あるもの探しの旅

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2015/11/28

食の都 庄内 ~庄内平野の四季と恵み~

じ~んわり訪れたくなるプロモーション動画

 お堅いイメージが強かったお役所仕事の殻を破るような意表を突いた自治体のプロモーションビデオが、今年は話題を呼びました。

 宮崎県小林市に移住したフランス人男性が地元の魅力を流暢な方言で紹介する「ンダモシタン小林」、県内各地の温泉でシンクロナイズドスイミングを披露し、おんせん県をアピールする大分県「シンフロ」、関の孫六を代表格とする刀鍛冶の伝統を受け継ぐ刃物の町・岐阜県関市「もしものハナシ」などなど。

 山形県庄内総合支庁では、2004年(平成16)から「食の都庄内」事業を展開しています。前出の事例のようにインパクト勝負路線ではなく、心にしみる映像で庄内の食の魅力を10分ほどにまとめたプロモーション動画「食の都 庄内 ~庄内平野の四季と恵み~」を新たに公開しました。

YouTube_shoku_miyako=shonai.jpg【Photo】庄内屈指の夕陽ビュースポットが、酒田市松山地区の高台にある「眺海の森」。田植え前後の水ぬるむ季節。眼下を流れる最上川と日本海、そして水を張った水田が水鏡と化し、日本海に沈む夕陽が庄内平野を茜色の残照で染め上げる

 〝食の都〟といわれて庄イタが真っ先に思い浮かぶのはイタリア・ボローニャ。近隣のモデナやパルマからは、12年以上の熟成を経たアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ、ハードチーズの王様パルミジャーノ・レッジャーノクラテッロ・ディ・ジベッロを頂点にパルマハムなど、風味に秀でた食材が産出されます。そうした高級素材を生かした美味を味わえるボローニャは、総じて料理がおいしいイタリアでも、とりわけ美食の町として認知されています。

 世間一般には、フランスのリヨン、スペインのサン・セバスチャン、中国の広州なども食の都として名が挙がるでしょうか。味にうるさいイタリア人も舌を巻くほどハイレベルなイタリアンレストランが群雄割拠する東京にも世界各国の料理が揃っており、負けてはいないと仰る向きもおありでしょう。

creative-tsuruoka.jpg しかしながら、山紫水明の肥沃な大地から実に多彩な食材が季節ごとに揃い、地元の素材を生かした伝統的な郷土料理が味わえる点で、名実ともに食の都と呼ぶにふさわしいのが山形県庄内地方です。鶴岡市は日本で唯一、ユネスコの食文化創造都市として認定されています。

 春夏秋冬の移り変わりがはっきりとした気候風土。山・里・川・海の多彩な地勢。世代を超えて自家採種を繰り返しながら受け継がれてきた70品目を超える特色ある在来作物。個性豊かな作物と同様に魅力的な生産者。地元にある素材を縦横無尽に使用する料理人や加工業者。こうした人と風土と自然と伝統の連関が生み出す世にもまれな地域こそ、良質な水に恵まれた庄内地方なのです。

1-food053.jpg【Photo】鶴岡市羽黒町手向(とうげ)の宿坊や、羽黒山神社参籠所「斎館」では、出羽三山一帯で採れる旬の山菜や胡麻豆腐を伝統的な味付けで供する精進料理を食することができる(※冬期間も休まず営業・要予約:0235-62-2357)

繝ュ繧ウ繧呵オ、.jpg 山岳信仰の聖地・出羽三山を訪れる巡礼者を迎える宿坊では、餡かけ胡麻豆腐・ズイキ胡麻味噌和え・月山筍など、山伏が食する精進料理が振る舞われます。庄内ならではの行事食では、七福神の大黒天が嫁を迎えて年越しをする「大黒様のお歳夜(としや)」にあたる12月9日、二股の「まっか大根」と黒豆ご飯などの豆を用いたさまざまな料理と、ハタハタと豆腐の田楽焼きが各家庭の夕餉に並びます。

 Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅~では、一般公開に先駆けてご紹介した映画「よみがえりのレシピ」制作委員会と、在来作物をライフワークとする写真家・東海林晴哉さんの映像提供のもと、動画制作に携わったのは、ドキュメンタリー映画監督の渡辺智史さんが共同代表を務めるクリエーティブ集団「いでは堂」。
 

【Movie】プロモーション動画に登場する食の都庄内を支える食材を順に列挙すると・・・。孟宗筍、月山筍、だだちゃ豆、外内島キュウリ、民田ナス、早田ウリ、砂丘メロン、遊佐パプリカ、天然岩ガキ、刈屋梨、庄内柿、平田赤ネギ、温海カブ、藤沢カブ、酒造り@竹の露酒造、庄内おばこサワラ、寒鱈。 ほとんどがViaggio al Mondoで過去にご紹介してきた旬の逸品揃い

 ここで縷々述べるより、まずは動画をご覧ください。3分半のダイジェスト版もありますが、お勧めは10分におよぶ長尺バージョン。映像で庄内の魅力を知り、実際に彼の地を訪れ、懐が深い食の都庄内の神髄に迫られんことをお勧めします。
きっとあなたの人生が豊かになりますよ。

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2015/05/24

神通力ふたたび!? 鶴岡 後編

東京八丁堀・てんぷら小野@山形 鶴岡・井上農場

「神通力ふたたび!? 鶴岡 前編」より続き

 
「それにしても凄いタイミングで姿を現すね~。
 これから志村さんが、ここで天麩羅を揚げてくれるから、一緒にどう?

 鶴岡市街から北上して酒田を目指したはずが、突如気が変わって車を乗り付けた「井上農場」。小松菜を栽培するビニールハウス前に建つ交流施設「i 庵銘田(アイアンメイデン)」を掃除中だったご主人、井上馨さんの言葉通り、それはまさに千載一遇の機会だったのです。

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【Photo】収穫したトマトを手に交流施設「i 庵銘田」に集った井上ファミリー(全員にはあらず)。安全で美味しく健やかな未来を託す心強い担い手の皆さん

 井上農場をノーアポで訪れる場合、ご自宅を経由することなくビニールハウスに向かうことは、田植えや稲刈りの時季を除けば、まずありません。ところが、この日に限っては農場へ直行。するとそこで八丁堀「てんぷら小野」2代目、志村幸一郎さんが、井上家の皆さんのために天麩羅を揚げるというではありませんかっ!!!

 諸状況の変化により、震災後は鶴岡を訪れる頻度がめっきり減っている庄イタではありますが、志村さんの天麩羅を井上農場で頂いた経験は、過去にもありました。

Inoue_tenpura2012.7.jpg【Photo】2011年7月。井上農場で催されたガーデン天ぷらパーティのひとこま。仙台から両親と共に参加した中学生を相手に、堪能な英語を駆使してHow to cook delicious TEMPRAの極意をレクチャーする「てんぷら小野」2代目志村幸一郎さん

 最初は2011年(平成23)7月末。同年3月の震災発生で混乱を極め、その年初めて鶴岡を訪れる契機を作って下さったのが、井上さんでした。井上農場に志村さんをお招きして催すガーデン天ぷらパーティに誘っていただいたのです。

 それは井上さんが実践してきた〝顔の見える関係作り〟のための農業生産者と都市生活者の交流を目的に2013年4月に完成した交流施設の建設に向けて動き出していた頃のこと。会場は現在16棟あるビニールハウスの一角に資材やトラクターを置いているスペース。そこで志村さんが天麩羅を揚げるという趣向でした。

  1-tenpura_inoue2011.jpg tenpura_inoue-iwagaki.jpg 

【Photo】2011年7月。井上農場で催されたガーデン天ぷらパーティ用に持参した岩ガキを身剥きするヤマガタサンダンデロの土田学シェフ(上左写真)。 今も思い出すだにヨダレがジワ~っと滲み出すのは、志村さんがサックリ&ジューシーに揚げたこの岩ガキの天ぷら((上右写真) 八丁堀「てんぷら小野」では、細やかな気遣いの行き届いた天ぷらコースを堪能できる(下右写真)

shimura-hachobori_ono.jpg  日盛りの熱気が残る中、サクサク揚げたての熱々に舌鼓を打ったのは、鶴岡に帰省中だった「ヤマガタサンダンデロ」土田学シェフが剥き身にした旬の岩ガキ、井上農場の圃場を流れる農業用水路で捕獲し、汁物としてもこの日登場した活ドジョウ、生命力漲る庄内の夏野菜などなど。

 かねがね井上さんから噂には聞いていた八丁堀のお店にもその後お邪魔し、対面式カウンター席で頂く志村さんの細やかな気遣いが行き届いた天麩羅コースを堪能した翌年夏。再びお声掛け頂いた井上さんには早々に参加表明をし、勇んで鶴岡へと赴きました。

 会場となった井上農場のライスセンターに揃った顔ぶれは、鯉川酒造の佐藤一良代表、青嵐舎の篠清久さん育さん夫妻〈拙稿:2010.10「豊穣なる山の恵み」参照〉、雑誌クロワッサンで2007年から翌年にかけて28回の庄内の食にまつわる連載を担当した編集者の斎藤理子さんら。ところが、その中に肝心の志村幸一郎さんの姿はありません。

tempra_fes2012inoue.jpg【Photo】2012年8月。井上農場のライスセンターで開催された2回目。会の趣旨は〝天ぷらまつり@井上農場supported by Tempra Ono〟だったはずが、よもやの熱中症の発症により2代目は不在。そこで「Oh,No!」と叫ばずとも済んだのは、ヤマガタサンダンデロ 土田シェフ、東京駅グランスタ Yudero191 小林シェフらが急遽登板したがゆえ

 ひとりいらした奥様の志村茜さん(上写真右から2人目)によれば、鶴岡を訪れる前日、あろうことかご主人が熱中症を発症。大事には至らなかったものの、2代目の天麩羅はお預けとなる想定外の展開となったのです。そこで強力なピンチヒッターとして土田シェフが再び登場。人間万事塞翁が馬。

1-tomato3.jpg【Photo】井上農場の夏は樹熟トマトの旬。中玉トマトの収穫を行う代表井上馨さん、奥様の悦さん、長女佳奈子さん(写真左より)

 その後リベンジを果たすべく、八丁堀のお店に2度ほど伺ったのですが、i庵銘田のお披露目会など、井上農場で志村さんの天麩羅を頂く機会には、都合が折り合わず参加できずにいました。そこに巡ってきた願ってもない機会。日帰りで仙台に戻る予定は即刻変更。急きょお仲間に加えて頂き、会場となる交流施設に一泊することにしました。

 一宿一飯の恩義をお返しするためにも、これまでも幾度となくViaggio al Mondo-あるもん探しの旅でご紹介してきた井上農場について、改めてご紹介しましょう。

 〝家族に食べさせたい安全な農作物〟を理念に掲げる井上さん。月山3合目に源流を発し、修験者が水垢離をする祓川が、京田川と呼び名が変わってもなお生活排水の影響を受けない上流域の養分豊富な雪解け水を農業用水として使用します。土作りのために鹿児島から取り寄せるのが、JAS有機認証基準に沿った抗生物質を不投与の発酵鶏糞や有機肥料。

1-oyako.jpg【Photo】庄内平野が黄金色に染まる秋。井上農場では新米の収穫に忙しい季節。井上馨さんを挟んで、長男貴利さんと奥様

 慣行栽培の1/4以下に使用を抑えた除草剤などの農薬を極力使用せず、サトウキビの糖蜜や自然由来の有機肥料を葉面に散布するなど、〝食べた人が幸せを感じる〟ための手間を惜しみません。安全でおいしい農産物の生産に取り組んできた井上さんは、2011年に農林水産大臣賞を授与され、同年の山形県ベストアグリ賞にも輝いています。

1-kakouhin.jpg【Photo】〝家族に食べさせたい〟をコンセプトに作られる井上農場のお米と農産加工品の一部(上写真)。樹上で完熟してから収穫するトマトは大玉・中玉・ミニトマト各種を栽培(下写真は凝縮した酸味と甘味のバランスがよい品種ハニーエンジェル)。旬の美味しさをそのまま密封したレトルトパックやドライトマトにも加工する

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 そうして丹精込めて育てられる井上農場のお米は、(コシヒカリの数値を基準とする食味計や味度計で足切りを行うため、受賞銘柄がコシヒカリに偏在する傾向が顕著なコメ食味コンクールが、お米の美味しさの絶対評価だとは微塵も思わないことを前置きした上で)これまで「お米日本一コンテストinしずおか」や「東京〝粋な〟ごはんグランプリ」などで数々の栄誉に浴しています。

 こうしたコンテスト受賞米の多くは、精米5キロで5,000円以上の価格設定がなされます。井上農場のお米と出合った2003年(平成15)以降、価格は変動せず、我が家の定番となった「はえぬき」や「ひとめぼれ」は5キロ2,500円、「つや姫」や「コシヒカリ」でも3,000円台。昨今の消費低迷とコメ余りのスパイラルにより、生産者米価が低迷しています。いかなる時代にあっても、命を支える食料を作る人と食べる人が互いに支え合い、ともに顔が見える信頼に裏打ちされた関係性に勝る絆はありません。

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【Photo】昨年8月半ば、お米を購入するため井上さん宅へ伺うと、「ハイ、お土産❤」と佳奈子さんからお米と一緒に手渡されたのが、イチゴ箱入り樹熟トマト3種てんこ盛り詰め合わせ。ミニトマト「ラブリー藍」、薄皮で食べやすい「ピンキー」、生食でも極めて美味なれど、加熱すると甘味が増すため、オリーブオイルや少量のニンニクとともにソースにもなる「シシリアンルージュ」。... いつもスミマセン(^0^;

 生産調整(減反)対策で植え付けを始めた飼料用米を含むお米と並ぶ井上農場の屋台骨を支えるのが園芸作物。鶴岡市への合併前、藤島町時代から町を挙げて特産化に取り組んだのが完熟トマトです。井上農場の「樹熟トマト」は、「たかくんの茶豆」名で出荷される枝豆と共に夏の主力となります。前編で触れた小松菜は1年を通して生産しますが、とりわけ肉厚&ジューシーで美味しく感じるのは、ハウスの外が白銀と化す真冬です。

 現在の親子2代による生産体制が固まったのは、庄内農業高校を卒業してすぐの長男・貴利さんが就農した2000年(平成12年)。教師を志すも先代が病に倒れたため、若くして家業を継いだ馨さんが受け継いだ3haの水田を12haに拡大。併せて遠赤外線乾燥機を備えたライスセンターを建設。順次拡大した耕作地は現在30haにまで広がっています。

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【Photo】収穫後すぐに湯むきした樹熟トマトにグラニュー糖と微量のレモン果汁を加え、素材の味を活かしたトマトジャム。8年前に鶴岡旬菓処「福田屋」の協力のもと加工品第一弾として製品化(旧パッケージ・左写真) 昨年から庄内町の鯉川酒造に醸造を委託している井上農場産の特別栽培米つや姫を全量使用した純米吟醸「別嬪(Beppin)うすにごり」(右写真)

 収穫したコメの乾燥には、摂氏60度以上の熱風を循環させるタイプがかつては一般的でした。安心で美味しい農産物を心がける井上さんは、太陽光に含まれる遠赤外線で天日乾燥に近いコメの変質を防ぐ摂氏30度前後で最適な水分量に調整する機能を備えた乾燥機を導入。耕作地の拡大に対応すべく、2011年には、収穫後も品質を損なうことなく玄米を貯蔵できる低温保管施設を建設しました。

 惜し気もなく大吟醸酒を使用する贅沢極まりない「醤油の実」〈2011.6拙稿「銀しゃりには醤油の実のみ」参照〉やトマトジャムなどの加工品は、自家消費と一部顧客向けに出していました。長女の佳奈子さんが家業を本格的に手伝うようになった最近では、チョコレートをコーティングしたつや姫のポン菓子、ドライトマト(⇒イタリアで言うところのPomodori Secchiポモドーリセッキ)、ドライ小松菜、トマトのレトルトパック、甘酒など、六次化による新境地も開拓。

i-an-tempra1.jpg【Photo】井上農場の未来を担う元気いっぱいの子どもたちが見つめる中、i庵銘田で仕事を始めたてんぷら小野の志村幸一郎さんは、国際会議など海外での活動歴が少なくない。いかなる状況下でも見事に仕事を成し遂げることを実証する之図 その1

 そして酒販免許を取得し、昨年から取り組んだのが、仕込みに井上農場産つや姫を使用し、鯉川酒造に醸造を委託した純米吟醸うすにごり別嬪(Beppin)。鯉川酒造には、「スローフードジャパン燗酒コンテスト2014」お値打ち燗酒・熱燗部門で最高金賞受賞に輝いたコストパフォーマンスの高い「純米別嬪」があります。

 蔵元が得意とするぬる燗から常温で旨味が際立たせるコンセプトはそのままに、麹米が山田錦、もろみとなる掛米は雪化粧で精米歩合65%の別嬪とは異なり、Beppinの仕込みには井上農場産つや姫を使用し、うす濁りに仕上げられています。精米歩合50%の吟醸酒ですが、ぬる燗でもイケるのは、大吟醸古酒をフルボディの赤ワインの代役に仕立ててしまう鯉川さんらしいところ。

i-an-tempra2.jpg【Photo】今年の春リニューアルした致道博物館の食事処「汁けっちぁーの」を任された海藤道子さん(写真右)らも途中参加。国際派のMr.Koichiro Shimuraは、いかなる状況下でも見事に仕事を成し遂げることを実証する之図 その2

 ふとした気まぐれで井上農場に立ち寄ったその日、井上馨さんのご好意で同席させて頂いた宴には、Beppinが2本一升瓶で用意されていました。そこにお腹を空かせて勢揃いしたのが、農場の将来を担う内孫6人。中でもこの日を指折り楽しみにしていたのが、年長のここみちゃんでした。

 2年前の春、諸事情により平日の昼に開催されたため、庄イタは参加できなかったi庵銘田のお披露目会に駆けつけた志村夫妻。井上農場の子どもたちに食べてもらう天ぷらを別皿に確保したはずが、参加メンバーの胃袋にいつの間にか収まっていました。

i-an-tempra3.jpg【Photo】すぐ目の前で志村さんが揚げた天ぷらを、勢揃いした井上家の内孫6人が一心不乱に口に運ぶ。この日をとりわけ楽しみにしていたのが、前編で悦さんの近くを離れずにいた頃が懐かしい年長のここみちゃん(写真中央)

 学校から帰宅し、天ぷらがないことを知ったここみちゃんの落胆した表情が忘れられず、別件で鶴岡を訪れることになっていた志村さんが、子どもたちにお腹いっぱい天ぷらを食べてもらうため、この日が実現したのだそう。

 そんな心優しい志村さんが、手際良く天ぷらを揚げる様子を歓声を上げながら興味深そうに見守る子どもたち。大家族ならではの賑やかな宴は、こうして始まりました。ビールで口を潤してからBeppinで乾杯。そうこうするうち次々と揚がってきたのが、志村夫妻が鶴岡で見立てたフキノトウ、タラノメ、アイコといった山の幸。さらには、フグ、スルメイカ、ホタテなどの海の幸。

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【Photo】志村さんがi庵銘田で揚げて下さった天麩羅。ほろ苦くも香味のすがすがしさが口いっぱいに広がるフキノトウ(左写真) タラノメと烏賊(右写真) 

 1本目のBeppinが結構な早さで空こうとする頃、井上家の台所から鍋ごと届いたのが、奥様の悦さんが作って下さった鶴岡の郷土料理「孟宗汁」でした。井上家の孟宗汁を頂くのは、この日が初めて。庄イタが狂喜したことは申すまでもありません。孟宗筍を口にしてこそ、初めて春の訪れを実感するのが庄内人たる所以。

 ザク切りやいちょう切りにした朝採りの孟宗、厚揚げ(庄内では「油揚げ」と呼ぶ)、生椎茸の基本具材3点は外さず、白味噌仕立てにする孟宗汁。豚肉・酒粕の有無など家庭ごとの味が存在します。浅田真央さん流に言えば、メンタリティにおいてイタリアと庄内のハーフハーフである庄イタ宅でも、10年以上作り続けている孟宗汁には、我が家の味が確立しています。 

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【Photo】悦さんが鍋ごと届けて下さった井上家の孟宗汁(右写真)悪魔祓いを意味するScacciadiavoliは、1884年創業のモンテファルコ最古参の醸造所。伝統の地ブドウ「Sagrantinoサグランティーノ」で造られるモンテファルコ・サグランティーノは、知る人ぞ知る高い熟成能力を秘めた逸品(左写真) この夜、偶然の巡りあわせで、お流れを頂く幸運に恵まれたモンテファルコ・ロッソ2012(右写真)

 庄イタにとって棚からボタ餅のご馳走は、志村さんの天麩羅、Beppin、そして井上家の孟宗汁だけではありません。Beppinの横には「Montefalco Rossoモンテファルコ・ロッソ」とエチケッタに記されたヴィーノ・ロッソが鎮座していたのです。産地はイタリア・ウンブリア州ペルージャ県の名醸地モンテファルコゆえ、出元の察しはついていましたが、作り手は初めて目にする日本未上陸の「Colle Mora コッレ・モッラ」。

montefalco-sagrantino.jpg【Photo】長期熟成能力を備えたウンブリアの地ブドウ品種サグランティーノ。「悪魔祓い」を意味するScacciadiavoliのモンテファルコ・サグランティーノ2004は、飲み頃を迎えるまでセラーで熟成中

 井上さんに確認した出元は、カゴの鳥状態の庄イタに「いつでも泊まりに来て」と言ってくれているペルージャ在住のKishieThomasPlacidi夫妻。それはプラチディ夫妻のもとを訪れた共通の知人Fさんに託された井上さんへのお土産でした。モンテファルコにある醸造所では最古参のスカッチャディアヴォリの旗艦Montefalco Sagrantinoモンテファルコ・サグランティーノ2004をトーマスからプレゼントされた経験を持つ庄イタには願ってもない1本です。


 こうして期せずしてイタリアの緑の心臓と呼ばれるウンブリア州にあって、「Torgianoトルジャーノ」と並び称される名醸地のヴィーノ・ロッソのお流れにもありつけるという、4つ目の棚ボタにまで預かった次第。Volere è potere.まさに意志あるところに道は開ける。もはやこの引きの強さを神通力と呼ばずして、何と解釈すればよいのでしょう。

1-DSCF5483-002.jpg いつの間にか志村さんは、長男貴利さんの末娘ひなちゃんを肩車をして、名だたる究極のパフォーマー軍団のステージで登場しても喝采を浴びそうな立ち姿で天ぷらを揚げています(笑)。

 念願がかなってお腹いっぱい天ぷらを食べることができたここみちゃん達が自宅に戻ってからは、悦さんや地区の会合から戻った貴利さんもi庵銘田に合流。互いに信頼を寄せる大人たちの語らいの時は、いつ果てるでもなく夜は更けてゆくのでした。

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井上農場
住:鶴岡市渡前字白山前14
交流施設・ライスセンター所在地:鶴岡市渡前字山道東91
Phone / Fax : 0235-64-2805 (9:00~18:00)
URL:http://www11.ocn.ne.jp/~inoue-fm/
e-mail: order@inoue.farm
i 庵銘田には冷蔵庫や調理設備が一通り揃う。折り畳み式のシングルベッドがあるので、庄イタが震災以降実践しているように車に積み込んだ寝袋があれば、難なく宿泊も可能。(事前に申し出れば貸布団の手配も可)日帰り入浴施設「やまぶし温泉ゆぽか」と庄イタも入浴回数券を持っている「ぽっぽの湯」は、それぞれ車で10分以内の距離。
 何より魅力的なのは立地。i庵銘田は圃場のど真ん中に建つため、夏には生命力に満ちたトマトや畑の野菜を食することが可能。「朝はパン食~♪」なんていう野暮はやめて、井上農場のご飯を食したい。安息日を除いて毎朝行われるスタッフミーティングが行われる現場で味わう食事と時間に、真の豊かさを見い出すはず。なお、宿泊代は馨さんへの心づけとして一升瓶を持参(←庄イタの場合)

てんぷら小野
住:東京都中央区八丁堀2-15-5 第5三神ビル3F
Phone:03-3552-4600  土日祝定休
営:月曜 17:30~21:00L.O.
  火曜~金曜 昼11:30~14:00L.O.  夜17:30~21:00L.O.
URL:http://tempura-ono.com/?lang=ja


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2015/05/10

神通力ふたたび!? 鶴岡 前編

Road to 八丁堀・てんぷら小野@鶴岡

「神通力ふたたび!? 酒田編」より続き

 自動車に革命をもたらすとされ、Googleや内外の各メーカーが開発にしのぎを削る自動運転機能車。その実用化を待つまでもなく、目隠しのままで到着できるなどと大風呂敷は広げません。少なくとも断言できるのが、地図にもカーナビにも頼らずとも、庄内地方には辿り着き、欲するがまま駆け巡れるということです。

 雪解け水で笹濁りの赤川を遡上する「雪代鱒(ゆきしろます)」の別名を持つのがサクラマス。抱卵期ならではのプリプリ&トロトロな練乳さながらの岩ガキや、口細ガレイ、スルメイカが旬を迎えるのは夏の盛り。月光川や洗沢川などに母川回帰し、産卵を終えた鮭が一生を終える頃、最上川河口にはオオハクチョウが越冬のため飛来します。こうして季節が巡るごと、心もお腹も満たされる庄内へと心馳せる庄イタ。

shonaiheiya3751.jpg【Photo】宿坊が門前に並ぶ鶴岡市羽黒町手向(とうげ)付近。狩川方面の東田川から最上川を挟んで飽海(あくみ)の美田、さらに出羽富士の異名をもつ鳥海山まで広がる庄内平野を八咫烏(やたがらす)の目線で。彼の地へ惹かれる庄イタの衝動は、禁断症状が重症化する一方のイタリアに対する希求と同じく、もはや帰巣本能化している

 四季の表情が豊かで懐が深い食の都・庄内を巡るには、〝縦軸からの横展開〟が常道です。仙台から車をいつも利用する庄イタが推奨するこのセオリーは、「おいしい庄内空港」というドンピシャな愛称が昨年決まった庄内空港から庄内入りし、レンタカーで聖地巡礼をする方にも参考になるかと。行き先と目的によって、移動ルートは当然のこと使い分けるのが得策です。

 新庄から最上川左岸に沿って延びるのが国道47号。仙台から酒田以北を距離的に最短で結ぶのは、来年から待望の通年通行が可能となる国道347号鍋越峠を経由するこのルートです。現在の新庄市と戸沢村の境となる本合海(もとあいかい)から最上川を舟で下った松尾芭蕉が、羽黒山に詣でんがために上陸した立谷沢川との合流地点・清川に至ると、前方の視界が一気に開けてきます。

matsuyama-spa-kannonyu.jpg【Photo】最上峡から一気に視界が開けるのが清川から。清川橋を最上川右岸に渡ってすぐの高台にある一軒宿「松山温泉観音湯」からの庄内平野の眺望。強烈な局地風「清川だし」を逆手に取り、日本の風力発電の先駆けとなった大型風車が勢いよく回る。地平の果てに陽が暮れてゆく

 その地平こそ、藩制時代は米沢藩・新庄藩・上山藩・山形藩など、四方を山に囲まれた諸藩に分かれていた内陸部(最上・村山・置賜の三地域)とは、文化も、言葉も、気質も、全く異なる(⇒仕事で山形県内全市町村をくまなく回った経験則に基づく実感)藤沢周平の時代小説に登場する海坂藩のモデルとなった庄内地方への入口です。

 清川橋で最上川右岸に渡り、国道345号を北上するのは、作り手のたゆまぬ努力が、風土とあいまって素晴らしい味を生み出す平田赤葱や刈屋梨などの産地を目指す場合。

6075yuza-R345takase.jpg【Photo】田植えを終えて間もない水鏡に逆さ鳥海の姿が映る。国道345号線の遊佐町丸子付近。拙稿「香り米」(2009.8)冒頭にも登場した鳥海山のビューポイント

 対して最上左岸の国道47号を酒田まで直進するのは、新庄盆地から庄内平野に向かって最上峡から吹き出す局地風「清川だし」に背後から煽られるからではなく(笑)、現在の主要銘柄米の系図を遡ると源流にあたる品種「亀ノ尾」を選抜・育種した阿部亀治の遺徳に触れ、貴重な和辛子の原料となるカラシ菜の産地である庄内町の跡地区を通らんがため。

 鶴岡と酒田を行き来する場合、両市街地で信号機が多い国道7号を避ける傾向にある庄イタ。イタリア人だけでなく日本を訪れた外国人の多くが指摘するように、日本の道路には、やたらと信号機が設置されています。合理性を重んじる欧州人にとって、日本の都市部の道路は苦痛以外の何物でもありません〈※注〉

brera-hamanaca.jpg【Photo】遊佐町吹浦と鶴岡市湯野浜34kmの間に広がるクロマツ林は、冬の猛烈な北西風のため斜めに生育する。江戸中期以降の先人が、幾多の苦難を乗り越え、営々として植林を続けてきた努力の賜物。湿度が高い環境下において、山形内陸では頻発したエンジントラブルが、庄内では全く異常をきたさなかった〈2009.3拙稿「場の空気に関する一考察」参照〉alfa Breraを駆るにはもってこいの信号レスな国道112号。酒田市浜中にて

 山形自動車道と接続する日本海沿岸東北自動車道(略称:日沿道)の現在の終点は「酒田みなとIC」。仙台から高速を利用するこの時間的な最速ルートは、神泉の水や胴腹滝といった吹浦(ふくら)周辺の湧水スポットや、岩ガキを食するために秋田県境を越えて象潟(きさかた)を目指す場合に限られます。それほど沿道各地は、素通りするには勿体ない魅力に溢れています。

 日沿道が「あつみ温泉IC」まで延伸し、時間的に近くなった鼠ヶ関から、新潟県境を越えて国道345号沿いの景勝地「笹川流れ」まで足を延ばすのも一興かと。変化に富む海岸美と、澄みきった海水を薪火で煮詰めて作る珠玉の海水塩が待っています。

9406iwagachi.jpg【Photo】遊佐町吹浦から象潟(にかほ)にかけての岩礁のプランクトンが集まる滋養豊富な鳥海山の伏流水が海中に湧き出す周辺に群生する天然岩ガキ。事情通は豊かな森林に覆われた山が背後に迫る鼠ヶ関産が旨い、いや由良産も負けていないと熱く語る。いずれにしても産卵前のぷっくりとした剥きたてを頬張ると、至福の時を堪能できる

 世界一のクラゲ展示で人気の「加茂水族館」から湯野浜温泉を経てクロマツ林の中を行く国道112号の沿道に砂丘メロンの直売所が出る夏。酒田以北は道路事情が良い国道7号が海沿いの縦軸ルート。気温上昇とともに男鹿から遠征してくる「ババヘラ」<拙稿「トロける夏の誘惑 庄内編」(2009.8)参照>や、天候と時間帯によっては、西の空を染めて太陽が日本海の水平線に沈むドラマチックな光景と出合えます。

9327MuseoKenDomon.jpg【Photo】ライフワークの古寺巡礼やヒロシマなど、仏教の深い精神性とリアリズムを追求した酒田出身の世界的な写真家・土門拳の業績を展示する「土門拳記念館」(記念館内部は撮影不可。当画像の出典は山形県広報ライブラリーより)

 土門拳記念館がある酒田・飯盛山地区から出羽大橋を渡り、山居倉庫前の道をひたすら吹浦まで直進する県道353号「吹浦酒田線」も幾分道幅は狭いですが、海沿いのサブルートとして有効です。

 庄内平野の穀倉地帯を南北に貫く庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)は、月山と鳥海山がランドマークとなり眺望も良好。海側・山側いずれにも展開しやすくストップ・アンド・ゴーが少ない点は、JR陸羽西線狩川駅または清川駅付近から最上川右岸に移行して遊佐町吹浦まで北上するR345と並んで、庄内内陸部の縦軸としてお薦めします。

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【Photo】国道112号線「産直あぐり」の先、鶴岡市西荒屋の交差点を金峰山・青龍寺方向に左折。同市大宝寺から大鳥を経由し、「朝日スーパーライン」を越えて新潟県村上市に至る東日本で最も長い県道349号に。藤沢周平生誕之地と刻まれた石碑が残る高坂地区を挟んで母狩山・金峰山北側の谷定と滝沢地区から湯田川にかけては、孟宗筍の名産地。その旬に訪れた滝沢からは月山が一望のもと

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【Photo】国道112号線「産直あさひグー」がある鶴岡市落合交差点から、国指定重要無形民俗文化財黒川能で知られる黒川と、獅子踊りの里・藤島を経て酒田・遊佐方面へと延びる庄内東部広域農道(通称:庄内こばえちゃライン)。うららかな春風に菜の花が吹かれて揺れる春爛漫の陽気のもと、鳥海山を望む


 さて、前々回ご披露した神通力を酒田で発揮する前日。JR鶴岡駅にほど近く、仙台・山形間を往来するバスが発着する庄内交通バスターミナルに隣接する商業施設「S-MALLエスモール」に久方ぶりに寄りました。知らぬ間に立体駐車場が解体されていたこと以上に色めき立ったのが、販売元である精肉店クックミートマルヤマの店頭から消えて久しい「庄内カレー」が、食彩館に一袋だけあったこと。

 「おっ、いよいよ製造再開か!?」と庄イタが思ったのも無理からぬこと。3種類あった庄内カレーのうち、だだちゃ豆をはじめとする庄内産野菜と羽黒緬羊の旨味が響き合うキーマカレーは、まさに忘れ得ぬ味。

2015shonai-curry.jpg【Photo】2代目の奥さま絢子さんに「もう在庫はないので、残っているのなら私も欲しい」と言わしめた最後の1パックと思しき「山伏ポークこだわりトマトカレー」には、井上農場の樹熟トマトを使用(左)。以前にクックミートマルヤマで購入するも、勿体なくて食べられぬまま、今も庄イタ宅にあるキーマカレー(右)

 真相を確かめようと、このカレーを企画・製品化したクックミートマルヤマ2代目、丸山浩孝さんに電話しました。すると委託先の事情による製造再開の見通しは立っておらず、おそらく最終出荷分の残りではないか?とのこと。最後の1パックかもしれない7月末が賞味期限の庄内カレーは、こうして庄イタのものとなりました。〝残り物には福がある〟を地でゆく展開が、直後に待っていようとは露知らず。

 前編でご紹介した目的で酒田・本間家旧本邸に向かわんとS-MALLから酒田に移動するには、三川バイパスと国道7号線が距離的には最短ルートです。マニュアル車を乗り継いできた庄イタは、前述の通り混雑を避ける傾向にあります。16時30分の本間家旧本邸の最終入邸時刻までは余裕があったこともあり、日沿道ではなく、国道345号藤島バイパスと庄内こばえちゃラインを通るべく、三川橋で赤川を渡りました。

Inoue_farm20090125.jpg【Photo】鶴岡が大雪となった2009年1月末。降りやまぬ雪の中を訪れた井上農場のビニールハウスで、一年中で最も美味しい季節を迎えた小松菜の収穫を行っていた馨さん悦さんの井上夫妻を陣中見舞い(上)。作業中は石油ストーブで暖をとれるハウスの中で小松菜の収穫を行う馨さん(下左)。同年3月末、もはや大松菜と化した小松菜を手におどけてみせる悦さん(下右)

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 このルートを通ることが多いのは、庄イタ家では年間を通して定番となった「はえぬき」特別栽培米のほか、小松菜、トマト、商標権を有するJA鶴岡のエリア外ゆえ、だだちゃ豆とは名乗れないものの、品種は「白山」にほかならない「たかくんの茶豆」などの農産物をお世話になっている鶴岡市渡前「井上農場」があるがゆえ。

Inouefarm_2006.jpg【Photo】小松菜は春先にアブラナ科特有の黄色い花が咲く

 さらに現在、鶴岡では訪れる価値を見出せる唯一のイタリアン「穂波街道 緑のイスキア」〈2009.6拙稿参照〉が沿道にあるからでもあります。

 鶴岡ICから丙申堂への移動前、みどり町のクックミートマルヤマにも寄っていました。天下無敵の豚しゃぶ不動の主役「山伏ポーク」〈2014年7月拙稿参照〉のバラ肉を 、もとい脇を固めるのは、十三浜の肉厚ワカメ、平田赤葱、井上農場の小松菜。これはバイエルンのビール純粋令と同様の庄イタ家の絶対的な家訓です。

 平田赤葱は根付きのままで一冬分を酒田市飛鳥の後藤博さんのもとを訪れて購入するのが毎年の恒例。庭で冬を越した赤葱は、次第に固くなり始めていました。同様に寒中は肉厚で瑞々しさが際立つ井上さんの小松菜も、春の訪れとともに丈が伸びて薹(とう)が立ち、黄色い花を咲かせます。そんな旬を過ぎた小松菜を、井上さんは「大松菜」と呼びます。

 この日はクックミートの店頭で、しゃぶ用にスライスして頂くバラ肉を買い求めませんでした。何故なら春の訪れが早い今年は、肉以外の具材が旬を過ぎている可能性があったので。そのため赤川を越えて穂波街道を過ぎる頃までは酒田へ直行するつもりでいたのです。スタンレー鶴岡製作所の先に井上農場のビニールハウスが視界に入ってくるまでは。

alche-_zuppa-verde-komatsuna.jpg【Photo】井上農場の小松菜グリーンスープ。サザエまたはアサリでとったブロードで1cm大にザク切りした小松菜をさっと煮沸し、ミキサーに。濾した緑のスープに残りの小松菜を加え、煮立たぬよう加熱すると、目にも鮮やかな小松菜のスープの出来上がり(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 庭の赤葱の状態からして、冷しゃぶ以外の具材で山伏しゃぶを食せるのはラストチャンスと思われました。ならば自ら確かめるのが確実。夜10時まで営業しているクックミートには酒田から仙台に戻る途中で再び立ち寄ればOK。大抵の場合、井上さんには事前に電話を入れて欲しい産品と数量をお伝えし、ご自宅か納屋あるいは自前の精米施設を備えたライスセンターのいずれか指定された場所に伺います。

 なれどこの日はノーアポ。目的は小松菜の状態の確認でした。勝手知ったる栽培用ビニールハウスに直行しようと農場に車を乗り付けると、一昨年完成した交流施設「i 庵銘田(→アイアンメイデン(^0^)」にご主人・井上馨さんの姿がありました。その刹那、思い起こしたのが12年前の初夏のこと。

alche-peperoncino_verde.jpg【Photo】これはサラダにあらず。「井上農場の小松菜ほか山伏豚ベーコンのペペロンチーネ」。パスタ料理を任されていた土田シェフに夏バテ予防にとリクエストしたのが、この井上農場の小松菜と青トマトを含め、何種類入っているのか察しもつかない特盛り夏野菜の食感を活かした特別仕様ペペロンチーノ(ロケ地:アル・ケッチァーノ2008年8月)

 当時は本業以外に割く時間が、まだ少なかったアル・ケッチァーノ奥田シェフのもとで、井上さんの長女佳奈子さんがパティシェとして働いていました。(感覚と独自の理論が交錯するオーナーシェフの指導を直接仰いだ弟子は、知る限りにおいて実はそう多くはない) 佳奈子さんが愛車FIAT Panda141で出勤がてら毎朝届ける井上農場の樹熟トマトや小松菜は、2003年当時も店の欠かせない看板の一つでした。

 素材の生産現場を見てみたいと庄イタが言い出したある日のこと。夜の素材調達と仕込みとを優先した奥田シェフから、おおよその場所だけを聞き、ライスセンターの看板を目印に、初めて井上農場を訪れました。

 夏の庄内特有の強烈な日差しのもと、むせかえるような温度のハウスの中で、汗だくになって一人働いていたのが馨さん。汗を拭きながら仕事の手を休め、お話を伺ったのが井上さんとの初対面でした。その場所にこそ、現在i 庵銘田がまさに建っているのです。

kokomi_inoue200712.jpg【Photo】2007年12月。小松菜のハウスで、悦さんのそばを離れないのが、専業農家として農場を支える長男の貴利さんの娘ここみちゃん。鶴岡市藤島の産直「楽々(らら)」で、甲斐甲斐しく納品の手伝いをしていたのもこの頃。〝地方消滅〟など無縁。年を追うごとに家族が増え、一男二女の馨さん悦さん夫妻の孫は、今や10人!!

  小松菜の様子を見るために伺ったことを告げた庄イタに「今日はこの後どうするの?」と、井上さんは箒で部屋の掃除をしながら尋ねます。

 「酒田に行くつもりですが、特に予定は決めずに来ました」と応じる庄イタの返事を聞いた井上さん曰く「それにしても凄いタイミングで姿を現すね~。実はこれから、東京八丁堀『天ぷら小野』の志村さんがね...。」

 あの時、国道345号を移動しながら〝井上農場の畑に寄らなければっ!〟と、急に考えが変わったのは、どうやら神がかり的な庄イタの嗅覚と、井上農場のトマトを使った、やはり残り物には福があった庄内カレーのなせる奇跡だったようです。

「神通力ふたたび!? 鶴岡後編」に続く。
to be continued.

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 ※ 【脚注】 ロンドン・ピカデリーサーカスや、パリ・シャルルドゴール広場に英仏初のラウンドアバウトが登場する遥か1500年あまり前。ディオクレティアヌス帝(在位284~305年)が造った古代ローマ最大規模の浴場前に、欧州最古のラウンドアバウトが設置された。造営から1,800年の時を経て当時の石畳はアスファルトに変わり、現在はナイアディの泉を囲む「Piazza della Repubblica(共和国広場)」と呼ばれ、現役のロータリー式交差点として役割を果たしている。(下写真)

piazza-reppbrica-roma.jpg 規則に縛られることを是とする律儀な日本人と、(信号はあっても無きに等しいナポリのように)混沌とした無秩序の中にも暗黙のルールが存在するイタリア。化石燃料を動力とする限り、ストップ・アンド・ゴーの繰り返しは、加速時にCO2排出量を増やし、燃費を悪化させ、地球温暖化の一因にほかなりません。旧態然としたお堅い発想からの転換を、関係筋に切望するものであります。


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2015/05/02

日本海ひな街道 2015 reprise

お雛様の画像を追加しました!

 酒田雛街道2015スタンプラリー当選者発表にある通り、庄イタと思われる〝宮城県仙台市の木村様〟が当選した招福の縁起物である傘福。

 発表から半月を経過した今のところ、手元には届いておらず、悶々とした日々を送っております(- x -〃)。

 誕生が待たれる英国王室ウィリアム王子とキャサリン妃の第2子が、女児か男児かと同様、傘福が晴れて庄イタにもとに届くかどうか。William Hill(ウイリアム・ヒル)など、大手ブックメーカーで賭け事の対象になっているか否かは存じ上げません。

aioisama-honmake.jpg【Photo】江戸後期に京都で作られ、酒田・本間家に手で代々受け継がれてきた百歳雛「相生様(あいおいさま)」〈画像提供:本間家旧本邸〉

 さて、今回ご紹介している本間家旧本邸が所蔵する「相生様」のほか、前回「神通力ふたたび!? 酒田編」で、当初は掲出できなかった風間家・白崎家の雛段飾り、雛道具、犬筥(いぬばこ)、さらに別カットの相生様の合計5点の画像を関係各位のご厚意により、掲載のご許可を頂戴しました。

 まったくもって自画自賛ですが、追加前と比べて見応えが遥かに増したように思います。来春の「日本海ひな街道」に向けたイメージトレーニングを兼ね、よろしければ再訪下さい。

(今度こそ)「神通力ふたたび!? 鶴岡前編」に続く。
to be continued.

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reprise :このほど日本武道館で49年ぶりの凱旋公演を果たした著名な英国の音楽家が所属した偉大なバンドの名盤Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band。タイトルチューンとは別バージョンの曲名で使用した「繰り返し」を意味する言葉


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2015/04/20

日本海ひな街道2015

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神通力ふたたび!? 酒田編

Da cosa nasce cosa.〟「物事は思わぬ展開をする」といった意味のイタリアの諺(ことわざ)です。

 予想だにしないことが起こるのは世の東西を問いません。〝The dog that trots about finds a bone.〟(⇒駆け回る犬が骨を見つける=犬も歩けば棒にあたる) この江戸かるたでもお馴染みの諺には、こんな英語の言い回しが存在します。

 アンビリーバボーな展開に遭遇することが少なくないのは、前々回、気仙沼の郷土料理「あざら」をご紹介した折に触れた荷受人の参上事件を引き起こした庄イタも例外ではないようです。

 見事な時代雛が数多く残る庄内地域に春の訪れを告げるのが、日本海ひな街道。今月初旬に閉幕した2015シーズン最終盤に滑り込みで訪れた酒田と鶴岡で、自身の〝引きの強さ〟を再認識する新たな出来事が起こりました。

 鶴岡での出来事は後編でご紹介することにして、酒田で発揮した(のかもしれない)神通力について今回は語ります。

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【Photo】風間家7代当主幸右衛門が住居兼店舗として建造した丙申堂。庄内地域特有の冬の暴風に耐える4万個の石を並べた杉皮葺き石置き屋根が特徴。2000年(平成12)国指定重文指定を受けた

 所有権を巡る訴訟の和解が成立し、酒田から鶴岡にこの春65年ぶりの里帰りを果たしたのが、江戸後期に京都と江戸で作られた風間家のお雛様。鶴岡きっての豪商・風間家の住まいであった旧風間家住宅「丙申堂」で、雛飾り56点が公開されるとあって、庄イタも第二の故郷である庄内へ里帰りし、実家でお過ごしの男雛・女雛と久方ぶりにお逢いせねば、と思っていたのです。

 呉服や太物(→綿織物や麻織物の総称)を扱う庄内藩の御用商人から明治以降は金融業に転じ、鶴岡きっての豪商となった風間家。1896年(明治29)築の商家造りの母屋の建坪は380坪。丙申堂以外では、酒田の鐙屋にだけ見られる五枚重ね構造の杉皮葺き石置き屋根が特徴です。

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【Photo】風間家9代目故・眞一氏の姉のために大正末期に手に入れたという古今雛。明治から昭和にかけて三代に渡って活躍した東京の人形師「永徳齋」二代目、気品ある作風で名工の誉れ高い山川慶次郎(1858-1927)の作

 手前の仏間と部屋続きの御座敷で風間家のお雛様が一般公開されるのは今年が初めて。座敷の幅に合うよう作られた雛段の最上段に公家の正装姿で居並ぶ古今雛は、しっかりと正面を見据えて少し取り澄ました表情。京製のお雛様に共通する切れ長のまなざしが、そうした印象を与えるのかもしれません。対して玉眼を与えられ、現代に通じる写実的な江戸製の古今雛は、端正なお顔を少し下に向け、訪れる人に春を迎えた悦びを語りかけるかのよう。

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【Photo】公益財団法人本間美術館が所蔵する風間家雛段飾り。1996年(平成8年)に始まった酒田雛街道が20周年を迎える来春から3年間は本間美術館で、その翌年は鶴岡丙申堂で公開される <画像提供:本間美術館>

 風間家に伝わるお雛様は、長いこと酒田の「本間美術館」で公開されてきました。9年前の春、庄イタが初めてこのお雛様とお会いしたのも本間美術館本館の表座敷でのこと。

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【Photo】風間家の雛飾りに添えられる押絵細工の技法による雛菓子。上方の細工菓子が庄内で独自の発展を遂げた例。菊水・短冊・鯛・桃・竹梅扇・鶴など、おめでたい意匠を組み合わせる

 日本国憲法が施行された1947年(昭和22)5月、戦後初の私設美術館として出発した本間美術館。その設立趣旨は、太平洋戦争で疲弊した人々の心に潤いを与え、地方の文化芸術の発展に寄与すること。公益の精神が息づく庄内と、現在は公益財団法人化された本間美術館を語る時、本間家の存在を忘れてはなりません。

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【Photo】公益財団法人本間美術館が所蔵する白崎家雛段飾り。酒田雛街道20周年「雛祭古典人形展」(2016年2月27日(土)~4月4日(月))で公開予定 <画像提供:本間美術館>

 およそ450年前の永禄年間に酒田に移住した本間家。北前船と最上川舟運で繁栄した酒田湊を拠点に商業・金融業を営む傍ら、本邦随一の大地主として名を馳せました。これは東北を襲った飢饉で打ち捨てられ、荒れ地と化した耕作地を蘇らせるため、田畑を買い足しては土地改良と水利事業を行った結果です。

 本間家中興の祖、三代目本間光丘が、飛砂害に苦しむ沿岸部に私財を投じて植林を始め、庄内砂丘一帯に今では1,000万本を越える防砂林を形成するのがクロマツです。〈拙稿「だだちゃ豆は、ががちゃの賜物」(2009.8)冒頭参照〉。世のため身を挺して大地に根を張るクロマツと同様、公益のために尽力したのが本間家でした。

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【Photo】現在は本間美術館本館として広く公開される本間家別荘「清遠閣」。池泉回遊式庭園「鶴舞園」は、第10代庄内藩主酒井忠器(ただかた)公の命名。本間家4代光道が、北前船が欠航する冬の港湾従事者の失業対策に作庭した。200年以上の時を重ね、いずれも格別の趣と風格がある

 本間美術館が創設された昭和22年は、敗戦国日本が、米軍の占領下にあった時代。食料不足にあえぐ都市部では闇市が立ち、ヤミ米に手を出すことをしなかった佐賀の裁判官が栄養失調で死亡するなど、世相は混沌としていました。そんな時代にあって、日本人に誇りと心の潤いを取り戻す美術館としての新たな役割を与えられたのが、1813年(文化10)に竣工した本間家の別荘「清遠閣」です。

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【Photo】JR酒田駅から徒歩5分の本間美術館から直線距離にしておよそ1km、歩いて15分あまりの本間家旧本邸。漆喰の白壁と瓦の塀で囲まれ武家屋敷の風格を漂わせる

 清遠閣は、庄内藩主酒井家の領内巡視時の休憩所としても供され、明治以降は本間家の賓客を迎え入れてきました。昭和天皇が摂政・皇太子時代の1925年(大正14)、東北行幸で酒田を訪れた際の滞在先として二階を増築。酒田の迎賓館としての役割も担います。

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【Photo】樹齢400年を超す堂々たる枝ぶりのアカマツ「伏龍の松」と、丸に本の字を組み合わせた本間家の家紋入り赤瓦屋根が訪れる人を出迎える本間家旧本邸

 本間家所有の北前船6艘で、米を運んだ上方からの帰路、古手(ふるて=古着)や雛人形などの物資と共に運んだ各地の銘石を池の周囲に配した回遊式庭園「鶴舞園(かくぶえん)」。秀峰鳥海山を借景とする庭園は、清遠閣の手漉(てす)きガラスの窓越しに眺めることができます(下写真)。

1-cul200-seienkaku.jpg 美術館として生まれ変わって以降、一般に公開されてきたのが、庄内藩酒井家や米沢藩上杉家など諸大名からの拝領品。そして丸山応挙・歌川広重・藤原定家・松尾芭蕉の書画などの本間家による蒐集品。さらに安井曾太郎、棟方志功、土門拳など当代きっての芸術家による作品に酒田市民は間近に触れることができました。

 激動の時代を乗り越えた本間家所蔵のお雛様を公開する「雛祭古典人形展」が本間美術館で初開催されたのが1948年(昭和23)。

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【Photo】徳川家から拝領したことを物語る葵の御紋入りの精緻な蒔絵が施された碁・双六・将棋などの雛道具(上写真)など、雛街道で展示される所蔵品は毎年入れ替わる。独自の発展を遂げた酒田・鶴岡の菓子職人が、伝統の技で仕上げた雛菓子<拙稿「お雛様は、いとをかし」2009.5参照>もお見逃しなきよう <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>;

〝西の堺、東の酒田〟と並び称された商都酒田の繁栄を支えた三十六人衆など、年を追うごと新たな旧家の由緒ある時代雛が公開されてゆきます。これが市民の評判を呼び、現在各地で春先に開催されるお雛様を公開する催しの端緒となりました。

 空襲を受け廃墟と化した都市部では、多くの人がバラック小屋で夜露をしのぐ寝食にすら事欠いた当時。公開された珠玉の美術品や雛人形は、人々の心に希望の光を灯したことでしょう。

aioi-sama-primavera.jpg【Photo】白髪の男雛・女雛で対となる百歳雛を本間家では「相生様」と呼び慣わしてきた  <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>

 長く厳しいモノトーンの季節に別れを告げ、庄内各地でも梅の花がほころび始める頃。目にも鮮やかな緋色の雛段にお出ましになる時代雛。優美なほほ笑みを浮かべるお雛様と相見える時、去来する春を迎える悦びと、当時の日本人の思いは相重なるのではないでしょうか。

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【Photo】雛人形と一緒に飾られる雌雄一対の犬筥(いぬばこ・幅30cm・高さ19cm)は、中に雛道具を収納できる。多産でお産が軽い犬は子孫繁栄を願う女児の守り神とされ、本間家に伝わるこの犬筥は狛犬のように口が阿吽(あうん)の相をしている <所蔵・画像提供:本間家旧本邸>

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 知恩報徳」を代々の家訓として、福祉・慈善事業に尽力してきた風間家。丙申堂を管理運営する公益財団法人克念社が、本間家による所有を認めた上で、風間家のお雛様が4年ごとに丙申堂で公開されることとなりました。第二次大戦が終わって70年目を迎える今年。両家の歩み寄りを一番喜んでおられるのは、ほかならぬ風間家のお雛様に違いありません。

 鶴岡から酒田に移動したのは、思うところがあり、羽黒山頂にある出羽三山神社の開祖・蜂子皇子を祀る蜂子神社と出羽神社三神合祭殿に詣でんがため。隋神門から数えて山頂まで本来は2,446段あるはずが、二の坂から上は雪に覆われていた石段&雪山登山に等しい参道を難行して往復した後のこと。

【Photo】樹齢300~500年を数える杉並木の間をゆく出羽三山神社参道。最も長く急勾配の「二の坂」から先の石段と石畳は、雪に覆われていた

 酒田雛街道では「雛の味わい」と題し、市内の各飲食店で雛祭りにちなんだ特別メニューを提供します。今回は太田政宏グランシェフのもとで研鑽を積んだ武田亘シェフが厨房を預かる「フランス風郷土料理レストラン欅」で「ひなランチ」を頂きました。

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【Photo】レストラン欅「ひなランチ」(パンまたはライス・コーヒー付 / 税込2,160円)
1皿目:「ヤリイカのキモト(アサツキ)詰めトマトソース」

keyaki2015hina3.jpg【Photo】3皿目(上):庄内浜の春告げ魚の代表格がサクラマス。「サクラマスとプリプリ海老のポワレ・帆立エキス入り白ワインバターソース」2皿目(左下):野菜のうまみが溶け出したスープの中に浮かび上がってくるのは、桜の花をかたどったニンジン。そんな演出に思わず笑みがこぼれる「和野菜と紅花のスープ」 4皿目(右下):菱餅と同じ3色。お雛まつりにちなんだデザート「抹茶とイチゴのムース」

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 酒田でお雛様にお会いするために今回まず伺ったのは、これまで何度か訪れている本間美術館ではなく、本間光丘が幕府の巡見使を迎え入れる本陣として、1768年(明和5)に建てた「本間家旧本邸」。旗本二千石の格式を備えた武家屋敷造りと商家造りを合体させた全国でも例を見ない特異な構造をしています。

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 庄内藩酒井家に献上後、住まいとして拝領し、仏間より北側の商家造りの部分を歴代本間家が住居としたのは1945年(昭和20)春まで。光丘が造った当主の部屋は、家が栄える吉方とされた北西の角にあり、狭さといい、薄暗さといい、日本一の大地主の主人が過ごす部屋としては意外なほど質素な造り。

 いかなる時も町と共に歩み、公益に資することを旨とした本間家。1949年(昭和24)から1976年(昭和51)まで旧本邸は公民館として利用されたのだといいます。

 本間家旧本邸で、とりわけ印象深いのは、「相生様(あいおいさま)」と本間家では呼ばれてきた百歳雛。ともに白髪が生えるまで仲睦まじくという願いを込めたお雛さまです。

 百歳雛は山居倉庫の敷地に建つ「酒田夢の倶楽(華の館)」にも、どれほど眺めても見飽きない加藤家の古今雛と共に展示されており、雛街道開催中の酒田では、必ずお目にかかってきました。

 酒田市内で展示されるお雛様の展示場所3か所をコンプリートすると、風間家のお雛様と共に丙申堂の雛段に飾られていたような「傘福」ほか、お雛様関連グッズが抽選で当たる「雛めぐりスタンプラリー」にも参加。旧家に眠っていた可愛らしいお雛様が展示されていた「マリーン5清水屋」6Fの専用応募箱に投函し、家路に就きました。

 スタンプラリーに応募したこと自体、さして気にも留めずに今日まで過ごしてきた庄イタ。「そういえば」と思い、改めてスタンプラリーの応募台紙を兼ねた酒田雛街道のパンフレットを見直しました。そこには4月3日応募締め切りの抽選結果は、酒田の観光情報を紹介するWEBサイト「さかたさんぽ」で発表とあります。

 そこで4月14日付で発表されていた当選者リストに何の気なしにアクセスすると...。

Σje.Σje.Σje.( ゚ Д ゚;!!!!

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 仙台市在住の同姓の方で「我こそ酒田雛街道スタンプラリーに応募し、傘福をゲットした強運の持ち主だっ!!」と仰る方は、どうぞコメントをお寄せ下さい。庄イタの淡い期待は即刻打ち捨てますので。

 当選者発表にある通り、全国から寄せられた応募総数は1,267件。さて、1,267分の2の確率で見事当選した(はずの)傘福が、自宅あてに届くのかどうか、もうドキドキですわ(笑)。 


「神通力ふたたび!? 鶴岡編」に続く。
to be continued.


