれあい通り(中央通り)」沿い、そして小田付(おたづき)地区の「おだづき蔵通り」沿いです。

 蔵探訪には、JR喜多方駅前でレンタサイクルをピックアップするか、徒歩でじっくりと街並みを散策しましょう。ラクチン派にはガイド付きベロタクシー(定員大人2名+小人1名・1時間3,000円・要予約☎090-7323-3314)という選択肢もあります。

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 全国でも例を見ないのだという蔵造りの寺「安勝寺」(上画像)を参詣した後、南北に通じる900mほどのエリアに多くの蔵が集中するふれあい通り沿いから蔵めぐりのスタートです。

wakaki-kitakata.jpg【Photo】若喜商店レンガ蔵(国登録有形文化財)1755年(宝暦5)に創業した味噌・醤油醸造元「若喜商店」。昭和初期に建てられた洋風の店舗に接している喜多方では最初に建てられた総レンガ造りの蔵は1904年(明治34)竣工。柿渋による黒っぽい文様が特徴となる稀少な柿材を内装や調度類に使用した「縞柿の間」をガラス越しに見学することができる。・住:喜多方市字三丁目4786 ・Phone:0241-22-0010 ・開館:9:30~16:30(元日除き通年) ・見学無料 ・URL:http://www.wakaki-kura.jp/

kaihonke-kitakata.jpg【Photo】甲斐本家座敷蔵(国登録有形文化財)酒造業から味噌・醤油の醸造業に転じた甲斐家4代目吉五郎が、7年の歳月をかけて1923年(大正12)に完成させた喜多方では数少ない黒漆喰〈2016.11拙稿「Bianco e Nero~ Capitolo Nero ~クラシックな黒漆喰の内蔵」参照〉による重厚な外観。内外装の豪華さにおいて喜多方随一とされる ・住:喜多方市一丁目4611 ・Phone:0241-24-3900 ・開館:10:00~16:00(4月上旬~11月下旬)冬季閉館 ・入場料:大学生以上400円 小中高生150円
 
 若喜商店の蔵にも使用された赤銅色の釉薬レンガの材料となる良質の赤土が産出するのが郊外の三津谷地区。

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 そこは地元で大量に調達できる薪を燃料としてレンガや瓦を焼成するため、大正期に造られた10連房式の登り窯が国内で唯一現役で稼働しています(上画像)。経済産業省から2007年(平成19)に近代化産業遺産として指定を受けています。

mitsuya-kitakata.jpg【Photo】若菜家 農作業蔵 (写真左側)は1910年(明治43)築。1935年(大正10)築の味噌蔵(写真右側)ほか、三階蔵、座敷蔵など明治~大正期に建てられた4棟のレンガ蔵が残る。住:喜多方市岩月町宮津字勝耕作3819 ・Phone:0241-22-9459(若菜農園)・受付:8:00~17:00 ・入場料:中学生以上200円・小学生以下無料

 そうした土地柄だけに、三津谷集落の5軒全てにレンガ造りの蔵がある地区でもあります。

otazuki-kitakata.jpg【Photo】小原酒造 1717年(享保2)創業の醸造元。10代目の現当主が醪(もろみ)のタンクにスピーカーを取り付け、さまざまなジャンルの曲を流す試行錯誤の末、最も納得のゆく仕上がりとなったのがモーツァルトだったのだといいます。平成に元号が変わった年、初めて世に問うた意欲作が「蔵粋(クラシック)」シリーズ ・住:喜多方市南町2844 ・Phone:0241-22-0074 ・営業:9:00~17:00 ・URL:http://www.oharashuzo.co.jp/shop/

 おたづき蔵通りへ移動し、天保年間に創業した味噌蔵「金忠(カネチュウ)」と、趣ある江戸末期の店蔵(国登録文化財)に併設された「豆〇(マメマル)」に立ち寄りました。金忠で試食した旨味たっぷりの「にんにく味噌」を購入後、炭火でじっくり焼き上げた豆腐田楽 & 味噌おしるこで一休み。

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【Photo】金忠 田楽喫茶 豆〇 ・住:喜多方市字寺町2854 

kanechu-kitakata.jpg 喜多方市内のラーメン屋およそ40軒に醤油を卸していた金忠と豆○を訪れた半月後、金忠は廃業を突然発表した。原因は東京電力が200kmも離れた首都圏向けに電気を供給していた福島第一原子力発電所が引き起こした重大事故。事故から6年あまりが経過し、喜多方市と東京都が公表する空間線量の測定値には0.01μGy/h程度の開きしかない。にもかかわらず売り上げを7割も減少させた風評被害が、創業180年の老舗を廃業に追い込んだ。突如届いた不幸なニュースに心を痛めるとともに、安全神話にあぐらをかき、責任逃れに終始する東電の旧経営陣には怒りを禁じ得ない

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 山紫水明の里・会津は、東西を奥羽山脈と越後山脈に、南北は飯豊連峰と尾瀬へと至る帝釈山脈の山々に囲まれた水清き里。

 福島は酒どころ東北6県の中で酒蔵が最も多く、その半数を会津地方が占めています。清冽な水のもとでコメ作りが行われ、そこに人の技が加わることで芳醇旨口の銘酒が作られています。

yaemon-yamatogawa.jpg【Photo】1790年(寛政2)創業の大和川酒造店。酒人自ら自社田で酒造好適米「山田錦」と「夢の香」を減農薬栽培。寒造りの季節限定となるコメの旨味を存分に味わえる生酒「純米しぼりたて弥右衛門」(720mℓ 1,296円)を購入。会津若松訪問初日に鈴木屋利兵衛商店で購入した會津絵の酒器が、柔らかい口当たりの生酒を一層引き立てる

 近年、福島県産酒の品質向上は目覚ましいものがあります。全国新酒鑑評会における金賞受賞数は、最新の平成28年度まで5年連続日本一。人口比で日本一といわれるラーメン屋の数と同様、日本一との声も聞かれる9軒の酒蔵がある喜多方に来たからには、酒蔵訪問もクリア必須のミッションなのでした。

yamatogawashuzo1.jpg【Photo】大和川酒造店 ・住:喜多方市字寺町4761・Phone:0241-22-2233・営:9:00~17:00 元旦除き無休 P40台・URL:http://www.yauemon.co.jp/

 1990年(平成2)に醸造蔵を移転した後の旧仕込み蔵は、酒造り資料館「大和川酒造店 北方風土館」として無料公開されています。

yamatogawashuzo-degustazion.jpg【Photo】北方風土館 利き酒カウンター。この日は定番酒・季節限定品あわせて15本が並んでいた

 蔵の前と風土館の試飲・直売処には、移転前の仕込みで使われていた飯豊山系の優しい口当たりの伏流水が湧いており、20ℓ容量のポリタンクで持ち帰ったのでした。

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 蔵の町を散策しているうちに時刻は13時を回り、そろそろお腹が空いてきました。

 人生初の朝昼続けての2杯目ラーメンは、行列が絶えない有名店「満古登(まこと)食堂」で。日本が戦後の混乱からまだ立ち直っていなかった1947年(昭和22)に創業した古参の店です。

macotoshokudo1.jpg【Photo】満古登(まこと)食堂 ・住:喜多方市字小田付道下7116 ・Phone:0241-22-0232 ・営:7:30~15:00(スープなくなり次第終了)月曜定休・P6台・喫煙可

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 醤油系喜多方ラーメンの代表格とされる店だけあり、長い行列に40分ほど並んだでしょうか。店というよりは民家の座敷といった風情の部屋に通されました。非日常感が希薄な部屋で注文した中華そば(650円)を待つことさらに15分。その日2食目の中華そばが運ばれてきました。

 朝ラーを食べたあべ食堂よりも濃い口の醤油スープは、煮干しと豚骨がベース。ツルシコ系のちぢれ平麺との相性もバッチリ。まさにラーメン好きが好みそうな王道をゆく中華そばでした。

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 バリエーションが多彩なパスタ料理は、朝昼晩と3食続いても全く問題ない庄イタ。こう言っては元も子もありませんが、とりたててラーメン大好きということはありません。2食続けての醤油ラーメンは、正直どう頑張っても胃袋が喜ばない感じ。今回訪れた2店ともに分煙対策をしていない点も気になりました。

 こうして自身の嗜好と適性を再認識した庄イタ。再びラーメン屋を訪れるまでには、丸5ヵ月を要したのです。

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 迷宮のごとき天満で、①たこ焼き屋 → ②お好み焼き屋 → ③ショットバーと3軒ハシゴした5月末の某日。伸縮性に富む鋼鉄の胃袋を持つ事情通に「この足で大阪で一番おいしい焼き飯を食べに行きましょう」と案内されたのが「総大醤(そうだいしょう)

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 酒宴後の〆ラーは、2011年(平成23)10月に酒田でメンズ5名で食して以来。〆ラーを欲しなくなって久しい庄イタゆえ、目的はあくまでも大阪一の焼き飯。同僚とシェアした焼き飯(上画像・スープ付500円)とは別に酒の勢いで醤油ラーメン(下画像・700円)まで注文。肝心の焼き飯を味わう余裕などなく、食品廃棄を増やしてはならじと胃袋に押し込むのが精一杯なのでした。

 こうした経緯ゆえ、自らの意思でラーメン屋に行ったわけではない。そう自分では思っています。

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 序章・会津若松編・大内宿編・喜多方編と、4回にわたってお届けした土佐日記風 会津日記。紀貫之も「つとめての あさげらーめん いと旨し(現代語訳:早朝の朝ごはんラーメンは、とても旨い)」と感想を述べるであろう朝ラーで締めてみました。

 次回からは居を移した食い倒れの町を起点にイタリアを語り続けます。引き続きご贔屓のほどお願いします。

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2017/06/18

土佐日記風 会津日記 【大内宿編】

をとこもをむなもすなる たかとうそばといふものを
しょういたもしてみむとてするなり
【現代語訳】男も女も食する 高遠蕎麦というものを庄イタも試みてみた


土佐日記風 会津日記 【会津若松編】続き

 視座を会津に据えて戊辰戦争を語り、共謀罪法案の審議ひとつを見ても明らかな強権的かつ高飛車な姿勢ばかりが目立つ現内閣の政権運営と、その源流となった明治維新の虚像に斬り込む硬派な内容だった前稿【会津若松編】から一変、今回は食欲全開で突っ走ります。

 欠陥選挙制度の恩恵で棚ボタ的に権力の座に就かれた甚だ心もとない法相や防衛相は言わずもがな。このところ叩けば埃が出まくっている政権与党のセンセイ方に対し、攘夷派が暗殺する相手に向けて発した「天誅!!」などと不穏な言語を弄した前回。

 庄イタは間違っても無差別テロの計画などぜず、暴力的手段で政権転覆を狙うわけでもない〝一般市民〟です。共謀罪の定義が曖昧模糊としたまま、ゴリ押し成立させた共謀罪法案を盾に〝官邸の最高レベル〟のご意向を忖度(そんたく)した警察組織の捜査対象になるのでしょうか ?

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 二泊三日の日程で仙台から会津を訪れた初日の夕飯は、會津郷土食の店「鶴我・会津本店」に目星をつけていました。そのココロは、馬食文化が息づく会津ならではのさくら肉料理と地酒を堪能せんがため。

felice-aizu_2.jpg【Photo】Pizzeria Felice ピッツェリア フェリーチェ ・住所:会津若松市大町1‐2-55 ・電話:0242-36-7666 ・営業時間:昼 11:30~14:00 カフェ14:00~17:00 夜 17:00~22:00 火曜定休 ・URL: http://pizzeria-felice.jp/

 そのため昼は軽く済まそうと、信頼できる某ピッツェリアから、なかなかのナポリピッツァを会津若松で食すことができるとの情報を得ていた「Pizzeria Felice ピッツェリア・フェリーチェ 」に伺いました。好都合にもそこは会津漆器を買い求めた鈴木屋利兵衛商店から徒歩1分と至近。

 通りを挟んですぐ向かいには姉妹店となる「Ristorante Luce リストランテ・ルーチェ(現在一時休業中)がありましたが、夜のみの営業ということでスルー。漆器職人の卓越した技が光る会津絵で目の保養をした後は、美味しいナポリピッツァでお腹を満たそうという算段です。

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 表通りに面した明るく開放的な店内へ足を踏み入れると、ナポリ近郊に工房を構える「Stefano Ferrara Forni ステファノ・フェラーラ・フォルニ」製で、正面に「F」の刻印がなされたライトブルー系+茶系のイタリアンなカラーリングのタイル装飾が施された端正なピッツァ窯が目を引きます。

 店内はカジュアルな雰囲気ながら、調度類を含めてイタリア度が高く、明るく広々としています。オーセンティックなナポリピッツァだけでなく、会津の食材を組み合わせた創作料理も頂くことができるようでした。

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 戦国時代に苗木が中国から日本にもたらされ、会津には16世紀に広まったとされる身不知柿〈2013.12拙稿「会津の橙、身不知柿」参照〉を使った「会津みしらず柿と4種のチーズピッツァ」、会津地鶏+卵+モッツァレラチーズがトッピングされた「会津地鶏の親子丼ピッツァ」、しぜん村の季節野菜+バーニャカウダソース+モッツァレラチーズのトッピング「しぜん村ピッツァ」といった創作ピッツァが、この日はアラカルトでメニューに並んでいました。

 なれど、初めての店では、ナポリピッツァの生命線である生地の出来栄えを知るのに最適なマリナーラを食したいもの。

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 薪窯で焼き上げるバケット、サラダorアンティパスト、ピッツァorパスタ、ドルチェ、ドリンクがセットされるランチセットB(1,500円)で用意される4種類のピッツァにマリナーラは含まれておらず、悩んだ挙句に選んだのは最もベーシックなピッツァのひとつ、マルゲリータ(上)にアンチョヴィをトッピングし、オレガノを散らしたロマーナ(下)。

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 アンティパストのミネストローネに続き、薪の香ばしい香りを漂わせながら運ばれてきたロマーナは、中モチ外パリという生地の食感はお約束通り。

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 会津みしらず柿のジェラートなどのドルチェ3点盛り(上)の後、締めで所望したマシンメードのカッフェ(下)は、ナポリスタイルの王道「KIMBO キンボ」のラインナップで、庄イタがオフィスではエアロプレス〈2010.10拙稿「期待度高し、AeroPress」参照〉で淹れた一杯を愛飲している豆「ナポレターノ」とお見受けしました。

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 こうして会津色が極めて希薄な昼食だった訪問初日。夕食は対照的に会津にどっぷりとハマってみようという寸法です。

〝どこの馬の骨か?〟 などという野暮な質問はご無用。会津産の馬の骨でとった豚骨スープならぬ馬骨スープに馬肉チャーシューが入った「会津馬味噌馬力ラーメン」が売りのラーメン店「馬力本願(バリキホンガン)」ほか、馬肉料理専門店が数多いのが会津です。

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【Photo】鶴我・会津本店 ・住所:会津若松市東栄町4‐21 ・電話:0242-29-4829 ・営業時間:昼 11:30~14:00 夜 17:00~22:00 不定休 ・URL:http://www.turuga829.com/ 

 会津地方の馬食文化は、前回経緯をおさらいした戊辰戦争が発端でした。鶴ヶ城や天守閣の隣接地に建つ藩校「日新館」は、籠城戦における野戦病院としての機能も果たしました。

 長期戦覚悟の籠城に耐えるため、城内に残った5,000名分の兵糧を確保するべく、阿賀川の東側にあたる現在は会津鉄道の南若松駅がある一ノ堰周辺までの鶴ヶ城の南側城下は会津藩が死守。万策尽き白旗を掲げるまで、補給路は確保されていたのだといます。

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 日を追って増えてゆく傷病者に滋養食として奨励されたのが、武家や荷役用に飼育されていた馬だったのだそう。

 越後街道と下野街道が交差し、人馬が行き交う要衝の地だった会津に馬肉が食文化として根付いた背景には、そのような歴史があったのです。

 馬食が盛んな熊本や青森の馬肉は重種馬のため、サシが入ります。一方、会津は赤身肉の軽種馬を肥育。低カロリー&高蛋白で滋養豊富な分厚い赤身肉ヒレ(関西ではヘレ)と、稀少なコウネ(タテガミ)の刺身を辛子味噌を入れた醤油で頂きました(下画像)

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 筋張っておらず、あくまでも柔らかくトロけるような口当たりの赤身ヒレ肉は淡白な味わい。一方、白っぽい脂肪分の塊であるコウネは、まったりとした食感で薄切りでも食べ応えがあるのでした。

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 竹串に刺した焼き豆腐に山椒等の薬味を混ぜた味噌で風味付けした素朴な郷土料理「会津田楽」(上画像)に続いて出てきたのが、「饅頭(まんじゅう)の天ぷら」(下画像)

 柏屋「薄皮饅頭」は、かんのや「家伝ゆべし」、三万石「ままどおる」と並び称される福島土産の定番の一つですが、会津の天ぷら饅頭は、そうした饅頭を油で揚げ、皮がカリカリな和菓子の〝揚げ饅頭〟ではありません。

 会津では天ぷら饅頭をご飯のおかずとして醤油をつけて食するのです。

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 サクサクした衣の中は、こしあんが入った紛れもないお饅頭。醤油の香りが餡の上品な甘さを引き立てます。

 饅頭の天ぷらは、南信州・滋賀・島根にも伝わっていますが、その背景には近江生まれの蒲生氏郷や、信州・高遠藩で育った保科正之など、会津ゆかりの武将が無関係ではなさそうです。〈 ☛ 参考リンク

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【Photo】2013.12拙稿「晩秋の三原色、黄・朱・橙」に掲出した晩秋の氷玉峠を比較の意味で再掲 

 馬肉パワーで元気回復。前回は紅葉の季節に訪れた大内宿を目指して宿を出発したのが翌朝8時。会津若松からのルートは前回同様、会津と日光街道とを結ぶ旧下野街道(会津西街道)通称「大内宿こぶしライン」です。

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【Photo】半年近くお蔵入りしていた冬の氷玉峠。3年前と同アングルで撮影。峠越えをする間、通過する車と一度もすれ違わなかったそこは静寂が支配する氷の世界。間もなく夏至。梅雨だというのに連日のようにまばゆい太陽が照りつけ、明日の予想最高気温が30℃の大阪にいると、この朝の冷え込みが妙に懐かしい

 阿賀川を越え、陶芸の里・会津美里を過ぎる頃には、雪が本降りに。氷玉峠は除雪されておらず、車が通った轍(わだち)すらないヴァージンスノーで路面が覆われています。

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〝雪景色の大内宿を訪れてみたい〟という思いが天に通じたのか、難所の氷玉峠から大内ダムを通過する頃には、視界を遮る激しい吹雪となりました。

 奥会津の山々に囲まれた海抜665mの高地ゆえ、雪深い大内宿にあって、初めての本格的な積雪となったというこの朝。

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「昨日まではさっぱり雪がなかったんですよ。夜が明けたらこうなってました。この程度なら雪のうちには入らないんですけど」

 店頭で漬物を試食がてらお茶を振る舞って下さった開店して間もない「おみやげ処 本家叶屋」のお母さんが教えて下さいました。

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 会津産の花豆を購入後、向かいの土産物店「おみやげ処 本家 美濃屋」へ。代々、名主を務めた江戸末期には本陣に代わって大名行列の休憩宿となった特徴ある家の造りになっています。

 民謡「会津磐梯山」に登場する〝♪朝寝・朝酒・朝湯が大好きで身上(シンショウ)を潰した〟小原庄助も訪れたという東山温泉。会津若松の奥座敷と称されるこの温泉場で作られる素朴な土人形「中湯川土人形」と絵手紙が所狭しと並ぶ店先で気になったのが軒先に吊るされたヨシの束。それは果樹栽培に欠かせない受粉を担うマメコバチの巣なのでした。

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 日本ミツバチよりも一回り小さなマメコバチは働き者。ミツバチの4~5倍の花粉を集めます。よしずの節の空洞部分に産卵、孵化後は花粉団子をエサに成虫となり、春になると羽化します。

 1878年(明治11)、通訳を伴って東北・北海道を訪れ、紀行文「日本奥地紀行(原題:Unbeaten Tracks in Japan)」を著した英国人女性イザベラ・バードが、美濃屋で一夜を過ごしています。

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 2013年秋に大内宿を訪れた時は、当時は猪苗代町にあり、現在は郡山市に移転したイタリアンレストラン「Incontra インコントラ」 を予約していたため、大内宿名物の高遠そばをスルーしていました。

 名物よりも好物に食指が伸びる傾向が顕著な庄イタ。ゆえに今回も会津若松での滞在初日は、昼にナポリピッツァを選択した次第。

misawaya-ouchijyuku.jpg【Photo】大内宿・三澤屋 ・住所:福島県南会津郡下郷町大内字山本26‐1 ・電話:0241-68-2927 ・営業時間:10:00~16:30 年始休1/4~7 ・URL:http://www.misawaya.jp/ 

 信州・高遠(たかとお)藩に預けられ育った保科正之が、信州から出羽を経た会津転封に際し、信州と同じ盆地性気候の会津にもたらしたのが蕎麦。大内宿で長ネギを箸代わりに蕎麦切りを食するのが名物「高遠そば」です。

 会津を訪れた上は、特産の蕎麦を敢えて外す必要はありません。まして極めて特徴的な食べ方をすると聞けば、体験するのも一興かと。

takato-soba.jpg【Photo】鰹節を散らした大根おろしのつけ汁で食する三澤屋の「高遠そば」(1,080円)。インパクト十分な一本ネギは、箸代わりであり、薬味としてかじりながら食するのが会津の流儀。〝ならぬことは ならぬものです〟の一節で知られる会津藩「什(じゅう)の掟」では「戸外で物を食べてはなりませぬ」と戒めている。そこが赴きある古民家の座敷だからといって、また通常では小皿に盛られる薬味の刻みネギが、ド~ンと一本丸ごと大盤振る舞いされたからといって、蕎麦よりも先にネギを食べ尽くしてはなりませぬ

 庄イタの行動規範は〝Quando sei a Roma, vivi come i romani 〟(= When in Rome, do as the Romans do = 郷に入っては、郷に従え)です。

 この一本ネギを箸代わりに使う蕎麦の食べ方は、大内宿の伝統というよりは、観光客向けの感がなきにしもあらず(笑)。ま、固いことは言わずにおきましょう。

 宿で早い朝食は済ませていたのですが、散策する間に推奨の証言を複数得た「三澤屋」の開店時刻10時を待って別腹を発動させたのでした。

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 庄イタの理解として、前世と同じく現世においても、リゾットはフォークで食するもの。ピッツァはナイフとフォークでアツアツのうちに食べるもの。そして蕎麦屋では割り箸を使って食べるもの。果たしてネギ一本で蕎麦を食べることができるのか、実食するまで正直不安でした。

 案ずるより食するが安し。意外にも難なく高遠そばを長ネギ一本ですくいながら、美味しく完食することができたのです。

 注文した蕎麦を待つ間にサービスで運ばれてきたのが、ジャガイモの煮付けと漬物。念のために申し添えておきますが、そこには割りばしがちゃんと付いてきます。ご安心ください。

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 お待たせしました。土佐日記風 会津日記の最後を締めくくる次回は、満を持して〝あさらー〟が登場します。

土佐日記風 会津日記 【喜多方編】へ続く
To be continued.

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2017/03/12

当選スマすたー

善因善果 あるいは 因果応報

 前触れもなく届いた小包の発送元は青森県観光国際戦略局誘客交流課。読んで字の通り、青森県庁でインバウンドを含む観光に関する業務を担当する部署のよう。観光情報サイトアプティネットにもその部署名が出ています。

 送り状の品名欄には「目指せ東北6県制覇!スマホスタンプラリー プレゼント」と記載してあります(下画像)

 その下に「青森県特産品詰め合わせセット」とプレゼント内容が明記されたスタンプラリーのタイトルには心当たりがありました。

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 昨年7月15日から2017年1月9日まで、東北各県とNEXCO東日本は、初の共同主催による「高速道路でつないで集めるスマートフォンスタンプラリー」を実施しました。

 これは東北の観光スポット・道の駅・高速道路のSA・PAなど各地に設定されたラリー対象地点で、スマホの専用サイトにアクセスすると、自動的にスタンプがもらえる仕組み。東北各県の観光スポット5カ所+高速道路SA・PA1カ所で合計6カ所のスタンプをゲットすると、県単位の制覇賞に応募でき、各県の特産品が抽選で当たるという内容です。

 東北をフィールドに駆ける庄イタは、紅葉シーズンを迎える頃には青森から福島まで6県全てを制覇していました。

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 応募から時間が経過していたため、キャンペーンの存在すら忘れかけていた今日この頃。届いた小包を開封すると、「プレゼント当選のお知らせ」と記された挨拶状が入っています(上画像)

 みごと当選したのは、合計360名に当たる「1県制覇賞」。地元宮城や隣接する4県に先駆け、東北6県の中では最初にコンプリートした青森の特産品セットなのでした。

 思い起こせば、このキャンペーンに応募したのは昨年8月初旬。本州最北の青森を目指して自宅を出発したのは草木も眠る丑三つ時を過ぎた頃。仙台から東北自動車道を北進。休憩を挟みながら八戸には早朝に到着し、三沢から十和田・青森、黒石・弘前・五所川原を経て深浦まで4日をかけて青森各地を巡りました。

tori-iwakisan.jpg【Photo】本州最北の最高峰が岩木山(標高1,625m)。奈良時代後期の780年(宝亀11)まで起源が遡る山頂付近に鎮座する奥宮と本殿(国重文)に向かって参道が続く岩木山神社。古事記に登場する初代神武天皇の即位から数えて2,600年目にあたるとされ、国主導により、さまざまな記念行事が催された1940(昭和15)に創建されたことを示す「奉献 紀元二千六百年八月一日」の銘が入った一之鳥居越しに象形文字のような形状の岩木山が、頂きをのぞかせる

romon-iwakisan-jinjya.jpg【Photo】1589年(天正17)の岩木山噴火で焼失後、徳川3代将軍家光の治世下だった1628年(寛永5)に再建された楼門(国重文)。丹(に)塗り一色に染められた二層の入母屋造り。上層までの通し円柱に渡された梁の幅を指す桁行(けたゆき)17.7m、高さは17.85m

comainu-iwaki-destra.jpg comainu-iwaki-sinistra.jpg【Photo】楼門を囲む玉垣の標柱と一体化した極めて特徴的な狛犬。楼門に向かって右側の阿形(あぎょう)は柱で爪を研ぐネコさながら。逆立ちしている左側の吽形(うんぎょう)に至っては、これまたポールダンスに興じるネコさながら

chozu^iwakisan.jpg【Photo】ギリシャ神話が起源で、映画ハリーポッターと賢者の石に登場する地獄の番犬ケルベロスや、ゴジラのライバル・キングギドラを思わせる三つ頭の龍から滔々と流れ出る岩木山神社の手水。岩木山を源流としており、お清めだけでなく、極めてパワフルな印象の水。京都・清水寺「音羽の滝」と同じような柄の長い柄杓から手に取ってご神水をゴクリ。内と外から穢れを落として体内浄化したのが、今回プレゼント当選の決め手となったかも

 その詳細は、仙台でアムさんメロンとの奇蹟的な遭遇を果たした一件を記した「フェロモンメロン 奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台」に続く五回シリーズの長編で既報の通りです。〈2016.8拙稿「Breakfast at Mutsuminato 陸奥湊で朝食を」~2016.10拙稿「カレー + 味噌 + 牛乳 +バター 青森発。華麗なる四位一体ラーメン」参照〉

wespa_tsubakiyama2016.8.jpg【Photo】種差海岸から日本海側まで青森を横断、JR五能線の駅がある西津軽郡深浦町の宿泊施設「WeSPa椿山」で迎えた朝。グループやファミリーで楽しめる施設内に湧出する天然温泉「鍋石温泉」は、日本海に面したドーム型露天風呂で、泉質はナトリウム塩化物強塩泉 (高張性中性高温泉)。4月~10月までの天候が良い日は、ドームが解放され、眼下に広がる日本海の素晴らしい眺望と、肌触りの良いかけ流しの温泉を満喫できる。コテージの宿泊客以外にも500円で日帰り入浴可

 二度目となる八戸三社大祭では、奇想天外な山車のスペクタクルと時代行列や法霊神楽を堪能。涼を呼ぶ奥入瀬から硫黄の香り漂う混浴の千人風呂で名高い酸ヶ湯温泉に浸かろうと八甲田を越えて青森市入り。熱気渦巻く青森ねぶたの余韻冷めやらぬ翌日は、田舎館村で芸術的な田んぼアートに接し、五所川原では立佞武多(たちねぷた)のド迫力に圧倒されました。

carpaccio-casa-del-cibo2016.jpg【Photo】瞬間燻製した朝獲れ八戸前沖サバのカルパッチョ仕立て ハーブと茄子のピューレ。昨年8月、八戸市湊高台「カーサ・デル・チーボ」プリフィックスのCコース(2,950円)で5つの選択肢から選んだアンティパスト。海水温が低い北緯40度近辺の八戸近海で、不飽和脂肪酸を含む脂肪を組成の3割近くまで蓄える「八戸前沖サバ」。朝に水揚げされたサバを燻製仕立てにした一品。一昨年11月、同市六日町「サバの駅」で食したジューシーで香ばしい脂を堪能できる「銀サバ串焼き」(下画像)や「船上活〆(じめ)陸凍サバ」とはまた違った八戸前沖サバの魅力を再認識

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 ヒラメ漬け丼@陸奥湊「みなと食堂」、八戸前沖サバ炙り焼きの朝ごはん@市営魚菜小売市場、八戸イタリアン@「カーサ・デル・チーボ」、マリナーラ&ラニチキン@三沢「Pizzeria Massimo」、青森イタリアン@「Al Centro アル・チェントロ」などは、7月から8月にかけて2度の青森遠征で再訪。

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【Photo】八戸で迎えた2日目の朝。腹ごしらえをしようと向かった先は、JR陸奥湊駅前の昭和感が色濃く漂う市営魚菜小売市場。半身を平らげるとお腹がいっぱいになるサイズの八戸前沖サバの炙り焼きをメインディッシュに、小川原湖産しじみの味噌汁、長芋の千切りなど、南部地域の味が揃ったオリジナル朝ごはん

 新機軸としては、味噌カレー牛乳ラーメン@青森「札幌館」、同「味の札幌 大西」を挙げなくてはなりません。しじみラーメンを目当てに津軽半島十三湖まで遠征するも、お気に入りだった民宿岩亮は知らぬ間に廃業。代役に訪れたのが正解だった「しじみ亭奈良屋」のしじみづくしなど、ご紹介しきれないほどの美味との出合いを青森で果たしました。

shijimi-zukushi-naraya.jpg【Photo】(右手前より順に)しじみチャウダー・しじみラーメン・しじみ汁・しじみバター炒め・豆腐のしじみ南蛮漬のせ・漬物・津軽りんごコンポート・しじみ味噌と佃煮・しじみ釜飯。産卵を控えて身が肥えた十三湖特産の大和しじみを一度に味わえた北津軽郡中泊町しじみ亭奈良屋「しじみづくし」(1,836円)。

 イタリアと庄内への偏向ぶりが著しいViaggio al Mondoとしては珍しく、ほぼ青森一色だった昨夏。〝狭くディープに〟のコンセプトはそのままに宗旨替えをした格好となりました。

 それゆえ5回シリーズの青森紀行レポートを通し、微力ながら青森の交流人口の押し上げに寄与できたかもしれません。青森遠征の折に参詣した八戸・蕪島神社、青森・善知鳥(うとう)神社、弘前・岩木山神社の神々が、庄イタの行いをご覧になっていたのでしょう。

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 香川がうどん県なら、りんご県と呼びたいのが青森。小包には津軽産のリンゴ加工品が3種類、同封されていました。1品目は上北農産加工農業協同組合の焼肉用たれ「スタミナ源」(下画像)

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 発売から半世紀年以上を経たロングセラー商品で、県内シェアは7割と圧倒的。仙台でも目にする機会が少なくありません。

 青森県産の醤油をベースに、生産量日本一のリンゴやニンニクなどの野菜類、隠し味にリンゴ酢などを加えたまろやかな風味。焼肉だけでなく、万能タレとして愛されています。

 長さ10mほどの陳列棚の両サイドをスルメなどの乾き物系が埋め尽くし、呑ん兵衛な県民性が垣間見えるなど、ディープな青森の魅力を凝縮した食品スーパー「カブセンター」で購入していたのが、同組合のピリ辛風味焼肉用たれ「辛味家(画像右)でした。

 こうして頂き物をするだけではなく、ここ数年、夏に欠かせない「アムさんメロン」の食味コンテスト出品作を大人買いしたことは言うに及ばず、イタリア国旗と同じ配色の看板が庄イタには極めて好印象な地元資本のカブセンターで、当選の祝杯となったキリン一番搾り「青森づくり」や青森産リンゴ果汁100%のシャイニーアップルジュース「赤のねぶた」をケース買いするなど、あまたの青森県産品を購入していました。

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【Photo】当選の祝杯は、カブセンター八戸長苗代店で購入したキリンビール北海道千歳工場製の「一番搾り青森づくり」。2杯目が青森紀行の流れで訪れた秋田市で入手した「秋田づくり」。コチラは副原料に「あきたこまち」を使用。3杯目は同じく酒田で購入した「山形づくり」。いずれも同社仙台工場製。「●●づくり」というネーミングに横槍を入れた某同業者のように固いことは言わず、まずは乾杯!! \(●^^●

 東日本大震災が起きた2011年の秋、「どうぞ召し上がって下さい」と収穫したリンゴを庄イタの拙宅に送って下さったのが、弘前市でリンゴを栽培する一戸清隆さん。一戸さんへの感謝の気持ちを忘れず、クリスタルのようにキラキラした透明度が高い味わいのみずみずしい蜜入りリンゴを、購入時期をずらして毎年2回購入してもいます。

 そんな律儀な庄イタを当選とするとは、青森県観光国際戦略局誘客交流課の皆さん、お目が高い

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 2品目と3品目は「青森りんごキャンディ」と「まるごとりんごパイ 気になるリンゴ」。自社のリンゴ園を弘前市郊外に所有する菓子メーカーラグノオささきの製品です。とりわけ同社の「パティシェのりんごスティック」は、仙台でも目にする機会が多く、弘前を代表する菓子メーカーとしての地位を築いています。

 青森りんごキャンディを一粒ほおばると、中にはトロ~リとした濃縮リンゴ果汁が詰まっています。爽やかな風味のキャンディに、甘酸っぱい青春の思い出が蘇ります。

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 津軽を訪れると、リンゴ畑が地の果てまで続く風景を目にします。国内生産のおよそ6割を占めるリンゴ王国・青森の主力品種が「ふじ」。

 ふじは青森県南津軽郡藤崎町で育成され、完熟の証である蜜入りが良く食味の良さから海外でも人気が高い品種。

 まるごとりんごパイ 気になるリンゴは、ふじをまるごと1個シロップ漬けにし、芯抜きした部分にはジューシーなスポンジがぎっしり。全体をパイ生地で覆って焼き上げたスイーツです。

 サックリ&しっとりしたパイ生地の中身に隠れているふじは、収穫後間もない蜜入りリンゴのシャキッとした食感が残っており、なかなかに美味。

 スタンプラリー事務局の皆様、どうもご馳走さまでした。

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 善き行いが善き結果に結び付いた善因善果なこの一件。このように青森で訪れた蕪嶋神社・善知鳥神社・岩木山神社の神々による霊力のほか、もう一つだけ、心当たりとなる要因があります。

 2度目の青森遠征の折、日本海側の深浦を朝に発って秋田を縦断、庄内まで南下していました。秋田竿灯まつり最終日と重なったその日。秋田市青柳町にある本格ナポリピッツァの店「COSI COSI コジコジ秋田山王店」を再訪するも臨時休業。代打の「オステリア ムーリベッキ」は特筆すべき収穫が無いまま初訪店を終了。

 口直しは、6月に続いて訪れた甘味処「広栄堂」で。伏流水を冷却した氷柱を丹念に手回しして削り出したパウダースノーのごときフワフワの食感が素晴らしい61種類が揃う当店のかき氷。看板メニューは、とぐろを巻いたソフトクリームがトッピングされたかき氷、生グレープフルーツソフト。通称「生グソ」(笑)。

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【Photo】店頭に「生グソ始めました」の貼り紙がある秋田市民が愛してやまない甘味処「広栄堂」にて。生グレープフルーツソフト(通称「生グソ」/手前・500円)と生イチゴソフト(奥・520円)。綿菓子のようにふわっふわの氷の中に果肉がふんだんに入っており、着色シロップ風味の一般的なかき氷の追従を許さない美味しさもてんこ盛り

iwagaki2016.jpg 秋田市の最高気温が31度を超す暑さだったこの日。激混みの店内で頂いた生グソで勢いづき、日本海沿岸東北自動車道を山形県境まで南下しました。

 見慣れた庄内側とは左右が逆の姿で鳥海山が「お帰り~」と出迎えてくれた秋田県にかほ市で、お盆前には必ず立ち寄る道の駅象潟「ねむの丘」へ。その目的は天然岩ガキです。

 産卵期を迎え、ぷっくりと膨らんだ大ぶりな乳白色の天然岩ガキは、酷暑を乗り切る滋養豊富な夏が旬の海の幸。昨夏食べ比べた中で最も身入りが良かったのが、新潟・笹川流れ産でした。その味をたとえるなら♪ ミルキーはママの味

 生グソと生岩ガキでロングドライブの疲れも吹き飛び、酒田花火ショーと重なった酒田に滞在した翌日は鶴岡まで南下。秋田で食べ損ねたナポリピッツァを「穂波街道 緑のイスキア」で食した昼過ぎには36度を超える猛暑の中、海の守り神・龍神信仰の寺で、かつて人面魚で一世を風靡した善寶寺にも詣でていました。

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【Photo】善寶寺境内(部分)。(手前より)釈迦三尊と十大弟子、羅漢様など個性豊かな表情の木像500体を配した五百羅漢堂は、1855年(安政2)に落慶法要が執り行われた。1867年(慶応3)に上棟した山門は、見事な透かし彫りが施された二層造り。魚の供養を願って創建された五重塔は、1893年(明治26)に完成。すべて登録有形文化財。zenpoji_omamori.jpg

 開祖妙達上人の生誕1150年に当たった昨年。7月中旬から10月末までの期間限定で、奥の院龍王殿所蔵の龍道大龍王と戒道大龍女のご尊体が開山以来初めて一般公開されていたのです。

【Photo】善寶寺参拝の折に頂戴した龍神様の守護札(右)が当選の手助けとなった。...のかも

 庄内系を名乗る以上、千載一遇の機会を逃すはずもありません。拝観後に足を運んだ善寶寺を守護する二体の龍神が棲むという貝喰(かいばみ)の池では、なかなか遭遇できないという人面魚が出迎えてくれたのでした(下画像)

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 こうしてプチ幸運が重なった挙句の今回のプレゼント当選で、終わりよければすべてよしとなった格好。

 めでたしめでたし。

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2017/02/11

聖ダンデロの被昇天(2) Assunzione di San-Dan-Deloseguito

妙なる芳香で天にも昇る心持ち〈後編〉
@ヤマガタ サンダンデロ

 2016年シーズンは、解禁当初から不作が続いたアルバ産白トリュフ。12月の最終盤に至ってやっと産出量が持ち直しました。

 白トリュフを愛してやまない庄イタを、白トリュフ天国へと導く大天使ジョルジョが、堪能するのに十分なサイズの白トリュフを携え、年が改まってすぐ日本に再降臨してくれました。

 365分の1の確率で東京出張と重なった2017年(平成29)1月12日(金)の夜、銀座「ヤマガタ サンダンデロ」を会場に催されたピエモンテ料理の会で供されたメニュー(下画像)は以下の通り。

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 ジョルジョが音頭をとった乾杯の1杯は、ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェに醸造所とブドウ畑を有する作り手Dante Rivetti ダンテ・リヴェッティの「Brut Metodo Classico Millesimato Ivan ブリュット・メトード・クラシコ・ミッレジマート・イヴァン(下画像)Metodo Classicoとは、読んで字のごとく伝統製法の意味。

 瓶詰めしたワインに酵母入りシロップを添加し、再発酵させることで発生する炭酸ガスを液体に溶け込ませる発泡性ワインの製法が瓶内二次発酵です。

 物騒かつ意味不明な「発砲」ともども、フランス産の発泡性ワインを指すCrémantクレマンとの誤用が散見されるシャンパーニュや、ミラノが州都となるロンバルディア州ブレシア県の風光明媚なイゼーオ湖の南畔地域で産出する高品質なD.O.C.GFranciacorta フランチャコルタ」は、手間の掛かるこの製法によるもの。

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 細やかな泡立ちが持続し、芳醇な香りが心地よいイヴァンは、高価なヴィンテージ・シャンパーニュと同じ36カ月を要する瓶内二次発酵後に澱引きし、コルクを打って6カ月の瓶熟成後にセラーから出荷されます。使われるブドウ品種はピノ・ネロ。ブルゴーニュ原産の高貴品種ピノ・ノアールは、イタリアではこう呼ばれます。

 白トリュフが主役となる豪奢なコース料理のプロローグを飾ったのが、ご覧の通り盛りだくさんなアンティパスト(下画像)

 ジョルジョが持参した生ソーセージ「Salsiccia サルシッチャ」2種、お手製バニェット・ヴェルデほか、ロビオラチーズと自家菜園ハーブのペースト、ズッキーニのブルスケッタ3種、リグーリア特産のオリーブ「タジャスカ」のオイル漬やヘーゼルナッツ。

antipasti2017.1-san-dan-delo.jpg ピエモンテ産D.O.P.(=保護指定原産地表示)チーズは、熟成期間が異なる牛乳製「Toma トーマ」や山羊乳製「Robiola di Roccaverano ロビオラ・ディ・ロッカベラーノ」など5種類。

 盛り合わせの中には、北海道大樹町で飼育する水牛の乳から、鮮度が命のフレッシュタイプのチーズ作りをしている竹島英俊さんの貴重なモッツァレラ・ディ・ブッファラとその製造過程で出るホエー(乳清)を原料とするリコッタ(上画像右上の2点)も。

 食肉としても美味な水牛の乳は栄養価が高く、カンパーニャ州ナポリ近郊のカゼルタやサレルノ周辺で飼育されます。その数は多くはなく、貴重な存在です。

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 日本では唯一の水牛乳によるフレッシュチーズ作りを宮崎県で行っていた竹島さん。2010年(平成22)に県内で発生した口蹄疫の影響で、やむなく全頭を殺処分し廃業を余儀なくされました。挫折を乗り越え、鶴岡での充電期間を経て今日に至っています。

 アスティ県モンフェラートで4代続く醸造所Tenuta Olim Bauda テヌータ・オリム・バウダは、ピエモンテで飲んだD.O.C.G 昇格前の「Barbera d'Asti superiore Le Rocchette バルベーラ・ダスティ・スーペリオーレ・レ・ロッケッテ」2004年ヴィンテージが印象に残り、ボトルからエチケッタ(上画像)を剝がして持ち帰った作り手。

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 今回、エレガントな「Chardonnay D.O.C. i Boschi 2013シャルドネ・イ・ボスキ」2013年とともに味わったアンティパストの中では、22年熟成のロビオラ・ディ・ロッカベラーノは特筆に値します。(下画像)

 22年の歳月を重ねた山羊乳チーズの色合いは、出来立ての純白から黄色に変化。固形からゲル状に変容したトロ~リとした食感。乳由来の甘味は消え、強い塩味・ほのかな酸味が入り混じった重層的な旨味へと変化。コクと強烈な香りが、口腔と鼻腔とを満たし、長~い余韻を残します。

vecchia-robiola22anni.jpg 2皿目「活ホタテのオーブン焼き」が運ばれてくると、トリュフとスライサーを手にしたジョルジョが、各テーブルを回り始めました。

 ジョルジョは庄イタの脇に立つや、遺留品の臭いを警察犬に嗅がせる捜査官さながらにスライスしたての白トリュフの塊を庄イタの鼻先に持ってくるスペシャルサービスをしてくれたのです。

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 それはまさに天にも昇る心持ち。現世で日本人として生を享けるおよそ1世紀前、祖国統一の気運が燃えさかったRisorgimento リソルジメント(=イタリア統一運動・1815-1871)末期、ガリバルディ率いるCamicie Rosse(赤シャツ隊)に身を投じ、前世で授かった命を捧げた(と、自身では信じて疑わない)庄イタ。

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【Photo】赤シャツ隊を率いて祖国統一を成し遂げた英雄ジュゼッペ・ガリバルディ()。イタリア国旗を手にしたViaggio al Mondoのプロフィール紹介写真と構図が似ているのは、単なる偶然か、あるいは必然か。オフに着用するアウターは、赤シャツ隊の制服と同じ配色(

 来世では、再び前世における郷里ピエモンテで、トリュフ犬に生まれ変わったとしても本望かも。(実際のトリュフ狩りでは、発見した白トリュフをトリュフ犬が食べてしまう寸前、トリュフハンターがエサを与えて犬の気をそらし、トリュフを横取りする)

 ただし、庄イタから輪廻転生したトリュフ犬は、白トリュフが地中から発する魅惑的な香りを探知すると、きっとマタタビに惚(ほう)けて喉をゴロゴロ鳴らすネコ気質な犬に突如変身。仕事そっちのけで白トリュフの法悦に浸るデクノボウなワンコに相違ありません。(下想像図)

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【Photo】ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「Estasi di santa Teresa d'Avila 聖テレジアの法悦」(1647-1652 ローマ:サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂)16世紀のスペインに実在した修道女テレジアが天使と遭遇した神秘体験を超絶技巧を駆使して大理石で具象化した盛期バロック期の傑作

 ご主人様と職務に忠実なトリュフ犬が掘り出し、トリュフハンターが手に入れた白トリュフは、時間が経過するにつれて水分と共に香り成分が揮発してしまいます。

 ジョルジョによれば、仕入れ時点の重さ185gが、会合当日には160gまで減っていたとのこと。イタリアで食するアルバ産白トリュフのクラクラするような香りを120%とすると、正直60%程度の印象だったのはやむなしでしょう。

 それでも採れたては嗅覚の針が振り切れるほどの強烈な香りを発する白トリュフ。たとえは悪いですが、腐っても鯛。前世の記憶を覚醒させるに十分なのでありました。

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 イタリア共和国全20州の中で、海に面していないのは5つ。中部ウンブリア州以外は、国境をスロベニア・オーストリア・スイス・フランスの各国と接する北部に集中し、その一つとなるのがピエモンテ州。

 この日4皿目に登場した卵を練り込んだ手打ち細麺「Tajarin al Tartufo タヤリン・アル・タルトゥフォ」ほか、「Fonduta チーズフォンデュ」、リゾット、肉を使った郷土料理に白トリュフを用いるのがピエモンテでは定番。ジョルジョのみならず庄イタにとっても海鮮系の具材は意表を突くカップリングでした。

 卓上のメニューを見た時、否応なく期待値が高まったこの創作料理。後日、土田シェフに確認したところ、全国を股に駆ける奥田シェフが、とある関西のフレンチレストランで出合った料理がベースとのこと。

 築地直送の新鮮なホタテのヒモで出汁をとり、白ワインを加えて煮込んだ生クリームソースが、生ウニがトッピングされた香ばしいホタテと白トリュフとの絶妙な一体感を生み出していたように感じました。

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【Photo】知らぬ人のないサンドロ・ボッティチェッリ「 La Nascita di Venere ヴィーナスの誕生」(1482-1485頃 フィレンツェ:ウフィッツィ美術館蔵)ギリシア神話によれば美の化身ヴィーナスは海の泡から生まれた。春の妖精ホーラが裸身を恥じる女神に淡い朱色のヴェールを掛けようとする場面を描いた人類の至宝

 土田シェフによって貝殻の中に出現していたのは、かぐわしい白トリュフと生ウニで装ったホタテが泡立つ乳の海に浮かぶ小宇宙。それは庄イタにサンドロ・ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」(上画像)を彷彿とさせたのでした。

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 妻フローラを伴った西風の神ゼフュロスのごとくホタテに新たな息吹を吹き込んだのは土田シェフ。さすれば春に咲く花が散りばめられたヴェールをヴィーナスにまとわせようとするニンフは、(ビジュアル的には違いますが)トリュフと愛嬌を振りまくジョルジョという寸法。

 郷里では魚介系の料理がほとんど食卓に登場しないピエモンテーゼ、ジョルジョを驚愕せしめた白トリュフ料理1皿目。産地でも高嶺の花である白トリュフを惜しげもなく使った2皿目は、典型的な白トリュフの食し方である「タヤリン・アル・タルトゥフォ」(下画像)。1皿目が革新ならば、2皿目は伝統への回帰といったところでしょうか。

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【Photo】タヤリン・アル・タルトゥフォ。卵黄を小麦粉に練り込み、幅2-3mmに切り分けた手打ちロングパスタ「Tagliolini タリオリーニ」をピエモンテ州では、「Tajarinタヤリン」と呼ぶ。秋を迎えたピエモンテで代表的な食べ方が、白トリュフをすりおろしたこの料理

 メニューに記載がなかった3皿目「Vitello Tonnato ヴィテッロ・トンナート」は、もともとアンティパストの一品として用意された料理です。(下画像左上)

 ところがチーズやブルスケッタなどが所狭しと並んだボリューミーな1皿目では盛り付る場所が確保できずに出番を失ったのです。こうして単品で供され、日の目を見たのでした。

 そこに「1杯お味見にどうぞ」とフロアを預かる久保副店長からテヌータ・オリム・バウダ「Nebbiolo d'Alba San Pietro ネッビオーロ・ダルバ・サン・ピエトロ」2012ヴィンテージがサービスで出てきました。

 蒸し焼きした庄内産仔牛の冷製にジョルジョが味付けしたツナをベースにタマネギやニンニクで味を整えたソースが加わったピエモンテ伝統の郷土料理とは、さすがの好相性。

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 典型的なピエモンテ料理であるイノシシの赤ワイン煮込み「Brasato ブラザート」(上画像右下)がセコンド・ピアットに控えていたため、相性を考えてオーダーしたのは、ダンテ・リヴェッティのD.O.C.G.Barbaresco Micca バルバレスコ・ミッカ2006」(上画像右上)。〝産地を訪れた年のワインは出来る限り飲んでみっか〟という自身の不文律に沿ったチョイスです。

 もう一つの選択肢だったのが、D.O.C.G.Baloro Léglise バローロ・レッリーゼ2007」(上画像左下)。相席となった新宿中村屋にお勤めというNさんのご厚意で一口グラスで味見させて頂き、より厳格で力強いバローロらしさを確かめた果報者なのでした。

 秋の収穫期にバルバレスコ村を訪れた2006年のような作柄に恵まれた年は、ネッビオーロの特徴となるタンニンが落ち着き、複雑味が増して飲み頃を迎えるまで時間を要する場合もあります。

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【Photo】2006年10月末。天使のようなグラッパ職人ロマーノ・レヴィとイタリアワイン界の巨人アンジェロ・ガヤの醸造所を訪れた鼻血が出そうなくらい中身が濃かった1日。世界で最も美しいブドウ畑の眺めだと地元の人々が胸を張る銘醸畑が広がるBarbarescoバルバレスコ村の景観は、2014年に世界文化遺産として登録された。Neive ネイヴェの市街地から2kmほど進むと、ネッビオーロが大半を占めるブドウ畑の中に浮かぶ浮舟のようなバルバレスコ村が見えてきた(画像右奥)

 しばしば〝イタリアワインの女王〟と形容されるD.O.C.G.バルバレスコ。伝統的な大樽による造りで、収穫から丸10年を経た2006年ヴィンテージは、熟成して角が取れてきたネッビオーロならではの深みのある味わいに魅了されました。

 翌日から日本橋人形町で開催される「山形・鶴岡の餅文化を味わう会」準備のため、鶴岡から出張しておいでだった「山菜屋.com」を運営する遠藤初子さん。旧知の間柄である遠藤さんと同じテーブルとなったこの日。

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【Photo】出てのお楽しみな〈Speciale piatto〉とだけメニューに記載された一皿がコレ。一味もふた味も違う山の幸を取り扱う山菜屋.comの遠藤さん手配による鶴岡朝日地区産の山栗のリゾット。一般に流通する燻蒸した栗の3倍近い糖度を有するのは、冷蔵保存するがゆえ。手作業による厳しい選別を行うことで無燻煙による栗本来の味を堪能できる

 風味が濃い山栗を鶴岡から送った当のご本人を目の前にして食するリゾット。それは数多くの生産者や食の匠とのご縁ができ、1皿の有難みを実感できた往時のアル・ケッチァーノ系列の店ならではの醍醐味でもありました。

 リグーリア州内陸部サヴォーナ県サッセロに本拠がある菓子メーカーAmaretti Virginia製の杏子風味のサックリした歯応えの伝統菓子「Amarettiアマレッティ」、鶴岡市羽黒産ブルーベリージャムとピエモンテ産ヘーゼルナッツのトルタ、そしてジョルジョが好きだという獺祭の酒粕ジェラートの3品がデザートで登場。

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 締めのカッフェを頂きながら、ジョルジョは思い出話に花を咲かせました。醸造所が1年で最も忙しい収穫期に訪れたバルバレスコの帝王こと、Anjelo Gaja アンジェロ・ガヤの醸造所訪問が、実はノーアポで、先方が困惑しながらも「ジョ、ジョルジョか...。」と、固く閉ざされた緑のゲートを開けて渋々会ってくれた件。

 そして新潟・村上経由で訪れたイル・ケッチァーノで、白トリュフを食べ損ねた件(前々回「Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =」参照)。その珍道中ぶりとジョルジョの気さくな人柄に、テーブルでご一緒した女性たちからも笑いがこぼれます。

 鎌倉でのピエモンテ同窓会に続き、白トリュフの香りに包まれ、ひと時の昇天を果たした庄イタ。ココロの郷里ピエモンテと庄内への渇望感を癒された一夜となりました。

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2016/10/16

カレー + 味噌 + 牛乳 +バター

青森発。華麗なる四位一体ラーメン

 イタリアンへの偏食傾向が著しい食生活をベースとする当Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅 ~。初めてメインテーマとして、日本の国民食として確固とした地位を確立しているラーメンを取り上げます。

 皆さまにとっては、取るに足らぬ些細な事ですが、庄イタにとって、これはちょっとした事件です(笑)。

 これまでラーメンが脇役としてでもViaggio al Mondoに登場したのは、わずか2回だけであることに今更ながら気が付きました。

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【Photo】青森市内で味噌カレー牛乳ラーメンを提供する5つのラーメン店が加盟する協同組合「青森味噌カレー牛乳ラーメン普及会」が監修し、青森県平川市の「高砂食品」が製造する半生めんタイプの「味噌カレー牛乳らぁめん」(2食入り・税込864円)

 一度目は、浜辺で鳥海山の水循環を目撃できる釜磯海水浴場をご紹介した際、追記で取り上げた「サンセット十六羅漢」。アオサノリがトッピングされる「夕日ラーメン」は、トビウオ出汁の魚介系スープ+酒田ラーメンの流れをくむ自家製細ちぢれ麺。日本海に沈む夕陽の光景までがご馳走となります。〈2007.8 拙稿「海に湧く山の水~大自然の水循環を目撃する海辺@遊佐町釜磯」参照〉

 二度目が、ネパール料理とカレーの店「Yetiイエティ」@気仙沼を取り上げた折のこと。〝どーせドライブインでしょ?〟などと侮るなかれ、濃厚系とは一線を画す野菜の旨味たっぷりな味噌スープと細目のちぢれ麺とが、絶妙な組み合わせとなる「南三陸ドライブイン ひかど食堂」の名品「味噌ラーメン」。〈2012.9拙稿「Yeti イエティ @気仙沼」参照〉

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【Photo】創始者の義弟・小田島敏也氏が味を受け継ぐ「札幌館」を訪れ、食事がてら購入した箱入り「味噌カレー牛乳らぁめん」。レンゲ一杯分の温めた牛乳とバター10gをトッピング。イタリア本国と同様にショートパスタとブロードの組み合わせによるPasta in zuppa(スープパスタ)が食卓にしばしば上るTaverna Carloにて本場の味の再現を試みる之図

 リゾット感覚で頂けるコメ状のパスタ「Seme di cicoria セメチコリア」や星状の「Stelline ステリーネ」などのショートパスタ+ブロードの組み合わせによるスープパスタならば、食す機会が少なくはない庄イタ。ブログ開設以来、9年を経た今回、初めて主役として登場するラーメンが、この夏に青森で出合った「味噌カレー牛乳ラーメン」です。

 青森市は中華麺の年間購入額が全国の県庁所在地の中では第2位(総務省2007年統計)。インスタント麺の購入数量が9年連続全国一(総務省2015年統計)という土地柄。

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【Photo】青森味噌カレー牛乳らーめん普及会の監修により、青森県内で限定販売されるカップ麺、東洋水産「青森味噌カレーミルクラーメン」(税別240円)

 仕事やプライベートで青森各地に足を運ぶ機会はこれまで幾度もあり、未食の津軽煮干しラーメンのほか、味噌カレー牛乳ラーメンの存在自体は知っていました。

 本州最北までの遠征を厭(いと)わせない魅力的なイタリア料理店が、南部・津軽両地域に揃う青森。ゆえに例えば三沢では必ずナポリピッツアを食するのが常となります。<2013.8拙稿「庄内系イタリア人的青森・前編」参照>

 そんな嗜好の結果、(青森に限らず)庄イタがラーメンを口にする機会は、おのずと限られるのです。今年7月中旬に開催されたあおもりマルシェで、アムさんメロンの秀品をゲットすべく、マルシェ前日に青森市入りしました。

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【Photo】東洋水産「青森味噌カレーミルクラーメン」。粉ミルクを使用し、バター風味のキューブをトッピング。専門店の味に迫ろうとしている

 直前まで週末のスケジュール調整がつかなかったため、今回も予約ができずご無沙汰している弘前市の某イタリアンではなく、東日本大震災の前日に出張した青森市長島で出逢って以来、贔屓にしている「Al Centro アル・チェントロ」〈2012.5拙稿「1年ぶりの青森美味巡礼-花の命は短くて...。2012春」参照〉を夜に予約済みだったその日。

 毛色の違った昼食にしようと訪れたのが「札幌館(下画像)。こちらは一見アクロバティックな組み合わせによる味噌カレー牛乳ラーメンを考案した故・佐藤清氏の義弟が営む店です。

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 1975年(昭和50)当時、青森市の中高生の間では、ゲーム感覚でマヨネーズやコーラなど、さまざまな食材を組み合わせてラーメンを食するトッピングミックスなる現象が流行したのだといいます。

 そんな好奇心旺盛な中高生の求めに応じ、札幌・ススキノのラーメン横丁で研鑽を積んだ佐藤氏が1968年(昭和43)に独立して開いた「味の札幌」の裏メニューとして考案したのが、味噌カレー牛乳ラーメンでした。

 意外な組み合わせの美味しさは口コミで広がります。インパクト十分な組み合わせが奏功、現在では青森市のB級グルメとして名声を得るに至りました。

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〝味噌ベーススープ+カレー+牛乳+バター+中華麺〟という前衛的な組み合わせがもたらす味は、どうにも頭では想像がつきません。百聞は一食に如かず。まずは体感しないことには謎の実態は解明されないのでした。

 意外とハマった「生姜味噌風味おでん」同様、冬が厳しい青森の風土が育んだ珍味(?)の誘惑には勝てません。
 
 こうして訪れた札幌館で、期待と不安が入り混じる庄イタの前に湯気を立てて登場した味噌カレー牛乳ラーメン(上・下画像・700円)。

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 カレー粉が香る合わせ味噌ベースのスープには、相性が良いケースが多い発酵食品同士の組み合わせとなるバターの風味が加わります。バターがコクをもたらし、その原料となる牛乳が調和とまろやかさを生み出します。

 意表を突いた組み合わせの妙を確認し、探求心のスイッチが入った庄イタ。次なる青森訪問の機会となった今年の青森ねぶた祭りの折、味の札幌創業時から佐藤清氏の片腕として味を支えた大西文雄氏の店「味の札幌 大西」を訪れました。

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 青森駅のほか、のっけ丼で知られる古川市場、地階が魅力的なアウガなどからほど近い好立地にある味の札幌 大西。開店して間もないにもかかわらず、すぐ満席になった店内には若い女性観光客の姿もちらほら。

 注文したのが、一番人気だという「味噌カレー牛乳ラーメン(バター入り / 830円)」(下画像)。本家筋としての札幌館、暖簾分けを許された味の札幌 大西の食べ比べが、こうして実現しました。

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 トッピングされる具にワカメの有る無しが最大の違いですが、まろやかでスパイシーな味噌味のスープと相性が良い太目でのど越しの良い縮れ麺は、両店とも相通じるものがあります。

 実食した感想としては、意表を突いたこの組み合わせ。大いに゛アリ〟です。訪れた両店の繁盛ぶりが、話題性を越えた独自の味が秘めた普遍性を物語ります。

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 お好みの付け合わせには、札幌館がおろしニンニク、 味の札幌 大西には梅干しが用意されます。 〝そこにしかない味〟という点では、折り紙付きの個性的な味噌カレー牛乳ラーメン。

 底冷えするこれからの季節、まだ訪れていない普及会の会員店「味の札幌分店 浅利」「札幌ラーメン蔵」「かわら」のいずれかで味わってみたいものです。

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札幌館
 住:青森市石江字岡部56-3
 Phone:017-782-1765
 営:11:00~21:20 不定休

味の札幌 大西
 住:青森市古川一丁目15-6
 Phone:017-723-1036
 営:11:00~21:30 年末年始休

 
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2016/08/20

Breakfast at Mutsuminato ~陸奥湊で朝食を~

三位一体の黄金比。キミよ知るや「ヒラメの漬け丼」
旨さどっぷり@八戸

 米国の小説家トルーマン・カポーティ原作による1961年公開の映画「ティファニーで朝食を(原題:Breakfast at Tiffany's )」は、早朝の人通りがないニューヨーク5thアヴェニューの高級宝飾店ティファニー前に1台のタクシーが停車するシーンで始まります。

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 タクシーから降り立ったのは、名前のないネコとの自由奔放な一人暮らしをNYのアパートで謳歌するホリー・ゴライトリー(オードリー・ヘップバーン)。

 原作の設定ではコールガール役ゆえ、仕事明けなのか、あるいは夜通し遊んで帰宅の途中なのかもしれません。長い髪をアップにまとめ、前髪にティアラをあしらったホリーは、ジバンシィの黒いカクテルドレスに身を包み、5連の模造パールネックレスで装い、レイバンのサングラスをかけています。

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 そんなドレッシーな装いにもかかわらず、ホリーはショーウインドーを覗きこみながら、紙コップのコーヒーを手に紙袋から取り出したデニッシュ・ペストリーをパクリと立ち食い。(上画像)

 パンとコーヒーだけの朝食というと、ヨーロッパが渡航先のパッケージツアーに組み込まれるホテルの定番「コンチネンタル・ブレックファースト」でご経験の方もおいでかと。

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 飲み食いが生きがいである欧州のラテン民族は、往々にして深夜まで家族や友人とアルコールと共に動物性蛋白質が中心の夕食をふんだんに摂取します。そのため、反動としての簡単な朝食スタイルが定着しています。

 肉食系のヨーロッパから見れば、総じて草食系と言って差し支えない日本人。前夜によほどハメを外して深酒をしない限り、パンとコーヒーだけの朝食では物足りないと感じるのでは?

 イカと並んで青森県八戸(はちのへ)港が水揚げ日本一のとある白身魚の美点を最大限に引き出したほっぺが落ちそうになる絶品朝ごはんを頂くため、夜半に仙台を発った8月某日。途中で休憩をとりながら東北自動車道を北上すること300km。早朝に八戸入りしました。

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 時刻は7時15分。およそマンハッタンとは雰囲気が異なるJR八戸線・陸奥湊駅前通り(上画像)を散策しながら、庄イタが思い起こしたのは、街並みとシチュエーションが似ているようで似ていないこの映画の冒頭シーンでした。

 陸奥湊駅前通りから500mほど離れた館鼻(たてはな)岸壁で日曜朝に開催される「館鼻岸壁朝市」に規模では譲りますが、1953年(昭和28)開設当時の猥雑な雰囲気が色濃い「八戸市営魚菜小売市場(下画像)をはじめ、時間が遡ったかのような錯覚を覚える陸奥湊駅前通りは、ディープな魅力に溢れています。

 駅を挟んで陸奥湊駅前通りの東西300 mほどの区間では、日曜を除く早朝3:00から正午まで「陸奥湊駅前朝市」が開かれます。

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 苦味が特徴の地キュウリ「糠塚キュウリ」が目を引く露天市や、養殖物とは明らかに異なる突起が目立つ形状と、のるかそるかの特有のクセがないため、宮城の養殖ホヤが正直苦手な庄イタでもOKな天然マボヤなどが店頭に並ぶ魚市場。そこで働くお母さんを指す南部弁「イサバのカッチャ」たちが居並びます。(上・下画像)

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 良質な脂が乗り切った「八戸前沖サバ」を食した2014年夏の訪問レポートでは、市営魚菜小売市場の朝ごはんをご紹介しました〈2014.11拙稿「発進! みちのく潮風トレイル」参照〉が、今回の目的地は違います。

 JR陸奥湊駅北口にあるイサバのカッチャ像の前をウミネコの繁殖地として知られる鮫町の蕪島(かぶしま)方面に右折、目指すは活気ある陸奥湊駅前通り沿いにあって、朝8時を回る頃には店の前に行列が出来始める「みなと食堂(下画像)で一番人気の「ヒラメの漬け丼」(税込1,000円)。

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 よしもと芸人とにかく明るい吉村が会長を務め、こよなく丼ものを愛する全国津々浦々の人々で組織する一般社団法人 全国丼連盟が、2014年(平成26)秋に実施した第1回全国丼グランプリには、日本各地から1,262種類の丼ものがエントリー。

 全11ジャンルのうち、海鮮丼部門で金賞に輝いた7点の一つが、2011年(平成23)に登場し、口コミで美味しさが全国に伝わり、今では八戸みなと食堂の看板メニューとなったヒラメの漬け丼です。

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 ブサかわ犬「わさお」ともども、日本海に面した鰺ヶ沢で見逃せない夏の風物詩イカカーテンで知られる肉厚のイカ、津軽海峡のクロマグロ、脂の乗りが尋常ではない八戸前沖サバ、陸奥湾の養殖ホタテなど、三方を海に囲まれた青森の名だたる海産物を差し置き、青森の県魚はヒラメなのです。

 昨年6月、テレビ朝日の番組「いきなり!黄金伝説。」2時間スペシャル「他県からなぜかお客が集まる大人気ローカル食堂」で、みなと食堂が取り上げられました。それに喰いついた家族の強い求めに応じ、みなと食堂を初めて訪れたのが昨年11月。〝寒平目〟ならではの上質な脂と引き締まった歯応えが堪能できるヒラメの旬を迎えた時季でした。

minato-shokudo-counter.jpg【Photo】店内はカウンター8席と4人掛けテーブル1卓。「本日の四合わせ丼(ホタテ・マグロ・イクラ・甘エビ)1,300円」「ヒラメ漬け+エンガワ半々丼1,300円」など品書きは、マジックペンで手書きした無造作な張り紙というのも漁師町ならでは(上画像)。飾らない店のしつらえとは対照的に、ヒラメの漬け丼は、店主の繊細かつ緻密な仕事のなせるものに相違ない

 みなと食堂をご夫婦で切り盛りする店主の守 正三(もりしょうぞう)さん。遠洋漁業や鮮魚店での従事経験を通して魚の目利きを培いました。

 陸奥湊駅前通りの一角に、空き倉庫を改装したみなと食堂がオープンしたのが、2001年(平成13)。翌年12月に東北新幹線が盛岡から八戸まで延伸し、観光資源の掘り起こしが求められていた時期と符合します。

hirame-zuke01.jpg【Photo】特製ダレに漬けたヒラメの切り身がびっしりと敷き詰められ、地鶏の卵黄がトッピングされた「ヒラメの漬け丼」(味噌汁・小鉢付き1,000円)。守さんの丁寧な仕事が光る八戸ならではの朝ごはん。上画像は昨年11月に食したヒラメの漬け丼・せんべい汁セット(小鉢付き1,350円)。ご当地の味で地域おこしをしようと、八戸の市民ボランティア団体「八戸せんべい汁研究所」(通称「汁゛研(じるけん)」)が企画したのが「B1グランプリ」。2006年2月に八戸で第一回が開催された

 10年目の節目を迎えた2011年(平成23)、店を一躍スターダムの座に押し上げたが、ヒラメの漬け丼でした。稚魚を放流しているため、ヒラメは年間を通して八戸近海で水揚げされます。昔の漁師料理をもとに、独自の工夫を加えてメニュー化したのだといいます。

hirame-zuke02.jpg【Photo】漬けヒラメ・地鶏の卵黄・漬けタレが染みた温かなご飯。具材はこれだけ。シンプルなれど奥が深い三位一体のアンサンブルが至福の朝へと導く

 水揚げされてから2日間低温熟成させ、うま味成分が増したヒラメの白身は、透明感を保ちつつ飴色がかってきます。注文を受けてから特製の漬けダレに切り身を漬け込みますが、その時間が長すぎても素材の甘味を損なうため、3分程度に留めます。

 そうして素材が最も美味しいタイミングを見極め、暖かいご飯が盛られた丼に、ねっとりした食感の熟成ヒラメの漬け切り身を重ね合わせながら埋め尽くすよう並べてゆきます。

 昨年11月に初めてヒラメの漬け丼を口にして思ったのが、「これは最強のカルパッチョ+リゾット発祥のイタリアにとって、青天の霹靂(へきれき)な創作料理として逆輸出できるぞ」ということ。

hirame-zuke03.jpg【Photo】ヒラメの漬けダレは、青森県三戸郡田子町(たっこまち)特産のニンニク「福地ホワイト」+本みりん+「陸奥八仙」で知られる地元八戸酒造の「陸奥男山」からなる合わせ醤油の卵かけご飯 × 熟成漬けヒラメの豪華版。これが旨くないはずがなかろうというもの

 ヴェネト州産の辛口スパークリングワインProsecco プロセッコに白桃のピューレを加えたカクテル「ベリーニ」や、牛の生肉を使った料理「カルパッチョ」発祥の店といえば、ヴェネツィアの超有名店「HARRY'S BAR(ハリーズ・バー)」。

 イタリアでも現在ではポピュラーとなったのが生魚を使ったカルパッチョ。日本から逆輸出された魚のカルパッチョを考案したのは、銀座の有名店「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」の落合務オーナーシェフ。

 つなぎのソース役を箸で潰した卵黄が果たすニンニク醤油ベースのリゾット+かもめ食堂式漬けヒラメのカルパッチョというド鉄板な組み合わせは、イタリア人・日本人だけでなく国籍を問わず人気を博すことでしょう。守さん、いかがでしょ?

hirame-zuche2016.8.jpg【Photo】「卵かけご飯が嫌い」と仰る方でなければ、日本人のDNAに訴えてやまないリピート必至のヒラメの漬け丼。三社大祭の期間中で、街のあちらこちらからお囃子の笛の音が聞こえてくる2016年盛夏ver. 。2度目にして改めて実感「いい仕事してますねぇ~」

 すんなり入れた店内には、守さん夫妻以外まだ誰もいません。カウンター席の奥に陣取り、そんな妄想を巡らしつつ、高まる期待を胸に丼が運ばれてくるのを待つことしばし。庄イタに限らず、ほとんどの客が注文するのはヒラメの漬け丼であることがわかります(笑)。

 それも無理はありません。ほっかほかの卵黄かけご飯に、これでもか!!とばかりに旨さを極めた熟成ヒラメの漬けがたっぷりと加わるのですから。漬けヒラメ・卵黄・しょうゆダレご飯が織り成す絶妙な三位一体の黄金比率には、誰しもが魅了されるに違いありません。

 ぜひっ!

