あるもの探しの旅

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2017/02/11

聖ダンデロの被昇天(2) Assunzione di San-Dan-Deloseguito

妙なる芳香で天にも昇る心持ち〈後編〉
@ヤマガタ サンダンデロ

 2016年シーズンは、解禁当初から不作が続いたアルバ産白トリュフ。12月の最終盤に至ってやっと産出量が持ち直しました。

 白トリュフを愛してやまない庄イタを、白トリュフ天国へと導く大天使ジョルジョが、堪能するのに十分なサイズの白トリュフを携え、年が改まってすぐ日本に再降臨してくれました。

 365分の1の確率で東京出張と重なった2017年(平成29)1月12日(金)の夜、銀座「ヤマガタ サンダンデロ」を会場に催されたピエモンテ料理の会で供されたメニュー(下画像)は以下の通り。

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 ジョルジョが音頭をとった乾杯の1杯は、ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェに醸造所とブドウ畑を有する作り手Dante Rivetti ダンテ・リヴェッティの「Brut Metodo Classico Millesimato Ivan ブリュット・メトード・クラシコ・ミッレジマート・イヴァン(下画像)Metodo Classicoとは、読んで字のごとく伝統製法の意味。

 瓶詰めしたワインに酵母入りシロップを添加し、再発酵させることで発生する炭酸ガスを液体に溶け込ませる発泡性ワインの製法が瓶内二次発酵です。

 物騒かつ意味不明な「発砲」ともども、フランス産の発泡性ワインを指すCrémantクレマンとの誤用が散見されるシャンパーニュや、ミラノが州都となるロンバルディア州ブレシア県の風光明媚なイゼーオ湖の南畔地域で産出する高品質なD.O.C.GFranciacorta フランチャコルタ」は、手間の掛かるこの製法によるもの。

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 細やかな泡立ちが持続し、芳醇な香りが心地よいイヴァンは、高価なヴィンテージ・シャンパーニュと同じ36カ月を要する瓶内二次発酵後に澱引きし、コルクを打って6カ月の瓶熟成後にセラーから出荷されます。使われるブドウ品種はピノ・ネロ。ブルゴーニュ原産の高貴品種ピノ・ノアールは、イタリアではこう呼ばれます。

 白トリュフが主役となる豪奢なコース料理のプロローグを飾ったのが、ご覧の通り盛りだくさんなアンティパスト(下画像)

 ジョルジョが持参した生ソーセージ「Salsiccia サルシッチャ」2種、お手製バニェット・ヴェルデほか、ロビオラチーズと自家菜園ハーブのペースト、ズッキーニのブルスケッタ3種、リグーリア特産のオリーブ「タジャスカ」のオイル漬やヘーゼルナッツ。

antipasti2017.1-san-dan-delo.jpg ピエモンテ産D.O.P.(=保護指定原産地表示)チーズは、熟成期間が異なる牛乳製「Toma トーマ」や山羊乳製「Robiola di Roccaverano ロビオラ・ディ・ロッカベラーノ」など5種類。

 盛り合わせの中には、北海道大樹町で飼育する水牛の乳から、鮮度が命のフレッシュタイプのチーズ作りをしている竹島英俊さんの貴重なモッツァレラ・ディ・ブッファラとその製造過程で出るホエー(乳清)を原料とするリコッタ(上画像右上の2点)も。

 食肉としても美味な水牛の乳は栄養価が高く、カンパーニャ州ナポリ近郊のカゼルタやサレルノ周辺で飼育されます。その数は多くはなく、貴重な存在です。

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 日本では唯一の水牛乳によるフレッシュチーズ作りを宮崎県で行っていた竹島さん。2010年(平成22)に県内で発生した口蹄疫の影響で、やむなく全頭を殺処分し廃業を余儀なくされました。挫折を乗り越え、鶴岡での充電期間を経て今日に至っています。

 アスティ県モンフェラートで4代続く醸造所Tenuta Olim Bauda テヌータ・オリム・バウダは、ピエモンテで飲んだD.O.C.G 昇格前の「Barbera d'Asti superiore Le Rocchette バルベーラ・ダスティ・スーペリオーレ・レ・ロッケッテ」2004年ヴィンテージが印象に残り、ボトルからエチケッタ(上画像)を剝がして持ち帰った作り手。

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 今回、エレガントな「Chardonnay D.O.C. i Boschi 2013シャルドネ・イ・ボスキ」2013年とともに味わったアンティパストの中では、22年熟成のロビオラ・ディ・ロッカベラーノは特筆に値します。(下画像)

 22年の歳月を重ねた山羊乳チーズの色合いは、出来立ての純白から黄色に変化。固形からゲル状に変容したトロ~リとした食感。乳由来の甘味は消え、強い塩味・ほのかな酸味が入り混じった重層的な旨味へと変化。コクと強烈な香りが、口腔と鼻腔とを満たし、長~い余韻を残します。

vecchia-robiola22anni.jpg 2皿目「活ホタテのオーブン焼き」が運ばれてくると、トリュフとスライサーを手にしたジョルジョが、各テーブルを回り始めました。

 ジョルジョは庄イタの脇に立つや、遺留品の臭いを警察犬に嗅がせる捜査官さながらにスライスしたての白トリュフの塊を庄イタの鼻先に持ってくるスペシャルサービスをしてくれたのです。

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 それはまさに天にも昇る心持ち。現世で日本人として生を享けるおよそ1世紀前、祖国統一の気運が燃えさかったRisorgimento リソルジメント(=イタリア統一運動・1815-1871)末期、ガリバルディ率いるCamicie Rosse(赤シャツ隊)に身を投じ、前世で授かった命を捧げた(と、自身では信じて疑わない)庄イタ。

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【Photo】赤シャツ隊を率いて祖国統一を成し遂げた英雄ジュゼッペ・ガリバルディ()。イタリア国旗を手にしたViaggio al Mondoのプロフィール紹介写真と構図が似ているのは、単なる偶然か、あるいは必然か。オフに着用するアウターは、赤シャツ隊の制服と同じ配色(

 来世では、再び前世における郷里ピエモンテで、トリュフ犬に生まれ変わったとしても本望かも。(実際のトリュフ狩りでは、発見した白トリュフをトリュフ犬が食べてしまう寸前、トリュフハンターがエサを与えて犬の気をそらし、トリュフを横取りする)

 ただし、庄イタから輪廻転生したトリュフ犬は、白トリュフが地中から発する魅惑的な香りを探知すると、きっとマタタビに惚(ほう)けて喉をゴロゴロ鳴らすネコ気質な犬に突如変身。仕事そっちのけで白トリュフの法悦に浸るデクノボウなワンコに相違ありません。(下想像図)

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【Photo】ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「Estasi di santa Teresa d'Avila 聖テレジアの法悦」(1647-1652 ローマ:サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂)16世紀のスペインに実在した修道女テレジアが天使と遭遇した神秘体験を超絶技巧を駆使して大理石で具象化した盛期バロック期の傑作

 ご主人様と職務に忠実なトリュフ犬が掘り出し、トリュフハンターが手に入れた白トリュフは、時間が経過するにつれて水分と共に香り成分が揮発してしまいます。

 ジョルジョによれば、仕入れ時点の重さ185gが、会合当日には160gまで減っていたとのこと。イタリアで食するアルバ産白トリュフのクラクラするような香りを120%とすると、正直60%程度の印象だったのはやむなしでしょう。

 それでも採れたては嗅覚の針が振り切れるほどの強烈な香りを発する白トリュフ。たとえは悪いですが、腐っても鯛。前世の記憶を覚醒させるに十分なのでありました。

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 イタリア共和国全20州の中で、海に面していないのは5つ。中部ウンブリア州以外は、国境をスロベニア・オーストリア・スイス・フランスの各国と接する北部に集中し、その一つとなるのがピエモンテ州。

 この日4皿目に登場した卵を練り込んだ手打ち細麺「Tajarin al Tartufo タヤリン・アル・タルトゥフォ」ほか、「Fonduta チーズフォンデュ」、リゾット、肉を使った郷土料理に白トリュフを用いるのがピエモンテでは定番。ジョルジョのみならず庄イタにとっても海鮮系の具材は意表を突くカップリングでした。

 卓上のメニューを見た時、否応なく期待値が高まったこの創作料理。後日、土田シェフに確認したところ、全国を股に駆ける奥田シェフが、とある関西のフレンチレストランで出合った料理がベースとのこと。

 築地直送の新鮮なホタテのヒモで出汁をとり、白ワインを加えて煮込んだ生クリームソースが、生ウニがトッピングされた香ばしいホタテと白トリュフとの絶妙な一体感を生み出していたように感じました。

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【Photo】知らぬ人のないサンドロ・ボッティチェッリ「 La Nascita di Venere ヴィーナスの誕生」(1482-1485頃 フィレンツェ:ウフィッツィ美術館蔵)ギリシア神話によれば美の化身ヴィーナスは海の泡から生まれた。春の妖精ホーラが裸身を恥じる女神に淡い朱色のヴェールを掛けようとする場面を描いた人類の至宝

 土田シェフによって貝殻の中に出現していたのは、かぐわしい白トリュフと生ウニで装ったホタテが泡立つ乳の海に浮かぶ小宇宙。それは庄イタにサンドロ・ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」(上画像)を彷彿とさせたのでした。

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 妻フローラを伴った西風の神ゼフュロスのごとくホタテに新たな息吹を吹き込んだのは土田シェフ。さすれば春に咲く花が散りばめられたヴェールをヴィーナスにまとわせようとするニンフは、(ビジュアル的には違いますが)トリュフと愛嬌を振りまくジョルジョという寸法。

 郷里では魚介系の料理がほとんど食卓に登場しないピエモンテーゼ、ジョルジョを驚愕せしめた白トリュフ料理1皿目。産地でも高嶺の花である白トリュフを惜しげもなく使った2皿目は、典型的な白トリュフの食し方である「タヤリン・アル・タルトゥフォ」(下画像)。1皿目が革新ならば、2皿目は伝統への回帰といったところでしょうか。

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【Photo】タヤリン・アル・タルトゥフォ。卵黄を小麦粉に練り込み、幅2-3mmに切り分けた手打ちロングパスタ「Tagliolini タリオリーニ」をピエモンテ州では、「Tajarinタヤリン」と呼ぶ。秋を迎えたピエモンテで代表的な食べ方が、白トリュフをすりおろしたこの料理

 メニューに記載がなかった3皿目「Vitello Tonnato ヴィテッロ・トンナート」は、もともとアンティパストの一品として用意された料理です。(下画像左上)

 ところがチーズやブルスケッタなどが所狭しと並んだボリューミーな1皿目では盛り付る場所が確保できずに出番を失ったのです。こうして単品で供され、日の目を見たのでした。

 そこに「1杯お味見にどうぞ」とフロアを預かる久保副店長からテヌータ・オリム・バウダ「Nebbiolo d'Alba San Pietro ネッビオーロ・ダルバ・サン・ピエトロ」2012ヴィンテージがサービスで出てきました。

 蒸し焼きした庄内産仔牛の冷製にジョルジョが味付けしたツナをベースにタマネギやニンニクで味を整えたソースが加わったピエモンテ伝統の郷土料理とは、さすがの好相性。

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 典型的なピエモンテ料理であるイノシシの赤ワイン煮込み「Brasato ブラザート」(上画像右下)がセコンド・ピアットに控えていたため、相性を考えてオーダーしたのは、ダンテ・リヴェッティのD.O.C.G.Barbaresco Micca バルバレスコ・ミッカ2006」(上画像右上)。〝産地を訪れた年のワインは出来る限り飲んでみっか〟という自身の不文律に沿ったチョイスです。

 もう一つの選択肢だったのが、D.O.C.G.Baloro Léglise バローロ・レッリーゼ2007」(上画像左下)。相席となった新宿中村屋にお勤めというNさんのご厚意で一口グラスで味見させて頂き、より厳格で力強いバローロらしさを確かめた果報者なのでした。

 秋の収穫期にバルバレスコ村を訪れた2006年のような作柄に恵まれた年は、ネッビオーロの特徴となるタンニンが落ち着き、複雑味が増して飲み頃を迎えるまで時間を要する場合もあります。

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【Photo】2006年10月末。天使のようなグラッパ職人ロマーノ・レヴィとイタリアワイン界の巨人アンジェロ・ガヤの醸造所を訪れた鼻血が出そうなくらい中身が濃かった1日。世界で最も美しいブドウ畑の眺めだと地元の人々が胸を張る銘醸畑が広がるBarbarescoバルバレスコ村の景観は、2014年に世界文化遺産として登録された。Neive ネイヴェの市街地から2kmほど進むと、ネッビオーロが大半を占めるブドウ畑の中に浮かぶ浮舟のようなバルバレスコ村が見えてきた(画像右奥)

 しばしば〝イタリアワインの女王〟と形容されるD.O.C.G.バルバレスコ。伝統的な大樽による造りで、収穫から丸10年を経た2006年ヴィンテージは、熟成して角が取れてきたネッビオーロならではの深みのある味わいに魅了されました。

 翌日から日本橋人形町で開催される「山形・鶴岡の餅文化を味わう会」準備のため、鶴岡から出張しておいでだった「山菜屋.com」を運営する遠藤初子さん。旧知の間柄である遠藤さんと同じテーブルとなったこの日。

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【Photo】出てのお楽しみな〈Speciale piatto〉とだけメニューに記載された一皿がコレ。一味もふた味も違う山の幸を取り扱う山菜屋.comの遠藤さん手配による鶴岡朝日地区産の山栗のリゾット。一般に流通する燻蒸した栗の3倍近い糖度を有するのは、冷蔵保存するがゆえ。手作業による厳しい選別を行うことで無燻煙による栗本来の味を堪能できる

 風味が濃い山栗を鶴岡から送った当のご本人を目の前にして食するリゾット。それは数多くの生産者や食の匠とのご縁ができ、1皿の有難みを実感できた往時のアル・ケッチァーノ系列の店ならではの醍醐味でもありました。

 リグーリア州内陸部サヴォーナ県サッセロに本拠がある菓子メーカーAmaretti Virginia製の杏子風味のサックリした歯応えの伝統菓子「Amarettiアマレッティ」、鶴岡市羽黒産ブルーベリージャムとピエモンテ産ヘーゼルナッツのトルタ、そしてジョルジョが好きだという獺祭の酒粕ジェラートの3品がデザートで登場。

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 締めのカッフェを頂きながら、ジョルジョは思い出話に花を咲かせました。醸造所が1年で最も忙しい収穫期に訪れたバルバレスコの帝王こと、Anjelo Gaja アンジェロ・ガヤの醸造所訪問が、実はノーアポで、先方が困惑しながらも「ジョ、ジョルジョか...。」と、固く閉ざされた緑のゲートを開けて渋々会ってくれた件。

 そして新潟・村上経由で訪れたイル・ケッチァーノで、白トリュフを食べ損ねた件(前々回「Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =」参照)。その珍道中ぶりとジョルジョの気さくな人柄に、テーブルでご一緒した女性たちからも笑いがこぼれます。

 鎌倉でのピエモンテ同窓会に続き、白トリュフの香りに包まれ、ひと時の昇天を果たした庄イタ。ココロの郷里ピエモンテと庄内への渇望感を癒された一夜となりました。

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2017/01/15

Compagna di Piemonte = ピエモンテ同窓会 =

旧交を温め、白トリュフに耽溺す

 年が改まり、昨年11月に神奈川県鎌倉市JR大船駅近くの「アトリエキッチン鎌倉」で開催された「白トリュフとピエモンテ料理の夕べ」。

 魅惑的な響きと香り漂う集いの場となったアトリエキッチン鎌倉に揃ったのは、イタリア大使館の書記官や料理研究家など、20名以上の多彩な顔触れ。その中に懐かしい顔もありました。

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【Photo】2006年10月31日の朝。カネッリでの一週間を過ごしたRupestrで同行メンバーとともにセルフタイマー撮影した1枚。10年の時を経て、八巻さん(左から6番目)、ジョルジョ(中央)、西川さん(右から3番目)と庄イタ(左端)が再び集った

 まずはピエモンテ州アスティ県カネッリのアグリツーリズモ「Rupestrルペストゥル」オーナーシェフ、ジョルジョ・チリオ氏。竹灯籠に灯を点す点灯ボランティアを共に行った「宵の竹灯籠まつり」で新潟・村上を案内後、鶴岡を経て翌日仙台駅まで送った2007年10月以来の再会です。

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【Photo】2007年10月。サケが大好物というジョルジョを伴い、宵の竹灯籠まつりの折に訪れたのが新潟県村上市。古風な町屋造りの商家が建ち並ぶ鮭の町・村上をそぞろ歩きしながら立ち寄ったのが「イヨボヤ会館」や、梁と組み柱が4間幅の吹き抜け天井を支える築200年の「吉川酒舗」など。「味匠 喜っ川」で、いつになく神妙な面持ちで、芸術作品のごとき鮭の加工品を試食するジョルジョ。塩引きや酒びたし用に鮭を干している店舗奥に案内すると、両手を広げて感激を露わにした

 今シーズンは白トリュフが不作で量の確保が難しく、例年以上に貴重な白トリュフをピエモンテから携えての来日となりました。

 そして2006年10月末にイタリア・トリノで開催された「テッラ・マードレ2006」と「サローネ・デル・グスト」の取材旅行でご一緒した雑誌「四季の味」前編集長の八巻元子さん、フードライターの沖村かなみさん、盛岡在住の税理士でジョルジョから〝Azzuco アズーコ〟とピエモンテ訛りの(?)ファーストネームで呼ばれる西川温子(あつこ)さん。

piatto2012_04morioka.jpg ジョルジョとのご縁を繋いで下さった西川さんには、仙台圏で29万部を発行する月刊誌Piatto2012年4月号の巻頭特集「春の日帰りトリップ・盛岡女子旅」の地元ナビゲーターとしてご登場頂き、震災後の無事を確認していました(画像左側)

 一方、ジョルジョ、八巻さん、沖村さんとは、イタリアでご一緒した翌年の秋、西川さんも含めて鶴岡「イル・ケッチァーノ」で同窓会よろしく会食しています。

 その時もジョルジョは白トリュフを持参しており、心ゆくまでピエモンテの妙なる香りを満喫できるはずでした。

 ところが、ここで述懐する事件が起きたため、忘れがたい一夜として今も記憶に残るイル・ケッチァーノでのピエモンテ同窓会 第1章を振り返ると...。

 カネッリにある醸造所「Gancia ガンチア」の辛口スプマンテ「Carlo Gancia Metodo Classico Brut(上段左)で乾杯。お任せコース一皿目の定番「ワラサと満月の海の塩」(上段中央)以降は大皿取り分けで魚料理5皿が立て続けに運ばれてきました。

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 続いてパスタ料理3皿・ピザ1枚・アクアパッツァが次々と登場(下画像4点)。こんな大盤振る舞いが続き、肝心の真打ち白トリュフの登場を待ち焦がれるうち、胃袋の物理的な許容量は限界に到達しつつありました。

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 ジョルジョの発案でRupestr滞在中に催されたガラディナーで、テッラ・マードレ2006に招聘された奥田政行シェフが60名を超える参加者にメインディッシュとして提供したのと同じ「庄内牛の牛タン・ゴボウの香りの煮込み」(下段左)に続き、3皿目の肉料理「米沢牛のタリアータ・山ブドウのヴィンコットソース風味」(下段右)が出た後、厨房から「この後ドルチェを召し上がりますか?」とコース終了を意味する打診がありました。

 その問いかけに唖然として顔を見合わせたが、テーブルを囲んだ一同。

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 その頃から料理人としての本分以外に割く時間と労力がキャパを遥かに越え、オーバーワークで極端に疲弊していたオーナーシェフ氏。肝心の白トリュフを使った料理をなんと出し忘れたのです。ガーン....。(0д0!!)

 パサパサの状態で厨房から出てきた店主の様子からも、気力・体力ともに万全ではないことは明らか。悪びれるかのようにエヘヘ...と頭をかくシェフを前にすると、誰もが彼を叱責する気すら萎えてしまったのでした。

 満腹のあまり、ドルチェはおろか締めのカッフェすら、誰もこの夜はオーダーしなかったように記憶しています。この目でジョルジョが厨房に預けるところまでを確認した白トリュフを、私たちは一片たりとも口にすることはできませんでした。Mamma mia !!(=なんてこったい!!

。゚+(。ノдヽ。)゚+。。・゚・(*ノД`*)・゚・。(oTT) piangereeee (TTo)。・゚・(*ノД`*)・゚・。+(。ノдヽ。)゚+。゚

 心ここにあらずで質の低下が顕著となった某店からは次第に足が遠いた一方、涙なくしては語れないよもやの展開で食べ損ねた我が郷里の超高級食材、白トリュフへの思慕は募るばかり。

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 秋のトリュフ狩りシーズンを迎えると、大ぶりな白トリュフを手にした白トリュフの精が、庄イタの夢枕に立つようになりました(上画像 / イメージ図)

 悶々とした日を送る中で、西川さんから今回の企画開催を知らされました。そこに前回〝目の保養だけじゃねぇ...。〟で述べた通り、旧友から送られてきたピエモンテ土産のレシピ本に載った白トリュフのリゾットが、リベンジへと庄イタを駆り立てたのです。いざ鎌倉!

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【Photo】大船駅西口から徒歩3分のアトリエキッチン鎌倉へと向かう道すがら。店の前を流れる柏尾川に架かる電線に留まる鵜(ウ)の群れ。庄イタの目には、ウ長調の「白トリュフ序曲」の譜面であるかのように映った

 庄イタにとっては、期せずして〝ピエモンテ同窓会 第2章〟の場となったアトリエキッチン鎌倉を主宰する和田茂幸さんは、自然豊かな鎌倉市北西部に自家菜園を所有。畑とキッチンスペースを舞台に幅広い世代の食育に資するさまざまな催しを企画・運営しておいでです。

 Facebookを通じ、会費7,000円で事前に提示された白トリュフとピエモンテ料理の夕べのメニューは以下の通り。

 ・前菜:ペペロナータ(パプリカ)など自家製野菜ブルスケッタ3種
 ・チーズ:ロッカベラーノ産山羊のチーズ モスカートのモスタルダ添え
 ・パスタ:タリオリーニ 卵黄と白トリュフ添え
 ・メイン:肉ときのこの煮込み料理
 ・ドルチェ:ビスコッティなど
 ・自家製ワイン3種(シャルドネ、ドルチェット・ダスティ、モスカート・ダスティ)

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【Photo】東の空から昇ってきた晩秋の朝日に輝く朝霧が立ち込めたRupestr のブドウ畑。果樹園なども含めた耕作面積はおよそ3ha。海抜450mの高台にあるブドウ畑から北方に目線を転じた遥か先には、万年雪を頂くヨーロッパアルプスの山並みが連なる

 宿泊客を迎え入れるアグリツーリズモに改装する以前、1994年にブドウの古い品種名を名前にしたレストランとして開業したRupestr。ジョルジョは「ピエモンテの葡萄畑の景観」として2014年にユネスコ世界文化遺産に登録された地元カネッリの大手ワイナリー「Gancia ガンチア」で醸造の仕事に就いていました。

 自家製ヴィーノほか、フルーツのシロップ漬け「モスタルダ」、イタリアンパセリ・オリーブオイル・アンチョヴィなどで作るピエモンテ風ソース「バニェット・ヴェルデ」など、Rupestr製瓶詰め食品も当日は購入可とのご案内でした。とはいえ、何につけ段取り通りには物事が進まないのがイタリアです。

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 またも短命政権に終わったレンツィ元首相が推し進めた民営化が思うように捗らないイタリアの郵政公社Posteitaliane の国際郵便でカネッリから発送した販売用の荷物は指定通りの期日に届かずじまい。

 よって、Rupestr 滞在時、美味しさに刮目した微発泡性でほんのり甘いマスカット風味の「Moscato d'Asti モスカート・ダスティ」(上右側)を購入しようという目論見は、こうしてあえなく水泡に帰したのでした。Mamma mia !!!

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 一度や二度、計画が狂った程度で凹んでいては、飛びぬけて陽気なジョルジョがそうであるように、筋書きのないドラマが日常となるイタリアでは生きてゆけません。

 気を取り直し、白トリュフとピエモンテ料理の夕べの模様をさっくりとご紹介しましょう。

【Photo】夢か現(うつつ)か幻か。幾度となく夢枕に立った白トリュフの精が、庄イタの眼前に現る!!の図。概して内省的な人が多いといわれるPiemontese(=ピエモンテ人)らしからぬジョルジョ。突き抜けた陽気さから、Napoletano(=ナポリ人)に勘違いされるばかりか、そのウェット感が皆無の明朗快活さゆえ、Americano(=アメリカ人)ともいわれるのだとか(苦笑)

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 開始時刻まで幾分か早めに到着したアトリエキッチン鎌倉では、ジョルジョや八巻さんらが仕込みの真っ最中(上画像)

 自ら栽培した白ブドウ「シャルドネ」のみを使用し、数年前にRupestrの地下に完成させた醸造施設で醸すジョルジョとはおよそイメージがかけ離れた(笑)エレガントでスッキリした印象のヴィーノ・ビアンコでまずは乾杯。

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 蝶ネクタイ姿でビシっと決めたジョルジョが、冒頭にゆる~く挨拶。立食形式で肩が凝らないカジュアルな雰囲気のもとで会合はスタートしました。

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 少し熟成させた山羊乳チーズ「ロビオラ・ディ・ロッカヴェラーノ」、ズッキーニやパプリカのブルスケッタ、黒ダイコンなど鎌倉産西洋野菜のバーニャカウダ、鶏肉のキノコソース煮込など、ジョルジョがマンマのクリスティーナから受け継いだ優しい味付けがなされたお手製料理が皿盛りで登場。

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 うやうやしくジョルジョが取り出した白トリュフは、卵と白トリュフを練り込んだピエモンテの乾燥パスタ「Tajarin タヤリン」に混ぜ込んでの提供となりました(下画像)

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 本来はスライサーで白トリュフを目の前でシュリシュリしてもらい、料理にかけてもらうのが最もトリュフの香りが立つ食べ方です。今季はシーズン当初から白トリュフが不作のため価格が高騰。量の確保が困難だったため、あまねく参加者に白トリュフを楽しんでもらおうというジョルジョの配慮です。

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 それでもお代わりを所望した参加者には2皿目が行き渡る量は用意されていました。古代ローマに起源が遡るというレディ・ファーストを流儀とする庄イタは、最後に鍋にこびりついた残りをパンですくって食べるピエモンテ式食べ方を実践(上画像)

 次に予定にはなかった料理が登場。加熱すると甘味が出るポロネギ(リーキ)の旨味がジンワリ広がるリゾットです(下画像)。滋味深く優しいジョルジョの味付けに、ピエモンテ滞在中、我が家代わりに温かく迎え入れてくれたRupestrで過ごした日々が蘇ります。

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 前稿でご紹介した旧友から送られてきたRiso Gallo社発行のレシピ本101 Risotti dei migliori ristoranti del mondo.(=世界の至高のレストランのリゾット101皿)に推挙したいリゾットに続く〆のドルチェは、モスタルダが付け合わされたピエモンテの素朴な焼き菓子2種類とパンナコッタ(下画像)

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 Rupestr 滞在中、道案内をしている自覚があるのかないのか、どこへ向かうにもジョルジョは猛スピードで先導するのが常。遅れを取ってはならじと大型ワゴン車でタイヤを鳴らしつつ爆走しなくてはなりませんでした。

 時として立ち込める濃霧で前方の視界が悪い中、車酔いとも戦っていたはずの同乗者を含め、強いられる緊張から解放されたのがRupestrでジョルジョが用意する食事だったのです。

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【Photo】(左から)料理研究家の山内千夏さん、今回も元気いっぱいだったジョルジョ、同窓会メンバーの西川温子さん、同じく沖村かなみさん、同じく八巻元子さん、庄イタ

 前世の記憶を呼び覚ます白トリュフとジョルジョの手料理で、郷里への里心がむしろ募った感すらあったこの集い。年が改まってから、自分はなんと果報者なのだろうと実感した後日談がありました。それはまたいずれ。

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2016/09/17

躍動、縦横無尽。

青森ねぶた祭&五所川原立佞武多(たちねぷた)の偉容

◆青森ねぶた祭 編◆
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Feeding The Planet, Energy For Life.(地球に食料を、生命にエネルギーを)〟をテーマに昨年5月1日から10月31日までイタリア・ミラノで開催された「 Expo Milano 2015 (ミラノ国際博覧会)」には、140を超える国と国際機関がパビリオンを出展。184日間の会期中、2,150万人が訪れました。

 岩手県産のカラマツを木組み工法で組み上げた外観の日本館はとりわけ好評を博し、連日入館待ちの長蛇の列。入館者の9割が規則に縛られることを嫌うイタリア人だったにもかかわらず、最長で9時間も(!!)並んだことが、驚きをもって地元メディアで紹介されました。

Expo2015Milano.jpg【Photo】ミラノ万博には、2001年に大英博物館に出品したねぶたが世界最高のペーパークラフトと評され、2012年に第6代ねぶた名人の称号を授与されたねぶた師・北村隆氏が太陽と地球を表現した「日天・水天」が、八戸港からジェノヴァまで海を渡って凱旋した

 7月11日の「ジャパンデー」には「東北復興祭りパレード」が行われ、東日本大震災で寄せられた支援への感謝を込めて東北6県の夏祭りが披露されました。福島わらじまつり仙台七夕秋田竿灯まつりなどとともに、青森ねぶた「日天・水天」(上画像 / 幅6m・高さ4.5m・奥行き4.5mも出陣。

【Movie】2015年7月11日にミラノ万博ジャパンデーの目玉として催された「東北復興祭りパレード」

 毎年8月2日~7日に開催される青森ねぶた祭に繰り出す大勢の囃子・跳人(はねと)に先導された赤・青・黒などの原色を配した大型ねぶた(幅9m・高さ5m・奥行き7mが宵闇に鮮やかに浮かび上がる大迫力を再現できたかは、正直微妙なところ。

 欲を言えば青森ねぶたの運行は、あっけらかんとひたすら明るい真夏のイタリアの太陽のもとではなく、熱い情念が解き放たれる夜間であってほしかったのですが...。

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画像提供:(公社)青森観光コンベンション協会

 短い北東北の夏に燃え立つ燎原(りょうげん)の火のごとく、青森県内各地で催されるねぶた(ねぷた)祭。好天に恵まれた今年は、東北三大夏祭りでは最多となる276万人を集めた青森ねぶた祭、武者絵などが描かれた大小80台の扇型山車が「ヤーヤドー」の掛け声で繰り出す弘前ねぷたまつり、後述する五所川原立佞武多(たちねぷた)などは、実物に触れてこそ、溢れんばかりの熱気やスケールが体感できます。

 このところ、めっきり日が暮れるのが早くなりました。ここにご紹介するのは、お囃子と「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声とともに真夏の夜を熱く焦がした熱気渦巻く青森ねぶた祭に出陣した大型ねぶた22台の中から選ばれた入賞作。今更ではありますが、どうぞご覧ください。

nebuta2016taisho.jpg青森ねぶた「ねぶた大賞」:蝦夷ケ島夷酋(えぞがしまいしゅう)と九郎義経

竹浪比呂央氏 作(JRねぶた実行プロジェクト)

nebuta2016chijisho.jpg青森ねぶた「県知事賞」:俵藤太(たわらのとうた)と竜神
北村 隆氏 作(ヤマト運輸ねぶた実行委員会)

shichou.jpg青森ねぶた「市長賞」:箭根森八幡(やのねもりはちまん)
竹浪比呂央氏 作(青森菱友会)
画像提供:(公社)青森観光コンベンション協会

aomorinebuta-shimin.jpg青森ねぶた「商工会議所会頭賞」:陰陽師(おんみょうじ)、妖怪退治
北村麻子氏 作(あおもり市民ねぶた実行委員会)

 唯一の女性ねぶた師・北村麻子氏は、昨年秋に長女を出産したばかり。大型ねぶた5作目「陰陽師、妖怪退治」は、背面の「送り」もサービスショットでご紹介します(下画像)

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 化け猫の顔にいたずら書きをする子、化け猫のヒゲを引っ張る子、大泣きする子。母親となった北村氏が、子育てと仕事を両立させながら取り組んだ新作ならではのディテールではないでしょうか。

nebuta-hitachi.jpg青森ねぶた「観光コンベンション協会会長賞」:忠臣蔵

北村蓮明氏 作(日立連合ねぶた委員会)

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◆五所川原 立佞武多 編◆  
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 青森ねぶたの熱気と余韻を残したまま迎えた翌日。既報の田舎館村・田んぼアート会場〈2016.9拙稿「シン・ゴジラ出現!@田舎館村」参照〉・弘前「岩木山神社」や、出回り始めていた「嶽きみ」〈2013.9拙稿「キミだけを想ってる 」参照〉の確保に訪れた嶽地区など岩木山麓を経て、五所川原市に庄イタは出没しておりました。

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【Photo】年間を通して大型立佞武多を展示する「立佞武多の館」から姿を現した「忠孝太鼓」。全高17m・重さ18t。二層重ねの大太鼓は、直径2.4mで、迫力の重低音を響かせる

 今年7月中旬、「アムさんメロン」〈2013.8拙稿「庄内系イタリア人的青森〈後編〉」参照〉が出品される青森マルシェを昨年に続いて訪れた足で、五所川原「立佞武多(たちねぷた)の館」を訪れていました。

 そこで安土桃山時代に歌舞伎の源流となる「かぶき踊り」を編み出した出雲阿国を題材に、今年の立佞武多に初お目見えする「歌舞伎創生 出雲阿国(いずものおくに)」を担当した立佞武多師・齊藤忠大(ただひろ)さんの躍動感あふれる下絵(下画像)を目にしていたのです。

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 青森ねぶたにしろ、弘前ねぷたにしろ、歌舞伎や神話などに題材をとった男性的な〝ますらをぶり〟な作例が多いかと思います。そんな中で、2006年(平成18)に五所川原市観光物産課副主幹(当時)三上敦行氏が手掛け、鬼子母神が題材となった「絆」に続き、女性を題材とした今年の新作立佞武多は、完成形を是非とも見たいと思ったのです。

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【Photo】かぶき踊りを舞う出雲阿国を題材とする新作「歌舞伎創生 出雲阿国」の大きく跳ね上げた左足を真下から。アンクレット風の朱数珠 & ペディキュア風の赤い爪紅(つまべに)で女子力アゲアゲ。着物の裾からのぞく生おみ足に萌え~ 之図

 組み上げると高さ23m・幅8mに達する巨大な立佞武多。「ヤッテマレ、ヤッテマレ」の掛け声や勇壮な太鼓やお囃子とともに、あでやかに舞う出雲阿国が市街地を練り歩く姿を想像しながら、期待を胸に五所川原入りしました。

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【Photo】立佞武多の館から姿を現した2014年製作「国性爺合戦 和籐内(こくせんやがっせん わとうない)(前方)、2015年製作「津軽十三浦伝説 白髭水と夫婦梵鐘(しらひげみずとめおとぼんしょう)(後方)

 8月4日~8日までの祭り初日に登場する五所川原が生んだ大スター吉幾三さんの生歌唱パレードと並ぶ(?)見ものの一つは、巨大な大型立佞武多が立佞武多の館から出陣する場面。

 地上6階建て(高さ38m)の建物に設けられた可動式のゲートから、二層建ての八尺(直径約2.42m)太鼓の上にねぷた飾り「三日月祈願 山中鹿之介」を据え付けた「忠孝太鼓」に先導され、ここ3年で製作された大型立佞武多3台が、開口部に接触せぬよう、スローモーションのようにゆっくりと姿を現すさまは圧巻です。

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【Photo】大勢の引き手に導かれて立佞武多の館を出陣し、通りへと繰り出す2016年新作「歌舞伎創生 出雲阿国」(上画像6点)。女性の体重を明らかにするのは無粋なれど、総重量は19t。五所川原市街地中心部を巡回するスタート地点で「忠孝太鼓」と「歌舞伎創生 出雲阿国」が相まみえるさまは、特撮映画ゴジラ対キングギドラさながら(下画像)

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 市街地と沿道の観客を見下ろしながら練り歩く大型立佞武多。それはフルCGで製作されたシン・ゴジラの虚構世界が、あたかも目の前で現実となったかのよう。

2014watonai.jpg【Photo】立佞武多の館では3年ごとに常設展示する大型立佞武多の入れ替えを行う。今年が最後の出番となった2014年製作「国性爺合戦 和籐内」(鶴谷昭法氏作)は、来年の新作立佞武多の完成を待って解体される。勿体ないので、どなたかご自宅の改築またはビル新築を前提に引き取りませんか?

 3Dメガネをかけずとも、VFXを駆使したインディペンデンス・デイ:リサージェンスを凌ぐド迫力を味わえた五所川原立佞武多を、とくとご覧ください。

2015shirahigemizu.jpg【Photo】2015年製作「津軽十三浦伝説 白髭水と夫婦梵鐘」(福士裕朗氏作)

  2016年の〝たをやめぶり〟な新作「歌舞伎創生 出雲阿国」のあでやかな舞いを正面より見上げる之図。(下画像)

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 迫力に気おされ、番傘を差した阿国の後ろ姿を見送る之図。奥は立佞武多の館に帰還せんとする国性爺合戦 和籐内。(下画像)

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 八戸・青森・五所川原と青森県を横断し、ド派手で奇想天外な山車や勇壮なねぶた、そして規格外の大きさの立佞武多を間近にして、物体の大きさを捉える感覚に微妙な狂いが生じていたような気がします。

 そのダメ押しとなったのが、五所川原から鰺ヶ沢・深浦を経由して日本海沿いを花火大会が開催される酒田を目指して南下した途中・秋田県能代市でのこと。

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【Photo】2013年(平成25)、1世紀ぶりに復活した能代七夕を彩るどこかポップな極彩色の大型行燈。手前の「嘉六(かろく)」は高さ17.6m、奥に控える「愛季(ちかすえ)」は高さ24.1m

 R7を南下中に通りかかった能代市役所の裏手には、8月3日・4日に開催される能代七夕「天空の不夜城」に繰り出す大型燈籠2基(上画像)が展示されており、横浜中華街の牌楼(パイロウ)的な存在感を示していました。

 度肝を抜かれたのが、立佞武多より高く、燈籠としては日本一の高さだという24.1mの「愛季(ちかすえ)」。

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 明かりが灯った状況(上画像)とは違い、いわゆる〝昼行燈(ひるあんどん)〟でしたが、Beijing opera(ペキン・オペラ)こと京劇を思わせるビビッドな配色とキッチュな造型、そして型破りの大きさに目を丸くしました。

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 中秋の名月を過ぎ、もはや真夏の夜の夢にも思える五所川原立佞武多、青森ねぶた祭、八戸三社大祭と、青森を巡った3つの夏祭りをシリーズで回顧してきました。

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 こうして北東北のスペクタクルを体感した挙句、巨大な異形の人形が多数繰り出すイタリア・トスカーナ州のビーチリゾートViareggio ヴィアレッジョで開催される「Carnevale di Viareggio ヴィアレッジョのカーニバル」(上画像)が、妙に思い起こされるオチがついた夏でした。

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2016/06/19

フェロモンメロン

奇蹟の遭遇@道の駅フェスタ in 仙台


 どこで区切るのか紛らわしい今回のタイトルですが、フェロモン+メロンと読み解いて下さい。

 それは仙台市役所で行われた会議を終え、同僚と共にタクシーで勤務先に戻ろうとした6月16日(木)のことです。

 市役所前の勾当台市民広場で開催されていた「東北6県『道の駅』まるごとフェスタ」が、ふと気になり、広場を素通りできませんでした。

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 今回が初開催となるこの催しは、NPO法人東北みち会議が主体となり、各駅長らで組織した実行委が主催したもの。東北6県から39の道の駅が集結。各地自慢の産品を販売したほか、熊本県産品の委託販売も行われました。

 「ちょっと覗いてみていい?」と同僚に声を掛け、3年前、立佞武多(たちねぷた)の折に訪れた〈2013.8拙稿「庄内系イタリア人的青森〈後編〉燃え立つ夏2013@青森:津軽編」参照〉青森県北津軽郡鶴田町の道の駅「鶴の里あるじゃ」のブース前で、ごく淡い期待を胸に足を止めました。

 昨年、激しい戦いの末、タレントのモト冬樹さんが準優勝した「吸盤綱引き全国大会」が開催される鶴田町特産のブドウ「スチューベン」果汁100%ジュースは置いていましたが、アルコール発酵したブドウ果汁や、並外れた美味しさの路地ものメロン「優香(ゆうか)」は残念ながら見当たりません。

amu-san@kotodai-001.jpg ブースにいらした係の方と「優香メロンが出回るのは7月中旬からですよねー」と恨めし気に言葉を交わし、すぐ左隣のブースに移動すると...。

 そこに黄色味がかった淡い緑のマスクメロン(右)が鎮座していたのです。
 
 何が起きているのか、事態の展開が飲み込めないまま、ある確信をもって看板を見ると「青森・道の駅 ひろさき」とあります。

 間違いありません。オレンジ色のラベルが貼られたそのメロンは、ここ何年か庄イタが夏に恋してやまない「アムさんメロン」なのでした。

 夏場の豊富な日照、昼夜の寒暖差、水はけのよい砂丘地帯といった津軽の風土、そしてハウス栽培による徹底した品質管理のもとで生産され、弘前中央青果が商標を有する「アムさんメロン」(品種名:優香(ゆうか))。

 果皮ぎりぎりまで食すことができる緑色系のキメ細やかな果肉のみずみずしさ、時に糖度18度に達する食味と香りの良さは、一度体験したら忘れられません(北海道産の有名ブランド高級メロンは、最高級の特秀で糖度13 %以上)

 よもや勾当台市民広場で遭遇しようとは、予想だにしないアムさんメロンを前に、庄イタが興奮冷めやらぬのには理由がありました。

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 梅雨の晴れ間が広がったその日。今年の春先に発見したアルデンテな平成進化形ナポリタンを食した足で、すぐ近くの「GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ〈2015.6拙稿「Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈後編〉」参照〉で、店主の磯部智広さんとアムさんメロンの噂話をしていました。

 過去2年連続で品評会出品メロンを入手している「青森マルシェ」の今年度第1回目が、7月17日(日)に青森市で開催されることから、「出荷の最盛期を迎える来月、青森に行けたらサンプルを買ってくるよ」という話の流れになっていたのです。

 古来、言葉には不思議な霊力が宿ることがあると申します。勾当台公園にあったアムさんメロンを、言霊(ことだま)メロンと呼ばずして何と呼べばよいでしょう。
 
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【Photo】週末に食べ頃を迎えた2016年の初物アムさんメロン。まだ旬の走りの初物にして、期待を裏切らない素晴らしい食味に魅了された

 青森以外にはまず出回らないアムさんメロンと勾当台公園で遭遇するとは、まさに渡りに船。川で洗濯中にモモではなくメロンが流れてきた上、葱ではなくメロンを背負ったカモまでが飛来したに等しい展開なのでした。
 
 しかも、催し最終日の閉幕時刻間近とあって、定価2,000円のところ2個以上購入で1個あたり1,000円という好条件が提示されていました。そこで3個は自家消費用に、1個はサンプル用に購入し、帰り足で店に届けました。

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 メロンは俗にいう下のお尻部分を押して弾力が出てきたら食べ頃。この週末に食した1個目は、庄イタのアナログ式バイオ官能糖度計(⇒ 伊語:lingua, 英語:tongue, 日本語:舌)の計測では、優に推定糖度17度を超える高貴な甘さを有しており、昨年に続いて今年の作柄にも期待が持てそうです。

 今、こうしている間にも、追熟中のアムさんメロンからは、えもいわれぬ芳香が漂ってきます(上画像)。敢えてリビングルームに置くことで、天然成分100%の心地よいアロマで部屋は満たされてゆきます。

 アムさんが発する「完熟してからワタシを食べて~♥」フェロモンに、ここ数日魅了されまくっていたところ、冴えわたる超能力の成せる業としか解釈のしようがない言霊フルーツ第二弾が待ち受けていました。

to be continued...