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2015/02/28

日本海寒鱈まつり2015@鶴岡〈後編〉

《前編「1年ぶりの湯田川温泉」より続き》

あの人もこの人も、あれもこれも、お久しぶりね~
5年ぶりの寒鱈まつり

 前編で述べた通り、「日本海寒鱈まつり」前夜の1月17日(土)は、鶴岡の奥座敷こと湯田川温泉に宿泊しました。そのため特設会場となる鶴岡銀座商店街には、10時30分の開始後間もない11時前に余裕をもって無事到着。

festa-kandara2015.jpg【Photo】作曲家の中田喜直が「雪の降るまちを」の着想を得たとされる鶴岡。目抜き通りの銀座通り商店街に雪が舞う。寒鱈まつりにふさわしく、底冷えする(あいにくの?)吹雪交じりの空模様のもとで開催された第27回鶴岡日本海寒鱈まつり会場

 酒田中町通りでは28年前、鶴岡銀座通りでは27年前から冬の観光行事として開催されている寒鱈まつり。鶴岡市由良や、現在は鶴岡市に編入された旧温海町道の駅「しゃりん」、遊佐町「鱈ふくまつり」など、寒の季節に庄内各地で開催されるこの催しには、毎年多くの人が訪れます。
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【Photo】庄内浜に揚がる海産物の旬と美味しさ、調理法、さばき方など、庄内ならではの魚食文化に関する啓発を行う「庄内浜文化伝道師」でもある「魚神」上林榮孝社長が、寒鱈汁を味噌で味付け。第27回鶴岡日本海寒鱈まつり会場にて

 庄内浜では、産卵を控えた寒の時季に水揚げされる真ダラを寒ダラと呼び、とりわけ珍重します。白子が入った10kgクラスのオスで、魚体へのダメージが少ない延縄漁による釣り物ならば、軽く1万越えは確実。漁獲量が多い底引き網漁物ですら、1万円近くの高値を呼びます。

 そんな寒ダラが千両役者ぶりを発揮する庄内地方の郷土料理が「どんがら汁寒鱈汁)」です。

 身(胴)とガラ(アラ)を全て使い切るどんがら汁には、豆腐やダイコンなどの脇役を入れる派・入れない派、味付けが味噌だけ派・酒粕を加える派など、家ごと異なる流儀と味があります。同様に寒鱈まつりでも店ごと味付けが異なるため、会場内で食べ歩きできるのが最大の魅力。

 今回、庄イタが寒鱈まつりを訪れたのは5年ぶり。魚市場青年部、鮨商組合、麺類食堂組合などの常連に交じって新規参入組も加わり、今年は全14団体が参加。燃料費の高騰や消費増税を受け、鱈汁は1杯600円となりましたが、催しを主催した鶴岡銀座商店街振興組合・日本海寒鱈まつり実行委員会によれば、およそ2万人が訪れたといいます。

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【Photo】 一昨年、鮮魚店の2/3ほどを和食処として改装する以前の「魚神」本店では、土日休日限定でアラ汁を無料で提供していた(上右写真。現在は休止)。ガラから滲み出した旨味たっぷりの醤油仕立てのアラ汁の旨かったのなんの...( º﹃º` )。
 遠~いその味の記憶を頼りに、行列に並んだ魚神が鶴岡郵便局と共同出店したテント裏には、地物の証である由良漁港に水揚げした船名とオス・メスの違い、魚体の重量を記した保冷箱が山積み(上左写真)

tsuruoka-kandara-matsuri2014.jpg【Photo】鍋から立ち上る湯気とともに、鱈汁の香りが鶴岡銀座通りを包み込む(画像提供:鶴岡市食文化推進室)

 27回目の開催を迎え、庄イタのようなリピーターが少なからず存在するこの催し。行列で隣り合わせたのは、毎年のように訪れているという仙台の女性グループ。世界一のクラゲ展示で人気の加茂水族館と寒鱈まつりをカップリングし、今年も昨年同様にバス4台を仕立てた河北新報トラベルのツアー参加者でした。

 この日も貸切桧風呂で朝湯を満喫した湯田川温泉ますや旅館では、食べる量をセーブし、早めに朝食を済ませていました。それでも会場に到着した11時時点での空腹感は、ほぼ皆無(笑)。

 そこで腹ごなしを兼ねて、まずは南北に450mほどの寒鱈まつり会場をぐるりと一巡。これは目当ての団体の出店ブースの行列の出来具合をチェックするためでもあります。

 リピーターが多いということは、出店者それぞれに異なる味付けとの再会を心待ちにしているファンがいるということ。長い行列は人気度のバロメーターと見ることもできるでしょう。

 時折激しく雪が舞う鶴岡銀座商店街通りには、テント張りの店がズラ~リ。鱈汁のおいしそうな香りが鼻腔をくすぐると、それまでの満腹感がたちまちにして雲散霧消。食欲スイッチオン!!

uoshin-dongara2-2015.jpg【Photo】鍋から立ち上る湯気に乗って漂ってくるどんがら汁の香りが激しく食欲をそそる(上写真)。底冷えする鶴岡銀座通りにできた行列に並ぶ人々の熱い目線は鍋にくぎ付け(下写真)。

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 寒鱈汁の基本は味噌ベース。酒粕がきいたパンチのある味付けが例年なされる鶴岡銀座商店街婦人会は2杯目に回す戦法で臨んだ今年。寒鱈汁のゆうパックを冬季限定で取り扱う鶴岡郵便局が、鮮魚店兼和食処「魚神(うおしん)」と共同で出店するテントをまずは目指しました。

 魚神は、山形道・鶴岡IC近くに2店舗を構える鮮魚店で、由良漁港直送の海産物を中心に扱っています。庄内観光物産館内の店にほど近い淀川町にある本店は、和食処メインの店舗として一昨年リニューアル。

festa4-kandara2015.jpg【Photo】魚神の神林社長が自ら味付けした寒鱈汁。ご覧の通り、たっぷりのガラから滲み出たコクと旨味に天然岩ノリの磯の香りが加わり、期待通りのそれはそれは結構な一杯

 改装前の魚神本店で、週末限定で振る舞われていたのが、ガラがたっぷりと入った醤油仕立てのアラ汁。それは魚を扱うプロとしての心意気を示して余りある忘れ難い逸品でした(現在は提供休止)。無料サービスでも決して手を抜かないアラ汁の記憶が、庄イタをして、その行列へと導いたのです。

festa5-kandara2015.jpg【Photo】お久しぶりね~♪ 鶴岡銀座商店街婦人会のお母さんたちお手製のどんがら汁は、5年ぶりの滋味深い母なる味

 果たせるかな、それは産卵を控えて養分を蓄えたアブラワタなどのガラから滲み出たコクが、味噌の風味と絡んで、まさに王道を行くどんがら汁。1杯目の余勢を駆って向かったのは、毎回必ず完食している鶴岡銀座商店街婦人会のブースです。

festa6-kandara2015.jpg【Photo】鶴岡銀座商店街婦人会の寒鱈汁。酒粕のきき具合は例年通り。盛りを含めて今回は少しお上品な仕上がりだったかも

 2杯目の鶴岡銀座商店街婦人会は、観光客向けに万人受けするよう、今年はソフィストケイトされた印象。気持ち的には、もう一杯食したいところでしたが、真ダラのようなお腹周りになりかねません。ますや旅館で食した前夜分を含め、タイプの異なる寒鱈汁3杯を食し、ドンもガラも 身も心も満たされて会場を後にしました。

 冬来たりなば春遠からじ。国内有数の渡り鳥の越冬地である宮城県北の伊豆沼周辺では、例年より1週間早くオオハクチョウやマガンの北帰行が始まりました。最上川河口周辺でも、間もなくハクチョウたちがシベリアに向けて旅立つことでしょう。

 明日から弥生3月。西回り航路の表玄関だった江戸期の繁栄ぶりを窺わせる壮麗な時代雛が、庄内で独自の発展を遂げた雛菓子とともに出迎えてくれる「日本海ひな街道」が、先行した酒田に続き、鶴岡ほか各地で始まります。


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2015/02/21

日本海寒鱈まつり2015@鶴岡〈前編〉

 年間を通して最も気温が低い季節の出口が遠くに見えてきた感がある今日この頃。寒の時季に庄イタが条件反射的に恋しくなるのが、薪火の香り漂うナポリピッツァと庄内の郷土料理「どんがら汁」。(⇒ 一体どんな組み合わせだよッ\(`-´) )

 鉛色の雲が低く垂れこめ、怒涛渦巻く厳しい表情を見せる冬の日本海。そんな季節、鶴岡・庄内観光物産館や酒田・海鮮市場といった物産施設や市中の鮮魚店の主役は、産卵期を迎えた真鱈(マダラ)。庄内浜では、小寒から節分までの寒入り時季が漁の最盛期となるマダラ。鮮度が高い釣り物には1万円前後の高値が付くことも。

Dongara-Zuppa-Kandara.jpg【Photo】寒の時期に揚がる真ダラの脂が乗った白身(胴・ドン)は勿論のこと、タヅ・タダミ(白子)、骨、目玉、エラといった内臓(ガラ)まで余すところなく使う豪快な庄内浜の郷土料理「どんがら汁(=寒鱈汁。略して鱈汁とも)」。〝たらふく〟の語源とされる旺盛な食欲でイカやカニなどを捕食し、ふんだんに栄養を蓄えたアブラワタ(肝臓)は、深い味わいを醸し出す文字通りのキモとなる(画像提供:鶴岡市食文化推進室)

 その地の多彩で奥深い魅力を知り、その奥義に精通した庄内系たらんと欲し、それを自任し、かくあるべしと自らに課し、ゆえに言葉に責任を持つ以上、日々の鍛練を怠っては、庄内系の名折れというもの。

kandara_Biglietto2015.jpg 東日本大震災の発生を受けて、被災地では復興・減災に関するさまざまな事案が同時並行的に展開しています。そのため、かつてのような頻度で彼の地を訪れることが出来ず、丹精込めた生命の糧をお世話になっている庄内の皆さんに不義理を重ねていることに忸怩たる思いでおりました。

 このままではイカン!!と一念発起したのが昨年末。年末のレポートでご報告した聖地・庄内訪問の折、自らを追い込む意味で、2010年1月に開催された「第22回日本海寒鱈まつり」以来、久しく参加していないこの催しの前売り券(右写真)を購入したのです。

 今年で27回目を迎えた鶴岡日本海寒鱈まつり開催にあわせ、5年ぶりとなるこの催しに参加した庄イタ。前編ではまつり前夜に投宿した湯田川での顛末を一席。

あの人もこの人も、あれもこれも、お久しぶりね~
1年ぶりの湯田川温泉。

 明治維新以降、多極分散型ではなく東京一極集中の国づくりを進めてきた日本。急速に進んだ経済のグローバル化は、産業の空洞化と地方の疲弊という負の側面をもたらしました。

 国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は、文化の多様性保持と、関連産業が発展することで地域が活力を生み出すべく、自治体間連携を促進させる「創造都市ネットワークThe Creative Cities Network)」を2004年(平成16)に創設しました。

tri-jizou.jpg【Photo】湯田川温泉へと向かうR345湯田川街道沿いにある通称「飴舐め地蔵」。庄内地方では、路傍の地蔵にお手製の下げ飾りを奉納する習慣がある。口に飴を擦り込んで願掛けをすると願いが叶うという三体のお地蔵様。折からの地吹雪のため、口の周りではなく顔の半分が粉糖のような雪で覆われ、寒さに凍えていた

 エントリーは、文学、映画、音楽、工芸、デザイン、メディア・アート、食文化の7カテゴリーで強みを有する自治体による申告制。カテゴリーごとの専門家委員会による審査を通過すれば、「Creative City(創造都市)」として認定されます。

shomen-terme.jpg【Photo】優しい肌触りの豊富なお湯は源泉かけ流し。湯田川温泉「正面湯」

 昨年12月、かねてより産官学を挙げてGastronomy(ガストロノミー=食文化)分野での創造都市登録を目指してきた鶴岡市が、フロリアノーポリス(ブラジル)、順徳(中国)とともに日本国内では初となる認証を受けました。これで世界8都市が、ガストロノミー分野での認定都市となりました。

 2015年2月現在、7分野で全69都市が登録されている創造都市には、日本では以下の6都市が指定を受けています。名古屋・神戸(デザイン)、金沢(工芸)、札幌(メディア・アート)、浜松(音楽)、そして鶴岡(食文化)。

 新たに登録を目指す動きも顕在化しています。新潟市はコメを中心としたガストロノミー分野で登録を目指す一方、アジア初の国際ドキュメンタリー映画祭を'89年から開催してきた山形市は、映画部門で今年申請の予定です。

 一方で、ユネスコ世界遺産委員会が認証し、世界161カ国、1,007件が登録される「世界遺産(World Heritage)」は、富岡製糸工場や石見銀山などの例を見ても、知名度向上による波及効果が広く認識されています。かたや創造都市ネットワークは、そうした広がりを現状ではまだ持ち合わせていません。

cena-masuya-20150117.jpg【Photo】日本海寒鱈まつり前夜、湯田川温泉ますや旅館の夕食から。羽黒宿坊の精進料理「胡麻豆腐の餡かけ」、「ひろっこ(アサツキ)とエゴ(海藻の一種)の酢味噌和え」、「カラゲ(エイの干物からかい)の煮物」、「鮭の粕漬け焼物」、「田川カブ甘酢漬」、荒波が打ちつける岩場で浜の女性たちが手摘みする天然岩ノリをトッピングする味噌味の「どんがら汁」(下写真)ほか、冬ならではの庄内の味が並んだ

masuya-zuppa-dongara.jpg それでも人口流出と高齢化が進む地方都市にとって、交流人口の増加や新たな雇用確保などのプラス効果が期待されるこの取り組み。食文化創造都市への認定を受け、真価が問われる今後の展開に注目したいところです。

 東北各地を訪れてきた庄イタが、改めて申し上げたいのが、〝食〟を軸に俯瞰した山形県庄内地方は、極めて魅力溢れる地域であるということ。その概略は、拙稿「鶴岡のれん」〈2013.11〉でも歳時記的に述べたので、ここでは繰り返しません。

masuya-fujisawakabu-tempura.jpg【Photo】サクっと揚がった天麩羅の衣の中は、濃厚な生クリームのごとき白子。紅白の色合いや姿格好、すがすがしい余韻を残す辛味からして、すぐにそれと分かった藤沢カブ(上写真中央) 藤沢カブと庄内浜産天然寒ブリを大根おろしでみぞれ煮に。素材の素晴らしさもあり、氷見の寒ブリを使ったブリ大根に勝るとも劣らぬ旨さ。恐れ入りました(下写真)

fujisawakabu-mizore.jpg 鶴岡市域では、現在確認されているだけで50品目の在来作物が存在します(拙稿「どこかの畑の片すみで」〈2007.12〉参照)。北前船交易や山岳信仰を通して域外との歴史的な交流があり、そうした中で固有の文化が育まれ、表情豊かな四季折々の食材を取り入れた特徴ある伝統食が受け継がれてきました。そんな数ある中のひとつが、どんがら汁です。

 激しい吹雪に見舞われた月山道路や強風による地吹雪でR112の視界が遮られる中、1年ぶり以上となる湯田川温泉の定宿「ますや旅館」に着く頃には、風格と趣ある瓦屋根の共同浴場「正面湯」には明かりが灯っていました。

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【Photo】山の畑が深い根雪に覆われるこの季節。とりわけ貴重な藤沢カブを雪室から掘り出し、庄イタに分けて下さった後藤清子さん(左)と後藤勝利さん(右)ありがとうございます~(T_T)

 夕餉の食卓には、ひそかに期待していた女将特製のどんがら汁が。無論それは美味でしたが、望外の喜びだったのが、天然物ならではの上品な脂が乗った庄内浜産寒ブリと藤沢カブのみぞれ煮を食することができたこと。

 天ぷらでも供された藤沢カブは、宿泊前日に女将の中鉢泰子さんが、生産者の後藤勝利さんに「少しでいいから分けてもらえないか」と相談して届けてもらったと伺い、女将の心遣いに感激しきり。

fujisawa-kabu2015.1.jpg【Photo】11月に山の畑から掘り出し、泥つきのまま、雪室に保存しておいた藤沢カブ

 在来作物の研究に携わっている山形大学農学部の江頭宏昌准教授によれば、穀物が不作となりそうな天候不順の年でも、お盆時期に播種すれば秋に収穫可能なカブは、飢えをしのぐ越冬食としての意味合いがあったといいます。東北の中山間地に在来系のカブが多く存在するのは、先人の知恵でもあるのです。

 寒鱈まつり会場に向かう前に、後藤さんに一言お礼を申し上げたく、久方ぶりにご自宅に伺いました。すると後藤さんは、収穫したまま雪室に保存していた藤沢カブと、奥様の清子さんお手製の甘酢漬けをお土産に分けて下さいました。

 湿度100%の雪中で保存した藤沢カブは、みずみずしさを保ったまま細胞が凍らないよう化学変化を起こします。すると辛味に甘さが加わるのです。今は深い雪に覆われた山中の畑に採種のため残しているカブを掘り起こしに行かない限り、みずみずしい藤沢カブを手にすることはできません。

 頂戴した藤沢カブは、仙台に戻ってから浅漬けにしたほか、パクリ専門の闇リストランテ「Taverna Carlo(タベルナ・カルロ)」で、みぞれ煮ますや風にして食し、感激の余韻に浸ることができました。後藤さん、本当にありがとうございました。

 こうして久しくご無沙汰していた人たちとの再会を果たし、アツアツの寒鱈汁を頂く前から、ほっこりとココロ癒された湯田川を後にして、寒鱈まつりが開催される鶴岡銀座商店街を目指したのでした。to be continued.

日本海寒鱈まつり2015@鶴岡〈後編〉

「5年ぶりの寒鱈まつり」に続く。


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2015/02/08

今年の女鶴餅は自家製もあっさげ

お年取り前夜@村上・鶴岡・酒田・遊佐 「2014 呑み納めレポート」より続き

食べ納め@酒田L'Oasis ロアジス
「女鶴」と血統を受け継ぐ新品種「酒田まめほの香」


 1年を締めくくる恒例の食べ納めは、今回もあらかじめ予約していた酒田・清水屋マリーン5「L'Oasisロアジス」へ。(昨年のくだりは拙稿「新春縁起藤沢カブ」〈2014.1〉参照)

gran-chef-Ota2013.1.jpg【Photo】年回りが幾つも離れた後輩の指導にあたる傍ら、厨房の第一線で活躍する太田政宏グランシェフ(写真中央。月刊誌Piatto2013年3月号特集「日本海ひな街道」取材時に撮影)

 今でこそ定着した〝地産地消〟という言葉はおろか、概念すら存在しなかった1970年代初頭。豊かな山海の美味に恵まれた庄内地方ならではの〝フランス風郷土料理〟と称される誰もなしえなかった新境地を、故・佐藤久一氏との共同作業で開拓したグランシェフ、太田政宏さんが、厨房の指揮を執ります(拙稿「佐藤久一さんのこと」〈2008.3〉参照)

l'oasis2014-1.jpg【Photo】アミューズ。由良寒ダラのカクテル仕立て。マッシュポテトと生クリームを和えた優しい味付けとフワフワの食感が夢見心地へと誘い、新たな美味との出合いへの期待を高める。庄内豚のパテとピクルス、鴨のスモーク

 第一線から一度は身を引くも、ロアジス開業と同時に現場復帰。生涯現役を宣言し、後進の指導に当たりながら満70歳を超えて活躍する太田さんは、まさに料理人の鏡。輝かしい実績もさることながら、庄イタが心底から尊敬する方なのであります。

l'oasis2014-2.jpg【Photo】オードブル。庄内浜産ホウボウの洋風天ぷら フレッシュなトマトソースとエシャロット風味。ほのかな衣の塩味が絶妙

 1年ぶりに訪れた店内は、上方の影響を受けた酒田言葉で語らう人々で賑わっていました。年の瀬を迎えて店内は満席。その様子は、日本随一のフランス料理と賞賛された「ル・ポットフー」伝説の揺籃期を見るよう。

l'oasis2014-3.jpg【Photo】3種類から選べるスープ。旬を迎えたガサエビのマリニエール。庄イタが高校時代に酒田東急インに移転後のル・ポットフーで食した記憶が今も鮮明な一皿

 なぜならそこは、伝説の原点となるも、1976年(昭和51)に発生した酒田大火で焼失した清水屋デパートが建っていた場所。しかもJR酒田駅前に建設された東急イン(現・ホテルイン酒田駅前)に移る以前にル・ポットフーがあったのと同じ5階フロア。料理を待つ間、ふと40数年前にタイムスリップしたかのような感覚に捉われました。

l'oasis2014-4.jpg【Photo】メイン。庄内浜産黒メバルと温製小松菜、ホタテ貝柱と天使のエビのポワレ

 新奇さをてらわず、王道をゆくオーセンティックなフレンチなればこそ、違いが際立つ太田さんの円熟した味に魅了されたことは申し添えるまでもありません。

l'oasis2014-5.jpg【Photo】デセール。紅玉のキッシュ、ショコラとイチゴのアイスクリーム

 「お越しになる時は、いつも混んでいてあまりお構いできずに申し訳ありません」と仰るフロア係三川美和子さんや、忙しく立ち振る舞う厨房から、わざわざ見送りにいらして頂いたグランシェフに恐縮しつつ、お礼を申し上げて失礼しました。

 残すは新年を迎えるにあたっての最重要ミッション。酒田女鶴本女鶴を入手することです。

sakatameduru-yakihaze.jpg【Photo】仙台雑煮の庄イタ家における必須アイテム2点。餅は渡部正宏さんが天日乾燥した酒田女鶴の丸餅。津波で甚大な被害を受けた北上川河口に位置する石巻・長面湾の焼きハゼ。干しズイキと羅臼昆布との合わせ出汁で上品なコクと深みを出す

 古来より、歳神様をお迎えする神と人との交歓の儀式でもあった正月には、鏡餅をお供えし、白米が貴重品だった藩制時代にあっても、統制外だった糯米から作るお餅が庶民の食卓に上る最高の贅沢でした。

 伊達政宗の命を受けた川村孫兵衛による北上川の大規模改修により、新田開発が進み、港湾整備がなされた石巻から海路で運ばれた伊達藩領のコメは、江戸の米相場を左右する大きな影響力を持っていました。

 幕末まで幾度となく見舞われた飢饉への備えから、伊達藩は米作に重きをおきました。現在の宮城県北や岩手県一ノ関市周辺にかけての穀倉地帯では、庶民による餅食文化が花開きました。

 これは反面、コメ以外の特産品開発に無頓着だったがため、伊達藩では味噌のような一部例外を除いて商品経済が発達しなかったという作家・司馬遼太郎の「街道をゆく」における分析は、正鵠を得ていると庄イタは考えます。

Carnaroli-riso.jpg【Photo】頭を垂れた稲穂が風に揺れる季節。どこのコメどころかと思いきや、看板にはリゾットに最適なコメ「CARNAROLI(カルナローリ)」の表示が???

 曾祖父の代まで遡ると、地元で世界農業遺産指定に向けた機運が高まる沃土「大崎耕土」の心臓部にあたる涌谷(わくや)町で広大な水田を有する地主だったという庄イタのルーツ。孫兵衛による改修前は、暴れ川だった迫川・江合川・旧北上川に挟まれた涌谷町や美里町にかけて現在広がる美田は、天賦のものではなく、先人の努力の結晶にほかなりません。

primavera-riso.jpg【Photo】雪解け水を張った水田は、稲の植え付け前の季節にだけ出現する水鏡と化し、残雪を頂く山並みを映し出す。どこぞや東北で春先に出現する田園風景と思いきや、ここはイタリア屈指の米どころピエモンテ州ヴェルチェッリ県

 イタリアの代表的な水田地帯であるピエモンテ州ノヴァーラNovaraとヴェルチェッリVercelli周辺からミラノ西方のロンバルディア州の田園風景に、妙に懐かしさを覚えるのは、そんな出自や前世から受け継ぐDNAが影響しているのでしょう。

mezuru.jpg mamehonoka.jpg【Photo】女鶴(左写真手前)と酒田女鶴の血統を引く新品種「酒田まめほの香」(右写真手前)

 かつて出合ったことのない素晴らしい食味に驚愕した糯米「酒田女鶴」を知ったのが2009年(平成21)。作り手である酒田市吉田の渡部正弘さん・由美子さんとの幸運な出会いがあったのが2年後の産直山居館でのこと。その収穫作業の真っ最中に伺ったのが翌2012年10月。

 講談社勤務の編集者から、のちに酒田市助役に転じた伊藤珍太郎の名著「庄内の味」に記述があり、存在だけは知っていたのが酒田女鶴の原種「女鶴」。

nunome2014.12.jpg【Photo】血筋を絶やすことなく女鶴を植えつけてきた堀芳郎さんの圃場。純白の根雪に覆われた田んぼを吹き抜けてゆく北風が肌を刺す

 効率化の波にのまれて消えていった幻の品種が、その持てる美点を最も発揮するとされた飽海郡北平田村(現酒田市)円能寺に隣接する布目(ぬのめ)で今日まで命脈を繋ぐことができた恩人・堀芳郎さんとのご縁をたぐり寄せるように出会ったくだりは拙稿「酒田女鶴と本女鶴〈2012.10〉」を参照願います。

meduru.jpg【Photo】蒸しあげたばかりの女鶴。「女鶴の餅の肌も雪のように白かったならばさらにたいへんなものであろうとおもうが、見た目において多少のひけ目はあってもこの餅、舌にのせてからはあまりに優秀である」(伊藤珍太郎著「改訂・庄内の味」〈1981「本の会」刊〉より)

 もはや代えがきかない女鶴の素晴らしい食感を、R18な表現で例えるならば、雪国育ちの日本女性のしっとりとキメ細やかで滑らかな玉の肌。女鶴を搗(つ)きあげた餅の吸い着くような粘りとコシ・伸びは尋常ならざるものがあります。

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【Photo】女鶴は自宅で蒸し上げ、餅やパン生地を自家製できる自動生地捏ね機で楽チン餅つき(上写真)。産直あさひグーで購入したヤマグルミを使い、胡桃餅として正月の食卓を飾った(下写真)

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 久々に伺った渡部さんのもとには、2007年(平成19)から庄内バイオ研修センターで開発に取り組み、渡部さんの実験圃場で収穫したという糯米「酒田まめほの香(酒田糯14号)」の餅がありました。

 2004年(平成16)に新潟で品種登録された赤糯米「紅香」に酒田女鶴を交配し、それぞれの特徴である枝豆の香りと女鶴の血をひく優れた食味を兼ね備えた新品種なのだといいます。

mamehonoka-mochi.jpg【Photo】2015年度からの本格市場参入を目指し、種苗法に基づく品種登録申請を昨年行った「酒田まめほの香」(左写真)

 納屋には精米した糯米があり、その香りはまさに枝豆。旬は重ならないので冷凍物かフリーズドライのだだちゃ豆で炊き込みご飯にしたり、茶豆を挽いた「づんだ」と和えてづんだ餅にすれば香りが増幅しそうです。旬が重なるホッコクアカエビ(甘エビ)や数の子との食べ合わせは鉄板でしょう。

mamehonoka-zoni.jpg【Photo】渡部さんから頂いた酒田まめほの香の丸餅を仙台雑煮で試食。酒田女鶴から受け継いだ粘りと滑らかな舌触り。枝豆の残り香がほのかに漂う。最大の特徴である枝豆の香りは、焼いたままで食すると、さらに強く感じる(右写真)

 物々交換の良き伝統が残る庄内の生産者の例に倣って、酒田女鶴と豆ほの香餅の代金を受け取ろうとしない渡部さん。このままでは申し訳ないので、産直で別途購入することにしました。

 ご自身が育てた酒田まめほの香を手渡すよう、渡部さんから頼まれてお邪魔したのが堀芳郎さん宅。女鶴の餅つきをするのは例年30日だと伺っていました。過去2年は菓子折の箱に入った丸餅を物々交換で頂いていましたが、今回は最大のミッション達成のため、精米のまま女鶴を購入させて頂くことに。

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 里雪で畑が覆われる前の昨年11月上旬、酒田市飛鳥の後藤博さんから根付きのままで譲って頂き、今も庄イタ宅の庭に植えてあるのが「平田赤ネギ」(拙稿〈2007.9〉参照)。前日、鶴岡市みどり町「クックミートマルヤマ」で山伏ポーク(拙稿〈2014.7〉参照)のバラ肉しゃぶ用スライス(右下写真)を確保していました。

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 十三浜のワカメ(拙稿〈2012.4〉参照)を含め、これまで皆さまに幾度となくお勧めしてきた〝天下無敵の豚しゃぶ〟の具材となる冬場が最も美味しくなる小松菜を入手するために寄ったのが、鶴岡市渡前の井上農場です。周囲を雪に囲まれながらも幾分温かさを感じるビニールハウス内では、馨さん・悦さん夫妻が小松菜の収穫を行っておいででした。

inoue-nojyo2014.12.jpg【Photo】井上農場ではご自宅に隣接した納屋で小松菜の袋詰め作業中だったご長男貴利さんから庄イタ家定番のコメ「はえぬき」5kgと小松菜5把を購入。近くのビニールハウスでは、奥様が小松菜の収穫中。「悦さーん」と背後からお名前を呼ぶと、驚いたように振り向いた悦さん。庄イタの姿を認めると、いつもの飛びきりの笑顔で迎えてくれた

 独特な石油系の香り漂う特徴的な泉質が気に入って、10年以上通い続けているのが長沼温泉の日帰り入浴施設「ぽっぽの湯」。ご近所住まいでもないのに欠かさず所有している入浴回数券で心身ともにリフレッシュ。

Gassan2014.12.28.jpg【Photo】井上農場のビニールハウスを裏手に回ると、神々しい輝きを放つ月山が雪原の先に一望のもと

 純白の衣を纏った月山に見送られながら帰宅した後、取りかかったのが餅作りです。自宅には堀さん宅のように杵と臼はありませんが、生地こね機「レディースニーダーKN-30」にお出まし願いました。搗(つ)きたての女鶴は胡桃餅で、雑煮で食したのが酒田女鶴と酒田まめほの香。堀さんや渡部さんのような整った仕上がりには程遠くとも、得がたい美味しさに変わりはありません。ご縁に感謝。

自家製もあっさげ」という今回のタイトルの意味が最後まで謎だった方への脚注 ☞ 「・・・さげ」は、上方では「・・・さかい」という表現の影響を受けた庄内地方の言い方。「あっさげ」とは「あるから」「あるので」の意味。角餅文化の東日本では珍しく西日本の丸餅を食する庄内ならでは言い回し

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2015/02/01

お年取り前夜@村上・鶴岡・酒田・遊佐

【はじめに】
 サーバ更新以降、サイト内ダイレクトリンクが貼れない事象が続いています。関連アーカイブをご覧頂くには、月別アーカイブ一覧下の「検索」BOXにタイトルをコピー&ペーストするか、たくさんの皆様にアクセス頂いているおかげでキーワード検索でも上位に表示される検索エンジンを活用願います。ご不便をおかけしますが、ご容赦のほど。m(_ _)m

 はや睦月を過ぎ、今日から如月。今さら師走の話題を持ち出すのは、若干気が引けますが...。

「2014 呑み納め」レポート

 年の瀬が押し迫った12月末に庄内を訪れる(⇒「帰省する」と言った方が正確か?)ことが、2003年春に庄内系へと突然変異して以降、恒例となっている庄イタ。特に酒田女鶴と原種である(本)女鶴の餅を知ってからは、きまって酒田を訪れています。

amazake-kikkawa_20101010.jpg 仕事納めの翌日、拙稿「新年明けまして女鶴餅」(2013.1)の内容と、ほぼコピー&ペーストの行程で酒田を目指しました。

 最短ルートの最上川沿いを下るR47ではなく、大幅な回り道になることを重々承知の上で、R113を小国町から新潟・関川村を経由して村上市に立ち寄りました。その目的は「鮭を極める哲人」(2007.11)で取り上げた「味匠喜っ川」で塩引き鮭と酒びたし、リゾットやパスタの絶品ソースになる鮭のクリームスープ、さらには道中のエネルギー源となる天然麹甘酒「雪の華」を購入すること。

【photo】越後村上の風土、匠の技、そして家付き酵母が三位一体となって、芸術品のごとき域に達する塩引きや酒びたしが作られる味匠喜っ川(下写真)。天然麹甘酒「雪の華」(上写真)に用いる米麹は、丸4日間をかけて行う昔ながらの一升枡麹蓋づくりによる。「作り手の我を捨てて、謙虚な気持ちで虚心坦懐に麹と向き合うことで、やっと麹菌が目指す上品で自然な風味になってくれるようになりました」と吉川真嗣専務は語る

kikkawa_dicembre2010.jpg 目的を遂げた後は、この季節にしては比較的穏やかな冬の表情の笹川流れと沖合に浮かぶ粟島を眺めつつ、いつものようにR7ではなく日本海沿いを北上しました(下写真)

sasagawa_nagare2014.12.jpg 新潟と山形の県境にある鼠ヶ関にほど近い「あつみ温泉IC」と、山形自動車道「鶴岡JCT」間の日本海沿岸縦貫自動車道25.8kmが開通したのが2012年。これにより移動時間の短縮が図られ、村上の街と鶴岡との距離が、ぐっと近く感じられるようになっています。

 拙稿「寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。」(2010.1)などで過去取り上げた「日本海寒鱈まつり」前売り券を「やまがたの地酒佐野屋」で購入したほか、鶴岡でも立ち回り先をウロウロ。ゆえに酒田に到着した頃には、とっぷりと日が暮れていました。

 酒田市日吉町で1867年(慶応3)に創業した酒販店「久村」では、かつて常連客が夜な夜な集い、店飲みをしていたといいます。

kumura-sakaba.jpg その棟続きで居酒屋「久村の酒場」が開業したのが1961年(昭和36)。夏場は冷蔵ショーケースを兼ねるオリジナリティ溢れるガラストップのカウンター席は、今も地元の旦那衆憩いの場として愛されています(下写真)。

kumura-sakaba-counter.jpg 昭和の風情を色濃く残す気取らない酒場は、太田和彦氏や吉田類氏らに賞賛されるなど、多くのメディアで取り上げられています。現在では、知らぬ同士も肩寄せ合って善男善女が酒田の酒肴を嗜(たしな)むことができる居心地の良い店であり続けています。

mokkiri-kumura-sakaba.jpg【photo】北庄内の地酒が揃う久村の酒場。定番は、もっきりのコップ酒(右写真)

 外呑み・家飲みともにワインが主流の庄イタではありますが、その信条は〝郷に入っては郷に従え〟。しぼりたて新酒が出回る季節に酒田を訪れたのですから、「上喜元 特別純米 仕込第一号」もっきりで乾杯!!

 定番のおでん・ゲソ揚げなどをつつきながら、二杯目は「鯉川 純米吟醸 鉄人うすにごり」。三杯目の「菊勇・三十六人衆純米吟醸あらばしり美山錦」で三段目ロケットに点火。庄イタにとって日本酒の指南役である阿部ご夫妻と、この夜初対面のお三方を含む意気投合したメンバー6名で2軒目を目指しました。

yukiguni-2014.12.jpg【photo】もっきりから打って変わって仕上げは冬が似合う名作カクテル「雪国」(左写真)

 路面が凍結した圧雪路に足元をとられながら流れた先が「ケルン」。お目当ては名高いスタンダードカクテル「雪国」を考案した国内最高齢の現役バーテンダー、井山計一さん(89歳)がシェーカーを振った一杯。途中から加わった酒田出身だという姉妹二人も加わり、袖触れ合うも他生の縁な宴席を締くくりました。

 ちなみに雪国と並ぶ店のもう一つの名物でもあるカウンター奥に掲げられる井山さんの自作による川柳は、「おいおいと追いかけて来る年の数」。

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 一年の邪気を祓(はら)う霊力が宿るとされる〝若水〟は、元旦の早朝に汲むのが本筋ですが、日程の都合で3日だけフライング。ε=ε=┏(; ̄▽ ̄)┛

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 標高2,236mの鳥海山頂には、鳥海山大物忌神社の本宮が鎮座します。大物忌神は穢れを清める神様。信仰の対象とされた鳥海山の地中で磨かれ、御神力を宿した伏流水は、若水として最適ではありませんか。

【photo】赤い尖塔に十字架を頂く白亜の鶴岡カトリック教会。木造ロマネスク様式聖堂としては東北地方では最も古い1903年(明治36)築

 かく申す庄イタ。この日カトリック鶴岡教会を訪れていました。それは初代司祭を務めたダリベル神父の出身地、ノルマンディ地方のデリブランド修道院から1903年(明治36)に献堂記念として寄贈された日本国内で唯一の黒マリア像を6年ぶりに拝観するがため。

 前回は2008年の年末。厨房に入ったオーナーシェフ自らが創作料理を出していた頃のアル・ケッチァーノで、6年連続の食べ納めに鶴岡を訪れた時のこと。(拙稿「今年も当たり年!」2008.12参照)マリア像は東北芸術工科大学で14か月を要した修復作業を終え、その年の春に聖堂の左身廊部に戻ってきていました。

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 イタリア・カトリックでは、東方三博士が救世主の誕生を祝うため、エルサレムを訪れた1月6日はエピファーナ(Epifana)の祝日。この日をもって待降節から1ヵ月以上続いたナターレ(クリスマス)の期間が終わります。その前夜、箒に跨った老婆ベファーナ(Befana)がやってきて、行いの良い子どもにはお菓子を、良くない子には炭を置いてゆくのです。(2007年11月拙稿「クリスマス ところ変われば」参照)

presepia-tsuruoka.jpg 国指定重要文化財に指定されるロマネスク様式の聖堂を訪れた27日は、上記理由でクリスマス期間だったため、6年前と同様にキリスト生誕の模様をジオラマで表現した素朴なプレゼーピオがマリア像の前に飾られていました。

 聖水で十字を切り、しばしの間、清浄な祈りの場に身を置き、心洗われてからバッカスまつり@久村の酒場に臨むという、八百万(やおよろず)の神がおわします極めて日本的な1日は、こうして暮れてゆきました。

 翌朝は湧水の郷・遊佐町へ。車のトランクスペースには、25ℓ容量のポリタンクを2個積んでいました。まずはJR遊佐駅構内の「遊佐カレー遊佐駅本店」で、カプチーノを一杯。

 カプチーノには、イタリア・ボローニャに本部を構える「Segafredo Zanettiセガフレード・ザネッティ」がブラジルの自家コーヒー園での栽培から焙煎まで一貫生産するアラビカ種・ロブスタ種を絶妙の配合でブレンドしたエスプレッソローストの豆を使っています。

 水は三ノ俣集落にある交流施設「さんゆう」前に引かれた鳥海山麓では屈指の口当たりの良い伏流水「鳥海三神の水」を用いているのだそう。なるほど仙台の「セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ」フランチャイズ店で頂くのとは一味違う、まさに神通力のなせる丸みのあるお味でした。

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【photo】水量豊かな遊佐町「菓子舗 光月堂」の店先に湧く湧水

 遊佐カレー遊佐駅本店を運営するほか、食の都・庄内から選りすぐった食材を扱う「フーデライト庄内」代表の佐藤幸夫さんから、町内でお勧めの湧水を〝鳥海三神カプチーノ〟を飲みながら聞き出しました。

 それは、かつては菓子作りにも用いていたという「菓子舗 光月堂」の湧水。もうひとつのタンクには、10年以上に及ぶフィールドワークで発見した丸勝金物店の敷地にある「丸勝の水」を。遊佐の町場にあまた存在する鳥海山の恵みである湧水では、屈指の水量で湧出してくる丸勝の水。その美味しさもまた申し分のないものです。

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【photo】遊佐町「丸勝金物店」の敷地に設置された石盆に轟々と音を立てて湧き出す湧水

 これで新年を寿ぐにふさわしい鳥海山の御神力を備えた若水2つを確保。残る最大のミッション遂行前に、2014年の食べ納めに席をあらかじめ確保していた店の予約時刻が迫っていました。

次回「今年の女鶴餅は自家製もあっさげ」に続く


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2014/10/11

ブドウ畑でつかまえて

The Catcher not in the Rye but the Grape
ちょっと気難しい「安芸クイーン」にまつわるあれこれ

 夢中になってライ麦畑で遊んでいるうち、崖っぷちから転落しそうになる子どもを捕まえて助けるような大人を目指す16歳の少年、ホールデン・コールフィールドが主人公として登場するJ・D・サリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」とは全く無関係の動物に関するオチですが、今回もお付き合いのほど願います。

deraware2012.8_sakuma.jpg【photo】フルーツタウン櫛引西荒屋のブドウシーズン幕開けは、8月には収穫が始まるデラウエア(手前)とスチューベン(奥)から。佐久間良一・みつご夫妻のブドウ園地にて

 大粒ブドウがシーズンを迎える頃になると、毎年通っているのが、佐久間良一・みつご夫妻が育てるブドウが、たわわに実を結ぶ鶴岡市西荒屋のブドウ園。ご自宅近くの畑ではデラウエアとスチューベンを、少し離れた園地では、さまざまな大粒品種と甲州。そして変わり種では醸造用ブドウ品種のメルロを栽培。佐久間さん夫妻とは、もう10年来のお付き合いをさせて頂いています。

cortese-nishiaraya_2012.9.jpg【photo】イタリア・ピエモンテ州原産のブドウ「コルテーゼ」。アスティ県カネッリのアグリツーリズモ「Rupestrルペストゥル」を訪れた佐久間さんのため、オーナーのジョルジョが苗を調達した

 高温多湿な日本では栽培が難しく、納得のゆく収穫にはまだ至っていないようですが、DOCG白ワイン「Gaviガーヴィ」の原料となるピエモンテ州原産の醸造用ブドウ品種「コルテーゼ」の若樹も育てている佐久間さん。佐久間さんが晩酌で楽しむ知る人ぞ知る銘酒スーペル・ショーナイ同様、ガヴィ村で生産される「Gavi di Gaviガヴィ・ディ・ガヴィ」ならぬ「Gavi di Shonai」誕生の日を楽しみにしていますよ、佐久間さん。

 2003年(平成15)秋、櫛引町(現・鶴岡市)に店を構えて当時3年目だったイタリアンレストランのオーナーシェフ氏に案内されたのが同町西荒屋にある佐久間さんの園地。仕入れ契約を結んだばかりというブドウ畑では、イタリア原産の青ブドウ、ゴールドフィンガーや醸造用品種のメルロなど、さまざまな品種が栽培されていました。

pione-2014.jpg【photo】高級品種ピオーネ。ほかに黒ブドウは巨峰、ハニーブラックなどを栽培

 撮影がてら、あれこれ味見をした中で最も気に入ったのが、高貴で上品な甘さが持ち味の「安芸クイーン」。安芸国(広島)生まれのこちらの女王様は昨年のように雨が多いと実割れを起こしたり、色が乗らなかったりで、栽培が難しい品種だと語る佐久間さん。ご主人の体調が優れなかった一昨年は、あまり畑仕事ができなかった様子がブドウの作柄に表れていたりもしました。

aki-queen2014.jpg【photo】着色不良を克服した2014年ヴィンテージの安芸クイーン。糖度が高く、香りも良い。そのほか赤系ブドウはシナノスマイル、ゴルビーなど、青ブドウはハニーシードレス、シャインマスカット、瀬戸ジャイアンツなどを栽培

kerokero1_sakuma.jpg 樹皮のすぐ内側にある養分の通り道「師部」を取り除く環状剥皮(はくひ)処理を行うことで、果樹にストレスを与え、ここ数年の着色不良を克服した今シーズン。電話で畑の様子を問い合わせた上で、日帰りで慌ただしくブドウ狩りに赴いたのが9月末。昼夜の寒暖差が大きかった今年は、安芸クイーンの色付きや味の乗りも良く、風味の良い房を選んで大人買い。11年前に魅了された本来の風味を自宅で堪能することができました。

【photo】青系イタリア品種、ゴールドフィンガーの枝に陣取り、高みから睨みをきかせる小さな青ガエル。緑の葉に囲まれてじっと動かないその姿は、カメレオンさながらの忍者ぶり

 晩熟の甲州を残すだけで、もはや大粒種のシーズンは終了間近。過熟気味のブドウからは、なかば発酵した果汁が滴り流れ、その甘い香りに小バエが寄ってきます。そんなブドウ畑には体長3cmにも満たないニホンアマガエルの姿が見られます。ブドウの房の上で身じろぎひとつせず、じっと身を潜める小さなハンターは、小バエを捕食せんと狙っているのです。

kerokero_2013.9sakuma.jpg【photo】出来が良かった今年よりも色付きは今ひとつでも、味は乗っていた昨年9月末の安芸クイーン。ブドウの上で虎視耽々、もとい蛙視耽々(?)とブドウに寄ってくる獲物を待ちうけるニホンアマガエル

 ブドウ狩りの剪定バサミの先端を近づけると、パクっと喰らいついてくるお腹を空かせたそそっかしいカエルも。誰に教えられなくても餌の在り処と、自らの居場所をちゃんと心得ているのですね。


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2014/09/20

沖田ナスにはキアンティ・クラシコ

庄内系イタリアンなワインのアンティパスト@Taverna Carlo

 個性豊かな在来作物の宝庫である庄内地方に「沖田ナス」を普及させたきっかけを作った小野寺政和さんとの偶然のなせる遭遇について記したのが6年前の夏。
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 在来系のナスとして知名度が高い「民田ナス」よりも沖田ナスは外皮が軟らかく、ナスにありがちなエグミを感じさせません。庄イタが食したあらゆるナスの中で、食味の良さは「萬吉ナス」の澄み切った味に次ぐものです。鶴岡市沖田地区に最も近い産直「あさひ・グー」では、秋口にかけて収穫したての沖田ナスのほか、浅漬け、ビール漬け、辛子漬け、粕漬けなどの加工品が並びます。
2014okita-nasu.jpg 発酵食品である漬物と醸造酒の相性の良さには体験的に気付いており、かねてよりタヴェルナ・カルロでは実践してきました。いまや「カマンベール+いぶりがっこ+日本酒」のコンビネーションは広く知られています。ワインラヴァーを自任する庄イタとしては、「カマンベール+いぶりがっこ+スモーキーなシャルドネやコクのあるピノ・グリージョなどの白ワイン」を合わせたいところ。

castello_fonterutoli_99.jpg【photo】「まだ少し早いかな?」と思いつつ抜栓したキアンティ・クラシコ・リゼルヴァ「Castello Fonterutoliカステッロ・フォンテルートリ」'99ヴィンテージ。案の定、熟成の途上にあることは口に含んだ途端に判明。岩手県山形村短角牛の相伴として、今年の春に開けてしまったのが、明らかな"お手付き"だったフラッグシップは現在ストック切れ(右写真)

【photo】かかる状況下、セラーから一掴みしたカステッロ・ディ・フォンテルートリのストックより。(下写真左から)フィネスを感じるマイ・フェイバリッツ「Siepiシエーピ」'98、今回'08ヴィンテージを開けた「Ser Lapoセル・ラーポ」'07、若飲みできるスタンダード・クラスでもハイレベルな「キアンティ・クラシコ」'06〈click to enlarge

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 辛味が心地よい「藤沢カブ」の甘酢漬けとサンジョヴェーゼ50%+メルロ50%で上質なフィネスを感じさせるお気に入りの1本、シエーピとの酸味つながりな意表を突いた組み合わせの良さを記したのは、7年前に遡る2007年6月の「藤沢周平の故郷の味」。

 1970年代までは藁づとに包まれた安酒のイメージが強かったキアンティ。フィレンツェとシエナの間に広がる生産地域の中核をなし、さまざまな個性を備えるキアンティ・クラシコの品質向上に早い時期から取り組んだのが1435年創業の名門「Castello di Fonterutoliカステッロ・ディ・フォンテルートリ」です。

 つい先日、シエーピとは異なるカステッロ・ディ・フォンテルートリのヴィーノ・ロッソと沖田ナスとの香りつながりな最良のアッビナメント(=組み合わせ。マリアージュ)を見出しました。

 それはキアンティ・クラシコ・リセルヴァSER LAPO 2008。現在で24代目となるマッツェイ家のSER LAPOセル・ラーポ(1350-1412)が、1398年12月16日に記した公式文書に「キァンティ」という名が初めて登場していることから、キァンティの祖といわれる偉大な祖先に敬意を表して1983年から作られています。

mazzei-stampa.jpg【photo】エチケッタには、誉れ高きマッツェイ家の紋章を刻印した赤い封蝋とセル・ラーポが残した手書き文字があしらわれる(右写真)。E de' dare, a dì 16 diciembre, fiorini 3 soldi 26 denari 8 a Piero di Tino Riccio,per barili 6 di vino di Chianti ....li detti paghamo per lettera di Ser Lapo Mazzei =「マッツェイ家のセル・ラーポは、この書面をもって、キアンティ・ワイン6樽の対価として12月16日に3フローリン26ソルド8デナロ(⇒それぞれ中世フィレンツェ共和国の通貨単位)をピエロ・ディ・ティーノ・リッチョに支払うよう指示する」という1398年の記述(下写真)scrittaSerLapo.jpg

 イタリアワイン界で引く手あまたの天才醸造家、(光栄にも私と同じ名前の)カルロ・フェリーニが手掛けるカステッロ・ディ・フォンテルートリのキアンティ・クラシコ3種の中では、ミドルレンジに当たるヴィーノです。1990年代前半には日本市場でも流通しており、その味は長らく記憶に残るものでした。

 ノーマルのキアンティ・クラシコやリゼルヴァとは違って、セル・ラーポは取り扱うインポーターが無くなって、長らく日本で姿を見ることはありませんでした。現在は首都圏を中心に9店舗を展開する「Eataly」の独占販売となっています。実勢価格で3千円そこそこと、デイリーユースにも無理のない値付けがされています。

SerLapo-okita2.jpg【photo】キアンティ・クラシコ・リゼルヴァ・セル・ラーポ2008と小野寺政和さん・太さん親子が育てた沖田ナス浅漬けの和洋折衷な組み合わせ@Taverna Carlo

 セル・ラーポは、例年ちょうど今頃の9月中旬に収穫が始まる樹齢10年~20年のサンジョヴェーゼ90%、9月上旬に収穫されるメルロー10%というセパージュ。標高220m~510mの間に広がる石灰岩土壌の畑で手摘みされたブドウは、除梗・破砕後にステンレスタンクで28℃~30℃に管理され、15~18日間のマセレーション(果皮と種を除かぬまま果汁に浸すこと)を行い、225ℓ容量のフレンチバリック樽(半数が新樽)で12カ月、瓶詰め後5カ月の熟成を経てリリースされます。

 今回抜栓したのは2008年ヴィンテージ。軽く10年は熟成するポテンシャルのヴィーノゆえ、更に作柄の良い2006年や2007年には手を触れず、まずまずの年だったこの年から開けた次第。サンジョヴェーゼ特有のスミレ香が心地よく、新樽由来の適度なロースト香がインクや黒ブドウ由来のスグリ、ビターチョコレートなどの複雑な構成要素の中に、血筋の良さを感じるカルロ・フェリーニらしさが綺麗に溶け込んでいます。フラッグシップに当たる「Castello Fonterutoli 」ほど目の詰まった凝縮感はありませんが、ミディアム~フルの体躯を備えています。

 イタリアワインの在庫が豊富なタヴェルナ・カルロには、この夜、南チロル地方アルト・アディジェ産のアロマティックな「Gewürztraminerゲヴュルツトラミネール/ Cantina Traminカンティーナ・トラミン'13」も抜栓して3日目で選択肢としてはありました。しかしフローラルでアロマティックな白ワインが好相性とは思えず、キアンティ・クラシコ・リセルヴァにお出まし願いました。

SerLapo-okita.jpg 主張しすぎないソフトなタンニンと上品なバランスの良さが身上のセル・ラーポ。抜栓後2日目で、初日よりも空気に触れた分、香りが開いています。そこで実感したのが、オーク樽熟成を経たキアンティ・クラシコ・リゼルヴァと沖田ナス浅漬けとの相性の良さ。キアンティ・クラシコの屋台骨となるサンジョヴェーゼのアロマと綺麗な酸味が、沖田ナスの青い印象の香りと重層的に響き合います。「これは素晴らしい組み合わせだっ!

【photo】醸造所を昼に訪れ、テラス席を希望すれば、カステリーナ・イン・キアンティの眺望とトスカーナの伝統料理を蔵出しのヴィーノとともに楽しめるカンティーナ直営の「Osteria di Fonterutoliオステリア・ディ・フォンテルートリ」。イタリア人も驚く好相性な沖田ナスの浅漬けをメニュー化するよう強く進言したいが、如何?

 仙台市北部郊外にあるJAみどりの直営の「元気くん市場」には、一ノ蔵農社など松山・美里町周辺の生産者直送の在来ナス「仙台長ナス」が置いてあります。添加物オンパレードの市販の漬け物を良しとしないタヴェルナ・カルロでは、夏の名残りのこの季節、沖田ナスだけでなく仙台長ナスの自家製浅漬けも登場します。ただし仙台長ナスではナス特有の苦み・エグミが残るため、それを洗い流すにはやはり日本酒ですね。

 キアンティ・クラシコを沖田ナスの浅漬けと組み合わせるのは、いわば変化球勝負。肉厚の遊佐町産パプリカ、玉ネギ、トマト、セロリなどの野菜と一緒に素揚げした沖田ナスを煮込んだシチリアンな「カポナータ」では、直球で相性の良さを実感できたことも申し添えておきます。
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2014/07/21

山伏ポーク

Taverna Carlo タヴェルナ・カルロ
或る夜のテーブルより

 食の都・庄内は品質の高い豚肉の宝庫でもあります。庄内地域全体では、大小80の生産者が年産8万頭を出荷しています。地元産の飼料用米で育ったヘルシーな「こめ育ち豚」〈拙稿:「応援しよう!こめ育ち豚」(2009.7)参照〉に関しては、とんかつと豚肉料理 平田牧場仙台ファーストタワー店がオープンした2009年7月に既報の通り。無敵のコストパフォーマンスも相まって庄イタがイチ押しするのが「山伏ポーク」。ゴールドでもプラチナでもない知る人ぞ知るこの銘柄豚は、修験と信仰の山、月山・羽黒の麓で育ちます。

kobaecha-2014.9.jpg【Photo】頭を垂れた稲穂が黄金色に染まる実りの季節。月山山系の裾野を進む庄内こばえちゃラインの沿道からは、鶴岡・三川・酒田方面と鳥海山の眺望が手に取るよう。あまたの食材に恵まれた食の都・庄内では、蕎麦を決して売りにしないものの、山形県内では鶴岡市が最多の産出地となるソバの白い花が咲く標高が高い地域で、山伏ポークは飼育される。鶴岡市羽黒町川代付近にて

yamabushi-shabu-2014.6.jpg 「庄内こばえちゃライン」の愛称で呼ばれる庄内東部広域農道からは、豊饒なる庄内平野と日本海が眼下に一望のもと。山伏豚は、月山の裾野に延びる庄内こばえちゃライン沿いの鶴岡市羽黒町地域の清涼な環境のもとで育ちます。その優れた肉質は、月山水系の滋養豊かな水と抗菌剤を使用しない穀物主体の配合飼料で180~190日をかけ、出荷に適した体重110kgまで肥育されることで育まれます。

【Photo】夏を元気に乗り切るため、積極的に食卓に取り入れたいのが豚しゃぶ。居並ぶ銘柄豚の中から庄イタがイチオシは山伏ポーク。新鮮な山伏ポークは、全くと言ってよいほどアクが出ない。ほんのり甘い脂と香りのよいキメ細やかな赤身のハーモニーが秀逸なバラ肉をぜひ!

 真っ白な良質の脂身とキメ細やかな肉質の山伏豚の魅力が発揮される部位の一つが、ほんのり甘く香りのよい脂身と淡いピンク色のシルキーなキメ細かい赤身との黄金比率を味わえるバラ肉。その美点を活かす山伏豚しゃぶで最強の共演者「平田赤ネギ」〈拙稿(2007.9)参照〉を得た山伏ポークは、飛ぶ豚、もとい飛ぶ鳥をも落とす無敵の風味で食べる人を魅了します。それは冷しゃぶとて同様。冬場が旬となる濃厚なネギの芳香が甘味に昇華する平田赤ネギとの共演は叶わぬものの、肉厚の「十三浜ワカメ」〈拙稿(2012.4)参照〉が脇を固め、堂々の主役ぶり。

yamabushi-roast-2014.6.jpg【Photo】肩ロース500gに対して岩塩7g、潰したホワイトペッパー3g、ニンニクスライス2片、ローリエ3枚で15時間マリネ。火を通しすぎないようローストすれば、たとえ藤沢カブはなくとも、雪がしんしんと降り積もるあの夜の感動が蘇るアル・ケッチァーノ風山伏豚のロースト

 バラ肉のカロリーを気にされる方でも、しゃぶしゃぶと湯煎して脂肪分を洗い落とすので安心。100gの豚肉には一日の必要量の半分を賄えるほどのビタミンB1が豊富に含まれています。ビタミンB類は糖質の代謝に関与してエネルギーを作り出すため、夏バテ予防にピッタリ。東北も梅雨明けまでカウントダウンとなったこれからの季節、独自の配合飼料を与えることでコレステロール分を通常比で2割カットしたという山伏豚の冷しゃぶで夏を乗り切りましょう!!