♪へ(^Σ^)へ ♪へ(^Σ^)へ ♪ へ(^Σ^)へ ♪ へ(^Σ^)へ ♪ へ(^Σ^)へ ♪ へ(^Σ^)へ ♪ へ(^Σ^)へ

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 伝説や歌舞伎に題材をとった極彩色の奇想天外な27台の大型山車(上・下画像)や、獅子頭による統一がとれた権現舞一斉歯打ちが見事な法霊神楽(下動画)、頭を噛まれると子どもが聡明になるとされる虎舞など、古式ゆかしい時代行列が繰り広げる圧巻のスペクタクル「八戸三社大祭」。

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 起源を295年前の享保年間まで遡る八戸三社大祭は、国指定重要無形民俗文化財に指定される全国各地の「山・鉾・屋台行事」32件の一つとして今年の秋にユネスコ無形文化遺産への登録が見込まれています。その3日目「お還り」と重なったその日。

 八戸ステイ2日目の朝は、八戸前沖サバを食そうと心に決めていました。みなと食堂から市営魚菜小売市場に事前確認に立ち寄ってから庄イタが向かった先は、JR八戸線鮫駅からほど近い蕪島(下画像)

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 昨年11月22日のみなと食堂への初訪問時は、蕪島の中心に建つ弁財天を祀る蕪嶋神社に立ち入ることができませんでした。それは不幸にも同年11月5日未明に発生した火災で蕪嶋神社の社殿がご神体ともども全焼してしまったがため。

kabushima2015.11.jpg【Photo】2015年11月22日に八戸を訪れた際の蕪島。同月5日未明に発生した火災で焼け落ちた蕪嶋神社の社殿が残る

 現在、社殿が建っていた場所は更地になっています(下画像)。八戸市民の篤い信仰を集める神社ゆえ、2年後の再建を目指し、官民を挙げた取り組みが行われています。海鳥の一大繁殖地を間近で目にすることができるのは極めて珍しいため、蕪島は天然記念物に指定されています。

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 繁殖期のピークには3万羽以上のウミネコが乱舞する蕪島も、雛鳥たちの巣立ちの季節を迎え、大多数が南へ移動したウミネコは数えるほどが留まる状況でした。そこで目撃したのが、ウミネコ親子の朝ごはん。

kabushima_2012.6.15.jpg【Photo】2012年6月。火災発生前の蕪嶋神社境内。抱卵中のウミネコで足の踏み場に注意を要する状態。孵化(うか)して間もない雛(下画像右側)は保護色の羽毛に覆われている

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 子育て中のウミネコにあっては、エサの横取りは日常茶飯事。縄張り意識が強いため、境界を越えた場合、相手がたとえ小さな雛鳥だろうと、長く鋭利な嘴(くちばし)で容赦なく攻撃します。厳しい生存競争を生き抜いて巣立つのは、孵化した雛の1/3程度なのだそう。

 蕪島からほど近く、イカの水揚げも多い鮫浦港から運んだのでしょうか。一匹のヤリイカをくわえた親鳥が、成鳥とさして変わらぬ大きさに育った茶褐色の羽毛に覆われた雛鳥がいる自らの縄張りに舞い戻ったところでした。高級品のヤリイカを狙うとは、さすがイカの町八戸のウミネコは口が肥えてるなぁ。と妙な感心をした庄イタ。

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 春先から初夏にかけてのピーク時と比べ、生存競争のライバルが少なくなったためか、口移しではなく地面にイカを差し出しました(上画像)。成長期の雛鳥は大食漢でもあります。待ってましたとばかりに雛鳥がイカにありつくのかと思いきや・・・。

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 雛の目の前でイカをたちまちにして一飲みにしたのは親鳥のほうでした(上画像)。意表を突かれた雛鳥は、鳴き声を上げながらエサをねだるかのように親鳥のもとにすり寄ってずっと離れませんが、目を合わせない親鳥はそれに応じる素振りを見せません(下画像)

 これは紛れもないウミネコが子別れの時期を迎えた証拠。甲斐甲斐しくエサを運び続けた親鳥は、巣立ちが近くなると雛にエサを与えなくなります。そうして突き放すことで我が子の独り立ちを促すのです。

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 成人年齢を18歳に変更する民法の改正案が来年の通常国会に提出される運びとなったこの夏、18歳に選挙権が引き下げられた初の参院選が実施されました。

 厳しい野生の掟を目の当たりにして、「立派な大人になるんだよ」と、親離れ間近となった雛鳥にエールを送ったのでした。

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みなと食堂
 住:青森県八戸市大字湊町字久保45-1
 Phone:0178-35-2295 *予約不可
 営:6:00~15:00 日曜定休 P有り

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2016/07/19

この味、摘果されてこそ

辛味がすがすがしいメロン子の辛子漬け @ 庄内


 あすは檜(ヒノキ)になろう、あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだってそれであすなろうと言うのよ。

井上靖「あすなろ物語」(新潮文庫)より

 作家・井上靖の半自伝的小説「あすなろ物語」。第一章「深い深い雪の中で」には、親元を離れて血縁関係がない祖母・りょうと二人で中伊豆・天城の土蔵の中で暮らす13歳の少年・鮎太と、りょうの姪で19歳の冴子とのこんなやり取りが描かれます。

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【Photo】下北半島と津軽半島には、青森ヒバの約8割が密生する。霊場恐山へと向かう道すがらの冷水(ひやみず)峠。5月初旬でも山肌に残る雪と鬱蒼としたヒバの自然林が周囲に広がる冷水峠に湧き出す「恐山冷水」。862年(貞観4)の慈覚大師による開山以来、霊界との境界へと入る手水として、そして険しい道のりを越えて霊場詣でをする人々の喉を潤してきた

「翌檜(アスナロ)」はヒノキ科の常緑樹。「青森ヒバ」の別名で知られる北方系の変種「ヒノキアスナロ」は、下北半島や津軽半島に広く分布しており、青森県の県木となっています。

 あすなろ物語において、天城温泉に逗留していた東京の大学生・加島との叶わぬ恋を精算するため、心中して果てた冴子が鮎太に語るのは、抗うことができない人の運命の悲哀。

 森羅万象、物事に始まりがあれば、いつか訪れる終わりは不可避なもの。生きとし生けるものには、すべからく遅かれ早かれ逃れることができない生命の終焉が待ち受けています。

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【Photo】「アムさんメロン」〈2016.6拙稿「フェロモンメロン」参照〉が先陣を切る「つがりあんメロン」5品種のうち、7月末からお盆前が出荷の最盛期となる主力ネット系品種「アーバンデリシャス」(奥)。トンネルの外まで伸びたツタの先端部に遅咲きした花のため摘まれる運命にあるメロンの幼果(手前)・ロケ地:青森県つがる市木造町出来島メロンロード

 それは動物だけでなく、植物とて同じ。芽が出て花が咲き、受粉して実を結び、やがて種が母なる大地と結ばれることで、次なる世代へといのちの循環が繋がってゆきます。

 そうした起承転結、いわば生命の摂理を全うできない存在が、ヒトが美味しく口にするために摘まれる果実や野菜です。

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【Photo】庄内砂丘メロンの緑肉系代表品種が「アンデスメロン」・ロケ地:山形県酒田市浜中(上画像)。直径10cmにも満たない幼果の段階で摘まれたアンデスメロンのメロン子(下画像)。熟すと表皮を覆う網目(ネット)が入っておらず、最近ではあまり見かけなくなった「プリンスメロン」のような外見。

 受粉前の蕾や花のまま人の手で摘まれるのが、リンゴ、梨、柿、桃など。〈2008.6拙稿「♪ リンゴの花びらが~ リンゴの花びらドルチェは、はじらう乙女 francesca の味」,2009.4拙稿「『芽出し』と『芽摘み』の春」参照〉

 そして幼果のうちに間引きされるのが、剪定されてから摘房されるブドウ、青ミカンとして流通する柑橘、そして今回取り上げる摘果メロン「小メロン」です。

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 風味を良くするため、メロン1株に多くても4玉以上を残さない庄内では、ただ廃棄するのではなく漬物加工用となる摘果したメロンを「メロン子」と呼びます。作物に対する愛情を感じる呼称ですよね。

 トロ~リ、ジューシーな果肉の完熟メロンとは異なり、メロン子の魅力は、すがすがしい青いウリの風味とパリっとした食感。

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【Photo】庄内砂丘メロンの主産地、酒田市浜中。庄内空港と日本海沿岸東北自動車道のすぐ近く。冬の強烈な季節風による飛び砂被害を防ぐクロマツの人工防砂林に守られるように露地トンネル栽培される砂丘メロンの畑

 夏季にオホーツク海高気圧の勢力が増すと、東北地方の太平洋側に長雨と冷涼な夏の元凶となる北東の季節風「東風(やませ)」が吹き付けます。その影響を受けない日本海側の豊富な日照量と、昼夜の寒暖差が大きく水はけのよい庄内砂丘は、メロン栽培にうってつけ。

 さらに庄内きっての酒どころ鶴岡市大山〈2012.2拙稿「大山新酒・酒蔵まつりpart.1 および part.2」参照〉が南隣にあり、赤川河口の北には銘酒「初孫」蔵元「東北銘醸」があることからも分かるように、砂丘一帯は灌漑設備を必要としないほどの良質な地下水脈に恵まれています。南北35kmに及ぶ庄内砂丘の規模は日本最大。全国で4番目の生産量を支えるメロンの一大産地です。

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【Photo】庄内空港ビルを出て日本海沿岸道方向に右折してすぐに出迎えてくれる砂丘メロンのオブジェ。多彩な食材に恵まれた食の都庄内には、このほか庄内柿・あつみ豚・刈屋梨・温海蕪といった産物の巨大オブジェがロードサイド各所に設置されている

 庄内・津軽・茨城などメロンの主要産地以外では馴染みが薄いかもしれない摘果メロンには、ネット系品種に見られる登熟過程で果皮を覆ってゆく網目がありません。

 摘果されたメロンは、そのまま廃棄されるだけでなく、庄内地方では漬物用として出荷されるケースも少なくありません。主な食べ方は、試験前に庄イタが得意だった一夜漬け(^^; 、皆さまが暑さのあまりそうならぬことをお祈りするビール漬けや、冷酒にピッタリの「竹の露」や「上喜元」など地元の酒粕で漬け込んだ粕漬けなど。

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【Photo】国内消費のほぼ全量をカナダからの輸入に依存しているオリエンタルマスタード(和がらし)。その原料となるのがカラシ菜。独自に編み出した輪作体系による資源低投入型有機農業を実践する鶴岡市三和「月山パイロットファーム」では、漬物の加工用に自家採種によるカラシ菜の栽培を行っている。5月半ば。残雪の月山を背景に人の背丈よりも高いカラシ菜の花が咲き揃う <画像提供:東海林 晴哉 氏>

 摘果メロンのほか、キュウリや丸ナスなどに関して庄内ならではの食べ方が「辛子漬け」です。それに欠かせないのが、山形県東田川郡庄内町跡(あと)地区や鶴岡市「月山パイロットファーム」で自家採種による栽培が行われているアブラナ科の「カラシ菜」。

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【Photo】月山パイロットファームでは最も手が掛かる和がらしの収穫~加工までを全て人の手で行う。6月末。蒸し暑さと土埃との闘いでもある刈り取り・実落とし作業をしたカラシ菜の種子は、大きさ1mm~2mmほど。種子を脱穀した後、梅雨の晴れ間を見計らって天日干しを行うことで、祖先から受け継いだ和がらし本来の風味を味わうことができる <画像提供:東海林 晴哉 氏>

 その種子を脱穀後に天日干しして作られるのが「和がらし」(下画像)です。ピリっとした和辛子の風味が爽やかな「メロン子の辛子漬け」は、ご飯や冷たい麺類は勿論、ビールや冷酒との相性も抜群。

 仙台朝市・今庄青果本店でも6月~7月にかけては入手可能な庄内産のメロン子を使った辛子漬けの代表的なレシピをご紹介しましょう。

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【材料】
 メロン子 1kg
 塩 50g
 砂糖 100g
 和がらし粉 50g
 酒または焼酎 100cc

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【作り方】

・メロン子を縦に4~8等分にカットする(小さいうちは種子部分はそのままでもOK)

・あらかじめよく混ぜ合わせた塩・砂糖・和がらし粉をメロン子にからませ、日本酒または焼酎を加える

・ビニール袋に入れて2日ほど冷蔵庫に置くと美味しい漬物の完成。

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 それではボナペティ~ト♥
 
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2016/06/27

リング、らせん、ループ。

連鎖する言霊現象2016

 作家・鈴木光司氏のホラー小説3部作のタイトルを列記した今回。「言霊」は心霊現象ではありませんが、立て続けに3度目の美味しい言霊現象が起きました。

 前稿「念ずれば すなわち是 通ず(≒ 届く)」をアップした日曜日。朝食後に言霊フルーツ第2弾で頂いた佐藤錦の残りを食べ尽くし、カフェラッテでまったりしているところにインターフォンのチャイムが鳴りました。

 モニター画面には、お隣りの奥様が玄関先に佇んでいる姿が映し出されています。「どうぞ召し上がって下さい。(^^)」とお裾分けに頂いたのが、ぷるんとした赤い輝きを放つコレ。

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 山形県寒河江市と並んでサクランボ栽培が盛んなのが、佐藤錦発祥の地で仙台市と隣り合う東根市。観光サクランボ園に向かう車で混み合うR48で県境を越え、土曜日にご家族4人で東根の果樹園に行っていらしたそう。

 大きさが25mm以上の2L~3Lサイズはあろうかという真っ赤に色づいた果実を食してみると、酸味と甘味のバランスが絶妙な佐藤錦とは風味が異なります。酸味が弱いことから、入れ替わりでこれから旬を迎える「紅秀峰」と思われます。

 二度あることは三度ある。言霊現象は連鎖するようです。「♪ Oooh きっと来る~」という映画「貞子」のテーマ曲「feels like "HEAVEN" by HⅡH」が、今も頭の中を駆け巡っております。

 昨日に続いて「どうもごちそうさまでした m(_ _)m」

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2016/06/26

念ずれば すなわち是 通ず(≒ 届く)

イリュージョン・チェリー from 庄内

フェロモンメロン ~ 奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台」続編

 言霊(ことだま)アムさんメロンの甘い香りに包まれた拙宅に、言霊フルーツ第2弾が届いたのは、もはや必然だったのかもしれません。

 それが届いたのは、山形内陸で、お久しぶり & お初にお目にかかる場所を訪れた休日明け。蕎麦を食したいと言う家人を伴い、今の時季はサクランボ狩りに向かう車で渋滞必至のR48は避けたほうが得策と考え、山形自動車道笹谷峠経由で山形市を訪れたのが先週日曜日。

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 それがアンビリーバボーな言霊果実第2弾の伏線となりました。

 J.S.バッハをBGMに冬の変わり蕎麦「柚子切り」を食したのが今年1月末。〈2016.2拙稿「Pizzoccheri al citron giapponesi 柚子切りは J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲とともに」参照〉山形市を訪れたのは半年ぶりです。

 伺ったのは山形では最古参のそば処だという有名店「そば処 庄司屋本店」。

 慶応年間に創業したこの蕎麦処を訪れるのは、山形総局に勤務していた2003年(平成15)、蕎麦好きの総局長Kさんと訪れて以来。

 庄司屋本店再訪の目的は、期間 & 数量限定の「天保そば」。

 1998年(平成10)、福島県双葉郡大熊町の古民家の解体中、屋根裏の古びた俵の中から、炭や灰に覆われた玄ソバが発見されます。これは天明の大飢饉を生き延びた祖先が、再び襲う飢饉への備えに残したと推測されるもの。

 前々回の〝屋根裏カラヴァッジョ〟@トゥルーズは150億円相当ですが、子孫に託され160年の時を経て屋根裏から目覚めた天保そば@福島の価値は、まさにPriceless

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 とはいえ傷みが目立つ玄ソバを発芽させようという研究機関や大学による試みは、ことごとく失敗。1999年(平成11)に発芽から開花・結実・収穫までを成し遂げたのが、福島の製粉業者仲間から100gの玄ソバが送られてきた山形市「鈴木製粉所」社長の鈴木彦市氏(故人)

 品種改良がなされる前の江戸末期からタイムトンネルを越えて復活した天保そば。製粉業者や蕎麦店主などで構成される「幻の山形天保そば保存会」では、交雑を避けるため、酒田から39km沖合いの飛島で原種栽培を行うなどして作付を増やしてきました。

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 2005年(平成17)からは保存会メンバーの蕎麦店で生そばの提供を始めました。今年も6月1日から会員が営む上記13店舗で、昨年秋に収穫し、低温保存していた天保そばの提供が始まっています。早い店では1週間から10日ほどで完売するのだといいます。

 江戸風の上品な更科とコシの強い田舎の相盛りが庄イタの定番だった庄司屋本店。12時半を過ぎ、混み合う蔵座敷には、早咲きのヒマワリを生けた鉢と最上川の雪景を描いた真下慶治の風景画「デルタが見える最上川」が掛かり、夏と冬とが共存しているようでした。

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 山形内陸ならではの「板そば」(1人前1,450円)には目もくれず、一点買いした「せいろ天保そば」(同1,080円)は、これまで食べてきたいかなる蕎麦とも異なるものでした。

 雑味のない本枯節と利尻昆布で出汁をとる辛口そばつゆ、蕎麦粉10割+つなぎ1割の「といち」が基本の庄司屋。パスタで例えれば、ブロンズダイス成形による表面の細かい凹凸があるルヴィタタイプの天保そばは、コシがありながらも、もちっとした食感が特徴。力強い蕎麦の香りの後に甘味が残ります。

 蕎麦湯には柚子七味を加え、稀少な江戸の味を堪能した余韻に浸ることしばし。白濁した蕎麦湯の後は、蔵王温泉の白濁した強酸性の硫黄泉が恋しくなります。温泉街がある蔵王の標高880m地点に向かう前にチェックしたのが、旬真っ盛りのサクランボ。春先から温暖だった今年は豊作なのだとか。

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 昼夜の寒暖差が大きい盆地性気候で果樹栽培に適した山形県内陸部。サクランボ栽培が盛んな村山地域でも、全生産量の3割程度しかない秀クラス以上で大玉Lサイズの代表品種「佐藤錦」は、たとえバラ詰めだとしても1kg4,000円を下回ることはありません。まして贈答用の手詰めともなれば価格は推して知るべし。

 仙台とそう変わらぬ産地価格を前に、無念のスルーを決断したのです。

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 蔵王へ向かう道すがら、平清水の窯元「七右エ門窯」を訪れ、震災で破損して揃いが不足していた湯飲み茶碗を五客購入しました。

 窯元の敷地内には酒田在住の日本酒師匠Aさんご推奨の純米酒専門店「正酒屋六根浄」があります。初対面の店主・熊谷太郎さんからお薦め頂いたのが、福島県郡山市田村町で、江戸中期の1711年に創業した金寶(きんぽう)酒造・仁井田本家の純米吟醸「田村」。

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 自社田で蔵人が無農薬自然栽培する「亀の尾」を全量使用しており、18代目蔵元とこの道60年の杜氏をはじめとする作り手の思いが伝わる1本。平清水で購入した茶碗は、酒器にも適しているようで。。。(^ω^;)

 凄みすら感じるコメの旨味。素材の良さを余すところなく引き出したふっくらとした味わい深さと力強さを兼ね備えた田村は、冷で良し、燗で良し。これは旨い!!

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 そして翌月曜日。拙宅に届いたのが、品名に「佐藤錦」と記載されたこちらの箱(上)。前日、山形で購入を見送ったサクランボが、イリュージョンのごとく目の前にありました。

 すわプリンセス・テンコーこと2代目引田天功の所業か? そんな妄想を巡らせるまでもなく、送り主は鶴岡在住の知人でした。

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 高まる期待を胸に開けてびっくり玉手箱。中身は高級品の証であるぎっしり手詰めの言霊サクランボ。箱に記載された生産者名は平藤丈司さん。

 昨年JA全農山形などが主催した佐藤錦に次ぐ優良品種として期待がかかる新品種「紅秀峰」の品評会において、食の都・庄内地域から唯一入賞を果たしている生産者です。

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 いわずもがなですが、これまた旨い!! どうもごちそうさまでした。(昨年は送り主に牛タンをお送りした今年のお返し。今年はちょっと気張らねば...。)
  
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2016/03/20

さくらの便りは北の国から

桜が香る〝春待ちチーズ〟共働学舎「さくら」
× バラ香るロゼ・スプマンテ+α


 仙台市街地中心部を南北に貫く東二番町通りを挟んで、仙台市役所の筋向かいが青葉区役所。その裏手にチーズ専門店「Fromagerie & Café Au Bons Ferments オー・ボン・フェルマン(下写真)はあります。

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 Viaggio al Mondo では、「Sale dolce サーレ・ドルチェ(=甘い塩)」と称されるエミリア・ロマーニャ州チェルヴィアの天日塩を取り上げた折〈2008.7 拙稿「こっちの塩は甘いぞ」参照〉と、ソメイヨシノが開花した直後、仙台では最も遅い積雪記録となった降雪について記した「桜と名残り雪」でご紹介しました。〈2010.4 拙稿「桜と名残り雪」参照〉

 花便りで驚いたのが、仙台市宮城野区の榴岡天満宮で、昨年12月25日に梅が開花したこと。天満宮によれば、ここ数年、梅の開花は2月下旬から3月上旬だったといいます。極端な暖冬が自然の営みにも影響していたのですね。

Au_Bons_Ferments2.jpg【Photo】国内外のさまざまなタイプのチーズを取り揃えたある日のオー・ボン・フェルマン。フランスチーズ鑑評騎士のショップオーナー足立武彦さんは、シニアワインアドバイザーの資格も有し、店内でワインとチーズの組み合わせを体感できる催しを定期的に実施している

 そんな暖冬傾向が一変したのが、年が改まった1月中旬から。連日寒い日が続いた仙台では、梅の見頃が続いています。そんな春まだ浅い3月。スギ花粉症の方にとっては、ありがたくない花粉前線も東北まで北上。咽喉や目鼻の不快感に苛まれるじっと我慢の季節が今年もやって参りました。

 三寒四温を繰り返し、やがて寒さに震える季節が終わります。ウグイスの初鳴きを観測した仙台でも週後半からは寒さが緩み、春近しを感じる陽気となりました。日本気象協会による桜の開花予想では、総じて昨年に続き、今年も早咲きのようです。

kobai-hakubai.jpg【Photo】接ぎ木されて一株となった早咲きの紅梅と、遅咲きの白梅とが凍える寒さの中で咲き揃う。オー・ボン・フェルマンからほど近い勾当台公園の一角で見つけた小さな春の足音(2016.3.12 撮影)

 イタリアかぶれの庄イタをしても、ニッポンに生を受けて良かったと思うのが、間もなく訪れる桜の季節。うららかな陽気のもとで愛でるソメイヨシノは、こと長い冬を越す東北の地においては、春を迎えた喜びの象徴にほかなりません。

 冬から春への境となる春分の日は、昭和23年に施行された「国民の祝日に関する法律」では〝自然をたたえ、生物をいつくしむ〟日と定義されています。

 昼と夜の長さが同じになる春分の日は、年によって日が変わります。今年は本日3月20日で、日曜日と重なるため、翌日が振替休日となります。連休で得をした気分になるのは、やはり精神構造がイタリア人ゆえでしょうか。

hitome-senbon2015.jpg【Photo】1922年(大正12)に植樹されたソメイヨシノやシロヤマザクラなど、1,200本ほどの桜並木が見られる「一目千本桜」。阿武隈川の支流・白石川沿いに8kmにわたって続く宮城県南きっての桜の名所。父親が小さな男の子を乗せた車を曳く姿がほほえましい親子を見守る満開の桜(2014.4.12 撮影)

sakura_logo2.jpg カトリック国のイタリアでは、キリストの生誕を祝う「Nataleナターレ(クリスマス)」と同様、主の復活を祝う「Pasquaパスクア(復活祭)」は、重要な意味を持つ祝日。敬虔なキリスト教徒にとっては、すべからく万人に訪れる誕生より以上に十字架からの復活は、意味深い奇蹟と考えられるわけですね。

 春分の日を過ぎた最初の満月の夜が明けた日曜日がパスクアと定められており、春分の日と同じ移動祝日で、今年は3月27日。月の満ち欠けの関係から、来年は4月16日がパスクアと、振れ幅が大きい祝日でもあります。

 啓蟄を過ぎ、風ぬるむ季節の訪れを待ち焦がれる今の時季、毎年いち早く春の息吹を届けてくれるのが、ほんのりと桜の香りがするチーズ「さくら(下写真)

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 繊細な日本人の感性が生んだこのチーズは、北海道上川郡新得町の農事組合法人「共働学舎新得農場」で生産されます。1月初旬から、桜の季節が終わる5月下旬にかけての季節商品となります。

 十勝平野の最北部に拓かれた共働学舎新得農場には、自閉症や引きこもりなど、心身にハンディを抱え、一般社会に居場所を見つけられない人々が集います。そこでは日々の糧を生み出す家畜とともに、自然の摂理に沿った農作業を行うおよそ70名が、自給自足による共同生活を送っています。

 林業とソバ栽培が盛んな新得町にあって、西に日高山脈、北に大雪連峰を望む総面積70haほどの南東向き斜面に拓かれた新得農場では、有機農法による野菜・そば栽培なども行いますが、生産活動の主力は酪農。

 付加価値が高いチーズ生産ほか、ブラウンスイス種の肉牛・ホエー豚などの飼育に取り組んでいます。現在はブラウンスイス85頭とホルスタイン10頭から、朝夕2回の搾乳が行われます。

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【Photo】広大な十勝平野の北部、新得町は昼夜の寒暖差を生かしたそば栽培に適している。約6,300人の人口に対して、飼育される牛の頭数は33,000以上!!

nozomu_miyajima_libro.jpg 開設以来、農場主を務めるのは宮嶋 望氏(65)。米国内でチーズ生産量が最も多いウィスコンシン州にある農場「Vogel Farm 」での2年間の実地研修後、酪農学を専攻したウィスコンシン大学マディソン校を卒業。1978年(昭和53)に入植しました。

 6頭の乳牛からスタートし、翌年モッツァレラから着手したチーズ作りは、1984年(昭和59)に本格稼働。お手本となったのは、酪農やチーズ生産に関して工業化が進んだ米国ではなく、地域の伝統に培われた欧州各地のチーズ作りでした。

【Photo】共働学舎の理念を記した宮嶋氏の最新刊「いらない人間なんていない」(いのちのことば社2014/6刊)

 1998年(平成10)、79点が出品した「第1回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」(主催:中央酪農会議において「ラクレット」が最高賞を受賞。2004年(平成16)には、スイス・フランス・イタリア3ヵ国で構成する「Caseus Montanus (山のチーズ委員会)」主催の「山のチーズオリンピック」ソフトチーズ部門で、さくらが金賞に輝きます。

 共働学舎新得農場は、競争社会からドロップアウトした人々が集い、生きがいを感じる仕事を通して、自分の居場所と、もう一人の自分を見いだす場でもあります。そのありようは、色も形も異なる花たちが、共働学舎という一本の木に、それぞれのペースで花開いてゆくかのよう。そんな作り手たちの姿と、さくらとが、重なります。

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【Photo】半地下の床下に炭を敷き詰め、札幌軟石を積み上げた共働学舎新得農場のチーズ熟成庫。成形した凝乳の塊を塩水に浸し、熟成庫に移して後も、時おり塩水を染み込ませた晒(さらし)で磨きながら寝かせること3ヵ月。スイスでは表面を溶かしてジャガイモに塗って食するセミハードチーズ「ラクレット」が完成する

 トッピングされた一輪のエゾヤマザクラは、ヨーロッパの人々に日の丸を連想させ、エキゾチックな桜のフレーバーが、遠い日本を想起させるのでしょう。さくらは、国内はもとよりチーズの本場ヨーロッパで催される各種コンテストで、数々の受賞歴を積み重ねてきました。

 春先限定のさくらは、表皮までホロホロとした淡雪のようにしっとり柔らかな食感。桜餅に通じる和の香りに牛乳の甘さ、薄味の塩気、そしてヤギ乳から作るシェーブルチーズに似たほのかな酸味が加わります。出荷までの熟成期間を10日程度に留め、繊細な風味を残しています。

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 全体を覆う白い粉は、味噌の仕込みで用いる酵母「ジオトリカム・カンディダム」によるもの。カビではなく、この酵母を用いる製法で作られる共働学舎のチーズが、「プチ・プレジール」(上写真)

 プチ・プレジールを桜葉で香り付けし、熟成が進み過ぎない段階で一輪のヤマザクラを添えたソフトタイプのチーズが、さくらです(下写真)

 さくらのベースとなるPetit plaisir の意味は、フランス語で「小さな喜び」。さくらには、冬のモノクローム世界から芽吹きの季節を迎える今の時季に似つかわしい、ほんのり桜色のロゼがイメージ的にぴったりです。

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 今シーズン初のさくらは、共働学舎の各種チーズを取り扱うオー・ボン・フェルマンで例年通り購入。アドリア海に面したイタリア中部マルケ州のごく限られた地域だけで栽培されるブドウ「Lacrima ラクリマ」から醸したスプマンテを合わせてみました。

 ラクリマは、顕著なバラの香りが特徴となるアロマティックなブドウです。桜はバラ科の植物。バラの香りとの親和性は高いだろうという読みでした。ただ、果皮に割れが生じやすく、収穫時期の見極めが難しいため、栽培が難しい品種とされます。〈2011.11拙稿「ボジョレー騒動はさておき...」参照〉

 素晴らしいDOCG 白ワイン「Verdicchio dei Castelli di Jesi Riserva ヴェルディッキオ・デイ・カステッリ・ディ・イエージ・リセルヴァ」 の造り手である「Marotti Campi マロッティ・カンピ」は、通常DOC 赤ワイン「Lacrima di Morro d'Alba ラクリマ・ディ・モッロ・ダルバ」を醸すこのブドウを、アロマ感を活かすシャルマ方式(密閉タンク方式)で、発泡性のある辛口スプマンテに仕上げました。

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【Photo】イタリア中部マルケ州アンコーナ県のごく一部だけで栽培されるバラの薫香を漂わせる品種「ラクリマ」。個性的なこのブドウをスプマンテに仕立てたのが、モッロ・ダルバ地区の造り手「マロッティ・カンピ」。バラ科の桜の香りが魅力のさくらとの相性はいかに

 淡いピンクの色調からイメージする品種特有のバラ香との相性はまずまず。時間と労力を要する瓶内二次発酵を行うため、いきおい高価となるシャンパーニュやフランチャコルタのように持続性が高い細やかな泡の立ち上がるシルキーさはありません。泡の感触が食感に障(さわ)るうえ、渋みのもととなるタンニンを意外と感じるため、ガンベロロッソ式3段階評価では★で第1ラウンドを終了。

 半分ほど残ったさくらには、蜂蜜のワンダーランド「藤原養蜂場」で購入した「盛岡石割桜一番蜜」を少しだけ垂らしてみました。その途端、さくら本来の香りが数倍増しとなり、一気に花開いたのです。予定外の第2ラウンドは寺内大吉さんの採点(⇒昭和世代はご存じかと)でも1.5ランクアップで★★ の満点に迫る組み合わせとなりました(下写真)

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 さくらと合わせるため、自宅にストックしていたヴィーノとのアッビナメント(組み合わせ・マリアージュ)を試みるべく、今季2個目のさくらを買い求めようと、仕事帰りに再び訪れたオー・ボン・フェルマン。店内では、さくらと3種類の産地が異なるロゼとの組み合わせを体感するショップイベントの真っ最中でした。

 テーブル席では6名ほどが、淡いピンク色のグラス3杯と切り分けたさくらを前に、真剣な面持ちでロゼとさくらの相性を確かめています。自転車で移動中だったため、同好の輪に加わることはできません。「そっちがグラス3杯なら、こっちはボトル3本返しだっ!」 堺雅人ばりの意気込みを胸に、家路を急ぎました。

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【Photo】赤と比べて圧倒的に数少ないロゼの自宅ストック。(右から順に)「Cerasuolo Montepulciano d'Abruzzo チェラスオーロ・モンテプルチァーノ・ダブルッツォ1999」、「Dolcedorme Rosé ドルチェドルメ・ロゼ 2014」、「Principessa Cerasuolo プリチペッサ・チェラスオーロ2014」。特別な日に飲みたいアブルッツォの巨人「Valentini ヴァレンティーニ」はお飾り(^ ^; 。結局選んだのは左端のヴィーノ・ロッソ

 当初考えていたアッビナメントの本命は、カラブリア州の作り手「Ferrocinto フェッロチント」が、長期熟成型の偉大な「Taurasi タウラージ」を生む南イタリアの赤品種「Aglianicoアリアニコ」から醸したロゼ。畑の標高が400m以上と高く、南らしからぬエレガントな造りが魅力。

 対抗は2013年に新潟市西蒲区に誕生した「カンティーナ・ジーオセット」を起業した瀬戸潔さん(54)が、山形の契約農家が生産するスチューベンをチャーミングに仕上げた1本。第1ラウンドでは、さくらの繊細な風味を覆ってしまうタンニンの存在が気になったため、結局は知り合いのソムリエが推奨するプーリア州のヴィーノ・ロッソを選んでみました。

 捲土重来を期す第3ラウンド。挑戦者はイタリア半島のかかとの位置にあたるプーリア州産「Fatalone Teres ファタローネ・テレス2014」。本来は高い熟成能力を備えた力強い赤ワインとなる品種「Primitivo プリミティーヴォ」を、15℃から18℃程度に冷やして飲む造りをあえて狙った変則パターンです。

fatalone-sakura2.jpg 「Ridge」や「Clos du Val」など、成功を収めているカリフォルニアの「Zinfandel ジンファンデル」と同一品種であることが、20世紀後半のDNA検査で判明したプリミテーヴォ。色が濃いロゼ風に仕立てたファタローネ・テレスとの組み合わせは、いわば変化球勝負。

 州都Bariバーリから、どこまでも平坦な地形が続く内陸側へ40kmあまり南下した「Gioia del Colle ジョイア・デル・コッレ」は、良質な赤ワイン産地。円錐形の石積み屋根が特徴の住居「トゥルッリ」で名高い「Alberobello アルベロベッロ」の西方約30km の海抜365mの丘陵地にブドウ畑を所有する「Pasquale Petrera パスクアーレ・ペトレーラ」。

 イタリアにおけるオーガニック認証機関の先駆けであるICEAから有機認定を受けているパスクアーレ・ペトレーラ醸造所の信条は、ブドウの樹を人と同じように慈しむこと。自らが欲することをブドウにも同じように与えるため、常に細心のケアを怠りません。

 太古そこが海底だったことを物語る貝の化石が出てくる石灰岩と粘土の赤黒い土壌。ヴィーノ・ロッソとしては淡く、ロゼとしては濃い微妙な色合い(上写真)は、発酵前に果汁に果皮を浸すマセレーションを、ロゼと同程度の30時間に留めたスキンコンタクトによるもの。樹齢25年ほどのプリミティーヴォが完熟する10月後半に収穫後、樽は用いずステンレスタンクで12ヵ月、瓶内3ヵ月の熟成を経て、リリースされます。

 「Negroamaro ネグロアマーロ」種をメインとするイタリアン・ロゼの発祥とされるDOC Salice Salentino サリーチェ・サレンティーノ」を含め、お値打ち品が多いこの地域では、夏の日中は40℃越えが珍しくありません。5代前の創業者ニコラ・ペトレーラが好んだという、冷やして飲むロゼ風の仕上がりのヴィーノ・ロッソです。

budonoki-okuyama.jpg

 青葉区広瀬町のワインショップ「Wine Store ブドウの木(下写真)で、さくらとの組み合わせを前提に、選択のお手伝いをして下さったのが、オーナー・ソムリエの奥山和茂さん。

tag-fatalone.jpg セラーに200種前後を取り揃えるワインには、奥山さんがプロフィールを記したタグ(右写真)が1本ごとついています。

 ワインは店内のカウンターやテーブル席でフード類と共に頂くことができます。家飲み用には、表示価格の25%引きで購入可能(6本以上の場合30%OFF)。 よって店頭価格3,440円のファタローネ・テレスの購入価格は2,580円でした。

 比較的手頃な価格帯のヴィーノ・ロッソですが、安ワインにありがちな単調さやヌケ感は皆無。ふくよかな果実の旨味が伸びやかに広がります。渋味のもととなるタンニンは希薄で、飲み口は滑らか。

fatalone_filippo.jpg

 パスクアーレ・ペトレーラ醸造所の地下セラーには、クラシックやヒーリング音楽が流れています。えもいわれぬ心地よさを感じさせる癒しの秘術は、ワインがそこで体得するのかもしれません。

 ファタローネ・テレスは過剰な自己主張をせず、繊細なさくらの風味がより引き立つよう、優しくエスコートするかのよう。ファタローネの名は、2代目フィリッポ(左写真)のニックネームにちなんだもので、il Fatalone とは、俗にいう〝女たらし〟のこと(笑)。

 ただでさえ情熱的なイタリア男をして、そう言わしめるのですから、フィリッポは相当お盛んだったのでしょう( ^0^;)。自家製のヴィーノ・ロッソと牛乳を500mℓずつ飲むことを朝の日課としていたフィリッポ。98歳で天寿を全うした日とて、その例外ではなかったといいます。そんな酒とバラの人生を謳歌したフィリッポの精神と、作り手のブドウへの愛情がこの1本に体現されているように感じました。

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 北の大地に春の訪れを告げる桜が香り立つ共働学舎のさくら。そこに集う心に悩みを抱える人たちのように遅咲きのさくらに寄り添い、引き立て役を果たしてくれたFatalone Teres 2014 vinには、アッビナメント★★に加え、あっぱれ助演男優特別賞を献上したいと思います。

【Photo】共働学舎のさくらに添付の栞(しおり)に描かれた一輪の桜

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Fromagerie & Café Au Bons Ferments
 フロマージュリー&カフェ オー・ボン・フェルマン
 住:仙台市青葉区上杉1丁目4-10 庄建上杉ビル1F
 Phone : 022-217-2202
 営) 12:00~22:00 月曜定休

Wine Store ブドウの木
 住:仙台市青葉区広瀬町3-48
 Phone : 022-796-2293
 営) ・ダイニングバー 13:00~22:00 L.O.  ・カフェ13:00~17:00 日曜定休


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2016/02/27

Piovere dal cielo棚からボタ餅

pescare un'orata rara con gamberi
海老で鯛を釣った件


1456218845721.jpg 今回は、ネタ元を明かさぬことをお許し願います。何故ならば、バックラベル(右写真)に表記された42%という高いアルコール度数もさることながら、希少性も極めて高いボトルの中の液体が、瞬間蒸発しかねないがため。と、いう訳で異例の投稿となりますが、どうぞご了承ください。

 とある庄イタの立ち回り先で、とある一品を食しながら、その店のオーナー氏とカウンター越しに会話をしていた時のことです。

astiLaSelvatica.jpg グラスでオーダーできるワインやビールがストックされている冷蔵ショーケースの片隅に、見覚えのある特徴的な手描き風のイラストが描かれたカートンボックスが置いてあるのが目に留まりました。

 庄イタが箱の中身として想像したのは、エチケッタ(ラベル)に、そのイラストをDOCG アスティ・スプマンテとして唯一使っている作り手「La Caudrina ラ・カウドリーナ」のアスティ・ラ・セルヴァティカです。

【Photo】プリントラベルのドンナ・セルヴァティカ。ラ・カウドリーナのアスティ・ラ・セルヴァティカ

 なぜならば、このアスティ・スプマンテは、輸入飲料や食品を扱う「カルディコーヒーファーム」ほか、楽天市場などでも取扱いがあり、日本で唯一入手しやすいがため。

 「イラストが描かれているその箱だけど、アスティ・スプマンテを仕入れたのですか?」という庄イタの問いに対するオーナー氏の答えは、予想を覆す意外なものでした。

 直訳では〝野生の女〟となる「Donna Selvatica ドンナ・セルヴァティカ」と呼ばれるそのイラストに庄イタの視線が釘付けとなった理由は、Viaggio al Mondo 2007年6月の投稿「伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィ ~ 天使のグラッパ職人は生き仏だった」をご覧ください。

con_RLevi.jpg

【Photo】2006年10月。ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェの自宅兼蒸留所のアトリエにて。頸椎を痛めて体調が優れない中、まさに一期一会の時間を割いて下さったロマーノ・レヴィさんは、この1年半後、80歳で天に召された。数え切れぬほどのファンタジーを紡ぎ出してきたその手の温もりと柔らかな感触は、今も庄イタの右手に鮮明に残っているPhoto by Takashi Aoyagi

 レヴィさんとの橋渡しの労をお願いしたアグリツーリズモ「Rupestr ルペストゥル」オーナーのジョルジョ〈2007.9「アグリツーリズモRupestr との出逢い」参照〉からの依頼を受け、レヴィさんとのご縁を直接つないでくれたのが、ジョルジョの友人であるラ・カウドリーナの当主で醸造家のロマーノ・ドリオッティさんでした。

Levi-al-centro.jpg

【Photo】2015年7月。青森市のイタリアン「AL CENTRO 」でコース料理の締めくくったのが、レヴィさん生前の2005年に瓶詰めされたグラッパ(右)。これが庄イタ的には直近のレヴィ体験だった。レヴィ翁の没後にボトリングされた復刻版ながら、記録更新は、つい先日、予期せず某所にて果たされた

 そのイラストは、ワインの醸造過程で発生するブドウの果皮や種などの搾り滓を原料に、加熱釜でアルコール成分を蒸留・抽出する蒸留酒「Grappa グラッパ」を、イタリアでは唯一直火式の蒸留設備で製造していたロマーノ・レヴィ(1928-2008)のグラッパのラベルに登場していたもの。

libro-levi22.jpg ワインジャーナリスト、ルイジ・ヴェロネッリ(1926-2004)により〝Grappaiolo Angelico (天使のようなグラッパ職人)〟と世に紹介され、伝説となったロマーノ・レヴィ。2008年5月にレヴィさんが逝き、2年後にはハーブ入りグラッパを担当していた姉リディアさんも亡くなります。

 創刊にスローフード協会が関わった「Vini d'Italia」と同格の影響力があるイタリアワイン評価本「I Vini di Veronelli 」の版元がヴェロネッリ出版。同社からはラベルを150ページに渡って収録した画集(右写真)が出版されるほど。

 現在、市場に出回るレヴィさんが生前にラベルを描いたグラッパ、特にドンナ・セルヴァティカがモチーフとなると、ゆうに5万円以上。90年代以前のヴィンテージグラッパには、桁違いの驚くようなプレミア価格がついています。世界中にマニアが存在する一方、希少性が徒(あだ)となり、まがい物が出回っているとのまことしやかな噂も。

   

【Movie・前編】2012年公開のレヴィ・セラフィーノ蒸留所におけるグラッパ造りの模様。冒頭に登場するレポーターを挟んで左側がマウロ・マルティーニ氏、右側がファブリツィオ・ソブレロ氏。深さ7mの貯蔵庫でおよそ1年保管したDOCG バルバレスコの醸造に用いられたヴィナッチャから、直火式の銅製蒸留釜カルダイアを含む蒸留装置アランビッコでアルコール蒸留をする工程

 レヴィさんの晩年、「Distilleria Levi Serafino レヴィ・セラフィーノ蒸留所」のアシスタントとして働いていたファブリツィオ・ソブレロ氏と、マウロ・マルティーニ氏が、蒸留所を引き継ぎ、レヴィさん亡き後の今も以前と変わらぬ製法でグラッパ造りを続けています。 

   

【Movie・後編】マウロ・マルティーニ氏により1本づつ手詰めされるボトリングから、ファブリツィオ・ソブレロ氏によるラベルの手貼り工程の模様。ロマーノ・レヴィさんの生前と変わらぬ大量生産がきかない伝統的な製法を受け継いでいることが窺える

 レヴィさんの健康状態が思わしくなくなって以降、ラベル以外のほとんどの仕事を任されていた二人の後継者が、レヴィ・セラフィーノ蒸留所で作り続けるグラッパは、現在日本の正規代理店を通して1本2万円前後で入手が可能です。印刷に変わったラベルは、生前レヴィさんが描いたドンナ・セルヴァティカのバリエーション違い。

levi-serafino-barolo.jpg カウンター越しに見つけた冷蔵ショーケースの中のボトルは、そんな1本でした。

 エチケッタにはBaroloと記されていることから、バローロ地区の造り手が持ち込んだ高貴品種ネッビオーロのヴィナッチャを原料としているグラッパです。(左写真)

 オーナー氏が、さらっと語るその用途を聞いて驚いてしまいました。

調理酒として、素材との組み合わせを試そうと思っています

 「エッ!? 」 素材選びには妥協を知らぬショップオーナーであることは、これまでの付き合いから重々承知していたつもり。それにしても贅沢極まりない話ではありませんか!!

 レヴィさんのもとを訪れた経験があることを明かすと、心の広いオーナー様(⇒ここは敬称付き♥)は、「グラッパグラスがなくて申し訳ありません」と言いながら、なんとデミタスカップに注いだ1本2万円以上もするグラッパを味見させてくれたのです。

 その日私がオーダーした一品は380円。いわば海老で鯛を釣った格好。イタリア語ならば「晴天から雨が降ってくる」という意味のPiovere dal cieloという慣用句がピッタリな展開です。
 
levi-serafino-tazza.jpg

 店としては、ディジェスティーヴォ(食後酒)として仕入れたのではなく、あくまで香り付けの〝調理酒〟。まして、こちらはゴチに預かっている身。「せっかくだからグラッパグラスで...。」などと、本音 ワガママを言える立場ではありません。まして、女性客中心の業態からして、仮にグラッパグラスを置いていても、恐らくニーズはゼロ(笑)。

 補糖や香料・カラメル色素など人為的な添加を一切行わない本来のグラッパならではの力強さ、そして4年に及ぶオーク樽熟成による円熟味。長い余韻を残す琥珀色の液体を飲み干し、謝意を伝えた去り際、こう言い残すのを忘れませんでした。

grappa-glass.jpg 「またグラッパを味見させてもらってもいい? 次はちゃんとお代も払うので。」

 臆面もなくこうした発言をする庄イタは、おそらくはオーナーが望む本来の客筋とは程遠いはず。なぜならメニューには載るはずもない〝調理酒を飲ませて欲しい〟と言っているのですから。

 店のメニューとのアッビナメント(=組み合わせ)を試みるべく、「次回は自前のグラッパグラス(左写真)を持参するかも...。」と、図に乗って二の矢を放つ庄イタ。

 「ハイ、どうぞ。」と言いつつも、オーナー氏が浮かべた笑いが、若干引きつって見えたのは気のせいでしょうか(;^ω^)。

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2016/02/07

Pizzoccheri al citron giapponesi

柚子切りは J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲とともに


Hoya-soba2014akagawa.jpg【Photo】鶴岡市宝谷(ほうや)。8月の朝。白い花を咲かせたソバの蜜を吸いに来た小さな蜂。蕎麦どころ山形県下において、玄ソバ産出量が最も多いのが鶴岡市。「ふるさとむら宝谷」では、地元産の蕎麦粉を打った「宝谷そば」を食することができる

 庄イタにとって、現在の主食はイタリアン。なれど過去において、蕎麦食いを極めた男といえば、誰あろう、私なのです。

 そう豪語するには、理由があります。まずはピエモンテ州で生を受けた前世において、隣接するイタリア最北部、ロンバルディア州北部ソンドーリオ県Valtellina ヴァルテッリーナ地方に、十字軍の時代から根付いているソバ食文化に(おそらく)触れた原体験があってこそ。

 ミラノの北、コモ湖からアルプス側へとさらに北上したヴァルテッリーナ地方は、寒冷な気候と痩せた土壌ゆえに小麦の栽培が困難な土地柄。ソバの実を挽いた平打ちのショートパスタ「Pizzoccheri ピッツォッケリ」を食します。〈2008.1拙稿「すったもんだのお年越し」,2010.1拙稿「ソムリエfromトリノ」参照〉

Morbegno_sondorio.jpg【Photo】コモ湖へと流れ込むアッダ川上流域。アルプスの急峻な山あいにV 字型渓谷が形づくられ、そこにわずかな平地が東西に広がっている。こうしたヴァルテッリーナ地方の典型的な風景は、山あいに平地が開ける信州や山形内陸と相通じる
 
 ヴァルテッリーナと似通った風土が、世界最大のソバ産出国であり、消費国たるロシア。蕎麦粥の「каша カーシャ」は、ロシア版おふくろの味。そば粉クレープ「galetteガレット」は、フランス北部ブルターニュの郷土食。アジア地域では、そば粉を用いる「平壌冷麺(ピョンヤンネンミョン)」の本場である朝鮮半島ほか、ネパールなど標高2000mを超えるチベット高地でも、香辛料とともに韃靼(だったん)ソバを食します。

raksi-yeti.jpg 蛇足ながら、気仙沼が誇るネパール・インド料理の名店「Yetiイエティ」<2012.9「Yeti イエティ@気仙沼」参照>オーナーの小野一太さんから、ヒマラヤ登山で訪れたネパール土産として頂いた蒸留酒が「raksi ロキシー」。昨年の地震で大きな被害が出たカトマンズ周辺の先住民族や、山岳民族の家庭では、専用の器具を用いて自家蒸留します。原料には、山間地では貴重な白米ではなく、多くの場合、ヒエやソバなどの雑穀を用いるとのこと。

【Photo】無造作なペットボトル詰めパッケージが、何よりの自家製の証。Yeti オーナーの小野さんから頂いたネパールの庶民にとっては身近な蒸留酒「ロキシー」。琥珀色の焼酎はストレートで馬子にも衣裳な江戸切子の酒器でクイッとな

 蕎麦食いを極めたと自認するもう一つの理由は、蕎麦好きだった父に連れられ、中学に通い始めた頃から、仙台では蕎麦どころと喧伝される山形内陸部で蕎麦屋巡りのお供を重ねたがゆえ。大学生活や支社勤務で通算10年以上を過ごした東京生活でも、都内ほか松戸小淵沢・信州などの名店を訪れたものです。

 最新の統計である2014年(平成26)の国内そば生産高では、北海道が作付面積21,600ha・収穫量13,000tで第1位。作付面積では4,880haの山形県が第2位、長野県が4,060haで続きます。収穫量では第2位の長野県が2,560t。第3位は茨城県で2,120t。山形県は僅差の2,100tで4番目となります。

 仙台と隣接する村山地域を中心にハシゴすることも珍しくなかった「そば街道」。そうして長年にわたって続けた蕎麦屋通いから、きっぱりと決別したのが2003年(平成15)。同じ山形県でありながら、内陸とは異次元の多彩な食体験ができることを実感した食の都・庄内と出合うまでのことでした。

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【Photo】「♪ 冬が来れば思い出す」 更科の一番粉に絡むふんわりとした柚子の香りが季節を感じさせる変わり蕎麦「柚子切り」。ロケ地:山形市「手打 梅蕎麦」(ゆず切り 1,200円)

 もはや食傷気味の蕎麦ではありますが、それでも寒い季節に食したいのが、季節の変わり蕎麦「柚子切り」です。その味を覚えたのが、JR山手線目黒駅東口近くのビルの谷間に暖簾を掲げていた今はなき「目黒一茶庵」。

 一茶庵系ならではの変わり蕎麦の極めつけが、年間を通して目黒一茶庵では定番だった柚子切り。辛口のつけ汁と好相性の香り高くコシの強い蕎麦を、仕舞屋(しもたや)風の座敷で、せんべい座布団と小ぶりな卓袱台で頂くという、気取らない雰囲気までがご馳走だったように思います。

 庄イタにとってはセンチメンタルジャーニーに他ならない目黒近辺では、目黒通りからプラチナ通りに左折すると、およそ30年前の開店当初から通っていた「利庵(としあん)」があります。運が良ければ、目黒一茶庵よりも上品な印象の柚子切りを、行列が絶えないその店で食することができるでしょう。

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【Photo】山形市上町「手打蕎麦 竹ふく」。更科粉に柚子を練りこんだ柚子切りと上品なもりそばの組み合わせ「二色せいろ」(950円)。単品の「柚子切り」(1,030円)も

 角が立った極太の手打ち田舎蕎麦ゆえに、数本ずつ噛むように食し、うすもり(1人前)板蕎麦を食べ進めるうちに顎が疲れてくるのが、山形県村山市「あらきそば」。個人の好みですが、のど越しも重要な蕎麦の風味のファクターだと考える庄イタ。あらきそばに限らず、板蕎麦の多くは、つけ汁が甘い点も致命的。ゆえに山形営業所に勤務した1年間で訪れたのは一度のみで、その後は足が向かなくなりました。

 山形市の「手打蕎麦 竹ふく」は、「神田まつや」などで修業した主人が打つ江戸風蕎麦。蔵王の伏流水を打ち水とする地粉「でわかおり」を主体に、玄そば10割につなぎ1割未満の十一(といち)の細打ちで、あくまでものど越し爽快。辛口でスッキリしたつけ汁と上品な更科蕎麦との組み合わせの妙は、神田まつやに相通じるところ。

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【Photo】この1月末、久方ぶりに訪れた山形市東原町「手打 梅蕎麦」。山形産と北海道産の玄そばの更科粉・一番粉・二番粉を調合。とても十割とは思えない極細に仕上げてもコシがあり、辛めのつゆとの馴染みが良い。もりそばと柚子切りとの組み合わせ「二色せいろ」(1,000円)

 定番のもりそばに加え、桜・青紫蘇・菊・柚子と四季ごとの変わり蕎麦も同時に味わえる「二色盛り」がお勧めです。とりわけ12月~2月に供される柚子切りは、冬ならではの醍醐味といえる逸品。今シーズン初訪問の竹ふくで二色せいろを食した1月末、久方ぶりにハシゴをしたくなりました。出がけの〆は蕎麦猪口で蕎麦湯を1杯半。

 その足で向かったのが、竹ふく店主・山川敦司さんの実家が営む「手打 梅蕎麦」です。2003年10月からの半年間、梅蕎麦から徒歩2分の〝食住近接〟の場所に住んでいました。その年のGW明けに遠征した旧・櫛引町で、当時全くの無名であった「アル・ケッチァーノ」を発掘していました。<2007.6拙稿「庄内系転生伝説 プロローグ」参照>

 往時は庄内に軸を置き、野に山に、そして厨房で刻苦勉励していた奥田シェフ (遠い目)。その水先案内のもと、いのちを支える食を介した得がたい出会いを重ねて庄内系へと変容。山形内陸各地のそば街道巡礼からは足を洗って5か月が経過していました。2004年4月に仙台へと戻ってからも、柚子切りの季節には年1回ペースでリピートしていたのが、変わり蕎麦を供する竹ふくか梅蕎麦のいずれかでした。

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【Photo】柚子切りを始めたことを電話で確認し、梅蕎麦を訪れた2006年11月末。柚子切りの「二色せいろ」。極細の度合いが今年(上写真)と比べ、それほどでもなかったことがわかる

 ところが5年ほど前、神田やぶそばの「せいろう」を思わせるほど、梅蕎麦の盛りが妙に少なくなりました。必然的に梅蕎麦からは足が遠のきましたが、今回は竹ふくで二色せいろを食した後だったので、かえって極薄盛りで好都合。そう踏んで久方ぶりのハシゴ蕎麦を決行したのです。
    

【Movie】少年時代のパブロ・カザルス(1876-1973)が、バルセロナの楽器店で古い楽譜を発見するまでは、久しく世に知られることがなかったヨハン・セバスチャン・バッハの「無伴奏チェロ組曲」。ひときわ味わい深いこの演奏は、母国の旧ソ連を追われ、艱難辛苦を乗り越えた生きざまが音に深みを与える当代屈指のチェリスト、ミシャ・マイスキーによるもの。愛器モンターニャは、1720年ヴェネツィア製

 変わらぬ店構えの暖簾をくぐると、まず耳に入ってくるのが店内に流れるJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第一番。私がこの店と出合った13年前から、梅蕎麦のBGMは唯一無二。心の奥底に響くこの名曲です。(動画を再生しつつ読み進むと、疑似体験が可能かと)

 店主・山川純司さんが打つ香り高くコシの強い細打ち蕎麦は、以前よりもさらに極細へと進化し健在でした。この時季の変わり蕎麦は柚子切りであることは織り込み済み。チェロの旋律に浸りながらテーブル席で待つことしばし。運ばれてきた二色せいろは、嬉しいことにかつてのボリュームを取り戻していました。

ume-sobayu.jpg【Photo】蕎麦の茹で汁だけでなく、相当の割合でそば粉を溶かし込み、白濁したトロ~っと粘性が高いゲル状を呈する梅蕎麦の蕎麦湯。徳利や猪口は山形市千歳山に文化年間より伝わる平清水焼

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 人の声に最も近いといわれるチェロの内省的な響き。無伴奏組曲のはずが、極細ゆえの心地よいのど越しを堪能すべく、ズズズ・・・と威勢よく蕎麦をすする庄イタが奏でる調べが合いの手となり、サラバンドと重なります。

 そこにはフーガト短調のように複数の旋律が重なり合うことで調和を生み出すポリフォニーが成立していたのです。それは大バッハもびっくりポンな対位法なのでありました。

 米国の前衛音楽家ジョン・ケージ(1912-1992)や、Starless And Bible Black におけるキング・クリムゾンのような偶然性が生み出すインプロビゼーション(即興演奏)の妙といえなくもありません。

 梅蕎麦での楽しみが、〆の蕎麦湯です。茹で湯とは別誂えで、そば粉を加える梅蕎麦の白濁した蕎麦湯は、ポレンタの濃厚スープか煮詰まったポタージュを噛みしめるかの如き食感。旨し蕎麦の余韻まで味わえます。

J.S.Bach.jpg

 ドイツ・チューリンゲン地方で存命中、J.S.バッハは、作曲家としてよりも教会オルガンの即興演奏家として知られました。

 蕎麦を食するズズズ・・・という音と、無伴奏チェロ組曲第一番との不協和音とも、和音とも受けとれる即興が繰り広げられる梅蕎麦。少なくとも梅蕎麦の蕎麦湯に関しては、きっとバッハも「Wunderbar ! ブンダバー! (=素晴らしい!と感心してくれることでしょう。

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手打蕎麦 竹ふく
住:山形市上町2-3-1
Phone:023-643-8003
URL: http://www.ab.auone-net.jp/~takefuku/
営:11:30-15:00 水曜定休
24席 禁煙 無料P(10台分)あり

手打 梅蕎麦
住:山形市東原町3丁目5-10
Phone:023-622-8377
営:11:30-14:30 火曜定休 年始休
URL:なし
24席 禁煙 無料P(11台分)あり

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2015/11/07

アンジェリーナへ捧げるラヴ・レター

Ti voglio bene con il cuore.


 Amore mio ANGELINA
 愛しのアンジェリーナ

 あなたが私のもとを去ったあの日から、待ち焦がれるのが、束の間の邂逅。

 人生はさようならの繰り返しで、その時が必ず訪れることが、
 運命(さだめ)なのだと頭で分かってはいる。それでも
 愛してやまない存在との身を切られるような別離の味は、いつもほろ苦い。

 アンジェリーナの甘い囁きに抗うことなど、私には無理な相談。
 あなたは、何処までもかぐわしく、いつも夢見心地へと誘う。

 久方ぶりに存在を身近に感じることができたこのひと月は至福の時。
 そっと寄り添い、味わう幸せに幾度となく溺れたことでしょう。
 嗚呼、それなのに再びあなたは手の届かない遠い地へと去ってしまった。

 今はただ、最後と知りつつ駆られてしまった魅惑の味を噛みしめ、
 聖夜の再会まで、夜な夜な身を焦がし続けるのだろう。

 その日まで、ずっとあなたを想ってます。
 Ti penso sempre, Tanti Baci
                                       Carlo

 イタリア男ならば、いともたやすく女性の耳元で紡ぎ出してみせるような言葉を並び立ててみました。贈る相手はパリジェンヌのアンジェリーナ。

montblanc-angelina.jpg【Photo】大方の日本人は、パリ本店と同じ大きさの「モンブラン」(税込810円)を巨大だと感じるはず。日本限定で適量のハーフサイズが「デミ・モンブラン」(税込486円)


siren-roxymusic.jpg 甘美な歌声に魅せられ、深追いした船乗りを海の底へ沈めてしまうギリシャ神話に登場するセイレーンさながらに、誘惑を断ち切る理性を失うや、体重増や体脂肪増に跳ね返って来るのが玉にキズ。綺麗な薔薇には棘がある。

【Photo】英国のバンドRoxy Musicが1975年に発表したアルバム「Siren サイレン」。バンドを率いるブライアン・フェリーの当時フィアンセだった米国人スーパーモデル、ジェリー・ホールが扮する魔性の歌姫セイレーン。移り気なジェリー・ホールは、後にミック・ジャガーに乗り換えた 

 1903年創業のパリに本店を構えるパストリー兼カフェ「ANGELINA」の支店「サロン・ド・テ・アンジェリーナ」がプランタン銀座に初出店したのが1984年。

montblanc_angelina2013.jpg サクっとした食感のメレンゲ、ふんわりとしたコクのある生クリーム、香り立つ濃密なマロンペーストが三位一体となった類い稀なモンブランの美味しさは、たちまちにして日本女性を虜にしました。それは辛党・甘党を使い分ける二刀流、庄イタも例外ではありません。

 パリ本店では、2008年にマロンペーストをリニューアル。日本でも5年前にパリ本店から輸入したマロンペーストに変更されています。

 数年前、仙台三越に出店し、庄イタが狂喜したのも束の間の儚い夢。仙台では知名度が不足していたのか、不幸にして一昨年の食品フロア改装時、悲しいかな撤退してしまいました。orz

 それからというもの、仙台では知る人ぞ知るこの絶品モンブランを購入する機会は、今回のように10月7日から11月3日まで仙台三越に出店した年1回程度の出張販売と、藤崎でクリスマスデコレーション(直径15cm 税込3,456円)を扱うシーズンに限られてしまいました(T_T)。

 アンジェリーナ、だから声を大にしてこう叫ぶのです。

 Venez à SENDAI s'il vous plaît !!!!!
 カムバック・センダイ・プリーズ !!!!!

 自分のもとを去った恋人カタリを追慕するナポリ歌曲が〝Core 'ngrato(邦題:「カタリ・カタリ(つれない心)」)。ここは「カタリ」を「アンジェリーナ」と読み替え、シチリアが生んだ往年の名テノール、ジュゼッペ・ディ・ステファノの切ない絶唱を庄イタの心の叫びとしてお聞きください。

 未練タラタラ。なぁーんてね。


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2015/07/18

中 洞 牧 場 牛 乳

健やかで幸せな牛から おいしい牛乳

自然と共生する「日本の山地(やまち)酪農


 JR盛岡駅から東へ、R455を田野畑村方向、ないしはR106を宮古市に向かって車で2時間余り。目指す「中洞牧場(なかほらぼくじょう)」は、岩手県下閉伊郡岩泉町の山林を切り開いた真っただ中にあります。

1-yamachi001.jpg【Photo】年間を通して放牧するため、牛舎が存在しない中洞牧場。牧草ではなく回復力が旺盛な野芝が生えている。春先の淡い緑(上)が盛夏には濃い緑の野芝に覆われる(下)

east-end-nakahora.jpg

 中洞牧場では、365日昼夜を問わず広さ50haの急峻な山あり牧草地ありの自然豊かな環境のもと、現在88頭の牛を完全放牧により飼育しています。

power_alive_tadashi-nakahora.jpg 1984年(昭和59)の創業から6年後の1990年(平成2)、年間昼夜通して屋外で牛を飼育する「中洞式山地(やまち)酪農」を確立したのが、1952年に岩手県宮古市で生まれた牧場主の中洞正さん。

 中洞さんが2006年から客員教授を務める母校の東京農業大学在学中、植物生態学者で昭和40年代から野芝を牛の飼料に活用する日本型山間酪農を提唱していた猶原恭爾(なおはらきょうじ)氏と出会います。

【Photo】「黒い牛乳」(2009.7幻冬舎メディアコンサルティング刊)などの著作を通して、牛と人と自然の持続可能な未来を提示し、日本の酪農のあり方に警鐘を鳴らす中洞氏の最新刊「中洞正の生きる力」(2013.9六耀社刊)

 岩泉と隣接する岩手県下閉伊郡田野畑村で「田野畑山地酪農牛乳」を生産する「熊谷牧場くがねの牧」熊谷隆幸さんや「吉塚牧場志ろがねの牧」吉塚公雄さんも中洞さんと同様、猶原博士の薫陶を受けた教え子です。

1-winter-nakahora.jpg【Photo】冬の中洞牧場。乳が張った牛たちは、朝の搾乳時刻になると自ら搾乳所に集まってくる。搾乳を終えた牛たちは山へと戻って思い思いの時間を過ごし(上写真)、夕刻には再び搾乳所に集まって来る(下写真)

1-yamachi032.jpg 山地酪農の聖地ともいうべきそこは、標高710m~860mで真冬には氷点下20℃にもなる北上山地。苦手な暑さをしのぐ夏毛から冬毛に生え換わった牛たちは寒さにはめっぽう強く、たとえ吹雪の日でも窪地や物陰に身を寄せ合って夜を明かします。

 1日2回(朝6時30分と夕刻4時)の搾乳時間になると、乳が張った牛たちは「お乳搾って~」といわんばかりに山から搾乳所に列をなして自発的に集まってきます。搾乳するのはジャージー牛(オス)とホルスタイン(メス)の自然交配により仔牛を生んで間もないF1交雑種が主で、その数はシーズンによって異なりますが、30頭前後。

nakahora-jyasi.jpg【Photo】巨乳好きならたまらないはずのサービスショット(´`)。ガンジー種もいる中洞牧場の主力はジャージー種。仔牛を生んで10カ月間は乳が出る。草や藁といった人間の食料とならない飼料から牛乳を生みだす牛は、人類の歴史の中で大きな役割を果たしてきた

1-DSCF5991.jpg 日本で飼育される乳牛は99%が白黒まだら模様のホルスタイン種です。体がひとまわり小さな中洞牧場のジャージー種から搾乳できる量は、泌乳量が多いホルスタインの3分の2ほどの年間4,000ℓ程度。

 1997年(平成9)に製品化プラントまで自作してしまった中洞牧場では、中洞さんを含めて現在12名の牧場スタッフほか数名の研修生が、生乳の加工から商品の出荷までを一貫して行います。

 アジア最大級の食品・飲料見本市FOODEX JAPAN 2013において実施された「ご当地牛乳グランプリ」には、日本各地から48点の味自慢の牛乳がエントリー。「中洞牧場牛乳」を含む5点が最高金賞に選出されました。

 1,592名の審査員によるネーミング・パッケージデザイン・商品のこだわり審査に加え、最高金賞5点の中で唯一、5段階評価による試飲審査で満点を獲得したのが、中洞牧場牛乳でした。その違いの理由はどこにあるのでしょう。

nakahora-jyasi2.jpg【Photo】牛が排泄する堆肥は、草食ゆえにチッソ・リン酸・カリウムを豊富に含む。そのため中洞牧場では一切の化学肥料を必要としない。放牧される乳牛の頭数が適正なため、回復力が旺盛な野芝で植生が安定している

 〝牛が健やかで幸せであること〟を中洞さんは真っ先に挙げます。現在の日本の酪農では、草食動物である牛に穀物を与えるのが一般的。1951年(昭和26)に定められた乳等省令(乳及び乳製品の成分規格等に関する省令)では、無脂乳固形分8.0%以上、乳脂肪分3.0%以上を牛乳と規定しています。

 ところが1987年(昭和62)に大手乳業メーカーの要請を受けた全農とホクレンなど農協関連の集乳団体が、買い取る生乳の乳脂肪率を3.2%から3.5%へ引き上げます。同時に規定に満たない生乳の買い取り価格を半値にしたことが大きく影響しています。日本の酪農家の9割以上は、こうした大手組織に生乳を出荷しています。

nakahora-holstinef1.jpg【Photo】中洞牧場の健康な牛は獣医や人の手を借りることなく仔牛を出産し、仔牛は半日もすると母牛の後を追いかけるようになる

 ホルスタインの場合、青草を食べる放牧では乳脂肪値3.5%は得られません。青草や稲藁など自給可能な粗飼料ではなく、多くを米国からの輸入に依存するトウモロコシや大豆粕など高カロリーの濃厚飼料が必須の存在となります。これを契機に広大な牧草地は不要となり、牛の運動量を抑制する牛舎飼いが普及しました。

1-camui_oxx.jpg バイオエタノール燃料としてのトウモロコシの需要拡大と円安による飼料代の高騰により、日本の酪農経営は非常に厳しい状況に置かれています。

【Photo】種牛の責務である世継ぎを設けるため、発情したメスのご機嫌をとりつつ「モ~、大変」と日々奮闘。中洞牧場の明日を担うオスのジャージー種「カムイ」

 とあるTV番組で、米国の某有名プレミアアイスクリームブランドが、原材料に採用した乳脂肪率4.0%の牛乳を生産する北海道東の農協が紹介されていました。一頭ごとの数値チェックによる給餌管理は、放牧と穀類を6割以上含む配合飼料を併用していました。

Y-ko.jpg 草食動物である牛に高カロリーな濃厚飼料を過剰に与えると胃潰瘍が頻発します。さらにケージ飼いの牛は足が弱るため、家畜としての寿命はせいぜい5-6年。20年といわれる天寿を全うすることなく一生を終えます。(参考:中央酪農会議HP

 獣医による人工授精で牛が人間の管理下で誕生する一般的な酪農とは違い、自然分娩で誕生する中洞牧場の仔牛は、母牛から生後すぐに引き離されることもありません。乳離れするまでの2ヶ月間は仔牛が飲んだ残りを人が頂くのです。本来、自然界では牛は少なくとも20年は生きるといわれる動物。

【Photo】中洞さんと現在の中洞牧場の最高齢1999年8月生まれの「Y子」。命名の理由は、生まれたばかりの頃の顔のブチがアルファベットの「Y」だったから

 中洞さんは獣医が「老衰死」と死亡診断書に記載する牧場は、日本中探してもウチぐらいだろうと笑います。一頭ごとに名前をつける中洞牧場における最高齢記録は、19歳で仔牛を生んだ雌「ボス」。現在の最高齢は8月で満16歳になる「Y子」。中洞さんに言わせると、一番の別嬪さんなのだそう。

1-19nerBoss.jpg【Photo】5~6年で家畜としての役割を終え、肉牛として出荷される日本の酪農では、仔牛を2回生むのがせいぜい。2013年の秋、中洞牧場では19歳のメス牛「ボス」が、15頭目となるであろう仔牛を生んだ

 自然交配・自然分娩による中洞牧場では、牛たちは広大な敷地で青草や灌木の葉を食(は)み、時に急斜面を移動しつつ、牛の生体リズムに合わせた生活を送ります。人が最低限の伐採を行うと、片っぱしから牛たちが枝の葉を食べ、次に下草を食べてゆきます。(中洞氏は牛による「舌草刈り」と呼んでいる)

1-yamachi038.jpg【Photo】枝打ちした広葉樹の葉は、急斜面を登ってきた牛たちのご飯に早変わり。葉が無くなった枝は運搬が楽になり、作業効率が上がって一石二鳥なのだという

 ストレスフリーな中洞牧場で暮らす牛たちは、草を食べ続けるために第一胃が発達して胴体が幅広いのが外見上の特徴。こうした健康な牛が排泄する堆肥は、自然に生えてくる生命力が強い野芝の養分となり、次第に大地を覆ってゆきます。

1-19er-boss2.jpg【Photo】泌乳量を高めるため、高カロリーな配合飼料を与えて牛に負担を強いる日本の酪農では例外中の例外と言ってよい19歳で仔牛を生んだメス牛「ボス」の搾乳

 安価な輸入材に押されて林業が衰退し、日本の山林の多くは管理が行き届かず荒れ果てています。保水力が弱まった山は土砂災害を誘発しています。

 世界の飢餓人口は8億人以上。ヒトの食糧となるトウモロコシではなく、食料資源として競合しない野芝と乾草を飼料とする山地酪農。中洞牧場の取り組みは、放置されたままの国土の7割を占める山林と共生し、資源低投入型の持続可能な酪農の在るべき姿を提示しているように思います。

 中洞牧場では、生乳に摂氏65℃で30分の低温保持殺菌を施します。これは生乳の味を大切にするため。同様に生クリーム成分である脂肪球を砕かないノンホモジナイズ製法のため、中洞牧場牛乳は静置しておくと、上からバター状の脂肪球、生クリーム、牛乳の三層に分かれてきます。

1-DSCF6030.jpg 草食の証であるうっすら黄色がかった中洞牧場牛乳を、軽く振って一口飲んでみましょう。哺乳類のDNAを細胞レベルで歓喜させる豊かなコク、生クリーム由来の甘い香り、スッキリ爽やかな後味に感動すら覚えるはず。

 乳脂肪率が高い牛乳=美味しい牛乳だと思っておいでの方は、乳脂肪分3.0%以上との記載に驚きを禁じ得ないでしょう。水分が多い夏草を食べる季節は、それが自然の摂理。自家調達する干し草を雪の上で与える冬期間は、数値が3.5%近辺まで変化します。

【Photo】前回「Il dolce e l'amaro スウィート & ビター〈後編〉」において既報の通り、仙台藤崎本館地下2Fで中洞牧場牛乳を取り扱う(720mℓ1,180円 500mℓ 810円 130mℓ 270円)

 日本で流通する9割以上の牛乳は、処理効率と殺菌効果の高い120℃以上で1-3秒の超高温瞬間殺菌を採用しています。どうやら高乳脂肪率信仰に支配された日本の消費者は、加熱により牛乳のタンパク質が変性して焦げた味をコク、ねっとりとしたしつこさを濃厚な旨味だと勘違いしているようです。

Leonardo_da_Vinci_attributed_-_Madonna_Litta.jpg 〝牛の血液から生成される牛乳を人間が飲むこと自体が不自然〟を筆頭に、〝乳糖不耐症が多い日本人はタンパク質を分解する消化酵素を持ち合わせていない〟とか、〝乳糖が骨粗鬆症を引き起こす〟など、納得しうる論拠に乏しい牛乳悪者論がネット上を中心に散見されます。