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2015/04/20

日本海ひな街道2015

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神通力ふたたび!? 酒田編

Da cosa nasce cosa.〟「物事は思わぬ展開をする」といった意味のイタリアの諺(ことわざ)です。

 予想だにしないことが起こるのは世の東西を問いません。〝The dog that trots about finds a bone.〟(⇒駆け回る犬が骨を見つける=犬も歩けば棒にあたる) この江戸かるたでもお馴染みの諺には、こんな英語の言い回しが存在します。

 アンビリーバボーな展開に遭遇することが少なくないのは、前々回、気仙沼の郷土料理「あざら」をご紹介した折に触れた荷受人の参上事件を引き起こした庄イタも例外ではないようです。

 見事な時代雛が数多く残る庄内地域に春の訪れを告げるのが、日本海ひな街道。今月初旬に閉幕した2015シーズン最終盤に滑り込みで訪れた酒田と鶴岡で、自身の〝引きの強さ〟を再認識する新たな出来事が起こりました。

 鶴岡での出来事は後編でご紹介することにして、酒田で発揮した(のかもしれない)神通力について今回は語ります。

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【Photo】風間家7代当主幸右衛門が住居兼店舗として建造した丙申堂。庄内地域特有の冬の暴風に耐える4万個の石を並べた杉皮葺き石置き屋根が特徴。2000年(平成12)国指定重文指定を受けた

 所有権を巡る訴訟の和解が成立し、酒田から鶴岡にこの春65年ぶりの里帰りを果たしたのが、江戸後期に京都と江戸で作られた風間家のお雛様。鶴岡きっての豪商・風間家の住まいであった旧風間家住宅「丙申堂」で、雛飾り56点が公開されるとあって、庄イタも第二の故郷である庄内へ里帰りし、実家でお過ごしの男雛・女雛と久方ぶりにお逢いせねば、と思っていたのです。

 呉服や太物(→綿織物や麻織物の総称)を扱う庄内藩の御用商人から明治以降は金融業に転じ、鶴岡きっての豪商となった風間家。1896年(明治29)築の商家造りの母屋の建坪は380坪。丙申堂以外では、酒田の鐙屋にだけ見られる五枚重ね構造の杉皮葺き石置き屋根が特徴です。

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【Photo】風間家9代目故・眞一氏の姉のために大正末期に手に入れたという古今雛。明治から昭和にかけて三代に渡って活躍した東京の人形師「永徳齋」二代目、気品ある作風で名工の誉れ高い山川慶次郎(1858-1927)の作

 手前の仏間と部屋続きの御座敷で風間家のお雛様が一般公開されるのは今年が初めて。座敷の幅に合うよう作られた雛段の最上段に公家の正装姿で居並ぶ古今雛は、しっかりと正面を見据えて少し取り澄ました表情。京製のお雛様に共通する切れ長のまなざしが、そうした印象を与えるのかもしれません。対して玉眼を与えられ、現代に通じる写実的な江戸製の古今雛は、端正なお顔を少し下に向け、訪れる人に春を迎えた悦びを語りかけるかのよう。

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【Photo】公益財団法人本間美術館が所蔵する風間家雛段飾り。1996年(平成8年)に始まった酒田雛街道が20周年を迎える来春から3年間は本間美術館で、その翌年は鶴岡丙申堂で公開される <画像提供:本間美術館>

 風間家に伝わるお雛様は、長いこと酒田の「本間美術館」で公開されてきました。9年前の春、庄イタが初めてこのお雛様とお会いしたのも本間美術館本館の表座敷でのこと。

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【Photo】風間家の雛飾りに添えられる押絵細工の技法による雛菓子。上方の細工菓子が庄内で独自の発展を遂げた例。菊水・短冊・鯛・桃・竹梅扇・鶴など、おめでたい意匠を組み合わせる

 日本国憲法が施行された1947年(昭和22)5月、戦後初の私設美術館として出発した本間美術館。その設立趣旨は、太平洋戦争で疲弊した人々の心に潤いを与え、地方の文化芸術の発展に寄与すること。公益の精神が息づく庄内と、現在は公益財団法人化された本間美術館を語る時、本間家の存在を忘れてはなりません。

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【Photo】公益財団法人本間美術館が所蔵する白崎家雛段飾り。酒田雛街道20周年「雛祭古典人形展」(2016年2月27日(土)~4月4日(月))で公開予定 <画像提供:本間美術館>

 およそ450年前の永禄年間に酒田に移住した本間家。北前船と最上川舟運で繁栄した酒田湊を拠点に商業・金融業を営む傍ら、本邦随一の大地主として名を馳せました。これは東北を襲った飢饉で打ち捨てられ、荒れ地と化した耕作地を蘇らせるため、田畑を買い足しては土地改良と水利事業を行った結果です。

 本間家中興の祖、三代目本間光丘が、飛砂害に苦しむ沿岸部に私財を投じて植林を始め、庄内砂丘一帯に今では1,000万本を越える防砂林を形成するのがクロマツです。〈拙稿「だだちゃ豆は、ががちゃの賜物」(2009.8)冒頭参照〉。世のため身を挺して大地に根を張るクロマツと同様、公益のために尽力したのが本間家でした。

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【Photo】現在は本間美術館本館として広く公開される本間家別荘「清遠閣」。池泉回遊式庭園「鶴舞園」は、第10代庄内藩主酒井忠器(ただかた)公の命名。本間家4代光道が、北前船が欠航する冬の港湾従事者の失業対策に作庭した。200年以上の時を重ね、いずれも格別の趣と風格がある

 本間美術館が創設された昭和22年は、敗戦国日本が、米軍の占領下にあった時代。食料不足にあえぐ都市部では闇市が立ち、ヤミ米に手を出すことをしなかった佐賀の裁判官が栄養失調で死亡するなど、世相は混沌としていました。そんな時代にあって、日本人に誇りと心の潤いを取り戻す美術館としての新たな役割を与えられたのが、1813年(文化10)に竣工した本間家の別荘「清遠閣」です。

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【Photo】JR酒田駅から徒歩5分の本間美術館から直線距離にしておよそ1km、歩いて15分あまりの本間家旧本邸。漆喰の白壁と瓦の塀で囲まれ武家屋敷の風格を漂わせる

 清遠閣は、庄内藩主酒井家の領内巡視時の休憩所としても供され、明治以降は本間家の賓客を迎え入れてきました。昭和天皇が摂政・皇太子時代の1925年(大正14)、東北行幸で酒田を訪れた際の滞在先として二階を増築。酒田の迎賓館としての役割も担います。

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【Photo】樹齢400年を超す堂々たる枝ぶりのアカマツ「伏龍の松」と、丸に本の字を組み合わせた本間家の家紋入り赤瓦屋根が訪れる人を出迎える本間家旧本邸

 本間家所有の北前船6艘で、米を運んだ上方からの帰路、古手(ふるて=古着)や雛人形などの物資と共に運んだ各地の銘石を池の周囲に配した回遊式庭園「鶴舞園(かくぶえん)」。秀峰鳥海山を借景とする庭園は、清遠閣の手漉(てす)きガラスの窓越しに眺めることができます(下写真)。

1-cul200-seienkaku.jpg 美術館として生まれ変わって以降、一般に公開されてきたのが、庄内藩酒井家や米沢藩上杉家など諸大名からの拝領品。そして丸山応挙・歌川広重・藤原定家・松尾芭蕉の書画などの本間家による蒐集品。さらに安井曾太郎、棟方志功、土門拳など当代きっての芸術家による作品に酒田市民は間近に触れることができました。

 激動の時代を乗り越えた本間家所蔵のお雛様を公開する「雛祭古典人形展」が本間美術館で初開催されたのが1948年(昭和23)。

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【Photo】徳川家から拝領したことを物語る葵の御紋入りの精緻な蒔絵が施された碁・双六・将棋などの雛道具(上写真)など、雛街道で展示される所蔵品は毎年入れ替わる。独自の発展を遂げた酒田・鶴岡の菓子職人が、伝統の技で仕上げた雛菓子<拙稿「お雛様は、いとをかし」2009.5参照>もお見逃しなきよう <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>;

〝西の堺、東の酒田〟と並び称された商都酒田の繁栄を支えた三十六人衆など、年を追うごと新たな旧家の由緒ある時代雛が公開されてゆきます。これが市民の評判を呼び、現在各地で春先に開催されるお雛様を公開する催しの端緒となりました。

 空襲を受け廃墟と化した都市部では、多くの人がバラック小屋で夜露をしのぐ寝食にすら事欠いた当時。公開された珠玉の美術品や雛人形は、人々の心に希望の光を灯したことでしょう。

aioi-sama-primavera.jpg【Photo】白髪の男雛・女雛で対となる百歳雛を本間家では「相生様」と呼び慣わしてきた  <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>

 長く厳しいモノトーンの季節に別れを告げ、庄内各地でも梅の花がほころび始める頃。目にも鮮やかな緋色の雛段にお出ましになる時代雛。優美なほほ笑みを浮かべるお雛様と相見える時、去来する春を迎える悦びと、当時の日本人の思いは相重なるのではないでしょうか。

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【Photo】雛人形と一緒に飾られる雌雄一対の犬筥(いぬばこ・幅30cm・高さ19cm)は、中に雛道具を収納できる。多産でお産が軽い犬は子孫繁栄を願う女児の守り神とされ、本間家に伝わるこの犬筥は狛犬のように口が阿吽(あうん)の相をしている <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>

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 知恩報徳」を代々の家訓として、福祉・慈善事業に尽力してきた風間家。丙申堂を管理運営する公益財団法人克念社が、本間家による所有を認めた上で、風間家のお雛様が4年ごとに丙申堂で公開されることとなりました。第二次大戦が終わって70年目を迎える今年。両家の歩み寄りを一番喜んでおられるのは、ほかならぬ風間家のお雛様に違いありません。

 鶴岡から酒田に移動したのは、思うところがあり、羽黒山頂にある出羽三山神社の開祖・蜂子皇子を祀る蜂子神社と出羽神社三神合祭殿に詣でんがため。隋神門から数えて山頂まで本来は2,446段あるはずが、二の坂から上は雪に覆われていた石段&雪山登山に等しい参道を難行して往復した後のこと。

【Photo】樹齢300~500年を数える杉並木の間をゆく出羽三山神社参道。最も長く急勾配の「二の坂」から先の石段と石畳は、雪に覆われていた

 酒田雛街道では「雛の味わい」と題し、市内の各飲食店で雛祭りにちなんだ特別メニューを提供します。今回は太田政宏グランシェフのもとで研鑽を積んだ武田亘シェフが厨房を預かる「フランス風郷土料理レストラン欅」で「ひなランチ」を頂きました。

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【Photo】レストラン欅「ひなランチ」(パンまたはライス・コーヒー付 / 税込2,160円)
1皿目:「ヤリイカのキモト(アサツキ)詰めトマトソース」

keyaki2015hina3.jpg【Photo】3皿目(上):庄内浜の春告げ魚の代表格がサクラマス。「サクラマスとプリプリ海老のポワレ・帆立エキス入り白ワインバターソース」2皿目(左下):野菜のうまみが溶け出したスープの中に浮かび上がってくるのは、桜の花をかたどったニンジン。そんな演出に思わず笑みがこぼれる「和野菜と紅花のスープ」 4皿目(右下):菱餅と同じ3色。お雛まつりにちなんだデザート「抹茶とイチゴのムース」

keyaki2015hina2-2.jpg keyaki2015hina4-2.jpg

 酒田でお雛様にお会いするために今回まず伺ったのは、これまで何度か訪れている本間美術館ではなく、本間光丘が幕府の巡見使を迎え入れる本陣として、1768年(明和5)に建てた「本間家旧本邸」。旗本二千石の格式を備えた武家屋敷造りと商家造りを合体させた全国でも例を見ない特異な構造をしています。

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 庄内藩酒井家に献上後、住まいとして拝領し、仏間より北側の商家造りの部分を歴代本間家が住居としたのは1945年(昭和20)春まで。光丘が造った当主の部屋は、家が栄える吉方とされた北西の角にあり、狭さといい、薄暗さといい、日本一の大地主の主人が過ごす部屋としては意外なほど質素な造り。

 いかなる時も町と共に歩み、公益に資することを旨とした本間家。1949年(昭和24)から1976年(昭和51)まで旧本邸は公民館として利用されたのだといいます。

 本間家旧本邸で、とりわけ印象深いのは、「相生様(あいおいさま)」と本間家では呼ばれてきた百歳雛。ともに白髪が生えるまで仲睦まじくという願いを込めたお雛さまです。

 百歳雛は山居倉庫の敷地に建つ「酒田夢の倶楽(華の館)」にも、どれほど眺めても見飽きない加藤家の古今雛と共に展示されており、雛街道開催中の酒田では、必ずお目にかかってきました。

 酒田市内で展示されるお雛様の展示場所3か所をコンプリートすると、風間家のお雛様と共に丙申堂の雛段に飾られていたような「傘福」ほか、お雛様関連グッズが抽選で当たる「雛めぐりスタンプラリー」にも参加。旧家に眠っていた可愛らしいお雛様が展示されていた「マリーン5清水屋」6Fの専用応募箱に投函し、家路に就きました。

 スタンプラリーに応募したこと自体、さして気にも留めずに今日まで過ごしてきた庄イタ。「そういえば」と思い、改めてスタンプラリーの応募台紙を兼ねた酒田雛街道のパンフレットを見直しました。そこには4月3日応募締め切りの抽選結果は、酒田の観光情報を紹介するWEBサイト「さかたさんぽ」で発表とあります。

 そこで4月14日付で発表されていた当選者リストに何の気なしにアクセスすると...。

Σje.Σje.Σje.( ゚ Д ゚;!!!!

kasafuku-bingo.jpg

 仙台市在住の同姓の方で「我こそ酒田雛街道スタンプラリーに応募し、傘福をゲットした強運の持ち主だっ!!」と仰る方は、どうぞコメントをお寄せ下さい。庄イタの淡い期待は即刻打ち捨てますので。

 当選者発表にある通り、全国から寄せられた応募総数は1,267件。さて、1,267分の2の確率で見事当選した(はずの)傘福が、自宅あてに届くのかどうか、もうドキドキですわ(笑)。 


「神通力ふたたび!? 鶴岡編」に続く。
to be continued.


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2015/04/05

餅モチ ~ハレの食~

 米どころ宮城で育まれた餅文化を紹介する特別展「餅モチハレの食~」が、仙台市宮城野区五輪の榴岡(つつじがおか)公園にある「仙台市歴史民俗資料館」で開催されています(4月12日まで)。

 今回の企画展の特徴は、日本民俗学の祖である柳田國男が唱えるところの「ハレ」(=非日常)と「ケ」(=日常)の分類で、ハレの食べ物という視点で餅をとらえている点。

Mochi_mochi.jpg 会場の仙台市歴史民俗資料館は、1874年(明治7)9月に竣工した宮城県内に現存する最古の疑洋風木造建築物です。

 普仏戦争(1870~71)でプロイセン王国にナポレオン3世が惨敗を喫するまでは明治新政府が軍制の規範としたフランス兵法に倣った兵舎の遺構となります。同時期に竣工し、現在は名古屋の明治村に保存されている歩兵第6連隊兵舎(1783竣工)とほぼ外観が共通なのはそのため。

 瓦葺寄棟造りで、白漆喰仕上げの外壁には、四隅にコーナーストーンを配し、重厚さが増している点が第6連隊の兵舎とは異なります。前述の通り、造営当初の用途は、歩兵第4連隊所属の200名以上が訓練に明け暮れる兵舎でした。戦前の街並みが空襲により焼失した仙台にあっては、希少な歴史の生き証人でもあります。

hohei-4rentai.jpg【Photo】1895年(明治28)当時の旧日本陸軍歩兵第4連隊全景。現在は榴岡公園として市民憩いの場となっている11ヘクタールの敷地を囲むように建物が建っていた

 戦後は1956年(昭和31)まで米軍が駐留したのち、1975年(昭和50)まで東北管区警察学校として使用。市制88周年記念事業の一環で1977年(昭和52)に榴岡公園が整備された際、移築・補修され、2年後から資料館として公開されています。

 四季を彩る年中行事や祭礼、人生の節目といった特別な日を意味する〝ハレの日〟。御所に備えられていた三種の神器のひとつ、銅鏡をかたどった年神様にお供えする鏡餅に象徴されるように、日本人にとって餅は古来より特別な食べ物でした。

sendai-rekimin-muzeo.jpg【Photo】元禄年間に伊達家4代綱村公がツツジと京都から取り寄せた桜の苗1,000本を植えたことに端を発し、今では仙台屈指の桜の名所として知られる榴岡公園。その一角に建つ仙台市歴史民俗資料館。表裏同じ作りの建物の全体像が見やすい裏手側より撮影

 今日においても世界最大の小麦輸出国であり、生乳生産国はアメリカです。日本を統治した米国の意向により、戦後間もなく再開された学校給食では、米国産原料で製造されたパンとバターの副産物である脱脂粉乳(スキムミルク)が全国で導入されました。〈データ出典:米国農務省Foreign Agricultural Service/USDA 2015.4

 敗戦後しばらくは食糧難にあえいだ日本から見れば〝豊かさの象徴〟と映ったのが米国。生活習慣病や肥満の増加を招いた一因とされるファストフードやコーラ飲料に代表される食文化に限らず、アメリカ文化を日本人は積極的に取り入れました。挙句は慶大医学部教授による〝コメを食べると頭が悪くなる〟という「米食低脳論」なる極論まで登場し、それが広く庶民に受け入れられます。

 米国の資金を後ろ盾に、国は日本各地に米国の農産品を普及させる栄養指導車(通称:キッチンカー)を派遣。タンパク不足を訴える「栄養改善普及運動」によって、日本人の食の嗜好を変化させる素地が巧妙に形づくられました。

tamagami-kesenuma.jpg【Photo】前回ご紹介した気仙沼の元・網元宅の神棚。鏡開きを終えた2月末の撮影ゆえ鏡餅は見られない。海老と宝珠が描かれた「玉紙」が、鯛、扇などのおめでたい絵柄と開運福禄寿の文字を切り抜いた南三陸町周辺で見られる「切紙(きりこ)」〈拙稿:南三陸の新春を飾る「きりこ」(2011.1)参照〉と共に神棚に供えられている

osonae-tamagami.jpg 食生活に限らず、暮らしぶりの変化に伴い、日本古来の暮らしの中で受け継がれてきた年中行事もまた、核家族化が進む都市部を中心に簡略化の傾向が強いと思います。多世代が一つ屋根の下で暮らす旧家は別として、神棚がある家庭は、果たしてどのくらいあるでしょう。
 
 新年を迎えた年神様にお供えするのが鏡餅。庄イタの幼少期は亀ヶ岡八幡宮から授かった縁起物の宝珠と海老や昆布が描かれた「玉紙」とともに神棚や仏壇に鏡餅を大晦日の午後にお供えしました。これは宮城周辺だけの習慣のようですね(右写真)。

 仙台の年越しには欠かせない子持ちナメタガレイの煮付けを夕飯で頂き、除夜の鐘に交じって聞こえてくる亀ヶ岡八幡宮の宮司が打つ太鼓の音とともに新年を迎えていました。

omisoka-nameta.jpg【Photo】特別展「餅モチ~ハレの食~」の展示「年中行事とモチ」より。仙台の一般家庭の大晦日の食事を再現した子孫繁栄を願う子持ちのナメタガレイ、柿なます、漬け物、白米、お吸い物

 時効成立済みなので白状しますが、玉紙と鏡餅をお供えしてから、祖父の定番だった「極上黒松剣菱」をお神酒のお裾分けと称して舐めていたことが懐かしく思い起こされます(⇒8歳にして剣菱で酒の味を覚えた「こち亀」の両さんと相通じる幼少体験かと)

 自ら居を構えた現在、そこには神棚はなく、もっぱら餅は楽しみに頂くものとなりました。至高の食味を備え、もはや替えが利かないという意味では、禁断の実に等しい「本女鶴」〈拙稿:「酒田女鶴と本女鶴」(2012.10)参照〉を知ってしまったことが、その傾向に拍車をかけているように思います。

shogatsu-sendai-zouni.jpg【Photo】特別展「餅モチ~ハレの食~」の展示「年中行事とモチ」より。昭和30年代の仙台の商家の元旦膳を再現。きな粉餅、イクラのなます、大根・人参・伊達巻・凍豆腐・なると・セリなどの具と焼きハゼや芋がらで出汁をとったすまし汁の仙台雑煮、当主と神前に供える雑煮には、飾りで焼きハゼを載せることも

 今回の特別展「餅モチ~ハレの食~」では、紀元前3世紀には稲作が行われていた仙台平野で出土したクヌギの木で作った古代の竪杵(たてきね)や、脱穀や精米にも用いられた臼の残片など、糯米を餅にする道具の展示で始まります。

ceppi-zunda.jpg【Photo】仙台西部の上愛子(かみあやし)地区のある農家における1865(元治2)~68(慶応4)にかけての行事食の記録。旧暦7月7日には「七夕祝」として「さとう糯」と「ぢん(た)糯」を食し、同15日に「さとう小豆入糯」と「ぢんたもち」を食したと記されている(矢印部分)

 仙台の旧家における伝統的な正月膳が再現されているほか、多彩な餅の食べ方を食品サンプルで紹介する展示も。枝豆をすりつぶし少量の砂糖を加えて味を整え、餅にからめて食する宮城の郷土食「ずんだ餅」が、豆(zu)を打(da)つことから転じた呼称であり、その起源がいつ頃なのか?といった展示も目を引きます。

aramaha-zouni_hatsukine.jpg【Photo】2月19日に東北ろっけんパークで開催された「オモイデゴハン食堂」で、限定100食のみ振る舞われた希少な糯米「ハツキネモチ」の餅が入った荒浜地域の仙台雑煮

 いそべ餅、あんこ餅、きなこ餅、胡麻餅など、現在でもポピュラーな食べ方のほか、くるみ餅、生姜餅、納豆餅、大根おろしに醤油をたらしたおろし餅、縄文時代には食用にされていたとされる栃の実をアク抜きしてから糯米と混ぜて作る栃餅、鰹節でとった出汁に餅を入れて味わう汁餅、ヨモギやヤマゴボウの葉を摘んで糯米と和えた草餅(ヨモギ餅)、前述のずんだ餅などなど・・・。

 宮城で主力となる糯米は「ミヤコガネモチ」ですが、仙台市の沿岸部で東日本大震災の津波被害が最も深刻だった地域のひとつ若林区荒浜で農業を営んできた佐藤善男さんは、昭和30年代に紹介された「ハツキネモチ」という品種を、だた一人作り続けてきました。その理由は「餅にすると抜群においしいから」。

 種籾は津波で全て流されてしまいましたが、福井県農業試験場に少量だけ冷凍保管されていた種籾100gを入手。除塩を終えた圃場で栽培を再開したのが2013年。まとまった量が確保できたのは、昨年秋の収穫から。

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【Photo】東北ろっけんパークで開催された「オモイデゴハン食堂」(右上)。希少な糯米ハツキネモチを震災後に復活させた若林区荒浜で農業を営む佐藤善男さん(左上)。御年79歳にして堂々たるハツキネモチの餅つきを披露して下さった佐藤さん(下左右)。

 旧正月の2月19日、仙台市青葉区中央にある東北の観光や産業の復興をバックアップする「東北ろっけんパーク」には佐藤さんが駆け付け、作り手ご本人が杵で搗(つ)いたばかりのハツキネモチが入った荒浜風仙台雑煮が振る舞われました。

isshou-mochi.jpg【Photo】紅白の餅を満1歳の誕生日を迎えた子に背負わせる「一升餅」
 
 「人生儀礼とモチ」で紹介されるのは、紅白合わせて一升分の糯米を使った紅白の餅を満1歳を迎えた赤ちゃんに背負わせ、「一生食べることに不自由することがないように」と願いを込める「一升餅」や家の上棟式で餅や小銭を撒く「振る舞い餅」など。

 最近では珍しくなった上棟式の振る舞い餅ですが、家と同様、決して焼いてはならないため、うるち米の上新粉に砂糖を加えた「すあま」を用いることもあるそうです。

 〝餅は餅屋〟と申します。餅にまつわる興味深い展示を見た上は、無性に餅が食べたくなるのが人情というもの(笑)。そこで帰り足で青葉区北目町の「村上屋餅店(下左写真)に寄りました。村上家は仙台藩に菓子を納めた御用菓子司で、明治維新後の1877年(明治10)に創業した老舗です。

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 大正時代に先代が初めて商品として売り出し、今や押しも押されぬ仙台名物となった「づんだ餅」」(上右写真/ 3個入税込561円)は、一粒づつ枝豆の薄皮を除く手間を惜しまない製法ゆえのクリーミーな食感と風味が魅力。桜餅、すあま、健康大福など、いずれも朝から仕込みを行うご当主の丁寧な仕事ぶりが光ります。

 現在の業態としては4代目のご主人、村上康雄さんが気が向かないと作らないという、和洋折衷な「いちごショコラ大福」(下写真)が、幸運にも「いちごミルク大福」(各292円)とともに残っていました。

ichigo-chocola-daifuku.jpg その日がバレンタインデーで、少し多めに作ったのかもしれません。モチモチした求肥に包まれたふんわりとしたチョコレートクリームに1個丸ごと入った甘酸っぱい仙台イチゴ。それらの風味が混然一体となって絡む鉄板の組合せを味わえるのは、5月末まで。

 資料館を2月なかばに訪問しておきながら、多忙を極めた3月を挟んだため、ご紹介がすっかり遅れてしまいました(滝汗)。なれど、榴岡公園の桜が見頃を迎えるタイミングと重なったのは怪我の功名。残り6日を残すのみとなった「餅モチ ~ハレの食~」。〝花より団子〟は風流を解さない無粋を指しますが、この春の狙い目は、花と団子の一石二鳥。

 未訪の方は、榴岡の桜を愛でながら、ラストチャンスのこの機会にぜひ!!

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仙台市歴史民俗資料館 特別展「餅モチ~ハレの食~」 
●会期:2015年4月12日(日)まで 
●入館料:一般・大学生200円 高校生150円 小中学生100円 
 ・住:仙台市宮城野区五輪1-3-7(榴岡公園内)
 ・開館:9:00~16:45(入館は16:15まで)  ・休館日:毎週月曜日
 ・Phone:022-295-3956
 ・URL: http://www.city.sendai.jp/kyouiku/rekimin/
(※注:村上屋餅店やエンドー餅店(青葉区宮町)などの老舗では、「ずんだ餅」ではなく、旧仮名遣いの「づんだ餅」を使用。なお、特別展では餅の試食や販売は行いません)


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2015/03/09

Made in TOHOKU 仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展

Sendai and Tohoku presents its arts and crafts to the world.
東北の手しごとを、見て・聞いて・感じよう

 東北六県と新潟の伝統工芸品を紹介する企画展「Made in TOHOKU-仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展」が、東北電力グリーンプラザで現在開催されています。(入場無料・14日まで)
madeinTohoku-01.jpg 仙台市・仙台観光コンベンション協会・東北電力グリーンプラザが主催するこの催しには複数の知人が絡んでおり、開幕初日3月4日に伺ったほか、一昨日も会場に足を運んで来ました。

logo-WCDRR.jpg フライヤー(上写真)には、企画展の最終日3月14日(土)に開幕する「第3回国連防災世界会議」の公式ロゴマークがあしらわれています。仙台出身のデザイナー佐藤悠さんが手掛けたロゴ(右)の5つの色は、5大陸の人と人が手を携えて行動を起こす姿を表現したといいます。

FLAG-wcdrr.jpg 国連(UN)が主導するこの国際会議は、世界が連携して自然災害による犠牲と損失を防ぐ指針を打ち出すため、10年に一度開催。潘基文(パン・ギムン)国連事務総長ほか世界193の国と地域から首脳級・閣僚級など5,000人以上が参加する本体会議は、国連総会に次ぐ規模。

 第1回は1994年(平成6)に横浜で、第2回は2005年(平成17)に神戸を会場に開催されており、今回、東日本大震災の被災地・仙台市をメイン会場に開催されることになりました。これは日本がさまざまな自然災害に見舞われてきた事実と無関係ではありません。

【Photo】国連が作成した幾何学模様のキービジュアルと略称WCDRRをデザイン化した歓迎フラッグが各所に掲げられる仙台市内(左・下)

 「東日本大震災の経験と教訓を世界へ」をテーマに国や実行委などが主催する10件の総合フォーラムほか、国内外の企業・団体・NGO・大学などが企画し、仙台市内各所で開催される市民参加型のパブリック・フォーラムは350件以上。これは神戸で開催された第2回会議の10倍という特筆すべき数字です。

satazione-sendai2015.jpg

 5日間の会期中、国内外の随行者・プレス関係者を含め、延べ4万人が参加する見込みです。これは東北で開催される国際会議としては過去最大規模。震災発生当時、過酷な状況にあっても互いに助け合い、思いやりを忘れない東北の人々を、驚きをもって世界が賞賛したことを皆さんもご記憶かと思います。

benjyogami.jpg【Photo】庄イタの周辺では、耳にすることが最近めっきり少なくなった仙台弁。「ようこそいらっしゃいました」を意味する「よくござった」と語りかけるかのような藩制時代以来の仙台の工芸品「堤人形」。その特徴は鮮やかな朱色。時を経ると色合いに深みが加わる。これは男女一対の「赤芥子」(別の雅号:厠神)。ロケ地:仙台市歴史民俗資料館の某所。ヒント:植村花菜の代表曲

 東北の暮らしの中で育まれた手仕事もまた、世界に誇るべきもの。この機会に東北6県と新潟から選りすぐった伝統工芸の素晴らしさを再認識したいものです。

 「手しごとミュージアム」には、伝統の技に現代性を取り入れた暮らしを彩る逸品が揃います。例えば青森・BUNACO、岩手・南部鉄器、秋田・曲げわっぱ、宮城・鳴子漆器、山形・天童木工、福島・ノダテマグ、新潟・越後三条打刃物。

madeinTohoku-2.jpg 「プレミアムギャラリー」では、仙台で生まれた11品目の伝統工芸品と出合うことができます。一昨年、数量限定でGUCCIとコラボしたバッグが話題を呼んだ仙台平の紋付袴、松川だるまに代表される仙台張子、名工・田村政孝氏が200もの工程を経て編み出す稀少性の高い仙台竿、堅牢さと装飾性を兼ね備えた仙台箪笥などなど。

 さらに見逃せないのが、国内外で活躍する仙台ゆかりのアーティストの感性が、伝統の技と出合って誕生した「クリエイティブプレミアム」。固定概念を破るプロダクツで注目される尾方釿一氏や木村浩一郎氏らが手掛けた玉虫塗や仙台堆朱を取り入れた作品は、見る人のイマジネーションをかきたててくれるでしょう。

 メイン会場である東北電力グリーンプラザ以外の仙台市内各所でも、Made in TOHOKUのコラボ企画が展開されます。
madeinTohoku-3.jpg 11日(水)まで藤崎7階催事場で開催されている「Made in TOHOKU」には、イラストレーター佐藤純子さんの下絵をもとに遠刈田系こけし工人・小笠原義雄氏が絵付けした12カ月ごと異なる花をあしらった愛らしいサイズの12本揃いの「花こよみ」が限定50セットで登場。

 仙台木地製作所とセレクトショップBEAMSが連携して2年前に登場するや話題をさらった本藍を使った青いこけしが「fennica indigo kokesi」。完売必至の予想通り、3月8日(日)にビームス仙台で発売されたインディゴこけし300本は、開店前から行列ができ、数分で完売したといいます。

madeinTohoku-4.jpg 工人がモノ作りについて語るトークイベントが行われるアクアホールには、宮城を代表する銘酒のひとつ「浦霞」と堤焼の酒器との四季ごとの組み合わせや、洋風のテーブルセッティングに曲げわっぱを調和させる組み合わせを提案する一角も。
 
 仙台市内の飲食店17店舗では、堤焼や玉虫塗、埋もれ木細工など、今回展示されている伝統工芸品で宮城の味を味わえる企画を展開中。

 遠来のお客様が数多く仙台を訪れるこの機会に、存分に宮城・仙台の粋を見て・触れて・味わって頂けるよう、改めて地元を知ることが肝要。311以降、国内外から差しのべられた温かい支援への感謝の心を込めたおもてなしを心がけたいものですね。

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Made in TOHOKU
仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展

メイン会場:東北電力グリーンプラザ 仙台市青葉区一番町3丁目7-1電力ビル1F
日時:2015年3月4日(水)~14日(土)10:00-18:00 
   ●3月9日(月)は休館 最終日は16時まで
URL:手とてとテ http://tetotetote-sendai.jp/
問:Made in TOHOKU事務局 022-214-2772
  (株式会社ディー・エム・ピー内 ※平日10:00‐18:00)

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2015/02/28

日本海寒鱈まつり2015@鶴岡〈後編〉

《前編「1年ぶりの湯田川温泉」より続き》

あの人もこの人も、あれもこれも、お久しぶりね~
5年ぶりの寒鱈まつり

 前編で述べた通り、「日本海寒鱈まつり」前夜の1月17日(土)は、鶴岡の奥座敷こと湯田川温泉に宿泊しました。そのため特設会場となる鶴岡銀座商店街には、10時30分の開始後間もない11時前に余裕をもって無事到着。

festa-kandara2015.jpg【Photo】作曲家の中田喜直が「雪の降るまちを」の着想を得たとされる鶴岡。目抜き通りの銀座通り商店街に雪が舞う。寒鱈まつりにふさわしく、底冷えする(あいにくの?)吹雪交じりの空模様のもとで開催された第27回鶴岡日本海寒鱈まつり会場

 酒田中町通りでは28年前、鶴岡銀座通りでは27年前から冬の観光行事として開催されている寒鱈まつり。鶴岡市由良や、現在は鶴岡市に編入された旧温海町道の駅「しゃりん」、遊佐町「鱈ふくまつり」など、寒の季節に庄内各地で開催されるこの催しには、毎年多くの人が訪れます。
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【Photo】庄内浜に揚がる海産物の旬と美味しさ、調理法、さばき方など、庄内ならではの魚食文化に関する啓発を行う「庄内浜文化伝道師」でもある「魚神」上林榮孝社長が、寒鱈汁を味噌で味付け。第27回鶴岡日本海寒鱈まつり会場にて

 庄内浜では、産卵を控えた寒の時季に水揚げされる真ダラを寒ダラと呼び、とりわけ珍重します。白子が入った10kgクラスのオスで、魚体へのダメージが少ない延縄漁による釣り物ならば、軽く1万越えは確実。漁獲量が多い底引き網漁物ですら、1万円近くの高値を呼びます。

 そんな寒ダラが千両役者ぶりを発揮する庄内地方の郷土料理が「どんがら汁寒鱈汁)」です。

 身(胴)とガラ(アラ)を全て使い切るどんがら汁には、豆腐やダイコンなどの脇役を入れる派・入れない派、味付けが味噌だけ派・酒粕を加える派など、家ごと異なる流儀と味があります。同様に寒鱈まつりでも店ごと味付けが異なるため、会場内で食べ歩きできるのが最大の魅力。

 今回、庄イタが寒鱈まつりを訪れたのは5年ぶり。魚市場青年部、鮨商組合、麺類食堂組合などの常連に交じって新規参入組も加わり、今年は全14団体が参加。燃料費の高騰や消費増税を受け、鱈汁は1杯600円となりましたが、催しを主催した鶴岡銀座商店街振興組合・日本海寒鱈まつり実行委員会によれば、およそ2万人が訪れたといいます。

uoshin-dongara4-2015.jpg uoshin_garajiru.jpg

【Photo】 一昨年、鮮魚店の2/3ほどを和食処として改装する以前の「魚神」本店では、土日休日限定でアラ汁を無料で提供していた(上右写真。現在は休止)。ガラから滲み出した旨味たっぷりの醤油仕立てのアラ汁の旨かったのなんの...( º﹃º` )。
 遠~いその味の記憶を頼りに、行列に並んだ魚神が鶴岡郵便局と共同出店したテント裏には、地物の証である由良漁港に水揚げした船名とオス・メスの違い、魚体の重量を記した保冷箱が山積み(上左写真)

tsuruoka-kandara-matsuri2014.jpg【Photo】鍋から立ち上る湯気とともに、鱈汁の香りが鶴岡銀座通りを包み込む(画像提供:鶴岡市食文化推進室)

 27回目の開催を迎え、庄イタのようなリピーターが少なからず存在するこの催し。行列で隣り合わせたのは、毎年のように訪れているという仙台の女性グループ。世界一のクラゲ展示で人気の加茂水族館と寒鱈まつりをカップリングし、今年も昨年同様にバス4台を仕立てた河北新報トラベルのツアー参加者でした。

 この日も貸切桧風呂で朝湯を満喫した湯田川温泉ますや旅館では、食べる量をセーブし、早めに朝食を済ませていました。それでも会場に到着した11時時点での空腹感は、ほぼ皆無(笑)。

 そこで腹ごなしを兼ねて、まずは南北に450mほどの寒鱈まつり会場をぐるりと一巡。これは目当ての団体の出店ブースの行列の出来具合をチェックするためでもあります。

 リピーターが多いということは、出店者それぞれに異なる味付けとの再会を心待ちにしているファンがいるということ。長い行列は人気度のバロメーターと見ることもできるでしょう。

 時折激しく雪が舞う鶴岡銀座商店街通りには、テント張りの店がズラ~リ。鱈汁のおいしそうな香りが鼻腔をくすぐると、それまでの満腹感がたちまちにして雲散霧消。食欲スイッチオン!!

uoshin-dongara2-2015.jpg【Photo】鍋から立ち上る湯気に乗って漂ってくるどんがら汁の香りが激しく食欲をそそる(上写真)。底冷えする鶴岡銀座通りにできた行列に並ぶ人々の熱い目線は鍋にくぎ付け(下写真)。

festa7-kandara2015.jpg

 寒鱈汁の基本は味噌ベース。酒粕がきいたパンチのある味付けが例年なされる鶴岡銀座商店街婦人会は2杯目に回す戦法で臨んだ今年。寒鱈汁のゆうパックを冬季限定で取り扱う鶴岡郵便局が、鮮魚店兼和食処「魚神(うおしん)」と共同で出店するテントをまずは目指しました。

 魚神は、山形道・鶴岡IC近くに2店舗を構える鮮魚店で、由良漁港直送の海産物を中心に扱っています。庄内観光物産館内の店にほど近い淀川町にある本店は、和食処メインの店舗として一昨年リニューアル。

festa4-kandara2015.jpg【Photo】魚神の神林社長が自ら味付けした寒鱈汁。ご覧の通り、たっぷりのガラから滲み出たコクと旨味に天然岩ノリの磯の香りが加わり、期待通りのそれはそれは結構な一杯

 改装前の魚神本店で、週末限定で振る舞われていたのが、ガラがたっぷりと入った醤油仕立てのアラ汁。それは魚を扱うプロとしての心意気を示して余りある忘れ難い逸品でした(現在は提供休止)。無料サービスでも決して手を抜かないアラ汁の記憶が、庄イタをして、その行列へと導いたのです。

festa5-kandara2015.jpg【Photo】お久しぶりね~♪ 鶴岡銀座商店街婦人会のお母さんたちお手製のどんがら汁は、5年ぶりの滋味深い母なる味

 果たせるかな、それは産卵を控えて養分を蓄えたアブラワタなどのガラから滲み出たコクが、味噌の風味と絡んで、まさに王道を行くどんがら汁。1杯目の余勢を駆って向かったのは、毎回必ず完食している鶴岡銀座商店街婦人会のブースです。

festa6-kandara2015.jpg【Photo】鶴岡銀座商店街婦人会の寒鱈汁。酒粕のきき具合は例年通り。盛りを含めて今回は少しお上品な仕上がりだったかも

 2杯目の鶴岡銀座商店街婦人会は、観光客向けに万人受けするよう、今年はソフィストケイトされた印象。気持ち的には、もう一杯食したいところでしたが、真ダラのようなお腹周りになりかねません。ますや旅館で食した前夜分を含め、タイプの異なる寒鱈汁3杯を食し、ドンもガラも 身も心も満たされて会場を後にしました。

 冬来たりなば春遠からじ。国内有数の渡り鳥の越冬地である宮城県北の伊豆沼周辺では、例年より1週間早くオオハクチョウやマガンの北帰行が始まりました。最上川河口周辺でも、間もなくハクチョウたちがシベリアに向けて旅立つことでしょう。

 明日から弥生3月。西回り航路の表玄関だった江戸期の繁栄ぶりを窺わせる壮麗な時代雛が、庄内で独自の発展を遂げた雛菓子とともに出迎えてくれる「日本海ひな街道」が、先行した酒田に続き、鶴岡ほか各地で始まります。


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2014/11/23

駅弁? 空弁? いいえ「道弁」です。

「みちのく潮風トレイル」の道連れには道弁を


shiokazetrail_press1.jpg 11月1日(土)、まさに〝雨降って地固まる〟空模様のもと行われた「みちのく潮風トレイル」のキックオフイベント「みちのく潮風トレイルフェスティバル! in 石巻・女川」。会場は宮城県石巻市中瀬の石ノ森萬画館に隣接した特設テントです。

 セレモニーの冒頭、みちのく潮風トレイルのうたが披露された会場には、東日本大震災の発生直後に山形市の東北芸術工科大の学生が立ち上げた復興ボランティア組織、「福興会議」のメンバーが核となり、全国から集結した大学生によるプロジェクト「あるいて、つないで、みちになる」に参加した3人の姿がありました。

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【Photo】全国から参加した大学生が、みちのく潮風トレイルを踏破するプロジェクト「あるいて、つないで、みちになる」23日間の行程を通して、メンバーが感じたままの印象を詳細に綴ったフリーペーパーの一部(上・右) 画像拡大可〈click to enlarge

 これは8月20日~9月11日までの23日間をかけて、青森県八戸市と福島県相馬市を南北の起点に岩手県大船渡市恋し浜で合流すべく、みちのく潮風トレイルを二手に分かれ1チーム4名で350kmを踏破するというもの。参加メンバーが行程で感じたことを日記風にまとめたフリーペーパーには、みちのく潮風トレイルを旅した記録がびっしりと記されています。

arahama_sendai2011.3.24.jpg【Photo】震災発生の翌朝、200から300のご遺体が海岸で発見されたという一報が駆け巡った仙台市若林区荒浜で2011年3月25日に撮影した1枚。屋上に避難した住民が助かった4階建ての荒浜小学校が原形をとどめる以外、基礎だけを残して流失した住宅の残骸が累々と続く。仙台市はともに震災遺構として保存する意向。彼方に遠望する仙台の街並みとのコントラストは、現在も固定化されたまま〈click to enlage

 家族や家財産を津波に持って行かれ、喪失感に苛(さいな)まれながらも、大いなる恵みをもたらす海から離れずに暮らす人たち。目の当たりにして言葉を失った南三陸町防災庁舎石巻市立大川小学校。そうした震災の痕跡や自分と向き合いながら一歩づつ歩みを進めた先々で、五感で感じ取ったままが切々と語られます。

arahama-sendai_2013.jpg【Photo】仙台市若林区荒浜に建立された荒浜慈聖観音は、この地を襲った9mの津波と同じ高さ。黒御影石に刻まれた荒浜地区の犠牲者190人の名前と年齢を凝視していた庄イタに、木製の慰霊塔に手を合わせていた年配の男性が「どちらからいらしたのですか?」と声をかけてきた。仙台市内のみなし仮設にお住まいというその男性は、私と同じ年齢のご子息を津波で亡くされたという。合掌(上写真)

 「日頃は仙台で暮らしており、ほとんどが初めて訪れる場所を自分の足で歩き、津波の痕跡が色濃く残る地域の実相に肌身で触れた体験は、得がたい財産になった」とは、相馬市を起点に北上する4人チームのリーダー格として参加した東北芸術工科大3年小松大知さん(仙台市出身)のコメント。

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 9月に開催された「ツール・ド・東北2014」で、キャロライン・ケネディ駐日米国大使など、出走者から「美味しい~❤」と大好評を博したサンマつみれ・木綿豆腐・長ネギ入りの郷土料理「女川汁」がセレモニー会場で振舞われました。

 そして試食販売ブースでお披露目されたのが、潮風トレイルのコースとなる石巻市や女川町の海の幸を使った3つのご当地弁当、名付けて「道弁」。お弁当とはいうものの、歩いて食することができるよう、中身は地元の具材を用いたおむすびが主役。女川町で寿司店併設の鮮魚店を再開した親子や、石巻市雄勝、同鮎川の漁師のお母さんたちが、地元の味をおにぎりに仕上げました。

 道弁のプロデュースには、「東北食べる通信」を創刊し、2014年度グッドデザイン金賞を受賞したNPO法人「東北開墾」が当たっており、セレモニー会場では代表理事を務める高橋博之氏が、食を通じた新しいコミュニティづくりと題するディスカッションに参加していました。

package-michiben.jpg 道弁のパッケージ(上写真)は、被災からの再起を目指す作り手の営みと産地MAPの紹介リーフレットを兼ねています。道弁を手にした人が、そこを訪れ、交流することで、食材の作り手と食する人とのご縁を繋ぎ、結ぶ媒介役を果たして欲しいという願いが込められているのですね。

 インターネットの普及で、情報を得ることは、いとも容易になりました。しかし、文字面や映像といったうわべの知識だけでは見えてこない作り手の想いや、産地の風土・文化に直接触れることで、初めて気づくことがあるはず。それが何よりの味付けとなり、人の命を支える食べ物の作り手への敬意や、食材への感謝に結びつくことを、庄イタもViaggio al Mondoを介してお伝えしてきました。

 以下、道弁のラインナップをご紹介します。まずは道弁エントリー番号1番、石巻市雄勝地区の行政区長が推薦した選抜女性メンバーで結成された「おがつスターズ」から。浜言葉で「人たち」を意味する「すたず」とスターズの秀逸な掛け言葉(笑)。

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【Photo】(写真左から)宮城で最もホタテ養殖が盛んな雄勝。水揚げしたての大ぶりな帆立貝を煮込んで一晩味を染ませ、炊き込みご飯にした看板メニューの「ホタテ」。活アナゴを天ぷらにしただけの素材の味が引き立つ「アナゴの天むす」。雄勝湾や追波湾の昆布を乾燥後、荒削りしたとろろ昆布で塩むすびをふんわり包み込んだ「とろろ昆布いずれも画像拡大可〈click to enlarge


 道弁エントリー番号2番、女川町小乗浜「おかせい」。女川で70年近く続く水産物加工卸会社。加工場や売り場を流失し、避難所暮らしの中で口にした寿司の味に発奮した兄が卸し担当、弟が小売担当となり、ふさぎ込んでいた父の背中を押す形で震災から7カ月後に寿司や海鮮丼を提供する寿司店を開業。

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【Photo】(写真左から)脂が乗って肉厚と築地の仲買人から指名買いが入る宮城産アナゴ煮を甘辛く味付けした「アナゴ煮」。おかあさんたちが殻むきし味付けしたホヤと紫蘇の香りが酢飯とベストマッチする「ホヤとしそ」。志津川に代表されるアワビを食した三陸のタコは、明石と並び称される逸品。「おかせい」の看板商品「たこめしの素」にも用いる煮付けたタコがたっぷり入った「タコ 画像拡大可〈click to enlarge


 道弁エントリー番号3番、石巻市鮎川「ぼっぽら」。牡鹿半島の先端部にある鮎川は、捕鯨の一大拠点だった。牡鹿の方言で「急に、備えなしに」を意味する「ぼっぽら」という名のお弁当屋を2012年7月に立ち上げたお母さんたちが、クジラやホヤを使った弁当を注文に応じて手作りする。

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【Photo】(写真左から)金華山沖は黒潮と親潮が出合う世界三大漁場。リアス式の入り組んだ地形が複雑な潮流を生み、肉厚のワカメが養殖される。冬に種付けして春には収穫できるため、浜復活に向けた第一歩となった磯の香が広がる「ワカメ」。近海で捕獲されたクジラを余すところなく使うのが、ニッポンの鯨食文化。種類によって食べ方を変える鮎川のお母さんがお薦め「ツチクジラのつくだ煮」。国内生産高の9割を占める宮城の養殖ギンザケ。脂が乗ったギンザケとベストマッチな海苔を巻いた「焼きギンザケ 画像拡大可〈click to enlarge
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 米どころ宮城ならではの冷めてもなお美味しいご飯のお味は、宮城の観光PRキャラクター「むすび丸」も太鼓判。さて、あなたはどの道弁を、みちのく潮風トレイルを巡る旅の道連れになさいますか?
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みちのく潮風トレイル
 URL: http://www.tohoku-trail.go.jp/

おがつスターズ
 住:宮城県石巻市雄勝町雄勝字伊勢畑24
 Phone:080-8221-1430
 営:電話での注文に応じて弁当販売、ケータリングに対応 不定休
 URL: https://www.facebook.com/ogatsustars
 メニュー:旬の素材を使ったお弁当 (例:ホタテご飯500円)

おかせい
 住:宮城県牡鹿郡女川町小乗浜字小乗115
 Phone:0225-53-2739
 営:11:00-16:00(鮮魚販売は8:00-17:00) 水曜定休
 URL: http://www.rakuten.co.jp/okasei/
 メニュー:寿司・海鮮丼ほか魚介料理(例:特撰女川丼2500円)

ぼっぽら食堂
 住:宮城県石巻市鮎川浜北18-4
 Phone:080-2816-1389
 営:11:00-13:00(売り切れ次第終了) 日曜定休 臨時休あり
 URL: http://mermamaid.com/
 メニュー:日替わり弁当500円 ※完全手作りのため当日10:00頃までに電話注文

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2014/11/16

発進! みちのく潮風トレイル

新たな地平を求め、歩く速さで旅しよう。

 旅を愛する者として、移動手段のスピード化がもたらす恩恵を否定はしません。仙台-函館間をおよそ2時間半で結ぶ北海道新幹線新函館開業は、確かに楽しみではあります。ですが、移動速度が増すほど、旅の印象は、希薄にならざるを得ない側面があることもまた否めません。

mutsuminato-stn2014.jpg【Photo】八戸市街から蕪島・種差海岸方面への道すがら、早起きしてでも訪れたいのが、「イサバのカッチャ(=市場のお母さん)」像が出迎えるJR陸奥湊駅前の朝市(上写真)

isaba-kaccha.jpg【Photo】日曜以外の早朝3:00~正午まで、水揚げされたばかりのピッチピチの魚介や惣菜などを扱う市が並ぶ「陸奥湊駅前朝市」には、大型の物販・飲食施設「八食センター」とは違った魅力が充満。今年7月中旬の訪問時は、店頭でウニの殻を剥くカッチャと馴染み客との南部弁を駆使したほとんど意味不明な会話や、爽やかな苦味のある八戸の伝統作物「糠塚キュウリ」とも出合えた

ichiba-gohan2014.jpg その土地の光や風を肌身で感じ、街並みや人々の暮らしぶりに触れることで、旅先の印象はずっと濃密になります。歩く速度で旅することで、あっという間に風景が切り替わってゆく車窓越しでは決して得られない出合いや感動が待っているはず。

【Photo】昭和の雰囲気漂う陸奥湊駅前通りや、入口に惹かれた市場の地階を一巡。店の下見をした上で、朝ご飯を食したのが朝市の一角、八戸市営魚菜小売市場にある「朝めし処」。活きの良い魚介とカッチャが居並ぶ市場で買った刺身や、脂乗りが良い大振りな八戸前沖サバの塩焼き(350円)など、店頭に並ぶ八戸の味を温かいご飯(100円)とともに早朝5時から10時まで頂ける(毎週日曜・第二土曜日・年始休)

 このほど青森県八戸市蕪島から岩手・宮城を経て福島県相馬市松川浦までの南北700kmを結ぶ新たな道、「みちのく潮風トレイル」が設定されました。これは東日本大震災からの復興に資する「グリーン復興プロジェクト」を推進する環境省による取り組みの一環です。

 山の頂きを目指す欧州発祥のアルピニズムとは違い、じっくりと時間をかけて里山を移動しながら自然と触れ合うことを目的とするロングトレイル。北米で1960年代に誕生し、総延長3,500kmに及ぶアパラチアントレイルをはじめ、米国では広く普及しています。
 
kosode-gyoko2014.jpg【Photo】放送終了から2年が過ぎた今も多くの「あまロス症候群」の観光客が訪れる久慈市小袖漁港。有村架純がブレイクした当たり役、若き日の天野春子の逃避場所であり、能年玲奈演じる主人公天野アキが海中にダイブした灯台はドラマそのまま。なれど昨年まで残っていた春子がマジックでなぐり書きした「 東京 原宿 表参道 海死ね ウニ死ね・・・」の文字は、もはやかすれて判読できないという