 肉の味がわかる方ならば、リピート必至の山伏豚との出合いは、もう10年以上前に遡ります。鮮烈な印象を残したのは、2004年(平成16)の暮れも押し迫った大雪の中、鶴岡「アル・ケッチァーノ」で食した在来作物フルコースの最後に「新作です」と奥田シェフが運んできた「山伏豚肩ロースマリネのロースト藤沢カブの焼畑仕立て」。料理の背景が見事なまでに表現されたその一皿で感涙に打ち震えた体験の顛末は、「奇蹟のテーブル」に記した通り。如才ないオーナーシェフがメディアの寵児と化し、店が変貌する以前の話で、ほぼ月3回の頻度で仙台から通っていた頃の事です。

rodano2004-con-yamabushi.jpg【Photo】山伏豚ローストには、ゲヴルツトラミネール+リースリング+シャルドネという珍しいセパージュの南トスカーナ・スヴェレート産ヴィーノ・ビアンコ「Lodanoロダーノ2004」をチョイス。「REDIGAFFIレデガッフィ」で知られるTUA RITAが年産3千本を極少生産

 鶴岡市羽黒町の養豚農家が生産する(ランドレース×大ヨークシャー)×デュロックの三元交配による銘柄豚「高品質庄内豚」の中でも、鮮度が良く、肉塊が程よい大きさで身肉がしまっている個体に限定される山伏ポーク。かつて羽黒農協が所有していたこの銘柄を、1981年(昭和56)から独占的に扱うのが、元々は羽黒町でお兄さんと一緒に養豚農家を営んでいたという鶴岡市みどり町の精肉店「クックミートマルヤマ」の丸山完さん。

 余談ですが、調理師免許を持つ二代目の浩孝さんは、先日まで鶴岡まちなかキネマで公開されたドキュメンタリー映画「ある精肉店のはなし」上映実行委の中心的役割を果たした行動派の一面を持っています。

kan_maruyama.jpg【Photo】店を継いだご子息の浩孝さんが商品化するも、委託製造先の事情で残念ながら現在は休止中で復活が待たれる「庄内カレー」を手にするクックミートマルヤマの丸山完代表

 山形県下の養豚農家として、法人化にいち早く取り組み、生産と販売を分業化。当初から自動給餌器を取り入れ、豚舎への第三者の立ち入りを制限するなど、衛生面に配慮した生産現場は兄が、販売は弟の完さんが担当。現在の店舗がある鶴岡市みどり町に直売所を出したのが1971年(昭和46)。以来、丸山精肉店、クックミートマルヤマと店名は変わりましたが、品質第一を貫く姿勢は、確かな目利きによる仕入れと店頭での丁寧な仕事ぶりから伺うことができます。

 ご自身もかつては生コンのミキサーで飼料の配合をした経験をお持ちで、生産者の立場を心得ている丸山さん。1995年(平成7)に当時の庄内1市7町1村の農協が広域合併した「JA庄内たがわ」発足当時、広域化したことによる庄内豚の品質のバラツキに危機感を覚え、独自に設けた厳しい基準に沿った肥育を実践する羽黒地域の生産者のみに仕入れ先を限定しています。

ja-n-japan-feeds.jpg【Photo】山伏ポークの飼料を生産する「JA全農北日本くみあい飼料石巻工場」(写真中央)は、宮城県石巻港に面しており、震災の津波で大打撃を受け、被災直後は飼料の生産・供給が全面停止。周辺はいまだ津波の爪痕が痛々しいが、白煙を上げる日本製紙石巻工場(写真左奥)ともども現在は復旧し、山伏ポークの変わらぬ美味しさを支えている〈撮影:2014年3月〉

 庄イタが山伏ポークと出合った当時は、意識の高い12軒の養豚農家が山伏豚として店頭に並ぶ高品質庄内豚を生産していました。安定した供給が可能な輸入食肉の増加と、生産者の高齢化によって、生産農家の数は現在6軒にまで減少しています。これは山伏豚に限った話ではなく、私が庄内系にメタモルフォーゼした2003年(平成15)、山形県内で240戸だった養豚農家は昨年の農水省統計では120戸に半減。全国ベースでは過去10年で9,430戸が5,570戸に減少。みやぎ野ポークの産地、宮城県に至っては460戸が165戸まで激減しています。〈*注1〉参照

s-miali-selvatica2005.5.30.jpg【Photo】毎年5月を迎える頃、「スタジオセディック(旧「庄内映画村」)」庄内オープンセットに隣接する自然豊かな月山山麓の100ha近い広大な放牧地で委託放牧される丸山光平さんの緬羊たち。「放牧を始めたよ」という知らせを受た2005年(平成17)5月上旬、月山高原牧場では、ストレスフリーな環境のもとで羊たちが草をはんでいた

 遺伝子組み換え(GMO)やポストハーベスト農薬への不安が拭いきれない飼料で育つ外国産食肉は、国産と比べて安価ではあります。山伏ポークはNON-GMO、ポストハーベストフリーのトウモロコシや大豆を主体とする原料だけを使用する「JA全農北日本くみあい飼料(株)」石巻工場で生産される飼料を生育に合わせて与えられ育ちます。そのため、東日本大震災で同工場が津波で被災して以降、指定配合飼料による給餌ができず、山伏ポークの名が店頭から消えた時期がありました。食の信頼を裏切る事例に事欠かない時代にあって、こうした真摯な姿勢は、さすがですね、丸山さん。

maiali-haguro_2012.8.jpg【Photo】ジンギスカンブームが去った1980年代後半には羽黒町内で唯一の緬羊生産者となった丸山光平さんの羊舎ですくすくと育つサフォーク。いわゆる羊臭さを感じさせない素晴らしい肉質は、未体験の方には未知のもの。もはや異次元の美味しさは決して他の追従を許さない

 山伏ポークと並ぶクックミートマルヤマの看板が、食の都・庄内にして唯一無二、孤高の風味を誇る緬羊(めんよう)を飼育する丸山光平さんが代表を務める月山高原花沢ファームの羽黒緬羊。品種は英国原産のサフォーク種です。冬季を除き、一般向けに羽黒緬羊を扱うのもまたクックミートマルヤマだけ。春に月山高原牧場で放牧され、秋に山を下りる間、自然交配で種付けされたサフォーク羊のベビーラッシュは翌春。月齢12カ月に満たないラムは肉が柔らかですが、丸山さんが出荷するのは、摂取した餌による肉質の向上が顕著に表れる月齢15カ月前後のフォゲットが中心。

haguro-miale-al.che.jpg【Photo】「行ってみたいから案内して」というメンバーに付き添いで5年ぶり(!)に訪れた鶴岡アル・ケッチァーノにリクエストし、西田シェフが調理して下さった「羽黒緬羊のシンプルロースト」。初めてこの肉を食したメンバーは一様に「こんなヒツジの肉は初めて」と予想通りのリアクション

 青草中心の飼料では、クセの少ないラムでさえ特有の臭みが必ず残ります。丸山光平さんは、出荷前になると穀類中心の給餌に切り替え、稲ワラや庄内ならではのとある飼料を与えることでこの問題を克服しました。それは加工用に大量に発生し、廃棄されていた特産の「だだちゃ豆」の莢(さや)。給餌の様子を見せて頂いたことがありますが、羊たちはだだちゃ豆の莢を一心不乱についばみながら、口々に「ウメェ~」。

 生産履歴がつまびらかな国産肉を食することで、日本国内の食料生産者を支えることになります。鮮度を大切にするため、注文した部位を目の前でスライサーにかけてくれるクックミートマルヤマのような精肉店は貴重な存在。意欲的な生産者と二人三脚で品質向上に努めるこうした小売店と繋がることは、食の安心・安全に無頓着ではいられない私たちには心強い味方です。生産者と小売店と消費者が近しい関係にあることを感じさせてくれるこの店に、庄イタはこれからも通い続けることでしょう。

【備考】スライサーで冷しゃぶ用に薄くスライスして頂いた山伏ポークのバラ肉と、ロースト用の肩ロースの調理事例ロケ地は、ワインセラーに常時300本近いイタリアワインのストックを抱える仙台市青葉区某所の超穴場「Taverna Carlo タヴェルナ・カルロ」。食材調達に費やす労力は厭わないが、ボルドーやブルゴーニュのストックが圧倒的に少ないため、赤い表紙の某グルメ評価本の覆面調査員からは見向きもされない(爆)
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クックミートマルヤマ
住:鶴岡市みどり町20-35
Phone:0235-23-5246 FAX:0235-25-7724
営:9:00~22:00 日曜定休
1kgより代引きで宅配可。送料別途。
URL: http://www.tawarayasan.com/umai/cmm/index.htm

〈*注1〉 「農林水産省畜産統計調査」による全国での豚の飼養頭数は、2003年(H15)9,725,000頭⇒2013年(H25)9,685,000頭。ほぼ半減している生産戸数と比して飼養数は、ほぼ横ばい。山形における飼養頭数は181,900頭(H15)⇒160,400頭(H25)宮城は233,100頭(H15)⇒211,800頭(H25)と各1割減。この数字から読み取れるように、養豚農家一戸あたりの平均飼養頭数が1,031.3頭(H15)⇒1,738.8頭(H25)と大規模集約化が進んでいる。
東北6県で目を引くのが福島県の推移。同年比での生産戸数は210戸(H15)⇒113戸(H23.2月調査)⇒81戸(H25)。飼養頭数が226,600頭(H15)⇒184,200頭(H23.2月調査)⇒141,400頭(H25)。過去10年で生産戸数が62%減、飼養頭数も6割ほどに減少。それもそのはず。東京電力福島第一原発から20km圏内で飼育されていた牛3,500頭、豚3万頭、鶏68万羽、馬100頭の多くは畜舎で餓死し、事故後に警戒区域や立ち入り制限区域とされた地域で今年1月までに人の手で安楽死処分された牛は1,692頭、豚は3,372頭にのぼる。飼い主の無念はいかばかりだろうか
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2014/01/03

新春縁起藤沢カブ

年忘れ恒例食べ納め@酒田「L'Oasis ロアジス」

 新年を迎えるにあたり、一昨年末は糯米として空前絶後の食感と風味を備える本女鶴を杵搗きした丸餅を入手するため、大雪の中を訪れた酒田「こい勢」旬の地魚おまかせ握りをもって、(大晦日の晩には鶴岡市田川の地粉「でわかおり」で打った「鬼坂そば」で年越しはしましたが...)年を〆る食べ納めとしました。

※昨年の食べ納めレポートはコチラ ⇒《Link to Backnumber

 本女鶴の味が忘れられず、今年も生産者の堀芳郎さんに餅をお願いしていたため、歳末は再び酒田を訪れました。あまたの候補から食べ納めの店に選んだのは、「ル・ポットフー」と「レストラン欅」を舞台に、故・佐藤久一(1930-1997)と二人三脚で"フランス風郷土料理"という新境地を切り開いた功労者である伝説のグランシェフ、太田政宏さんが厨房を取り仕切るフレンチ「L'Oasis ロアジス」。前身となる中合清水屋から経営を引き継ぎ、2012年3月末に地元資本でリニューアルオープンした「マリーン5清水屋」の呼び物として、鳴り物入りで入居したフランス料理店です。

monsieur_ota.jpg【Photo】太田政宏グランシェフ

 まだ酒田市民がフランス料理に馴染みの薄かった時代。庄内浜の海の幸を中心とするフランス風郷土料理は、広く地元の支持を集めただけでなく、「生まれて初めて体験した料理」と絶賛した開高健ほか、評判を聞きつけて訪れた丸谷才一、古今亭志ん朝、山口瞳ら多くの食通たちを唸らせてきました。後進の育成や市民向け料理教室にも積極的に取り組んでいるほか、10年前の制度創設当初から任に就いている「食の都庄内親善大使」としても活躍中です。

 1943年(昭和18)、横浜生まれの太田シェフが、レストラン欅の開店準備に奔走していた佐藤久一に誘われる形で酒田に居を移したのが1967年(昭和42)、24歳の時。爾来40年以上に渡って、質と種類において築地と大田を擁する東京をも凌駕する食材に恵まれた庄内ならではスタイルを追及してきました。料理人として一時代を築き、60代の後半を迎えた一時期、太田さんは第一線を退かれたことがあります。父を模範に背中を見て育ったご子息が、酒田市内に開店したフランス料理店「Nico ニコ」を食事に訪れた際、客としておいでだった太田さんとお会いし、ご挨拶を交わしたことが幾度かあります。コックコートに身を包んだ姿のイメージが強かったせいもあり、食事を終えてご家族と店を出るジャケット姿の太田さんを見送りながら、少し淋しい気がしたものです。

meyaki_1967.jpg【Photo】1971年(昭和46)、料理長を任され順調な船出をして4年を経たレストラン欅の面々と。日本のフランス料理界の父・辻静雄やポール・ボキューズらから直接薫陶を受けていた若き日の太田シェフ(左端)。写真中央が13歳年上にあたる佐藤久一 (写真提供/荘内振興株式会社 代表取締役会長 小林元雄氏)

 そうした復帰を望む声が少なからずあったのでしょう、マリーン5清水屋の新たな顔として、かつてル・ポットフー伝説が生まれた同じ5Fフロアへのロアジス開店を機に再登板。現場復帰の祝意をお伝えしようと開店後ほどなく店を訪れた時は、1時間半待ちの盛況ぶりでした。"手頃な値段で本物を提供する"というル・ポットフーや欅で積み上げたコンセプトを踏襲したメニュー構成はこれまで通り。客席から中の様子が見える半開放の厨房で指揮を執る太田シェフの姿に見とれたものです。大晦日のNHK紅白歌合戦で、庄イタのように"あまロス症候群"で悶々としていた人々が幾分なりとも溜飲を下げたあまちゃん風に表現すれば、まさに「カッケー」の一言。

loasis7_2013.jpg【Photo】新生「マリーン5清水屋」5Fフロアの一角に誕生したオアシスを意味する「L'Oasis ロアジス」

 現場復帰を機に、生涯現役を宣言した太田シェフ。庄内におけるキャリアの出発点となった店の名に佐藤久一が込めた"山居倉庫の欅のように酒田に根を張り、大きく育ってほしい"という願いを具現化しました。輝かしい実績を築き、いかに名が知れようと料理人の本分は厨房にあり、唯一光り輝く場所は、幸せな食べ手がいる現場をおいてほかにはあり得ません。昨年、古希を迎えた太田シェフ。庄イタが高校時代に初めて食し、感激したマエストロの料理は、今も変わらず瑞々しい感性を感じさせます。慌ただしい年の瀬を迎え、後輩に囲まれて現場に立つ太田シェフの姿に、改めて崇敬の念を抱いた庄イタなのでした。

 一年を締めくくるテーブルで選んだのは、旬の地元食材を散りばめ、素材の確かさを表現した王道のフルコース。メインディッシュの魚料理と肉料理をそれぞれ3種から選べるプリフィックスのメニュー内容にして、良心的な3,500円という価格設定は、食の都庄内ならではの醍醐味と申せましょう。

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【Photo】〈アミューズ〉ニンジンのムース,ニンジンのマリネ,庄内もち豚のテリーヌとピクルス(左写真) 〈オードヴル〉カワハギの和風天ぷらフレッシュトマト風味,クレソンとエシャレット(右写真)

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【Photo】〈スープ〉ガサエビのマリニエール(+200円)(左写真) 〈ポワソン〉スズキ・ホタテ・エビのポワレ、升田カブのフライ,平田赤ネギとサヴォイアキャベツの温製(右写真)

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【Photo】〈ガルニチュール〉庄内もち豚バラ肉・脛肉の腸詰めと(過去にドイツ語圏で3度食した本家筋よりも遥かに美味しい)アイスバイン,焼きポレンタ・温製カブ添え(左写真)〈デセール〉カラメルのムース、バニラアイスクリーム、フルーツ添え(右写真)

 ご覧の通り、盛り付けを含めてオーセンティックな王道フレンチ。ゆえに食してみると太田シェフの手腕がより一層際立ちます。バリエーション豊富な庄内ならではのフランス風郷土料理という新機軸が健在であることを一皿ごと感じます。例えばガサエビのマリニエール(=漁師風)。白ワインと塩・バターを加えてガサエビを煮込んだフュメのコク豊かな太田シェフが編み出した看板スープです。ル・ポットフーや欅で食した印象よりもスッキリした透明感の高さを感じ、フロア係の三川美和子さんに「レシピを変えましたか?」と尋ねました。厨房に確認して下さった三川さんによると、バターの配分を少し抑え、オリーブオイルの比率を高めているとのこと。食べ手の健康を慮(おもんぱか)って下さっているのでした。
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 そんな風にレストラン欅時代からお世話になっている三川さん、そして厨房からわざわざ見送りにいらした太田シェフにお礼を申し上げて店を後にしました。この後、本女鶴餅を入手するため堀芳郎さんと、ご縁を繋いで下さった酒田女鶴の生産者・渡部正宏さん・由美子さん夫妻のもとを訪れます。そこで初期の目標を達しただけでなく、渡部さんの酒田女鶴を1袋購入すると、彦太郎糯の丸餅が2袋ついてきました。はえぬきの新米と小松菜を購入するため、午前中に立ち寄った鶴岡の井上農場でも、杵つきの丸餅を土産に頂戴していたため、数年分まとめて正月祝いができそうな状況に (*^▽^*)。

 雪が少ない今年は、冬季限定で湧水で融雪する道が出現する「さんゆう」で鳥海の伏流水を汲みがてら、鳥海山麓・金俣地区産の地粉で打った「金俣そば(4食入り2,300円)を縁起年越し用に調達。刻んだ平田赤ネギと盛岡「小さな野菜畑」で購入しておいた「味の箱舟」認定の安家地大根(あっかずでぇご)をおろして薬味とし、庄内と南部の共演による年越し準備をつつがなく終えたのです。今年最初の更新に当たり、命の糧となる食べ物を介した多くの縁を頂く庄内で時として起こる言霊現象を最後にご紹介しておきます。

fujisawa_kab2013-2.jpg【Photo】積雪が多かった過去二年と比べ、今のところ圧倒的に雪が少ないこの冬の庄内地方。計画伐採された山肌を焼畑にして藤沢カブを栽培している後藤勝利さんが、今年使った区画

 前日は鶴岡の湯田川温泉に投宿しました。多忙であった昨年は、湯田川に隣接する藤沢にお住まいで、例年何度かお邪魔していた藤沢カブ生産者・後藤勝利(まさとし)さん・清子さん夫妻に不義理をしていました。宿を引き払ってから、後藤さんお手製の甘酢漬けを直売以外で唯一置いている温泉街にある土産物店「ぱろす湯田川」で購入。その足でご在宅かどうか分からぬまま後藤さん宅へ車を走らせました。

fujisawa_kab2013.jpg 今年3月で廃校が決まっている湯田川小学校前を通り過ぎ、T字路に差し掛かかり一時停止したところで遭遇した軽トラックの運転席には、なんと後藤勝利さんがっ!!!! \(゜o゜)\。

 引きの強さ(ただし庄内地域限定)が、またも発揮された格好です。ついぞ昨年は訪れることのできなかった毎年場所を変える畑の在りかを教わり、浅漬け用に生の藤沢カブを土産として頂きました。カブのひげ根取りの手伝いすらすることなく頂き物をしたのでは申し訳が立ちません。物々交換の文化が今も根付く庄内に入っては庄内ルールに準じるのがセオリー。新潟で前日入手していた笹川流れの海塩を置いて後藤さん宅を辞去しました。

 紅白のおめでたい藤沢カブで新たな年を迎えた「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」。今年もよろしくお付き合いのほど、お願いします。

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L'Oasis ロアジス
住:酒田市中町2-5-1 マリーン5清水屋 5F
Phone:0234-24-0112
営: 昼11:30-14:00 夜(前日まで要予約)17:00~21:00(L.O.19:30) 水曜定休
・ランチ:ランチコース2,100円 魚ランチ1,500円~ 肉ランチ1,500円~ お子様ランチ1,000円
・ディナー:Aコース4,400円 Bコース6,600円 など
  
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2013/11/21

鶴岡のれん

料理人がおすすめする郷土食

 「料理人がおすすめする郷土食」をテーマに鶴岡市内の42店舗が参加し、限定メニューを提供する「鶴岡のれん」が、11月16日(土)から12月1日(日)までの16日間にわたって開催されています。 

 海・川・山・里の彩り豊かで個性的な旬の食材が揃い、その地ならではの祭事・行事と深く結びついた伝統料理が四季折々に味わえる食の都・庄内。

 七福神の大黒天が年越しをする「大黒様のお歳夜(としや)」にあたる12月9日の夜には、二股の「まっか大根」と黒豆ご飯などの豆を用いたさまざまな料理と、秋田沖から南下してくるハタハタと豆腐の田楽焼きが庄内の各家庭の食卓に並びます。

dengaku_hatahata6592.jpg【Photo】まっか大根や黒豆とともに大黒様のお歳夜に欠かせないハタハタの田楽焼き

 怒涛渦巻く冬の日本海ならではの恵みである高級魚「寒鱈」を余すところなく使い、岩ノリをトッピングして酒粕を加えた味噌仕立ての「どんがら汁」も冬の庄内には欠かせない味。ほら貝を吹き鳴らしながら山伏が家々を回る松の勧進と、大晦日に神事が執り行われる松例祭が明けると、北前船が上方の食文化を庄内に運んだことを物語る西日本で主流の丸餅で新たな年を祝います。毎年2月1日、夜を徹して能を奉納する黒川能「王祇祭」では、名物の豆腐焼きが演者・参加者に振る舞われます。

 海運で栄えた往時を偲ばせる京都や江戸から運ばれた時代雛が微笑みかける日本海ひな街道では、職人技が光る雛菓子が雛段に供えられます。その頃、雪解け水で増水した赤川河口域では日本海へ下ったヤマメが成長した「雪代鱒」こと、春の訪れを告げるサクラマスが遡上を始めます。湯田川で種籾を温泉に浸して発芽を促す芽出しが行われるのが4月始め。やがて芽吹きの季節を迎える山々は、山菜の宝庫と化すのです。灰汁で炊いた黄色い餅米を笹の葉で包んだ「笹巻」は、端午の節句に食されます。初夏の気配を感じる5月中旬に登場する孟宗筍を使った郷土料理の白眉が「孟宗汁」。修験の信仰が息づく羽黒の宿坊では、「月山筍」や生姜を薬味に餡かけにする胡麻豆腐など、独自の発展を遂げた精進料理が供されます。

ougisai_tofu.jpg【Photo】山椒のきいたつけ汁で食する王祇祭の焼き豆腐

 温海川など山あいの清流でアユ漁が始まり、鼠ヶ関や由良で夏イカ漁が最盛期を迎え、天然岩ガキ漁が解禁される頃、まばゆい日射しに輝く水平線上には入道雲が現れます。京都の影響が色濃い「南禅寺豆腐」の冷や奴と、ツルツルした喉越しが良い「麦切り」が恋しい盛夏を彩るのは、森屋初という女性が明治後期に選抜育種した「藤十郎」の直系品種「白山(しらやま)」など、サヤごと味噌汁の具にもする「だだちゃ豆」、京からやってきた宮大工が種をもたらしたとされる「民田ナス」、弘法大師が口にしたという伝承が残る「外内島キュウリ」など。

 秋の収穫に向け、「温海カブ」、「田川カブ」、「藤沢カブ」など田川地区の山中で、在来のカブの焼畑と播種が行われるのが、夜空を光と感動で覆い尽くす赤川花火大会の前後。その頃、湯野浜から酒田を経て遊佐まで続く砂丘地帯ではアンデスメロンが、松ヶ岡ではモモが出荷の最盛期を迎えます。

dewanomochi_onodera.jpg【Photo】「庄内協同ファーム」代表小野寺喜作さんの圃場で収穫を待つ糯米「でわのもち」

 あまたの食材に恵まれているため、山形内陸のように蕎麦を呼び物にしない庄内ですが、県内で玄ソバの産出量が最も多いのが実は鶴岡。新蕎麦が出回る頃、「はえぬき」や「つや姫」などの銘柄米が誕生した同市藤島地区など庄内一円では、穂先を垂れた黄金色の稲穂と、秋風に運ばれてくる稲ワラの香りが収穫の季節到来を告げます。五穀豊穣を願い3月に里へと迎えた田の神を再び山に送る「田の神上げ」の日、初めて口にする新米と「もって菊」、口細ガレイ、秋鮭と大根の煮物が食卓に上がります。

 舞茸、もだし、ナラタケなど天然物のキノコは、山沿いで秋から冬にかけて食される「納豆汁」に欠かせません。フルーツタウン櫛引で、大玉ブドウがたわわに実を結ぶ頃、明治時代に新潟からもたらされた庄内柿の代表品種「平核無(ひらたねなし)」が橙に色づき始め、収穫を待つばかりとなります。月山が頂きを白く染めてほどなく、藩制期以来の酒造りの歴史を刻む鶴岡市大山では、寒仕込みが始まります。仕上がった新酒は、2月の「大山新酒・酒蔵まつり」でお披露目されます。

 こうして訪れるたび、庄イタを魅了してやまない食材の豊かさ、季節ごとの営みと密接に結びついた郷土の味の多彩さぶりには目を見張るものがあります。

 「酒の肴」をテーマに、JR鶴岡駅から鶴岡銀座周辺の歓楽街に向かって、ほぼ一直線に参加30店が集中し、今年6月に開催された第1回鶴岡のれんは、500円のチケット制で各店自慢のお酒とお通しがセットされる企画でした。ワンコインの明朗会計で、心ゆくまでハシゴ酒ができるだけに、左党の諸兄諸姉から好評を博し、用意したチケット700枚はたちまち完売。「お通し」とはいえ、「白山だだちゃ豆のかき揚げ」、「庄内孟宗汁餃子」、「サクラマスと月山筍のマリネ」など、鶴岡ならではの旬の味を取り入れた店もあり、"らしさ"は楽しめたはずです。

tsuruoka_gohan2.jpg【Photo】昼・夜それぞれ趣向を凝らした各店の限定メニューが味わえる「鶴岡のれん」vol.2の〈夜の部〉パンフレット

 2回目の開催となる今回は、食の都・庄内らしさを、より前面に打ち出し、鶴岡の味を主役に据えています。昼の部に26店、夜の部には30店の合計56店、昼夜とも参加の店があるため、実数で42店が参加。1枚500円からのチケット制で、店によって500円~3000円と、チケットの必要枚数が異なります。鼠ヶ関、三瀬、湯野浜、藤島、羽黒、櫛引と、参加店が広域に広がり、東北の自治体では最も市域が広い鶴岡ならではの多彩な旬のエッセンスを味わうことができそうです。

biglietto-tsuruoka-noren.jpg 企画担当の鶴岡市食文化推進室の阿部知弘さんによれば、参画を機に鶴岡でしか味わえない在来作物をメニューに取り入れた事例もあり、店側の意欲向上にも結び付いているとのこと。敷居が高いであろう割烹も参加しているこの企画。鶴岡市民からも歓迎されているそうです。

 チケット購入の上、3~5店舗を回って対象の料理を食べるとスタンプがもらえ、その個数に応じて、つや姫5kgや月山ワイン、郷土料理のレシピ本「たんぼの味~庄内・やまがたのお米で作るレシピ集」などが抽選で当たるスタンプラリーも好評実施中。まずはWebにアクセス。昼の部、夜の部それぞれ用意されたパンフレットでじっくりと品定めの上、今回も完売必至のチケットを確保し、いざ晩秋の鶴岡へ!!

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鶴岡のれん vol.2
料理人がおすすめする郷土食 
●期間:2013年11月16日(土)〜12月1日(日)
●主催:鶴岡食文化創造都市推進協議会 http://www.creative-tsuruoka.jp/
●チケットは下記各所にて:
 ・鶴岡市観光案内所(JR鶴岡駅内/ Phone:0235-25-7678)
 ・出羽商工会本所(鶴岡市藤島字笹花33-1/ Phone:0235-64-2130)
  同櫛引支所・同三川支所・同朝日支所・同羽黒支所・同大山支所・同温海支所
 ・鶴岡食文化産業創造センター(鶴岡市馬場町14−1/ Phone:0235-29-1287)
 ・鶴岡市 食文化推進室(鶴岡市馬場町9-25/ Phone:0235-25-2111)
【問】:鶴岡市企画部 政策推進課 食文化推進室 / Phone:0235-25-2111(代)

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2013/04/20

上映期間延長

在来作物と種を守り継ぐ人々の物語
  映画「よみがえりのレシピ」仙台上映 期間延長

・2013年4月27日(土)~5月3日(金・祝)@フォーラム仙台

 川崎市アートセンター「アルテリオ映像館」と大阪府淀川区「第七藝術劇場」で映画「よみがえりのレシピ」劇場公開が始まった本日、先週13日から劇場公開が行われている仙台での上映期間延長が決定しました。パチパチパチ...。

frier_yomireci3.jpg

 宝谷カブのピッツァなど、アル・ケッチァーノが編みだした料理の写真が加わった最新のフライヤーに写真提供をなさった東海林晴哉さんの写真展「山形在来作物の世界」@美術カフェ ピクニカは明日が最終日。6月には再びレストラン「パリンカ」での作品展示がありますが、21日(日)15時頃から東海林さんご本人が会場にいらっしゃるとのこと。作品を前に直接話をうかがえるまたとない機会です。

 映画に登場するオーナーシェフは、遠方からの客が多い週末といえど、必ずしも店に居るわけではない点、加えて店主不在の折に出される???な料理には大きな落差がある点を除けば、虚構はもちろんのこと、少しの誇張もないおとぎ話のようなこのドキュメンタリー作品。まだご覧になっておられない方。そして今一度カタルシス体験をなさりたい方。どうぞ「フォーラム仙台」へお運びください。

 延長期間は4月27日(土)~5月3日(金・祝)まで。上映は10:00~となります。じんわりとこみあげてくる映画の感動さめやらぬ今年のGWは、撮影の舞台となったロケ地を訪ねてみるのもいいかもしれません。

primavera_fujisawa2009.5.jpg【Photo】春の大型連休を迎える頃、湯田川温泉と藤沢集落を結ぶ金峰山中の林道に分け入ると、新緑の山中で藤沢カブが人知れず一斉に花をつけた秘密の花畑が視界に入ってくる。カブはアブラナ科ゆえ、4月下旬になると菜の花のような黄色い花を咲かせ、やがて実を結び、翌年以降に撒かれる種となる。撮影:2009年5月4日
(Photoクリックで拡大)

 庄内平野を見はるかす高台にある鶴岡市宝谷地区、藤沢集落の山中、そして湯田川温泉から温海温泉へと向かう道筋の田川地区から一霞地区にかけては、映画に登場する宝谷カブ・藤沢カブ・田川カブ・温海カブが、新たな種を結ぶための楚々とした黄色い花を咲かせて訪れる人を優しく出迎えてくれることでしょう。

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2013/03/02

お雛様めぐりは「日本海ひな街道」へ Piatto3月号こぼれ話

201303cover.jpg  
毎月第一土曜日発行のPiatto3月号は本日発行。仙台市区部中心エリアの河北新報読者の皆さまには、山形県山辺町ふるさと資料館所蔵の古今雛が表紙となった広告特集「山形百彩 山形春紀行雛物語」と同日配布となりました。

 春の観光シーズン幕開けを飾る催しが、ここ数年、東北各地で開催されるようになった「雛まつり」です。いち早く雛祭りを観光の目玉にしたのが、紅花商人が最上川交易で得た富で得た京都や江戸のひな人形を公開した山形県河北町谷地のひなつり。紅花の産地となる山形内陸には、そうした上方や江戸で作られた時代雛が今に伝えられ、各地で「雛街道」と称する観光行事が行われています。

【Photo】色とりどりの傘福と、辻村寿三郎氏の妖艶な創作人形「さかたの雛あそび」が展示される酒田市日吉町の国指定文化財「山王くらぶ」で撮影されたPiatto3月号表紙(上写真) 酒田きっての料亭だった相馬屋を改装した相馬樓。茶房くつろぎ処では、大型の雛段の上段で次郎左衛門雛(左)と享保雛(右)が並んで訪れる人をお出迎え(下写真)

1303-tokusyu1.jpg 谷地のほか各地の雛まつりをこれまで10年にわたって訪れてきた庄イタが、これぞ珠玉!!とお勧めするのが、最上川交易における内陸への中継地点として、そして北前船交易の拠点として「西の堺・東の坂田(=酒田)」と日本永代蔵で井原西鶴に繁栄ぶりを称えられた酒田と、徳川四天王に数えられる譜代大名の酒井家が治めた城下町・鶴岡を中心に珠玉のお雛様が伝わる庄内地域。現代に作風が受け継がれる時代雛、古今雛の祖とされる原舟月の作になる雛人形が数多く残るなど、いずれ劣らぬお雛様の質の高さと数の多さには圧倒されるほど。

 その象徴が、Piatto3月号日本海ひな街道特集の導入を飾った二対のお雛さま。それは「本間さまには及びもないが せめてなりたや殿さまに」とまでいわれた酒田を代表する豪商・大地主の本間家のお雛さまと、明治以降も旧領地に残った数少ない大名・酒井家伝来の由緒正しきお雛さまです。

本間家旧本邸_相生様.jpg【Photo】交易で大いに栄えた湊酒田を代表する豪商の並はずれた繁栄ぶりが伺える本間家旧本邸に4月上旬まで展示される「相生様(百歳雛)」

 本間家繁栄の礎を築いたのが本間光丘(みつおか)。幕府の巡見使を迎えるため、明和年間に光丘が建造したのが、武家屋敷と商家造りが合体した本間家本邸です。天井まで届きそうな高さ2m、幅1間半(約2m72cm)の赤い雛段に飾られる京都で江戸末期に作られた古今雛(男雛31cm、女雛27cm)を今月号ではご紹介しました。見逃してならないのは、古今雛と並んで微笑む白髪の「相生様(あいおいさま)」(男雛26cm、女雛22cm)。ともに白髪になるまで連れ添えるようにという願いが込められたお雛様です。

1303-tokusyu2-03.jpg【Photo】今年も酒田夢の倶楽で無料公開される加藤家古今雛(江戸後期・江戸製) 惜しげもなく金糸を使った刺繍が施された衣装、ガラスを組み込んだ優しげな眼差しと穏やかな表情、ともに40cm以上ある堂々たる見事な造り...。いずれを取っても訪れる価値十分  (写真協力:コマツコーポレーション)

 庄イタの意向で、一昨年のPiatto3月号でご紹介したため、今号では取り上げませんでしたが、酒田を訪れたならば是非ともご覧頂きたいのが、洛中洛外図屏風を背に柔和な微笑みを浮かべる江戸時代末期に江戸で作られた加藤家の古今雛(男雛43cm、女雛40cm)。華麗な鳳凰の刺繍を施した衣装と透かし細工の冠を戴くお雛様、端正なお顔立ちの内裏様、そして雅楽五人囃子は、今年も酒田の観光スポットとして外せない山居倉庫内の「酒田夢の倶楽」で出合うことができます。

sannnou_kasafuku2009.jpg【Photo】映画「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を受賞し、空前の賑わいとなった2009年に訪れた「山王くらぶ」の999個の飾りが下がる傘福。今回の取材で目にした下げ飾りは、4年前よりはるかに手が込んだ造りだった

 国登録文化財「山王くらぶ」は、料亭「宇八樓」であった時代、竹久夢二も訪れた1895年(明治28)築の風情ある木造建築。取材に訪れた日も地元の女性たちが下げ飾り作りに励んでいました。最近では4年前にも999の飾りが下がる大きな傘福を目当てに訪れていますが、当時と比べると一つ一つが、明らかに手の込んだ作りになっているのがわかります。リピーターの方でも決して見飽きることはないはずです。
 
 「鶴岡雛物語」として初公開された1995年(平成7)から18年目となる今年も、会期中は「致道博物館」の御隠殿に展示される酒井家伝来の有職雛(男雛20cm、女雛18cm)。今号の制作スケジュールの都合で、鶴岡を訪れたのは、まだ展示が始まる前。そのため、酒井家十八代当主の忠久氏・天美さんご夫妻のお宅に伺っての取材となりました。

hina-tool-hosokawa.jpg【Photo】徳川四天王筆頭格の酒井家伝来のお雛さまと同様、見逃せないのが、極小サイズの雛道具に精緻な蒔絵が描かれた逸品の数々。庄内藩酒井家酢漿草・熊本藩細川家九曜雛道具(上写真・江戸中期 致道博物館蔵) 田安徳川家葵雛道具(下写真・江戸後期 酒井家蔵)

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 お殿様のもとに参上するとあって、世が世なら"失礼があっては打ち首獄門"と緊張しきりだったこの日。前日スタッフで撮影前に昼食を頂いた酒田「ル・ポットフー」や投宿した湯田川温泉の宿などで、「酒井の殿様のご自宅に参上して取材する」と明かすと、かつての領民の末裔である皆さんから「へぇ~」ときまって感心されるのでした(笑)。2006年7月に酒田市産業会館で行われた「奇蹟のテーブル」出版記念パーティやその他の会合でご夫妻とはお会いしたことがあったほか、寒河江に嫁がれた長女の賀世さんに仲立ちをお願いしていたこともあり、忠久さん・天美さん夫妻は笑顔で出迎えて下さいました。

8th_tonohan.jpg 国の名勝に指定された庭の雪景を望むお座敷の床の間には、藤沢周平の小説「義民が駆ける」で描かれる幕府の三方領知替え案に対し、領民挙げての反対が巻き起こった10代藩主忠器(1790-1854)の筆になる立雛の掛軸が下がります。忠器公治世下の天保3年、酒田で創業した「御菓子司 小松屋」の精緻な芸術品のような雛菓子と、江戸後期に京都で作られた公家の装束の有職雛と愛らしい笑顔の稚児雛が、そこで待っていてくれました。それらが一般公開されるひな街道期間中は、田安徳川家から輿入れした姫君持参の見事な細工が施された必見の雛道具や、その小ささに感嘆する貝合わせもあわせて展示され、必見です。

【Photo】酒井忠器(ただかた)公が描いた立雛。封建時代ゆえ男雛の大きさが目立つが、形勢がすっかり逆転した現代では、女雛をはるかに大きく描かなくてはならないだろう(右上写真)
 
1303-tokusyu2.jpg【Photo】ひな街道開催期間中の4月3日(日)まで致道博物館の御隠殿に展示される酒井家の有職雛と稚児雛(上写真)

 荘内銀行の前身となる貸金業を営み、明治期の庄内では本間家に注ぐ大地主であった風間家の邸宅「丙申堂」。2005年に公開された映画「蝉しぐれ」で、牧文四郎(市川染五郎)とおふく(木村佳乃)の再会シーンの撮影が行われました。独自の発展を遂げた庄内の雛菓子作りを、この道60年の本間三男さんの手ほどきのもと、丙申堂で体験できるのが3月10日(日)。Link to backnumber翌週17日(日)に菓子作り体験が行われる鶴岡市本町の三井家蔵屋敷では、全国でも現存する人形が数えるほどしかない「古今斎」を名乗った名工・三代目原舟月(しゅうげつ)の内裏雛と雅楽七人囃子が穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれます。

 健やかな女児の成長を願う雛まつり。そんな優しい日本の伝統の精華の数々が、これだけ揃う地域は東北では他にありません。寒さが一段と身にしみたこの冬。水温む優しい春のきざしを探しに日本海ひな街道を訪れてみませんか。

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2013/02/03

ワイルドだろぉ どん(胴)抜きどんがら汁

湯田川女将直伝「アク入り どんがら汁」
更にワイルド「胴抜きアク入り がらがら汁」

yura_winter.jpg【Photo】雪雲が低く垂れこめる日が続く1月半ばにしては珍しく、雲間から陽が差した鶴岡由良海岸。それでも荒ぶる冬の日本海は人を寄せ付けない厳しい表情を見せる

 寒さが最も厳しい季節、庄内各地で開催される「寒鱈まつり」。平成元年にスタートしたこの催しは、酒田・鶴岡とも毎年2万人以上が訪れる観光行事として定着しました。その呼びものが厳しい庄内の風土が生んだ野趣あふれる郷土料理「寒鱈汁」。荒れる冬の日本海で揚がる真ダラを余すところなく使い、味噌で味付けし、岩ノリを散らして振る舞われます。複数の出店が並ぶ酒田と鶴岡の寒鱈まつりでは、底冷えする屋外で食べ比べをするうち、心身ともに満たされてきますLink to Backnumber

yura_dongara_jiru.jpg【Photo】ガラが多めで地元の人たちからの支持が高い由良寒鱈まつりで振る舞われる寒鱈汁。他会場と同じ一杯500円

 日が近い「大山新酒酒蔵まつりLink to Backnumber」を優先した昨年と、雪が多かった一昨年は、寒鱈まつり参加を見送りましたが、Piatto3月号で特集する「日本海ひな街道」の取材で、先月末に酒田・鶴岡を訪れました。その折に投宿した鶴岡の湯田川温泉の湯宿「ますや旅館」で、これまで食してきたあまたの寒鱈汁の記憶をたどっても、とりわけ印象に残る"これぞ真髄っ!!"という文字通りの「どんがら汁」と出合いました。一般的には寒鱈汁と呼ばれるそれは、豪快で威勢のよいどんがら汁という庄内での呼び名の方が感覚的にはしっくりきます。

bagno_masuya.jpg【Photo】湯田川温泉ますや旅館2階の貸切檜風呂。源泉かけ流しの柔らかなお湯を心ゆくまで堪能できる至福のテルマエ

 春が遅い東北でも初夏の兆しが感じられる5月中旬ともなると、食べずにはいられないのが、初夏の庄内に欠かせない孟宗汁。メンタリティが庄内に帰化して10年になる庄イタをして、孟宗尽しの夕餉Link to Backnumberで唸らせてくれるのが、料理上手な女将の中鉢泰子さん。聞けば贅沢にも5kgクラス以上のオス鱈を仕入れているのだといいます。白子の需要が高まった近年では、庄内浜で揚がるオスはメスのおよそ倍。その対価として日本銀行券で福沢諭吉樋口一葉を差し出さなければならない高級魚。魚体へのダメージが少ない延縄漁法で捕れた型の良いタラともなると、、物によっては諭吉先生3枚近くの出費は覚悟です。

cena2013.1.28_masuya.jpg【Photo】出張で訪れたこの日は、ますや旅館の平日限定ビジネスプラン(2食付6,975円!!)を10年目にして初めて利用。華美な演出は無くとも、心尽くしの庄内ならではの手料理が並ぶ夕餉。嬉しいことに鍋には高価なオス鱈を使った郷土料理の「どんがら汁」が登場。ブラボー!!!

 開湯の伝説による「白鷺の湯」という別名を持つ湯田川温泉のお湯は、肌触りの柔らかい癒し系。全市町村にさまざまな温泉が存在する山形県下でも、庄イタが愛してやまない温泉です。飲泉するとその素晴らしさがより一層おわかり頂けるはず。仙台から撮影のため酒田まで赴いて頂いたモデルの高以さんとメイクさん、スタイリストさんをお乗せしての月山越えとなったこの日。ますや旅館自慢の檜造りの湯船に浸かっていると、心身ともに緊張が解き放たれてゆくのでした。

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【Photo】ますや旅館の夕食から。煮溶かした海藻を冷やし固めた庄内の郷土食「えご」と「ひろっこ(アサツキ)」、タコの酢味噌和え(左写真) 湯田川郊外の山で伝統的な焼畑農法で作られる藤沢カブ《Link to Backnumber》の甘酢漬と白菜の浅漬(右写真)

 同行したディレクター、ライター、カメラマンとともに頂いた夕食で、グツグツと音を立てる鍋の木蓋を開けると、白子やアブラワタが入った寒鱈汁がご開帳。寒鱈の旬真っ盛りだっただけに、密かに期待はしていたのですが、そのアラの多さは期待以上。寒鱈まつり会場では観光客向けにアラの量が少ないことが多く、正直ちょっと物足りなさを覚えることも。数年前、ますや以外の湯田川の宿で登場した寒鱈汁も、ちょっとお上品な印象でした。それだけにジモティ仕様のワイルドなどんがら汁と出合えたことは望外の幸せ。

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【Photo】小鉢に入った岩ノリを散らして頂く湯田川温泉ますや旅館のどんがら汁は、白子・アブラワタ・胃袋などのガラがたっぷり、うま味もたっぷり。その秘密は・・・。

 ところが、湯田川は初めてだというディレクターとライターの女性2名は、中骨やガラがたっぷりと入ったどんがら汁に戸惑っている様子。コクの決め手であるアブラワタ(肝臓)、タツ(白子の南庄内での呼称)、コリコリとした胃袋などに紛れて箸で探さないと白身が出てこない寒鱈汁は、「食べるところがない...(,,-_-)」と顔に書いてある初めての2人には、ハードルが高い上級者向けだったのかもしれません。

 庄イタが驚いたのは翌朝。女将に尋ねたところ、ますやのどんがら汁は、なんとアクを取らずに作るとのこと。鱈汁には家それぞれの作り方があって当然ですが、庄内の食に関する我がバイブルである伊藤珍太郎の名著「改訂庄内の味」(「本の会」刊・昭和56)には、とある料理通から聞いた話として、アクをすくい取らないと汁に生臭さが残ると記されています。鶴岡の鮮魚店や大方の作り方指南にも、必ず"アクは取る"とあります。これは天動説が信じられていた17世紀、ローマで異端裁判にかけられたガリレオ・ガリレイが唱えた地動説に等しい衝撃の新説!!

garagara_jiru.jpg【Photo】真鱈のガラだけで作った自家製「アク入りがらがら汁」。土曜の朝と言うことで、つい庄内の酒に手が伸び...

 かくなる上は真偽を試さずにはいられない庄イタ。由良港直送の魚介が手に入る鶴岡IC近くにある鮮魚店「魚神(うおしん)」でタラ汁セットを入手したまでは良かったものの、自宅冷蔵庫に入れた翌日、鮮度の大切さを知る家人が普通どおりに寒鱈汁を作ってしまったのです。それはそれで当然美味しかったわけですが、幸運にも再度の機会がすぐ巡ってきました。石巻に本店がある「津田鮮魚店」の支店「石巻マルシェ(旧「三陸おさかな倶楽部」)」が仕事場の近くにあり、そこで三陸沖で揚がった真鱈のアラを発見したのです。

 原発事故以来続いていた出荷規制が、先月17日に解けた宮城県産の真鱈。被災前の石巻は、北海道の漁港を差し置いて真鱈の水揚げ高が日本一だったこともあります。ちょっと前に取り上げた木の屋石巻水産の「金華さば味噌煮缶」ほか、石巻の産品で埋め尽くされた店内。毎朝実施しているスクリーニング検査をパスした魚介だけがセリにかけられる石巻魚市場直送のアラは鮮度抜群。しかも400円というバーゲンプライス!!

garagara_jiru2.jpg【Photo】作り置き3日目の味が浸みわたったガラガラ汁。「木川屋山居倉庫店」の阿部泉さんご推奨の一本「初孫赤魔斬」と

 さっと具を水洗いし、昆布と鰹でとった出汁で火が通りにくいアブラワタと胃袋を30分煮込みます。その茹で汁に白子以外の全ての部位を(白身があればここで)入れ、浮いてくるアクは放置したまま約10分間煮立てます。火が通ったところで味噌と酒粕で味付け。ますや旅館では酒粕を加えませんが、庄イタは酒粕入りが好み。平田赤葱と短冊切りし、あらかじめさっと茹でた大根に白子と豆腐を加えてひと煮立ちしたところで完成です。器に盛ってから岩ノリを散らすのをお忘れなく。

 泰子女将直伝のアク入りどんがら汁のお味やいかに。石巻直送の新鮮なガラゆえ、世人が言うような生臭さは感じません。栄養価が高くコクのもととなるアブラワタの量が半端ではないため、食べ応え十分。ますや旅館で頂いたどんがら汁は、中骨に貼りついた中落ちやコラーゲンたっぷりのゼラチン質も入っていましたが、今回の具はガラ100%。淡白な白身からは決して得られないうま味たっぷりの出汁が出ています。

 具それぞれの持ち味が際立つ出来たてもいいですが、汁ものが一般にそうであるように、一晩置いたどんがら汁は、奥行きが加わります。まして今回は"白身抜き(胴抜き)がらだけ汁"だけに、「がらがら汁」とでも呼びたい超ワイルド仕様。鍋物のアクはすくい取るものという既成概念が、初孫 特別純米 魔斬 生原酒を相伴にした、どんだけガラディナーで見事に崩れ去ってゆきました。そう、ガラガラと音を立てて。 お後がよろしいようで.../(;^△^)
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ますや旅館
住: 鶴岡市湯田川乙63
Phone: 0235-35-3211
Fax: 0235-35-3210
URL: http://www.yu-masuya.com/baner_decobanner.gif 

2012/03/18

ありったけの竹の露 =後篇=

Whole lotta ♥ HAKURO-SUISHU.
「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会打ち上げ @手打ちそばしげ庵

shigean_2012.2.jpg【Photo】鶴岡市街中心部から羽黒山方面へと向かう羽黒街道を東進、赤川に架かる羽黒橋を渡り、3つ目の信号が黒瀬交差点。「手打ちそば しげ庵」は、旧藤島町渡前方向に左折し、黒瀬川を背に右手に建つ

 4杯の日本酒カクテルで幕を開けた「大山新酒・酒蔵まつり」Link to Backnumberの日。2つの蔵元で搾りたての新酒を味見した後、純米大吟醸の原酒ばかりを舐めつくした竹の露酒造場で3時から2時間半をかけて仕込み現場をひと通り見学。不肖 庄イタを含め、蔵元の説明を聞いてか聞かずか、恍惚の表情を時おり浮かべて試飲を続ける鶴岡食文化女性リポーターの皆さん。その脇で、ずーっと呑まずにいた女将の相沢こづえさんが運転する車で、すぐ近くにある「手打ちそば しげ庵」に移動しました。
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【Photo】鼠ヶ関の岩ノリ採取体験をしたメンバーからなる鶴岡食文化女性リポーターオフ会は、竹の露酒造場からほど近い「手打ちそば しげ庵」に会場を移し、蔵元の相沢政男・こづえ夫妻を囲んで和やかに第二幕が開けた。さぁー呑むぞっ!と臨戦態勢の女将(奥左から2人目)の脇で甲斐甲斐しくお燗の準備に余念がない蔵元

 羽黒街道は頻繁に通るゆえ、かねてより店の存在は認識していましたが、訪れるのはこの日が初めて。庄内系に突然変異して以来、蕎麦屋とラーメン店ばかりが目立つ山形内陸をスルー、食の都・庄内を訪れると、内陸地域でほとんど食べ尽した蕎麦とはどうしても違う系統に足が向くのですLink to Backnumber。ゆえに濃密な庄内での食遍歴で、蕎麦を食したのは10回にも満たないはず。旧櫛引町時代の「宝谷そば」、鶴岡「大松庵」、酒田生石「大松屋」など、訪れた蕎麦屋は6~7軒がせいぜい。

 「そば街道」と称し、板蕎麦を観光の売り物にしている村山地域と境を接しているため"山形イコール蕎麦どころ"と擦り込まれている仙台では、私が庄内の食事情に明るいと知った方から「庄内で美味しい蕎麦屋はどこ?」とよく訊かれます。海・里・山の美味に溢れた庄内に足を延ばしてまで、元来は山間地などの土地が痩せた地域の食糧であった蕎麦を食するのは、もったいないと思っていました。つい最近までは...。

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【Photo】冬季限定・300本限定醸造の「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡23BY」(上左写真)口に含むと炭酸ガスの刺激を感じ、タンクの醪(もろみ)をそのまま呑み干す気分(上右写真)

 新潟県境にほど近い旧朝日村大鳥は、1193年(建久4)に伊豆から落ち延びた武将・工藤大学の末裔が暮らす落人の里Link to Backnumber 。その地の出身だという工藤姓のご主人が営む手打ちそば しげ庵。蕎麦&山海のおかずバイキングという画期的なシステムで、食い倒れ寸前になること必定の鶴岡市山王町の旅館山王荘の主人が蕎麦を打つ「野房 そばの木」同様、"もっと早くこの店に来ればよかったのに" と後悔するまで、さして時間を要しませんでした。

shigean2012.2_2.jpg【Photo】蕎麦屋とはいえ、豊かな山海の幸を味わうことができる小鉢が並ぶのは食の都・庄内ならでは。これら地元の直材は、地の米・地の水で醸す白露垂珠の絶好の肴となる

 "こんな四股名の力士がいたっけか?"と、どうでもいい考えが浮かぶ酒造好適米「出羽の里」を精米歩合77%に留めた冬季限定「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡」で、まずは乾杯。火入れをしておらず酵母が生きており、瓶内でも発酵を続けるために発生する炭酸ガスで、下手をすれば中身を噴出させる憂き目に遭うこの酒。冷温状態でも必ず噴き出る酒、田酒を醸す青森・西田酒造店の地元向け銘柄「外ヶ濱 吟醸生にごり FLOWER SNOW」ほどでないにせよ、取扱いには注意を要します。

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【Photo】うっすらとした澱が漂う「純米吟醸 雪ほのか 無濾過本生 出羽の里初しぼり」は、醪を搾ったままで濾過せずに瓶詰めされる。料理を引き立てるまろやかな味わいは冷やで楽しみたい(右写真) 蔵元が燗をつけた「はくろすいしゅ 純米吟醸無濾過原酒 生詰 亀ノ尾」は、しっかりした香りとうま味が際立ち、食中酒としての実力を遺憾なく発揮(左写真)

 やっと参加できた大山新酒・酒蔵まつりの打ち上げに、F1レースの表彰式ばりにシャンパンシャワーならぬ"超にごり酒シャワー"も悪くないなぁ(*゚゚)ノλ*・'゚'・*、などと思ってみたり(笑)。そんな邪念を抱く若干1名が潜り込んでいることを知るはずもない蔵元は、一滴も噴出させることなく開栓してしまいました。(⇒こんな言い回しは不謹慎極まりない)鼠ヶ関で岩ノリ採取を体験した女性リポーターの皆さんにとっても、岩ノリの板海苔が出来上がったお祝いにもなったのに。・・・うーん、残念!?

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【Photo】一昨年の12月に購入した「白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡 21BY」。うめっけのぅ~。(左写真) 天然マイタケとゼンマイの和え物、蕎麦切りの唐揚げ(右写真)

 精米歩合77%の出羽の里で仕込んだ300本の最後だというこの1本は、にごり酒なれど日本酒度+4という辛口。鶴岡銀座にある酒販店で一昨年12月末に購入したオレンジ色ラベルの白露垂珠 無濾過純米 超にごり活性微発泡21BYが、精米歩合65%で日本酒度+-0だったのとは異なる仕上がりです。ベタつかず綺麗に後味が引いてゆくのはこの蔵らしいところ。きりっと冷えた芳醇なにごりならではのトロリとした旨さが沁みわたります。

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【Photo】香ばしくカラっと揚った天ぷら(左写真)は、しっかりとした旨味を感じる「はくろすいしゅ 純米吟醸原酒 生詰 改良信交」(右写真)とも好相性

 相沢さんが持ち込んだ白露垂珠は合計9種類。「古い酒米から呑んでゆきましょう」という蔵元自ら、燗をつけて下さったのが「はくろすいしゅ 純米吟醸無濾過原酒 生詰 亀ノ尾」。竹の露では、醪(もろみ)を搾ったままの純米吟醸クラスの原酒は平仮名書きで「はくろすいしゅ」、特撰純米などの吟醸以外が漢字の「白露垂珠」。その酒が一番旨いと蔵人が感じるまで加水したのが白ラベル。原酒のラベルは酒米の種類別に色分けされているので、選ぶ際の目安にしやすいかと。

shigean2012.2_9.jpg【Photo】蕎麦がき入り鴨鍋。醤油ベースのつけだれに練り粕ペーストを加えると、より一層のコクが加わる

 燗と冷やの両方で頂いた「白露垂珠 無濾過純米原酒 生詰 京ノ華」とも合った天然物のマイタケやゼンマイの和え物、「ひろっこ」または「きもど」と庄内では呼ばれるアサツキとイカの酢味噌和えなどの小鉢料理も美味しかったのですが、蕎麦がきの入った鴨鍋と燗酒との相性は抜群。ここで相沢さんが取り出したのが、白露垂珠の酒粕をペースト状に加工したオリジナルの練り粕でした。

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【Photo】 藤島川沿いの笹川扇状地の田んぼで蔵元が育てる「京ノ華」は、昭和初期に鶴岡で生まれた酒造好適米。「白露垂珠 無濾過純米原酒 生詰 京ノ華」(左写真) 酒どころゆえ、練り粕を用いた食文化が根付く庄内地方。我が家の常備品、はくろすいしゅ吟醸粕と、この日お土産に頂いた練り粕ペースト(写真右)

 水と米を庄内の生産者から直接調達する我が家では、酒粕食文化が発達した鶴岡に見習えと、山伏豚ロースのブロックハムを漬け込んだり、自家製の鵜渡川原キュウリLink to Backnumber 粕漬けを仕込むため、「はくろすいしゅ吟醸練り粕」を常備しています。この日お土産としても相沢ご夫妻から頂いた練り粕は、はくろすいしゅ吟醸練り粕よりも白色度が高く、より滑らか。タンパク質・各種ビタミン・アミノ酸など、うま味成分と栄養素の塊とも言うべき酒粕を醤油ベースの漬け汁に加えた鴨鍋は、具材から滲みだした風味に更なる深みが加わります。

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【Photo】「白露垂珠 生詰 純米吟醸 美山錦」を‐3℃で2年間氷温貯蔵した「21BY瓶囲ゐ」(右写真)と「23BY寒造り」(左写真)。ふっくらとした味わいの熟成酒と、溌剌とした新酒それぞれに良さがある

 おりがらみ「雪ほのか 純米吟醸 初しぼり 出羽の里」に続いて開けたのは、「はくろすいしゅ 純米吟醸原酒 生詰 改良信交」。生まれ故郷の秋田より、誕生して50年を経た現在では、山形と新潟のごく限られた蔵元が使う酒造好適米「改良信交」で仕込んだ酒です。丈が長いために倒伏しやすく、秋田ではほとんど姿を消していますが、持ち味であるふっくらとした味わいに魅せられた一部の蔵元によって、吟醸クラスの酒に用いられます。「白露垂珠 純米吟醸 生詰 美山錦 瓶囲ゐ」は、‐3℃で氷温貯蔵した平成21年醸造年度の1本。今年搾ったばかりでフレッシュな香りがはじける「寒造り」との対比では、寝かせた日本酒のしみじみとした旨さが冴えわたるのでした。

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【Photo】 芳醇淡麗なこの蔵らしさが極まった綺麗な仕上がりが素晴らしい「はくろすいしゅ純米大吟醸 生詰 出羽燦々」(左写真) 燗上がりする「白露垂珠 生詰 無濾過純米 ミラクル77 出羽の里」(右写真)

 2009年4月、162の蔵元が359銘柄の酒を出品し、ロンドンで開催された「IWCインターナショナルワインチャレンジ」「sake部門」純米吟醸・純米大吟醸のカテゴリーで、最高賞であるGold prizeを受賞した「はくろすいしゅ 純米大吟醸 生詰 出羽燦々」までが登場した頃、トドメの蕎麦が出て来ました。ダシが効いた辛めのタレで頂く二八だという香り高く咽喉ごしの良いこの蕎麦、庄内で食べた蕎麦では間違いなく指折りの旨さ。んめものの宝庫、食の都・庄内で、また行きたい店のバリエーションが広がったのは収穫でした。

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【Photo】 蕎麦はコシのある二八(左写真) デザートのバニラアイスには蕎麦の実が入る(右写真)
 
 蔵元ご夫妻を交え、女子会ならではの和やかな雰囲気のもと、話に花が咲いたオフ会も23時前にはお開きとなりました。雪の降りが一層強くなる中、宿の部屋に入るや、胸一杯になるまで杯を重ねた白露垂珠の心地よい酔いが回り、Whole Lotta Love (邦題:胸いっぱいの愛を) by Led Zeppelin が頭の中を駆け巡り、ほぼ12時間に渡って日本酒を堪能しきった長~い1日を反芻するうちに、やがて意識が混濁し、zzzzzz...。

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手打ちそば しげ庵そば(蕎麦) / 鶴岡)
夜総合点★★★★ 4.0

2012/02/19

大山新酒・酒蔵まつり part.1

日本酒カクテルのパラダイス
    @鶴岡市大山コミュニティセンター

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 最上・村山・置賜・庄内の山形4地域をくまなく回る中で、人と風土の奥深い魅力に惹かれたのが庄内地方であったことは、これまで幾度となく触れてきました。足かけ9年の間、心惹かれながらも都合がつかず参加せずにいた催しが、寒造りで搾ったばかりの新酒を蔵元で味わえる「大山新酒・酒蔵まつり」です。

 酒造りに欠かせない良質のコメと水に恵まれた庄内地方にあって、鶴岡市大山地区は、450年以上もの長い酒造りの歴史を刻んできました。藩制時代は天領として幕府直轄のもとに置かれた大山。

 最盛期の明治時代には40軒以上の造り酒屋が軒を連ねていたといいます。

honcho_oyama2.JPG【Photo】歴史を感じさせる大山の佇まい。酒林を掲げる栄光冨士醸造元の「冨士酒造」(上写真) 酒粕を使った粕漬が数多いのは大山ならでは。漬物どころ「本長」(右写真)

 朝日連峰の北西端に位置する高館山を背景とする大山は、戦国時代、この一帯を支配した武藤氏が大宝寺から居城を移して発展。羽州浜街道の宿場として、また航海の安全や大漁を願う全国の漁師が信仰する龍神を祀る善宝寺の門前としての機能を大山は担うことになります。由良や酒田の港から北前船で上方へと送られた統一呼称「大山酒」は、あまねく知られるところとなり、灘・伏見に次ぐ酒どころとしての名声を築きました。

 太古に噴火を繰り返した海底火山の火山灰が幾重にも堆積した凝灰質の頁岩(けつがん)層を形成後、隆起したのが大山周辺から金峰山にかけての土壌となります。頁岩が長い時間をかけて変性して赤土となり、その地層で磨かれた朝日水系の伏流水は、上質な酒造りに適した弱アルカリ性。大山地区には1592年(文禄元年)創業の羽根田酒造など4つの蔵元があり、それぞれに培われた伝統の技で酒造りを行っています。

benvenuti_a_oyama.jpg【Photo】鶴岡市街地からR112加茂街道を人面魚でも知られる善宝寺、展示数世界一のクラゲで知られる加茂水族館方向に向かい、山形自動車道の高架を抜けた先の二叉路には、庄内弁で歓迎の意を表する看板が立つ。沿岸部の庄内は、内陸と比べてあまり積雪が多くないのが普通だが、2年続きで積雪量が多い冬となった今年は、その看板もほとんど埋もれそう

 徒歩圏内に4つの蔵元があるというのも大山の魅力。まろやかで芳醇な旨味に魅了される綿屋を醸す「金の井酒造」のすぐ近くにある宮城県栗原市一迫の「金龍蔵」、趣ある木造の雪よけアーケード「こみせ」で繋がった青森県黒石市の「中村亀吉(玉垂)」と「鳴海酒造店(菊乃井)」とを除き、1661年(寛文元年)創業と宮城最古の歴史を刻む「内ヶ崎酒造店」にしろ、石高が多い「一ノ蔵」と「佐浦(浦霞)」にしろ、庄内では「東北銘醸(初孫)」や「竹の露酒造」、「鯉川酒造」にしても、これまで東北各地で見学した蔵元は、徒歩で移動できるような近くには他の酒蔵がないことが普通です。

comucen_oyama.jpg【Photo】建国を祝う休日とはいえ、この日ばかりは寝坊厳禁。午前10時から午後1時まで日本酒カクテルのパーティ会場となった大山コミュニティセンター。スクリーンにジャズ演奏の映像が流れ、レーザー光線の照明が美しい彩りのグラスを照らし出す。事前に完売した300枚限定のチケットで日本酒ベースのオリジナルカクテル4種を楽しめた

 酒蔵巡りをしながら、伝統ある酒造りの現場で仕上がったばかりの新酒が蔵人から振舞われるという呑兵衛にはたまらない趣向の大山新酒・酒蔵まつり。今年で17回目を迎えるこの催しには、地元のみならず全国各地から日本酒ファンが訪れます。そのため、近年では事前に発売される各種チケットは、すぐに完売してしまうほど。昨年12月12日に発売が始まった今回の前売チケットも、年末の忙しさにかまけているうち、すぐに売り切れたとの情報にため息をついていたのでした。

coktail2_oyama.jpg【Photo】大山にある4つの酒蔵が色違いの法被姿で酒造りの町をアピール。目の前でシェーカーを振るバーテンダーの鮮やかな手さばきも雰囲気を盛り上げる

 ところが捨てる神あれば拾う神あり。大山在住だという実行委員の方と今月上旬に知り合う機会があり、ぜひ足を運んでほしいとお誘いを受けたのです。これは昨年秋に山伏修行で滝に打たれた功徳、月山大権現のお導きに違いないと勝手に解釈(笑)。今年の開催日となった建国記念日の2月11日(土)、冷え込みは厳しいものの、運だけでなく懸念した天候にも恵まれて月山越えも難なくクリア、例年になく積雪が多い鶴岡ゆえ、長靴に履き換えてJR羽越線に乗り、勇んで大山へと乗り込みました。

 JR羽越本線の羽前大山駅は、普段は乗降客が多くはない駅ですが、大山新酒・酒蔵まつりが行われる日は特急いなほが臨時停車するのです。まず目指すは午前10時から先陣を切って催しが始まる大山コミュニティセンター。11時をまわって到着した会場の大ホールは照明が落とされ、ジャズ演奏の映像が流れていました。そこは日差しが射すものの肌寒い外とは打って変わった夜の大人の雰囲気。そこでは前売りの300枚がすぐ完売したというチケット(500円)でカクテル4種が楽しめました。

coktail_oyama.jpg【Photo】昨年に続き、日本バーテンダー協会庄内支部に所属するバーテンダーたちが、大山の日本酒をベースにした新作カクテルを考案した。こちらはシェーカーに大山30mℓ+リンゴのリキュール・アップルバレル15mℓ+りんごジュース同量+ティースプーン1杯のレモンジュースを加え、グラスの縁をグラニュー糖で飾った創作カクテル「雪月華(下写真右側)

 昨年の新酒・酒蔵まつりから、日本バーテンダー協会庄内支部の協力のもと、鶴岡市内のバーテンダーたちが、大山で仕込まれた酒をベースにしたオリジナルカクテルを披露しています。「冨士酒造(栄光冨士)」・「加藤嘉八郎酒造(大山)」・「渡會本店(出羽ノ雪)」・「羽根田酒造(羽前白梅)」それぞれの個性や持ち味を残しつつ、果物や植物などのリキュール類をブレンドした色とりどりの新作オリジナルカクテルが並んでいました。

 freesia_oyama.jpg setsugekka_oyama.jpg

【Photo】「宵ノハナ」...出羽ノ雪30mℓ+巨峰リキュール15mℓ+スミレのリキュール・パルフェタムール5mℓ+レモンジュース10mℓ(上写真左側) 「フリージア」...栄光冨士20mℓ+リンドウの根から作るリキュール・スーズ10mℓ+オレンジジュース30mℓ+ティースプーン1杯のレモンジュース(下写真左側) 「なでしこ」...羽前白梅25mℓ+桃のリキュール・ピーチツリー15mℓ+クランベリージュース20mℓ+ティースプーン1杯のレモンジュース(下写真右側)

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 造り手の持ち味を生かしながら、日本酒の新たな楽しみ方を提案しようという2年目の創作カクテルは、大山「雪月華」、出羽ノ雪(渡會本店)「宵ノハナ」、羽前白梅(羽田酒造)「なでしこ」、栄光冨士(加藤嘉八郎酒造)「フリージア」という名前が付けられていました。これらのカクテルは、協会庄内支部加盟の各お店で提供するほか、お気に入りのカクテルは自宅でも楽しめるようにと、レシピが公開されていました。

 ほんのりとしたお酒の甘い香りが漂う会場には、地元選出の大物代議士も顔をのぞかせていましたが、何といっても女性の姿が目立ちました。その中でも目を引いたのが、「庄内着物女子〈Link to Website〉」の皆さん。鶴岡の奥座敷・湯田川温泉「甚内旅館」の大塚せつ子女将を中心に、京文化の影響を受けた庄内の伝統に根ざした和装の楽しみ・魅力を共有しようという女性たちで組織されます。踏み固められた雪で足元が滑りやすいこの日も、メンバー5人が綺麗な色合いのカクテルのようにあでやかな着物姿を披露、会場を一層華やいだものにしていました。

donnakimono_oyama.jpg【Photo】カクテルパーティー会場でお会いした庄内着物女子の皆さん。さまざまな催しに着物姿で出かけてゆくというアクティブかつしなやかな女性たちです。湯田川梅林公園で開催される「梅まつり」や、商家・武家の往時の繁栄ぶりが偲ばれる江戸・明治期の時代雛が華を競う「庄内ひな街道」でも、場にふさわしい着物姿をみせてくれるとのこと。左から佐竹 優子さん、小野寺 博美さん、諏訪部 夕子さん、佐藤 裕子さん、齋藤 三代さん

 会場に流れるジャズも上の空、いささか季節はずれな矢沢栄吉の名曲「時間よ止まれ」が頭の中で流れ始めた大山コミセンでの美酒と美女に囲まれた美味しい時間。名残惜しくはありますが、各蔵元を回りながら搾りたての新酒を楽しむ酒蔵スタンプラリーに出発する時刻となりました。

 呑み友達との予期せぬ接近遭遇のハプニングもあった酒蔵巡りについては次回part.2で。その日ダブルヘッダーで庄イタが潜入した「鶴岡食文化女性リポーター」オフ会となる女子会になだれ込んだ長ーく濃ゆ~い一日の模様はpart.3で!!