 牛の乳を人間が飲むのが不自然なる説が正しければ、乳離れ後の赤ちゃんがタンパク源を得るために残された唯一の道は、人食い人種。

 〝極端な情報に振り回されず、偏った食スタイルを見直し、バランスのとれた食生活を送るべき〟との正鵠を得た意見に救いを見る庄イタであります。

 永遠の都ローマを紀元前753年に建国した双生児ロムルスとレムスは、テヴェレ川に捨てられ、オオカミの乳で育ちました。これは神話の域を出ませんが、食事もワインもイタリア偏重の生活スタイルを変えるつもりは毛頭ございません。(^ ^;

【Photo】レオナルド・ダ・ヴィンチ作「授乳の聖母」(〈右上〉サンクトペテルブルク・エルミタージュ美術館所蔵) 作者不詳「カピトリヌスの雌狼」(〈下〉ローマ・カピトリーノ美術館所蔵 ※近年の研究により、紀元前5世紀エトルリア時代の作という定説が覆り、中世説が有力となった)

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中 洞 牧 場

住:岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸字水堀287
・Phone:050-2018-0112
・URL: http://nakahora-bokujou.jp/index.html
・事業主体:農業生産法人 株式会社 企業農業研究所
       株式会社 山地酪農研究所
・見学随時:詳細はコチラ参照
・問い合わせ:https://nakahora-bokujou.jp/bokujou/mail.cgi

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2015/05/10

神通力ふたたび!? 鶴岡 前編

Road to 八丁堀・てんぷら小野@鶴岡

「神通力ふたたび!? 酒田編」より続き

 自動車に革命をもたらすとされ、Googleや内外の各メーカーが開発にしのぎを削る自動運転機能車。その実用化を待つまでもなく、目隠しのままで到着できるなどと大風呂敷は広げません。少なくとも断言できるのが、地図にもカーナビにも頼らずとも、庄内地方には辿り着き、欲するがまま駆け巡れるということです。

 雪解け水で笹濁りの赤川を遡上する「雪代鱒(ゆきしろます)」の別名を持つのがサクラマス。抱卵期ならではのプリプリ&トロトロな練乳さながらの岩ガキや、口細ガレイ、スルメイカが旬を迎えるのは夏の盛り。月光川や洗沢川などに母川回帰し、産卵を終えた鮭が一生を終える頃、最上川河口にはオオハクチョウが越冬のため飛来します。こうして季節が巡るごと、心もお腹も満たされる庄内へと心馳せる庄イタ。

shonaiheiya3751.jpg【Photo】宿坊が門前に並ぶ鶴岡市羽黒町手向(とうげ)付近。狩川方面の東田川から最上川を挟んで飽海(あくみ)の美田、さらに出羽富士の異名をもつ鳥海山まで広がる庄内平野を八咫烏(やたがらす)の目線で。彼の地へ惹かれる庄イタの衝動は、禁断症状が重症化する一方のイタリアに対する希求と同じく、もはや帰巣本能化している

 四季の表情が豊かで懐が深い食の都・庄内を巡るには、〝縦軸からの横展開〟が常道です。仙台から車をいつも利用する庄イタが推奨するこのセオリーは、「おいしい庄内空港」というドンピシャな愛称が昨年決まった庄内空港から庄内入りし、レンタカーで聖地巡礼をする方にも参考になるかと。行き先と目的によって、移動ルートは当然のこと使い分けるのが得策です。

 新庄から最上川左岸に沿って延びるのが国道47号。仙台から酒田以北を距離的に最短で結ぶのは、来年から待望の通年通行が可能となる国道347号鍋越峠を経由するこのルートです。現在の新庄市と戸沢村の境となる本合海(もとあいかい)から最上川を舟で下った松尾芭蕉が、羽黒山に詣でんがために上陸した立谷沢川との合流地点・清川に至ると、前方の視界が一気に開けてきます。

matsuyama-spa-kannonyu.jpg【Photo】最上峡から一気に視界が開けるのが清川から。清川橋を最上川右岸に渡ってすぐの高台にある一軒宿「松山温泉観音湯」からの庄内平野の眺望。強烈な局地風「清川だし」を逆手に取り、日本の風力発電の先駆けとなった大型風車が勢いよく回る。地平の果てに陽が暮れてゆく

 その地平こそ、藩制時代は米沢藩・新庄藩・上山藩・山形藩など、四方を山に囲まれた諸藩に分かれていた内陸部(最上・村山・置賜の三地域)とは、文化も、言葉も、気質も、全く異なる(⇒仕事で山形県内全市町村をくまなく回った経験則に基づく実感)藤沢周平の時代小説に登場する海坂藩のモデルとなった庄内地方への入口です。

 清川橋で最上川右岸に渡り、国道345号を北上するのは、作り手のたゆまぬ努力が、風土とあいまって素晴らしい味を生み出す平田赤葱や刈屋梨などの産地を目指す場合。

6075yuza-R345takase.jpg【Photo】田植えを終えて間もない水鏡に逆さ鳥海の姿が映る。国道345号線の遊佐町丸子付近。拙稿「香り米」(2009.8)冒頭にも登場した鳥海山のビューポイント

 対して最上左岸の国道47号を酒田まで直進するのは、新庄盆地から庄内平野に向かって最上峡から吹き出す局地風「清川だし」に背後から煽られるからではなく(笑)、現在の主要銘柄米の系図を遡ると源流にあたる品種「亀ノ尾」を選抜・育種した阿部亀治の遺徳に触れ、貴重な和辛子の原料となるカラシ菜の産地である庄内町の跡地区を通らんがため。

 鶴岡と酒田を行き来する場合、両市街地で信号機が多い国道7号を避ける傾向にある庄イタ。イタリア人だけでなく日本を訪れた外国人の多くが指摘するように、日本の道路には、やたらと信号機が設置されています。合理性を重んじる欧州人にとって、日本の都市部の道路は苦痛以外の何物でもありません〈※注〉

brera-hamanaca.jpg【Photo】遊佐町吹浦と鶴岡市湯野浜34kmの間に広がるクロマツ林は、冬の猛烈な北西風のため斜めに生育する。江戸中期以降の先人が、幾多の苦難を乗り越え、営々として植林を続けてきた努力の賜物。湿度が高い環境下において、山形内陸では頻発したエンジントラブルが、庄内では全く異常をきたさなかった〈2009.3拙稿「場の空気に関する一考察」参照〉alfa Breraを駆るにはもってこいの信号レスな国道112号。酒田市浜中にて

 山形自動車道と接続する日本海沿岸東北自動車道(略称:日沿道)の現在の終点は「酒田みなとIC」。仙台から高速を利用するこの時間的な最速ルートは、神泉の水や胴腹滝といった吹浦(ふくら)周辺の湧水スポットや、岩ガキを食するために秋田県境を越えて象潟(きさかた)を目指す場合に限られます。それほど沿道各地は、素通りするには勿体ない魅力に溢れています。

 日沿道が「あつみ温泉IC」まで延伸し、時間的に近くなった鼠ヶ関から、新潟県境を越えて国道345号沿いの景勝地「笹川流れ」まで足を延ばすのも一興かと。変化に富む海岸美と、澄みきった海水を薪火で煮詰めて作る珠玉の海水塩が待っています。

9406iwagachi.jpg【Photo】遊佐町吹浦から象潟(にかほ)にかけての岩礁のプランクトンが集まる滋養豊富な鳥海山の伏流水が海中に湧き出す周辺に群生する天然岩ガキ。事情通は豊かな森林に覆われた山が背後に迫る鼠ヶ関産が旨い、いや由良産も負けていないと熱く語る。いずれにしても産卵前のぷっくりとした剥きたてを頬張ると、至福の時を堪能できる

 世界一のクラゲ展示で人気の「加茂水族館」から湯野浜温泉を経てクロマツ林の中を行く国道112号の沿道に砂丘メロンの直売所が出る夏。酒田以北は道路事情が良い国道7号が海沿いの縦軸ルート。気温上昇とともに男鹿から遠征してくる「ババヘラ」<拙稿「トロける夏の誘惑 庄内編」(2009.8)参照>や、天候と時間帯によっては、西の空を染めて太陽が日本海の水平線に沈むドラマチックな光景と出合えます。

9327MuseoKenDomon.jpg【Photo】ライフワークの古寺巡礼やヒロシマなど、仏教の深い精神性とリアリズムを追求した酒田出身の世界的な写真家・土門拳の業績を展示する「土門拳記念館」(記念館内部は撮影不可。当画像の出典は山形県広報ライブラリーより)

 土門拳記念館がある酒田・飯盛山地区から出羽大橋を渡り、山居倉庫前の道をひたすら吹浦まで直進する県道353号「吹浦酒田線」も幾分道幅は狭いですが、海沿いのサブルートとして有効です。

 庄内平野の穀倉地帯を南北に貫く庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)は、月山と鳥海山がランドマークとなり眺望も良好。海側・山側いずれにも展開しやすくストップ・アンド・ゴーが少ない点は、JR陸羽西線狩川駅または清川駅付近から最上川右岸に移行して遊佐町吹浦まで北上するR345と並んで、庄内内陸部の縦軸としてお薦めします。

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【Photo】国道112号線「産直あぐり」の先、鶴岡市西荒屋の交差点を金峰山・青龍寺方向に左折。同市大宝寺から大鳥を経由し、「朝日スーパーライン」を越えて新潟県村上市に至る東日本で最も長い県道349号に。藤沢周平生誕之地と刻まれた石碑が残る高坂地区を挟んで母狩山・金峰山北側の谷定と滝沢地区から湯田川にかけては、孟宗筍の名産地。その旬に訪れた滝沢からは月山が一望のもと

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【Photo】国道112号線「産直あさひグー」がある鶴岡市落合交差点から、国指定重要無形民俗文化財黒川能で知られる黒川と、獅子踊りの里・藤島を経て酒田・遊佐方面へと延びる庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)。うららかな春風に菜の花が吹かれて揺れる春爛漫の陽気のもと、鳥海山を望む


 さて、前々回ご披露した神通力を酒田で発揮する前日。JR鶴岡駅にほど近く、仙台・山形間を往来するバスが発着する庄内交通バスターミナルに隣接する商業施設「S-MALLエスモール」に久方ぶりに寄りました。知らぬ間に立体駐車場が解体されていたこと以上に色めき立ったのが、販売元である精肉店クックミートマルヤマの店頭から消えて久しい「庄内カレー」が、食彩館に一袋だけあったこと。

 「おっ、いよいよ製造再開か!?」と庄イタが思ったのも無理からぬこと。3種類あった庄内カレーのうち、だだちゃ豆をはじめとする庄内産野菜と羽黒緬羊の旨味が響き合うキーマカレーは、まさに忘れ得ぬ味。

2015shonai-curry.jpg【Photo】2代目の奥さま絢子さんに「もう在庫はないので、残っているのなら私も欲しい」と言わしめた最後の1パックと思しき「山伏ポークこだわりトマトカレー」には、井上農場の樹熟トマトを使用(左)。以前にクックミートマルヤマで購入するも、勿体なくて食べられぬまま、今も庄イタ宅にあるキーマカレー(右)

 真相を確かめようと、このカレーを企画・製品化したクックミートマルヤマ2代目、丸山浩孝さんに電話しました。すると委託先の事情による製造再開の見通しは立っておらず、おそらく最終出荷分の残りではないか?とのこと。最後の1パックかもしれない7月末が賞味期限の庄内カレーは、こうして庄イタのものとなりました。〝残り物には福がある〟を地でゆく展開が、直後に待っていようとは露知らず。

 前編でご紹介した目的で酒田・本間家旧本邸に向かわんとS-MALLから酒田に移動するには、三川バイパスと国道7号線が距離的には最短ルートです。マニュアル車を乗り継いできた庄イタは、前述の通り混雑を避ける傾向にあります。16時30分の本間家旧本邸の最終入邸時刻までは余裕があったこともあり、日沿道ではなく、国道345号藤島バイパスと庄内こばえちゃラインを通るべく、三川橋で赤川を渡りました。

Inoue_farm20090125.jpg【Photo】鶴岡が大雪となった2009年1月末。降りやまぬ雪の中を訪れた井上農場のビニールハウスで、一年中で最も美味しい季節を迎えた小松菜の収穫を行っていた馨さん悦さんの井上夫妻を陣中見舞い(上)。作業中は石油ストーブで暖をとれるハウスの中で小松菜の収穫を行う馨さん(下左)。同年3月末、もはや大松菜と化した小松菜を手におどけてみせる悦さん(下右)

 inoue-farm2009.1.24.jpg inoue_farm20090329.jpg

 このルートを通ることが多いのは、庄イタ家では年間を通して定番となった「はえぬき」特別栽培米のほか、小松菜、トマト、商標権を有するJA鶴岡のエリア外ゆえ、だだちゃ豆とは名乗れないものの、品種は「白山」にほかならない「たかくんの茶豆」などの農産物をお世話になっている鶴岡市渡前「井上農場」があるがゆえ。

Inouefarm_2006.jpg【Photo】小松菜は春先にアブラナ科特有の黄色い花が咲く

 さらに現在、鶴岡では訪れる価値を見出せる唯一のイタリアン「穂波街道 緑のイスキア」〈2009.6拙稿参照〉が沿道にあるからでもあります。

 鶴岡ICから丙申堂への移動前、みどり町のクックミートマルヤマにも寄っていました。天下無敵の豚しゃぶ不動の主役「山伏ポーク」〈2014年7月拙稿参照〉のバラ肉を 、もとい脇を固めるのは、十三浜の肉厚ワカメ、平田赤葱、井上農場の小松菜。これはバイエルンのビール純粋令と同様の庄イタ家の絶対的な家訓です。

 平田赤葱は根付きのままで一冬分を酒田市飛鳥の後藤博さんのもとを訪れて購入するのが毎年の恒例。庭で冬を越した赤葱は、次第に固くなり始めていました。同様に寒中は肉厚で瑞々しさが際立つ井上さんの小松菜も、春の訪れとともに丈が伸びて薹(とう)が立ち、黄色い花を咲かせます。そんな旬を過ぎた小松菜を、井上さんは「大松菜」と呼びます。

 この日はクックミートの店頭で、しゃぶ用にスライスして頂くバラ肉を買い求めませんでした。何故なら春の訪れが早い今年は、肉以外の具材が旬を過ぎている可能性があったので。そのため赤川を越えて穂波街道を過ぎる頃までは酒田へ直行するつもりでいたのです。スタンレー鶴岡製作所の先に井上農場のビニールハウスが視界に入ってくるまでは。

alche-_zuppa-verde-komatsuna.jpg【Photo】井上農場の小松菜グリーンスープ。サザエまたはアサリでとったブロードで1cm大にザク切りした小松菜をさっと煮沸し、ミキサーに。濾した緑のスープに残りの小松菜を加え、煮立たぬよう加熱すると、目にも鮮やかな小松菜のスープの出来上がり(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 庭の赤葱の状態からして、冷しゃぶ以外の具材で山伏しゃぶを食せるのはラストチャンスと思われました。ならば自ら確かめるのが確実。夜10時まで営業しているクックミートには酒田から仙台に戻る途中で再び立ち寄ればOK。大抵の場合、井上さんには事前に電話を入れて欲しい産品と数量をお伝えし、ご自宅か納屋あるいは自前の精米施設を備えたライスセンターのいずれか指定された場所に伺います。

 なれどこの日はノーアポ。目的は小松菜の状態の確認でした。勝手知ったる栽培用ビニールハウスに直行しようと農場に車を乗り付けると、一昨年完成した交流施設「i 庵銘田(→アイアンメイデン(^0^)」にご主人・井上馨さんの姿がありました。その刹那、思い起こしたのが12年前の初夏のこと。

alche-peperoncino_verde.jpg【Photo】これはサラダにあらず。「井上農場の小松菜ほか山伏豚ベーコンのペペロンチーネ」。パスタ料理を任されていた土田シェフに夏バテ予防にとリクエストしたのが、この井上農場の小松菜と青トマトを含め、何種類入っているのか察しもつかない特盛り夏野菜の食感を活かした特別仕様ペペロンチーノ(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 当時は本業以外に割く時間が、まだ少なかったアル・ケッチァーノ奥田シェフのもとで、井上さんの長女佳奈子さんがパティシェとして働いていました。(感覚と独自の理論が交錯するオーナーシェフの指導を直接仰いだ弟子は、知る限りにおいて実はそう多くはない) 佳奈子さんが愛車FIAT Panda141で出勤がてら毎朝届ける井上農場の樹熟トマトや小松菜は、2003年当時も店の欠かせない看板の一つでした。

 素材の生産現場を見てみたいと庄イタが言い出したある日のこと。夜の素材調達と仕込みとを優先した奥田シェフから、おおよその場所だけを聞き、ライスセンターの看板を目印に、初めて井上農場を訪れました。

 夏の庄内特有の強烈な日差しのもと、むせかえるような温度のハウスの中で、汗だくになって一人働いていたのが馨さん。汗を拭きながら仕事の手を休め、お話を伺ったのが井上さんとの初対面でした。その場所にこそ、現在i 庵銘田がまさに建っているのです。

kokomi_inoue200712.jpg【Photo】2007年12月。小松菜のハウスで、悦さんのそばを離れないのが、専業農家として農場を支える長男の貴利さんの娘ここみちゃん。鶴岡市藤島の産直「楽々(らら)」で、甲斐甲斐しく納品の手伝いをしていたのもこの頃。〝地方消滅〟など無縁。年を追うごとに家族が増え、一男二女の馨さん悦さん夫妻の孫は、今や10人!!

  小松菜の様子を見るために伺ったことを告げた庄イタに「今日はこの後どうするの?」と、井上さんは箒で部屋の掃除をしながら尋ねます。

 「酒田に行くつもりですが、特に予定は決めずに来ました」と応じる庄イタの返事を聞いた井上さん曰く「それにしても凄いタイミングで姿を現すね~。実はこれから、東京八丁堀『天ぷら小野』の志村さんがね...。」

 あの時、国道345号を移動しながら〝井上農場の畑に寄らなければっ!〟と、急に考えが変わったのは、どうやら神がかり的な庄イタの嗅覚と、井上農場のトマトを使った、やはり残り物には福があった庄内カレーのなせる奇跡だったようです。

「神通力ふたたび!? 鶴岡後編」に続く。
to be continued.

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 ※ 【脚注】 ロンドン・ピカデリーサーカスや、パリ・シャルルドゴール広場に英仏初のラウンドアバウトが登場する遥か1500年あまり前。ディオクレティアヌス帝(在位284~305年)が造った古代ローマ最大規模の浴場前に、欧州最古のラウンドアバウトが設置された。造営から1,800年の時を経て当時の石畳はアスファルトに変わり、現在はナイアディの泉を囲む「Piazza della Repubblica(共和国広場)」と呼ばれ、現役のロータリー式交差点として役割を果たしている。(下写真)

piazza-reppbrica-roma.jpg 規則に縛られることを是とする律儀な日本人と、(信号はあっても無きに等しいナポリのように)混沌とした無秩序の中にも暗黙のルールが存在するイタリア。化石燃料を動力とする限り、ストップ・アンド・ゴーの繰り返しは、加速時にCO2排出量を増やし、燃費を悪化させ、地球温暖化の一因にほかなりません。旧態然としたお堅い発想からの転換を、関係筋に切望するものであります。


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2015/03/26

気仙沼の味「あざら」

奇跡の巡り合わせにお互いビックリ。

もはや妖術使い。
これは呼び寄せられてしまいました (^0^; 。

 2月26日(木)、岩手県陸前高田市で、復興庁平成26年度「新しい東北」先導モデル事業「いのちと地域を守る新しい津波防災アクション『カケアガレ!日本』企画委員会」主催による津波避難訓練が行われました。

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 東北大学災害科学国際研究所、岩手日報社・河北新報社、電通グループが主体となった今回の訓練が実施されたのは、同市米崎地区に昨年夏にOPENした「イオンスーパーセンター陸前高田店」。

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【Photo】いのちと地域を守る実践的な津波避難訓練モデル構築を目指す「カケアガレ!日本」。同企画委員会が実施を呼びかけ、2月26日にイオンスーパーセンター陸前高田店で実施した訓練の模様

 Viaggio al Mondoでは、矮化(わいか)栽培による特徴的な樹形をした「米崎リンゴ」の産地として、拙稿「無機と有機のカタチ」〈2014.3〉で陸前高田市米崎地区を取り上げています。

 陸前高田の震災発生前の人口は2.4万人。そして震災関連死を含む犠牲者・行方不明者数は2,228名。市民のおよそ10人に1人が津波の犠牲となっています。

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【Photo】防災・減災ワークショップ「むすび塾」と「カケアガレ!日本」の連携例。2014年10月に宮崎日日新聞社との共催により、宮崎市木花保育園で実施した園児の避難訓練の模様

 津波被害が最も深刻だった宮城県内を皮切りに、昨年は福島県いわき市、今年は陸前高田で津波発生を想定した避難訓練を実施。岩手にもエリアを拡大しました。さらに被災地・東北発の防災・減災モデル構築のため、編集局の巡回ワークショップ「むすび塾」との連携で、釧路、宮崎、京都でも、東北大学災害科学国際研究所が監修する実践的防災学の見地に立った訓練を行っています。

kesenuma-merccato2014.7.jpg【Photo】屋上に避難した市民が、かろうじて難を逃れた気仙沼魚市場。壁面には、車と比較しても尋常ならざる高さであったことが一目瞭然な東日本大震災での津波高を示す青い表示が取り付けられた。その下に立つと、津波の恐ろしさを実感する(上写真) 味噌味・醤油味ともに2014年モンドセレクション金賞に輝いた無添加・手作りの網元逸品「ケイさんまつくだ煮(右下写真)

sanma-tsukuda-ni-kei.jpg  震災発生から4年の時が経過し、三陸沿岸では水産業を中心に沿岸部の浸水域で事業を再開する事業所が増えています。休業中に失った販路復活が思うに任せないのが、被災地の厳しい現状。たとえ居住地は高台に移転しても、豊かな海の恵みで生計を立てる上では、加工場は沿岸部で再建せねばなりません。

 そのため当初は、陸前高田に加工場を有する事業所に津波からの避難を想定した訓練実施を持ちかけました。しかし、避難訓練を独自に実施した直後であったり、秋鮭漁や養殖漁業の繁忙期と重なるため、折り合いが付かないまま時が経過しました。そこで不特定多数の人が利用する商業施設に切り替えて今回の実現に至った次第です。

 仙台から車で3時間近くを要して北上山地を越える経路が平坦ではないように、訓練実施に至るまでの道のりも、また平坦ではありませんでした。そのため事前調整のために陸前高田には幾度も足を運びました。

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【Photo】隣りにある「福よし」でも、村上健一名人が炭火で串焼きするプリップリの唐桑産を味わえる冬の三陸を代表する味覚マガキ。ケイの佃煮名人・菅原義子さんが、気仙沼大島産を用い、高級珍味として昨年から発売した「かき つくだ煮」

 一関市街地から旧大東町を経るR343は、途中で山深い笹ノ田峠を通過するため、できれば冬場は避けたいところ。そのため現在は南三陸町の手間まで開通している三陸自動車道経由か、ひと頃は護岸工事の、最近では嵩上げ工事の大型車両が行き交うR284(気仙沼街道)を経由することになります。

kei-maitake.jpg【Photo】つくだ煮名人の菅原義子さんは新境地開拓に意欲を燃やす。ド定番のサンマ以外で特にお薦めは、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災と続いた大地震で被災した宮城県栗原町で菌床栽培された舞茸を、地元の無添加醤油で甘辛く煮付けた「舞茸つくだ煮」。旨いぞ~(^¬^)

 後者ふたつのルートは気仙沼を経由するため、この一年、気仙沼には仕事で何度か足を運んでいました。真似のできない美味しさのさんまつくだ煮に惚れ込み、自宅の在庫が無くなるごとに顔を出していたのが、魚町に仮事務所兼加工場を復旧させた製造元、(有)ケイです。〈拙稿:2011年6月「海の男は不屈だった」/ 同11月「復活宣言」〉

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【Photo】元・網元の菅原啓・義子ご夫妻が現在も暮らす気仙沼湾に面した3階建てRC構造の旧社屋兼住居の裏手にあるケイの仮事務所兼加工所

 「味噌味」「しょうゆ味」「同ごぼう入」の3種類が揃う看板商品さんまつくだ煮だけでなく、料理上手の代表・菅原義子さんの手にかかった舞茸の佃煮は、さんまつくだ煮に相通じる滋味に溢れたカラダが喜ぶ味わい。

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【Photo】味付けは信頼する地元の老舗の仙台味噌と醤油。保存料・化学調味料を用いず、安心して食べられる「手作り」を貫く。全壊した旧加工場の裏手に必要最低限の設備を揃えて復旧したケイの加工場では、地元のお母さんたちがパック詰め作業を行っていた

 昨年12月、魚町の事務所兼加工所にお伺いした時、気兼ねのないお付き合いをさせて頂いている奥様に、つい口を滑らせてこう言ってしまいました。「機会があれば料理名人の義子さんお手製の『あざら』を食べてみたい」と。

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【Photo】自然の造形美を生かした柾目の天然秋田杉が、水分を適度に吸収し、ご飯のおいしさが3割増となる庄イタ愛用の伝統工芸品「大館曲げわっぱ」2段重お弁当箱。おかず箱のさんまつくだ煮と共に、ケイの舞茸つくだ煮は、ご飯のトッピングとして頻繁に登場する(上写真)

 あざらとは、発酵が進んで少し酸味が加わった白菜漬と、冬場に旬を迎えるメヌケ(目抜)やキチジ(吉次)などの脂が乗った白身魚を味噌と酒粕で煮込んだ旧正月の頃に食される気仙沼の郷土料理です。

 気仙沼大島が外洋に面して横たわる波静かな天然の良港である気仙沼は、全就業者に占める水産業の割合が突出して多い土地柄。地名の語源がアイヌ語のケセ(=果ての)モイ(=入江)であるとする説があるように、アイヌの人々が、はるばる漁の拠点として訪れていたのでしょう。

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【Photo】階上(はしかみ)と松川の2店舗で営業を再開した気仙沼資本のスーパー「クリエみうら」で購入した「あざら」は、夕方には売り切れ必至の人気商品。超レアな気仙沼の地酒「鼎心(かなえ)」の肴に最高!!

 この地を治めていた葛西氏を攻略した伊達政宗は、旧唐丹村(とうにむら)までの現在の釜石市の一部と大船渡、陸前高田までを所領としました。旧伊達藩領でありながら、明治維新後に気仙沼が宮城県に編入されたのは1876年(明治9)。

 明治になっても、登米(とめ)県、桃生(ものう)県、石巻県、一関県、水沢県、磐井県と所属が6度にわたって変遷した挙句、現状の鞘に収まっています。

 地勢的にも宮城の最北東部の岩手県境に突き出した格好の気仙沼。北隣りの陸前高田や大船渡・住田町までを指す気仙地方という括(くく)りの方が、地元の方たちの意識の上では、しっくりくるのかもしれません。

 かかる事情から、気仙沼は伝統的にモンロー主義の土地柄。仙台であざらを知る人は、気仙沼出身の人を除けば、まず存在しないはず。かといって忘れられた存在かと言えば、そんなことは断じてありません。
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【Photo】自家製の白菜漬とメカジキのカマを味噌とたっぷりの酒粕で味付けした義母のお手製あざら

 今年の元旦、日帰りで気仙沼市本吉町にある家人の実家に里帰りした折、あざらが食卓に上がりました(右写真)。ピエモンテ州出身で仙台生まれ??(*'ω'*)の庄イタにとって、義母が手作りしたあざらを食するのはこの時が初めて。

 気仙沼街道沿いでは、気仙沼との県境を接する旧室根村(現一関市)の隣町、旧千厩町(せんまやちょう)出身の義母にとって、あざらは馴染みのある料理ではなかったようです。

 本吉に嫁いでから何度かあざらを食べたことがある程度という義母が、白菜の古漬とともに使ったのは、脂が乗った白身魚を用いるあざらのセオリーを踏まえたメカジキのカマ。昨年のメカジキ水揚げ高が2,373トンで日本一の気仙沼でなければ入手困難な希少部位です。嬉しいことに伏見男山の酒粕が相当に利いており、左党にはたまらない味付けでした。

 2013年(平成25)からは、複合商業施設「気仙沼さかなの駅」主催による「あざらグランプリ」が開催されています。これは、地元のお母さんたちが自慢のあざらを持ち寄り、実食した一般客の投票によりグランプリを選出するというもの。3年目の今年も事前エントリー制で13名が参加。グランプリの栄冠は、吟味した地元の素材を丹念に煮込んだ同市松崎猫渕の主婦白幡とし子さんが獲得しました。

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【Photo】まさに〝瓢箪から駒〟な成り行きにで某所でご馳走になった「ケイ」菅原義子さんお手製のムール貝・ホタテ・カキ・ウニなどの具だくさん海鮮おこわ、吉次あざら、カニ缶・ビンチョウマグロ缶あざら。そのココロは「念ずれば通ず」?? 神がかり的な顛末は文末で

 被災した市内階上(はしかみ)店を現地再開し、被害が大きかった松岩店は内陸部の松川地区に移転し、新たなスタートを切った地元資本のスーパー「クリエみうら」では、11月から5月の大型連休の頃まで、あざらを惣菜コーナーで扱っています。大鍋で仕込む100パックほどが連日売り切れてしまうほど、震災前から固定ファンが存在するのだといいます。

 それは同本郷のJA産直「菜果好(なかよし)」でも同様。こうした店舗の惣菜コーナーであざらを置くのは、白菜が収穫され、古漬が出回る冬場を挟んだ季節に限られます。

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【Photo】市や県などが出資する第三セクター「気仙沼産業センター」が運営する海鮮市場「海の市」(中央)は昨年7月に営業を再開。周辺の浸水域では嵩上げ工事が行われ、日々風景が変わっている(上写真) ある時は佃煮名人、またある時は水彩画家の顔を持つ菅原義子さん。一昨年、ご好意でお送り頂いたつくだ煮に添えられていたご挨拶状には、解体される前の第18共徳丸が描かれていた(下)

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 そろそろ今回の副題タイトルのタネ明かしをするとしましょう。翌朝9時に避難訓練がイオンスーパーセンター陸前高田店で実施される2月25日は、事前の打ち合わせと設営もあり、昼すぎに気仙沼入りしました。

 この日仙台から同僚が運転する車に庄イタと同乗した「カケアガレ!日本」企画委員会のメンバーで仙台勤務2年目のH氏が、被災後の気仙沼を訪れるのは2回目。昨年夏の施設再開の際、H氏の知人がリニューアルに関わったというシャークミュージアムが2Fに入居する「海の市」や魚市場、旧JR気仙沼線の嵩上げが進む南気仙沼駅周辺などを案内しました。

 新たな海の市は、1Fが物販スペースと飲食店。2Fは震災遺構として保存が検討されている気仙沼向洋高校や、嵩上げのため現在は撤去された大型漁船「第18共徳丸」〈拙稿:「第二十八共徳丸に思う」2014.7参照〉が鹿折に打ち上げられていた当時の姿が、3Dの記録映像で上映されています。

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【Photo】急遽立ち寄ったケイの仮事務所にあったのは、送り状の宛先に庄イタ宅の住所が記載され、発送される寸前の保冷BOX。(左写真) 「こんなこともあるのね~」と言いつつ作業場から出ていらした義子さん。発送する箱の中身だという、あざら2種類と炊き込みご飯をご馳走に(右写真)

 集合時刻の30分前に気仙沼市街を出れば陸前高田には到着するはず。自ら魚を下ろすという魚好きのH氏に、ケイのさんまつくだ煮をご紹介する時間がありそうでした。そこで急遽ケイを訪れると...。

 奥の加工場から出ていらした義子さんは私の姿を見て開口一番、「あらま、本人が来ちゃった」と目を丸くしています。聞けば、昨年末に私が何気なく言ったおねだりを覚えていて下さった義子さんが、2つの味付けであざらを作って、宅配便で発送するばかりのところに当の本人が集荷に伺った格好になった次第。

 ご自身の励みのため、昨年出品したモンドセレクションで金賞を受賞したさんまつくだ煮だけでなく、何を作っても美味しい義子さん。さては妖術の使い手かも(笑)。伺った3人揃って気仙沼ならではの具だくさんな海鮮炊き込みご飯とともに2種類のあざらを店頭でご馳走になってしまいました。

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【Photo】宅配業者を介することなくお預かりした保冷箱を帰宅後に開封すると・・・。店頭でご馳走になった海鮮おこわ、キチジあざら、カニ缶とビンチョウマグロ缶あざら、さんまつくだ煮、のり佃煮(左)。そしてご丁重な手書きメッセージカードが2枚(右)

 実を言うとケイに伺う前、Viaggio al Mondoで以前ご紹介した本格ネパール・インド料理の店「Yeti(イエティ)〈2012年9月拙稿参照〉でボリュームたっぷりのランチセットを食していました。そのため、この時は満腹度120%だったのですが、別腹を発動し、残さず美味しく頂きました。

 嬉しかったのは、お連れしたH氏が、海鮮おこわとあざらに添えられたさんまつくだ煮に感動。味噌味、醤油味を揃って買い求めてくれたこと。

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【Photo】「散歩をしていたら良い香りがするので立ち寄ってみました」と、突然現れた南果歩さんとツーショットの義子さんの写真と、それ以降リピーターとなった南さんとスタッフのお母さんたちの笑顔の写真が、ケイの店頭を飾る

 「K-Port」〈2012.9拙稿「想いをカタチに。」参照〉を憩いの場として気仙沼にプレゼントして下さった俳優・渡辺謙夫人の女優南果歩さんがそうだったように、食べれば違いがわかるケイのさんまつくだ煮。食べる人を思って無添加にこだわり続ける名人なればこそ出せる味のファンが、また一人こうして増えてくれました。

 店頭にあった保冷BOXは訓練を終えてからお預かりし、帰宅後に開封しました。中には義子さん手書きのご挨拶状がしたためてあり、感激しきり。時折香り立つ柚子がアクセントになって食べ飽きしない心のこもったPRICELESSなあざらの美味しさを5割増しにしてくれたのでした。

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網元逸品 さんまつくだ煮 (有)ケイ

・住:宮城県気仙沼市魚町2-5-17
・Phone :0226-22-0327  ・Fax :0226-22-3331
・Mail : sanmakei@yahoo.co.jp
・URL : http://www.k-macs.ne.jp/~choko-hs/
◎ さんまつくだ煮〈しょうゆ味・味噌味〉各450円(税別)
  ほか各種 全国地方発送


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2015/02/08

今年の女鶴餅は自家製もあっさげ

お年取り前夜@村上・鶴岡・酒田・遊佐 「2014 呑み納めレポート」より続き

食べ納め@酒田L'Oasis ロアジス
「女鶴」と血統を受け継ぐ新品種「酒田まめほの香」


 1年を締めくくる恒例の食べ納めは、今回もあらかじめ予約していた酒田・清水屋マリーン5「L'Oasisロアジス」へ。(昨年のくだりは拙稿「新春縁起藤沢カブ」〈2014.1〉参照)

gran-chef-Ota2013.1.jpg【Photo】年回りが幾つも離れた後輩の指導にあたる傍ら、厨房の第一線で活躍する太田政宏グランシェフ(写真中央。月刊誌Piatto2013年3月号特集「日本海ひな街道」取材時に撮影)

 今でこそ定着した〝地産地消〟という言葉はおろか、概念すら存在しなかった1970年代初頭。豊かな山海の美味に恵まれた庄内地方ならではの〝フランス風郷土料理〟と称される誰もなしえなかった新境地を、故・佐藤久一氏との共同作業で開拓したグランシェフ、太田政宏さんが、厨房の指揮を執ります(拙稿「佐藤久一さんのこと」〈2008.3〉参照)

l'oasis2014-1.jpg【Photo】アミューズ。由良寒ダラのカクテル仕立て。マッシュポテトと生クリームを和えた優しい味付けとフワフワの食感が夢見心地へと誘い、新たな美味との出合いへの期待を高める。庄内豚のパテとピクルス、鴨のスモーク

 第一線から一度は身を引くも、ロアジス開業と同時に現場復帰。生涯現役を宣言し、後進の指導に当たりながら満70歳を超えて活躍する太田さんは、まさに料理人の鏡。輝かしい実績もさることながら、庄イタが心底から尊敬する方なのであります。

l'oasis2014-2.jpg【Photo】オードブル。庄内浜産ホウボウの洋風天ぷら フレッシュなトマトソースとエシャロット風味。ほのかな衣の塩味が絶妙

 1年ぶりに訪れた店内は、上方の影響を受けた酒田言葉で語らう人々で賑わっていました。年の瀬を迎えて店内は満席。その様子は、日本随一のフランス料理と賞賛された「ル・ポットフー」伝説の揺籃期を見るよう。

l'oasis2014-3.jpg【Photo】3種類から選べるスープ。旬を迎えたガサエビのマリニエール。庄イタが高校時代に酒田東急インに移転後のル・ポットフーで食した記憶が今も鮮明な一皿

 なぜならそこは、伝説の原点となるも、1976年(昭和51)に発生した酒田大火で焼失した清水屋デパートが建っていた場所。しかもJR酒田駅前に建設された東急イン(現・ホテルイン酒田駅前)に移る以前にル・ポットフーがあったのと同じ5階フロア。料理を待つ間、ふと40数年前にタイムスリップしたかのような感覚に捉われました。

l'oasis2014-4.jpg【Photo】メイン。庄内浜産黒メバルと温製小松菜、ホタテ貝柱と天使のエビのポワレ

 新奇さをてらわず、王道をゆくオーセンティックなフレンチなればこそ、違いが際立つ太田さんの円熟した味に魅了されたことは申し添えるまでもありません。

l'oasis2014-5.jpg【Photo】デセール。紅玉のキッシュ、ショコラとイチゴのアイスクリーム

 「お越しになる時は、いつも混んでいてあまりお構いできずに申し訳ありません」と仰るフロア係三川美和子さんや、忙しく立ち振る舞う厨房から、わざわざ見送りにいらして頂いたグランシェフに恐縮しつつ、お礼を申し上げて失礼しました。

 残すは新年を迎えるにあたっての最重要ミッション。酒田女鶴本女鶴を入手することです。

sakatameduru-yakihaze.jpg【Photo】仙台雑煮の庄イタ家における必須アイテム2点。餅は渡部正宏さんが天日乾燥した酒田女鶴の丸餅。津波で甚大な被害を受けた北上川河口に位置する石巻・長面湾の焼きハゼ。干しズイキと羅臼昆布との合わせ出汁で上品なコクと深みを出す

 古来より、歳神様をお迎えする神と人との交歓の儀式でもあった正月には、鏡餅をお供えし、白米が貴重品だった藩制時代にあっても、統制外だった糯米から作るお餅が庶民の食卓に上る最高の贅沢でした。

 伊達政宗の命を受けた川村孫兵衛による北上川の大規模改修により、新田開発が進み、港湾整備がなされた石巻から海路で運ばれた伊達藩領のコメは、江戸の米相場を左右する大きな影響力を持っていました。

 幕末まで幾度となく見舞われた飢饉への備えから、伊達藩は米作に重きをおきました。現在の宮城県北や岩手県一ノ関市周辺にかけての穀倉地帯では、庶民による餅食文化が花開きました。

 これは反面、コメ以外の特産品開発に無頓着だったがため、伊達藩では味噌のような一部例外を除いて商品経済が発達しなかったという作家・司馬遼太郎の「街道をゆく」における分析は、正鵠を得ていると庄イタは考えます。

Carnaroli-riso.jpg【Photo】頭を垂れた稲穂が風に揺れる季節。どこのコメどころかと思いきや、看板にはリゾットに最適なコメ「CARNAROLI(カルナローリ)」の表示が???

 曾祖父の代まで遡ると、地元で世界農業遺産指定に向けた機運が高まる沃土「大崎耕土」の心臓部にあたる涌谷(わくや)町で広大な水田を有する地主だったという庄イタのルーツ。孫兵衛による改修前は、暴れ川だった迫川・江合川・旧北上川に挟まれた涌谷町や美里町にかけて現在広がる美田は、天賦のものではなく、先人の努力の結晶にほかなりません。

primavera-riso.jpg【Photo】雪解け水を張った水田は、稲の植え付け前の季節にだけ出現する水鏡と化し、残雪を頂く山並みを映し出す。どこぞや東北で春先に出現する田園風景と思いきや、ここはイタリア屈指の米どころピエモンテ州ヴェルチェッリ県

 イタリアの代表的な水田地帯であるピエモンテ州ノヴァーラNovaraとヴェルチェッリVercelli周辺からミラノ西方のロンバルディア州の田園風景に、妙に懐かしさを覚えるのは、そんな出自や前世から受け継ぐDNAが影響しているのでしょう。

mezuru.jpg mamehonoka.jpg【Photo】女鶴(左写真手前)と酒田女鶴の血統を引く新品種「酒田まめほの香」(右写真手前)

 かつて出合ったことのない素晴らしい食味に驚愕した糯米「酒田女鶴」を知ったのが2009年(平成21)。作り手である酒田市吉田の渡部正弘さん・由美子さんとの幸運な出会いがあったのが2年後の産直山居館でのこと。その収穫作業の真っ最中に伺ったのが翌2012年10月。

 講談社勤務の編集者から、のちに酒田市助役に転じた伊藤珍太郎の名著「庄内の味」に記述があり、存在だけは知っていたのが酒田女鶴の原種「女鶴」。

nunome2014.12.jpg【Photo】血筋を絶やすことなく女鶴を植えつけてきた堀芳郎さんの圃場。純白の根雪に覆われた田んぼを吹き抜けてゆく北風が肌を刺す

 効率化の波にのまれて消えていった幻の品種が、その持てる美点を最も発揮するとされた飽海郡北平田村(現酒田市)円能寺に隣接する布目(ぬのめ)で今日まで命脈を繋ぐことができた恩人・堀芳郎さんとのご縁をたぐり寄せるように出会ったくだりは拙稿「酒田女鶴と本女鶴〈2012.10〉」を参照願います。

meduru.jpg【Photo】蒸しあげたばかりの女鶴。「女鶴の餅の肌も雪のように白かったならばさらにたいへんなものであろうとおもうが、見た目において多少のひけ目はあってもこの餅、舌にのせてからはあまりに優秀である」(伊藤珍太郎著「改訂・庄内の味」〈1981「本の会」刊〉より)

 もはや代えがきかない女鶴の素晴らしい食感を、R18な表現で例えるならば、雪国育ちの日本女性のしっとりとキメ細やかで滑らかな玉の肌。女鶴を搗(つ)きあげた餅の吸い着くような粘りとコシ・伸びは尋常ならざるものがあります。

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【Photo】女鶴は自宅で蒸し上げ、餅やパン生地を自家製できる自動生地捏ね機で楽チン餅つき(上写真)。産直あさひグーで購入したヤマグルミを使い、胡桃餅として正月の食卓を飾った(下写真)

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 久々に伺った渡部さんのもとには、2007年(平成19)から庄内バイオ研修センターで開発に取り組み、渡部さんの実験圃場で収穫したという糯米「酒田まめほの香(酒田糯14号)」の餅がありました。

 2004年(平成16)に新潟で品種登録された赤糯米「紅香」に酒田女鶴を交配し、それぞれの特徴である枝豆の香りと女鶴の血をひく優れた食味を兼ね備えた新品種なのだといいます。

mamehonoka-mochi.jpg【Photo】2015年度からの本格市場参入を目指し、種苗法に基づく品種登録申請を昨年行った「酒田まめほの香」(左写真)

 納屋には精米した糯米があり、その香りはまさに枝豆。旬は重ならないので冷凍物かフリーズドライのだだちゃ豆で炊き込みご飯にしたり、茶豆を挽いた「づんだ」と和えてづんだ餅にすれば香りが増幅しそうです。旬が重なるホッコクアカエビ(甘エビ)や数の子との食べ合わせは鉄板でしょう。

mamehonoka-zoni.jpg【Photo】渡部さんから頂いた酒田まめほの香の丸餅を仙台雑煮で試食。酒田女鶴から受け継いだ粘りと滑らかな舌触り。枝豆の残り香がほのかに漂う。最大の特徴である枝豆の香りは、焼いたままで食すると、さらに強く感じる(右写真)

 物々交換の良き伝統が残る庄内の生産者の例に倣って、酒田女鶴と豆ほの香餅の代金を受け取ろうとしない渡部さん。このままでは申し訳ないので、産直で別途購入することにしました。

 ご自身が育てた酒田まめほの香を手渡すよう、渡部さんから頼まれてお邪魔したのが堀芳郎さん宅。女鶴の餅つきをするのは例年30日だと伺っていました。過去2年は菓子折の箱に入った丸餅を物々交換で頂いていましたが、今回は最大のミッション達成のため、精米のまま女鶴を購入させて頂くことに。

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 里雪で畑が覆われる前の昨年11月上旬、酒田市飛鳥の後藤博さんから根付きのままで譲って頂き、今も庄イタ宅の庭に植えてあるのが「平田赤ネギ」(拙稿〈2007.9〉参照)。前日、鶴岡市みどり町「クックミートマルヤマ」で山伏ポーク(拙稿〈2014.7〉参照)のバラ肉しゃぶ用スライス(右下写真)を確保していました。

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 十三浜のワカメ(拙稿〈2012.4〉参照)を含め、これまで皆さまに幾度となくお勧めしてきた〝天下無敵の豚しゃぶ〟の具材となる冬場が最も美味しくなる小松菜を入手するために寄ったのが、鶴岡市渡前の井上農場です。周囲を雪に囲まれながらも幾分温かさを感じるビニールハウス内では、馨さん・悦さん夫妻が小松菜の収穫を行っておいででした。

inoue-nojyo2014.12.jpg【Photo】井上農場ではご自宅に隣接した納屋で小松菜の袋詰め作業中だったご長男貴利さんから庄イタ家定番のコメ「はえぬき」5kgと小松菜5把を購入。近くのビニールハウスでは、奥様が小松菜の収穫中。「悦さーん」と背後からお名前を呼ぶと、驚いたように振り向いた悦さん。庄イタの姿を認めると、いつもの飛びきりの笑顔で迎えてくれた

 独特な石油系の香り漂う特徴的な泉質が気に入って、10年以上通い続けているのが長沼温泉の日帰り入浴施設「ぽっぽの湯」。ご近所住まいでもないのに欠かさず所有している入浴回数券で心身ともにリフレッシュ。

Gassan2014.12.28.jpg【Photo】井上農場のビニールハウスを裏手に回ると、神々しい輝きを放つ月山が雪原の先に一望のもと

 純白の衣を纏った月山に見送られながら帰宅した後、取りかかったのが餅作りです。自宅には堀さん宅のように杵と臼はありませんが、生地こね機「レディースニーダーKN-30」にお出まし願いました。搗(つ)きたての女鶴は胡桃餅で、雑煮で食したのが酒田女鶴と酒田まめほの香。堀さんや渡部さんのような整った仕上がりには程遠くとも、得がたい美味しさに変わりはありません。ご縁に感謝。

自家製もあっさげ」という今回のタイトルの意味が最後まで謎だった方への脚注 ☞ 「・・・さげ」は、上方では「・・・さかい」という表現の影響を受けた庄内地方の言い方。「あっさげ」とは「あるから」「あるので」の意味。角餅文化の東日本では珍しく西日本の丸餅を食する庄内ならでは言い回し

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2015/02/01

お年取り前夜@村上・鶴岡・酒田・遊佐

【はじめに】
 サーバ更新以降、サイト内ダイレクトリンクが貼れない事象が続いています。関連アーカイブをご覧頂くには、月別アーカイブ一覧下の「検索」BOXにタイトルをコピー&ペーストするか、たくさんの皆様にアクセス頂いているおかげでキーワード検索でも上位に表示される検索エンジンを活用願います。ご不便をおかけしますが、ご容赦のほど。m(_ _)m

 はや睦月を過ぎ、今日から如月。今さら師走の話題を持ち出すのは、若干気が引けますが...。

「2014 呑み納め」レポート

 年の瀬が押し迫った12月末に庄内を訪れる(⇒「帰省する」と言った方が正確か?)ことが、2003年春に庄内系へと突然変異して以降、恒例となっている庄イタ。特に酒田女鶴と原種である(本)女鶴の餅を知ってからは、きまって酒田を訪れています。

amazake-kikkawa_20101010.jpg 仕事納めの翌日、拙稿「新年明けまして女鶴餅」(2013.1)の内容と、ほぼコピー&ペーストの行程で酒田を目指しました。

 最短ルートの最上川沿いを下るR47ではなく、大幅な回り道になることを重々承知の上で、R113を小国町から新潟・関川村を経由して村上市に立ち寄りました。その目的は「鮭を極める哲人」(2007.11)で取り上げた「味匠喜っ川」で塩引き鮭と酒びたし、リゾットやパスタの絶品ソースになる鮭のクリームスープ、さらには道中のエネルギー源となる天然麹甘酒「雪の華」を購入すること。

【photo】越後村上の風土、匠の技、そして家付き酵母が三位一体となって、芸術品のごとき域に達する塩引きや酒びたしが作られる味匠喜っ川(下写真)。天然麹甘酒「雪の華」(上写真)に用いる米麹は、丸4日間をかけて行う昔ながらの一升枡麹蓋づくりによる。「作り手の我を捨てて、謙虚な気持ちで虚心坦懐に麹と向き合うことで、やっと麹菌が目指す上品で自然な風味になってくれるようになりました」と吉川真嗣専務は語る

kikkawa_dicembre2010.jpg 目的を遂げた後は、この季節にしては比較的穏やかな冬の表情の笹川流れと沖合に浮かぶ粟島を眺めつつ、いつものようにR7ではなく日本海沿いを北上しました(下写真)

sasagawa_nagare2014.12.jpg 新潟と山形の県境にある鼠ヶ関にほど近い「あつみ温泉IC」と、山形自動車道「鶴岡JCT」間の日本海沿岸縦貫自動車道25.8kmが開通したのが2012年。これにより移動時間の短縮が図られ、村上の街と鶴岡との距離が、ぐっと近く感じられるようになっています。

 拙稿「寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。」(2010.1)などで過去取り上げた「日本海寒鱈まつり」前売り券を「やまがたの地酒佐野屋」で購入したほか、鶴岡でも立ち回り先をウロウロ。ゆえに酒田に到着した頃には、とっぷりと日が暮れていました。

 酒田市日吉町で1867年(慶応3)に創業した酒販店「久村」では、かつて常連客が夜な夜な集い、店飲みをしていたといいます。

kumura-sakaba.jpg その棟続きで居酒屋「久村の酒場」が開業したのが1961年(昭和36)。夏場は冷蔵ショーケースを兼ねるオリジナリティ溢れるガラストップのカウンター席は、今も地元の旦那衆憩いの場として愛されています(下写真)。

kumura-sakaba-counter.jpg 昭和の風情を色濃く残す気取らない酒場は、太田和彦氏や吉田類氏らに賞賛されるなど、多くのメディアで取り上げられています。現在では、知らぬ同士も肩寄せ合って善男善女が酒田の酒肴を嗜(たしな)むことができる居心地の良い店であり続けています。

mokkiri-kumura-sakaba.jpg【photo】北庄内の地酒が揃う久村の酒場。定番は、もっきりのコップ酒(右写真)

 外呑み・家飲みともにワインが主流の庄イタではありますが、その信条は〝郷に入っては郷に従え〟。しぼりたて新酒が出回る季節に酒田を訪れたのですから、「上喜元 特別純米 仕込第一号」もっきりで乾杯!!

 定番のおでん・ゲソ揚げなどをつつきながら、二杯目は「鯉川 純米吟醸 鉄人うすにごり」。三杯目の「菊勇・三十六人衆純米吟醸あらばしり美山錦」で三段目ロケットに点火。庄イタにとって日本酒の指南役である阿部ご夫妻と、この夜初対面のお三方を含む意気投合したメンバー6名で2軒目を目指しました。

yukiguni-2014.12.jpg【photo】もっきりから打って変わって仕上げは冬が似合う名作カクテル「雪国」(左写真)

 路面が凍結した圧雪路に足元をとられながら流れた先が「ケルン」。お目当ては名高いスタンダードカクテル「雪国」を考案した国内最高齢の現役バーテンダー、井山計一さん(89歳)がシェーカーを振った一杯。途中から加わった酒田出身だという姉妹二人も加わり、袖触れ合うも他生の縁な宴席を締くくりました。

 ちなみに雪国と並ぶ店のもう一つの名物でもあるカウンター奥に掲げられる井山さんの自作による川柳は、「おいおいと追いかけて来る年の数」。

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 一年の邪気を祓(はら)う霊力が宿るとされる〝若水〟は、元旦の早朝に汲むのが本筋ですが、日程の都合で3日だけフライング。ε=ε=┏(; ̄▽ ̄)┛

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 標高2,236mの鳥海山頂には、鳥海山大物忌神社の本宮が鎮座します。大物忌神は穢れを清める神様。信仰の対象とされた鳥海山の地中で磨かれ、御神力を宿した伏流水は、若水として最適ではありませんか。

【photo】赤い尖塔に十字架を頂く白亜の鶴岡カトリック教会。木造ロマネスク様式聖堂としては東北地方では最も古い1903年(明治36)築

 かく申す庄イタ。この日カトリック鶴岡教会を訪れていました。それは初代司祭を務めたダリベル神父の出身地、ノルマンディ地方のデリブランド修道院から1903年(明治36)に献堂記念として寄贈された日本国内で唯一の黒マリア像を6年ぶりに拝観するがため。

 前回は2008年の年末。厨房に入ったオーナーシェフ自らが創作料理を出していた頃のアル・ケッチァーノで、6年連続の食べ納めに鶴岡を訪れた時のこと。(拙稿「今年も当たり年!」2008.12参照)マリア像は東北芸術工科大学で14か月を要した修復作業を終え、その年の春に聖堂の左身廊部に戻ってきていました。

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 イタリア・カトリックでは、東方三博士が救世主の誕生を祝うため、エルサレムを訪れた1月6日はエピファーナ(Epifana)の祝日。この日をもって待降節から1ヵ月以上続いたナターレ(クリスマス)の期間が終わります。その前夜、箒に跨った老婆ベファーナ(Befana)がやってきて、行いの良い子どもにはお菓子を、良くない子には炭を置いてゆくのです。(2007年11月拙稿「クリスマス ところ変われば」参照)

presepia-tsuruoka.jpg 国指定重要文化財に指定されるロマネスク様式の聖堂を訪れた27日は、上記理由でクリスマス期間だったため、6年前と同様にキリスト生誕の模様をジオラマで表現した素朴なプレゼーピオがマリア像の前に飾られていました。

 聖水で十字を切り、しばしの間、清浄な祈りの場に身を置き、心洗われてからバッカスまつり@久村の酒場に臨むという、八百万(やおよろず)の神がおわします極めて日本的な1日は、こうして暮れてゆきました。

 翌朝は湧水の郷・遊佐町へ。車のトランクスペースには、25ℓ容量のポリタンクを2個積んでいました。まずはJR遊佐駅構内の「遊佐カレー遊佐駅本店」で、カプチーノを一杯。

 カプチーノには、イタリア・ボローニャに本部を構える「Segafredo Zanettiセガフレード・ザネッティ」がブラジルの自家コーヒー園での栽培から焙煎まで一貫生産するアラビカ種・ロブスタ種を絶妙の配合でブレンドしたエスプレッソローストの豆を使っています。

 水は三ノ俣集落にある交流施設「さんゆう」前に引かれた鳥海山麓では屈指の口当たりの良い伏流水「鳥海三神の水」を用いているのだそう。なるほど仙台の「セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ」フランチャイズ店で頂くのとは一味違う、まさに神通力のなせる丸みのあるお味でした。

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【photo】水量豊かな遊佐町「菓子舗 光月堂」の店先に湧く湧水

 遊佐カレー遊佐駅本店を運営するほか、食の都・庄内から選りすぐった食材を扱う「フーデライト庄内」代表の佐藤幸夫さんから、町内でお勧めの湧水を〝鳥海三神カプチーノ〟を飲みながら聞き出しました。

 それは、かつては菓子作りにも用いていたという「菓子舗 光月堂」の湧水。もうひとつのタンクには、10年以上に及ぶフィールドワークで発見した丸勝金物店の敷地にある「丸勝の水」を。遊佐の町場にあまた存在する鳥海山の恵みである湧水では、屈指の水量で湧出してくる丸勝の水。その美味しさもまた申し分のないものです。

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【photo】遊佐町「丸勝金物店」の敷地に設置された石盆に轟々と音を立てて湧き出す湧水

 これで新年を寿ぐにふさわしい鳥海山の御神力を備えた若水2つを確保。残る最大のミッション遂行前に、2014年の食べ納めに席をあらかじめ確保していた店の予約時刻が迫っていました。

次回「今年の女鶴餅は自家製もあっさげ」に続く


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2014/10/13

再見。石窯ピザOzioオッツィオ

 大粒のブドウが旬を迎える頃、鶴岡のフルーツタウン櫛引でのブドウ狩りと併せてクリア必須のミッションが庄イタには存在します。それは庄内産ブドウをふんだんに使ったピッツァを仙台市青葉区国見の「石窯ピザOzioオッツィオ」で食すること。

 山形県酒田市出身の石川淳さんと仙台市出身の雄子さん夫妻が営むオリジナルピザとパスタ料理の店Ozio。ご主人の郷里である庄内や、かつて店があった山元町など、生産者から直送される旬の素材を取り入れた、まさに庄内系イタリアンな創作メニューを提供しています。

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【photo】Ozio(=イタリア語で「のんびりした時間」の意)という店名にある通り、ゆったりした時間が流れる山元町が気に行って店を構えたという石川さんが、縁あって仙台に移転して2年半。山元時代からの馴染み客に加えて新たなファンを開拓している淳さん(右)と雄子さん(左)ご夫妻。トンボ玉作家の顔も持ち合わせる雄子さんは、トンボ玉工房「Morelloモレロ」を主宰し、Ozioでは制作体験を組み込んだコース設定も

 今年7月にハードカバー改訂版が出版された労作「土着品種で知るイタリアワイン」は、個性豊かなイタリアワインを知るには好適な一冊です。その著者であり、イタリア・ボローニャを拠点にワインジャーナリスト兼コンサルタントとして活躍するのが中川原まゆみさん。

 中川原さんは、3年前、東日本大震災の発生を受け、ジャーナリスト仲間や親しい生産者たちに、被災したイタリアンレストランのための義援金を呼びかけました。仲介を依頼された庄イタが総額11,515ユーロを橋渡しした先5軒のひとつがOzioでした。《Link to back number

jun_yuko-ishikawa.jpg【photo】自作した石窯の前で仲睦まじく立ち働く石川ご夫妻は息もぴったり。木の温かみを感じるログハウスで、創作ピザを召し上がれ

 宮城県亘理郡山元町の海岸近くにあったOzioは、3.11の津波で壊滅。かつての場所は町によって災害危険区域に指定され、現地再建を断念せざるをえませんでした。そこに手を差しのべたのが、庄イタも良く存じ上げている東北福祉大学の某氏。山元にあった店に以前から通っていたという、この大学関係者の好意により、同大国見ケ丘第一キャンパスの一角を新出発の地として紹介されます。

 そこは1997年に仙台市宮城野区港地区で開催された第8回JAPAN EXPO「国際ゆめ交流博覧会」にスロヴェニア館として出展したログハウスを移築した東北福祉大学スロベニア記念館。石川さん夫妻が2か月近くをかけて自作した石窯が完成した2012年4月、13カ月あまりの空白を経て店は再開を果たしました。

ozio_kunimi.jpg【photo】アドリア海に面したイタリアの隣国スロヴェニアのログハウスを活用したOzio外観。東北福祉大の学生食堂を兼ねるとはいうものの、一般客の利用も当然OK

 外パリ・中モチの生地の美味しさが命ともいえるナポリピッツァとは異なり、フカフカの生地に旬の素材をトッピングしたOzioのピザ。庄イタが愛するナポリピッツァと方向性は違いますが、遊佐町産パプリカなど、ご主人の郷里である庄内や山元町時代から繋がっている生産者から届く旬の新鮮素材を使ったオリジナルメニューは、パスタを含めてどれも魅力たっぷり。

 鮮度の良い生野菜や生ハムなどのアンティパスティ・ミスティに日替わりで3種から選べるピザorパスタ+セットドリンクの平日限定ランチセット(1,350円)がお薦め。いつも美味しいデザートが付く「欲張りセット」(1,650円)も。

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【photo】平日限定ランチセットと欲張りセットのサラダは、ご覧の通りの充実ぶり(左写真)。ランチセットは3種のピザとパスタ料理からの選択制。9月末に食したのは、庄内産白桃と生ハムの冷製スパゲッティーニ(右写真)

 そんなOzioで、昨年もこの季節に食したのが「庄内産いろいろぶどうのピッツァ」。先月末に訪れた時は6種類のブドウを使用しており、チーズはコクを出すため、モッツァレラだけでなくゴーダなど複数をブレンドするとのこと。半分にカットしたブドウがゴロゴロとトッピングされた今シーズンも、深まる秋の味覚を堪能させて頂きました。

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【photo】庄内産いろいろぶどうのピッツァ。この日は6種類のブドウをトッピング。その出元を聞いてビックリ!!! w(゚0゚*)w

 あまたの食材が揃う食の都・庄内で、ブドウ産地と言えば、昼夜の寒暖差が大きく、昔は暴れ川だった赤川の氾濫原ゆえの砂礫土壌を拓いた鶴岡市西荒屋。ブドウのみならず果樹栽培が盛んな西荒屋地区の「産直あぐり」に出荷している生産者は89にも上ります。

 帰りしなに石川ご夫妻と会話を交わして驚いたのが、庄イタが慌ただしく日帰りでブドウ狩りに訪れた翌週、石川さんたちも西荒屋の佐久間良一さん・みつさんのもとでブドウ狩りをしていらしたとのこと。予期せぬ形で素材の答え合わせができました。

 いやー、世間は狭い。

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石窯ピザOzio(オッツィオ)
住:仙台市青葉区国見ヶ丘6-149-1 東北福祉大学スロベニア記念館 1F
営:11:00-14:00L.O./17:00-20:30L.O. 水・木曜定休
Phone:022-343-6672 
Pあり 禁煙
URL: http://www.ozio.info/ozio/baner_decobanner.gif 

2014/08/03

夏だ! 海だっ!! ウニだぁ~!!!

Porco Rosso @ Ofunato 大船渡 ポルコ・ロッソ

 郷土再生の槌音が響く南三陸に、深い地元愛を感じさせる1軒のトラットリアがあります。その名は「Trattoria Porco Rosso トラットリア・ポルコ・ロッソ」。1992年(平成4)に公開された宮崎駿監督の映画「紅の豚」主人公、ポルコ・ロッソをどことなく彷彿とさせる風貌のオーナーシェフ、山﨑純さんが1998年(平成10)に郷里の岩手県大船渡市で開業したイタリアン・レストランです。

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【Photo】「飛べねぇ豚はただの豚だ」 1920年代のアドリア海を舞台に、自ら魔法をかけて空飛ぶ豚ポルコ・ロッソに姿を変えた退役イタリア空軍パイロット、マルコの生きざまを描いた宮崎駿監督作品「紅の豚」イタリア語版「PORCO ROSSO」(左)
大船渡「トラットリア・ポルコ・ロッソ」のカウンターには、トレンチコートとボルサリーノのソフト帽で決めたポルコ・ロッソのフィギュアが一体(右)

 南に向けて開けた大船渡湾は、開口部1km、奥行き6km。波穏やかな天然の良港です。南三陸特有の入り組んだリアス式内湾には、背後に迫る北上山地から滋養豊かな川水が湾内に流入し、ホタテ・カキ・アワビといった海の幸の養殖が盛ん。末崎半島の景勝地・碁石海岸の対岸に位置する長崎海岸や沖合の大ビラ磯・小ビラ磯といった岩礁などでは、5月末から8月中旬まで漁期となるキタムラサキウニが旬を迎えています。

cape-ozaki-ofunato.jpg【Photo】大船渡湾に突き出た尾崎岬から長崎海岸方向を望む。幼生を放流し、エサとなる昆布を増やすなどの地元漁師の努力によって、全国屈指の水揚げを誇る三陸のウニやアワビなどの漁業資源が守られてきた

 鉄路が寸断された現在は、BRT(バス高速輸送システム)が気仙沼との間を代行運行するJR大船渡線の終着駅、盛(さかり)駅から徒歩圏内のポルコ・ロッソ。盛駅は三陸鉄道南リアス線の始発駅でもあり、今年4月、運休していた釜石--吉浜間が復旧、全線運行再開を果たしました。実際の三陸鉄道の車両が登場したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」冒頭の「きたてつ」こと北三陸鉄道開業シーンさながらの祝賀ムードに地元は沸きました。

 しかし沿線で暮らす住民が激減した今、その前途は復興への道のりと同様、楽観できるものではありません。沿線の風景は変わってしまいましたが、変化に富んだ海岸線と海の美しさ、無口でも情に厚い人たち、そして海の幸の美味しさは変わりません。

ofunato-onsen.jpg【Photo】末崎半島(右)と尾崎岬(左)に挟まれた大船渡湾の開口部付近には、ホタテやカキの養殖いかだが敷設される。湾を見下ろす高台の絶好のロケーションに大船渡温泉が先月末オープン(写真右下の建物)〈click to enlarge

 7月31日(木)には、大船渡湾を見下ろす高台に日帰り入浴可能な温泉を備えたホテル「大船渡温泉」が開業。そこで起きた現実を目に焼き付け、世界三大漁場に数えられる三陸の幸を味わい、肉厚の「恋し浜ホタテ」の産地・小石浜では、奉納されたホタテの絵馬が凄いことになっている駅舎が必見の「恋し浜駅」など、沿線をじっくりと訪れてはいかがでしょう。

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【Photo】盛駅からほど近いトラットリア・ポルコ・ロッソ。東日本大震災の津波は、2.5kmほど港から内陸にある店の階段まで遡上してきた(左) 山﨑純オーナーシェフ。開店前の仕込み中に伺ったこの日は、コックコートではなく赤いTシャツ姿。「出来すぎやん!」と内心突っ込みを入れつつ、ポルコ・ロッソ氏にハイ、チーズ(右)

 東日本大震災では、コンクリート製エントランスの1段目まで津波が到達したというポルコ・ロッソ。店は津波被害は免れたものの、多くの取引先や知人が被災しました。不自由な避難生活を送る市民のため、山﨑シェフは1日2回の食事をピーク時で1日2,000食、通算17万食も作って届けるボランティアを5カ月続けました。7カ月後、店の再開に至る経緯は「わわプロジェクト」サイトを参照願います。

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【Photo】殻の腹面中央にある口で海藻類を食べて育つ三陸のキタムラサキウニ。漁期の8月中旬までは鮮度の良い生ウニがメニューにオンリストされる(左) 7月下旬、陸前高田市米崎のリンゴ畑では、特産のリンゴが次第に色付き始めていた(右)

trattoria-porco-rosso.jpg【Photo】木の温かさが伝わるトラットリア・ポルコ・ロッソ店内。カウンター席からは厨房がすぐ目の前。気さくなオーナー・シェフのキャラクターもあいまって、オープンキッチンの開放的で気取らない雰囲気の中、素材の持ち味を活かした料理を楽しめる

 東京とローマでの修行を経た山﨑シェフが、元々は銭湯だった建物の一角に現在の店を開いたのが1998年(平成10)。地元を離れて、改めて郷里の食材の価値を再認識したといいます。ポルコ・ロッソでは、昼夜ともに地元・南三陸の素材を積極的に取り入れており、夜はアラカルト、昼は4つのコース中心といったメニュー構成。

 大船渡の海の幸だけでなく、「無機と有機のカタチ」で特異な樹形に関して触れた陸前高田米崎特産のリンゴ、大船渡の西隣にある住田町「ありす畜産」の「ありすポーク」など、手書きの黒板メニュー(下写真。2014年7月中旬 click to enlarge)には、山﨑シェフが惚れ込んだ気仙地方の食材がふんだんに登場します。

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 前置きはこのあたりにして、春から夏にかけて庄イタが味わった「ランチコース(3,240円)」および「ドンナコース(コース名は女性コースなれど男性でも注文可。2,160円)」から一例をご紹介しましょう。(お手頃な「セットメニュー(1,300円)」とランチコースに魚料理か肉料理のセコンドピアットが付く「ポルココース(4,320円)」も選択可)

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【Photo】7月のある日、カウンターで頂いたランチコースより。〈アミューズ〉オーガニックなニンジンのムースとスカンピ(手長エビ)のジュレ、地物生ウニのトッピングカクテル(左)
5月。〈前菜盛り合わせ〉住田町ありすポークの低温ロースト・陸前高田市米崎町産細谷さんの無袋栽培完熟リンゴの無糖コンフィチュールのせ、自家製パンチェッタとサルーミ、カポナータのブルケッタ(右)

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【Photo】これも風薫る5月。〈温かい前菜〉真マスと米崎リンゴの重ね焼き、春野菜のアッロースト(左)
〈4種から選ぶ本日のパスタ〉春キャベツとアスパラ孟宗筍のスパゲッティ(右)

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【Photo】海が輝きを増す7月。〈温かい前菜〉キュウリウオ科の白身魚チカと米崎リンゴの重ね焼き、ナスとカボチャのアッロースト(左) 〈4種から選ぶ本日のパスタ〉地物焼きキタムラサキウニと活ホタテのクリームソーススパゲッティーニ。生ウニもオマケの大盤振る舞い特別バージョン(+800円)。悶絶必至(右)

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【Photo】クセになって再訪した8月初旬。〈4種から選ぶ本日のパスタ〉生ウニのクリームソーススパゲッティーニ。ふっくらとした生ウニの甘味が軽いガーリックとアンチョビの優しい生クリームと絡む(左手前) 焼きウニとホタテのクリームソーススパゲッティーニ。バターでソテーした活ホタテの旨味が加わった濃厚なクリームソース。絶品。(右手前)

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【Photo】セットメニューとドンナコースに組み込まれる「馬車に乗ったモッツァレラ」。パンでモッツァレラチーズを挟み焼きするナポリを州都とするカンパーニャ州の伝統料理「La mozzarella in carrozza モッツァレラ・イン・カロッツァ」(左)
〈ドルチェ盛り合わせ〉米崎・細谷さんのリンゴ果汁で作ったジュレ、大船渡牛乳と河内山さんの卵プルプルプリン、シェフに恋するカタラーナと、コクが増す順に食べるよう指定。プレートでは、スカーフを風になびかせたポルコ・ロッソ(山﨑シェフご本人かも?)が、グーサイン b(^ー°)(右)

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jun-yamazaki2.jpgTrattoria Porco Rosso トラットリア・ポルコ・ロッソ
住:岩手県大船渡市盛町字町10-1
  (ショッピングセンター「サンリア」並び)
Phone:0192-26-0801
営:11:30~15:00(L.O.14:00) 18:00~22:00(LO21:00)
火曜定休(ただし「年中夢中」) 18席 カード不可 
P:3台(店の前が満車の場合はご相談を)
最寄駅:JR大船渡線/三陸鉄道南リアス線 盛駅徒歩約4分

シェフの気まぐれブログ:
http://ameblo.jp/porcorosso-blog/  

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2014/07/27

メロンまつり 好評開催中~ ♪

青森・津軽代表 つがる市 木造産 アムさんメロン
                               &
山形・庄内代表 酒田市 浜中産 アンデスメロン

 まだ気象庁は梅雨明けを宣言していませんが、夏本番を思わせる酷暑が東北でも続いています。ここは熱中症予防のためにも、こまめな水分補給を怠ってはなりません。とはいえ、ミネラルウオーターやスポーツドリンクばかり続いては、どこか味気ない。そこで積極的に摂取したいのが、ジューシーなフルーツです。

amu-san2014.jpg【Photo】これは7月12日に弘前で開催された品評会に出品された「アムさんメロン」。置いておくだけで、えもいわれぬ強い芳香が漂う。天候に恵まれた今年は6月5日の初競りで、秀2Lサイズ1箱(8kg入)が、過去最高となる20万円のご祝儀相場を付けた。品評会に出品されるアムさんメロンは糖度16度以上

 6月上旬~8月上旬にかけての旬を心待ちにしていたのが、時に18度を超える驚異の糖度に達する「アムさんメロン(品種名:ゆうかメロン)」。

 甘い香りに吸い寄せられるように出合った黄色味を帯びた少し風変わりな名前のメロンが放つ香りに「これは只者ではない」と直感。青森市内で購入して以来、見事にハマってしまいました。

 正直に言います。「アムさん、私はもうアナタの虜です」 ^_^;

amu2-san2014.jpg【Photo】黄色味を帯びた外皮ギリギリまで食べることができるのは完熟の証し。薄緑色のアムさんメロンの果肉は、あくまで香り高く、あくまで甘く、あくまでジューシー。その味と香りは、メロン好きには堪らないはず

 初出荷から1ヵ月あまりを経た7月10日前後に出荷のピークを迎え、そこから1週間程度の梅雨明け前が品質的には最も優れているというハウス栽培のアムさんメロン。

 五所川原の立佞武多(たちねぷた)を目当てに青森を訪れた昨年は、アムさんメロンのシーズン最終盤。そのためか、五所川原市内の某大手商業施設で購入したメロンの味には今一つ納得がゆきませんでした。

 このままで夏を終わらせるわけにはいかない!と7月中盤以降から出回るトンネル栽培の「ゆうかメロン」で溜飲を下げた経緯は、「ゆうかメロン」でリベンジマッチ(2013.9)で詳述しています。

2014-0713-a+marche.jpg【Photo】県が主催する「あおもり立志挑戦塾」と「若手農業トップランナー塾」の卒塾生が運営する産直市、あおもりマルシェ。青森の魅力発信と地産地消を通して、もっと青森が好きになる場所づくりを目指している

 弘前市で青果市場を運営する弘果弘前中央青果の統一商標「つがりあんメロン」の先陣を切るアムさんメロン。庄イタにとって絶好のリベンジマッチの機会に今年は恵まれました。それは7月13日(日)にJR新青森駅前で開催する「あおもりマルシェ」に、つがりあんメロン品評会に出品された秀品が販売されるという耳寄りな情報を、前日入りした青森市で偶然ラジオでキャッチしたからです。

a-marcato2014.7.jpg【Photo】品評会出品のアムさんメロンを目当てに午前9時のスタート時刻前に会場到着。多くの人出で賑わった9回目となる「あおもりマルシェ」会場

 「青森オリジナルメロン生産連絡協議会」で次世代育成事業を担当する同会青年部が主催する品評会。今年は22件の出品があり、荷姿(玉揃い)・形状・ネット張り・糖度・食味の5つの観点から50点満点で採点が行われました。今回で9回目の開催となるあおもりマルシェには、最優秀の金賞ほか銀賞・銅賞に輝いたアムさんメロンなど、入賞作や品評会に出品されたメロンが販売されるというではありませんか。これを見逃す手はありません。

a-marcato2014.7-1.jpg【Photo】前日に行われた品評会で、金・銀・銅の各賞や入賞を果たしたアムさんメロン(上写真)はじめ、品評会出品作(下写真)まで、いずれ劣らぬアムさんメロンが揃った第9回あおもりマルシェ

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 旧木造町(きづくりまち)出身の同僚からは、本場でメロンを購入するなら、つがる市木造近郊の生産者がメロンを持ち寄るJA直売所を薦めてもらっており、当初はそのつもりでいました。なれど品評会出品作が購入できるとあれば、予定変更です。

a-mercato2014.7-3.jpg【Photo】品評会で金賞に輝いたアムさんメロン(右写真)

 マルシェは9時開場でしたが、ラジオ放送されたこともあり、定刻前に会場入り。目指すアムさんメロンのブースでは、誇らしげに「金賞」「銀賞」・・・のタグの付いた化粧箱入りアムさんメロンが並んでいました。

 温度と水に関する徹底した品質管理のもと、1株4玉まで制限し15度以上まで糖度を高めるつがりあんメロンでも、アムさんメロンは完熟で出荷されるため日持ちせず、県外にはまず出回りません。仙台でも「アーバンデリシャス」や「ハニーゴールデン」といったつがりあんメロンは稀に見かけるものの、アムさんメロンは見たことがありません。

 割高なネット通販はさておき、味をしめた一昨年以降、地元の小売店を数軒回って相場をチェックしてありました。青森オリジナルメロン生産連絡協議会青年部の方にあれこれ質問しながら、カットされたカップメロンを味見。まだ雪が残る3月初旬に定植、5月の開花期・肥育期も安定した天候に恵まれた今年の作柄は大変良いとのこと。出品作はいずれも糖度16度以上の個体を揃えたといいます。

a-mercato2014.7-4.jpg【Photo】青森オリジナルメロン生産連絡協議会青年部の方のアドバイスを参考に、庄イタが購入した3個の跡がぽっかりと空いた青森マルシェのアムさんメロン販売ブース

 ディスプレーされたメロンは黄色味の強いものもあれば、グリーンの割合が若干強いもの、表面を覆うネットの目が細かく滑らかなもの、幾分目が浮き立ったものなど、微妙な違いがあります。登熟期間の違いによってこうした差が出るそうで、それぞれの違いによって糖度や日持ちが異なることなど、専門の立場から購入に際してのアドバイスを頂きました。

melone-amu&andes.jpg【Photo】期せずして東北のメロン産地の両雄が揃った津軽産アムさんメロン(写真右)と庄内産マスクメロン(写真左)

 9時の開場前に呼び物となる最優秀の金賞ほか入賞作を購入しては、アンフェアな抜け駆けの謗(そし)りを受けかねません。会場で購入したのは、色味の異なる出品作(1個1,000円)を3個。そして辛子漬けにすると美味な「メロン子」こと、摘果されたタカミメロン(6個入り100円)と十三湖特産の大和シジミすくい取り(1回400円)。こうして願ってもない秀品のアムさんメロンを入手したマルシェ会場では、ほかに津軽産リンゴ、サクランボ、田子ニンニクなどの青果品ほか、黒石つゆ焼きそばの飲食コーナーなど、多彩なブースが揃っていました。

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 3年目を迎え、知名度が向上したことも手伝って、主催者発表によれば物産市が開かれていた5時間で、10,000人が訪れたという今回の青森マルシェ。今年度は5回の開催を予定しており、今後は8月10日(日)・9月21日(日)・10月12日(日)13日(月・祝)に、今回と同じJR新青森駅前(無料P有)が会場となります。

【Photo】庄内砂丘産のアンデスメロンは庄イタにとって長年親しんだ味。食べる1時間前に冷蔵庫に入れ、冷え過ぎないところでパルマ産プロシュットと合わせる鉄板の組み合わせ

 果たせるかな、翌週末まで追熟期間を置いて食したアムさんメロンは、これまでの中ではピカイチの美味しさ。「糖度が高いのは概して色合いが緑がかってネットが盛り上がったアムさんですよ」と、教えて頂いたアドバイス通り。女性に接するのと同様、外見に惑わされないようにせねば、と認識を新たにしたのでした。

sweetruby&andes.jpg【Photo】今年で作付4年目となり、つがりあんメロンでは最も新しい品種、本日現在まだ追熟中の「スウィートルビー」(写真左)を購入したその日に、鶴岡在住の知人から贈られてきた庄内砂丘産アンデスメロン(写真右)

 青森オリジナルメロン生産連絡協議会の方が、アムさんメロン以外で特にお薦めのつがりあんメロンとして挙げた赤肉品種の「スウィートルビー」を、仙台で見つけて購入した先週日曜の夕刻、インターフォンで「宅急便で~す」の声が響きました。

 それは鶴岡在住の知人から贈られてきた庄内砂丘メロンではありませんか。産地は日本一の大地主といわれた酒田・本間家3代目本間光丘らが、私財を投じ、沿岸の砂が冬の強風で飛散するのを防ごうとクロマツを植林したことに端を発する見事な松林が広がる酒田市浜中。

hamanakaM_melon2007.7.jpg【Photo】海・里・山の豊富な食材が四季折々に揃う「食の都・庄内」にあって、マスクメロンの産地がここ庄内砂丘。鶴岡・湯野浜から酒田・最上川河口域までの海岸沿いの道沿いにクロマツ林とアンデスメロンや鶴姫レッドなどのメロンを栽培するハウスやトンネルが点在。クロマツ林の彼方に夕陽が沈む酒田市浜中「庄内夕日の丘オートキャンプ場」にて(上写真)、夏場の浜中では荷台いっぱいにメロンを積んだこんな軽トラと遭遇することも珍しくない(下写真)

melon_carry.jpg つがりあんメロンの一大産地である津軽半島南部の沿岸と同様、昼夜の寒暖差が大きく水はけの良い鶴岡市北部から遊佐町にかけての日本海沿岸の砂地は、土壌に余分な水分が残らないため、味が凝縮したメロンやスイカの栽培に適しています。

 届いたのはマスクメロンのオブジェがロードサイドにある庄内空港からほど近く、庄内夕陽の丘オートキャンプ場から撮影した上の1枚に写っている浜中乙に直売所がある高橋農園のアンデスメロンでした。図らずも、こうして3種類のメロンが我が家に揃い踏みしたのです。間もなく露地物の「ゆうかメロン」がベストシーズンを迎えます。そして桃で一番好きな品種「あかつき」が福島でたわわに実る本格的な夏の訪れを待つばかり。ということで、メロンまつりin SENDAI 2014、絶賛開催中!!!