 信州・信越地域や北海道、九州など、日本には10箇所以上のロングトレイルが存在します(参考)。東北では初となるみちのく潮風トレイルは、社会現象化したNHK朝ドラ「あまちゃん」の舞台となった久慈市小袖と、八戸市でヒッチコックの名作「鳥」を実体験できる海鳥の一大繁殖地・蕪島の間が、昨年11月に先行開通しています。

kosode2-gyoko2014.jpg【Photo】天野アキが海女クラブの面々に素潜り漁を叩き込まれた小袖漁港。透明度が高い入江では、7~9月の間、観光客向けに海女による素潜りによるウニ漁の実演が披露される 

 北限の海女で一躍有名になった小袖を思い立って訪れたのは今年7月。まめぶ汁を味わい、能年玲奈演じる天野アキが劇中で海に飛び込んだ灯台、夏ばっぱや美寿々さん、安部ちゃんら海女クラブの先輩に素潜り漁を教わった「袖が浜漁港」こと小袖漁港など、ロケ地を訪れるうち、あまロス症候群がむしろ重症化した庄イタ。

mamebu-jiru.jpg【Photo】久慈市山形町にある「道の駅白樺の里やまがた」(ふるさと物産センター)食事処「食楽」のまめぶ汁(500円)。特産の山形村短角牛を使用した焼肉定食やハンバーグ定食(1,000円)といったメニューも見逃せない

 来訪客がどこから訪れたかをシールを貼って自己申告するボードは、国内用と海外用の2枚が用意されていました。いまだ衰えないあまちゃん人気を裏付けるように、くまなく日本全国にシールが貼られています。そこで庄イタはまだ空欄だったITALYに緑色のシールを貼り、北三陸に確かな足跡を残してきました。\('jjj')/

 青森・岩手に遅れること1年近くを経た10月9日にルートが開通したのが福島県相馬市松川浦と新地町区間。宮城で整備が遅れていた理由は、3年8カ月前に発生した東日本大震災で最多の犠牲者・行方不明者を出し、復興はおろか復旧すらままならない被災地の現状があります。

kesenuma_2014.7.16.jpg【Photo】被災前は事業所や店舗が並んでいた旧JR南気仙沼駅方向を、気仙沼市仲町の旧河北新報気仙沼総局ビルから見た今年7月の光景。これが震災から3年半を過ぎた被災地の現実〈click to open another cut

 五輪開催のために街並みが一変したという50年前を彷彿とさせる莫大な社会資本が、半世紀を経た今、再び東京に集中投入されています。建築資材高騰と人手不足が、人々の記憶の片隅に追いやられた感すらある被災地復興の重い足かせとなっている現状には、東北の視点から疑問を呈さざるを得ません。

 輝きを増す光と深い影とが交差し、複雑な想いが去来する中で、700億もの国費を投じて解散総選挙が行われようとしています。〝誰がやっても同じ〟という、よく耳にする諦めの連鎖からは決して潮目の変化は生まれません。来るべき師走選挙では、納税者の権利はしっかりと行使しようではありませんか。

frier-michinoku_trail.jpg 暦の上ではノヴェンバ―となった11月1日(土)、宮城でのキックオフイベント「みちのく潮風トレイルフェスティバル! in 石巻・女川」が、石巻市の中瀬公園で開催されました。次回「駅弁? 空弁? いいえ、道弁です」では、その模様をご報告します。

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2014/06/21

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈後編〉

命の糧を作る人と支える人が、
 かくも美しき山里で座を囲む小昼の楽しみ

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈前編〉より続き

 9年目を迎えた鳴子の米プロジェクト。前回はプロジェクトのシンボルであるコメ「ゆきむすび」が、まだ系統名の「東北181号」と呼ばれていた2006年、最初に試験栽培をした3人のひとりである高橋正幸さんのもとに、作り手と支え手が集った交流会前半の田植えの模様をご紹介しました。

nuruyu_onikobe20080611.jpg【Photo】ここ寒湯(ぬるゆ)は、今年の交流会が行われた中川原と岩入(がにゅう)に挟まれた東北181号が初めて試験栽培された地区のひとつ。田植えを終えて間もない6月。水鏡に映るのは、雪解け水や栗駒山系の伏流水の恵みをもたらす山々

 鬼首のコメには、忘れがたい記憶があります。岩手・秋田・宮城の3県にまたがる栗駒山の標高1,126(イイフロ)m地点に乳白色をした強酸性の湯が湧き出でる雲上の名湯、須川温泉から仙台に戻るには、ブナやナラの原生林の間を縫うように進むR398を通ります。須川からは湯浜峠を経て花山湖に向かうのが通常ルート。

1126_former-sukawa.jpg【Photo】岩手・宮城内陸地震で損傷し、取り壊されたのが、「須川高原温泉」の名物だったこの「千人風呂」。一つの源泉の湯量では国内2位となる毎分6,000ℓもの豊富な湯量を活かした大露天風呂「大日湯」のほか、かつて温泉プールだった場所に新たな内湯が設けられ、今も変わらぬ素晴らしい湯をすべて源泉掛け流しで満喫できる

 最大震度6強の揺れが襲ったことで、大規模な山体の崩落が発生するなどして、観光面で今も尾を引く痛手を受けた岩手・宮城内陸地震が発生する4年前の2004年9月末。走り慣れたコースから、山頂付近が色付き始めた栗駒を背にしてカーナビをもとに鬼首・鳴子方面に抜ける通称「鎌内林道」こと県道248号線入ったのは、ちょっとした気まぐれだったように思います。

kamauchi-rindo.jpg【Photo】栗駒の豊かな自然のありようを象徴するブナやナラの原生林を抜け、R398から鳴子・鬼首方面への近道となる鎌内林道。比較的フラットなダート路の先には予期せぬ光景が待ち受けていた

 当時は前輪に225/45R、後輪に245/40R17の扁平タイヤを装着した足回りが固く車高の低い車でしたが、ダート道とはいえ路面の凹凸は少なく、通過に手こずることはありません。山中を速度を上げずに進むことしばし。ほの暗い森を抜け、突然視界が開けました。そこには、頭を垂れた稲穂が夕陽を受けて輝く田んぼが、道に沿った狭い平地に開かれていました。

 「こんな山奥でコメ作りをしているなんて...。」鬱蒼とした森の中を進む 山道を下ってきた後だっただけに、より一層、驚きと畏敬の念を抱かせる光景が私の目の前にありました。やがて人家も現れたそこは鬼首岩入(がにゅう)地区。そう、それから4年の時を経て「ゆきむすび」と後に名付けられるコメ、東北181号が初めて植えつけられた地だったのです。

fiori-onikobe-2014.5.25.jpg【Photo】コメ作りをやめた耕作放棄地に搾油のため植えられた菜の花が、大地を鮮やかな黄色に染める。ミツバチやクマバチが蜜を求めて舞う一角で、小昼の準備をする生産農家など事務局メンバー

 
 鳴子の米プロジェクトは、消費者が安心して食せる冷害に強いコメを、米価低迷にあえぐ農家が、継続して作ってゆける手取り額を確保しようとする試みです。そのため相互の信頼と顔が見える関係性を重んじています。農器具の調達・維持などの必要経費を差し引いた金額が、米作農家に毎年渡るよう、1俵あたりの農家の手取り額18,000円を保証する60kg24,000円で消費者が買い支えることが肝要。

 長期凋落傾向から一転、東日本大震災後のコメ不足から、米価に幾分持ち直しの機運がありました。しかしながら、長びくデフレで生活者の価格志向は否応なく強まりました。そのため、5kg2300円超の高値を維持してきたコシヒカリなどの銘柄米を敬遠し、9割近くを米国やカナダ・豪州産の輸入に頼る小麦を原料とするパンや麺類に乗り換えることで生活防衛に走った都市生活者は少なくありません。

yamaga-shun-ichi2014.jpg【Photo】「山が旬の市」を運営するお母さんたちが持ち寄った地場産品を買い求める交流会参加者

 干ばつや洪水被害などの異常気象が地球規模で頻発する昨今。市場原理で動く食料、わけても主食となる穀物を安定して供給することは、安全保障上からも、国の根幹をなす1丁目1番地の課題。国が飢えては高品質な自動車や精密機器は輸出できません。日本の主食であるコメ離れは耕作放棄地を広げる大きな要因です。生産農家の高齢化が著しい鬼首もその例外ではありません。コメ作りをやめた農地は荒れ放題となり、耕作適地として復活させるには、膨大な手間が必要となります。

 
 庄イタが交流会に参加する一番の目的は、水稲の栽培環境としては厳しい山あいにある鬼首で、作り手の皆さんと農作業を共にする機会であること。これは、ともすると、コメの銘柄や産地や食味の優劣にばかり目が行きがちな都市生活者にとって、血となり肉となる大切な命の糧を育む尊い仕事を人任せにする、いわば他人ごとから、我がこととして実感する契機ともなるはずです。

kobiru-2014.5.jpg【Photo】力を合わせてともに田植えを終えた作り手と支え手、そして小昼を用意して下さったお母さんたちによる交流会恒例の自己紹介タイム

 交流会の大きな楽しみが、作業を終えた皆で座を囲み、農家のお母さんの手料理を食する「小昼(こびる)」の時間です。梅雨の走りを感じさせる曇天のもとで交流会が行われたこの日。鬼首は変わりやすい山の気候ゆえ、2009年に参加した時と同じく屋内での小昼の方が無難との声も上がったそうです。それでも見ごろを迎えた菜の花畑で食事を共にした方が、より美味しかろうということで、予定通り屋外での小昼となったとのこと。

 気まぐれな山の天気をも味方につけ、そんな懸念をも吹き飛ばす心掛けのよいメンバーが、この日は揃ったようです。その何よりの証拠に、花盛りの菜の花に囲まれた小昼は、雨に降られることもなく、和やかな笑顔に満ちたひと時となりました。

kobiru1-2014.5.jpg【Photo】さまざまに工夫を凝らして味付けされ、おむすびのために作られた専用の木桶に盛り付けされたゆきむすびのおにぎり

 小昼の場としてご用意頂いたのは、山あいを見渡す限り黄色に染める菜の花畑に囲まれた一角。そこに地場産品を扱う産直「やまが旬の市」を運営するお母さんたちが用意して下さった山の幸を使った手料理と、鬼首在住の県内で唯一の桶職人、金田孝一さんの手になる桶に入ったゆきむすびのおむすびが運ばれて来ました。いつもながら、食べてしまうのが勿体ないほど美しく盛り付けられたおむすびの数々。

kobiru2-2014.5.jpg【Photo】麹南蛮味噌焼おにぎりの付け合わせとしてピカ一の美味しさだったのが、甘口味噌で味付けされたタケノコの水煮。味噌づかいが文字通りミソとなって素材の旨味が増幅。素朴ながらも滋味深い味わい

 プロジェクト発足当時は、大崎市鳴子総合支所に勤務し、本庁勤務となった今も世話役として活躍する安部祐輝さんの進行で小昼が始まりました。上野健夫理事長のご挨拶から、今年の田植え交流会が行われた水田の持ち主である高橋正幸さんまで、恒例の作り手・支え手相互の自己紹介から。飾らない笑いの輪が広がってゆきます。こんな互いに顔の見える近しい関係が、多くの共感を呼んだ鳴子の米プロジェクトを支えています。

yukimusubi-doburoku.jpg【Photo】発酵食造りが盛んな「ふつふつ共和国」を標榜する大崎市の面目躍如。ゆきむすびで仕込んだ「ゆきむすび 鬼のどぶろく」(alc.12%~13%未満/ 容量:300ml/ 750円)

 緑が目にも鮮やかなハウチワカエデやツバキが彩りを添えるおむすびは、王道の梅干し海苔のほか、麹南蛮味噌焼おにぎりに加え、きなこ、ショウガといった味付けも。地域に活力と潤いを与えたコメの美味しさを、さまざまな具材と組み合わせて表現すお母さんたちの創意工夫には感心するばかり。でんぷん質の粘性が高い低アミロース米、ゆきむすびのモチモチした食感は、ご飯が冷たくなった弁当やおにぎりでも、作り手の熱い思いと同様に美味しさが失われることはありません。

 もうひとつ交流会で庄イタが楽しみにしているのが、ゆきむすびで仕込んだどぶろく。それが目当てで、プロジェクト事務局が用意した温泉街から出るマイクロバスを利用したのです。作り手の席には一升瓶も登場し、そこだけは農作業後の軽い食事を意味する小昼というより、田植えを終えた謝意を田の神に捧げる祝宴「早苗饗(さなぶり)」さながらの盛り上がり。

onokobe-kagura2014.5.jpg【Photo】興が乗るまま、郷土の伝統芸能「鬼首神楽」の一節をご披露頂いた鳴子の米プロジェクト作り手部会長の後藤錦信さんは、大正期に発足した歴史ある鬼首神楽保存会の会長でもある

 濃醇なコメの旨味が凝縮したどぶろくの酔いも手伝って、ほんのりと赤らんだ顔もちらほら。初めのうちは「神前以外では、おいそれとはお披露目しないんだよ」と言っていたのが作り手部会長の後藤錦信さん。やがて求めに応じ、独特の言い回しによる伝統郷土芸能「鬼首神楽」の一節を披露して下さいました。

 宴たけなわ座が盛り上がったところで、そろそろお開きの時間です。

 秋には稲刈り交流会と、天日干し作業の補助を行う杭掛け交流会が実施されます。実りの季節の再会を誓って散会となりました。9種類の多彩な泉質の温泉が湧く鳴子温泉郷の名湯で骨休めしてから家路へと就いたためか、翌日以降も筋肉痛が全く残らなかったこと。そして産直「山が旬の市」のお母さんたち手作りの産品と地場野菜が荷台に積まれた軽トラックの移動販売で購入したキノコと山菜の和え物が、極めて美味であったことを申し添えておきます。
************************************************************************ 
特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト事務局
住:宮城県大崎市鳴子温泉字要害字馬場3-3
Phone:0229-29-9436(土・日・祝日を除く平日9時~16時)
Mail:komepro181@yahoo.co.jp

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2014/06/08

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈前編〉

9年目を迎えた鳴子の米プロジェクト

 北海道を除いて全国的に梅雨の季節を迎えました。農作物には恵みの雨でも、当分うっとうしい日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

kobiru_2009.5.jpg【Photo】庄イタが直近で田植え交流会に参加したのが2009年。雨中で行われた田植えの後、地区の集会所に場所を移して行われた小昼(こびる)で挨拶に立つ今は亡き曽根清さん(写真左上)

 二十四節季で穂のなる穀物の種をまく頃を意味する「芒種」を過ぎました。平年比で1週間ほど早く入梅を迎える直前の5月25日(日)、宮城県大崎市鳴子で、NPO法人「鳴子の米プロジェクト」主催による田植え交流会が催されました。プロジェクトがスタートして2年後の2008年、稲刈り交流会から参加した庄イタ。2009年の田植えに参加して以来、交流会には5年ぶりの参加となりました。

kobiru2_2009.5.jpg【Photo】2009年田植え交流会より。参加者のために鬼首在住の県内唯一の桶作り名人お手製の桶に盛られ用意されたのは、食べてしまうのが勿体ないようなお母さんたち手作りのおむすびや漬物、そして特製どぶろく。モチモチした食感が冷めても失われないゆきむすびの味に感謝感激

 2009年は稲刈りにも参加。翌年は都合がつかず、やむなく不参加。震災が発生した2011年以降は、以前にも増して多忙となり、交流会には久しく参加できずにいました。

nakagawara2014.5-2onikobe.jpg【Photo】今年の田植え交流会が行われた大崎市鳴子温泉鬼首中川原地区では、菜種油を採取するため休耕田に植え付けた菜の花が、一面に咲き揃って参加者を出迎えてくれた

 輸入頼みの小麦を原料とするパン食が普及し、余剰米を抱える中で長年維持してきた減反廃止を打ち出したニッポンのコメ作り。経済界の後押しを受けてTPPを推進する政府は、農業経営の大規模化によって活路を見出そうとしています。そうした画一的な発想を当てはめるのが土台無理な条件下にある中山間地での持続可能な稲作に希望の光を当てたのが「鳴子の米プロジェクト」です。

 寒冷な中山間地でも作付可能な耐寒性を備えた食味の優れた品種として、古川農業試験場で開発された低アミロース米「東北181号」を、大崎市鳴子でも最も奥地にある鬼首(おにこうべ)で、3人の農家が試験的に栽培をしたのが、地域に希望を与えた物語の発端です。

nakagawara2014.5-1onikobe.jpg【Photo】国道398号線に抜ける県道248号線が開通する以前、さらに奥地の岩入(がにゅう)地区へと続く旧道沿いに集落が築かれ、山の豊かな雪解け水や湧水を引いてコメ作りが行われてきた中川原地区

 2007年に「ゆきむすび」と名付けられたこのコメの作り手と食べ手が、相互に支え合う関係構築のため、総合プロデューサーに民俗研究家の結城登美雄氏を迎えて発足したプロジェクトでは、田植えや稲刈り、杭掛けといった農作業に購入実績のある顧客を中心に参加を呼び掛けて相互交流を進めてきました。

shigetoshi-takahashi2014.5.jpg【Photo】9年前、ゆきむすびレジェンドが誕生したご自身の水田を前に手植えのコツを説明する高橋正幸さん

 それは日本人の主食であるコメ作りが、いかなる所で、どんな人たちが作っているかを都市生活者に知ってもらうことで、他人任せの人ごとではなく、我がこととして食べ物の大切さを知ってもらいたいという願いあってこそ。人間にとって最も根源的な食する行為を介して結ばれた人と人が、農作業を通して信頼を深め、強い絆を結ぶ場に我がこととして立ち会うため、庄イタも交流会には可能な限り家族を伴って参加してきました。

ueno-takeo2014.5.jpg【Photo】NPO法人鳴子の米プロジェクトの理事長を務める上野健夫さんも、参加者と共にゆきむすびを植え付けた

 寒湯(ぬるゆ)集落の高橋繁俊さんの水田に場所を移した昨年から、交流会を行う水田が毎年変わる方針が打ち出されています。そのため、5年前に交流会でお邪魔した岩入(がにゅう)地区の後藤錦信(かねのぶ)さんの水田から、今年は中川原地区の高橋正幸さんのもとでの交流会となりました。高橋正幸さんは、9年前にゆきむすびという名前が付けられる前の東北181号を試験栽培した岩入の曽根清さん(故人)、昨年の交流会が行われた高橋繁俊さんら、3人のうちの一人です。

taue2-narugo2014.5.jpg【Photo】のぼり旗に記された「つくる人と食べる人がつながり合い、みんなの力で地域の農を守りたい」という鳴子の米プロジェクトの理念通り、力を合わせて田植えを行う作り手と食べ手

 日中の最高気温が28℃にまで達するという天気予報が出ていた交流会当日。午前10時過ぎに鳴子公民館前に集合、プロジェクト事務局が用意したマイクロバスで中川原地区へと向かいました。鳴子の温泉街から鬼首までは、荒雄川を鳴子ダムでせき止めた人造湖である荒雄湖を左手に見ながら、カーブの続く道を30分ほど山あいへと入って行かなくてはなりません。ちょうど見ごろを迎えていた菜の花畑に囲まれた鬼首でバスを降りると、曇りの空模様のせいか、少しひんやり感じるほど。そこは紛れもない山あいの気候でした。

taue1-narugo2014.5.jpg【Photo】大人たちに交じって素足で水田に入った小さな男の子も、時折飛び入り参加するカエルと戯れながら一生懸命に田植えを行った

 冒頭、上野健夫理事長がご挨拶され、まだご自身の田植えを終えていないという作り手部会長の後藤錦信さん、そして水田の持ち主である高橋正幸さんの順にプロジェクトの作り手3名がご挨拶に立たれました。古川農業試験場で品種開発に携わった総括研究員永野邦明さんほか、仙台や東京などから参加した18名が、作り手の方たちと一緒に田植えをする5アールの水田は、9年前に初めて東北181号を植え付けした場所。そこには前もって木製の大きな熊手のような「タカサゴ」(⇒「梶棒」「ワク」「条板」など地方や農家によって用いる農具が異なる)」で線が引かれており、線に沿って3~4株づつ苗を手植えするよう高橋さんからご指示がありました。

taue3-onikob.jpg【Photo】写真奥から手前に向かってまっすぐ植えていたつもりが...。写真中央の4列が庄イタが植えた苗。長靴をはいた足元を深みにとられた参加者が悪戦苦闘するうち、次第に水が濁り始め、最初は真っすぐだった列が怪しくなる場所も。後日、高橋さんが植え直しをしたかも(^^;)

 カエルの合唱を聞きながら泥と格闘することおよそ1時間。長靴の泥を小川の清水で洗い流しました。心地よい汗を流して働いた後は、庄イタにとっては何よりの交流会の楽しみである農作業を終えた後の軽食タイム「小昼(こびる)」が始まります。その模様は、次回「ゆきむすび田植え交流会2014 〈後編〉」にて。
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特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト事務局
住:宮城県大崎市鳴子温泉字要害字馬場3-3
Phone:0229-29-9436(土・日・祝日を除く平日9時~16時)
Mail:komepro181@yahoo.co.jp
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2013/11/21

鶴岡のれん

料理人がおすすめする郷土食

 「料理人がおすすめする郷土食」をテーマに鶴岡市内の42店舗が参加し、限定メニューを提供する「鶴岡のれん」が、11月16日(土)から12月1日(日)までの16日間にわたって開催されています。 

 海・川・山・里の彩り豊かで個性的な旬の食材が揃い、その地ならではの祭事・行事と深く結びついた伝統料理が四季折々に味わえる食の都・庄内。

 七福神の大黒天が年越しをする「大黒様のお歳夜(としや)」にあたる12月9日の夜には、二股の「まっか大根」と黒豆ご飯などの豆を用いたさまざまな料理と、秋田沖から南下してくるハタハタと豆腐の田楽焼きが庄内の各家庭の食卓に並びます。

dengaku_hatahata6592.jpg【Photo】まっか大根や黒豆とともに大黒様のお歳夜に欠かせないハタハタの田楽焼き

 怒涛渦巻く冬の日本海ならではの恵みである高級魚「寒鱈」を余すところなく使い、岩ノリをトッピングして酒粕を加えた味噌仕立ての「どんがら汁」も冬の庄内には欠かせない味。ほら貝を吹き鳴らしながら山伏が家々を回る松の勧進と、大晦日に神事が執り行われる松例祭が明けると、北前船が上方の食文化を庄内に運んだことを物語る西日本で主流の丸餅で新たな年を祝います。毎年2月1日、夜を徹して能を奉納する黒川能「王祇祭」では、名物の豆腐焼きが演者・参加者に振る舞われます。

 海運で栄えた往時を偲ばせる京都や江戸から運ばれた時代雛が微笑みかける日本海ひな街道では、職人技が光る雛菓子が雛段に供えられます。その頃、雪解け水で増水した赤川河口域では日本海へ下ったヤマメが成長した「雪代鱒」こと、春の訪れを告げるサクラマスが遡上を始めます。湯田川で種籾を温泉に浸して発芽を促す芽出しが行われるのが4月始め。やがて芽吹きの季節を迎える山々は、山菜の宝庫と化すのです。灰汁で炊いた黄色い餅米を笹の葉で包んだ「笹巻」は、端午の節句に食されます。初夏の気配を感じる5月中旬に登場する孟宗筍を使った郷土料理の白眉が「孟宗汁」。修験の信仰が息づく羽黒の宿坊では、「月山筍」や生姜を薬味に餡かけにする胡麻豆腐など、独自の発展を遂げた精進料理が供されます。

ougisai_tofu.jpg【Photo】山椒のきいたつけ汁で食する王祇祭の焼き豆腐

 温海川など山あいの清流でアユ漁が始まり、鼠ヶ関や由良で夏イカ漁が最盛期を迎え、天然岩ガキ漁が解禁される頃、まばゆい日射しに輝く水平線上には入道雲が現れます。京都の影響が色濃い「南禅寺豆腐」の冷や奴と、ツルツルした喉越しが良い「麦切り」が恋しい盛夏を彩るのは、森屋初という女性が明治後期に選抜育種した「藤十郎」の直系品種「白山(しらやま)」など、サヤごと味噌汁の具にもする「だだちゃ豆」、京からやってきた宮大工が種をもたらしたとされる「民田ナス」、弘法大師が口にしたという伝承が残る「外内島キュウリ」など。

 秋の収穫に向け、「温海カブ」、「田川カブ」、「藤沢カブ」など田川地区の山中で、在来のカブの焼畑と播種が行われるのが、夜空を光と感動で覆い尽くす赤川花火大会の前後。その頃、湯野浜から酒田を経て遊佐まで続く砂丘地帯ではアンデスメロンが、松ヶ岡ではモモが出荷の最盛期を迎えます。

dewanomochi_onodera.jpg【Photo】「庄内協同ファーム」代表小野寺喜作さんの圃場で収穫を待つ糯米「でわのもち」

 あまたの食材に恵まれているため、山形内陸のように蕎麦を呼び物にしない庄内ですが、県内で玄ソバの産出量が最も多いのが実は鶴岡。新蕎麦が出回る頃、「はえぬき」や「つや姫」などの銘柄米が誕生した同市藤島地区など庄内一円では、穂先を垂れた黄金色の稲穂と、秋風に運ばれてくる稲ワラの香りが収穫の季節到来を告げます。五穀豊穣を願い3月に里へと迎えた田の神を再び山に送る「田の神上げ」の日、初めて口にする新米と「もって菊」、口細ガレイ、秋鮭と大根の煮物が食卓に上がります。

 舞茸、もだし、ナラタケなど天然物のキノコは、山沿いで秋から冬にかけて食される「納豆汁」に欠かせません。フルーツタウン櫛引で、大玉ブドウがたわわに実を結ぶ頃、明治時代に新潟からもたらされた庄内柿の代表品種「平核無(ひらたねなし)」が橙に色づき始め、収穫を待つばかりとなります。月山が頂きを白く染めてほどなく、藩制期以来の酒造りの歴史を刻む鶴岡市大山では、寒仕込みが始まります。仕上がった新酒は、2月の「大山新酒・酒蔵まつり」でお披露目されます。

 こうして訪れるたび、庄イタを魅了してやまない食材の豊かさ、季節ごとの営みと密接に結びついた郷土の味の多彩さぶりには目を見張るものがあります。

 「酒の肴」をテーマに、JR鶴岡駅から鶴岡銀座周辺の歓楽街に向かって、ほぼ一直線に参加30店が集中し、今年6月に開催された第1回鶴岡のれんは、500円のチケット制で各店自慢のお酒とお通しがセットされる企画でした。ワンコインの明朗会計で、心ゆくまでハシゴ酒ができるだけに、左党の諸兄諸姉から好評を博し、用意したチケット700枚はたちまち完売。「お通し」とはいえ、「白山だだちゃ豆のかき揚げ」、「庄内孟宗汁餃子」、「サクラマスと月山筍のマリネ」など、鶴岡ならではの旬の味を取り入れた店もあり、"らしさ"は楽しめたはずです。

tsuruoka_gohan2.jpg【Photo】昼・夜それぞれ趣向を凝らした各店の限定メニューが味わえる「鶴岡のれん」vol.2の〈夜の部〉パンフレット

 2回目の開催となる今回は、食の都・庄内らしさを、より前面に打ち出し、鶴岡の味を主役に据えています。昼の部に26店、夜の部には30店の合計56店、昼夜とも参加の店があるため、実数で42店が参加。1枚500円からのチケット制で、店によって500円~3000円と、チケットの必要枚数が異なります。鼠ヶ関、三瀬、湯野浜、藤島、羽黒、櫛引と、参加店が広域に広がり、東北の自治体では最も市域が広い鶴岡ならではの多彩な旬のエッセンスを味わうことができそうです。

biglietto-tsuruoka-noren.jpg 企画担当の鶴岡市食文化推進室の阿部知弘さんによれば、参画を機に鶴岡でしか味わえない在来作物をメニューに取り入れた事例もあり、店側の意欲向上にも結び付いているとのこと。敷居が高いであろう割烹も参加しているこの企画。鶴岡市民からも歓迎されているそうです。

 チケット購入の上、3~5店舗を回って対象の料理を食べるとスタンプがもらえ、その個数に応じて、つや姫5kgや月山ワイン、郷土料理のレシピ本「たんぼの味~庄内・やまがたのお米で作るレシピ集」などが抽選で当たるスタンプラリーも好評実施中。まずはWebにアクセス。昼の部、夜の部それぞれ用意されたパンフレットでじっくりと品定めの上、今回も完売必至のチケットを確保し、いざ晩秋の鶴岡へ!!

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鶴岡のれん vol.2
料理人がおすすめする郷土食 
●期間:2013年11月16日(土)〜12月1日(日)
●主催:鶴岡食文化創造都市推進協議会 http://www.creative-tsuruoka.jp/
●チケットは下記各所にて:
 ・鶴岡市観光案内所(JR鶴岡駅内/ Phone:0235-25-7678)
 ・出羽商工会本所(鶴岡市藤島字笹花33-1/ Phone:0235-64-2130)
  同櫛引支所・同三川支所・同朝日支所・同羽黒支所・同大山支所・同温海支所
 ・鶴岡食文化産業創造センター(鶴岡市馬場町14−1/ Phone:0235-29-1287)
 ・鶴岡市 食文化推進室(鶴岡市馬場町9-25/ Phone:0235-25-2111)
【問】:鶴岡市企画部 政策推進課 食文化推進室 / Phone:0235-25-2111(代)

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2013/10/06

ワイン ヴァンヴィーノ フクシマ

winevinvino_frier.jpgこれは楽しいゾッ!!
ワイン・フードとも
豊富な選択肢で内容充実。
ワインの祭典@福島市


 澄み切った秋空から、まばゆい日差しが降り注いだ9月29日(日)、歩行者天国として開放された福島駅前通り商店街で「ワイン ヴァンヴィーノ フクシマ2013」が開催されました。会場となったJR福島駅東口の目抜き通りには、イタリアン・フレンチ・スペイン・トルコなど、多彩な21の飲食ブースが勢揃い。グラス売りで国内外のワイン・シェリー・シードル・グラッパなどのほか、各ショップのセレクトによるフード類も用意され、延べ1万人以上の来場者で賑わいを見せました。

 震災で疲弊した福島の活性化と福島のワイン文化・食文化の発展を目的として、2011年9月に8店舗が参加してスタートしたこの催し。春と秋に開催された昨年までは、復興庁福島復興局が現在入居する福島駅東口の複合ビル「AXC(アックス)」が会場でした。4回目の開催を迎えた今年は、福島駅前通り商店街の設立50周年を記念事業として、同商店街振興組合が主催。前回の9店舗から一気に21店舗へとスケールアップした会場は、芳醇なワインの香りに包まれました。

winevin_01.jpg【Photo】ワイン ヴァンヴィーノ フクシマ2013の会場となった福島駅前通り商店街。地元の老舗百貨店「中合(なかごう)(写真右手)も開催に向け全面協力、通りはいつもの週末の数倍の人出で終日賑わった

 仙台でも年に数回開催される複数のワインインポーターによる業務店向け合同試飲会は、あくまで商談が目的。そのため会場には必ず吐き出し用ポットが用意されます。ゆえに、味覚と嗅覚は若干なりとも麻痺してくるかもしれませんが、その気になれば百本単位でワインを試飲できます。

winevin_03.jpg【Photo】相双・阿武隈地域からの避難生活を福島市で送る農家のお母さんたちが運営する産直「かーちゃん ふるさと農園 わいわい」の野菜ピクルス。シャキシャキした歯応えと爽やかな酸味が素材を引き立てる。新鮮な野菜を加工したピクルスの相伴は、ボルドーブレンドによるイタリア・ヴェネト州の名品「カーポ・ディ・スタート・エティケッタネラ

 一方、ワイン ヴァンヴィーノ フクシマは、一般市民を対象にしており、純粋にワインを楽しむのが目的。プラ製のグラスを一個200円で購入すれば、1杯あたり60mℓ目安でグラス売りされるワインを購入できるシステム。その価格帯は100円~10,000円(⇒ ロマネ・サン・ヴィヴァン1998/ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)と幅広い選択肢が用意されました。

winevin_06.jpg 前回まではワイン愛好家に向けたチケット制の催しでしたが、福島市の玄関口にあたる駅前商店街が会場となった今回。日頃からワインに親しんでいる人だけではなく、日曜日の買い物に訪れた子ども連れやカップル、ベビーカーを押したママ友同士など、幅広い客層が参加し、グラス片手にたくさんの笑顔が溢れました。

winevin_7S.jpg【Photo】各ブースではワインに合わせるフード類も用意。自家製塩麹に漬け込んだアオスタ風蝦夷鹿のロースト、チリエ風鴨腿肉コンフィ、トリッパのフィレンツェ風煮込、ノルチア風熟成プロシュット、キアンティ風フォカッチャが一皿1500円で味わえる本格的なアンティパスティ・ミスティ(左写真)が長蛇の列を呼んだ「オステリア・デッレ・ジョイエ」(上写真)では、ワインに加えてかつてピエモンテ州ネイヴェにある蒸留所を訪れたこんなレアものグラッパも30mℓワンショット2,000~3,000円で提供

 こうした催しが福島で行われていることは、昨年から噂に聞いていましたが、参加するのは今回が初めて。午前10時40分に福島駅に到着し、すぐに庄イタが行動に移したのは、開店準備中の各店ブースを一巡することでした。事前にWebサイトでワインリストフードメニューがアップされてはいましたが、店の前に並ぶワインの銘柄を改めて確認し、すっきりめの白ワインで喉を潤してから、フルボディの赤ワインに至るまで、飲む順番をざっと組み立てるのです。また、そうすることで、メニューの文字面だけは読み取れない各ショップの持ち味や個性、いわば"こっちの水は甘いぞ""というオーラの強弱を感じることもできますから。

winevin_09.jpg【Photo】スローフード運動発祥の地でスローフード協会本部があるピエモンテ州ブラで1年おきの奇数年に開催される「Cheese」には、小規模な生産者が伝統的な製法で造るチーズが世界から一堂に会する。「Cheese2013」で買い付けしたチーズが呼び物となった「クチーナ・ルスティカ ラ・セルヴァティカ」のブース(左写真)

 フード類に関する一番のお目当ては、9月20日~23日までイタリア・ピエモンテ州Braブラで開催されたチーズの祭典「Cheese2013」を訪れた福島市「クチーナ・ルスティカ ラ・セルヴァティカ」の安齊朋大(ともひろ)シェフが現地で調達したチーズ類。300種以上のチーズが存在するイタリア国内は無論のこと、各国の伝統製法で作られた小規模な作り手による個性豊かなナチュラルチーズは、スローフード協会の眼鏡にかなったものばかり。開幕20分前にいち早く会場入りしたのは、日本では入手困難な希少性の高いチーズを食べ逃してなるものかという一心からでした。

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【Photo】クチーナ・ルスティカ ラ・セルヴァティカ安齊朋大シェフ(右写真)に見繕ってもらった白ワイン用と赤ワイン用のチーズ(各1,000円)。手前から時計回りにサフラン風味の羊乳チーズ、ボッタルガ(からすみ)を練り込んだ羊乳チーズ、ヴィナッチャ(ブドウの搾りかす)と灰に漬けた「バラディン」、牛と羊の混入フレッシュでクリーミーな「ロビオラ・ボシナ」は白ワインと(左写真)。 胡椒入り「ぺコリーノ・ペペ」、コク深い「モリテルノ」、カカオ豆とラム酒の香り「カルブル」、ヴェネト州の銘酒アマローネに漬け込む「ウブリアーコ」は赤ワイン用

 前日イタリアから帰国し、ブラから持参したチーズを前に準備に余念がない安齊シェフに話しかけたところ、こちらを一瞥して「庄内系さんですよね」と笑顔で一言。私とはこの日初対面でしたが、安齊シェフはViaggio al Mondoの読者でいらしたのです。 いきなり素性が知れて面喰らいましたが、それはそれ。時間が許す限り、そして体力・気力が続く限り、ワインの祭典を満喫するつもりでした。

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【Photo】口開けの1杯目は「北の巨匠」と称される醸造家ジャンフランコ・ガッロがイタリア最北部フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州で手掛ける「Vie di Romans Chardonnay ヴィエ・ディ・ロマンス・シャルドネ2010」(800円)。美しい酸味を基軸にクリスタルのように透き通った豊かな果実味とボリュームを備え、長~い余韻を残す。直筆サイン入りの5リットル容量の巨大ボトル入りゆえ、猪苗代「クッチィーナ・インコントラ」平山真吾シェフ(左写真)が、カラフェからサーヴしたこの珠玉のワインは20年は熟成を続ける。マグナム以上の大きなボトルはワインの熟成がゆっくりと進み、長い時間を要して到達する高みも通常の750mℓフルボトルより、より高みへと至る。「フルボトル6.5本分の巨大なボトルを収穫後わずか3年で開けるのは勿体ないなぁ」と思いつつ、北の巨匠は期待に違わぬ美味しさで魅了した

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【Photo】2杯目@ラ・セルヴァティカ。世界遺産の塔の町サン・ジミニャーノ原産で、レオナルド・ダ・ヴィンチが愛飲した歴史あるこのブドウ品種を手掛ける「Panizziパニッツィ」は1989年に出来た比較的新しい造り手ながら品質は折り紙付き。「Vernaccia di San Gimignano Riserva ヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ・リゼルヴァ2009」(1,000円)。12ヵ月間のバリック熟成をしながらも嫌みな樽香はなく、ナッツや柑橘系にエキゾチックな苦味が加わる。10年近い熟成も可能(左写真)。 3杯目@福島市「アルソーニ」。"イタリアワインの帝王"こと「GAJAガヤ」が、メルロやカベルネの聖地として脚光を浴びるトスカーナ州ボルゲリで1996年に取得した醸造所「Ca'Marcanda カ・マルカンダ」。2009年初ヴィンテージの白ワイン「Vistamare ヴィスタマーレ2009」(1,500円)。ティレニア海を遠望する畑で育つ白品種ヴェルメンティーノとヴィオニエの混醸。このファーストヴィンテージからしてその名に恥じぬ高次元で調和する絶妙のバランス。有無をも言わさぬさすがの旨さに脱帽(右写真)

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【Photo】4杯目から赤ワイン@クッチィーナ・インコントラ。東京から駆けつけたインポーターAltolivello アルトリヴェッロ伊東長敏社長にお願いしたトスカーナ州ピサ県で天才醸造家ルカ・ダットーマがエノロゴを務める「SanGervasioサンジェルヴァジオ」の「Rossoロッソ2006」(600円)。サンジョヴェーゼを主体にメルロとカベルネをブレンドしたミディアムボディのコストパフォーマンスが良いワイン。良年ならではの伸びやかで溌剌とした風味は、赤ワイン用に見繕っていただいたチーズにも好相性(左写真) 5杯目@ラ・セルヴァティカ。2011年から単独のDOCGとして認められ、ドルチェットが堂々の主役を張るピエモンテ州ドリアーニ。かつて安齊シェフが訪れた思い入れのある造り手だという「Quinto Chionettiクイント・キオネッティ」の「Dolcetto di Dogliani Briccolero ドルチェット・ディ・ドリアーニ・ブリッコレーロ2010」(800円)。醸造はステンレスタンクだけを使い、一切の工程で樽を用いない稀有な存在。ブドウ由来の若々しいベリー系の香りと豊かなタンニン。ボリューミーな味わい(右写真) 

 あらかじめ決めていたもう一つの要チェックポイントが、福島市「オステリア・デッレ・ジョイエ」オーナーシェフの梅田勝実さんが用意する北イタリアおよび中部イタリアの地方料理。梅田シェフとは2年前の11月、イタリアからいわゆる自然派と呼ばれる醸造元15社を招いて仙台市内5店舗で同時開催された「ヴィナイオッティマーナ2011」の2次会場でお会いしていました。梅田シェフは自然派ワインに傾倒しておいでのようで、11本全てがそちら系の濃いラインナップ。味にばらつきが多く、造りが多少とも個性的ゆえ、庄イタは積極的にアプローチしないこのジャンルですが、気になるワインが数本置いてありました。「前菜盛り合わせ」は赤ワインとの相性が良さそうだったので、序盤はチーズから攻めることにしました。

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【Photo】6杯目@オステリア・デッレ・ジョイエ。1980年の自家詰め開始よりウンブリア州モンテファルコでビオディナミ農法を実践する孤高の造り手が「Paolo Beaパオロ・ベア」。風味を凝縮させるための低収量と選別を徹底、自然酵母の使用、そして清澄濾過を行わずにボトリングされる「Montefalco Sagrantino モンテファルコ・サグランティーノ2003」(1,500円)は、プルーンのニュアンスを強く感じ、元来厳格なタンニンを備えたサグランティーノにしては意外なほど柔和な表情を湛える。25anniで有名なアルノルド・カプライとは方向性が異なるが、この品種の可能性を示す(左写真)。 7杯目@ヴィヴィフィカーレ(福島市)。ヴェネト州ヴェネツィア北方の造り手「Conte Loredan Gasparini コンテ・ロレダン・ガスパリーニ」のフラッグシップ「Capo di Stato Etichetta nera カーポ・ディ・スタート・エティケッタ・ネラ'97」(800円)。公式晩餐会で出されたこのワインに感銘を受けた元フランス大統領シャルル・ド・ゴールが、国家元首を意味する「Capo di Stato」と名付けた逸話が残る。カベルネ・ソーヴィニヨン+カベルネ・フラン+メルロ+マルヴェックというボルドーブレンドの深みと複雑味を感じる隠れた名品。しかもグレートヴィンテージ'97!!(右写真)

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【Photo】8杯目@オステリア・デッレ・ジョイエ。"No Barrique,No Berlusconi"という辛辣なエチケッタを残した伝説のバローロ生産者「Bartolo Mascarello バルトロ・マスカレッロ」。バローロ・ボーイズの活躍で脚光を浴びたクリュの概念やバリック樽を否定し、伝統的なセメントタンクでの発酵と大樽熟成による造りを生涯貫いた。娘マリア・テレーザが醸造所を引き継いだ今も、カンヌビ・ロッケなど4つのバローロ地区最良の区画に所有する畑で栽培するネッビオーロから単一のBaroloを造る。この2007年(1,500円)は前年に続く優良年で、厳格さは残しつつも抜栓後4時間を経て柔らかさもあり、素晴らしい資質を遺憾なく発揮(左写真) 9杯目@オステリア・デッレ・ジョイエ。締めくくりはトスカーナ州シエナ東方のカステルヌオーヴォ・ベラルデンガのChianti Colli Senesiキアンティ・コッリ・セネージ地区に位置し、ジョヴァンナとステファーノ夫妻による「Pacinaパーチナ」のデザートワイン「Vinsanto del Chianti ヴィンサント・デル・キアンティ2005」(600円/30mℓ)。消毒用ボルドー液以外を用いない農法で育てた白ブドウのマルヴァシアとトレッビアーノを収穫後に陰干し、寒暖差が激しい屋根裏部屋などで5年以上熟成させると、ブドウの純粋かつ官能的な甘味が抽出された琥珀色のエッセンスへと昇華、贅沢な余韻に浸れる(右写真) 

 時間が経つのを忘れ、気がつけば4時間30分あまり会場をウロウロしていた庄イタ。ヴィンサントをお願いしたオステリア・デッレ・ジョイエでは「たくさんご注文頂いて♪」と奥様からサン・ペルグリーノの炭酸水の差し入れも頂戴してしまいました。そろそろ中合の地階へ移動して家族への福島土産を購入しなくてはなりませんが、午前中にラ・セルヴァティカのブースに立ち寄った際、ワインリストに記載された「Etlivin.s.r.l秘蔵のイタリアワイン」(1,500円)なる存在が気になっていました。そこには日本でイタリアワインが現在ほどの地位をマーケットで築く以前の'85年、イタリア専業のインポーターとして創業した「Etlivinエトリヴァン」の佐々木玲子さんがおいでした。

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 佐々木さんは、秘蔵のイタリアワインこと木箱入りマグナムボトルの「Linsieme l'Italia del Vino decennale selezione Fattorieリンシエメ・リタリア・デル・ヴィーノ・デッチェナーレ・セレツィオーネ・ファットリ」(左写真)という長たらしい名前のヴィーノがいかなるものかを説明して下さいました。かの「Sassicaiaサッシカイア」を生んだ醸造家、故ジャコモ・タキスが、イタリア各州の優れた造り手のワインをブレンド、1999年に2,265本だけマグナムボトルに瓶詰めした超レア物なのだといいます。バックラベル(右写真)にはブレンド用にワインを提供した32のそうそうたる顔ぶれの生産者名が列記され、しかもイタリアではGrande Annata(=グレートヴィンテージ)として名高い1997年がズラリ。

 日本市場では流通せず、国内では存在しえない貴重なボトルが目の前にありました。ここを素通りしては一生の不覚。末代まで禍根を残すことになります。条件反射のように「一杯飲ませて下さい」と口走り、残り少なくなった千円札を2枚差し出す庄イタなのでした。バルベーラ+ネッビオーロ+モンテプルチアーノ+サンジョヴェーゼ+ネレッロマスカレーゼ+カンノナウ+その他モロモロという、通常ではありえない「ちゃんぽん」に等しい組み合わせが破綻をきたさずに綺麗に熟成を重ね、しっとりとした落ち着いた表情で魅せてくれたのは、さすが稀代の醸造家ジャコモ・タキスの手腕なのでしょう。

winevin_26.jpg【Photo】太陽が少し傾き始める16時を迎えてなお、多くの参加者で盛り上がりを見せる会場。ムルソーやニュイ・サン・ジョルジュなど、ブルゴーニュの醸造所から提供されたワインが出品されたオークションの売り上げは、福島復興のための基金に寄付される。後ろ髪を引かれる思いで会場を後にした

 恐らくは一期一会となるワインとの出逢いを最後に果たしたワイン ヴァンヴィーノ フクシマ。集客目標として掲げた3,000人を結果的に3倍以上も上回る成功を収めた今回の催しにあたり、尽力された皆さんに心より敬意を表します。次回開催の折に仕事が入らなければ、必ずや駆けつけることをお誓いします。I shall return.
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2013/09/16

心和む「かかしの里」@鯵ヶ沢

庄内系イタリア人的青森〈番外編〉
かかしの里 @ 鰺ヶ沢町中村

wasao_s2013.9.jpg【Photo】「元気になりました」by わさお (クリックで拡大)

 8月上旬、青森県西津軽郡鯵ヶ沢町を訪れた際、違うワンコがいるのかと思うほどの変貌ぶりに気をもませたブサカワ犬「わさお」。かつてのフサフサの毛並みが元通りに戻った近況にホッと胸をなでおろしている庄イタです。

 わさおが愛嬌を振りまく菊谷商店と並んで、鰺ヶ沢で思わず足を止めたくなるスポットがあります。前編後編の2回に分けてレポートした「庄内系イタリア人的青森」の番外編として、鰺ヶ沢町中村地区に期間限定で出現する「かかしロード」を今回ご紹介します。

kakashi0_nakamura.jpg【Photo】JR五能線と平行して走るR101は、鯵ヶ沢町舞戸で鯵ヶ沢街道と交差する。そこを岩木山方面に2kmほど南下、視界が開けた水田地帯が中村地区(上写真)。8月初旬から9月中旬に出現する「かかしロード」では、カワイイ巨大かかしが仲良く並んでお出迎え(下写真2点)

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 「かかしの里」こと中村地区は、今年ユネスコ世界自然遺産指定20周年を迎えた白神山地北側の山あいに開けた緑豊かな田園地帯。白神の森林地帯が源流となる清流中村川が南北を貫きます。流域の水田では、青森生まれのコメ「つがるロマン」が、頭を垂れ黄金色に色付き始めた稲穂が刈り入れの時を待っていました。8月末に東北の日本海側を襲った豪雨では中村川が警戒水位を越えて避難勧告が出る一幕もありましたが、稔りの季節を迎えた鯵ヶ沢でも稲刈りが始まりました。

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 小兵ならではの軽快な動きで意表をつく技を多彩に繰り出したことから、「平成の牛若丸」の異名をとった元関取・舞の海の出身地が、鯵ヶ沢町舞戸。そこから鰺ヶ沢街道を嶽温泉方向に2kmほど進むと、実は身長170cmに満たなかった舞の海が、3人がかりでやっと肩を並べる大きさ5mもあるジャンボかかしが出迎えてくれます。