To be continued.

大山新酒・酒蔵まつりについては―
  鶴岡市観光連盟サイト
 http://www.tsuruokakanko.com/season/fuyu/sake.html
 または 鶴岡冬まつり実行委事務局(鶴岡市観光物産課)TEL0235-25-2111へ

◆ ご紹介したカクテルが楽しめる店は以下の8店
 ・ラウンジ志津  鶴岡市本町1-7-18 Phone:0235-24-8246
 ・vitto dining  鶴岡市本町1-8-20 Phone:0235-22-7758
 ・Rock Bar OVER DRIVE  鶴岡市本町1-8-16 Phone0235-25-1607
 ・BAR COCOLO  鶴岡市本町1-8-41 Phone:0235-22-3374
 ・High noon  鶴岡市末広町15-19 Phone:0235-25-0081
 ・華包  鶴岡市東原町24-2 Phone:0235-26-2433
 ・BAR ChiC  鶴岡市本町1-8-44 Phone:0235-22-4958
 ・lounge bar BRUT  鶴岡市昭和町12-61昭和ビル2F Phone:0235-24-8389


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2011/08/07

手前味噌な醤油の実

銀しゃり+吟醸+大吟醸
作ってみました、醤油の実。

 SNS などのバーチャルな人間関係を否定はしませんが、庄イタは根がアナログゆえ、顔を突き合わせたお付き合いには到底かなわないと信じる者の一人です。まして人が生きてゆく上で欠かせない食を通した繋がりは、いかなる時も揺るがぬ強固なもの。それを実感させてくれるのが、傾聴に値するストーリーを持つさまざまな生産者とのご縁で繋がった我がホームグラウンド庄内です。

watamae-gassan.jpg【Photo】吹き抜ける風に緑の稲穂がざわざわと揺れる夏の庄内平野。井上農場近くの鶴岡市渡前から東方に古来より死者の霊が集うとされた月山を望む。卯年御縁年の今年9月、庄イタは俗世を離れ、羽黒山伏最高位「松聖(まつひじり)」星野 尚文大先達のもと、開祖・蜂子皇子が修験を積まれた由緒正しき霊場・出羽三山に体験入山予定(上写真)

sunset_agricola.inoue.jpg【Photo】先月末、井上農場で東京八丁堀にある「てんぷら小野」の二代目・志村 幸一郎さんをお招きしてガーデンパーティが催された。名人が揚げる岩ガキ・ドジョウなど夏の庄内の恵みを堪能しつつ見上げた西の空。夏の庄内が黄昏時にみせる色彩の魔術に癒された(上写真)

2009.1.25@inoue.jpg 知己を得た2003年(平成15)以来、安全性と美味しさを追求する尊いお仕事ぶりに接するにつけ、我が家の定番銘柄となった特別栽培米「はえぬき」をお世話になっているのが鶴岡市渡前の井上農場さん。お米を譲っていただく際には、種々情報交換のため、農場主である井上 馨さん・悦さんご夫婦のもとを直接伺うようにしています。

【Photo】大雪となった2009年1月25日朝、初めて食べる人が小松菜の概念を変える比類なきジューシーな小松菜の収穫をハウスで行う井上夫妻(左写真)。被災直後、500把以上を無償で避難所に提供したことを先日人づてに知った。そんなことはおくびにも出さないのがまた井上さんらしいところ

sicilian_rouge.jpg 井上農場の耕作地19haでは、コメのほか小松菜・トマト・枝豆・ジャガイモなど転作作物も育てています。お米を購入すると、それら旬の作物をお土産に頂くのが常です。先日伺った折には、今年初めて栽培に挑戦しているシチリア原産の新品種「シシリアンルージュ」と中玉トマト「ハニーエンジェル」を収穫させて頂きました。旨みがぎっしり詰まるまで樹熟させるトマトは、最高の活力剤となります。

【Photo】生食でも充分美味しいシシリアンルージュは、オイルで炒めると甘味が増幅。ホールで缶詰にされる加工用トマトの代名詞サン・マルツァーノとは一味違うパスタに仕上がる

 海洋深層水成分を使ったプラントミネラル栽培など、理詰めで農業に取り組む井上さんのお米や生鮮野菜には、全国に多くのファンがいます。生鮮産品のみならず、地元業者に製造を委託する割れが生じた規格外のトマトを活用したジャムやゼリーといった加工品にも意欲的。大玉トマト「桃太郎」のシーズン最後は、畑に残った青トマトを軽いカレー風味のピクルスに仕上げますが、これがまたウマいんだっ!!
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【Photo】鶴岡市大山の菓子店「福田屋」さんに製造を委託した新商品トマトゼリー(左写真)の中には、丸ごと中玉トマトが入っている(中写真)。 甘酸っぱいカレーの香りとシャキッとした歯応えが後を引くピクルスに加工する青トマトのスライス(右写真)

 大吟醸酒を使う井上家お手製の逸品で味を覚えたゆえ、市販品ではどうにも物足りないのが「醤油の実」です。昨年市場に本格デビューした新品種「つや姫」の米麹を使った醤油の実を頂いたのが6月。そのレポート〈Link to backnumber 〉で触れた通り、第二弾として、はえぬきの醤油の実も用意するという嬉しい知らせが届いていました。

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【Photo】温度管理が難しい米麹(左写真)の製造は、町内長沼地区の麹屋に委託。悦さんも加入するJAたがわ婦人部の皆さんが大豆を蒸して殻むきを行った上で麦と混ぜる

 快晴に恵まれた7月18日、海の日の休日を利用して庄内へと遠征しました。岩ガキを目当てに遊佐町吹浦を目指す道すがら、井上さんのもとを訪れました。購入したはえぬきと共に悦さんが差し出したのは、醤油の実の完成品ではなく、はえぬきの米麹でした。好みの醤油と大吟醸で自家製の醤油の実作りに挑戦してみたら? というわけです。

        shoyu_nomi@shikomi.jpg shoyu_nomi.jpg
【Photo】醤油と酒を加えた直後(左写真) 室温で毎日こうしてかき混ぜて発酵を促すと、10日ほどでとろみが出て来て食べ頃になる(右写真)

 おぉ、これはハンドメイド大国のイタリアで前世を送った庄内人にシンパシーを持つ仙台人(⇒ちとややこしいか?)のハートをくすぐる心遣い。ここはオリジナルに敬意を表して、仕込みに用いる大吟醸は庄内の蔵が醸した酒にするつもりでした。冷温下に置いた米麹に加える酒と醤油を同量加え、混ぜてからは室温に置き、もろみを毎日かき混ぜるよう悦師匠から指示を受けました。

 吹浦に向かう足で、旬を迎えた在来野菜「鵜渡川原キュウリ」の粕漬けを調達しようと立ち寄ったのが、酒田市の山居倉庫敷地内にある産直「みどりの里 山居館」。お目当ての鵜渡川原キュウリは置いていませんでしたが、店内の一角にある地酒専門店の「木川屋」さんで購入したのが地元酒田の銘酒「初孫大吟醸」です。醤油は最初から決めていたので、これで材料は揃いました。

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【Photo】もろみ作りに使った残りの初孫大吟醸は、仕込みの成功を祈りつつ、こうして呑み干された(左写真) 吟醸つながりで、仕込みに使ったのは全国醤油品評会で最高賞の農林水産大臣賞をこのところ毎年のように受賞している宮城の逸品、加美町今野醸造の「吟醸」(右写真)

 後日レポするご縁を感じさせる出会いがあった酒田から自宅に戻り、すぐ取り掛かった仕込みで使った醤油が、宮城県加美町の「今野醸造」さんの醤油「吟醸」。そう、井上農場の銀しゃり+今野醸造の吟醸+初孫大吟醸という勝利の方程式です。師匠の言いつけ通り160mℓずつの醤油と大吟醸酒を加えたもろみをかき混ぜながら寝かせること約2週間。液体にとろみが出てきたところでご飯に載せて味見をしてみました。

buonissimi_shoyunomi.jpg う・う・う・うま~っ!!

 初めてにしては出色の仕上がり、と悦に入ったのも束の間。仙台市青葉区一番町のJAみやぎ産直レストラン「COCORON(ココロン)」産直コーナーで最近扱うようになったという醤油に目がとまりました。まばゆい金ラベルのその醤油は、「老松」銘柄で知られる亘理町亘理の永田醸造「老松十一代 大吟醸」。昨年10月に開催された全国醤油品評会で濃口醤油部門にエントリーした170点から4本だけが選ばれた最高賞、農林水産大臣賞を受賞したという特級濃口醤油です。

oimatsu_daiginjyo.jpg【Photo】庄内産と宮城産の材料で仕込んだ庄イタ家初はえぬき自家製醤油の実。銀しゃりは井上農場のはえぬき(上写真) 亘理町 永田醸造の11代目永田 洋代表取締役常務が手掛けた「老松十一代 大吟醸」(右写真)

 我が家の定番醤油「吟醸」と似て非なる大吟醸。うーむ、これは気になる。まずは味見のため、さっそく購入。井上農場の銀しゃり+老松十一代 大吟醸+庄内の酒蔵が醸した大吟醸という鉄板醤油の実に来年は挑戦するぞ! と野望は広がる・・・。

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井上農場
住 : 鶴岡市渡前字白山前14
Phone & Fax : 0235-64-2805
URL : http://www11.ocn.ne.jp/~inoue-fm/index.html

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2011/06/26

銀しゃりには「醤油の実」のみ!

大吟醸入り嘗め味噌を褒めちぎる、の巻

 今回は久しぶりに本拠地・庄内ネタを一席。

tanisada_2011.jpg【Photo】今年の孟宗筍は谷定孟宗で締めくくった。繊細な谷定孟宗を知らずして孟宗筍を語るなかれ。厚揚げ・椎茸・孟宗に白味噌と酒粕を同量加えて煮込み、トロミが加わった二日目が美味の極み

 鶴岡市谷定(たにさだ)にある佐久間 豊さんの竹林で採れた孟宗が届いたのが6月第2週。その特徴はキメ細かく繊細で柔らかな食感と繊細な香り。金峰山の北側にあり、赤土の粘土土壌の谷定が、いかに孟宗筍にとって理想的な環境にあるかは、食すればすぐに分かります。鶴岡市大山の酒蔵「出羽乃雪」の酒粕を加え、庄内の初夏を告げる味として定番の孟宗汁にして頂きました。

tsuyahime_shoyunomi.jpg【Photo】朝ガユの習慣が上方から北前船で庄内にもたらされ、相伴としての「醤油の実」(右写真)を進化させた

 その食卓に華を添えたのが「醤油の実」です。熊本・長野・新潟などでは昔から調味料としてではなく、そのまま食する「嘗め味噌」のひとつ「醤油の実」が作られてきました。米どころ庄内でも、醤油の実は庶民の味として長く親しまれてきたのです。名著「庄内の味」を著した伊藤珍太郎によれば、かつて醤油の実は、醤油を醸造する際、一番仕込みの醤油を絞ったモロミに食塩水と油を混ぜて二番醤油を作った後の捨てカスの副産物で、底辺の「貧しい味」(「改訂 庄内の味」昭和56・本の会刊)だったと記しています。

kaoru_etsu_inoue.jpg ところが、鶴岡市渡前(わたまえ)の井上 馨さん・悦さん夫妻の手になるそれは、大吟醸酒を惜しげもなく使う贅沢な逸品。お米だけでなく、冬はとりわけ葉の厚さとみずみずしさが生食で味わえる小松菜を、夏には溢れんばかりの旨みが詰まった樹熟トマトと茶豆をお世話になっている井上さん。入手困難な抗生物質不投与の発酵鶏糞を鹿児島から取り寄せて土作りに活用、防虫にはインドセンダンや木酢液を、活力剤には海藻・ハチミツ・サトウキビなど独自のエキス溶剤を用い、安全性と食味を追求しています。専業農家として、地域でもいち早く自前の大型精米施設と玄米低温貯蔵施設を導入、消費者との直取引による農業経営に取り組んできました。

【Photo】5月上旬、花を咲かせた小松菜のようにいつも明るい井上 馨さん・悦さん夫妻(上写真) 例年より2週間ほど遅れた今年の田植えは5月下旬。昨年30haの圃場の一部をハウス用地に転用したが、井上農場の屋台骨はコメ作り(下写真)

taue_inoue2011.jpg

 山形県内でも内陸とは全く異なる庄内が、いかに美味の宝庫かはこれまで何度も述べてきましたが、井上さんの手にかかると、そのいずれもが、一味もふた味も違ってきます。四季を通してお邪魔する特権として、ただでさえ美味しい旬の味を、もぎたて・取れたてで味わうことができるわけです。昨年<拙稿2010.6「孟宗尽くし」参照>に引き続き、今年も孟宗尽くしを堪能した湯田川温泉からの帰路に伺った今回は、昨年末に訪れて以来、震災のため、これまでで最も長い半年もの空白をおいての訪問となりました。

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【Photo】月山(左写真奥)のブナ原生林帯が水源となる赤川上流の梵字川から直接引いた滋養豊富な雪解け水(左写真)を井上農場では農業用水として使用。 健全で肥沃な井上農場の穀倉地を潤してゆく豊かな水・水・水・・・(右写真)

 その日は、井上さんが取り組む「消費者ふれあい交流レベルアッププロジェクト」が、山形県が一次産業者支援のために設けた「現場の創意工夫プロジェクト」に採択されたことを、地元紙「荘内日報」で報じられた翌日でした。専業農家として跡を継いだ長男の貴利さんや、手伝いの親類の方たちと井上さんは田植えの真っ最中でした。指定銘柄の「はえぬき」を購入した折に、今年も頂いたのが、今年は期待の新銘柄「つや姫」を用いたという自家製の「醤油の実」です。

inoue_tsuyahime.jpg【Photo】旧・藤島町で誕生した山形を代表する水稲「はえぬき」(左)と「つや姫」(右)

 例年4月から5月の農繁期に仕込むという門外不出・井上家秘伝の醤油の実は、ざっと以下の通りに作ります。

 1:大豆と小麦をそれぞれ炒り、大豆のカラをはねた後、コメを加えてふかし、手でほぐしてから麹菌を加える。

 2:もろみを一晩寝かせてから、米麹を加え、大吟醸酒(←酒の銘柄は毎年ご主人の馨さんの一存で決まる^0^)と醤油を各2升ずつ加える。

 3:15リットルの仕込み樽2つに分けて蔵で寝かせること2週間するとトロミが出てくる。その間、樽を毎日かき混ぜ続け、もろみを呼吸させる。

 醤油の実は、自家製が当たり前だという庄内では、醤油ではなく塩水を用いたり、酒を少なめにして味醂を用いるなど、各家庭の味があるのだといいます。 

gokaku_kiganmai.jpg【Photo】一昨年の12月末、中学受験を控えた娘に井上さんから贈られた「合格祈願米」は、地元の野田ノ目文殊堂でお祓いを受けた霊験あらたかなはえぬき。その甲斐あってか、志望校に合格。めでたしめでたし

 今回頂いた醤油の実は、1990年(平成2)、旧藤島町(現鶴岡市)山ノ前地区にある山形農業試験場庄内支場(現・山形県農業総合研究センター農業生産技術試験場庄内支場)で誕生し、現在は井上農場でも主力品種となる「はえぬき」ではなく、同支場で誕生した自家製「つや姫」を使用したものだといいます。

 大豆は旧藤島町で栽培するため、JA鶴岡が商標を持つ「だだちゃ豆」の名は語れないものの、私が昨年食した中では最も美味しいと感じたご長男の名に由来する「たかくんの茶豆」を晩秋まで畑に取りおいた大豆。

 加えた大吟醸酒は、2004年(平成16)春のお披露目に居合わす幸運に恵まれた「くどき上手」で知られる「亀の井酒造」が醸した純米大吟醸「藤島」と、酒田の「初孫 大吟醸」。醤油も鶴岡の造り醤油屋「増坂イチヤマ醤油店」の醤油と、地の材料を使ったのだそう。

 伊藤珍太郎が指摘する通り、庄内で愛されてきた醤油の実は「常住ふだんの食事の友(「改訂 庄内の味」)であるがゆえ、飽きが来ない味に当地において磨き上げられてきたものです。「庶民の手でろ過されて永く伝承されているうちに納得のゆく味に定着(同)」した醤油の実は、炊き立てのはえぬきの風味を倍増させ、立ち上る大吟醸の香りが一層食欲をそそるのでした。

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 「はえぬきで作った醤油の実を次に来る時まで取っておくからね」と今日電話で話した悦さん。真っ赤に熟れたもぎたてトマトを頂きに伺いながら、来月また鶴岡へと伺う楽しみができました。

【Photo】2003年(平成15)夏、トマトの美味しさに初めて目覚めたのが、赤く熟するまで収穫せず、酸味と甘味ではちきれそうな井上農場の樹熟トマト。ハウスでもぎたてをかぶりつくのが最高っ!!

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井上農場
住 : 鶴岡市渡前字白山前14
Phone & Fax : 0235-64-2805
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2010/10/31

豊穣なる山の恵み〈後編〉

♪ キノコの山は食べ盛り@青嵐舎

 さまざまにアレンジされたキノコ料理がふんだんに並ぶ青嵐舎の「秋の実りご膳」を初めて頂いたのは、昨年の10月11日(日)。店で売られている物ではなく、女将である篠 育さんの父・工藤 朝男(ともお)さんとご主人の清久さんが山中に分け入って採ってくる山の幸に手を加え、訪れる人に提供するのがポリシーです。植林された二次林ではなく、ほとんどを人の手が加えられていない自然林のもとで育まれる大鳥の天然キノコや原木キノコは、人工的な栽培キノコとの違いは歴然でした。

kudou_mamma.jpg【photo】青嵐舎周辺を散策しながら立ち寄った工藤朝男商店では、お母様の昭子さんが前日ご主人が運びあぐねた30kgの天然マイタケの残りを切り分けていた。貴重なその天然マイタケをお土産にと頂いてしまった。もっけでした~ (^0^ )

 地元で食料品店を営む朝男さんは、今年74歳を迎える現役のマタギです。狩猟を趣味で行うハンターではありません。その違いとは・・・。マタギ文化研究所顧問でもある朝男さんは、「山の恵みはその半分を頂くのがちょうどいい」と、大鳥に移住してきた清久さんに語っていたそうです。自然が本来備えている恢復力を損なわぬよう、節度をもって接しさえすれば、人間は末永くその恩恵に浴することができるという意味です。都会育ちの清久さんにとって、山の掟(おきて)のもとで生きてきた義父は、知恵袋であり、師匠にあたる存在です。

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 各地で相次ぐクマの人里への出没は、彼らの主なエサとなるブナやミズナラの実が猛暑の影響で不作だからだといわれます。人的被害を避けるため、やむなく駆除されるクマは人間のエゴが生んだ異常気象の被害者そのものに映ります。山の全てを知り尽くしたマタギは、日々の糧を与えてくれる大いなる自然に対し、畏敬の念をもって節度ある採取を行う縄文的な狩猟採集文化を受け継ぐ人々です。弥生時代、農耕文化の登場によって忘れ去られたかにみえる狩猟文化は、東北の山村で生き続けてきました。

【photo】勝手知ったる山中でナラの樹にビッシリと生えたキノコを採取する工藤 朝男さん

 育さんが庭の花を摘みに行ったら、数メートル先の茂みにクマがいたとか、店の前の道をクマが歩いていたなどと事もなげに語る工藤 昭子さん。大鳥の人々は野生の領域で暮らすたくましさを備えています。ゆえに大鳥では、クマが出没してもニュースになりません。生態系を破壊し、資源を枯渇に追いやる貪欲な現代文明とは対極にあるその暮らしぶりを知るには、青嵐舎の蔵書にもあった「マタギ 矛盾なき労働と食文化」(田中 康弘著・枻(エイ)出版社刊)が格好の一冊となるでしょう。著者は秋田県阿仁町のマタギ村を16年に渡って通いつめ、豊富な写真と共にマタギの姿を丹念に紹介しています。

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【photo】毎年5月にクマの冥福を祈る熊まつりを執り行う小国町の道の駅「白い国おぐに」では、地元でシシと呼ばれるツキノワグマの熊汁(1杯500円)を味わうことができる

 新潟・村上を経由して大鳥へと向かったその日、飯豊・朝日連峰が連なる山形県西置賜郡小国町にある道の駅「白い国おぐに」で、味噌仕立ての熊汁を昼食に頂いていました。たっぷりのダイコン、ゴボウとともに野生的な歯応えのシシ(クマ)肉が申し訳程度に(笑)入っています。ツキノワグマは、栄養を蓄えた冬から春先が最も脂が乗って肉質が良い時期なので、2年前のGWに頂いた脂が乗ったマタギ汁より淡白な印象なのは致し方ないこと。シシを分け与えてくれた山ノ神に感謝しつつ、野生モードにスイッチして大鳥へと向かったのでした。

 それでは1年ぶりとなる青嵐舎の背後に広がる豊穣なる山の恵みをご紹介しましょう。

《食中酒》
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【photo】 酒器は村上漆器一合徳利。鶴岡・大山の加藤嘉八郎酒造 特別純米「大山」をぬる燗で(左写真) 2本目は羽黒の銘酒・亀の井酒造「くどき上手」純米吟醸を冷やで味わう(右写真)

《前菜》
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【photo】自家製がんもどきと天然マイタケの煮物(左写真) もって菊の酢の物クルミ和え(右写真)

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【photo】 マスタケのバター含め煮 のし梅とサーモン・チーズのミルフィユ仕立て もち米とクルミのアケビ巾着(左写真) 自家製くるみ豆腐(右写真)

《椀物・香物》
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【photo】百合根とズワイガニの葛餡かけ(左写真) 大根の山ブドウ漬け・アオミズの茎と巨大な実・キュウリのおひたし(右写真)

《焼魚・和え物》
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【photo】イワナ塩焼き(左写真) もだし(ナラタケ)の和え物(右写真)

《和え物・洋皿》
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【photo】ブナハリタケの和え物(左写真) ヤナギシメジのデミグラスソース(右写真)

《ご飯・吸い物》
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【photo】むかごご飯(左写真) 原木ナメコ・もだし・ブナハリタケのキノコ汁(右写真)

《果物・デザート》
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【photo】旨さにビックリ、茹でヤマグリ(左写真) ヤマブドウのシャーベット(右写真)

 ご覧の通り、これでもかと山の幸が登場しました。そのいずれもが滋味深く、洗練された味付けがなされていました。山里の豊かさを味わってもらおうと、厨房で奮闘していた育さんが、やがて黒い液体が入った瓶を手に席に加わりました。ご自身が採種された熟する前のクルミを青い外皮のまま半分に割り、アルコール度数96度の世界最強ウオッカとして知られる「Spirytus スピリタス」をベースに、砂糖とスパイスを加えて漬け込んだ自家製酒だといいます。2ヶ月ほど漬け込むうちに真っ黒に変色し、アルコール度数がクルミの水分で幾分和らぐのだそう。

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【photo】今シーズン初めて挑戦したという青グルミ酒。極めて美味ゆえ、その真っ黒な外見にたじろぐなかれ。このファースト・ヴィンテージ・ボトルは、島村 奈津さんがお持ち帰りになった

 じっくりお話しするのは初めての育さんでしたが、興の赴くまま話題は多岐に及びました。聞けば翌週、スローフード山形の世話役である山菜屋《Link to website 》の遠藤 初子さんが、ノンフィクション作家の島村 奈津さんと共に宿泊する予定になっているとか。お二人を存じ上げている私も「ご一緒にどうですか?」と育さん。願ってもないステキなお誘いでしたが、ウイークデーであったため、残念ながら再訪は叶いませんでした。

nocino_malpighi.jpg【photo】モデナで調達した青グルミの酒「Nocino ノチーノ」。ベースとなるアルコール度数が24度のリキュールに未熟な青い Noce ノーチェ(=クルミの伊語)を加える「Nocello ノチェロ」とは違い、ベースが40度から80度の強烈な酒ゆえ、口当たりは良いが、飲みすぎは禁物

 勧められるまま、都合4 種類の自家製リキュールをご馳走になりましたが、私が最も気に入ったのが、青グルミ酒です。甘くほろ苦いコクのあるその味には覚えがありました。イタリアには、消化促進のための Digestivo ディジェスティーヴォ(=食後酒)が数多く存在します。そのひとつが、青グルミを仕込んで造る 「Nocino ノチーノ」。エミリア・ロマーニャ州モデナの伝統製法で造る「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」製造元 Malpighi マルピーギ社をかつて訪れた際、ペロっと試飲して気に入り、50年熟成のバルサミコとともに買い求めたのがノチーノでした。よもや大鳥でイタリアの味と出合うとは、驚き桃の木クルミの木!! 翌週、青嵐舎を初めて訪れた島村さんも、すっかり自家製ノチーノを気に入り、一瓶を持ち帰ったのだといいます。

 育さんとの楽しい語らいは深夜まで続きました。懐が深い山里・大鳥の魅力に触れるなら、ぜひ、青嵐舎お手製の秘蔵酒をお供にされますよう。

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青嵐舎と大鳥の日々を綴る清久さんのブログも要・チェック !
山里便り http://blog.goo.ne.jp/mataginodesi

青嵐舎 (旅館・オーベルジュ(その他) / 鶴岡市その他)
夜総合点★★★★ 4.5

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2010/10/24

豊穣なる山の恵み〈前編〉

大自然に抱かれた深閑の山里・大鳥

lago_otori_2004.9-1.jpg【photo】東大鳥川沿いのダート道を泡滝ダムまで車で進み、朝日連峰登山口から山に分け入る。およそ2 時間で大鳥小屋に至り、やがてタキタロウが潜むという大鳥池が、その名の由来となった羽根を広げた鳥というより、クマの全身毛皮のような姿をみせる

 幻の怪魚「タキタロウ」が棲む大鳥池で知られる鶴岡市大鳥地区。あまたの恵みを庄内平野南部の田畑にもたらす水量豊かな赤川水系も、ここ上流域では東西の大鳥川と呼ばれる二筋の急峻な流れとなります。仙台在住の作家・熊谷 達也氏が、過酷な大自然の掟に立ち向かうマタギの生きざまを描いた直木賞受賞作「邂逅の森」(文春文庫)の舞台となった広大なブナ林が奥地へと続いています。その源流域は、以東岳(1771m)を主峰とする朝日連峰で、新潟・山形の県境となっています。

otori_takaoka2010.jpg【photo】東西ふたつの大鳥川が出合う河合橋にて。この東大鳥川を遡ると周囲の山々をその碧い水面に映し出す大鳥池へと至る

 タキタロウ公園オートキャンプ場が整備された大鳥は、朝日連峰への玄関口として、また渓流釣り愛好者にとっての拠点となる山里です。この地は落人の村とされ、平安末期から鎌倉にかけて伊豆伊東荘(現在の静岡県)を拠点とした武将・工藤祐経が曾我兄弟に仇討ちされた1193年、その弟大学は伊豆に逃れたのち、一族郎党20名ほどを引き連れ、人里離れた山深い大島の地で集落を創始しました。そのため工藤姓が多い大鳥は、庄内地域でも独特の言葉が残ります。その経緯は、飯田 辰彦 著「淡交ムック ゆうシリーズ 美しき村へ 日本の原風景に出会う旅」(2007年 淡交社 刊)に詳しく紹介されています。

kabutozukuri_oohari.jpg【photo】大鳥へと向かう道すがら、旧朝日村大針地区付近で、もはや住む人がいない一軒の兜造りの多層民家がそぼ降る雨に濡れていた。雪深いこの地域では、上階の窓から冬は出入りしていた。そうした記憶もこの廃屋とともに朽ち果ててゆく

 2月上旬、深い根雪に埋もれる大鳥では、「マタギの里 白銀の世界 in 大鳥」という冬祭りが催されます。またの名を「うさぎ祭り」。...ん? うさぎ祭り@マタギの里?? 庄内浜各地で真冬に行われる「寒鱈まつり〈Link to backnumber 〉」ならば、ここ数年毎年訪れていますが、今年1月に初めて知ったうさぎ祭りの内容は、実に興味をそそるものでした。雪上でカンジキを履き、追っ手と捕らえ手に別れて雪穴に潜む野ウサギを追い込む「巻き狩り」を行うというのです。マタギ体験(⇒素人対象ゆえ、猟銃は当然のこと用いない)の後、ウサギ汁がどぶろくと共に振舞われるという、マタギ文化の片鱗に触れる願ってもない機会ではありませんか。激しく心惹かれたのですが、残念ながら都合が折り合わず参加を見送ったのでした。今年こそっ!!

kuma_tsume.jpg【photo】 旧朝日村時代の2004年(平成16)にオープンした「産直あさひ・グー」では、山菜・キノコ・トチモチなどの山の幸とともに、地元で捕獲されたツキノワグマの毛皮や爪、果てはオスの生殖器にある××骨といった珍品まで売っている

 大鳥のみならず、朝日連峰の山懐に抱かれた山形県西置賜郡小国町や旧東田川郡朝日村(現鶴岡市)、隣接する新潟県旧岩船郡朝日村(現村上市)周辺の山間地には、今もマタギ村があり、狩猟文化が息づいています。日本で唯一、鷹狩りを伝承する「最後の鷹匠」こと松原 英俊氏が暮らすのは、大鳥からほど近く、養蚕の痕跡を残す4層からなる兜造りの多層民家で知られる旧朝日村田麦俣集落。1960年代の記録では、全54世帯のうち、32戸が多層民家で暮らしていたとのこと。独特の様式美を備えた多層民家は、展示のため鶴岡の致道博物館に移築された旧渋谷家(国重文)ほか、現在は「民宿かやぶき屋」として使われる1棟と隣接する旧遠藤家(県重文)の2棟だけが田麦俣に残るのみとなりました。

maitake_kudo.jpg【photo】「産直あさひ・グー」では希少価値の高い天然マイタケも良心的な価格で入手できる。これは青嵐舎を営む篠さんご夫妻の奥様・育さんのお父様、キノコ名人の工藤 朝男さんが採った天然マイタケ(500g 2,000円)

 かつて六十里越街道の宿場として人の往来があった田麦俣周辺には、今も狩猟文化が受け継がれています。この季節、R112 沿いにある「産直あさひ・グー」では、「沖田ナス〈Link to backnumber 〉」生みの親である小野寺 政和さん・太さん親子の沖田ナス粕漬や、天然物のキノコ類と共に、ツキノワグマの爪や牙などがお守りとして、まるごと一頭分の毛皮(90,000円)が、あなたのお部屋をワイルドに演出するインテリアアイテムとして売られています。

 2年前、鶴岡在住の食通から、あそこは料理上手だから一度行ってみてと勧められたのが、山里の小さな宿「青嵐舎」でした。篠 清久さん・育さんご夫婦が営む青嵐舎のことは、TV朝日系列で2004年(平成16)に放映された「人生の楽園」で得た知識があり、その存在は認識していました。初めてそこを訪れたのが昨年秋。キノコご膳を頂き、知人の言葉通りであることを確認、ふたたび青嵐舎を訪れたのは、木々がようやく色付きはじめた10月10日(日)のこと。事前にキノコの出揃い具合を確認し、再訪の機会をうかがっていました。この季節、大鳥を訪れる目的は、人里離れた豊かな山の恵みであるキノコを存分に味わうためにほかなりません。

kuyohisa_iku_shino.jpg【photo】照れながらも青嵐舎の前で撮影に応じて頂いた篠さんご夫妻。おっとりしたご主人と、気丈な奥様の掛け合い漫才を織り交ぜたおもてなしと、山里ならではの豊かな食事で心まで満たされ、またここを訪れたいと思わせてくれるはず

 故郷を離れること23年、東京でフリーのライター稼業をしていた育さんは、親戚から譲り受けた古民家の部材で自宅兼民宿を建てることを決意します。ユニークなのが、ご主人との出会い。東京育ちで不動産会社に勤務していた清久さんは、雑誌に掲載された山が好きな民宿経営のパートナー募集という育さんの投稿を目にします。縁あってご結婚されたお二人が開業にこぎつけたのが2004年の初夏。それは春遅い大鳥の山々で、木々の芽吹きと同時に山菜が一斉に出揃う季節です。萌えたつ青葉の季節に吹く爽やかな風を意味する「青嵐」が、お二人の新たなスタートとなる宿の名となりました。

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【photo】朝食が用意されるのは、存在感のある太い梁が渡された青嵐舎のダイニングルーム(左写真)。明治以降、盛んに行われた養蚕の記憶を留める糸車や、階上への梯子などが室内に配置される(右写真)

 宵の竹灯籠まつりと屏風まつりが珍しく同時開催中だったその日は、「味匠 喜っ川」での塩引鮭調達を主目的に新潟・村上〈Link to backnumber 〉を経由して大鳥に向かいました。その道筋には本来3つの選択肢があります。まずは朝日連峰を横断する険しいダート道が延々と続く朝日スーパー林道。もうひとつは新潟県内では内陸部を進むR7を経て鼠ヶ関・鶴岡市街に至る一般的なルート。そして景勝地「笹川流れ」を経由して日本海沿いを北上、鼠ヶ関の手前でR7に合流するコースです。

arasawa_zuidou.jpg【photo】大鳥鉱山で採掘される鉱石を搬出するため、1954年(昭和29)に竣工したトンネルのひとつ、荒沢ダムの脇を通る笹根隧道(全長425m)。素掘り区間もある荒沢隧道(同682m)ともども、薄暗い洞内にはしばしば霧が立ち込め、荒れ果てた舗装面は滴り落ちた地下水が小川となって流れている。すれ違いが困難な3.5m という幅員のため、のちに待避所が洞内に設けられた

 距離的に最も近い朝日スーパー林道は、山形県側で頻繁に起こる土砂崩れのため、しばしば通行止めとなります。事前に青嵐舎の斜め向かいにある旅館「朝日屋」に電話でスーパー林道が通行止めであることを確認していたため、その日は笹川流れを経由することにしました。たとえ遠回りでも、そのルートは、道すがら日本海の逸品を入手できるからです。後日ご紹介するユニークな鮮魚店や塩工房に寄り道しながら、西方から迫り来る真っ黒な雨雲に追われるようにして古い隧道を抜けて宿に着いた時、時刻は16時15分を回っていました。

sapori_monti_seiran.jpg【photo】青嵐舎の玄関先には、実りの秋を迎えた豊かな山の恵みがあふれていた

 ご夫婦とともに宿の玄関先で出迎えてくれたのは、愛猫のミューと豊かな山の実りの数々。アケビ、百合根、ヤマグリ、ヤナギシメジ、マスタケ、ブナハリタケ、マイタケ、モダシ・・・。すべて背後に広がる山の豊かさを物語る天然物です。独特の香りが心地よい高野槇(コウヤマキ)のお風呂で一息つき、ご主人自慢のMarantz 製スーパーオーディオCDプレーヤーで、バッハのゴルドベルク変奏曲を聞くうち、にわかに窓の外を驟雨が襲い始めました。グレン・グールド奏でるピアノとフォルテモで屋根を叩く雨音が心地よい旋律となって、穏やかな時が流れてゆきます。

libri_seiransha.jpg【photo】 2 階には客室のほか、こうしたマタギの里らしい蔵書類やCDが用意された談話スペースがあり、思い思いの時間を過ごせる

 数多い蔵書の中から、大鳥に関する記述がある本や、宿を訪れた著者のサインがある邂逅の森に目を通すうち、「食事の準備ができました」と階下から声が掛かりました。100年以上を経たという古民家の部材を使った太い梁が架かる和屋には、マタギであり、キノコ名人でもある育さんの父・工藤 朝男さんと、清久さんが山から採ってくる豊穣なる山の恵みを活かした心尽くしの料理が用意されていました。

 店で売っているものではなく、地元・大鳥で採れたものを提供するというのが、青嵐舎の揺るがぬ信念です。聞けばその日の朝、朝男さんは山中で30kgを越える巨大天然マイタケ(!! )を発見、背負いきれず、半分ほどを持ち帰ったのだとか。そんな山の豊かさを雄弁に物語る料理と、食後に待っていた山里ならではのとっておきのお楽しみについては、また次回

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山里の小さな宿 青嵐舎

鶴岡市大鳥字高岡55-18
Phone : 0235-55-2508
U R L : http://www14.plala.or.jp/seiransya/
E-mail : seiransya@zpost.plala.or.jp
宿 泊 : 1泊2食付 かたくりコース 8,700円
            すみれコース 7,500円(※ 登山 ・ 釣り ・ ツーリング向け)
      素泊まり   5,000円
      洗面用具・タオル・パジャマ類は持参、館内禁煙
      大鳥池・以東岳周辺ガイド 日当10,000円より応相談

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2010/06/06

孟宗尽くし 〈後篇〉

北限の孟宗筍を食べ尽くす@湯田川温泉

anecha2_2010.5.jpg【photo】鶴岡市羽黒町高寺は赤川対岸の谷定・滝沢・湯田川などの金峰山周辺、新潟県境の鼠ヶ関に隣接する旧温海町早田(わさだ)に次ぐ南庄内における孟宗筍の産地。5月を迎えた同町狩谷野目の産直「あねちゃの店」には、缶詰加工用の孟宗が山と持ち込まれ、一人当たりの年間消費量が日本一といわれる孟宗好きな庄内人の一面がうかがえる

 保存用の缶詰に加工するため持ち込まれる孟宗が店の外にうず高く積まれ、豊富な山菜で溢れかえる店内。全国各地にあまた産直はあれど、山菜シーズンになると山の豊かさを物語るこんな稀有な光景が毎年見られるのは、鶴岡市羽黒町の産直「あねちゃの店」です。そこから素材を調達している「アル・ケッチァーノ」初夏の人気メニュー、月山筍の生ハム巻フリット風に自宅で生ハムを巻いてフェンネルとともにオリーブオイルで揚げて塩で食する月山筍(ネマガリタケ)が出始めていることを確認し、佐藤 典子店長に「明日また来ますね」とお伝えして店を後にしました。

anecha_2010.5.jpg

 すぐ近くの「竹の露酒造場」で仕入れたのは、一升瓶入りのミネラルウオーター「月山深層天然波動水」として昨年商品化された超軟水の仕込み水です。仙台在住ながら月山・鳥海山のおかげで良水に恵まれた庄内の伏流水が飲料水のおよそ8 割を占めるという特異な事情を抱えた我が家。浄水器を設置してもなお、ダムの水では飽き足らないのです。

【photo】食の都・庄内のショールームさながらの「あねちゃの店」。天然キノコが店頭に並ぶ秋と並んで、孟宗ほかさまざまな山菜〈⇒ コチラ をクリックで拡大が揃う 5 月~6 月は、奥深いこの店が一層輝きを増すワンダーランドと化す

 水を確保したうえは、普段使いのパスタメーカー、イタリア・アブルッツォ州の「DE CECCO デ・チェッコ」と並ぶ私の二大カロリー供給元を訪れなくてはなりません。お米を購入するため、4kmほど離れた竹の露酒造場と同じ月山水系の下流域に水田がある「井上農場」に向かいました。寒さのため平年より10日ほど遅れているという田植えの手伝いで、ご主人の井上 馨さんとご長男の貴利さんはご不在でしたが、自宅に伺って二種類の特別栽培米各5 kgを入手、私が庄内系たるゆえんの四方四里はおろか、四方一里で水とコメを調達しました。

soma_takenotsuyu.jpg【photo】一般には流通しない「竹の露ササニシキ純米吟醸」

 田植え作業中にお邪魔した「月山パイロットファーム」の民田ナス特別仕様辛子漬などの入手困難な漬物類は、こちらが購入を申し出た3倍の量が入っており、いつもながら申し訳ないやら有難いやら。作付けする特別栽培米ササニシキの一部を竹の露酒造場に醸造を委託、創業者の相馬 一廣さんが、夜な夜な晩酌用に楽しまれる「竹の露 ササニシキ純米吟醸(非売品)」まで土産にと2本頂いてしまいました。こうして竹尽くしの様相をすでに呈しながら湯田川に到着した時、時刻は17時30分を回っていました。

 あわただしい日常に追い立てられる体を優しく解きほぐしてくれる独特の柔らかな湯ざわりは、入ってよし飲泉してよしの湯田川温泉ならではのものです。7年前、1年間だけの山形在任中に相当数をこなした県下の温泉の中で、最も気に入ったのが、すべての入浴施設が源泉かけ流しという贅沢極まりない湯田川のシルキーなお湯でした。ますや旅館の檜風呂で一息ついた後は、お待ちかね孟宗尽くしの夕食の時間です。

 これまで幾度となく投宿してきたますや旅館ですが、いつも夕食は外で済ませるために、宿の夕食を頂くのは今回が初めてでした。アク抜きの必要がない地物の孟宗をさまざまに調理した旬の献立が所狭しと並ぶ夕餉は、期待に違わぬものでした。
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◆孟宗尽くしの膳 (クリックで拡大画像を表示します)
焼物・・・サクラマス・孟宗焼
刺身・・・・鯛・タコ・さっと湯がいて冷水に浸した孟宗
・あんかけ・・・胡麻豆腐・梅そうめん・百合根
煮物・・・孟宗・鶏もも・一口こんにゃく・サヤインゲンの赤唐辛子入り醤油煮
揚物・・・孟宗・山ウド・だだちゃ豆の唐揚
焼孟宗・・・ホイル包み焼した生孟宗
・おかみ乃おへぎ三品
       孟宗・キュウリ・きくらげの胡麻ドレッシング和え
       孟宗の姫皮・山ウドのカレー風味炒め
      生わらび生姜添え
・香物・・・白菜・キュウリの浅漬
masuya_kappozake.jpg汁物・・・孟宗汁 鍋仕立て
ご飯・・・薄皮入り孟宗ご飯
・デザート・・・メロン・イチゴ

【photo】ますや旅館の「かっぽ酒」。竹の露 純米酒をお銚子代わりの竹の節に開けた穴から中に入れて燗をつける。鹿威し(ししおどし)のように斜めにされた太竹の中で竹の香りがついた燗酒を、竹の枝で作ったお猪口で頂くという孟宗の里ならでは風情ある呑みかた

 デザートを除く12 品中9 品が孟宗料理という、孟宗に始まり孟宗に終わる文字通りの孟宗尽くし。質実剛健の気風が息づく城下町・鶴岡らしい虚飾を排した料理のしつらえといい、湯田川ならではのお膳にふさわしいとお願いしたのが、「竹の露 純米酒」のかっぽ酒でした。かっぽ酒は切り出した青竹の節に一カ所穴を開けて、中に酒を入れて直火で燗をつける湯田川らしい飲み方。自前の竹林を所有するますや旅館では、青竹の香りが溶け出した燗酒を竹のお猪口で頂くという風流な演出で美酒を楽しめます。注文を受けてから若女将のご主人である齋藤 良徳 専務が竹林へと向かい、剣豪・宮本武蔵も顔負けの見事な切り口を金ノコで仕上げた孟宗竹のかっぽ酒をご用意いただきました。

 翌朝 5 時30分、山でひと仕事終えてきたという齋藤専務とともに竹林へと向かいました。目的はもちろん朝採りの新鮮な孟宗。実は20日ほど前に右足首のじん帯損傷(部分断裂)という結構な重傷を負っていたため、筍掘りを断念しようかとも思ったのですが、絶好の筍掘り日和に恵まれたため、テーピングで固めた足で竹林へと向かいました。食への探究心はいかなる痛みにも勝るのです。温泉街の南端にある山の北東斜面がますや旅館の広大な竹林です。前日の夕方のうちに、めぼしいに場所に立てておくという目印が斜面のあちらこちらに立っています。筍掘り専用の小型の鍬を手に、朝露に濡れた粘土質の滑りやすい斜面を不自由な足で登り始めました。

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【photo】4時30分から収穫を始めたというますや旅館の齋藤良徳専務は次々と孟宗(中写真)を掘り出す(右写真)ウチの娘も孟宗掘りに挑戦(左写真)

 地元鶴岡から訪れる日帰りの食事客が多い日曜日のため、4時30分に一足早く山に入ったという齋藤専務は、すでに60キロあまりの孟宗を一時間弱で収穫していました。私は右足の踏ん張りが全く利かないため、地下茎から生えている孟宗の根を掘り出すために、おのずと上半身のみの力に頼ることになります。粘土質で滑りやすい斜面の移動も思うようにはいきません。いやはや、これは腰にこたえました。もたつく私をよそに齋藤名人は次々と孟宗を掘り出し、あっという間に肩に掛けたケースが一杯になってゆくのでした。

saitou_senmu2.jpg 【photo】足元がおぼつかない私がやっとの思いで1本掘り出す間に、少なくとも5本は収穫する齋藤名人。あれよあれよという間に肩にかかるケースは孟宗で埋め尽くされていった

 それでも家族3人で1人では両手に持ちきれないほどの収穫を得て宿に戻ったのが 6 時30分すぎ。宿と隣り合わせの船見商店とその先のJA鶴岡湯田川出張所の前には人だかりができていました。ちょうど朝掘りの孟宗が持ち込まれ、宿泊客らがそれを買い求めようと集まって来ていたのです。朝7時前だというのに、整理券を配って入場制限をしているJA鶴岡の中はさながらバーゲン会場のような熱気が渦巻いていました。

 朝風呂で汗を流した後、朝食に出た汁物は昨夜の孟宗汁とは違って、厚揚げと生椎茸が入らないザク切りの孟宗だけが具として入った孟宗汁。エグミの無い湯田川孟宗の美点を味わうにはピッタリでした。masuya_asajiru.jpg金峰山を挟んで湯田川の北東側には滝沢・谷定といういずれ劣らぬ孟宗の産地があります。ここでは個人的な好みは申しませんが、庄内の孟宗と出合って7年目の経験から、産地ごと微妙な差異があるように感じます。

【photo】ひと仕事終えて戻ったますや旅館の朝食に用意される孟宗汁には、定番の厚揚げと干しシイタケが入らずに、これでもかと言わんばかりにざく切りの孟宗が。旬の産地ならではの贅沢な一杯

 まだ雪が残るうちにチッソ系肥料を散布する手入れが行き届いたますや旅館の竹林。収穫後は翌年の収穫を左右する地下茎の手入れのため、三大栄養素の補給を心掛けるのだといいます。収穫が少なかった昨年と比べ、今年は冬場の大雪で根元から竹が折れる被害が出たり、寒さが響いて孟宗の出が遅かったものの、涼しさが幸いして6月に入っても一日100キロ以上の収穫があるそうです。間もなく今年の孟宗シーズンも終わりを告げるでしょうが、年間を通してきめ細かく竹林の世話をしなければ、美味しい孟宗は採れないと齋藤さんは言葉に力を込めるのでした。

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ますや旅館
 鶴岡市湯田川乙63
 phone:0235-35-3211
 URL: http://www.yu-masuya.com/

◆ 宿泊者限定「孟宗掘り体験」 / 「おかみ乃おへぎ」については
湯田川温泉観光協会
 Phone:0235-35-4111
 URL:http://www.yutagawaonsen.com/
  1:湯田川温泉 孟宗掘り体験
  2:おかみ乃おへぎ
    でご確認を

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2010/06/05

孟宗尽くし 〈前篇〉

北限の孟宗筍@湯田川温泉

fujisawa_primavera.jpg 筍(タケノコ)という字は「竹」の「旬」と書きます。地ものの筍は、せいぜい一カ月ほどの間にだけ食することができるまさに旬の味。名産地といわれる鹿児島・福岡・京都・静岡など、その優劣はさておき、採れたての新鮮さが味の決め手となる極めつけが筍です。掘りたてを生のまま薄切りにして砂糖醤油にさっと浸して口に含むと、リンゴのように爽やかな香りが鼻腔をくすぐります。これは、はるばる産地から陸送された挙句に鮮度が落ち、外皮が黒ずんでえぐみが出た筍では到底味わえない産地ならではの醍醐味と言えるでしょう。

【photo】5月中旬に訪れた鶴岡市湯田川に隣接する藤沢地区の孟宗竹林。タケノコがニョキニョキ頭を出した竹林の先に広がっていたのは・・・(下写真へ)

fujisawa_primavera2.jpg【photo】昨年10月末に実施した「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」【Link to back number】で畑を訪れた藤沢カブが、今年も種を付けるべく花を咲かせていた。ツアーにご参加頂いた方は、拡大画像が開くコチラをクリック プリーズ。ニホンミツバチが蜜を吸おうとしきりに飛び交う黄色く染まった山中の畑へワープできます

 京都出身の芸術家・料理家であった北大路魯山人(1883-1959)は、著書「魯山人味道」(中公文庫)で「関東のそれは場違い」と切り捨て、「洛西の樫原が古来第一」と述べています。日本画家・東山魁夷(1908-1999)が描いた「夏に入る」(1968 市川市東山魁夷記念館所蔵)を転写したかのような美しい竹林が残る京都府西京区樫原や塚原では、地表から頭を出す前の柔らかな「白子」と呼ばれる孟宗筍を一級品として扱います。現在の京都府西京区一帯は、都市化が進んで魯山人の時代とはすっかり趣を異にしていますが、郊外の里山に残る竹林を大切に守る人々の心は、今も脈々と受け継がれています。

 いささか贔屓目のきらいがある魯山人の意見には、世に言う京都人としての顔が見え隠れします。この考えを「短見」であると真っ向から異を唱えているのが伊藤 珍太郎(1904-1985)です。酒田市の名家に生まれ、上智大卒業後に講談社編集局勤務を経て満州に渡り、シベリア抑留ののちに昭和34年から酒田市の助役を12年務めた人物です。郷土史家・随筆家としての顔を持つ生粋の庄内人は、名著「庄内の味」(庄内の味刊行会 1974年 / 改訂版 本の会 1981年)で、孟宗筍についてこう触れています。

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 孟宗は、特に味の真価をその鮮度に託しているものだから、掘りたての「地もの」の土の乾かぬうちに料理したものを味わってこそ、互いにその真価ははかられる。はるばる輸送のはてに八百屋の店先などに並べられたのでは、もはや産地はどこぞと問う要もない。 とどのつまり掘りたての味を知らずして、軽々に産地の優劣など語るなかれということです。その上で比較の味ではなく絶対の味においてこれ以上はそう望めない一流のものと断言するのが、産地としては北限にあたる南庄内の孟宗です。タケノコといえば庄内では孟宗筍を指し、単に孟宗と呼び習わします。

JAyutagawa2_10.5.jpg 【photo】故郷・鶴岡を離れ、東京で30年を過ごした藤沢周平が、食べ物の旨い土地から、さほど旨くない土地に来たことをようやく気付かせてくれたという序文を寄せた改訂版・庄内の味(上写真)
 JA 鶴岡湯田川出張所には、湯田川と藤沢・黄金・大泉といった近隣の生産農家80軒ほどが早朝に収穫した新鮮極まりない孟宗を持ち込む(下写真)

 山形大学農学部に本部を置く「山形在来作物研究会」会長の江頭 宏昌准教授は、同会が3年前に出版した「どこかの畑の片すみで」の中で、JA 鶴岡湯田川出張所に持ち込まれる朝掘り孟宗を買い求めるため、2005年5月5日朝6時15分、整理券をもらって2本の湯田川産孟宗を何とか入手、ご自宅で孟宗を使った代表的な庄内の郷土料理である孟宗汁に舌鼓を打った経験を書いておいでです。食べることが大好きと語る江頭准教授は、同書の中で庄内の孟宗は修験者が北前船で京都より持ち込んだという地元の言い伝えを紹介しています。

JAyutagawa_10.5.jpg【photo】まだ早朝7 時前だというのに、朝堀り孟宗を求めて人だかりができるJA 鶴岡湯田川出張所。温泉地で人の出入りが多い湯田川の孟宗は、知名度において抜きん出ている。日によって異なる入荷量によっては売り切れることもあるため、入場制限される販売所の前で整理券を手に待つ人たちは気が気でない面持ちで中の様子を覗き込む

 口で溶けてしまうほど繊維がキメ細かく、甘味とすこぶる高い香気があると魯山人が書いている孟宗筍。冷涼な北東北では、マダケやハチクが主流で孟宗の竹林を見ることがありませんが、宮城県でも温暖な県南の丸森で孟宗筍の狩りをした顛末をタケノコ取物語【Link to back number】としてレポしたのが一昨年。直射日光に長時間さらされずに表土が湿った粘土質、理想を言えば西日と強風の当らぬ赤土が適した孟宗筍ゆえ、生育環境の違いがもたらす味の差異を認識したのでありました。

 孟宗の産地・洛西にほど近い金閣寺を題材にした三島由紀夫の名作になぞらえれば、その時の心境とはこうでしょう。 それまでついぞ思いもしなかった想念は、生まれると同時に、破竹の勢いで力を増し、孟宗の如く大きさを増した。想念は妄想と化し竹皮に包まれた。その妄想とは、こうであった。『庄内の孟宗を喰わねばならぬ』

bosco_masuya.jpg【photo】手入れが行き届いた湯田川ますや旅館が所有する竹林

 しかしながら、昨年は旬の訪れが遅く、あっという間にそれが終わってしまった庄内。そのため孟宗の時期に訪れることが出来ずにいた5月中旬のこと。知人に宿の手配を頼まれ、湯田川温泉で定宿としている「ますや旅館」に電話をした折、今年は旬の孟宗を食べられそうもないとボヤいてしまいました。すると間もなく若女将の齋藤 生(いく)さんから山のように孟宗が届いたではありませんか。御礼の電話を差し上げる間もなく下茹でをした晩、料理上手な大女将の忠鉢 泰子さん直伝の製法で孟宗汁にして、思いもかけず旬の味を頂くことができました。
 
 孟宗の里として知られる湯田川温泉は、例年5月を迎えると孟宗尽くしの料理が並び、達人の指導のもとで孟宗掘り体験ができる「孟宗まつり」が開催されます。真冬の「寒鱈まつり」と並んで庄内系の血が騒ぐ季節の到来です。北島三郎の「♪ 祭りだ、祭りだ...(⇒ 余談だが、動画の冒頭で火花が吹き出す筒が孟宗竹に見える。これぞ孟宗まつり!?という威勢の良い歌声とともに頭の中は酒粕が効いた濃厚な孟宗汁のことで一杯。じんわり滲むヨダレに、これぞまさに妄想汁! などと、あらぬギャグも浮かんできます。行くことができなかった昨年の分まで、今年は庄内の孟宗を満喫するぞっ!! と意気込んで湯田川に向かったのが、盛りを迎える頃と事前に確認していた5月15日(土)でした。