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2014/01/03

新春縁起藤沢カブ

年忘れ恒例食べ納め@酒田「L'Oasis ロアジス」

 新年を迎えるにあたり、一昨年末は糯米として空前絶後の食感と風味を備える本女鶴を杵搗きした丸餅を入手するため、大雪の中を訪れた酒田「こい勢」旬の地魚おまかせ握りをもって、(大晦日の晩には鶴岡市田川の地粉「でわかおり」で打った「鬼坂そば」で年越しはしましたが...)年を〆る食べ納めとしました。

※昨年の食べ納めレポートはコチラ ⇒《Link to Backnumber

 本女鶴の味が忘れられず、今年も生産者の堀芳郎さんに餅をお願いしていたため、歳末は再び酒田を訪れました。あまたの候補から食べ納めの店に選んだのは、「ル・ポットフー」と「レストラン欅」を舞台に、故・佐藤久一(1930-1997)と二人三脚で"フランス風郷土料理"という新境地を切り開いた功労者である伝説のグランシェフ、太田政宏さんが厨房を取り仕切るフレンチ「L'Oasis ロアジス」。前身となる中合清水屋から経営を引き継ぎ、2012年3月末に地元資本でリニューアルオープンした「マリーン5清水屋」の呼び物として、鳴り物入りで入居したフランス料理店です。

monsieur_ota.jpg【Photo】太田政宏グランシェフ

 まだ酒田市民がフランス料理に馴染みの薄かった時代。庄内浜の海の幸を中心とするフランス風郷土料理は、広く地元の支持を集めただけでなく、「生まれて初めて体験した料理」と絶賛した開高健ほか、評判を聞きつけて訪れた丸谷才一、古今亭志ん朝、山口瞳ら多くの食通たちを唸らせてきました。後進の育成や市民向け料理教室にも積極的に取り組んでいるほか、10年前の制度創設当初から任に就いている「食の都庄内親善大使」としても活躍中です。

 1943年(昭和18)、横浜生まれの太田シェフが、レストラン欅の開店準備に奔走していた佐藤久一に誘われる形で酒田に居を移したのが1967年(昭和42)、24歳の時。爾来40年以上に渡って、質と種類において築地と大田を擁する東京をも凌駕する食材に恵まれた庄内ならではスタイルを追及してきました。料理人として一時代を築き、60代の後半を迎えた一時期、太田さんは第一線を退かれたことがあります。父を模範に背中を見て育ったご子息が、酒田市内に開店したフランス料理店「Nico ニコ」を食事に訪れた際、客としておいでだった太田さんとお会いし、ご挨拶を交わしたことが幾度かあります。コックコートに身を包んだ姿のイメージが強かったせいもあり、食事を終えてご家族と店を出るジャケット姿の太田さんを見送りながら、少し淋しい気がしたものです。

meyaki_1967.jpg【Photo】1971年(昭和46)、料理長を任され順調な船出をして4年を経たレストラン欅の面々と。日本のフランス料理界の父・辻静雄やポール・ボキューズらから直接薫陶を受けていた若き日の太田シェフ(左端)。写真中央が13歳年上にあたる佐藤久一 (写真提供/荘内振興株式会社 代表取締役会長 小林元雄氏)

 そうした復帰を望む声が少なからずあったのでしょう、マリーン5清水屋の新たな顔として、かつてル・ポットフー伝説が生まれた同じ5Fフロアへのロアジス開店を機に再登板。現場復帰の祝意をお伝えしようと開店後ほどなく店を訪れた時は、1時間半待ちの盛況ぶりでした。"手頃な値段で本物を提供する"というル・ポットフーや欅で積み上げたコンセプトを踏襲したメニュー構成はこれまで通り。客席から中の様子が見える半開放の厨房で指揮を執る太田シェフの姿に見とれたものです。大晦日のNHK紅白歌合戦で、庄イタのように"あまロス症候群"で悶々としていた人々が幾分なりとも溜飲を下げたあまちゃん風に表現すれば、まさに「カッケー」の一言。

loasis7_2013.jpg【Photo】新生「マリーン5清水屋」5Fフロアの一角に誕生したオアシスを意味する「L'Oasis ロアジス」

 現場復帰を機に、生涯現役を宣言した太田シェフ。庄内におけるキャリアの出発点となった店の名に佐藤久一が込めた"山居倉庫の欅のように酒田に根を張り、大きく育ってほしい"という願いを具現化しました。輝かしい実績を築き、いかに名が知れようと料理人の本分は厨房にあり、唯一光り輝く場所は、幸せな食べ手がいる現場をおいてほかにはあり得ません。昨年、古希を迎えた太田シェフ。庄イタが高校時代に初めて食し、感激したマエストロの料理は、今も変わらず瑞々しい感性を感じさせます。慌ただしい年の瀬を迎え、後輩に囲まれて現場に立つ太田シェフの姿に、改めて崇敬の念を抱いた庄イタなのでした。

 一年を締めくくるテーブルで選んだのは、旬の地元食材を散りばめ、素材の確かさを表現した王道のフルコース。メインディッシュの魚料理と肉料理をそれぞれ3種から選べるプリフィックスのメニュー内容にして、良心的な3,500円という価格設定は、食の都庄内ならではの醍醐味と申せましょう。

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【Photo】〈アミューズ〉ニンジンのムース,ニンジンのマリネ,庄内もち豚のテリーヌとピクルス(左写真) 〈オードヴル〉カワハギの和風天ぷらフレッシュトマト風味,クレソンとエシャレット(右写真)

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【Photo】〈スープ〉ガサエビのマリニエール(+200円)(左写真) 〈ポワソン〉スズキ・ホタテ・エビのポワレ、升田カブのフライ,平田赤ネギとサヴォイアキャベツの温製(右写真)

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【Photo】〈ガルニチュール〉庄内もち豚バラ肉・脛肉の腸詰めと(過去にドイツ語圏で3度食した本家筋よりも遥かに美味しい)アイスバイン,焼きポレンタ・温製カブ添え(左写真)〈デセール〉カラメルのムース、バニラアイスクリーム、フルーツ添え(右写真)

 ご覧の通り、盛り付けを含めてオーセンティックな王道フレンチ。ゆえに食してみると太田シェフの手腕がより一層際立ちます。バリエーション豊富な庄内ならではのフランス風郷土料理という新機軸が健在であることを一皿ごと感じます。例えばガサエビのマリニエール(=漁師風)。白ワインと塩・バターを加えてガサエビを煮込んだフュメのコク豊かな太田シェフが編み出した看板スープです。ル・ポットフーや欅で食した印象よりもスッキリした透明感の高さを感じ、フロア係の三川美和子さんに「レシピを変えましたか?」と尋ねました。厨房に確認して下さった三川さんによると、バターの配分を少し抑え、オリーブオイルの比率を高めているとのこと。食べ手の健康を慮(おもんぱか)って下さっているのでした。
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 そんな風にレストラン欅時代からお世話になっている三川さん、そして厨房からわざわざ見送りにいらした太田シェフにお礼を申し上げて店を後にしました。この後、本女鶴餅を入手するため堀芳郎さんと、ご縁を繋いで下さった酒田女鶴の生産者・渡部正宏さん・由美子さん夫妻のもとを訪れます。そこで初期の目標を達しただけでなく、渡部さんの酒田女鶴を1袋購入すると、彦太郎糯の丸餅が2袋ついてきました。はえぬきの新米と小松菜を購入するため、午前中に立ち寄った鶴岡の井上農場でも、杵つきの丸餅を土産に頂戴していたため、数年分まとめて正月祝いができそうな状況に (*^▽^*)。

 雪が少ない今年は、冬季限定で湧水で融雪する道が出現する「さんゆう」で鳥海の伏流水を汲みがてら、鳥海山麓・金俣地区産の地粉で打った「金俣そば(4食入り2,300円)を縁起年越し用に調達。刻んだ平田赤ネギと盛岡「小さな野菜畑」で購入しておいた「味の箱舟」認定の安家地大根(あっかずでぇご)をおろして薬味とし、庄内と南部の共演による年越し準備をつつがなく終えたのです。今年最初の更新に当たり、命の糧となる食べ物を介した多くの縁を頂く庄内で時として起こる言霊現象を最後にご紹介しておきます。

fujisawa_kab2013-2.jpg【Photo】積雪が多かった過去二年と比べ、今のところ圧倒的に雪が少ないこの冬の庄内地方。計画伐採された山肌を焼畑にして藤沢カブを栽培している後藤勝利さんが、今年使った区画

 前日は鶴岡の湯田川温泉に投宿しました。多忙であった昨年は、湯田川に隣接する藤沢にお住まいで、例年何度かお邪魔していた藤沢カブ生産者・後藤勝利(まさとし)さん・清子さん夫妻に不義理をしていました。宿を引き払ってから、後藤さんお手製の甘酢漬けを直売以外で唯一置いている温泉街にある土産物店「ぱろす湯田川」で購入。その足でご在宅かどうか分からぬまま後藤さん宅へ車を走らせました。

fujisawa_kab2013.jpg 今年3月で廃校が決まっている湯田川小学校前を通り過ぎ、T字路に差し掛かかり一時停止したところで遭遇した軽トラックの運転席には、なんと後藤勝利さんがっ!!!! \(゜o゜)\。

 引きの強さ(ただし庄内地域限定)が、またも発揮された格好です。ついぞ昨年は訪れることのできなかった毎年場所を変える畑の在りかを教わり、浅漬け用に生の藤沢カブを土産として頂きました。カブのひげ根取りの手伝いすらすることなく頂き物をしたのでは申し訳が立ちません。物々交換の文化が今も根付く庄内に入っては庄内ルールに準じるのがセオリー。新潟で前日入手していた笹川流れの海塩を置いて後藤さん宅を辞去しました。

 紅白のおめでたい藤沢カブで新たな年を迎えた「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」。今年もよろしくお付き合いのほど、お願いします。

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L'Oasis ロアジス
住:酒田市中町2-5-1 マリーン5清水屋 5F
Phone:0234-24-0112
営: 昼11:30-14:00 夜(前日まで要予約)17:00~21:00(L.O.19:30) 水曜定休
・ランチ:ランチコース2,100円 魚ランチ1,500円~ 肉ランチ1,500円~ お子様ランチ1,000円
・ディナー:Aコース4,400円 Bコース6,600円 など
  
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2013/09/07

キミだけを想ってる

 Ti penso sempre.(=キミだけを想ってる) ...星の数ほどの女性と浮名を流したカサノヴァを生んだ国、イタリアの男が複数の女性に対してパラレルに使う常套句。そのDNAを受け継ぐ庄イタはここ最近、寝ても覚めても明るい黄金色の輝く美肌とクリーミーな甘さで夢見心地へと誘う愛しのキミだけを想ってます。あ、お岩木山育ちの麗しのキミ・・・。

リターンマッチ第2ラウンド
 嶽きみ from 嶽高原

dakekimi_mt.iwaki.jpg 「庄内系イタリア人的青森〈後編〉〈拙稿2013.8参照〉」でレポートしたように、お盆の前週に岩木山麓の嶽温泉を訪れた時は、嶽地区で産出する濃厚な甘さと香味が魅力のトウモロコシ「嶽きみ」はまだ出回る前でした。

 やむなく購入したのが、近接する標高の低い弥生地区産の「きみ」(=トウモロコシの津軽弁)、名付けて「ほぼ嶽きみ」。トウモロコシは収穫後、本来の甘さが日を経るごと半減するといわれます。ゆえに産地で茹でたてを食するのが理想。それだけに朝採りされて店に持ち込まれたほぼ嶽きみは、帰宅後すぐ茹でて食したので美味ではありましたが、それだけで夏を終わらせる庄イタではありません。

【Photo】庄イタが嶽を訪れた8月上旬、すでに営業していた「柳田とうもろこし店」裏手の嶽きみ畑。岩木山南麓の傾斜地にあり、豊富な日照と高地ゆえの昼夜の気温差が高い糖度を生む

 いま一つ納得しかねた「アムさんメロン」のフラストレーションを、素晴らしい香味で魅了する「ゆうかメロン」〈拙稿「ゆうかメロンでリベンジマッチ」2013.9参照〉で晴らした後は、また新たなる野心が頭をもたげていました。・・・ついぞ思いもしなかったその考えは、生まれると同時に、たちまち力を増し、巨きさを増した。むしろ私が玉蜀黍の萌黄色をした外皮に包まれた。その想念とは、こうであった。「嶽きみを喰わねばならぬ」 Special thanks Kinkaku-ji by Yukio Mishima


dakekimi_gmart.jpg そうして前回購入した店から盆明けに満を持して送ってもらったのが、食用で最も普及しているスイートコーンでも、糖度が高く旨味が強い品種「恵味(めぐみ)」です。ギッシリと目が詰まった実を包む粒皮の薄さゆえの食感の良さ、濃厚かつ上品な甘味は、やはり一味違います。

 標高1,625mの山頂から、眼下に広がる津軽平野、そして白神山地と八甲田、さらには日本海まで360度見渡す岩木山。その裾野の嶽では、食味の良さで定評あるこの品種が、更なる味の高みへと達しているかのよう。山そのものがご神体である岩木山ゆえの神がかり的な美味しさとでも言えばよいのでしょうか。

dakekimi_mitsukoshi.jpg【Photo】皮の緑が濃いものが美味とされるトウモロコシは、本数が果粒の数と一致し、果粒が呼吸するこげ茶色の髭が残され、おいしさを保護する皮付きを選びたい(上) 標高450m近辺の寒暖差のある嶽高原で育つ嶽きみ。これは「ゆめのコーン」のように3対1の割合で黄色と白の粒が交ざるバイカラー種ではなく、甘みの強い黄色系品種の「恵味」(左)

 嶽から百沢にかけての「嶽きみロード」の直売店では、サイズにもよりますが、6本~7本で1000円程度。1本あたり160~170円ほどが相場です。ところが仙台市内のとある百貨店では、嶽きみを1本399円(!!)で売っていました。あまりの価格差にとても手を出す気にはなれませんでした。

 来季の再遠征に向け、先だって地元事情通ならではの各種情報をご教示頂いた青森の県紙「東奥日報」仙台支社長Tさんの表現をお借りすれば、「嶽きみがいくら旨くたって、所詮はトウモロコシ」。嶽きみに関して一家言を持つご意見番ジモティの正鵠を射た言葉は、まさに我が意を代弁するものでした。Sì è giusto!(伊)=Yes, that's right!!(英)=んだっきゃ!!!(津軽)=んだのぅ~(庄内)
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【Photo】仙台市青葉区のイタリアン「francescaフランチェスカ」は、仙台朝市で調達する嶽きみのポタージュを期間限定で提供。その浮き実はクルトンではなく、当然のこと、嶽きみ

 10月下旬、B1F食品フロアが全面改装オープンする仙台三越の生鮮ゾーンが先行リニューアルしたのが、8月27日(水)。新聞折込チラシによれば、開店初日から5日間、連日100組限りで嶽きみを3本525円というほぼ現地価格で提供するというではありませんか。リベンジに燃える庄イタが、この耳寄りな情報を看過するわけがありません。


yaki_dakekimi.jpg 気仙沼への出張と重なった食品フロアリニューアル初日。昼過ぎに売り場を訪れた家人の話では、人だかりができていたのはオープニングサービスとして3本210円で提供された北海道産トウモロコシの前(笑)。いささか拍子抜けしつつも、労せずして産地で前日朝に収穫された鮮度の良い嶽きみを入手できたとのこと。そうして、ほぼ嶽きみを上回る嶽で育った嶽きみの期待通りの旨さを実感、売り出し期間中は翌日以降もほぼ連日、嶽きみの旬を満喫しました。

【Photo】焦げた醤油の香りがたまらない焼き嶽きみ。NHKの某番組で紹介された通り、生のまま魚焼きグリルで12分強火で焼く

dakekimi2_gmartSONO2.jpg【Photo】「グリーンマート桂店」で取り扱っていた鮮度の良い嶽きみ。その状態の良さに比してリーズナブルなコストパフォーマンスの良い値付けゆえ、迷わず購入。生鮮食品に他ならないトウモロコシゆえ、状態を見極めて判断したいところ

 それから数日した日曜日、弘前に営業所があり、独自の仕入れルートを持つ総合商社「カメイ」系列の食品スーパー、グリーンマート桂店でも嶽きみを発見。切り口のみずみずしさは収穫されてから時間が経過していない証拠です。しかも髭付き皮付きの理想的な状態で、1本198円(2本380円)で嶽きみを扱っていたため、手に取ってズシリと重さを感じる3本を選んで購入しました。9月一杯が旬となる嶽きみゆえ、夏から秋へと季節が移り変わるあと少しの間、心地よい香りに包まれながら旬の味を楽しめそうです。

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【Photo】郷里の産品をこよなく愛する「francescaフランチェスカ」原田シェフが石臼でポレンタを挽く(下左写真)。店内で1か月以上を要して乾燥させる嶽きみが天井からぶら下がる店のメニューにも青森愛が溢れる(上写真)。実家のリンゴ畑で剪定したリンゴの枝は、燻製用に活用(下右写真)

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 嶽きみのシーズンが終わっても、別の楽しみがあります。仙台市青葉区大町にあるイタリアン「Francesca」原田尚徳シェフは五所川原出身。嶽きみならではのクリーミーな甘さを活かしたポタージュのほか、嶽きみを店で部屋干しし、石臼で挽いた特製ポレンタを使った期間限定スペチャリテ「実家のリンゴの枝で軽くスモークした秋鮭のサルスィッチャとポレンタ」として食することもできます。原田シェフいわく今年の嶽きみは極めて美味とのこと。食べ逃すのは勿体ないですよ。

akisake_polenta_franc.jpg【Photo】francesca原田シェフのスペチャリテ「実家のリンゴの枝で軽くスモークした秋鮭のサルスィッチャ・ディルの香りと嶽きみポレンタ」(1,000円)

 昨年はシェフの好意で嶽きみを石臼引きさせてもらった庄イタ。北イタリアの家庭のようにポレンタを自宅で楽しみました。これがまた結構なお味で。

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2013/09/01

「ゆうかメロン」でリベンジマッチ

絶品メロン fromつがる市木造亀ヶ岡
 「そうそう、この味、この香り!!

 「庄内系イタリア人的青森〈後編〉」で述べたように、立佞武多の期間中に五所川原市内で「アムさんメロン品種名:ゆうかメロン)」を入手するにはしました。前回レポートを熟読された方は、そこでズバ抜けた美味しさを賞賛しているのは、メロンの既成概念を覆した昨年のアムさんメロンだったことをお気づきだったかと思います。

azienda_melone.jpg【Photo】今年2月から本格稼働した風力発電の風車を背景に、見渡す限り露地栽培のメロンやスイカの畑がメロンロード沿いに広がる。つがる市木造亀ヶ岡付近にて

 そう、弘果弘前中央青果が商標登録するこのメロン。感激するほどの風味だった昨年が10点満点だったとすれば、立佞武多が開催される五所川原市中心部へのシャトルバスの発着点となる郊外の複合商業施設にある某大手スーパーで購入したことを、結果的には悔やむこととなる今年のアムさんメロンの得点は、正直に申し上げて合格点には微妙に達しない7.95。

yuka_melon.jpg【Photo】養分を作る葉脈の筋が浮き出し、緑から黄色に変わった外皮を覆う細かいネット状の網目が完熟の証し。ツルの付け根箇所に入る亀裂が収穫適期の目印となる「ゆうかメロン」。箱から取り出して置いておくだけで良い香りが部屋に充満する

 メロンは食べ頃を迎えるまでに購入後の追熟が必要なのですが、完熟状態で出荷されるアムさんメロンは、日持ちがしないため地元消費にほぼ限定されます。流通網が発達した現在では、ネット通販という手段があるにはありますが、こと収穫に至るプロセスが肝要な青鮮品は、極力この目で生産現場を確かめてから入手したいもの。

 なればこそ「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅」では食べ物の背景や作り手の思いをお伝えしてきたのです。

 いまひとつ味に納得がゆかず再チャレンジしようにも、ハウス栽培のアムさんメロンは、お盆を迎える頃にはシーズンを終えます。ましてお盆期間は農家や市場も休み。フットワークの軽さを自負する庄イタといえど、再びメロンハントのために津軽を訪れるわけにもゆきません。これぞ文字通り"覆水盆に返らず"???。盆明けに入手可能な露地物ゆうかメロンにしても、もはやギリギリのタイミングでした。1年間モヤモヤをため込むのは精神衛生上よくありません。リベンジのため原則をまげて取り寄せを決断しました。

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【Photo】今回ゆうかメロンを取り寄せた「農園おさない」のすぐ近くには、その特異な姿から異星人説すらある亀ヶ岡遺跡のシンボル「遮光器土偶」の巨大な石像がある(左) 遮光器土偶の形をしたユニークなJR木造駅(右)。この駅舎には列車だけでなくUFOも飛来するかも

 念のためネット検索したアムさんメロンと、JAごしょつがる認定「つがるブランド」のひとつ「ゆうかメロン」は、産出量全体のわずか1%と希少性が高く、すべからく売り切れ。まさに血眼になってシーズン最終盤のゆうかメロンを探しました。

 桐箱に入った万単位のメロンは、味を凝縮させるため1株1玉で栽培するそうですが、庶民には縁遠い高級品は例外です。通常のネットメロンは1苗に4玉で育てるところを、つがる市木造亀ヶ岡「農園おさない」の小山内昭光さんは贅沢にも2玉に抑えて低農薬・有機栽培で育てるのだといいます。こうした手間を惜しまない生産者のものならばと、最終盤の8月23日発送分ゆうかメロンをどうにか注文できたのです。

yuka_melon2.jpg【Photo】甘~い果汁がしたたる透明感の高い淡いグリーンのジューシーな果肉がもたらす至福の瞬間。「農園おさない」から2個3.980円(送料込)で取り寄せた完熟「ゆうかメロン」

 その産地は、4年前の5月に付近一帯の出土品を展示する「つがる市縄文館」を訪れたことがある縄文遺跡「亀ヶ岡遺跡」にほど近い同市館岡。多産や豊饒のシンボルとされる眼を誇張した特徴的な女性の姿をかたどった遮光器土偶が1886年(明治19)に出土したことで知られるそこは、つい先日通ったメロンロードからすぐの場所。最寄駅はJR五能線の木造駅で、その特徴的な駅舎は一度見たら忘れられない外観です。

 亀ヶ岡遺跡に一部畑がかかり、畑から時おり土器片が出土するという畑で育ったゆうかメロンは、T字のツル付きで届きました。箱を開けたとたんに広がるこのメロン特有の甘い香り。アムさんメロン同様、食べ頃を充分に見極めて出荷されるため、室温で追熟させる必要はありません。冷蔵庫で適度に予冷してから包丁を入れました。

yuka_melon3.jpg【Photo】光が透けるほど皮際ギリギリまで美味しく食べられるのも「ゆうかメロン」の特徴

 頬張った口いっぱいに広がる芳香、果肉から溢れ出るみずみずしい果汁、そしてこの品種ならではの糖度の高さも十二分。
「そうそう、この味、この香り!!

 旬の盛りを過ぎたシーズン終了間際とあって、実際に口にするまで不安もありましたが、それは全くの杞憂でした。 やはり農作物は信頼に足る作り手あってこそ。庄イタにとっては避けては通れない庄内浜から象潟にかけてのミルキーな岩ガキと同様、世にも稀なこのメロンの味を堪能することなしに夏を終わらせるわけにはゆかないのです。
 

 こうして往く夏を惜しむかのように臨んだリベンジマッチ第1ラウンドは、期待に違わぬ納得の結末をみたのでした。次回リターンマッチ第2ラウンドの模様は、岩木山麓の嶽高原からお伝えします。(・・・もはや次回お題は明らか)

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2013/08/24

庄内系イタリア人的青森〈後編〉

燃え立つ夏2013@青森 Part2:津軽編

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【Photo】毎年1基が制作される高さ20mを越す大型の立佞武多を常設展示・保管する施設として2004年(平成16)に竣工した「立佞武多の館」。女性が打ち手となり、重低音を轟かせる直径2.8mの大太鼓を二段重ねにし、高さ8.5mの立佞武多「本能寺の変」を上に据え付けた「忠孝太鼓」(右下)を先導するのは、五所川原が生んだあの大スター!!
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【Movie】五所川原市では最も高い地上7階の施設から引き手によって高さ17m・重量18tの立佞武多が出現するさまは、特撮怪獣映画の世界さながらの迫力
 

 開幕初日に訪れた五所川原の夏の宵を熱く燃え立たせる「立佞武多(たちねぷた)」の興奮さめやらぬ夜は、硫黄の香り漂う弘前の嶽(だけ)温泉の宿「山楽」を予約していました。五所川原から移動すると1時間ほどを要する岩木山麓の湯宿をあえて選んだのには、1年で最も多くの観光客を集める立佞武多初日の五所川原市内では、宿泊施設をリーズナブルに確保することが難しいことが予想されただけでなく、れっきとした理由がありました。

sanraku_rotenM.jpg【Photo】早朝ゆえに極めて残念ながら貸切状態だった(笑)嶽温泉「山楽」の混浴露天風呂〈another image〉。この時の湯量は何故か寝湯のごとき少なさ。ゆえに内湯(→男女別)へすぐ移動した

 まずは今月26日、めでたく開店10周年のアニバーサリーを迎える弘前「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」笹森シェフお勧めのこの宿の露天風呂(混浴~♡(〃▽〃)♡)に浸かりたかったこと。そして色気より食い気優先の庄イタの常で、時季が少し早いことを承知で、あわやくば地物にありつきたいと思っていた嶽特産の比類なき濃厚な風味のトウモロコシ「嶽きみ」が狙いだったのです。

azienda_dakekimi.jpg【Photo】岩木山麓南側、標高400m~500mの嶽地区周辺で産出する香り高く甘味の強い嶽きみ。8月のお盆時期前後に迎える旬の真っ盛りには、糖度が18度にまで達し、ブチッとした食感を堪能できる生食も可能。最盛期には岩木山を周回するロードサイド各所に期間限定で嶽きみ直売施設が立ち並び、通称「嶽きみロード」が出現する

 肌触りの良い濁り湯で朝風呂を浴びてから宿を早めに出発し、岩木山を周回する道を反時計回りに進みました。最盛期ほどは多くない出始めの直売所数軒を渡り歩き、さらに観光案内所で嶽きみの作況を尋ねると、嶽地区より標高の低い場所で採れたものが出始めたばかりとのこと。7月下旬まで例年にない寒さで暖房を入れる日すらあったという今年の嶽地区。嶽きみは全体に生育が遅れ気味なのでした。

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【Photo】足湯につかりながら嶽温泉街をそぞろ歩きした早朝、弥生地区で朝採りされた「(ほぼ)嶽きみ」が店に持ち込まれて下処理される(左写真) 店頭で食する分は鍋で茹でる(中写真) 6本1000円で購入した(ほぼ)嶽きみ

 ならばと温泉街に今一度立ち帰り、マタギ飯が名物の「山のホテル」売店「めへやっこ」(→「小さな店」というニュアンスの津軽弁)」へ。ここは9:30開店で、山楽の出立時はまだ閉まっていたのです。めへやっこでのお目当ては、"ここだけ(嶽)にしかない"が売り文句の「元祖嶽きみシェイク」、そして"うまくてゴメンね"のフレーズに思わず喰いついた「期間限定アムさんメロン生シェイク」。

dakekimi_shake.jpg amusan_shake.jpg【Photo】ツブツブ感の高い「元祖嶽きみシェイク」(左) 津軽特産「つがりあんメロン」でも香りの良い品種「アムさんメロン」を使った「期間限定アムさんメロン生シェイク」(右)各400円

 まだ実入りが充分ではないきみ畑の様子から、嶽地区産を入手するのは無理そうだと踏みつつ、庄イタが産地を尋ねると、嶽だと答える店もありましたが、眉唾な店はスルー。正直に事実を明かしてくれたお母さんいわく、信頼のおける嶽地区の農家が、嶽から少しばかり離れた標高がわずかに低い弥生地区の畑で育てているという「ほぼ嶽きみ」を購入することにしました。本物の嶽きみは、後日その「藤喜商店」から送ってもらえば良いのですから。

 嶽温泉から岩木山を時計回りに下り、鰺ヶ沢の夏を彩る風物詩「イカカーテン」で知られる名物のイカ焼き(300円)を購入がてら、立ち寄ったのが「菊谷商店」。炭火で焼いた香ばしいイカ焼きの旨さは相変わらずでしたが、目を疑うほど変わってしまった光景がありました。

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【Photo】鯵ケ沢漁港で水揚げされた肉厚のイカ(右)が日干しされる菊谷商店。3,4年前にTV番組でこの店を志村けんが訪れ「日本一うまい」と言ったとか(左)

 それが1年ぶりに対面したブサカワ犬「わさお」です。飼い主の菊谷節子さんが体調を崩して入院した今年、施設に預けられた挙句に激ヤセが伝えられたわさお君。毛がフサフサだったかつてのメタボな姿恰好とは打って変わり、同じ犬とは思えないほどスリムに。酸素吸引をしつつも店においでだった菊谷さんともども、一日も早く健康体を取り戻してほしいものです。

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【Photo】わさお三態。一躍ブレイクして間もない2010年5月(左) 映画が制作され人気者の常でお疲れ気味の2012年6月(中) 飼い主不在のもとで激ヤセした2013年8月(右)

lago_13.jpg【Photo】大和シジミが特産の津軽半島の汽水湖「十三湖」。時として湖水がシジミ色に見えるのは、平均水深が1~2mという浅さゆえ、湖底のシジミがそうさせる???(上写真) 白いご飯が進む新岡商店の瓶入りしじみ佃煮は極めて美味(下写真)

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 目指すハニーハントのアイテムは二つ。まずはヤマトシジミの一大産地、十三湖畔に並ぶ店で試食用の佃煮をあらかた食した上で、「ここのが一番!!」と庄イタが太鼓判を押す「新岡商店」のお婆ちゃん、新岡てささんが手作りするうま味の塊のような絶品しじみ佃煮(700円)。味付けは醤油・砂糖・水飴だけと至ってシンプルながら、自然な味わい深さ。仕込みには膨大な量のシジミを必要とします。そのため気合を入れないと、てさ婆ちゃんは佃煮を作らず、良い出汁がとれる冬シジミに対して、食して旨い夏シジミの旬だった今回、結論から言うと残念ながら欠品中なのでした。う~ん、これを目当てに十三湖まで足を運んだというのに、返す返すも残念!

ganryo_ramen.jpg 気を取り直し、すぐ向かいにある民宿を兼ねた食堂「岩亮」へ。昨年出張で青森を訪れた時は、同行した後輩の希望で元祖店「ドライブイン和歌山」もハシゴしました。人気ラーメン店のインテリアとして欠かせない有名人の色紙で壁一面を覆い尽くされた店内で、白味噌を和えて少し白濁したスープのしじみラーメン(750円)を食しましたが、家族帯同の今回ハシゴはパス。岩亮では店主の岩本剛亮さん自ら漁に出るという大和シジミと昆布で出汁をとった透明感のあるスープが、細めの縮れ麺となじみます。そんなシジミの風味たっぷりの「しじみラーメン」(700円)で溜飲を下げました。

strada_melone.jpg【Photo】鯵ケ沢から、つがる市までまっすぐの道が延びるメロンロード一帯では、生産量全国6位の青森県産メロンのおよそ8割が産出される。砂地で日本海が近いため夜間は海風が吹き込み、昼夜の寒暖差が大きい。そのためハウス物の「アムさんメロン」ほか、トンネル栽培の露地物ともに統一ブランド「つがりあんメロン」の一大生産拠点となった

 鰺ヶ沢から十三湖方面へと向かうには、津軽半島西側を北へ伸びる全長22kmの通称「メロンロード」を通ります。そこには今回楽しみにしていた素晴らしい芳香を放つメロンがあるのです。糖度15度以上を基準とする津軽ブランドメロン「つがりあんメロン」の中でも、糖度18度まで達する完熟期には、クラクラするほど官能的な香りを漂わせる知る人ぞ知るアムスメロンの改良種「アムさんメロン(品種名:ゆうかメロン)」こそが目指すハントアイテムです。

amu_melon.jpg なれど6月に出荷が始まるアムさんメロンは終盤に差し掛かっており、半円形の雨除けビニールの中は、出荷が始まったアーバンデリシャスやハニーゴールデンといった品種がほとんど。メロンやスイカを扱うロードサイドの直売所でも、運転席からの傍目にも分かりやすい特徴的な色合いのアムさんメロンは数が少なめなのでした。

【Photo】ゆうかメロンをハウス栽培し一定糖度に達した完熟ものだけに許される「アムさんメロン」の称号。追熟する必要がない代わり、ネット通販以外は地元流通にほぼ限られる。箱入りではなく山積みされた完熟アムさんメロンの売り場には心地よい芳香が漂う。画像から香りをお届けできないのが残念

amusan_2012.jpg 昨シーズン、青森市羽白沢田の県民生協はまなす館で遭遇したアムさんメロンとの出合いは衝撃でした。淡い黄色の外皮のネットメロンが山積みされた売り場一帯は、えも言われぬ良い香りが漂っているのです。直観的に「これはウマそうだ」とフェロモンに誘われるように買い求めた完熟アムさん。皮際まで柔らかい透明感のある薄緑色の果肉は、メロンの既成概念を覆すジュルジュルの美味しさ。あれから1年。指折り数えて待ち焦がれた愛しのアムさんとの再会は、十三湖を経て五所川原市内で果たされます。次回は地元事情通が勧める旧木造町の腕利きメロン農家が直接持ち込む期間限定の直売所を目指すとします。

青森滞在3日目は、青森ねぶたも制覇したかったのが本音です。なれど仙台から南部、さらに津軽まで野を越え山を越え700kmを走り続けたため、同行者を含めて気力・体力の限界を感じていました。そのため五所川原から西方の青森市を目指すことなく、断腸の思いで進路は南へ。

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houhai_tsurushi.jpg【Photo】弘前城址から岩木川に架かる富士見橋を渡り、鰺ヶ沢に至る街道を北西へ。同市石渡の辻角にある三浦酒造店でポリタンクに仕込み水を頂く之図(上)。限られた特約店のみに出荷されるため、左党が入手に躍起となる「豊盃」。その頂点「豊盃つるし酒大吟醸」(右)とコスパ抜群の「ん」(左)

 北米原産の黒ブドウ「スチューベン」生産高日本一の鶴田町ではブドウ畑を訪れた後、産直施設でスチューベン果汁100%ジュースを購入。弘前では希少な「豊盃つるし酒大吟醸」と「ん」、つまり三浦酒造店のアッパーエンドとボトムエンドという両極端な2本を幸運にも入手。道すがら三浦酒造店の蔵に立ち寄り、岩木山水系の甘く柔らかい女性的な口当たりの仕込み水もたっぷりと汲ませて頂きました。芳醇な「豊盃」に仕込まれる前でも、冷やさずに常温でも美味しいんですよ、ホントこの水。

 こうして大鰐・弘前ICから青森方面に向かう東北自動車道下り線ではなく、上り線に乗ったのが15時頃。余裕を持って仙台を目指した筈が、そろそろお腹が空いてくる18時過ぎに花巻南ICで下車した理由は、Vaggio al Mondo ‐ あるもん探しの旅をご覧頂いている皆さまなら、とうにお見通しのはず(笑)。

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2013/08/11

庄内系イタリア人的青森〈前編〉

燃え立つ夏2013@青森 Part1:南部編

hachinohe_sanjya2013.jpg 標高2000mのチロリアンアルプスに広がる楽園「アルペ・ディ・シウジ」や、古代ギリシャ・ローマ時代の遺構とグランブルーの海が美しいコントラストを描く南イタリアでのヴァカンツァは今年もお預けの庄イタ。里帰りを封印して目指した本州最北端の青森には、彼の地に生まれ、ねぶたを愛した棟方志功が板画に刻んだ情念のように熱く、生命力に溢れ、そして美味しい夏が待っていました。

【Photo】波をかき分ける千石船の波山車や中南米に見られるウルトラバロックのごとき過剰なまでの装飾を凝らした山車27台と神輿行列、神楽、虎舞などが次々と目抜き通りに繰り出し、一大スペクタクルを繰り広げる「八戸三社大祭」お還(かえ)り。高さ10mにもなる仕掛けが展開すると、沿道からはやんやの歓声click to enlarge

tachinebuta_2012.jpg 訪れたのは、極彩色の仕掛け人形山車と時代行列、厄祓いの一斉歯打ちが見どころの法霊神楽、ユーモラスな虎舞などが繰り出す重要無形民俗文化財「八戸三社大祭」、さらには「ヤッテマレ、ヤッテマレ」の掛け声に乗って、電柱よりはるかに大きい高さ23mの巨大な山車ねぶたが五所川原市街地を巡行する「立佞武多(たちねぷた)」。本州最北の青森各地は、8月の到来とともに熱く激しく燃え盛ります。

【Photo】平安の陰陽師、安倍晴明を題材にした今年の新作「陰陽 梵珠北斗星」よりは、東日本大震災発生前日に「立佞武多の館」で見て以来となった「義経伝説・龍馬渡海」の憤怒の形相や、迫力満点の昨年の新作「復興祈願・鹿嶋大明神と地震鯰」が個人的には好みclick to enlarge

michi_kaiihigashiyama.jpg この八戸と五所川原で開催される二つの夏祭りと、夏の味覚を求め、今月初旬青森を旅しました。今年5月、三陸復興国立公園に指定された種差海岸では、1940年に初めてそこを訪れた若き日の故・東山魁夷が描いたスケッチをもとに1950年に発表した名作「道」のモデルとなった海沿いの場所を訪ねました。波打ち際まで続く天然芝生地や鳴き砂で知られる大須賀浜など、恐らくは70年前とさほど変わらぬ風景がそこにはありました。戦後の復興期にあって人々の共感を呼んだ清々しい夏の早朝の道を描いた作品が生まれた地に、画家と同じ目線で立てたことは望外の幸せであり、心からの感動を覚えたのでした。

【Photo】大須賀浜沿いに延びる道を北へ進むと、見覚えのある風景が眼前に現れる。戦後の日本画壇で一躍注目を浴びる契機となった東山魁夷の出世作「道」の記念標柱が道沿いに立つ。この場所を訪れた新進気鋭の若き画家は、放牧される馬や地平線正面にある鮫角灯台などを省略し、潤いある一筋の道だけを描こうと今も残る大平牧場に泊まりがけで完成させたという。9月1日(日)まで青森県立美術館で開催中の三陸復興国立公園指定記念「種差 よみがえれ浜の記憶」でこの名作と出逢える

 昼食は予約していた八戸のイタリアン「Casa del Cibo カーサ・デル・チーボ」へ。これまで訪れた青森イタリアンは、それぞれに地域性や個性があっていずれもハイレベル。食材の宝庫・東北では最も粒が揃っていると庄イタは思っています。今回お邪魔したこちらの店のオーナーである池見シェフは、惜しまれつつ3年前の12月末をもって閉店した名店「エノテカ・ピンキオーリ銀座店」にも籍を置いたと聞けば、いやが上にも期待が高まるというもの。昼に伺った今回は初訪店ということで、3つのランチコースの中でプリモとセコンドが選べるプリフィックスのBコース(2,800円)をお願いしました。

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【Photo】下北産天然ホタテ、グリーンオリーブとズッキーニのタルターラ、ボッタルガ・ムジーネがけ(左) 八戸産エゾバフンウニとフレッシュトマトの冷製スパゲッティーニ(右)

 5つの選択肢から選べるアンティパスト。「下北産天然ホタテ、グリーンオリーブとズッキーニのタルターラ、ボッタルガ・ムジーネがけ」(+300円)は、半生に仕立てた鮮度抜群の下北半島産天然ホタテの甘味と、クリーミーなペースト状になった夏野菜が見事に調和した一皿。ボラのカラスミが風味に幅を生み、抑制の利いたピンクペッパーが香りの変化を生みます。同行した家族の注文品「活真ダコの厚切り冷しゃぶとテリーナ ドライトマトソース」と「ピオトジーニ社製パルマハム、ルーコラ・セルバティコ、パルミジャーノ・レッジャーノのピアディーナ」ら3品ではピカ一。

casa_cibo5.jpg【Photo】和牛頬肉のグーラッシュ(トマト・パプリカの煮込み)トレンティーノ=アルト・アディジェ風、カネデルリとポレンタ添え

 プリモは夏の人気定番メニューだという「八戸産エゾバフンウニとフレッシュトマトの冷製スパゲッティーニ」(+300円)。八戸周辺の潮汁料理「いちご煮」でも使われる濃厚な味が特徴のエゾバフンウニでも、ロシア産ではなく東北以北の寒流域で育った国内産は高級品です。鮮度の良い地物の生ウニとフレッシュトマトクリームを、細めのスパゲッティーニと和えたスペチャリテ。ひんやり・ツルツル・シコシコの食感はクセになりそう。盛りがお上品なので、すぐ食べ終えてしまうことが玉にキズ(笑)。

 セコンドは「和牛頬肉のグーラッシュ(トマト・パプリカ煮込み)トレンティーノ=アルト・アディジェ風、カネデルリとポレンタ添え」。これぞアルト・アディジェ料理!!と唸らせる深みのある牛肉にハンガリー風のパプリカとトマトの旨味が加わったホッとする優しい味付け。前回アップしたサン・ミケーレ・アッピアーノ講習試飲会で登場したサンクト・ヴァレンティン・カベルネ・ソーヴィニョンと完璧な相性を見せるでしょう。

 付け合せは北イタリアではポピュラーなポレンタとカネデルリ。南ドイツ・バイエルン地方やオーストリアの「Knödelクヌーデル」は、牛レバーのすり身を使う肉団子ですが、イタリア北西部ではパン生地を丸めたニョッキのような「Canederliカネデルリ」と変化します。味付けが重くなりがちなドイツやオーストリアの煮込み料理とは違い、軽やかでもコクのある絶妙のバランスは、味にうるさいイタリアならでは。こうして庄イタ流"また行きたい店リスト"イタリアンカテゴリーで、青森では4番目に新規登録を果たしたカーサ・デル・チーボを後にしました。

1er_renshuki.jpg 八戸から移動した三沢では、青森県立三沢航空科学館を見学しました。そこで2年前に公開された映画「連合艦隊司令長官山本五十六」で実際に使われた零式艦上戦闘機二十二型復元機と共に展示されていたのが、昨年9月、十和田湖の湖底から69年ぶりに引き揚げられた旧日本陸軍「一式双発高等練習機」。能代から八戸までの訓練飛行中、エンジントラブルで十和田湖に不時着したという機体です。乗員4名のうち3名が犠牲となったという色褪せた銀色の機体には、くっきりと日の丸が。

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 軍属230万人・一般市民80万人が尊い命を失った太平洋戦争の終結から68年。今年も8月が巡ってきました。日本全体で8割を占める私たち戦争を知らない世代は、平和な世の中がさも当たり前であるかのように思っています。時の経過による腐食が進みながらも原型を留めた機体は、それが多くの犠牲の上にあるのだという史実を思い起こさせてくれました。

 石窯焼本格ナポリピッツァの店「ピッツェリア・マッシモ」訪問も、必須のミッションです。店が入居する複合施設「スカイプラザミサワ」は、三沢駐留の米軍基地正面ゲート正前にあります。軍払い下げのミリタリーグッズやアメリカンサイズな米国製品などを扱う店が入居する同施設1Fにあるピッツェリア・マッシモは、多くの客で賑わっていました。テーブル席は一杯とのことで通されたカウンター席と背中合わせのテーブルにはネイティブ・アメリカン男女4人連れ。これも基地の町ならではでしょう。

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 赤のタイルモザイクで装飾された石窯は、ナポリの石窯工房Stefano Ferrara ステファーノ・フェッラーラにオーダーメードしたもの。気取らないナポリの下町にありそうな雰囲気の中、庄イタが注文したのは「マリナーラ」(600円)。ナポリピッツァの生命である生地の味を知るには、ナポリ伝統のピッツァであるマリナーラが一番。プロの料理人からの信頼が厚い六戸町にある「大西ハーブ園」の野性味溢れる香り高い「ルッコラ・セルバティコのインサラータ」(450円)も追加です。連れの家人は手堅く「マルゲリータ」(650円)を、肉食系の娘は、「ラニチキン」(半身・700円)と「グリーンサラダ」(280円)を所望。飲み物はジンジャエールで決まりです。

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 炭火焼ラニチキンは、鶏一羽の半身ゆえ、娘1人では持て余す結構なボリュームなのでした。ケージ飼いのブロイラーのごとき体型で山盛りのラニチキン(一羽・1300円)にコーラ片手にかぶりつく共喰いさながらのネイティブの姿にゲンナリしながら、「ええい、ままよ!!」とアメリカンサイズの肉塊を手づかみで助太刀喰いし完食。ハワイ・ホノルル生まれの屋台料理「フリフリチキン(別名:バーベキューチキン)」の味を再現したスパイシーでジューシーな照り焼きチキンは初体験でしたが、ホノルル出身のスリムなオバマ大統領もお好きなのでしょうか?

 翌朝、日本初の近代洋式牧場を三沢の荒野に切り開いた旧会津藩士、廣澤安任(ひろさわやすとう)の功績を軸に斗南藩開墾の歴史を紹介する「斗南藩記念観光村」内の先人記念館で会津の歴史に触れ、八甲田を越えて青森市に移動しました。2泊3日の行程のうち、八戸・三沢の旧南部藩エリアに関するレポートはここまで。次回あるもん探しの旅は津軽編へと続きます。

To be continued ...

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イタリア料理 Casa del Cibo カーサ・デル・チーボ
  住:青森県八戸市湊高台1-19-6
  Phone:0178-20-9646
  営: 11:30-13:30(L.O.) 18:00-20:30(L.O.)
     日曜・毎月第2月曜定休
  URL: http://www.casa-del-cibo.com/index.html

石窯薪焼き本格ナポリピッツァ Pizzeria Massimo ピッツェリア・マッシモ
  住:青森県三沢市中央町2-8-34 スカイプラザミサワ 1F
  Phone:0176-51-7270
  営:月~土/11:00-21:00(14:00-16:00はピッツァお休みのカフェタイム)
     日・祝/11:00-20:00(15:00-16:00はピッツァお休みのカフェタイム)
     火曜定休
  URL: http://beresford.co.jp/pizzeriamassimo/shopinfo.html
      (上記URLに記載のビル名「MGプラザ」は旧名称)


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2013/07/21

箸で食するソフトクリーム

マルカン百貨店のあっぱれソフトクリーム
昭和ノスタルジアな王道デパート大食堂@イーハトーブ花巻


 北上山地育ちの日本短角種を目当てに盛岡市紺屋町のイタリアン「Due Mani ドゥエ・マーニ」を訪れた日のこと。ここには短角牛のスペシャリスト、久慈市山形町の短角牛専門店「短角考房北風土」の佐々木透さんが牛肉を納めていますLink to Backnumber。これまで食したテールのボッリートやハツのソテーなど、産地ならではの素材を活かした小澤智範シェフの丁寧な仕事ぶりが光る小さな店ゆえ事前予約は必須のミッション。

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【Photo】ソフトクリームのはずが冒頭から肉塊の登場で恐縮ですが。。。稀少な日本短角種のさらに稀少な部位テールとハツのアレンジが光る盛岡ドゥエ・マーニの2皿。黒毛よりも強い短角牛のうま味が滋味に満ちた冬野菜と混然一体となったテールのボッリート(左写真)は骨までしゃぶり尽くす美味さ。 春から秋は野山を駆け巡っていた健康体の短角牛のハツは赤身肉のような食味。レアに火入れしたソテーに合わせてオーダーしたIL VEIの「Val Tidone Rosso」を使ったバルベーラ+ボナルタベースのソースとの相性はPerfetto!!(=完璧)

 予約時刻に遅れてはならじと早めに仙台を出発したので、予約を入れた12時までは時間の余裕がありました。そこで最寄の盛岡ICから4つ手前の花巻南ICで途中下車。目指すは花巻市中心部にある「マルカン百貨店」6Fの大展望大食堂。何故ならそこは噂に漏れ聞く名物があるのです。

MARUKAN.jpg【Photo】現社長の佐々木一(はじめ)氏の先代、故・四郎氏が1951年(昭和26)に創業した洋品店「丸乾」が発祥。当時隣にあった壽デパート跡地に建つ現在の「マルカン百貨店」は1973年の竣工。以来「マルカン」の略称で花巻市民に愛され続けている。金太郎飴のように画一的なテナントで構成される郊外店には真似のできない"新しきがゆえに尊からず"な店づくりで末永く頑張ってほしい。花巻が誇るべき文化遺産6階大食堂を擁する商業施設なのだから

 宮沢賢治の童話を寓意化したステンドグラスがある上町商店街のアーケード「メルヘンプロムナード」裏手側に2層の立体駐車場があり、誘導にあたる2、3人の男性の案内で下層に車を停めました。入庫時刻を刻印することも、駐車券を渡されることもないその駐車場は、太っ腹にも駐車無料なのでした。

 下町テイストの商品が並ぶ1F婦人服売り場は日曜日というのに人影まばら。エレベーターに乗り合わせた7名は、脇目もふらず全員が6Fまで直行です。その扉が開くと、デパートの食堂で高揚感を覚えた幼少の頃にタイムスリップしたかのよう光景が広がっていました(下写真)。日本橋と同じ「ランドマーク」という名に変わる前の仙台三越にも、かつては食堂がありました。半ズボンをはいてヤマハ音楽教室に通っていた頃はショーウインドーの中で燦然と輝くお子様ランチに胸ときめかせたものです。

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 そんな記憶をフラッシュバックさせるホール両サイドのショーウインドーには、蛍光灯で照らされた食品サンプルが目移りするほどバリエーション豊かに並びます。その数およそ250点!! 盛岡の予約をしていなければ、左右のウインドーをじ~っくりと品定めした上で「Cotoletta alla Milanese=(本来は牛肉を用いる)ミラノ風カツレツ」のように薄めのトンカツとスパゲティ・ナポリタンがサラダとともにハイブリッドにドッキングした驚愕のスペチャリテ(?)「ナポリカツスパゲティ」(550円)を注文したことでしょう。

marukan_reception.jpg【Photo】対面式の食券売り場

 プリンに誇らしげに立つ日の丸やシロップ漬けのサクランボが、今も昔も子ども心をわしづかみにするお子様ランチ(510円)ほか、卵焼きにたっぷりとケチャップがかかったオムライス(470円)、「いいね!」サインをしながらシュワちゃんが燃えたぎる溶鉱炉に消えていった「ターミネーター2」のようにカニのハサミがトロけたチーズの中でVサインをしているグラタン(450円)、アルデンテなパスタが日本で市民権を得る前に活躍したパルメザン粉チーズとタバスコがセットされるケチャッピーな「ナポリタン」(420円)など、昭和世代の郷愁をそそるメニューが満載!!

 生クリームてんこ盛りのいちごパフェ(580円)、どう見てもココアパウダーを振ったパフェにしか見えないティラミス(410円)など、お手頃価格でも盛りが良いメニューが多いように思います。盛岡にベツバラを確保しておかなくてはならないこの日は、花巻のローカル百貨店マルカンデパート大食堂の名をとりわけ有名にしている名物ソフトクリーム(150円)を一点買い。

 いかなる原価計算なのか、わずか40円の価格差で一気に1/3サイズとなるミニソフト(110円)、中ジョッキサイズの透明なカップに8合目まで収まった安定度が高いカップソフト(150円)や、コーヒーパウダーが載った大人のカップソフト(250円)といったバリエーションも。コーンからうず高くトグロを巻くソフトクリームの尋常ならざる大きさを目の当たりにして、連れと二人で一個をシェアすることにしました。

marukan_inside.jpg【Photo】番号札の立つテーブルの島ごと、ほうじ茶の入ったポットが律義に置かれる。食事を終えても追い立てられることなど決してないはずの全560席。近所から買い物に来ました的な寛いだ雰囲気に満ちた憩いのオアシス

 とやかくするうちにも、「今日はここで市民集会でもあるのだろうか?」と思うほどエレベーターで次々とお客さんが上がってきます。面白がって眺めていたウインドー前にはいつしか人垣が。営業開始から30分あまりを経た11時過ぎだというのに、すべからく先客がいる窓際だけでなく、広大なフロアのテーブルは4割ほどがすでに埋まっています。

marukan_inside2.jpg 「花巻市民は日曜ブランチでマルカンデパートの大食堂を利用しているのか??」 そんな疑問を抱きつつ人だかりをかき分けて食券を購入。省力化が進んだ昨今では当たり前な自販機ではなく、売り子の店員さんから食券を手渡されます。食券を手に番号札の立つテーブルにつくとフロア係がやって来て半券だけを残して厨房にオーダーを入れるのが、ここでのローカルルールのようでした。

【Photo】お母さんがナポリタンを食べる隣でお父さんがソフトクリームを食し、短パン姿の息子が向かいでラーメンを食する。遠野への鉄路の道すがら花巻にも寄ったであろう柳田國男が言うところの「ハレ」と「ケ」が一体となった家族の肖像がマルカンデパート大食堂の日常

 11時10分を過ぎ、周囲のテーブルは老若男女を問わず幅広い客層で埋まってゆきます。従業員食堂を兼ねているのか、館内で働く仕事着姿の人もちらほら。オープンキッチンのため、白衣姿の調理スタッフが立ち働く中の様子はカウンター越しに眺めることができます。席からざっと見回しても、先客はかなりの割合でソフトクリームを注文しています。厨房にはソフトクリームマシンが確認できるだけで6台も並んでおり、この大展望大食堂はソフトクリーム目当ての観光客はもちろん、花巻市民の広範な支持を受ける様子が窺えます。

marukan_softcream.jpg 広々としたフロアには、客を「ご主人さま」と呼ぶイマドキのアキバ系「メイド」ではなく、年齢層は幅広くともカチューシャ+制服姿のウエートレスがテーブルの間を行きかっています。久しくお会いしていない正統派ウエートレスさんに昭和世代の庄イタは萌え~ すべからくフロア係は制服ウエートレスではなく、ゆえに食券を手渡したのは偶然目が合ったアルバイト風のお兄ちゃんだったのが心残りでしたが(笑)。

【Photo】鎮座するだけで特別なご馳走に見えるステンレス製ソフトクリームホルダーを見るのも久方ぶり。高さ25cmはあろうかというマルカン百貨店名物のソフトクリーム

 正統派ウエートレスさんのみならず、時代が平成に変わって久しいことを忘れさせる店内の雰囲気を楽しめるのもこの食堂のサービスであるように思えます。例えばオレンジ色のプラスチック製割り箸入れ(上写真)や、ど~んと大きな醤油さしなどの卓上備品、楽しげに語らう周囲の人たちも大切な店の一部に映ります。

 運ばれてきたソフトクリームは噂に違わぬ難攻不落の巨大サイズ。周囲のテーブルではこれを箸を使って食べています。それに倣って時に横をこそげ落とすように、時に挟むように割り箸を使って食べてみると、それが理に叶った方法であることがわかります。軸は空洞になっており、こそげ落とす際に横向きに力をかけると、全体がピサの斜塔のように傾いてしまいます。バウムクーヘンのように箸で輪切りにするのが最も安定した食べ方なのでした。
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【Photo】庄イタの鉄則「Quando sei a Roma, vivi come i romani(=郷に入っては郷に従え)」に従い、世界をアッと言わせた旧グランドプリンスホテル赤坂新館解体工事のように箸で輪切りにして上から攻め落とすのが正解のマルカンソフトクリーム。焦ってヘタをするとこうなる

 2011年9月、被災地慰問で勤務先を訪れて下さった日世ソフトクリームキャラバンでご提供頂いた日世プレミアムソフト「北海道ソフトクリーム」や大崎市R47沿いの「あ・ら・伊達な道の駅」で扱うROYCEのレシピによる「伊達なソフトクリーム」(250円)ほどキメ細やかで乳脂肪分が多いタイプではありません。

 農水省の統計による人口10万人あたりの生乳生産量では、北海道に次ぐ岩手だけに、酪農県の心意気をソフトの並外れた大きさで表現したのでしょう。通常より低温で固めに練り上げるため、粘度が高く腰砕けになることも、溶けて流れ落ちることもほとんどないため、焦ってパク付く必要はありません。大柄だから、お手頃価格だからといって、決して雑な仕事などしないのがこの道10年以上の精鋭女性スタッフ。

 一人ですべてを平らげるとおなかが冷えることもあるでしょう。その時はポット備え付けのお茶を頂けばオッケーと至れり尽くせり。いやはや恐れ入りました。次回訪問時は胸ときめく食事メニューも頂くことにします。
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 【マルカン百貨店の場所を大きな地図で見る】
   

マルカン百貨店(通称:マルカンデパート)
住: 岩手県花巻市上町6-2
Phone: 0198-23-2968
URL : http://www.marukan-group.jp/
6F大展望大食堂: 営 10:30~19:00(L.O.18:50)全席禁煙
他フロア:営 10:00~19:00 無休 
※メニューの値段は2013年7月時点
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2013/02/03

ワイルドだろぉ どん(胴)抜きどんがら汁

湯田川女将直伝「アク入り どんがら汁」
更にワイルド「胴抜きアク入り がらがら汁」

yura_winter.jpg【Photo】雪雲が低く垂れこめる日が続く1月半ばにしては珍しく、雲間から陽が差した鶴岡由良海岸。それでも荒ぶる冬の日本海は人を寄せ付けない厳しい表情を見せる

 寒さが最も厳しい季節、庄内各地で開催される「寒鱈まつり」。平成元年にスタートしたこの催しは、酒田・鶴岡とも毎年2万人以上が訪れる観光行事として定着しました。その呼びものが厳しい庄内の風土が生んだ野趣あふれる郷土料理「寒鱈汁」。荒れる冬の日本海で揚がる真ダラを余すところなく使い、味噌で味付けし、岩ノリを散らして振る舞われます。複数の出店が並ぶ酒田と鶴岡の寒鱈まつりでは、底冷えする屋外で食べ比べをするうち、心身ともに満たされてきますLink to Backnumber

yura_dongara_jiru.jpg【Photo】ガラが多めで地元の人たちからの支持が高い由良寒鱈まつりで振る舞われる寒鱈汁。他会場と同じ一杯500円

 日が近い「大山新酒酒蔵まつりLink to Backnumber」を優先した昨年と、雪が多かった一昨年は、寒鱈まつり参加を見送りましたが、Piatto3月号で特集する「日本海ひな街道」の取材で、先月末に酒田・鶴岡を訪れました。その折に投宿した鶴岡の湯田川温泉の湯宿「ますや旅館」で、これまで食してきたあまたの寒鱈汁の記憶をたどっても、とりわけ印象に残る"これぞ真髄っ!!"という文字通りの「どんがら汁」と出合いました。一般的には寒鱈汁と呼ばれるそれは、豪快で威勢のよいどんがら汁という庄内での呼び名の方が感覚的にはしっくりきます。

bagno_masuya.jpg【Photo】湯田川温泉ますや旅館2階の貸切檜風呂。源泉かけ流しの柔らかなお湯を心ゆくまで堪能できる至福のテルマエ

 春が遅い東北でも初夏の兆しが感じられる5月中旬ともなると、食べずにはいられないのが、初夏の庄内に欠かせない孟宗汁。メンタリティが庄内に帰化して10年になる庄イタをして、孟宗尽しの夕餉Link to Backnumberで唸らせてくれるのが、料理上手な女将の中鉢泰子さん。聞けば贅沢にも5kgクラス以上のオス鱈を仕入れているのだといいます。白子の需要が高まった近年では、庄内浜で揚がるオスはメスのおよそ倍。その対価として日本銀行券で福沢諭吉樋口一葉を差し出さなければならない高級魚。魚体へのダメージが少ない延縄漁法で捕れた型の良いタラともなると、、物によっては諭吉先生3枚近くの出費は覚悟です。

cena2013.1.28_masuya.jpg【Photo】出張で訪れたこの日は、ますや旅館の平日限定ビジネスプラン(2食付6,975円!!)を10年目にして初めて利用。華美な演出は無くとも、心尽くしの庄内ならではの手料理が並ぶ夕餉。嬉しいことに鍋には高価なオス鱈を使った郷土料理の「どんがら汁」が登場。ブラボー!!!

 開湯の伝説による「白鷺の湯」という別名を持つ湯田川温泉のお湯は、肌触りの柔らかい癒し系。全市町村にさまざまな温泉が存在する山形県下でも、庄イタが愛してやまない温泉です。飲泉するとその素晴らしさがより一層おわかり頂けるはず。仙台から撮影のため酒田まで赴いて頂いたモデルの高以さんとメイクさん、スタイリストさんをお乗せしての月山越えとなったこの日。ますや旅館自慢の檜造りの湯船に浸かっていると、心身ともに緊張が解き放たれてゆくのでした。

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【Photo】ますや旅館の夕食から。煮溶かした海藻を冷やし固めた庄内の郷土食「えご」と「ひろっこ(アサツキ)」、タコの酢味噌和え(左写真) 湯田川郊外の山で伝統的な焼畑農法で作られる藤沢カブ《Link to Backnumber》の甘酢漬と白菜の浅漬(右写真)

 同行したディレクター、ライター、カメラマンとともに頂いた夕食で、グツグツと音を立てる鍋の木蓋を開けると、白子やアブラワタが入った寒鱈汁がご開帳。寒鱈の旬真っ盛りだっただけに、密かに期待はしていたのですが、そのアラの多さは期待以上。寒鱈まつり会場では観光客向けにアラの量が少ないことが多く、正直ちょっと物足りなさを覚えることも。数年前、ますや以外の湯田川の宿で登場した寒鱈汁も、ちょっとお上品な印象でした。それだけにジモティ仕様のワイルドなどんがら汁と出合えたことは望外の幸せ。

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【Photo】小鉢に入った岩ノリを散らして頂く湯田川温泉ますや旅館のどんがら汁は、白子・アブラワタ・胃袋などのガラがたっぷり、うま味もたっぷり。その秘密は・・・。

 ところが、湯田川は初めてだというディレクターとライターの女性2名は、中骨やガラがたっぷりと入ったどんがら汁に戸惑っている様子。コクの決め手であるアブラワタ(肝臓)、タツ(白子の南庄内での呼称)、コリコリとした胃袋などに紛れて箸で探さないと白身が出てこない寒鱈汁は、「食べるところがない...(,,-_-)」と顔に書いてある初めての2人には、ハードルが高い上級者向けだったのかもしれません。

 庄イタが驚いたのは翌朝。女将に尋ねたところ、ますやのどんがら汁は、なんとアクを取らずに作るとのこと。鱈汁には家それぞれの作り方があって当然ですが、庄内の食に関する我がバイブルである伊藤珍太郎の名著「改訂庄内の味」(「本の会」刊・昭和56)には、とある料理通から聞いた話として、アクをすくい取らないと汁に生臭さが残ると記されています。鶴岡の鮮魚店や大方の作り方指南にも、必ず"アクは取る"とあります。これは天動説が信じられていた17世紀、ローマで異端裁判にかけられたガリレオ・ガリレイが唱えた地動説に等しい衝撃の新説!!

garagara_jiru.jpg【Photo】真鱈のガラだけで作った自家製「アク入りがらがら汁」。土曜の朝と言うことで、つい庄内の酒に手が伸び...