 かかしロードの入口と出口それぞれの両端に2体が並んで立っているので、見過ごすことはないでしょう。かかしロードは、地元の地域おこし団体「せせらぎ中村委員会」が、2002年(平成14)に中村地区町内会連合会と共同で始めた取り組みです。かかしを出品できるのは、鰺ヶ沢町在住の個人・団体。

kakashi3_nakamura.jpg【Photo】岩木山(写真奥)方面へと向かう鯵ヶ沢街道の側道沿いにズラリと整列した56体のかかし。手前の「チカン、ダメ ゼッタイ許さないにゃん♡」は鰺ヶ沢町域学連携事業で8月に鯵ケ沢に滞在した麻布大学、「ミス法政」と「ふらっと来たよ鯵ヶ沢・一人ねぶた祭りらっせらー」は法政大学の学生によるもの

 今年は総務省が推進する「域学連携事業」の一環で、高齢化が進む地域に都市部の大学生を招いて交流を図る鰺ヶ沢町域学連携事業(通称:あじがく)で鯵ケ沢に滞在した法政大や麻布大の学生が中村地区の住民から手ほどきを受けて作成したかかしも華を添えました。

kakashi6_nakamura.jpg【Photo】かかしロードのかかしはどれも個性豊か。車が往来する鯵ヶ沢街道ではなく、側道側を向いて立っているので、田んぼに沿ってのんびりと散策しながら鑑賞できる(上写真2点)。今年の出品作から、"アベのミクス"のタスキが秀逸な「安倍首相・林対談 日本を変えるの今でしょ!」(左下)、NHK大河ドラマと朝の連続テレビ小説の顔「八重の桜」、「じぇじぇじぇ!!ウニだべー」(右下)。アキちゃんが手にしたウニのじぇじぇじぇな正体はなんとっ!!(Photoクリックで拡大)

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 この催しは、山形県上山市で9月14日(土)に開幕した「かみのやま温泉全国かかし祭」のように、頂点のグランプリを目指すコンテストを実施して優劣を競うのではありません。8月初旬から稲刈りを控えた9月中旬までの間、地域おこしと五穀豊穣、安全祈願を目的に、町民手作りのかかしが展示されます。過去のかかしロードの模様はコチラ

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【Photo】今年の出品作から、鳥獣の食害抑止効果が最も薄いと思われるかかし2点。お孫さんが生まれた(?)まんじの嫁作「こんにちは赤ちゃん私がバァバァよ」(左上)、昨年かかしとは呼び難い東京スカイツリーを出品したグループホーム百沢ハウスは、今年も関東地方をテーマに船橋市非公認キャラクター「ふなっしー」(右上)を出品(Photoクリックで拡大)

 本来は鳥獣の食害からコメなどの農作物を守る役目のかかしが、安全運転の啓発や地域の話題づくりなど、本来の職責を離れて道沿いなどに立つ例は、全国各地で見られるようです。秋保温泉へと向かう仙台市太白区生出地区のR286沿いでは、9月7日(土)から月内いっぱい交通安全協会の主催で「生出かかしまつり」が開催されています。気仙沼市の内陸部では、赤岩迎前田地区にある産直「いろどり」が住民に呼びかけて50体ほどのかかしを作成、来月半ばまで路肩に立ち続けます。

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【Photo】今年の出品作から、ビジュアル系かかし2点。美輪明宏にうり二つの「美輪明弘」(⇒誰?)は中村婦人学級の作品(左上)。別れた女性を忘れることができない匿名の男性が出品したと思しきベストドレッサーものの「乙女像」(右上)には未練タラタラの切ないポエムが....。(Photoクリックで拡大)

 嶽温泉を発って初めて中村地区を通りかかった時、保母さんに引率された保育所の子どもたちが、お揃いの黄色い帽子姿でユーモアたっぷりのかかしを眺めているところでした。心和むその光景につられ、思わず車を停めました。

 子どもたちは、かかしを前に瞳を輝かせて歓声を上げています。それもそのはず、ずらりと並んだかかしの中には、今年のご当地キャラコンテストで優勝した「ふなっしー」、ゆるキャラグランプリ2011王者「くまモン」、ディズニー映画「モンスターズインク」に登場した一つ目モンスター「マイク・ワゾウスキ」、女性お笑い芸人「キンタロー。」など、子ども受けの良さそうな作品も含まれます。

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【Photo】今年の出品作から、やっぱり外せないNHK朝ドラ「あまちゃん」系かかし2点。「ウニ、とったぞぉ\('jjj')」と手にしたタワシを掲げる「あまりん」は、海女としてはまだまだ甘ちゃん(左上) キョンキョンが社長を務める芸能プロダクション、スリーJプロダクションのマネージャー「水口琢磨」(右上)は、似ているような、似ていないような(Photoクリックで拡大)

 出品されるかかしは、年ごとに時の人や話題のキャラクターをテーマとしており、街道と田んぼの間に伸びる側道沿いに今年は56体が出品されています。かかしは車が往来する鰺ヶ沢街道ではなく、田んぼに向かって側道の方を向いて立っているので、路肩に車を停めて歩きながらじっくりと鑑賞できます。

 500体を越えるかかしが出品され、温泉地を挙げての観光行事として、1971年(昭和46)から市民公園を会場に手入れの行き届いた芝生上で繰り広げられる全国かかし祭。かかしに対してなんと内閣総理大臣賞(!!)まで奮発される一大イベントは、それなりに楽しめるでしょう。しかーし、作り手が楽しみながら作っていることが手に取るように伝わるかかしが、のどかな田園風景に溶け込む中村のかかしロードが醸し出すほのぼのとした雰囲気に、より心惹かれた庄イタなのでした。

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【Photo】今年の出品作から、甲乙つけがたい秀作2点はいずれもデイサービス施設の作品。デイサービスセンターつくし荘制作による「金太郎」(左上)は、足柄山の金太郎ではなく、表情から顔の大きさまで女性お笑い芸人キンタロー。がモデルのはず。 鰺ヶ沢出身で伊勢ヶ濱部屋に所属する十両力士、誉富士がモデルの「どすこい誉富士」(右上)。デイサービスセンター健康倶楽部メンバーによる古典的なかかしの顔立ちと化粧まわしや体の作りこみなど、秀逸な出来栄え(Photoクリックで拡大)

 廃材や着古しの服などを活用した手作り感満載のかかしは、実に個性豊か。12回目を迎えた今年。会期となった8月1日~9月18日までの間、雨ニモ負ケズ風ニモ負マズ、夏ノ暑サニモ負ケズに道行く人の目を楽しませました。吹く風に秋の気配が深まり、稲刈りシーズンとなる最終日。役目を終えるかかし達は出品者が引き取ります。その際に「五穀豊穣かかし供養祭」が執り行われます。それもまた心温まるエピソードですね。

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2013/08/18

赤川花火大会2013

3年ぶりの感動日本一@鶴岡

 第23回「赤川花火大会 翔habataki-感動日本一への挑戦」が、8月17日(土)、鶴岡市赤川河畔を会場に開催されました。27年ぶりの復活となった1991年(平成3)、1,500発で再スタートして以降、質量ともにスケールアップし、目の肥えた花火ファンの支持を不動のものとしている赤川花火大会。こと知名度の点では、600m上空に直径550mの大輪の花を咲かせる正三尺玉やフェニックス花火など、2日間で延べ2万発を打ち上げ、その起源が1879年(明治12)まで遡る「長岡まつり大花火大会」や、1910年(明治43)から開催され、今年87回目を数える全国花火競技大会「大曲の花火」などの伝統ある大会と現状で比べれば、赤川は一歩譲るかもしれません。

akagawa2013poster.jpg【第23回 赤川花火大会 「翔 habataki」 実行委作成ポスター】 花火撮影:井上真也氏click to enlarge

 しかしながら、歴代の青年会議所有志が中心となって運営し、全国デザイン花火競技会でもある同大会には、世界的にもレベルが高い日本屈指の花火師が全国から参加します。夜空を彩る1万2千発のデザイン花火や割物の尺玉が、赤川に架かる羽黒橋と三川橋の間の羽黒町側河川敷の全幅700mを使って打ち上げられ、すぐ目の前の天空を色とりどりの光で埋め尽くします。さまざまなジャンルの音楽と静と動を組み合わせた光の芸術の大迫力は、"感動日本一"の呼び声に違わぬもの。大会運営の良さもあり、開催地の人口を遥かに超える観客が会場に殺到し、終了後に大渋滞に巻き込まれ疲労困憊、フィナーレの感動が吹き飛ぶ残念な結果を見ることもありません。

akagawa_2013.jpg【Photo】第20回記念大会に訪れて以来、3年ぶりに訪れた今年の赤川花火大会で夜空を焦がすデザイン花火。Bravooooo(=たまや~)!!!!!

 通称「アカハナ」こと赤川花火大会に庄イタがデビューした2004年(平成16)。作家・藤沢周平への再評価の機運が高まって「海坂の大花火」が大会テーマだった第14回大会の印象は鮮烈でした。10・9・8・・・のカウントダウンに続く1曲目Queenの「I Was Born to Love You」でセンセーショナルに幕開けしたオープニングのワイドスターマインで、一気にヒートアップ。シェフの好意で一緒に花火を楽しませてもらったアル・ケッチァーノの若手スタッフたちは感動のあまり瞳を潤ませています。ビバ青春!

 「You raise me up-あなたがいれば立ち上がれる」が大会テーマだった翌15回大会。そのエンディングは、TBS系「世界遺産」のテーマ曲「The Song of Life」が使われた市民花火との2部構成でした。さまざまな歌手がカバーしたこの年の大会テーマと同名の曲ですが、ここで使われたのは、日本では最も知られるケルティック・ウーマンのバージョンではなく、ジョシュ・グローバンの力強い美声。「エレクトリック・ミュージカル・ワイド花火」と形容されるデザイン花火が、曲とシンクロしながら百花繚乱のクライマックスへと至り、鳥肌が立つほどの感動を覚えたのを鮮明に記憶しています。

 クラシック音楽あり、J-POPあり、子ども向け演出ありで、幅広い世代が楽しめる大会全体の構成に感心したものです。それ以来、赤川花火大会の日は、ランチ営業だけで店を切り上げ、スタッフ全員で花火見物をするアル・ケッチアーノ特設席に同席させてもらうのが庄イタ家の恒例行事となりました。

akagawa_poster2011.jpg 【第21回 赤川花火大会「希望の光」 実行委作成ポスター】  花火撮影:加藤隆志氏click to enlarge

 東日本大震災が発生した2年前の夏は、実行委が当初予定していた「飛躍の翼」から「希望の光-復興に勇気 子どもたちに笑顔 東北に未来を」へと大会テーマを変更。全国で催事の中止が相次いだ中、被災地に勇気と希望を届けようと、震災で最大の犠牲者を出した石巻や南三陸町の子どもらを招待してくれました。この「希望の光プロジェクト」は、「飛躍の扉-明るい未来へ天空からのメッセージ」をテーマとした昨年は福島から、今年は岩手の小学生が招待され、鶴岡の子どもたちと共に仙台・八軒中で有名になった合唱曲「あすという日が」をオープニングで披露しました。

【Movie】10分に及ぶフィナーレ「輝け! 響け! 未来へ、翔け!!」は長野県の(有)伊那火工 堀内煙火店による感動スペクタクル巨編。心震える感動日本一体験をどうぞ

 混乱のさなかにあった2年前の8月、そして昨年も赤川花火を見ることはできずにいましたが、3年ぶりに訪れた今回、やはりアカハナは素晴らしいとつくづく実感できました。効果のほどは???ですが、夕凪で時おり立ちこめる花火の煙を河川敷を埋める観客が一斉にうちわで追い払う恒例「パタパタ」にも参加。尺玉が上空で炸裂する空気の振動を肌で感じ、上空から燃え尽きた花火の灰が降り注ぐライブの素晴らしさには及びませんが、33万人(実行委発表)が体感したフィナーレの感動を少しだけお裾分けします。抑制の利いた前半から一転、5分過ぎから堰を切ったように溢れ出す光の洪水は圧巻!!

 仙台七夕花火祭や泉区民ふるさとまつりなど地元の花火は勿論のこと、隅田川や大曲の花火も体験した庄イタがイチオシする赤川花火大会。その素晴らしさを知らなかったというアナタ、来年の開催日は8月16日(土)です。Don't miss it.
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 ■ 赤川花火大会実行委員会(公益社団法人鶴岡青年会議所内)
   URL:http://akagawahanabi.net/
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2012/09/17

だだちゃ豆食べ比べ会

Road to だだちゃ豆食べ比べ会
湯田川朝ミュージアム#6 「続だだちゃ豆」より続き

白熱の食べ比べ審査
チャンピオン・オブ・ジ・イヤーは誰の手に?

tabekurabe_1.jpg【Photo】だだちゃ豆食べ比べ会の冒頭、ご挨拶に立つ月山パイロットファーム相馬一廣氏
 
 月山山麓にある月山パイロットファームの研修施設に到着すると、すでに20人ほどが集結していました。参加者は総勢28名。顔ぶれは同社の相馬一廣氏ご夫妻と同社第二農場を預る成沢昭信氏ら生産者のほか、山形大学農学部、庄内経済連、県農業改良普及所などで、だだちゃ豆の研究や普及に関わってきた方たち。加えて歴代の荘内日報社社長、日本の伝統食を考える会(本部:大阪)〈Link to Website、税理士、医師など地元庄内を中心に、京都・新潟・仙台(⇒庄イタ)からの多彩な顔ぶれ。

tabekurabe_2.jpg【Photo】生産者が腕によりをかけた無記名のだだちゃ豆が並ぶ。参加者がこれぞと思った番号に2票を投じ、獲得投票数で順位を決める。食べ進めてゆくうちに味と香りが重複しあってくるため、見極めは容易ではない。3回食べ直しをして悩んだ挙句に票を投じた

 国内の産学関係者からなるエダマメ研究会Link to Website会長を務め、今年3月に山大農学部を退官した赤澤經也氏が恒例により冒頭ご挨拶をするはずでした。ところが、食べ比べ会に提供する天然アユを調達に行く道すがら、車で自損事故を起こし、足に重傷を負って入院されたためパイロットファームの相馬一廣さんが代わってご挨拶をされました。

 食べ比べ会に出品されただだちゃ豆は12品。これでも例年より出品者数が少なかったそうです。今年は8月26日(日)の開催でしたが、春先の寒さが響いた今年は、全体に生育が平年より1週間ほど遅れたため、出荷のピークがずれ込んだ白山だだちゃや庄内3号の出品が多かったようです。6月以降の降水量が平年の1割と極端な水不足と酷暑のもとで育った本年産だだちゃ豆。食べ比べ会は、無記名で出品された豆を試食し、「これぞ!」と思う番号を2つ記入するというもの。順位は投票数の多さで決まります。

tabekurabe_3.jpg【Photo】12種の中から2つを選ぶ審査に臨む参加者の表情は真剣そのもの

 審査に臨む誰もが真剣な表情でモグモグ。私も順番に食べてゆくうち、この審査が容易ではないことに気付きました。だだちゃ豆は香りが強いため、ともすると食べ比べてゆくうちに風味が混ざってしまいます。神経を味覚に集中させて甘さの強弱、風味の良さ、コク深さなどを確かめてゆきます。1番から12番までひと通り食べた後で、もう一度食べ直し、5点ほどに絞ったところで、再びトップの二つを決めてゆきました。

tabekurabe_4.jpg【Photo】いずれ劣らぬ秀作揃いのだだちゃ豆の中から、悩み抜いた庄イタがオレンジ色の投票用紙に記した番号は3と12。厳正なる審査の結果はいかに?

 開票の結果、最多票を獲得したのが12番の月山パイロットファーム第二農場の成沢昭信氏が山場の畑で栽培した白山だだちゃ、次点が3番の元荘内日報社編集局長 松木(まつのき)正利氏夫人の道子さんが、鶴岡市内にあるご自宅の畑で育てた庄内3号のワンツーフィニッシュ。これは奇しくも庄イタが投じた一票と同じもの。ビギナーズラックというべきか、これまで鶴岡各地の産直でつまみ食いを重ねてきた成果というべきか...(´∀`*)

tabekurabe_5.jpg【Photo】栄冠に輝いた12番月山パイロットファーム成沢昭信氏の白山だだちゃ

 最多票を獲得した成沢氏は、輪作による資源低投入型月山パイロットファーム式無農薬有機農法を取り入れています。標高約300mの山場と平場にある畑から豆を出品した成沢さんによれば、気温が低い山場では平地と比べて収量が1/4しかないそうです。厳しい栽培環境がもたらす負荷がストレスとなり、糖分が増して風味が良くなったのではないかと勝因を語りました。次点の松木さんは、いつも相馬さんが優勝をさらってゆくので、打倒相馬を目指して精進してきましたと本音を披露。会場は笑いに包まれるのでした。

 和やかな中にも、この会が大真面目で行われていることを示したのが、「だだちゃ豆のおいしさ 香りについて」と題する慶応大学先端生命科学研究所の富田淳美さんによる解説。最新の研究結果に基づく未発表の内容を含むため、ここではその詳細は伏せます。湯田川温泉朝ミュージアムでお会いし、食べ比べ会にも参加しておいでだった山形大学農学部江頭宏昌(ひろあき)准教授(下写真左から2人目)の指導を仰ぎ、現在は鶴岡にある同研究所で植物に関する研究を行っているそうです。

 tabekurabe_6.jpg【Photo】慶応大学先端生命科学研究所の富田淳美さんによる科学的な分析データに基づく解説がなされた「だだちゃ豆のおいしさ 香りについて」。興味深い解説に一同興味津々

koino_kawa.jpg【Photo】出羽桜・くどき上手・東北泉・竹の露など、さまざまな銘柄の日本酒が用意された食べ比べ会は、飲み比べ会さながら(笑)。持ち帰りさせて頂いたのは、まだ飲んだことのない一本。最晩節に登場するだだちゃ豆品種「尾浦」をつまみながら、自宅で空けた鯉川酒造の純米吟醸「恋の川」生酒

 この日は所用で参加できなかった鯉川酒造の佐藤社長が、だだちゃ豆に合わせて選んだ山形各地の日本酒が並びました。それを庄イタが指をくわえて見ていたのは、塩引き鮭の調達に新潟村上まで車で移動することになっていたため。宴たけなわの酒席を中座せねばならなかったのも心残りでした。

 空気が乾燥し、強風が吹いた翌朝はだだちゃ豆の香りが弱くなるなど、興味深い皆さんの話をウーロン茶を飲みながら拝聴する私に、好きな酒を持ち帰っていいからと仰って頂いた相馬氏に後日連絡を入れました。電話口で「たまには勝ちを譲らないと」と悪戯っぽく笑ったものの、そこは「沈潜の風」を旨とする鶴岡の人だけに、来年こそはと捲土重来を目指していることでしょう。 

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2012/09/15

Road to だだちゃ豆食べ比べ会 

湯田川朝ミュージアム6 「続だだちゃ豆」

 鶴岡市羽黒町手向(とうげ)にある月山パイロットファームの研修施設で恒例の「だだちゃ豆食べ比べ会」が8月26日(日)に催され、会の存在を知ってから足かけ10年目にして念願の初参加を果たしました。だだちゃ豆については3年前のレポートをチェック・プリーズ《Link to Backnumber

compe12_dadacha.jpg【Photo】今年で17回目を迎えた「だだちゃ豆食べ比べ会」。並みいる腕自慢の挑戦を押しのけ、これまで高い勝率を誇ってきた月山パイロットファームの相馬一廣氏。食べ比べに臨む表情は真剣そのもの。果たしてその結果はいかに

 平成の大合併で鶴岡市と藤島町が合併する前の2003年(平成15)、藤島町の助役であった月山パイロットファームの相馬一廣氏から、8月の最終日曜日に開催される食べ比べ会に参加しないかとお誘いを頂いたことがあります。山形営業所が開設され、当時は月~金で仙台から山形まで通う毎日。山形県全域を車で回るなかで、内陸とは全く異なる庄内へと頻繁に訪れていた頃のことです。

【Photo】イタリア・マルケ州から2006年3月に有機農業を通じた民間交流を促進しようと訪れた一行の歓迎会。(写真奥から)相馬氏、スパール山澤清代表、鯉川酒造佐藤社長ら、食に関して一家言を持つお歴々が集ったテーブルの話題は「だだちゃ豆はどの旬が最も美味であるか」

benvenuti_arcevia.jpg その年は都合がつかず参加を見送りましたが、食べ比べ会で供される日本酒の調達係だという鯉川酒造の蔵元・佐藤一良氏や相馬氏らと、その3年後に鶴岡で催されたイタリア・マルケ州からのゲストご一行をお迎えする会合でご一緒しました。席上話題となったのが、だだちゃ豆食べ比べの会のこと。

 会の発足は、20年近く前に所用で郷土紙の・荘内日報社を訪ねた相馬氏が、当時の編集局長で園芸家としての顔を持つ松木(まつのき)正利氏と交わした会話がきっかけでした。だだちゃ豆栽培の最適地として地元で知られるのが、赤川に合流する大山川の支流・湯尻川沿いの白山から矢馳地区の一帯。収穫が行われる早朝に立ち込める朝霧の湿気と肥沃な土壌とが、一味違うだだちゃ豆を生むのです。それに相馬氏が、ご自身がだだちゃ豆を栽培する月山中腹の畑も負けてはいないと応じます。

dadacaha_watamae.jpg【Photo】次回のレポートで明かされる今年の食べ比べ会で栄冠を勝ち取った生産者が所有する畑に隣接する井上農場の「白山だだちゃ」。だだちゃ豆の商標を持つJA鶴岡のエリア外ゆえ、「たかくんの茶豆」として出荷。だだちゃの名を語らずとも、こだわりの土作りと糖蜜散布など、独自の工夫がもたらす風味の違いは歴然!!

 ならば味の優劣は、食べ比べによる投票で決めようと両者合意。だだちゃ豆という名の由来〈Link to Website〉からも、代々庄内藩主を務め「酒井の殿はん」と呼ばれ、鶴岡市民の敬愛を集めた酒井忠明(ただあきら)第17代当主(1917-2004)の参加は必須でした。腕自慢の育種家に声をかけ、毎年の恒例行事となって以来、スタート当初から事務局は、現・荘内日報社社長の橋本政之氏で、今年もお世話役を買っておいででした(一番上の写真で相馬氏の背後の階段に陣取り、参加者名簿の照合に余念がないお方デス)

dadacha_otaki.jpg【Photo】3年前に99歳で亡くなった鶴岡市小真木(こまぎ)の大滝武氏は、大滝ニンジン・金峰だだちゃなどの作物を選抜育種した篤農家。義父が遺した畑を守る大滝小菊さんを訪ねた8月26日早朝。ただ一人種を受け継ぎ、7月初旬に播種した大滝ニンジンの間引きの手を休め、こうして白山だだちゃを土産に下さった

 食べ比べ会には、長い歳月をかけ自家採種による選抜を重ねる地元の腕自慢が持ち寄る自信作が揃うと聞けば、いやがおうでも興味をそそります。早生から晩生種まで出回る時期と風味の特徴が異なるだだちゃ豆。それぞれ旬の走り・盛り・終盤で、いずれのだだちゃ豆が最も美味であるかという、相馬さんらが繰り広げる真剣な議論は、次第に熱を帯びてゆくのでした。

 今年の新物を漬けた民田ナス辛子漬特別仕様の調達に相馬さんのもとを訪れた8月25日(土)のこと。朝採りならではの風味豊かな自家製だだちゃ豆をご馳走になりながら、翌日食べ比べ会があることを教えて頂きました。千載一遇の幸運とはまさにこのこと。日帰りの予定を変更し、食べ比べ会に急遽混ぜて頂くことになったのです。

 食べ比べ会当日の26日朝は、湯田川温泉の若手が中心に旬の地域資産を見直す取り組みとして、昨年9月から実施している「朝ミュージアム」が開かれていました。6度目となる今回のテーマは第1回と同じくだだちゃ豆。その企画のひとつがテーマに沿った「朝カフェ」。ワンコインでだだちゃ豆が主役の定食が食べられるほか、葛餅、だだちゃ豆シェイク、変わったところではコーヒー豆ではなく、だだちゃ豆を焙煎したコーヒーも味わえるというもの。

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【Photo】毎回設定されたテーマに沿って展示やガイドツアーが実施され、見て・聞いて・体験できる仕組みが用意される。だだちゃ豆に関する豆知識の掲示(上左写真) 早生種の「小真木だだちゃ」の種(上右写真) だだちゃ豆の豆乳を使った「だだちゃ豆シェイク」(300円)は、朝カフェのおめざにふさわしい爽快な風味(下左写真) 日本酒がテーマとなった前々回は「SAGE(さげ)」(笑)。取り上げるテーマのスタンプが開催ごとに増えてゆくスタッフTシャツ。この逞しい後ろ姿は前回テーマの孟宗掘り名人・ますや旅館の齋藤 良徳専務(下右写真)
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 個人的に嬉しかったのは、前日の夕刻、湯田川郊外の畑にお邪魔したばかりの小田茂子さんが育てた「萬吉ナス」が田楽で登場したこと。今年は久方ぶりに納得のゆく出来だと語った小田さんが、大滝小菊さんと同じく先祖伝来の萬吉ナスを一人で受け継いでいます。ナス特有のアクやエグミがない透き通った味と爽快な香りが特徴の萬吉ナスと共に運ばれてきたのが「緑のいくらご飯」です。

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 【Photo】ワンコインで旬の恵みを頂ける充実の朝カフェ定食

 これはエビなどに見られる緑色の魚卵が入った炊き込みご飯などではなく、サヤからはじいただだちゃ豆を白飯に混ぜ、醤油をかけて頂くという極めてシンプルな鶴岡の郷土料理。ご飯と一緒にだだちゃ豆を炊き込む本格的だだちゃ豆ご飯もありますが、簡易版ともいうべきこの食べ方も一般的。炊きたてのご飯と茹でただだちゃ豆の濃厚な風味に、香ばしい醤油味が重なることで醸し出される、えもいわれぬ三位一体の旨さに言葉を失いました。

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【Photo】「萬吉ナス」の田楽(左写真) 緑のイクラご飯こと、お手軽だだちゃ豆ご飯の作り方に目を凝らしていると、お隣りの食卓ではアラ、山形大学農学部の江頭宏昌(ひろあき)准教授がご家族連れでお食事中(右写真)

 だだちゃ豆ご飯にはどうやら流儀があるようで、小皿に豆をのせてから醤油をかける派は、朝ミュージアムでお会いした在来野菜の写真を多く手掛ける写真家の東海林晴哉さん。ご飯に豆を直接はじいてから醤油をかける派は、厨房と客席との間を行き来していた理太夫旅館の太田百合若女将。旨みを倍増させる醤油の量はお好みでどうぞ。

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【Photo】サヤからはじいただだちゃ豆を小皿に載せて醤油を適量(左写真) 温かいご飯に載せて口に運ぶと...。旨いのなんのって、も~タイヘン!(右写真)

 鶴岡にある山形大学農学部の阿部利徳教授が著した「ダダチャマメ おいしさの秘密と栽培(2008:農山漁村文化協会刊)によれば、うま味成分であるグルタミンやアラニンなど遊離アミノ酸が、ほかの枝豆よりも元来だだちゃ豆には多く含まれ、新鮮なだだちゃ豆には芳香成分の「2-アセチル-1-ピロリン」という物質も通常の枝豆の含有量と比べて4~5倍に達するのだといいます。この物質は、炊きたてのご飯の香りと同じだといいますから、相性が悪かろうはずがありません。

 いつも変わらず湯触りの優しい湯田川の湯で癒された全身の細胞が、一口ごとに目覚めてゆくかのよう。カニ汁の風味に変化するはずの(⇒本当です)味噌汁に入っただだちゃ豆が、いささか加熱時間が長かったためか、栗のような味に感じられる新たな発見もありました。だだちゃ豆シェイクをデザート代わりに頂いてから、はやる気持ちを抑えつつ、11時の集合時刻に間に合うよう、食べ比べ会が行われる月山へと向かいました。

 白熱の食べ比べ会の模様はPart2でご報告!

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2012/08/13

杜王銘菓「ごま蜜団子」

盛況御礼ッ! 閉幕迫る
ジョジョ展 in S市杜王町

jojo_S.jpg 8月14日(火)の閉幕が目前に迫った「荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展 in S市杜王町」。日本各地からお越しいただいた数多くの皆さまで、連日会場はディ・モールトに賑わっています。独自の作風で熱狂的ファンが存在する国内は勿論、ルーブルに続いて原画展がGUCCI MUSEO(グッチ・ミュージアム)で来年開催されるフィレンツェなど、海外でも高い評価を受けている仙台出身の漫画家・荒木飛呂彦氏。代表作「ジョジョの奇妙な冒険」を中心に、原画100点以上が、第4部「ダイヤモンドは砕けない」と最新作第8部「ジョジョリオン」の舞台となった杜王町のモデルとされる仙台で国内初公開されています。

©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 18日間の会期で3万人以上を動員するジョジョ展。驚くべきはその波及効果。JTBが企画したジョジョ展コラボツアーだけで、380件ほどの申し込みがありました。開幕初日の7月28日には、会場となったせんだいメディアテークのキャパシティを遥かに越えるお客様にドドドドドとご来場頂き、遠方より来仙されたにもかかわらず、会場に入れずゴゴゴゴゴな思いをされた方が少なからずいらっしゃいました。会場前では、設置看板を前にしたジョジョ立ち撮影が連日繰り広げられており、ジョジョ立ちに見えなくもないブロンズ像が点在する定禅寺通りの新たな風景となっています。

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 トニオ風コースを提供する「パドリーノ・デル・ショーザン」は、既報のごとく開幕前から予約が殺到、18日間の会期中におよそ600組(!!)が訪れています。期間限定で登場した杜王町のコンビニ「OWSON」やチャリティ商品が展示されているGUCCI仙台店前では、撮影に興じるジョジョファンの姿が。4部に登場する「靴のむかでや」のモデル「むかでや履物店」では、ちょっとした買い物ついでに作中の吉良吉影(きらよしかげ)宛名でボタン代の領収証をねだるジョジョファンが後を絶たないのだといいます。空条承太郎(くうじょうじょうたろう)が滞在した「杜王グランドホテル」を自称する便乗ホテルまで登場しているようですが、皆さん思い思いにジョジョの世界観を仙台でお楽しみ頂いています。

jojo_firenze.jpg【Photo】復興支援のチャリティオークションで仙台市に落札額の全額が寄贈されるフィレンツェ展キービジュアルのサイン入り複製原画が、GUCCI仙台店のウインドーを飾る

©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 開幕直前の券売の急上昇により、お客様の安全確保のために急遽原画会場から外出しとなった物販会場での売り上げは億単位に。ジョジョファンの旺盛な購買意欲はとどまるところを知りません。そんな中で新規顧客の拡大に成功しているのが、今回のジョジョ展 in S市杜王町に協賛頂いた岩手県一関市の「菓匠 松榮堂」の「ごま摺り団子」をアレンジした「杜王銘菓 ごま蜜団子」です。

goma_mitsu.jpg【Photo】オリジナル包装紙で販売される「杜王銘菓 ごま蜜団子」。ジョジョ展 in S市杜王町会場で8月14日まで限定販売。8個入り700円(税込)

 岩手県最南端の一関は、かつて奥州藤原氏や伊達氏ゆかりの田村家が治めた領地。平野部は穀倉地帯で、ハレの日に食する餅文化が発達しました。1906年(明治36)の創業時から続く菓匠 松榮堂を代表する銘菓「田むらの梅」は、梅の花をかたどった五角形をしています。地場産の餅米「こがねもち」を米粉にした求肥を包み込むのが、1年間塩漬け込けした上で糖蜜で仕上げた青紫蘇。それが口の中でプチッとはじけた後、中に詰まった甘酸っぱい梅餡の風味が絶妙の組み合わせとなります。

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【Photo】プニュッ、モチモチとした食感のごま蜜団子(=ごま摺り団子)。ひと口サイズのお団子をつまんで口にほおばると、ジュワーッと胡麻の香りがほんのり甘い餅の風味と折り重なる

 誕生して20年ほどのごま摺り団子もまた、東北産のうるち米を使用した米粉のもっちもちの食感と、口の中にとろ~り広がる練り胡麻の摺り蜜の風味が織りなすシンプル・イズ・ベストな菓子。ジョジョリオンの主人公・東方定助(ひがしかた じょうすけ)は、初めて口にした杜王銘菓ごま蜜団子を隙っ歯の前歯で噛んだため、ヴチュゥゥゥゥ!と中のごま蜜を口から吹き出してしまいます。

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【Photo】ごま蜜団子のパッケージを開けると、蓋の裏にはジョジョリオンでのやり取りが
©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 そのパフォーマンスに挑戦しようという(?)ジョジョファンが競って会場で買い求めるのが、ごま摺り団子に特製ジョジョ展オリジナルパッケージを施し、荒木先生直筆の食べ方指南書(下写真)を付けた遊び心もたっぷりと詰まったジョジョリオンに登場したそのままのごま蜜団子。

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 杜王新報社の社員証と記者Kの名刺を胸に下げた私が会場で売り場を見ている間にも、お客様が2箱、3箱と入れ替わり立ち替わり買い求めてゆきます。ごま摺り団子の"プニュッ、チュルンッ"というたまらない食感を損なわないよう、冷凍することで保存料を用いずに日持ちさせることに成功しています。

 「ごま蜜団子は、ごま摺り団子とは明らかに異なる新規のお客様にお買い求め頂いています」と手応えを語るのは同社の横沢栄基専務。欧州チョコレート文化発祥の地・トリノを擁する北イタリアで過ごした前世の嗜好からか、いつもは洋菓子好きの私もそんな新規客の一人にほかなりません。

 ジョジョ展閉幕後も、通常のごま摺り団子はTo be continuedといわんばかりに販売を継続するのは申すまでもありません。練り胡麻が入ったごま蜜以外にも、枝豆をすりつぶした「ずんだ餡」、ほんのり生姜が香る「みたらし」、まろやかな抹茶クリームと餡を抹茶団子でくるんだ「抹茶クリーム」の4種類の味が揃います。

gomasuri_dango.jpg【Photo】定番のごま摺り団子。8個入り525円(税込)16個入り1050円(税込)

 中でも不動の一番人気は、ごま摺り団子なのだとか。横沢専務にゴマを摺るわけではありませんが、10月に開催される東京展、さらには来年のフィレンツェ展でも、仙台でブッチギリの人気を得た杜王銘菓ごま蜜団子が販売されればディ・モールト売れると思いますよ。

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菓匠 松榮堂
本社:岩手県一関市山目前田103
Phone:0120-23-5008
Fax:0191-23-3151
Mail:ume@shoeidoh.co.jp
URL:http://www.shoeidoh.co.jp/index.html#pagetop

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2012/05/06

お見逃しなく ヴェネツィア展

frier_veneziani.jpg アドリア海の女王と称えられたヴェネツィア共和国。

 仙台市青葉区の宮城県美術館で開催中の世界遺産ヴェネツィア展-魅惑の芸術‐千年の都-。もうご覧になりましたか?

 前回のエトナ山とシチリアの白日夢に束の間のカタルシスを得た私のように、重度のイタリア禁断症状に陥っておいでの方は、カンフル剤代わりに何をおいてもさておき。この世に二つとない海上に築かれた迷宮都市を訪れた甘美な記憶を呼び戻したい方もぜひに。まだ足を運んでおらず、ラストチャンスとなる次の週末、特に予定がないと仰る宮城とその近県の方も、目の保養を兼ねてよろしければ。

 ラグーナ(潟)の一角にヴェネツィア共和国が誕生してから1315年。今も華麗な輝きを放つ文化遺産140点が日本で公開されています。あらゆるモノと情報が集中する東京以外では、なかなか触れる機会のない海洋国家の繁栄ぶりを物語る精華の数々。ヴェネツィア商人マルコ・ポーロが、13世紀末にシルクロードを旅して訪れた中国での伝聞から、黄金で造られた国と形容したジパングを11月まで全国6都市を巡回しており、現在開催中の仙台での会期は、今月13日(日)までとなりました。

FrancescoFoscariBastiani.jpg【Photo】国家元首であるドージェの正装は金と緋色の衣装とコルノ帽。34年の在任期間は、歴代ドージェで最長。名君の誉れ高い65代ドージェ、フランチェスコ・フォスカリ。コッレール美術館所蔵のラッザロ・バスティアーニが描いた肖像画(1455-1460?)も仙台展に登場

 7世紀末に成立し、1797年に終焉を迎えたヴェネツィア共和国は、人類史上最長の共和制を維持しました。国の舵取りは、120人が名を連ねた「Dogeドージェ」と呼ばれる終身制の総督を頂点に、貴族階級から選出される大評議会と十人委員会からなる独自の政体に委ねられました。海上交易で空前の繁栄をみた千年の都は、オリエントと西洋が渾然一体となった独自の文化を開花させます。西暦828年、二人のヴェネツィア商人がエジプト・アレキサンドリアから遺骸を持ち帰った聖使徒福音記者・聖マルコを祀るサン・マルコ寺院を見るだけでも、その特異性は明らか。

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 11世紀末に完成した現在の聖堂は、紀元前4世紀にギリシャで製作され、13世紀初頭の十字軍によるコンスタンティノープルからの戦利品である4頭立ての馬のブロンズ像(複製)を正面入口に頂きます。黄金のモザイクで覆い尽くされた内陣は、ビザンチンを基調に、ロマネスク・ルネサンス様式が交差するヴェネツィア共和国ならでは空間。交易で栄えた海の都は、冬場に頻発するアクア・アルタ(高潮)を見ての通り、21世紀を迎えた今、海に沈みゆく街として黄昏の時を迎えています。(リド島を除き)ヨーロッパで唯一、自動車が走らない本島の人口は6万人ほどですが、世界中から年間1,200万人とも1,500万ともいわれる観光客が訪れます。

 かようにディズニーがモデルとした浦安の某テーマパークさながらの観光地ではありますが、イタリアで私が最も魅力を感じるのは、何を隠そう、この水の都なのです。いかに俗化してもなお色褪せぬ高貴さを湛えたヴェネツィア。この水の都のほかに1日の中で万華鏡のように表情をさまざまに変化させる場所を私は知りません。

St_Marco_Basilica.jpg 177の浮島からなる本島は、浅瀬に杭を打って人為的に造られているゆえ、縦横無尽に張り巡らされた150を超える水路で結ばれています。一般的にいわれる運河ではなく、あえて水路と私が呼ぶのは、陸地に刻まれるのが運河であり、ヴェネツィアのそれは、人とモノが行き交う道としての海にほかならないからです。

 水面を音もなく進む黒一色のゴンドラに揺られながら見上げる商館の崩れかけた壁面や傾いた鐘楼。ゴンドラが往き来するゆらめくカナーレ(運河)に射す日差しは、歴史を刻んだ家並みに深い陰影を与えます。狭いリオ(水路)には、400は下らないというアーチ型の橋が架かり、観光客でごった返すリアルト橋やサン・マルコ広場へ通じるカッレ(表通り)から一歩先は、すれ違うのがやっとの狭いルーガ(路地)やコルテ(袋小路)。そんな迷宮を地図片手に進むうち、突如として現れるカンポ(広場)で開ける視界。この街では道に迷うこともちょっとした楽しみに変わります。

gondola_Veneziana.jpg そんな水の都を彷徨っているうち、そこがひとつの劇場装置であり、自分がその一部になっていることに気づくはず。有名観光地の例にもれず、宿泊や食事に要する代金は幾分高くつきますが、ヴェネツィアでは本島の中心部に泊まることをお勧めします。安全上、女性には無理強いしませんが、宿にお願いして早朝の散歩に出てみてください。

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 サン・マルコ広場には誰ひとりおらず、贅沢な空間を独り占めできるはず。大鐘楼を右に折れたドゥーカレ宮正面の小広場に立つ聖マルコの象徴である有翼の獅子と聖テオドロス像を頂く2本の円柱の間からは、係留されたゴンドラの先に朝もやに霞むサン・ジョルジョ・マッジョーレ島が望めます。

 無敵を誇った海軍力を背景に、ヴェネツィア人は地中海交易で得た莫大な富を多岐にわたる文化遺産へと転化しました。例えばカナル・グランデ(大運河)沿いに建つ12世紀から18世紀の壮麗な商館や邸宅。見事というよりほかにないガラス製品やモザイク、レース、絹織物などの工芸品。15世紀末から16世紀の爛熟期に登場したジョルジョーネティツィアーノティントレットらヴェネツィア派の絵画作品。そして衰退の影が忍び寄る17世紀末~18世紀のヴェネツィアに生を受けたアルビノーニヴィヴァルディマルチェッロらが紡いだ哀愁を帯びたバロックの旋律などなど。

bragadinsmarco.jpg【Photo】守護聖人・聖マルコになぞらえてヴェネツィア共和国の威信を描いた初期ヴェネツィア派の画家、ドナート・ブラガディンの「聖ヒエロスムスと聖アウグスティヌスを伴うサン・マルコのライオン」(1459・ドゥーカレ宮所蔵)

 今回のヴェネツィア展では、ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコを寓意化したアルヴィーゼ・ビアンコと協力者による有翼の木製獅子(1490頃)が入口で出迎えてくれます。ヴェネツィアでは頻繁に目にする翼を持ったライオンを描いたドナート・ブラガディンの筆になるカンバス画も地中海世界で空前の繁栄を謳歌した海洋国家の威信を表現した作品とされます。

2Ca_Rezzonico.jpg【Photo】13の美術館・博物館から構成されるヴェネツィア市立美術館群のひとつで、共和国末期18世紀の美術品を蒐集する美術館となっている「Ca' Rezzonico レッツォニコ宮」

 今回の展示品は、サン・マルコ寺院と対峙する広場の反対側にある「Museo Correrコッレール美術館」をはじめとするヴェネツィア市立美術館群所蔵の作品。アカデミア美術館やベギー・グッゲンハイム美術館のほか、ティツィアーノの代表作「聖母被昇天」(1518)を主祭壇画とし、教会では珍しく美術館と同様に入場料を徴収するサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会などとは違い、美術愛好家以外の観光客は訪れることが少ない美術館だけに、本邦初公開を数多く含みます。

 絵画だけではなく注目したいのが、往時の文化水準の高さを示す工芸品や装飾品の数々。地中海交易を独占し、繁栄の礎となったガレー船の模型、ドージェに次ぐ役職の財務官が羽織った二重織りベルベットの緋色の外套トーガや精緻な刺繍が施された貴族の衣装など、華麗なヴェネツィア共和国の姿を伝える品々が展示されています。

lampadari_rezzonico.jpg【Photo】 18世紀なかばの欧州で最もガラス工芸の技術水準が高かったムラーノ島。随一の職人といわれたジュゼッペ・ブリアーティ作のシャンデリア。華やかな色ガラスを多用するカ・レッツォニコ様式は、このレッツォニコ宮に由来する

 13世紀末、技術の流出を防ぐため職人が集団移住させられたムラーノ島では、さまざまな技法が編み出されます。Link to backnumber 18世紀のムラーノで、当代きっての職人といわれたジュゼッペ・ブリアーティが編み出した彩色ガラスを用いる技巧を凝らした巨大なシャンデリアは圧巻。

 カナル・グランデに面して建つバロック建築「Ca' Rezzonico レッツォニコ宮」は、18世紀美術館となっています。その一室に稀代のガラス職人・ブリアーティの手になる12灯の芸術品のようなムラーノ製のシャンデリア(上写真)があります。仙台展にはオリジナルを上回る下段20灯・上段8灯というシャンデリア(19世紀~20世紀)が展示されています。ヴェネツィアに魅せられた我が家にも、淡い水色のそれが型違いでありますが、同じ個人所有といえども仙台展の豪華なシャンデリアとは月とスッポン。

 ネタバラシになるため、身の丈の倍はありそうな赤や青などの色ガラス500片で形造られたシャンデリアの画像はここではご紹介しません。珠玉のヴェネツィア共和国の姿に触れるなら今。どうぞお見逃しなく。

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世界遺産 ヴェネツィア展-魅惑の芸術 ‐ 千年の都-
会期:2012年3月17日(土)~5月13日(日)
会場:宮城県美術館(仙台市青葉区川内元支倉34-1)
    Phone 022-221-2111
開館時間:9:30~17:00発券は16:30まで 月曜休館
観覧料:一般1200円 学生1000円 小中高校生500円
URL: http://www.go-venezia.com/   

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2012/03/10

ありったけの竹の露 =前篇=

Whole lotta ♥ HAKURO-SUISHU.
「竹の露酒造」再訪 in 「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会 潜入レポ

 「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会に混ぜてもらうお膳立てをして下さった山菜卸問屋「遠藤商店Link to Website」の遠藤初子さんから、竹の露酒造場に3時集合とのお達しがあり、酒蔵めぐりスタンプラリーを切り上げて大山を立ったのが2時前。

TAKE2012._1.jpg【Photo】2年続きの大雪となった羽黒の冬。搾り作業真っ最中の「竹の露酒造場」で私たちをまず出迎えてくれたのは、この蔵を代表する銘柄「白露垂珠」・「はくろすいしゅ」の数々

 鶴岡食文化女性リポーターは、ユネスコ食文化都市の登録を目指す鶴岡市が、季節ごと多彩な表情を見せる山・海・里をフィールドとするフードツーリズムを創出しようという社会実証実験です。食に関する宝庫・鶴岡の海の幸・山の幸、特色ある在来作物や旬の郷土料理などを単にPRするだけでなく、現場に出向いて生産者や料理人から来歴や背景を聞き出し、その背景の物語を共有しようというもの。市民目線で鶴岡の食文化の魅力をブログやFacebook・Twitterなどソーシャルメディアを通じて発信しています。

TAKE2012.2_2.jpg【Photo】試飲用に用意された「白露垂珠」の大方は、割り水で調整していない新酒鑑評会仕様の純米大吟醸。含んだ酒を吐き出す容器が用意されたのも鑑評会と同様。その容器には目もくれず、真剣な表情で原酒を呑み干してゆくタフなメンバー揃いなのだった

 「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅」のキモである"足もとの地域資源に光を当て、輝きを放たせよう"というコンセプトとの親和性を感じるこの取り組み。事業が始まった2011年度は、藤沢カブの生産者・後藤勝利さんのお姉様であり、映画「よみがえりのレシピ」に登場した田川カブ生産者で田川赤かぶ漬グループ代表の武田彦恵さんを昨年10月に、厳冬期に採取の旬を迎える天然岩ノリの漁場である鼠ヶ関の漁師・佐藤準さんと同地域協議会の五十嵐一彦さんのもとを今年1月に訪れています。

take_hikitsuna.jpg 鼠ヶ関の反省会を兼ねるというこの日のオフ会。乗せて頂いた遠藤さんが運転する大型の商用バンは、「雪の降るまちを」の舞台となった鶴岡市街でリポーターメンバー4名を順次ピックアップしながら、つい10日ほど前にも水を汲みに来た「竹の露酒造場」へと到着しました。ほどなく佐藤・五十嵐のお2人も鼠ヶ関から加わり、オフ会メンバー7名+庄イタで計8名が勢揃いです。

【Photo】屋根の積雪はゆうに1mを超える。雪景の中に佇む竹の露酒造場。合掌部に掛けられた「引縄」は、羽黒山神社で大晦日に行われる「松例祭」の大松明引きで使われた引綱を組み直し、家の魔除けとして奉納される

 1858年(安政5)創業というこの蔵。代表社員の相沢政男・こづえ夫妻の"習うより舐めろ"というご厚意で、清酒鑑評会の出品仕様の加水していない白露垂珠の試飲から。卓上にズラリと並ぶは、鑑評会への出品番号タグが付いただけでラベルレスな純米大吟醸の無加水原酒ばかり6本、通常出荷向け加水調整済み4本からなるヨダレものの計10本の一升瓶。壮観なラインナップを前に、早くもアドレナリンが分泌されてきました(笑)。和らぎ水は仕込み水を瓶詰めで商品化した「月山深層天然波動水」。

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【Photo】明治から大正にかけて庄内の先人が生んだ品種「亀ノ尾」(左)と「京之華」(右)(左写真) 70年前に誕生した「京之華」(左)と心白部の大きさなどの見た目はさして変わらない「出羽の里」(右)(右写真)竹の露では蔵元・蔵人自らコメ作りも行う