2010.5omusubi_chikeiken.jpg【photo】鶴岡市西荒屋にある農家レストラン「知憩軒」のおむすびランチ(小鉢・コーヒー付 650円)は、前日昼までの予約なしでもOK。この日は自家栽培米コシヒカリをふんわりと握り、向かうところ敵なしの定番おむすびのほか、タケノコご飯、酒粕を使わずにあっさりと仕上げた孟宗汁、こごみ・コシアブラと和えた孟宗筍の小皿が付き、孟宗シーズン到来を感じさせてくれた

 孟宗汁を一杯100円で提供する「孟宗・山菜まつり」を開催中の「産直あぐり」をスルーして向かった先は、お馴染み鶴岡市西荒屋の農家レストラン「知憩軒」。予約無しでも頂ける「おむすびランチ」が目当てです。この日は藤沢カブの生産者、後藤勝利さんが前日ご自身の山から採って持ってきたという孟宗を調理した孟宗汁と筍ご飯が付いていました。いつに変わらぬ特別栽培米コシヒカリのおむすびの美味しさは無論のこと、昆布ダシで味付けした筍ご飯と白味噌で薄味に仕上げた孟宗汁で、孟宗に始まり孟宗に終わった庄内での二日間が幕を開けたのです。

 こうしていや応なしに夕食への期待は高まり、孟宗尽くしの妄想ばかりが雨後の筍のように次から次へと頭をもたげてくるのでした。

孟宗尽くし 〈後篇〉
北限の孟宗筍を食べ尽くす@湯田川温泉」に続く


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2010/01/31

寒鱈汁、寒鱈汁、寒鱈汁。

雪ニモマケズ 風ニモマケズ
満腹ニモ冬ノ寒サニモマケヌ 鱈ノヨウナ丈夫ナ胃ヲモチ...。
@ 鶴岡 日本海寒鱈まつり

kandarajir2009.1.24.jpg というわけで、今年も行って参りました。「鶴岡 日本海寒鱈まつり」。庄内地方では、極寒の庄内浜で水揚げされる脂が乗ったマダラを寒ダラと呼び、とりわけ珍重します。そのため庄内浜に水揚げされるマダラには、万単位の浜値がつくことも珍しくありません。そんな高価なマダラの全身を余すところなく使った味噌仕立ての「どんがら汁」こと寒鱈汁は冬の庄内では欠かせない味覚。寒さが最も厳しい1月中旬から月末にかけて、庄内各地では屋外で寒鱈汁が振舞われる寒鱈まつりが催され、多くの人出で賑わいます。寒ダラと寒鱈まつりについてはコチラをチェックプリーズ。

【photo】脂が乗った寒ダラを味噌仕立てで頂く寒鱈汁は厳しい冬の庄内ならではの醍醐味

 昨年は大雪警報が発令される猛吹雪の中を駆けつけた酒田 日本海寒鱈まつり、一昨年は味の決め手となるアブラワタこと肝臓などの内臓や骨などのガラをたっぷりと使う地元で人気の高い由良の寒鱈まつり、その前4年間は鶴岡と掛け持ちで酒田・由良の寒鱈まつりに出掛けています。寒鱈汁は野菜の有無とガラの量、酒粕の有無など味付けが家庭ごとに異なります。寒鱈まつりは週末に催されるため、週替りで鶴岡・酒田と続く二週連続や、今年の鶴岡と遊佐のように開催日が重なる場合は、ダブルヘッダーを組むことを強くお勧めします(笑)。

kandara2009.1.24.jpg【photo】警報が発令されるほどの大雪ニモマケズ馳せ参じた昨年の「酒田 日本海寒鱈まつり」会場のひとつ、酒田中町商店街。雪を吹き飛ばす強風が吹かずに一晩降り続いた雪によって、様変わりした翌朝の酒田の様子はコチラ〈clicca qui。除雪した雪によって丈が3m はあろうかという雪山が出現した書店の駐車場に停車するalfa Brera はミニカーにあらず

 2003年に庄内デビュー果たして以降、春先に催される「庄内ひな街道」や8月の「赤川花火大会」と同じく、寒鱈まつりに関してはこれまで皆勤賞。市街中心部の銀座通り商店街で行われる鶴岡 日本海寒鱈まつりには3年ぶり5度目の訪問です。一杯500円の寒鱈汁2食分と抽選券付きの前売りチケットはこれまで同様、当日会場で購入するつもりでした。しかしながら前日までに全て売り切れたとのこと。例年2万人が繰り出し、1万食が用意される寒鱈汁を食べ損なうことのないよう、正午過ぎに会場に到着したのですが、これは計算外でした。とはいえ、遠来の参加者のために現金精算もできるため、さっそく多くの人出で賑わう商店街へとLet's go! お目当ての店を探すため、商店街の一部が歩行者天国となった300m 区間をまずはひと巡り。寒鱈汁のみならず物販を含めて19 団体の出店がズラリと並びます。そのうち寒鱈汁を提供するのは12 団体。よほどの大食漢でもない限りは、一度にすべてを食べ尽くすのは到底無理な相談です。

kandara_spa2005.jpg この季節には寒鱈まつり会場から程遠からぬ「アル・ケッチァーノ」風寒鱈汁とも呼ぶべき岩海苔と共にグリッシーニをトッピングした寒鱈のとろけるようなダダミ(白子)が入ったクリームソース風味スパゲッティが食べたくなる私ですが、まずは毎回欠かさず立ち寄っている「商店街婦人部」の行列に直行しました。

【photo】荒ぶる冬の日本海の恵みがたっぷり詰まったアル・ケッチァーノ冬の絶品スペチャリテ「寒鱈のクリームソーススパゲッティ」。プリプリッとした半生の白子がクリームと共にトロけ出したら、も~タイヘン(上写真) 寒鱈汁の濃厚なコク出しに欠かせないのが、このアブラワタ(下写真)。鶴岡 日本海寒鱈まつり 商店街婦人部の寒鱈汁

kandara2_2010.jpg すると7年前から幾度かアル・ケッチァーノでも遭遇している地元選出の大物政治家がやおら登場、最初に気付いた12歳の娘に握手を求めてきました。選挙区民であろうとなかろうと、ここは応じるのが礼儀。家族揃っていささか社交辞令的に笑顔で握手を交わしたのでした。肝心のお味のほうはといえば、味噌と共に酒粕が入った私好みの味付けながら、たまたまかもしれませんが、今年は白身部分が多くガラが幾分少ないお上品な印象でした。これは観光客向けの味付けと言えなくもありません。家庭ごとの味があり、作り手によって個性が表れる寒鱈汁ゆえ、12 団体それぞれに味付けが異なります。これも寒鱈まつりを訪れる楽しみといえるでしょう。

 鶴岡魚市場青年部・鶴岡鮨商組合・授産施設 作業所月山など、おなじみの出店に混じって、終了間際に駆け込んだ3年前〈Link to back number〉には見かけなかったニューフェースな出店団体をいくつか見かけました。建設業から農業に新規参入、2007年より鶴岡市湯野浜温泉に隣接する庄内砂丘で神奈川の農業ベンチャー企業「アニス」がライセンスを持つ「アニス農法」を導入した「窪畑ファーム」もその一つ。

kandara1_2010.jpg【photo】鶴岡 日本海寒鱈まつり「商店街婦人部」テント内の舞台裏では、お母さんたちが次々と舞い込む注文に追われて忙しく立ち回る

 農場長の佐藤 光浩さんの説明によると、アニス農法は乳酸菌など有益な微生物の働きで土壌改良した培土を用い、IT技術で気温・湿度のみならず潅水量・日照・培土温度などの栽培環境を最適な状態に制御します。トマトの慣行栽培で使用される化学肥料や殺菌剤を排除し、ハウス内で熟して赤く色付くまで収穫しない窪畑ファームの桃太郎・カンパリ・アランカといった大玉・中玉種トマトは、甘味とアミノ酸成分の数値が通常の栽培法と比べて高いのだといいます。春先に定植したのち5月には出荷が始まり、農場の直営店と昨年オープンした庄内映画村オープンセットの直売所でも入手可能。寒鱈まつり会場でも売られていたドライトマトや無塩・無添加トマトジュースなどの加工品類も揃います。

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 寒鱈まつりには初出店だという窪畑ファームのそれは、必然的にトマトスープがベースです。どんがら汁に欠かせない岩海苔が控えめに入っているものの、一杯目に頂いた味噌ベースに酒粕を入れ、濃厚な旨みが凝縮したアブラワタの入ったどっしりとした寒鱈汁とは見るからに別物。寒鱈が野菜と共演するトマト風味のポトフのような寒鱈汁は、寒鱈由来のダシが効いており、コクがありながらも比較的あっさりとした優しい味付けで、これはこれでアリかな、という印象でした。

【photo】窪畑ファームの寒鱈汁はトマト風味のカラダに優しい味付け。寒鱈まつりで寒鱈汁のハシゴをするなら、バリエーションの一つとして面白いだろう

 新旧タイプの異なる寒鱈汁2杯をぺロリと平らげ、使用済みP&P容器を戻しに行った回収ステーションでは、県立鶴岡工業高校の野球部員たちがボランティアで容器回収・ゴミの分別作業を行っていました。彼らが回収している容器の内側には、燃やしても有害物質が出ないCPPフィルムが貼られており、使用後に容器から剥がされたフィルムだけが廃棄されます。容器自体は再生原料用のペレットとなり、再び容器の元となるポリマー樹脂に加工されます。リサイクル可能な容器に入った骨以外は捨てるところがない寒ダラ。日本海寒鱈まつりは、こうして資源の有効活用にも配慮しているのですね。

kandara3_2010.jpg【photo】使用済みの容器と残飯の回収にあたる高校生たちも寒鱈まつりには欠かせない働き手となる
 
 冬の屋外で行われる催しゆえ、各店頭ではアツアツの鱈汁だけでなく、お酒も提供します。かつて東北の灘といわれた造り酒屋街大山を擁する地だけに、ここは鶴岡の地酒を味わいたいもの。そこで立ち寄ったのが、利き酒師と日本酒学講師の資格を有する店主 佐野 洋一さんがおいでの「やまがたの地酒専門店 佐野屋」でした。鶴岡銀座商店街に面した店頭では、酒田酒造「上喜元 純米」燗酒、佐藤仁左衛門酒造場「奥羽自慢 槽前酒 黒川能の里」、月山ワイン「村民還元ワイン」など数種の酒が一杯200円で売られていました。前回訪れた3年前と同じく、ちょうど蔵出しされたばかりという渡會本店の純米吟醸「和田来 美山錦 おりがらみしぼりたて 生原酒」の一升瓶を一本購入しました。

watarai_2010.jpg【photo】鶴岡大山にある渡會本店の基幹銘柄「出羽ノ雪」とは異なり、一部酒販店のみが扱う数量限定の「和田来」。んめのー(*゚∀゚*)

 店頭で売られていた素朴などぶろくと共に、もう一杯だけ寒鱈汁を味わうつもりでした。ちょうど佐野屋の目の前にあった出店のテントに立つノボリに、これまで寒鱈まつりでは見ることのなかった「宝谷カブ」の文字があるのを認め、即座に3 杯目はココと決めました。鶴岡市(旧櫛引町)の高台、宝谷地区でひと頃は唯一の生産者であった畑山 丑之助さんが受け継いできた在来のカブを使った寒鱈汁についてはまた機会を改めて。

宝谷カブ in 寒鱈まつり」に続く

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2009/11/21

満腹御礼

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第5幕
 作り手の思いに触れた二日間の旅

hiroshi_yoshihiro_goto.jpg【photo】吹き抜ける秋の風が心地よい酒田市飛鳥の平田赤ねぎ畑で、平田赤ねぎ生産組合長 後藤 博さんに赤ねぎの由来や特徴を伺った

 かつてその地に種を伝えた上方商人が船で往き来した酒田市飛鳥の最上川に面した「平田赤ねぎ」Link to backnumberの広大な畑では、「平田赤ねぎ生産組合」の後藤 博組合長(59)が柔和な笑顔で出迎えて下さいました。傍らには平田赤ねぎの品質向上と普及のために奔走してきた父の背中を見てきたご子息の喜博さん(30)の姿も。喜博さんは昨年4月に会社勤めをやめ、専業農家として赤ねぎの生産を手伝っています。次の世代を担う後継者が頑張っていることを嬉しく思う庄内系イタリア人なのでした。

 旧平田町(現酒田市)飛鳥地区一帯に伝わる在来野菜・平田赤ねぎは、その食味の良さが認められ、地元での再評価に加えて、後藤さんの組合が設けた厳しい品質基準に沿って出荷される首都圏でも好評を博しています。今年から取引を開始した大阪には、毎週100ケースを出荷するなど、全体の出荷量が昨年比で3割近く伸びているといいます。今年は10名の組合員が3haの畑で赤ねぎを栽培していますが、伸び続ける需要に出荷が追い付かない状況だとか。後藤さんは、着実にブランド力を上げ、販路を広げている平田赤ねぎに続く事例が周囲に登場することを願っていると語ります。地域全体に新たな活力が生まれてこそ、自分たちが歩んだ軌跡に価値が生まれるのだと言葉に力を込めました。

akanegi_chokai.jpg hiroshi_goto091025.jpg hiroshi_goto_091025.jpg

 後藤さんには、皆さんからお顔がよく見えるように搬出用の荷車の上で赤ねぎに関してご説明頂きました。ご用意願った鮮度保持包装フィルム入りの赤ねぎや、規格外となった赤ねぎを活用した粉末スープ、麺に赤ねぎを練り込んだうどんなどの加工品がテーブル上に並べられています。ひとしきり説明が終わると、藤沢カブの時と同様、熱気あふれる青空市の始まりです。喜博さんの隣で私も売り子になり、皆さんにたくさんお買い上げ頂きました。
 
 仙台で平田赤ねぎを入手できる店についてバスの中でお問い合わせ頂きました。そこでお答えした不定期に入荷するさくらの百貨店やイオン系列のほか、仙台駅前の朝市にある今庄青果本店では、10月から年明けまで後藤さんの組合が出荷する赤ねぎを一袋300円~350円(税込)というリーズナブルな価格で定番商品として扱います。"一度食べてもらえば必ずリピーターになってもらえる"と語る後藤さんの言葉通りになった方は、今庄青果本店へどうぞ。

sankyo_soko_091025.jpg 【photo】庄内米の備蓄倉庫として現在も使われている山居倉庫。裏手のケヤキ並木もすっかり秋の装い
 
 当初はそこから酒田市横代で坪池 兵一さんが絶品のズイキを植酸農法で栽培する水苗代にご案内する予定でした。しかしこの日は酒田を代表する観光スポットでもある山居倉庫を会場に「米フェスタ2009酒田市農林水産まつり」が行われており、坪池さんはそちらの農産物直売コーナーの特設テントにおいでとのこと。この日の昼食は湊町酒田を代表する寿司店「鈴政」で頂くことになっていたので、その道筋にあたる山居倉庫を目指しました。

nourin_matsuri09.jpg【photo】黄金色に輝くケヤキが青い空に映える「米フェスタ2009 酒田市農林水産まつり」会場となった山居倉庫は、食の都・庄内の実りの秋を彩るさまざまな産物を求めて訪れた人で大変な賑わいを見せていた

 今しがた畑を訪れたばかりの平田赤ねぎ、酒田沖に浮かぶ飛島特産のジャガイモ「ごどいも」、酒田市円能寺地区産の希少な餅米「女鶴」などなど、地域性豊かな逸品がところ狭しと並びます。話題の新品種「つや姫」の新米もあり、さまざまな試食コーナーには長蛇の列ができていました。人ごみをかき分けながら私たちが目指したのは「海鮮市場海の八百屋」のテント。そこに旬を迎えたカラドリ芋を前に並べた坪池さんご夫妻の姿がありました。

tsuboike_091025.jpg  【photo】葉以外の親芋・子芋・茎すべてを食する青ズイキを手に、時折ギャグを交えて説明いただいた坪池 兵一さん

 有機酸を用いて植物の根を活性化し、同時に土壌の改善も行えるという「植酸農法」の匠、坪池さんが手掛けるカラドリ芋はひと味もふた味も違います。坪池さんは原産地の東南アジアと同じ水苗代でズイキ栽培をしています。畑作と比べて水苗代は植え付けや収穫時の労力はかかりますが、味にこだわる庄内の生産者は水苗代でズイキを育てています。坪池さんに写真資料を見せて頂いたことがありますが、植酸農法で栽培したコメや野菜の根の張りが良いことは、一目瞭然。カラドリ芋はズイキの根にあたることから、植酸農法が適していることは理にかなっています。そんな難しい話は抜きにしてお得意のギャグを交えたセールストークに釣られるように、皆さんにお買い上げ頂きました。

suzumasa_sakata.jpg【photo】酒田市日吉町「鈴政」

 昼食を予約していた酒田市日吉町の鈴政は、1955年(昭和30)の創業。湊町酒田を代表する寿司の名店です。暖簾を受け継ぐ二代目の佐藤 英俊さんは、寿司はふんわりと握ったシャリが、厳しく目利きしたネタと職人の手の中で出合った瞬間が一番美味しいと語ります。そのため、本来は一貫ごとに若大将が握る寿司について説明を受けながらカウンターで頂くのが望ましいのですが、なにせこの日は総勢30名という人数。案内された二階の大広間には、既に寿司が用意されていました。それでも十分にネタの良さは伝わります。

suzumasa_091025.jpg 【photo】湊酒田の粋を頂く「鈴政」の江戸前寿司は、若大将の話を聞けるカウンターで楽しみたい

 6年前に情報誌ALPHAの取材で仙台から訪れた取材クルーは、「塩で召し上がって下さい」と出された白ゴマを散らした平目や、適度に上品な脂が乗ったノドグロ、庄内浜で揚がる近海ホンマグロ、全国を股にかけて最高のもの探し出すというウニなど、隅々まで職人の細やかで確かな技が行き届いた特上にぎりに、「もう宮城では寿司は食べられない」と語っていたほど。しかも特上で2,100円という価格です。そのコストパフォーマンスの高さにも舌を巻いていました。ちなみに酒田っ子の中には、鈴政は高級店だからと敬遠する人もいます。湊町だけに酒田の寿司は総じて高いレベルを保っています。皆さんには、改めて鈴政のカウンター席に足を運んで頂くとしましょう。

nk_agent091025.jpg【photo】オスカー受賞映画「おくりびと」でNKエージェントの舞台となった旧「割烹小幡」。フグの白子を眺める参加者

 予定よりも若干早めに食事を終えたので、映画「おくりびと」でNKエージェントの舞台となった旧「割烹 小幡」《clicca quiに皆さんをご案内しました。主人公の小林 大悟(本木 雅弘)が「安らかな旅のお手伝い」と記された求人広告を手に訪れた坂の先に、にわかに脚光を浴びることとなった古びた建物があります。納棺師の事務所として映画で使われた雰囲気そのままの一階から、急な階段で三階まで移動すると、社長(山崎 努)が主人公に勧めたフグの白子焼きの模型が餅焼き網の上に並んでいました。「旨いんだよなぁ、これが。困ったことに...」という山崎 努のセリフが蘇り、男二人が美味しそうに白子の中身をすする場面を思い起こすと、寿司を食べたばかりだというのに、じんわりヨダレが・・・。

watarai_shiryokan.jpg【photo】阿部 亀治の業績についてご説明頂いた渡會 幸江さん

 庄内町の「亀ノ尾の里資料館」では、近代日本で誕生したコシヒカリ・ひとめぼれ・ササニシキ・はえぬき・つや姫など優良銘柄米の系統を辿ってゆくと、その源流に名を留めるコメ「亀ノ尾」の生みの親、同町出身の育種家 阿部 亀治(1868-1928)Link to backnumberについて学芸員の渡會 幸江さんに解説して頂きました。

 東北が大凶作に見舞われた1893年(明治26)の9月29日、当時26歳の亀治は青立ちする「惣兵衛早生」の中から突然変異したと思われる黄金色の穂をつけた3本の稲穂を偶然見出します。そこが真夏でも冷たい月山の雪解け水が流れ込む立谷沢川の水を引く田んぼの水口だったことから、寒さに強い品種に違いないと直感した亀治は、4年の歳月をかけてそのコメを改良育種します。在来品種よりも倒伏しにくく、耐冷性・耐病性に優れ、食用米としての味の良さと多収性を兼ね備えたその新品種を、周囲の人々は創選者の名前にちなんで「亀ノ王」と名付けるよう亀治に進言します。"王ではおこがましいので、尾っぽでいい"と生粋の庄内人であった亀治が付けたのは「亀ノ尾」という名前でした。

kanoo_shiryokan.jpg【photo】阿部 亀治と亀ノ尾に関する展示を前に、渡會さんの説明に聞き入る参加者

 年間を通して圃場に水を張っておく湿田栽培から、乾田栽培にコメの栽培法が大転換をしてゆく中で、乾田に適した亀ノ尾の名声は高まる一方。各地からの求めに応じて、亀治は種籾を惜しむことなく分け与えたといいます。1905年(明治38)、東北の太平洋側は天保の大飢饉以来といわれる凶作に見舞われました。翌年植え付けする種籾が不足した宮城県庁あてに、一斗分の種籾を贈ったのも阿部 亀治でした。地元では先陣を切って導入した乾田馬耕と期を一にして亀ノ尾は作付けを増やしてゆきます。そうして大正末期から昭和初期においては、国内のみならず、台湾や朝鮮半島にも亀ノ尾は普及してゆくのです。

kameji_abe@60.jpg【photo】昭和2年4月、農事功労者として藍綬褒章を受賞した阿部亀治翁 60歳の写真。亀ノ尾の里資料館の展示より

 亀ノ尾の里資料館を後にした私たちは、亀ノ尾が発見された立谷沢川沿いの庄内町中村集落にある熊谷神社を訪れました。しかし大型バスでは神社に近付くことができず、亀の尾発祥の地と刻まれた記念碑《clicca qui》をお目にかけることは残念ながら叶いませんでした。亀治は参詣の途中で3本の稲穂を発見しているので、神社の手前でバスを停め、稲作史に偉大な足跡を残したコメが生まれた地で、しばしの時を過ごしました。

tachiyazawa080829.JPG nakamura_091025.JPG 【photo】116年前に阿部 亀治が亀ノ尾を発見した熊谷神社近くの稲刈りを終えた田んぼ。近代稲作史はここから始まったと言っても言い過ぎではない(写真右)。たわわな稲穂が豊かな秋の稔りを期待させる昨年8月末。立谷沢川沿いの庄内町中村地区から熊谷神社方向と鳥海山を望む。亀ノ尾の子孫である「はえぬき」「コシヒカリ」「ひとめぼれ」などが育つこの風景を阿部 亀治も目を細めて眺めているに違いない(写真左) 産直「あねちゃの店」(写真下)

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 ツアーも終盤。残すは観光ツアーには欠かせないお土産の買い出しタイムです。初日のトイレ休憩で立ち寄った産直あぐりを含め、佐久間ファーム・藤沢カブの後藤さん・竹の露酒造場・月山パイロットファーム、二日目に立ち寄った箕輪鮭孵化場・平田赤ねぎの後藤さん・山居倉庫で営業していたカラドリ芋の達人 坪池さんなどで、皆さんはすでに相当量の買い物をしてきたはずです。それでも鶴岡市羽黒町狩谷野目にある産直「あねちゃの店」にご案内すると、食の都・庄内の魅力に触れたためか、再びスイッチが入ったようでした。食WEB研究所のフードライターを務めておいでの管理栄養士 大河内 裕子さんは、店の雰囲気とどこかミスマッチな(笑)西洋野菜のCavolo rapa(カーヴォロ・ラパ=コールラビ・パープルまたはパープルベンナ)のほか、今年の収穫を終えるばかりとなった沖田ナスLink to backnumberを箱買いされるなど、両手に持ちきれんばかりにお買い上げ。大型バスの最大積載量も限界に近づいていました。

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【photo】青果品の買い物は「あねちゃの店」で、一般的な買い物は「庄内観光物産館」で、と皆さんをご案内した最後の買出し。畑と直結しているゆえの安さも手伝って、皆さん買うわ買うわ・・・。おかげ様で佐藤 典子店長から「お嬢さんにどうぞ」と袋一杯に詰め込んだ美味しい庄内柿を頂いてしまいました。もっけだの(●⌒∇⌒●)

 山形道に乗る前に訪れたのが、鶴岡ICすぐ近くの「庄内観光物産館」です。都市間高速バスの発着所にもなっており、庄内の観光ツアーではハズせないお買物スポットといえるでしょう。藩制時代以来の造り酒屋街であった大山地区ほか庄内の地酒や月山ワインなどがずらりと並ぶ酒販コーナーに直行したのはフードライターの女性利酒師 早坂 久美さん。竹の露・白露垂珠を制覇してなお、さらに庄内の酒を極めんとする探究心には頭が下がります。新鮮な海産物・漬物類・菓子類・加工食品などがズラリと並ぶ店内からバスに戻った皆さんには、初日に藤沢カブの後藤 清子さんから頂いたまま、バスのカーゴスペースに入れておいた泥付きの田川カブを小分けにしてお配りしました。

 帰路のバスではツアーに同行した食WEB研究所スタッフ 畠山 茂陽氏が集約した皆様からの「普段はどんな食生活なのか?」「仙台でお勧めのイタリアンはどこか?」など質問攻めに遭いました。ご参加頂いた皆さんには、今回より幾分ペースダウンして食の都を再び訪れて頂ければと思っています。ホームタウンを舞台にコアなトークを炸裂させた私自身は、楽しくも充実した二日間を過ごすことができました。微力ながら食を通して新たな絆が生まれるお手伝いが出来たかな、と皆さんから寄せられたアンケートに目を通しながら思った次第です。

ilche_090411.jpg 【photo】人を惹き付けるストーリーがある美味しい作物の作り手、消費者にそれを届ける流通小売に携わる人、作り手の想いを料理として皿の上に表現する料理人、学術的なアプローチで在来作物の価値に光を当てる研究者、地域のつなぎ役である行政など、さまざまな立ち位置で「食の都」の魅力を発信している庄内。今回のツアーでお会いした後藤 勝利さん・清子さんご夫妻、後藤 博さん・善博さん親子、佐久間ファームのご主人佐久間 良一さん(←何気にお茶目なピースサインをしてます)、坪池 兵一さん、あねちゃの店の佐藤 典子さん、偶然寒河江SAで鉢合わせした折に、皆さんに新米を差し上げますよとお申し出頂いた井上農場の井上 馨さん・悦さんご夫妻も参加した今年4月のアル・ケッチァーノ生産者の会で。食の都・庄内んめもの劇場の千両役者たちは、いつでも優しくあなたを迎え入れてくれるでしょう

 そろそろ「かほピョンくらぶ通旅 食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」もお開きの時間となりました。いつかどこかでまたお会いしましょう。
・・・あっ、どこかでじゃなくて、食の都・庄内で、でしたね。
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2009/11/15

鳥海山と牛渡川と鮭

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第4幕
 ツアー二日目@箕輪鮭孵化場


chokai_2009.10.25.jpg【photo】山全体が紅葉で色付いた鳥海山がくっきりと姿を見せた二日目。左手前の杉林の中に鳥海の湧水が川となった牛渡川がある

 トリとウシとサケ。動物三題噺のようなお題ですが、お気になさらぬよう (゚o゚*)

 庄内平野最北の山形県飽海郡遊佐町を流れる牛渡川は、鳥海山に降る大量の雨や雪が山肌から地中に染み込んだ後に、地表に湧出してくる伏流水だけを水源とする澄み切った清流です。杉林の木漏れ日の中を音もなく流れる神秘的な牛渡川の岸辺からは、所々から水が湧き出ているのが確認できます【Link to back number】。

minowa_fukajyo.jpg【photo】牛渡川のほとりにある箕輪鮭孵化場。漁期となる10月~12月にかけては見学自由。私たちが訪れた10月末は早生鮭が遡上してくる最盛期とあって、いつになく多くの車が停まっていた

 江戸時代後期の1806年(文化3)、庄内藩は領下の月光川水系の二つの清流、滝淵川〈clicca qui〉と牛渡川を鮭が自然産卵しやすい環境を整備した「種川」として指定しました。隣接する越後村上藩では、1763年に世界初の種川が、鮭の母川回帰性を発見した村上藩士・青砥武平治によって村上・三面川に作られていました【Link to back number】。以来、たとえ食料が乏しい飢饉の年でも10月に入る頃から年が改まる頃にかけて生まれた川に帰ってくる鮭は、貴重なタンパク源として人々に恩恵をもたらしてきました。

sake_hokaku_minowa.jpg【photo】遡上のピーク期を迎え、ウライに誘い込まれた鮭は、タモで次々と水揚げされる。多い日には一日の捕獲数が1,000尾を越えることも珍しくなく、2,000尾を上回ることもある

 牛渡川と滝淵川はやがて一つの流れとなり、吹浦漁港の汽水域から1kmほどの河口付近で月光川に合流します。牛渡川に遡上してくる鮭は、年によって幅はありますが、年間平均3万匹~4万匹あまり。ゆったりとした流れに石菖藻や梅花藻が揺らめく清流のほとりに「箕輪鮭孵化場」はあります。河口からはわずか3 km弱しか離れておらず、澄みきった水の流れも穏やかなため、産卵のために川上へとに向かう鮭には遡上による魚体の損傷などのダメージが認められません。何故か海が荒れたほうが遡上数が増えるといいます。

bambini_sake.jpg【photo】水揚げされ、勢いよく飛び跳ねる鮭に腰が幾分引き気味ながらも、捕獲の手伝いをする子どもたち。子孫を残すために生まれ故郷の川に戻って来た鮭の捕獲を通して、命の尊さを身をもって知る

 鳥海山がくっきりと姿を現したツアー二日目の朝9時30分、到着した箕輪鮭孵化場の鮭採捕場では、遡上する鮭の捕獲作業の真っ最中でした。年によって時期の違いはあるにせよ、9月の遡上開始からピークを迎える10月下旬から11月下旬にかけては毎朝8時に捕獲が始まります。ひとたび中に入り込むと逃れることができない金属製の柵を設けた生簀「ウライ」に入り込んだ鮭たちには、黒味がかったブナの表皮のようなくすんだ緑や赤黒い縦模様などの婚姻色が現れています。

kazuo_togashi.jpg【photo】箕輪鮭漁業生産組合 富樫 和雄 組合長

 10月下旬は早生(わせ)の鮭で4~5kg前後の鮭が多いとのこと。男性がタモですくい上げ、勢い良く飛び跳ねる鮭の頭部には、こん棒の一撃が加えられます。動きを止めた鮭はオスとメスに仕分けられてゆきます。その作業を女性やまだ小さな子どもが手伝っていました。切り身になった鮭しか見ることのない都市部の子どもは、食べ物の背景にあるこうした命の現場を知ることはないでしょう。

sairan_minowa.jpg   
【photo】
メスの腹を割いて卵を傷つけないよう慎重に掻き出す採卵作業(右写真)

 コメの単作農家9名が加盟する「箕輪鮭漁業生産組合」の富樫 和雄組合長の説明によると、0.05%しかない自然交配による母川への回帰率を0.5%まで上げる効果がある人工繁殖用の卵を採取するのは、11月に遡上してくる晩生(おくて)の鮭から。早生のメス鮭に多くみられる筋子からイクラへの発育途上とでも言うべき未熟卵は、受精率も低いのだそう。そのため私たちが訪れた時期は、まだ人工繁殖は行っておらず、オスは食用として一尾1,000円で直売されるほか、メスの腹から取り出されたイクラ〈clicca qui〉は 1kg 2,000円で直売されます。

osusake_minowa.jpg【photo】オスは早生のうちはそのまま食用として、晩生になると生のほか、しょんびき(塩引き)や冬葉(トバ)などの加工に回される

 晩生のオスは型が大きくなり、なかには10kgを超える大物も揚がります。晩生鮭は脂が乗っており、風干して作る「しょんびき(=塩引鮭)」や身を長い短冊状にした「冬葉(トバ)」に適しています。風乾によって旨味成分であるアミノ酸が増えるため、加工作業は、寒さが厳しくなる11月下旬~12月に始まります。腹を開いて皮のぬめりを水洗いして除いた鮭に塩をすり込み、孵化場前に吊り下げ最低10日ほど風干しします。文字通り"風味"が乗った牛渡川の鮭の美味さは、塩漬け直後に冷凍される一般的な塩引きとは一線を画すものです。

 放流後4~5年を経て、牛渡川に戻ってくるよう数百万尾の稚魚が春先まで育つ孵化場のコンクリート製の遊魚槽は、空のままで稼動の時を待っていました。組合では2年前から地元の吹浦小学校に受精卵を提供し、生徒たちが孵化させ、放流に適した体長5cmほどになるまで育てた稚魚を牛渡川に放流する取り組みに協力しています。孵化場の裏手には、鮭の慰霊碑〈clicca qui〉があり、漁が一段落する毎年2月に組合員の手で供養祭が執り行われます。長い鮭との共存の歴史をもつこの地では、かけがえのない漁業資源や鮭が育つ水の大切さをこうして次の世代に伝えているのです。

ushiwatari_2009.10.25.jpg 孵化場の先に広がる杉林の中を流れる静謐な牛渡川を皆さんにお目にかけた後、手付かずの森に歩みを進めると、木々に囲まれた池が姿を現しました。エメラルドグリーンやコバルトブルーに色あいが変化するこの「丸池」は、牛渡川と同じ鳥海山の湧水を湛えています。地元では「丸池様」と呼ばれ、信仰の対象とされています。こうしてツアー二日目は、まず皆さんに水と命が循環してゆく現場をご覧頂きました。次なる見学地に向かう途中では、人の死と魂の再生を描いた映画「おくりびと」のロケ地となった月光川沿いの堤防に映画を再現して椅子が置かれた河原を車窓から眺められるよう、コースを設定しました。私が選んだルートには、こんな小細工が仕込んであったのです。

maruike_2009.10.25.jpg【photo】静寂が支配する杉林の中を流れる牛渡川(上写真)
地元で篤い信仰を集める丸池様は、直径20mほどの湧水からできた池(下写真)

 今回のツアーでは、事前のルート選びに苦慮する局面もありました。大型観光バスにとっては厳しい道幅のない直角カーブや狭隘なルートを進まざるを得ない箇所もあったからです。小回りのきく普通乗用車で移動するいつもとは勝手が違います。孵化場周辺は細い道が多く、遊佐町役場に電話で念のため不安な箇所の現況を出発の前日に確認しました。そこで想定ルートの途中に工事箇所があることが判り、現場担当者に特別の通行許可を頂く一幕もありました。今回お世話になった宮城県石巻市に本社があるバス会社のドライバーは、兼業農家の方だったため、道なき道と同然の難所を乗り越えて未知の訪問先を巡る今回の旅を職務としても楽しんでおいでのようでした。


 在来野菜「平田赤葱」と「カラドリ芋」の卓越した作り手や、近代日本の稲作史に偉大な足跡を残したコメ「亀ノ尾」ゆかりの地を訪れた行程の全容をお伝えするレポート最終章、食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第5幕 へ続く

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箕輪鮭漁業生産組合
住所:山形県飽海郡遊佐町直世字箕輪
phone:0234-77-2275 fax:0234-77-2309
URL:http://web1.nazca.co.jp/fukaba/
E-MAIL:minowa_fukaba@excite.co.jp
営:8:00~14:00頃(水揚げ量によって不定。10月~3月末)
  それ以外の農繁期は休業。FAXにて申し込めば、送料別途で地方発送可。
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2009/11/07

美味なる名匠 三重奏

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのツアー 第3幕
 月山パイロットファーム~レストラン欅~カクテル雪国

sheltering_sky.jpg【photo】月山パイロットファームから眺めた茜色の夕焼け雲。日本海に面した西の空が広い庄内では、時として出合える息をのむような残照に浮かぶ美しい光景に癒される

 夕方5 時をまわって西の空と西日に照らされた月山が茜色に染まってゆく中を、この日最後の見学先となる鶴岡市三和の「月山パイロットファーム」に到着しました。庄内地域における有機無農薬栽培のパイオニアで同法人の創業者である相馬 一廣さんの説明のもと、まずは温海カブの洗浄作業と、民田ナスの辛子漬の製造作業を見学。guidance_soma.jpg畑に使用する発酵完熟堆肥と農機のBDF(バイオディーゼル燃料)となる廃油を譲り受けている平田牧場との共同体制で確立している資源低投入型有機農法などについて、馬鈴薯の煮転がしと温海カブの甘酢漬けを試食しながら説明を受けました。
【photo】下処理した赤カブの洗浄工程について説明する相馬一廣さん(写真中央)

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【photo】自社農場で栽培した赤カブの洗浄作業(写真左) 自家栽培する辛子菜から製造した和辛子を加工用に用いるのは、全国でも月山パイロットファームをおいてほかにない。民田ナス辛子漬の加工作業は衛生上の配慮から室外から見学した(写真右)

 相馬さんの足跡については⇒≪Link to back number≫。月山山麓の未開の原野を開墾した相馬さんご夫妻の理想を形にした、いわば"Field of dreams"では、30年以上の歳月をかけて編み出した6 科目の輪作体系で、化学肥料や農薬類に頼ることなく地力を維持しながら野菜類が生産されています。加工においても添加物類は一切使用せず、味覚の形成過程にある子どもにも安心して食べさせることができる漬物などに製品化されます。郷土色豊かな製品はspeach_soma.jpg消費者とのつながりが深い生活クラブなど会員制直販組織を通して私たちのもとに届けられています。

【photo】相馬さんはエコロジーやサステナブルといった言葉など認知すらされていなかった30年以上前から遥かな地平を見つめてきた。ようやく時代が追いついた感のあるその人の語り口はあくまでも穏やか。それでいて言葉にはズシリと胸に響く重みと説得力がある

 食糧の生産過程において環境負荷を与えないことは無論のこと、地球資源を極力消費することなく持続的に人間が食するに値する食べ物を生産するという尊い仕事に携わってきた相馬さん。休業日前で出荷作業に追われるフル稼働状態だったにもかかわらず、私たちを受け入れて下さった相馬さんの奥様恵子さんは、「あまりお構いできなくて」と出荷用の温海カブ甘酢漬けをお土産としてご用意頂いていました。あまりに申し訳ないので、ここは是非とも購入させて下さいと曲げてお願いしました。granchef_ota.jpgならばと提示頂いたのは通常市価の1/3 程度の製造原価を割るような価格。相馬さんの講話に感銘を受けたに違いない皆さんに、じっくりと味わって頂きたい赤カブ漬をお一人様一袋限りで購入頂きました。

photo】「レストラン欅」総料理長の太田 政宏さん

 食の都・庄内の実力を知って頂くため、"百聞は一食にしかず"がポリシーの私が夕食の席として白羽の矢を立てたのは、酒田が誇る名店「レストラン欅」です。果たしてこの夜も太田 政宏シェフの独創的な「フランス風郷土料理」に唸らされました。亡き佐藤 久一と二人三脚で日本一のフランス料理店「ル・ポットフー」伝説を築いた功労者は、今も厨房の第一線に立つ傍らで、料理人を志す後進の育成にも尽力しています。横浜出身の太田シェフが佐藤 久一に腕を見込まれて酒田にやってきたのが42年前の24歳の時。美食の都リヨンに勝るとも劣らない庄内の食材、中でも魚の素晴らしさに魅せられた太田シェフならではの創作料理を皆さんに味わって頂こうと、魚介中心の組み立てをお願いしてありました。

matou_dai.jpg yariika_kasube.jpg soup_akinasu.jpg
 本物しか認めなかった佐藤 久一が欅のハウスワインに選んだ蔵王山麓の山形県上山市にあるタケダワイナリー製のシャルドネとマスカットベリーAを混醸してオーク樽で熟成させた辛口白ワインをオーダーしました。一皿目はスライスされた温海カブと鮮度抜群なマトウダイの洋風刺身。そこには酒田の新たな特産品として取り組みが始まった食用の小ぶりな塩田ホオズキとエシャロット、湧水の町遊佐の清流で育ったクレソンが添えられていました。いずれも素材それぞれの澄み切った味が生かされています。軽やかで透明感のあるトマトソースで頂くヤリイカの詰物とカスベの香ばしい洋風天ぷらは旨みたっぷり。素材の甘みがまろやかに溶け込んだ焼き秋ナスの冷製クリームスープは、スプーンですくって一口ごとに減ってゆくのが惜しいほど(笑)

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 ふっくらとしたマトウダイとホタテのすり身をキャベツとホウボウで成型し、ブール・ブランソース風味のパイ包み焼きに仕上げたメインディッシュの付け合せは、ソテーしたホタテと温製の平田赤ネギに彩りのオクラ。佐藤 久一が実家である初孫酒造にフランス料理に合う日本酒として作らせた「秘蔵初孫 大吟醸」と頂いたのは、樹上脱渋する庄内柿の新ブランド柿しぐれのタルトとシャーベットのデザート。一品ごと太田シェフが席を回って外見が似ているホウボウとカナガシラの見分け方など、素材に関して丁寧に説明して下さいました。極めて充実したディナーの内容からすれば、仙台ではあり得ない二千円台前半という非常に良心的な価格と、いつに変わらぬ接客ぶりで、しみじみと心に染みる素晴らしい夕餉となりました。

2009.1.24kern.jpg【photo】カクテル雪国を味わうにはこんな夜がふさわしい。雪がしんしんと降る今年1月24日の夜に訪れた喫茶・バー「ケルン」

 公式日程はここまで。ホテルにバスで戻る皆さんをお見送りした後、素晴らしい食事の余韻に浸る13名で徒歩2分の至近距離にある喫茶・バー「ケルン」に移動しました。このオプショナルツアーのキモは、世界のスタンダードカクテル「Yukiguni 雪国」を考案した井山 計一さんご本人に作っていただいた雪国を、83歳にしてなお軽妙な井山さんの話を肴に酒田での一夜を締めくくろうというもの。

yukiguni_kern2009.1.24.JPG 
 1958年(昭和33)、壽屋(現サントリー)と洋酒天国社が主催した第3回ホームカクテルコンクールに出品、全国から応募のあった24,432件から翌年の全国大会に進んだ30点の応募作の最高位・グランプリを獲得したのが、カクテル雪国です。

【photo】井山さんが考案してから今年で誕生50周年を迎えた雪国。ケルンではグリーンの彩りが美しい名作カクテルを考案したご本人の手で作ってもらえる。その一杯と井山さんとの語らいで至福の時を過ごせる

 井山さんが温海町(現鶴岡市)の温海温泉にあるホテルに手伝いに行った際、コンテストへの出品を打診され、そこにあった有り合わせの材料を使って、さほど深く考えずに思い付きで作ったのが雪国だったという裏話も傑作ですが、林 房雄・岡本 太郎・宇野 重吉・安岡 章太郎・サトウハチロー・五島 昇ら、そうそうたる審査員から贈られたトロフィーに刻まれた賞の名称がまた傑作でした。現在も「サントリー ザ・カクテル アワード カクテル コンペティション」として半世紀以上の歴史を持つコンテスト史上唯一の「ノーメル賞」を贈られたのが雪国なのです。井山さんは「ノーベル賞なら何人も受賞しているけど、この賞は私だけしかもらっていません」と笑うのでした。

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【photo】すぐ近くにあった映画館グリーンハウスの上映を終えた支配人時代の佐藤 久一が、従業員を引き連れて夜な夜なこのカウンターでビールを片手に映画談義をしていた華やかりし往年の酒田や、修行時代を過ごした仙台のことを昨日のことのように語る井山さんの思い出話は、最高の肴になる(左写真) 「この街を 生き返らせるか おくりびと」など、ひねりが効いた井山さん作の川柳は定期的に更新され、カウンター背後に掲出される。この夜の一句は「聞くだけで 気が遠くなる 兆や億」(右写真)

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 流れるような手つきでカクテルグラスのエッジに細雪に見立てたグラニュー糖をまぶし、ミントチェリーを一粒沈める井山さん。長年の経験からメジャーカップを使わずにシェーカーにベースのウオッカを注ぎ、ホワイトキュラソーと甘口のライムコーディアルを加えてさっとシェーク。白雪の下で春の芽吹きを待つ緑に雪国の光景と、そこに暮らす人の想いを見事に表現した一杯が出来上がります。二杯目は一転して辛口のドライマティーニをお願いしました。癒し系で誠実なマエストロ相馬の講話、心のこもったマエストロ太田の料理、ノーメル賞のトロフィーが飾られたカウンターでエンターテイナーぶりを発揮するマエストロ井山による饗宴で、酔いも手伝ってすっかり気分が良くなりました。

norika_lalique1024.jpg【photo】ケルンの斜め向かいにある Lalique には、この夜も寄り添う鈴木さんと紀香の姿があった

 まだ飲み足りない酔いどれ精鋭部隊数名で向かった三軒目は、斜め向かいのスナック「Lalique」≪Link to back number≫へ。当ブログ Viaggio al Mondo で店を紹介してもらったお礼にと酒田市日吉町に蔵を構える酒田酒造の「限定品 大吟醸 上喜元」を1本ママに頂いてしまいました。カウンターには飼い主の鈴木 豊さんに寄り添う紀香と、店の中庭には気まぐれなモサの姿も。長かった一日目の余韻に浸る面々の酒田での一夜は、日本酒を酌み交わしながら、いつ果てるともなく更けてゆきました。

 鳥海山の伏流水でできた清流「牛渡川」と「丸池様」、鮭の捕獲採卵作業の見学を通して命の営みに触れた「箕輪鮭孵化場」訪問で幕を開けた翌日、食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第4幕 へ続く
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2009/11/03

酔って候

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのツアー 第2幕
 @竹の露酒造場 月山伏流仕込水

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【photo】蔵の敷地奥や孟宗筍の産地である高寺地区一帯まで広がる竹林が蔵名の由来となった竹の露酒造場

 稲刈りを終えた田んぼに囲まれた鶴岡市羽黒町猪俣新田にある「竹の露酒造場」【Link to Website 】では、代表社員の相沢 政男さんにお出迎え頂きました。蔵の敷地に最近整備された水飲み場には、地下300mから汲み上げている仕込み水が引かれています。月山山系のブナ原生林が水源となり、世界的にも珍しい火山性の石英質砂礫地層を通ったこの伏流水は、温泉法の定める25℃未満ギリギリの22-23℃と水温が高いのだそう。そういえば蔵から500mほどの距離に日帰り入浴施設「やまぶし温泉ゆぽか」があります。クリスタル地層でろ過された弱アルカリ性ph7.7、硬度19mg / ℓの超軟水は、一旦6基の貯水タンクで冷却ろ過した上で仕込みに使用しているそうです。

aizawa_kuramoto.jpgshikomimizu_takenotsuyu.jpg【photo】
ご案内頂いた竹の露酒造場 代表社員の相沢 政男さん(左写真) 蔵敷地内に湧く無菌超軟水の仕込み水。蔵元の話に耳を傾けながらもそのまろやかな味を確かめる参加者(右写真)

 蔵の中に取水口がついた導水管があり、声を掛けてから水を汲ませて頂く機会が多い竹の露酒造場の仕込み水は、湯田川の岩清水と並んで、鶴岡近辺では私が好きな湧水のひとつです。味の透明感が高く甘く柔らかなその水は、吟醸クラスではない例えば「特撰純米酒 白露垂珠」がそうであるように、精米歩合55%まで磨いた地元羽黒の米「出羽の里」と出合って酒として醸されると、より一層柔らかさが増すから不思議。sakamai_takenotsuyu.jpg口腔に広がる透明感のある柔らかな香り高い酒は、スッと綺麗に咽喉へと吸い込まれてゆきます。その元となる弱アルカリ性で健康増進と美肌効果も期待できるという水を皆さん美味しそうに味わっておいででした。

【photo】蔵には竹の露の酒造りで使用される地元の酒米が展示される

 民間育種が盛んであった庄内地方では、記録が残っているだけでこれまでに60人以上の育種家によって160種ものコメ品種が生まれています。一地域でこれほど多くの新品種を民間人が育種した例は他になく、研究熱心で進取の気風に富んだ庄内の一面を物語ります。その代表格が、近代日本が生んだ優良食用米の祖にあたり、近年では酒米として復活している「亀ノ尾」を創選した阿部 亀治の存在です。食する物の背景を知るのが目的である今回のツアーでは、竹の露で試飲用に亀ノ尾の酒をご用意頂き、亀ノ尾の原種となった3本の稲穂が発見された羽黒山の東、庄内町立谷沢の熊谷神社を二日目に訪れることになっていました。

daiginjyo_hakurosuishu.jpg【photo】IWCインターナショナルワインチャレンジ2009で金賞を受賞した「純米大吟醸 はくろすいしゅ」

 1858年(安政5)創業の歴史ある蔵では、自家栽培する亀ノ尾・京ノ華・改良信交・出羽燦々・出羽の里・美山錦の酒造好適米6種を始め、全て地元羽黒の米を使用した「地の酒」造りを行っています。同じ酒米でも作り手によって最適な水の浸漬が異なるため、仕込みはそれぞれ専用のタンクで行う徹底ぶりが、山田錦以外の酒米で競われる全国新酒鑑評会第一部で6年連続金賞受賞という輝かしい結果を生んでいます。今年の4月に162蔵元が359銘柄の酒を出品してロンドンで開催された「IWCインターナショナルワインチャレンジ2009」の

degstazion_takenotsuyu.jpg「sake部門」純米吟醸・純米大吟醸のカテゴリーで、最高賞のGold prize 金賞 全8銘柄のひとつに竹の露酒造「純米大吟醸 はくろすいしゅ」が選ばれました。精米歩合を40%まで高めた酒米の出羽燦々を蔵のお膝元で栽培したのは羽黒杜氏の本木 勝美氏。地の米・地の水が、地の技によって比類なき味わいを生み出します。

【photo】「こりゃ美味いわ」、「こっちは飲み口が柔らかいぞ」と熱気渦巻く試飲タイム

 待ちかねた試飲には、IWC金賞受賞酒の「出羽燦々 純米大吟醸 はくろすいしゅ」・「同 大吟醸 白露垂珠」・地元限定の「亀ノ尾 氷温三年熟成 純米吟醸 かすか」・「同 純米吟醸はくろすいしゅ」・県が独自に定めた基準に基づき、歴史風土を反映した優れた製品に与えられる戦略ブランド「山形セレクション」選定酒「出羽の里 純米吟醸 はくろすいしゅ」・現在では山形だけで栽培される酒米「改良信交 純米吟醸 はくろすいしゅ」・栽培地としては最北の「鶴岡山田錦 純米吟醸 はくろすいしゅ」・大正期に庄内で育種された「京の華 無濾過純米 白露垂珠」・出羽燦々の祖先に当たる「美山錦 純米吟醸 白露垂珠」の9種類の酒が用意されました。酸の立ち方や含み香などに酒米ごとの個性が表現されますが、いずれもこの蔵の特徴である芳醇端麗なキレの良さを持ち合わせているのが印象的でした。

tutti_takenotsuyu.jpg【photo】
食WEB研究所のフードライターとしても活躍中の女性利酒師、早坂久美さんもツアーに参加。地元以外では入手困難な「亀ノ尾 氷温三年熟成 純米吟醸 かすか」など、この日試飲した全アイテムを前にご満悦

 正直に白状すると、いつものように自分が運転する立場ではないのをいいことに、もはや試飲の域を超えてしまったワタクシ。居並ぶ美酒を前にしてほとんど仕事を忘れそうになる自分を葛藤の末にやっとの思いで引き戻し、再びラッシャー木村ばりのマイクパフォーマンス(?)を繰り広げながら向かったのは旧藤島町(現鶴岡市)が循環型農業の実践などを通して実現を目指すエコタウン構想の旗振り役であった相馬 一廣さんがおいでの「月山パイロットファーム」です。

 その夜、太田 政宏グランシェフ自ら解説付きでフランス風郷土料理の神髄を魅せて頂いた「レストラン欅」と、オプショナルツアーで訪れた"生ける伝説のバーテンダー"井山 計一さんの店「喫茶・バー ケルン」での一部始終はまた次回。

食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー 第3幕 美味な名匠三重奏 に続く
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2009/10/31

盛況御礼 

「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」第1幕
  昼食つながりの藤沢カブ畑訪問まで

 定員ちょうどの皆様にご参加頂いた河北新報の読者会員組織「かほピョンくらぶ」会員様限定の通旅「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」。催行前日に体調不良を訴えたお二方から無念のリタイア連絡を頂いたものの、前夜に決行したお天気祭りが功奏し(笑)幸い天候にも恵まれ、私を含め合計30名によるバスツアーとなりました。通旅の名に恥じないコース設定については、今一度「私がご案内します」を参照願います。

kusatsu_yawata.jpg【photo】杭掛けされた稲が夕陽に照らされ長い影を作る秋真っ盛りの庄内。日光川上流部の酒田市北東部、草津地区付近から鳥海山を望む

 10月24日(土)7時45分の定刻に仙台駅前を出発、東北道・山形道を一路庄内へと向かうバスの中で、初日の行程をご説明するうち、気がつくとトイレ休憩をする予定の寒河江SAはすぐ目の前。事前に配布した「2009 山形県庄内新潟デスティネーションキャンペーン」のパンフレット「ごっつぉだの もっけだの 食の都庄内」でも紹介されている農家レストラン「知憩軒」の長南光さんや「レストラン欅」の太田政宏シェフ、そこで頂く予定になっている在来野菜の作り手などの訪問先に関して興に任せてご紹介するうち、60分近く喋り続けていたのです。早朝に家を出発し、まだ少し眠そうな皆様に居眠りする隙を与えない熱いトークを炸裂させてしまいました。仙台出身の私が、山形に半年通い半年暮らして一年だけ赴任した6年前から、いかに地縁血縁のない庄内地方に養われて09sakuma_farm1.jpgいるかをご理解頂くため、車中で披歴したのが朝食のこと。ご飯はツアーの行程に組み込んである「竹の露酒造」の仕込み水で炊いた鶴岡市渡前の井上農場産「はえぬき」を食べて来ていました。

【photo】黄色に色付いたブドウ棚のもとでブドウ狩りに興じる皆さん


 到着したサービスエリアの売店を物色していると、庄内で時として起こるアンビリバボーな言霊現象が、そこでも起きました。所用で東京に向かう途中だという井上農場のご主人、井上 馨さんと鉢合わせしたのです。井上さんは自宅に立ち寄ってもらえれば、バスの皆さんに試食用の新米を差し上げるとお申し出になりました。お人柄を物語る「もっけだの」なオファーでしたが、中身がぎっしりと詰まった二日間の行程から、井上さんのもとに立ち寄るのはまず無理。09sakuma_farm3.jpgせっかくのご好意でしたが、これから冷え込みが厳しくなると、ほかの青菜類の追従を許さない極めつけの美味しさになる小松菜が旬を迎えます。話題の新品種「つや姫」も食べてみたいので「いずれまた寄ります」と言って笑顔の井上さんとお別れしました。

【photo】使用する農薬を最小限に留めている佐久間ファームは、多様な生態系を形成する小動物が棲息できる健全な環境を保っている。ブドウの枝でじっと動かないアオガエルは何を思うのだろう

 茶褐色に染まる月山道路沿いのブナ林に深まる秋を感じつつ、ブドウ狩りをする最初の目的地「佐久間ファーム」に到着しました。葉が黄色く色付いたブドウ園には、食べ頃を迎えたブドウが鈴なり。テーブルの上にはハニーシードレス・ピオーネ・巨峰・赤嶺の四種類の試食用のブドウが用意されていました。09sakuma_farm2.jpg農園主の佐久間みつさんをご紹介するや否や、ブドウに皆さんが一斉に群がりました。いずれも糖度が乗った美味しいブドウです。「枝が茶色に色付いた房を選んで下さいね」という私の耳打ちの後、収穫用のハサミを手にした皆さん。消毒回数を最小限に留めて栽培されたブドウの味に感激して、持ちきれないほど買い込む方もおいででした。


【photo】佐久間ファームでは、20種以上の多彩な生食用のブドウに加え、鶴岡市上名川のワイナリー「月山ワイン研究所」に納めるワイン醸造用のブドウ品種も手掛けている。ボルドー・ポムロル地区やトスカーナ西部・ボリゲリ地区で卓越した高貴なワインを生み出す品種「Merlot メルロ」を目ざとく見つけて目を輝かせながら味見する参加者

hatake09_chikeiken.jpg【photo】知憩軒の駐車場前にある畑を興味深げに眺める皆さん

 昼食の予約をしていた「農家レストラン知憩軒」には、予定より早く到着したため、皆さんを事前にカラドリ芋、もってのほか、丸ナスなどの秋野菜が育つ長南さんの畑にご案内しました。築50年になるという母屋の厨房では、お母様の光さん・長女のみゆきさん・長男の奥様歩美さんらが総出で準備中でした。慌ただしい厨房とは対照的にゆったりとした時間が流れる客席で待つ私たちのもとに、ほどなくして藤沢カブの浅漬けが運ばれてきました。パキっとした食感と共にすがすがしい辛味の余韻が残る藤沢カブのみずみずしさに、皆さん感激されたご様子。どうやらバスの中で畑を訪れることになっている藤沢カブにまつわるストーリー【Link to back number】をお話したのが美味しさを増幅させたようです。

tsutabi_chikeiken091024.jpg【photo】伝統的な庄内の農家の味をベースに、上品に洗練された滋味深い味付けがなされた知憩軒の昼食

 定番の鼈甲餡(べっこうあん)かけ胡麻豆腐、凍り豆腐と野菜の煮付け、季節を感じさせる秋刀魚の煮付け、是非ものでリクエストしたカラドリ芋の味噌煮と茎の胡麻がけ、自家栽培する特別栽培米コシヒカリの新米おにぎり、香ばしい焼き大豆の炊き込みご飯も登場、デザートのホイップクリーム掛けラム酒風味の平核無(ひらたねなし)に舌鼓をうち、庄内ならではの秋の味覚を堪能しました。食事を運び終えてから、女将の長南光さんが伝統的な農村の暮らしを伝えるために始めた知憩軒のことや、地域の特色ある食文化を支えてきた在来野菜の価値について参加者に語りかけました。本当はhanashi_mitsusan.jpg畑にも繰り出して長南さんのお話をじっくりと伺いたかったのですが、すでに予定時刻を回っていました。長南さんにご用意頂いた最上川を挟んで南側が主に赤ズイキ、北側が青ズイキに栽培地域が分かれる二種類のカラドリを皆さんにお目にかけたところで、長南さん親子にお見送り頂き、知憩軒を後にしました。


【photo】食事を終え、命の基本である食べ物を生み出す農地や在来野菜など、守るべき物の大切さについて語る長南 光さんの話に耳を傾ける参加者たち

 湯田川温泉街の手前にある藤沢集落でバスを降りて歩き始めると、私たちの様子を見ていた近所のおばちゃんが「ここから山の上に行くのは難儀だのぅ」と、声を掛けてきました。事情をご存じのようで、後藤さんのお宅へ入ってゆき、我々の到着を奥様の清子さんに告げてくれました。こうしたフレンドリーな敷居の低さは、同じ山形でも内陸地方ではまず起こり得ない庄内ならではの傾向で、イタリアにも相通じるラテン気質を感じます。前世イタリア人の私が妙にシンパシーを覚えるのもむべなるかな。

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 連作障害が出やすい藤沢カブは、毎年畑を変えるため、皆さんをご案内する前に下見をしようと後藤さんのお宅を9月に訪れていました。その時は残念ながらお留守だったため、電話で場所を伺っていた集落を抜けてすぐの林道沿いに、藤沢カブの畑があるのを確認していました。過去6年にわたって畑を見ているだけに「いやに今年は畑が狭いな」といぶかしく思ったのですが...。