 かくなる上は真偽を試さずにはいられない庄イタ。由良港直送の魚介が手に入る鶴岡IC近くにある鮮魚店「魚神(うおしん)」でタラ汁セットを入手したまでは良かったものの、自宅冷蔵庫に入れた翌日、鮮度の大切さを知る家人が普通どおりに寒鱈汁を作ってしまったのです。それはそれで当然美味しかったわけですが、幸運にも再度の機会がすぐ巡ってきました。石巻に本店がある「津田鮮魚店」の支店「石巻マルシェ(旧「三陸おさかな倶楽部」)」が仕事場の近くにあり、そこで三陸沖で揚がった真鱈のアラを発見したのです。

 原発事故以来続いていた出荷規制が、先月17日に解けた宮城県産の真鱈。被災前の石巻は、北海道の漁港を差し置いて真鱈の水揚げ高が日本一だったこともあります。ちょっと前に取り上げた木の屋石巻水産の「金華さば味噌煮缶」ほか、石巻の産品で埋め尽くされた店内。毎朝実施しているスクリーニング検査をパスした魚介だけがセリにかけられる石巻魚市場直送のアラは鮮度抜群。しかも400円というバーゲンプライス!!

garagara_jiru2.jpg【Photo】作り置き3日目の味が浸みわたったガラガラ汁。「木川屋山居倉庫店」の阿部泉さんご推奨の一本「初孫赤魔斬」と

 さっと具を水洗いし、昆布と鰹でとった出汁で火が通りにくいアブラワタと胃袋を30分煮込みます。その茹で汁に白子以外の全ての部位を(白身があればここで)入れ、浮いてくるアクは放置したまま約10分間煮立てます。火が通ったところで味噌と酒粕で味付け。ますや旅館では酒粕を加えませんが、庄イタは酒粕入りが好み。平田赤葱と短冊切りし、あらかじめさっと茹でた大根に白子と豆腐を加えてひと煮立ちしたところで完成です。器に盛ってから岩ノリを散らすのをお忘れなく。

 泰子女将直伝のアク入りどんがら汁のお味やいかに。石巻直送の新鮮なガラゆえ、世人が言うような生臭さは感じません。栄養価が高くコクのもととなるアブラワタの量が半端ではないため、食べ応え十分。ますや旅館で頂いたどんがら汁は、中骨に貼りついた中落ちやコラーゲンたっぷりのゼラチン質も入っていましたが、今回の具はガラ100%。淡白な白身からは決して得られないうま味たっぷりの出汁が出ています。

 具それぞれの持ち味が際立つ出来たてもいいですが、汁ものが一般にそうであるように、一晩置いたどんがら汁は、奥行きが加わります。まして今回は"白身抜き(胴抜き)がらだけ汁"だけに、「がらがら汁」とでも呼びたい超ワイルド仕様。鍋物のアクはすくい取るものという既成概念が、初孫 特別純米 魔斬 生原酒を相伴にした、どんだけガラディナーで見事に崩れ去ってゆきました。そう、ガラガラと音を立てて。 お後がよろしいようで.../(;^△^)
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ますや旅館
住: 鶴岡市湯田川乙63
Phone: 0235-35-3211
Fax: 0235-35-3210
URL: http://www.yu-masuya.com/baner_decobanner.gif 

2013/01/06

新年明けまして女鶴餅

杵つき女鶴餅を仙台雑煮で味わう癸巳のお正月

 「今日餅が搗き上がったさげ・・・」

 暮れも押し迫った昨年の12月30日夕刻、酒田市布目に伝わる幻の糯米「本女鶴」の生産者、堀芳郎さんから電話を頂戴しました。それは不思議なめぐりあわせで昨年9月にお会いして以来、久しぶりに耳にする訥々(とつとつ)とした堀さんのお声でした。杭掛けを終えたばかりの女鶴を前に、年末には昔ながらのやり方で、杵と臼で餅を搗くと仰っていた堀さん。大晦日の前日に餅を用意する庄内の稲作農家の伝統に倣い、本女鶴を餅に仕上げたのでした。

nunome_inverno.jpg【Photo】杭掛けされた本女鶴が並ぶ布目地区(写真右手)を前回訪れた昨年9月の黄金色に染まった豊穣の風景に見とれた場所に立つと、モノトーンに包まれた冬景色を肌を刺す寒風が吹き抜けてゆくのだった

 家人の帰省のため気仙沼へと向かう前日の大晦日に酒田までの雪道を往復することを一度は躊躇したものの、私のことを気にかけて下さっていた堀さんに発送の手間をおかけしては申し訳ないと思い、「明日頂きに上がります」と申し上げて電話を切りました。

sankyo2009.inverno.jpg 冬期間は仙台‐酒田の最短ルートとなるR347鍋越峠が閉鎖となるため、距離的なロスがある山形自動車道経由ではなく、R48から東根を経て、R13で新庄から酒田を目指しました。関山峠から村山市までは穏やかな天候だったものの、豪雪地帯の尾花沢に差しかかる頃には、吹雪模様に。風雪のため最上川の対岸の風景が淡い水墨画のごとく霞むR47から酒田市内に入り、まずは山居倉庫の産直館で酒田女鶴の餅を購入しました。それはここ数年来、我が家の正月の雑煮に欠かせない酒田女鶴と今年初めて口にする本女鶴とで餅の食べ比べをするために他なりません。

【Photo】山居倉庫の欅並木も冬の佇まい

 昨年の11月初旬、堀さんとのご縁をつないで下さった酒田女鶴の生産者である渡部正弘さん・由美子さん夫妻のもとを訪れた際、加工場で真空パック詰めする直前の半生状態にある酒田女鶴餅を私に持たせて下さいました。渡部さんは頑としてその対価を受け取ろうとしないため、その再現ではかえって申し訳ないので、今回は産直館で渡部さんの餅を購入した次第。そこではこれまた2年前の夏に偶然お会いした新関貴美子さんが所属する「ミセスみずほの会」が、シーズン最後に出荷する在来種「鵜渡川原キュウリ」の粕漬と奈良漬もあわせて入手しました。

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【Photo】暮れゆく2012年を締めくくった酒田の寿司割烹「こい勢」旬の地魚おまかせ握り(1人前3,150円)より。 烏賊(左上)・ノドグロ炙り(右上)・寒ダラ昆布〆(左下)は振り塩で・カワハギの上品な白身と濃厚な旨味が詰まった肝は自家製の煮切り醤油で(右下)

 訪問しようと電話した酒田市内のフレンチレストランが、すべからく年末休に入っていたこの日。年間を通してさまざまな山海の美味との邂逅があった庄内での有終の美を飾る腹ごしらえはJR酒田駅にほど近い相生町の「寿し割烹こい勢」のカウンター席へ。今回も親方に注文したのは庄内産ササニシキのシャリと季節ごと旬のネタ10貫が味わえる旬の地魚おまかせ握り。

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【Photo】鱈の白子の庄内での呼称ダダミの炙り(左上)・日本海側の各地でシロガスエビやドロエビといった可哀そうな異名を持つクロザコエビを庄内浜ではガサエビと呼ぶ。その身は甘エビ(ホッコクアカエビ)よりも美味(右上)・酒田沖産ホンマグロのトロ(左下)・ズワイガニ(♂)の庄内での呼称ヨシガニの軍艦(右下)

 振り塩と柚子の香りのイカに始まり、寒ダラの昆布〆と炙って香ばしさが加わった絶品ダダミ(白子)、トッピングの肝が旨味を増幅させる上品な白身のカワハギ、店一番の人気だというトロけるようなノドグロの炙り、ふっくらとした肉質が身上のヨシガニと庄内浜では称されるオスのズワイガニ、甘味が強いものの鮮度が失われやすいため生食は地元ならではのガサエビ・・・。お江戸ならば倍額の出費は覚悟せねばならぬでろう江戸前握りとコチのアラ汁で心底満たされたところで、堀さんのもとへと道を急ぎました。

 円能寺地区に向かう車窓から見る風景は、実りの季節に訪れた前回とは打って変わった厳しい冬の表情。雪雲に覆われて鳥海山はその稜線すら垣間見ることができません。車から降りて寒風吹きすさむ道端に建つ地蔵堂越しに、女鶴が命脈を保った堀さんの圃場を眺めました。車に戻る前、振り向きざまに視線を送った赤い頭巾と胴衣をまとったお地蔵様のお顔に目が釘付けになりました。
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【Photo】北西方向を雪囲いで覆われた県道367号線の道端に建つ布目地蔵堂

 何故なら、地蔵の口には誰かが何かを塗りつけた跡があったからです。茶色のそれはザラメ砂糖のように見受けられました。その布目地蔵を見て思い起こしたのが、民俗研究家の結城登美男先生の著書「東北を歩く」(2008・新宿書房刊)に登場する山形県新庄市の接引寺山門脇にあるという「まかどの地蔵」。東北の稲作の歴史は、凶作と飢饉との戦いの繰り返しでもありました。新庄のある最上(もがみ)地方は、豪雪と冷害に見舞われることが幾度となくあった地域。
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【Photo】黙して語らぬ口の周りに黒砂糖を塗られた布目地蔵

 天明・天保とともに江戸三大飢饉に数えられる宝暦の大飢饉(1755)では、夏の低温と長雨、そして冬の豪雪により、埋葬しきれぬほどの餓死者が出ました。その供養にと祀られたのが、まかどの地蔵。以来、地元の人々は餓鬼道に堕ちた者のため、春と秋の彼岸にぼた餅を地蔵の口に運んで食べさせるようになったのだといいます。布目の地蔵様まつりは4月と8月の地蔵盆の日(23日・24日)に行われています。これは田植えを行う直前と旧盆明けの時期にあたります。

 庄内地域に6体が現存する即身仏は、飢饉や災禍で苦しむ衆生を救わんと、穀断ちの千日行の末に生きながらにして土中に籠り即身成仏を果たしたもの。(今日からNHKのBSプレミアムで全話再放送が始まった)明治末期に小作農家の貧しさゆえ年端も行かぬ7歳にして口減らしのため1俵の米と引き換えに年季奉公に出された「おしん」はフィクションですが、不幸にして先立った我が子、柳田國男が遠野物語で紹介したデンデラ野ほか各地に残る姥捨て山伝説など、日本各地には農村庶民史の暗黒部ともいえる伝承が残ります。飽食の時代といわれる今もなお、口に黒糖を塗られた布目地蔵に、亡者を想う施餓鬼の意味と食べ物を大切にする地元の心を見た庄イタなのでした。女鶴が命脈を保った田んぼの脇で寒風に耐えるようにひっそりと息をひそめる地蔵の姿に胸を打たれました。

shogatsusama_horitaku.jpg【Photo】お正月様をお迎えする堀家のお供え。氏神ほかの掛け軸、子孫繁栄を願うユズリハ、喜ぶにつながる昆布、長寿を願う干し柿、女鶴から作った鏡餅とチョポ餅(上写真) 本女鶴のチョポ餅を供えられた堀八十八さんの遺影(下写真)

yasohachi_hori.jpg 昨年9月に伺って以来となる堀さん宅には、お正月を迎える鏡餅が供えてありました。毎年30日に先祖伝来の臼と杵を納屋から取り出して餅を杵搗きするという堀さん。水回りほか家の各所にお供えする小さなチョポ餅もすべて本女鶴から作られたものです。お正月様を迎える祭壇脇の仏壇には、チョポ餅を供えられた先代の八十八(やそはち)さんの遺影もあり、線香を上げさせて頂きました。

 自身のお名前には一年届かず87歳で亡くなられたという八十八さん。大の餅好きで、酸化鉄粘土質土壌の布目と隣村の円能寺が白眉とされる女鶴の味に心底惚れ込み、田植えは一本植え、1m以上に及ぶ丈が災いして倒伏するため、手刈りせざるを得ないという手間のかかる農作業に汗を流していたそうです。女鶴は八十八さんが生まれて2年後の1911年(明治44)に地元の飽海郡全体で最多の772haが作付された記録が残ります。農業の機械化が進んだ昭和40年以降は、それまで庄内平野の糯米の主力であった彦太郎糯と同様、女鶴も近隣の圃場から急激に姿を消してゆきました。

88_meduru.jpg【Photo】農家の道楽と言いつつ、精魂を注いだ女鶴の刈り取りを行う存命中の堀八十八さん(上写真)  ご自身で杵搗きした本女鶴餅をご用意して下さった堀芳郎さん(下写真)

yoshiro_mochi.jpg 効率を度外視した農業経営など成り立たなくなった時代にあっても八十八さんは、穂先が二つに分かれ、その長さが揃っている女鶴糯の特徴を供えた個体を原種として3年ごと種籾を選別していたとのこと。そうして今は芳郎さんが受け継いだ20アールの圃場で自家用に命脈を繋いできた女鶴。1980年(昭和55)に酒田市の老舗菓子店「菓匠 小松屋」が桜餅の道明寺種として使い始めたことが地元紙山形新聞で報道されます。これによって戦後は姿を消したと思われていた女鶴が、農業試験場の保存種籾ではない地域の宝として、しっかりと大地で息づいていたことが世に知られます。

 栽培しやすいよう短稈(かん)化した後継品種「酒田女鶴」誕生に至る経緯は拙稿「酒田女鶴と本女鶴」を参照いただくとして、その恩人との対面を果たした後、菓匠小松屋の折箱にうやうやしく入れられた手ごねの丸餅を頂戴しました。「わざわざ仙台から来てもらったから」と、予想通り代金を受け取ろうとしない堀さんには、持参した白石温麺をお礼としてお渡ししました。

meduru_2013zouni.jpg【Photo】昨年は酒田女鶴の丸餅が主役を張った庄イタ家の仙台雑煮。今年はこの本女鶴の丸餅との共演が実現した

 こうして本女鶴と酒田女鶴をそれぞれ仙台雑煮に入れるなどして迎えた2013年癸巳(みずのとみ)の初春。堀さんが杵搗きした本女鶴餅と渡部さんの機械搗き酒田女鶴餅とでは、炊き方が異なるため粘りや食感が当然のごとく異なりました。とりわけ印象的だったのは、本女鶴の尋常ならざる粘り腰。贅沢極まりない餅の食べ比べで幕を開けた今年もどうぞ「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅」にお付き合い下さいますよう、よろしくお願いします。m(_ _)m

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2012/10/20

ナシにまつわるアバタもエクボなハナシ

着果不良とカメムシ禍で無収穫の生産者も。
なれど利府梨のおいしさは今年も変わりナシ

 蔵王連山の雄姿を間近かに仰ぎ見る円田地区を中心に栽培農家が多く、宮城では和洋の梨について総生産量のおよそ半数を占めるのが蔵王町。次いで2番目の和梨産地となるのが利府町です。町内屈指の優秀な梨生産者との呼び声の高い伊藤梨園さんのおかげで、昨年その美味しさに目覚めたのが、明治生まれの歴史ある和梨品種「長十郎」でしたLink to Backnumber

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【Photo】 昨年9月、利府町の伊藤梨園直売所で味見したのが、本命の「あきづき」と対抗馬にあたる「新星」。本命買いに傾いた形勢を逆転したのが最後に勧められた長十郎。最近は姿を見る機会がほとんどない古馬ゆえ、その時点では期待せずにいたダークホース長十郎を絶賛した拙ブログの読者から、新規の指名買いが続いたという。今年は春先の寒さと夏の酷暑のもとで平年の半分も実を結ばなかったという青梨系品種「八雲」(写真右側)と赤梨系品種「幸水」(写真左側)。本来はキツネ色に色付く幸水が、高温の影響で着色不良の傾向が見て取れる
 
 すっかり長十郎の味をしめた今シーズンも、秋の味覚を求めてイオン利府ショッピングセンター前にある直売所ではなく、利府町内のご自宅に伺い、選果場で直接購入すること3度。初回は9月9日に早生種を代表する品種「幸水」と二十世紀の改良種「八雲」を。二度目は暑さにめげず美味しさが際立ったという「あきづき」と利府梨の代名詞「長十郎」を10月8日に。間もなく収穫される晩生種「新高」が出る前に今シーズン最後になるであろうずっしりと大きく育った長十郎をこのほど購入しました。今年も味わうことが叶った秋の恵みに感謝。
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 例年より1週間から10日生育が遅れ、やっと収穫が始まったばかりだという9月上旬。ホームグラウンド庄内きっての梨産地である酒田市刈屋でも同様に耳にしたことですが、伊藤さんから伺ったのが、梨農家にとって、こんなに難しい年は近年なかったということ。ミツバチと手作業による受粉作業の後に続いた春先の寒さが響いて着果自体が少なかったことで、250軒ほどある利府町内の梨生産農家によっては、全くの無収穫に終わったケースもあるそうです。

【Photo】収穫直前のカメムシ禍により、アバタ顔のような凹みができた長十郎(手前の3個)

 連日の酷暑が続いた9月上旬に伺った際に買い求めた幸水は、少雨とまだ旬の走りということで、型が小さく味の乗りも昨年と比べて今ひとつでした。伊藤梨園さんでは、小さな傷がついたり、黒い斑点が出るなど姿形が良くないだけで出荷できない梨をいつもお土産にと下さいます。その時は、そうして頂いた初めて口にするスッキリとした酸味が持ち味の八雲から、青梨の美味しさを教わったように思います。

chojyuro2_2012.jpg【Photo】カメムシが果汁を吸った凹型の痕跡が写真左上と右下部分に残ったため、商品価値が損なわれた長十郎。伊藤梨園さんの長十郎は、皮を剥くと糖度の高さをうかがわせるねっとりとした感覚が果肉表面に残る

 丹念な土作りから品質管理に心を砕く伊藤梨園さんですら、平年の4割しか収量が見込めない今年。追い打ちをかけたのが、高温続きによる着色不良と梨農家の大敵カメムシの襲来でした。暑さで活動が活発化したカメムシは、梨の実に飛来しては果汁を吸い取ります。肥大初期に果汁を吸われると、その箇所が成長を止めてしまい、ジャガイモのように型がいびつになって廃棄せざるを得なくなります。

 収穫末期に入り、1個の重さが1kgに迫る場合もある長十郎。今年のように収穫期にカメムシ被害に遭った箇所が凹型に窪んだ哀れ"カメナシ"と化した長十郎は、商品価値が著しく損なわれるのです。1年をかけて大切に育てた梨が台ナシ(梨)にされるのですから、梨農家にとってはたまったものではありません。憎っくきカメムシは病害虫よけの袋掛けをしていても、果汁を吸ってしまうことがあるそうで余計にタチが悪いのだといいます。

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【Photo】カメムシが果汁を吸った跡は、皮を剥くと水気が少ないスポンジ状に変質しているが(左写真)、その部分を包丁で取り除けば何ら問題ナシ(右写真)。そのまま食べても結構ですし、スプマンテやプロセッコなど辛口の発泡性ワインとの相性が良い長十郎。いただきま~す

 「ウチに置いてあっても仕方ないので」と、今回もハジキ梨をおまけして下さった伊藤さん。多少見た目が悪くても、その味に貴賎はありません。実力通りの美味しさで庄イタを魅了した昨年とはまた一味違う今年の利府梨。オジャマ虫に悪戯され、ルックスはお笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」の南原清隆のようなアバタ顔になっても、精一杯美味しくなろうと頑張ってくれた文句ナシのカメ梨君なのでした。

  
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伊藤梨園直売所
住:宮城県宮城郡利府町八幡崎前
  ※イオン利府ショッピングセンター西側
    「河北・TBC利府ハウジングギャラリー」と「利府デンタルクリニック」の間
    直売所が閉まっている場合は、下記伊藤恒雄さん宅に問い合わせを
Phone:022-356-2233


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2012/08/19

甘党も左党も納得

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しっかり田酒なジェラート
by イタリア料理アデッソ@青森市油川

 今年は青森づいている庄イタ。間もなく去ろうとしている夏の発見のひとつが、青森市油川のイタリア料理店「Adesso アデッソ」で出合ったこのジェラート。

 某所で開催された空前絶後のレアもの垂直試飲ワイン会でお会いした田酒で知られる西田酒造店の西田司社長から教えて頂いたイタリアンレストランを翌日訪れ、お持ち帰りしました。

 近所に蔵を構える西田社長御用達だというこの店。青森市街地から西へ向かった郊外にあるアデッソ訪問は、今回が初めてでしたが、アンティパスト2皿・自家製手打ちパスタ料理のプリモピアット、本来は肉料理のところを魚料理にチェンジをお願いしたセコンドピアット、ドルチェ、コーヒー or 紅茶(エキストラチャージでエスプレッソに変更可)からなるCランチ(2,520円)を頂きました。

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【Photo】アデッソのCランチ(2520円)より。陸奥湾のタコ・自家製モルタデッラ・キッシュなどのアンティパストミスト(左上) ミョウガのぺペロンチーノ風味自家製キタッラ(右上) 津軽海峡産マダイのソテー・温野菜添え(左下) イチジクのタルト・ティラミス・キウイのジェラート(右下)

 11時30分から始まるランチタイムの一番乗りを果たした私が通されたのは、手動のパスタマシン「トルキオ」の目の前の席。通行量が多いバイパス沿いではなく旧道の松前海道沿いの町外れにあるにもかかわらず、次々と来店客があり、正午前には満席に。地元の支持が高いことを窺わせますが、不意打ちを狙った(笑)西田社長は残念ながら姿を現しませんでした。

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 「この料理ならまた来てみたい」と思わせてくれるイタリアンと出合えた喜びを増幅させてくれたのが、濃厚なナポリスタイルのエスプレッソ。スプーン2杯の砂糖を加えてカッフェをさっと引っかけ支払いを済ませようと向かったレジ脇にサンプルが置いてあったのが、店の自家製ジェラート。何種類かある中で私がビビッと来たのが、この田酒酒粕ジェラートでした。同じ発酵食品である乳製品と酒粕の相性の良さはすぐに想像がつきました。

【Photo】W氏が推奨する青森市内の某日本酒BARで夢見心地へと誘ってくれた津軽の美酒双璧。今年が豊盃倶楽部最後の蔵出しとなる純米吟醸と田酒 純米吟醸 百四拾

 その前月に出張で青森市を訪れた折には、青森県庁に勤める一方で食道楽の道を驀進するW氏推奨の日本酒BARで「田酒 純米吟醸 百四拾」の上品でふくよかな旨さに悶絶したばかり。この日は青森駅近くの某酒販店で目当ての「豊盃」や「六根」を手に入れましたが、地元とはいえ、田酒については特別純米酒が間もなく出荷されるというそのタイミングでは、高額な贈答用の四合瓶セットがあるだけで手が出ませんでした。

denshu_gelato2.jpg【Photo】カップの蓋を開けると、ほんのり日本酒の芳香が漂う。酒粕だけでなく田酒そのものも少量入っているというものの、アルコール感はゼロ。甘党のみならず左党もまっしぐらな田酒酒粕ジェラート

 仙台でも店によっては田酒の酒粕を置いていますが、ジェラートとの組み合わせは試したことがありません。まして田酒を醸す西田酒造店の地元・油川を訪れて手ぶらで帰ったのでは画竜点睛を欠くというもの。この日は仙台まで車で戻らなければなりませんでしたが、かくなる事態もあろうかと保冷バッグを持参していた上、バラ売りOKとのことで購入を即断しました。

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 容量は120gと食べきりサイズの田酒酒粕ジェラート。スプーンから伝わるシャリ感のある感触は、乳脂肪分少なめのジェラートそのもの。口に含むと、ほのかな日本酒の香りが鼻腔を満たし、それを追いかけるようにしっかりとしたミルキーな風味が幾重にも重なってえも言われぬ幸せな余韻を残します。

 容量の1割を占める酒粕由来の旨味・香りと牛乳のコクのある甘さとが渾然一体となった田酒酒粕ジェラート。これならジェラートの本場イタリアでもOttimo(サイコーッ!!)、Buonissimo(ウマ過ぎ!!)と受けること間違いなし!
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Trattoria Adesso トラットリア・アデッソ
住:青森市油川字大浜1-1
Phone:017-788-0417
E-Mail:info@adesso-k.com
URL:http://www.adesso-k.com/
営: 11:30~14:00(L.O.)  18:00~21:00(L.O.)
定休:日曜日  P有り

お取り寄せはコチラから
http://www.adesso-k.com/SHOP/698287/list.html


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アデッソイタリアン / 油川駅
昼総合点★★★☆☆ 3.5

2012/05/27

1年ぶりの青森美味巡礼

花の命は短くて...。2012春

 GW直前までは平年を下回る肌寒い陽気が続いていた東北各地。例年にない雪解けの遅れにより、稲作には平年と比べて2週間程度の遅れが出ています。本州最北の青森で田植えが始まったのは、5月の第2週に入ってから。植え付けの最盛期は、幾分とも水が温み始める3週目となりました。

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【Photo】岩木山と花ざかりの弘前城公園

 東北では2年ぶりの桜といわれた今年。事実、私も昨年は桜の記憶が全く飛んでいます。これは私に限ったことではなく、周囲でも多くの人が口を揃えてそう言います。震災による混乱の渦中にあった昨年は、被災地では誰もがそれどころではありませんでした。長かった冬の終わりを実感し、花鳥風月を愛でる心のゆとりを取り戻すため、2年ぶりの桜を愛でに連休後半は「弘前さくらまつり」開催中の弘前へと向かいました。

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【Photo】ライトアップされた夜桜があでやかに咲き誇る夜の弘前城公園

 桜の盛りに一度は訪れることを強くお勧めしたいのが、49.2haの園内に2,600本もの手入れが行き届いたソメイヨシノを中心に50種類の桜が咲き乱れる弘前城公園です。ニッポンに生まれて良かったと誰もが実感するであろう見事な桜との2年ぶりの再会は、一番の楽しみでした。とはいえ、美味との出合いのためなら野を越え山を越えることを厭わない私が、喰い気をなおざりにして満足するはずはありません。

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 そこで選ぶべきは、いま東北で最も注目に値する青森イタリアンです。その両雄たる「Osteria Enoteca Da Sasinoオステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ)」(弘前市)と、「AL CENTROアル・チェントロ)」(青森市)の2店を桜の時期にあわせて予約したのは、当然の成り行きでした。

 5年前の8月、リンゴの自然栽培に挑んだ木村秋則さんのもとを訪れた日〈拙稿「奇跡のリンゴ」2009.9参照〉に初訪問、翌年5月の再訪で確信を深めた上でViaggio al Mondoでご紹介したオステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ〈拙稿「自給率100%のレストラン」2008.5参照〉。オーナーシェフである笹森通彰さんは、同年7月にオンエアされたTBS系「情熱大陸」や専門誌・一般情報誌など各メディアから注目され、全国から訪れる食通を唸らせています。

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【Photo】1年間封印していた昨年3月10日夜@オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノのアンティパスト2皿 / 真ダラの白子のすり身をふっくら香ばしく焼き上げた「鱈のスフォルマティーノ 菊芋のピューレ」(左) 素材感の組み合わせが活きる「藤崎町産ホワイトアスパラガスのソテー 家飼いウコッケイ半熟卵と自家製フォルマッジョ」(右)
 

 東北新幹線が青森まで延伸した一昨年12月、青森駅近くに開業した複合商業施設「A‐FACTORY」2Fに「Galetteria Da Sasino ガレッテリア・ダ・サスィーノ」をJR東日本の依頼により出店、それに先駆けてジャジー牛乳の自家製モッツァレラを使うナポリピッツァの店「Pizzeria DA SASINOピッツェリア・ダ・サスィーノ」を弘前市内にオープンさせています。

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【Photo】プリモピアット2皿 / 自家菜園のカボチャとお米のトルッテリーニ(左) 大鰐町産青森シャモロックのクレスペッレ(=クレープ)(右)

 店舗を増やし拡大路線に転じた飲食店が、質の低下に陥るお決まりの轍を踏むことなく、業態が異なる新店は、信頼の置けるスタッフに任せる賢明さを持ち合わせていた笹森シェフ。ご自身は以前と変わらずオステリアに身を置き、全てを取り仕切っています。食べ手である客がいてこそ成り立つ飲食店の道義として当然のことながら、いかに名前が売れようと料理人の本分を貫き、いささかのブレもない「じょっぱり」の面目躍如たるサスィーノ再訪は、必須のミッションなのでありました。

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【Photo】セコンドピアット / 七戸健育牛サーロインのビステッカ(左) ドルチェ / ウコッケイ卵のティラミスとレモンのソルベ(右)
  
 そして私の中では昨年最大の発見だったAL CENTRO。翌日起こる事態を知る由もない昨年3月10日、東北新幹線延伸に関連した仕事で青森に出張しました。オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノを夜に予約していたため、昼に初見参したこの店。東通村で暮らす祖母に栽培を任せている野菜など地元の素材を中心に"手間を惜しまず 手を加えすぎない"という葛西 淳オーナーシェフが創意を凝らしたセンスが光る料理は、鮮烈な印象を残しました。

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【Photo】アル・チェントロのランチコース(Pranzo-b 2,800円) 付きだし / 豚肉のさまざまな部位を使う自家製ソプレッサータ、キッシュなどのアンティパスティ・ミスティと呼んで差し支えない内容(左) アンティパスト / 下北産タコのテッリーナと古代小麦ファッロ、ポモドーリセッキ(右)

 「ちゃんと出張先で仕事してんのかよ!!」とのごもっともなツッコミは、どうかなさらぬよう(笑)。14ヵ月ぶりの"じょっぱりイタリアン"を再訪することなくしては、青森を訪れる意義が半減するというもの。笹森シェフへの事前のヒアリングで、桜が見頃を迎えるであろうGW後半で予約を入れました。さらに今回は、本州最北端の地・大間まで足を延ばすことを画策。そう、築地市場経由で銀座の寿司屋で食そうものなら、ウン万円の出費を覚悟せねばならぬマグロ界のエース、世に名高い大間のクロマグロ(ホンマグロ)が目当てです。

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【Photo】プリモピアット / ファッロを練り込んだ自家製パッパルデッレ 春野菜と県産黒豚のラグー(左) 絶妙な火加減がもたらすカリカリの皮とジューシーな白身。陸奥湾の天然ヒラメのクロッカンテ(右)

 ところが、あれもこれもと欲張ったのが災いしたのでしょうか、出発前にギックリ腰をやらかした上、3日間の青森滞在中は、雨続きのあいにくの天候。加えて計算外だったのは、それまでの寒さが一転、GW直前に気温が一気に上昇したこと。これにより、平年より遅れると予想されていたソメイヨシノは4月27日に開花、5月1日には満開が宣言されました。そこに花散らしの雨が連休後半は降り続いたため、3日にAL CENTROで葛西シェフの料理を味わうべく前泊した強風と雨の青森市でも、弘前の桜がいかなる状態であるかが、気がかりでした。

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【Photo】ドルチェ / イタリア版のクレームブリュレ、「クレマコッタ」ないしは「クレマカタラーナ」。サルディーニャでは「クレマ・ブレチャータ」と名前を変える  Bevande / カッフェ

hotokegaura2012.5.4_.jpg【Photo】下北半島の霊場「恐山」ともども、この世のものとは思えない「仏ヶ浦」の奇観。大間まで足を延ばすのであれば、青森市から4.5時間を要するとこを覚悟の上で、車でのアクセスを

 相変わらずの雨模様となった4日朝、具合の思わしくない腰をかばいつつ北緯41度線を越え、奇岩が連なる景勝地・仏ヶ浦を経て訪れたのは、大間漁港すぐ近くの「浜寿司 Link to Website」。大将の伊藤晶人さんは、大間伝統の近海一本釣りで捕えるクロマグロでも、スジ目の少ない150 kg超級の高級品しか扱わないのだといいます。

oma_2012.5.4.jpg【Photo】「こヽ本州最本端の地」と刻まれた石碑が建つ大間崎の先は、クロマグロの漁場である津軽海峡にウミネコが群れ飛ぶ津軽海峡

 産地でとことんクロマグロを堪能しようと、はるばる訪れた大間です。ここは大間鮪丼 特上(1人前3,900円)を奮発。5月は漁期ではないものの、冷凍技術の進歩により、赤身からしてすでに異次元領域へと誘う大間産ホンマグロは期待に違わぬ旨さ。しつこさを感じさせない上質な脂が乗った中トロ、さらにノリノリの大トロに至っては・・・。画像を見てヨダレを垂らしておいでの皆さまご想像通り(笑)。

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【Photo】シャリが見えないほど豪勢に盛られた大間クロマグロの赤身・中トロ・大トロ(右写真)が存分に味わえる浜寿司の「大間鮪丼 特上」(左写真)

 幸福ではなく"口福"と表現したくなるクロマグロの余韻に浸りながら3時間を要して訪れたオステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ。アペリティーヴォ(=食前酒)ともなる1杯目は、自家製ワイン醸造挑戦2年目の「Sasino Bianco 2011」をオーダーしました。自家製ヴィーノの予想以上のバランスの良さに、笹森シェフが食材自給率100%を達成する日が、そう遠くないことを確認できたのは、この日持ち込みした「Brunello di Montalcino Pian delle Vigne1997 / Antinori」の素晴らしい熟成ぶりとともに望外の収穫となりました。

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 連休中とあって、満席でフル回転する厨房とフロアの両方を忙しく行き来しながらも、シェフ本人がきちんと手をかけてくれた料理は、いつもながらの完成度の高さ。前回は自家製リモンチェッロ(下右写真)を呑みながら、店が引けた後もシェフと語り合ったのですが、今回は23時までライトアップされる夜桜が、昼間とはまた違った妖艶な姿を見せてくれるはず。締めのカッフェ(下左写真)だけで食後酒を封印、一縷の望みを抱いて弘前城公園へと急ぎました。

caffe_sasino2012.5.4.jpg Limoncello_sasino2011.3.11.jpg

 しかーし、「もはやこれ以上、多くを求めるな」ということなのでしょうか。お濠には、散った桜が浮かぶ「花いかだ」が見られたものの、もはや盛りを過ぎたソメイヨシノは、すでにそのほとんどが枝先にはなく、そぼ降る雨に濡れながら地面を桜色に染めていました。まだ見ごろだったシダレザクラを愛でながら城内を散策して30分ほどで照明が落ち始め、2012桜シーズン@弘前は儚く散ったのでした。

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AL CENTRO アル・チェントロ
住:青森市長島2-15-2
Phone: 017-723-5325
営:‎11:30~14:30(L.O. 14:00)
   18:00~22:00(L.O. 21:00) 日曜定休   
URL:http://www.al-centro.jp/

AL CENTROイタリアン / 青森駅

夜総合点★★★★ 4.0
昼総合点★★★★ 4.0

大間 浜寿司
住:青森県下北郡大間町浜町69-3
Phone:0175-37-2739 不定休
営:17:30~22:00 (※昼は要予約)
URL:http://www4.ocn.ne.jp/~oma/index.html

Osteria Enoteca Da Sasino
オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ

住:弘前市本町56-8 グレイス本町2F
Phone:0172-33-8299
営:11:30-13:30(L.O.) 18:00-21:00(L.O.) 日曜定休
URL: http://www.dasasino.com/

オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノイタリアン / 中央弘前駅弘高下駅

夜総合点★★★★★ 5.0


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2012/03/18

ありったけの竹の露 =後篇=

Whole lotta ♥ HAKURO-SUISHU.
「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会打ち上げ @手打ちそばしげ庵

shigean_2012.2.jpg【Photo】鶴岡市街中心部から羽黒山方面へと向かう羽黒街道を東進、赤川に架かる羽黒橋を渡り、3つ目の信号が黒瀬交差点。「手打ちそば しげ庵」は、旧藤島町渡前方向に左折し、黒瀬川を背に右手に建つ

 4杯の日本酒カクテルで幕を開けた「大山新酒・酒蔵まつり」Link to Backnumberの日。2つの蔵元で搾りたての新酒を味見した後、純米大吟醸の原酒ばかりを舐めつくした竹の露酒造場で3時から2時間半をかけて仕込み現場をひと通り見学。不肖 庄イタを含め、蔵元の説明を聞いてか聞かずか、恍惚の表情を時おり浮かべて試飲を続ける鶴岡食文化女性リポーターの皆さん。その脇で、ずーっと呑まずにいた女将の相沢こづえさんが運転する車で、すぐ近くにある「手打ちそば しげ庵」に移動しました。
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【Photo】鼠ヶ関の岩ノリ採取体験をしたメンバーからなる鶴岡食文化女性リポーターオフ会は、竹の露酒造場からほど近い「手打ちそば しげ庵」に会場を移し、蔵元の相沢政男・こづえ夫妻を囲んで和やかに第二幕が開けた。さぁー呑むぞっ!と臨戦態勢の女将(奥左から2人目)の脇で甲斐甲斐しくお燗の準備に余念がない蔵元

 羽黒街道は頻繁に通るゆえ、かねてより店の存在は認識していましたが、訪れるのはこの日が初めて。庄内系に突然変異して以来、蕎麦屋とラーメン店ばかりが目立つ山形内陸をスルー、食の都・庄内を訪れると、内陸地域でほとんど食べ尽した蕎麦とはどうしても違う系統に足が向くのですLink to Backnumber。ゆえに濃密な庄内での食遍歴で、蕎麦を食したのは10回にも満たないはず。旧櫛引町時代の「宝谷そば」、鶴岡「大松庵」、酒田生石「大松屋」など、訪れた蕎麦屋は6~7軒がせいぜい。

 「そば街道」と称し、板蕎麦を観光の売り物にしている村山地域と境を接しているため"山形イコール蕎麦どころ"と擦り込まれている仙台では、私が庄内の食事情に明るいと知った方から「庄内で美味しい蕎麦屋はどこ?」とよく訊かれます。海・里・山の美味に溢れた庄内に足を延ばしてまで、元来は山間地などの土地が痩せた地域の食糧であった蕎麦を食するのは、もったいないと思っていました。つい最近までは...。

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【Photo】冬季限定・300本限定醸造の「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡23BY」(上左写真)口に含むと炭酸ガスの刺激を感じ、タンクの醪(もろみ)をそのまま呑み干す気分(上右写真)

 新潟県境にほど近い旧朝日村大鳥は、1193年(建久4)に伊豆から落ち延びた武将・工藤大学の末裔が暮らす落人の里Link to Backnumber 。その地の出身だという工藤姓のご主人が営む手打ちそば しげ庵。蕎麦&山海のおかずバイキングという画期的なシステムで、食い倒れ寸前になること必定の鶴岡市山王町の旅館山王荘の主人が蕎麦を打つ「野房 そばの木」同様、"もっと早くこの店に来ればよかったのに" と後悔するまで、さして時間を要しませんでした。

shigean2012.2_2.jpg【Photo】蕎麦屋とはいえ、豊かな山海の幸を味わうことができる小鉢が並ぶのは食の都・庄内ならでは。これら地元の直材は、地の米・地の水で醸す白露垂珠の絶好の肴となる

 "こんな四股名の力士がいたっけか?"と、どうでもいい考えが浮かぶ酒造好適米「出羽の里」を精米歩合77%に留めた冬季限定「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡」で、まずは乾杯。火入れをしておらず酵母が生きており、瓶内でも発酵を続けるために発生する炭酸ガスで、下手をすれば中身を噴出させる憂き目に遭うこの酒。冷温状態でも必ず噴き出る酒、田酒を醸す青森・西田酒造店の地元向け銘柄「外ヶ濱 吟醸生にごり FLOWER SNOW」ほどでないにせよ、取扱いには注意を要します。

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【Photo】うっすらとした澱が漂う「純米吟醸 雪ほのか 無濾過本生 出羽の里初しぼり」は、醪を搾ったままで濾過せずに瓶詰めされる。料理を引き立てるまろやかな味わいは冷やで楽しみたい(右写真) 蔵元が燗をつけた「はくろすいしゅ 純米吟醸無濾過原酒 生詰 亀ノ尾」は、しっかりした香りとうま味が際立ち、食中酒としての実力を遺憾なく発揮(左写真)

 やっと参加できた大山新酒・酒蔵まつりの打ち上げに、F1レースの表彰式ばりにシャンパンシャワーならぬ"超にごり酒シャワー"も悪くないなぁ(*゚゚)ノλ*・'゚'・*、などと思ってみたり(笑)。そんな邪念を抱く若干1名が潜り込んでいることを知るはずもない蔵元は、一滴も噴出させることなく開栓してしまいました。(⇒こんな言い回しは不謹慎極まりない)鼠ヶ関で岩ノリ採取を体験した女性リポーターの皆さんにとっても、岩ノリの板海苔が出来上がったお祝いにもなったのに。・・・うーん、残念!?

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【Photo】一昨年の12月に購入した「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡 21BY」。うめっけのぅ~。(左写真) 天然マイタケとゼンマイの和え物、蕎麦切りの唐揚げ(右写真)

 精米歩合77%の出羽の里で仕込んだ300本の最後だというこの1本は、にごり酒なれど日本酒度+4という辛口。鶴岡銀座にある酒販店で一昨年12月末に購入したオレンジ色ラベルの白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡21BYが、精米歩合65%で日本酒度+-0だったのとは異なる仕上がりです。ベタつかず綺麗に後味が引いてゆくのはこの蔵らしいところ。きりっと冷えた芳醇なにごりならではのトロリとした旨さが沁みわたります。

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【Photo】香ばしくカラっと揚った天ぷら(左写真)は、しっかりとした旨味を感じる「はくろすいしゅ 純米吟醸原酒 生詰 改良信交」(右写真)とも好相性

 相沢さんが持ち込んだ白露垂珠は合計9種類。「古い酒米から呑んでゆきましょう」という蔵元自ら、燗をつけて下さったのが「はくろすいしゅ 純米吟醸無濾過原酒 生詰 亀ノ尾」。竹の露では、醪(もろみ)を搾ったままの純米吟醸クラスの原酒は平仮名書きで「はくろすいしゅ」、特撰純米などの吟醸以外が漢字の「白露垂珠」。その酒が一番旨いと蔵人が感じるまで加水したのが白ラベル。原酒のラベルは酒米の種類別に色分けされているので、選ぶ際の目安にしやすいかと。

shigean2012.2_9.jpg【Photo】蕎麦がき入り鴨鍋。醤油ベースのつけだれに練り粕ペーストを加えると、より一層のコクが加わる

 燗と冷やの両方で頂いた「白露垂珠 無濾過純米原酒 生詰 京ノ華」とも合った天然物のマイタケやゼンマイの和え物、「ひろっこ」または「きもど」と庄内では呼ばれるアサツキとイカの酢味噌和えなどの小鉢料理も美味しかったのですが、蕎麦がきの入った鴨鍋と燗酒との相性は抜群。ここで相沢さんが取り出したのが、白露垂珠の酒粕をペースト状に加工したオリジナルの練り粕でした。

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【Photo】 藤島川沿いの笹川扇状地の田んぼで蔵元が育てる「京ノ華」は、昭和初期に鶴岡で生まれた酒造好適米。「白露垂珠 無濾過純米原酒 生詰 京ノ華」(左写真) 酒どころゆえ、練り粕を用いた食文化が根付く庄内地方。我が家の常備品、はくろすいしゅ吟醸粕と、この日お土産に頂いた練り粕ペースト(写真右)

 水と米を庄内の生産者から直接調達する我が家では、酒粕食文化が発達した鶴岡に見習えと、山伏豚ロースのブロックハムを漬け込んだり、自家製の鵜渡川原キュウリLink to Backnumber 粕漬けを仕込むため、「はくろすいしゅ吟醸練り粕」を常備しています。この日お土産としても相沢ご夫妻から頂いた練り粕は、はくろすいしゅ吟醸練り粕よりも白色度が高く、より滑らか。タンパク質・各種ビタミン・アミノ酸など、うま味成分と栄養素の塊とも言うべき酒粕を醤油ベースの漬け汁に加えた鴨鍋は、具材から滲みだした風味に更なる深みが加わります。

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【Photo】「白露垂珠 生詰 純米吟醸 美山錦」を‐3℃で2年間氷温貯蔵した「21BY瓶囲ゐ」(右写真)と「23BY寒造り」(左写真)。ふっくらとした味わいの熟成酒と、溌剌とした新酒それぞれに良さがある

 おりがらみ「雪ほのか 純米吟醸 初しぼり 出羽の里」に続いて開けたのは、「はくろすいしゅ 純米吟醸原酒 生詰 改良信交」。生まれ故郷の秋田より、誕生して50年を経た現在では、山形と新潟のごく限られた蔵元が使う酒造好適米「改良信交」で仕込んだ酒です。丈が長いために倒伏しやすく、秋田ではほとんど姿を消していますが、持ち味であるふっくらとした味わいに魅せられた一部の蔵元によって、吟醸クラスの酒に用いられます。「白露垂珠 純米吟醸 生詰 美山錦 瓶囲ゐ」は、‐3℃で氷温貯蔵した平成21年醸造年度の1本。今年搾ったばかりでフレッシュな香りがはじける「寒造り」との対比では、寝かせた日本酒のしみじみとした旨さが冴えわたるのでした。

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【Photo】 芳醇淡麗なこの蔵らしさが極まった綺麗な仕上がりが素晴らしい「はくろすいしゅ純米大吟醸 生詰 出羽燦々」(左写真) 燗上がりする「白露垂珠 生詰 無濾過純米 ミラクル77 出羽の里」(右写真)

 2009年4月、162の蔵元が359銘柄の酒を出品し、ロンドンで開催された「IWCインターナショナルワインチャレンジ」「sake部門」純米吟醸・純米大吟醸のカテゴリーで、最高賞であるGold prizeを受賞した「はくろすいしゅ 純米大吟醸 生詰 出羽燦々」までが登場した頃、トドメの蕎麦が出て来ました。ダシが効いた辛めのタレで頂く二八だという香り高く咽喉ごしの良いこの蕎麦、庄内で食べた蕎麦では間違いなく指折りの旨さ。んめものの宝庫、食の都・庄内で、また行きたい店のバリエーションが広がったのは収穫でした。

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【Photo】 蕎麦はコシのある二八(左写真) デザートのバニラアイスには蕎麦の実が入る(右写真)
 
 蔵元ご夫妻を交え、女子会ならではの和やかな雰囲気のもと、話に花が咲いたオフ会も23時前にはお開きとなりました。雪の降りが一層強くなる中、宿の部屋に入るや、胸一杯になるまで杯を重ねた白露垂珠の心地よい酔いが回り、Whole Lotta Love (邦題:胸いっぱいの愛を) by Led Zeppelin が頭の中を駆け巡り、ほぼ12時間に渡って日本酒を堪能しきった長~い1日を反芻するうちに、やがて意識が混濁し、zzzzzz...。

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手打ちそば しげ庵そば(蕎麦) / 鶴岡)
夜総合点★★★★ 4.0

2012/02/18

チョコレートの真意やいかに?

 2月14日はバレンタインデー。その起源はAmoreアモーレ(=愛)の国イタリアにあることをご存知でしょうか。

st.valentine@terni.jpg【Photo】中部イタリア・ウンブリア州テルニの街の守護聖人であり、恋人たちの守護聖人でもある聖ウァレンティヌス(ラテン語名。現代イタリア語ではヴァレンティーノ、英語でバレンタイン)。1630年に完成したバロック様式のサン・ヴァレンティーノ教会には、祭壇前に聖人の聖遺物が納められる

 時はクラウディウス2世治世下(西暦268~270)のローマ帝国。広大な帝国の平和維持のため、当時の若者は兵役に就くことが求められました。士気低下を避けるため、自由な婚姻を禁じられていた任地に赴く若者のため、禁制を破ってひそかに結婚式を執り行っていたのが、ローマの北方100kmにある街、Terniテルニの司祭Valentinusウァレンティヌスでした。その行いは、やがて人づてに為政者に知られることとなり、捕らえられたウァレンティヌスは、西暦269年2月14日に処刑されたといいいます。

 殉教後に列聖され、恋人たちの守護聖人San Valentino(聖バレンタイン)として今も広く信仰を集める聖ウァレンティヌス。教義の近代化が図られた第2バチカン公会議(1962~65)を経た現在のローマカトリックでは、史実の裏付けがないとして、1969年に典礼が見直され、聖人暦から聖ウァレンティヌスを除外しています。それでも愛と信仰に殉じた聖ウァレンティヌスを知ってか知らでか、2月14日は大切な人への感謝や思いを伝える日として、広く普及しています。

baci_pergina.jpg 【Photo】Baci(キス)の音で開くPergina社のWebサイトからBaciのトップページ。ナポリの有名な眺望スポット「ポジリポの丘」で絶景などおかまいなしに二人だけの世界に浸るカップルが登場。イタリアではよく見かける光景だが、その証拠はバックナンバー「アモーレ・カンターレ・マンジャーレ?」をご参照あれ

 その発祥となった国、イタリアではFesta degli Innamorati(=「恋人たちの祭典」の意)と呼ばれるバレンタインデー。この日はパートナーと食事をしたり相手が喜びそうな贈り物をするのが一般的で、別段チョコレートとの結びつきはありません。そんなイタリアでは珍しく、聖ヴァレンティーノゆかりのウンブリア州テルニでは、2月14日までの数日に渡ってチョコレート祭り「Cioccolentinoチョコレンティーノ」が9年前から行われています。

     

 ウンブリア州は、イタリア土産の定番チョコ「Baci バチ(=キスの意)」の製造元であるPergina社の本拠地。日本でバレンタインデーにチョコレートを贈る習慣の定着に貢献したモロゾフやメリー以上の影響力をもった大企業です。そうした大人の事情はさておき、人口11万人の街テルニで延べ9万人以上が訪れたという3年前のチョコレンティーノの模様をご覧いただき、参加した気分を味わって下さい。

 本命に贈るチョコレートや義理チョコだけでなく、同性にチョコを贈る「友チョコ」や、自分自身への「ご褒美チョコ」と称した有名ショコラティエが作る一箱ウン千円もする高級チョコが売れているのが昨今のバレンタイン事情。女性がチョコレートを添えて愛の告白をする習慣は、日本独自のものですが、独身の若い男女にとっては、悲喜こもごもの1日だったのではないでしょうか。

tartufo_2012saya.jpg【Photo】今年のバレンタインデーに庄イタもひとつだけお裾分けに預ったのが、中学2年生の娘(写真奥)が12日の日曜日に数時間をかけて手作りしたこのトリュフチョコ。女子しかいない学校で交換した友チョコの食べすぎで、翌日具合が悪くなり、医者に駆け込むというオチがつくあたりは、食いしん坊のDNAをしっかり受け継いでいるようだ

 さて、ここからが本題。思春期に経験したようなバレンタインデーをめぐるワクワク・ドキドキから遠ざかって久しい今年、"これはいかなる意味があるのか?? "と、贈る側の真意をはかりかねるチョコが届きました。それは、近所付き合いをしているかかりつけの歯科医夫人から頂いたものです。

 復興関連の3次補正予算が成立後、被災地ではさまざまな事業が同時並行で一気に加速しています。ただでさえ慌ただしい年末年始の繁忙期を挟んだこともあり、当「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅」の更新ペースが鈍っているのもそのため。食WEB研究所の活性化に努めるべき立場のフードライターとしては、怠慢のそしりを受けかねない状況なのです。11月上旬に歯医者に行ったきり、治療していた歯をしばらくほったらかしにしていました。

mission_sodenoshita.jpg【Photo】かかりつけの歯医者さんの奥様から頂いたチョコスフレ

 そこに届いた歯医者さんから贈られたチョコレート。ひょっとしてこれは虫歯を悪化させて早く来院させようという歯科医の良く言えば親切心、うがった見方をすれば新たな営業手法なのでは? という邪念が一瞬よぎりました(笑)。普段から何かにつけて頂き物をすることが多い方なので、他意はないのでしょうが、なんとも意味深なチョコレートです。御礼を兼ねてすぐに歯の治療を再開したのは申すまでもありません。

 う~む、まんまと策略に乗ってしまったのだろうか...。

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2012/02/04

表示不具合のお詫び

復旧までしばしお待ちください m(_ _)m

 冬から春へと季節が入れ替わる日とされる節分が明けた今日は立春。

 「鬼は外」の掛け声とともに各地で行われた豆まきで追い払われた鬼の悪戯なのか、食WEB研究所のサイト管理者によるトップページのレイアウト改変後に不具合が生じ、現在「Viaggio al Mondo あるもん探しの旅」最新作「第1回 Salone del Piatto レポート」以前のバックナンバーについて、各センテンスの行間が表示されない状態になっています。

 これにより、アーカイブから閲覧する以外のトップページ画面上では、こちらが意図したレイアウト通りに表示されず、はなはだ文章が読みにくいことをお詫び申し上げるとともに、週明けに行われる復旧作業まで、しばしお待ちくださいますよう、お願いします。

oni_no_dobu6.jpg はらはらと雪が降る土曜の夕べの一杯は、節分にちなんで「鬼のどぶろく ゆきむすび」。耕作放棄地が増える一方の中山間地におけるコメ作りに希望の灯を点したとされる「鳴子の米プロジェクト」Link to Backnumberのお米、H23年産「ゆきむすび」を受け取りに行った先月中旬、鳴子から30分ほどさらに奥地にある鬼首を訪れ、スキー客らで賑わう「ホテルオニコウベ」で購入したものです。"日本のチロル"と評される素晴らしい景観を生む禿岳(かむろだけ)など、外輪山の姿は降りしきる雪に霞み、静まり返った鬼首は深い根雪に覆われていました。純白の雪のように白濁したトロリと甘い液体の中には、ゆきむすびの米粒がしっかりと混じっています。 
 

 その一粒ずつを噛みしめるように鬼のどぶろくを頂きながら、WEBサイトの復旧と寒さが和らぐ春の訪れを待つことにしましょう。

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平成二十四年壬辰二月四日   庄内系イタリア人


2012/01/31

第1回 Salone del Piatto レポート

◆大晦日に山伏修行をアップしたまま、新年を迎えても一向に更新されないため、修行のため再び山籠りに入ったとか、あまりの寒さで冬眠に入ったとの噂が流布されかねないので、今年初となる新ネタをば一席。本年もよろしくお付き合いのほどお願いします。

salonepiatto_10.jpg 仙台圏で発行している情報誌「Piatto」で好評連載中の「Invito al Piatto 一皿への誘い」。誌面でご紹介したお料理を、読者の皆さんに実際に召し上がっていただく「Salone del Piattoサローネ・デル・ピアット」第1回目は、昨年12月号で登場した「Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ」ご協力のもと、1月10日(月)に開催されました。

 当日は、オーナーシェフの廣瀬竜一さんが、フィレンツェの人気店「ラ・ジオストラ」でマスターしたウサギ料理「Conglio al Forno Piansana con Polenta ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」をメインとするコース料理をご堪能いただきました。今回はその模様のご報告です。

【Photo】厨房に立つ廣瀬竜一シェフ

salonepiatto_01.jpg 欧州きっての名門ハプスブルグ家公認料理人という称号を持つ廣瀬シェフに冒頭ご挨拶いただき、いやがおうにも期待が高まる中、お店からご用意いただいたスプマンテで「Salute!(=乾杯)」の掛け声とともにサローネは幕を開けました。

【Photo】店を貸し切って行われた第1回Salone del Piatto から

 アンティパストは2皿。
プロローグは、ふんわりと優しい磯の香りが漂う「ウニのムース」と、焼き目をつけて香ばしさと甘みを増幅させた上にフレッシュなオリーブオイルのフレーバーでまとめた冬野菜「カブのグリル」(下左写真)

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 ローマから東へ50kmほど離れたラッツィオ州Serroneセッローネにある「Terenzi テレンツィ」という作り手が有機栽培した地品種パッセリーナの白ワイン「Passerina del Frusinate パッセリーナ・デル・フルシナーテ」がサーヴされる頃に運ばれてきたのは、色とりどりの料理を盛り付けると、絵の具を解いたパレットのように見える皿に6品が並ぶという、芸術の都フィレンツェで研鑽を積んだ廣瀬さんらしい「アンティパスティ・ミスティ」(上右写真)

 右写真右上から時計回りにご紹介すると、アジのマリネ・ヴェネツィア風、新潟産アマダイのカルパッチョ、ホウレンソウ(緑)・カリフラワー(白)・ニンジン(赤)のイタリアン・トリコローレなスフォルマート、ローマ法王のクロスティーノ、ポルチーニ茸のクロスティーノ、センターがパルマ産生ハムの6品。Crostino Papa こと「ローマ法王のクロスティーノ」は、26年の長きにわたりローマ法王の要職を務め、2005年にこの世を去った前法王ヨハネ・パウロ2世の長寿の秘訣だったという逸話が残ります。この料理を召し上がられた皆さんも、寒さ厳しい冬を元気にお過ごしのことでしょう。

 当初ご案内した予定メニューではリストになかったスープが次に登場しました。とろりとした食感と素材の香りが口腔を満たす群馬県下仁田町特産の冬野菜、下仁田ネギにズワイガニがアクセントとなった塩味の「下仁田ネギのズッパ」(下左写真)です。こうした冬ならではの味覚を楽しめる料理って楽しいですよね。

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 プリモピアットはリゾットとラヴィオリ2種。
藩制時代は御譜代町だった青葉区大町にある上村豆腐店の木綿豆腐をリコッタチーズ代わりに使った「ムジェッロ風ラヴィオリ」(写真奥手右)と「ホウレンソウのラヴィオリ」(同写真奥手左)、「ホタテと冬野菜のリゾット」。廣瀬シェフは、あれも食べたい、これも食べたいという欲張りなお客様には、こうしてパスタとリゾットを組み合わせて出してくれます。食いしん坊にとっては何とも嬉しい心遣いです。

 セコンドピアットは、お待ちかね「ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」。ラ・フランスとスペイン産のしっかりとした肉質のウサギが好相性です。Piatto取材の折には風味付けにたっぷりと使われていた褐色のソース「フォンド・ブルーノ」ですが、この日は控え目。付け合わせのポレンタも焼き色を付けずに出てきたので、よりラ・フランスの風味を感じました。

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 この料理と抜群の相性だったのが、北イタリア・ピエモンテ州の代表的な品種ネッビオーロを使った赤ワイン「Roeroロエロ」。著名なバローロやバルバレスコと比べ、白トリュフで有名な町アルバ北西に位置するロエロは、10年ほど前までは、ワイン産地としてほとんど知られることのなかった土地です。

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 そんな状況を打破しようと品質向上に邁進したのが、この日用意された作り手「Matteo Correggia マッテオ・コレッジャ」でした。耕作中、不慮の事故により若くして命を落としたマッテオの遺志を継ごうと醸造所を引き継いだ未亡人を栽培や技術面で支援したのが、マッテオの友人であり、自身の醸造所「ラ・スピネッタ」を一躍スターダムに引き上げた敏腕醸造家ジョルジョ・リヴェッティ氏でした。そんな胸がいっぱいになるワインで満ち足りた時を過ごす皆さんのお腹もそろそろ一杯。宴の最後を飾ったのが、「ティラミス」とハプスブルグ家直伝「ザッハトルテ」(右写真)。しっかりとしたコース料理の後でも、全く重さを感じさせないこの絶品ドルチェを皆さん残さずペロリと完食!!

ふぅ~、ごちそうさまでした。

salonepiatto_09.jpg こうしてすっかりお世話になったリストランテ・ダ・ルイジを後にしたスタッフが、「もう1杯だけ呑もう」と向かったのが、徒歩1分の至近距離にある「エノテカ・イル・チルコロ」でした。3月号で告知するので、まだ詳細は内緒ですが、実はこちらのお店で2月20日(月)に第2回Salone del Piattoが開催されるのです。すでに満腹の一同、食欲は皆無ながら、美酒はベツバラ(笑)。私が選んだトスカーナ州モンタルチーノ産の名醸ワイン「ブルネッロ」と呼んでも差し支えのないサンジョヴェーゼ・グロッソで醸した「Anteoアンテオ」でグラスを重ね、ひたすら美味しい夜はいつ果てるともなく更けてゆくのでした。


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リストランテ ダ・ルイジイタリアン / 勾当台公園駅広瀬通駅あおば通駅
夜総合点★★★☆☆ 3.5
昼総合点★★★☆☆ 3.5


2011/11/03

il Clistero dello fico

サンマのタリオリーニ &
イチジクとマスカルポーネのドルチェで深まる秋を堪能
@CEPPA(チェッパ)

※イタリア語が堪能な方でなくとも、タイトルの意味は最後にお分かりになるかと。

antipast_ceppa.jpg【Photo】ふんわり火を入れた岩手県産いわい地鶏とマコモタケのこんがりロースト ブロッコリーソース風味 @CEPPA

 離陸したものの、高みに至らぬ水平飛行が続いたマッシュしたカボチャを絡めたシンプルなマルタリアーティをこれまで唯一の例外に、いつも納得の料理を出してくれるのが、仙台市青葉区本町にあるイタリア料理店「CEPPA(チェッパ)」です。一昨年のオープン当初から何度か足を運びながら、佐藤篤シェフが一人で店を切り盛りするゆえ、軌道に乗るまでは当Viaggio al Mondoでのご紹介を控えてきました。

 通りから見える看板を出さず、ビルの2階にあり、表通りから外れたロケーションゆえ、ちょっとした隠れ家的なこの店。昼から気の利いたZuppa ズッパ(=スープ)やアンティパスト、手打ちパスタ、そしてドルチェを頂くことができます。仙台の南隣り、名取市下余田にある佐藤シェフのご実家は、恵まれた地下水を利用した特産のセリを栽培する農家。ゆえにセリをハーブとして使ったムール貝のズッパなどの料理はお手のものです。

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 聞けば、「アロマフレスカ」「カーザ・ヴィニタリア」「エッセンツァ」「カッフェ・アロマティカ」など、次々と人気店を手掛け、日本のイタリア料理界をリードする原田慎次シェフのもとで研鑽を積んだのだといいます。イタリア人も一目置くトーキョー・イタリアンの人気店で腕を磨いた佐藤シェフが、「いわい地鶏とマコモタケのローストブロッコリーソース」がアンティパストとして登場した先日のランチタイムに私を唸らせた2品をサックリとご紹介します。

【Photo】定番の塩焼きもいいけど、こんな意外な組み合わせはいかが? 思いのほかシンプルな調理法なので自作にもチャレンジしたい「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」@CEPPA

 まずは「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」。秋刀魚とトマトの意外な組み合わせが絶妙のハーモニーを生むシンプルなれど目からウロコな一品。(ウロコがない)秋刀魚の皮面をしっかり焼いた秋刀魚に少量のアサリのブロードとジューシーなフレッシュミディトマトを加えれば、スライスしたトマトのジュレもまたソースになる仕掛けです。適度にほぐして麺になじませ、香り付けにディルを散らせばイタリアンカラーのパスタ料理の完成です。

 材料はフツーに入手できるものばかりなので、ご自宅でも挑戦しやすい一品かと。生パスタにこだわる佐藤シェフは、卵入りの手打ちタリオリーニを使っていましたが、スパゲッティーニやフェデリーニなど入手しやすい細めの乾燥パスタでもいけるでしょう。お供には難しいことは考えず、トレッビアーノやマルヴァジアといったポピュラーなブドウ品種を使ったイタリア産の気軽な白ワインが合うはずです。

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【Photo】ソルベの上に鎮座したイチジクにナイフを入れると、中から桃太郎でもイチジク太郎でもなく、トロリとしたマスカルポーネチーズが現れる。「イチジクのマスカルポーネ風味」@CEPPA

 その日のドルチェは、イタリアではこの季節ポピュラーな果物イチジクを使ったものでした。イチジクの果汁を凍らせたソルベの上に、コロンとした花イチジクが乗っています。ナイフを入れると、赤い果肉の中にはトロリとしたフレッシュチーズが詰め物として入っていました。

【Photo】中部イタリア・ウンブリア州の古都オルヴィエートのドゥォーモ。イタリアンゴシックの最高傑作といわれる聖堂のファサード左側には、蛇にそそのかされてイチジクの実を口にするアダムとイブの浮彫りなど、14世紀初頭にロレンツォ・マイターニと弟子が完成させた旧約聖書の逸話が表現される.。アダムとイブが口にした禁断の果実は、リンゴではなくイチジクだったというのがイタリアでは一般的な考え方(下写真)
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 爽やかな完熟イチジクの風味と、ミルキーなマスカルポーネチーズの穏やかな甘さが、満ち足りた食事の充足感を更に高めてくれます。佐藤シェフによれば、イチジクのお尻からマスカルポーネを注入したのだとか。外見上は穴が見当たらないイチジクの中にどうやってチーズを入れたのかをシェフに確かめたかった私は、その答えを聞くやいなや、昼食を共にした後輩の女性社員2名から顰蹙を買うイチジクつながりな禁断のギャグを口走ってしまいました。

 「それって、文字通りのClistero dello fico じゃないですかっ!!


 敢えてここではイタリア語表記にした箇所は、実際になされた会話では当然のこと日本語でした。ご参考まで単語の意味のみ列記しますと・・・

 ・clistere  (=浣腸・ここは語尾変化でclistero)
 ・dello (=男性名詞の冠詞) 
 ・fico (=イチジク)

 これで意味不明だったタイトルの意味がめでたく判明、clistero dello fico の効能のようにスッキリしたでしょ?

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CEPPA (チェッパ)
住:仙台市青葉区本町1-9-23 アートスリービル 2F
Phone:022-263-7113
営:11:30~13:30  18:00~20:30(L.O.)
  日曜・第3月曜定休
  店内禁煙・カード不可 


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CEPPAイタリアン / 広瀬通駅あおば通駅勾当台公園駅
夜総合点★★★☆☆ 3.5
昼総合点★★★☆☆ 3.5

2011/10/16

利府長十郎、おぬしやるよの

※時代劇のセリフのようなタイトルですが、剣術遣いの達人に関する話でもなければ、伊達家の重臣・片倉小十郎の影武者・長十郎の存在を捏造するわけでもありません。

梨の里・利府町伝統の「長十郎」を見直すの巻

rifunashi_1.jpg【Photo】大型のショッピングセンターと住宅展示場に隣接して、豊かに実を付けた梨園が共存するのも、仙台のベッドタウンとして人口増が続く利府ならではの光景

 仙台市の北東部に位置する宮城郡利府町のこの季節の名産といえば、和梨が思い浮かびます。宮城では蔵王町と並ぶ梨の主力産地である利府町。三陸自動車道が開通する以前は、仙台と松島を結ぶ利府街道沿いには、秋ともなれば数多くのナシ直売所が軒を連ねていました。
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 現在の主力3品種、「幸水(早生)・「豊水(中生)・「新高(にいたか)」(晩生)といった和ナシは、我が国で独自に品種改良されたもの。耐冷性に優れた梨は、東北の寒冷な気候にも適合しました。

 塩釜との境界となる丘陵地帯の一角・森郷地区に初めて梨が植えられたのが1884年(明治17)のこと。石巻で栽培されていた梨の苗木150本を譲り受けた日野藤吉が、森郷仲町に所有していた水田を梨園に変えたのが利府梨の始まり。その跡地にある公園には、日野藤吉の頌徳碑と、今も小さな実を結ぶという樹齢127年を越える古い品種「真鍮」の古木とが残ります。

【Photo】茶色に色付き、収穫を待つ最晩生「新高」

 我が本拠地、庄内で梨の名産地として産地名がブランドとして確立している「刈屋梨」と同様、仙台では知らぬ者がない「利府梨」こと「長十郎」が偶発品種として登場したのがそれから11年後の1895年(明治28)、神奈川県川崎市の当麻梨園でのこと。病気が発生し、軒並み梨が枯れる中で一本だけ残ったというこの梨が、利府で栽培品種の主力として普及していった影には、1925年(大正14)に77歳で亡くなるまで、梨の品質向上に一生を捧げた藤吉ら先人のたゆまぬ努力がありました。

origin_rifunashi.jpg【Photo】JR利府駅近くにあった日野藤吉の住居跡は、現在公園として整備され、利府梨の礎となった「真鍮」の古木が残る。恩人の功績を称えるため、町の有志が1958年(昭和33)に建てた頌徳碑の脇にあるこのマザーツリーの世話をしている。石巻から苗木が移植されて127年を経た現在もなお、その樹勢に衰えは見られない  ※Photoクリックで拡大

 藤吉がそうだったように、塩釜から仕入れた魚粉で土作りを行うなど、手間を惜しまぬ栽培技術向上への努力が重ねられるなかで、利府梨の屋台骨を支えた主力品種の長十郎は、1980年代に入ると次第に育てやすい後発品種へと植え替えが進み、現在では栽培品種が10種類以上に多様化しています。春先の剪定に始まり、収穫期を迎える8月末から11月まで、幸水を皮切りに次世代の主力品種と期待される中晩生種「あきづき」から最晩生の新高まで、梨の出荷は続きます。

rifunashi_3.jpg【Photo】利府梨発祥の地・森郷地区に隣接した三陸自動車道 利府・塩釜IC近くの加瀬地区にも梨園を所有するという伊藤梨園。直売所奥の畑のすぐ隣りは歯科の駐車場。ほぼ収穫を終えた枝に袋がけされて残るのは、わずかに数えるばかりだけとなった「あきづき」。品種登録されてまだ10年ほどの新しい梨だが、利府でも作付けが増えている

 私が小さかった頃は、梨といえば千葉県松戸市二十世紀ヶ丘が原産地の水気と酸味が多い「二十世紀」と長十郎ぐらいしか、食べたことがありませんでした。それだけに、昭和60年ごろから市場の主役となった幸水のみずみずしく甘味があり柔らかな果肉と出合った時の驚きは鮮烈でした。以来、私にとっての梨の旬は、それまでの秋口から幸水が出回るお盆過ぎ前までに変わったように思います。

rifunashi_5.jpg【Photo】秋晴れの空のもとで本日訪れた利府町伊藤梨園での収穫。(写真左から)あばた顔でいびつな形がユニークな「新星」、コロンとした姿格好がカワイイ「あきづき」、利府梨の代名詞ともいえるこの「長十郎」の直径はなんと12cm!!