 思い思いに試飲を始めた私たちに、相沢さんは庄内で誕生した酒米の説明からまず始めました。

 ササニシキ・コシヒカリ・ひとめぼれ・あきたこまち・つや姫など、近代日本が生んだ優良うるち米のルーツにあたり、酒米として近年価値が見直されている「亀ノ尾」。東北が大冷害に襲われた1893年(明治26年)秋、東田川郡立谷沢村(現庄内町)中村地区の青立ちした早生種「惣兵衛早生」の中で3本だけ黄金色の穂を垂れた稲をもとにLink to Backnumber阿部亀治(1868~1928)が育成した品種です。

dewa_33.jpg【Photo】コンピューター制御による精米技術が進んだ今日では、かつては成しえなかった精米率10%台前半という、コメの心白部を欠損させることなく表層部から9割近くまで削り落とすことも可能になった。竹の露酒造場では、酒米の品質向上をはかることで、7割程度の精米歩合をもって、酒造りに適した特性を持つ心白部だけを残し、頂点を狙える酒造りを行っている。精米前(左)と精米率33%(右)の出羽燦々

 西田川郡京田村(現鶴岡市中野京田)の育種家・工藤吉郎兵衛(1860~1945)は、亀ノ尾の直系品種として生み出した2つの品種「亀白」と「京錦1号」から1924年(大正13)に人工交配した東北初の酒造好適米「酒之華」を創出。翌年には兵庫から取り寄せた「山田錦」の先祖である「新山田穂」と酒之華の交配に着手、1931年(昭和6)に新品種「京之華(竹の露では「京ノ華」と表記)」と命名。1940年(昭和15)には、京之華を1921年(大正10)に秋田県国立農事試験場陸羽(りくう)支場で我が国初の人工交配で育成された「陸羽132号」と交配した酒造好適米「国之華」を生み出します。

take2012.2_5.jpg【Photo】加圧して醪(もろみ)を搾る一般的な方法ではなく、布袋に醪を詰め、竹竿に吊るした袋から自然に滴り落ちる贅沢な造りが雫酒。杜氏が育てた「出羽燦々」を精米率40%まで磨き、仕込みタンクから1升瓶換算で100本~150本程度しか造れない「純米大吟醸 白露垂珠 吊雫原酒 出羽燦々20BY」。低温貯蔵によって適度に練れた旨みが後を引く

 独自に編み出した人工交配技術で、38もの新品種を編み出した吉郎兵衛。そのひとつで戦後の食糧難の時代に多収性から重宝された「日の丸」は、農事試験場の技師で同郷の加藤茂苞(しげもと)を介して入手した一大穀倉地帯の北イタリアから取り寄せた稲との交配により吉郎兵衛が育成した日本初の外国品種との交配種です。この日試飲した6本にも使われ、山形での作付が近年増加している酒造好適米「出羽燦々」を育成した山形県農業試験場のような官主導ではなく、こうした民間育種が盛んだった背景には、「沈潜の風」を尊しとする勤勉な庄内人気質があるように思います。

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【Photo】種籾を選抜してゆく中で、吸水が遅く、35%以上に磨き上げても破砕しにくい理想的な酒造好適米に進化したという自家栽培の出羽燦々。精米率33%の出羽燦々から醸した逸品2種。相沢さん、正直に申し上げます。あまりに旨さが沁みわたるので、3杯ずつ呑み干してしまいました m(_ _)m

 次に蔵元が触れたのは仕込み水のこと。3年前の秋に実施した「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのツアー Link to Backnumber」で詳細に触れているのでここでは割愛しますが、このph7.7の弱アルカリ性、硬度19mg/ℓの無菌超軟水は、シリカ(SiO2・微粒二酸化ケイ素)成分を39mg/ℓ 含みます。これは粘土層に上下を挟まれたケイ素からなる石英質の砂礫層から汲み上げているため。美容液で使われる成分だけに、肌の保湿効果や、コラーゲンの再生・維持が期待できるのだといいます。

take2012.2_8.jpg【Photo】上水道の水源が美味しいと評判だった地下水から月山ダムを水源とする塩素消毒した水に切り替わるのを契機に井戸を掘削。地下300mの水晶地層帯で遭遇したのが、この月山水系の伏流水。22℃と水温が高いため、1週間をかけて冷却・濾過するタンク。貯蔵後半になると、タンクの中には、あたかも水が存在しないかのように透明度が増してくる

 水道の蛇口からこの水が出てくるという羨ましい蔵元のお顔は、男性ながらスベスベのもち肌。女将のこづえさんのお肌もぷるんぷるん。"使用後"のお二方の美肌ぶりに、いやがおうでも説得力が高まるというもの。「肌が滑らかになるので手にとって擦り込んでみて」という蔵元の言葉に促された女性メンバーは、歓声を上げながらその効果を実感。呑んでよし、肌磨きに用いてよし。めでたしめでたし。

take2012.2_10.jpg 全国新酒鑑評会で山田錦以外の酒米を使った酒を審査する第1部に於いて、6年連続金賞受賞という記録を打ち立てたこの蔵。精米率33%まで磨き上げた出羽燦々を丹念に仕上げた吟醸麹と卓越した匠の技で仕込んだ鑑評会仕様の白露垂珠が備えた芳醇淡麗な旨さは、もはや必然の成り行きかと。

【Photo】高温過乾燥状態のもとで麹を狙い通りの突破精(つきはぜ)状態に仕上げる杉材で造られた麹室(上写真)。1升分の蒸米が入る柾目の杉製「麹蓋(こうじぶた)」を用い、蔵座敷に泊まりがけで蔵人が二昼夜付ききりの世話をする。コメの表面のみならず内部にも菌糸が多く繁殖し、旺盛な糖化力で低温下にある酒母の発酵を促し、旨味と引き(キレ)が相まった白露垂珠ならではの個性が生まれる
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 説明で興味を引いたのが、精米歩合がわずか77%の白露垂珠。2005年(平成14)に純米酒の精米歩合規定が規制緩和で撤廃されて以降、それまで軽んじられてきた精米率70%に満たない普通酒の一角に、米を磨く割合を2割程度に留めた精米率80%前後の「低精白酒」と呼ばれる清酒が登場しています。酒造りにおいて雑味の元となる米の表層部分を2割程度しか除去しないことを意味する精白率33%(=精米率77%)の「無濾過純米 白露垂珠 ミラクル77 2009BY」は、昨年8月にスローフードジャパンと酒文化研究所の主催で行われた「第3回燗酒コンテスト」に出品した全国158蔵元の254銘柄のうち、720mℓ1,000円以下の部で金賞に輝いた36銘柄のひとつに選ばれました。燗をつけた白露垂珠の実食レポートは次回ご報告。

【Photo】後味がスッキリした辛口ゆえ、食中酒に適した「無濾過純米 白露垂珠 ミラクル77こく辛 出羽の里 2010BY」は、燗映えのする酒。地元の契約農家が、特別栽培で育てた原料米を2割強しか磨かず、白露垂珠でありながら1,800mℓ 2,100円(税込)というリーズナブルさ(上写真)  醪を搾ったばかりの原酒が流れ出る圧搾機を前に、思わずヨダレも流れ出る(下右写真)醸造所内には神棚と魔除けの引縄が奉られ、酒袋を吊る雫酒タンクには注連縄も(下左写真)

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 仕込み水を濾過して適温に下げる6基の貯蔵タンクと酒米を蒸し上げる大型ベルト式横型連続蒸米機について説明を受けた後、2階にある麹室と蔵人が仕込中に寝食を共にする蔵座敷を見学。階下に戻って蛇腹状のろ過布に醪(もろみ)を送り込んで清酒を圧搾する圧搾機では、瑞々しい新酒が搾られるさまに一同目が釘付けに。

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【Photo】羽黒山神社に奉納する御神酒は、古式に倣って醪に焼酎を加える「柱造り」。出羽三山の神々に柏手を打ってから、発酵中の酒母をすくい上げる相沢政男さん(左写真)発酵が進行中のため、ピリっとした炭酸ガスの刺激が醪の香りを際立たせる(右写真)

 蔵見学の最後は、酒母(もと)が入った発酵タンクへと移動です。そこには1基だけ注連縄を張られたタンクがありました。それは羽黒山神社から発注を受けたお神酒を仕込むタンクなのでした。一同柏手を打った上で、蔵元がタンクからすくい上げた酵母の作用で発酵中の醪を味わうという、山伏見習いとしては願ってもない幸運に恵まれました。

take2012.2_15.jpg【Photo】蔵元が汲み上げた御神酒に群がる女性リポーターの皆さん

 コメ作りから蔵人が行う「地の酒」にこだわる酒造りの現場を見学した仕上げは、竹の露フルコース食事会場へと移動です。4杯のカクテルから始まったこの日、最終的に何種類の酒を味わったのか記憶が定かではありませんが(笑)、失速せずラストスパートをかけてゆきます。


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2012/02/25

大山新酒・酒蔵まつり part.2

これぞハシゴ酒の醍醐味!! 酒蔵めぐりスタンプラリー

大山新酒・酒蔵まつり part.1 日本酒カクテルのパラダイス@鶴岡市大山コミセン続き

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【Photo】4つの蔵元と「漬物処 本長」、休憩所「どまんなか商店街」、野鳥観察会を実施する「おうら愛鳥館」のうち4カ所以上を回るとハズレなしの抽選会に参加できる

 まだ昼前だというのに4杯のカクテルを頂き、着物女子の皆さんのお話を伺っているうち、時刻は正午になろうとしていました。この催しの存在を知ってから足かけ9年、12時から始まるという酒蔵巡りに満を持して出発です。

mappa_oyama.jpg【Photo】大山新酒・酒蔵まつり実行委が用意するこのマップ(クリックで拡大)を手に酒蔵めぐりへと繰り出す

 天領地として独自の気風が育まれた大山にある4つの酒蔵のうち、酒造りの歴史に関する資料を網羅した出羽ノ雪酒造資料館を併設する渡會本店(出羽ノ雪)は4年前に訪れたことがあります。新酒が仕上がる日本海寒鱈まつり〈2008.1拙稿「寒中に寒鱈で乾杯 庄内の美味を堪能する会《前編》」参照〉の時季限定で出回る生原酒「和田来 純米吟醸 美山錦」を気に入ったのがきっかけでした。昔の酒造りで使われた道具や資料類を見学した後は、利き酒コーナーで故事に倣った「壺中之天」と「祇王祇女」という純米大吟醸2本を買い求めたのでした。

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 今回も発売してすぐに売り切れたという500円のスタンプラリー前売券は、100枚だけが当日券として1,000円で売り出されます。そのプレミアチケットまでご用意いただいた上は、4ヵ所以上回れば参加できるという大抽選会にも挑戦したかったのですが、この日は15時までに鶴岡市羽黒町へと移動、竹の露酒造場での「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会に混ぜて頂くことになっていたのです。

【Photo】13代当主・加藤有慶社長(写真右)が出迎えに立つ冨士酒造は安永年間の創業。今年で234年目の歴史を刻む現在の蔵は築108年。雪で厚化粧をした落ち着いた大山の町並みにしっとりと溶け込む
 
 いかに徒歩圏にあるとはいえ、4つの蔵全てを2時間あまりで制覇するのは難しそう。ここはまだ訪れたことのない蔵元から回るのが得策です。そこで向かった先は、栄光冨士の銘柄で知られる「冨士酒造」。新酒が仕上がったばかりであることを示す青々とした酒林が軒に掲げられた趣ある蔵には、既に100人ほどが列をなしていました。

 この日の鶴岡は、時折日差しがのぞくものの、正午でも気温は氷点下2℃。アペリティフのカクテル4杯でちょっぴり温まっていても、行列している間に底冷えがしてきました。1778年(安永7)創業の冨士酒造。創業者の加藤専之助有恒は、虎退治で知られる肥後(熊本)の武将・加藤清正の嫡男・加藤忠廣が改易で現在の鶴岡市丸岡に流され、そこでもうけた一男一女の女子の血筋だといいます。

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【Photo】3代前となる冨三郎の時代であった昭和初期の額(左) 昭和30年代に「栄光冨士」と酒銘を変更する前は「冨士」と名乗っていた歴代の銘柄をあしらった銀屏風(右)

 1904年(明治37)に10代目冨三郎が建てたという現在の蔵。入口では13代目当主・加藤有慶氏にお出迎え頂きました。冨三郎が1928年(昭和3)の昭和天皇即位の礼で用命を受け、全国清酒鑑評会で優等賞を受領した折の額や、加藤清正公の家紋「桔梗」と「蛇の目」が染め抜かれた暖簾、代々の銘柄を散りばめた銀屏風など、由緒正しきこの蔵の歴史を物語る品々が目を引きます。

 奥行きある蔵をゾロゾロと列をなして進みながら、蔵人が注いでくれる酒を小さなプラスチック製のお猪口で試飲してゆきます。後方から次々と行列が進んでくるので、1ヵ所に留まって2杯目をお願いするのは、よほど強心臓の持ち主か、すっかり出来上がったヨッパライでなければ無理でしょう(笑)。なかにはマイお猪口を持参する常連と思しき人たちも。な~るほど、この手があった。ヨシ、次回はマイ1合枡を持参、ダメもとで蔵人に差し出してみよう...。

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【Photo】純米吟醸「心鍵」は辛口のすっきりした淡麗タイプ(上左) 大吟醸「古酒屋のひとりよがり」はこの蔵の看板銘柄。庄内砂丘名産のマスクメロンのような芳醇な香りと豊かな味わいの逸品。「お代わり下さい」の一言が言いだせない小心者の庄イタなのだった(上右)
「しぼりたて仙龍」はこの時期限定のフレッシュでいきいきとした生酒(下)

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 華やかな吟醸香と深くまろやかな旨味に魅了される「大吟醸 古酒屋のひとりよがり」までも試飲でき、上々のスタートを切った酒蔵巡り。新酒瓶詰め体験コーナーで販売していた、この季節限定の本醸造しぼりたて「仙龍」1本だけを買い求めました。お気に入りの酒を箱買いする人たちも少なからず見受けましたが、蔵巡りの出だしから欲を出しては、この先荷が重くなります。

kahachiro1.jpg【Photo】午後1時を過ぎた頃、2軒目で訪れた蔵元が大山で現存する4つの蔵元では新参ながら最も石高が多い「大山」銘柄の「加藤嘉八郎酒造」。その前にも長ーーーーーい行列

 とはいうものの時刻は間もなく13時。1時間ちょっとで鶴岡駅前まで戻らねばならない身としては、それから行けるにしてもせいぜい1軒。

 冨士酒造から一番近くにあり、その親戚筋にあたる初代・加藤有元が1872年(明治5)に創業以来、「大山」銘柄の酒を醸す「加藤嘉八郎酒造」が次の訪問先で決まりです。

kahachiro2.jpg【Photo】新酒の旬ならではの青々とした酒林と注連縄が架かる加藤嘉八郎酒造の正面入口

 4代目の加藤有造氏が当主を務める加藤嘉八郎酒造。温度管理などモロミの状態を自動制御で櫂入れを行う「OS式タンク」と、麹菌を理想的な環境で培養できる「OKS自動製麹装置」を1970年代に自社で開発。杜氏や蔵人の熟練の技を活かすべきところは活かしつつ、伝統を踏まえつつ進取の気質のでより高い品質を目指すこの蔵の姿勢は、当時の酒造業界では異端児と評されたこともあったそうです。たゆまぬ工夫と努力の甲斐あって、全国清酒鑑評会で立て続けに金賞を獲得しているこの蔵の実力は確かなもの。

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 加藤嘉八郎酒造に並ぶ列の最後尾につくと、見覚えのある横顔がすぐ前に。声をかけると鶴岡在住で私の呑み友達であるTさんでした。フードアナリスト仲間と、ご自身の郷里・仙台のご友人ら数名を酒蔵めぐりに案内しており、ここが2軒目なのだとか。酒蔵めぐりに参加することはFacebookを通じて知っていましたが、延べ3,000人以上が繰り出すこの催しで出くわす奇遇に驚きつつも、類は友を呼ぶといいます。こうして出会うのも必然なのかも...(笑)。

【Photo】揃いのタグゆえパックツアー客と思いきや「日本酒 命」??

 「ご一緒しませんか」と、お誘い頂いたのですが、ほんの一瞬だけ逡巡しました。何故なら、その御一行様は"日本酒 命"という揃いのお手製タグを付けており、行列の中でも異彩を放っていたのです ( ̄▽ ̄;)。それでもあまりに日本酒命チームが楽しそうなので、心の動揺を悟られてはならずと間髪をおかずに笑顔でお仲間に加えて頂きました。

 蔵に入ると、すぐにホッカホカの湯豆腐の振る舞いがありました。ダシのコクが効いて美味しいなぁ、と感心していると、奥の方で鰹節を削って使っているのが見えました。ちょうど小腹が空いてきたところに嬉しいサービスであるばかりでなく、こうしたところも手を抜かないこの蔵の姿勢が垣間見え、一気に好感度アップです。

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【Photo】注文を受けると、写真奥に見える充填機で新酒を瓶詰めし、客の目の前でラベルを貼る本醸造無ろ過生原酒「大山槽前」(写真左) 唯一の欠点は非売品であることぐらい。湯煎された大山の甘酒は、酒米の旨さが凝縮した左党にとっても堪らない美味しさ(写真右)

 その日の朝に醪(もろみ)を槽(ふね)で搾ったばかりだという本醸造無ろ過生原酒「大山槽前(ふなまえ)」は、キレのある鮮烈な味わいが印象的。先ほど試飲した栄光冨士の搾りたてよりも辛口なのはこの蔵らしいところ。ともにアルコール度数が18~19%と高め。すぐに気持ち良くなれそうなので(笑)、こちらも購入しました。

kihachiro7.jpg【Photo】酒造りの最後の工程で、もろみを圧搾して清酒を搾ったた後の副産物・板粕は、タンパク質・ペプチド・各種アミノ酸・ビタミンB群などの栄養素の宝庫。もはやカス呼ばわりは出来なくなる酒粕を熱した焼粕のサービスコーナー

 試飲コーナーの先では板粕を電気コンロとホットプレートで焼き目をつけた焼粕と、この日に合わせて仕上げたという甘酒が振舞われていました。湯煎して燗をつけた温かい甘酒は、麹と米だけで醸し出される上質な甘さと香りに満たされヤミツキになりそう。なれどこの甘酒は非売品。かくなる上は、さきほどの冨士酒造で、古酒屋のひとりよがりを注いでくれた蔵人に対して言えなかった一言を発するしかありません。

 「あんまり美味しいので、すみません、もう一杯下さい!

 笑顔で応えていただいた2杯目の甘酒を満喫したところでタイムアップ。「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会に潜り込ませてもらう羽黒町「竹の露酒造場」へと移動する時間となりました。3軒目の蔵めぐりへと勇んで出発したツワモノ揃いのチーム日本酒命とはここでお別れです。

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 9年越しの念願叶って参加できた大山新酒・酒蔵まつり。訪れた2つの蔵元で、それぞれ搾りたて新酒(上写真)を入手することができました。しかし、大山最古の1592年(文禄元年)創業「羽根田酒造(羽前白梅)」と前述の「渡會本店(出羽ノ雪)」の訪問は断念し、スタンプラリーを途中離脱。ゆえに"めでたさも中ぐらいなり おらが冬"、といった小林一茶の諦念と、"I shall return." というダグラス・マッカーサーの再訪を誓う熱い思いを胸に、大山を後にしました。

To be continued.


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2012/02/19

大山新酒・酒蔵まつり part.1

日本酒カクテルのパラダイス
    @鶴岡市大山コミュニティセンター

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 最上・村山・置賜・庄内の山形4地域をくまなく回る中で、人と風土の奥深い魅力に惹かれたのが庄内地方であったことは、これまで幾度となく触れてきました。足かけ9年の間、心惹かれながらも都合がつかず参加せずにいた催しが、寒造りで搾ったばかりの新酒を蔵元で味わえる「大山新酒・酒蔵まつり」です。

 酒造りに欠かせない良質のコメと水に恵まれた庄内地方にあって、鶴岡市大山地区は、450年以上もの長い酒造りの歴史を刻んできました。藩制時代は天領として幕府直轄のもとに置かれた大山。

 最盛期の明治時代には40軒以上の造り酒屋が軒を連ねていたといいます。

honcho_oyama2.JPG【Photo】歴史を感じさせる大山の佇まい。酒林を掲げる栄光冨士醸造元の「冨士酒造」(上写真) 酒粕を使った粕漬が数多いのは大山ならでは。漬物どころ「本長」(右写真)

 朝日連峰の北西端に位置する高館山を背景とする大山は、戦国時代、この一帯を支配した武藤氏が大宝寺から居城を移して発展。羽州浜街道の宿場として、また航海の安全や大漁を願う全国の漁師が信仰する龍神を祀る善宝寺の門前としての機能を大山は担うことになります。由良や酒田の港から北前船で上方へと送られた統一呼称「大山酒」は、あまねく知られるところとなり、灘・伏見に次ぐ酒どころとしての名声を築きました。

 太古に噴火を繰り返した海底火山の火山灰が幾重にも堆積した凝灰質の頁岩(けつがん)層を形成後、隆起したのが大山周辺から金峰山にかけての土壌となります。頁岩が長い時間をかけて変性して赤土となり、その地層で磨かれた朝日水系の伏流水は、上質な酒造りに適した弱アルカリ性。大山地区には1592年(文禄元年)創業の羽根田酒造など4つの蔵元があり、それぞれに培われた伝統の技で酒造りを行っています。

benvenuti_a_oyama.jpg【Photo】鶴岡市街地からR112加茂街道を人面魚でも知られる善宝寺、展示数世界一のクラゲで知られる加茂水族館方向に向かい、山形自動車道の高架を抜けた先の二叉路には、庄内弁で歓迎の意を表する看板が立つ。沿岸部の庄内は、内陸と比べてあまり積雪が多くないのが普通だが、2年続きで積雪量が多い冬となった今年は、その看板もほとんど埋もれそう

 徒歩圏内に4つの蔵元があるというのも大山の魅力。まろやかで芳醇な旨味に魅了される綿屋を醸す「金の井酒造」のすぐ近くにある宮城県栗原市一迫の「金龍蔵」、趣ある木造の雪よけアーケード「こみせ」で繋がった青森県黒石市の「中村亀吉(玉垂)」と「鳴海酒造店(菊乃井)」とを除き、1661年(寛文元年)創業と宮城最古の歴史を刻む「内ヶ崎酒造店」にしろ、石高が多い「一ノ蔵」と「佐浦(浦霞)」にしろ、庄内では「東北銘醸(初孫)」や「竹の露酒造」、「鯉川酒造」にしても、これまで東北各地で見学した蔵元は、徒歩で移動できるような近くには他の酒蔵がないことが普通です。

comucen_oyama.jpg【Photo】建国を祝う休日とはいえ、この日ばかりは寝坊厳禁。午前10時から午後1時まで日本酒カクテルのパーティ会場となった大山コミュニティセンター。スクリーンにジャズ演奏の映像が流れ、レーザー光線の照明が美しい彩りのグラスを照らし出す。事前に完売した300枚限定のチケットで日本酒ベースのオリジナルカクテル4種を楽しめた

 酒蔵巡りをしながら、伝統ある酒造りの現場で仕上がったばかりの新酒が蔵人から振舞われるという呑兵衛にはたまらない趣向の大山新酒・酒蔵まつり。今年で17回目を迎えるこの催しには、地元のみならず全国各地から日本酒ファンが訪れます。そのため、近年では事前に発売される各種チケットは、すぐに完売してしまうほど。昨年12月12日に発売が始まった今回の前売チケットも、年末の忙しさにかまけているうち、すぐに売り切れたとの情報にため息をついていたのでした。

coktail2_oyama.jpg【Photo】大山にある4つの酒蔵が色違いの法被姿で酒造りの町をアピール。目の前でシェーカーを振るバーテンダーの鮮やかな手さばきも雰囲気を盛り上げる

 ところが捨てる神あれば拾う神あり。大山在住だという実行委員の方と今月上旬に知り合う機会があり、ぜひ足を運んでほしいとお誘いを受けたのです。これは昨年秋に山伏修行で滝に打たれた功徳、月山大権現のお導きに違いないと勝手に解釈(笑)。今年の開催日となった建国記念日の2月11日(土)、冷え込みは厳しいものの、運だけでなく懸念した天候にも恵まれて月山越えも難なくクリア、例年になく積雪が多い鶴岡ゆえ、長靴に履き換えてJR羽越線に乗り、勇んで大山へと乗り込みました。

 JR羽越本線の羽前大山駅は、普段は乗降客が多くはない駅ですが、大山新酒・酒蔵まつりが行われる日は特急いなほが臨時停車するのです。まず目指すは午前10時から先陣を切って催しが始まる大山コミュニティセンター。11時をまわって到着した会場の大ホールは照明が落とされ、ジャズ演奏の映像が流れていました。そこは日差しが射すものの肌寒い外とは打って変わった夜の大人の雰囲気。そこでは前売りの300枚がすぐ完売したというチケット(500円)でカクテル4種が楽しめました。

coktail_oyama.jpg【Photo】昨年に続き、日本バーテンダー協会庄内支部に所属するバーテンダーたちが、大山の日本酒をベースにした新作カクテルを考案した。こちらはシェーカーに大山30mℓ+リンゴのリキュール・アップルバレル15mℓ+りんごジュース同量+ティースプーン1杯のレモンジュースを加え、グラスの縁をグラニュー糖で飾った創作カクテル「雪月華(下写真右側)

 昨年の新酒・酒蔵まつりから、日本バーテンダー協会庄内支部の協力のもと、鶴岡市内のバーテンダーたちが、大山で仕込まれた酒をベースにしたオリジナルカクテルを披露しています。「冨士酒造(栄光冨士)」・「加藤嘉八郎酒造(大山)」・「渡會本店(出羽ノ雪)」・「羽根田酒造(羽前白梅)」それぞれの個性や持ち味を残しつつ、果物や植物などのリキュール類をブレンドした色とりどりの新作オリジナルカクテルが並んでいました。

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【Photo】「宵ノハナ」...出羽ノ雪30mℓ+巨峰リキュール15mℓ+スミレのリキュール・パルフェタムール5mℓ+レモンジュース10mℓ(上写真左側) 「フリージア」...栄光冨士20mℓ+リンドウの根から作るリキュール・スーズ10mℓ+オレンジジュース30mℓ+ティースプーン1杯のレモンジュース(下写真左側) 「なでしこ」...羽前白梅25mℓ+桃のリキュール・ピーチツリー15mℓ+クランベリージュース20mℓ+ティースプーン1杯のレモンジュース(下写真右側)

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 造り手の持ち味を生かしながら、日本酒の新たな楽しみ方を提案しようという2年目の創作カクテルは、大山「雪月華」、出羽ノ雪(渡會本店)「宵ノハナ」、羽前白梅(羽田酒造)「なでしこ」、栄光冨士(加藤嘉八郎酒造)「フリージア」という名前が付けられていました。これらのカクテルは、協会庄内支部加盟の各お店で提供するほか、お気に入りのカクテルは自宅でも楽しめるようにと、レシピが公開されていました。

 ほんのりとしたお酒の甘い香りが漂う会場には、地元選出の大物代議士も顔をのぞかせていましたが、何といっても女性の姿が目立ちました。その中でも目を引いたのが、「庄内着物女子〈Link to Website〉」の皆さん。鶴岡の奥座敷・湯田川温泉「甚内旅館」の大塚せつ子女将を中心に、京文化の影響を受けた庄内の伝統に根ざした和装の楽しみ・魅力を共有しようという女性たちで組織されます。踏み固められた雪で足元が滑りやすいこの日も、メンバー5人が綺麗な色合いのカクテルのようにあでやかな着物姿を披露、会場を一層華やいだものにしていました。

donnakimono_oyama.jpg【Photo】カクテルパーティー会場でお会いした庄内着物女子の皆さん。さまざまな催しに着物姿で出かけてゆくというアクティブかつしなやかな女性たちです。湯田川梅林公園で開催される「梅まつり」や、商家・武家の往時の繁栄ぶりが偲ばれる江戸・明治期の時代雛が華を競う「庄内ひな街道」でも、場にふさわしい着物姿をみせてくれるとのこと。左から佐竹 優子さん、小野寺 博美さん、諏訪部 夕子さん、佐藤 裕子さん、齋藤 三代さん

 会場に流れるジャズも上の空、いささか季節はずれな矢沢栄吉の名曲「時間よ止まれ」が頭の中で流れ始めた大山コミセンでの美酒と美女に囲まれた美味しい時間。名残惜しくはありますが、各蔵元を回りながら搾りたての新酒を楽しむ酒蔵スタンプラリーに出発する時刻となりました。

 呑み友達との予期せぬ接近遭遇のハプニングもあった酒蔵巡りについては次回part.2で。その日ダブルヘッダーで庄イタが潜入した「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会となる女子会になだれ込んだ長ーく濃ゆ~い一日の模様はpart.3で!!

To be continued.

大山新酒・酒蔵まつりについては―
  鶴岡市観光連盟サイト
 http://www.tsuruokakanko.com/season/fuyu/sake.html
 または 鶴岡冬まつり実行委事務局(鶴岡市観光物産課)TEL0235-25-2111へ

◆ ご紹介したカクテルが楽しめる店は以下の8店
 ・ラウンジ志津  鶴岡市本町1-7-18 Phone:0235-24-8246
 ・vitto dining  鶴岡市本町1-8-20 Phone:0235-22-7758
 ・Rock Bar OVER DRIVE  鶴岡市本町1-8-16 Phone0235-25-1607
 ・BAR COCOLO  鶴岡市本町1-8-41 Phone:0235-22-3374
 ・High noon  鶴岡市末広町15-19 Phone:0235-25-0081
 ・華包  鶴岡市東原町24-2 Phone:0235-26-2433
 ・BAR ChiC  鶴岡市本町1-8-44 Phone:0235-22-4958
 ・lounge bar BRUT  鶴岡市昭和町12-61昭和ビル2F Phone:0235-24-8389


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2011/07/23

アクロバットもスゴイんです

プルチネッラ.jpg世界第3位・銅メダルの妙技。
飛ばして、回して、回って、回る~ 夢想花ならぬ
夢想ピッツァ@Pizzeria Padrino

 本場ナポリの味を伝える「真のナポリピッツァ協会」認定店の証しである道化プルチネッラの看板を、私の気持ちの中では既に掲げている「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」〈Link to backnumber〉。イタリア・ナポリから5月にやって来るはずだった認定審査員が、震災と原発事故のため来日を取りやめたため、宮城初の認定店誕生は秋に延期となりました。Twitter で庄イタをフォローして下さっている方にだけは、一次審査をパスした時点で、店名を伏せてつぶやいていましたが。

 本登録に向けた肩慣らしを兼ねてか、プリモ・ピッツァイオーロの千葉 壮彦(たけひこ)さんが、先月ナポリ郊外の町「Nolaノラ」にある大規模な商業施設内で開催された「PizzaFesta ピッツァフェスタ」の「X Campionato mondiale del pizzaiuolo 第10回ピッツァ職人世界選手権(通称:Trofeo Caputo カプート杯)」に出場しました。

全員集合.jpg【photo】イタリア各地はもちろん、アメリカ・ブラジル・日本・スペイン・フランス・イギリスなどからピッツァ職人世界選手権に出場した各国のピッツァイオーロ

 「Associazione Pizzaiuoli Napoletani ナポリピッツァ職人組合」が主催するこの競技会には、イタリア本国はモチロン、北米・南米・ヨーロッパ各国など世界中から腕自慢のPizzaiuolo(ピッツァイオーロ=ピッツァ職人)が参加します。メイン競技となるピッツァナポレターナS.T.G.部門で、昨年イタリア人以外で初優勝したのが、名古屋市中区にある真のナポリピッツァ協会認定店「Cesari チェザリ」牧島 昭成さん。

東北魂.jpg【Photo】競技に臨む千葉 壮彦さん(左)と、昨年の世界最優秀ピッツアイオーロ牧島 昭成さん(右)

 ナポリピッツァ本来の姿を追求する牧島さんが在籍するチェザリは、ピッツェリア・パドリーノと同じくセルフサービスを導入、直径25cmのマリナーラを350円、マルゲリータ550円という、あっぱれなナポリ現地価格で提供。いつも長蛇の行列が絶えないのだといいます。

 現在のところ3人しかいない「ナポリピッツァ世界大使」としてナポリピッツァ職人組合から任命された牧島さんは、本場の味を多くの人に楽しんでもらおうと、ナポリピッツァを提供する店が無い空白地域や今回の震災被災地に赴き、移動式の薪窯で焼きたてを無償提供する「夢ピッツァ」活動も実践しています。

     

 全国から駆けつけた35人のピッツァイオーロによる宮城県山元町・亘理町などで行われた炊き出しには、地元からピッツェリア・パドリーノ千葉さんや車に窯を積んだ移動ピッツェリア「ベルテンポ」荘司 洋典さんらが参加。東北からは盛岡「Piace ピアーチェ」八柳 達彦さん、横手市十文字町「こじこじ」佐藤 直樹さん、鶴岡「緑のイスキア」庄司 祐子さん・健人さん〈Link to backnumber〉らが参加。食を通して被災地の子どもたちを支援しようというOne Life Japan プロジェクト発起人のサルヴァトーレ・クオモ氏と協力して七ヶ浜町や南相馬を訪れるなど精力的に活動。今後は石巻や陸前高田での炊き出しも予定しているとのこと。

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 第9回大会で世界最優秀ピッツアイオーロの称号を手にした牧島さんの余勢を買い、国外では最大規模となる40名のピッツァイオーロが今年エントリーしたのが日本。千葉さんは、独学でマスターしたというアクロバット部門にエントリーしました。なでしこジャパンの世界一達成という偉業に隠れてしまった格好ですが、結果は3位。

 先日、14時前にピッツァ・マリナーラを食べに行った際、オネダリをして銅メダルの妙技を披露してもらいました。忙しい時間を除けば、練習用の生地でその技を快く見せて頂けるかもしれません。純粋にエンターテインメントとして、専用のピザ生地を回転させながら観客に向かって投げ飛ばすThrow Dough なるパフォーマンスとして変化させたアメリカのような国もありますが、ピッツァは食べてなんぼ。パフォーマンスだけをお願いするのはご遠慮くださいね(笑)。まずは下記動画でその技をご覧下さい。

  

 焼いて良し、飛ばしてよし、回してよしのこの見事な腕前。ナプレの香坂師匠やナポリのDi Matteo だけでなく、海老一染之助・染太郎師匠にも弟子入りしてたんじゃ...。(「Bravo!!」と声を掛ければ、いつもより余計に回してくれるはず)

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Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ
住:仙台市青葉区上杉2-1-50 勝山館1F
Phone:022-222-7834
営:昼11:30~15:30 夜17:30~20:30
  月曜定休(祝日の場合は翌日休)
URL:http://www.shozankan.com

2011/04/16

This is real Fukushima 

風評被害に負けない! 福島

 新潟を含む東北ブロックで、唯一Viaggio al Mondo で取り上げていなかったのが福島です。正直、このような形で母の郷里について語るのは、忸怩たる思いです。

【Movie】3月21日にイタリア放送協会RAIのニュースチャンネルTG3が伝えた福島第一原発事故を巡るニュース「Fukushima, emergenza e speranza(=福島、緊急事態と希望)」

 この一ヵ月、Fukushima が世界の耳目を集めています。国際評価基準(INES)の暫定評価でレベル7という原発事故としては最悪の暫定評価となった事態を受け、EU諸国は日本からの輸入食品に安全性を証明する書類の添付を義務付けるよう求めています。

 人々の暮らしを根こそぎにする惨禍をもたらした地震と津波は抗いがたい天災ですが、東京電力福島第一原子力発電所で起きている事態は、地震への備えを怠った慢心が招いた人災といわざるをえません。資源の乏しい日本が、過剰なまでに膨大な電力の使用を前提に繁栄を謳歌するために、原子力発電は国策として推進されてきました。

hanamiyama_2010.4.jpg【photo】まさに「うつくしま ふくしま」。花盛りの福島市花見山(撮影:2010年4月24日)

 推進派の主張通りに原子力発電所が安全な施設なら、供給エリアに原発があっておかしくありません。年間総発電量の5%前後が失われる送電ロス削減のためにも、エネルギーの一大消費地である東京都心に造るべきです。

 にもかかわらず、国は巨額の交付金を還元してまで、産業基盤が限られた地方で原発建設を進めてきました。今回の事態を招いた東電を例に挙げれば、東京都心からおよそ200km離れた福島や新潟、現在建設が進む青森県東通村に至っては、550kmもの遠隔地です。こうした不条理なエネルギー政策を決定する経済産業省がある霞ヶ関や、東電本社がある内幸町から遠く離れた立地ばかり自己保身をするかのように選んだ理由は、今回の震災によって皮肉な形で白日のもととなりました。

enbangyoza_yamame.jpg【photo】福島名物「円盤餃子」

 チェルノブイリ原発事故の記憶から抱いてきた漠然とした不安は、今や現実として私たちの目の前にあります。対峙する放射能が目に見えない相手であることと、セシウムやヨウ素など放射線についての知識が、一般人には欠如していることが不安を増幅させています。東大病院で放射線治療を担当する専門家集団「チーム中川」によるブログやツイッターによる解説が、放射線がヒトに与える影響について分かりやすく解説しています。

                       ■ ブログ: http://tnakagawa.exblog.jp/
                       ■ ツイッター: http://twitter.com/#!/team_nakagawa

 かき菜やホウレンソウなど、3月中の検査で福島と茨城の葉物野菜の一部からヨウ素(I-131)やセシウム(Cs-137)などが検出されたことがセンセーショナルに報じられました。対象品目の残留放射性物質は、4月に入っていずれも基準値を下回るようになりました。大気中に放出された放射性物質の影響を受けにくいハウス栽培や、問題の原発から離れた産地の野菜は、安全性が確認されています。ここは、やみくもに恐怖心を抱くのではなく、正確な情報収集に努めて冷静な対応をしたいところ。

fragora_fukushima.jpg【photo】福島の生産農家が丹精込めたハウス栽培の青果物。極めて美味。なのに出荷できず廃棄せざるを得ないのが現状

 食品による健康被害を気にするのなら、栄養バランスや加工食品に使用される食品添加物の過剰摂取にこそ気を遣うべき。成長期の子どもの前でタバコを吸うなど、もってのほかです。ところが、食品衛生法が定める安全基準をクリアして出荷された生鮮品や乳製品の多くが、福島や茨城産というだけで買い叩かれ、一般消費者から敬遠され、売り場から姿を消しているのが実情です。原発の事態収拾の目処が立たない現状では、この状況がいつまで続くのか全く見通しがつきません。

 おそらくは長期化が避けられない逆境にあっても、決して負けない福島を発信する取り組みが始まっています。県観光物産交流協会が東京・東葛西に設置しているアンテナショップ「ふくしま市場〈Link to website〉」では、今月上旬から「東北大震災に負けるな! フェア」を実施、都内在住の県出身者らで賑わっている様子が報道されています。

 昨年10月、株式会社第一印刷(本社:福島市)の呼びかけに応じた福島県内の各業種30社ほどで発足したプロジェクト「福の鳥」は、世界に通用する新たな地域ブランドを創出しようというもの。同プロジェクトでは、焼き鳥や牛乳味噌鍋などを新たな名物に育てようと活動してきました。
 ForzaFukushima.jpg  ■ 「がんばっぺ! 福島」トップページURL: http://fukunotori.com/fight/index.html

 県土面積が全国第3位と広い福島は、原発から半径30km以内に設定されている自主的避難を求める「緊急時避難準備区域」外の放射線による健康への心配がないエリアがほとんどです。原発事故が引き起こした風評被害の広がりを受けて、プロジェクトでは桜の名所として知られる福島市の「花見山」を第一弾として取り上げるなど、福島の魅力を紹介するサイト「がんばっぺ! 福島」を立ち上げました。

ganbatte-zzoi.jpg【photo】
例年、多くの花見客で賑わう福島市の桜の名所「花見山」で開催を予定していたという物産市。今回の事態を受け、会場を急遽仙台に移して実施した。山形県米沢市でも今月中に開催予定とのこと

 風評被害に負けない福島をPRするプロジェクトによる「がんばってっつぉい福島! いちば」が、4月8日(金)~10日(日)の3日間、仙台市青葉区本町で開催されました。物産市の会場となったのは本町家具の街。本町商店街振興組合理事長で「家具の大丸〈Link to website〉」代表取締役社長の大村 正さんと、各地の産直施設と独自のルートをもつイベント会社Y.M.O代表 湯浅 輝樹さんが、企画実現に協力しました。

IMG_5327.jpg IMG_0176.jpg【photo】「がんばってっつぉい福島! いちば」当日の模様 〈右写真協力:(株)第一印刷〉
※photoクリックで拡大

 旬を迎えたハウス栽培のニラ・キュウリ・イチゴといった青果物のほか、スルメとニンジンを醤油ベースで和えた福島北部地域の郷土の味いかにんじん・あんぽ柿・味噌・漬物などの加工品、手ぬぐい・会津木綿製品・ポストカードなど福島の各種産品が出品され、3日間で30万円ほどの売り上げがあったといいます。

DVC00355.jpg DSC08414.jpg【photo】「がんばってっつぉい福島! いちば」当日の模様 〈写真協力:(株)第一印刷〉
※photoクリックで拡大

 福島市郊外の飯坂温泉「佐久商店〈Link to website 〉」店長の佐藤ユウ子さんは、店頭で元気と笑顔を振りまいておいででした。自信作のいかにんじん「錦秋」を味見をした私は、鮮度抜群のイチゴやキュウリとともに、購入を即断しました。タレントの佐藤B作さんの弟さんが営むという同店は、取り扱う果物にも品質へのこだわりが感じられます。

ikaninjin_kinshu.jpg【photo】佐久商店のいかにんじん「錦秋」

 店頭を今回のイベントに提供した大村社長は、「被災者同士、カラ元気でもいいから前に向かって進む姿を発信したかったのに加え、自分たちが取り扱う品に絶対的な自信を持つ福島の方たちとコラボすることで、ホンモノだけを扱う本町家具の町の魅力を伝えたかった」と今回の試みについての意義を語ります。本町商店街振興組合では、今後も福島とのコラボによる催しを検討してゆくそうです。

 4月17日(日)には、宮城郡大和町宮床の「大師山 法楽寺〈Link to website 〉」で、福島産野菜の即売会が実施されます。福島の農家が置かれている現状に心を痛めた住職の遠藤龍地さんが、JA福島に話しを持ちかけて実現の運びとなりました。前日ご自身がワゴン車を運転して福島に出向き、仕入れた青果類を午前10時から境内で即売します(雨天時は本堂で実施)。

 「良いことも悪いことも、自らの行いの結果。だから福島で起きていることは、決して他人事ではなく、これまでの自分の生き方や暮らしのありようを見つめ直す機会として考えて欲しい」と遠藤住職。仙台方面からは、泉パークタウンを大和町ミヤヒル36ゴルフクラブ方向に向かい、宮床小学校の右側です。買い物袋を持参の上、お越し下さいとのこと。売り切れの際はご容赦を。

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大師山 法楽寺
宮城県黒川郡大和町宮床字兎野1-11-1
Phone: 022-346-2106
法楽寺URL:http://www.hourakuji.net/index.html
住職のブログ「想いの記」より
東北関東大震災・被災の記(その29)「福島県の野菜を食べよう会」を行う理由

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2011/01/09

肝入・今野家の正月飾り

石巻市北上地方の切紙(きりこ)

konnoke_jyutaku.jpg【photo】東北歴史博物館構内に移転・復元されたチューモン(上写真)の奥にホンヤ(下写真)などが配置される今野家住宅

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 今回は「南三陸の新春を飾るきりこ」で触れた「東北歴史博物館」に移築・公開されている県指定有形文化財「今野家住宅」に見る正月飾りをご紹介します。

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 今野家は、北上川河口域に広大なヨシ原が広がる旧桃生郡橋浦村の肝入(きもいり・村の責任者)を江戸時代に代々務めた家柄。建坪72坪の大きなホンヤ(母屋)は1769年(明和6)建造の寄棟造りで、かつては90cm の厚さにヨシを積み重ねた茅吹き屋根の民家です。宮城県多賀城市にある東北歴史博物館に移転・復元された今野家住宅では、1月20日(木)まで、北上町の農家が新年を祝う伝統的な正月飾りを展示しています。

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【photo】 サケ・メバル・マコガレイなどの干魚が下がる「カケザカナ」

 玄関から屋内に入ったドマ(土間)は、村内に配っていた味噌に用いる大豆を茹でる大きなカマド、炊飯用のカマドなどが配置された作業場。その壁には、サケ・カレイ・スケソウダラ・クロソイ・メバルといった12本の魚の干物に縄飾りを施した「カケザカナ」が吊るされています。これは年の瀬に浜の漁師が肝入である今野家に持って来た魚を食用にとっておいたもの。届けられる順番に吊るしてゆくので、年によってその種類は異なり、昨年は干しダコも混ざっていたそうです。

 usubuse.jpg usubuse2.jpg 【photo】筵(むしろ)の上にコメとお供え餅を置き、上下逆にした臼を被せ、若水の入った手桶を乗せた「ウスブセ」に巻いた注連縄には、煮干が一匹挟んである

 その前には、枡に入れた米の上にお供え餅を置き、注連縄(しめなわ)を回したコメ搗(つ)き臼を上下逆にして、邪気を除くとされる井戸から汲んだ若水(わかみず)を入れた手桶を上に乗せた「ウスブセ」が祀られています。

 竹を簾の子状に敷き詰めた台所の壁では、かつて釜神様が睨みをきかせていました(現在は東北歴史博物館に展示)。その場所の上には、囲炉裏の自在カギをかたどった切紙「カマドガミ」と8本の幣束「ハチホンベイ」が並んでいます。カマドガミはその名が示す通り、火難避けや魔除けの意味で竈(かまど)神を祀るものですが、ハチホンベイは今野家に切紙を納めている河北町皿貝の大日靈(おおひるめ)神社でも由来は不明だそうです。

【左photo】カマドガミ(右)とハチホンベイ(左)
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【右photo】馬が曳く馬鍬をかたどったタノカミ

 畳敷きのチカザシキとトーザシキは、もっぱら代官や役人の接遇に使う部屋で、住人の生活の場となったのは板敷きの4室。土間から上がった囲炉裏があるオカミに通じる上り框(あがりがまち)であるハットシの上には、かつて農耕馬が曳いた代掻きの農具「馬鍬(まんが)」をかたどった「タノカミ(田の神)」を輪通しの注連縄と共に飾ります。

 居間であるオカミには、四方を取り囲むように注連縄が張られています。奥のコザシキとの仕切り壁には神棚があり、当主が肝入の業務を行う部屋・ナカマとの仕切り壁の柱には「トシガミ(年神)」が7日に取り払われるまで飾られます。アカマツの三蓋飾りに先細りの注連縄「ゴボウ(牛蒡)」に「ヨダレ」と呼ばれる4枚重ねの幣束を組み合わせたトシガミには、下半分に赤い布をまとわせており、その姿は巫女の装束を連想させます。

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【photo】どこかしら巫女の装束を思わせるトシガミ(左) 沿岸地域の農家ならではの切紙(きりこ)エビス・ダイコク(右) ※各Photoクリックで拡大

 神棚の右隣りには前回「南三陸の新春を飾る きりこ」でご紹介した気仙沼の切紙とは形状が異なる「エビス・ダイコク」が飾られます。和紙で切り出す意匠は、末広の扇・枡・鮒・鯛など。追波湾に面した沿岸地域の農家ならではの、豊穣と大漁の願いが込められています。その両脇にはモミジの枝に小さなダンゴや打出の小槌・千両箱・鯛・大福帳などの飾り付けで、福が舞い込んだ様子を表す「メンダマギ」が飾られています。

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【photo】エビス・ダイコクとメンダマギを飾り付け、正月を迎えた今野家の神棚

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の別称である大日靈神を祀る大日靈神社では、12月15日頃から今野家のほか、およそ500軒の氏子に「オショウガツサマ」を毎年頒布するのだといいます。各家庭では、その切紙を神棚に載せ、大晦日に今野家では、1升分のコメを神社へのお返しにしていました。

 idogami.jpg secchin.jpg 【photo】イドガミ(井戸神・左写真) 向かって左側が当主専用、右側が家族用に分かれていた雪隠にも正月飾り。祀るのは、当然「♪ キレイなトイレの女神様 ?? 」(右写真)

 敷地内には、馬屋と倉庫を兼ねた寄棟造り茅葺のチューモンの他、井戸や独立した造りの風呂などが復元されています。それぞれにオショウガツサマが飾られており、日本人が年の初めに八百万(やおよろず)の神々をお迎えしていたことが判ります。今野家住宅に展示される正月飾りは、今も北上で暮らす末裔・今野 勝實 氏が持参し、飾り付けも行います。都市部では、正月の風情が失われてゆく中、南三陸・石巻地域に伝わる独特の正月飾りは、なかなか興味深いものがありました。