【photo】下見の際に訪れた藤沢集落のすぐ近くにあった小さな藤沢カブ畑(上写真)

 奥様が作業場に声を掛け、中から出てきたご主人の勝利(まさとし)さんに伴われて、徒歩で下見をしていた畑に向かいました。その小さな畑に着くなり、後藤さんは「ここは趣味の園芸」と笑って、「今年の畑はこの上」と畑を取り巻く竹林となった斜面を指差しました。楽勝かと思った畑訪問のためには、粘土質の急坂を100mほど登らなければなりません。冗談を言いながらスイスイと坂を登る後藤さんについて竹林の中を進むと、突然視界が開けたそこが、山の斜面を覆い尽くす藤沢カブの畑でした。
fujisawakabu_bamboo.jpg【photo】孟宗筍の名産地、湯田川らしい竹林が下手に広がる今年の藤沢カブの焼畑。収穫を待つ藤沢カブが山肌を覆う

 今年は90アールの面積に三世帯でカブを育てており、山里に根雪が積もる頃までが収穫の最盛期となります。杉を伐採して搬出を終えたままの荒地に残る下草を刈り、周囲の樹木に延焼せぬよう入念な準備をした上で火を放ったのが、8月18日。今年は雨がちな気候で例年よりも一週間ほど火入れが遅れたそうです。まだ煙がくすぶっている状態の斜面に種を満遍なく手撒きするという後藤さんの説明に、皆さん驚いた様子。生育不良に見舞われた昨年の経験から今年は播種の量を減らした結果、作柄が良いそうで、大ぶりなカブが多いようにお見受けしました。
con_gotousan.jpg【photo】ご案内頂いた後藤 勝利さん・清子さんご夫妻を囲んで記念撮影

 求めに応じて大きなカブを探しに行った後藤さんの足取りは、まるで義経の八艘飛びを見るよう。その身軽さは到底65歳とは思えないもので、これまた一同ビックリ! そこに少し離れた畑におられた清子さんが「皆さんに山登りをさせたから」と、泥つきの田川カブが入ったビニール袋を携えて「お土産にどうぞ」と持って来られました。田川カブは湯田川に隣接する少連寺発祥の希少な在来種。勝手にこちらが押し掛けたにもかかわらず、そんな心遣いまで頂く後藤さんご夫妻の優しさに皆さん一様に感激されたようです。climb_fujisawakabu.jpg

【photo】「趣味の園芸」畑の急斜面の上が藤沢カブを育てて50年近くなる後藤さん(写真左)の技が光る立派なカブが育つ焼畑がある

 私が持ちますよと申し上げた田川カブが入ったビニール袋を肩にかけた清子さんは、所々ぬかるんだ斜面をおっかなびっくり下る私たちを尻目に、さっさと下ってゆきます。収穫したカブの搬出でいつもそうしているという後藤さんは慣れたもの。かたやご参加頂いた皆さんは仙台とその近郊の在住者ばかり。はからずも都市生活者のひ弱さを思い知らされたのでした。

bargain_gotou.jpg【photo】後藤さんのご自宅前で開かれた生産者直売の特設青空市。ご覧のとおりの活気あふれる大盛況

 後藤さんのご自宅に戻って、収穫したての藤沢カブとカブの甘酢漬を譲って頂きましたが、こちらもバーゲン会場も顔負けの熱気が渦巻く黒山のひとだかり。笑顔が素敵な後藤さんの魅力も手伝って飛ぶように売れてゆきました。本来の味は焼畑でなければ出せない藤沢カブ。その味を絶やしてはならないと、手間と労力のかかる焼畑栽培にこだわる後藤さんの奥様が漬け込んだ藤沢カブの甘酢漬け(税込315円)は、直販以外には湯田川温泉を奥まで進んだ「ぱろす湯田川」でも入手可能です。絶えようとしていた藤沢カブの種を受け継いで復活させ、私たちが今もその味を楽しむことができる恩人が作った正真正銘の焼畑藤沢カブの味をお知りになりたい方は、こちらへどうぞ。

 ご夫妻揃ってお見送り頂いた後藤さんに見送られてバスが向かったのは、今回のツアーでは数少ない通常のパッケージツアーにも組み込まれる観光地でもある国宝・羽黒山五重塔。次回は、そこは省略し(爆)、仕込み水の試飲から始まった「竹の露酒造場」訪問の顛末をご紹介します。


「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」 第2幕
酔って候@竹の露酒造場 月山伏流仕込水
 へ続く

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2009/10/24

モサと紀香と

犬猫スナック@酒田

 出張で酒田を訪れた日のこと。訪問先との打ち合せを終え、同市日吉町の老舗割烹「香梅咲」で歓待を受けた後、中町のとあるスナックに案内された。日本が生んだ世界のスタンダードカクテル「Yukiguni(雪国)」を50年前に考案した83歳の現役バーテンダー、井山 計一氏が今もカウンターでシェーカーを振る喫茶・バー「ケルン」には、酒田を訪れた際に時々足を運んでいたが、そこはケルンの斜め向かいにあった。ママが工芸ガラス好きなのだろうか、店の名を「Lalique ラリック」といった。

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【photo】すっかりいいムードの鈴木 豊さんと紀香。酒田市Laliqueにて

 色ガラスのシェードから漏れるスタンドの柔らかな明りに照らされたほの暗い店の一角で、アンニュイな雰囲気を漂わせていたのは、大柄な一匹のメス猫であった。ふさふさとした白く長い毛で覆われたその猫は、さも居心地が良さそうに指定席に身を横たえていた。外見からはノルウェージャンフォレストキャットか、恰幅の良いターキッシュアンゴラのようであるが、雑種なのだそうだ。客に愛想を振りまくでもなく、いつも普段はそうしているという。人に媚びることのない"我関せず"といった物腰からは、風格すら感じさせる。猫の常として当然だが、そこが接客業の店であるという自覚が全く無い彼女の怠惰な振る舞いから付いた名前は「モサ」。いつもモサっとしているから、モサ。ちょっと気の毒な名前かもしれない。

mosa@lalique.jpg【photo】美知代ママに抱きかかえられる気ままなモサは、この後プイッと店を出たまま戻らなかった

 ママの佐藤 美知代さんによれば、3年ほど前まで店のマスコット的な存在だった飼い猫が亡くなって半年ほど過ぎたある夜、彼女は連れ子を口にくわえた姿で現れたのだという。訳あり気な彼女は、そのまま店に居つき、そこに自然体で居るだけで店を訪れる男たちに構うでもなく癒しを与えてきた。獣医の見立てによれば10歳は下らないというから、人間の年齢に換算すれば70歳代のおばあちゃんということになる。齢を重ねてなお毛並みの良い彼女を愛撫してくる客を拒むでもなく、男たちの好きにさせるモサは、天性の水商売向きな猛者(もさ)でもある。

 私たちが時折ちょっかいを出しても微動だにしなかったモサが、突如体を起こして店の中庭に面したガラス窓のすき間から脱兎のごとく出て行った。何事かと振り返ると、男性客に連れられた一頭の大柄なゴールデンレトリーバーが店に入ってきたのだった。店の近くにある歯科医である鈴木 豊さんは、こうして犬連れで店をしばしば訪れるのだという。猫がいる飲み屋というだけでも珍しいと思ったのだが、その夜のLalique には犬までが揃った。「ちょうどいいタイミングでいらっしゃいましたね」とママは微笑んだ。

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 いっぱしの常連客であるその犬は、驚いたことにカウンターに腰掛けた鈴木さんの隣の椅子に器用によじ登り、ちょこんと座ってしまった。ママは「よく来たね、ノリカ」と呼びかけながら鈴木さんに酒と乾き物のお通しを出した。聞けば藤原紀香と同じ字のノリカなのだという。カウンターで寄り添う後ろ姿は親密な恋人同士のようにも見える。その様子を窓越しにじっと見詰めるモサ。並大抵のことでは動じないモサも、さすがに犬は苦手のようだ。Lalique は猫と犬と人がドラマを繰り広げる世にも珍しいスナックなのだった。肩を並べる鈴木さんと紀香があまりに絵になったので、野暮を承知でカウンターの中に移動し、正面から写真を撮らせて頂いた。

【photo】陣内智則になった気分で「紀香~」と名を呼ぶと、
小首をかしげて振り向く仕草がたまらなく可愛らしい

 紀香は同名の女優と同様、店を訪れる男たちを魅了する人気者である。私たちが店を引ける少し前に入ってきた紳士は、さも愛しそうに紀香を撫で回し、持ち合わせていた菓子を与えていた。語らずとも思いが通いあう男女のようにイイ雰囲気であった鈴木さんを差し置き、お手当てをくれるダンディな男性に心を許す素振りを見せる紀香は、奔放な一面も持ち合わせた魔性の女なのやもしれぬ。

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【photo】物欲しげな視線を送る紀香に「もっと食べるかい?」と問いかける鈴木さん。カウンターの中にはゴン太のササミジャーキーの袋が(写真左下)/ 美知代ママ(中央)が見つめる前で目尻を下げっぱなしの紳士にすり寄るおねだり上手な紀香(右写真)

 のちに写真を見て気付いたのだが、鈴木さんに出されたお通しかと思ったのは、毛並みが良く美形な紀香とは風貌が全く異なるものの、同じゴールデンレトリーバーのゴン太がユーモラス演技を見せるCMでお馴染みのドッグフード「ゴン太のササミジャーキー」であった。カウンター上に食べ物は見当たらないが、鈴木さんも紀香のササミジャーキーを酒の肴にしたのではよもやあるまい。

 
P.S. 鈴木さん、紀香とのツーショット、とても素敵です。かくなる上はもう一頭美形なワンコを飼って"両手に花"もオツだと思います。二頭目のワンコは仙台出身の美人女優の名前にあやかってみては? ノリカの次としてお勧めは「キョウカ」っすね。そう、鈴木京香。なぁーんて...(-_-; 
 酒場が舞台ということで、北方謙三や大藪春彦のようなハードボイルド路線でまとめようと目論んだ今回のレポート。いつもと文章の雰囲気を変えてみたものの、最後はオチをつけないと気が済まないのであった。

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Lalique(ラリック)
住所:山形県酒田市中町2丁目3-11
phone:0234-24-8583
営:19:30‐24:00 日曜定休

≪追 記≫
2011年3月11日、東日本大震災が発生した数日後、混乱のさなかにあった勤務先に「食べ物や飲み水など困っていることがあれば何なりとお申し付けください」という美千代ママ手書きのFAXが届いた。その年の暮れが押し迫った頃、癌で美千代ママが亡くなったことを知った。Laliqueの閉店によって居場所を失ったモサや指定席を失った紀香もさぞ淋しいことだろう。震災後の混乱にまぎれて人情味に厚いママに対して、何らお礼を申し上げることができなかったことが悔まれてならない。美千代ママのご冥福をお祈りします。

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2009/09/25

私がご案内します

10月24日・25日は聖地・庄内巡礼

かほピョンくらぶ「通旅」でご一緒しましょう

haguro_settembre2009.jpg【photo】豊かな実りに彩られる秋の庄内平野。稲穂が黄金色に染まる鶴岡市羽黒町戸野付近から鳥海山を望む

 昨日の河北新報朝刊9面「月刊かほピョンくらぶ」紙上と、かほピョンくらぶ会員様にはメルマガでご紹介しましたが、10月24日(土)・25日(日)の両日、仙台発着の会員向け「食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー」が実施されます。「会員しか参加できないの~? 」との声が聞こえてきそうですが、東北6県在住の方ならば入会金・年会費無料でさまざまな特典が受けられるかほピョンくらぶ会員には、簡単にご入会頂けます。ご入会はコチラから

 庄内系を襲名した私がプロデュースした上は、当日のご案内役も私が務める今回のツアー。すでに会員となられた方にはメルマガで優先的にご案内しています。ツアーの申し込みが先か、入会申し込みが先か悩ましいところですが、まずは食の都庄内が誇る秋の実りと癒しに満ちた内容テンコ盛りツアーに参加申し込みを頂き、未登録の方は併せて会員への登録もお忘れなく。ツアーを運営する東北海外旅行の担当者からの報告では、初日の告知だけで、結構な数のお申し込みを頂いたようです。定員まであとわずか。善は急げっ!!

 今回の「通旅」は、通り一遍の一泊旅行では決して知ることが出来ない食の都庄内の奥深い魅力に触れて頂ける内容だと自負しています。行程は「山形 庄内 秋の"実り"味わおう」という大見出しで始まる9月24日の紙面、およびメルマガ添付のパンフレット【Link to pdf file】でご確認頂けますので、今一度熟読のほどお願いします。とはいえ紙面には限りがあり、今回のツアーがいかなるものか、十分に内容をご紹介できないのも事実。

 今回のツアーで訪れる先については、昨年の同じ季節に癒しを求めて私が秋の濃密な一日を過ごした内容をまとめた「ごっつぉだの もっけだの」シリーズ4部作であらかたご紹介しています。今回のバスツアーで立ち寄る先の飛びっきりなストーリー満載なプロフィールは、下記の「あるもん探しの旅」バックナンバーで今一度ご確認ください。


10月24日(土)の主な訪問先
◆減農薬栽培された大玉ブドウ狩りをお楽しみいただく予定の「佐久間ファーム」はコチラ(※「今年はブドウの動きが早いため、10月中旬過ぎに残っている品種数には限りがありそう」という佐久間さんからの最新情報が寄せられていますが、さて?)
◆庄内の農村に伝わる家庭料理に洗練された感覚を盛り込み、「家庭画報」や「ソトコト」など数々の雑誌で紹介された農家レストラン「知憩軒」はコチラ
◆自社敷地内に湧出する無菌超軟水である仕込み水を「月山深層天然波動水」として商品化するほどの優れた水に恵まれた「竹の露酒造」。亀ノ尾や出羽の里など地元で生まれたコメを蔵人自らが栽培する"地の酒"にこだわる。透明感のある芳醇端麗の飲み口と淡雪のようなキレが印象的な酒「白露垂珠」が生まれる現場を見学・試飲します。まずはコチラをチェック。
◆藤沢周平のペンネームの由来となった鶴岡市藤沢地区の山中で作られる幻の在来種「藤沢カブ」の種を受け継いできた後藤勝利さん・清子さんご夫妻についてはコチラコチラ
◆庄内地域では草分けとなる1977年(昭和52)から取り組んでいる環境配慮型農業は、今や資源低投入型へとバージョンアップ。自家栽培した無農薬栽培の在来野菜「民田ナス」などを、国内でも希少な「和辛子」を使って添加物を一切使用せずに仕込む漬物について、相馬一廣さんの大局的な見地に立った解説のもとで見学する「月山パイロットファーム」はコチラ
◆山口瞳や開高健らが「日本一のフランス料理店」と絶賛したル・ポットフー伝説を築いた功労者・太田政宏シェフが厨房を預かるフランス風郷土料理「レストラン欅」はコチラコチラ
◇レストラン欅のディナー後、20名限定のオプショナルツアーとして、徒歩2分の至近距離にある喫茶バー「ケルン」に移動します。日本が生んだ世界のスタンダードカクテル「雪国」を考案した82歳の現役バーテンダー井山計一さんが、1958年(昭和33)に寿屋(現サントリー)主催のホームカクテルコンテストに出品、見事グランプリを獲得した名作。誕生50周年を迎えた雪国(一杯800円)を、井山さんのお話と共に味わいます。

10月25日(日)の主な訪問先
◆鮭の遡上シーズン真っ盛りの採卵作業を富樫和雄組合長の解説のもと見学する「箕輪鮭孵化場」がある鳥海山の湧水だけでできた神秘の川「牛渡川」はコチラ
◆最上川交易によって上方よりもたらされたとされる在来野菜「平田赤葱」生産組合長、後藤 博さんはコチラ
◆伝統的な水苗代で在来野菜「ズイキ芋」を手掛ける植酸農法のパイオニア坪池兵一さんはコチラ
◆ササニシキ・ひとめぼれ・コシヒカリなど近代日本が生んだ優良米のルーツで、近年では酒米として注目されるコメ「亀ノ尾」。「亀ノ尾の里資料館」や「亀ノ尾発祥の地」を訪れて知る亀ノ尾を創選した阿部 亀治に関する物語はコチラ
◆アル・ケッチァーノご用達で各メディアに登場する上級編な産直「あねちゃの店」はコチラ

 「通旅」という名に恥じず、当ツアーで訪れる一般的な観光地は、先日TBS系列でオンエアされた映画「おくりびと」のロケ地となった月光川沿いの堤防を車窓から眺めるほかは、杉並木の中を徒歩で参詣する国宝の「羽黒山五重塔」と、最後のお買い物タイムに立ち寄る「庄内観光物産館」ぐらいです(笑)。生半可ではない庄内通を自認する私がセレクトした訪問先のうち、作り手の心が込もった食事を頂ける「知憩軒」や「レストラン欅」には、今回のツアーで訪問する藤沢カブや平田赤葱・ズイキ芋などの在来野菜をメニューに取り入れてもらうようお願いしてあります。これは生産者とのふれあいを通して、美味しい食事の背景もしっかりと皆さんに知って頂きたいという私の思いゆえのこと。お引き合わせする生産者は皆さん魅力的な方たちばかりです。

 当バスツアーでご参加頂く皆様に、豊饒の地・食の都 庄内の真髄に触れて頂き、新たな食の地平とのご縁が開けますよう、腕によりをかけてご案内致します。

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食の都・庄内 豊かな実りと癒しのバスツアー
旅行代金: おひとり19,800 円(税込)
出 発 地: 仙台駅西口 10月24日(土)7:30出発
宿  泊: ホテルイン酒田(一名一室)
添 乗 員: 同行します
日  程: 平成21年10月24日(土)~25日(日)
食  事: 24日/ 昼・夕  25日/ 朝・昼
募集人員: 先着30名様

▼当バスツアーでは、生産者が笑顔で迎えてくれる藤沢カブ・平田赤葱などの畑を徒歩で訪問します。運動しやすい靴でご参加下さい。

▼お申し込みは
 ■ 東北海外旅行 TEL 022-227-6106 へ
 ■ 旅行企画 かほピョンくらぶ

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2009/08/16

香り米

目を閉じれば、アラ不思議...

yuza_maruko.jpg【photo】頂きを雲の中に隠した夏の鳥海山。田んぼの浮島のような木立の中に田の神が祀られる典型的な庄内の田園風景。遊佐町丸子にて

 穀倉地帯の庄内で見られる田園風景の特徴のひとつが、海原に浮かぶ孤島のように畦道沿いにぽつんと植えられた松などの木立の中や、道沿いに祀られた祠(ほこら)や地蔵堂の存在です。田の神を祭った祠の大きさには大小ありますが、地蔵堂の多くには、これまた庄内地方でよく目にする寄進者が手作りした色とりどりの細長い円筒形の飾りが下がります。同じコメどころの宮城・新潟はもちろん、山形県内でも村山・最上などの内陸ではあまり目にしない人々の民間信仰の篤さを物語るこうした風景や習俗には、どこか心を和ませるものがあります。

yashiro_sakata.jpg【photo】祠や地蔵堂などに寄進される庄内の下げ飾り。地元の方たちも意外と知らない呼び名をご存知の方は、ぜひご一報を...

 2004年(平成16)1月にNHKスペシャルで放送された「鳥海山~水の恵みに暮らす」では、鳥海山の麓にある遊佐町藤井地区でコメ作りを行う一軒の農家の暮らしが丹念に描かれていました。雪解けと共に山から人里に下りて来る田の神を迎え入れる祠を、人々はコメ作りに欠かせない鳥海山の恵みである水で田畑を潤す水路同様、大切に守ってきました。

 代掻きから田植えに始まるコメ作りを行う間、田の神は祠に留まって人々を見守ります。稲刈りを終えた晩秋、田の神は再び山へと還ってゆきます。鳥海山頂に本宮がある大物忌神社は、五穀豊穣の神です。毎年7月14日には、行政区画上は遊佐町に位置する標高2236mの鳥海山頂・7合目にあたる同町御浜・同吹浦の西浜・酒田市の宮海・日本海に浮かぶ飛島の五箇所で同時に御神火を焚き、火の見え方によって農作物の作柄を占う「御浜出(おはまいで)」(通称:火合わせ)の神事が行われます。

Departures.jpg【photo】映画「おくりびと」のワンシーン。ロケが行われた遊佐町の月光川河川公園の堤防には、今も椅子が置かれている

 オスカーを受賞した映画「おくりびと」では、本木 雅弘演じる主人公が鳥海山を背景にチェロを奏でる場面が登場します。遊佐町を流れる月光川の河川敷は、ロケ地として一躍有名になり、堤防にぽつんと置かれた椅子に腰掛けて記念撮影をする観光客が今もそこを訪れています。ロケ地からすぐ近くの小原田地区の稲作農家に生まれた伊藤 大介さん(29)は、主力のササニシキ・ひとめぼれに加え、大正期に地元遊佐の高瀬地区で常田 彦吉が育種した餅米「彦太郎糯(もち)」と、長粒種「プリンスサリー」などの香り米、リゾットに適した大粒種「オオチカラ」、赤・黒の古代米、白ナス「遊佐のお嬢さん」、ソース加工用に適したイタリア種のトマト「サンマルツァーノ」などの、ちょっと珍しい農作物作りに挑戦する意欲的な若手農業者です。daisuke_ito.jpg伊藤さんは、3月に庄内町で行われた「スローフード全国大会【Link to back number】」のパネルディスカッションで、パネリストとして登場した斎藤 武さんらと有限責任事業組合「ままくぅ」【Link to website】を2004年に結成します。濃厚な餅の香りと耐冷性に優れるものの、1.5mまでも丈が伸びて倒伏しやすいため、作付けが途絶えて久しかった郷土在来のコメ・彦太郎糯の復活に取り組んでいます。メダカやタニシのいる田んぼで作られる彦太郎糯の栽培については、コチラをチェック願います。

【photo】鳥海山(背景の山)を間近かに仰ぐ水田で、特色ある農産物に意欲的にチャレンジしている伊藤大介さん

 R7沿いの道の駅「鳥海 ふらっと」には、地元の産直グループ「ひまわりの会」に加盟する生産者60名の手掛ける農産物と加工品が並びます。そこに伊藤さんの農産物が置いてあります。粒が真っ黒な古代米と共に店頭にあったのが、除草剤の使用を8割控え、化学肥料を用いずに育てた特別栽培米「香米」でした。商品のパッケージには「白米に一割混ぜて炊き上げると、香り高いご飯になります」と書いてあります。以前に彼が手掛ける絶品のパプリカを目当てに畑を訪問した折、数個のバケツで栽培中の米に目をとめた私に「今、ちょっとイタズラしてまして...」と悪戯っぽく笑った彼の顔が浮かびました。

kaorimai_daisuke.jpg【photo】伊藤さんの特別栽培米「香米」(300g入 / 税込300円)

 彼のコメなら面白そうだなと思い、一袋買い求めました。コメ自体は外見上の特徴はこれといってない中粒種米で、香り米とはいうものの、炊く前の生米の状態では、普通の精米と香りに変わりはありません。ところが、我が家の定番・鶴岡市渡前の井上農場産の「はえぬき」や「ひとめぼれ」に混ぜて炊き上げたご飯からは、明らかに特徴的な香ばしい香りが漂ってきます。それは、前回取り上げた鶴岡特産の「だだちゃ豆」を一緒に炊き込んだ「だだちゃ豆ご飯」のような良い香りだったのです。

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【photo】わかりやすいようハート型にしてみた(笑)井上農場産「ひとめぼれ」(写真右)と外見上は何ら変わらない伊藤さんの「香米」(写真左)

 香り米の薫香は、茹でた枝豆や小豆、あるいはポップコーンなどに例えられることがあります。ご飯を炊いた水は、香り米を買った日に立ち寄った遊佐町女鹿に湧く鳥海山の名水「神泉の水」。香り米のベースは、美味しさと安全性へのこだわりから月山のブナ原生林でたっぷりと養分を蓄えた梵字川水系の水を引き、抗生物質を与えない発酵鶏糞で土作りをした田んぼで育つ食味コンテストで数々の受賞歴に輝く井上農場の特別栽培米。ここまで役者が揃えば、向かうところ敵無しの美味しさは約束されたようなもの。無類の旨さを誇るだだちゃ豆を炊き込んだだだちゃ豆ご飯の香りに昇華しても何ら不思議はありません。私が目を閉じたまま、このご飯を食卓に出されたなら、間違いなくだだちゃ豆ご飯だと思うことでしょう。

riso_profumo.jpg【photo】香米を一割ほど混ぜて炊いたご飯からは、だだちゃ豆ご飯の良い香りがふんわりと...

 伊藤さんの香米が生み出すマジックをとことん楽しみたい方は、前回ご紹介したカニ汁の芳香に変化するだだちゃ豆入り味噌汁と一緒に召し上がってみてはいかがでしょう? エビやカニなど甲殻類とだだちゃ豆が良く合うことは、かつてアル・ケッチァーノのリゾットなどの創作料理で体験済みです。でも、白米なのにだだちゃ豆ご飯、だだちゃ豆入りなのにカニ汁...。 ?(゚_。)?
こりゃ、ややこしいったらありゃしませんね。

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道の駅 鳥海 ふらっと
住 所: 山形県飽海郡遊佐町大字菅里字菅野308-1
Phone: 0234-71-7222 (元旦以外無休・P有り)
URL: http://www2.ocn.ne.jp/~furatto/index.html

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2009/08/09

だだちゃ豆は、ががちゃの賜物。

鶴岡の夏に欠かせない味、だだちゃ豆 

kuromatsu_hamanaka.jpg【photo】道沿いにメロンの直売所が点在する酒田市浜中付近。日本三大砂丘のひとつ、庄内砂丘に営々と植林されてきたクロマツがR112沿いに続く防風林を形作る。不毛の砂地を豊かなメロン産地へと変えたクロマツは、冬の北西風に耐えてすべからく東の内陸側に傾いている。鬱蒼としたこの林が人造林であるとは、にわかに信じ難い

 鶴岡市湯野浜から酒田を経て遊佐町に至るR112やR7沿いには、長さ34kmに渡って835haに及ぶ広大な面積におよそ1000万本のクロマツが防風林を形成しています。これは江戸期以降に、不毛の砂地に私財を投じてクロマツの植林を始めた酒田の豪商・本間光丘(1733-1801)など、多くの先人がたゆまぬ植林の努力を続けた結晶です。植林前は強烈な季節風による飛び砂の被害に悩まされてきた酒田市浜中地区は、現在では日本有数のメロン産地となり、砂丘メロンは夏の庄内の味覚として欠かせないものとなりました。

malone_hamanaka.jpg【photo】先人が脈々と植林を続けてきたクロマツ林の中に防砂ネットが張られた一角に広がる砂丘メロン畑。巨大なメロンのオブジェがある庄内空港近くの酒田市浜中にて

 1872年(明治5)、旧庄内藩士が未開の原生林を切り開いて桑畑と一大養蚕施設に変えた鶴岡市羽黒町の「松ヶ岡開墾場」には、酒井 調良(1848-1926)が10万本に及ぶ苗木を和歌山や新潟など各地へ広めた「平無核」(ひらたねなし)こと庄内柿と、福島から導入された「あかつき」などのモモ畑が広がっています。お盆の頃、松ヶ岡では甘味の乗ったモモが旬を迎えます。明治政府から賊軍の扱いを受け、禄を失った3000名の士族たちは、まかないの食事だけの全くの無給で311ha の桑園と10棟の大蚕室を築きました(うち5棟が現存)。クロマツの防風林と松ヶ岡は、公益を重んじる庄内の気風を今に伝えます。

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【photo】旬を迎えた松ヶ岡の主力品種「あかつき」

 砂丘メロンやモモのみならず、昨年取り上げた民田ナスや沖田ナス、岩ガキなどと並んで、食の都・庄内において夏の訪れを感じさせてくれる食べ物の代表選手が、鶴岡在来の枝豆「だだちゃ豆」です。

ooizumi_chokubai.jpg【photo】シーズン到来を待ち焦がれる多くのだだちゃ豆ファンの期待に応えて今年もJA鶴岡大泉支所前にオープンした直売所〈左写真〉

 先月19日、旬を迎えただだちゃ豆の直売所が、鶴岡市白山(しらやま)のJA鶴岡大泉支所にオープンしました。近隣の栽培農家で早朝に収穫されたばかりのだだちゃ豆が枝つきで持ち込まれる直売所は、同支所前の駐車場で例年8月末まで営業を続けます。鮮度が命のだだちゃ豆だけに、朝8時30分の開店に間に合うよう次々と軽トラックで農家が持ち込む枝付きのだだちゃ豆を買い求める人で、直売所には行列ができます。車で訪れる来店客のナンバープレートを見ると、地元庄内のみならず、内陸山形ナンバーはもちろん、新潟・宮城・秋田など、県外からもその味に魅せられた人々が訪れていることが窺えます。同支所内にあるJA鶴岡産直館では、用意された生産者別の試食品を品定めしながら、袋詰めされた好みの豆を選ぶことができます。産直館・直売所とも、飛ぶように売れてゆくため、午前中のほうが品数は多くなります。お買い物は早い時間帯の方がよろしいかと。

【photo】鮮度抜群のだだちゃ豆は午前中に完売することも多く、午後再び畑で収穫した農家によって、第二便が直売所に持ち込まれることもしばしば
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 ほかの枝豆の追従を許さない甘さ・香り・旨みは、鶴岡でも極めて稀な例外を除くと、本来の産地を離れると失われてしまうデリケートな一面を持つだだちゃ豆。酒田市助役を3期務めた伊藤 珍太郎(1904-1985)は、郷土史家・名文家としても知られ、著作「庄内の味」(昭和49年刊)で、数ある庄内の優れた味覚のうち、誇るべき東の正横綱に位置するのが、旧大泉村白山産のだだちゃ豆であるとしています。噛み締めるほどに次々と異なる旨味が舌の上に生まれる白山だだちゃは、畑の芸術院賞ものに値するとも絶賛するのですから、ひとかたならぬ入れ込みようです。

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 収穫後、常温で長時間置くと味が変わりやすいため、だだちゃ豆はかつて庄内人だけの密かな夏の楽しみでした。予冷庫の整備と流通段階における保冷技術の発達、鮮度保持フィルム包装や脱酸素剤の導入で、今では全国にその名を轟かせるまでになりました。だだちゃ豆は築地市場で通常の枝豆の2倍にあたるキロ当たり1000円で取引されています。その登録商標権を持つJA鶴岡と鶴岡市が主体となった「だだちゃ豆生産者組織連絡協議会」(会長:富塚 陽一鶴岡市長)は、収穫時期が異なる10の品種【注】をだだちゃ豆として認めています。

【photo】根に根粒菌がついた枝付きのだだちゃ豆

 JA鶴岡の商標マークが入った袋詰めのだだちゃ豆は、厳格な基準に基づく採種・管理と、栽培法のもとで作られます。出荷されるのは、白山だだちゃの基本形となる2粒ザヤと3粒ザヤのみ。全体の15%程度発生する1粒ザヤは、手作業による選別の過程で規格外となりますが、旬に関係なくだだちゃ豆特有の風味を楽しめるフリーズドライの「殿様のだだちゃ豆」や、男女問わず好評だという「だだちゃ豆アイスクリーム」の加工用に回されます。鶴岡市大鳥ほか庄内地域をメーンロケ地に撮影され、今年8月全国公開されたホラーコメディ映画「山形スクリーム」(竹中直人監督)とコラボしたパッケージ商品が山形県内限定2万個で発売されています(8月末まで)。その旨さにあなたもきっと「んめの~!!(=庄内語「美味しい!!」の意)とscream(=英語「叫ぶ」の意)することでしょう。

dadacha_icecream.jpg 【photo】だだちゃ豆を使用したオススメ加工品2種。バニラアイスのひんやりミルキーな香りと、粒々になっただだちゃ豆の香りが溶け合う「だだちゃ豆アイスクリーム」は後を引く美味しさ(左写真)。オールシーズンだだちゃ豆ならではの芳香を味わえるフリーズドライの「殿様のだだちゃ豆」はビールのつまみやおやつに大活躍。どちらも やめられない 止まらない~(右写真)

 例年まず店頭に並ぶのは早生種の「小真木(こまぎ)」で、順に「甘露」「庄内1号」「早生白山」と続き、主力品種「白山(しらやま)」が出始めるのは、これからお盆の頃。今年は8月20日前ごろだろうといいます。この最も風味の良い白山の原型とされる系列「藤十郎」を創選したのが、良質のだだちゃ豆の産地として名高い現在の鶴岡市白山地区に生まれた森屋 初(1869-1931)という一人の女性でした。初の生家は、藩主から感謝状を受けたこともある篤農家で、明治期から昭和初期まで「亀ノ尾」「神力」と並ぶコメの三大品種とされた「愛国」の一系統「中生愛国」を創出したのは、実弟の利吉です。

【photo】収穫しただだちゃ豆の選別作業にあたるお母さんたち。鶴岡市白山地区にて

 1907年(明治40)、隣村の寺田にある長女の嫁ぎ先から「娘茶豆」と呼ばれる枝豆の種子を貰い受けた初は、実を結ぶのが遅い1本の変異種を偶然見いだします。茶色の産毛が覆ったサヤの谷間がくびれ、片側がほぼ平らで、反対側が大きく盛り上がり、多くが二粒入りであったその豆は、お世辞にも外見が良いとは言えませんでしたが、風味が優れていました。たいそうな働き者だったという初は、3年に渡って丹念に選抜を繰り返し、屋号に由来する品種「藤十郎」を確定させます。その豆の種子は、大豆のような球形ではなく、形状が歪んだシワの寄ったものでした。

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 シワの寄った枝豆は、そうでないものと比較して発芽率が劣るとされますが、枝豆農家ではそうした種子から実を結ぶ枝豆が美味しいことが知られていました。初は地区のお母さんたちと種を交換する中で、「オライの豆は一段と香りたげのぉ(=うちの豆は一段と香り高いわよ)」「いや、わぁのだて負けちゃいね(=いいえ、私のだって負けちゃいない)」と味を競いながら次第に作付を増やしてゆきます。庄内では、伝統的にコメ作りは「だだちゃ」(=お父さん)、畑仕事は「ががちゃ」(=お母さん)の仕事とされてきました。

【photo】今から99年前に森屋 初が創選した「藤十郎だだちゃ」の流れをくむ「白山だだちゃ」(上写真) 金峰山(写真右奥の山)から湯田川を経て、だだちゃ豆の畑が両岸に広がる白山地区を流れる湯尻川(下写真)

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 昨年4月に地域団体商標に登録された岩木山の麓で採れる津軽特産のトウモロコシ「嶽きみ」のような並外れた甘さと、茹でるそばから漂い始めるフェロモンたっぷりな香りを兼ね備えただだちゃ豆のトップブランドとして、藤十郎の直系品種である白山は後に品種が確立されます。直売所に持ち込まれる枝付きだだちゃ豆の根には、美味しさの証ともいわれる根粒がびっしりと付いています。これは空気中の窒素を葉から取り込んで固定化、自ら養分を生成するマメ科の植物に見られる現象です。白山地区は水はけの良い砂地土壌で、そこに良水に恵まれた金峰山麓より湯田川温泉を経由し、温泉水を含んだ湯尻川が流れてきます。川沿いの畑に朝霧が立ち込め、この適度な湿度が味わいに微妙な差異をもたらします。

 余剰米対策として国が生産調整を進める中で、コメどころ庄内では収益性の高い転作作物として、だだちゃ豆は農家にとって農地活用の救世主となりました。市町村単位で見た枝豆の作付面積は、鶴岡市が全国第一位の座に君臨しています。JA鶴岡大泉支所の直売所近くの公民館前には、森屋 初の業績を称える「白山だだちゃ豆記念碑」が2002年(平成14)に建てられました。白山だだちゃの誕生と普及にまつわる物語は、ひとめぼれ・ササニシキ・あきたこまち・コシヒカリdadacha_kinenhi.jpgなど、近代日本が生んだ良質米のルーツとなったコメ「亀ノ尾」を選抜した阿部 亀治の逸話にも相通じるエピソードです。庄内地域は民間育種が盛んな土地柄ゆえ、研究熱心な農家自身が品種改良を重ねる進取の気性が今も息付きます。碑文には豆の行く末を案じていた晩年の初が、家族に「豆の葉陰から見守る」と言い残したと記されます。

【photo】発祥の地に建てられた白山だだちゃ豆記念碑

 ニッポンの夏に欠かせないビールのつまみとしてはもちろん、皆さんにオススメしたいのが、数年前に農家民宿「知憩軒」の長南 光さんから教えていただいた味噌汁の具に使う調理法です。

 1:コメを洗う要領でサヤを洗って茶色の産毛を除く
 2:ダシ汁を沸騰させてサヤごと入れ3分ほど茹でる
 3:箸で茹で加減をみて、柔らかさが出たら味噌を加えて出来上がり
   ※風味が変わらぬよう、茹でるまで豆は必ず保冷状態に置くこと
 
ふっくらとしただだちゃ豆入りの味噌汁からは、アラ不思議、カニ汁のような香りが漂うではありませんか。普通に茹でる場合と同じで、くれぐれも茹で過ぎは禁物です。だだちゃ豆特有の心地よい香りが、美味しそうなカニの芳香に変化する不思議を味わえなくなりますので。

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大泉だだちゃ豆直売所
住所: 鶴岡市白山西野191 (JA鶴岡大泉支所・産直館白山店 駐車場内) 
時期: 7月20日前後 ~8月末
営業: 8:30~16:00頃 (売り切れ次第終了)
Phone: 0235-29-7865(大泉枝豆直売グループ)

JA鶴岡産直館白山店
住所: 同上
営業: 9:00~18:00(11月~2月は~17:30)
Phone: 0235-25-6665

JA鶴岡オンラインショップ「だだぱら」
URL: http://www.dadacha.jp/


【注】
「庄内一号」・「小真木(こまぎ)」・「甘露(かんろ)」・「早生白山」・「白山(しらやま)」・「庄内三号」・「晩生甘露」・「平田」・「庄内五号」・「尾浦」の10品種。このほか一般には種子が出回らず、「砂越(さごし)」・「細谷」・「金峯」・「外内島(とのじま)」などの地名や、「長五郎」・「庄左ェ門」・「伊兵ェ」など屋号の名がつく主に自家採種されてきた系列も存在する。saishu_dadacha.jpg(上写真:採種のため農家の軒先で風乾されるだだちゃ豆の株の様子)。天日干しの後、サヤから脱粒した種から、虫食いや病気の豆を除き、翌年の植え付けに使用する。森屋初が納得のゆく品種に育てるのに3年を要したように、自家採種は根気と時間を要する仕事である

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2009/08/01

トロける夏の誘惑 庄内編

ババヘラ名人の妙技 @ 遊佐町

 4月から秋の行楽シーズンにかけて、秋田の幹線道路や夏祭りの会場には、カラフルなパラソルを立てた露店の即席ジェラテリアこと「ババヘラ」が登場します。インパクトのある直球なネーミングの効果か、秋田発祥のご当地アイス、ババヘラという名前をご存知の方が多いのでは?

sedici_rakan.jpg【photo】穏やかな表情を見せる夏の日本海とは対照的に、鳥海山の溶岩流が形成した荒々しい岩肌に16体の羅漢と6体の文殊・観音などの像が刻まれた遊佐町吹浦(ふくら)の「十六羅漢岩」。荒れ狂う冬の日本海で落命した漁師の供養に地元「海禅寺」の僧侶寛海が単身5年の歳月をかけて明治元年に完成させた

 グランブルーの海がキラキラと輝く日本海に面した遊佐町を梅雨の晴れ間に訪れた先日のこと。良水に恵まれた庄内でも一二を争う美味しい湧水、遊佐町女鹿(めが)にある「神泉(かみこ)の水」を汲みに訪れました。女鹿はR7を1kmあまり北上すると、旧跡「有耶無耶(うやむや)関址」で秋田県境に接する山形最北端に位置します。集落の中にある夏でもひんやりとしたこの湧水の、すぅーっとカラダに染み込んでくるシルクのように滑らかで柔らかい飲み口の良さは、この周辺にある他の美味しい湧水の中でも特筆すべきものです。

aqua_kamiko_pescatore.jpg aqua_kamiko_09.jpg【photo】地区の生活用水として欠かせない「神泉の水」は、体に吸い込まれる独特の柔らかい口当たり。飲み口の良さは、数ある鳥海山周辺の美味しい湧水のなかでも間違いなくトップクラス

 地区の皆さんが大切に使っているコンクリート製の水場は6つに区切られており、県の観光データベースによると、上流から順に、飲料水、米研ぎと冷却用、野菜と海草の洗浄、衣類の洗濯用、漁具農具の洗い場、おしめ洗いと、用途が定められているのだそう。下から二番目の水槽で水揚げした岩ガキをタワシで水洗いしていた漁師のご主人と言葉を交わしながら、不動像が祀られた湧水口からポリタンクに水を汲ませてもらいました。上から二番目の水槽は、出荷を控えた岩ガキの生簀として使われています。25ℓ 容量のポリタンク2個を車に積み込むと、昼食を予約していた酒田市のフレンチ「Nico ニコ」へと向かいました。昨年11月に同市亀ヶ崎にオープンしたこの店は、フランス風郷土料理の名店「欅」の太田政宏シェフのご子息、舟二さんが独立して構えた店です。片道30分はかかる道のりを急ごうと、集落の細い道を抜けてR7を南下し始めました。

babahera_aritigiana.jpg 間もなく海沿いの反対側車線にある広い路側帯に立つパラソルを発見しました。「あっ、ババヘラだっ!!」Nico の予約時間に遅れるわけにはゆきませんが、今シーズン初のババヘラを見過ごすのも野暮というもの。そこを100m ほど通り過ぎてからUターンしました。酒田市以北のR7沿いには、私が知っている限りでババヘラの出没スポットが数箇所あります。そこは秋田県境からおよそ2.5kmの地点でした。県内一円に営業網を張り巡らせた発祥の地・秋田県内はむろんのこと、県境を接する青森県津軽地方や、海水浴客が訪れる北庄内のR7沿いには、本拠地の秋田からババヘラが越境して来るのです。庄内でも最上川を越えた酒田市以南では、ババヘラをみかけたことはありません。

【photo】この日遭遇した若美冷菓は、ババヘラアイスの製造元としては今ひとつしっくり来ない社名(笑)。商標権を持つ進藤冷菓は「ババヘラアイス」と保冷容器に謳っているが、元祖を名乗る児玉冷菓は「ババさんアイス」と呼ぶ。"若美"だからという理由か(?)、店頭に"ババ"の表記は見当たらず、(イチゴとバナナの)「アイスクリーム」とだけ書いてある。果たしてそこに居たのは、ババヘラのレアな異種として知られる「ギャルヘラ」の若い女性ではなく、老練な秘技の使い手だった(上写真)

babahera_gialla1.jpg【photo】まずは黄色のバナナ味を盛る達人(左写真)

 ババヘラはその名の通り、酸いも甘いも知り尽くした年恰好のご婦人が、ほおかむり姿でパイプ椅子に座ってアイスを売る露店と、そこで売られるアイスを指す呼び名です。業者によって売り子さんの服装や商品の呼び名が異なるものの、ババヘラの保冷容器の中には、各業者とも黄色とピンク色のアイスが入っており、客の注文を受けたおババ様が金属製のヘラでコーンにアイスを盛り付けてくれます。氷菓子に分類されるババヘラは、アイスクリームより乳脂肪成分が少ないため、ジェラートとグラニータの中間のような食感です。

babahera_con_rosa2.jpg【photo】次に外周をヘラですくったピンクのイチゴ味を花弁状に付けてゆく(右写真)

 秋田県出身の同僚の目撃証言によれば、主に農家から売り子として召集されたおババ様たちは、販売道具一式とともにワゴン車で営業ポイントに連れて行かれ、40kgもあるアイス入り保冷容器をはじめとする商売道具を一人で組み立てて、日がな一日をそこで過ごして、日没前にお迎えの車で去ってゆくのだとか。 雨ニモ負ケズ 風ニモマケズ 夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲ持つおババ様。派手な呼び込みをするわけでもなく、道端でじっと客が訪れるのを待つその姿には頭が下がります。

babahera_rosa3.jpg【photo】テンポ良くリズムに乗ってヘラを操るババヘラ・マエストロは、すくった黄色とピンクのアイスで、コーンの上にあっという間にバラの花を形作った。これぞ"花咲かばさん"!?(左写真)

 私の直前に車で乗り付けた先客の求めに応じて盛り付けられてゆくアイスに私の目は釘付けになりました。そのおババ様は、噂に聞く秘技「バラ盛り」の使い手だったからです。バラ盛りとは、薔薇の花のようにアイスを盛り付ける難易度の高い技のこと。売り子さんによって、形の個性や技の優劣があり、一口にバラ盛りといっても形はさまざま。その変化形で「チューリップ盛り」なる流派も存在します。美しく盛り付けられるのは一握りの達人しか成し得ないといいいます。形から察するに、目に前で作っているのはチューリップではなく、バラの一種と思われました。私はこの日、ババヘラ歴4年目にしてバラ盛り初遭遇の幸運に預かったのです。わざわざUターンをしてまで戻った甲斐がありました。黄色はバナナ味、赤はイチゴ味とのことですが、味にはほとんど違いは無いような...v(^¬^;)

babahera_pront!.jpg【photo】名人作、可憐なバラの花を彷彿とさせるバラ盛りババヘラ

 年間を通して最も多くの観光客が秋田を訪れる竿灯祭りや大曲花火大会は、ババヘラにとっても書き入れ時。そのため大量のおババ様が動員されます。私が出会ったおババ様が所属する若美冷菓のほか、元祖を名乗る児玉冷菓やババヘラの登録商標権を持つ進藤冷菓などの各業者は、町内会単位のお祭りのスケジュールをあらかじめ調べておき、おババ様を計画的に派遣するのだといいます。おもに農家のお母さんやお婆さんの副業としての労働力に支えられているため、売り子さんが特定の場所を受け持つわけではありません。そのため、ババヘラとの遭遇には運も必要だといわれるのです。まして美しいバラ盛りやチューリップ盛りの使い手となれば、なおさらのこと。

 味の決め手となる生地の配合に凝るイタリアでは、花のように盛り付けられた形にこだわるGelati artigianali (=職人手作りのジェラート)に出合ったことはありません。バラ盛りマエストロの作ったババヘラは、"花の命は短くて"の例え通り、すぐに食べてしまいました。次回はいかなるArtigianale(=職人気質)と技量を持ったおババ様との出会いが待っているのか、楽しみになりました。

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2009/06/14

東北初「真のナポリピッツァ」誕生

Verde Ischia ヴェルデ・イスキア
穂波街道 緑のイスキア

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 またひとつ「食の都・庄内」に国内外から真価を認められる新たな魅力が加わりました。この春、鶴岡市羽黒町にあるピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」が、ピッツァ発祥の地、ナポリに本部を置く「Associazione Verace Pizza Napoletana アソチアツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ(以下、真のナポリピッツァ協会)」から、本場ナポリの味を伝える店として、東北初の認定を受けたのです。

【Photo】「真のナポリピッツァ協会」認定店の目印は、このプルチネッラの看板。店ごと登録順に通し番号が発行される。古参の認定店であることを示す登録番号10を掲げるナポリ湾に面したサンタルチア地区にある庶民的な老舗リストランテ・ピッツェリア「Marinoマリーノ」

 ピッツァ専門店 Pizzeria ピッツェリア(イタリア人は「ピッツェーア」と発音)にとって、栄誉な真のナポリピッツァ協会認定店となるには、同協会が定めた厳格な基準をクリアしなければなりません。世界共通の通し番号入りの認定証が交付される認定店には、噴煙を上げるヴェスヴィオ火山とピッツァを薪窯に出し入れする際に使う柄のついたヘラ状の道具「Pala パーラ」を手にした協会のシンボル、ナポリの古典劇に登場するsalita_s.anna_brandi.jpg黒マスクに白装束姿の道化「プルチネッラ」が描かれた VERA PIZZA Napoletana と記された看板を掲げることが許されます。穂波街道 緑のイスキアは、4月20日に大阪で行われた交付式で、世界で296番目、日本では30番目の認定証が贈られました。

【Photo】ピッツァ・マルゲリータを編み出した「Brandi ブランディ」(写真左の旗が掲げられた店)は、王宮前広場にあるエレガントなカフェ「Gambrinus ガンブリヌス」脇の路地を入ってすぐの場所にある。真のナポリピッツァ協会非加盟ながら、発祥店の誇りをかけた絶品との呼び声が高いマルゲリータ(下)を求めていつも客足が絶えない

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 一口にピッツァと言っても、地域ごと独自の文化が息づくイタリアでは、厚みのある四角いピッツァを切り分けて量り売りする Pizza al Taglio ピッツァ・アル・タッリオや生地を揚げた Pizzetta ピッツェッタなど、スタイルはさまざま。バジル・チーズ・ラルドを使ったMastunicola マストゥニコーラなるピッツァの原型が17世紀に、18世紀半ばにはトマトソースを載せた生地に火を通す現在のスタイルが登場したピッツァ発祥の地ナポリでは、生地の美味しさが際立つカリッとした外側と、モチッとした内側の食感が命です。ナポリと並ぶピッツァ文化の両雄と目される首都ローマでは、パリパリしたクリスピータイプの薄い生地が特徴のPizza Romana ピッツァ・ロマーナが主流となります。ことピッツァに関してローマvsナポリの好みを申せば、私は断然ナポリ支持派。ふっくら盛り上がった生地の外周部分「Cornicione コルニチョーネ」のモチモチした食感はナポリピッツァだけのものです。

di_matteo.jpg【Photo】ナポリ中心部ドゥオーモ近くのVia Tribunali トゥリブナーリ通りにある42号認定店「Di Matteo ディ・マッテーオ」のマルゲリータ。'94年のナポリサミットでビル・クリントン米大統領がお忍びで訪れた店として知られる。当時の村山富市首相は、歓迎夕食会の席上、急性胃腸炎でダウンし入院。ローマで酩酊騒動を引き起こした中川大臣といい、日本の閣僚にはイタリアの食事が鬼門?

 1984年、ナポリの名だたるPizzaiolo ピッツァイオーロ(ピッツァ職人)らが中心となって旗揚げした真のナポリピッツァ協会は、Pizza Napoletana ピッツァ・ナポレターナの伝統技術を守り、後世にそれを伝えるための綿密なDisciplinare(=規約)【pdf】を作成しました。2006年9月には日本支部【Link to Website】が設立され、第二次大戦後にBrandi_Napoli.jpgイタリア南部からの移民が伝えたピッツァを独自に変化させたアメリカ経由でもたらされたピザパイ文化が根強い日本において、ナポリ本来のピッツァの姿を伝える啓蒙活動を行っています。

【Photo】1989年、マルゲリータ誕生100周年を記念する大理石のプレートが発祥の店 Brandi 外壁に掲げられた。120周年にあたる今年、協会による記念事業が行われる

 宅配で届くピザには、テリヤキチキンやプルコギ(!)、コーンやパイナップル(!!)などの具がさまざまにトッピングされ、もやはそれは国籍不明のピザ風ミートパイ状態。極めつけはイタリア人が聞いたら卒倒しそうなマヨネーズソース(!!!)にお決まりのタバスコを振りかけ、あらかじめ切れ目の入ったそれを手でほおばるのが日本に定着しているピザの食べ方です。便利な宅配ピザを否定はしませんが、これらはナポリピッツァとはおよそかけ離れたもの。ゆえに前世イタリア人の私は、世間一般に使われる「ピザ」という和製英語にどうしても違和感を覚えます。近年、本場で修業した日本人ピッツァイオーロが作る薪窯の薫りが香ばしい生地を味わう「ナポリピッツァ」を提供する店が増え、ようやく本来のピッツァが市民権を得てきました。

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【Photo】真のナポリピッツァ協会は、電気やガスなどの熱源を窯に使用することを一切認めていない。薪や木屑を燃やして摂氏450℃~485℃に窯の内部を保つようピッツァイオーロに求めている。窯の床面で焼かれるピッツァは1分あまりで出来上がる。この穂波街道 緑のイスキアのピッツァ窯には、審査で店を訪れたガエターノ師匠の熱い心意気を示す「心の底から幸運を祈ってるよ」という意味のハート型メッセージ〈clicca qui〉が書き加えられた

 日本的なピザはさておき、まずは良質の水と食材の宝庫・庄内に誕生した東北初の協会認定店のピッツァがいかなるものか味わってみましょう。最初にお断りしておきますが、Brandi がそうであるように、認定店でなければ本格ナポリピッツァが味わえない訳では決してありません。認定を受けようとする店が協会に申請の上、対価を支払って審査・認定を受ける認定店ではありませんが、鶴岡市役所裏手の馬場町にある「pizzeria Gozaya (ゴザヤ)」でも、本場よりは幾分小さめなジャポネーゼ仕様ながら、オーナー兼ピッツァイオーロの三浦 琢也さんが薪窯で焼き上げる真っ当なナポリピッツァが頂けます。ピッツァ・ナポレターナお約束の"外パリ中モチ"な香ばしい生地は、紛れもないナポリピッツァそのもの。ナポリピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータで500kcal、同じくマリナーラで350kcal ほどと意外に低カロリーなので、胃袋のキャパに自信がある方は、真のナポリピッツァのハシゴにチャレンジしてみては如何? ゲプッ...scusi.

verde_ischia.jpg【Photo】店で提供するお米や野菜は、27年以上に渡って無農薬で土を作ってきた庄司さんの田んぼや畑で採れる安全なもの。その田畑に囲まれて建つ「穂波街道 緑のイスキア」

 鶴岡市中心部から赤川に架かる三川橋を越えると、R345の両側には豊かな穀倉地帯が広がってきます。波打つ穂波の中にぽつんと浮かぶイタリア国旗を掲げる孤島のような白い総二階建ての店、穂波街道 緑のイスキアの原点は、東京から羽黒の農家に嫁いだ庄司 祐子さんが、ご主人の渡さんと農業法人「J・FARM」を立ち上げ、自家製の有機野菜とアイガモ農法で栽培するコメの直売所を開店させた1994年(平成6)に遡ります。 ほどなく始めたのが、まだその頃は東北はもちろん全国でも珍しかった農場直営のレストラン「穂波街道」でした。当時は畑で採れた野菜を使ったカレーなどの親しみやすい料理を提供していた穂波街道が、最初の転機を迎えたのが、2年後に鶴岡ワシントンホテル料理長を辞したばかりの現「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ、奥田 政行氏を料理長として迎え入れ、イタリア料理店としてメニューを一新したことでした。庄司さんが自家栽培したハーブやオーガニック野菜を取り入れたイタリアンはやがて評判を呼び、素材にこだわる本格イタリアンとして、観光ガイドブックで紹介されるようになります。

vista_aragonese.jpg【Photo】古代ローマが礎を築き、ゴート族・アラブ・ノルマン支配の後、15世紀半ばにナポリを支配していたアラゴン家のアルフォンソ王によって、陸地と通路が渡されて要塞化されたCastello d'Ischia イスキア城(下写真)より望む緑に覆われたイスキア島。手前の町はIschia Ponte イスキア・ポンテ。庄司建人さんが修行したピッツェリアDa Gaetano はここからすぐ近く

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 2000年(平成12)春に奥田氏が独立した後も農家イタリア料理店として営業を続けていた穂波街道に、私が最初に伺ったのが山形エリアを仕事で担当していた2003年(平成15)初夏のこと。レストランに隣接する庄司さんの田んぼでは、アイガモやフランスガモたちが雑草をついばんでいました。当時の穂波街道で印象的だったのは、風に揺れる稲穂がどこまでも続く豊かな庄内の原風景に惚れ込んだ庄司さんの想いを込めた店名にふさわしい無農薬の健全な土から生まれるコメの美味しさです。数十種のハーブを栽培する畑の前には、農家レストランの体験メニューとして用意されたピッツァを焼くための小さな手製の窯も作られていました。

kenji_gaetano_ischia.jpg【Photo】旧東欧圏バルカン半島の付け根にあたるアルバニア出身の青年二コーラとイスキア島のDa Gaetano で修行中の建人さん

 その頃、東京で学生生活を送っていた祐子さんのご子息 建人(けんじ)さんが、ナポリピッツァの美味しさと出合い、ピッツァイオーロを志します。本場で腕を磨こうと決意した建人さんは、真のナポリピッツァ協会で主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏の店、「Da Gaetano ダ・ガエターノ」【Link to Website】があるイスキア島へと旅立ちます。ガエターノ氏は、これまでも数多くのピッツァイオーロを志す日本人を迎え入れてきた親日家でもありました。その中には、2003年にナポリで開催された「ピッツァ世界選手権」の個人部門で初めてイタリア人以外で優勝した「ピッツァ サルヴァトーレ・クオモ」(東京)のプリモ・ピッツァイオーロ 大西 誠氏も含まれます。(同店は2006年にチームテクニカル部門でも最高賞を獲得した) 15人のスタッフ中10人がイタリア人以外という国際色豊かなダ・ガエターノで、飲み込みの早い建人さんは、師匠の技術をわずか2カ月で習得して日本へ帰郷、母が営む店にプリモ・ピッツァイオーロとして迎えられました。店の中心にイタリア製の薪窯を据え、南イタリア風の白を基調とした内装のピッツァがメインとなるピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」として2007年11月にリニューアルします。

shinsa_honamikaido.jpg【Photo】今年3月に行われた本審査の模様。手前の赤いセーターを着た恰幅の良い後姿の男性がガエターノ・ファツィオ氏。

 真のナポリピッツァ協会日本支部によって行われる事前の書類審査と実地審査を経て、イタリア本部が派遣する協会役員によって行われる本審査に臨んだのが今年3月12日。建人さんの師であり協会の主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏、同協会日本支部長で1997年に日本初となる92号認定店となった兵庫県赤穂市のピッツェリア「さくらぐみ」オーナー兼ピッツァイオーロ【Link to Website】西川 明男氏、同支部副支部長で東京広尾と恵比寿の店が日本で3番目・4番目の認定店指定を受けたピッツェリア「パルテノペ」総料理長【Link to Website】渡辺 陽一氏ら3名が審査に当たりました。師匠と弟子の関係とはいえ、協会が定める厳格な規定に沿ったピッツァであるかを厳しくチェックされるため、そこに私情を挟む余地などありません。前出のDisciplinareにある通り、ナポリ周辺のカンパーニア州産と定められたモッツァレラチーズほか原材料や海塩に限るとされる調味料の産地はどうか、厳密に規定されている生地の配合具合・発酵と成型具合など素材の管理はどうか、必ず薪を使わなければならない窯の温度管理は的確か、35cm以下とされるピッツァのサイズや火の通り具合は均一か、定められた道具を使っているか、などなど。審査の厳しい視線や取材のカメラを前に緊張したと語る建人さんですが、焼きあがった完成度の高いピッツァに、ガエターノ師匠ら3人の審査員は高い評価を与え、晴れて東北初の認定店として認められました。

mare_forio.jpg【Photo】イスキア島西部の港町Forioフォリオ郊外。切り立った緑の森と水辺で戯れる人々が集う小さな砂浜

 あふれんばかりに陽光が降り注ぐナポリ湾の沖合いに浮かぶ美しい島々で最も大きな Isola d'Ischia イスキア島。海沿いの町を除く島の中央部には手つかずの自然が残っています。そのため「l'isola del verde(伊語で「緑の島」の意)」ともそこは呼ばれています。船着場がある島の表玄関 Ischia portoイスキア・ポルトからは、映画「イル・ポスティーノ」の舞台となったプロチーダ島がすぐ目の前。その彼方にはヴェスヴィオ火山の稜線を見晴るかすことができるはず。目線を南東に転ずれば、紺碧のティレニア海の水平線上に切り立った岩肌が露出する高級リゾート地カプリ島を望むことができるでしょう。外国人観光客がほぼ一年中絶えることのないカプリ島に比べれば素朴な漁村の一面も垣間見せるイスキア島を訪れるのは、温泉目当てのドイツ人を除けば、イタリア国内からのケースが多いようです。
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【Photo】多くのヴィッラが並ぶチェルノッビオの船着場前に建つヴィッラ・エルバ・ヌオヴァ。中庭を挟んで建つヴィッラ・エルバ・ヴェッキアでヴィスコンティは4時間を越える畢生の大作「ルートヴィヒ」の編集を手掛けた

 そんな一人が映画監督のルキーノ・ヴィスコンティ(1906-1976)です。若き日のアラン・ドロンを起用した「若者のすべて(1960年作品)には、尖塔が立ち並ぶミラノのドゥオモ屋上で撮影された場面が登場します。14世紀、この後期ゴシック様式の聖堂建造に着手したのは、ルキーノの祖先であるミラノ公国の領主ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティでした。ダヴィンチが15世紀に要塞化したミラノのスフォルツァ城をかつて所有していたのもヴィスコンティ一族。そんなミラノきっての有力貴族の血を引く巨匠は、一族の寄進で造られた町エミリア・ロマーニャ州グラッツァーノ・ヴィスコンティにある城館や湖水地方コモ湖畔などに所有する別荘を仕事場としても使っていました。大作「Ludwig ルートヴィヒ(1972年作品)制作中に発症した脳血栓で半身不随となった体で編集作業を行ったのは、コモ湖畔の高級ホテルとして有名な「Villa d'Este ヴィッラ・デステ」がある街Cernobbio チェルノッビオに母方のエルバ家が所有していた二つの壮麗な別荘「Villa erba ヴィッラ・エルバ」でした。

IschiaLaColombaia.jpg 【photo】ヴィスコンティが愛したかつてのヴィッラ「La Colombaia」は、2006年に博物館として生まれ変わった

 オペラや舞台の演出にしろ、映画作りにしろ、決して妥協を知らぬ完全主義者だったヴィスコンティは、芸術家たちが集う場として、また仕事を離れてプライベートな時間を過ごす場として、イスキア島西部の港町Forioフォリオの町はずれに建つ別荘を購入します。地中海に面した高台にある館は「La Colonbaia ラ・コロンバイア(=伊語で「鳩小屋」の意)」と呼ばれ、ルキーノは夏だけでなく時間を見つけては足繁く緑に覆われた館に通ったのだといいます。1982年(昭和57)に初版が、そして一昨年復刻版が出版された篠山紀信の写真集「ヴィスコンティの遺香」には、撮影当時は生前そのままに保存されていた別荘の貴重な姿が収録されています。巨匠が揃えたアールデコ、アールヌーボーの内装で統一された建物は、生誕100年を迎えた2006年に政府の肝いりで設立された「Fondazione La Colombaia di Luchino Visconti ラ・コロンバイア財団」によって、撮影で使用された衣装などを展示するヴィスコンティ博物館として生まれ変わりました。その裏庭には、永遠の安息を得る地としてそこに葬られることを望んだヴィスコンティの華麗な足跡とは不釣合いなほど質素な墓がありました。

tomba_visconti.jpg【photo】イタリア屈指の名家の血を引くヴィスコンティが眠るのは、お気に入りだったイスキア島の別荘「La Colombaia」のひっそりとした裏庭だった

 イスキアといえば、全国から訪れる悩みを抱えた人々を迎え入れ、おむすびに象徴される心を込めた手料理で生きる力を取り戻す支えとなる宿泊施設を青森県弘前市で主宰する佐藤 初女さんを思い起こす方もおいででしょう。初女さんの自宅を改装して造った癒しの空間は、「森のイスキア」と名付けられました。命名の由来は、何不自由ない満ち足りた暮らしをしていながら、ある日突然何もかもが嫌になり、生きる意欲を失った一人のイタリア人青年の逸話に基づくのだといいます。生きる目的を失った無気力な日々を送るうち、青年はふと思い立ってナポリの富豪だった父親に少年の頃連れて行かれたイスキア島を訪れます。喧噪を離れた島の中心部にある廃墟となった教会に単身滞在した青年は、自身をじっくりと見つめ直します。美しい島の自然風景に癒された彼は再び生きる力を取り戻し、やがて日常生活に帰ってゆきました。初女さんは、折れそうになった人の心を癒やし、立ち直る力を得る糧として、ご自身の言葉をお借りすれば、"ごはんが息をできるように"今日も優しくおむすびを握ります。

 人の心を癒す初女さんの愛情が込もったおむすびは特別にせよ、おむすびは日本人のソウルフードともいえましょう。現世では日本人ながら、前世はイタリア人だった私にとっては、おむすび同様に郷愁をそそるソウルフードのひとつが、ピッツァ・ナポレターナです。東北初の真のナポリピッツァ協会認定店誕生!との情報を入手し、穂波街道を再び訪れたのは、かつてそこから巣立った奥田シェフプロデュースの銀座店「ヤマガタ サンダンデロ」旗揚げを祝う生産者による壮行会に参加を求められた4月11日(土)昼過ぎのことでした。年間通して温暖な気候に恵まれ、グランブルーの海に抱かれた南イタリアの理想郷、イスキア島のVillaヴィッラ(=別荘)を彷彿とさせる明るい内装のピッツェリアにそこは生まれ変わっていました。早口でまくしたてるイタリアのWebラジオ放送が流れる店内には、イスキアのゆったりとした時間が流れているかのよう。

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【photo】生地には大手製粉メーカーに籍を置くパルテノペ 渡辺 陽一氏が配合する国産小麦粉とナポリ産小麦粉を使い分け、ナポリ産トマトソース(左)とナポリ東方45kmのサレルノ近郊から毎週空輸されてくる新鮮な水牛乳モッツァレラ・チーズ(右)を使う

 私が注文したピッツァD.O.Cをカウンターの中で手際よく仕上げてゆく建人さんの手元を頼もしげに見つめるのは店長の祐子さん。その目線に温かさを感じるのは、お母様なるがゆえでしょう。こうした親子・兄弟など家族で店を営むスタイルは、イタリアでよく見かけます。建人さんはあれこれ話を聞き出そうとする私と会話しながらも、窯を何度かのぞき込んでは焼き加減を確認します。燃え盛る薪に近いほうが先に焼けるので、金属製のパーラでピッツァを半回転させ、全体がこんがりキツネ色になったところで、協会が定める鉄製のパーラで焼きあがったピッツァを窯から取り出しました。そして建人さんは私の前世がイタリア人だと言葉の端々から悟ったのか、さりげなく「切ってお出ししていいですか?」と私に問いかけたのです。お、そこまで本場流にこだわるのかっ!