 本日、用事があって利府を訪れました。以前に担当していた頃は頻繁に足を運んでいた総合住宅展示場の隣りに直売所を構える「伊藤梨園」さんの直売所に立ち寄りました。当時は来場者プレゼントとして購入していたものの、自身では何故か食べる機会に恵まれなかったように思います。残留放射性物質の安全性をアピールする検査結果証明書が掲げられたそこで指名したのは食味の良いあきづき。今年は着色が良く味も良いとのことで、そろそろ最後の新高に切り変わる時期だとのこと。「畑に採りに行きましょう」と、ネットを潜り抜けて中でもぎ取りできるのは産地ならでは。

rifunashi_4.jpg【Photo】枝からもぎたてを試食させて頂き、味に納得して購入した伊藤農園の梨3種類。1カゴ分の対価である1,000円札と比較してみると、新星と長十郎の大きさがおわかりいただけるかと

 案内された梨園には、接ぎ木した樹齢15年ほどの比較的若木に大ぶりな新高がわたわわに実を付けています。1カゴ1,000円とのことで、味見させて頂いたのが、あきづきと「新星」。食感と味が幸水と近いあきづきはモチロン、いびつな外見ながら食味のよい新星も気に入りました。

 そこに試食用として出されたのが、一般的には固めの果肉と穏やかな甘さに酸味も伴うことから、国内でもわずか1%しか栽培されず、最近はほとんどお目にかかれなくなった長十郎です。伊藤農園さんでは、この品種にひときわ愛着を持っておいでのようでした。果肉がわずかに黄色みがかった特徴的な長十郎を一切れ口に入れた途端、それまで長十郎に対して抱いていた先入観が音をたてて崩れていったのです。

rifunashi_6.jpg 糖度の高さは、あきづきに勝るとも劣りません。他地区ではともすると、水分が少なくガリガリ感すらある果肉の食感も、ジューシーで心地よいもの。これぞ適地適作の利府梨ならではの美味しさであり、梨栽培を主力に専業で培われた栽培技術の賜物。そこで浮かんだのが、今回のタイトル「利府長十郎、おぬしやるよの。」長十郎の魅力を再発見したことを告げると、どう見ても1カゴから溢れるであろう新星とあきづきを袋詰めして頂いただけでなく、「ちょっと形は悪いけど、どうぞ」と、ずしりと重い大きな長十郎を4個もお土産に下さったのでした。

 結局、あきづき・新星・長十郎による利府梨3番勝負は、ハチミツのような甘さ充分の長十郎の圧勝となった次第。灯台下暗し。伊藤梨園さん、また行かなくちゃ。

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伊藤梨園直売所
住:宮城県宮城郡利府町八幡崎前
  ※イオン利府ショッピングセンター西側
    「河北・TBC利府ハウジングギャラリー」と「利府デンタルクリニック」の間
    直売所が閉まっている場合は、下記伊藤恒雄さん宅に問い合わせを
Phone:022-356-2233

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2011/10/01

「気仙パン」は不滅です

郷愁をそそる菓子パンのマスターピース
 「クリームサンド」(通称:「気仙パン」)@気仙沼

kesen_pan1.jpg クリーム色のメラミン樹脂製ランチプレート、先割れスプーン、カワイの肝油ドロップ、カセイの耳輪印ジャム、三角テトラパックの牛乳、当番が終わると洗濯をするため家に持ってゆく白衣・・・。同世代の方にとっては懐かしいであろう小学校時代の給食にまつわる記憶の品々です。

 現在は国内外からのお見舞いや激励のメッセージで埋め尽くされる仙台市役所1Fロビーですが、3.11以前は各種展示を行う市民ギャラリーの役割を果たしていました。そこでは年に1度、時代ごとの給食を再現して当時の写真とともに変遷ぶりを展示しており、懐かしそうに足を止める市民の姿がありました。 コチラを参照)

【Photo】気仙沼永遠のローカルフード「クリームサンド」126円(フレッシュ製パン)

 1976年(昭和51)に米飯給食が始まる以前は、第二次大戦後に日本を統治した農業大国でもある米国の戦略もあり、給食の主食はパンばかり。当時は食パンよりもコッペパンが多かったように記憶していますが、現在は月1回程度しかコッペパンの出番はないようです。表面にこんがりと焼きが入ったコッペパンを横から割いて、透明なビニールの小袋に入ったカセイのチョコスプレッドやイチゴミックスジャムをサンドして食べていた頃が懐かしく思い起こされます。大手メーカーによる寡占化とベーカリーの選択肢が増えた平成の世になってからは、"唯一の例外"を除いてコッペパンの姿をめっきり見かけなくなりました。

kesen_pan3.jpg その唯一の例外が、気仙沼地域限定で不動の人気を誇る「クリームサンド」です。「気仙パン」とも呼ばれるクリームサンドは、今から50年ほど前に、気仙沼市新町にあった「奥玉屋」で産声を上げました。その発祥の地は、新鮮な三陸の酒肴、漁師町らしいぶっきらぼうな親方がカウンターの中からストライクで投げてくる!! おしぼり、瓶ビールは冷蔵ケースから客自身が持ってくるという独自のルール、帰りのお土産に頂くイカの切れ込み(塩辛)などで知られる名物居酒屋「いろり」の近くでした。

【Photo】オリジナルのクリームサンドに加え、21世紀を迎えて以降に登場した「黒糖クリームサンド」126円(フレッシュ製パン)

 クリームサンドは、横に切れ目が入ったコッペパンに、ピーナツクリームが挟まった素朴なパンで、気仙沼出身者であれば、誰もが一度は口にしているのだといいます。ピーナツクリームとはいえ、1960年(昭和35)に誕生した「SONTON(ソントン)」のピーナツクリームのように、ピーナツバターの風味が勝ったものではなく、ホイップクリームが程よく配合された秘伝の黄金比率がキモ。元祖の奥玉屋が店を畳んだ後、クリームサンドの製造を引き継いだのが、近くの古町にあった「気仙沼製パン」。気仙沼市本吉町出身の家人によれば、気仙沼周辺の小売店・スーパーの店頭にあまねく気仙パンは並び、広く浸透していたそうです。

kesen_pan2.jpg【Photo】生地に練りこんだ黒糖がピーナッツクリームと絶妙のハーモニーを生む(フレッシュ製パン)

 初めて私がこのパンと出合ったのは、学校給食を卒業して久しい'90年頃だったでしょうか。「懐かしい~」と言いながら気仙沼市内の大型店で家人が手にした白い包装のパンには、緑色のレトロな文字で商品名と乳牛のイラストが印刷されていました。仙台出身の私にとっては、初めてだけど何故か懐かしい印象を与えるそのパンは、味もまた郷愁をそそるのでした。以来、クリームサンドと後に登場する黒糖クリームサンドは気仙沼を訪れるたび、二度三度と( ̄皿 ̄;購入するマストアイテムとなりました。

 気仙沼製パンが1990年代半ばに倒産、職人がそのまま移る形でその味はJR気仙沼駅近くで1995年(平成7)11月に創業した「フレッシュ製パン」に引き継がれます。私が初めて気仙沼でこのパンと出合った頃のパッケージにはなかった「気仙沼発」という、気仙沼ローカルフードとしての明確な宣言が後にパッケージに追加されました。現在2名代表制を敷く同社の最高経営責任者のお母様、高橋まさ子さんによれば、区画整理のため住まいがあった桃生郡河北町(現・石巻市)飯野に移転したのが2001年(平成13)。

kesen_pan4.jpg それは同社が「コンセプトリンク(株)フレッシュ製パン」と社名変更した翌年のこと。プレーン生地と黒糖配合生地の2種類がある同社のクリームサンドは、気仙沼市内のイオン、マルホンカウボーイといった商業施設のほか、三陸道河北IC近くのR45沿いにある「道の駅 上品(じょうぼん)の郷」などで購入することができます。

【Photo】パッケージングはフレッシュ製パンと似ているものの、パン生地表面に皺が寄ったのが特徴の気仙沼パン工房のクリームサンド(右)と黒糖クリームサンド(左)ともに126円

hideko_suzuki.jpg クリームサンドには、もうひとつの製造元が存在します。書体は異なるものの、白地にグリーンの文字と乳牛のイラストというパッケージの基本デザインは共通の「気仙沼パン工房」製のものです。長年に渡ってクリームサンド作りに携わってきた熟練の職人が加わることで、「昔懐かしい味がする」と口コミが広がり、こちらも気仙沼市民の支持を得てゆきます。後発の気仙沼パン工房が、パッケージデザインを踏襲した事実からも、いかにクリームサンドが広く行き渡っていたかが分かります。

【Photo】今年のお盆時期に訪れた気仙沼パン工房の店頭に建つ鈴木秀子さん。地元の味を懐かしむ帰省客のため、休み返上で店を開けていると顔がほころぶ

kesen_pan5.jpg 「気仙沼の味として親しまれてきたクリームサンドを地元で復活させたかった」と語るのは、かつて気仙沼製パンで働いていたという気仙沼パン工房の鈴木秀子代表。定番のプレーン生地のほか、黒糖配合生地と黒ごまを加えた生地が後に加わり、最近ではコーヒークリーム・栗クリーム・くるみクリームといった独自のラインナップを増やしています。市内本郷の目抜き通り沿いにある店舗兼工場は津波で浸水しましたが、現在は営業を再開。地元資本のスーパー片浜屋のほか、(本来126円の商品が1個150円で売られているため私は手を出しませんが)仙台市青葉区のサンモール一番町で週末に開催されるマルシェジャポンでも販売されます。

【Photo】気仙沼パン工房のクリームサンド(右)と黒糖クリームサンド(左)

 ひとつひとつ職人がハンドメードする気仙沼発のクリームサンド。原材料にさまざまな添加物が加わるオートメーション化された大手のパンとは異なり、製造日から2日もすると、生地が硬くなりますが、そんな時はレンジで軽くチンすれOK。両社を食べ比べると、生地の見た目や食感がやはり異なります。B級なれど永久に気仙沼地域で愛されるであろうクリームサンド。お好みの味を探してみては?
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コンセプトリンク株式会社 フレッシュ製パン
住:石巻市飯野字大筒前東1番14-2
Phone:0225-62-0047
URL:http://www.cream-sand.com/
E-Mail:info@cream-sand.com

気仙沼パン工房
住:気仙沼市本郷9−3
Phone:0226-22-5121
URL:なし

2011/09/10

ココロもトロけるソフトクリーム

あったかい気持ちをありがとう。
ソフトクリーム被災地キャラバン presented by 日世

okashi_1hourou.jpg【Photo】追波湾に流れ着く北上川河口域には、ベッコウシジミや十三浜のワカメなどを育む豊かな生態系を生む広大な葦原があった。津波でこの風景が一変する5ヶ月前の2010年10月11日、石巻ロケが行われた映画「エクレール・お菓子放浪記」より。74名もの児童が命を落とす痛ましい悲劇の舞台となった大川小学校はこのロケ地の対岸にある
©2011「エクレール・お菓子放浪記」製作委員会

 西村滋の自伝的小説を映画化した「エクレール・お菓子放浪記」《Link to Website 》のキャッチフレーズは「お菓子はやさしさを運んでくる。」エキストラとして出演した石巻市民の2/3が津波で命を落とし、跡形もなく全壊した映画館「岡田劇場」など、映画の随所に登場するメーンロケ地・宮城県石巻市の原風景の記憶は、今となっては映像の中に刻まれるだけとなりました。

hashiura_ishinomaki2011.9.jpg【Photo】石巻市北上町橋浦と釜谷地区を結ぶ新北上大橋は津波で一部が流出。橋が架かる東北最大の大河・北上川河口部の流域面積が日本一だった葦原も被災直後は壊滅と伝えられたが、再生が進みつつあり、ベッコウシジミ漁も残された船で再開した ※Photoクリックで拡大

 幼くして両親を亡くした主人公アキオ少年が、孤児院を脱走するも、空腹に耐えきれず菓子を盗んだところを刑事の遠山に見つかります。事情を察した遠山の取り計らいでアキオは少年院ではなく感化院に入所することになります。そんなアキオに遠山が差し出したのは二つの菓子パン。

okashi_2hourou.jpg 生まれて初めて心ゆくまで味わう甘味にアキオは魅了されます。大好きなお菓子に生きる希望を託し、さまざまな人との出会いと別れを繰り返しながら、戦中戦後の混乱した時代を生き抜いてゆくアキオ。その健気な姿に被災地の明日を担う子どもたちをつい重ねて見てしまうのは、私だけではないでしょう。
©2011「エクレール・お菓子放浪記」製作委員会

 エクレア(Éclair=フランス語読みでエクレール)が歌詞に出てくる童謡「お菓子と娘」をアキオに教える感化院の教師・陽子は、「あなたがお菓子になって、みんなの心を優しい気持ちにしてあげて」と諭します。思わず顔をしかめる辛さ、苦さ、酸っぱさとは違って、甘いお菓子は人を幸せな気持ちで満たしてくれるもの。

 今、被災地にお菓子を通した支援の輪が広がっています。

 江陽グランドホテル(仙台市青葉区)で9月4日(日)に催されたキリンビバレッジ主催「紅茶で笑顔を、ティーパーティー」には、避難生活を送る石巻市や女川町などの子ども243名と保護者220名が招待されました。同社の「午後の紅茶」とともに振舞われたのは、被災地から参加した45人の宮城県洋菓子協会加盟のパティシェが作る県産イチゴやブドウ・バナナなどを使ったフルーツケーキ。何かと不自由を強いられる避難生活を送る子どもたちは、顔を輝かせながら一心にケーキを食べていました。

nikkun_seichan.jpg ニックン・セイチャンのキャラクターでもお馴染みのソフトクリーム総合メーカー「日世(本社:大阪府茨木市)は、切迫した被災地の状況が報道されていた3月下旬、社業を通じて復興を応援するという方針を打ち出します。ソフトクリームを製造するフリーザーを積み込んだ車で被災地に赴き、美味しいソフトクリームを無償で提供、避難生活を送る人々に笑顔を取り戻してもらおうという「日世ソフトクリームキャラバン」はこうしてスタートします。(※ 詳しくはコチラ⇒ http://www.nissei-com.co.jp/dreamcar.jsp

 ソフトクリームが日本に初めて上陸したのは、戦後の厳しい食糧事情が続いていた1951年(昭和26)7月3日に神宮外苑で催された進駐軍主催のカーニバルだったとされます。アキオがお菓子に夢を託した時代、ソフトクリームを広く日本中に紹介したのが、日世です。朝鮮戦争の特需に沸く日本各地には、進駐軍からフリーザーが払い下げられてゆきました。百貨店の食堂やカフェで提供された甘くひんやりトロけるソフトクリームは、焦土と化した国土の再建に向けて走り出した日本人の心を捉えたのです。

dreamcar_nissei.jpg【photo】つい目尻が下がる美味しい北海道ソフトクリームを仕事の合間に頂けるという思わぬプレゼントに時ならぬ長蛇の列ができた河北新報社本社1階の旧新聞用紙搬入ゲート

 車両の改造を行うにも物資調達がままならない当時の状況を打開し、6月末に完成したのが特注の「日世ソフトドリームカー」です。津波で107名が犠牲となった宮城県七ヶ浜町の仮設住宅で500食を提供した6月29日(水)以降、太平洋側の東北3県にある学校・幼稚園・保育所・避難所などでたくさんの笑顔を届けてきたキャラバンご一行が、石巻での支援活動を終えた9月2日(金)の夕刻、被災地の報道機関として奔走する河北新報社員にも心和むひと時を贈りたいと、勤務先を慰問に訪れて下さいました。

nissei_freezer.jpg【photo】一時は製造が追いつかなくなるほどの盛況ぶりに、スタッフの方たちはフル回転

 「あの極限状況にあって新聞が届くとは思っていなかった」という声が多く寄せられた被災翌日。襲いかかる幾多の困難を乗り越えて被災実態を伝える朝刊をお届けできた要因のひとつが、市内泉区にある免震構造の印刷工場です。2003年(平成15)末に新工場が稼動する以前に輪転機が据え付けられていた本社社屋1階は、現在倉庫として使われています。17時過ぎ、社内アナウンスで、かつての新聞用紙搬入ゲートに日世ソフトドリームカーが到着したことが告げられると、あっという間に長い行列が。
 
 白と小麦色のソフトクリームのようなツートンカラーの車体に積み込まれたのは、毎時240個の製造能力を備えたサーバー2基。フル稼働する日世スタッフの方にご提供頂いたのは、業界のリーディングカンパニー日世が誇るプレミアムソフトの最高峰「ソフォーレ」と双璧をなす「北海道ソフトクリーム」。北海道の大自然が育んだ厳選された生乳と生クリームのみを原料に使用しているのだといいます。

hokkaidou_soft.jpg【Photo】贅沢な風味はまさにプレミアム。滑らかでコクのあるリッチな味わいの北海道ソフトクリーム

 上質なシルクのような滑らかな口どけとともに乳脂肪分8%、無脂乳固形分10%の濃厚なミルクの甘さが口腔を満たしてゆきます。プレミアムというだけあって、コクのあるまったりとした味わいは感動もの。現在の「伊達なソフトクリーム」になる以前、大崎市岩出山「あ・ら・伊達な道の駅」で出していた忘れがたいROYCEソフトクリームをも凌駕する贅沢な味わいを楽しみました。

 思いもかけぬプレゼントに大喜びの女性社員はもちろん、日頃は時間に追われ眉間に皺をよせた男性の同僚たちも、ソフトクリームを手にすると自然と笑みがこぼれてきます。翌日は仙台市内の被災地域にある保育所や公園でソフトクリームの提供活動を行う予定だという日世ソフトクリームキャラバンのスタッフの方たちの優しさと、思えば震災発生後は初めて口にするソフトクリームの際立った美味しさに感激もひとしおでした。

 たくさんのやさしい気持ちを運んで下さった日世ソフトクリームキャラバンの皆さん、本当にありがとうございました。
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2011/08/07

手前味噌な醤油の実

銀しゃり+吟醸+大吟醸
作ってみました、醤油の実。

 SNS などのバーチャルな人間関係を否定はしませんが、庄イタは根がアナログゆえ、顔を突き合わせたお付き合いには到底かなわないと信じる者の一人です。まして人が生きてゆく上で欠かせない食を通した繋がりは、いかなる時も揺るがぬ強固なもの。それを実感させてくれるのが、傾聴に値するストーリーを持つさまざまな生産者とのご縁で繋がった我がホームグラウンド庄内です。

watamae-gassan.jpg【Photo】吹き抜ける風に緑の稲穂がざわざわと揺れる夏の庄内平野。井上農場近くの鶴岡市渡前から東方に古来より死者の霊が集うとされた月山を望む。卯年御縁年の今年9月、庄イタは俗世を離れ、羽黒山伏最高位「松聖(まつひじり)」星野 尚文大先達のもと、開祖・蜂子皇子が修験を積まれた由緒正しき霊場・出羽三山に体験入山予定(上写真)

sunset_agricola.inoue.jpg【Photo】先月末、井上農場で東京八丁堀にある「てんぷら小野」の二代目・志村 幸一郎さんをお招きしてガーデンパーティが催された。名人が揚げる岩ガキ・ドジョウなど夏の庄内の恵みを堪能しつつ見上げた西の空。夏の庄内が黄昏時にみせる色彩の魔術に癒された(上写真)

2009.1.25@inoue.jpg 知己を得た2003年(平成15)以来、安全性と美味しさを追求する尊いお仕事ぶりに接するにつけ、我が家の定番銘柄となった特別栽培米「はえぬき」をお世話になっているのが鶴岡市渡前の井上農場さん。お米を譲っていただく際には、種々情報交換のため、農場主である井上 馨さん・悦さんご夫婦のもとを直接伺うようにしています。

【Photo】大雪となった2009年1月25日朝、初めて食べる人が小松菜の概念を変える比類なきジューシーな小松菜の収穫をハウスで行う井上夫妻(左写真)。被災直後、500把以上を無償で避難所に提供したことを先日人づてに知った。そんなことはおくびにも出さないのがまた井上さんらしいところ

sicilian_rouge.jpg 井上農場の耕作地19haでは、コメのほか小松菜・トマト・枝豆・ジャガイモなど転作作物も育てています。お米を購入すると、それら旬の作物をお土産に頂くのが常です。先日伺った折には、今年初めて栽培に挑戦しているシチリア原産の新品種「シシリアンルージュ」と中玉トマト「ハニーエンジェル」を収穫させて頂きました。旨みがぎっしり詰まるまで樹熟させるトマトは、最高の活力剤となります。

【Photo】生食でも充分美味しいシシリアンルージュは、オイルで炒めると甘味が増幅。ホールで缶詰にされる加工用トマトの代名詞サン・マルツァーノとは一味違うパスタに仕上がる

 海洋深層水成分を使ったプラントミネラル栽培など、理詰めで農業に取り組む井上さんのお米や生鮮野菜には、全国に多くのファンがいます。生鮮産品のみならず、地元業者に製造を委託する割れが生じた規格外のトマトを活用したジャムやゼリーといった加工品にも意欲的。大玉トマト「桃太郎」のシーズン最後は、畑に残った青トマトを軽いカレー風味のピクルスに仕上げますが、これがまたウマいんだっ!!
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【Photo】鶴岡市大山の菓子店「福田屋」さんに製造を委託した新商品トマトゼリー(左写真)の中には、丸ごと中玉トマトが入っている(中写真)。 甘酸っぱいカレーの香りとシャキッとした歯応えが後を引くピクルスに加工する青トマトのスライス(右写真)

 大吟醸酒を使う井上家お手製の逸品で味を覚えたゆえ、市販品ではどうにも物足りないのが「醤油の実」です。昨年市場に本格デビューした新品種「つや姫」の米麹を使った醤油の実を頂いたのが6月。そのレポート〈Link to backnumber 〉で触れた通り、第二弾として、はえぬきの醤油の実も用意するという嬉しい知らせが届いていました。

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【Photo】温度管理が難しい米麹(左写真)の製造は、町内長沼地区の麹屋に委託。悦さんも加入するJAたがわ婦人部の皆さんが大豆を蒸して殻むきを行った上で麦と混ぜる

 快晴に恵まれた7月18日、海の日の休日を利用して庄内へと遠征しました。岩ガキを目当てに遊佐町吹浦を目指す道すがら、井上さんのもとを訪れました。購入したはえぬきと共に悦さんが差し出したのは、醤油の実の完成品ではなく、はえぬきの米麹でした。好みの醤油と大吟醸で自家製の醤油の実作りに挑戦してみたら? というわけです。

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【Photo】醤油と酒を加えた直後(左写真) 室温で毎日こうしてかき混ぜて発酵を促すと、10日ほどでとろみが出て来て食べ頃になる(右写真)

 おぉ、これはハンドメイド大国のイタリアで前世を送った庄内人にシンパシーを持つ仙台人(⇒ちとややこしいか?)のハートをくすぐる心遣い。ここはオリジナルに敬意を表して、仕込みに用いる大吟醸は庄内の蔵が醸した酒にするつもりでした。冷温下に置いた米麹に加える酒と醤油を同量加え、混ぜてからは室温に置き、もろみを毎日かき混ぜるよう悦師匠から指示を受けました。

 吹浦に向かう足で、旬を迎えた在来野菜「鵜渡川原キュウリ」の粕漬けを調達しようと立ち寄ったのが、酒田市の山居倉庫敷地内にある産直「みどりの里 山居館」。お目当ての鵜渡川原キュウリは置いていませんでしたが、店内の一角にある地酒専門店の「木川屋」さんで購入したのが地元酒田の銘酒「初孫大吟醸」です。醤油は最初から決めていたので、これで材料は揃いました。

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【Photo】もろみ作りに使った残りの初孫大吟醸は、仕込みの成功を祈りつつ、こうして呑み干された(左写真) 吟醸つながりで、仕込みに使ったのは全国醤油品評会で最高賞の農林水産大臣賞をこのところ毎年のように受賞している宮城の逸品、加美町今野醸造の「吟醸」(右写真)

 後日レポするご縁を感じさせる出会いがあった酒田から自宅に戻り、すぐ取り掛かった仕込みで使った醤油が、宮城県加美町の「今野醸造」さんの醤油「吟醸」。そう、井上農場の銀しゃり+今野醸造の吟醸+初孫大吟醸という勝利の方程式です。師匠の言いつけ通り160mℓずつの醤油と大吟醸酒を加えたもろみをかき混ぜながら寝かせること約2週間。液体にとろみが出てきたところでご飯に載せて味見をしてみました。

buonissimi_shoyunomi.jpg う・う・う・うま~っ!!

 初めてにしては出色の仕上がり、と悦に入ったのも束の間。仙台市青葉区一番町のJAみやぎ産直レストラン「COCORON(ココロン)」産直コーナーで最近扱うようになったという醤油に目がとまりました。まばゆい金ラベルのその醤油は、「老松」銘柄で知られる亘理町亘理の永田醸造「老松十一代 大吟醸」。昨年10月に開催された全国醤油品評会で濃口醤油部門にエントリーした170点から4本だけが選ばれた最高賞、農林水産大臣賞を受賞したという特級濃口醤油です。

oimatsu_daiginjyo.jpg【Photo】庄内産と宮城産の材料で仕込んだ庄イタ家初はえぬき自家製醤油の実。銀しゃりは井上農場のはえぬき(上写真) 亘理町 永田醸造の11代目永田 洋代表取締役常務が手掛けた「老松十一代 大吟醸」(右写真)

 我が家の定番醤油「吟醸」と似て非なる大吟醸。うーむ、これは気になる。まずは味見のため、さっそく購入。井上農場の銀しゃり+老松十一代 大吟醸+庄内の酒蔵が醸した大吟醸という鉄板醤油の実に来年は挑戦するぞ! と野望は広がる・・・。

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井上農場
住 : 鶴岡市渡前字白山前14
Phone & Fax : 0235-64-2805
URL : http://www11.ocn.ne.jp/~inoue-fm/index.html

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2011/07/17

酪農県の誇り、岩泉ヨーグルト

もうひとつの世界が認めた東北のこころ

IMG_2848-1.jpg【photo】昔ながらの山里の暮らしが息付く「バッタリー村」こと岩手県久慈市山形町荷軽部。放牧される牛が厩舎で過ごす冬に与える飼料用デントコーンと牧草が山あいの耕作地で育つ。岩手北東部では、3年に一度は冷害に見舞われ、栽培技術が向上する大正時代までは稲作が困難であった。五穀豊穣の五穀が、水稲・麦・アワ・小豆・大豆の5種類を指すように、弥生時代にコメが伝来する以前より、人々の命を支えた雑穀の豊かな文化が育まれた

2007_10kuji.jpg【Photo】内陸へ物資を運ぶ古道「塩の道」が通っていた山あいに開かれた久慈市山形町の牧草地で放牧される黒毛和牛と短角牛

 東北で酪農が盛んな地域といえば、旧南部藩が治めた岩手県北部の北上山地周辺を真っ先に思い浮かべます。農業生産の9割を酪農が占め、市町村単位では全国で2番目に酪農を営む戸数が多い葛巻町は、8,000の人口に対し、乳牛の数が11,000頭あまり。伊達62万石を支えた水田と屋敷林「イグネ」が平地に広がる旧仙台藩領の岩手県南部とは明らかに異なる傾斜地が多い北の風土のもとで、山の恵みを活かした炭焼きと牛飼いを生業とする循環型の暮らしが営まれてきました。

 農林水産統計によれば、肉用牛・乳牛とも飼育数が全国で最も多いのは、延べ面積が広い北海道。岩手は栃木に次いで乳牛飼育数全国3位、肉用牛は鹿児島・宮崎・熊本に続く5番目。一戸当たり平均飼育数は、全国平均で前年比微減の乳牛67.8頭・肉用牛38.9頭。県別では経営規模が大きい北海道が、乳牛107.5頭・肉用牛178.3頭と桁違いに多いのに対し、岩手は各34.7頭・14.9頭という少なさ(H22年度調べ)。山間地という地理的palazzo_kimoiri.jpg制約ゆえですが、言い換えれば、目が届く範囲の牛を手塩にかけて育てていることを意味します。

【Photo】7棟の南部曲り家を移築、江戸の山里を再現した「遠野ふるさと村」最大の古民家は、地元・附馬牛(つきもうし)の庄屋が暮らした江戸末期の家。写真右手が住居、左手は厩舎(右写真)

早坂高原【岩泉町】.jpg【Photo】標高900m前後の山間地になだらかな草原が広がる岩泉町早坂高原。冷涼な高原性の気候のもとで放牧される日本短角種(左写真)

 高原に開かれた牧草地「野場(やば)」では、春の訪れとともに牛の放牧が始まります。その群れは種付け用の牡牛1頭に対し、雌牛が40頭前後。牧草地を思い思いに移動しながらひと夏を過ごした牛たちは、晩秋に人里の厩舎へと戻され、自然交配によって春先に生まれた子牛が、母牛と共に野に放たれます。この冬季舎飼ないしは夏山冬里の暮らしのなかで生まれた人家と厩舎がL字型で一体となった「南部曲り家」は、牛馬を家族と同じく大切に扱うこの地域特有の住居形態です。

 久慈・野田・普代・宮古など三陸沿岸から内陸部の盛岡や鹿角へと続く「塩の道」を通り、塩や海産物を運ぶ賦役についたのが、在来の南部牛。黒毛和牛とともに、この地域で数多く飼育される日本短角種〈Link to backnumber 〉のルーツとなった牛を曳いた牛方が、山中で歩みを進めながら口ずさんだ牛方節をもとに作られたのが、「♪ 田舎なれども 南部の国は 西も東も 金の山」 と唄われる南部民謡「南部牛追唄」です。

 ホルスタイン種が葛巻町や岩泉町などに導入されたのは明治20年代後半。以来、酪農は農業生産額のほとんどを占める基幹産業として地域と暮らしを支えています。1976年(昭和51)には、のちに環境共生型の町おこしで目覚しい成果をあげる「葛巻町畜産開発公社」が発足。1984年(昭和59)岩泉で入植以降、畜舎に牛を戻さない日本初の通年昼夜放牧や、国産飼料だけによる牛の飼育をいち早く導入した中洞 正氏が、「中洞牧場」(2008年「しあわせ乳業」に社名変更)で森林資源維持にも寄与する山地(やまち)酪農を実践するなど、可能性に富む酪農が行われています。

袖山高原2-1.jpg【Photo】「ミルクとワインとクリーンエネルギーの町」を標榜する葛巻町のシンボル、風力発電の風車が回る袖山高原に放牧されるホルスタイン

 山林面積が町全体の93%で、森林の年間酸素排出量が400万人分の年間呼吸量に該当する107万1212トンに達する岩泉。1992年(平成4)に「酸素一番宣言」を行うほど、大気中の酸素量が多いのがこの町。豊かな森の2/3を占める広葉樹林が恵まれた水資源をもたらす素晴らしい環境のもとで牛たちは育ちます。2004年(平成16)には、町が事業主体となった第3セクター「岩泉乳業」が設立され、各町内の酪農家が出荷する高品質の原乳を使用した乳製品を製造・出荷しています。

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 生乳を全て岩泉乳業に出荷する沢中地区の阿部 隆一さん(53)は、脱サラしたお父様の跡を継いだ二代目。飼養するホルスタインは、徐々に頭数を増やし、現在38頭。奥様の恵美子さん・お母様の良子さんの3人で牛の世話をしています。飼料は自家調達するイネ科の牧草が中心で、全体の7割を占める粗飼料類の自給率は100%を達成。スノーブランドの信用を失墜させた食中毒事件で注目された生乳の衛生管理の信用度を知る指針となる細菌数は、国が定めた安全基準の1/2に過ぎない15,000/mℓという確かな品質。

 「基本に忠実なだけです」と控えめに語る隆一さんですが、酪農家同士の情報交換などを通し、品質を高めることに日々余念がありません。高タンパクの濃厚飼料を給餌する割合を高めて確保する搾乳量の全国平均が一頭当たり8,500kgといわれるなか、阿部さんは年間7,000kg余りに留め、牛に無理をさせません。牛にとって、岩泉は宮沢賢治が言うところの理想郷「イーハトーブ」にほかならないようです。

iwaizumi_plant_nuovo.jpg【Photo】今年5月下旬に完成した岩泉乳業のヨーグルト製造専用工場

 そんな恵まれた環境のもとで育つ牛から搾った生乳の風味を活かすよう、岩泉乳業では牛乳製造工程において一般的な120℃~150℃で2~3秒の超高温瞬間滅菌ではなく、85℃で15分間殺菌を行う高温保持殺菌を採用しています。これはタンパク質の熱変成によって牛乳本来の味を失わないため。脂肪球を破砕しないノンホモジナイズ製法で75℃15分の殺菌を行い、甘味の強い生クリーム成分がビン上部浮いてくる「くずまき高原牛乳」、63℃30分低温殺菌のしあわせ乳業「四季むかしの牛乳」ともども、牛乳本来の味を知る意味で、一度は試してみる価値はあります。

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 私が美味しさにハマっているのが、2006年夏に岩泉乳業が発売した「岩泉ヨーグルト」。同社には「岩泉のむヨーグルト」や生乳100%を発酵させたカップ入り「岩泉プレーンヨーグルト」もありますが、イチオシはたっぷり2kg容量(1,200円)とジャストサイズな1kg(800円)の2種類がラインナップされる業務用の加糖タイプ(右写真)。クリーミーでまったりとした口どけ、ほのかな酸味と優しい甘さの黄金比率、記憶の奥底に刻まれた離乳前の幸せが蘇る(?)おっぱいの香り...。そのいずれもがこれまで食べてきたヨーグルトには無かったものです。原料表示に生乳・砂糖・乳製品(=乳酸菌)とある通り、素材は至ってシンプル。加糖してはいますが、生乳由来の甘さを感じる程度で、甘さにしつこさはありません。

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 保存料や食感を良くする増粘剤のペクチン・香料など食品添加物を加えず、この素晴らしい風味を生み出す要因は、原料乳の厳しい品質管理と発酵過程にあります。85℃15分間殺菌された生乳を35℃まで温度を下げ、種菌となる乳酸菌を加え、容器に充填の上、18時間をかけてじっくりと発酵を待ちます。一般的には、40℃の状態で4~6時間程度の発酵で酸度が0.8%程度に達した時点で、温度を一気に10℃ほどに下げて、乳酸菌の発酵活動を止めてしまいます。冷蔵状態でも乳酸菌の活動はわずかに進みますので、店頭に製品が並ぶ時点で酸度1%前後の食べ頃を迎えるのです。

 じっくり時間をかけて製造される岩泉ヨーグルトは、1/3 の時間で作られる大手の観点からすれば、はなはだ非効率的(笑)。なれど、家族同様に牛を大切にする酪農に生きる地域の皆さんでなければ、この味は出せないはず。地元の後押しや口コミでその美味しさが伝わり、売り上げは右肩上がりだといいます。昨年は需要に供給が追い付かず、品薄状態が続きました。そのため今年5月に生産設備を増設し、増え続ける需要に応えています。

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 今年5月、ベルギーに本部がある品質認証機関「モンドセレクション」は、岩泉ヨーグルトと岩泉のむヨーグルトに食品部門の金賞を授与しました。これは透明度世界一に認定される地中湖がある岩泉町の鍾乳洞「龍泉洞」で採取した伏流水を同町の第三セクター「岩泉産業開発」が製品化した「龍泉洞の水」が2001年に最高金賞に輝いたのに続く受賞です。食品の評価は、味・香り・外観・アロマ・舌触りなど官能上の基準と、成分・パッケージ・調理法なども加味した客観評価を照らし合わせて最低8人の専門審査員が100点満点で評価するのだといいます。金賞は出品されたなかから、平均総合点80点以上の製品に対して与えられます。

 岩泉乳業に生乳を全量出荷している前出の阿部 隆一さんは、今回の受賞は、生産者にとっても励みになると語ります。古くは日清製菓のココナッツサブレが金賞受賞を、最近ではサントリーのプレミアムモルツが最高金賞受賞をPRしたことで有名になったためか、日本からの出品ばかりが多いモンドセレクションが認めるまでもなく、その美味しさは以前からこのヨーグルトを愛用していた私が太鼓判を押します。そう、Viaggio al Mondo セレクション最高金賞として。
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岩泉ヨーグルト
製造元:岩泉乳業株式会社
Phone:0194-22-3800
URL:http://www.iwaizumilk.co.jp/cm/index.html
※ 仙台周辺では、スーパーモリヤ系列のビッグハウス富谷店・八乙女店・大野田店・小牛田店・築館店で岩泉ヨーグルト(1kg)と岩泉のむヨーグルト(750mℓ)を、それぞれ580円・295円の売価で扱う。
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2011/06/26

銀しゃりには「醤油の実」のみ!

大吟醸入り嘗め味噌を褒めちぎる、の巻

 今回は久しぶりに本拠地・庄内ネタを一席。

tanisada_2011.jpg【Photo】今年の孟宗筍は谷定孟宗で締めくくった。繊細な谷定孟宗を知らずして孟宗筍を語るなかれ。厚揚げ・椎茸・孟宗に白味噌と酒粕を同量加えて煮込み、トロミが加わった二日目が美味の極み

 鶴岡市谷定(たにさだ)にある佐久間 豊さんの竹林で採れた孟宗が届いたのが6月第2週。その特徴はキメ細かく繊細で柔らかな食感と繊細な香り。金峰山の北側にあり、赤土の粘土土壌の谷定が、いかに孟宗筍にとって理想的な環境にあるかは、食すればすぐに分かります。鶴岡市大山の酒蔵「出羽乃雪」の酒粕を加え、庄内の初夏を告げる味として定番の孟宗汁にして頂きました。

tsuyahime_shoyunomi.jpg【Photo】朝ガユの習慣が上方から北前船で庄内にもたらされ、相伴としての「醤油の実」(右写真)を進化させた

 その食卓に華を添えたのが「醤油の実」です。熊本・長野・新潟などでは昔から調味料としてではなく、そのまま食する「嘗め味噌」のひとつ「醤油の実」が作られてきました。米どころ庄内でも、醤油の実は庶民の味として長く親しまれてきたのです。名著「庄内の味」を著した伊藤珍太郎によれば、かつて醤油の実は、醤油を醸造する際、一番仕込みの醤油を絞ったモロミに食塩水と油を混ぜて二番醤油を作った後の捨てカスの副産物で、底辺の「貧しい味」(「改訂 庄内の味」昭和56・本の会刊)だったと記しています。

kaoru_etsu_inoue.jpg ところが、鶴岡市渡前(わたまえ)の井上 馨さん・悦さん夫妻の手になるそれは、大吟醸酒を惜しげもなく使う贅沢な逸品。お米だけでなく、冬はとりわけ葉の厚さとみずみずしさが生食で味わえる小松菜を、夏には溢れんばかりの旨みが詰まった樹熟トマトと茶豆をお世話になっている井上さん。入手困難な抗生物質不投与の発酵鶏糞を鹿児島から取り寄せて土作りに活用、防虫にはインドセンダンや木酢液を、活力剤には海藻・ハチミツ・サトウキビなど独自のエキス溶剤を用い、安全性と食味を追求しています。専業農家として、地域でもいち早く自前の大型精米施設と玄米低温貯蔵施設を導入、消費者との直取引による農業経営に取り組んできました。

【Photo】5月上旬、花を咲かせた小松菜のようにいつも明るい井上 馨さん・悦さん夫妻(上写真) 例年より2週間ほど遅れた今年の田植えは5月下旬。昨年30haの圃場の一部をハウス用地に転用したが、井上農場の屋台骨はコメ作り(下写真)

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 山形県内でも内陸とは全く異なる庄内が、いかに美味の宝庫かはこれまで何度も述べてきましたが、井上さんの手にかかると、そのいずれもが、一味もふた味も違ってきます。四季を通してお邪魔する特権として、ただでさえ美味しい旬の味を、もぎたて・取れたてで味わうことができるわけです。昨年<拙稿2010.6「孟宗尽くし」参照>に引き続き、今年も孟宗尽くしを堪能した湯田川温泉からの帰路に伺った今回は、昨年末に訪れて以来、震災のため、これまでで最も長い半年もの空白をおいての訪問となりました。

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【Photo】月山(左写真奥)のブナ原生林帯が水源となる赤川上流の梵字川から直接引いた滋養豊富な雪解け水(左写真)を井上農場では農業用水として使用。 健全で肥沃な井上農場の穀倉地を潤してゆく豊かな水・水・水・・・(右写真)

 その日は、井上さんが取り組む「消費者ふれあい交流レベルアッププロジェクト」が、山形県が一次産業者支援のために設けた「現場の創意工夫プロジェクト」に採択されたことを、地元紙「荘内日報」で報じられた翌日でした。専業農家として跡を継いだ長男の貴利さんや、手伝いの親類の方たちと井上さんは田植えの真っ最中でした。指定銘柄の「はえぬき」を購入した折に、今年も頂いたのが、今年は期待の新銘柄「つや姫」を用いたという自家製の「醤油の実」です。

inoue_tsuyahime.jpg【Photo】旧・藤島町で誕生した山形を代表する水稲「はえぬき」(左)と「つや姫」(右)

 例年4月から5月の農繁期に仕込むという門外不出・井上家秘伝の醤油の実は、ざっと以下の通りに作ります。

 1:大豆と小麦をそれぞれ炒り、大豆のカラをはねた後、コメを加えてふかし、手でほぐしてから麹菌を加える。

 2:もろみを一晩寝かせてから、米麹を加え、大吟醸酒(←酒の銘柄は毎年ご主人の馨さんの一存で決まる^0^)と醤油を各2升ずつ加える。

 3:15リットルの仕込み樽2つに分けて蔵で寝かせること2週間するとトロミが出てくる。その間、樽を毎日かき混ぜ続け、もろみを呼吸させる。

 醤油の実は、自家製が当たり前だという庄内では、醤油ではなく塩水を用いたり、酒を少なめにして味醂を用いるなど、各家庭の味があるのだといいます。 

gokaku_kiganmai.jpg【Photo】一昨年の12月末、中学受験を控えた娘に井上さんから贈られた「合格祈願米」は、地元の野田ノ目文殊堂でお祓いを受けた霊験あらたかなはえぬき。その甲斐あってか、志望校に合格。めでたしめでたし

 今回頂いた醤油の実は、1990年(平成2)、旧藤島町(現鶴岡市)山ノ前地区にある山形農業試験場庄内支場(現・山形県農業総合研究センター農業生産技術試験場庄内支場)で誕生し、現在は井上農場でも主力品種となる「はえぬき」ではなく、同支場で誕生した自家製「つや姫」を使用したものだといいます。

 大豆は旧藤島町で栽培するため、JA鶴岡が商標を持つ「だだちゃ豆」の名は語れないものの、私が昨年食した中では最も美味しいと感じたご長男の名に由来する「たかくんの茶豆」を晩秋まで畑に取りおいた大豆。

 加えた大吟醸酒は、2004年(平成16)春のお披露目に居合わす幸運に恵まれた「くどき上手」で知られる「亀の井酒造」が醸した純米大吟醸「藤島」と、酒田の「初孫 大吟醸」。醤油も鶴岡の造り醤油屋「増坂イチヤマ醤油店」の醤油と、地の材料を使ったのだそう。

 伊藤珍太郎が指摘する通り、庄内で愛されてきた醤油の実は「常住ふだんの食事の友(「改訂 庄内の味」)であるがゆえ、飽きが来ない味に当地において磨き上げられてきたものです。「庶民の手でろ過されて永く伝承されているうちに納得のゆく味に定着(同)」した醤油の実は、炊き立てのはえぬきの風味を倍増させ、立ち上る大吟醸の香りが一層食欲をそそるのでした。

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 「はえぬきで作った醤油の実を次に来る時まで取っておくからね」と今日電話で話した悦さん。真っ赤に熟れたもぎたてトマトを頂きに伺いながら、来月また鶴岡へと伺う楽しみができました。

【Photo】2003年(平成15)夏、トマトの美味しさに初めて目覚めたのが、赤く熟するまで収穫せず、酸味と甘味ではちきれそうな井上農場の樹熟トマト。ハウスでもぎたてをかぶりつくのが最高っ!!

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井上農場
住 : 鶴岡市渡前字白山前14
Phone & Fax : 0235-64-2805
URL : http://www11.ocn.ne.jp/~inoue-fm/index.html

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2011/01/22

風光明媚、風味絶佳

日本海 干物名人街道 @新潟・笹川流れ~寝屋漁港

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【photo】 澄みきった青い海と奇岩が変化に富んだ景観を生み出す「笹川流れ」

 鶴岡市湯野浜から由良を経由し、三瀬・五十川・小岩川とR7を南下してゆくと、緑がかった海が次第に青くなり、透明度が増してゆくのが分かります。勿来・白河とともに奥州三古関で、歌舞伎「勧進帳」の舞台としての異説が伝わる鼠ヶ関の先は新潟県村上市。sugawarasengyo_neya.jpgR345 と分岐するT字路を右折後、寝屋漁港に面した左急カーブに「菅原鮮魚店」はあります。鮮魚店とはいうものの、店頭に鮮魚は並んでおらず、軒先に魚介の干物がぶら下がっているだけなのですが。

【photo】ともすると見逃してしまいそうな菅原鮮魚店の目印は、通りに面した軒先の味ダコ

 そこは2008年(平成20)4月に市町村合併がなされる前は、山北町(さんぽくまち)寝屋と呼ばれていた新潟最北端の小さな漁港です。私が心惹かれたのは、いやがおうにも目を引くタコの干物でした。店を預かる菅原千鶴子さんの手になる干物の白眉は、道路に面した軒先に下がり、看板の役割も果たしている味ダコ。赤茶けたタコの丸干しは、いかにも美味しそうなオーラを放っています。ラインダンスのように一列に並んだタコが潮風に吹かれた揺らめくさまは、あたかも手招き(⇒「足招き」と言うべきか?)をしているかのよう。

ajidako_sugawara.jpg【photo】 北越後の干物名人、菅原 千鶴子さんと日本海の潮風が珠玉の風味を生み出す菅原鮮魚店の味ダコ

 沖合いが漁場となる秋から2月上旬まではトローリングによる底引き網漁で、産卵のため沿岸に寄ってくる2月中旬以降はタコ壷や刺し網漁によって、庄内浜から山北地域では年間通してタコが水揚げされます。ミズダコよりも身が締まってより美味しいとされる新鮮なマダコを塩もみして、口や目玉、ワタを取り、汚れのつきやすい吸盤まわりを丁寧に洗浄します。3kg以上の比較的大型のタコは、食べやすいように頭と足が切り離されますが、下写真のような小ぶりなタコは丸ごと仕込まれます。甘辛い特製タレに漬け込んでから、S字フックに吊るされて風干しすること2~3日。干し過ぎると硬くなりますが、店頭に並ぶタコはジューシーさも残り、ちょうど按配の良い柔らかさ。

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 大きさにもよりますが、一匹2,000円前後とリーズナブルなお値段。先だっても菅原さんに食べ頃のタコを教えて頂き、脂が乗ったカマスの干物(⇒これまた超・美味!)と共に購入しました。車の中で、味ダコの足をちぎってほおばると、タレと凝縮したタコの旨味が絡み合い、口の中で美味さが踊り出すかのよう。生のまま刺身で食すより、湿度を含んだ潮風と天日に晒して干物にすることで、旨みが増し、読んで字の通り絶妙な"風味"が生まれます。

【photo】 購入したばかりの味ダコを車内でパクリ。干物を作り続けて35年という味わい深い名人技に心満たされ、alfa Brera 車内は色合いの似た味タコの香りに満たされる...

 名人入魂の味ダコを噛み締めながら、沖合い20kmほど離れた水平線上に粟島を望む海沿いを進むと、この海域のみならず、新潟県下で最も海の水が澄み切った名勝「笹川流れ」に至ります。淡いピンク色の花崗岩が浸食された奇岩と砂浜が、青松と入り混じりながら11kmに渡って続く海岸線は、国指定の名勝天然記念物に指定されています。儒学者・頼山陽の三男で文人の頼三樹三郎(らい みきさぶろう)は「松島は この美麗ありて 此の奇抜なし 男鹿も この奇抜ありて 此の美麗なし」と、両者の美点を兼ね備えたその景観を称えました。

028208_20090313_202925_1.jpg 【photo】沖合い20kmに浮かぶ粟島を望む笹川流れを代表する奇岩「眼鏡岩」。R345沿いに建つ東屋の脇に笹川流れの景観を愛でた頼三樹三郎の碑がある

 JR羽越本線 桑川駅に併設された「道の駅 笹川流れ」向かいにある、「大滝マサエ商店」もまた、店主自ら「日本一無愛想な店」と認める ( ̄△ ̄;)素通り厳禁のスポットです。干物と大きく手書きされたベニヤ板の看板とカラフルなのぼり旗が目印。この道30年以上の干物作り名人、大滝マサエさんは、新潟県下では知らぬ人がいない有名人。帽子からはみ出した鮮やかなパープルのアフロヘア(⇒パーマとカラーリングを強めにかけただけで、ご本人はアフロとは指定していないと思われる)がトレードマークです。

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masae_otaki.jpg【photo】 カラフルな大滝マサエ商店の店頭には、さまざまな干物がズラリ(上写真) 伝説の干物名人、大滝マサエさん(右写真)

 俗化した観光地にありがちなキッチュな蛍光色の色紙に油性マジックで手書きされた品書きと、「試食は3品まで」と記された店頭の赤い張り紙にたじろいではイケマセン。一夜干のイカ、アジ、ハタハタ、シマホッケ、そして味ダコ・・・(おっと、試食は3品までだっけ)と味見をすれば、名人と呼ばれる理由がご納得頂けるはず。早朝から取り掛かる丁寧な下処理の上、秘伝のタレで煮ては干し、煮ては干しを3~4回繰り返してから日本海の潮風に晒した大滝さんの干物は、まさに風が生み出す芸術品。

 いつも美味しい干物の食べ方を気さくに教えて下さる大滝さんですが、昨年秋に体調を崩され、入院されました。通院のため現在は休業中ですが、季節が良くなる3月には店の再開を期しておいでです。二・二六事件の半月後にお生まれになったという大滝さんは今年で75歳。ここはじっくりと養生して下さい。定期的に連絡を取り合っており、何でも言い合える仲だという大滝さんと菅原さん。互いに認め合う熟練の技で、末永く私たちを魅了し続けてほしいものです。

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 より大きな地図で 菅原鮮魚店と大滝マサエ商店 を表示

菅原鮮魚店
住:新潟県村上市寝屋 47-37
Phone:0254-77-2002

大滝マサエ商店
住:新潟県村上市桑川 975-50
Phone:0254-79-2157

大滝マサエ商店から20kmほど先にあるのが、鮭の町・村上の哲人、かの吉川 哲鮭氏の店、味匠 喜っ川Link to backnumber》である。・・・う~む 恐るべし、日本海 干物名人街道。

2010/12/26

待望のピッツァ・ナポレターナ@仙台

新生「Pizzeria Padrino 」で
 県内随一のPizza Napoletana を

 皿の上だけでは、生命を健全に維持する食べ物の背景は見えてきません。自宅に居ながら食材が届くお取り寄せもまた同様です。実際に産地や料理の本場に足を運び、背景にある風土や歴史を知り、人と接することで、それまでは気にもとめなかったことが初めて見えてきます。

spacca_napoli1.jpg【photo】無秩序でも魅力的なナポリを象徴するSpacca Napoli スパッカ・ナポリ地区

 Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅~では、主観に基づく断定が氾濫する飲食店情報サイトのような個人的価値観を振りかざして飲食店の優劣を語ることをしていません。これは上から目線が鼻につく赤い装丁の某レストランガイド本が、☆の数で店をランク付けする手法を良しとしない私の考えによるものです【注1】。以上の原則をもってしてもなお、是非ご紹介したいピッツェリアを、今回は期待を込めて取り上げます。

 喧騒渦巻くナポリの下町で生まれた庶民の味ピッツァ。仙台におけるナポリピッツァ草分けの「Pizzeria de Napule ピッツェリア・デ・ナプレ」が、小麦をオーガニックに切り替えて以降、一番町に店があった頃から追求していた本場と寸分違わぬ食感が変わってしまいました。香坂ピッツァイオーロの不在が恒常化して以降、これぞ!と納得できる店が、仙台と名取・富谷など近郊には長いこと存在しませんでした。砂をかむような空白期間に終わりを告げる本物のピッツァ・ナポレターナを従来よりぐっとリーズナブルに【注2】味わえるピッツェリアが、このほど仙台に登場しました。以下、実食による速報レポです。

taihei_isawa.jpg【photo】薪窯を前に意欲を語る勝山企業 伊澤 泰平社長

 先月30日、東北No.1のリストランテを目指す「Padrino del Shozan パドリーノ・デル・ショーザン」を会場に催された「宮城・ローマ交流倶楽部」のクリスマスパーティで、勝山企業の伊澤泰平社長とお会いしました。パーティがはねた後、リストランテの入口に設置されたひときわ目を引くピッツァ窯が、いかに性能が良く、いかに造作にこだわったかを30分以上に渡ってご説明頂きました。芸術的な板金加工で注目される宮村浩樹氏〈Link to website〉が手掛けた窯は、本場でも滅多にお目にかかれないような、一見の価値があるゴージャスで美しい窯です。

 宮村氏の見事な職人技が光る銅製の天蓋と煙突、打ち出しによる「PADRINO」の銘板が正面を飾るその窯は、ナポリで最も信頼される薪窯工房「Gianni Acunto ジャンニ・アクント〈Link to website 〉」による完全オーダーメード。ピッツァを載せる炉床には熱伝導が穏やかなソレント近郊の粘土を用い、6人の職人が窯ひとつを4~5日かけて仕上げます。この窯を東北で使っているのは、知る限りにおいて宮城調理製菓専門学校併設の実習カフェ・ピッツェリア「Il Viale イル・ヴィアーレ」を除けば、鶴岡「穂波街道 緑のイスキア《Link to backnumber》」のみ。今年8月オープンした弘前「ピッツェリア・ダ・サスィーノ」では、同社の技術を受け継ぐジャンニの弟マリオのブランド「Mario Acunto マリオ・アクント〈Link to website〉 」 を導入しています。日本では輸送コストが上乗せされるイタリア製を導入せず、コスト面から日本製の窯を使ったり、自作する場合すらありますが、耐久性や性能では、やはりイタリア製に及びません。

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 「窯の中に手を入れてみて下さい」という伊澤社長に促され、開口部を覆う銑鉄製の蓋を外した窯に手を入れてビックリ。昼の営業終了後の15:30過ぎに火を落としたという窯の中は、6 時間あまりを経てなお、サウナどころの熱さではなく、一瞬で手を引っ込めてしまいました。「この断熱と保温性能の素晴らしさこそイタリア窯の良さです」と伊澤社長。リストランテを兼ねるピッツェリアでは、朝一番に前夜の余熱でパンを焼いてしまうというのも頷けます。

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 伊澤社長は「ナポリの庶民の味であるピッツァが手頃な値段であるように、もうすぐ素材のクオリティとピッツァの美味しさはそのままに、価格の大幅見直しをしますよ!! 期待してください」と語りました。今から2010年前、救世主の誕生を心待ちにしたベツレヘムの羊飼いの心境はかくありなんと、リニューアルした「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」を先週から今週にかけて2度訪れました。まずは自分の舌でナポリを代表するピッツァ、マルゲリータとマリナーラを実食するためです。

【photo】調達しうる最高の素材と窯で本場仕込みのピッツァ・ナポレターノを提供する千葉 壮彦ピッツァイオーロ

 窯を預かるのは、本場ナポリで2年半腕を磨いた登米出身の千葉壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。聞けば2000年(平成12)から2年間、ピッツェリア・デ・ナプレで、香坂師匠からナポリ仕込みの味をたたき込まれたのだそう。後半の1年間は、店に寝泊りして基礎を固めたそうです。「冬は良かったのですが、夏は大変でした」と千葉さん。そりゃ、そうでしょう。体の芯から暖まる遠赤外線を発する薪窯の暖房完備のもとで寝なければならないのですから(笑)。

takehiko_chiba2@padrino.jpg ペルージャでの語学研修の後、千葉さんは単身ナポリに渡ります。2003年に誕生し、のちに国内外に95店舗を展開するまでに急成長した「Fratelli la Bufala フラテッリ・ラ・ブファーラ」のナポリと近郊のカセルタにあるグループ店舗で働きます。ピッツェリア・パドリーノの生地に同じ小麦の配合を取り入れたという名店「Di Matteo ディ・マッテーオ」でも2ヵ月腕を磨き、都合2年半、本場で研鑚を積みました。2002年冬に帰国後は、古巣のピッツエリア・デ・ナプレを経て、五反田の「Galibardi ガリバルディ」を立ち上げた後、日本におけるピッツァ・ナポレターナの第一人者、渡辺 陽一氏の店「パルテノペ恵比寿」の厨房で南イタリア料理もマスターします。

【photo】生地の向きを変えながら、窯の中の対流熱で一気に焼き上げる

 期待を胸に訪れたピッツェリア・パドリーノは、チケット前払いのセルフサービスによるカジュアルなシステムを取り入れています。9時に薪で火入れした窯の炉床は理想的とされる450℃~485℃を維持するよう目を配ります。小麦粉は名だたるピッツァイオーロが厚い信頼を寄せ、ナポリにおけるシェアが7割を超えるという製粉メーカー「Antimo Caputoアンティモ・カプート〈Link to website〉」のピッツァ専用小麦粉、小麦の芯の部分を細挽きしたRinforzato tipo"00" リンフォルザート(通称Sacco rosso サッコ・ロッソ=赤袋)とPizzeria ピッツェリア(通称Sacco blu=青袋)の二種を配合して使用します。

【photo】窯の目の前でアツアツを味わえる至福のピッツァ・マルゲリータ

margherita_padrino.jpg テイクアウトにも対応しますが、ピッツァは焼き立てが一番。チケットを購入して南欧の雰囲気を漂わせる開放的なテーブル席で頂くとしましょう。サイズはS(直径14cm)M(20cm)L(28cm)の3つ。ナポリでは、おおよそ28cm がスタンダードな大きさとなります。ナポリピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータの重要なファクターであるモッツァレラ・ブファーラ(水牛乳のモッツァレラチーズ)とフィオール・ディ・ラッテ(牛乳のモッツァレラ)は、発祥の地カセルタで伝統製法による少量生産を貫く「Caseificio Ponticorvo カセイフィチョ・ポンティコルヴォ〈Link to website 〉」から出荷後24時間以内に日本へ届く鮮度の高いものを、週3回空輸で取り寄せているそうです。

 能書きはこのぐらいにして、お味のほうが気になるところ。窯を目の前にしたポールポジションで焼き立てを味わえるのがうれしい限り。ナポリのピッツァ好きたちは、なるべく窯に近い席に陣取り、ピッツァが運ばれてくると、それまで身振り手振りを交えて夢中になっていたおしゃべりを止めて食べ始めます。日本で言えばカニを食べる時の真剣さに似ているかもしれませんね。最初に頂いたマルゲリータ、後日頂いたオレガノが香ばしい生地と絡み合うマリナーラともに、非の打ち所がなく一気に食べ切ってしまいました。

marinala_padrino.jpg【photo】マリナーラ。チーズを用いず、生地の上にトマトソース・ニンニク・オレガノ・バジルをトッピングするナポリ伝統のピッツァ。このようにピッツァ・カッターでカットされた上でサーブされる

 現状ではカトラリーが簡易なプラスチック製のため、本場とは違ってカッターで6つに切り分けてサービスされます。私が頂いたLサイズは、6等分してあっても一口では食べきれないため、更に半分に切り分け、中心からコルニチョーネと呼ばれる盛り上がった縁へ向かってクルクルと生地を巻いて頂きました。嬉しいことに価格が手頃なので、小ぶりなSサイズならば、2種類の異なるピッツァを時間差でオーダーしてもいいでしょう。

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 私が頂いたマルゲリータ、マリナーラともにピッツァ・ナポレターナの風味を忠実に伝えるものでした。千葉ピッツイオーロによれば、オリジナルメニューの「ヴェルデ・ポッロ」(マリナーラ+サニーレタス・エンダイブ・トレビス、トマト、ローストチキン、マヨネーズドレッシング、パルミジャーノ)と「パルミジャーナ」(マルゲリータ+メランザーネとミートソースのグラタン)も是非味わってみて下さいとのこと。まずは私が頂いた基本の2品から、お熱いうちにBuon appetito ~♪

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URL:http://www.shozankan.com
 
<メニュー一例>
マリナーラ :S500円 M700円 L1,000円
マルゲリータ:S600円 M850円 L1,200円
ヴェルデ・ポッロ / パルミジャーナ:S710円 M1,000円 L1,500円
※テイクアウトは上記と同額。リストランテからもピッツァはオーダー可能

【注釈1】 八つ当たり気味の本音炸裂トークは「ルチアーノ・サンドローネ訪問記」冒頭部分を参照願います 

【注釈2】スパッカ・ナポリ地区にある名店 Di Matteo では、マリナーラ2.5エウロ、マルゲリータ3エウロ、小腹が空いた時に食べる生地を揚げただけのPizza fritta は1エウロ。軽食がとれるBar(バール)以外のイタリアの飲食店では、少なくとも一食につき20エウロ以上の出費が必要だが、ピッツェリアは例外。一皿で完結する食事を意味する「Piatto unico ピアット・ウニコ」を手軽に食べることができるピッツェリアは庶民の味方である

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2010/12/18

酷暑を乗り越えた「初ゆき」の味

感慨もひとしお、
  鳴子の米「ゆきむすび」

2008.12.16.jpg【photo】成人一人を半年養うコメがとれる60㎡ほどの鬼首岩入の後藤 錦信(かねのぶ)さんの田んぼ。田植え交流会参加者による不揃いな作付け跡が残る。収穫を終えた12月半ば、寒風が吹き抜けてゆく耕作放棄地が隣接する後藤さんの田んぼは、白雪に覆われようとしていた

 ここ数日来の寒波到来により、今週15日が仙台における今年の初雪となりました。平年の初雪が11月22日頃だといいますので、観測史上3位の遅い記録だそうです。山間部を除いて里雪はまだ降っていなかった鶴岡でも、その日初雪が降りました。異例づくめだった今年の天候は、灼熱と化した夏の記憶がさめやらぬまま、もうすぐ暮れようとしています。

yukimusubi_2010.jpg【photo】今年も届いたゆきむすびの袋にはこう記してある...「農は地域の暮らしの基本です。つくる人、食べる人、暮らす人、みんなの力で支え、守り育てていきましょう」

 先日、「鳴子の米プロジェクト」に参画する農家が作る予約分の「ゆきむすび」15kg が例年より少し遅れて届きました。今年は猛暑の影響でコメの生育が早く、昨年私も一家で参加した稲刈り交流会が9月18日(土)に急遽行われるという案内のハガキが直前に自宅に届きましたが、都合がつかず参加できませんでした。じっくりと天日干しさせる鳴子の米プロジェクトのゆきむすびは、美味しさも格別です。

 担い手農家の手取りを補完するという鳴り物入りで導入された戸別保証制度が、一層の米価落ち込みにより、米作農家の淡い希望を打ち砕く結果となった今年。私たちの命をつなぐ糧の作り手が持続可能な価格(玄米1俵24,000円/ 5kg 2,000円)で、食べる人が生産者を買い支えることで、過疎と高齢化で耕作放棄地が広がる一方の山間地のコメ作りを応援しようという鳴子の米プロジェクトの存在価値が、皮肉な形でより一層高まったように思えます。

naruko_taue2009.jpg【photo】2009年(平成21)5月30日、そぼ降る霧雨の中行われた田植え交流会に参加した生産者を代表して挨拶に立たれた曽根 清さん(写真右)

 耐冷性の強い低アミロース米ゆきむすびが、まだ東北181号と呼ばれていた2006年(平成18)、3軒の農家が10アールずつ試験栽培に挑戦します。

 その一人が栗駒山系のブナ林を流れる雪解け水が直接流れ込む鬼首(おにこうべ)でも最深部にある岩入(がにゅう)地区の曽根 清さんでした。岩入は、海抜400mの冷涼な山あいにあり、日照も少ないために熱帯原産のコメには厳しい栽培環境にあります。いもち病と稲が実を結ばない青立ちが頻発する鬼首では、収量が少ない上、美味いコメは決して出来ないと揶揄され、曽根さんは忸怩(じくじ)たる思いでいたといいます。

yukimusubi2_taue2009.jpg【photo】田植え後の交流会では、朝早くからお母さんたちが準備したゆきむすびの彩り豊かなおにぎりなど、野良仕事の合間に食べる「小昼(こびる)」が参加者に振舞われた

 プロジェクトの発案者で民俗研究家の結城 登美雄先生の勧めに応え、最初に立ち上がった農家が曽根さんでした。試験栽培で手応えを感じた曽根さんは、一軒でも多くの稲作農家が参画するよう、地区を回ってプロジェクトの意義を説いて歩きます。

 22軒の農家が参加した2年目には、メンバーの田んぼを訪れては水管理や土づくりの助言を行い、200俵の収穫に結び付けます。

 その年の10月に発足した作り手部会の会長に就任、12月には「ゆきむすび」という名が決まりました。

 農閑期に湯治に訪れる地元の農家にお返しがしたいとコメをまとめ買いした鳴子温泉の旅館関係者や一般の購入者を招いての田植え交流会や稲刈り交流会に必ず顔を出した曽根さん。「初めて人から美味いと褒められるコメが出来た」と嬉しそうに語っていた曽根さんの笑顔を見ることはもう出来ません。

 連日の猛暑が鬼首を襲った今年8月20日、曽根さんは帰らぬ人となりました。享年73歳。

 私が曽根さんと最後にお会いしたのが、昨年の田植え交流会が行われた5月30日。今にしてみれば、胃がんの手術を受けた後で少しお痩せになったものの、交流会にも元気な姿を見せていました。肝臓への転移から今年7月末に再入院。プロジェクト5年目の今年、38軒まで増えた農家が暑さの中で精魂を傾けて育てているコメの出来を最期まで気にかけていたそうです。

yukimusubi2_2010.jpg【photo】夜間でも下がらない気温のため、過呼吸状態となった米がデンプン質を消費し、中に空気のすき間が生じた。例年以上に白濁したゆきむすびが、異常だった今年の夏を物語る

 ゆきむすびは、うるち米ともち米の中間的な性格を有しています。一般に登熟期の気温が高いと玄米のアミロース含有率がより低下して白濁が進みます。記録的な猛暑となった今年、夜間でも気温が下がらない平地では、お米が白濁して割れやすく脆い米となる高温障害によって、二等米比率が高まり、米価低迷に拍車をかけました。

 鳴子の米プロジェクトでは農家の手取り額をあらかじめ保証しているため、設定された価格に変更はありません。米という字が示す通り、農家が掛ける八十八の手間には変わり無いのですから。

 平場ほどではないにせよ、夏でも冷涼な鬼首とて例外ではなく、今年は特異な年だったようです。5度目の収穫を待つことなく逝った曽根 清さんの名前も見られる裏書きには、暑さのために粘りが増したことが記されています。通常の2割減の水で炊いた今年のゆきむすびは、例年以上にもちもち感が高く、そのまま頂くのはもちろん、炊き込みご飯やうるち米と混ぜて炊くのに適しているように思います。

【photo】殖酸農法の水苗代で作られる酒田市横代の坪池兵一さんのカラドリの小芋の味噌煮(写真右奥)と鶴岡市藤沢地区の在来種・藤沢カブの自家製浅漬け(写真左奥)と今シーズン初めて頂いた鳴子の米・ゆきむすび。いずれも耳を傾けるべき物語を持っている

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 今から10年ほど前、国道398号線から山中で枝分かれするダート道を抜けて偶然通りかかったのが、初めて訪れた岩入地区でした。黄金色に色つき始めた田んぼが山あいに広がる光景に、標高の高い山中でコメ作りが行われていることに驚きを覚えたことを記憶しています。

 過酷な条件にあっても実を結ぶゆきむすびのように、人の輪を拡げている鳴子の米プロジェクト。農地を保全し、絶ち切られた作り手と食べ手の関係を修復しようという試みの価値は普遍的なもの。互いに支えあって山里でコメ作りを続けてゆく人たちを応援する私の気持ちもまた不変です。

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特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト
事務局:宮城県大崎市鳴子温泉字要害34
Phone:0229-84-7367

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2010/11/28

革フェチまんじゅう

しっとり吸い付くトロトロの食感
 黒砂糖まんじゅう@玉澤総本店

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 杜の菓匠 玉澤総本店の人気商品と言えば「黒砂糖まんじゅう」ですね。1996年(平成8)の発売以来、ジワジワと人気が高まり、新参ながら今では押しも押されぬ仙台銘菓としての地位を確立しています。原料に使用する葛が生みだす照りを放つふっくら・もちもちの皮、シルキーな口どけとすっきりしたほどよい甘さのこし餡の絶妙な組み合わせは、仙台出身の元宝塚トップスターで女優の杜けあきさんやフィギュア女王・荒川静香さんのみならず、辛党・甘党の両派に属する私を含め、多くのリピーターを生んでいます。

【photo】玉澤総本店の「黒砂糖まんじゅう」レギュラーサイズ(写真左)とミニサイズ(写真右)

 黒砂糖まんじゅうは、商品名の由来となった沖縄・波照間島産の黒砂糖を皮に、餡には赤いダイヤこと北海道十勝産小豆を用いたお饅頭です。最高の原料を追い求めた結果、日本の南北の果てまで行き着いたということでしょう。緯度にして18度、直線距離で2,800kmも離れた産地の主原料を使っていることになります。

kurozato_manjyu3.jpg オーソドックスかつシンプルなお饅頭だけに、際立つ素材の良さを活かす匠の技が光ります。店頭に並ぶ商品は、すべて当日朝に作られたものです。最高の状態で味わってもらうため、賞味期限は製造から48時間のみ。

 青葉区上杉にある本店・工場では、販売個数が増える週末や帰省シーズンなどは早朝4:30に、通常は5:00から製造を開始し、店頭の在庫状況を確認しながら、多い日で製造現場は3 回転するそうです。

【photo】玉澤総本店 土屋 富士夫 取締役統括部長
 
 玉澤総本店 取締役統括部長 土屋 富士夫さんの説明によると、和菓子の命とも言うべき餡には、二種類のグラニュー糖を使用しているといいます。企業秘密ゆえ、詳細は控えますが、スッキリした餡の甘さを出すためには、純度が高い氷砂糖が向いているのだそう。その日の天候や季節によって、水分量を調節し、シットリしたもち肌のような食感がぶれないよう細やかな工夫を加えています。

黒砂糖まんじゅう.jpg【photo】黒砂糖の香ばしい皮と、絡みつくようにシルキーなこし餡、もち肌のふっくらとした食感。「もう1個いってみよー」という甘い誘惑から逃れることは難しい

 サンゴ礁からなる土壌で栽培される波照間産のサトウキビは、手刈りが中心。機械刈りでは混入が避けられない土の混入が抑えられます。不純物が少ない波照間島の黒砂糖は、品質の高さで定評があります。

 そうした天然素材を用いるゆえのエピソードとして、常連のお客様から、いつもより塩気が強く感じると指摘を受けたことがあるそうです。別に原料の配合を誤ったわけではなく、原因を調べたところ、その日に使用した黒砂糖の原料となったサトウキビが収穫される直前、強力な台風が沖縄付近を通過していたことが判明します。

 八重山諸島の石垣島から高速艇でおよそ一時間、距離にして南へ56km南下する波照間島は、水平線上に南十字星が輝く周囲15kmにも及ばない比較的平坦な小島です。人が暮らす島としては日本最南端の島全体に広がるサトウキビ畑は海岸線近くまで及ぶため、台風による高波と猛烈な風で海水をかぶったサトウキビの茎が使われたことが分かりました。精製工程を経てもなお、その日の黒砂糖には味に微妙な変化が生じたのです。

kurozato_manjyu04.jpg【photo】表面の照りが食欲をそそる黒砂糖まんじゅう。 妖艶な輝きを放つ写真奥のお饅頭は??