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東北歴史博物館
住:多賀城市高崎1-22-1
Phone:022-368-0101
開館:9:30~17:00 (冬期間は~16:00)月曜休館
常設展観覧料:一般400円 小・中・高校生無料
URL:www.thm.pref.miyagi.jp/


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2010/08/22

イタリアソムリエ協会式テイスティング 〈後編〉

多様な食とワインの組み合わせの新たな座標軸
 @ ピエモンテフェスティバル presented by 宮城・ローマ倶楽部
 

前編より続き》 
ICT_workshop1.jpg【photo】 AISイタリアソムリエ協会式試飲メソッドによるピエモンテ州のワインと宮城県産食材を用いた料理の組み合わせのコツを学んだワークショップ会場

 1980年代後半以降巻き起こった「イタ飯ブーム」のもと、良質なイタリア料理店が東京・大阪の大都市圏を中心に増殖しました。バブルの余熱を引きずっていた'90年代半ばまで、銀座8丁目の並木通りに面した支社に勤務していた私は、食の分野だけでなく(前世における)母国イタリアの多岐にわたる魅力が急速に日本に浸透してゆく様子を胸のすく思いで目の当たりにしたのです。それから15年あまりを経て、食材に恵まれた地方ならではのアプローチで頑張っているイタリアンが脚光を浴び、日本のイタリア料理シーンは多様化の時代を迎えています。

ICT_workshop2.jpg【photo】 イタリアン・クリナリー・ツアーズ社が窓口となる日本人向けソムリエ研修の責任者で、AIS 認定ソムリエの資格を有するコスタンティーノ・トモポウロス氏(左)による講習のひとこま。右は通訳を務めた同社日本窓口の渾川 駒子さん

 日本のイタリア料理は、世界最高峰のレベルにあるとイタリア人自身が語るほど完成度が高いものです。'90年代以降、イタリアで料理を学ぶ日本人が激増し、繊細な日本人の感覚でイタリア各地の料理が磨き上げられてゆきました。大都市より地方に美味しいリストランテが存在するイタリアでは、いかなる辺鄙な場所であろうと日本人が厨房で働いています。彼らは多くの場合、北から南まで数か所の店で技術を習得します。南北に長いイタリアの食文化は、地方ごとに特色ある料理とワインが表裏一体で結びついています。器用なジャポネーゼとはいえ、時間的制約や言葉の問題もあって、調理技術の習得はできてもヴィーノに関する本格的な勉強までは手が回らないのが実情のようです。

【photo】 第一次大戦後の混乱で経営が行き詰った醸造組合 Ai Vini delle Langhe を買い取ったアルフレード・プルノットが興したカンティーナPrunotto〈Link to website〉。1989年からはトスカーナの著名な Antinori 一族の当主ピエロ・アンティノリの長姉アルビエッラが三代目の経営者として運営にあたっている。透明感のある心地よい香りのロエロ・アルネイス'07
       
ICT_roeroarneis.jpg ICT_roeroarneis2.jpg

 東京に次々とイタリア料理店が誕生していた当時、イタリアワインに関する広範な知識と料理との組み合わせに関する実践的なノウハウを有する J.S.A.日本ソムリエ協会認定ソムリエは、現在同協会の副会長を務める荒井 基之氏を除いて存在しませんでした。家庭の食卓を含め、カジュアルな店からエレガントな高級路線までイタリア料理がすっかり定着した現在でも、バリエーション豊富で日々の食事をより美味しくしてくれるイタリアワインの魅力が理解されていないのは、輸入ワインに占めるイタリアワインのシェアが2割にも満たない事実からも明らかです。街の規模に比して良質なイタリアワインを扱う店がごく限られる仙台にあって、宮城・ローマ交流倶楽部の主催により実現したのが、今回の催し「宮城の食材とピエモンテ産ワインのマリアージュ」です。

【photo】 自家栽培以外の購入したブドウから造られる Prunotto バルベーラ・ダルバ'07は、2年続きで理想的な収穫が得られた年。前菜から赤身の肉料理、チーズまでと汎用性が高い1本
       ICT_barbera.jpg ICT_barbera2.jpg

 宮城・ローマ交流倶楽部とスローフード宮城の招きで昨年初めて仙台を訪れた【Link to backnumber】イタリアン・クリナリー・ツアーズ社のダニエラ・パトリアルカ代表からピエモンテ料理の歴史と特色について映像を交えながら説明を受けた後、生野菜スティックをアンチョヴィソースで頂く Bagna càuda バーニャ・カウダや牛肉の赤ワイン煮込み料理 Brasato al Barolo ブラザート・アル・バローロなど、ピエモンテ料理の数々に67名が舌鼓を打った「ピエモンテ郷土料理とワインの夕べ」に先立ち行われたワインセミナーには、30名ほどが参加。一般のワイン愛好家に混じってOsteria Cucinetta オステリア・クチネッタ橋本シェフや Osteria da Kurihara オステリア・ダ・クリハラ 栗原シェフらプロの料理人の顔もありました。

 宮城の食材を使った料理とピエモンテ産ヴィーノのAbbinamento アッビナメント(=組み合わせ。日本では通常「マリアージュ」という仏語を使う)を、イタリアソムリエ協会(以下AIS と略)方式に則ったテースティング・ワークショップで披露する講師を務めたのはダニエラさんのパートナーで、AIS ソムリエの資格を持つコスタンティーノ・トモポウルス氏です。ワインと食材の味の特徴を1~10までの間で数値化し、独自のチャート表を用いて相性の良し悪しを判断するAISの手法は非常に興味深いものでした。

【photo】 名醸地 Barbaresco からNeive,Treiso 一帯の土壌はマグネシウム・マンガン・亜鉛を多量に含み、骨格のしっかりした力強いワインを生む。契約農家から購入したブドウを厳選して造るPrunotto バルバレスコ'05 はネッビオーロらしい淡いレンガ色を呈する。Barbaresco 地区で自家栽培するブドウを仕込むクリュワイン Barbaresco Bric Turot も造られる
        ICT_barbaresco.jpg ICT_barbaresco2.jpg

 イタリアではGrongo グロンゴと呼ばれ、ウナギ同様にブツ切りのフリットで食されるアナゴはまだしも、笹かまぼこを口にするのは初めてと明かしたコスタンティーノが試飲用にセレクトしたピエモンテ産ワインは、泡もの1 本・白1 本・赤3 本の計5 本。ブドウ品種は、Moscato bianco モスカート・ビアンコ、Arneis アルネイス(別名:ネッビオーロ・ビアンコ)、Dolcetto ドルチェット、Barbera バルベーラ、Nebbiolo ネッビオーロの5種類。アルト・アディジェ地方やオーストリア国境に接するチロル地方を除き、ほぼ全土で栽培されるモスカート以外はピエモンテ原産のブドウ品種を混醸せず、単一品種から造られたものばかりです。

 最初に分析するのが、グラスに注ぐ際やグラスをスワリング(=回転)させて判断する粘性の高さ・色合い・透明度など視覚から得られる情報です。そこから土壌由来のミネラルや果実エキス成分が多いか、熟成度合いはどうかといった情報を得ることができます。次に香りをかぐことで、その強さと香りの特徴を捉えます。最も大切なのが実際に口に含んで感じる味わいで、AIS式メソッドでは放射状に0~10までの数値で香りの強さ・アルコール・タンニン・酸味・甘味の強弱などを項目ごと表にプロットしてゆきます。

【photo】 Poderi Luigi Einaudi ドルチェット・ディ・ドリアーニ・ヴィーニャ・テック'07。のちにイタリア共和国第2代大統領となる23歳のルイージ青年が、1897年に故郷で自らの名前を冠して興した由緒正しきカンティーナ〈Link to website〉。若飲みに向くドルチェットの最良形が単独のDOCGに近年昇格したDogliani の地で造られる。60年前後の樹齢の古木から造られる粘性の高さが伺えるこのVigna Tecc は複雑味・ボリューム・力強さともに充分。AIS発行の評価本Duemilavini では、'07ヴィンテージは最高点に次ぐ4グラッポリ、前年'06 は最高点 5グラッポリとGambero Rosso でも最高点トレ・ヴィッキエリに輝いた
        ICT_dogliani.jpg ICT_dogliani2.jpg

 次に組み合わせようとする食べ物の特徴を脂肪分の量・多汁性・味の濃さ・スパイシーさ・酸味などの項目別に同じく数値化します。用意された宮城県産食材を用いた料理は、スライスした笹かまぼこにゴルゴンゾーラ・ドルチェとクリームタイプの二種類のチーズがサンドされたミルフィーユ仕立てにした一皿と、歯ごたえを残すようオリーブオイルでマリネしたパプリカ・ズッキーニ・ネギの上に香ばしく白焼きした石巻産穴子が載ったもの。

 仮にヴィーノと食べ物の各項目が全て10点満点だとすると、二つの正三角形が上下逆に対称で重なり合う形となります。料理とヴィーノの相性は、チャートの対極にある特徴を備えたもの同士が合うと判断します。例えば動物性脂肪の多い甘さを感じる料理には、円形のチャート表で反対側に項目が記された酸味がしっかりしたヴィーノか発泡性のあるスパークリングワインを、その度合いに応じて合わせるといった具合。各数値を線で結んで円形に近いほどバランスが取れたヴィーノであり、料理ということになります(⇒一番下の写真を参照願います)

【photo】 Gancia アスティ・スプマンテ NV。ほぼイタリア全土で栽培されるモスカート種から造られる甘口発泡性ワイン。比較的手頃な価格だが、発泡性ワインだけでなく、世界のデザートワインでも珠玉の1本に挙げてよい。デリケートでフローラルな香りが際立つこのスプマンテは、1850年にピエモンテ州アスティ県カネッリで Gancia 社〈Link to website〉を創業したカルロ・ガンチアが1865年に編み出した密閉タンクを用いた特殊製法で造られる
        ICT_astispmante.jpg ICT_spmante2.jpg

 壇上のコスタンティーノは、まずはヴィーノを、次に料理のテイスティングをして、用意したAIS方式のチャート表にそれぞれの特徴を数値化し記入してゆきました。コスタンティーノの判断では、チーズ由来の乳脂肪分を7 ポイントと評価した笹かまぼこのミルフィーユには、アルコールの熱さと酸味を感じるバルベーラ・ダルバか、酸味と旨味が7~8ポイント程度としたロエロ・アルネイスが合うだろうという見立てでした。

ICT_workshop4.jpg 【photo】 仙台名産、笹かまぼこのミルフィユ。淡白な白身魚のすり身を使ったかまぼこの間に挟まるゴルゴンゾーラとクリームチーズが脂肪の存在を主張する

 AIS式メソッドで重視する料理とのアッビナメントを実際に試してみると、酸味のあるロエロ・アルネイスではドライトマトとバジルの風味が残ることと、チーズの風味に負けていることが確認され、悪くはないが最良の選択ではないことがわかりました。対してバルベーラ・ダルバでは互いの風味がマッチし、チーズの脂肪が消える一方で、口の中に残るタンニンが心地よく、次の一口を欲する理想的な組み合わせであることが確認できました。会場に感想を求めたコスタンティーノにうなずく一同。

ICT_workshop5.jpg 脂分のない穴子のグリルに関しては、野菜の水気と白焼きによる香ばしさが増していることから、薫り高いヴィーノが合うはずとの見立てがされ、実際に組み合わせを試みました。酸が特徴的なバルベーラ・ダルバではバランスが悪く、アルバ近郊のドリアーニ産ドルチェットでは、土壌由来のミネラル分とタンニンが強く出過ぎてしまいます。そこでベストな選択として残ったのが、プルノット社のバルバレスコでした。作り手によって多様な個性を持つバルバレスコですが、この作り手はバランスを重視したものです。2005年産とまだ若く、グラスにサーブされた直後の固さが取れたバルバレスコと穴子の相性の良さは偉大な品種ネッビオーロとしては意外なほどでした。

【photo】松島産穴子のグリルと夏野菜のマリネ

 通常は複数のカンティーナ訪問なども織り交ぜ、栽培から醸造に至るプロセスなど12 回の講座で学ぶ内容に対して、コスタンティーノにこの日与えられた時間は2時間ほど。Tomopoulos という名から推察するに彼の遠い祖先にあたるであろう古代ギリシャ人が "ブドウの大地" を意味する「エノトリア・テルス」と名付けたほど恵まれた栽培環境にあるイタリア半島で育つ多種多様なブドウを、個性的な作り手が伝統と革新を織り交ぜた手法で造るイタリアワイン。そんな vini italiani の魅力を充分に伝えるのは2時間では impossibile (=無理)だとコスタンティーノは言っていたようですが、いえいえどうして。

ICT_workshop3.jpg 【photo】AIS式試飲メソッドの特徴である料理との相性をみる独自のチャート表で自身のテイスティング結果について解説するコスタンティーノ

 セミナーに参加したJ.S.A.シニアワインアドバイザーでもある仙台市青葉区のチーズ専門店オー・ボン・フェルマン 安達 武彦オーナーは、J.S.A.との違いが鮮明なAIS方式に初めは戸惑いも感じたようですが、次第に「こうした手法もあるのか」と、見識を新たにしたようです。イタリアン・クリナリー・ツアーズ社日本窓口の渾川(にごりかわ)駒子さんによると、AIS方式はJ.S.A.ソムリエから「お客様に接する上で新たな座標を見出すことができる」と総じて好意的に受け入れられているとのこと。

 Vino rosso italiano が全身に流れる私は、あまたのヴィーノの洗礼を受けており、呑むリエの資格は十分すぎるほど。それでも体系立ててアッビナメントについて実演がなされた今回の催しは新たな発見に満ちたもので、探究心が改めてメラメラと燃え上がりました。この上はレストランでの実地研修を含め、6 ヶ月に及ぶ実際の研修をトリノで受けるしかなさそうですが、まずは不撓不屈・堅忍不抜の精神で日々の稽古を怠らず、一意専心の気持ちを忘れず不惜身命を貫く覚悟を固めたのでした。どすこい、どすこい。
今宵もごっつあんです。 (*`´)_Y cin cin!!

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2010/05/30

キアンティ・クラシコ協会会長が来仙

カステッロ・ディ・アーマ試飲会 with 醸造責任者
マルコ・パッランティ氏 @ENOTECA仙台店

 イタリアワインの産地としての知名度にかけては、バローロと双璧をなすであろうキアンティは、生産地域が広大なためにエリアによって持ち味が異なります。エリアの中心に位置し、品質的に高い水準にあるのがChianti classico キアンティ・クラシコです。その生産者組織である「Consorzio Vino Chianti Classico キアンティ・クラシコ協会」には現在597の生産者が加盟しており、このうち350のカンティーナが自社銘柄のヴィーノをリリースしています。同協会の会長を務めるMarco Pallanti マルコ・パッランティ氏が、ワイン専門店「Enoteca エノテカ」の招きで仙台を5月22日(土)に訪れました。

presidente_pallanti.jpg【photo】キアンティ・クラシコ協会会長マルコ・パッランティ氏

 今年3月に満を持して仙台市青葉区の藤崎一番町館1Fにオープンしたエノテカ(=イタリア語でワインショップの意味)仙台藤崎店(藤田 郁 店長)が企画したのは、マルコ・パッランティ氏が醸造責任者を務めるカンティーナ「Castello di Ama カステッロ・ディ・アーマ」の有料試飲会。3年前に宮城・ローマ交流倶楽部がピエモンテ州のワイン生産者を招いて会員向けに交流試飲会を催した例などを除けば、一般のワイン愛好家が生産者の生の声を聞きながら試飲ができる機会は、ほとんど仙台ではなかったと記憶しています。料飲関係者向けセミナーやFoodex のような主に業者を対象とする展示会が頻繁に行われる東京とは違い、仙台のワインラヴァーが、国外の生産者との接点を持つ機会はごく限られているのが実情です。

tutti_ama.jpg 【photo】試飲アイテム6本。左よりAl Poggio アル・ポッジョ'08(サイン入り)、Chianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'06、同'00、Chianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04(サイン入り)、L'Apparita ラッパリータ'05、Vinsanto ヴィンサント'04 の豪華なラインナップ

 キアンティ・クラシコ協会第12代会長の要職にあるマルコ・パッランティ氏は、キアンティ・クラシコでも屈指の醸造家として知られます。イタリアを代表するワイン評価本であるGambero Rosso ガンベロ・ロッソによって最優秀醸造家に選出されたのが2003年。2年後にはカステッロ・ディ・アーマがベストワイナリー・オブ・ジ・イヤーの栄誉にも輝いています。カステッロ・ディ・アーマに関しては、2年前に「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ【Link to back numuber】」で詳しくご紹介しています。よもやイタリア屈指の醸造家と仙台でお会いできるとは思ってもいなかったのが正直なところ。ゆえに今回の催しは何としても見逃すわけにはいきませんでした。miyajima_isao.jpg会場に顔を見せた藤崎のワイン担当庄子さんも、まず仙台には来ない方ですよ!と参加者に力説していました。エノテカさん、あなたは偉い!

【photo】参加者の質問に気軽に応じるマルコ氏(左)とワインジャーナリストの宮嶋 勲氏(右)

 開始予定時刻の10分前に着いたとき、すでにマルコ・パッランティ氏は通訳として同行していたワインジャーナリストの宮嶋 勲氏とともに店においででした。国内消費は3割以下で、7割以上が国外で消費されるというキアンティ・クラシコ。世界をフィールドにビジネスを展開するキアンティ・クラシコ協会会長はイタリア人といえども時間に正確なのでした。1959年(昭和34)、京都に生まれた宮嶋氏は、某新聞社のローマ支局勤務中にイタリアの食文化、特にワインに魅了され現在の道に進んだといいます。帰国後はイタリアの権威あるワイン評価本「Le Guide de l'Espresso エスプレッソ誌」で唯一の日本人テイスターとして活躍する一方で、日本のワイン専門誌「Vinotheque ヴィノテーク」などでイタリアワインに関する紹介を続けています。

Guidoriccio_da_fogliano.jpg【photo】シエナ派の画家シモーネ・マルティニ作とされるグイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像。騎乗の傭兵隊長が向かう先の砦が現在もフレスコ画に描かれた塔の痕跡が残るトスカーナ州グロッセート県のMontemassi モンテマッシ(上写真)
 カステッロ・ディ・アーマのヴィーノには、シエナの英雄グイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像があしらわれる。誇り高き金色の騎士が描かれたのはマルコ氏にサインを頂いたお宝ワイン Chianti classico Vigneto Bellavista キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ベラヴィスタ '97(下写真)

Bellavista_97.jpg 30名定員の試飲会に用意されたアイテムは白1本、赤4本、デザートワイン1本の計6本。カステッロ・ディ・アーマのエチケッタには全てシエナ派の画家 Simone Martini シモーネ・マルティニの手になる傭兵隊長グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ像が描かれています。キアンティ・クラシコのエリアでも南端にあるガイオーレ・イン・キアンティは世界遺産の街Siena シエナのすぐ北側。13世紀に整備されたカンポ広場に面したPalazzo Pubblico(=市庁舎)の Sala del Mappamondo (=世界地図の間)に描かれたフレスコ画は、1328年にシエナが行ったMontemassi モンテマッシ攻略の功績を称えたものです。シエナの勢力拡大に尽力した英雄を描いたエチケッタには、銘酒キアンティの伝統を受け継ぐアーマの誇りと品質向上にかける決意が見て取れます。

 意気揚々と馬にまたがる傭兵隊長の派手な衣装とは対照的に、シックなissei miyake とyohji yamamoto が好みだというマルコ氏。この日はノーネクタイのホワイトシャツにゆったりとしたシルエットのブラックスーツに身を包んでいました。アルマーニやヴェルサーチェなどの高級イタリアンブランドではなく、日本人デザイナーの服を愛用していることを宮嶋氏に披露されてマルコ氏は苦笑い。私が学生時代に憧れたY'sや三宅一生がお好きだということで、親近感を覚えました。意外なネタばらしで場の雰囲気が和んだところで試飲会の始まりです。冒頭で挨拶に立ったマルコ氏は、カステッロ・ディ・アーマのブドウ畑は海抜500m前後という比較的標高の高い場所にあるため、寒暖の差がもたらすエレガントな酒質を備えていること、常にバランスの良い仕上がりを心がけていると述べました。
alpoggio_08.jpg       【photo】綺麗な印象のアル・ポッジョ'08

 まずはカステッロ・ディ・アーマ唯一の白ワイン、Al Poggio アル・ポッジョ'08から。フランス原産のChardonnay シャルドネを主体にPinot Grigio ピノ・グリージョを手摘みして混醸、24,000本だけがリリースされます。Poggio(=高台)という畑の名前から名付けられたこのヴィーノは、標高が高いTeritorio テリトーリオ(=仏語:テロワール→ブドウが栽培される環境・土壌の意)を感じさせるエレガントなトップノートに熟成で一部使用されるオーク樽由来のバニラ香が幅を与えます。仙台で牛タンを食べたと言うマルコ氏は、トスカーナ料理のボイルした牛タンとこのワインは相性が良いはずだと語りました。

 2本目・3本目はキアンティ地区において最も重要な品種とマルコ氏が語るSangiovese サンジョヴェーゼを80%、残り2割をMalvasia nera マルヴァジア・ネラ, Merlot メルロ, Cabernet Franc カベルネ・フラン 、Pinot Nero ピノ・ネロで構成する基幹アイテムのChianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマの'06と'00。熟成能力の高いワンクラス上のキアンティであるRiserva リセルヴァ表記はないものの、法定熟成期間26ヶ月をクリアするカステッロ・ディ・アーマは、並みいるキアンティ・クラシコの中でも別格のヴィーノです。
castelloama00_06.jpg【photo】収穫された6年の時間的な差異以上に熟成能力に影響するヴィンテージの違いが表れた'00と'06のカステッロ・ディ・アーマ

 ブドウの作柄がダイレクトに味に反映するワインは、収穫年によって熟成能力が異なります。それを如実に感じたのがこの2本でした。'00のトスカーナは収穫期に雨が降ったため、決して恵まれた作柄ではありませんでしたが、収穫後10年を経た今がすでに飲み頃を迎えており、鼻腔を満たす香りが全開。今飲むなら断然'00をお勧めします。かたや'06は'01,'04と並び称される2000年代の優良ヴィンテージ。試飲会の開始時刻にあわせて抜栓した店側の配慮もあり、いくばくかは開花させつつあるものの、'00と比べればまだ十分とはいえません。まだ固く閉じた状態ですが、良質な酸味とビシッと目の詰まったタンニンからは熟成能力の高さがうかがえます。

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【photo】ヴィンテージの違いを如実に感じたChianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'00(左)は熟成が進んでいるためオレンジ色を呈し香りも全開。かたや'06(右)はまだガーネットが主調の若い色。味もまだ固さが残る

 理想的な作柄に恵まれた'06ヴィンテージは、フィレンツェ大学で醸造学を学んだ後、キアンティ・クラシコ協会で働いていたマルコ・パッランティ氏がカステッロ・ディ・アーマの醸造責任者として迎え入れられた1982年から数えて25年目にあたります。そのため、特別に25の数字が浮き彫りされたボトルに銀婚式を意味するシルバーのキャップシールが施されています。エチケッタには、4組のオーナー一族の1人で妻のロレンツァさん自筆の 「Grazie Marco per questi 25 anni マルコ、この25年間ありがとう」というメッセージが記された特別なヴィンテージとなりました。

 20世紀最高のヴィンテージと騒がれた'97年以前は、とりわけポテンシャルの高いブドウが収穫される畑指定のブドウを用いた「Bellavista ベッラヴィスタ」と「Casuccia カズッチャ」の二種類のクリュワインが生産されてきました。 '64年から'78年にかけて植えられたブドウの樹齢が上がり、高い品質のワインが生産できると判断した'97以降は、特に優れた作柄の年(→'99・'01・'04・'06 の4つ)にだけ2種類のクリュワインが生産されるようになりました。この日はChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 が試飲できました。

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【photo】グラスから立ち上るなまめかしい香りをお届けできないのが残念! 妖艶な表情で魅了するChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 はキアンティの既成概念を覆す出色の出来(左) 偉大なワインの特徴であるベルベットのようにソフトな口当たりと密度の濃い複雑な構造が同居するL'Apparita ラッパリータ'05(右)

 用意されたリーデルのボルドーグラスをゆっくりとスワリングすると、色気のある芳香が立ち上ってきます。ひと口含んだ粘性の高い液体の何と表情の豊かなこと!! エッジが突出することのない見事な調和を見せながら、さまざまなニュアンスが山びこのように次々と現れてきます。男性的なBellavistaと比べて砂礫の多いCasuccia の区画は柔らかさが身上。サンジョヴェーゼにメルロを15%混醸したこのヴィーノのいつまでも消えることの無い余韻に浸りながら、まるで万華鏡を味わっているようだとマルコさんに感動をお伝えすると、醸造家は嬉しそうに微笑むのでした。

 トスカーナ州では初めて栽培に取り組んだというカステッロ・ディ・アーマのMerot メルロは、骨格を成すサンジョヴェーゼの補助的な役割で植えたにすぎないといいます。高評価の中で争奪戦が巻き起こり価格が高騰するトスカーナ産メルロワイン。その火付け役となったL'Apparita ラッパリータの'05ヴィンテージを赤の4本目に頂きました。何を隠そうイタリアの熟練の技が生む皮革製品に目が無い皮フェチな私。上質ななめし皮に喩えられるラッパリータのシルキーな持ち味は決して良い天候ではなかったこの年も全開です。vinsanto_ama04.jpg寸分の隙すら見せないさすがの出来でした。マルコ氏によれば、キアンティ・クラシコのブレンド用に使用するメルロの栽培区画と、このカルトワイン用の畑を分けているとのこと。

 【photo】淡い琥珀色のVinsanto ヴィンサント'04
 
 最後はデザートワインのVinsanto ヴィンサント'04。収穫した白ブドウMalvasia マルヴァジア とTrebbiano トレッビアーノを陰干しして1/5程度の重量にまで水分を除き、干しブドウ状態となったブドウを5年の長期に渡って温度差の激しい屋根裏部屋で作るトスカーナ伝統のワインです。カステッロ・ディ・アーマのヴィンサントは初めて口にしましたが、マルコ氏の解説通り、甘さを抑えた造りになっていました。トスカーナ料理の饗宴を締めくくる甘いドルチェやハチミツを垂らした羊乳チーズ「Pecorino Toscano ペコリーノ・トスカーノ」などと相性が良さそう。ブドウが持つピュアな甘さを極限まで抽出し、唯一無二の高みに昇華する「Avignonesi アヴィニョネジ」と「San Giusto a Rentennano サン・ジュスト・ア・レンテンナーノ」の二大巨頭が Vinsanto Toscano ヴィンサント・トスカーノの白眉と考えるゆえ、同じヴィンサントでもタイプが異なるものでした。

marco_article.jpg【photo】サイン欲しさに私が持参した「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ」の出力紙に目を通すマルコ・パッランティ氏

 ラ・カスッチャ'04とラッパリータ'05は、現在の価格が2万円前後の高級ワインゆえ、両方ともゲットするには相当の勇気を要します(笑)。イタリアワイン好きの私がここぞと奮発したのは、綺麗な酸味を伴うサンジョヴェーゼらしい珠玉の一本、ラ・カズッチャ'04です。加えて産地を訪れた年のワインは必ず口にするというポリシーに則ってキアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'06 のほか、今では稀少なバックヴィンテージの優良年'99を確保、いずれにもしっかりとマルコ氏のサインを頂きました。

 この日のためにプリントアウトした「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ」のブログ記事とともに差し出したのが、自宅のワインセラーから探し出して持参したChianti classico Vigneto Bellavista '97。世紀のヴィンテージ騒動がさめやらぬリリース直後にミラノのPeckで購入し、あまたのセラーアイテムとともに10年以上の眠りについていた一本です。まだ当分は開けるのがもったいないレア物のcon_marco.jpgエチケッタにもこうして作戦通りにサインを加えることができたのでした。

 めでたし、めでたし。
  (⇒ なんだ、セラーのコヤシ自慢かよっ ヽ(`ε´*)

【photo】購入したChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 にもサインを頂き満悦至極の筆者とマルコ・パッランティ氏

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ワインショップ・エノテカ 仙台藤崎店
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Castello di Ama カステッロ・ディ・アーマ
Località Ama 53013 Gaiole in Chianti - Siena - Italia
URL:http://www.castellodiama.com/

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2010/01/02

ソムリエ from トリノ

スローフード宮城 食談会

 イタリア本国では日本で意味するところの全土にあまねく存在するイタリア料理が存在しないかわりに、質の高い郷土料理が各地に群雄割拠しています。そんなイタリアにあって、ピエモンテ州は屈指の洗練された食文化を誇ります。

tartufi_bianchi2009.jpg 名だたる産地の黒トリュフが寄ってたかっても及ばない唯一無二の強烈な芳香と希少性ゆえに重量あたりの単価が最も高価な食材「Tartufo bianco pregiato タルトゥフォ・ビアンコ・プレジャート(別名:Tuber magnatum Pico トゥベル・マグナトゥム・ピコ)=白トリュフ」。

 その濃厚な香りと霧に包まれる晩秋ともなると、白いダイヤモンドの別名をもつ白トリュフの最高の伴侶となるバローロ・バルバレスコといった高貴なヴィーノと共に味わおうという美食家が世界中から白トリュフの聖地Alba アルバを目指します。

【photo】日本での業務用仕入れ価格がキロ50万円(!)というピエモンテ州アルバ産白トリュフ「Tartufo bianco pregiato タルトゥフォ・ビアンコ・プレジャート」(写真右上) より香りと価格が控えめながら、イタリア中部トスカーナ、エミリア・ロマーニャ、マルケなどではアルバ産の代用品として珍重される「Tartufo Bianchetto タルトゥフォ・ビアンケット」 (別名:Tuber albidum Pico トゥベル・アルビドゥム・ピコ(写真手前))

 イタリア北部ロンバルディア州パヴィーア県Casteggio カステッジョからVarzi ヴァルツィ一帯のポー川沿いからアペニン山脈北端にかけての地域と、エミリア・ロマーニャ州Ravenna ラヴェンナ・ Forlì フォルリ・Bologna ボローニャ周辺、中部イタリア・マルケ州Acqualagna アックアラーニャ、トスカーナ州San Miniato サン・ミニアートなど、良質の亜種を含めた白トリュフの産地はイタリア各地にあります。

 自国のぺリゴール産黒トリュフこそがトリュフの頂点と信奉するフランス人はさておき、世界の美食家がひれ伏すのは、アルバ産白トリュフにとどめを刺します。香りと重量を失わせる大敵である乾燥を避けるため、リストランテではガラス製の蓋で覆われて登場するそれは、形こそゴツゴツとしたジャガイモのよう。カメリエーレがうやうやしく蓋を外すや否や周囲10mに立ち込めるクラクラさせるような強烈な芳香は、人生で一度は体験すべきもの。あの香りに浸れるなら来世はトリュフ犬に生まれ変わってもいいなぁ...。

castello-Costigliole.jpg 【photo】発祥の地トリノから1997年にコスティリオーレ・ダスティに移転。ブドウ畑に囲まれた小高い丘の上に建つ築1000年というCastello di Costigliole コスティリオーレ城にICIFの本部がある。内部は最新設備を備えた研修施設に改装されている

 ピエモンテ州の州都トリノから東へ伸びる高速A21を進むと、モンフェラート丘陵地帯で作られる発泡性ワインの一大産地として知られるAsti アスティ県へと至ります。アスティから10kmほど南下したCostigliole d'Asti コスティリオーレ・ダスティにある「ICIF イチフ(Italian Culinary Institute for Foreigners)【Link to website】」は、外国人のためのイタリア料理研修機関です。

 そこで学ぶ者には、美食の粋が集うピエモンテ州を中心とした一流講師陣による講習や生産現場の見学、提携先のレストランでの研修などのプログラムが用意されます。高品質のイタリア産食品やワインに肌で触れることで理解を深め、イタリア各地の郷土料理が世界に紹介され、真の姿を伝えることを目的に1991年に北イタリア・ピエモンテ州の州都トリノで設立された非営利団体です。

Daniela_ Costantino.jpg【photo】ダニエラ・パトリアルカさん(写真左)とコスタンティーノ・トモポウロスさん(写真右)

 リゾットほかピエモンテ料理を得意とする「OSTERIA Cucinetta オステリア・クチネッタ」橋本 俊シェフや、オーセンティックな正統派を志向する「Piu Sempre ピュ・センプレ」高橋 義久シェフなど、仙台にもICIFでの研修経験のある料理人がいます。

 ICIFの立ち上げに関わったのがDaniela Patriarca ダニエラ・パトリアルカさん。現在は1995年に設立した自身の会社「Italian Culinary Toursイタリアン・クリナリー・ツアーズ【Link to website】」で、イタリア各地を周遊しながら料理を学ぶ独自の研修スタイルを取り入れています。北は万年雪に覆われた4,000m 級のアルプスの峰々、南はアフリカ大陸から吹き付ける夏の季節風シロッコで灼熱の大地と化すシチリアまで南北1,200km、山あり海ありのイタリアは食の万華鏡さながら。同社の研修にはこれまでに600人以上の料理人とソムリエが参加しているといいます。

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 11月末から12月上旬にかけて仙台市青葉区一番町の「Antreffen アントレッフェン」で催された「スローフード宮城 秋の食談会」と同エクセルホテル東急が会場となった「宮城・ローマ交流倶楽部 クリスマスパーティ」のゲストとして、ダニエラさんとパートナーのイタリアソムリエ協会AISAssociazione Italiana Sommelier)公認のソムリエ資格を持つ Costantino Tomopoulos コスタンティーノ・トモポウロスさんのお二人が仙台を初めて訪れました。

【photo】「秋保そば愛好会」の佐藤 栄一会長

 スローフード宮城は、蕎麦をテーマに今年度活動しています。今回の食談会には、仙台市太白区秋保町野尻地区で在来種の「長治そば」を栽培する「秋保そば愛好会」佐藤 栄一会長が参加しておいででした。藩制時代、仙台と山形を最短で結ぶ二口街道の国境警護に当たる足軽集落であった面影を残す中山間地域の野尻地区では、戦前までコメを作らず、蕎麦を主食にしていたそうです。16回目を迎えた「そば祭 in 野尻」が11月3日に町内の集会所で催され、そば打ち体験(1500円/おひとり)のほか、在来種を使った手打ち蕎麦(500円)や、そばがきにあたる「そばねっけ」(350円)が提供されました。

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【photo】二口街道の最深部にある仙台市太白区秋保町野尻地区

 1613年(慶長13)、海外との交易を求めて宮城県石巻市月浦から帆船「サン・ファン・バウティスタ」でアカプルコを経由してローマへと渡航した慶長遣欧使節。その史実をもとに姉妹県となった宮城県とイタリア・ラッツイオ州ローマ県特産の葉物野菜「プンタレッラ」を宮城県丸森町で栽培する宍戸 志津子さんは、「食WEB研究所」のフードライターpuntamamma さんと一緒にお越しでした。宍戸さんのシャキシャキとしたプンタレッラは、この日アンチョビ風味のサラダで頂くことができました。

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【photo】宮城県丸森町でプンタレッラを栽培する宍戸 志津子さんは野菜ソムリエの資格を持つ生産者 

 日本食のイメージが強いそばですが、国内消費の8割近くは中国とアメリカからの輸入で賄っているのが実情です。滋味に乏しい痩せた土地でも栽培が可能で、播種から収穫までの期間が短いソバは、アジアからヨーロッパ、北米にかけて栽培される穀物です。スイス国境に近いイタリア最北部ロンバルディア州Valtellina ヴァルテリーナ渓谷には、トルコからサラセン人がそばをもたらしたといわれます。

 少なくとも17世紀初頭から栽培されているソバ「Grano saraceno グラーノ・サラチェーノ」を石臼で挽いた代表的なパスタ「Pizzoccheri ピッツォッケリ」がこの日は参加者に紹介されました。当Viaggio al Mondoでは、3年前にお年越しの話題として、標高800mを超える山あいの村ソンドリオ県Teglio テーリオが発祥とされるピッツォッケリを取り上げました。〈2008.1拙稿「すったもんだのお年越し」参照〉

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【photo】 中にチーズを詰めたそばがきを揚げたようなヴァルテリーナ地方の郷土料理「sciatt シャットゥ」(右写真)この日アントレッフェンで出されたピッツォッケリもチーズがたっぷりと使われていた(左写真)

luigi_gufanfnti.jpg そば粉と小麦粉を8対2の割合であわせ、平たいパスタ「タリアテッレ」のように形成し、ボイルしたジャガイモとキャベツと共に溶かしバターやチーズで味付けして食べられるピッツォッケリ。トウモロコシの代わりにソバを使う「Polenta taragna ポレンタ・タラーニャ」として食するほか、この地方で1300年以上の歴史を持つ牛乳製チーズ「Valtellina Casera ヴァルテリーナ・カゼーラ」、または「Bitto ビット」をそば粉に混ぜ込んで揚げた団子状の「Sciatt シャットゥ」など、寒冷な気候と痩せた土壌ゆえ小麦の栽培ができないアルプスのヴァルテリーナ地方では欠かせない穀物として珍重されています。

【photo】ルイジ・グファンティ社5代目のGiovanni Guffanti-Fiori ジョヴァンニ・グファンティ・フィオーリ氏。技術革新が成し遂げられた21世紀の今日でも、創業以来の技と伝統を受け継ぐチーズ作りにかける情熱は変わらない

 この日は、ソムリエのコスタンティーノさんがピッツォッケリとあわせる前提でセレクトした日本にはまだ紹介されていないイタリアワインと稀少な北イタリアのチーズを味わえるというので、早々に参加の意思を表明していました。当日はロンバルディア平原がアルプスの峰々と交わる絵ハガキのように美しい風景が広がる湖水地方で、Lago di Como コモ湖と並び称される景勝地Lago Maggiore マッジョーレ湖の南端にある町、Arona アローナで1876年に創業したチーズ工房「Luigi Guffanti ルイージ・グファンティ」社製のチーズ4種類が紹介されました。
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【photo】食談会で登場したチーズ4種。右上から時計回りにチヴィダーレ・フリウリ・ラッテリア、リコッタ・アッフミカータ・カルニカ、ビットヴァッリ・デル・ビット2008、ロビオーラ・ディ・カプラ

Robiola di Capra ロビオーラ・ディ・カプラ(ピエモンテ州ランゲ地方Roccaverano ロッカヴェラーノ村産。放牧されたヤギ乳のみを使用したソフト外皮チーズ。新鮮なうちはヤギ特有の柔らかな酸味と甘みを感じるが、一ヶ月以上熟成させると青草の香りが現れる)

Cividale Friuli Latteria チヴィダーレ・フリウリ・ラッテリア(オーストリア・スロヴェニア国境に近いフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州産のハードチーズ。「Lo Spadone ロ・スパドーネ」「Latteria del Diavolo ラッテリア・デル・ディアボロ」「Il Goloso イル・ゴローゾ」「Il Cividale イル・チヴィダーレ」などのタイプに分類される。牛の生乳または脱脂乳を使用)
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Bitto valli del bitto 2008 ビットヴァッリ・デル・ビット2008(ロンバルディア州ヴァルテリーナ地方産。Albaredo アルバレード渓谷からGerola ジェローラ渓谷地域にある標高1400m~2000m 級の山で放牧される牛の乳にOrobica オロビカと呼ばれるヤギの乳を10~20%混ぜる。世界でも類を見ない10年にも及ぶ長期熟成が可能だが、この日は2008年産を頂いた。スローフード協会がプレジディオに認定している)

Ricotta affumicata carnica リコッタ・アッフミカータ・カルニカ(フリウリの一部地域で作られる牛の乳清を煮詰めて作る柔らかな味わいが特徴のリコッタチーズを軽くスモークしたもの)

 これらのチーズとピッツォッケリにあわせるためにご主人のコスタンティーノさんが選んだのは、フリウリ地方産の白が1本・赤2本、ウンブリア地方産の赤1本の計4本(下写真)。3本は日本未輸入の作り手によるもので、私が飲んだ経験があるのは、日本におけるイタリア食品商社の草分け「モンテ物産」が扱うイタリア中部ウンブリア州の優良生産者「Colpetrone コルペトローネ」のSagrantino di Montefalco サグランティーノ・ディ・モンテファルコだけ。

vini_sfmiyagi2009.jpg 香りの強いビットとよく合う強靭な体躯を備えたサグランティーノ・ディ・モンテファルコは、ペルージャの南西モンテファルコ周辺で作られ、1992年にイタリアワイン法最上位のDOCG(統制保証原産地呼称)に昇格。タンニンが多い長熟向きの土着品種サグランティーノ種のブドウを陰干しして作られ、最良のものは30年を優に越える熟成にも耐えます。

 イタリア最東北部の港町Triesteトリエステは、随筆家 須賀 敦子の著作にも地名が登場します。通常の州よりも大きな自治権を与えられた特別自治州フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の州都になっている人口20万人ほどのこの町は、女帝マリア・テレジアに港湾都市として整備されたハプスブルグ帝国時代の遺構を色濃く残します。

castelvecchio_azienda.jpg【photo】ヴェネツィア・ジューリア地方サグラーノ北方の高台にあるAzienda Agricola Castelvecchio のブドウ畑

 オーストリア領下で参戦した第一次世界大戦の激戦地となったヴェネツィア・ジューリア地域がイタリア領となったのは1918年。今でも歴史的・地理的につながりが深かった国の言語であるドイツ語・スロベニア語がイタリア語と共に飛び交う独特の雰囲気があります。第二次大戦後、ベルリンのように市街地の中をユーゴスラビアとの国境線が通っていた町Gorizia ゴリツィアでは、スラブ文化圏との辺境に来たと実感するに違いありません。

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【photo】ブドウの葉が色付く秋のカステルヴェッキオ醸造所と作り手のテラーネオ一家

 ゴリツィア周辺のCollio Goriziano コッリオ・ゴリツィアーノ地域は世界に冠たる白ワインの産地として、近年急速に名声を高めています。特異な風味で熱烈なファンがいる「Miani ミアーニ」「Radikon ラディコン」などは別としても、水晶のように繊細なワインを生むTerritorioテリトーリオ(=その土地の気候風土に由来する個性。仏語ではテロワール)の特質を感じさせる「Vie di Romans ヴィエ・ディ・ロマンス」「Jermann イエルマン」「Villa Russiz ヴィラ・ルシッツ」「Venica & Venica ヴェニカ&ヴェニカ」などを飲むだけで、理想的な栽培環境に恵まれたこの地域の白ワインがいかに素晴らしいかが、どなたでもお分かりいただけるはずです。

 ワインのほかオリーブオイル・ハチミツも生産する「Azienda Agricola Castelvecchio カステルヴェッキオ」は、ゴリツィアを高速A4方向に向かって南西に15kmほど進んだSagrano サグラーノの町外れでTerraneo テラーネオ家が40haの畑でブドウを栽培しています。

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 この日はトリエステの南、第二次大戦終結前はイタリア領であったイストリア半島地域に伝わるブドウMalvasia Istriana マルヴァジア・イストリアーナ(上写真/左側)が紹介されました。除梗したブドウに最小限の圧力を加えて雑味が出ないようソフトプレスし、ステンレスタンクで発酵させ若飲みに適した味に仕上げるこのワイン。2008年という一番新しいヴィンテージとあって微かに発泡しており、華やかなトロピカルフルーツのようなフローラルで上品な香りが広がります。

cantina_ivan_ragazzi.jpg【photo】Muzic ムージチの当主イヴァン・ジョヴァンニと二人の息子

  Isonzoイソンツォ川を挟んだゴリツィアの北方5kmの高台にあるSan Floriano del Collio サン・フロリアーノ・デル・コッリオの作り手「Muzic ムージチ」は、二度の大戦によって荒廃した16世紀まで遡る畑で1960年からムージチ家がブドウを育ててきました。

 当主Ivan Giovanniイヴァン・ジョヴァンニは醸造を学ぶ二人の息子ともどもワインに全情熱を傾ける生産者です。「Bora ボラ」と呼ばれる大陸からの風が昼夜の温度差を生む温暖な微気候にあるこの地域は、白ワインだけでなく、19世紀にフランスよりもたらされたカベルネやメルロの栽培に適しており、DOC(統制原産地呼称)Friuli Isonzo フリウリ・イソンツォに指定されます。この日紹介されたのがボルドー品種のカベルネ・フラン(上写真/右側)。その個性である植物的なニュアンスがあり、青草の香りがする熟成したロビオーラ・ディ・カプラとの好相性を見せてくれました。

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【photo】ダニエラさんからスローフード宮城に贈られたブォンリコルド協会の絵皿を手にする若生裕俊 同協会会長

 州都トリエステに次ぐ人口10万人の都市Udineウーディネから北西20kmには、繊細でとろけるような味わいの私が大好きな生ハム「Prosciutto di San Daniele プロシュット・ディ・サン・ダニエーレ」の産地として知られる「San Daniele del Friuli サン・ダニエーレ・デル・フリウリ」があります。Principe社のサイトで製造の模様をご覧あれ)

 彼の地ならではの個性を感じさせるヴィーノの作り手「Emilio Bulfon エミリオ・ブルフォン」は、フリウリ地方Pordenone ポルデノーネ県 Valeriano ヴァレリアーノの打ち捨てられた古い畑を再興し、16haの畑で白品種のCividìn・Sciaglìn、赤品種のCjanòrie・Forgiarìn・Cordenossa・Refosco del Peduncolo Rosso などの土着品種だけを栽培しています。

Emilio_bulfon.jpg 当主のエミリオ・ブルフォン(右写真)は、全てのワインに地元の教会に残る13世紀のモザイク画「最後の晩餐」をモチーフに自らデザインしたエチケッタを使用しています。

 この夜コスタンティーノが選んだのは、Piculìt Neri ピコリット・ネーリという土着品種100%のエキゾチックな赤ワイン。生き生きとしたブーケと若々しい味わいが印象的でした。
 
 数多くの日本人を迎え入れてきた親日家でもあるダニエラさんから、スローフード宮城に贈られたのが「Unione Ristoranti Buon Ricordo ブォンリコルド協会」がローマのレストラン用に製作している絵皿でした。

 Buon Ricordo( =伊語で「よき思い出」の意)とは、郷土料理の良さを食べる人に伝えたいという願いを込めて1964年に発足した団体です。およそ400年前、伊達 政宗の命を受けてローマに渡った家臣 支倉 常長の存在や、プンタレッラの特産化に取り組んでいる宮城とイタリアのご縁を意識したダニエラさんの心配りです。

decantare_costantino.jpg【photo】食談会の翌週催された宮城・ローマ交流倶楽部クリスマスパーティの席上、澱が出たオールド・ヴィンテージワインのデキャンタージュを実演するコスタンティーノ

 スローフード宮城の知人にワガママを言って本場の美味しいピッツォッケリを是非とも食べたいと事前に伝えていました。そこでダニエラさんにご用意頂いたのが、スローフード協会が「Cittàslow チッタスロー(スローシティ)」に指定しているソンドリオ県 テーリオで作られるMolino Tudori 製の乾燥パスタです。翌週行われた宮城・ローマ交流倶楽部のパーティでは、デキャンタージュの実演をご披露頂いたコスタンティーノいわく、この製造業者のピッツォッケリは大変美味しいとのこと。

 年越し蕎麦として頂こうかな、とも思いましたが、年末に訪れた鶴岡で、同市田川地区で作られるソバ粉100%の「鬼坂そば」を同小真木(こまぎ)にある「産直こまぎ」で入手、一家総出でご自宅脇のハウスで作業中の平田赤ねぎ生産組合 後藤 博組合長のもとを訪れて譲って頂いた収穫したての平田赤ねぎを薬味に頂きました。ピッツォッケリはそのうちチーズとバターで頂くとしましょう。

 イタリアン・クリナリー・ツアーズでは、これまで培ったプロの料理人やソムリエ対象の研修のノウハウを活かし、一般の日本人観光客がイタリアが誇るアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレやプロシュット類、オリーブオイルから200種以上あるブドウ品種から作られる多種多様なヴィーノなど、さまざまな伝統食材の生産現場を視察できる日帰りツアーやレストランでの料理講習などのイタリア本国で参加できるプログラムを用意し、日本における窓口を東京に設置しました。

pizzoccheri_valtelina.jpg ここぞとばかりにイタリアソムリエ協会AIS認定のソムリエに浴びせるマニアックな質問の内容から、イタリアワインに関する私の傾倒ぶりを見込まれ、コスタンティーノが「Carlo(→私のイタリア名)が次回トリノに来るのはいつだ? オレが車で小規模な素晴らしいカンティーナを案内するから必ず連絡をくれ」と言い出す始末。さて、どうなりますやら...