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【photo】全てハンドメードで造られるナポリ窯の最高峰「Gianni Acunto ジャンニ・アクント」の窯にピッツァを入れるのは木製(左)、向きを変えて窯から取り出すのは鉄製のパーラ(右)

 前出の協会が定める規約には、La verace pizza napoletana va consumata appena sfornata(=真のピッツァ・ナポレターナは焼き立てのうちに食べるべき)と明文化されています。食べ方にまで注文を出す本場ナポリでは、窯に近いかぶりつきのテーブルに陣取った地元のナポレターノたちは、切らずに出されたアツアツのピッツァをナイフとフォークを使って食べてゆきます。ズボラな私は、厳しい審査員の目が無いことをいいことに、建人さんのご厚意に甘えて、Prego.(=どうぞ)と答えていました。いずれピッツァは熱いうちに頂くのが店に対する礼儀です。撮影も早々にナイフで食べやすい大きさにピッツァをさらに切り分けてほおばると、喧騒と活気に満ちたナポリ下町の香りが口腔いっぱいに広がるのでした。

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【photo】カウンター脇から建人さんの仕事ぶりを見つめる祐子さん(上左)ピッツァD.O.C(上右)協会から授与された296の通し番号入りサインボードを手にする建人さん(下)

numero_296.jpg ナポリから1万kmも離れた地で、ナポリ文化そのものであるピッツァの味をよくぞ再現した!と師匠を納得させたそのピッツァは、身も心も(→「mi」とは言ったものの、ここでは「i=胃」を指すニュアンスが強いです、ハイ満たしてくれる、一皿で完結する料理を意味するまさに「Piatto unico ピアット・ウニコ」でした。26歳にしてピッツァ職人としての腕を認められた建人さんは、鶴岡にある本格的なピッツェリア同士、Gozayaの三浦さんとコラボでナポリピッツァの魅力を多くの人に知ってもらえる何か面白い仕掛けをしたいと語ります。緑に囲まれたピッツェリア、穂波街道ヴェルデ・イスキアは、今後どんな展開を見せてくれるのでしょうか。まずはともかく、Complimenti (おめでとう) Kenji!

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「真のナポリピッツァ協会」認定店
ピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」
  住所)鶴岡市羽黒町押口字川端37
     Phone 0235-23-0303  Fax 0235-57-4185
  イートイン・デリバリー:平日11:00-14:00 L.O 17:30-20:30 L.O
       土日祝11:00-14:30 L.O 17:30-21:00 L.O 火曜定休
  URL:http://www.midorinoischiak.com/
  Menu:ピッツァ・マルゲリータ 1,785円 ピッツァD.O.C(ドック)2,310円  
       食の都・庄内ならではの食材を活かした南イタリア料理も充実!!

◆「l'Isola del Verde(=緑の島)」こと、イスキア島およびDa Gaetano‎ はこちら
               
    
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ピッツェリア 緑のイスキアピザ / 鶴岡駅
夜総合点★★★★ 4.0
昼総合点★★★★ 4.0

追記
 2009年6月11日(木)、ナポリでピッツァ・マルゲリータ生誕120周年の記念イベントが行われた。世界中で愛されるマルゲリータの名前の由来となったのは、イタリア国民から広く敬愛されたサヴォイア家のマルゲリータ王妃(1851-1926)。マルゲリータを最初に考案したBrandiには、この日120周年を記念するプレートが贈られた。王妃に扮した女性が馬車でうやうやしく登場、ピッツァにかぶりつくパフォーマンスも行われた。一歩間違えれば"共食い"に見えなくもないマルゲリータの感想を求められられた"なんちゃってマルゲリータ王妃"は「Buono(=おいしい)」「Ottimo(サイコー)」とわかりやすいコメント。仮面姿のプルチネッラが振る舞い餅ならぬ"振る舞いピッツァ"で盛り上げに一役買ったお祝いムードに沸く当日の模様はこちら
    


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2009/05/17

お雛さまは、いとをかし

naitou_hina.jpg【photo】新潟村上の村上市郷土資料館(おしゃぎり会館)に展示された村上藩主内藤家旧蔵の大名雛。村上藩7代藩主 内藤 信親公に輿入れした庄内藩8代目藩主 酒井 忠器公の娘おいよ様が持参したと伝えられる

庄内系お雛さまの愉しみ方

 食べ物・飲み物への執着ぶりからして、完全に"色気より食い気"派だろうと思われがちな私ですが、それは誤解です。健全な身体を維持するためには、真っ当な食事が欠かせないのは無論ですが、それだけでは前世イタリア人のラテンの血は納得しません。全土が美に溢れた「Bel Paese ベル・パエーゼ」(=「美しい国」を意味するイタリア人が好んで使う言い回し)で前世を過ごしたゆえ、息を呑むような風景や建造物、歴史の淘汰を受けてなお人を魅了するバロック音楽や美術品などに接してココロの栄養も摂取しないと心身に変調を来たします。

 無機的なモダンアートは苦手ですが、琴線に触れる花鳥風月の対象は世の東西を問わず、時にそれは調和の美を重んじるギリシア・ローマに端を発する西洋古典芸術であり、9世紀から11世紀にかけてシチリアを支配したアラブ様式でもあり、酒田出身の写真家、土門 拳が心血を注いだ連作「古寺巡礼」で写し取った深遠なる和の精神世界や、最上川にほど近い戸沢村津谷に生まれた画家、真下 慶治が幾度となくカンヴァスに表現した最上川の雪景だったりもします。

kasafuku_2009.jpg【photo】大正ロマンを代表する画家、竹久夢二が酒田へのスケッチ旅行の滞在先として愛用した元料亭、「山王くらぶ」。北前船が酒田にもたらした往時の活気と賑わいを彷彿とさせる1895年(明治28)に建てられた凝った造りの建物は、国の登録有形文化財の指定を受けている。106畳の2階大広間に展示された色とりどりの大きな傘福

 ラテンの血といえば、色気と食い気が高いレベルで同居するイタリア人の血がなせる業なのか、洞爺湖サミットで会場となったホテルの女性従業員に二度三度と投げキスを送ったベルルスコーニ伊首相をご記憶かと思います。各国首脳による恒例の記念撮影が終わり、手を振るサルコジ仏首相clicca quiをつかまえて「男子たる者かく振舞うべし」とばかりに、熱いBaci バチ(=kissの伊語)を投げかけました。(リンク先の写真はイタリアの新聞「La Repubblica」webサイトより) 共にハグ&キスが挨拶となるラテンの国同士ですが、さすがはイタリア男!というひと幕でした。72歳にしてなお女性をめぐるゴシップに事欠かないベルルスコーニ首相。愛想をつかした20歳年下のベロニカ夫人と離婚の危機にあることがつい先日La Repubblica 紙などで報じられました。そんな隙間風が吹くベルルスコーニ夫妻にもぜひ鑑賞頂きたいのが、柔和な笑みを浮かべて仲むつまじく並ぶ日本の時代雛です。

shugetsu_mitsuike.jpg【photo】鶴岡市中心部の各商店が参加する「鶴岡商店街雛めぐり」の白眉は三井家蔵座敷2階広間に並ぶ3代目原舟月作の古今雛。上段は太刀持ちを従えた雛と内裏。二段目は三人官女。三段目が女性の七人囃子。舟月特有の吊り目がちな瓜実顔が揃うものの表情は全て異なる。一体だけ目尻を下げ、エクボを浮かべて微笑む写実的な表情をしたお囃子の美女が特に印象深い

 ここ数年、新潟下越地方の村上と山形各地、秋田由利本荘地域にかけて、北前船交易で江戸から明治期に主に上方より伝わった見事な雛人形を春先に公開しています。ご存知の通り雛人形と一口にいっても作られた時代と作者によって千差万別で、意匠を凝らしたその優美な佇まいは決して見飽きることがありません。雛人形が段飾りとなる以前の様式のため、大ぶりで厳かな表情が気品を漂わせる「享保雛」は商家など町方のお雛様でした。宮中の儀式における装束などを史実に基づいて公家や大名がオーダーメードした「有職雛」、作風を確立した京都の人形師の名で呼ばれる丸顔の「次郎左衛門雛」、現在に伝わる雛人形の原型となった写実性の高い「古今雛」、小ぶりながら精緻な細工が施された雛道具と共に段飾りされる「芥子雛」など。時代は違えど女児の健やかな成長を願う心は同じ。母から娘へと大切に伝えられ、愛されてきたお人形たちは、見る人を雅(みやび)な時代絵巻へと誘います。

spaghetti_salmone_zuppa.jpg【photo】喜っ川の「鮭のクリームスープ」はパスタソースにも最高。試作段階から「期待して下さいね」と吉川専務が語っていた意欲作のクリームスープには、甲殻類と通じるようなコクのある鮭の旨みがぎっしりと凝縮。鮭の切り身と青菜を少量加え、スパゲッティを和えるだけでプロ仕様の和洋折衷なパスタ料理の出来上がり。コレはクセになりそう

 京友禅の朱色や口紅の原料となった紅花の産地、山形内陸の河北町谷地(やち)や大石田町といった最上川交易の拠点、および庄内米の集積地として繁栄した酒田周辺と隣接する鶴岡などにもたらされた雛人形を一般に公開する雛祭りは、まず谷地地区で「谷地のひなまつりLink to Website」としていち早く観光行事化されました。庄内藩の城下町鶴岡と隣接する湊町・酒田では鐙屋や本間家などの豪商「三十六人衆」による自治都市として江戸期に栄え、北前船が寄航した日本海側一帯でもとりわけ質の高いお雛様が伝えられました。それらには古今雛の創始者である江戸の人形師、原舟月(しゅうげつ)の人形も多く含まれます。お膝元の東京周辺では戦災によりあらかた失われた名工の手になる雛人形が庄内には数多く残されています。そのお雛様の素晴らしさは日本各地のお雛様をみてきた雛人形研究の第一人者である藤田 順子さんが質・数ともに認めるところです。

hinagashi_fujitani.jpg【photo】3月になると「タイ切身」と品名表示されたこの「藤谷菓子舗」製の練り切り菓子同様、庄内各地のスーパー店頭にはこうしてパック詰めされた色鮮やかな雛菓子が並ぶ

 今年で3シーズン目となる雛祭り時期の訪問が叶った越後村上で鮭の買出しを兼ねて「町屋の人形さま巡りLink to Website」から今年の雛街道めぐりはスタートしました。商家に眠っていた時代雛という地域資産(=私が言うところの「あるもん」ですね)を一般公開し、客足の途絶えていた商店街に多くの観光客を呼び込む起爆剤となった村上の人形さま巡り。その仕掛け人でもある「味匠 喜っ川」の吉川 真嗣専務の意欲作で、絶妙のパスタソースにもなる「鮭のクリームスープ」、新巻鮭や世間一般の製品とは比較にならないほど奥深い旨みがある塩引鮭酒びたしなどを喜っ川で調達した翌日は、怒涛が岩に砕け散る少し前までの厳しい冬の表情から穏やかな春のそれへと変わったキラキラと輝く日本海沿いを北上して酒田を訪れました。最初に足を運んだ先は、それぞれに娘の幸福を願う意味が込められた手作りの吊るし飾り「傘福」が今年は特に見応えがあるという酒田市日吉町の「山王くらぶLink to Website」から。折からの「おくりびと」ブームも手伝って、そこはたいへんな賑わいでした。雛飾りとしての傘福は庄内のほか伊豆稲取と福岡柳川に同様の事例が伝わるだけだといいます。

   【photo】住吉屋菓子舗4代目の本間三英さん作の牡丹菓子。薄く延ばした花弁用の紅白の生地と葉の生地を型紙にあてて針でくり抜く。成型のための接着剤を使用せずとも生地は互いに付着するという。思わず蜜蜂も寄ってきそうな生花かと見紛うばかりの黄色いおしべには花粉がリアルに表現され、大輪の花びらには縦の筋まで刻まれる (写真提供:致道博物館)

 食い気ばかりではないと冒頭で大見得を切ったものの、庄内の雛まつりで見逃せないのが、特徴ある雛菓子の存在です。雛菓子と言えば、緑・白・赤の三段重ねになった「菱餅」や「ひなあられ」が一般的ですが、庄内のお雛菓子は京菓子の流れをくみながらも、独自の発展を遂げたものです。今年で10年目を迎えた庄内雛街道の隆盛とともに全国的にも珍しい庄内の彩り豊かな雛菓子文化は注目を集めるようになりましたが、戦後の物不足が解消してもしばらくの間、伝統的な雛菓子作りが庄内地方の菓子店でも途絶えた時代がありました。大変な手間がかかる雛菓子作りは、とても採算が合う仕事ではなかったからです。1979年(昭和53)3月発行の鶴岡市の広報紙には、当時の庄内で落雁(らくがん)・有平糖(あるへいとう)・雲平(うんぺい)などの雛菓子作りをただ一人続けていた鶴岡の菓子店「門屋」の主人、青沢 金太郎(故人)が紹介されています。

sumiyoshiya_degansu.jpg【photo】鶴岡市役所向かいの物産館「でがんす」に飾られていた住吉屋菓子舗3代目の本間三雄さん作の雛菓子《拡大表示》。巻鯛を中心に口細カレイ・鮎・庄内柿・松茸・バナナ・桃・民田ナスなどの題材を子どもの目を楽しませるよう愛らしく仕上げる

 初めて目にする独特の雛菓子に「これは一体何だろう?」と思ったのは、"庄内デビュー"を果たして間もない2004年(平成16)春先のこと。酒田市内の食品スーパー店頭で鮮やかな色どりのパック詰めされた商品に目がとまりました。「タイ切身」と書かれたその商品(1パック900円)は、どう見ても鯛の切り身ではありません。テラテラとした照りのある外観のサクラマスとおぼしき切り身とキッチュな配色の尾頭つきの鯛をかたどった食品サンプルのような外観を呈しており、ラベルの記載によると酒田市松山地区の「藤谷菓子舗」が製造した生菓子であることだけは判りましたが、どのような意味がある菓子なのか全くもって謎でした。

【photo】酒田の老舗「御菓子司 小松屋」の雛菓子は木型で造形する片栗粉細工。先代店主の故・小松久雄さんが本間家の依頼を受けて店に残る木型をもとに戦前までの製法を復活させたのが平成4年のこと。その技を受け継いだご子息の9代目店主 尚さんによる繊細極まりない筆使いと細工の巧みさをほんの数センチという菓子の小ささがより一層引き立てる
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 翌年、雛街道の時期に訪れた酒田の本間家旧本邸Link to Websiteと鶴岡の致道博物館Link to Websiteには、それぞれに壮麗な雛人形はもちろんのこと、牡丹をかたどった50cm以上はあろうかという大きな飾り菓子と、野菜や鯛などを模した淡い色調の打ち菓子(落雁)や寒天と溶かし砂糖でコーティングして照りを出したポップな印象すら与える愛らしい練り切り菓子などが展示してありました。祝い事に欠かせない鯛が雛菓子になるのは合点がゆくのですが、サクラマスがどうして雛菓子になるのか最初は皆目見当がつきませんでした。

 サクラマスは別名「雪代鱒」とも呼ばれ、峰々の雪代水が赤川に注ぎ始める3月初旬に日本海での流し網漁が解禁となります。川魚のヤマメの一部が孵化後2年目に海へと下り、日本近海とサハリン周辺で体長70cmあまりに育ち、銀鱗化したサクラマスとなって3年目の春に生まれた川へ戻り、秋の産卵に備えます。山形県の魚に指定されているサクラマスが遡上のピークを迎えるのは4月。雪に覆われた厳しく長い冬の終わりを告げるかのように川を遡上してくる初物のサクラマスのかわりに、北国に暮らす人々はその切り身をかたどった菓子をお雛様に供えて、春の訪れを祝ってきたのです。

 直径2mの赤い天蓋から999個にも及ぶ細工物が下がる最大の傘福をはじめ、60もの「さがりもの」が色とりどりに飾られた山王くらぶと、観光スポットとして人気が高い舞娘茶屋・雛蔵畫廊 「相馬楼」Link to Websiteでお雛様に供えられていたのが、1832年(天保3)創業の御菓子司「小松屋」Link to Websiteの可愛らしい飾り菓子でした。

 片栗粉をベースに粉砂糖、上新粉、山芋粉を混ぜた生地を木型で成型して日本画用の刷毛などで優しい色合いにひとつひとつ彩色したものです。淡くぼかした柔らかな色彩といい、職人が手彫りする精緻な木型の技術といい、その匠の技にはBravo!(ブラーヴォの「ラ」は巻き舌で発音のこと)と舌を巻くほど。小松屋さんの雛菓子は食用にするのではなく、お雛様に供えるためのものだといいます。見る人を魅了して止まないこの飾り雛菓子は数多くのバックオーダーを抱えている上、全て手作業によるため、注文した菓子が仕上がるのは2年後のことだそう。

honma_mitsuo.jpg【photo】丙申堂で行われた雛菓子作り体験で指導にあたる住吉屋菓子舗の本間三雄さん

 鶴岡に移動して向かったのは、黒土三男監督の映画「蝉しぐれ」で藩主の側室となったふく(木村佳乃)が、藩主の死去に伴い出家を決意、密かに思いを寄せていた文四郎(市川染五郎)との今生の別れとなる20年ぶりの再会を果たす場面が撮影された旧風間家住宅「丙申堂」でした。庄内藩随一の御用商人で、のちに荘内銀行の母体の一つとなる貸金業に転身した風間家の邸宅跡では、雛飾りの展示とともに熟練の菓子職人の手ほどきを受けながら、雛菓子作り体験ができました。庄内ひな街道期間中には、傘福飾りや雛祭りにちなんだ絵ろうそくなどを制作する体験プログラムも用意されています。なかでも繊細で色鮮やかな庄内の雛菓子の数々を目にするにつけ、かねてより菓子作り体験にはぜひ参加したいと思っていました。
 
 そこに指南役としておいでだったのが、大正期に創業した鶴岡市の菓子店「住吉屋菓子舗」の三代目ご主人、本間 三雄さん(74歳)でした。住吉屋さんの名を初めて知ったのは、庄内藩主酒井家に輿入れした諸大名の姫君が持参した数々の雛飾りと、金地に典雅な絵が描かれた大名家ならではの貝合わせや豪華な蒔絵と精緻な細工の飾り金具が施された漆塗の家紋入り雛道具の名品が公開される致道博物館でのこと。会場内には、鶴岡の各菓子店が技を競うかのように意匠を凝らした雛菓子が展示されており、その中でも前出の住吉屋菓子舗によるひときわ大きな紅白の牡丹菓子が印象に残りました。「富貴草」と名付けられたその牡丹菓子は、三雄さんのご子息で4代目の三英さんが手掛けたものでした。

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【photo】雛菓子作り体験に用意された「巻き鯛」の練り切り材料(写真手前)。紅白の練り切り生地と赤餡(左) 手で紅白の生地をあわせて丸く成型する(中) 中に赤餡を詰めて再び丸く平らにする(右)

 18歳で菓子職人として修業を始め、家業を継いで半世紀あまり。本間さんは鶴岡伝統の練り切り雛菓子の技を伝えて来ました。大粒種が主流となった戦後はほとんど姿を消した希少な白インゲン、小手亡(こてぼう)豆を白餡用に、小豆を赤餡用に裏漉しして皮を除いた煮豆を生地とします。水で溶いた砂糖水を加え、火にかけながら一時間ほど練り上げ、ここからツヤ出しの水飴を加える赤餡とは違って、白玉粉と砂糖を溶いた求肥(きゅうひ)と和えると生地にコシが出るのだといいます。庄内柿・民田ナス・孟宗筍・口細カレイなどの地元の産物を成型する練り切りの用途に応じて食紅で着色すると生地が出来上がります。

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【photo】紅白の練り切り生地のつなぎ目を指でぼかす(左) 白地に黒い生地の目玉をつける(中) 全体のバランスをみながら竹べらでウロコやエラなどをつけて完成(右)

 菓子作り体験の参加者に用意されていたのは、練り切りの中に詰める赤餡のほか、鯛・桃・民田ナスなど作る題材別に着色された生地でした。下ごしらえに手間がかかる和菓子だけに、限られた時間内に成型過程だけを体験してもらおうという主催者側の配慮なのでしょう。まずは参加者を前に本間さんが「巻き鯛」の作り方を実演して下さいました。丸い形状の巻き鯛は釣り上げた活きの良い鯛が尾びれを巻き上げている姿を表現したもので、木型で作る標本のような鯛とは姿形が異なります。otehon_honma.jpgこの道50年以上の本間さんは竹ベラを使って手際よく姿の良い巻き鯛を形作ってゆきます。名人のお手本を目の当たりにした私は、家族が選んだ桃や柿ではなく、巻き鯛作りに挑戦することにしました。

【photo】本間さんのお手本作品。民田ナスの棘があるガクの部分は束にした爪楊枝と和バサミで形作る

 まず赤と白の生地を1/2づつ手のひらで合わせ、指先で継ぎ目の色をぼかします。手のひらを重ねて丸く平らにした中に赤餡を詰めて外側を紅白の生地で包み込みます。再び平たくしたところで目玉を付け、竹ベラで背びれのギザギザやウロコなどを表現してゆきます。makidai_7.jpgいわば粘土細工と同じ感覚ですが、実物に迫る再現性を求められるだけに、それなりの器用さも必要。私の隣で巻き鯛作りに挑んだ男性は、四苦八苦の末お手本とはおよそかけ離れた仕上がりに苦笑いを浮かべておいででしたが、初めての練り切り菓子作りだった私の作品の出来栄えはいかがでしょう? 食べてしまうのがもったいないようでしたが、結局食い気には勝てずに翌日には残さず程よい上品な甘さの菓子を美味しく頂いたのでした。
(→やっぱり色気より食い気じゃん!)

【photo】庄内系イタリア人作 「赤マンボウ」 「巻き鯛」


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2009/04/26

「芽出し」と「芽摘み」の春

芽吹きの季節@鶴岡

 4月11日(土)の夜、「アル・ケッチァーノ」の厨房を支える生産者が集い、今月30日に東京銀座にオープンする山形県のアンテナショップに併設されるリストランテ「ヤマガタ サンダンデロ」(ディナータイムの営業が始まるグランドオープンは5月12日)のスタッフ壮行会が「イル・ケッチァーノ」を会場に行われました。奥田シェフから直接「来てね」と電話連絡があった以上、参加しないわけにはいきません。この日も取材を兼ねて参加していたYBC山形放送の佐藤記者同様、生産者ではない私ですが、仙台から馳せ参じました。

sandandelo_20090411.jpg【photo】店を支える生産者と3店舗のスタッフが勢揃い。27名にも増えた店のスタッフのおよそ3分の2は、この一年で新たに加わったフレッシュな顔ぶれ

 テーブルを共にした「食の都・庄内」事業を推進する前・山形県庄内総合支庁長で、吉村新県知事のもとで副知事に抜擢された高橋 節氏と、荘内藩主 酒井家18代当主、酒井 忠久氏ご令室で致道博物館〈Link to Website〉常務理事の酒井 天美さんによれば、お二方とも前日の10日にシェフから参加を打診する電話があったのだとか... (-。ー;)。いくら忙しいからって、シェフったらー(笑)。当「あるもん探しの旅」でご紹介してきた生産者の皆さんを含め、これまでにお世話になった方たちと今後の夢を語り合えただけでなく、新たな出会いもあり、楽しくも有意義な時間を過ごせました。

mizubasho_matsugaoka.jpg ここで大切なポイントを押さえておきます。銀座店は庄内を中心に山形県産食材のエッセンスをPRする情報発信の役割を任されます。銀座店のプロデュースは手掛けたものの、奥田シェフ自身は今後も庄内を地盤として活動を続けます。新たな芽吹きの地となる銀座では異彩を放つであろう「山形イタリアン」を掲げる料理の真価を知るためには、実際に庄内に足を運び、一皿の料理の背景にある食材を作る人の表情や気候風土などを探って下さい。銀座でつまみ食いしたくらいでは、食の都の奥深い魅力に迫ることなど到底できませんから。

 【photo】桃の摘花作業が行われていた松ヶ岡農場の桃畑(下写真)。農場の先にある湿地にはミズバショウが可憐な花を咲かせていた(左上) 

momo_tekka_matsugaoka.jpg

 その日は午前中から満開の桜を楽しむ花見客で仙台の西公園は賑わっていましたが、13時過ぎに到着した鶴岡の桜の名所である鶴岡公園赤川沿いのソメイヨシノはまだ開花前。ミズバショウがちょうど見ごろだというので、松ヶ岡開墾場(Link to Website)を訪れました。「あかつき」「川中島」など桃の産地として知られる松ヶ岡農園では、女性たちが桃の摘花作業を行っていました。脚立の上で作業にあたるお母さんに話を聞いてみると、剪定を終えた後、小枝に10個前後つくピンク色の花芽の中で残すのは一つだけ。4月下旬に花を咲かせた後に結実する桃がまだ青いうちの7月にさらに摘果を行い、実を大きく甘味が乗るよう育てます。主力品種となるあかつきが出荷の最盛期を迎えるのは赤川花火大会(今年は8月9日)の頃。愛らしく芽吹いた桃色の蕾は、大方が開花前に間引きされるため、ほんの一握りしか実を結ぶことができないのです。

【photo】より美味しく大きな実を結ぶためには、枝に残す花芽は一つだけ。黙々と摘花作業が続く(左写真)。可愛らしいピンクの桃の蕾は、花を咲かせることなくあらかた摘み取られてしまう(右写真)
         momo_tekka2.jpg momo_tekka3.jpg 

 「まだ桜が咲かぬなら」と向かった先は、梅の名所として知られる湯田川温泉。間もなく名産の孟宗が旬を迎える竹林に囲まれた湯田川梅林公園は、紅梅白梅およそ300本がまさに花盛り。鶴岡市の西方、金峰山の南麓に位置するそこは、大型の観光ホテルが無く、いつも落ち着いた雰囲気に包まれています。全身を柔らかく包み込んでくれる独特の湯触りのお湯は、疲れたカラダとココロを優しく解きほぐしてくれます。「御殿水」の別名を持つ岩清水神社の湧水がそうであるように、湯田川温泉の硫酸塩泉(含石膏芒硝泉)bairin_yutagawa.jpgは、飲泉すると、その類まれな柔らかさが確認できます。浴用が主流の日本の温泉とは違って、飲泉療養が主流のイタリアの「Terme テルメ(=「温泉」の伊語)」に前世で親しんだ私にとって、浴用して良し飲用して良しの湯田川はまさにParadisoパラディソ!(=「パラダイス」の伊語) 全ての旅館が源泉かけ流しという贅沢極まりないお湯の効能は、湯田川観光協会のWebサイトで。


【photo】花盛りの湯田川梅林公園(上写真)。芽出し作業の最盛期を迎え、種籾の入った袋が平積みにされた湯田川温泉街の手前にある催芽場(下写真)
medashi_2009.jpg

 温泉街の入り口にある「催芽場」と呼ばれる作業場では、稲の種籾の「芽出し」が行われていました。一般に稲の種籾は水に浸されて積算温度が100℃に達すると(10℃の水なら10日間)発芽するといわれています。重量で選別した種籾は、薬剤を使ったり、約60℃のお湯につけて一旦冷却するなどの消毒工程を経て、休眠状態にある種籾を水に10日~20日ほど浸す浸種(しんしゅ)をまず行います。その後サーモスタット機能付きのヒーターを装備した「催芽機」で30℃前後に加温した水に種籾を浸して発芽を促すのが一般的な方法です。催芽機が存在しなかった昔は、風呂の残り湯や調理で沸かしたお湯を使うなど、温度管理が難しかったため、寝ずの番を強いられるなど農家にとって芽出しは手間の掛かる仕事でした。

medashi_09.jpg【photo】一日の芽出し作業を終えて語らうお父さんたち(写真奥)が向かう先は、酷使した体をやさしくほぐしてくれる共同浴場「正面湯」(入浴料200円)かもしれない

 稲の種籾を温泉に浸して発芽を促す湯田川特有の芽出し法は、1848年(嘉永元年)に地元の農夫、大井 多右衛門が編み出しました。現在では深さ50cmほどのコンクリート製の水路が整備された催芽場に各旅館から排出されるお湯が引かれています。多右衛門自身の創意工夫と後に加えられた技術改良によって、芽出しが行われる4月ひと月だけで庄内一円はおろか、隣接する新潟県村上市の稲作農家から、あらかじめ10日ほど水に浸した「はえぬき」や「ひとめぼれ」「コシヒカリ」など200トンを超える種籾が持ち込まれます。4月2日に始まった今年の芽出し作業は、私が訪れた日までに作業のピークを迎えており、前日までに100トン以上の種籾を処理したといいます。30℃強の湯に12時間浸された後に湯揚げされ、水路に渡された板の上でムシロを掛けて半日ほど蒸らすと胚芽部分から均一な発芽が得られるのだそう。一連の作業はすべて人力でこなすのですから、コメ作りには大変な人手がかかるのですね。

saimejyou_yutagawa.jpg

 芽出し作業を行っていた男性によれば、日本海に面した「湯野浜温泉」でもなく、260年の歴史がある朝市(4/1~12/5)や赤カブで知られる「あつみ温泉」でもなく、湯田川のお湯でなければ、芽吹きが満足に促されないのだといいます。さまざまな温泉が日本各地にありますが、こうしてコメ作りに欠かせない芽出しに温泉を有効活用している例はごく限られます。肌触りのよい柔らかなお湯という願ってもない地域資源をコメ作りに活かした160年前の先人の英知には、感心するばかりです。訪れる人を優しく包み込む湯田川のお湯は、コメにとってもさぞ心地の良い名湯に違いありません。


【photo】湯田川梅林公園の梅はとうに終わり、鶴岡公園や赤川堰堤の桜も散った5月の湯田川。お湯が抜かれた催芽場は静けさを取り戻していた

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山形イタリアン
  YAMAGATA San-Dan-Delo ヤマガタ サンダンデロ

  住)東京都中央区銀座1-5-10 ギンザファーストファイブビル
    山形県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」2F
    Phone:03-5250-1755 Fax:03-5250-1756
  営)11:30-15:00(L.O.14:00)
     18:00-23:00(L.O.22:00)
  2009.5/12(火)グランドオープン


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2009/02/22

最後のごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」後篇

 新・ごっつぉだの もっけだの」より続き

人の恵みに感謝。

 さっぱり更新されないことから、一部で未完説が囁かれ始めた畢竟の大作(?)「ごっつぉだの もっけだの」シリーズ四部作も、ようやく完結。 季節は昨年秋に遡ります...。

 食をめぐる得がたいご縁で結ばれた庄内を訪れると、日頃お付き合いさせて頂いている生産者の方たちのお顔を思い浮かべながら、辿るコースを組み立ててゆきます。この日('08年10月21日)、当初思い描いた行程の最後は、巡回ルートの北端にあたる酒田市横代(よこだい)で庄内の在来野菜「ズイキ芋」を水耕栽培する坪池 兵一さんのもとでした。そろそろ旬を迎えつつあったズイキ芋は、「カラドリイモ」あるいは濁らず「カラトリ」、「ジキイモ」とも呼ばれるサトイモの一種。一般的に茎を乾燥させて「芋ガラ」とするズイキの根の周りにできるサトイモと同じ子芋のみならず、親根も食用とします。最上川の南側では茎が赤い「赤ズイキ」、北側では茎が緑の「青ズイキ」が育てられ、茎自体も煮物などで食用とされる万能選手の作物です。

tsuboike@hatake.jpg【photo】 2005年(平成17)の晩夏、「ずいきの里」のランドマークが立つ自宅前の水苗代で熱く冗談を飛ばす坪池 兵一さん

 かつて、アル・ケッチァーノ(以下、「アルケ」と略)の奥田シェフを介して畑を見学に伺った坪池さんのズイキ芋との出合いは衝撃でした。それまで食べてきたサトイモとは全く別物のまったりとしたキメの細かいシルキーな口どけにすっかり魅了されたのです。素材選びには決して妥協しない奥田シェフいわく、ズイキ栽培にかけては腕自慢が揃う庄内でも一番美味しいのが坪池さんのものだそう。「このほうが美味しいから」と、畑栽培が一般的となった現在では、少数派となった水苗代でズイキを栽培する坪池さんは、「殖酸農法」のパイオニアでもあります。

 植酸農法とは、植物が生成する有機酸のうち、根から分泌される14種の有機酸の力で土壌を健全に保ち、化学肥料の力を借りずに海藻や貝化石などを投与して根の活力を高め、病害虫に強い作物を育てる農法のこと。坪池さんならではの澄んだ緑の葉が、風に吹かれてヒラヒラと揺れ、あたかも"おいでおいで"をしているようにも見える苗代で、時折ギャグを交えながら栽培理論を語る坪池さんとお会いするのは楽しみでもあります。

sig.tsuoike.jpg【photo】 植酸農法で栽培したズイキ芋とイモガラを前に、坪池理論を展開する坪池さん。うっかり真に受けて拝聴していると、突如ギャグが飛び出すので気が抜けない

 昼にアルケで食事をした際、取引先をもてなすために坪池さんから夜の予約が入っているとの情報を土田料理長から仕入れていました。そのため、「ズイキ芋をアルケまでご持参願えれば、それを購入させて頂きますよ」と、進藤さんのもとを出発する際に、坪池さんに電話でちゃっかりお願いしていました。なぜなら、食事を終えた時、すでに14時を回っており、生産者の皆さんのもとを回る移動時間を考えると、こうしたアドリブを加味しないと到底回りきらないと判断したからです。

 「ごっつぉだの、もっけだの」シリーズでご紹介してきたこの日午後の足取りを改めてざっとおさらいすると・・・・・十王峠を越えて4年ぶりの平日ランチを堪能した「アルケ」 ⇒ シーズン最後のブドウ狩りをした「佐久間ファーム」 ⇒ 絶品アップルパイの取材の申し出に伺ったつもりが、山形大農学部の平教授らの取材の合間に私までコーヒーとケーキをご馳走になった「知憩軒」 ⇒ 合流したアルケ土田料理長とミズの実の収穫をするため、庄内あさひIC付近まで戻った「進藤さんの山」、 ⇒ 馬鈴薯とササニシキのお土産をたっぷりと頂いた上に alfa147GTA の試乗というオマケまで付けて下さった「月山パイロットファーム」 ⇒ 仙台市民では持つ者などおらぬやもしれぬ入浴回数券を使ってひと休みした長沼温泉「ぽっぽの湯」へ。

08.10.21funghi@alche.jpg 【photo】 写真手前の白っぽいキノコが「ブナカノカ」

 ぽっぽの湯を発とうとする時点で、すでに真っ暗になっていましたが、この日決行した"庄内んめものオリエンテーリング"のチェックポイントは、まだ6箇所も残っていました。むせ返るほど濃密な森の香りをアルケで嗅がされた天然キノコ「ブナカノカ」を調達するため、アルケも仕入先として重宝している鶴岡市羽黒町狩谷野目の「あねちゃの店」はマル必で行かねばなりません。希少な天然もののキノコや山菜を扱う同店へは、これまで数多くの人々を仙台からご案内してきました。恒例の水汲みは、すぐ近くの猪俣新田にある造り酒屋「竹の露酒造場Link to Website」で仕込み水を頂けばOK。蔵名の由来となった竹林の中に湧く月山水系の超軟水は、蔵元・蔵人・杜氏らが自ら育てる「出羽の里」「亀ノ尾」「京ノ華」といった庄内生まれのコメたちと出合い、全国新酒鑑評会で数々の受賞実績を持つ銘酒「白露垂珠」hakurosuishu_kamenoo.jpgに生まれ変わります。地元のコメに愛着を持ち、金賞狙いの「山田錦」に安易に走らないこの蔵の姿勢には強い共感を覚えます。その芳醇淡麗な造りは、庄内オールスター食材軍団を見事に引き立てます。竹の露仕込み水を沸かしてしゃぶしゃぶにすると、羽黒の里で育つ「山伏豚」の融点が低い脂が適度に落ち、キメ細やかな肉質としつこさの無い風味の良さが引き出されます。今回は蔵で氷温貯蔵されていた平成19年醸造年度の吊雫生詰原酒、純米吟醸「はくろすいしゅ」亀ノ尾と共に頂くつもりでした。上品な吟醸香とコメのしっかりとした旨みが、透明感のある調和をもたらし、すっと綺麗に引いてゆくこの酒は、今年も3月上旬に上槽されるそうです。

【photo】 稲作の歴史に偉大な足跡を残した庄内生まれのコメ「亀ノ尾 Link to Backnumber 」を55%まで磨き、無濾過のまま火入れせずに一年貯蔵した希少な純米吟醸「はくろすいしゅ」吊雫原酒

 山伏豚のバラしゃぶ肉を扱うクックミートマルヤマ(鶴岡市みどり町)と、さっと湯通しして瑞々しさを頂く井上農場のスーパー小松菜(鶴岡市渡前)、同じく加熱すると、トロける甘さが生まれる平田赤ネギ(酒田市飛鳥)の豚しゃぶ用食材3点セットは欠かせないポイント。地理的に最も北にお住まいの坪池さんが、仙台への帰路で利用する山形道庄内あさひICの途中にあるアルケにおいでになることが分かっている以上、唯一ぽっぽの湯から北方15kmに位置する酒田市飛鳥までに行くのは、その後の行程を考慮すると、時間的に厳しいものがありました。平田赤ねぎ生産組合の後藤 博組合長に鶴岡市内で後藤さんの組合の赤ネギを扱う店があるかどうかを電話で確認し、ルート的にロスがない方法を選んだ方が得策です。
08.10.21akanegi.jpg
【photo】後藤さんから譲っていただいた平田赤ネギ

 ぽっぽの湯の駐車場で、後藤さんの携帯電話をコールすると、電話口の後藤さんは、残念ながらその時期に鶴岡市内で赤ネギを扱う店はないと申し訳なさそうに応えるのでした。そうか・・・今回は赤ネギの入手は無理か ε-(´・`)... と諦めかけた時、後藤さんが私の居場所を確認されました。ぽっぽの湯に居ることを告げると、後藤さんは鶴岡市内の飲食店への納品を終えてR345の鶴岡市藤島地区に車でおいでだというのです。おぉ、それならあねちゃの店へ向かう途中で、しかも直線距離にして3kmほどの場所ではありませんかっ!! 私が電話を掛けた時、たまたますぐ近くにMr.赤ネギはいらっしゃったのです。喩えは悪いですが、カモがネギを背負って飛んできたかのよう。これで長沼温泉から北上する必要はなくなりました。これは奇跡に近い偶然です。きっと昼前に参詣した注連寺の「三鈷水(さんこすい)」で身を清めた功徳と、本堂に安置された鉄門海上人の即身仏、さらには末裔の進藤さんと会った真如海上人のお導きに違いありません。ありがたやありがたや。

08.10.21goto.jpg【photo】奇跡の巡り会いを果たした後藤さんとA-COOPふじしま前で

 待ち合わせした「A-COOPふじしま」の駐車場で、荷台に赤ネギを積んだ軽トラックを停めて私を迎えて下さった後藤さんから、たっぷりと束で赤ネギを譲って頂きました。それも市価とはおよそかけ離れた代金で。いやはや、もっけです。赤ネギのおかげでここ何年も風邪に罹っていないという後藤さんにあやかって、風邪知らずで来るべき冬を乗り切りたいところ。 (...おかげ様で今のところ風邪に罹っておりません。医食同源ですの)重ねがさね、もっけです。

【photo】 地吹雪が頻発する鶴岡市藤島地域では、暴風雪を遮るビニールハウスが葉物野菜の栽培農家には欠かせない。大雪警報が発令された今年の1月25日。珍しく雪を吹き飛ばす北西の風が弱かったため、前夜から降り続いた雪に埋もれたビニールハウスで小松菜の収穫をされておられた井上 馨さんご夫妻
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 期せずして赤ネギが手に入った上は、親子二代で徹底してこだわりのモノ作りに取り組んでいる「井上農場」Link to Websiteの小松菜を入手しなくてはなりません。昨年より一部地元のイオン系列の食品スーパーでも扱うようになった井上 馨さん・悦さんご夫妻の小松菜は、国内では探すことが困難な非抗生物質投与のニワトリの発酵鶏糞を鹿児島より取り寄せ、土に散布して栽培されます。専ら手掛ける「わかみ」という品種の小松菜は、寒中に最も食味が良くなるため、雪中でも収穫できるようにビニールハウス内で無農薬で栽培されます。柔らかな土の感触を確かめながら抜き取った小松菜をそのまま口に含むと、青い香りと共にミネラル豊富な地下水が口中に溢れ出してきます。我が家の定番となっている特別栽培米「はえぬき」(2,500円/5kg)の入手ともども、小松菜も直接畑やご自宅に伺っていつも購入させて頂いています。そのほうが誠実な仕事ぶりに触れることができるし、ラテン系なご夫妻の明るく前向きなお人柄に元気も分けて頂けますから。

2008.10.21inoue.jpg【photo】 井上さんからお裾分けの赤ズイキの茎、ヤーコン、購入した小松菜(左より)

 事前には何も連絡していなかったので、ご自宅の玄関前まで移動してから電話をかけようとイタズラ心が働きました。奥様の悦さんに5把の小松菜をご用意頂くようお願いする電話を切る間も無く、玄関を開けた私。電話の主が突如現れ、大笑いしながら中から出てきた悦さんは、採りたての小松菜と共に、頂き物だけどと仰いながら、ヤーコンと赤茎のズイキをお裾分けして下さいました。井上さんはいつもこうして旬の産物をお土産に持たせて下さいます。毎度〃もっけです~。最上川の南側では、こうして赤ズイキなのですね。こちらは芋ガラ用にさせて頂きます。

【photo】 あねちゃの店で頂いた平核無柿・茹で栗・柿しぐれ(左より)
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 すでに事務室の明かりが消えた竹の露酒造場に移動して、弱アルカリ性・硬度22という超軟水の仕込み水を25ℓ容量のポリタンクふたつに汲んだ後、「あねちゃの店」へ。ありました、ありました、お目当ての天然ブナカノカが。佐藤 典子店長は、「貴女のウチではどうして食べてる?」と居合わせた地元のお母さんに尋ねながらも、炒め物にすると美味しいわよと、食べ方を教えて下さいました。午前中にアルケの土田さんが来て、ブナカノカやクリタケなどをやはり仕入れていったそうです。量り売りのブナカノカを物色する私に「娘さんにどうぞ」と、茹で栗と庄内柿として広く知られる鶴岡で誕生した平核無(ひらたねなし)柿、そして市場デビュー4年目を迎えて県がブランド化に力を入れている「柿しぐれ」までお土産にと下さいました。これじゃ買い物に寄ったのか、頂き物に与るために寄ったのかわかりません。これまたもっけです~。平核無は果肉がソフトなので、しっとりとした北イタリアのサン・ダニエレ産生ハムと一緒に頂きますね。

 確立に5年を要した「樹上脱渋」技術は、固形アルコールを入れたビニール袋で柿を一粒づつ包んで、気化するアルコールで渋抜きするもの。パキッとした食感と実にゴマ状の褐斑が入るのが特徴で、2Lサイズ以上・糖度14度以上と厳格に規定された高級品種です。収穫後に脱渋する平核無には見向きすらしなかった山のクマたちにも、柿しぐれの美味しさが分かるようで、従来は発生しなかった食害が発生。丹精込めた柿を食い荒らされた生産者は、「クマったもんだ( ゚() ゚;;) 」と渋~い顔をしているのだとか。
 
 こうして寄る先々で雪だるま式に頂き物が増えて行く中、まだ豚しゃぶの主役を調達できていませんでした。食の都・庄内では、畜産にも力を入れており、ヘルシーで美味しい豚肉に関しても見逃せない産地です。国の減反政策で用途を失おうとしていた水田で飼料用のコメの栽培を農家に委託し、日本の食料自給率を向上させようという試みとしても注目すべき「平牧三元豚」で有名な平田牧場(酒田市)の「こめ育ち豚」推進プロジェクトについては、機会を改めて別途取り上げます。地元産のコメを飼料として与えられる平田牧場の「平牧金華豚」は、国内でほかに一箇所のみで生産される幻の金華豚を、よりグレードアップしたブランドポーク。牛のサシとは違い、豚の脂肪はむしろ健康に良いことが近年の研究で明らかになっています。不飽和脂肪が多い霜降り肉となる平牧金華豚は、食味に関して日本で間違いなくトップレベルにある豚です。その逸品は酒田市松原南にある平田牧場本店で購入することも出来ますが、いかんせん希少価値が高いために値段もそれなり(^ ^;)

 酒田まで北上しないことにしたこの日は、鶴岡市みどり町の精肉店「クックミートマルヤマ」Link to Websiteが扱う羽黒産庄内豚「山伏ポーク」のバラ肉をしゃぶ用にスライスして購入しました。月山山麓の空気のきれいな環境のもと、国産の安全な穀類中心の飼料で、じっくりと肥育するため、肉が旨みを増す熟成能力に優れた山伏ポーク。バラ肉が通常158円(100g当たり)、水・土曜は126円(同・店頭限定サービス価格)という極めて良心的な価格にもかかわらず、キメ細やかな赤身としつこさのない甘さが特徴となる脂身の旨さには、名だたる銘柄豚たちも尻尾を巻いて退散することでしょう(→ちなみに豚はもともと尻尾がクルリと巻いていることはご存知の通り...)

happou-sushi.jpg【photo】たっぷりと身の詰まった鶴岡「八方寿し」の大トロ手巻き。噛み締めると、ブーッツと大トロが口の中に広がり、至福の時が訪れる。

 昼食をゆっくり食べたものの、19時30分を回って、お腹が空いてきました。薪窯で焼き上げるマルゲリータを夕食にしようかと思い、鶴岡市馬場町のピッツェリア「Gozaya(ゴザヤ)」に寄りましたが、定休の火曜日につきCLOSE。そこでガラリと方向転換し、ネタの良さが光る同市神明町「八方寿し」へ。いつも混んでいる店のカウンターの隅にもぐり込みました。独特のアップテンポなリズムで店を切り盛りする親方にお決まりの特上(2,500円)を注文。脂の乗ったヒラメやノドグロ、大トロの握りや手巻きは、いつも至福の時をもたらしてくれます。軍艦からこぼれそうなイクラやウニも堪りません。このコストパフォーマンスは特筆ものです。晩の「ごっつぉ」に身も心も満ち足りて店を後にしました。

 長かった一日も、残すはアルケで食事中の坪池さんのもとに立ち寄り、ズイキ芋を譲って頂くだけ。談笑中の坪池さんが席を立ち、店の裏手へと私を誘(いざな)います。そこには、むき出しのままのアルケ用のズイキとは別に、三つの袋に入ったズイキ芋と青ズイキの茎がありました。酒田市中町の産業会館向かいにある産直「ヨッテーネ」で売れ残ったものだそうで、お代は要らないとのこと。外側の皮が黒ずんでいるものの、表面を洗い流せば、まだ充分に美味しく食べられるものです。08.10.21zuiki.jpgそれでも坪池さんは、もう売れないものだからと、代金を受け取ろうとしません。すっかり恐縮したものの、ここはご好意に甘えさせていただくことにしました。返すがえすももっけです~。

【photo】 坪池 兵一さんから頂いたズイキ芋と青ズイキの茎

 大きなポリタンク二つを積んだalfa Brera のカーゴスペースは、もはや頂き物でパンク寸前。そうして実りの季節を実感させる「ごっつぉ」と「んめもの」の数々に彩られた庄内での秋の一日は終わろうとしていました。皆さんから頂いた豊かな地の恵みと、何より得がたい人とのご縁に恵まれていることに感謝せずにはいられない一日となりました。
 い~のぅ、庄内。

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2009/01/31

冬季限定「滝の道」の名水

「鳥海三神の水」でプチ沢登り

 秋田と県境を接する山形県最北部に位置する遊佐町は、国土庁が平成6年に「水と緑の文化を育む水の郷100選」に選定した湧水の里。町内には数多くの湧水地点があり、その豊富な水は、"水筒要らずの山"といわれるほど水に恵まれた鳥海山の恩寵にほかなりません。

【photo】 稲刈りを終えた晩秋の遊佐町。雪を頂く鳥海山が里に冬近しを告げる

 清流「月光川(がっこうがわ)」沿いの道、酒田遊佐線を進むと、山の斜面に湧き出た伏流水が二筋の滝となって流れ落ちる有名な「胴腹滝(どうはらたき)」への入口が吉出地区の杉林の中に開けています。二筋の湧水はCa、Mgなどの成分上さして違いは無いものの、左側がきりっつと引き締まった硬質な味、右側は柔らかで優しい飲み口と、不思議なことに共に硬度が11の超軟水ながら、左右で明らかに味が異なります。そこに至る道は冬でも除雪されるため、年間通して水を汲みに訪れる人が絶えません。

doppara_yuza2006.jpg【photo】 山の斜面(胴腹)から伏流水が勢い良く出ていることから、安産を願う不動尊が滝の間に祀られた胴腹滝

 片道150km以上離れた仙台から鳥海山近辺まで足を伸ばすのなら、豊かな水の恵みを存分に堪能しない手はありません。そのため alfa Brera のトランクスペースには、いつも25ℓ容量のポリタンクが少なくとも二つは積み込まれています。しかしながら採水地から路肩の駐車スペースまで5分あまりズッシリと重い25kgのポリタンクを両手に抱えて苦難の道を戻らなくてはならない胴腹滝には、よほど気乗りしないと足が向きません。蒸発残留物が40~50mg/ℓ程度の良質な美味しい水なので、ペットボトルで持ち帰る程度なら別ですが、つい欲が出てしまって...(;^_^\

  鳥海山周辺には、多くの湧水スポットが存在し、そのいくつかは車で気軽に立ち寄れる場所にあります。口から喉を通ってお腹の中にすぅーっと吸い込まれてゆく柔らかな独特の飲み口が魅力の遊佐町女鹿地区の「神泉の水(かみこのみず)」と、同町三ノ俣(みつのまた)地区にある農林漁業体験実習館「さんゆう」前の「鳥海三神の水」は、気軽に車で立ち寄ることができる湧水ポイントの中でも、とりわけ美味しい水です。

sanyou2009_1.jpg 今回さんゆうを訪れたのは、1月11日(日)の夕闇迫る17時過ぎのこと。これまでも幾度となく通った道ですが、さすがに厳冬期に訪れるそこは、これまでとは様子がまるで違っていました。標高こそ海抜300m台とさして高くないものの、鳥海山の山懐へと分け入ってゆく三ノ俣集落に湧く鳥海三神の水を汲みに訪れるのは、山菜が出始める春から夏を経て美しい紅葉に山が燃え立つ時季だけ。降り積もった雪で一面の銀世界と化したそこを訪れるのは今回が初めてのことでした。人づてにそこが冬季間どうなっているのかを聞いてはいたのですが、そこには想像を超える「なんだこれ~!!?」という光景が待ち受けていたのです。

【photo】 標高2236m の頂きを雪雲のヴェールで包まれた鳥海山。山肌を覆う雪また雪。冬枯れのブナ。凍てつくモノトーンの世界。月光川大橋にて

 月光川に架かる旧朝日橋を右手に見ながら右折した道路は除雪されてはいるものの、白く輝く路面は圧雪が凍結し、ともすると車はハンドルをとられ、テールが流れ出します。そこは映画「おくりびと」で主人公・小林大悟(本木雅弘)が鳥海山をバックに堤防の上でチェロを奏でる場面と、身ごもった妻美香(広末涼子)に川原で石文(いしぶみ)を手渡すシーン、産卵のため遡上してくる鮭の姿などが撮影された場所です。

 ダッシュボードにデジタル表示された外気温はすでに氷点下。人家が点在する金俣集落を抜けると、月光川ダムに渡された月光川大橋に差し掛かりました。雪を縫うように眼下を流れる渓流と葉を落としたブナの原生林が広がる鳥海山とが織り成す水墨画のような風景に目を奪われます。命あるもの全てが雪に閉ざされ、じっと息を潜めているかのような静寂が支配するモノトーンの世界をカメラに収めようと、暖房の効いた車内から橋の上に出ましたが、あまりの寒さで早々に退散しました。

kanamata_takinomichi.jpg 橋を渡り切ると左カーブを描く雪道は、ほぼ直線の緩やかな上り坂となります。すでに陽は落ちて暗くなり始めていたため、最初はカーブから先が完全に除雪されてアスファルトの路面が顔を出しているかのように見えました。"何と完璧な除雪作業なことよ(*'0'*)"と感心する間も無く、よく目を凝らすと、そこは道幅いっぱいに水が流れているのです。

 「お、これが噂に聞いた"滝の道"かっ!」 道路は両側とも路肩が凹型にせり上がっており、上り坂の路面に流される水は、1~2cmほどの深さとなって流れて来るのです。それは世にも珍しい湧水が描き出す一筋の道なのでした。

strada_taki_sanyou.jpg【photo】路面を流れ下る湧水が川となって雪を溶かし、せせらぎとなった伏流水の道を「さんゆう」へ向かう

 そこまでは慎重な操作を強いられていたアクセルを踏み込むと、バシャバシャと派手な水しぶきが車のフェンダーから両サイドへと飛び散ってゆきます。路肩の枯れた雑草には、車に飛ばされた水が凍り付き、あたかも氷のオブジェのよう。温泉地で融雪のために温泉を道路に流している例は仙台近郊の秋保や鬼首などで目にしますが、距離にしておよそ1.4kmにも及ぶこの滝の道のスケールは、その比ではありません。そこでは滝登りする鯉や月光川を遡上する鮭の気分が味わえるはずです。

 三東ルシアが出演したTOTOホーローバスのCM(古っ!)「♪お魚になったワ・タ・シ」のフレーズを思い浮かべながら坂を進むと、さんゆう駐車場前に引かれた鳥海三神の水の水汲み場へと至ります。何やら由緒ありげな名前のこの湧水。本宮は夏山シーズンにだけ参詣が叶う鳥海山頂にあり、人里に置かれる口之宮が遊佐町吹浦と同町上蕨岡にある三つの鳥海山大物忌神社とは無関係だそうですが、この水を飲用水として使っている三ノ俣の住民の方たちが鳥海山の大いなる恵みに感謝して命名したそうです。

 鳥海三神の水は衛生上の配慮から、融雪に用いられる湧水の採水地とは少し離れた林の中に湧出する伏流水を引いています。駐車場のすぐ脇に水汲み場があることから、庄内一円はもちろん、県内外から多くの人々が訪れます。すっかり暗くなったこの日は、すでに人気は無く、勢いよく流れ出る清冽な水の音だけが響いていました。

【photo】 路面を流れる水は、道の先にある「さんゆう」の名水と同じ水脈。横着をしてその水を汲まないように。(←そんなズボラなヤツは居るまい) 名水と地元産ソバ粉を使う人気の「金俣そば」を、道幅いっぱいに流して、わんこソバも顔負けの食べ放題な「流しそば」にしてみては如何?

fiume_strada_sanyou.jpg 水汲みだけでは物足りないという欲張りな方は、さんゆうの産直施設と併設される飲食コーナーへもお立ち寄り下さい。産直では春先に出回るワラビやコシアブラなどの山の幸をはじめ、豊かな鳥海の水で育まれた個性的な古代米や、一般に流通している輸入物が霞んでしまうほど瑞々しいパプリカなどの地元の農産物を扱っています。飲食コーナーでは土日に20食限定で提供する地元産ソバ粉を鳥海三神の水で打った「金俣蕎麦」が人気。毎週水曜の定休日と週末には実施していないのが残念ですが、事前予約制で蕎麦打ちや豆腐・漬物・笹巻き作り体験(有料)も可能です。【旬の農産物カレンダーはコチラ

 遊佐町役場に問い合わせてみると、冬でも凍ることなく湧き出す伏流水を道路の融雪のために活用する事業は1981年(昭和56)頃に三ノ俣のほかに升川集落で行われましたが、今も稼動しているのは現在7世帯が暮らす三ノ俣だけだといいます。住民の高齢化のため、昨年からは町が11月中旬にそれまで住民が行っていた路面の清掃と補修を代行、集落から1kmほど離れた林間にある水源地の清掃を行い、雪が積もり始める12月から路面の雪が消える3月ごろまで住民の手で水が流され、保守管理がなされているそうです。「限界集落」という言葉がここにも翳を落としますが、湧水をこうして融雪に活用している事例は全国でも珍しいはず。鳥海山の恩寵である地域資源の水をこうして活用してきた住民の方たちに拍手を送りたいと思います。

fontana_sanyou.jpg【photo】 「鳥海三神の水」は駐車場に隣接しており、利便性が高い。駐車場の先は雪遊びが出来るスキー場になっている

 地区の飲用水や融雪用だけでなく、酒造りにこの水を用いているのが庄内町の造り酒屋「鯉川酒造」です。シーズンに1タンク分だけを仕込み、酒田周辺の一部酒販店で売り出される純米吟醸「極楽鳥海人」は、しぼりたての原酒では18度近いアルコール度数があるため、およそ15度まで度数を下げるための加水用に鳥海三神の水を使っています。蔵元の佐藤 一良社長によれば、この水を加熱して蒸発させると、鉱物成分である白い残留物が微量認められることから、日本酒の仕込み用としては不向きとのこと。それでも、1ℓ中の炭酸カルシウム含有量が12mg しかない超・軟水にカテゴリー分けされる鳥海三神の水は、当然殺菌は行っていませんが、汲んでから3週間程度ならそのままで飲んでもOKです。料理用はもちろん、お茶を入れたり、ご飯を炊く用途としても申し分ない美味しい水であることを申し添えておきます。

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農林漁業体験実習館「さんゆう」
住所)山形県飽海郡遊佐町吉出字金俣239-5
Phone)0234-72-4500
営)8:30-18:30 (3/15-10/31 は 8:00-17:00)
  水曜定休(祝日の場合は翌日休み)
  12/28-1/3休み
当然ながら「鳥海三神の水」は年中無休!