 黒砂糖まんじゅうは、1個からバラ売りするレギュラーサイズ(税込84円)とミニサイズ(6個入り税込300円~)の二種類。お茶受けはもちろん、お遣い物でも喜ばれます。こし餡のシットリ感を心ゆくまで味わいたいならばレギュラーサイズ、皮の吸い付くようなふわふわ感と黒砂糖の風味を楽しみたい方はミニサイズをどうぞ。どちらも後を引く美味しさゆえ、"やめられない、とまらない"となってしまいがち。とはいえ甘さ控えめなので、カロリーなど気にせず、心のおもむくままに頂きましょう。

 仙台銘菓のライジングスター・黒砂糖まんじゅうを詳しく掘り下げるのがセオリーでしょうが、脱線しがちな「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」では大きく話題がそれてゆきます(笑)。名の知られた仙台の和菓子を今回珍しく取り上げた意図と、タイトルが何故に「革フェチまんじゅう」なのか、そのナゾは次回つまびらかになります。

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杜の菓匠 玉澤総本店

住:仙台市青葉区上杉3-9-57
phone:022-223-2804
URL:www.tamazawa.co.jp
営:8:00~19:00(日・祝は~18:00)
◆直営店:JR仙台駅店、ララガーデン長町店、
ティーラウンジを併設する一番町店、エスパル店、クリスロード店の3店では、メニューにはないものの、飲み物とともに黒砂糖まんじゅうを味わえます

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2010/10/31

豊穣なる山の恵み〈後編〉

♪ キノコの山は食べ盛り@青嵐舎

 さまざまにアレンジされたキノコ料理がふんだんに並ぶ青嵐舎の「秋の実りご膳」を初めて頂いたのは、昨年の10月11日(日)。店で売られている物ではなく、女将である篠 育さんの父・工藤 朝男(ともお)さんとご主人の清久さんが山中に分け入って採ってくる山の幸に手を加え、訪れる人に提供するのがポリシーです。植林された二次林ではなく、ほとんどを人の手が加えられていない自然林のもとで育まれる大鳥の天然キノコや原木キノコは、人工的な栽培キノコとの違いは歴然でした。

kudou_mamma.jpg【photo】青嵐舎周辺を散策しながら立ち寄った工藤朝男商店では、お母様の昭子さんが前日ご主人が運びあぐねた30kgの天然マイタケの残りを切り分けていた。貴重なその天然マイタケをお土産にと頂いてしまった。もっけでした~ (^0^ )

 地元で食料品店を営む朝男さんは、今年74歳を迎える現役のマタギです。狩猟を趣味で行うハンターではありません。その違いとは・・・。マタギ文化研究所顧問でもある朝男さんは、「山の恵みはその半分を頂くのがちょうどいい」と、大鳥に移住してきた清久さんに語っていたそうです。自然が本来備えている恢復力を損なわぬよう、節度をもって接しさえすれば、人間は末永くその恩恵に浴することができるという意味です。都会育ちの清久さんにとって、山の掟(おきて)のもとで生きてきた義父は、知恵袋であり、師匠にあたる存在です。

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 各地で相次ぐクマの人里への出没は、彼らの主なエサとなるブナやミズナラの実が猛暑の影響で不作だからだといわれます。人的被害を避けるため、やむなく駆除されるクマは人間のエゴが生んだ異常気象の被害者そのものに映ります。山の全てを知り尽くしたマタギは、日々の糧を与えてくれる大いなる自然に対し、畏敬の念をもって節度ある採取を行う縄文的な狩猟採集文化を受け継ぐ人々です。弥生時代、農耕文化の登場によって忘れ去られたかにみえる狩猟文化は、東北の山村で生き続けてきました。

【photo】勝手知ったる山中でナラの樹にビッシリと生えたキノコを採取する工藤 朝男さん

 育さんが庭の花を摘みに行ったら、数メートル先の茂みにクマがいたとか、店の前の道をクマが歩いていたなどと事もなげに語る工藤 昭子さん。大鳥の人々は野生の領域で暮らすたくましさを備えています。ゆえに大鳥では、クマが出没してもニュースになりません。生態系を破壊し、資源を枯渇に追いやる貪欲な現代文明とは対極にあるその暮らしぶりを知るには、青嵐舎の蔵書にもあった「マタギ 矛盾なき労働と食文化」(田中 康弘著・枻(エイ)出版社刊)が格好の一冊となるでしょう。著者は秋田県阿仁町のマタギ村を16年に渡って通いつめ、豊富な写真と共にマタギの姿を丹念に紹介しています。

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【photo】毎年5月にクマの冥福を祈る熊まつりを執り行う小国町の道の駅「白い国おぐに」では、地元でシシと呼ばれるツキノワグマの熊汁(1杯500円)を味わうことができる

 新潟・村上を経由して大鳥へと向かったその日、飯豊・朝日連峰が連なる山形県西置賜郡小国町にある道の駅「白い国おぐに」で、味噌仕立ての熊汁を昼食に頂いていました。たっぷりのダイコン、ゴボウとともに野生的な歯応えのシシ(クマ)肉が申し訳程度に(笑)入っています。ツキノワグマは、栄養を蓄えた冬から春先が最も脂が乗って肉質が良い時期なので、2年前のGWに頂いた脂が乗ったマタギ汁より淡白な印象なのは致し方ないこと。シシを分け与えてくれた山ノ神に感謝しつつ、野生モードにスイッチして大鳥へと向かったのでした。

 それでは1年ぶりとなる青嵐舎の背後に広がる豊穣なる山の恵みをご紹介しましょう。

《食中酒》
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【photo】 酒器は村上漆器一合徳利。鶴岡・大山の加藤嘉八郎酒造 特別純米「大山」をぬる燗で(左写真) 2本目は羽黒の銘酒・亀の井酒造「くどき上手」純米吟醸を冷やで味わう(右写真)

《前菜》
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【photo】自家製がんもどきと天然マイタケの煮物(左写真) もって菊の酢の物クルミ和え(右写真)

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【photo】 マスタケのバター含め煮 のし梅とサーモン・チーズのミルフィユ仕立て もち米とクルミのアケビ巾着(左写真) 自家製くるみ豆腐(右写真)

《椀物・香物》
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【photo】百合根とズワイガニの葛餡かけ(左写真) 大根の山ブドウ漬け・アオミズの茎と巨大な実・キュウリのおひたし(右写真)

《焼魚・和え物》
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【photo】イワナ塩焼き(左写真) もだし(ナラタケ)の和え物(右写真)

《和え物・洋皿》
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【photo】ブナハリタケの和え物(左写真) ヤナギシメジのデミグラスソース(右写真)

《ご飯・吸い物》
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【photo】むかごご飯(左写真) 原木ナメコ・もだし・ブナハリタケのキノコ汁(右写真)

《果物・デザート》
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【photo】旨さにビックリ、茹でヤマグリ(左写真) ヤマブドウのシャーベット(右写真)

 ご覧の通り、これでもかと山の幸が登場しました。そのいずれもが滋味深く、洗練された味付けがなされていました。山里の豊かさを味わってもらおうと、厨房で奮闘していた育さんが、やがて黒い液体が入った瓶を手に席に加わりました。ご自身が採種された熟する前のクルミを青い外皮のまま半分に割り、アルコール度数96度の世界最強ウオッカとして知られる「Spirytus スピリタス」をベースに、砂糖とスパイスを加えて漬け込んだ自家製酒だといいます。2ヶ月ほど漬け込むうちに真っ黒に変色し、アルコール度数がクルミの水分で幾分和らぐのだそう。

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【photo】今シーズン初めて挑戦したという青グルミ酒。極めて美味ゆえ、その真っ黒な外見にたじろぐなかれ。このファースト・ヴィンテージ・ボトルは、島村 奈津さんがお持ち帰りになった

 じっくりお話しするのは初めての育さんでしたが、興の赴くまま話題は多岐に及びました。聞けば翌週、スローフード山形の世話役である山菜屋《Link to website 》の遠藤 初子さんが、ノンフィクション作家の島村 奈津さんと共に宿泊する予定になっているとか。お二人を存じ上げている私も「ご一緒にどうですか?」と育さん。願ってもないステキなお誘いでしたが、ウイークデーであったため、残念ながら再訪は叶いませんでした。

nocino_malpighi.jpg【photo】モデナで調達した青グルミの酒「Nocino ノチーノ」。ベースとなるアルコール度数が24度のリキュールに未熟な青い Noce ノーチェ(=クルミの伊語)を加える「Nocello ノチェロ」とは違い、ベースが40度から80度の強烈な酒ゆえ、口当たりは良いが、飲みすぎは禁物

 勧められるまま、都合4 種類の自家製リキュールをご馳走になりましたが、私が最も気に入ったのが、青グルミ酒です。甘くほろ苦いコクのあるその味には覚えがありました。イタリアには、消化促進のための Digestivo ディジェスティーヴォ(=食後酒)が数多く存在します。そのひとつが、青グルミを仕込んで造る 「Nocino ノチーノ」。エミリア・ロマーニャ州モデナの伝統製法で造る「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」製造元 Malpighi マルピーギ社をかつて訪れた際、ペロっと試飲して気に入り、50年熟成のバルサミコとともに買い求めたのがノチーノでした。よもや大鳥でイタリアの味と出合うとは、驚き桃の木クルミの木!! 翌週、青嵐舎を初めて訪れた島村さんも、すっかり自家製ノチーノを気に入り、一瓶を持ち帰ったのだといいます。

 育さんとの楽しい語らいは深夜まで続きました。懐が深い山里・大鳥の魅力に触れるなら、ぜひ、青嵐舎お手製の秘蔵酒をお供にされますよう。

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青嵐舎と大鳥の日々を綴る清久さんのブログも要・チェック !
山里便り http://blog.goo.ne.jp/mataginodesi

青嵐舎 (旅館・オーベルジュ(その他) / 鶴岡市その他)
夜総合点★★★★ 4.5

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2010/06/06

孟宗尽くし 〈後篇〉

北限の孟宗筍を食べ尽くす@湯田川温泉

anecha2_2010.5.jpg【photo】鶴岡市羽黒町高寺は赤川対岸の谷定・滝沢・湯田川などの金峰山周辺、新潟県境の鼠ヶ関に隣接する旧温海町早田(わさだ)に次ぐ南庄内における孟宗筍の産地。5月を迎えた同町狩谷野目の産直「あねちゃの店」には、缶詰加工用の孟宗が山と持ち込まれ、一人当たりの年間消費量が日本一といわれる孟宗好きな庄内人の一面がうかがえる

 保存用の缶詰に加工するため持ち込まれる孟宗が店の外にうず高く積まれ、豊富な山菜で溢れかえる店内。全国各地にあまた産直はあれど、山菜シーズンになると山の豊かさを物語るこんな稀有な光景が毎年見られるのは、鶴岡市羽黒町の産直「あねちゃの店」です。そこから素材を調達している「アル・ケッチァーノ」初夏の人気メニュー、月山筍の生ハム巻フリット風に自宅で生ハムを巻いてフェンネルとともにオリーブオイルで揚げて塩で食する月山筍(ネマガリタケ)が出始めていることを確認し、佐藤 典子店長に「明日また来ますね」とお伝えして店を後にしました。

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 すぐ近くの「竹の露酒造場」で仕入れたのは、一升瓶入りのミネラルウオーター「月山深層天然波動水」として昨年商品化された超軟水の仕込み水です。仙台在住ながら月山・鳥海山のおかげで良水に恵まれた庄内の伏流水が飲料水のおよそ8 割を占めるという特異な事情を抱えた我が家。浄水器を設置してもなお、ダムの水では飽き足らないのです。

【photo】食の都・庄内のショールームさながらの「あねちゃの店」。天然キノコが店頭に並ぶ秋と並んで、孟宗ほかさまざまな山菜〈⇒ コチラ をクリックで拡大が揃う 5 月~6 月は、奥深いこの店が一層輝きを増すワンダーランドと化す

 水を確保したうえは、普段使いのパスタメーカー、イタリア・アブルッツォ州の「DE CECCO デ・チェッコ」と並ぶ私の二大カロリー供給元を訪れなくてはなりません。お米を購入するため、4kmほど離れた竹の露酒造場と同じ月山水系の下流域に水田がある「井上農場」に向かいました。寒さのため平年より10日ほど遅れているという田植えの手伝いで、ご主人の井上 馨さんとご長男の貴利さんはご不在でしたが、自宅に伺って二種類の特別栽培米各5 kgを入手、私が庄内系たるゆえんの四方四里はおろか、四方一里で水とコメを調達しました。

soma_takenotsuyu.jpg【photo】一般には流通しない「竹の露ササニシキ純米吟醸」

 田植え作業中にお邪魔した「月山パイロットファーム」の民田ナス特別仕様辛子漬などの入手困難な漬物類は、こちらが購入を申し出た3倍の量が入っており、いつもながら申し訳ないやら有難いやら。作付けする特別栽培米ササニシキの一部を竹の露酒造場に醸造を委託、創業者の相馬 一廣さんが、夜な夜な晩酌用に楽しまれる「竹の露 ササニシキ純米吟醸(非売品)」まで土産にと2本頂いてしまいました。こうして竹尽くしの様相をすでに呈しながら湯田川に到着した時、時刻は17時30分を回っていました。

 あわただしい日常に追い立てられる体を優しく解きほぐしてくれる独特の柔らかな湯ざわりは、入ってよし飲泉してよしの湯田川温泉ならではのものです。7年前、1年間だけの山形在任中に相当数をこなした県下の温泉の中で、最も気に入ったのが、すべての入浴施設が源泉かけ流しという贅沢極まりない湯田川のシルキーなお湯でした。ますや旅館の檜風呂で一息ついた後は、お待ちかね孟宗尽くしの夕食の時間です。

 これまで幾度となく投宿してきたますや旅館ですが、いつも夕食は外で済ませるために、宿の夕食を頂くのは今回が初めてでした。アク抜きの必要がない地物の孟宗をさまざまに調理した旬の献立が所狭しと並ぶ夕餉は、期待に違わぬものでした。
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◆孟宗尽くしの膳 (クリックで拡大画像を表示します)
焼物・・・サクラマス・孟宗焼
刺身・・・・鯛・タコ・さっと湯がいて冷水に浸した孟宗
・あんかけ・・・胡麻豆腐・梅そうめん・百合根
煮物・・・孟宗・鶏もも・一口こんにゃく・サヤインゲンの赤唐辛子入り醤油煮
揚物・・・孟宗・山ウド・だだちゃ豆の唐揚
焼孟宗・・・ホイル包み焼した生孟宗
・おかみ乃おへぎ三品
       孟宗・キュウリ・きくらげの胡麻ドレッシング和え
       孟宗の姫皮・山ウドのカレー風味炒め
      生わらび生姜添え
・香物・・・白菜・キュウリの浅漬
masuya_kappozake.jpg汁物・・・孟宗汁 鍋仕立て
ご飯・・・薄皮入り孟宗ご飯
・デザート・・・メロン・イチゴ

【photo】ますや旅館の「かっぽ酒」。竹の露 純米酒をお銚子代わりの竹の節に開けた穴から中に入れて燗をつける。鹿威し(ししおどし)のように斜めにされた太竹の中で竹の香りがついた燗酒を、竹の枝で作ったお猪口で頂くという孟宗の里ならでは風情ある呑みかた

 デザートを除く12 品中9 品が孟宗料理という、孟宗に始まり孟宗に終わる文字通りの孟宗尽くし。質実剛健の気風が息づく城下町・鶴岡らしい虚飾を排した料理のしつらえといい、湯田川ならではのお膳にふさわしいとお願いしたのが、「竹の露 純米酒」のかっぽ酒でした。かっぽ酒は切り出した青竹の節に一カ所穴を開けて、中に酒を入れて直火で燗をつける湯田川らしい飲み方。自前の竹林を所有するますや旅館では、青竹の香りが溶け出した燗酒を竹のお猪口で頂くという風流な演出で美酒を楽しめます。注文を受けてから若女将のご主人である齋藤 良徳 専務が竹林へと向かい、剣豪・宮本武蔵も顔負けの見事な切り口を金ノコで仕上げた孟宗竹のかっぽ酒をご用意いただきました。

 翌朝 5 時30分、山でひと仕事終えてきたという齋藤専務とともに竹林へと向かいました。目的はもちろん朝採りの新鮮な孟宗。実は20日ほど前に右足首のじん帯損傷(部分断裂)という結構な重傷を負っていたため、筍掘りを断念しようかとも思ったのですが、絶好の筍掘り日和に恵まれたため、テーピングで固めた足で竹林へと向かいました。食への探究心はいかなる痛みにも勝るのです。温泉街の南端にある山の北東斜面がますや旅館の広大な竹林です。前日の夕方のうちに、めぼしいに場所に立てておくという目印が斜面のあちらこちらに立っています。筍掘り専用の小型の鍬を手に、朝露に濡れた粘土質の滑りやすい斜面を不自由な足で登り始めました。

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【photo】4時30分から収穫を始めたというますや旅館の齋藤良徳専務は次々と孟宗(中写真)を掘り出す(右写真)ウチの娘も孟宗掘りに挑戦(左写真)

 地元鶴岡から訪れる日帰りの食事客が多い日曜日のため、4時30分に一足早く山に入ったという齋藤専務は、すでに60キロあまりの孟宗を一時間弱で収穫していました。私は右足の踏ん張りが全く利かないため、地下茎から生えている孟宗の根を掘り出すために、おのずと上半身のみの力に頼ることになります。粘土質で滑りやすい斜面の移動も思うようにはいきません。いやはや、これは腰にこたえました。もたつく私をよそに齋藤名人は次々と孟宗を掘り出し、あっという間に肩に掛けたケースが一杯になってゆくのでした。

saitou_senmu2.jpg 【photo】足元がおぼつかない私がやっとの思いで1本掘り出す間に、少なくとも5本は収穫する齋藤名人。あれよあれよという間に肩にかかるケースは孟宗で埋め尽くされていった

 それでも家族3人で1人では両手に持ちきれないほどの収穫を得て宿に戻ったのが 6 時30分すぎ。宿と隣り合わせの船見商店とその先のJA鶴岡湯田川出張所の前には人だかりができていました。ちょうど朝掘りの孟宗が持ち込まれ、宿泊客らがそれを買い求めようと集まって来ていたのです。朝7時前だというのに、整理券を配って入場制限をしているJA鶴岡の中はさながらバーゲン会場のような熱気が渦巻いていました。

 朝風呂で汗を流した後、朝食に出た汁物は昨夜の孟宗汁とは違って、厚揚げと生椎茸が入らないザク切りの孟宗だけが具として入った孟宗汁。エグミの無い湯田川孟宗の美点を味わうにはピッタリでした。masuya_asajiru.jpg金峰山を挟んで湯田川の北東側には滝沢・谷定といういずれ劣らぬ孟宗の産地があります。ここでは個人的な好みは申しませんが、庄内の孟宗と出合って7年目の経験から、産地ごと微妙な差異があるように感じます。

【photo】ひと仕事終えて戻ったますや旅館の朝食に用意される孟宗汁には、定番の厚揚げと干しシイタケが入らずに、これでもかと言わんばかりにざく切りの孟宗が。旬の産地ならではの贅沢な一杯

 まだ雪が残るうちにチッソ系肥料を散布する手入れが行き届いたますや旅館の竹林。収穫後は翌年の収穫を左右する地下茎の手入れのため、三大栄養素の補給を心掛けるのだといいます。収穫が少なかった昨年と比べ、今年は冬場の大雪で根元から竹が折れる被害が出たり、寒さが響いて孟宗の出が遅かったものの、涼しさが幸いして6月に入っても一日100キロ以上の収穫があるそうです。間もなく今年の孟宗シーズンも終わりを告げるでしょうが、年間を通してきめ細かく竹林の世話をしなければ、美味しい孟宗は採れないと齋藤さんは言葉に力を込めるのでした。

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ますや旅館
 鶴岡市湯田川乙63
 phone:0235-35-3211
 URL: http://www.yu-masuya.com/

◆ 宿泊者限定「孟宗掘り体験」 / 「おかみ乃おへぎ」については
湯田川温泉観光協会
 Phone:0235-35-4111
 URL:http://www.yutagawaonsen.com/
  1:湯田川温泉 孟宗掘り体験
  2:おかみ乃おへぎ
    でご確認を

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2010/06/05

孟宗尽くし 〈前篇〉

北限の孟宗筍@湯田川温泉

fujisawa_primavera.jpg 筍(タケノコ)という字は「竹」の「旬」と書きます。地ものの筍は、せいぜい一カ月ほどの間にだけ食することができるまさに旬の味。名産地といわれる鹿児島・福岡・京都・静岡など、その優劣はさておき、採れたての新鮮さが味の決め手となる極めつけが筍です。掘りたてを生のまま薄切りにして砂糖醤油にさっと浸して口に含むと、リンゴのように爽やかな香りが鼻腔をくすぐります。これは、はるばる産地から陸送された挙句に鮮度が落ち、外皮が黒ずんでえぐみが出た筍では到底味わえない産地ならではの醍醐味と言えるでしょう。

【photo】5月中旬に訪れた鶴岡市湯田川に隣接する藤沢地区の孟宗竹林。タケノコがニョキニョキ頭を出した竹林の先に広がっていたのは・・・(下写真へ)

fujisawa_primavera2.jpg【photo】昨年10月末に実施した「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」【Link to back number】で畑を訪れた藤沢カブが、今年も種を付けるべく花を咲かせていた。ツアーにご参加頂いた方は、拡大画像が開くコチラをクリック プリーズ。ニホンミツバチが蜜を吸おうとしきりに飛び交う黄色く染まった山中の畑へワープできます

 京都出身の芸術家・料理家であった北大路魯山人(1883-1959)は、著書「魯山人味道」(中公文庫)で「関東のそれは場違い」と切り捨て、「洛西の樫原が古来第一」と述べています。日本画家・東山魁夷(1908-1999)が描いた「夏に入る」(1968 市川市東山魁夷記念館所蔵)を転写したかのような美しい竹林が残る京都府西京区樫原や塚原では、地表から頭を出す前の柔らかな「白子」と呼ばれる孟宗筍を一級品として扱います。現在の京都府西京区一帯は、都市化が進んで魯山人の時代とはすっかり趣を異にしていますが、郊外の里山に残る竹林を大切に守る人々の心は、今も脈々と受け継がれています。

 いささか贔屓目のきらいがある魯山人の意見には、世に言う京都人としての顔が見え隠れします。この考えを「短見」であると真っ向から異を唱えているのが伊藤 珍太郎(1904-1985)です。酒田市の名家に生まれ、上智大卒業後に講談社編集局勤務を経て満州に渡り、シベリア抑留ののちに昭和34年から酒田市の助役を12年務めた人物です。郷土史家・随筆家としての顔を持つ生粋の庄内人は、名著「庄内の味」(庄内の味刊行会 1974年 / 改訂版 本の会 1981年)で、孟宗筍についてこう触れています。

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 孟宗は、特に味の真価をその鮮度に託しているものだから、掘りたての「地もの」の土の乾かぬうちに料理したものを味わってこそ、互いにその真価ははかられる。はるばる輸送のはてに八百屋の店先などに並べられたのでは、もはや産地はどこぞと問う要もない。 とどのつまり掘りたての味を知らずして、軽々に産地の優劣など語るなかれということです。その上で比較の味ではなく絶対の味においてこれ以上はそう望めない一流のものと断言するのが、産地としては北限にあたる南庄内の孟宗です。タケノコといえば庄内では孟宗筍を指し、単に孟宗と呼び習わします。

JAyutagawa2_10.5.jpg 【photo】故郷・鶴岡を離れ、東京で30年を過ごした藤沢周平が、食べ物の旨い土地から、さほど旨くない土地に来たことをようやく気付かせてくれたという序文を寄せた改訂版・庄内の味(上写真)
 JA 鶴岡湯田川出張所には、湯田川と藤沢・黄金・大泉といった近隣の生産農家80軒ほどが早朝に収穫した新鮮極まりない孟宗を持ち込む(下写真)

 山形大学農学部に本部を置く「山形在来作物研究会」会長の江頭 宏昌准教授は、同会が3年前に出版した「どこかの畑の片すみで」の中で、JA 鶴岡湯田川出張所に持ち込まれる朝掘り孟宗を買い求めるため、2005年5月5日朝6時15分、整理券をもらって2本の湯田川産孟宗を何とか入手、ご自宅で孟宗を使った代表的な庄内の郷土料理である孟宗汁に舌鼓を打った経験を書いておいでです。食べることが大好きと語る江頭准教授は、同書の中で庄内の孟宗は修験者が北前船で京都より持ち込んだという地元の言い伝えを紹介しています。

JAyutagawa_10.5.jpg【photo】まだ早朝7 時前だというのに、朝堀り孟宗を求めて人だかりができるJA 鶴岡湯田川出張所。温泉地で人の出入りが多い湯田川の孟宗は、知名度において抜きん出ている。日によって異なる入荷量によっては売り切れることもあるため、入場制限される販売所の前で整理券を手に待つ人たちは気が気でない面持ちで中の様子を覗き込む

 口で溶けてしまうほど繊維がキメ細かく、甘味とすこぶる高い香気があると魯山人が書いている孟宗筍。冷涼な北東北では、マダケやハチクが主流で孟宗の竹林を見ることがありませんが、宮城県でも温暖な県南の丸森で孟宗筍の狩りをした顛末をタケノコ取物語【Link to back number】としてレポしたのが一昨年。直射日光に長時間さらされずに表土が湿った粘土質、理想を言えば西日と強風の当らぬ赤土が適した孟宗筍ゆえ、生育環境の違いがもたらす味の差異を認識したのでありました。

 孟宗の産地・洛西にほど近い金閣寺を題材にした三島由紀夫の名作になぞらえれば、その時の心境とはこうでしょう。 それまでついぞ思いもしなかった想念は、生まれると同時に、破竹の勢いで力を増し、孟宗の如く大きさを増した。想念は妄想と化し竹皮に包まれた。その妄想とは、こうであった。『庄内の孟宗を喰わねばならぬ』

bosco_masuya.jpg【photo】手入れが行き届いた湯田川ますや旅館が所有する竹林

 しかしながら、昨年は旬の訪れが遅く、あっという間にそれが終わってしまった庄内。そのため孟宗の時期に訪れることが出来ずにいた5月中旬のこと。知人に宿の手配を頼まれ、湯田川温泉で定宿としている「ますや旅館」に電話をした折、今年は旬の孟宗を食べられそうもないとボヤいてしまいました。すると間もなく若女将の齋藤 生(いく)さんから山のように孟宗が届いたではありませんか。御礼の電話を差し上げる間もなく下茹でをした晩、料理上手な大女将の忠鉢 泰子さん直伝の製法で孟宗汁にして、思いもかけず旬の味を頂くことができました。
 
 孟宗の里として知られる湯田川温泉は、例年5月を迎えると孟宗尽くしの料理が並び、達人の指導のもとで孟宗掘り体験ができる「孟宗まつり」が開催されます。真冬の「寒鱈まつり」と並んで庄内系の血が騒ぐ季節の到来です。北島三郎の「♪ 祭りだ、祭りだ...(⇒ 余談だが、動画の冒頭で火花が吹き出す筒が孟宗竹に見える。これぞ孟宗まつり!?という威勢の良い歌声とともに頭の中は酒粕が効いた濃厚な孟宗汁のことで一杯。じんわり滲むヨダレに、これぞまさに妄想汁! などと、あらぬギャグも浮かんできます。行くことができなかった昨年の分まで、今年は庄内の孟宗を満喫するぞっ!! と意気込んで湯田川に向かったのが、盛りを迎える頃と事前に確認していた5月15日(土)でした。

2010.5omusubi_chikeiken.jpg【photo】鶴岡市西荒屋にある農家レストラン「知憩軒」のおむすびランチ(小鉢・コーヒー付 650円)は、前日昼までの予約なしでもOK。この日は自家栽培米コシヒカリをふんわりと握り、向かうところ敵なしの定番おむすびのほか、タケノコご飯、酒粕を使わずにあっさりと仕上げた孟宗汁、こごみ・コシアブラと和えた孟宗筍の小皿が付き、孟宗シーズン到来を感じさせてくれた

 孟宗汁を一杯100円で提供する「孟宗・山菜まつり」を開催中の「産直あぐり」をスルーして向かった先は、お馴染み鶴岡市西荒屋の農家レストラン「知憩軒」。予約無しでも頂ける「おむすびランチ」が目当てです。この日は藤沢カブの生産者、後藤勝利さんが前日ご自身の山から採って持ってきたという孟宗を調理した孟宗汁と筍ご飯が付いていました。いつに変わらぬ特別栽培米コシヒカリのおむすびの美味しさは無論のこと、昆布ダシで味付けした筍ご飯と白味噌で薄味に仕上げた孟宗汁で、孟宗に始まり孟宗に終わった庄内での二日間が幕を開けたのです。

 こうしていや応なしに夕食への期待は高まり、孟宗尽くしの妄想ばかりが雨後の筍のように次から次へと頭をもたげてくるのでした。

孟宗尽くし 〈後篇〉
北限の孟宗筍を食べ尽くす@湯田川温泉」に続く


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2010/05/09

(みやび)に香る「いぶりがっこ」

薪の香は 移りにけりな だいこんに...
    これぞ秋田が生んだ珠玉の発酵食品

iburigakko_barolo.jpg【photo】協働学舎のカマンベール「笹ゆき」と絶妙の組み合わせとなるいぶりがっこ。イタリアワインの王Baroloバローロ屈指の名醸「E・Pira e Figli エンリコ・ピラー・エ・フィリ」きっての高貴な単一畑Cannubi カンヌビ'96 と十分に渡りあう。収穫後14年を経てやっと飲み頃の入口に差し掛かった著名な女性醸造家キアラ・ボスキスが手掛ける素晴らしい一本と掛け算の好相性を発揮。Buonissimo!

 まずは前々回「桜と名残り雪」でご紹介した共働学舎新得農場の世界が認めるカマンベールとベストマッチなワインの良き伴侶のタネ明かしから。チラ見せした写真でお察しの通り、それは秋田県南部で愛されてきた漬物「いぶりがっこ」です。

iburigakko_image.jpg【photo】雪国・秋田の風土が生んだ保存食いぶりがっこは漬け込む前工程として燻煙処理を施す。香ばしい広葉樹の香りが深い味わいを生む(右写真)

 大根を糠漬けする一般的な沢庵漬けのようにまず寒風のもとで日干しされるのではなく、収穫後に水洗いした秋大根を囲炉裏の上に吊り下げて燻醸・乾燥させてから糠漬けするのが伝統的な製法です。これは晩秋から冬場は雪模様が続き、冬の日照時間が全都道府県の中で最も少なく、北西の季節風が山々によって遮られる秋田内陸地方特有の気象条件ゆえのこと。小正月に横手で行われる行事「かまくら」をみても判るとおり、そこは我が国屈指の豪雪地帯なのです。ゆえにいぶりがっこは雪国で暮らす人の知恵が生んだ産物といえます。

sannai_PA.JPG【photo】横手市山内筏地区にある秋田自動車道山内PA‎より大日向山(写真左手奥)方向を望む。いぶりがっこはこの山里の風土から生まれた(上写真) 無添加・無着色の手作業で作られる秋田県湯沢市 伊藤漬物本舗のいぶりがっこ。決して見栄えは良くないが・・・(下写真)

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 黒ずんでしなびたその外観は、お世辞にも食欲をそそるものではありません。それでもひとたびスライスしたそれを口に含めば、パリっとした歯ごたえと、燻煙する薪に使われるナラやサクラ・リンゴといった広葉樹の心地よい香りが後を引きます。「がっこ」は秋田の方言で漬物のこと。一風変わった名前は「(みやび)るもの」が語源といわれるのも合点がゆきます。スモーキーな香りと入り混じるのは、米糠に含まれる微生物の働きによって醸成される深い旨味。そのまま頂いても充分に美味しいのですが、熟成が進んだカマンベールとミディアム~フルボディで味の構成要素が複雑な赤ワインとの饗宴はまた格別。・・・こりゃ、たまらんわ。

 いぶりがっこ作りが盛んな秋田県南、奥羽山脈沿いの仙北・平鹿・雄勝地域にあって、とりわけ多くの農家が自家製いぶりがっこを作っているのが、横手市街から南西方向に直線距離で15kmほど離れた山内(さんない)地区です。秋田自動車道横手ICから山あいに入り込み、優に30分を要するそこは、隣接する東成瀬村にほど近い山里。自家消費する分だけを作る例を含めて100軒以上の農家がいぶりがっこ作りを行う地区の腕自慢が持ち寄るがっこの味・色・香り・歯ざわりなどのiburinpic_2010.jpg出来栄えを競う「いぶりんピック」が2007年(平成19)から横手市と山内いぶりがっこ生産者の会により行われています。その狙いは農家の高齢化により減り続けている伝統技術の伝承・保護と、メディアを通した知名度の向上にあります。

【photo】「さて今年の出来栄えは?」 真剣な表情で味・色合い・歯応えなどをチェックする五十嵐 忠悦横手市長ら8人の審査員。今年1月に開催された第4回いぶりんピックのクラシカル部門には「山内いぶりがっこ生産者の会」会員農家から27人が丹精込めた自家製いぶりがっこを出品した 〈写真提供:横手市産業経済部〉

 化学調味料など一切の人工的な添加物を用いない本来の味を追求する「自家製法部門」、市販の調味料を使用した「漬物の素部門」、特に規定を設けない「フリースタイル部門」という3カテゴリーが設けられ、27名の生産者が43点を出品して完成度を競ったのが初年度。3回目の昨年からは、それまでの自家製法部門にあたる横手市民を対象とする「いぶりがっこクラシカルスタイル部門」と、県外からも参加可能で大根以外の食品でエントリーする「いぶりフリースタイル部門」の2ジャンルとなりました。

medalist_iburinpic.jpg【photo】いぶりがっこの象形文字が秀逸な横断幕が掲げられた審査会場に勢揃いした第4回いぶりんピックのメダリストたち。クラシカル部門で金、フリー部門で銀のダブル受賞を果たし、金樽を手にする高橋トシさん(写真中央)。フリー部門で金賞に輝いた宮城県名取市在住の鈴木敬一さん(右から2番目)〈写真提供:横手市産業経済部〉

 クラシカルスタイル部門でいぶりがっこ本来の味を競う山内地区の方たちは、初代自家製法部門優勝者のレシピを基にした統一ブランド「金樽」(1本700円・約400g)を数量限定で一昨年より販売しています。いぶりんピック優勝者には、伝統的ないぶりがっこ作りに欠かせない秋田杉を用いた樽にちなんで金メダルならぬ「金樽」が贈られます。コンテスト優勝者のレシピを再現した最強のいぶりがっことも呼ぶべき金樽ブランドで全国におらが郷土食の素晴らしさを発信をしようという試みです。

iburi_gakkou.jpg 【photo】生産農家による大根の栽培から実際の漬け込みまでの実技指導と講習などが行われる「山内いぶり学校」。6 回のカリキュラムを終え、2009年3月に実施された卒業試験を無事クリア、卒業式後に晴れがましい表情を見せる20名の第一期生〈写真提供:横手市産業経済部〉

 山内地区の農家が廃校となった地元の小学校で横手市民を対象にいぶりがっこ作りを伝授する「山内いぶり学校」が2008年(平成20)から開設されています。同年11月に行われた開校式の模様は、第一期生となった横手市在住のフードコーディネーター、「オフィスNORIMAKI」代表のたなかのりこさんが、食WEB研究所「ご当地グルメ発見伝」にレポを投稿されています。ともすると埋もれがちな地域資産を掘り起こし、そこに広がりと持続性を求めるには、まずは足元から。これは鉄則ですね。

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 小泉 武夫 東京農大名誉教授は、今年1月の第59回河北文化賞贈呈式で記念講演を行いました。「発酵王国・東北の食文化」と題する講演の中で、肉・魚・チーズなどを燻製にしたスモーキーな味を一般に好む欧米人に、いぶりがっこは充分通用しうる世界に誇るべき発酵食品であると発酵学の権威は太鼓判を押しました。金樽ブランドのいぶりがっこはアジア諸国へも輸出するそうです。寿司・天ぷらに続いて五大陸に雄飛せよ! われらが世界ブランド iburigakko!!

【photo】横手市中心部から奥羽山脈の懐深くに分け入る山内三又地区。山里の風土が生んだいぶりがっこを作り続けて40年以上という高橋麗子さん

 名人の呼び声が高い山内三又(みつまた)地区の高橋 麗子さん(76歳)は、ご子息の登さん(60歳)の奥様で第1回いぶりんピックで最優秀となる自家製法部門金賞の栄誉に輝いた篤子さん(58歳)とともに、栽培する1万2千本から3千本の青首大根と近年復活を遂げた在来種の「山内ニンジン」(⇒詳しくはコチラを毎年漬け込んでいます。

 囲炉裏のある家庭が少なくなった現在では、燻煙専用の「いぶり小屋」で大根を燻醸するようになりました。いぶり小屋には煙が上から抜けやすい茅葺屋根が適しています。火を扱う作業であることに加え、煙を絶やしてはいけないため、昼夜を問わず細心の注意が求められます。加えて煙が均等に回るよう、吊り下げた大根の吊り下げる場所を定期的に移動しなくてはなりません。青首大根は組成の90%以上が水分のために重く、縄1本につき12本前後の大根が下がる重さは10kg以上。数多くのカバーが生まれたプラターズの名曲 Smoke gets in your eyes ではありませんが、煙が目にしみるいぶり小屋での作業は生易しいものではありません。

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 【photo】収穫した大根の葉を落とし、水洗いしてから燻煙するのがいぶりがっこ作りの手順。高橋麗子さんは熟練の手さばきで次々と大根を結えてゆく(左写真) いぶり小屋で作業にあたる高橋 登さん・篤子さんご夫妻。火加減には細心の注意が必要(右写真)

 例年11月上旬から12月中旬にかけて漬け込み作業を行う高橋さん宅では、燻醸にはナラとサクラの薪を使い、地元の方たちの言い回しで"4泊5日"をかけています。日って昼夜を問わない作業を表す面白い表現ですよね。家ごとの味があるいぶりがっこだけに、家庭によって薪の種類や燻す長さは丸4日から6日と幅があり、漬け込みに使用する味付けの材料もまたさまざま。高橋家では、11月上旬から12月中旬にかけて行う漬け込みには、糠のほかに玄米・ざらめ砂糖・海塩・麹などの自然素材だけを使います。

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【photo】4泊5日の燻煙工程を終えた大根を紐からはずす高橋麗子さん。煤(すす)を洗い流してから、樽で漬け込まれる(左写真)。  がっこの漬かり具合をみる初代いぶりんピック金賞の栄誉に輝いた嫁の篤子さん(右写真)

 半世紀近くいぶりがっこを作り続けてきた麗子さん直伝の製法を受け継ぐ篤子さんは、仕上がりの発色を良くするためにウコンや紅花を用いるなど、ちょっとした工夫を加えています。細身のニンジンは仕上がりが早いものの、大根は秋田杉の樽でおよそ50日間漬け込みます。寒さが厳しく仕上がりが幾分遅れたという今年は、3月24日に最後の作業を終えたそうです。とりわけ雪が多い地域ゆえ、仕上がったいぶりがっこは雪室で保存します。近頃は体調が優れずに伏せる日が多くなったという麗子さんですが、またお元気になって伝統の味を末永く伝えてほしいものです。

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 残念なことに一般に流通するいぶりがっこの中には、市販される多くの漬物がそうであるようにソルビン酸K(保存料)、サッカリン(甘味料)、タートラジン(一般に黄色4号と呼ばれる着色料)といった人工的な添加物や「アミノ酸等」と表記されるうま味調味料(=化学調味料)を用いた製品が見受けられます。 秋田県内に店を構える大手スーパーや道の駅などで扱ういぶりがっこにしても大方はそう。(シーズンには30軒ほどの農家の手作り品がズラリと並ぶR107沿いにある「道の駅さんない・ウッディらんど」の売店はこの限りにあらず)

【photo】伊藤漬物本舗のいぶりがっこは、合成着色料・保存料・人工甘味料などの添加物を使用しないため、いぶりがっこ本来の味を知りたい方にお勧めしたい逸品だ

 特に味覚の形成途中にある子どもにはホンモノの味を覚えてほしいと思う者のひとりゆえ、繊細な味覚をもつ日本人が大切にしてきた自然な旨味を活かした伝統食が、こうした状況に陥っている事実は全くもって残念なことです。ともすると見栄えを重視しがちな消費者心理も問題ですが、どちらにせよ無添加の漬物を届けてくれる良心的な生産者の存在は有難いもの。

iburigakko_ito2.jpg 【photo】これが自然ないぶりがっこの色。しみじみと味わいたい

 平安前期の女流歌人で、秋田美人の元祖ともいうべき小野小町の出生地とされるのが秋田県湯沢市です。小町の故郷で1965年(昭和40)に創業した伊藤漬物本舗は、そんな品質にこだわったいぶりがっこを届けてくれる生産者です。同社では、年産約2万本のいぶりがっこや秋田県南特産の「ナスの花ずし」などの製品を13年前から無添加に切り替えています。仙台市青葉区サンモール一番町で先月開催された物産市マルシェ・ジャポン【注】会場に、同社の伊藤 明美 代表の姿がありました。

 素材の味を活かすよう低塩化したという同社のいぶりがっこは、けれんみの無いしみじみとした味が魅力です。燻煙材に使用する薪はサクラとナラが8対2の割合。akemi_ito.jpgナラ材よりもスモーキーな香りがしっかりと付くサクラをメインに、4泊5日で燻煙をかけた後、全て手作業で漬け込みを行います。「正直な漬物」をモットーに作る伝統を重んじたいぶりがっこを気軽に楽しんで欲しいと考えた伊藤さんは、食べやすいように小分けにした真空パックのワンコイン製品や、スルメと昆布の旨味を効かせたいぶりがっこの松前漬、素材を燻すという秋田の食文化に着想を得たこの春発表の自信作「燻り塩」と「燻り醤油」などの新商品開発にも意欲的に取り組んでいます。基礎調味料を燻すことによって料理の味の幅が広がるので、ぜひ組み合わせの妙を楽しんで欲しいとのこと。

 【photo】いぶりがっこを筆頭に食品を燻す秋田の食文化の啓蒙に意欲的な伊藤明美社長。年間100日は全国の物産展などに出向いて直接消費者と接するという二代目は「仙台でも声をかけてくれるお馴染みさんが増えました」と笑顔で語る

 古今和歌集に収められた「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」は、晩年の小野小町が詠んだものとされます。自分が無為に時を過ごしている間に、桜の色もいつしか移り変わってすっかり色あせてしまった、という意味。絶世の美貌を称えられた小町も寄る年波には勝てず、見頃をとうに過ぎ、散りゆく桜に自身を重ね合わせて儚(はかな)さを憂いています。黒ずんで皺だらけのいぶりがっこは、年老いた卒塔婆小町の肌を連想させなくもありませんね。いぶりがっこの里で生まれた六歌仙への返歌で今回は締めくくるとしましょう。

 薪の香は 移りなけりな だいこんに 雅香ひと口 噛み締めし間に
   ・・・オソマツ ( ̄ー ̄;)

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伊藤漬物本舗
秋田県湯沢市角間字白山下26
phone:0183-73-7716
F a x :0183-72-6823
URL: http://www.aiakita.jp/itou.html
E-mail :info@ito-tsukemono.co.jp

※仙台では藤崎、ザ・モール仙台長町、SELVAなどに出店している漬物専門店「丸越」で伊藤漬物本舗のいぶりがっこを扱う

【注】 生産者と消費者を結び、食料自給率向上・地産地消を推進するといいながら、産地を想起するにはおよそミスマッチな仏語のネーミングと、短絡的な仏国=アコーディオンという前世イタリア人が鼻白む(笑)BGMが流れる会場。高齢化が進む生産現場の実態と地域性を無視した画一的な霞ヶ関の発想が破綻を来たした証に、仙台では回を追うごとに出店者が著しく減少している。火を見るよりも明らかな予想通りの展開だが、事業仕分けで廃止が決まり、今や「マルシェ・ドボン」と呼びたいこの事業に6億円もの多額の税金が投入された事実を鑑みると思いは複雑。う~む...

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2010/04/18

桜と名残り雪

北海道発「共働学舎」のチーズは
 春まだ浅い北国の香り

 ◆ はじめに m(_ _)m ◆
 ブログ開設以来最長となる2カ月近くに及ぶブランクを空けてしまいました。相変わらずネタはいろいろとあるのですが、なかなか更新出来ずにおりました。ご愛読者の皆さまゴメンナサイ。
 さて、年度が切り替わったところで心機一転、新たなスタートです!

sakura_2010.4.17.jpg【photo】ようやく咲き揃った桜と時ならぬ雪の競演が見られた4月17日朝の仙台。一面の銀世界と化した仙台市青葉区の錦町公園にて

 4月13日、仙台管区気象台がソメイヨシノの開花を宣言したものの、このところの寒さでいまひとつお花見気分が盛り上がらない今年。まだ冷たい風を切って自転車で駆ける私は、まだ冬物の服をクリーニングに出せずにいます。皆さんがお住まいの地域ではいかがでしょう?

 それにしても17日の雪には驚きましたね。関東では観測史上最も遅い41年前の積雪記録に並び、仙台では桜の開花宣言後の積雪としては30年ぶりとのことで、ほころび始めた花たちも時ならぬ春の雪に凍えていました。

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【photo】ここ数日来の寒波に加え、突如見舞った春の雪に耐えて咲く桜。4月17日朝8時30分すぎ仙台市青葉区錦町公園にて

こんな春と冬の入れ替わりが激しい今の季節にぴったりなのが、仙台市青葉区のフロマージュリー&カフェ「オー・ボン・フェルマン」で取り扱う「共働学舎新得農場」のオリジナルチーズ「笹ゆき」。そして「さくら」です。オーナーの足立 武彦さんがセレクトした世界各国のチーズのほか、デイリーユースに適した手頃な価格帯のワイン、パンや輸入食品類も置いています。輸入チーズだけでなく、国産で扱う生産者は信州松本の「清水牧場チーズ工房」と北海道の「共働学舎」のものがメイン。

 1974年(昭和49)、身心にハンディを持つゆえに競争原理が支配する現代社会で弱い立場に置かれる人たちの自活のために設立された共働学舎。設立から35年を経た現在では、信州2カ所、北海道3カ所の生産拠点と東京東久留米に加工所があります。そこでは合計150名の人々がひとつ屋根のもとで寝食をともにしながら勤労生活を送っています。かといって修道士のように外界と隔絶された小さなコミュニティではなく、地域社会との繋がりを維持しつつ生産活動を行っています。

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【photo】熟成が進んだ共働学舎新得農場産のカマンベールタイプのナチュラルチーズ「笹ゆき」(左写真)。雪を頂く熊笹が描かれたパッケージと同じ光景が4月17日の仙台でも見られた(右写真)。仙台市青葉区北山にて

 1978年(昭和53)、十勝平野の最北端にある北海道上川郡新得町(しんとくちょう)に共働学舎で4番目の牧場に5人の同志とともに入植したのが宮嶋 望氏。学舎の創設者、宮嶋 真一郎氏のご長男です。ヒツジやブタ、ニワトリと共に現在飼育する牛は搾乳用の主力となるブラウンスイス種とホルスタインが計50頭。牧場が広がる一帯にある新得山は通称「牛乳山」と呼ばれるほど酪農が盛んな地域ですが、そこはそばの生産量が日本一の町でもあります。

sasayuki.jpg 【photo】ビタミン、鉄分、ミネラル成分などの栄養成分を含む熊笹の粉末を熟成の過程で使用する「笹ゆき」

 共働学舎が掲げる理念は、"世界でひとつだけの花"である個々人の多様性を認め、健康といのちを大切にすること。互いに支えあうことで初めて実現できる新たな人間性溢れる社会の実現を目指すことにあります。その理念の実践のために、そこに集う人々は幅広い領域についての知識や技術が求められる農業を生業(なりわい)とするなかで、自らの役割を見出し、内面に抱えるそれぞれの問題を乗り越えてゆくのだといいます。

sakura-01.jpg 【photo】海外で多くの受賞歴をもつ「さくら」は、共働学舎のチーズ作りが世界レベルにあることを物語る。桜の季節だけの限定品

 農場の生産手法にも共働学舎の理想は見て取れます。野菜は完全無農薬・無化学肥料で自家生産され、草食動物の家畜には生理的に矛盾のない飼料のみを与えます。

 共働学舎新得農場では、牛糞を完熟堆肥にして自家生産する飼料用トウモロコシ、デントコーンやカボチャなども冬場の主食である干草を補完する飼料として与えますが、気候の良い季節の主食は牧草地で牛たちが思い思いについばむ青草。自分達で建てた木造の牛舎には仕切りがなく、繋がれることなくストレスフリーで清潔な環境のもとで飼育される牛たちから搾乳される牛乳は、搾りたての状態に加圧ストレスを与えないよう高低差をつけた移送路で隣接する加工場へと運ばれ、さまざまな乳製品に生まれ変わります。

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【photo】共働学舎新得農場のチーズ加工場の地下は人工的な温度・湿度の管理が不要で、ナチュラルチーズの熟成に最適な環境が保たれている〈左写真〉 およそ3カ月間、静かに熟成の時を待つラクレットは、1998年(平成10)「第1回オールジャパン・ナチュラルチーズコンテスト』で最優秀賞を受賞。さらに世界20カ国から2,300品以上が出品して今年3月にアメリカ・ウィスコンシン州で開催された「ワールドチャンピオンチーズコンテスト」では、これまで国産チーズにとっては難関とされてきたSmear Ripened Semi-soft Cheeses(セミハード部門)カテゴリーで第2位の栄誉に浴した〈右写真〉

 自家生産した安全で新鮮な原料を用いて、確かな製造技術と厳格な衛生管理のもとで生産される共働学舎新得農場のチーズは、農場が軌道に乗り始めた1984年(昭和59)から生産を始めました。

 フレッシュなクリームタイプから、出来うる限りフランスの伝統製法に近づけた「ラクレット」、「プレジール」、「カマンベール」、そしてアイヌの言葉で農場の地名をさす「シントコ」、風が集まる場所という意味の「レラ・ヘ・ミンタル」などのハードタイプまで、チーズのタイプは多種多様。熟成庫は加工場の地下に設けられ、人工的な空調管理を必要としない自然石で覆われた空間になっています。

sakura_con_LUDI.jpg 【photo】共働学舎新得農場の「さくら」(写真皿の下)と同じ、ほのかな桜の香りで意外な組み合わせの妙が楽しめる相方(写真皿の上)のタネ明かしは次回。(ヒント:写真をとくとご覧あれ。チーズと同じ発酵食品です)

 遊び心のあるこの組み合わせをリッチに演出するのは、中部イタリア・アドリア海側が原産とされるモンテプルチアーノ種にボルドー品種のカベルネ・ソーヴィニョンとメルロをブレンドしたユニークなセパージュで、ラテン語で〝PLAY〟を意味するヴィーノ「LUDI ルディ'03」。最初は500本だけを半ば冗談で造ったところ好評を博し、プレステージワインの仲間入りをしたという逸話が残る。作り手はマルケ州のトップ生産者との呼び声が高い「Velenosi Ercole ヴェレノージ・エルコレ

 イタリアのフレッシュチーズの代名詞「モッツアレラ」やひょうたん型の「カチョカバロ」は、2003年(平成15)から技術提携している中川郡幕別町の「新田牧場」に併設されるチーズ工房「NEEDS」に生産を移管しています。気温や天候によって出来具合が左右され、いずれも機械化による大量生産がきくものではないため、オー・ボン・フェルマンには週末に少量が入荷するのみです。

au_bon_fermant1.jpg【photo】Fromagerie & Café Au Bons Ferments フロマージュリー&カフェ 「オー・ボン・フェルマン」。ショップオーナーの足立 武彦さんはフランスチーズ鑑評騎士とシニアワインアドバイザーの資格を有しており、各種セミナーを店内で随時実施。ケースの中にズラリと並ぶチーズの中からお客の好みや希望に応じて優しく的確なアドバイスをしてくれるので安心だ

 丹精こめて手作りされる共働学舎新得農場のチーズは、欧州のコンテストで多くの受賞歴を持つまでになりました。

 チーズ作りの長い伝統を持つ本場に敬意を払いつつ、新得町の風土を活かした独自の製品が「笹ゆき」と期間限定で製造される「さくら」です。

 笹ゆきは純然たるカマンベールチーズ「雪」をベースに粉末化した熊笹を混ぜ込んだ塩を仕上げに使用し、笹の葉を巻いたもの。桜の葉に包まれたさくらは、新得では皐月になってからやっと咲き始め、5月中旬には山一面に咲き誇る桜の名所でもあるという新得山のエゾヤマザクラの香りがほんのりと漂うプレジールをベースにした逸品です。

 さまざまな問題を抱えながらも、牛を慈しみチーズ作りに打ち込む北の大地で働く人々に桜の便りが届くのは5月10日ごろ。白カビに覆われた直径7cmほどの小ぶりなチーズには、エゾヤマザクラが一輪。今はまだ淡雪に覆われた北の大地にもまもなく訪れるであろう春の味わいなのでした。次回はさらに春を感じられるこのチーズの楽しみ方をご披露しましょう。
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Fromagerie & Café Au Bons Ferments
フロマージュリー&カフェ 「オー・ボン・フェルマン」

仙台市青葉区上杉1丁目4-10 庄建上杉ビル1F
Phone : 022-217-2202
営) PM0:00~PM10:00 月曜定休

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2010/02/21

宝谷カブ in 寒鱈まつり

鱈汁に垣間見た「蛸煮」の面影

「寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。」(拙稿〈2010.1〉参照)より続き

 先月、3年ぶりに訪れた鶴岡の日本海寒鱈まつり会場で目にした「宝谷カブ」のノボリ。鶴岡市宝谷(ほうや)地区では、江戸・天保期にはすでに存在していたとされる在来作物、宝谷カブが作られています。青首ダイコンをぐっと小ぶりにし、中ほどで心持ち折れ曲がった細長い形状の白カブを、ひと頃はたった一人で種を守って自家用に生産を続けていた畑山 丑之助さんの存在を初めて私が知ったのは2003年(平成15)の冬、そして実際に口にしたのは翌年のことです。

hoya_kabu@zaisakuken09.jpg【photo】山形在来作物研究会の主催で鶴岡市の山形大学農学部を会場に2009年11月29日(日)に行われた公開フォーラム「日本の伝統野菜・在来作物のこれからを考える」。その会場に展示されていた宝谷カブ。一般に流通する規格のタガをはめられたお行儀のよい形状の青首ダイコンとは違い、思い思いの形に育つ宝谷カブの形状は実に個性的

 平成の大合併によって鶴岡市が東北一の面積となる以前、そこが櫛引町宝谷と呼ばれていた6年前の夏、初めて訪れた宝谷の印象は鮮烈でした。赤川に架かる王祇橋を渡り、黒川能が奉納される春日神社を過ぎると、やがて家並みが途絶え、田んぼと庄内柿の畑へと風景が変わります。庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)を突っ切ると、道は嫁入坂などの名前が付いたいくつもの曲がりくねった上り坂に。それは車のなかった時代、上るのにさぞ難儀したろうと思わせる胸突き八丁の急坂です。月山山系の山並みへと続くその坂道を3km近く進むと、突如視界が開けて山中に平坦な人里が現れます。そこが50世帯ほどが暮らすという宝谷でした。
 
 海抜250mの高台にある宝谷地区で栽培されるソバを使った蕎麦打ちや稲作などのグリーンツーリズム体験施設「ふるさとむら宝谷」が櫛引町によって整備されたのが1999年(平成11)。当時から地区住民の手で運営されてきた施設の先には、なだらかな棚田が続き、あぜ道を先に進むと手前には鶴岡、彼方には酒田の街並みが手に取るよう。

 高みからの視線の先には、緑なす庄内平野と遥か水平線まで海原が続く日本海、左手には母狩山と金峰山が迫り、頂を雲で覆われた鳥海山が描き出す大パノラマが広がります。遮るもののない展望が得られる宝谷には、かつて領地警護のための監視台が置かれていたそうです。

【photo】鶴岡・日本海寒鱈まつり会場においでだった畑山 丑之助さん

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 ふるさと村宝谷は、その頃頻繁に足を運んでいた同町下山添のアル・ケッチァーノ(以下、アルケと略)とは直線距離にして10kmと離れていません。素泊まりも可能なため、夕食をアルケで済ませるのには好都合でした。質量ともに満足のゆく奥田シェフ渾身の料理の余韻に浸りながら漆黒の闇を照らす車のライトだけを頼りに宝谷まで戻りました。

 昼に訪れた田んぼの先端まで移動すると、満天の星空に溶け込むかのように渾然一体となってきらめく人家の明かりが一望のもと。無数の星たちが地上に舞い降りたかのような下界の夜景は、息をのむほどの美しいものでした。

 その日宝谷を訪れたのは、私の定宿のひとつだった一日一組限定で宿泊客を受け入れる同町西荒屋の農家民宿「知憩軒」に先約があって泊まることができなかったのが直接の理由ですが、宝谷カブの里を見ておきたかったこともありました。地元で栽培されるソバで打つ「宝谷そば」を土日に味わえるふるさとむら宝谷の宿泊申し込み窓口となる櫛引町役場農政課の方に、ただ一人の生産者であった畑山さんの連絡先を伺い、事前に電話で畑山さんから話を伺うことができました。

houya_soba.2010.1.17.jpg【photo】鶴岡・日本海寒鱈まつり会場の宝谷地区の方々が運営する出店で寒鱈汁とともに販売されていた宝谷そば。薫り高い蕎麦を味わうには最も適したざる蕎麦で頂きたいところだったが、底冷えする屋外にずっといたため、かけそばで暖を取ることにした

 傾斜地ゆえに田畑の急なのり面を活用した焼畑農法で栽培されてきた宝谷カブは、積雪が比較的少ない庄内地方でも降雪量の多い山間部にある宝谷地区では冬場の貴重な保存食として大切にされてきました。甘味が増すよう雪室で生のまま保管したほか、漬物や葉を付けたまま味噌で煮込む「蛸煮」と呼ばれる郷土料理や、どんがら汁(寒鱈汁)の具材として広く用いられてきたといいます。

 しかしながら急斜面での作業は重労働。加えて出荷の際にヒゲ根を取り除く手間がかかる上、収量もさほど上がらないことから、地区の生産者仲間が次々と栽培をやめてゆく中、たった一人で作り続けていること。ちょうど播種をしたばかりというその年のカブは、美味しいからとそれまで続けてきた焼畑をやめ、交雑を避けるためにビニールハウス内で採種用だけに栽培する予定しかないことなどを伺いました。こうして日本の至るところで数多くの在来作物が消えていったのでしょう。70歳を過ぎ、一人で種取りを続けていた畑山さんの声は、心なしか寂しげで弱々しく聞こえました。

ushinosuke061212.jpg 【photo】2006年12月、雪化粧した鳥海山を望む宝谷の棚田で収穫作業にあたる畑山 丑之助さん <写真提供:東海林 晴哉氏>

 そんな畑山さんに転機が訪れたのが2006年(平成18)。絶滅の危機にある宝谷カブを作り続ける畑山さんを支援するため、地元行政の主導で民間有志が一口7,000 円で「蕪主」となる宝谷カブ蕪主制度を立ち上げたのです。蕪主は収穫された宝谷カブを配当として入手できるほか、真夏に行われる急斜面への火入れと播種、山里に雪が降り始める頃に行われる収穫作業に参加した後、宝谷カブを使った奥田 政行シェフと知憩軒の長南 光さんの手になる和洋の創作料理を味わう「蕪主総会」に参加する権利を得るというもの。4回目の開催となった昨年12月の蕪主総会では30人の蕪主にひとり4kgの配当がありました。

kabunushi071202.jpg 【photo】2007年12月2日(日)、そぼ降る氷雨の中、蕪主たちが宝谷カブの収穫を行った <写真提供:東海林 晴哉氏>

 食の文化遺産としての宝谷カブの価値(⇒「カブ価」と言うべきか?)をいち早く見出した山形大学農学部の江頭 宏昌准教授、奥田シェフ、長南 光さんらと、蕪主になった県内外の新たな食べ手の登場によって背中を押された格好の畑山さんは、郷里のカブに誰よりも誇りと愛着を持っていたはずです。この年、宝谷カブ本来の味を知ってほしいと考えた畑山さんは、蕪主と共に田んぼの急なのり面を焼畑にする本来の栽培法を2年ぶりに復活させます。連作障害を避けるため、鶴岡市藤沢の後藤 勝利さん・清子さんご夫妻が受け継ぐ「藤沢カブ」同様、毎年栽培場所を変えなくてはなりません。

 地域の歴史文化の生き証人としての在来作物への再評価の機運が高まる中、蕪主制度が始まった翌年、かつて宝谷カブを作っていた5人の生産者が栽培を再開します。寒鱈まつり会場でお会いした畑山さんによれば、今シーズンは畑山さんを含めて7名の方たちが宝谷カブを栽培したのだそう。かつて宝谷カブはどんがら汁に用いる具材として鶴岡でも人気があったといいます。

kandara_hoya.jpg【photo】往時を偲ばせる素朴さが魅力の宝谷カブ入り寒鱈汁。ひとり種を守り抜いた畑山 丑之助さんに感謝、感謝

 過去の蕪主総会の折に登場した宝谷カブを使った料理など約30点を紹介するレシピ集の発刊が来月末に予定されています。宝谷カブ主会事務局の蛸井 弘さんによれば、レシピ集2,000部はアルケや知憩軒で無料配布されるほか、生産者支援のために宝谷カブとセットで販売するなどの活用法が検討されています。4年前に始動した周囲の支えもあって復活しつつある宝谷カブを守ってきた畑山さんは今年で79歳。次の世代にカブが受け継がれてゆく確かな手応えを感じておいででしょう。

 「ガラをたくさん入れて下さいね~♪ 」とお願いした寒鱈汁には、宝谷カブもたっぷりと入っています。しっかりとしたカブの外皮を噛み切ると、優しい辛味と甘さが味噌と入り混じります。酒粕の入らない味噌仕立ての宝谷カブ汁を味わいながら、これに葉が付いていれば蛸煮になるのだろうか?と思いを巡らせました。ホロホロとした独特の食感を持つ宝谷カブを守り抜いて下さった畑山さんに感謝しつつ、宝谷そばを挟んで4杯目となる畑山さんの宝谷カブへの熱い思いも目いっぱい詰まった寒鱈汁を完食したのでした。

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2010/01/31

寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。

雪ニモマケズ 風ニモマケズ
満腹ニモ冬ノ寒サニモマケヌ 鱈ノヨウナ丈夫ナ胃ヲモチ...。
@ 鶴岡 日本海寒鱈まつり

kandarajir2009.1.24.jpg というわけで、今年も行って参りました。「鶴岡 日本海寒鱈まつり」。庄内地方では、極寒の庄内浜で水揚げされる脂が乗ったマダラを寒ダラと呼び、とりわけ珍重します。そのため庄内浜に水揚げされるマダラには、万単位の浜値がつくことも珍しくありません。そんな高価なマダラの全身を余すところなく使った味噌仕立ての「どんがら汁」こと寒鱈汁は冬の庄内では欠かせない味覚。寒さが最も厳しい1月中旬から月末にかけて、庄内各地では屋外で寒鱈汁が振舞われる寒鱈まつりが催され、多くの人出で賑わいます。寒ダラと寒鱈まつりについてはコチラをチェックプリーズ。

【photo】脂が乗った寒ダラを味噌仕立てで頂く寒鱈汁は厳しい冬の庄内ならではの醍醐味

 昨年は大雪警報が発令される猛吹雪の中を駆けつけた酒田 日本海寒鱈まつり、一昨年は味の決め手となるアブラワタこと肝臓などの内臓や骨などのガラをたっぷりと使う地元で人気の高い由良の寒鱈まつり、その前4年間は鶴岡と掛け持ちで酒田・由良の寒鱈まつりに出掛けています。寒鱈汁は野菜の有無とガラの量、酒粕の有無など味付けが家庭ごとに異なります。寒鱈まつりは週末に催されるため、週替りで鶴岡・酒田と続く二週連続や、今年の鶴岡と遊佐のように開催日が重なる場合は、ダブルヘッダーを組むことを強くお勧めします(笑)。

kandara2009.1.24.jpg【photo】警報が発令されるほどの大雪ニモマケズ馳せ参じた昨年の「酒田 日本海寒鱈まつり」会場のひとつ、酒田中町商店街。雪を吹き飛ばす強風が吹かずに一晩降り続いた雪によって、様変わりした翌朝の酒田の様子はコチラ〈clicca qui。除雪した雪によって丈が3m はあろうかという雪山が出現した書店の駐車場に停車するalfa Brera はミニカーにあらず

 2003年に庄内デビュー果たして以降、春先に催される「庄内ひな街道」や8月の「赤川花火大会」と同じく、寒鱈まつりに関してはこれまで皆勤賞。市街中心部の銀座通り商店街で行われる鶴岡 日本海寒鱈まつりには3年ぶり5度目の訪問です。一杯500円の寒鱈汁2食分と抽選券付きの前売りチケットはこれまで同様、当日会場で購入するつもりでした。しかしながら前日までに全て売り切れたとのこと。例年2万人が繰り出し、1万食が用意される寒鱈汁を食べ損なうことのないよう、正午過ぎに会場に到着したのですが、これは計算外でした。とはいえ、遠来の参加者のために現金精算もできるため、さっそく多くの人出で賑わう商店街へとLet's go! お目当ての店を探すため、商店街の一部が歩行者天国となった300m 区間をまずはひと巡り。寒鱈汁のみならず物販を含めて19 団体の出店がズラリと並びます。そのうち寒鱈汁を提供するのは12 団体。よほどの大食漢でもない限りは、一度にすべてを食べ尽くすのは到底無理な相談です。

kandara_spa2005.jpg この季節には寒鱈まつり会場から程遠からぬ「アル・ケッチァーノ」風寒鱈汁とも呼ぶべき岩海苔と共にグリッシーニをトッピングした寒鱈のとろけるようなダダミ(白子)が入ったクリームソース風味スパゲッティが食べたくなる私ですが、まずは毎回欠かさず立ち寄っている「商店街婦人部」の行列に直行しました。

【photo】荒ぶる冬の日本海の恵みがたっぷり詰まったアル・ケッチァーノ冬の絶品スペチャリテ「寒鱈のクリームソーススパゲッティ」。プリプリッとした半生の白子がクリームと共にトロけ出したら、も~タイヘン(上写真) 寒鱈汁の濃厚なコク出しに欠かせないのが、このアブラワタ(下写真)。鶴岡 日本海寒鱈まつり 商店街婦人部の寒鱈汁

kandara2_2010.jpg すると7年前から幾度かアル・ケッチァーノでも遭遇している地元選出の大物政治家がやおら登場、最初に気付いた12歳の娘に握手を求めてきました。選挙区民であろうとなかろうと、ここは応じるのが礼儀。家族揃っていささか社交辞令的に笑顔で握手を交わしたのでした。肝心のお味のほうはといえば、味噌と共に酒粕が入った私好みの味付けながら、たまたまかもしれませんが、今年は白身部分が多くガラが幾分少ないお上品な印象でした。これは観光客向けの味付けと言えなくもありません。家庭ごとの味があり、作り手によって個性が表れる寒鱈汁ゆえ、12 団体それぞれに味付けが異なります。これも寒鱈まつりを訪れる楽しみといえるでしょう。

 鶴岡魚市場青年部・鶴岡鮨商組合・授産施設 作業所月山など、おなじみの出店に混じって、終了間際に駆け込んだ3年前〈Link to back number〉には見かけなかったニューフェースな出店団体をいくつか見かけました。建設業から農業に新規参入、2007年より鶴岡市湯野浜温泉に隣接する庄内砂丘で神奈川の農業ベンチャー企業「アニス」がライセンスを持つ「アニス農法」を導入した「窪畑ファーム」もその一つ。

kandara1_2010.jpg【photo】鶴岡 日本海寒鱈まつり「商店街婦人部」テント内の舞台裏では、お母さんたちが次々と舞い込む注文に追われて忙しく立ち回る

 農場長の佐藤 光浩さんの説明によると、アニス農法は乳酸菌など有益な微生物の働きで土壌改良した培土を用い、IT技術で気温・湿度のみならず潅水量・日照・培土温度などの栽培環境を最適な状態に制御します。トマトの慣行栽培で使用される化学肥料や殺菌剤を排除し、ハウス内で熟して赤く色付くまで収穫しない窪畑ファームの桃太郎・カンパリ・アランカといった大玉・中玉種トマトは、甘味とアミノ酸成分の数値が通常の栽培法と比べて高いのだといいます。春先に定植したのち5月には出荷が始まり、農場の直営店と昨年オープンした庄内映画村オープンセットの直売所でも入手可能。寒鱈まつり会場でも売られていたドライトマトや無塩・無添加トマトジュースなどの加工品類も揃います。

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 寒鱈まつりには初出店だという窪畑ファームのそれは、必然的にトマトスープがベースです。どんがら汁に欠かせない岩海苔が控えめに入っているものの、一杯目に頂いた味噌ベースに酒粕を入れ、濃厚な旨みが凝縮したアブラワタの入ったどっしりとした寒鱈汁とは見るからに別物。寒鱈が野菜と共演するトマト風味のポトフのような寒鱈汁は、寒鱈由来のダシが効いており、コクがありながらも比較的あっさりとした優しい味付けで、これはこれでアリかな、という印象でした。

【photo】窪畑ファームの寒鱈汁はトマト風味のカラダに優しい味付け。寒鱈まつりで寒鱈汁のハシゴをするなら、バリエーションの一つとして面白いだろう

 新旧タイプの異なる寒鱈汁2杯をぺロリと平らげ、使用済みP&P容器を戻しに行った回収ステーションでは、県立鶴岡工業高校の野球部員たちがボランティアで容器回収・ゴミの分別作業を行っていました。彼らが回収している容器の内側には、燃やしても有害物質が出ないCPPフィルムが貼られており、使用後に容器から剥がされたフィルムだけが廃棄されます。容器自体は再生原料用のペレットとなり、再び容器の元となるポリマー樹脂に加工されます。リサイクル可能な容器に入った骨以外は捨てるところがない寒ダラ。日本海寒鱈まつりは、こうして資源の有効活用にも配慮しているのですね。

kandara3_2010.jpg【photo】使用済みの容器と残飯の回収にあたる高校生たちも寒鱈まつりには欠かせない働き手となる
 
 冬の屋外で行われる催しゆえ、各店頭ではアツアツの鱈汁だけでなく、お酒も提供します。かつて東北の灘といわれた造り酒屋街大山を擁する地だけに、ここは鶴岡の地酒を味わいたいもの。そこで立ち寄ったのが、利き酒師と日本酒学講師の資格を有する店主 佐野 洋一さんがおいでの「やまがたの地酒専門店 佐野屋」でした。鶴岡銀座商店街に面した店頭では、酒田酒造「上喜元 純米」燗酒、佐藤仁左衛門酒造場「奥羽自慢 槽前酒 黒川能の里」、月山ワイン「村民還元ワイン」など数種の酒が一杯200円で売られていました。前回訪れた3年前と同じく、ちょうど蔵出しされたばかりという渡會本店の純米吟醸「和田来 美山錦 おりがらみしぼりたて 生原酒」の一升瓶を一本購入しました。

watarai_2010.jpg【photo】鶴岡大山にある渡會本店の基幹銘柄「出羽ノ雪」とは異なり、一部酒販店のみが扱う数量限定の「和田来」。んめのー(*゚∀゚*)

 店頭で売られていた素朴などぶろくと共に、もう一杯だけ寒鱈汁を味わうつもりでした。ちょうど佐野屋の目の前にあった出店のテントに立つノボリに、これまで寒鱈まつりでは見ることのなかった「宝谷カブ」の文字があるのを認め、即座に3 杯目はココと決めました。鶴岡市(旧櫛引町)の高台、宝谷地区でひと頃は唯一の生産者であった畑山 丑之助さんが受け継いできた在来のカブを使った寒鱈汁についてはまた機会を改めて。

宝谷カブ in 寒鱈まつり」に続く

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2010/01/10

春から縁起が良いのぅ

当たり年の予感 再び

 前年に引き続き行って参りました。7年連続で我が家の年末恒例行事となった"歳末食べ納め@al.chè-cciano アル・ケッチァーノ"(以下、アルケと略)。隣接地にil.chè-cciano イル・ケッチァーノ(以下、イルケと略)を開店して以来、原則として土田料理長がアルケの厨房を預かります。「本丸」の庄内で私は充分なので、およそ行く気がしない東京・銀座のアンテナショップ2Fに県の意向で出店したYAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロも加わり、従前より明らかにオーバーワークな奥田シェフが鶴岡にいる時にイルケで料理を作るシステムが定着しています。

6_291209.jpg【photo】ズワイガニの内子・外子とブロッコリーのリゾット。アルデンテな庄内産「はえぬき」、ふんわりしたズワイガニの身、プチプチとした内子・外子の食感の違いが楽しめる

 4年前までは月平均2.5 回のヘビーローテーションで通っていたアルケですが、最近2年ほどはぐっと店を訪れる頻度が減りました。TV・雑誌でのメディア露出が重なるにつけ、店の混雑に拍車がかかった一方で、シェフが厨房を空けざるを得ない外部からの依頼が舞い込み、料理人の本業以外に割く時間が増えた結果は、そのまま料理に反映されます。本人は料理より菓子作りのほうが好きだと語っていたドルチェ類だって、雪化粧した月山をイメージした「Monte Luna」ひとつをとっても、ひと頃から比べると随分と東京ナイズされたコンパクトサイズになったしなぁ。(羽黒でサフォーク羊を育てる丸山 光平さんに飼育を委託するシェフ所有のヤギ「ロッソ」と「ビアンコ」の搾乳したてのミルクで作るジェラートを添え、櫛引産の佐藤錦を載せた'06年6月のモンテ・ルーナはコチラ) 厨房とフロアが絶妙の一体感で来店客を出迎えていたかつての姿を知らない一見客は、現在のアルケに感激しているようではありますが...。

7_291209.jpg【photo】庄内麩とマグロのソテー 辛子マヨネーズとバルサミコ風味。シェフいわく突然降りてきた料理。ミディアムに火を通したマグロの中落ちを庄内麩で包み、辛子菜と辛子マヨネーズの辛味と、バルサミコの酸味が複雑に入り混じる。ダイス状にカットしたレアのマグロと粒マスタードがアクセントに

 昨年10月中旬、連休を利用して食通の知人から勧められた(旧朝日村)鶴岡市大鳥の「青嵐舎」を訪れました。地元のご出身でかつて東京でフードライターをしていた経歴をお持ちの篠 育さんが、手付かずの自然が残る周囲の山々からご主人が採ってくる天然キノコをさまざまに調理する「キノコご膳」で楽しませてくれました。

 その翌朝のこと、たまたま目にした日本テレビの生放送番組に、芋煮とアケビを使った料理を紹介する奥田シェフらアルケの厨房スタッフが出演していました。栽培アケビの特産化に取り組み、河川敷に建設用重機を持ち込んで巨大な芋煮鍋を作り、"日本一"を売りに客寄せしているのは山形内陸です。いささかバリエーションに欠ける内陸とは全く食文化の質が異なる食の都・庄内を私が訪れている一方で、実りの秋を迎えた連休だというのに、店を空けて東京に行き、目的を推し量りかねるテレビ番組に出演している奥田シェフ。そんな逆転の構図に複雑な思いにとらわれたものです。

10_291209.jpg 期待と不安が入り混じる中、かつてない丸一年という長いブランクを置いてイルケを夜に訪れたのは、2009年12月29日のことでした。昨年のお任せコースの料理は「今年も当り年!」でご紹介しています。夜の営業は年内最後だというその日は「ぜひとも奥田シェフが作る料理を」と指名していました。

【photo】山伏豚と小野川豆もやしのクスクス風 白トリュフの香り。優しい火加減のふんわりとした山伏豚、米沢郊外の小野川温泉の伝統作物「小野川豆もやし」を具として、デュラム小麦に卵白を混ぜ水を加えた生地を大粒のクスクス風に仕上げる。白トリュフ(タルトゥフォ・ビアンケット)の何と魅惑的な香り!