【photo】発祥地テーリオ製のピッツォッケリ
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イタリアン・クリナリー・ツアーズ日本窓口
Phone & Fax:03-3719-7161
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2009/12/23

io sono shozzurista ショッツリスト宣言

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地域資源こそ活性化の切り札
 男鹿・イタリア魚醤フォーラム2009

 11月22日(日)、秋田県男鹿市で伝統的な魚醤「しょっつる」で男鹿地域に活力を与えようという催しが行われました。県内外はもちろんのこと、イタリアと韓国からのゲストを含めて150名以上が参加して行われたこの催しを主催した「男鹿半島まるごと博物館協議会」は、男鹿地域の活性化を目指して地元に光を当てようと圏域の観光・商工団体・NPOらで今年3月に組織された団体です。

 同協議会では、内閣府が推進する「地方の元気再生事業」に採択された「男鹿半島『神の魚ハタハタ・地魚』復活プロジェクト」で、ハタハタをはじめとするアジ・イワシ・コウナゴなど男鹿の豊かな水産資源を起爆剤とした複合的な地域活性化に取り組んでいます。ここ一ヶ月間で彼らが仕掛けたハタハタとしょっつるに関する催しが立て続けに行われています。

 「おら家(え)のしょっつる料理博覧会」が行われたのが12月13日(日)。一口にしょっつると言っても使う魚の種類やその部位など、製法や熟成期間によって、さまざまな味があることが協議会による調査で改めて浮き彫りになっています。会場となった男鹿市脇元公民館には、仕込まれて44年を経たヴィンテージものなど多種多様な自家製しょっつるが集められ、興味深げに味見する来場者の姿が見られました。ハタハタを使う代表的な秋田の郷土料理「しょっつる鍋」と、しょっつるを使った伝統的な家庭料理「しょっつるなます」koushu_shotturu.jpg「ねりけもち」などに加え、新たな感覚を盛り込んだ創作料理、新旧あわせて15点ほどの紹介と試食も行われました。

 12月12日(土)・15日(火)の両日、男鹿市船川港の産直施設「かねがわ畑」で開催された「ハタハタしょっつる講習会」には各日30名が参加。男鹿地域で最もハタハタ漁が盛んな同市北浦在住で、自家製しょっつるを作り続けて40年というベテラン鎌田 妙子さん(75)が、熟練の技でしょっつる作りの手順を指南しました。自家製のしょっつる作りは初めてという参加者たちは、3年後の出来上がりを楽しみに旬のハタハタ10kgを仕込んだ樽を自宅に持ち帰りました。

 協議会がこうした一連の取り組みを仕掛ける背景には、かつて男鹿では当たり前のように見られた自家製のしょっつるを作る家庭が、現在確認されている限りにおいて、10世帯ほどしかなく、いずれも70歳以上の高齢者が作っているという現実があります。このままでは、伝統ある男鹿のしょっつる文化の多様性は数年後に失われてしまうに違いありません。

 tsugio_yamamoto.jpg hideki_sugiyama.jpg anna_ferrazzano.jpg 【photo】挨拶に立った男鹿半島まるごと博物館協議会 山本 次夫会長(左写真)とカンパーニャ州サレルノ県アンナ・フェラッツァーノ副知事(右写真)、冒頭の講演でショッツリスト宣言を発表する秋田県水産振興センター杉山 秀樹所長(中央写真)

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 こうした状況のもとで行われた「男鹿・イタリア魚醤フォーラム2009」のテーマは「魚醤文化の交流と、その利用法を探る」というもの。今や日本食はブームの域を超えて世界中へと広がりつつあり、もはや味付けのベースに醤油が欠かせない sushi、tempura、sukiyakiは世界共通語です。穀物から作られる現代の醤油のルーツと考えられる中国の醤(ひしお)は、魚や肉の動物タンパクから作られたもので、魚醤は醤油よりも歴史的には古いものです。中国で誕生した醤油を独自に発展させた醤油文化の本家を自認するニッポン人なら、そもそも魚醤が果たしてイタリアに存在するのか、いぶかしく思われる方もおいででしょう。

【photo】アンチョビやコラトゥーラに加工される地中海産カタクチイワシ。なかでもチェターラのイワシは形が小ぶりだという(右上写真)

secondo_squizzano.jpg rucia_di_mauro.jpg yukio_watanabe.jpg【photo】渡部 幸男男鹿市長の講演「男鹿の地域づくりについて」(右写真)セコンド・スクイッツァート チェターラ町長による講演「チェターラ市と魚醤」(左写真)父が創業したIASA s.r.l.を兄と共同経営するルチア・ディ・マウロさんの講演「チェターラの魚醤・コラトゥーラ」(中央写真)

 かつてイタリアには古代ローマ時代に広く使われた魚醤「Garum ガルム」が存在しました。帝政ローマ初期、初代皇帝アウグストゥスから二代ティベリウスの治世に美食家として鳴らしたApiciusアピキウスの料理本「De Re Coquinaria デ・レ・コンクイナリア」には、ギリシャ発祥とされる万能調味料ガルムに関する記述が残されています。紀元前8世紀から南部沿岸やシチリアを足がかりにイタリアへの入植を進めたギリシャ人は、カタクチイワシなどから作る魚醤の製造法をもたらしていたのです。ローマ帝国の滅亡とともに忘れ去られたガルムは、13世紀に「Colatura コラトゥーラ」と名前を変えて復活します。

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【photo】講演を終え、男鹿・チェターラ相互に贈り物の交換。男鹿には海洋都市ならではのイルカがモチーフとなったチェターラの紋章入りプレートが、イタリア側にはナマハゲの面と写真集が贈られ、大喜びのチェターラ市長とサレルノ県副知事(左写真) 魚醤の町という共通点を生かして今後も交流を続けることを誓い、固い握手を交わす両首長

 第二次大戦後、いち早く復興を遂げたイタリア北部・中部と比べて所得水準が低かった南イタリアの小さな漁村でも、1980年代以降はコラトゥーラを貧しさの象徴と考える風潮が広まり、16世紀まで遡るチェターラの魚醤を作る人がいなくなって、20年ほど前に一度は途絶えます。風前の灯火である男鹿の自家製しょっつると同じ状況が20年前にイタリアでも起こっていたのです。歴史ある魚醤コラトゥーラが人々の記憶から薄れかけた頃、21世紀に入って南イタリア・サレルノ県のアマルフィ海岸にある小さな漁村「Cetara チェターラ」で再び蘇ります。

Cetaramare.jpg【photo】今ではコラトゥーラの町としてイタリアで広く認知されるチェターラ。古代ローマ時代の魚醤ガルムの流れを汲むコラトゥーラと並ぶ町のシンボルは、アラブやノルマンなどの外敵から町を守ってきた写真中央の「Torre di Cetara チェターラ塔」

 その推進役となったのが、現職に就任して3年目というセコンド・スクイッツァート町長や「Associazione Amici delle Alici di Cetara チェターラ・カタクチワシ協会」を2002年に立ち上げたピエトロ・ペッシェ(pesce=伊語で「魚」の意。名は体を表す!会長、地元のリストランテ「San Pietro サン・ピエトロ」のフランチェスコ・タンマーロ シェフら、チェターラ人のアイデンティティーともいうべきコラトゥーラに誇りを持つ人々でした。伝統的な食文化の復興という共通命題のもと、彼らは各人各様の役割を果たしました。

forum_gyosho.jpg【photo】秋田県立大谷口吉光教授がコーディネーターを務めた魚醤フォーラム「しょっつるで男鹿を元気に」。コラトゥーラを使った料理で観光客増に結び付け、町の活力を得た経験に基づき、魚醤復活に奔走したイタリア側メンバーから、しょっつるを地域おこしに役立てようと一歩を踏み出した男鹿の人々に向けて、力強いエールが送られた

 2003年、スローフード協会はコラトゥーラを伝統的な製法で作られる保護すべき食材「Presidio プレジディオ」に指定します。これが契機となり、それまでは過去の遺物として忘れ去られていたコラトゥーラがメディアを通して広く知られるようになります。紺碧の地中海から切り立った断崖沿いにまばゆい太陽が織りなす絶景が続く世界遺産の「Costiera Amalfitana アマルフィ海岸」にあって、静かな漁村チェターラを観光客が訪れることなど、20年前まではあり得なかったのです。

pietro_pesce.jpg【photo】チェターラ・カタクチワシ協会ピエトロ・ペッシェ会長

 ♪ Vide 'o mare quant'e bello! Spira tantu sentimento,...(美しい海よ! 私の感傷を誘う...)と自分のもとを去った恋人に切なく語りかけるカンツォーネの名曲「帰れソレントへ」。その舞台となった港町ソレントからサレルノまでのおよそ50kmは、切り立った断崖が続きます。その間に点在するポジターノやアマルフィといった宝石のように美しい海辺の町の影に隠れていた人口2,400人の小さな漁村が、現在ではコラトゥーラを使った料理を目当てに足を運ぶ観光客で賑わっています。

amici_cetara@terra_madre.jpg【photo】2006年10月に開催されたスローフード協会主催の「サローネ・デル・グスト」。プレジディオの一角にあった「チェーターラ・カタクチワシ協会」のブース。右から5人目が今回来日した現町長セコンド・スクイッツァート氏、4人目がコラトゥーラ料理を提供するリストランテ「サン・ピエトロ」シェフ、フランチェスコ・タンマーロ氏

 今回のフォーラムには、イタリアからコラトゥーラを通して地域おこしに成功したチェターラ町長と、サレルノ県アンナ・フェラッツァーノ副知事ら行政関係者、コラトゥーラ復活の仕掛け人であるチェターラ・カタクチワシ協会ピエトロ・ペッシェ会長、イタリア初の瓶入りツナのオイル漬を商品化する一方で、木樽による伝統的なコラトゥーラの製法を守る「IASA s.r.l.(=有限会社)」の女性生産者ルチア・ディ・マウロさん、コラトゥーラを積極的に取り入れたチェターラの郷土料理を提供して人気を集めるリストランテ「サン・ピエトロ」のフランチェスコ・タンマーロ シェフらが来日。「こんだに大勢のイタリアの人がんだが男鹿さ来てけで...(=こんな大勢のイタリアの人たちが男鹿に来てくれて...)」と地元は歓迎ムード。

prodcut_colatura.jpg【photo】日本の漬物と同じく重石で蓋をした木樽で塩漬けにして仕込まれる伝統的なコラトゥーラの製法。4ヶ月を経過するとこうして宙づりにされ、樽の底に穴をあけてコラトゥーラが一滴ずつ集められる

 迎える日本側は、男鹿半島まるごと博物館協議会の山本次夫会長、渡部幸男男鹿市長、チェターラとの交流のきっかけを作り、ハタハタと塩だけで作る伝統的なしょっつるを復活させた「諸井醸造所」諸井秀樹代表、「地産地消を進める会」代表を務める谷口吉光 秋田県立大教授、秋田で幅広く活躍する料理研究家・米本かおりさん、試食会でフランチェスコとのコラボで料理を振舞った秋田市のイタリアンレストラン「Osteria Arca オステリア・アルカ」の作左部史寿オーナーシェフら多彩な顔ぶれが揃いました。

colatura_cetara.jpg【photo】IASA社製のコラトゥーラ・ディ・アリーチ

 20世紀初頭にアンチョビの製造を始めたディ・マウロ家。漁師であった父が1969年に創業した現在の会社を兄と営むルチアさんによれば、チェターラがあるサレルノ湾近海では、3月から7月上旬にかけてカタクチイワシ漁が行われます。サレルノ湾のイワシは小型で、特有の味を醸しだします。気温の低い夜間に漁が行われ、生きたまま加工場に運ばれてくるイワシの頭と内臓を除いて塩漬けするアンチョビと基本的な製法は同じ。閉じ蓋に重石を乗せた「Terzigno テルツィーニョ」という名の木製の樽で熟成させると、次第に液体が遊離してきます。木樽を使うことで独特の香りがコラトゥーラに移り、複雑味が加わります。仕込んでおよそ5ヶ月を経過した10月末から11月にかけて、樽の底に「avrialeアヴリアーレ」と呼ばれる道具で穴をあけ、したたり落ちる濃い琥珀色の液体を一滴ずつビンに集めます。100kgのイワシから10ℓのコラトゥーラが作られます。

    【コラトゥーラ作りの模様をまとめた動画
    

 このようにして作られる薫り高い調味料「Colatura di alici コラトゥーラ・ディ・アリーチ 」は、サラダや野菜の煮込みから魚料理、パスタ料理に至るまで、幅広く用いられてきました。カトリック教国イタリアでは、救世主の誕生を待ちわびる待降節の最後の晩には、伝統的に肉食を慎み、魚を食べる習慣があります。チェターラではクリスマスイブの晩餐に用いる特別な贈り物としてもコラトゥーラが珍重されてきました。午前中のフォーラムでは、一度は失われたコラトゥーラをいかにして地域活性化に結びつけたのか、自身の体験をもとにセコンド・スクイッツァート町長は成功のカギとして4つのポイントを挙げました。

● 原料となるイワシ漁に携わる漁師の暮らしを守ること
● コラトゥーラの製造者が品質にこだわった良いものを作ること
● 料飲店の協力を得てコラトゥーラを料理に取り入れ、人々に良さを理解してもらうこと
● マスメディアと連携して多くの人々にコラトゥーラの町チェターラを知らしめること


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 チェターラは世界的に知名度の高いアマルフィ海岸という絶好のロケーションにあります。加えて近くに人口15万人のサレルノ、105万人のナポリといった大きな都市があったため、多くの観光客を引き寄せることができました。一方でスクイッツァート町長は、共通の目標に向かって歩調を揃えるのが苦手なイタリアの国民性を克服する必要性を課題として挙げました。地域ごと独立した都市国家として競い合った歴史が長く、統一国家としては150年に満たないイタリア。やることがバラバラで好き勝手な立ち振る舞いはイタリア人の専売特許です。対照的に巧みなプロモーションを繰り広げ、日本で確固とした地位を築いたボルドーワインは別格にしても、イタリアにも1934年に発足し、ハードチーズの王様として世界に冠たる名声を得たパルミジャーノ・レッジャーノの生産者組合「Consorzio del Formaggio Parmigiano-Reggiano パルミジャーノ・レッジャーノチーズ協会」の例だってあるのですから。 Forza(=頑張れ) Cetara,forza colatura!

mangiare_cucina.jpg 【photo】コラトゥーラを使った南イタリアらしい郷土料理とカンパーニャ州のヴィーノやリモンチェッロなどのリキュールが用意された試食会場

 魚醤を使ったチェターラ料理が用意された試食会では、参加者が用意された料理に舌鼓を打ちました。作佐部シェフによれば、青魚を用いるコラトゥーラのほうが、ハタハタを使うしょっつると比べてパンチが利いた味だといいます。イワシと並ぶチェターラの重要な漁業資源であるマグロのオイル漬けとアンチョビが前菜に用意され、サン・ピエトロのシェフ、フランチェスコ・タンマーロさんが作った耳のような形状をしたパスタ「オレキエッテ」は松の実と一緒にコラトゥーラとオイルでシンプルに味付けしてあります。ハタハタやイカなどの魚介をオリーブオイルで素揚げしたフリットもコラトゥーラで味付けして頂きました。由利本荘市から参加した吉尾 聖子さんは、普段はしょっつる鍋でしか用いない魚醤の幅広い使い方が面白かったと感想を述べ、JR東日本の奥村 聡子観光開発課長は、土産品としてのしょっつるの可能性にも期待を寄せたいと語りました。

orecchiette_colatura.jpg antipasti_iasa.jpg fritti_al_mare.jpg 【photo】日伊のシェフによる料理が並んだ饗宴より。コラトゥーラ風味のオレキエッテ(左写真)IASA社製のオイル漬マグロとアンチョビ(中央写真)ハタハタほか魚介のフリット(右写真)

 1969年から韓国の魚醤「ミョルチッチョ」を済州島で作る魚醤生産者でもあるジャーナリスト、キム・チン・ファ氏と同島のシーフードレストラン「真味名家」を営むカン・チャン・クン氏も会場に駆けつけ〈clicca qui〉、海と共にある三ヵ国の人々が、共通項である魚醤を通して活発な意見交換が行われたフォーラムの冒頭で、かつて県の水産技師当時にハタハタの全面禁漁の必要性を漁師たちに説いてまわった秋田県水産振興センター杉山 秀樹所長から発表されたのが「ショッツリスト宣言」でした。

 今回のフォーラムは、秋田の人々にとって主なしょっつるの用途であるハタハタを用いたしょっつる鍋だけではない、調味料としての汎用性の高さを知ってもらう狙いがありました。宣言には、先人の知恵の結晶であるしょっつるを愛し、世界各地の食文化・歴史と深いかかわりを持ちながら存在する魚醤文化の普遍性を知り、新たな発想を取り入れることで美味しさを再認識し、行政・漁業者・生産者・料理人・消費者が結束して地域固有の食遺産を継承してゆこうという、高い志と強い決意が込められていました。

moroi_compact (187x250).JPG 300名以上の申し込みがあったフォーラムの参加者150名には、催しを主催した男鹿半島まるごと博物館協議会から「Myしょっつる運動」への参加が呼びかけられました。諸井醸造所が製造する秋田県産ハタハタのみを使用し、通常の5倍にあたる10年熟成させた「十年熟仙」が入った携帯用の小瓶が希望者に配布されたのです。固定概念にとらわれず、自由な発想でさまざまな料理にしょっつるを使う事で、普及と利用拡大を目指すこの運動の趣旨に賛同して、私も一本バッグの中にしょっつるを忍ばせています。以来、さまざまな食事にシュッと吹きかけ、しょっつるとの相性を試したり、知り合いの手に吹きかけて本物の香りを体験してもらっています。

【photo】さまざまな食事に使って下さいと「Myしょっつる運動」への参加を呼びかけ、主催者から希望者に配布された携帯に便利な小型容器に入った諸井醸造所製の10年熟成しょっつる「十年熟仙」(手前中央)

 チェターラの人々が成し遂げた"コラトゥーラ・ルネッサンス"とでも呼ぶべき取り組みは、忘れられていた郷土の味に新たな角度から光を当てたものです。諸井醸造所の諸井 秀樹代表は午後のフォーラムで、もっと地元の人々がしょっつるを使い、自信を持つことの大切さを訴え、アドバイザーとして参加した渡辺 幸男男鹿市長は、地元の人々が自由な発想で付加価値をつけて外に発信することの大切さを痛感したと述べました。ひとかたならぬ郷土愛に裏打ちされたお国自慢にかけてはイタリア人の右に出る民族は稀でしょう。

 コラトゥーラを通して活力ある町作りに成功したチェターラのセコンド・スクイッツァート町長が「現在の男鹿を見ていると数年前の自分たちの姿を見ているようだ。成功を信じて頑張ってほしい」と会場に呼びかけると、会場を埋めるショッツリストたちは拍手で応え、実り多いフォーラムを締めくくりました。
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2009/10/10

奇跡のリンゴ part 2

リンゴ農家・木村 秋則さんの金言
「奥歯見せて笑える一生」

奇跡のリンゴ part 1 「大事なものは見えない 土も同じだ」 より続き

akinori_bondy1.jpg【photo】ボンディファームの収穫体験交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」に集まった参加者に語りかける木村秋則さん(写真右)

 鹿股国弘さんが自然農法で野菜を栽培する宮城県柴田郡村田町の「ボンディファーム」で行われた交流会「畑の真ん中で愛を叫びつつ、バーベキューパーティ」。私はそこに青森県弘前市でリンゴの自然栽培に取り組む木村秋則さんをお招きする交渉役を任されました。木村さんの携帯電話に何度か連絡を試みても応答がありません。極端な「供給< 需要」の図式を示すかのように、ご自宅の作業場にあるFAX機能付き電話機が全国から舞い込むリンゴの注文で鳴り止まない様子を見ているので、木村さんが電話にお出にならないことは判っていました。加えて最近では畑の見学や講演依頼が引きも切らないため、多忙を極めておいでです。ひょっとすると自然農法の指導で遠方に行っておいでかもしれません。用向きをお伝えするには、FAXか書面連絡のほうが確実かな?と思い始めた頃、木村さんから私の携帯に「ごめんなさい、何度か電話をもらっていたみたいで」とコールバックがありました。
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【photo】自然栽培による「奇跡のリンゴ」を苦難の果てに生み出したMr.ノリックは、左手に持つキュウリを真っ二つに折り、それを元通りにしてみせるとほくそ笑んだ。固唾を飲んで成り行きを見守る参加者たち(折れたキュウリを復元する超魔術にふさわしいBGMといえば、やはりコチラ !!)が次の瞬間目にしたのは...

 これぞまさしく"念ずれば通ず"と、安心するやら恐縮するやら。今回の催しの趣旨をお話しすると、ボンディファームにお越し頂くことを即座に快諾頂き、こちらが希望する日程に合わせられるようスケジュールを調整してみるという嬉しい返事が返ってきました。久々にお聞きする声は、相変わらず陽気な少ししゃがれ加減で「最近リンゴは家族に任せっきりで、母ちゃんに怒られちゃってさ。あっあっあっ・・・」と屈託なく笑うのでした。その乾いた高笑いは「奇跡のリンゴ」(幻冬舎刊)の著者、石川 拓治氏も指摘するように、H音が混じらずA音だけが連続するようにも聞こえる独特のものです。8月2日の朝、弘前から出ている高速バスで仙台までお越しいただき、私の車で畑までご案内することを約束して電話を切りました。

akinori_bondy3.jpg【photo】証人として私を指名した木村さんが、私を前に立たせてご自分が手で折ったキュウリにハンドパワーを送る。「奇跡のリンゴ」の次は、折ってもつながる=食べてもまた元通りになる「奇跡のキュウリ」で一大ブームが起きるのかしらん? という期待感が否応なく高まる。マギー司郎ばりの見事なオチがついた結末にふさわしいBGMはコチラ。その場のハラハラドキドキな臨場感を共有できるはず

 その後、何度か仙台に着くバスの時間を確認しようと木村さんの携帯に電話を入れましたが、またしても応答がありません。バスの発着場でお出迎えする立場としては一抹の不安を感じつつ時間が経過してゆき、スケジュールの都合がついたかどうか確証が取れないうちに、鹿股さんは顧客筋に木村さんの招聘を前提に参加者を募り始めていました。そうして外堀が埋まってゆく中で板挟みの状況に置かれた私は「本当に大丈夫かな?」と思いつつも、律儀な木村さんがお引き受け頂いたのだから、何とか都合をつけて頂けると信じていました。典型的なO型性格の私は催し当日の朝ならバスで仙台に向かう木村さんと確実に連絡がとれるだろうと瀬踏みしていました。

akinori-macchina.jpg【photo】若い頃から機械好き、特にバイクや車の内燃機関に並々ならぬ関心を持っていた木村さんは、今でも愛車のエンジンチューンをご自身でこなしてしまう。案内役として木村さんの"羊の皮を被った狼"のような車に乗せて頂き、ボンディファームの畑を回る道すがら、互いが所有するやんちゃなクルマに関する談義で盛り上がった

 果たせるかな催し当日の朝に電話を入れると「村田ICを目指して東北道を車で移動中です」という予期せぬ答えが戻ってきました。バスで仙台までお越しになると仰られていた木村さんは、自家用車で村田町の畑に向かっていたのです。大鰐弘前ICから村田ICまでは331km、3時間45分を要する長い道のり。そういえば、最新刊の「すべては宇宙の采配」(東邦出版刊)では、かつてリンゴ農家としての収入が途絶えていた頃に、家計を支えるために木村さんが長距離トラックの運転手をしていたことが述べられていました。

 車で遠路お越し頂く木村さんをお待たせしないよう、午前11時にお迎えすると約束した村田ICには15分早く到着したものの、すでに青森ナンバーの濃いモスグリーンの車がそこに停まっていました。近くで煙草をくゆらせていた車好きでもある木村さんは、2年前に畑に乗りつけた私のAlfa Breraをご記憶だったらしく、「すぐに判りましたよ」と陽に焼けた笑顔で出迎えて下さいました。数箇所に分散しているボンディファームの畑では、10時過ぎから収穫体験が始まっているはずでした。事前に100名ぐらいの参加者数になりそうと聞いていた鹿股さんの自宅にまず伺い、そこに軽トラックで颯爽と登場した鹿股さんに先導されて皆さんが待つ畑へと急ぎました。そこには、予想をはるかに上回る130名もの人々が待ち受けていたのです。そこには知った顔もチラホラ。

akinori_bondy6.jpg【photo】BBQ会場は昨年ジャガイモ掘りを行ったボンディファームの畑。参加者にご挨拶される木村さん(中央後姿)

 ご家族で参加されておいでだったのは、「食WEB研究所」のブログサイト「プンタ君日記」で活躍中のフードライター、puntamamma さん。業務店との取引が多いボンディファームでは、イタリア・ラッツィオ州特産で冬が旬のプンタレッラのみならず、何種類もの西洋野菜を手掛けています。この日バーベキューが行われた畑では、伊語でcarciofo カルチョーフォ(単数形)・carciofi(複数形)カルチョーフィと呼ばれるアーティチョーク(英語)が、別名「西洋アザミ」たるゆえんの握りこぶしほどもある大きな花clicca qui を咲かせていました。akinori_bondy7.jpgほかにも5月に行われた鳴子の米プロジェクト田植え交流会で互いに参加していることを知らぬまま、田んぼで鉢合わせした知人や、私のご近所にお住まいの野菜ソムリエさんなどに混じって、河北新報の女性記者が仕事を離れて参加していた一方、交流会を取材に来ていた大河原支局の若い記者や、佐藤村田町長ご夫妻の姿もお見かけしました。

【photo】自然農法を志した先達である木村さんをお招きし、多くの参加者で大盛況だった交流会の間、終始にこやかだった鹿股 国弘さん(写真右)

 鹿股さんの畑に集った参加者に拍手で迎えられた木村さんは、食物連鎖が行われる自然環境にあっては、決して害虫は多くはないこと。むしろ農薬を使用すると、自然の生態系が崩れて悪さをする虫が増えること。野菜が育つ力を持続して引き出すには、完熟堆肥を有効に活用することなど、30年以上実践してきた自然農法について語り始めました。蔓から採ったばかりの一本のキュウリを手にした木村さんは「手品をお目にかけます」と言って、真ん中からキュウリを折りました。折れたキュウリを元通りにくっつけてみせるというのです。木村さんは私を証人に立てて10秒ほど折れ目を合わせて何やら念じる素振りをみせました。息を飲んでMr.ノリックの手元に視線を送る衆人環視のもと片方の手を放すと、akinori_bondy4.jpgアラ不思議、折れたはずのキュウリが、元の姿に戻ったかと思うや否や、ポロッと落ちてしまいました。丸い眼鏡をかけてアハハと頭をかくその人が、一瞬マギー司郎に重なって見えましたが、木村さん曰く収穫したてのキュウリならば、誰でもこうして復元可能なのだとか。

【photo】佐藤英雄村田町長(写真左から2人め)ら参加者と懇談する木村さん

 当初想定を超える参加人数となったため、午前中から仕込みに追われていた「エノテカ・イル・チルコロ」吉田シェフらの準備が整ったというので、バーベキュー会場となる畑に移動しました。吉田シェフにお勧めして店で使って頂いている庄内産山伏豚や、この日のために特別に格安で提供されたという村田町産仙台牛などがふんだんに用意されたバーベキュー会場では、参加者が車座になって木村さんと言葉を交わしました。冒頭ご挨拶に立たれた木村さんは、鹿股さんが自然栽培する梅の葉を手に語り始めました。葉にあいた小さな穴は、虫が葉を食べたのではなく、病気になった箇所を樹が自ら穴をあけて病気が広がらないようにしている自己防衛の証なのだと。

akinori_bondy5.jpg【photo】鹿股さんが栽培する梅の樹から取った葉を例に、葉にあいている穴は病原菌がついた場所を広げないようにする樹の防衛反応なのだと語り、植物が持っている能力の不思議を説く木村さん

 ボンディファームの鹿股さん同様、今回の催しのもう一人の主催者である「エノテカ・イル・チルコロ」の吉田シェフには、事前に歯の無い木村さんでも召し上がっていただける料理を用意してもらうようお願いしていました。リンゴ農家としての収入が完全に途絶えていた時代、生活のために弘前でキャバレーの客引きをしていた木村さんは、うっかり声を掛けた地元のヤクザに殴られて前歯を失って以降、奥歯以外の歯を失ってしまいました。そのためご自身が栽培したリンゴはすりおろして召し上がっているそうです。2年前に木村さんの畑でそのことを聞かされていましたが、こうした場で歯を失った顛末をご紹介しても差し支えないか逡巡しているうち、石川拓治氏が「奇跡のリンゴ」であっさりと明かしてしまって拍子抜けしたものです。

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【photo】今年も相変わらず美味しかったラタトゥイユと木村さんのためにご用意いただいたガスパッチョが好評だった Bouchon ブウションの日野シェフは焼肉でも活躍(左写真)。 ふんだんに振舞われた仙台牛と山伏豚に舌鼓を打つ参加者のため、ほとんど休む間もなく汗だくになりながら炭火の前に立ち続けたエノテカ・イル・チルコロの吉田シェフ(右写真)。お疲れさまでした

 炭火焼肉のファンタジスタこと、"nicuyachista​(ニクヤキスタ)"を自認する吉田シェフは、今年も助っ人として参加していたワインバー「Bouchon ブウション」の日野シェフに、木村さんにも味わって頂ける鹿股さんの野菜を使った料理clicca qui を作ってもらっていました。スペイン・アンダルシア地方の冷製野菜スープ「ガスパッチョ」と、昨年私がハマって今年もリクエストしていた「ラタトゥイユ(カポナータ)」の二品です。細かく砕いた生野菜にオリーブオイルを加えたガスパッチョや、パプリカやタマネギなどをくたくたに煮込んだラタトゥイユなら、木村さんにも美味しく召し上がって頂けそうでした。しかしながら木村さんは、食事もそこそこに参加者との語らいにほとんどの時間を過ごされておいででした。

akinori_bondy8.jpg【photo】木村さんの車の中でご自身の著作「リンゴが教えてくれたこと」にサインして頂いているところ

 BBQがひと段落したところで、場所を移して時間無制限の延長戦ともいうべき夜の部が設定されていました。鹿股さんが手配した蔵王のコテージで木村さんとの更なる懇談を通して絆を深めようというのです。木村さんが運転する車に乗せて頂き、鹿股さんの自宅に向かう道すがら、八戸で翌日午前中に用事があるので泊まらずに帰ると木村さんは仰いました。早朝に弘前を出ていらしたであろう木村さんをトンボ帰りさせてはお疲れになるだろうと思い、「まだ話し足りない様子の参加者もいるようなので、ご迷惑でなければ遠慮なくお泊りください」とお引き止めしました。それでいて、私自身は翌日人間ドックを控えていたので、夜の部には残念ながら参加できないのでした。

 後日伺った吉田シェフの話では、15名ほどが参加した木村さんとの深夜に及んだ語らいでは、農薬を使ってリンゴ栽培をしていた頃の話から、UFOに拉致された体験まで、話題は多岐に及んだそうです。主催者が用意した謝礼を受け取ることを頑なに固辞したまま、メンバーが目を覚ます前の早朝5時、木村さんはたまたま里帰りで青森にakinori-firma2.jpg帰省する予定だった参加者を伴って、八戸に向けて出発したそうです。

 お誘いしておきながらコテージにご一緒できない非礼を木村さんの車の中でお詫びしながら、ちゃっかり持参した木村さんの著書「リンゴが教えてくれたこと」(日本経済新聞出版社刊)に頂いたサインに記されていたのが、この「奥歯見せて笑える一生」という言葉です。木村さんはサインを求められた時に記す決まったフレーズはないのだそうです。木村さんが私に対してこの素敵な言葉を選んで下さった理由に思いを巡らせながら、私という一人のちっぽけな人間を育くんでくれる食べ物を生み出す大いなる自然と、それを作ってくれる熱い心を持った人がいることに感謝の気持ちを忘れず、せめて人間ドックを控えた夜だけでも摂生しようと心に誓ったのでした。

 今まさに本州を縦断している台風18号が、1991年の台風19号のように収穫直前のリンゴを落果させる強風を吹かせることがないことを祈りつつ...。


P.S. 木村さん、どうしても受け取って頂けなかった謝礼を青森まで送って頂いた同乗者がそっと愛車のダッシュボードに押し込んでおいたのを、もう発見されましたか?
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2009/03/22

スローフードフェスティバルin 庄内

【フェスティバル初日】
09年 スローフード全国大会
食の都庄内フェスタ

slow_food_festa.jpg 【photo】大会初日の会場となった庄内町響ホールでのパネルディスカッション

 去る3月7日(土)・8日(日)の二日間、山形県飽海郡庄内町と鶴岡市を会場に「スローフードフェスティバルin庄内」と銘打ち、「'09年スローフード全国大会 食の都庄内フェスタ」が行われました。主催はスローフードジャパンの国内47コンヴィヴィウム(=地方組織)のひとつスローフード山形と、山形在来作物研究会、庄内総合支庁、庄内地域2市3町と各農協、県漁協らで組織された食の都庄内フェスタ実行委員会。「待ってるからねー」を意味する庄内弁「待ってっさげのー『食の都庄内』スローフードの郷(さと)・発見!」をキャッチフレーズに催されたプログラムに参加しました。

Arcevia@alche06.JPG 【photo】2006年3月に開催された「地産地消とスローフードの祭典」の歓迎ディナーで。イタリア・マルケ州から訪れた食に関するプロフェッショナルからなる訪問団も絶賛したアル・ケッチァーノでの食事を終え、すっかり打ち解けたメンバー。美味しい料理と美酒は、いとも容易に国境を超える。左から4人目が若生会長

 スローフード運動発祥の地イタリアから数えて6番目の各国組織として、各地方組織の認証・調整役となる「スローフードジャパン」が2004年に発足して5年。同協会が特定非営利活動(NPO)法人化された昨年、宮崎で初の全国大会が開催されたのに続き、今年は大会の舞台を山形県庄内地方へと移しました。仙台に本部があるスローフードジャパンの若生裕俊会長とは、3年前に旧藤島町が主催した「地産地消とスローフードの祭典」で行われたトークショーで、コメンテーターとコーディネーター役としてご一緒しています。有機農業を通じた交流を行っているイタリアからの訪問団8名を交えて、全量を賄う精米や大豆加工品、およそ半数が地元産だという野菜類を使用した地産地消型の給食調理施設や生産現場を訪ねた後、アル・ケッチァーノで催された歓迎ディナーの席上、若生氏は「庄内にはスローフード運動が理想とする姿がすでに出来上がっている」とコメント。四季を通じて山海の素晴らしい食材に恵まれ、それぞれにストーリーがある在来種が数多く存在し、官民学さまざまな立ち位置の人が手を携えて質の高い地域の食文化を守り伝えているその地の魅力に圧倒されているようでした。日本のスローフード運動にとって、庄内は一度は訪れるべき「約束の地」でもあったのです。

Natsu_Shimamura@hibiki.jpg【photo】島村菜津さんの基調講演

 庄内町文化創造館「響ホール」が会場となった初日、ノンフィクション作家の島村菜津さんによる基調講演でフェスティバルは幕を開けました。著作「スローフードな人生」(新潮社刊)で日本に「スローフード」という言葉を紹介し、失われつつある特徴ある食材と生産者を守り、人同士の繋がりの大切さを普遍的な食を介して見直そうという運動の概念を根付かせる契機を作った島村さんの演題は「スローシティーで地域の活性化~食の都庄内への提言~」。私と同様、庄内の魅力に惹かれて何度もこの地を訪れているという島村さんは、毎年数ヶ月をイタリア各地で過ごしています。会場を埋めた230人あまりの聴衆を前にした講演では、1999年にイタリア・ウンブリア州Orvieto オルヴィエートから始まった「Cittàslow チッタスロー(=Slowcity スローシティ)」という運動が地域活性化の成功事例として紹介されました。

positano_al_mare.jpg【photo】絶景に見とれていると海にダイブしかねない高所恐怖症のドライバーには絶好のキモ試しにもなるサレルノ湾沿いのドライブ。岩肌にカラフルな住宅が張り付いたポジターノの町

 
 「スローなcittá (=「町」の伊語)」を意味するこの運動を提唱したパオロ・サトゥルニーニ氏は、トスカーナ州Greve in Chianti グレーヴェ・イン・キアンティ町長時代に、伝統的なワイン産地であるキアンティ地域の食文化を柱に、歴史遺産、景観、生活様式などの地域資産を対外的に発信することで、域外からの交流人口を増やし、地域の活性化に結び付けます。サトゥルニーニ氏は、彼の取り組みに賛同したスローフード協会のカルロ・ペトリーニ会長と共に、協会本部があるピエモンテ州Bra ブラと紺碧のサレルノ湾から立ち上がる急斜面の岩肌に営々と人々が切り拓いてきたレモン畑が点在するカンパーニア州logo_slowcity.jpgPositano ポジターノ、中部イタリアの先住民族エトルリア人の時代まで遡る気の遠くなるような歴史に彩られた崖上都市オルヴィエート、グレーヴェ・イン・キアンティの4つの街をCittàslowとして旗揚げしました。現在イタリア国内では50都市以上が登録するCittàslowスローシティのムーブメントは、イタリアのみならず、英国やドイツなど欧州14ヶ国と、豪州と韓国に広がりつつあります。

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【photo】パネルディスカッション「スローフードで地域に活力を」パネリスト(写真右より)宇生氏、齋藤 武氏、斎藤篤子氏、奥田氏 

 島村さんもアドバイザーとして加わった「スローフードで地域に活力を」と題するパネルディスカッションには、庄内の稲作農家・旅館業・飲食店・映画制作者という立場のパネリストが登場、山形大学農学部教授で山形在来作物研究会世話人の平 智氏のコーディネートのもとで、地域の魅力を発信するアプローチを探りました。冒頭、庄内映画村㈱代表取締役社長の宇生 雅明氏は、プロデュースした映画「おくりびと」のアカデミー賞受賞を祝う会場から喝采を浴びます。同賞にノミネートされた「たそがれ清兵衛」以降、庄内を舞台とする映画が立て続けに制作されていることを、宇生氏は人々の暮らしぶりを含めて、失われつつある日本の原風景が残る庄内が多くの映画人を惹き付けている点を指摘。松ヶ岡映画村資料館などにロケ地マップを手にした観光客が訪れている庄内には、今年、藤沢周平記念館が完成、新たな魅力が加わります。温海温泉の旅館つたや長兵衛の女将、斎藤 篤子さんは四季それぞれ食材に恵まれた庄内の郷土料理を宿泊客に提供し好評だといいます。鳥海山の裾野にあたる遊佐町白井新田の藤井地区にある棚田でコメ作りを行う鳥海山麓 齋藤農場の齋藤 武氏は、若い農業後継者らで有限責任事業組合「ままくぅ」を結成、在来の餅米「彦太郎糯(ひこたろうもち)」の復活に取り組んでいます。齋藤氏は都市生活者がお抱えの農家を持つことで、食べ物を身近かに感じ、相互に強い絆が生まれるよう提言しました。「食の都・庄内」の提唱者でもあるアル・ケッチァーノ奥田 政行シェフは、saitounoujyou@yuza.jpg 自身が実践してきた生産者の人となりを考えた物々交換に近い独自の食材調達法が、新たな人の輪を生み出していることを披瀝。2000年(平成12)の独立当初こそ素材集めに苦労したものの、店で使う食材の中で地元調達が不可能なパスタ用のデュラム小麦やオリーブオイルを除けば、庄内産の食材が9割に達していることを明かすと、会場からどよめきが起こりました。

【photo】鳥海山麓齋藤農場の棚田からは日本海が一望される。そこから海に沈む夕陽を眺めるのが好きだと語る齋藤氏

paolo_di_croce.jpg【photo】挨拶に立つスローフードインターナショナル国際事務局長パオロ・ディ・クローチェ氏

 会場にはかつて稲作に使用された農機具の展示コーナーのほか、米粉を使用した菓子や麺類の 試食コーナー 、地酒の販売ブースなど「庄内米ミュージアム」が設けられ、休憩時間には参加者が品定めする姿も見受けられました。午後はスローフード全国大会のプログラムが組まれ、スローフードインターナショナル国際事務局長パオロ・ディ・クローチェ氏の挨拶などの後、各地のコンヴィヴィウム代表による活動報告が行われました。「スローフードすぎなみTOKYO」と「スローフード横浜」の代表が食育に関する都市型スローフード運動の活動を紹介。昨年の全国大会が行われた宮崎のコンヴィヴィウムは、オリエンテーリング形式でさまざまな地元の食材を味わうスローフード祭りについて述べ、長崎のコンヴィヴィウムは日本で初めてプレジディオ認証を受けた「雲仙こぶ高菜」を取り巻く動きについて報告しました。活動事例報告の最後は、県下に130品目以上の存在が確認されている在来作物の研究と保護に取り組む山形在来作物研究会(略称:在作研)を代表して、在作研の江頭 宏昌准教授が登壇しました。在来作物は、特徴ある種の存在自体が貴重であるだけでなく、固有の調理法や栽培技術が受け継がれてきた知的財産そのもので、世代を超えて受け継がれてゆくべきであると訴えました。

 奥田シェフとは友人で、私とも知己の関係である江頭先生は、島村 菜津さんが初めてアル・ケッチァーノを訪れた時に偶然店に居合わせ、ご自身が研究テーマにしている温海カブの焼畑へと島村さんを案内して、山中に広がる庄内の焼畑文化について滔々と説明したのだそう。その出来事は、島村さんに強烈な印象を残したそうです。私もとあるご縁で島村さんと食卓を囲んだ経験があり、ミーハー根性丸出しで持参した「スローフードな人生」の初版本にしっかりサインを頂きました。食をめぐって数多くの出会いを経てきた私には、島村さんが基調講演の中で述べた「思いがけない人と人を繋ぐ超能力が食べ物にはある」という言葉に強く共感した初日となりました。

フェスティバル2日目レポートにつづく

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2008/12/13

皮から作るギョウザ教室

「仙台友の会」が伝える料理の心

 せんだい男女共同参画財団が主催する「エル・パークフォーラム2008」の一環として、11月29日(土)に「パパと一緒にランチ作り~皮から作るギョウザ教室」が行われました。有機リン系殺虫剤が混入した中国製冷凍ギョウザによる健康被害が発生、改めて食の安全に警鐘が鳴らされた2008年。比較的簡単に入手できる既製品の皮を使うのではなく、小麦粉から皮を作るところからギョウザ作りを教えて頂けるというので、娘と一緒に参加してみました。gyouza1.jpgデュラム・セモリナの生地に詰め物をしたパスタ、「Ravioli ラヴィオリ」や「Agnolotti アニョロッティ」「Tortellini トルテッリーニ」などに近しいギョウザには、ついシンパシーを感じてしまう前世イタリア人なのです。

 講習会の企画・運営に当たったのは、雑誌「婦人之友」の読者を中心に組織された「全国友の会」の仙台における地域組織「仙台友の会」の女性たち。青森県八戸市出身で日本初の女性ジャーナリストとなり、のちに婦人之友を創刊、学校法人「自由学園」を創設した羽仁 もと子の思想に賛同する約190名の会員によって、心豊かな暮らしを目指す会員相互の学習会や一般向けの講習会などが定期的に開かれています。当日会場となった仙台市青葉区一番町にあるエルパーク仙台「食のアトリエ」には、8組の親子が参加しました。そのうち父親が参加したのは3組。土曜日の催しだけに、主催者側はもっと多くの父親の参加を期待したはずです。土日でも仕事に追われるご同輩も少なくないとは思いますが、世代を超えて分かり合える食を通して子どもさんと触れ合う時間を持つことは、世の男性諸氏にとっても新鮮な発見があると思うだけに、ちょっと残念に思いました。

gyouza2.jpg【photo】会場となったエルパーク仙台「食のアトリエ」での講習の模様

 冷凍ギョウザに高濃度のメタミホドスが混入した事例以外にも、安さを売り物に市場を席巻する勢いだった中国産野菜で頻発した残留農薬や中国産乳製品と加工食品への化学物質メラミンの混入、三笠フーズによる事故米の不正転売、相次いだ食品への異物混入、廃業に追いやられた船場吉兆による使用済み食材の使い回しや産地偽装など、今年は食に関連するスキャンダルがイヤと言うほど頻発しました。昨年発覚したミートホープや不二家、赤福などによる不祥事に続いて食への不信が一層募った年だったという印象をお持ちの方が多いと思います。ずさんな衛生管理や悪質な偽装表示などで消費者が被害を受けた以上、食をあずかる自らの重責を忘れ、モラルが低下した企業の行いは糾弾されて然るべきです。これら一連の耳を疑う出来事からは、私たちの窺い知らぬところで命を支える食を取り巻く環境が、危うい不安だらけの状況に陥っている構図が浮かび上がってきます。

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【photo】講師の水野 幸さん

 「価格破壊」が、消費者から諸手を上げて歓迎された観のあるここ数年。地元スーパーの新聞折込チラシは勿論のこと、他地区の折込チラシまでもパソコン上でチェック可能な電子チラシにも入念に目を通す方が増えつつあるようです。"一円でも安いものを"とPCに向かう主婦(ときに主夫)の皆さんが、毎週のように目にしたのが、冷凍食品全品4割引というセールの見出しだったと思います。共働きの家庭が増える中、忙しい時間と家計をやりくりする上で、「レンジでチン」の手軽さと冷凍技術の進歩による商品ラインナップの充実が相まって、冷凍食品は年々消費を伸ばしてきました。

 「少しでも安いものを」という消費者ニーズの高まりに対し、原材料費など調達コストの効率化を迫られた供給側は、豊富で安い労働力に支えられた中国やタイなどアジア諸国に生産拠点を移すことで、低価格を実現させました。輸入量が最も多い中国製の冷凍食品は、過去10年で4万トンから20万トン余りと増加の一途を辿っています。昨年末から年初にかけて健康被害を引き起こした中国河北省にある「天洋食品」製のCO・OPブランド手作り餃子は、40個入り一袋の実勢価格が300円そこそこという低価格で店頭に並んでいたようです。天洋食品は最新鋭の生産設備を備えており、安全管理上の不備は認められないと中国側は事件発生当初から強調してきました。日本国内で農薬が混入された可能性を示唆するその主張は、中国国内でも同社製のギョウザで健康被害が出ていたことが8月に判明、脆くも崩れ去りました。過失による事故よりも、故意に混入させた可能性が強いとされる耳目を集めた事件の原因究明が待たれるところです。

【photo】力をかけずに軽く転がすだけの見事な手つきで娘に生地作りを指南する水野さん

gyouza4.jpg 問題となった冷凍ギョウザの国内への侵入を招いた水際での検疫体制に不備は無かったのでしょうか。全国の港湾・空港などに設置された31箇所の検疫所で働く食品衛生監視員は総勢330人あまり。食品衛生法の安全基準に沿って添付書類を審査の上、サンプル採取した食品について発ガン性物質の有無や基準値以上の農薬が残留していないかなどを検査します。平成19年度に検査を受けたのは20万件弱。通関の届出がなされた180万件に及ぶ輸入食品のうちの11%程度に過ぎません。法令違反が見つかり積み戻しや廃棄処分の措置がとられた事例は1,150件、届出件数全体の0.1%だといいます。全体の3割と届出件数が最も多く、違反も最多の376件と全体の32.7%に相当するのが中国産でした。

 供給は需要の上に成り立つ市場原理からすれば、ギョウザ事件は一概に中国側の非ばかりを責めるわけにはいきません。たとえ生産設備は最新鋭だとしても、農村部から低賃金で駆り出された中国人労働者には食べる人を思う気持ちなどないはず。BSEの不安が拭いきれないまま政治決断で輸入再開に踏み切った後も、危険部位の混入が幾度か報告されている米国産牛肉しかりで、海外に依存した価格の安い輸入食品ばかりを消費者が支持すれば、コストと手間をかけて確かな品質を維持しようとする国内の生産者は、ただ痩せ細ってゆくばかりです。本来私たちの食卓を支えてくれる善き隣人であるはずの国内の生産者や良心的な業者は、消費の減退と極端な価格下落傾向の中で喘いでいるのが実情です。食品スキャンダルが頻発する背景には、大切な家族の命を支える食べ物すら、作り手と食べ手が互いに顔の見えない関係にある輸入品に頼らざるを得ない日本の現実があります。悪徳業者がつけ入ったのは、食べ物をないがしろにし、目先の安さばかりに目を向けてきた消費者が増えた風潮にも一因があり、私たちはそのツケを払わされている気がしてなりません。