 店の周囲が猟場にもなっているため、冬場にアルケを訪れると、さまざまなジビエが登場します。この夜はシベリアから渡ってきたアオクビ君こと、真鴨とゴボウのスープが出てきました。ムース状になったカリフラワーをスープに溶かして頂くというスペチャリテです。カリっと揚げたカッペリーニには、アオクビの砂肝が串刺しに。一年前のレポートにある通り、アルケで頂くジビエには、狩り物の証である散弾が残っていることがあります。9_291209.jpg狩猟文化が発達したヨーロッパでは、肉料理に紛れ込んだ散弾は幸福をもたらすとされます。かといって料理のプロが故意に弾を残すわけでは当然なく、仕込みの際、丹念に弾を取り除きますが、チェックをかいくぐって料理に紛れ込んだ散弾は、むしろ歓迎されるというわけです。

【photo】真鴨とゴボウのズッパ カリフラワーのムース風味。濃厚なアオクビの肉と内臓が野生的なゴボウの香りとあいまって、ズッパ(=スープ)に溶かし込んで頂くカリフラワーのムースと見事に調和する

 かつて「奇蹟のテーブル」で明かした通り、泣けるほどの感動にうち震えた「山伏豚と藤沢カブの焼畑風」がメインディッシュとして初めて出たのが2004年の食べ納め。その庄内の風土と作り手の思いが詰まった明確なメッセージが込められた空前絶後の「在来作物フルコース」は別として、近年では最も積雪量が多く、気象庁が「平成18年豪雪」と命名した記録的な豪雪の中を訪れた2005年の年末以降、仕事納めを終えてから毎年アルケで年末にジビエが登場しています。私にとっては、西銀座デパートのチャンスセンター以上の当選確率で当たりが出るアルケのジビエ。それを年末に頂くのは、新たな年の運試しも兼ねています。

 まずはコリコリした砂肝と香ばしいカッペリーニを頂き、真鴨の旨みと土の香りがするゴボウの風味が生きたズッパを一口。「ムースを溶かし込んで一緒に召し上がって下さい」というシェフに促され、スープ皿の縁にあるムースを合わせると料理の印象が一変しました。一般的なアイガモとは全く異質な引き締まった肉質のアオクビとゴボウの野生的な持ち味を、カリフラワーのクリーミーなムースが柔らかく中和し、心地よい香りと旨味が広がります。こうしたデリケートな演出は奥田シェフならでは技でしょう。腿肉を口に入れ、神経を集中させて肉を味わっていると、小さな金属質の異物を感知しました。

felice_nuovoanno.jpg【photo】家族で頂いた真鴨とゴボウのズッパ。三皿の中で唯一、私の皿の腿肉に一粒だけ隠れていたゲンの良い散弾

 キタキター、また当たりっ!!! 家族3人で食べていた皿の中で、私だけにまた散弾が一つ入っていたのでした。散弾は金属製ゆえに金運がアップするという人もいますが、昨年のキジ君から出てきた弾には、あまり金運面でのご利益はなかったようです。それでも大過なく一年を過ごせたことや、多くの人と食を通した尊いご縁が続いていることは、何よりのこと。「毎年当たりが出るなんて珍しいですね」とフロアの斎藤マネージャーも笑顔で祝福してくれました。

 紆余曲折を経て現在のスタイルとなったアルケ&イルケですが、今年3月ぐらいから奥田シェフが以前のようにアルケの厨房に入る予定とのこと。一年前の食べ納め同様、納得できる味と出合えたこの夜のように、ファンタスティックな輝きを取り戻してくれることを期待したいものです。食後にそんな事前情報を聞き出したうえ、鴨からは当たり玉も飛び出しただけに、今年は新春から縁起が良いカモ。 オソマツ...(д;)

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◇2009年食べ納めお任せメニュー@ イル・ケッチァーノ

  の番号をClickすると画像が出ます
1 :羽黒わんぱく卵の黄身と蔵王産カボチャのクリームペースト 生クリームとユリの蜂蜜
2 :60℃でじっくり炒めた玉ネギ グラナパダーノチーズと黒胡椒風味
3 :ズワイガニと・米沢雪菜・グレープフルーツのサラダ
4 :アラと岩手釜石産キャビアの冷製カッペリーニ
5 :温製ハマグリと櫛引安野農園のリンゴ デリケートなオイルの香り
6 :ズワイカニの内子・外子とブロッコリーのリゾット
7 :庄内麩とマグロのソテー 辛子マヨネーズとバルサミコ風味
8 :アラの頭グリエ フレッシュバジル風味のジャガ芋ペーストとともに
9 :真鴨とゴボウのズッパ カリフラワーのムース風味
10:山伏豚と小野川豆もやしのクスクス風 白トリュフの香り
11:庄内牛のロースト炭化させた平田赤ねぎの香り 京人参のムース
12:粉糖と頂くカラドリイモのモンテ・ビアンコとラフランスのジェラート

※Bevandi
1:Vino bianco 白ワイン
Esino bianco Roberta '08 / Azienda agricola Mognon Floriano
エジーノ・ビアンコ・ロベルタ '08 / モニョン・フロリアーノ

roberta_291209.jpg 1980年、イタリア・マルケ州アンコーナ県カステル・コロンナにヴェネト州から移住したフロリアーノ、ロベルタ夫妻が運営する小規模なカンティーナ。厳格な審査基準を設けているIstituto Mediterraneo di Certificazione(地中海認定協会)の有機認証を受けたVerdicchio ヴェルディッキオ種やMontepluciano モンテプルチアーノ種などから造るモニョン家の家族名を付けた日常使いに適したヴィーノはビオワインのコンテストで受賞多数。奥様の名前を付けたこのRoberta は隣接するマルケ州Jesi イエージ原産のブドウ、ヴェルディッキオと山岳地域を除くイタリア全土で栽培される白品種Trebbiano トレッビアーノの混醸
URL:http://www.vinimognon.com/

2:Vino rosso 赤ワイン
Grattamacco Bolgheri rosso superiore '04 / Podere Grattamacco Collemassari
グラッタマッコ ボルゲリ・ロッソ・スーペリオーレ'04 / ポデーレ・グラッタマッコ

grattamacco_291209.jpg カベルネ・ソーヴィニョンやメルローにとって理想的な栽培環境にあるトスカーナ州最南端ティレニア海に面したワイン産地としては新興ながら、国際的に高い評価を受けるボルゲリ。グラッタマッコは異業種から参入したピエルマリオ、パオラ夫妻が1977年に始めたカンティーナ。Sassicaia、Ornellaia、Le Macchiole などと共に、国際市場を意識したいわゆる「スーパートスカーナ」のスター的存在のひとつ。この天候に恵まれた'04ヴィンテージは高い次元で調和のとれた素晴らしい味わい。国の有機認証機関「AIAB」の認定を受ける有機栽培のカベルネ50%+サンジョヴェーゼ30%+メルロー10%の混醸
URL :http://www.collemassari.it/spaeng.htm


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2009/11/03

酔って候

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのツアー 第2幕
 @竹の露酒造場 月山伏流仕込水

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【photo】蔵の敷地奥や孟宗筍の産地である高寺地区一帯まで広がる竹林が蔵名の由来となった竹の露酒造場

 稲刈りを終えた田んぼに囲まれた鶴岡市羽黒町猪俣新田にある「竹の露酒造場」【Link to Website 】では、代表社員の相沢 政男さんにお出迎え頂きました。蔵の敷地に最近整備された水飲み場には、地下300mから汲み上げている仕込み水が引かれています。月山山系のブナ原生林が水源となり、世界的にも珍しい火山性の石英質砂礫地層を通ったこの伏流水は、温泉法の定める25℃未満ギリギリの22-23℃と水温が高いのだそう。そういえば蔵から500mほどの距離に日帰り入浴施設「やまぶし温泉ゆぽか」があります。クリスタル地層でろ過された弱アルカリ性ph7.7、硬度19mg / ℓの超軟水は、一旦6基の貯水タンクで冷却ろ過した上で仕込みに使用しているそうです。

aizawa_kuramoto.jpgshikomimizu_takenotsuyu.jpg【photo】
ご案内頂いた竹の露酒造場 代表社員の相沢 政男さん(左写真) 蔵敷地内に湧く無菌超軟水の仕込み水。蔵元の話に耳を傾けながらもそのまろやかな味を確かめる参加者(右写真)

 蔵の中に取水口がついた導水管があり、声を掛けてから水を汲ませて頂く機会が多い竹の露酒造場の仕込み水は、湯田川の岩清水と並んで、鶴岡近辺では私が好きな湧水のひとつです。味の透明感が高く甘く柔らかなその水は、吟醸クラスではない例えば「特撰純米酒 白露垂珠」がそうであるように、精米歩合55%まで磨いた地元羽黒の米「出羽の里」と出合って酒として醸されると、より一層柔らかさが増すから不思議。sakamai_takenotsuyu.jpg口腔に広がる透明感のある柔らかな香り高い酒は、スッと綺麗に咽喉へと吸い込まれてゆきます。その元となる弱アルカリ性で健康増進と美肌効果も期待できるという水を皆さん美味しそうに味わっておいででした。

【photo】蔵には竹の露の酒造りで使用される地元の酒米が展示される

 民間育種が盛んであった庄内地方では、記録が残っているだけでこれまでに60人以上の育種家によって160種ものコメ品種が生まれています。一地域でこれほど多くの新品種を民間人が育種した例は他になく、研究熱心で進取の気風に富んだ庄内の一面を物語ります。その代表格が、近代日本が生んだ優良食用米の祖にあたり、近年では酒米として復活している「亀ノ尾」を創選した阿部 亀治の存在です。食する物の背景を知るのが目的である今回のツアーでは、竹の露で試飲用に亀ノ尾の酒をご用意頂き、亀ノ尾の原種となった3本の稲穂が発見された羽黒山の東、庄内町立谷沢の熊谷神社を二日目に訪れることになっていました。

daiginjyo_hakurosuishu.jpg【photo】IWCインターナショナルワインチャレンジ2009で金賞を受賞した「純米大吟醸 はくろすいしゅ」

 1858年(安政5)創業の歴史ある蔵では、自家栽培する亀ノ尾・京ノ華・改良信交・出羽燦々・出羽の里・美山錦の酒造好適米6種を始め、全て地元羽黒の米を使用した「地の酒」造りを行っています。同じ酒米でも作り手によって最適な水の浸漬が異なるため、仕込みはそれぞれ専用のタンクで行う徹底ぶりが、山田錦以外の酒米で競われる全国新酒鑑評会第一部で6年連続金賞受賞という輝かしい結果を生んでいます。今年の4月に162蔵元が359銘柄の酒を出品してロンドンで開催された「IWCインターナショナルワインチャレンジ2009」の

degstazion_takenotsuyu.jpg「sake部門」純米吟醸・純米大吟醸のカテゴリーで、最高賞のGold prize 金賞 全8銘柄のひとつに竹の露酒造「純米大吟醸 はくろすいしゅ」が選ばれました。精米歩合を40%まで高めた酒米の出羽燦々を蔵のお膝元で栽培したのは羽黒杜氏の本木 勝美氏。地の米・地の水が、地の技によって比類なき味わいを生み出します。

【photo】「こりゃ美味いわ」、「こっちは飲み口が柔らかいぞ」と熱気渦巻く試飲タイム

 待ちかねた試飲には、IWC金賞受賞酒の「出羽燦々 純米大吟醸 はくろすいしゅ」・「同 大吟醸 白露垂珠」・地元限定の「亀ノ尾 氷温三年熟成 純米吟醸 かすか」・「同 純米吟醸はくろすいしゅ」・県が独自に定めた基準に基づき、歴史風土を反映した優れた製品に与えられる戦略ブランド「山形セレクション」選定酒「出羽の里 純米吟醸 はくろすいしゅ」・現在では山形だけで栽培される酒米「改良信交 純米吟醸 はくろすいしゅ」・栽培地としては最北の「鶴岡山田錦 純米吟醸 はくろすいしゅ」・大正期に庄内で育種された「京の華 無濾過純米 白露垂珠」・出羽燦々の祖先に当たる「美山錦 純米吟醸 白露垂珠」の9種類の酒が用意されました。酸の立ち方や含み香などに酒米ごとの個性が表現されますが、いずれもこの蔵の特徴である芳醇端麗なキレの良さを持ち合わせているのが印象的でした。

tutti_takenotsuyu.jpg【photo】
食WEB研究所のフードライターとしても活躍中の女性利酒師、早坂久美さんもツアーに参加。地元以外では入手困難な「亀ノ尾 氷温三年熟成 純米吟醸 かすか」など、この日試飲した全アイテムを前にご満悦

 正直に白状すると、いつものように自分が運転する立場ではないのをいいことに、もはや試飲の域を超えてしまったワタクシ。居並ぶ美酒を前にしてほとんど仕事を忘れそうになる自分を葛藤の末にやっとの思いで引き戻し、再びラッシャー木村ばりのマイクパフォーマンス(?)を繰り広げながら向かったのは旧藤島町(現鶴岡市)が循環型農業の実践などを通して実現を目指すエコタウン構想の旗振り役であった相馬 一廣さんがおいでの「月山パイロットファーム」です。

 その夜、太田 政宏グランシェフ自ら解説付きでフランス風郷土料理の神髄を魅せて頂いた「レストラン欅」と、オプショナルツアーで訪れた"生ける伝説のバーテンダー"井山 計一さんの店「喫茶・バー ケルン」での一部始終はまた次回。

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第3幕 美味な名匠三重奏 に続く
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2009/09/06

象潟の岩ガキ

旨さに参りましたっ m( _ _ )m
 @道の駅象潟「ねむの丘」直売所

 滋養強壮効果が高い栄養素が豊富で、まったりとしたその食感から「海のミルク」ともいわれる日本海の岩ガキ。そろそろ産卵期に入るため、最も水揚げが多い秋田県象潟(きさかた)周辺における今年の漁期は8月いっぱいで終了しました。そもそも食べ物には最も美味しい""があるからこそ、有り難みが増すのであって、年中同じものばかりでは季節感などあろうはずもなく、味気ない食生活になってしまいます。加温のために化石燃料を消費したり、海外から輸入するなど生産と輸送に余計なコストをかけてまで一年中同じものを食べようというのは、倣岸な発想だと思うのですが、いかがでしょう。

iwagaki_il_che.jpg【photo】 私がこれまで食べてきた鶴岡「アル・ケッチァーノ」の岩ガキ料理の中で最も美味しかったのは、今回象潟を訪れたちょうど1年前の2008年8月22日夜に奥田シェフが「イル・ケッチァーノ」を貸切のマンツーマンで作ってくれたこの温製岩ガキ。同店の人気メニュー「岩ガキの鳥海モロヘイヤのケッカソース」が、生の岩ガキを使用するのに対し、こちらは甘さがとろける絶妙な火加減で吹浦産の岩ガキが調理されていた。隠し味程度にほんのかすかに香る控えめなレモンとエシャロット、岩ガキの旨味が渾然一体となって調和するのは、まろやかなピュアオリーブオイルがつなぎの役割を果たすゆえ。シンプルなれどさすがのセンスが光る一品。Perfetto!!(ペルフェット!!=完璧)

 私が庄内系にメタモルフォーゼした2003年(平成15)の夏がそうであったように、太平洋高気圧よりオホーツク海高気圧が優勢な場合、北東から吹き付ける冷たい海風「やませ」の影響で、東北の太平洋側はすっきりしない天候の夏となります。今年も気象庁は東北の梅雨明けを特定しないまま9月を迎えてしまいました。そんな年でも東北を南北に貫く奥羽山脈が、季節風を遮って天候に顕著な違いをもたらすため、私のホームグラウンドである美味の宝庫・庄内地方を始めとする日本海側では、夏の陽射しを浴びることができる確率がぐっと高くなります。

nalanda_tandole.jpg【photo】酒田市あきほ町のインド料理店「ナーランダ」のタンドーリチキンセット。スープ・サラダ・仙台時代と変わらぬGANESHの「新茶の紅茶」を使用したアッサムティー(チャイ)などのソフトドリンクがセットで1,800円。この日の組み合わせはキーマカレー。タンドーリチキンまたはシシカバブの肉料理とカレー・ミニサラダとのセットは1,050円

 夏らしい夏を求めて訪れる庄内浜の夏の味覚といえば、何をおいても岩ガキを挙げなくてはなりません。南から鼠ヶ関・由良・吹浦と名だたる産地があります。なかでも鳥海山の伏流水が海中に湧き出してくる吹浦産の岩ガキは、象潟と並んで味には定評があります。マガキのヨード香が苦手ゆえ、生ガキを食べない私でも、庄内浜で揚がる天然物の岩ガキは全然オッケーどころか、大の好物。鳥海山の伏流水は養分が豊富で、そこに集まるプランクトンを餌に水温が低い汽水帯で5年以上、時には10年をかけてじっくりと育ったカキが水揚げされます。分厚く大振りな殻に入った身には海の旨味がたっぷりと詰まっています。マガキにはない濃厚な甘さは、岩ガキならではのもの。吹浦産の岩ガキがどうして美味しいかは、昨年6月に「プリップリでとろける吹浦の岩ガキ」【Link to back number】で触れています。

nalanda_maharaja.jpg【photo】ナーランダの看板メニュー「マハラジャカレー」。金管楽器のように突き抜ける鋭角的な辛さではなく、弦楽器や木管楽器なども加わったフルオーケストラの響きのように複雑で奥行きのある辛味に、まろやかな酸味も加わって見事な調和と厚みが生まれる。ライス付800円・ナーン付900円。要予約にてカレー(5人前)のテイクアウトも可

 象潟の温水路を訪れた8月22日(土)のこと。昼食は酒田市あきほ町のインド料理店「ナーランダ」でタンドーリチキンとキーマカレーのセットを頂きました。まだ時代が昭和だった頃、仙台市内の小松島に知る人ぞ知るインドカレーの名店ナーランダはありました。仙台で本格インド料理を提供する草分けであった1980年(昭和55)にオープンしたその店は、平成の世になり私が転勤で東京で暮らした6年の間に店を畳んでいたのです。消息が分からぬまま数年が過ぎ、オーナーの高橋ご夫妻と、桂小金治も思わずもらい泣きしそうな【注】 涙の再会を酒田で果たしたのが2003年の夏。じんわりとした辛味にもまして誠実なご主人の人柄が滲み出た旨味の勝った辛口のマハラジャカレーは、高橋オーナーが仙台時代からこだわりを持って作り続けている3日間じっくりと煮込んだ変わらぬ味が魅力です。店に立つお母さんの背中で眠っていた息子さんも今や高校生。たまに店の手伝いをしており、時の流れを感じさせます。私のように往時の味を懐かしみ仙台から足を運ぶファンも少なくないそうです。

tsuchida_kisakata.jpg【photo】道の駅象潟「ねむの丘」の直売コーナーにある2軒の鮮魚店のひとつ「土田水産」の店頭に並ぶ象潟産天然岩ガキ。捕獲後時間の経過と共に薄れてゆく海の塩味を生食で顕著に感じるのは朝採りゆえの新鮮さの証。一個600円(特大)から350円までと大きさによって値段が異なる

 この日、今シーズン最後となるであろう岩ガキを食べようと心に決めていました。当初は吹浦の道の駅 鳥海「ふらっと」と、道の駅象潟「ねむの丘」で岩ガキのハシゴをするつもりだったのですが、腹持ちの良いカレーセットとナーンでお腹は膨れたまま、一向に食欲は戻りません。そのため手前の吹浦はスルーして、にかほ市象潟へと直行しました。直売所には、佐々木鮮魚店と土田水産が軒を並べており、「今すぐむいて生で食べられます」と書かれた土田水産の店頭に並ぶ大きな殻付きの岩ガキを目にした途端、私の胃袋は蠕動(ぜんどう)運動を始めました。いわゆる別腹を確保しようという食いしん坊共通の生体反応ですね(^ー^)。その卓上には、道の駅象潟オリジナルのyuzuponz.jpg「ゆずぽんず」が置いてあります。土田水産会長の土田 吉樹さんによれば、当初はレモンを添えて岩ガキを出していた土田水産でも、柚子とローヤルゼリー・ハチミツが入った「ゆずぽんず」が岩ガキによく合うと好評なことから、近年ではゆずぽんずに切り替えたそうです。

【photo】岩ガキとの相性を考慮して製品化された道の駅象潟オリジナル「ゆずぽんず」(500mℓ入 / 577円・税込)。物産コーナーで購入可

 道の駅象潟に地物の岩ガキが登場するのは6月初旬から。鳥海山の伏流水が海中に湧出する場所が多い上、付近に生活排水が流れ込むような川が無いことから、とりわけ綺麗な海水に恵まれた小砂川(こさがわ)産が先陣を切ります。7月には月末まで漁が行われる小砂川と月初から漁が始まる象潟産が共に店頭に並びます。甘味が強く、地元でも時に人気が高い小砂川は、磯場近くの汽水帯で漁が行われます。かたや象潟では、比較的沖合いの水深7m~10mほどの海域で潜水漁が8月末まで行われます。そのため、ともに朝採りで店頭に並ぶ小砂川と象潟では、食べた時に感じる塩味や甘さの濃淡に違いが出ます。

iwagaki_kisakata.jpg【photo】象潟産天然岩ガキ。ふっくらとした身の中はさながらとろける生クリームのよう・・・。あぁ、来年の漁期が待ち遠しい

 象潟で代々鮮魚店を営む土田会長の説明によると、小砂川産の岩ガキは伏流水の影響で水温が低く、成長のスピードが遅いものの、豊富なプランクトンをたっぷりと採り込みながら大きくなってゆくといいます。小砂川産の岩ガキは、主に汽水帯に棲息するため、塩気はほとんど感じません。この日頂いた象潟沖の岩ガキは小砂川と比べれば伏流水の湧出口は少ないために甘味と同時に塩味を感じました。それでも海水がきれいなため、雑味の無い岩ガキ本来の味が楽しめるとのこと。確かにそのクリーミーな甘さは、吹浦産の上をいっているかもしれません。吹浦の岩ガキはプリッとした食感ですが、象潟のそれは加糖練乳のような甘くトロける食感なのです。これはもはや海のミルクどころか「海のコンデンスミルク」といった方がふさわしいでしょう。

 「(象潟・小砂川・金浦など)地元の岩ガキ以外は口にしたことが無い」と、なんとも羨ましいことを仰るにかほ市農林水産課の佐々木 善博さんは、半生になるまで火を通すことによって、より甘味を強く感じる「焼きガキ」もお薦めだと語ります。とろ~り半生で頂く小砂川の岩ガキ...。頭の中で想像は広がるばかりですが、こちらは来年の楽しみにとっておきます。


大きな地図で見る

(岩ガキとは全く関係のない蛇足ながら...)【注】 「ナーランダ」がまだ仙台にあった頃の1987年まで日本テレビ系列で毎週火曜日19時30分から放送されていた人探しとご対面が売りの公開TV番組「それは秘密です!!」をご記憶でしょうか? 司会の桂小金治が涙ながらに波乱万丈なエピソードを切々と読み上げた後に、一般視聴者が生き別れとなった親兄弟や恩人などと数十年ぶりに感動の再会を果たすというもの。ご対面を果たした一般視聴者を前に感極まって号泣する小金治をはじめ、レギュラー出演者であった三橋達也やケント・デリカットはおろか、会場の観客、恐らくは番組視聴者までがほぼ全員もらい泣きするという世にも稀な人情番組だった

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道の駅 象潟 ねむの丘
住所: 秋田県にかほ市象潟町字大塩越73−1‎
Phone: 0184-32-5588(代)
営:1F 物産館 9:00-19:00
  2F レストラン 眺海 11:00-16:00 17:00-20:30(L.O.20:00)
  4F 展望温泉 眺海の湯 9:00-21:00 
URL: http://nemunooka.jp/
◆土田水産  Phone: 0184-43-3052
◆佐々木鮮魚店 Phone: 0184-43-5650


インドカレーのやかた「ナーランダ」
住所:山形県酒田市あきほ町658-2
Phone:0234-24-9456
営:11:30-14:30(L.O.14:00)
  17:30-20:45(L.O.20:15)
定休:木曜(祝日の場合は営業)
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2009/08/16

香り米

目を閉じれば、アラ不思議...

yuza_maruko.jpg【photo】頂きを雲の中に隠した夏の鳥海山。田んぼの浮島のような木立の中に田の神が祀られる典型的な庄内の田園風景。遊佐町丸子にて

 穀倉地帯の庄内で見られる田園風景の特徴のひとつが、海原に浮かぶ孤島のように畦道沿いにぽつんと植えられた松などの木立の中や、道沿いに祀られた祠(ほこら)や地蔵堂の存在です。田の神を祭った祠の大きさには大小ありますが、地蔵堂の多くには、これまた庄内地方でよく目にする寄進者が手作りした色とりどりの細長い円筒形の飾りが下がります。同じコメどころの宮城・新潟はもちろん、山形県内でも村山・最上などの内陸ではあまり目にしない人々の民間信仰の篤さを物語るこうした風景や習俗には、どこか心を和ませるものがあります。

yashiro_sakata.jpg【photo】祠や地蔵堂などに寄進される庄内の下げ飾り。地元の方たちも意外と知らない呼び名をご存知の方は、ぜひご一報を...

 2004年(平成16)1月にNHKスペシャルで放送された「鳥海山~水の恵みに暮らす」では、鳥海山の麓にある遊佐町藤井地区でコメ作りを行う一軒の農家の暮らしが丹念に描かれていました。雪解けと共に山から人里に下りて来る田の神を迎え入れる祠を、人々はコメ作りに欠かせない鳥海山の恵みである水で田畑を潤す水路同様、大切に守ってきました。

 代掻きから田植えに始まるコメ作りを行う間、田の神は祠に留まって人々を見守ります。稲刈りを終えた晩秋、田の神は再び山へと還ってゆきます。鳥海山頂に本宮がある大物忌神社は、五穀豊穣の神です。毎年7月14日には、行政区画上は遊佐町に位置する標高2236mの鳥海山頂・7合目にあたる同町御浜・同吹浦の西浜・酒田市の宮海・日本海に浮かぶ飛島の五箇所で同時に御神火を焚き、火の見え方によって農作物の作柄を占う「御浜出(おはまいで)」(通称:火合わせ)の神事が行われます。

Departures.jpg【photo】映画「おくりびと」のワンシーン。ロケが行われた遊佐町の月光川河川公園の堤防には、今も椅子が置かれている

 オスカーを受賞した映画「おくりびと」では、本木 雅弘演じる主人公が鳥海山を背景にチェロを奏でる場面が登場します。遊佐町を流れる月光川の河川敷は、ロケ地として一躍有名になり、堤防にぽつんと置かれた椅子に腰掛けて記念撮影をする観光客が今もそこを訪れています。ロケ地からすぐ近くの小原田地区の稲作農家に生まれた伊藤 大介さん(29)は、主力のササニシキ・ひとめぼれに加え、大正期に地元遊佐の高瀬地区で常田 彦吉が育種した餅米「彦太郎糯(もち)」と、長粒種「プリンスサリー」などの香り米、リゾットに適した大粒種「オオチカラ」、赤・黒の古代米、白ナス「遊佐のお嬢さん」、ソース加工用に適したイタリア種のトマト「サンマルツァーノ」などの、ちょっと珍しい農作物作りに挑戦する意欲的な若手農業者です。daisuke_ito.jpg伊藤さんは、3月に庄内町で行われた「スローフード全国大会【Link to back number】」のパネルディスカッションで、パネリストとして登場した斎藤 武さんらと有限責任事業組合「ままくぅ」【Link to website】を2004年に結成します。濃厚な餅の香りと耐冷性に優れるものの、1.5mまでも丈が伸びて倒伏しやすいため、作付けが途絶えて久しかった郷土在来のコメ・彦太郎糯の復活に取り組んでいます。メダカやタニシのいる田んぼで作られる彦太郎糯の栽培については、コチラをチェック願います。

【photo】鳥海山(背景の山)を間近かに仰ぐ水田で、特色ある農産物に意欲的にチャレンジしている伊藤大介さん

 R7沿いの道の駅「鳥海 ふらっと」には、地元の産直グループ「ひまわりの会」に加盟する生産者60名の手掛ける農産物と加工品が並びます。そこに伊藤さんの農産物が置いてあります。粒が真っ黒な古代米と共に店頭にあったのが、除草剤の使用を8割控え、化学肥料を用いずに育てた特別栽培米「香米」でした。商品のパッケージには「白米に一割混ぜて炊き上げると、香り高いご飯になります」と書いてあります。以前に彼が手掛ける絶品のパプリカを目当てに畑を訪問した折、数個のバケツで栽培中の米に目をとめた私に「今、ちょっとイタズラしてまして...」と悪戯っぽく笑った彼の顔が浮かびました。

kaorimai_daisuke.jpg【photo】伊藤さんの特別栽培米「香米」(300g入 / 税込300円)

 彼のコメなら面白そうだなと思い、一袋買い求めました。コメ自体は外見上の特徴はこれといってない中粒種米で、香り米とはいうものの、炊く前の生米の状態では、普通の精米と香りに変わりはありません。ところが、我が家の定番・鶴岡市渡前の井上農場産の「はえぬき」や「ひとめぼれ」に混ぜて炊き上げたご飯からは、明らかに特徴的な香ばしい香りが漂ってきます。それは、前回取り上げた鶴岡特産の「だだちゃ豆」を一緒に炊き込んだ「だだちゃ豆ご飯」のような良い香りだったのです。

kaorimai_hitomebore.jpg

【photo】わかりやすいようハート型にしてみた(笑)井上農場産「ひとめぼれ」(写真右)と外見上は何ら変わらない伊藤さんの「香米」(写真左)

 香り米の薫香は、茹でた枝豆や小豆、あるいはポップコーンなどに例えられることがあります。ご飯を炊いた水は、香り米を買った日に立ち寄った遊佐町女鹿に湧く鳥海山の名水「神泉の水」。香り米のベースは、美味しさと安全性へのこだわりから月山のブナ原生林でたっぷりと養分を蓄えた梵字川水系の水を引き、抗生物質を与えない発酵鶏糞で土作りをした田んぼで育つ食味コンテストで数々の受賞歴に輝く井上農場の特別栽培米。ここまで役者が揃えば、向かうところ敵無しの美味しさは約束されたようなもの。無類の旨さを誇るだだちゃ豆を炊き込んだだだちゃ豆ご飯の香りに昇華しても何ら不思議はありません。私が目を閉じたまま、このご飯を食卓に出されたなら、間違いなくだだちゃ豆ご飯だと思うことでしょう。

riso_profumo.jpg【photo】香米を一割ほど混ぜて炊いたご飯からは、だだちゃ豆ご飯の良い香りがふんわりと...

 伊藤さんの香米が生み出すマジックをとことん楽しみたい方は、前回ご紹介したカニ汁の芳香に変化するだだちゃ豆入り味噌汁と一緒に召し上がってみてはいかがでしょう? エビやカニなど甲殻類とだだちゃ豆が良く合うことは、かつてアル・ケッチァーノのリゾットなどの創作料理で体験済みです。でも、白米なのにだだちゃ豆ご飯、だだちゃ豆入りなのにカニ汁...。 ?(゚_。)?
こりゃ、ややこしいったらありゃしませんね。

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道の駅 鳥海 ふらっと
住 所: 山形県飽海郡遊佐町大字菅里字菅野308-1
Phone: 0234-71-7222 (元旦以外無休・P有り)
URL: http://www2.ocn.ne.jp/~furatto/index.html

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2009/07/12

応援しよう! こめ育ち豚

祝・平田牧場 仙台店オープン
  &祝・畜産大賞最優秀賞受賞

 2004年3月に進出を果たした東京を除くと、本拠地の山形以外では初出店となる「とんかつと豚肉料理 平田牧場 仙台ファーストタワー店」が昨日オープンしました。これからは仙台でも(株)平田牧場(本社:酒田市)が自社施設で品種開発、子豚の生産から肥育・加工まで一貫生産する同社を代表する銘柄豚「平牧三元豚」と、イタリア産 Prosciutto di Parma プロシュット・ディ・パルマ、スペイン産 Jamón Serrano ハモン・セラーノと並んで世界三大ハムに数えられる中国浙江省産の金華火腿(ヂンホアフォトェイ・日本名:金華ハム)を作る目的で開発された希少な金華豚を独自に交配した「平牧金華豚」などを存分に味わうことができます。

kinka_tonnya.jpg【photo】豚肉の美味しさを味わうには、やっぱりコレ。平牧金華豚 ロースかつ膳(2,000円)。二種類のオリジナルソースのほか藻塩でも。平田牧場とんや(酒田市みずほ2-17-8)にて

 樹齢300年を超える古民家の部材を取り入れた広々とした空間でジューシーなとんかつを頂ける同社の直営店「とん七 鶴岡こぴあ店」で、キメ細やかな赤身と淡雪のようにサラリと甘い白身の「平牧金華豚」に打ちのめされて以来、平牧三元豚や平牧金華豚のさまざまな部位を炭火で頂ける酒田の「焼肉・しゃぶしゃぶ平田牧場」では、霜降り牛肉と違い、脂身が軽いため、いくら食べても全く胃にもたれません。
 
 「焼肉・しゃぶしゃぶ平田牧場」(旧・やきとん酒場 三元豚)の通り向いにある「平田牧場本店」には、同社の製品が勢揃いしており、真っ白な霜降りの白身が特徴の桁外れの肉質が際立つ豚しゃぶをお試し頂きたい「純粋金華豚」も入手できます。ただし希少価値の高い純粋金華豚しゃぶ用ロースは100g 1,200 円というお値段ゆえ、懐具合が寂しいときは、ぐっとリーズナブルな平牧金華豚の切り落としをどうぞ(笑)。

jyunsui_kinka.jpg 【photo】しつこさを全く感じさせない真っ白な脂身と淡い桜色の赤身にサシがびっしりと入った純粋金華豚は異次元の旨さ。国内では平田牧場のほか、一社が生産するのみという。融点が低いため、口の中でサラリとトロけてゆく。平田牧場本店で入手可のほか、同社のWebサイトで限定販売

 平田牧場が出店した藤崎ファーストタワー館には、人気イタリアンブランドのGUCCI 、高級靴ブランド Sergio rossi セルジオ・ロッシなどが同時オープン。隣接するアトリウム棟に出店した平田牧場のブランド豚ともども、妙に親近感が湧く「庄内系」で「イタリアン」なブランドに期待するところです。

 平田牧場 仙台ファーストタワー店は、美味しい豚肉料理を提供するだけの店ではありません。同社は2004年(平成16)度から耕土保全と食料自給率の向上に寄与する「飼料用米プロジェクト」を推し進めているからです。我が国の食の安全保障上からも注目されるこの飼料用米プロジェクトに参画する構成メンバーは、同社のほか、2004年に国から「食料自給率向上特区」に認定された山形県飽海郡遊佐町・JA庄内みどり農業協同組合・生活クラブ事業連合生活協同組合連合会・JA全農山形県庄内・北日本くみあい飼料・独立行政法人 山形大学農学部・庄内総合支庁酒田農業技術普及課・NPO法人 鳥海自然ネットワークの計9 団体。

kinka_sangen.jpg【photo】平牧三元豚ロース(左)と平牧金華豚ロース(右)。とん七 鶴岡こぴあ店にて

 国策としてのコメの減反と就農者の高齢化、米価の低迷によって、いま耕作放棄地が全国で拡大し続けています。一方で国内で飼育される家畜の飼料自給率はわずかに25%程度しかなく、バイオエタノールの需要増によって、この2年間で5割以上も高騰したトウモロコシの価格は、畜産農家の経営を直撃しました。かつては輸入飼料にも依存していたという平田牧場では、'96年の中国産トウモロコシの輸入停止を受けて、飼料用米の作付けを始めました。飼料の自給自足を達成している同社直営豚舎が、庄内町狩川近くにある「千本杉農場」。

 そこではきれい好きな豚のため開放されたストレスフリーな環境のもとで徹底した品質管理を行っています。非遺伝子組換・防カビ剤などポストハーベスト農薬を使用しないトウモロコシ・大麦・大豆粕など、国産の植物性飼料だけを肥育飼料として与えています。排泄物は無臭完熟発酵堆肥として、同社の飲食店から出される廃油を農機具のBDF(バイオディーゼル燃料)として活用している月山パイロットファーム【Link to back number】などで使用されています。飼料用米プロジェクトでは、減反対象となった地元産の水田で転作栽培された飼料用米を平田牧場が全量買取り、飼料に10%のコメを混ぜて与えた「こめ育ち豚」として生活クラブ生協が2006年より安定供給しています。飼料米プロジェクトは、資源循環型農業のモデルとしても先駆的な取り組みでもあるのです。

tontoro_sangenton.jpg【photo】平牧三元豚トントロを炭火で炙り焼き。んめぞー!! 焼肉・しゃぶしゃぶ平田牧場にて

 私たちが口にする食用米と比較すれば、飼料用米「ふくひびき」や「べこあおば」の買取価格はおよそ1/5 程度だといいます。転作作物に対する国の「産地づくり交付金」や、県が独自に設けた補助金を上乗せした農家の手取額は、10a あたり7万3千円あまり(平成20年)。水田で作られるコメは、連作障害が出ない唯一の農作物です。消費が減退し、コメ余りといわれる昨今、農家にとっては、食べ手のいないコメ作りに見切りをつけるよりも、飼料用とはいえコメを作り続ける喜びは何物にも代えがたいのです。

 昨年飛躍的に作付けを増やした酒田市も加わり、庄内一円で500ha 以上まで増産されている飼料米。プロジェクトの試算によれば、国内の減反田で100万ha の作付けを達成すれば、穀物自給率を20%押し上げる効果があるといいます。現状は公的な補助金に支えられている飼料米だけに、猫の目農政にこれまで振り回されてきた農家には、補助の打ち切りという一抹の不安も残ります。子孫に美田を残すためにも、食べ支えることでこの有意義な取り組みを応援したいものです。

mokkiri_sangenton.jpg【photo】焼き上がったトントロを肴に頂くもっきりは、遊佐町の地酒「杉勇」。やきとん酒場三元豚オリジナルの特別純米酒「十七代」clicca qui(590円)。コクのある上喜元・鯉川・大山など、ボディがしっかりした庄内の地酒が上質の脂身が楽しめる豚肉にはよく合う

 日本国内では庄内地域が突出して作付けが先行している飼料米を与えた豚には、思わぬ副次的な効果が生まれました。脂肪酸組成において、血中コレステロールを減らし、旨味を向上させる働きをするオレイン酸が増加することが理化学分析によって判明したのです。加えて、ランドレース種とデュロック種を交配した母豚にバークシャー種を掛け合わせ、それぞれの長所を引き出した結果、高い食味評価を得ていた従来の平牧三元豚と比較しても、こめ育ちの平牧三元豚はより一層優れた食味を生み出すのだといいます。こうして、飼料用米プロジェクトは地域の農家に活力を与え、持続可能なコメ作りを通した耕土保全に寄与し、豚肉の食味をさらに向上させるという、いいことずくめの結果をもたらしています。

 この春、(社)中央畜産会が選定する畜産大賞の平成20年度 地域畜産振興部門最優秀賞に「食料自給率向上モデル飼料用米プロジェクト」が推進する「『こめ育ち豚』で広げる水田農業と消費の輪-食べる手・作る手・つないで食の再興計画 遊佐モデルのチャレンジ-(通称:飼料用米プロジェクト)」が選ばれました。
 
 中央畜産会は、畜産経営者の技術向上と経営の安定化を図るために1955年(昭和30)に設立され、経営指導や資金援助、広報活動などを行っています。会は116の正会員と59の賛助会員から構成され、模範となるべき事業モデルや有意義な研究成果に対して、経営・地域畜産振興・研究開発の3つの分野における「畜産大賞」を設けて、平成10年度より毎年優れた取り組みを表彰しています。

 東北からは三部門の中で最も優れた成果に贈られる大賞には、平成17年度に岩手の葛巻町畜産開発公社が選ばれています。各分野の最優秀賞には、これまで青森・秋田・福島から選定されており、今回の飼料用米プロジェクトの受賞によって、いまだ受賞の栄誉に浴していないのは宮城だけとなりました。Forza Miyagi !!

kinka_tonshichi.jpg【photo】古民家の部材を取り入れた店で頂く鶴岡とん七の平牧金華豚特厚ロースかつ膳(2,700円)

 飼料用米プロジェクトに関してアレコレ述べましたが、まずはこめ育ち豚の美味しさを体感頂くのが先決です。これから夏本番を控え、体の組成の元となる必須アミノ酸や疲労回復効果が高いビタミンB1が豊富で脳血栓防止や肝機能向上も期待できる美味しくヘルシーな豚肉と緑黄色野菜を積極的に取り入れたバランスの良い食生活を心掛けたいもの。"豚肉=太る⇒生活習慣病の一因"というイメージをお持ちの方がおいででしょうが、豚肉の消費量が全国で最も多いのは、長寿県として知られる沖縄なのです。誤解を恐れずに申し上げれば、こめ育ち豚の美味しさの真髄は、脂身にこそ存在すると私は断言します。まずは仙台ファーストタワー店で、凡百の黒毛和牛など凌駕するそのうまさに触れていただき、さらにはぜひ酒田の炭火やきとん酒場 三元豚へも足を延ばして、絶品のトントロを塩味で召し上がってみてください。あまりの美味しさにさぞ食が進むと思いますが、そこは大丈夫。胸焼けや胃のもたれとは無縁であることは、私が幾度も実証済みですので。 v (`( 0 0 ) ´ )

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とんかつと豚肉料理 平田牧場仙台ファーストタワー店
 住所:仙台市青葉区一番町3-1-2仙台ファーストタワーアトリウム棟2F
 phone:022-399-8029  
 営:11:00-15:00 (L.O.14:30)17:00-22:00 (L.O.21:00)
 URL:www.hiraboku.com
 ▼主なメニュー
  平牧三元豚 ロースかつ膳 1,300円 ヒレかつ膳  1,400円
  平牧金華豚 ロースかつ膳 2,000円 棒ヒレかつ膳 2,700円
  平牧三元豚 和風ハンバーグステーキ膳 1,300円  生ハム 700円
 ※予約限定メニュー(前日までに要予約・2名~)
  平牧三元豚 しゃぶしゃぶコース 4,500円
  平牧金華豚・平牧三元豚しゃぶしゃぶコース 5,500円
  平牧金華豚 しゃぶしゃぶコース 7,500円

平田牧場 とん七 鶴岡こぴあ店
 住所:鶴岡市余慶町1-6 phone:0235-29-1529
 営:11:30-15:00 (L.O.14:30)17:00-22:00 (L.O.21:30)

焼肉・しゃぶしゃぶ平田牧場(旧三元豚 酒田店)
 住所:酒田市みずほ2-18-8 phone:0234-21-2919
 営:月~土 17:00-24:00(L.O.23:20) 日・祝 17:00-23:00(L.O.22:20) 


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2009/06/28

初めてだけど「まだ来すた」

農家レストラン「まだ来すた」 @ 奥州市胆沢区


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【photo】農家レストラン「まだ来すた」の目印は、散居村の中を延びる道沿いに立つ大きなこの看板

 私の身の回りでは、ほとんど耳にすることが無くなった宮城のお国言葉で「また来たよ」を意味する「まだ来すた」という農家レストランを初めて訪れたのは、日本三大散居の胆沢を訪れた日のこと。明治生まれの私のNonna(祖母)が時折使っていたものの、今となっては懐かしい響きを持つ maddachista とイタリア語ならば表記されるであろう(?)このお店。食事を終えた先客も思わず顔をほころばせた「また来(ご)ざいね~」(→「また来てくださいね」の意)という元気なはじけた声で来店客を送り出す農家のマンマ7名が5年前に立ち上げた農事組合法人によって運営されているのでした。

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 薪を積み上げた大きな木妻(キヅマ)で仕切られた敷地には、明治期に建てられた旧家の作業場を改装したというレストランの建物を挟んで、手前には入母屋造りの民家を改修した市営の農業研修施設、奥には馬小屋と納屋を改装した野菜ソムリエのいる産直「おだづめ」と南部小麦を使った焼菓子を扱う「おやつ屋」が併設されています。

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【photo】農家のお母さんとの会話が楽しいカウンター席ほかテーブル席が配置された「まだ来すた」店内 (上写真)
産直「おだづめ」(左下写真)と菓子店「おやつ屋」
(右下写真)


 引き戸を開けて店内に足を踏み入れると、梁を渡した高い天井と木製のカウンターとテーブル、昔懐かしいダルマストーブや仙台箪笥などが配置された民芸調の空間が出迎えてくれます。壁には筆書きの和紙が張り出され、この店の食に関する三つのこだわり宣言が記されていました。胆沢のものを使うこと。胆沢の心を伝えること。真心を大切にすること。

kamado_madakista.jpg【photo】自家精米した籾殻をダルマストーブの燃料にして炊く香り高いごはんが人気。かまど炊きならではの香ばしい「おこげ」もお願いすれば混ぜてもらえる

 提供する料理に使用される素材は、ほとんどが地元産だといいます。お米はもみ殻を燃料に釜で炊き上げる天日干しした特別栽培米ひとめぼれ。うどんに使用する小麦はグルテンが柔軟で腰のある仕上がりになる南部小麦の玄麦。豆腐には全量胆沢産の大豆を使い、たっぷりの野菜とおからを和えたハンバーグなどの「豆太郎」と呼ばれる料理として提供されます。籾殻の強すぎない柔らかな火で炊いたお米は、えもいわれぬ柔らかな香りを漂わせます。

mametaro_madakista.jpg【photo】豆太郎セット(左)

 肉類も当然地元産にこだわり、地元の地鶏、胆沢黒毛和牛、ランドレース種×大ヨークシャー種×デュロック種の交配種「やまゆりポーク」などを使用しているのだそう。この日は店自慢の糠釜ごはんに、豆腐と野菜のハンバーグ、サラダと小鉢、具だくさんの味噌汁、デザートにコーヒーが付いた豆太郎セットと、柔らかく煮込んだ奥州牛すじ煮セット(ともに1,050円)を頂きました。つやのある粒が立った香りのよいご飯はお代わり自由だというので、もう一膳所望しました。

oushugyu_madakista.jpg【photo】奥州牛すじ煮セット(右)

 ご飯を待つ間に眺めた壁の張り出しには「古き良き時代に新しさを知る 忘れかけていたなつかしい味がここにある 手作りの良さを地元素材で伝えたい 安心安全を真心をこめて」と書かれています。その言葉通り、化学調味料を用いない自然な味付けを施された飾らない料理は、いずれも食べる人を思ったお母さんのぬくもりが伝わる家庭の味なのでした。

 「また来ざいね~」という天真爛漫な明るい声に見送られて店を後にしました。

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農家レストラン まだ来すた
住所:岩手県奥州市胆沢区若柳字大立目19
phone:0197-46-4241  月定休
営:11:00-16:00 (4月-12月)
  11:00-15:00 (1月-3月・金土日のみ)
◆食べログもチェック⇒農家レストラン まだ来すた (和食(その他) / 奥州市その他)
昼総合点★★★☆☆ 3.5

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2008/12/31

今年も当たり年!

 いつぞや槍玉に上げた某新酒の項目で見かけたタイトルですが、今回は「?」ではなく、「! 」ですから紛れも無い事実をお伝えします。「当たった!」とは言っても今日抽選が行われた年末ジャンボ宝くじが当たった\(^o^)/という夢物語ではありません(涙)。

【photo】キジとダイコンのコンソメ風味ズッパZuppa alla fagiano e ravanello08.12.28.jpg

 見事「当たり」に出くわしたのは、6年連続で恒例の年末食べ納めに訪れた鶴岡「アル・ケッチァーノ」でのこと。この夜は奥田シェフも「イル・ケッチァーノ」ではなくアルケの厨房に入っていました。微量の塩と軽いナッツ系フレーバーのオイルで繊細な味付けがされたプリプリ新鮮で上品な脂が乗った白身魚「オオイヨ(イシナギ)の冷製カッペリーニ」で幕を開けたお任せコースも、12品目の「Zuppa alla fagiano e ravanello giapponese キジとダイコンのコンソメ風味ズッパ」で締めとなりました【注】。猟師が酒田市黒森地区で獲ってきたというキジの骨をベースに色付けのため少量加えた庄内牛から取ったコンソメを、更にキジの肉をベースに旨みを凝縮さる贅沢なダブルコンソメ風味のZuppaズッパ(=スープ)には、鶴岡市東堀越にある毛呂農場「楽土苑」産のオーガニックなダイコンとキジの骨付き腿肉が入っていました。土田料理長が抜いてくるダイコンは、さほど煮込んでいないのか歯応え充分。ダイコンは加熱した後に一旦冷めないと味を吸い込まないため、キジのコンソメ味を沁み込ませるために一度冷ましたものだそう。

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 鶴岡市内で歯科医院を営む毛呂千鶴夫さん・富美子さんご夫妻が農作業の楽しさを知ったのは今から45年前。週末の家族の楽しみのため、酒田市南端の庄内砂丘が広がる浜中地区で3,000坪ほどの農地を手に入れます。そこでご夫妻は収穫の喜びと、多くの素晴らしい人々との出会いを得たといいます。四半世紀に渡って徐々に作付けを増やし、9,000坪まで拡げた農地が庄内空港の用地として接収されることになったのは、時代が昭和から平成に変わる頃でした。それから間もなく旧藤島町東堀越の小高い丘にあった県立庄内農業高校の実習農場35,000坪あまりが農地集団化事業によって民間に払い下げられることになります。毛呂ご夫妻は1991年(平成2)から、その地をさまざまな人々が集う営利を目的としない毛呂農場「楽土苑」と名付け、理想の農園作りに着手します。

moronojyo1.jpg【photo】毛呂農場「楽土苑」

 歯科はご子息に任せ、ご夫妻は市内のお住まいから農場へ通う毎日。ご自身が食べたいものを揃えたという農場は現在45,000坪に達します。広大な農場で育つコメや多種多彩な野菜、果物は、一般の流通には乗せずに全て開苑以来ずっと無農薬で栽培されています。ご夫妻と専従職員のほか、ボランティアの人々によって運営される農場では、地域の高齢者や子どもたちのため、そして外国からの留学生や障害を持った人たちにも定期的に収穫した作物を提供しています。45年前、家族のために始めた農作業は、今では大きな人の輪を生み出しています。

 かたや最上川河口の南側にあたる酒田市黒森地区は、山形自動車道を挟んで海側には庄内砂丘に植林された黒松林が、内陸側には一面の水田が広がっており、狩猟期にはキジや越冬のためにシベリアから最上川河口付近にやって来る真ガモや小ガモなどの猟場となっています。スープに入っていたキジは、この付近では良く見かける野禽です。骨を取り除いて引き締まった肉をコンソメスープと共に噛み締めていると、奥歯にガリッと当たるものが。
fagiano_sandan.jpg【photo】キジから出てきた今年最後の大当たりこと散弾

 おぉ、これぞジビエシーズンならではの「当たり」こと、猟師が放った散弾が肉の中に残っていたのでした。それも一つだけではありません。2粒までは口から出したのですが、最後に口の中に残った大きめの弾の塊と思われる部分は、不覚にも口から出す際にこぼれて見失ってしまいました。狩猟文化が発達したヨーロッパでは、獲物に残った散弾を幸運の証として、料理に紛れ込んだ人を祝福する伝統が残っています。哀れズドン!とやられたキジ君にとっては"Mamma mia !"な巡り合せかもしれませんが、食べ納めで当たりが出るとは縁起が良いので、弾を持ち帰ることにしました。スープに入ったキジ君は弾と骨を取り除いて残さず頂きました。 (⇒だから成仏してね)

 一年間お付き合いいただいた皆さん、縁起物の散弾の画像に良い年となるよう願掛けをして下さいね。それでは、良い年をお迎えください。Buon Natale e Felice Anno Nuovo!

▲12月末まで行われた「仙台・宮城デスティネーション・キャンペーン」と同時進行で年内一杯展開中だった「新潟・庄内プレ・デスティネーション・キャンペーン」期間中に「ごっつぉだの もっけだの」シリーズを年内フィニッシュできなかった・・・。ん~残念! 何故なら当キャンペーンのテーマは「ごっつぉだの もっけだの 食の都庄内」だったから。→ (実は非公認の"便乗シリーズ企画"だったのです。アハハ...^ ^) でもキャンペーン本番は2009年の秋だから、ま、いいか.。
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【注】2008年食べ納めお任せメニュー@アル・ケッチァーノ
 ※Clickで画像が出ます
 1:オオイヨ(イシナギ)の冷製カッペリーニ
 2:岩魚と寒鱈のスモーク ミルフィユ仕立てヒロッコ(=アサツキ)の香り
 3:タタキ風メジマグロと井上農場のスーパー小松菜
 4:カリフラワーのペーストと鮑の酒蒸し炙り
 5:栗のリゾットと庄内牛のタルタル
 6:アンコウの柚子オイルフォンデュ
 7:ズワイガニのキタッラ
 8:バルサミコ風味の山芋とノドグロのソテー石川産黒塩味で
 9:庄内牛のタンとフォアグラ ボイルしたキャベツ 黒トリュフの香り
10:柿しぐれ 萱の実とフェンネルのインサラータ
11:羽黒羊のローストとスパイシーなフライドポテト
12:キジとダイコンのコンソメ風味ズッパ
13:お好みドルチェ(→ 時間が遅かったため残り物から選択)
  ババとラムレーズンのジェラート
   ズコット
   わんぱく卵のカスタードプリン

   濃厚カスタード シュークリーム

※Bevandi
 1:Vina del casa 「水酒蘭 / 鯉川酒造」
 2:Vino rosso 「Brunello di Montalcino Campogiovanni '97/ San Felice
         ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・カンポジョヴァンニ'97年/ サン・フェリーチェ」
  → Felice Anno Nuovo(新年)を迎えるにあたり、Felice(幸福)を祈って店にもちょっぴり寄進


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2008/12/06

続・ごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」前篇 @佐久間ファーム

「ごっつぉだの」篇 より続き

 ぶどう狩りのノボリ旗を立て、一般客を受け入れるようになった今シーズンから、「佐久間ファーム」という名前が付きましたが、5年前から畑を見てきた私にとっては「佐久間さんのブドウ畑」と呼んだほうがしっくり来ます。鶴岡市西荒屋にお住まいの佐久間 良一さん・みつさんご夫妻は、三箇所に分散した合計50アールの畑でブドウを育てておいでです。左手に朝日山塊の最北端に位置する母狩山(ほかりさん)、前方の彼方に鳥海山を望むR112号西荒屋地区周辺では、ブドウ棚をよく目にします。佐久間さんのご自宅からすぐ近くにある河内神社には、そこがブドウと深い縁で結ばれた地であることを窺わせる1926年(大正15)8月に建てられた「葡萄圃復興之記碑」なる石碑があります。碑文には明治期に主力品種となった甲州種が、明治中期に導入された米国種の影響で病気が蔓延、ほぼ壊滅状態に陥るものの、大正期に関係者の努力で復興を遂げた経緯が記されています。
uva_koshu.JPG【photo】櫛引地区特産の甲州ブドウ

 庄内地方は、対馬海流の恩恵で比較的温暖な気候であること、良質で豊富な水と肥沃な土壌に恵まれていること、夏季の日照量が全国屈指であることなどが幸いして、平野部を中心に一大穀倉地帯となっています。その上、野菜類を中心に現在60品目以上の存在が確認されている中からごく一部を「『足もと』のこと」の中でご紹介してきた個性豊かな在来作物に加えて、庄内柿などの果樹栽培も盛んに行われています。その中には酒田刈屋地区のナシ、庄内砂丘のメロン、羽黒地区松ヶ岡のモモなど、すでに特産化されたものも少なくありません。特に鶴岡市櫛引地域では「フルーツタウン」と称されるほどに果樹類が数多く栽培されています。初夏のサクランボ【注1】に始まり、夏から秋にかけてはモモ・和ナシ・ブドウが。晩秋には洋ナシ・リンゴ・庄内柿など、季節ごと旬の果物で溢れます。一地域でこれだけ多くの種類の果樹が多品種に渡って栽培される例は全国でも稀だといいます。旬が異なる果樹をさまざまに栽培することは、病害虫による壊滅のリスクを避けるうえで、非常に理にかなったことでもあります。生物多様性はそんな意味からも有効なのですね。

hannkotanna.jpg【photo】 すわブドウ畑に覆面姿の果物泥棒登場かっ!? いえいえ違います(笑)。今年の5月末、庄内の伝統的な農作業服である「ハンコタンナ」姿でブドウの摘果作業にあたる佐久間みつさん。お顔は後ほど・・・

 櫛引地域で果樹栽培が盛んなのは、海に面した庄内でも山あいに近く、昼と夜で海から吹く風と山からの風が入れ替わることで大気が新鮮な状態に保たれ、寒暖の差が大きいため、果樹栽培に適したミクロクリマ(=局地気候)であることが要因として挙げられます。傾斜が急な山間地を流れる赤川上流域の大鳥川と梵字川が出合う旧朝日村落合から下流の西片屋・東荒屋・西荒屋など赤川左岸の一部地域は、もともと水田に不向きな保水性の悪い砂利が多い土壌でした。現在R112櫛引バイパスが通る一帯は、かつて毎年のように発生する赤川の氾濫によって上流から運ばれる砂礫が表土として堆積する荒れた土地だったのです。耕地への被害を伴う大規模な洪水は、近年になって以降も昭和15年・28年・44年・46年・62年に発生しています。洪水の影響を受けない川向かいの月山から延びる河岸段丘上段の黒川地区【注2】では、肥沃な土壌と良質な水を活かして安定したコメ作りが行われてきました。
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【photo】 収穫間近かとなったスチューベンと佐久間良一さん 

 このように豊饒の地・庄内にも地の利に恵まれない地域があったことを私に教えて下さったのは、西荒屋で農家民宿兼レストラン「知憩軒」を営む長南 光さんです。赤川の洪水に長い間悩まされてきた地域の人々が待ち焦がれた堤防や護岸の整備、放水路の拡幅、治水ダムの建設などがなされた後、1970年代に行われた圃場基盤整備と同時に地区の人々が参加して大規模な土壌改良事業が実行に移されます。その方法とは、砂礫が多い荒れた表土の上を養分豊富な山の腐葉土や微生物が多い赤土で覆うという一大プロジェクトでした。

 (ここからはぜひ中島みゆきの「地上の星」をBGMに、田口トモロヲのナレーションのような語り口でお読み下さい)・・・挑戦者たちは山から長いパイプを引き、川の水に山の土を混ぜた泥を作り出して田や畑に流し込む困難な事業に立ち向かった。山土を引いては、家畜の糞や稲藁を入れ、また山土を引くという過酷な仕事に皆が本気になって取り組んだ。1980年代に入る頃には、豊かな実りに恵まれる赤川右岸地域と遜色ない収量と作柄をコメや野菜で得られるようになった。10年にも及ぶ地道な取り組みに汗を流した人々は、皆手を取り合って収穫の喜びを分かち合い、感涙にむせんだ・・・(T-T)(フェードインで流れ始める「ヘッドライト・テールライト」のBGMと共に、もとい!

akiqueen_sig.sakuma.jpg【photo】 昨年の9月下旬、佐久間さんが丹精込めて育てたた安芸クイーン。収穫までおよそ半月を待つブドウに色が乗ってくるのはこれから

 大工を代々の家業としていた佐久間さんが、国の減反政策の強化もあって副業のコメ作りからの転作でブドウ栽培を始めたのが12年前のこと。さまざまな果樹が育つ西荒屋でも、ブドウは今も栽培が最も盛んな果物です。地区内のR112沿いにある産直あぐりを9月中旬から10月半ばにかけて訪れてみてください。大玉種を主力に所狭しと並ぶブドウの品種の多彩さに驚かれることでしょう。シーズン中に60品種以上のブドウを取り扱うという産直あぐりでは、店頭設置のPCで消毒回数などの栽培履歴がわかるトレーサビリティシステムを平成17年度から導入しています。店舗に隣接する加工場では組合員が栽培した果物のジュースやジャムも製造、86人の加盟生産者の多くが県からエコ・ファーマーの認定を受けています。佐久間さんもブドウをご主人の名であぐりに出荷しており、生産者の名前が記された安全で美味しいもぎたての果物や野菜類を安心して購入することができます。
sna.sakuma.jpg 【photo】 ブドウ畑に佇む小柄な佐久間みつさん。いつも笑顔が素敵な方です

 江戸時代中期の宝暦年間、甲斐(現在の山梨)から甲州ブドウが庄内藩にもたらされます。ところがブドウの房が垂れ下がるさまは、武家にとって「武道が下がる」からと19世紀初頭の文化年間に西荒屋地区の肝煎(=庄屋)であった佐久間九兵衛が苗木を貰い受けたのだとか。西荒屋は前述の通り、砂利交じりの土壌が広がるブドウ栽培に適した土地。村役人だった九兵衛は甲州ブドウの栽培を村民に奨励、以来長いブドウ栽培の歴史を刻む土地柄なのです。ゆえにブドウ作りに関しては一家言持つ栽培農家には事欠きません。ブドウ農家としては新参者だった佐久間さんは、農業改良普及員や周囲の助言に真摯に耳を傾けます。現在ブドウが育つ畑は水田からの転作だったため、暗渠排水によって乾田化を図り、粘土質の土壌改良は、元来樹勢が旺盛なブドウの剪定した枝や、防虫のために剥ぎ取る樹皮をチップや炭にして撒き、ブドウが好む排水性の良い土壌に改良したといいます。内陸部に比べて積雪量が比較的少ない庄内でも山あいに近いため、1m以上に及ぶ雪に覆われる冬を除いて、雨よけのビニールテントを上に掛けるものの、四方は防虫ネットで囲むだけで通気性を確保します。雨が多い日本では避けることが困難な消毒回数も慣行栽培の半分ほどに留めています。

uva_takao.jpg 【photo】 佐久間さんが育てる「高尾」。房の中から顔を出したままじっと動かないアオガエルが一匹

 8月中旬には収穫されるデラウエアとスチューベンといった収穫時期が早い米国原産のブドウに始まり、ワイン醸造用欧州品種のメルローとシャルドネ、9月に最盛期を迎える生食用大玉種の巨峰、高尾、ピオーネ、ハニーブラックなどの黒系品種、安芸クイーン、赤嶺、ゴルビー、信濃スマイルといった赤系品種、ピッテロ・ビアンコ、ゴールドフィンガーなどのイタリア原産種や白峰、ハニーシードレスといった白系品種まで、佐久間さんが栽培するブドウは現在20品種以上にのぼります。樹齢が上がってき近年では、ブドウの品質向上に確かな手ごたえを感じているご夫妻は、新品種の栽培にも意欲的です。みつさんが友人の女性グループと共に昨年イタリア北西部ピエモンテ州を訪問した折、滞在したアグリツーリズモ「Rupestr」のオーナー、ジョルジョ・チリオ氏の勧めがあった「Cortese コルテーゼ」種の栽培にも挑戦します。コルテーゼは、著名なDOCG白ワイン「Gavi ガーヴィ」の原料となるブドウ。ぜひ将来は作付けを増やして頂き、月山ワイン研究所に製造を委託する「Gavi di Shonai」でいつの日か乾杯しましょうね"( ^0^)Y*Y(^0^ )"。
uva_mokke.jpg【photo】 この日佐久間さんの畑で採らせて頂いたブドウの一部。上から時計回りにハニーシードレス、安芸クイーン、高尾

 10月も下旬に差し掛かり、前回お邪魔した9月下旬の大玉ブドウがたわわに実る畑とは一見して様相が変わっているのが分かります。「もう終わりが近いから、いい房が無いでしょう」と佐久間さん。「(商品にならない)小さな房はいくら採って食べてもいいから、良さそうなのを持って行って」と仰るので、いつものように色付きのよいブドウを見定めて味見しながら、これぞという房を剪定ハサミで採ってゆきます。先ほどアル・ケッチァーノで食べてきたドルチェ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」に使われていたハニーシードレスは、まだ粒にみずみずしい張りがあり、蜂蜜のような甘さも充分。5年前の夏、当時から佐久間さんと栽培契約を結んでいたアルケの奥田シェフに案内されたこの畑で味見したブドウの中でも、特に高貴さをたたえた甘味に魅せられたのが安芸クイーンでした。いずれ劣らぬ佐久間さんが育てるブドウでも私が最も好きな品種です。ここ数年、地球温暖化による高温障害で着色不良が見られるという安芸クイーン。この日収穫した高尾と同じく、旬の盛りを過ぎて果皮が幾分硬くなってはいるものの、枝から派生した孫枝に実を付けた"末成り(うらなり)"のブドウですら、甘さの乗りに全く不足はありません。しかし「もう出荷出来ないブドウだから」と、佐久間さんはハニーシードレスの代金しか受け取ろうとしません。「食べてもらえば、ブドウも喜ぶからね」とも。いやー、もっけです~。そんなブドウを慈(いつく)しむ作り手の素敵な気持ちも頂いて「じゃ、また来シーズン」と畑を後にしました。
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【photo】秋のスペチャリテ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」

 次に向かったのは、佐久間さんの友人でもある長南 光さんのもとでした。昼食前、ヤマブドウ畑に立ち寄った進藤 亨さんの山に青ミズの実を採りに行くというアルケの土田料理長とそこで待ち合わせをしていたのです。知憩軒の玄関先に足を踏み入れた私に声を掛けてきたのは、主人の長南さんではなく、アルケの魅力を綴った「奇蹟のテーブル」の撮影でお世話になったカメラマン高橋 知政氏でした。山形在来作物研究会の監修で来春早々に発行を予定しているという、庄内の代表的な在来作物の調理法を紹介するレシピ本の取材で知憩軒においでだったようです。庄内地方の伝統野菜「ズイキ芋」を使った光さんとみゆきさん親子が作る和洋それぞれの料理の撮影がひと段落したところに、私がひょっこり登場した次第。取材に立会っておられた山形大学農学部の平 智教授ともども、チョコレートとクリームチーズがミックスされた「マーブルチーズケーキ」(200円)と有機栽培コーヒー(350円)をちゃっかりご馳走になってしまいました。これまたもっけですぅ~。もともと長南さんには昨年冬から産直あぐりの店頭に並ぶようになった知憩軒の美味しいアップルパイに関して取材申し入れをしようと思っていました。棚ボタで頂いたケーキとコーヒーのお礼はアップルパイのご紹介ということで手を打って頂けませんか...(;^_^A

2008.10.21monte_shindou.jpg【photo】進藤さんの山でミズの実を採るアル・ケッチァーノの土田料理長(右)

 間もなく現れた土田さんの車を何故か先導する形で(逆だろ、普通...)向かった進藤さんの山。土田さんに続いて杉林に足を踏み入れると、小豆のような実をつけた青ミズが一面に生えています。そこは「山菜の道」として奥田シェフがさまざまな雑誌などに紹介してきた場所です。初夏から秋にかけて、鬱蒼とした杉林の根元は青ミズのじゅうたんで覆いつくされます。初夏には鈴なりの天然木イチゴだって食べ放題。その山の豊かさには、ほとほと感心させられます。この日も10分もすると片手に持ちきれないほどの実が採れました。そこへ「ほぅ、採れたね」とミズの実に一瞥を投じながら真如海上人の末裔こと進藤亨さんが外出先から戻って来られました。ディナーの準備のため慌しく店に戻った土田料理長がいなくなった後も、気になる今年収穫したヤマブドウを使うバルサミコの仕込みのことや、現在熟成中のバルサミコの様子、更にはヤマブドウとカベルネソーヴィニヨンを掛け合わせた交配種「山ソーヴィニヨン」の生育状況などを伺い、「今度は木イチゴ好きの野生児私の娘のこと)を連れていらっしゃい」と仰る進藤さんとお別れしました。

 この後訪れる月山パイロットファーム、あねちゃの店、井上農場など、いつも飛び切りの食材をご提供いただいている先々と、期せずしてお会いした馴染みの方々から頂く「ごっつぉ」で溢れ返る「もっけだの」な展開の佳境は、また次回!!

◆ブドウ狩りに関する問合せは
 佐久間ファーム : TEL 0235‐57-3188 へ

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新・ごっつぉだの もっけだの
≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」中篇へ続く

         
なんだか映画「猿の惑星」シリーズみたいになってきた・・・(爆)


【注1】 互いに日本一のサクランボ産地であることを譲らない東根市と寒河江市。櫛引地域では見当たらないものの、山形内陸地域で散見されるサクランボのハウス栽培。寒中にも拘らず、重油を燃やしてハウスの中を初夏の陽気に暖めるだけでなく、CO2の排出によりハウスの外(⇒地球環境)も温暖化させている。求められる環境保全型農業に逆行するunsusteinable アンサステナブル(=持続不可能)な発想といい、燃料代+αを転嫁した1箱ウン万円というunbelievable アンビリーバボーな値段といい、あまり感心できる所作ではないのでは? 旬に食べる果物のほうが、自然の摂理に適っているし、かえって有難みを感じると思うのですが...。
 赤川に面した西片屋地区のサクランボは、昭和30年頃に発生した灰星病で全滅する被害を受けている。その痛手からおよそ10年を経た頃、数軒の農家が再びサクランボの栽培に取り組み現在に至っている。今では県内生産高の2%と収量こそ少ないものの、高い糖度と酸が調和したメリハリある味のサクランボが雨避けテントで覆った露地栽培で生産されている


【注2】 黒川地区は国の重要無形民俗文化財の指定を受ける「黒川能」の里として全国に知られる。地区の鎮守、春日神社では旧正月の毎年2月1日から2日にかけて、凍て付く夜を徹して氏子の住民たちが演じ手となる能や狂言が上演される「王祇祭」(おうぎさい)が蝋燭の明かりのもと古式ゆかしく奉納される。祭りに先立って1月下旬の土日には、特設の巨大囲炉裏で串刺しにした1万本もの豆腐を地区を挙げ昼夜通して炭火焼きする。その後、一旦凍らせた「凍み豆腐」が二番汁と呼ばれる味噌煮味や醤油ベースの味付けで観客に振舞われる。29日の降神祭、30日の酒くらべ、31日の掛餅かけなど、当日まで数々の神事・行事が行われ、王祇祭本番を迎える。凍み豆腐は「豆腐まつり」とも呼ばれる黒川能のもうひとつの顔ともいえる

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2008/10/27

「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会【後編】

小昼(こびる)で頂く農家の味

【前編】 「作り手と食べ手を結ぶ収穫の喜び」 より続き

 食べ手である参加者が、生産者と心をひとつにして収穫作業を進めた「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会。あらかた刈り取られて丸坊主となった田んぼの一角に、手付かずのまま 3列×4株=12株の稲穂が残され、その上に広げた新聞紙が置いてあるのが目に留まりました。稲刈り作業を終えたところで、この日ご一緒したNPO法人「鳴子の米プロジェクト」のメンバーで、「朝市・夕市ネットワーク」の理事でもある仙台在住のフリーライターで旧知の間柄の小山(こやま)厚子さんに「何ですか?これは」と質問しました。

2008.10.04kobiru1.jpg【photo】参加者が刈り取った田んぼの一角に残った12株の稲の意味を説明する小山 厚子さん(写真右)

 私の問いに小山さんは「これが私たちが一日に食べるご飯茶碗3杯分のコメです。一人の命を一日養うためには、ちょうど新聞紙を開いた大きさの田んぼのコメが必要なのです」と答えられました。なぁーるほど...。その日は九州で講演の仕事があって顔を見せなかった鳴子の米プロジェクトの総合プロデューサーで、民俗研究家の結城 登美雄氏に後日お会いする機会がありました。印象に残ったこのエピソードを切り出すと、どうやらこのシンボリックな演出は結城氏のアイデアだったことが窺えました。

2008.10.04kobiru4.jpg【photo】参加者全員を前にコメと耕作地の尊さを説くNPO法人「鳴子の米プロジェクト」の上野理事長

 食生活の多様化によってコメ離れが進む昨今、一人の日本人が年間に消費するお米はおよそ60kg(「宮城米コメナビweb」より)。鳴子の米プロジェクトでは、一俵(60kg)当たりの米価を24,000円に設定しています。プロジェクトのシンボル「ゆきむすび」の予約購入者が一日に支払う対価は、一年の日数365で割るとはじき出されますが、その額は65.75円でしかありません。ご飯茶碗に盛られるご飯は、相撲部屋でもない限りは60g前後ゆえに、一膳のご飯に要する支出はおよそ24円となります。

 昨年3月に鳴子温泉郷で400人もが参加して行われた「鳴子の米発表会」の席上、茶碗1杯のご飯と並んで、1/4大の笹かまぼこ一切れ・イチゴ1粒・グリコのポッキー4本を載せた3枚の皿が展示されました。これは、一膳のご飯と同じ24円相当の食べ物を並べて、米価下落を受けて青息吐息の米作農家が作るコメの価値を再認識してもらおうという結城氏の発案によるものでした。「稲刈り交流会の参加者に分かりやすい例えで自分の命をつなぐコメと農地の大切さを実感してほしかったのさ」と、結城氏は私に語りました。食卓で新聞に目を通しながら食事を摂ることがあったなら、あなたの一日の糧(かて)となるコメを作るのに、手にした新聞を見開いた広さの水田が必要で、そこで俗に言う"八十八の手間をかけて"コメを作る人がいることを、どうか思い起こして下さい。
2008.10.04kobiru3.jpg【photo】刈ったばかりの田んぼにビニールシートが敷かれた。作業が一段落したところで、そろそろ小昼の時間。おむすびをさまざまに味付けし、美しく盛り付けるのも、手際よく会場の準備を進めるのも、地元のお母さんたちだ

 落穂拾いを終える頃、農作業の合間に出される昼食、「小昼(こびる)」がお母さんたちの手で運ばれてきました。小昼を作って下さったのは、中川原地区のR108沿いにある産直「やまが旬の市」のお母さんたちです。朝方は雨よけに使われたビニールシートが刈り取った田んぼの中に敷き詰められました。手際よく小昼の準備が進む中で、残された12株の稲穂の前には、緋毛氈(ひもうせん)を敷いた台が設えられました。そこには昨年収穫された「ゆきむすび」を握ったおむすび三個と湯飲み茶碗に注がれたどぶろくが供えられました。交流会への参加者のみならず、駆けつけたお母さんたちにも集まるよう呼びかけた上野理事長が、残された稲穂の意味を説明し始めました。そこで私たちが稲刈りをした4アールの田んぼ一枚が、おおよそ一人の人間を一年間養うのに必要な広さであることが語られました。
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【photo】自ら握った彩り豊かなおむすび(下写真)を手に、屈託のない飛び切りの笑顔を見せてくれた鬼首地区の産直「やまが旬の市」のお母さんたち。皆さんの手の温もりが伝わるふっくらとしたおむすびと、おもてなしの心が伝わる郷土料理は、どれをとっても美味しかったです。皆さん、ごちそうさまでした。2008.10.04kobiru7.jpg

 小泉政権下、お題目のように唱えられた「改革」の号令のもと、"攻めの農業"への転換を図るために「経営所得安定対策等大綱」が定められました。大綱の三本柱のひとつ「品目横断的経営安定対策」では、山間地など地域条件による緩和措置はあるにしても、北海道を除く本州以南では耕作面積が4ヘクタールに満たない農家と20ヘクタール以下の営農組織は、国から補助金を受けることができる農業の「担い手」と見なされなくなりました。全ての農家、品目別に補償制度を設けていたため、バラマキとの批判もあった従来の農政から食料生産の現場に競争原理を導入する一大転換だと農水省はこの施策を自画自賛します。税金の使い道に関する議論はさておき、国は税収不足を背景に、大多数を占める中小の農家への補助を打ち切る道を選びました。ちなみに鳴子地域にある620軒の農家の中で、担い手農家に該当するのは全体の1%に満たない6 軒だけに過ぎません。

2008.10.04kobiru8.jpg【photo】自家製の漬物や野菜の煮しめなど、素朴な農家のおふくろの味が並ぶ

 耕土が限られる中山間地の農家は、もはや自活の道を探るしかありません。この日、稲刈り交流会が行われた後藤さんの圃場の周辺にも耕作放棄地が点在しているのを目にしました。地域住民の高齢化がこうした流れを加速させています。鳴子地域では、耕す人のいなくなった耕作放棄地がこの10年で4倍以上の70ヘクタールにも増えました。若い世代を含む参加者を迎えて行われた今回の交流会には、少しでも山間地におけるコメ作りに関心を持って欲しいという地域の切実な願いが込められています。寒冷な栽培環境にも適合し、用途が広く食味に優れた低アミロース米「ゆきむすび」は、鬼首地域の農家にとって、これからもコメ作りを続けていこうという希望の象徴でもあるのです。
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【photo】「よっ!待ってました!!」47銘