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 【photo】 麺棒を使って、いともたやすく生地ダマから丸く揃った皮を作る水野さん熟練の技

 皮肉な現象ですが、中国産冷凍ギョウザによる中毒事件の発生により、国内最大のニンニク生産地である青森産ニンニクの需要が業務用を中心に急増しています。卸値ベースで昨年比3割から5割高と価格が急騰、ニンニクの町として知られる田子町(たっこまち)では、収穫を間近かに控えたニンニクの盗難まで発生しました。価格の安さを武器に市場を席巻してきた中国産に押される形で、年々作付けを減らしている国内の農作物の例に漏れず、田子町でもニンニクの作付けは減少傾向にあります。昨年より作付け面積が減っていたため、逼迫する需要に応えられないジレンマにあるのだともいいます。40%に届かない食料自給率の向上の必要性は頭で理解していても、値段が安い輸入品を選んできた消費者が実際に国内製品を買い支えなければ、旱魃や病害虫の発生などの原因で輸入がストップした場合でも、放置された畑で急に自家調達に切り替えるわけにはゆかないのですから。

【photo】水野さんが講習会場に持参した馬遅伯昌さんが最初に著した「中国の家庭料理」(写真左・昭和32年刊)と昨年発行された最新刊の「馬家の家常菜譜」(写真右)

gyouza7.jpg 今回、手作りギョウザ教室の講師を務められたのは、83歳になる水野 幸(ゆき)さん。レシピのベースは、水野さんが長年に渡って愛用しているという中国料理研究家の馬遅伯昌(マーチーハクショウ)さんが1957年(昭和32)に著した「中国の家庭料理」で紹介した蒸餃子の調理法<前半click!><後半click!>です。馬遅伯昌さんは1917年(大正6)、中国ハルビンで実業家の家庭に生まれ、自由学園への留学を経て帰国後に結婚、1948年(昭和23)に再来日を果たします。戦中・戦後の激動の時代、不幸にして中国と日本の国交が途絶えた間も、両国の橋渡しをしようと、今日に至るまで20冊以上に及ぶ著作や講習などを通じて、中国家庭料理の普及に尽くされました。90歳を超えた今も次女の馬(マー)へれんさん、へれんさんの長女である馬衣真(マーイマ)さんの親子三代で料理研究家として活動を続けています。三人の共著として昨年発行された「馬家の家常菜譜」(婦人之友社刊)では、母から娘、娘から孫へと伝えられた家族を思う愛情に満ちた料理の心がそれぞれの言葉で語られています。

gyouza8.jpg【photo】無駄のない動きで生地を仕上げる水野さんには伊藤さん親子も見とれるばかり

 強力粉に熱湯を加えて、生地の表面が滑らかになるまで手ごねする水野さんの実演でいよいよ調理がスタートです。親子2組でひとつの調理台を使い、そこに一人ずつ仙台友の会の会員の方がサポートに付いて下さいました。ご一緒したのは、小学2年生の伊藤 杏樹ちゃんとお母さんの千春さん。最初は熱くないかと恐る恐るだった子どもたちも、粘土遊び感覚の作業に楽しそうに取り組みます。およそ5分も手ごねすると、もっちりとした触感に生地が仕上がります。濡れ布巾で包んで30分ほど生地を休ませる間に、中に詰める餡作りをしてしまいます。包丁を手に白菜やニラを刻み、調味料を加えて手で挽肉と練り合わせてゆきます。コツは「美味しくなーれ、美味しくなーれ」と念じることだそう。食べる人を思う愛情こそが、一番大切で欠かせない家庭料理の味付けになるのですね。

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 と、ここまで順調だったギョウザ作りの山場はそこから。細長く伸ばして直径4cm×厚さ3cmほどの大きさに刻んだ生地から、水野さんが麺棒を使って形の揃ったギョウザの皮を鮮やかな手つきで作り出すさまは、まるで魔法を見せられているかのよう。見よう見まねで生地の内側から外側に向けて麺棒を転がすものの、出来るのは不揃いないびつな形のものばかり。無理に形を整えようとすれば、皮が薄くなって破れてしまいます。ふぅ~、どうにもこうにも水野名人のようにはいきません。そりゃそうですよ、年季が全く違いますから・・・。

【photo】見よ、この見事なまでに形が不揃いな我ら大雑把なO型血液親子の迷作ギョウザ!!(笑)

 馬遅伯昌さんが馬へれんさんと馬衣真さんに伝えたのは、単に馬家に伝わる家庭料理の技術だけではありません。かつて自分がそう育てられたように、次世代にとって善き模範であるよう、たっぷりと愛情を込めて手作りした家庭の味を母から子へと受け継いでゆくこと。小さな頃から家庭で本物の味に親しんできた娘のへれんさんは、自ずと食の大切さを理解し、母を手本に研鑽を積んで身に付けたものを再び娘の衣真さんに伝えてゆきました。「人」を「良」くすると書く「食」という文字の意味を実践するかのように、悪戦苦闘しながらも和気藹々と皮作りに励む親子のもとを回りながら、お手本を披露する水野さん。その姿は、食べることを大切にしてきた馬家三世代の思いのように、尊いものであるように映りました。伊藤さん親子に寄り添って生地作りをしてみせる水野さんは、あたかも血の繋がった実のおばあちゃんのようですらありました。

 同じく手作りしたワカメスープが出来上がり、こんがりとギョウザがキツネ色に焼き上がったところで、お待ちかねの試食です。たとえ形はいびつでも、手のぬくもりが伝わるモチモチした香ばしいギョウザの味はまた格別です。伊藤さんとはお互いが作ったギョウザを交換して「美味しいですねー」と健闘を称え合いました。「ここで教わった手作りのギョウザをぜひ家庭でも作って下さいね」と仰られた水野さんの言葉を胸に家路に着いたのでした。

【photo】水野さんが作ったギョウザも試食。当然のことながらこちらも美味しかったぁ。

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【もちもち焼きギョウザ(30~40個分) 材料と分量】

①ボウルに粉を入れ熱湯を加え、箸で混ぜる。まとまってきたら滑らかになるまで良くこねる。濡れ布巾に包んで30分以上寝かせる。
②白菜をみじん切りにして、分量比1%の塩を振り、しばらく置いて水気をしぼる。(キャベツを使う場合は茹でる)
③挽肉、野菜、調味料をあわせて充分に練り混ぜる
④寝かせておいた生地を棒状にし、30~40個に切り分ける。
⑤打ち粉をした台の上で、手のひらで平らにつぶし、麺棒で7~8cm大の円形にする。
⑥皮が出来たら、具を載せてひだを取りながら包む。 ※閉じる際の水は不要
⑦熱した鍋に油を入れ、焦げ目がつくまで焼く
⑧熱湯をギョウザの半分くらい(1cm程度)まで注ぎ、蓋をして水分がなくなるまで蒸し焼きにする。
  タレは酢醤油、ごま油、七味唐辛子などを加え、お好みで
  水ギョウザ、蒸ギョウザの場合は、熱湯ではなく、水で練る

〈皮〉

  • 強力粉   2カップ(220g)

  • 熱湯  3/4カップ(150cc)

  • 打ち粉   薄力粉を適宜使用
  • 〈具〉

  • 豚挽肉  200g

  • 白菜   400g → キャベツでも可

  • ニラ  1/2把

  • 長ネギ   1/2本

  • ニンニク  小1ケ

  • ショウガ  小1ケ
  • 〈調味料〉

  • 酒  大さじ1 

  • 醤油  大さじ1

  • ごま油  大さじ1

  • 砂糖  小さじ1

  • 塩   小さじ 1/2弱


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    2008/10/27

    「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会【後編】

    小昼(こびる)で頂く農家の味

    【前編】 「作り手と食べ手を結ぶ収穫の喜び」 より続き

     食べ手である参加者が、生産者と心をひとつにして収穫作業を進めた「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会。あらかた刈り取られて丸坊主となった田んぼの一角に、手付かずのまま 3列×4株=12株の稲穂が残され、その上に広げた新聞紙が置いてあるのが目に留まりました。稲刈り作業を終えたところで、この日ご一緒したNPO法人「鳴子の米プロジェクト」のメンバーで、「朝市・夕市ネットワーク」の理事でもある仙台在住のフリーライターで旧知の間柄の小山(こやま)厚子さんに「何ですか?これは」と質問しました。

    2008.10.04kobiru1.jpg【photo】参加者が刈り取った田んぼの一角に残った12株の稲の意味を説明する小山 厚子さん(写真右)

     私の問いに小山さんは「これが私たちが一日に食べるご飯茶碗3杯分のコメです。一人の命を一日養うためには、ちょうど新聞紙を開いた大きさの田んぼのコメが必要なのです」と答えられました。なぁーるほど...。その日は九州で講演の仕事があって顔を見せなかった鳴子の米プロジェクトの総合プロデューサーで、民俗研究家の結城 登美雄氏に後日お会いする機会がありました。印象に残ったこのエピソードを切り出すと、どうやらこのシンボリックな演出は結城氏のアイデアだったことが窺えました。

    2008.10.04kobiru4.jpg【photo】参加者全員を前にコメと耕作地の尊さを説くNPO法人「鳴子の米プロジェクト」の上野理事長

     食生活の多様化によってコメ離れが進む昨今、一人の日本人が年間に消費するお米はおよそ60kg(「宮城米コメナビweb」より)。鳴子の米プロジェクトでは、一俵(60kg)当たりの米価を24,000円に設定しています。プロジェクトのシンボル「ゆきむすび」の予約購入者が一日に支払う対価は、一年の日数365で割るとはじき出されますが、その額は65.75円でしかありません。ご飯茶碗に盛られるご飯は、相撲部屋でもない限りは60g前後ゆえに、一膳のご飯に要する支出はおよそ24円となります。

     昨年3月に鳴子温泉郷で400人もが参加して行われた「鳴子の米発表会」の席上、茶碗1杯のご飯と並んで、1/4大の笹かまぼこ一切れ・イチゴ1粒・グリコのポッキー4本を載せた3枚の皿が展示されました。これは、一膳のご飯と同じ24円相当の食べ物を並べて、米価下落を受けて青息吐息の米作農家が作るコメの価値を再認識してもらおうという結城氏の発案によるものでした。「稲刈り交流会の参加者に分かりやすい例えで自分の命をつなぐコメと農地の大切さを実感してほしかったのさ」と、結城氏は私に語りました。食卓で新聞に目を通しながら食事を摂ることがあったなら、あなたの一日の糧(かて)となるコメを作るのに、手にした新聞を見開いた広さの水田が必要で、そこで俗に言う"八十八の手間をかけて"コメを作る人がいることを、どうか思い起こして下さい。
    2008.10.04kobiru3.jpg【photo】刈ったばかりの田んぼにビニールシートが敷かれた。作業が一段落したところで、そろそろ小昼の時間。おむすびをさまざまに味付けし、美しく盛り付けるのも、手際よく会場の準備を進めるのも、地元のお母さんたちだ

     落穂拾いを終える頃、農作業の合間に出される昼食、「小昼(こびる)」がお母さんたちの手で運ばれてきました。小昼を作って下さったのは、中川原地区のR108沿いにある産直「やまが旬の市」のお母さんたちです。朝方は雨よけに使われたビニールシートが刈り取った田んぼの中に敷き詰められました。手際よく小昼の準備が進む中で、残された12株の稲穂の前には、緋毛氈(ひもうせん)を敷いた台が設えられました。そこには昨年収穫された「ゆきむすび」を握ったおむすび三個と湯飲み茶碗に注がれたどぶろくが供えられました。交流会への参加者のみならず、駆けつけたお母さんたちにも集まるよう呼びかけた上野理事長が、残された稲穂の意味を説明し始めました。そこで私たちが稲刈りをした4アールの田んぼ一枚が、おおよそ一人の人間を一年間養うのに必要な広さであることが語られました。
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    【photo】自ら握った彩り豊かなおむすび(下写真)を手に、屈託のない飛び切りの笑顔を見せてくれた鬼首地区の産直「やまが旬の市」のお母さんたち。皆さんの手の温もりが伝わるふっくらとしたおむすびと、おもてなしの心が伝わる郷土料理は、どれをとっても美味しかったです。皆さん、ごちそうさまでした。2008.10.04kobiru7.jpg

     小泉政権下、お題目のように唱えられた「改革」の号令のもと、"攻めの農業"への転換を図るために「経営所得安定対策等大綱」が定められました。大綱の三本柱のひとつ「品目横断的経営安定対策」では、山間地など地域条件による緩和措置はあるにしても、北海道を除く本州以南では耕作面積が4ヘクタールに満たない農家と20ヘクタール以下の営農組織は、国から補助金を受けることができる農業の「担い手」と見なされなくなりました。全ての農家、品目別に補償制度を設けていたため、バラマキとの批判もあった従来の農政から食料生産の現場に競争原理を導入する一大転換だと農水省はこの施策を自画自賛します。税金の使い道に関する議論はさておき、国は税収不足を背景に、大多数を占める中小の農家への補助を打ち切る道を選びました。ちなみに鳴子地域にある620軒の農家の中で、担い手農家に該当するのは全体の1%に満たない6 軒だけに過ぎません。

    2008.10.04kobiru8.jpg【photo】自家製の漬物や野菜の煮しめなど、素朴な農家のおふくろの味が並ぶ

     耕土が限られる中山間地の農家は、もはや自活の道を探るしかありません。この日、稲刈り交流会が行われた後藤さんの圃場の周辺にも耕作放棄地が点在しているのを目にしました。地域住民の高齢化がこうした流れを加速させています。鳴子地域では、耕す人のいなくなった耕作放棄地がこの10年で4倍以上の70ヘクタールにも増えました。若い世代を含む参加者を迎えて行われた今回の交流会には、少しでも山間地におけるコメ作りに関心を持って欲しいという地域の切実な願いが込められています。寒冷な栽培環境にも適合し、用途が広く食味に優れた低アミロース米「ゆきむすび」は、鬼首地域の農家にとって、これからもコメ作りを続けていこうという希望の象徴でもあるのです。
    2008.10.04kobiru2.jpg
    【photo】「よっ!待ってました!!」47銘柄が参加した全国コンテスト「濃醇(のうじゅん)」の部で、優秀賞(第二位)の栄誉に輝いたどぶろく名人、鬼首ロッジの奥山料理長が持参したどぶろく 

     お母さんたちが運んできたのは、プロジェクトの発足を受けて、"自分が出来る形でプロジェクトに関わりたいから"と地元の桶職人が自発的に作ったというおむすび専用桶に入った彩り豊かなおむすびと、地域に伝わる煮しめや漬物など心尽くしの手料理の数々。稲刈りが始まったばかりで脱穀が間に合わず、今年度産の新米で握ったおむすびが用意できなかったことを初代プロジェクト代表の曽根 清さんは詫びましたが、モチモチした粘りのある食感が特徴のゆきむすびのおむすびは、収穫後一年を経ても十分に美味しいものでした。太陽が顔を見せたかと思うと、時おり雨が落ちてくる変わりやすい空模様でしたが、田んぼの中で頂く家々で受け継がれてきた郷土の味は、どこか懐かしさを覚えるものでした。何を隠そう、私が2008.10.04kobiru9.jpgこの日の稲刈り交流会に参加する大きな要因となったゆきむすびで仕込んだどぶろくを持参されたのは、稲刈りにも参加された鬼首ロッジの奥山料理長ご本人。ついお代わりをしてしまい、白昼から茶碗で3杯も呑んでしまいました(●^^●)

    【photo】気持ち良い秋晴れの空がようやく戻った。晴れがましい表情で挨拶に立ったお母さんの話を聞きながら、いつしかおむすび5個を平らげてしまった(右写真)。デスティネーション・キャンペーンのイメージビジュアルには、ゆきむすびのおにぎりが使われた。制作にまつわるエピソードを語る吉川 由美さん(下写真)
    2008.10.04kobiru12.jpg

     小昼では、自己紹介を兼ねて稲刈りの感想を参加者が述べ合いました。ゆきむすびの豆おむすびの写真がイメージポスターに使用された大型観光キャンペーン「仙台・宮城デスティネーション・キャンペーン」のポスター制作に関する裏話を披露されたのは、プロデューサー・演出家などのマルチな顔を持つ吉川 由美さん。昨年3月に現在の品種名が付くまでは、東北181号という系統名で呼ばれていたゆきむすび。その生みの親である古川農業試験場の総括研究員 永野 邦明氏は、この日小さな娘さんを連れて参加していました。永野氏は地域に希望を与え、多くの人の輪を生み出したコメの開発に携わった喜びを率直に語りました。今回の稲刈り交流会に先立ち、数日間を岩入地区の農家で過ごしたという大学生の参加者からは、山あいにある農家の暮らしを間近かに見ることができたことが大きな収穫だったとの声が聞かれました。鳴子の米プロジェクトがスタートから3年目にして、かくも2008.10.04kobiru11.jpg地元に深く根差した取り組みになっている背景には、この日もいつものように裏方として飛び回っていた大崎市鳴子総合支所 農業振興係の安部 祐輝さんの存在が大きいように私の目には映りました。

    【photo】東北181号(ゆきむすび)生みの親、古川農業試験場の総括研究員 永野 邦明氏

     先祖から受け継いだ土を耕す人々の意欲を呼び起こし、都市部で暮らす若者の心も捉えた鳴子の米プロジェクト。総合プロデューサーの結城氏を含め、「こんなことができないか」「こうすればもっと良くなる」と、地域の人々の夢は広がります。そんな熱い人たちと繋がっていたい私は、今後もゆきむすびを予約することでしょう。稲刈りで動かした体をほぐそうと鬼首温泉郷に向かう途中、刈り取りを待つばかりとなった穂波が広がる鬼首の中心部にあたる田野地区を通りかかりました。西の空に傾き始めた太陽から放たれる光の粒子によって、萌え立つかのように黄金色に染まった鬼首の大地がキラキラと光り輝いていました。

    2008.10.04kobiru13.jpg

    翌年の春に行われた交流会を含む田植えの模様はコチラをご参照願います。
    *************************************************************************
    ◆20年度産「ゆきむすび」の申し込み・問い合わせは-
     鳴子の米プロジェクト事務局(大崎市鳴子総合支所 観光農政課 内)へ
     TEL:0229-82-2026 FAX:0229-82-2533 
     e-mail:n-kanko@city.osaki.miyagi.jp
    21年度産新米からは、受付窓口をNPO法人事務局へ移行の予定)

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    2008/10/18

    「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会【前編】

    作り手と食べ手を結ぶ収穫の喜び

     10月4日(土)、宮城県大崎市の鳴子温泉一帯の中山間地域で、新たな米作りのあり方を模索する「鳴子の米プロジェクト」の稲刈り交流会が行われました。稲刈りが行われたのは、鳴子の温泉街から車でおよそ30分かかる鬼首(おにこうべ)地区でも更に15分ほど栗駒の山あいに分け入った最深部にある岩入(がにゅう)地区の後藤 錦信(かねのぶ)さんの田んぼです。今回の稲刈り交流会は、鳴子の米プロジェクトで作られる今年度産の「ゆきむすび」を予約している人に対して案内されました。交流会が行われる田んぼを所有する後藤さんには「宮城・オニコウベやさしい木道(こみち)づくりキャンペーン」実行委メンバーとしてお世話になっています。5月の田植え交流会には参加できなかったものの、一も二もなく家族で参加を申し込みました。

    2008.6.11ganyuu.jpg【photo】 後藤さんのお宅の前に広がる「ゆきむすび」の水田。栗駒山系の山々に囲まれた岩入地区の僅かな平場に水田が開墾されている。田植え後間もない6月(上)と収穫を控えた10月(下)の模様

      2008.10.11ganyuu.jpg 栗駒山系の荒雄岳山麓のブナ林の雪解け水が集まって、やがて一級河川「江合川」となる上流域「荒雄川」の清冽な水が流れ込む後藤さんの水田には、田植え後間もない6月11日に一度訪れていました。作付けされたばかりの早苗の間をおたまじゃくしが泳ぎ、カワトンボがヒラヒラと優雅に舞う光景に見とれたものです。その3日後にすぐ目と鼻の先を震源とする「岩手・宮城内陸地震」が発生し、岩入地区の水田では、畦が崩れたり、地割れで水が抜けるなどの被害が発生しました。8月の日照不足の影響で全国で唯一、米の作柄指数が「やや不良」だった宮城県でも、ひときわ耕作条件が厳しい山間地の鬼首の稲作農家にとって、災害を乗り越えて収穫の時を迎えたこの日は例年にも増して喜びもひとしおだったはずです。

    2008.06.11kawatombow.jpg【photo】 後藤さんの田んぼの畦に咲くシロツメクサに舞い降りたカワトンボ

     集合予定時刻の午前10時30分に後藤さんの田んぼに集った一行。その顔ぶれは、私を含めて今年収穫される鳴子の米こと、ゆきむすびを予約している仙台や秋田・神奈川、遠くは山口・佐賀などから参加した面々。受け入れ側はプロジェクトに参加している鬼首地区の数軒の稲作農家と大崎市鳴子総合支所などの交流会実行委メンバーら総勢70名ほど。ウチのように子連れで参加した家族と宮城大学 食産業学部や宮城県農業実践大学校に在籍する学生など、昨年より若い世代の参加者が増えたことを実行委の方たちは喜んでいました。

     鳴子の米プロジェクトは、国が農家から買い取るコメの価格を指す生産者米価の下落が続く中で採算割れに陥り、生産意欲を失っている米作農家を消費者が事前予約制による適正価格で直接買い支えようという試みです。この挑戦は、農業の担い手の高齢化と後継者難、離農により増加する耕作放棄地と限界集落など、閉塞状況にある中山間地域に活路を見出そうという民俗研究家の結城 登美雄氏の提唱で始まりました。農家が安心してコメ作りを続けられるよう設定された購入希望者が支払う1俵(60kg)当たり2万4千円(玄米5kg 2,000円・白米同 2,100円)という対価は、農家の手取額として採算ラインの1万8千円を確保するための2008.6.11ganyuu2.jpgものです。5年間維持されるその価格の一部は、次世代を担う若者を鳴子地域に受け入れるための社会基盤整備に充てられます。

    【photo】宮城内陸の最北部にある鬼首でも、秋田県境に近い最も奥部にあたる岩入地区。わずかに開けた平場の田んぼでコメ作りに希望を見出そうという試み「鳴子の米プロジェクト」が行われている

     山間地特有の寒冷な気候ゆえ、いかなる品種を試み、どんなに頑張っても美味しい米は出来ないと2年前までは言われてきた鬼首地区。実際に足をそこに運んでみると、山々に抱(いだ)かれた狭小な平場に水田が築かれていることが判ります。プロジェクト初年度から参画した「生産者の会」代表の曽根 清さんは「自分たちはこんなに美しい風景の中でコメ作りをしている」と語ります。清らかな荒雄川と青い山並み、丹念に手入れがされた田んぼが織り成す風景は、確かに美しいものです。しかし、そこには過酷な条件下で何世代にも渡って営々と続けられてきたコメ作りの労苦があったはずです。私にとって鬼首は、このような奥地でも米作りをしている人々がいることを忘れてはならないのだ、と胸に刻ませる場所となりました。
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    【photo】 稲刈り交流会の冒頭、挨拶に立つプロジェクト会議代表 上野 健夫さん

     「ササニシキ」「ひとめぼれ」を生んだ宮城県古川農業試験場で、収穫が早く耐病性・耐冷性と食味に秀でた品種として2001年(平成13)に開発されながら、当初は奨励品種として認められていなかった低アミロース米「東北181号」。2006年(平成18)、この寒冷地に適した新品種を試験的に作付けしたことから物語は始まりました。地域慣行の半分までに使用する農薬を抑え、収穫後は棒がけによる天日干しで乾燥させるという取り決めのもと、鬼首地区の上流域から順に岩入集落の曽根 清さん、寒湯(ぬるゆ)集落の高橋繁俊さん、中川原集落の高橋正幸さんの3人が、10アールの水田に東北181号の苗を植えつけました。

     プロジェクトのプロデューサーとなった結城氏の意向もあり、地元の旅館関係者や購入希望者を招き、田植えや稲刈り時に生産者との交流会を実施しています。安全で美味しい米作りを続けようという作り手が、食べ手と共に手をたずさえて日本人の食を支えようとしているのです。昨年「ゆきむすび」と命名されたこのコメは、命をつなぐ米作りを人任せにしないという決意のもと、3年目を迎えた今年、35軒の農家が10ヘクタールの水田でゆきむびの栽培に挑戦しました。新たな人の輪を広げている鳴子の米プロジェクトは、今や全国から注目を集めています。今週末の19日(日)、NHK仙台放送局が鳴子の米プロジェクトをモデルに製作されたドラマお米のなみだ」が16:45から全国放映されます。この日も各メディアが交流会の取材のために訪れていました。

    2008.10.11.sigsone.jpg【photo】 鎌の使い方を指南する曽根 清さん

     薄曇りの空模様が少し怪しくなってきたかと思う間もなく、にわか雨が降り出しました。大きなビニールシートで急場のテントをしつらえて、しばし雨宿り。四方を山に囲まれたそこは、変わりやすい山の天気なのでした。雨が小降りになったところでプロジェクトの世話役、大崎市鳴子総合支所の安部 祐輝さんの進行のもと、今年から鳴子の米プロジェクト会議の代表を務めている上野 健夫さんがご挨拶されました。そこで報告されたのが、従来は事務局を大崎市に置いていた鳴子の米プロジェクトが、10月1日にNPO法人として登録されたということ。今後は参加メンバーによる自主運営の道を探ってゆくのだそう。初年度から作付けをした3軒のうちの一人で前代表の曽根 清さんから鎌の扱いについて説明を受け、いよいよ稲刈りのスタートです。手刈りによる稲刈りは、私のホームグラウンド、鶴岡市を一望する櫛引地区の高台「たらのき代(だい)」で絵本作家の土田 義晴氏が10年来続けている「あーあー森 田んぼのお絵かき」で3年前の10月にやって以来。それでも体が覚えているのか、自分では手際良く刈れているつもりです。学校の実習で稲刈り体験をしたばかりの5年生の娘は、慣れた手つきで稲を刈ってゆきます。

    2008.10.11inekari.jpg【photo】 頭を垂れたゆきむすびの稲穂を夢中になって刈り進むうち、およそ4アールの田んぼの稲刈りは、心をひとつにした参加者の働きによって驚くほどのスピードではかどった

     鎌での稲刈りよりも難しいのは、刈った稲穂を束にして藁で結わえる作業。こればかりはなかなか上手く出来ないので、専ら"刈る人"に徹しました。70名もの人海戦術によって予定された区画の稲刈りは順調に進み、予定より早めに終了しました。最初は一生懸命に鎌を使って稲を刈っていた小さな子どもたちは、途中から虫かごを手にカエル採りに夢中です。カエルが生育できる減農薬栽培による環境下にある後藤さんの田んぼの土は、水を抜いてしばらく経つものの柔らかく健全なものでした。刈り取った稲は、垂直に立てた高さ2mほどの棒を芯にして、通気性を確保するため螺旋状に積み上げてミノムシのような形状に仕上げます。これは旧伊達藩の内陸部で盛んだった「棒がけ」と呼ばれる天日干しの方法です。2008.10.11bougake.jpgおよそ1ヶ月間、こうして自然乾燥させることでコメの味が違ってきます。作業の最後に安部さんの呼びかけで、参加者全員で落穂拾いをして、最後の一本まで無駄にすることなく大切な稲を棒がけにしました。

    【photo】 棒掛けによる自然乾燥は、鳴子の米プロジェクトに参加する農家全てが行う作業だ

     「この場所は稲を刈らずにそのままにしておいて下さい」との実行委からの指示で、田んぼの中に手付かずの一角が残されていました。そこには、鳴子の米プロジェクトと稲刈り交流会の実行委員のメンバーが、この日参加した人たちに伝えたい大切なメッセージが込められていたのです。
     それは次回【後編】「小昼(こびる)で頂く農家の味」にてご紹介します。

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    2008/08/03

    ボンディファームの夏野菜収穫

    灼熱の芋掘り&情熱野菜のBBQ @村田町

    【Photo】 ボンディファームの鹿股 国弘さん

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     宮城県南の村田町で自然環境循環型農業に取り組むボンディファームの鹿股 国弘さん(39歳)。宮城蔵王にほど近い粘土質の土壌が広がる畑で、9年前から無農薬・無化学肥料の野菜を育てています。農場の名前は学生時代に訪れた美しい農村風景が広がるブータン西部の農村「Bondey」から取ったもの。仙台の農家で2年間無農薬栽培と営農について学んだ後に就農、当初60アールだった畑は、他の耕作地から隔離された環境の水捌けが良い傾斜地を探して徐々に広げ、現在では9ヶ所合計120アールに広がりました。土作りを兼ねて平飼いしているニワトリの発酵鶏糞のほか、収穫した野菜の残滓や米ぬか、刈草の積み込み堆肥、草木灰などを肥料として使いますが、それも必要最小限に留めています。連作障害を避けるために年間およそ100品目もの果菜・葉菜・根菜・豆類を多品種少量生産で輪作し、土を疲れさせないように休耕期間を設けるなど、常に作物と対話しながら、村田の自然のサイクルの中で野菜作りを行っています。
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    【Photo】 手前からオクラ、ズッキーニ、カボチャが育つ鹿股さんの畑。一帯は粘土質土壌のため、水捌けのよい傾斜地を選ぶという 

     夏真っ盛りの今は、旺盛な雑草と害虫との戦いに明け暮れる毎日。今年は7月に雨が多く、カビや病気の発生にも心を砕いたと言います。朝採りした野菜は、安全で美味しい食品を求める個人客にその日のうちに宅配されます。ダイコンやカブ、ニンジン、白菜、カボチャといったお馴染みの野菜に加え、ズッキーニやアーティチョークといったポピュラーな西洋野菜、さらには日本では比較的入手が難しいコールラビやラディッキオ・ロッソ(=トレビス)などの栽培を委託された飲食店からの注文が増えているのだそう。食の安全を求める意識の浸透と、特色ある食材を求める飲食店が仙台圏を中心に口コミで増えたのです。およそ20軒にのぼる取引先の飲食店に届けるのため、収穫は早朝5時には始まります。就農希望bondeyfarm 003.jpgの研修生を受け入れているものの、基本的には鹿股さんがひとりで作付けから収穫までをこなすため、配達に振り分ける労力にはおのずと限界があります。そのため、現在は原則として新規取引を手控えているのだそう。

    【Photo】3種のナスを栽培する畑。隣りのビニールハウスや平飼いするニワトリの鶏舎のいずれもが、規模は決して大きくはない

     そんな鹿股さんの野菜をメインにしたふたつの企画にこの夏相次いで参加しました。今回ご紹介するのは、夏らしい陽気に恵まれた8月3日(日)、村田にある鹿股さんの畑で行われた「ボンディファームの夏野菜収穫&焼き奉行な仏伊シェフによるBBQ(バーベキュー)の饗宴(⇒勝手にネーミングしちゃいました)です。参加したのは鹿股さんの個人顧客や契約先のレストラン関係者とその顧客およそ40名あまり。そのほとんどが仙台からの参加者のようでした。小さな子ども連れの家族連れが多く、土と触れ合い、収穫の喜びに目を輝かせた子どもたちだけでなく、親世代にとっても、命を育む真っ当な食べ物がいかに作られているのかを知る機会でもありました。

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    【Photo】食べ頃になったスイートパプリカ

     午前10時に村田町の丘陵にある鹿股さんのお宅に集合した参加者一同。この日の昼食となるバーベキュー用の野菜の調達のため、さっそく畑へと向かいました。土作りに欠かせない肥料を卵とともに提供してくれるニワトリをケージから放す鹿股さん。バサバサと舞い上がるニワトリに嬌声を上げるお母さんたちと、生みたての卵の温かさに歓声を上げる子どもたち。桃太郎・中玉・ミニのトマト三種やクリームピーマン、スイートパプリカが育つビニールハウスへと案内されました。この日のために、鹿股さんが収穫せずに取っておいた果菜類は「好きなだけ採っていいですよ」とのこと。それならばと、早速かじり付いたトマトやスイートパプリカは、必要最小限の水を与え、凝縮した味に仕上がっていました。小さく未熟なうちの緑色からオレンジ色に色合いが変化したスイートパプリカの果肉は、もぎたてのフルーツのよう。

    bondeyfarm 006.jpg【Photo】ハウスの中で収穫した色鮮やかな夏野菜たち。白っぽいのがクリームピーマン、オレンジ色がスイートパプリカ、真っ赤に熟したトマト

     隣の区画では、水ナスに加え、丸ナスや白ナスが露地栽培されていました。「この土が不要な雑味を吸収してくれるんですよ」という鹿股さんに促されて、もぎたての水ナスや丸ナスに齧り付きます。私の本拠地・庄内で、自然界の多様な生物が生み出す生態環境によって、旨みを増すオーガニックな野菜や果物に畑で齧りつくことに何ら躊躇を覚えなくなって以来、畑で採ったばかりの野菜が一番美味しいことは織り込み済みです。 指で裂いたナスの果肉は、サクサクとした歯ごたえで、エグさは全くありません。なかでも丸ナスはリンゴのようなほのかな甘さすら感じさせ、サラダ感覚で食べられます。これには参加者一同ビックリした様子でした。

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     そこから鹿股さんが運転する軽トラックの荷台に分乗して少し離れた場所にある別の畑へ移動です。仙台市内では、まず体験できないであろう鍬(くわ)や鋤(すき)が積み込まれたオープンエアな軽トラの荷台に乗り込んだ子どもたちは、やんやの大はしゃぎ。荷台に同乗した親たちも童心に帰って楽しんでいました。コンパーチブルでライトウエイトな鹿股さんの農耕車に揺られていると、猛暑の収穫作業で火照った顔に受ける風と、四方から聞こえてくる蝉しぐれと野鳥のさえずりが心地よく感じられました。

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    【Photo】 いざ、芋掘りにレッツゴー!! 草いきれを胸いっぱいに吸い込みながらの爽快な田園ドライブ(上写真)
    結球部に養分を送る葉を虫に食べられてしまったコールラビ(左写真)。無農薬栽培にはこんな苦労が付き物。初夏から盛夏にかけては虫との闘いが待っている

     次なる収穫対象は、日当たりが良い南東斜面の畑で育つジャガ芋「北あかり」。籾殻が撒かれたフカフカの土に育つ鹿股さんの梅林に隣接する畑では、食用ホオズキやアーティチョーク、アスパラガス、モロヘイヤ、トウモロコシなどが育っています。「無農薬栽培がいかに大変かをお見せしましょう」という鹿股さんに見せて頂いたのが、あらかた葉を虫に食べられてしまったコールラビでした。本来は葉の光合成によって養分を蓄えて直径10cm ほどまで肥大化する茎の根元の結球部を食用にする西洋野菜です。7月の不順な天候のもと発生した害虫の総攻撃によって、あえなく生育の途中で成長が止まり、出荷できなくなってしまったようです。こうした野菜も決して無駄にはせず、緑肥として活用されるはずです。

    bondeyfarm 013.jpg【Photo】次から次と土の中から現れるジャガイモに宝探し感覚の子どもたちは大喜び

     私たちのために掘り起こさずにいた長さ70mほどの1畝に北あかりは眠っているのでした。ゆうに30℃を越える気温のもと、噴き出す汗を拭いながら思い思いに散らばって土を掘り起こすと、ミミズがいるわいるわ。これこそ土が健康な証拠です。時おり登場するカエルやウニョウニョ系の虫たちに歓声を上げながらも、ゴロゴロと出てくるジャガイモ掘りに夢中になる子どもたち。炎天下で10分も芋掘りを続けると、どっと汗が噴き出してきます。大人が木陰に逃げ込んでも、子どもたちは至って元気。鋤を手にした鹿股さんのお父様にもお手伝いいただきながら、どうにか収穫を終えたのでした。
    bondeyfarm 014.jpg【Photo】 土の中にはミミズがいっぱい

     再び軽トラックで鹿股さんのお宅へ戻り、さきほど採ったばかりの野菜を水洗いしてバーベキューの準備が始まりました。そこで活躍したのが、鹿股さんの顧客でもある「Enoteca il Circolo エノテカ・イル・チルコロ」のスタッフ。店でも使用している上質な備長炭を持参し、鶏・豚・ラムチョップと3種の肉も調達した吉田 克則シェフが、ここでも炭火焼肉の担当です。ギラギラした日差しと炭火の遠赤外線効果で汗だくになりながら肉の火加減をみるニクヤキスタ。炭火で炙り焼きする肉を扱わせては、デル・ピエロやクリスティアーノ・ロナウドも到底かなわない(?)ファンタジスタはさすがに絵になります
    (⇒今さらヨイショかよ...(⌒▽⌒ゞ )。

     先ほど掘り出したばかりの北あかりも厚めのスライスでこんがりとグリルされたり、アルミホイルの蒸し焼きで登場です。塩とバターで頂くほっくりとした北あかり特有の口あたり。同じく収穫したての万願寺トウガラシやスイートパプリカは、吉田シェフbondeyfarm 021.jpg持参のバーニャカウダソースをつけて生のままガブリ。フレンチレストラン「Chef シェフ」の奥山ホールマネージャーや、この日採れたての白ナスと玉ネギ、中玉トマトで美味しいラタトゥイユを作って下さったワインバー併設のワインショップ「Bouchon ブウション」の日野シェフも参加しての、プロフェッショナルな料理人が饗宴する贅沢なBBQタイムとなりました。心地よい汗の後、お腹がいっぱいになった頃には、夏のギラギラした太陽が幾分傾き始めました。鬱蒼とした林の中からは延々と続くヒグラシの輪唱が聞こえてきます。けだるい夏の午後が、そうしてゆっくりと過ぎてゆくのでした。

    【Photo】酷暑にもめげず活躍するニクヤキスタこと吉田シェフ

     バーベキューで食べきれなかったこの日収穫した野菜は、会費制で参加したメンバーへのお土産となりました。鹿股さん、いろいろとお世話になりました。吉田シェフ始め料理を作って頂いた皆さん、ご馳走さまでした。そして炎天下の収穫に参加した皆さん、お疲れさまでした(⌒~⌒;)

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    2008/01/23

    宮城ブランド発信フェスティバル

    「地域ブランド」創出と発信に向けて

     昨年11月22日(木)に仙台市青葉区の勝山館を会場に「宮城ブランド発信フェスティバル」(主催:河北新報社)が開催されました。この催しは、今年10月から12月にかけて展開される「仙台・宮城デスティネーションキャンペーン」を控え、宮城の魅力創出と発信力強化のヒントを探る目的で開催したものです。当日は、宮城県内の行政・農林水産や商工関係諸団体・地域産品製造業・飲食業・観光関連業などの分野から150名の方々にご参加いただきました。

    kaijyou.jpg【PHOTO】行政・諸団体・メーカー・農家・飲食店・ブロガーなど、さまざまな顔ぶれが揃った宮城ブランド発信フェスティバル会場。テーブルごとの自己プレゼンテーションを終えたのち、和気藹々と名刺交換タイム 

    ここ数年、一部の大都市圏と地方の格差は広がるばかりです。地域おこしの先駆けとされる「一村一品運動」をかつて提唱したのは、大分県の平松知事でした。関サバ・関アジ・どんこ(シイタケ)・麦焼酎などはこの取り組みから生まれた地域ブランドのスターとして成長しました。平松知事の提唱からすでに四半世紀。300品目以上に及ぶ大分県内の地域ブランド品の年間生産高は1,400億円といわれています。地元を「どげんかせんといかん」という東国原宮崎県知事のトップセールスによる巧みなメディア戦略が世間の注目を集めたのは記憶に新しいところ。これは地域ブランドの魅力を発掘する眼力と発信力を持つことの重要性が、再認識された動きと捉えることができます。地方の生き残りをかけて激化する地域間競争のなか、地元に活力を与える "地域ブランド" が今求められているのです。

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    【PHOTO】パネリストお二人の経験に基づく示唆に富んだ提言がなされたトークセミナー「宮城ブランドの作り方」。コーディネーターはワタクシ庄内系イタリア人。"庄内系が宮城ブランドじゃミスキャストじゃん! " と自問自答しつつ、セミナーはいかなる展開をみせたか。詳しくは載録紙面で

     私が前世を過ごしたイタリアは、近世まで都市国家が群雄割拠する集合体でした。そのため、各地方の風土を色濃く反映した特色ある産品や文化遺産が今もイタリア全土に数多く残っています。イタリア人たちは誇りを込めて地元の素晴らしさを語ります。いわば地方が元気な地域ブランドの宝庫と言ってよいでしょう。ひるがえって現世で生を受けた宮城はどうか。全国区レベルで見たとき、"これが宮城ブランドだ! " といえるものがどれだけあるでしょう? 地域資源をいかに活かせば、原石は輝きを放つ宝石へと変わるのか? この問いかけから今回の催しはスタートしました。

     開催に先立ち、おのが姿を客観的に把握するため、「宮城ブランド」に関する現状認識を探る事前アンケートを実施しました。その結果をご紹介すると-

    Q1:宮城ブランドとして連想するものは?
    A:ササニシキ・ひとめぼれなどの宮城米 / 農産物・水産物などの一次産品の食材 / 牛タン / 食材王国みやぎ / 笹かまぼこ / ずんだ / 冷やし中華 / 萩の月 / 仙台 / 杜の都 / 伊達政宗 / 松島 / 三陸 / 光のページェント
    Q2:そのキーワードが浮かんだ理由は?
    A:(抜粋)
    • 米どころのイメージ。以前、県外にいた頃「宮城のコメはうまい」と刷り込まれた
    • 日本の食糧基地。長い時間をかけてブランド構築された良質な農林水産物
    • 農林水産物を用いた加工製品が豊富。食は生活の基本。常に身近かなもの
    • サンマ水揚げ日本一の気仙沼、寿司の町 塩釜。牡蠣・ホヤ・フカヒレなど海の幸
    • 食に限らず「素材」の良さ。一方で活かし方、活かせる人が決定的に不足している
    • 「食材王国みやぎ」。県産食材ブランド化の動きがあるが、流通現場の実際は?
    • 「杜の都」仙台が宮城全体のイメージ

    Q3:宮城ブランドの発信力を100点満点で評価すると、現状は何点?
     A:平均51点 (最高100点・最低10点)

    Q4:その点数をつけた理由は?
     A:◇51点以上の方(抜粋)
    • 皆それぞれに頑張っているが、打ち出しの弱さと強力なリーダーシップが欠けている
    • 牛タン・笹かまぼこなど、多種多様だが、ポイントが分散している
    • 食に関してはまあまあだが、他には思い浮かばない。全国区におけるイメージの弱さ
    • 対外的に情報の発信量が少なく、幅も狭い。生産者視点での情報発信があってもよい
      ◇50点以下の方(抜粋)
    • よそでは「宮城」ではピンとこない。「仙台」ならば通じる。全国ブランドは笹かまぐらい
    • 原材料が非地場産...牛タン:米国・豪州/笹かま:外洋の白身魚/ずんだ:ほぼ輸入品
    • 素材の良さを充分伝えきれていない。物作りだけで、流通・販売に対応できていない
    • 作り手側・発信側の熱意や危機意識を感じない
    • 知名度のある「仙台」と「それ以外」という感じ

    kichoukouen-1.jpg 【PHOTO】町づくりにかける熱い情熱は郷土村上を愛すればこそ。「味匠 喜っ川」吉川 真嗣 専務の基調講演「新潟村上の鮭料理とまちづくり、そして地域ブランドづくり」

     この結果から、素材には恵まれているものの、米以外には全国区ブランドが少なく、いまひとつ顔が見えない宮城の現状が見て取れるのではないでしょうか。そこで地域資源を活かして地元活性化に結びつけた事例として、新潟県村上市の取り組みをお知らせしたいと私は考えました。鮭のまち村上については、当「あるもん探しの旅」で既にご紹介した通りです【Link to back number '07.11/18 '07.11/21 】。鮭と町屋・雛人形・屏風など、地元にあるものに光を当て、城下町の落ち着いた町並みを舞台にしたイベントで多くの人々を呼び寄せることに成功した村上の町づくり。その仕掛け人「味匠 喜っ川」の吉川 真嗣 専務に「新潟村上の鮭料理とまちづくり、そして地域ブランドづくり」と題する基調講演を頂きました。1 時間におよぶ講演の中で語られたのは、戦後一度は廃(すた)れかけた地域の伝統食「鮭料理」の復活にかけた真嗣氏の父・哲鮭氏の気概と継続することの大切さ。さらに当初は誰も価値を認めなかった町屋造りの商家や雛人形、城下町らしい黒塀の家並みなどに光を当てた真嗣氏の取り組みでした。喜っ川 伝統の「塩引き鮭」と真嗣氏が現代的な感覚を盛り込んで生み出した新製品「鮭の生ハム風味」を試食しながら、たった一人で行動を起こした吉川氏の「一歩前に出る勇気を持つこと」という言葉に背中を押された方が多かったように見受けました。

     さまざまな業種の方たちが一堂に会したこの集い。テーブルごとに各自60秒の持ち時間による自己プロフィール紹介をして頂きました。主催者としては、このフェスティバルが新たな人的ネットワーク構築のきっかけになれば、という思いがありました。そのため、なるべく多くの方と名刺交換をしていただけるよう、テーブル対抗で集めた名刺の枚数を競うアトラクションも実施しました。初対面同士で初めは硬かった各テーブルの雰囲気が和んだところで、第二部のトークセミナーへと移行、そこからは自作自演でコーディネーター役を私が務めました。「肩のこらない雰囲気で進めよう」という狙いから、旬の宮城県産食材を使ったお料理を召し上がって頂きながら進行したのですが、夜の集いということで、アルコールをお出ししたのが裏目に出ました。会場が一気に盛り上がった反面、どうも肝心のセミナーの内容が聞き取りにくかったようです。目の前のテーブルで場を盛り上げようとセミナーそっちのけで盛り上がる我が上司。これも宴席慣れした営業の悲しい性(サガ)とはいえ、主催者としては反省しております。m(_ _)m



    miwasan.jpgooshidasan.jpg【PHOTO】宮城の地域ブランド開発と発信に向けたヒントを語る ㈱FMS綜合研究所 代表取締役 三輪宏子 氏(左) とブレイントラスト アンド カンパニー㈱代表取締役 大志田 典明 氏(右)



    このトークセミナー「宮城ブランドの作り方」には、お二人のパネリストにご登場願いました。マーケティング・コンサルタントとして、東北地域の中小企業支援と店舗・ブランド開発に取り組んでおられるブレイントラスト アンド カンパニー㈱代表取締役社長 大志田 典明 氏と、宮城県などが出資し「食材王国みやぎ」の商品・流通開発を手がける㈱FMS綜合研究所 代表取締役社長 三輪 宏子 氏です。三輪氏が地元の人間が地場産品の良さに気付き、魅力を対外的に発信することの重要さを説く一方、大志田氏は伝統的な産品に時代のニーズに即応した付加価値をつけてキチンと魅力を発信する必要性をokumatsushimadisera.jpgアピール。ひとつの地域ブランドを生み出すには、生産者や加工業者・パッケージデザイン・流通・情報発信者など、さまざまな立場の人たちが横の連携を深めてこそ、対外的なブランド力が強化するとも指摘しました。三輪氏が手掛けたブランド「宵の奥松島」は、日頃は接点のない塩釜・石巻・東松島地域の農家や加工業者らがひとつのブランド作りという共通の目標に向かって取り組んだ成果なのです。

    【PHOTO】こだわりの宮城県産食材を統一ブランドで製品化した「宵の奥松島」。商品開発に関わった加工業者やササニシキ麺を店で提供する飲食店オーナーが壇上に招かれ、「地元の人たちにこそまず食べて欲しい」と紹介された

     当日の模様は同年12月20日(木)付 河北新報の載録紙面でお伝えしました。年末年始の繁忙期を挟んだために、当「あるもん探しの旅」で当日の模様をご紹介できるまでに二ヶ月もの時間が経過してしまいました。紙面を見逃した方にもご覧願いたい内容ですので、改めて載録紙面をここにアップします。

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