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2008/12/31

今年も当たり年!

 いつぞや槍玉に上げた某新酒の項目で見かけたタイトルですが、今回は「?」ではなく、「! 」ですから紛れも無い事実をお伝えします。「当たった!」とは言っても今日抽選が行われた年末ジャンボ宝くじが当たった\(^o^)/という夢物語ではありません(涙)。

【photo】キジとダイコンのコンソメ風味ズッパZuppa alla fagiano e ravanello08.12.28.jpg

 見事「当たり」に出くわしたのは、6年連続で恒例の年末食べ納めに訪れた鶴岡「アル・ケッチァーノ」でのこと。この夜は奥田シェフも「イル・ケッチァーノ」ではなくアルケの厨房に入っていました。微量の塩と軽いナッツ系フレーバーのオイルで繊細な味付けがされたプリプリ新鮮で上品な脂が乗った白身魚「オオイヨ(イシナギ)の冷製カッペリーニ」で幕を開けたお任せコースも、12品目の「Zuppa alla fagiano e ravanello giapponese キジとダイコンのコンソメ風味ズッパ」で締めとなりました【注】。猟師が酒田市黒森地区で獲ってきたというキジの骨をベースに色付けのため少量加えた庄内牛から取ったコンソメを、更にキジの肉をベースに旨みを凝縮さる贅沢なダブルコンソメ風味のZuppaズッパ(=スープ)には、鶴岡市東堀越にある毛呂農場「楽土苑」産のオーガニックなダイコンとキジの骨付き腿肉が入っていました。土田料理長が抜いてくるダイコンは、さほど煮込んでいないのか歯応え充分。ダイコンは加熱した後に一旦冷めないと味を吸い込まないため、キジのコンソメ味を沁み込ませるために一度冷ましたものだそう。

chizuo-fumiko-moro.jpg

 鶴岡市内で歯科医院を営む毛呂千鶴夫さん・富美子さんご夫妻が農作業の楽しさを知ったのは今から45年前。週末の家族の楽しみのため、酒田市南端の庄内砂丘が広がる浜中地区で3,000坪ほどの農地を手に入れます。そこでご夫妻は収穫の喜びと、多くの素晴らしい人々との出会いを得たといいます。四半世紀に渡って徐々に作付けを増やし、9,000坪まで拡げた農地が庄内空港の用地として接収されることになったのは、時代が昭和から平成に変わる頃でした。それから間もなく旧藤島町東堀越の小高い丘にあった県立庄内農業高校の実習農場35,000坪あまりが農地集団化事業によって民間に払い下げられることになります。毛呂ご夫妻は1991年(平成2)から、その地をさまざまな人々が集う営利を目的としない毛呂農場「楽土苑」と名付け、理想の農園作りに着手します。

moronojyo1.jpg【photo】毛呂農場「楽土苑」

 歯科はご子息に任せ、ご夫妻は市内のお住まいから農場へ通う毎日。ご自身が食べたいものを揃えたという農場は現在45,000坪に達します。広大な農場で育つコメや多種多彩な野菜、果物は、一般の流通には乗せずに全て開苑以来ずっと無農薬で栽培されています。ご夫妻と専従職員のほか、ボランティアの人々によって運営される農場では、地域の高齢者や子どもたちのため、そして外国からの留学生や障害を持った人たちにも定期的に収穫した作物を提供しています。45年前、家族のために始めた農作業は、今では大きな人の輪を生み出しています。

 かたや最上川河口の南側にあたる酒田市黒森地区は、山形自動車道を挟んで海側には庄内砂丘に植林された黒松林が、内陸側には一面の水田が広がっており、狩猟期にはキジや越冬のためにシベリアから最上川河口付近にやって来る真ガモや小ガモなどの猟場となっています。スープに入っていたキジは、この付近では良く見かける野禽です。骨を取り除いて引き締まった肉をコンソメスープと共に噛み締めていると、奥歯にガリッと当たるものが。
fagiano_sandan.jpg【photo】キジから出てきた今年最後の大当たりこと散弾

 おぉ、これぞジビエシーズンならではの「当たり」こと、猟師が放った散弾が肉の中に残っていたのでした。それも一つだけではありません。2粒までは口から出したのですが、最後に口の中に残った大きめの弾の塊と思われる部分は、不覚にも口から出す際にこぼれて見失ってしまいました。狩猟文化が発達したヨーロッパでは、獲物に残った散弾を幸運の証として、料理に紛れ込んだ人を祝福する伝統が残っています。哀れズドン!とやられたキジ君にとっては"Mamma mia !"な巡り合せかもしれませんが、食べ納めで当たりが出るとは縁起が良いので、弾を持ち帰ることにしました。スープに入ったキジ君は弾と骨を取り除いて残さず頂きました。 (⇒だから成仏してね)

 一年間お付き合いいただいた皆さん、縁起物の散弾の画像に良い年となるよう願掛けをして下さいね。それでは、良い年をお迎えください。Buon Natale e Felice Anno Nuovo!

▲12月末まで行われた「仙台・宮城デスティネーション・キャンペーン」と同時進行で年内一杯展開中だった「新潟・庄内プレ・デスティネーション・キャンペーン」期間中に「ごっつぉだの もっけだの」シリーズを年内フィニッシュできなかった・・・。ん~残念! 何故なら当キャンペーンのテーマは「ごっつぉだの もっけだの 食の都庄内」だったから。→ (実は非公認の"便乗シリーズ企画"だったのです。アハハ...^ ^) でもキャンペーン本番は2009年の秋だから、ま、いいか.。
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【注】2008年食べ納めお任せメニュー@アル・ケッチァーノ
 ※Clickで画像が出ます
 1:オオイヨ(イシナギ)の冷製カッペリーニ
 2:岩魚と寒鱈のスモーク ミルフィユ仕立てヒロッコ(=アサツキ)の香り
 3:タタキ風メジマグロと井上農場のスーパー小松菜
 4:カリフラワーのペーストと鮑の酒蒸し炙り
 5:栗のリゾットと庄内牛のタルタル
 6:アンコウの柚子オイルフォンデュ
 7:ズワイガニのキタッラ
 8:バルサミコ風味の山芋とノドグロのソテー石川産黒塩味で
 9:庄内牛のタンとフォアグラ ボイルしたキャベツ 黒トリュフの香り
10:柿しぐれ 萱の実とフェンネルのインサラータ
11:羽黒羊のローストとスパイシーなフライドポテト
12:キジとダイコンのコンソメ風味ズッパ
13:お好みドルチェ(→ 時間が遅かったため残り物から選択)
  ババとラムレーズンのジェラート
   ズコット
   わんぱく卵のカスタードプリン

   濃厚カスタード シュークリーム

※Bevandi
 1:Vina del casa 「水酒蘭 / 鯉川酒造」
 2:Vino rosso 「Brunello di Montalcino Campogiovanni '97/ San Felice
         ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・カンポジョヴァンニ'97年/ サン・フェリーチェ」
  → Felice Anno Nuovo(新年)を迎えるにあたり、Felice(幸福)を祈って店にもちょっぴり寄進


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2008/12/23

新・ごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」中篇 @月山パイロットファーム

 食を介した人との絆で結ばれた庄内での一日ついてご紹介してきた「ごっつぉだの篇」「もっけだの」前篇と続いてきた「ごっつぉだの もっけだの」シリーズ。実りの季節の頂き物で溢れ返った私の休日もいよいよ佳境に差し掛かってきました。

keiko_kazu_08.10.jpg【photo】今年の「Wa!わぁ祭り」に参加した相馬さんご夫妻

 旧朝日村越中山の進藤さんのもとを発ち、左手に庄内平野を一望する高台を進む「庄内こばえちゃライン」を北上、次なる目的地「月山パイロットファーム」に向かいました。それでいて実はそこに立ち寄るかどうか途中まで迷っていたのです。何故なら月山パイロットファームの相馬 一廣さん・恵子さんご夫妻は、5日後の10月26日(日)に開催される「あいコープみやぎ」恒例の「Wa!わぁ祭り」に毎年鶴岡から参加され、甘みがある身が詰まった男爵イモの煮転がしや自然な味付けの無添加漬物などを試食できるブースを出されているからです。私もそこでお二人にお会いするのを楽しみにしています。あいコープみやぎでは「安全なものを食べたい」「子供に本物の味を伝えたい」という思いから、厳しい取り扱い基準を設けています。その方針に賛同した生産者や食品加工業者からなる「共生会」の会員が消費者と直接触れ合う場であるWa!わぁ祭りは、自宅から自転車ですぐの距離にある台原森林公園を会場として毎年秋に行われています。

【photo】多くの来場者で賑わった今年の「Wa!わぁ祭り」wa!wa_festa08.jpg

 相馬さんは、1947年(昭和22)、稲作が盛んな旧藤島町の三和地区で米作農家の長男に生まれます。山形大学農学部卒業後、ご両親から受け継いだ3.8haほどの水田で、その頃急速に進んだ機械化と肥料・農薬を投入して増産と省力を目指す"近代的な"コメ作りを始めます。そのかたわら数頭の乳牛飼育を手掛け、稲作と畜産の複合による当時もてはやされた営農スタイルを取り入れます。就農7年目の1977年(昭和52)、月山山麓の旧羽黒町川代(かわだい)地区の未開地を農地に転用する国営開拓事業への入植募集が行われます。当時は機械化によって農業の効率化が進む反面、その2年前に出版されベストセラーとなった「複合汚染」で作者の有吉 佐和子が問題提起した通り、生態系が近代農法を支える農薬によって破壊されていることが広く認知され始めていました。
keiko-kazu2.jpg【photo】無農薬栽培した男爵イモを煮っ転がしにしてWa!わぁ祭りで振舞う相馬 一廣さん

 除草剤の普及によって重労働だった田の草取りからは解放されたものの、ドジョウやオタマジャクシが駆逐された生気のない無機的な水田でコメを作る慣行農法のあり方に疑問を感じていた相馬さんは、環境破壊を引き起こさずに食糧供給を行う手段として「有機農業」という言葉を我が国に広めた先駆者である一楽 照雄(1906-1994)が1971年(昭和46)に結成した「日本有機農業研究会」に知人の紹介で入会します。そこでは食糧生産に携わる生産者こそが消費者の意識を変える立場にあることや、両者が直接手を携える関係の上に成り立つ協同組合組織の可能性などが語られていました。会を通じて知り合った「生活クラブ連合会」から無農薬のバレイショ栽培を打診された相馬さんは、その巡り合せに自らの進むべき道を見出します。戦後の食糧難の時代を経て、生産効率を上げることが重んじられた当時、今でこそ環境保全型農業が普及する庄内地方でも、その言葉すら認識されていなかった有機農業に無農薬で取り組む生産者は存在していなかったといいます。

 30歳を迎えたばかりだった相馬さんは、一楽 照雄の勧めもあって処女地ゆえに土壌汚染を免れていた川代の開拓地 6haを借り受け、その実験農場(=パイロットファーム)を舞台に理想とする農と食のあり方を恵子夫人と共に模索しようと決意します。ところが入植地は砂礫や岩がゴロゴロする火山性の赤土で、加えて植物にとっての三大栄養素であるチッソ・リン酸・カリウムの含有量が検査の結果ゼロ!!という厳しいものでした。家畜の糞や稲藁・落ち葉・おが屑などの有機堆肥や米ぬかを発酵させたボカシ堆肥を使って土作りを文字通り一から始めなくてはなりませんでした。

patata_soma.jpg【photo】相馬さんの出発点となったのは、直径4cmほどのゴルフボール大の小さな男爵イモだった

 生活クラブの求めに応じて20トン分の収穫が見込める量の男爵イモと、痩せた土地でも栽培しやすいソバと少量の大豆も作付けしますが、そうたやすく荒れ地から収穫を得ることはできません。種芋を植え付けしながらも、「これは無収穫に終わるかもしれない」という思いがよぎったそうです。何とか発芽はしたもののバレイショには褐色の斑点が付く「そうか病」が発生、初年度に収穫できたのはピンポン玉程度の小さなもの10トン程度がやっとでした。通常40g以下のジャガイモは一般には流通しない規格外とされます。小さいながら試食してみた味には自信があったので、サンプルを送った生活クラブ側から、「美味しい男爵なので取り扱いましょう」との連絡が相馬さんのもとに入ります。「来年はどの程度作付けを増やして頂けますか?」という嬉しい問いかけにそれまでの苦労が報われた思いがしたそうです。以来、生活クラブとは30年以上の関係が続いています。仙台圏から石巻・一部宮城県南地域在住の方が利用できる「あいコープみやぎ」以外では、「大地を守る会」といった直販組織でも月山パイロットファームの食品を扱っています。

 相馬さんが一貫して追い求めてきたのは、「人間が口にするのに値する食べ物を、永続可能な方法で生産する」ことでした。収量効率を上げる化学肥料や農薬に依存せずに、土地の気候に合致した植物が本来持っている生命力を引き出し、連作障害を出さずに地力を上げるために、50品目にも及ぶ作物を手掛けてゆくなかで、およそ10年の歳月をかけて独自の輪作体系を編み出しました。簡単に説明すると、夏にナス科に属するバレイショや民田ナスの収穫を終えた畑では、秋冬野菜の赤カブやダイコン・青菜・カラシ菜などアブラナ科の作物を育てます。翌年は土中のリン酸の吸収効率を高める働きをする緑肥としてひまわりやイネ科の飼料作物であるソルゴーを、3年目は特産のだだちゃ豆や青大豆といったマメ科の植物を、4年目はユリ科のネギ・アサツキを、5年目はセリ科のニンジンを、6年目はイネ科の大麦・ビール麦を、という具合に異なる6科目の作物を育てることで、土壌消毒をせずに病害虫の発生を抑えるのです。

prodotti_soma.jpg【photo】月山パイロットファーム製の地方色豊かな漬物各種。左より民田ナスの辛子漬特別仕様、食用菊「もってのほか」甘酢漬、ハリハリ大根。いずれも素材の味を活かした自然な味付けがなされている

 栽培した作物を漬物に自家加工する施設では、防腐剤や着色料などの添加物を一切加えません。理想とする資源低投入型の生産手法を推し進めるため、従来から豚糞を加工した堆肥を仕入れていた㈱平田牧場の新田 嘉七社長と模索していた取り組みを4年前から実践しています。酒田と鶴岡にある平田牧場直営のとんかつ店【注】には、かねてより漬物を納めていました。その際、店から使用済みの廃植物油を安価に譲り受け、バイオディーゼル燃料(BDF)に転用して農機の動力に活用しているのです。一定量の確保と安定稼動が可能なBDF精製プラントの建設には350万ほどの投資が必要とされます。しかし月山パイロットファームでは、目と手が届く範囲の耕作に必要な最小限の量を確保するだけでいいのです。自宅敷地内の納屋でメタノールとアルカリ触媒となる水酸化カリウムを家庭用ミキサーで調合後、廃油に混ぜるという独自の加工法でBDFの精製に成功、トラクターなどの農機や農耕用小型トラックの燃料として使っています。植物油から精製したBDFは、植物が生育段階で大気中のCO2を固定するため、地球を取り巻くCO2総量に影響を与えないと見なされます。

pilotfarm-jyosou.jpg【photo】 夏の庄内特有の強い日差しのもと、トラクターでジャガイモの除草作業が続く

 8年前に跡を継いだ長男の大(はじめ)氏が法人としての月山パイロットファーム代表を引き継いだ現在でも、ほぼ目処がつきつつある独自の資源低投入型循環農法をより理想形に近付けるための挑戦は続いています。作物の収穫によって分け前を得た土の力を蘇えらせるため、単に堆肥を投入するのではなく、大気中の窒素を固定化させる機能がある大豆などマメ科の作物の作付けによって窒素系肥料の使用を抑えるといった、植物が本来持っている力を借りる農業を実践しているのです。一貫して反対の意思を明確に打ち出している遺伝子組み換え技術に頼ることなく、土に極力負担を与えずに永続的な収穫を得ること、次の世代のために地球資源を浪費せず、究極的には作物の種を撒くだけで収穫が持続できる術(すべ)を見出すことが自らの使命なのだと考えておいでです。アジア・アフリカ地域の農村開発従事者を留学生として招き、自立を目指す指導者として養成するNGO団体「アジア学院」の学生受け入れにも18年前から積極的に関わってきました。どこか飄々としながらも飾らないお人柄と遥かな地平を見据えたその姿勢にはいつも畏敬の念を禁じえません。

Tramonto_haguro_08_10_21.jpg 秋の日はつるべ落としの喩え通り、金峰山の稜線に赤く染まった太陽が沈みゆく光景に車を停めてしばし見とれました。旧羽黒町を縦断する庄内こばえちゃラインから眺める庄内の美しい田園風景には、いつも心が癒されます。週末のWa!わぁ祭りでお会いする際に買わせて頂く漬物の予約をしようと事務所を訪れた私をいつものように柔和な笑顔で迎えて下さったさった相馬さん。9月末に収穫した有機無農薬栽培のササニシキ新米5kgを「食べてみて」と持たせて下さいました。平田牧場の堆肥を10aにつき1t 投入、菜種油粕と魚粕を主原料とする有機アグレットという肥料を使用し、除草機と手作業で3度の草取りを実施して育てる相馬さんのササニシキ。かつては庄内地方で最も栽培が盛んだった宮城生まれのこの品種が最も美味しいコメだからと、周囲では後発の品種「はえぬき」がササニシキに取って代わってゆく中で、今も栽培を続けています。普段はササニシキを食べない我が家ですが、10aに200万匹の生息が確認されるイトミミズやカブトエビの幼生など、多彩な生態系の存在が確認されている相馬さんの田んぼで育ったササニシキは話が違います。圧力釜で炊いたツヤツヤしたご飯には、コシと粘りがあって甘さと香りもまた格別。宮城が生んだササニシキの実力を庄内産の米で見直すという、なんとも妙ちくりんな宮城県人なのでした。

riso_patata_soma.jpg  【photo】この日相馬さんに頂いた有機無農薬栽培したササニシキとバレイショ

 Alfa Brera のトランクにササニシキを積み込む私に「ちょっと転がしてみる?」と、還暦祝いで昨年手に入れた愛車Alfa 147 GTAのキーをちらつかせる相馬さん。迷わず誘い水に応じた私はまず助手席へ。農場前に伸びる直線道路で250馬力を発生する3.2 リッターDOHC4バルブV6エンジンの実力を体感させて頂きました。排気口からトンカツの香りがほのかに漂うBDFのトラクターで大地を耕すエコファーマーが一転、官能的な音を奏でながら強烈な加速Gを体感させてくれるギャップがまた愉快ではありませんか。相馬さんは旧藤島町の助役を務めておられた2003年(平成15)秋、有機農業を通したイタリア・マルケ州アンコーナ県にある町Arcevia アルチェヴィアsoma_prugatori@arcevia.jpgとの交流を図る目的でイタリアを訪れます。同町のオペラハウスで行われた有機農業の意義と可能性に関する報告会の席上、突如求められたスピーチを壇上で堂々とされたお姿が思い起こされます。両町の交流の橋渡しをしたアル・ケッチァーノ奥田シェフらと共にイタリアにご一緒し、伝統的バルサミコ酢と生ハムの加工現場見学のためにモデナとパルマを訪れた際、すぐ目と鼻の先にある車好きにとっての聖地、Maranello マラネロにあるフェラーリ本社工場とGalleria Ferrari フェラーリ博物館に行きたいと、しきりに仰っておられたのが相馬さんでした。日帰りで往復700kmを走破する超・強行スケジュールだったため、結局マラネロ行きは断念。非力なFIAT製ワゴン車のアクセルをベタ踏みし続けた私の右足が攣(つ)るという稀有な体験をさせて頂きました(^_^;)

【photo】シルヴィオ・プルガトーリ町長列席のもと、アルチェヴィア庁舎で行われた旧藤島町との友好都市協定の調印に凛々しい紋付袴姿で望んだ相馬さん

patata_del_casa.jpg

 去り際に「これも持って行って」と箱一杯に詰めたジャガイモまで相馬さんから頂いてしまいました。いやはや、もっけですぅ。その週末に仙台で催されるWa!わぁ祭りで、引き締まった身に甘辛い醤油タレの味が染み込んだジャガイモの煮っ転がしを頂くつもりでいました。これで自宅でもたっぷりと煮っ転がしを味わえます。作り手にとってはとりわけ思い入れが深いであろう小さな男爵には、その人が追い求めてきた飛び切り大きな食をめぐる夢がたっぷりと詰まっているのでした。

【photo】相馬さんから頂いた男爵で作った自家製の煮っ転がし

 そこから訪れようと思っていた目的地はまだ7箇所が残っていました。ラストスパートをかける前にロングドライブの疲れを取ろうと向かった先は、温まりの湯として抜群の泉質を誇る鶴岡市北端に位置する長沼温泉「ぽっぽの湯」です。150km以上離れた仙台で暮らすにもかかわらず、石油系の残り香が翌日まで持続する個性的な褐色のお湯がすっかり気に入ってしまい、地元以外では持つことが稀であろう入浴回数券すら持っています(笑)。いつものように体の芯まで温まったところで、平田赤ネギ調達のため、片道15kmは優に離れている酒田市飛鳥地区まで北上するにはちょっと遠いなぁ、と内心思いつつ、風呂上りに電話を掛けた平田赤ねぎ生産組合の組合長、後藤 博さんが居た場所とは・・・。


最後の ごっつぉだの もっけだの この展開はやっぱり「猿の惑星」シリーズだ...)
≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」後篇「最後のごっつぉだの もっけだの ~人の恵みに感謝。」へ続く

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<相馬家特製・ホクホクで香ばしい芋の煮っ転がし>

【材料】
(できれば月山パイロットファーム産の)男爵  適量

【調味料】
醤油 1.5 : みりん 1.5 : 砂糖1.5
酒 0.5
水 4

①ジャガイモを水洗いして熱湯で10分間下茹でする(無農薬なら皮は剥かずともOK)
②水分を飛ばした後で10分間油で揚げる
③水4に対して醤油・みりん・砂糖は1.5ずつ同量の割合で加え、酒少量(0.5相当)でコクを出す
④上記調味料を煮立たせてコトコト20分間イモを煮る
  →→→んめの~!

(有)月山パイロットファーム
  鶴岡市三和字堂地60
  TEL:0235-64-4791


【注】平田牧場では、地元と東京以外では初となる直営店を仙台市青葉区の複合ビル「仙台ファーストタワー」商業棟に出店を計画していることを先日明らかにした。これで仙台市民も、同社が日本の食料自給率向上のために取り組んでいる庄内産「こめ育ち豚」プロジェクトと、ブランドポークとして名高い「平牧三元豚」、トドメは「金華ハム」に使われる中国原産で異次元の肉質に昇華する「平牧金華豚」(→ホント旨いんだ、コレ)を通して、食の都・庄内の実力のほどと新たな魅力を知るはずである。ムフフフ・・・・

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2008/12/06

続・ごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」前篇 @佐久間ファーム

「ごっつぉだの」篇 より続き

 ぶどう狩りのノボリ旗を立て、一般客を受け入れるようになった今シーズンから、「佐久間ファーム」という名前が付きましたが、5年前から畑を見てきた私にとっては「佐久間さんのブドウ畑」と呼んだほうがしっくり来ます。鶴岡市西荒屋にお住まいの佐久間 良一さん・みつさんご夫妻は、三箇所に分散した合計50アールの畑でブドウを育てておいでです。左手に朝日山塊の最北端に位置する母狩山(ほかりさん)、前方の彼方に鳥海山を望むR112号西荒屋地区周辺では、ブドウ棚をよく目にします。佐久間さんのご自宅からすぐ近くにある河内神社には、そこがブドウと深い縁で結ばれた地であることを窺わせる1926年(大正15)8月に建てられた「葡萄圃復興之記碑」なる石碑があります。碑文には明治期に主力品種となった甲州種が、明治中期に導入された米国種の影響で病気が蔓延、ほぼ壊滅状態に陥るものの、大正期に関係者の努力で復興を遂げた経緯が記されています。
uva_koshu.JPG【photo】櫛引地区特産の甲州ブドウ

 庄内地方は、対馬海流の恩恵で比較的温暖な気候であること、良質で豊富な水と肥沃な土壌に恵まれていること、夏季の日照量が全国屈指であることなどが幸いして、平野部を中心に一大穀倉地帯となっています。その上、野菜類を中心に現在60品目以上の存在が確認されている中からごく一部を「『足もと』のこと」の中でご紹介してきた個性豊かな在来作物に加えて、庄内柿などの果樹栽培も盛んに行われています。その中には酒田刈屋地区のナシ、庄内砂丘のメロン、羽黒地区松ヶ岡のモモなど、すでに特産化されたものも少なくありません。特に鶴岡市櫛引地域では「フルーツタウン」と称されるほどに果樹類が数多く栽培されています。初夏のサクランボ【注1】に始まり、夏から秋にかけてはモモ・和ナシ・ブドウが。晩秋には洋ナシ・リンゴ・庄内柿など、季節ごと旬の果物で溢れます。一地域でこれだけ多くの種類の果樹が多品種に渡って栽培される例は全国でも稀だといいます。旬が異なる果樹をさまざまに栽培することは、病害虫による壊滅のリスクを避けるうえで、非常に理にかなったことでもあります。生物多様性はそんな意味からも有効なのですね。

hannkotanna.jpg【photo】 すわブドウ畑に覆面姿の果物泥棒登場かっ!? いえいえ違います(笑)。今年の5月末、庄内の伝統的な農作業服である「ハンコタンナ」姿でブドウの摘果作業にあたる佐久間みつさん。お顔は後ほど・・・

 櫛引地域で果樹栽培が盛んなのは、海に面した庄内でも山あいに近く、昼と夜で海から吹く風と山からの風が入れ替わることで大気が新鮮な状態に保たれ、寒暖の差が大きいため、果樹栽培に適したミクロクリマ(=局地気候)であることが要因として挙げられます。傾斜が急な山間地を流れる赤川上流域の大鳥川と梵字川が出合う旧朝日村落合から下流の西片屋・東荒屋・西荒屋など赤川左岸の一部地域は、もともと水田に不向きな保水性の悪い砂利が多い土壌でした。現在R112櫛引バイパスが通る一帯は、かつて毎年のように発生する赤川の氾濫によって上流から運ばれる砂礫が表土として堆積する荒れた土地だったのです。耕地への被害を伴う大規模な洪水は、近年になって以降も昭和15年・28年・44年・46年・62年に発生しています。洪水の影響を受けない川向かいの月山から延びる河岸段丘上段の黒川地区【注2】では、肥沃な土壌と良質な水を活かして安定したコメ作りが行われてきました。
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【photo】 収穫間近かとなったスチューベンと佐久間良一さん 

 このように豊饒の地・庄内にも地の利に恵まれない地域があったことを私に教えて下さったのは、西荒屋で農家民宿兼レストラン「知憩軒」を営む長南 光さんです。赤川の洪水に長い間悩まされてきた地域の人々が待ち焦がれた堤防や護岸の整備、放水路の拡幅、治水ダムの建設などがなされた後、1970年代に行われた圃場基盤整備と同時に地区の人々が参加して大規模な土壌改良事業が実行に移されます。その方法とは、砂礫が多い荒れた表土の上を養分豊富な山の腐葉土や微生物が多い赤土で覆うという一大プロジェクトでした。

 (ここからはぜひ中島みゆきの「地上の星」をBGMに、田口トモロヲのナレーションのような語り口でお読み下さい)・・・挑戦者たちは山から長いパイプを引き、川の水に山の土を混ぜた泥を作り出して田や畑に流し込む困難な事業に立ち向かった。山土を引いては、家畜の糞や稲藁を入れ、また山土を引くという過酷な仕事に皆が本気になって取り組んだ。1980年代に入る頃には、豊かな実りに恵まれる赤川右岸地域と遜色ない収量と作柄をコメや野菜で得られるようになった。10年にも及ぶ地道な取り組みに汗を流した人々は、皆手を取り合って収穫の喜びを分かち合い、感涙にむせんだ・・・(T-T)(フェードインで流れ始める「ヘッドライト・テールライト」のBGMと共に、もとい!

akiqueen_sig.sakuma.jpg【photo】 昨年の9月下旬、佐久間さんが丹精込めて育てたた安芸クイーン。収穫までおよそ半月を待つブドウに色が乗ってくるのはこれから

 大工を代々の家業としていた佐久間さんが、国の減反政策の強化もあって副業のコメ作りからの転作でブドウ栽培を始めたのが12年前のこと。さまざまな果樹が育つ西荒屋でも、ブドウは今も栽培が最も盛んな果物です。地区内のR112沿いにある産直あぐりを9月中旬から10月半ばにかけて訪れてみてください。大玉種を主力に所狭しと並ぶブドウの品種の多彩さに驚かれることでしょう。シーズン中に60品種以上のブドウを取り扱うという産直あぐりでは、店頭設置のPCで消毒回数などの栽培履歴がわかるトレーサビリティシステムを平成17年度から導入しています。店舗に隣接する加工場では組合員が栽培した果物のジュースやジャムも製造、86人の加盟生産者の多くが県からエコ・ファーマーの認定を受けています。佐久間さんもブドウをご主人の名であぐりに出荷しており、生産者の名前が記された安全で美味しいもぎたての果物や野菜類を安心して購入することができます。
sna.sakuma.jpg 【photo】 ブドウ畑に佇む小柄な佐久間みつさん。いつも笑顔が素敵な方です

 江戸時代中期の宝暦年間、甲斐(現在の山梨)から甲州ブドウが庄内藩にもたらされます。ところがブドウの房が垂れ下がるさまは、武家にとって「武道が下がる」からと19世紀初頭の文化年間に西荒屋地区の肝煎(=庄屋)であった佐久間九兵衛が苗木を貰い受けたのだとか。西荒屋は前述の通り、砂利交じりの土壌が広がるブドウ栽培に適した土地。村役人だった九兵衛は甲州ブドウの栽培を村民に奨励、以来長いブドウ栽培の歴史を刻む土地柄なのです。ゆえにブドウ作りに関しては一家言持つ栽培農家には事欠きません。ブドウ農家としては新参者だった佐久間さんは、農業改良普及員や周囲の助言に真摯に耳を傾けます。現在ブドウが育つ畑は水田からの転作だったため、暗渠排水によって乾田化を図り、粘土質の土壌改良は、元来樹勢が旺盛なブドウの剪定した枝や、防虫のために剥ぎ取る樹皮をチップや炭にして撒き、ブドウが好む排水性の良い土壌に改良したといいます。内陸部に比べて積雪量が比較的少ない庄内でも山あいに近いため、1m以上に及ぶ雪に覆われる冬を除いて、雨よけのビニールテントを上に掛けるものの、四方は防虫ネットで囲むだけで通気性を確保します。雨が多い日本では避けることが困難な消毒回数も慣行栽培の半分ほどに留めています。

uva_takao.jpg 【photo】 佐久間さんが育てる「高尾」。房の中から顔を出したままじっと動かないアオガエルが一匹

 8月中旬には収穫されるデラウエアとスチューベンといった収穫時期が早い米国原産のブドウに始まり、ワイン醸造用欧州品種のメルローとシャルドネ、9月に最盛期を迎える生食用大玉種の巨峰、高尾、ピオーネ、ハニーブラックなどの黒系品種、安芸クイーン、赤嶺、ゴルビー、信濃スマイルといった赤系品種、ピッテロ・ビアンコ、ゴールドフィンガーなどのイタリア原産種や白峰、ハニーシードレスといった白系品種まで、佐久間さんが栽培するブドウは現在20品種以上にのぼります。樹齢が上がってき近年では、ブドウの品質向上に確かな手ごたえを感じているご夫妻は、新品種の栽培にも意欲的です。みつさんが友人の女性グループと共に昨年イタリア北西部ピエモンテ州を訪問した折、滞在したアグリツーリズモ「Rupestr」のオーナー、ジョルジョ・チリオ氏の勧めがあった「Cortese コルテーゼ」種の栽培にも挑戦します。コルテーゼは、著名なDOCG白ワイン「Gavi ガーヴィ」の原料となるブドウ。ぜひ将来は作付けを増やして頂き、月山ワイン研究所に製造を委託する「Gavi di Shonai」でいつの日か乾杯しましょうね"( ^0^)Y*Y(^0^ )"。
uva_mokke.jpg【photo】 この日佐久間さんの畑で採らせて頂いたブドウの一部。上から時計回りにハニーシードレス、安芸クイーン、高尾

 10月も下旬に差し掛かり、前回お邪魔した9月下旬の大玉ブドウがたわわに実る畑とは一見して様相が変わっているのが分かります。「もう終わりが近いから、いい房が無いでしょう」と佐久間さん。「(商品にならない)小さな房はいくら採って食べてもいいから、良さそうなのを持って行って」と仰るので、いつものように色付きのよいブドウを見定めて味見しながら、これぞという房を剪定ハサミで採ってゆきます。先ほどアル・ケッチァーノで食べてきたドルチェ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」に使われていたハニーシードレスは、まだ粒にみずみずしい張りがあり、蜂蜜のような甘さも充分。5年前の夏、当時から佐久間さんと栽培契約を結んでいたアルケの奥田シェフに案内されたこの畑で味見したブドウの中でも、特に高貴さをたたえた甘味に魅せられたのが安芸クイーンでした。いずれ劣らぬ佐久間さんが育てるブドウでも私が最も好きな品種です。ここ数年、地球温暖化による高温障害で着色不良が見られるという安芸クイーン。この日収穫した高尾と同じく、旬の盛りを過ぎて果皮が幾分硬くなってはいるものの、枝から派生した孫枝に実を付けた"末成り(うらなり)"のブドウですら、甘さの乗りに全く不足はありません。しかし「もう出荷出来ないブドウだから」と、佐久間さんはハニーシードレスの代金しか受け取ろうとしません。「食べてもらえば、ブドウも喜ぶからね」とも。いやー、もっけです~。そんなブドウを慈(いつく)しむ作り手の素敵な気持ちも頂いて「じゃ、また来シーズン」と畑を後にしました。
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【photo】秋のスペチャリテ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ」

 次に向かったのは、佐久間さんの友人でもある長南 光さんのもとでした。昼食前、ヤマブドウ畑に立ち寄った進藤 亨さんの山に青ミズの実を採りに行くというアルケの土田料理長とそこで待ち合わせをしていたのです。知憩軒の玄関先に足を踏み入れた私に声を掛けてきたのは、主人の長南さんではなく、アルケの魅力を綴った「奇蹟のテーブル」の撮影でお世話になったカメラマン高橋 知政氏でした。山形在来作物研究会の監修で来春早々に発行を予定しているという、庄内の代表的な在来作物の調理法を紹介するレシピ本の取材で知憩軒においでだったようです。庄内地方の伝統野菜「ズイキ芋」を使った光さんとみゆきさん親子が作る和洋それぞれの料理の撮影がひと段落したところに、私がひょっこり登場した次第。取材に立会っておられた山形大学農学部の平 智教授ともども、チョコレートとクリームチーズがミックスされた「マーブルチーズケーキ」(200円)と有機栽培コーヒー(350円)をちゃっかりご馳走になってしまいました。これまたもっけですぅ~。もともと長南さんには昨年冬から産直あぐりの店頭に並ぶようになった知憩軒の美味しいアップルパイに関して取材申し入れをしようと思っていました。棚ボタで頂いたケーキとコーヒーのお礼はアップルパイのご紹介ということで手を打って頂けませんか...(;^_^A

2008.10.21monte_shindou.jpg【photo】進藤さんの山でミズの実を採るアル・ケッチァーノの土田料理長(右)

 間もなく現れた土田さんの車を何故か先導する形で(逆だろ、普通...)向かった進藤さんの山。土田さんに続いて杉林に足を踏み入れると、小豆のような実をつけた青ミズが一面に生えています。そこは「山菜の道」として奥田シェフがさまざまな雑誌などに紹介してきた場所です。初夏から秋にかけて、鬱蒼とした杉林の根元は青ミズのじゅうたんで覆いつくされます。初夏には鈴なりの天然木イチゴだって食べ放題。その山の豊かさには、ほとほと感心させられます。この日も10分もすると片手に持ちきれないほどの実が採れました。そこへ「ほぅ、採れたね」とミズの実に一瞥を投じながら真如海上人の末裔こと進藤亨さんが外出先から戻って来られました。ディナーの準備のため慌しく店に戻った土田料理長がいなくなった後も、気になる今年収穫したヤマブドウを使うバルサミコの仕込みのことや、現在熟成中のバルサミコの様子、更にはヤマブドウとカベルネソーヴィニヨンを掛け合わせた交配種「山ソーヴィニヨン」の生育状況などを伺い、「今度は木イチゴ好きの野生児私の娘のこと)を連れていらっしゃい」と仰る進藤さんとお別れしました。

 この後訪れる月山パイロットファーム、あねちゃの店、井上農場など、いつも飛び切りの食材をご提供いただいている先々と、期せずしてお会いした馴染みの方々から頂く「ごっつぉ」で溢れ返る「もっけだの」な展開の佳境は、また次回!!

◆ブドウ狩りに関する問合せは
 佐久間ファーム : TEL 0235‐57-3188 へ

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新・ごっつぉだの もっけだの
≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「もっけだの」中篇へ続く

         
なんだか映画「猿の惑星」シリーズみたいになってきた・・・(爆)


【注1】 互いに日本一のサクランボ産地であることを譲らない東根市と寒河江市。櫛引地域では見当たらないものの、山形内陸地域で散見されるサクランボのハウス栽培。寒中にも拘らず、重油を燃やしてハウスの中を初夏の陽気に暖めるだけでなく、CO2の排出によりハウスの外(⇒地球環境)も温暖化させている。求められる環境保全型農業に逆行するunsusteinable アンサステナブル(=持続不可能)な発想といい、燃料代+αを転嫁した1箱ウン万円というunbelievable アンビリーバボーな値段といい、あまり感心できる所作ではないのでは? 旬に食べる果物のほうが、自然の摂理に適っているし、かえって有難みを感じると思うのですが...。
 赤川に面した西片屋地区のサクランボは、昭和30年頃に発生した灰星病で全滅する被害を受けている。その痛手からおよそ10年を経た頃、数軒の農家が再びサクランボの栽培に取り組み現在に至っている。今では県内生産高の2%と収量こそ少ないものの、高い糖度と酸が調和したメリハリある味のサクランボが雨避けテントで覆った露地栽培で生産されている


【注2】 黒川地区は国の重要無形民俗文化財の指定を受ける「黒川能」の里として全国に知られる。地区の鎮守、春日神社では旧正月の毎年2月1日から2日にかけて、凍て付く夜を徹して氏子の住民たちが演じ手となる能や狂言が上演される「王祇祭」(おうぎさい)が蝋燭の明かりのもと古式ゆかしく奉納される。祭りに先立って1月下旬の土日には、特設の巨大囲炉裏で串刺しにした1万本もの豆腐を地区を挙げ昼夜通して炭火焼きする。その後、一旦凍らせた「凍み豆腐」が二番汁と呼ばれる味噌煮味や醤油ベースの味付けで観客に振舞われる。29日の降神祭、30日の酒くらべ、31日の掛餅かけなど、当日まで数々の神事・行事が行われ、王祇祭本番を迎える。凍み豆腐は「豆腐まつり」とも呼ばれる黒川能のもうひとつの顔ともいえる

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2008/11/09

ごっつぉだの もっけだの

≪地の恵みに癒された濃密な一日≫
「ごっつぉだの」篇

 土日の週末も催しが続き、月初から休み無しだった10月。仕事が生き甲斐というわけではありませんが、滅多に平日休むことはできません。"健全なる精神は健全なる身体に宿る" とは、ギリシア・ローマ時代から不変の真実です。昨今取り沙汰されるメンタルヘルスの見地からも、心身ともに充電をしたいところ。そこで英気を養おうと10月21日(火)に代休を取りました。いささかささくれ立ったココロの洗濯のために私が向かった先はどこか? 理想を言えばローマ・フィウミチーノ国際空港かミラノ・マルペンサ国際空港なのですが(笑)、現実にはそうもいきません。泰然自若とした仕事ぶりと誠実なお人柄にいつも元気を頂いている人々の顔が見たくなって向かった先は、お察しの通り、得がたい食を軸にしたご縁に恵まれた山形県庄内地方です。晴天に恵まれたその日の朝、alfa Breraで西北西に進路を取りました。

 私が仙台から庄内へ車で直接向かう際のルートはいくつかあります。最上峡に沿って道が伸びるR47は、さまざまに表情を変えてゆく最上川の流れを間近かに感じさせるコースです。名水スポットが多く点在する鳥海山一帯や、舟下りの船頭が名調子を聞かせる「 ヨーエ サノ マッガショ エンヤ コラマーガセ...」の掛け声で始まる最上川舟歌(→もじゃもじゃの髭面にすると、今は亡きルチアーノ・パバロッティに一層風貌が似るであろう〈←ぜひリンク先HPをご覧あれ〉山形が生んだ民謡界のスーパースター、大塚 文雄のキング・オブ・ハイC な美声をご堪能あれ)2008.10.21jyuuoutouge.jpgにある通り、「 酒田さ行(え)ぐさげ...」(=「酒田に行くので」)北寄りを進む道筋です。先を急ぐ時は月山ICまで山形自動車道を使いますが、いかんせん片側一車線の対面区間が多く、血の気が多いラテン系ドライバーが跋扈するイタリアの有料道路ではまずあり得ない制限速度が80~70kmに設定されたドライブルートは、若干味気ないことも否めません。その点、山形道とは寒河江川を挟んで川向いを進む旧「六十里越街道」の脇街道にあたる下道には、上道だった現在のR112とは異なる落ち着いた古道の面影と鄙びた田園風景が残っており、捨てがたい魅力があります。鬱積した俗世の汚れを晴らそうと、かなりナマグサな行者であろう私がこの日選んだのは、お山(湯殿山)詣での人々が行き交った街道の門前宿坊だった西川町本道寺の集落へと至る道でした。

【photo】 かつては閻魔大王などの十王を祀るお堂が建っていた十王峠。現在は静まり返った峠の往時を偲ばせるのは、越冬のため間もなく藁の雪囲いで覆われる三体の石仏のみ。誰が着せたのか赤い毛糸の胴衣が心を和ませる

 今年はこれまでのところ台風の上陸が無かったため、広葉樹の葉が傷んでおらず、紅葉が10年に一度の美しさだと聞いていました。その通り、ここ数年では最も鮮やかであろう朱に染まったR48 作並周辺のナナカマドやカエデを愛でながら、関山峠から山形内陸を抜けて月山山麓へと向かいました。月山道路周辺に広がるブナの原生林は、すでに黄から茶色に変化して晩秋の佇まいを見せています。標高が高い月山第一トンネル付近の木々は、もはや葉を落として冬に備えていました。R112 田麦俣トンネルの先をいつものように「道の駅・月山」方向に直進せず、大網地区方向へ向かって右折すると、古(いにしえ)より山岳信仰の道として使われた六十里越街道の庄内と内陸との境界だった十王峠へと至ります。
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【photo】 「浄心」と刻まれた岩をくり抜いた水盆に滾々(こんこん)と湧き出す「三鈷水」。手を清め口に含むと、不思議と心が浄化されたような気がした

 湯殿山への表口の役割を担った「注連寺」は、聖と俗を隔てる結界を意味する七五三掛(しめかけ)集落にひっそりと建つ寺です。弘法大師が開山したという霊気漂う古刹の境内には、湧き水の「三鈷水(さんこすい)」が引かれています。私が寄り道をした理由は、災難を払って煩悩を断ち切る密教の法具「三鈷杵(さんこしょ)」で山腹を突いた弘法大師が掘り当てたというこの清水でした。この日は昼食の予約時間が迫っていたので堂内に参詣こそしませんでしたが、注連寺には1829年(文政12)に入定した鉄門海上人の即身仏が安置されています。1951年(昭和26)夏から翌春にかけて執筆のため寺に滞留した作家 森 敦が、第70 回芥川賞を受賞した小説「月山」の舞台としたことでも知られます。三鈷水は清々しい気が横溢する霊場の手水になっています。こんこんと湧き出でる凛とした水を口に含み、内より身を清めてから寺を後にしました。

2003.10malpighi_monica.jpg【photo】 代々受け継がれてきた熟成樽を前に伝統的バルサミコの製法を説明するMalpighi社のモニカ・リーギさん

 吹き抜ける風が木々の葉をざわざわと揺らす以外、十王峠は静寂が支配していました。背後には死者が集う山とされ、精神世界の象徴ともいえる月の山。前方には豊かな実りをもたらしてくれる人々が現世を営む庄内平野が広がっています。そんな聖と俗、陰と陽の狭間にしばし身を置いてから再び結界を越えて向かったのは、鶴岡市越中山(えっちゅうやま)の進藤 亨さんのもとです。実はこの方、天明の大飢饉で苦しむ衆生の救済を願って大網の大日坊で即身成仏を果たした真如海上人の子孫にあたるのだとか。ご本人はその時お留守でしたが、進藤さんは現在「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ・ディ・ショーナイ」造りに取り組んでいます。イタリア食材にお詳しい方ならご存知であろう高級バルサミコ「Aceto Balsamico Tradizionale di Modena (=モデナ産伝統的バルサミコ酢)」、あるいは「Aceto Balsamico Tradizionale di Reggio Emilia」 (=レッジョ・エミリア産伝統的バルサミコ酢)ならぬ、「ショーナイ産伝統的バルサミコ酢」とは何ぞや?? 本場と同じ12年以上の歳月をかけてバルサミコを木樽で熟成させるという、日本では他に例を見ないこの意表を突いた試みの仕掛け人は、アル・ケッチァーノの奥田シェフです。

2003.10AcetaiaMalpighi.jpg【photo】 バルサミコが眠りにつく屋根裏にある熟成庫で。(写真左より)青柳 孝フロアマネージャー(当時)、相馬一宏藤島町助役(当時)、筆者、青柳夫人 佳子さん、奥田夫人 みつよさん、奥田 政行シェフ

 事の発端は、イタリア中部エミリア・ロマーニャ州Modena モデナの伝統的バルサミコ酢製造元 Maplighi マルピーギ社を私の運転で訪れた2003年(平成15)10月に遡ります。奥田シェフ夫妻、青柳フロアマネージャー(当時)夫妻、相馬藤島町助役(当時)と「Acetaia アチェタイア」と呼ばれる醸造施設の2階にある熟成庫を見学した後、12年以上・25年以上・50年以上と熟成期間の異なるアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレをテイスティングしました。多くの貴顕に愛され、単に「酢」と呼ぶには余りに恐れ多いこの地のバルサミコは、古くは1046年に書かれた文献に登場します。1987年以降は、DOC(原産地呼称規制)で製法が規定され、モデナ県とレッジョ・エミリア県両地域の生産者協会が定めた厳格な審査をパスしたものだけが、製品化されます。申請品の1/3の割合でしか審査を通過しないといわれるモデナの協会では、高度な鑑定技能を備えた上級審査官「Maestri Assaggiatori マエストリ・アッサジャートリ」5人全てを納得させなくてはなりません。

malpighi50anni.jpg【photo】 Malpighiで買い求めた「Extra Vecchio ストラヴェッキオ」。幾世紀に渡って使われてきたサクラ材の樽で50年以上の熟成を経た逸品。パルミジャーノ・レッジャーノのブロックに少量垂らしてヴィーノと、食後のジェラートと、あるいは陶製のスプーンに垂らしてそのままでも至福の時を味わえる

 名門エステ公爵領だったモデナとレッジョ・エミリア周辺の指定地域で収穫されたTrebbiano トレッビアーノ種やLambursco ランブルスコ種などのブドウ果汁をアルコール発酵させずに直火で煮詰めて冷却後、樽の中で酢酸発酵させた黒い液体は、熟成期間が長くなるにつれて高い粘性を帯びてきます。すでに製品化されたワインにワインヴィネガーとカラメルを加えた量産型の「Aceto Balsamico di Modena」とは比較にならない重層的な酸味と甘味が複雑に絡み合う深遠なる味わいは、まさに時と人間の共同作業がなせる味の芸術品。100mℓ入りの1瓶が日本では5万円もの高値で売られる希少な50年熟成のバルサミコが、155エウロ(⇒当時の為替レートでおよそ20,000円)だというので、私が1瓶を自家用に、奥田シェフは2瓶を店用に買い求めました。

2008.10.21shindo_yamauva.jpg【photo】 棚式に比べて果実が陽射しや地表の輻射熱を受けやすく、ブドウが健全に育つ仕立て法である「グイヨ方式」で栽培される進藤さんのヤマブドウ

 甘酸っぱいアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレの風味をヤマブドウと重ねた奥田シェフは、本場の製法に倣ってヤマブドウを原料とする伝統的バルサミコ酢を庄内で造ってみようという遠大な計画をヴィンコットに加工するヤマブドウを店に納めていた進藤さんに持ちかけます。このヴィンコット、2003年5月に私が初めて夜に訪れたアルケであまりの旨さに悶絶した思い出深い一品、「米沢牛のタリアータ・朝日村の山ブドウヴィンコットソース風味」に使われていたものです。進藤さんはご本家ともどもかねてより旧朝日村の越中山でヤマブドウを栽培、月山一帯に自生するこの在来種100%のワイン誕生に情熱を燃やしていました。現在では「道の駅・月山」に併設される「月山ワイン山ぶどう研究所」が地元産山ぶどう100%のワインを造っています。

 Malpighi でもそうでしたが、モデナでは熟成度合いによって、オーク・クリ・サクラ・クワ・タモ・ニセアカシアなど材質の異なる樽に順次移し変えてゆきます。熟成庫は外気にさらした屋根裏部屋aceto2003.jpgなどに造られるため、次第に蒸発し凝縮してゆきます。最初の250ℓ容量の樽は徐々にサイズが小さくなってゆき、50年ものが眠る樽に至っては、せいぜい3ℓほどが入るサクラ材の樽でした。かたや進藤・奥田コンビは、製法に関する資料提供を私に依頼、収穫したヤマブドウを圧搾して煮詰めたヴィンコットを、15ℓサイズのボージョレ・ヌーボーの木樽(!!)で熟成させるという大胆な(?)製法で、本場モデナに果敢に挑んでいます。左写真に写っている初年度のものは保存環境が合わずに失敗したものの、二年目以降の仕込み樽は今も12年の眠りに着いています。前代未聞の「国産伝統的バルサミコ酢」造り。果てさて、どうなりますことやら...。

 こうして回り道をした挙句、13 時過ぎに「アル・ケッチァーノ(以下「アルケ」と略)」に駆け込みました。アルケで平日のランチを頂くことは、仙台で働く今では叶わぬ夢です。前任の急逝で突如決まった山形営業所の立ち上げに奔走する中でアルケと出合った2003年5月以降、仙台に戻されるまでの11ヶ月間、ビッシリと書き込まれた黒板メニューをあらかた食べ尽くしました。最近1/2サイズの一枚が加わって、3.5枚に増えた黒板を熟読していると、土田料理長が登場しました。手にしたボウルの中では、しきりに川ガニが這いずり回っています。モクズガニは良い出汁が出るので、リゾットに調理してくれるよう所望。新蕎麦を使った手打ちパスタ「ピッツォッケリ」のほかは、お任せにしました。

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 ほどなくオリーブオイルと粗塩風味の「天然松茸と天然白舞茸のオーブングリル」(上写真左)が運ばれてきました。今を盛りの秋を深山の香りで実感させてくれるシンプルな山の恵みのアンティパストです。直火で炙った薫り高い希少な天然キノコの味付け用に添えられたオーガニックなオイルは、優しく柔らかなタイプ。塩は、豊かな森林に覆われた中国南部福建省の台湾海峡で、森の養分を含んだ汽水が流れ込む浅瀬で作られたまろやかさが特徴の粗塩。

 二品目は「井上農場のスーパー小松菜と網焼きマナガツオのほのかなガーリックオイル風味」(上写真右)。寒さが厳しくなるこれからの季節が最高に美味しくなる井上さんご夫妻が育てる小松菜。口いっぱいに瑞々しい月山の水が弾けるオーガニックな朝採り小松菜のソテーは、網火を通したマナガツオとは鉄分つながりの好相性を発揮します。そこにオイルがつなぎ役として更なる一体感を演出していました。

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 隠し味の白ワインとアサリの出汁であっさり軽めの味付けがなされたプリモピアット一皿目は、「まるごと川ガニのはえぬきリゾット」(上写真)。今だから本音を言えば、店が混乱の極みにあったひと頃、概して味付けが濃くなった時期がありました。厨房現場の疲労からか、塩やニンニクをきかせたフツーにありがちなイタリアンに成り果てていたのです。この日の土田さんの料理は、どれも素材に対して我を押し通さない師匠譲りの薄味で好感が持てました。先ほどまでワサワサと動いていた川ガニは、さっと素揚げしてあるようです。そうして閉じ込めた旨みたっぷりなミソや爪に詰まった身を食べ尽くそうと、じっくり時間をかけ手づかみで挑みました。"ええぃ、刃物当然ナイフ&フォークを意味するつもり)は使わねぇぜい、素手でかかって来い!?" 

 余談ですが、藤沢 周平の原作を山田 洋次監督が映画化した「隠し剣 鬼の爪」では、永瀬 正敏演じる片桐 宗蔵が、謀反人の汚名を着せられた海坂藩きっての一刀流の達人、狭間 弥市郎(小澤 征悦)を討つよう藩命を受けます。藩命とあれば致し方なしと、私情を捨てて旧友との決闘に臨むものの、家老の堀 将監(緒形 拳)が、戦場刀の胴太貫一本で片桐に挑んだ狭間を、鉄砲で討ったことに激しい憤りを覚える場面が登場します。それが小説の舞台となった海坂藩のモデルとされる庄内人気質です。庄内系を自負する以上、「隠し剣 鬼の爪」ならぬ「隠し味 蟹の爪」には素手で尋常に勝負を挑んだ次第。 エ?c(゚.゚*) そんなつまらないギャグはさておき、私の胃に収まるため、命を全うした川ガニ君(⇒オスでした)に対するそれが礼儀でもありました。もって瞑すべし...

2008.10.21alche_pizoccheri.jpg 2008.10.21alche_cingiale.jpg
 高校時代から蕎麦屋巡りを始めて、山形内陸のそば切りにはすでに倦み飽きている私ですが、北イタリアの山岳地帯で栽培される蕎麦を平たいショートパスタに仕上げる Pizzoccheri (ピッツォッケリ)なら話は別です。この秋の初物となる新そばのプリモ2皿目は、契約生産者である「今野惠子さんの畑から朝採りしたホウレンソウをソテーして軽いアーリオ・オーリオ風味に仕上げたピッツォッケリ」(上写真左)。同じ山形県でも食材の幅が限られる内陸地方では、大同小異の「板そば」などのそば切りとなるところが、食の都・庄内のショールームのようなアルケでは、こうして旧朝日村産の地蕎麦粉を使ったそばも一風変わった姿で登場してきます。香り高い新蕎麦のピッツォッケリの陰には、香ばしく炒めた蕎麦の実が隠れていました。

 メインとなるセコンドピアット(上写真右)には、ソテーした天然アケビに津軽・鯵ヶ沢の岩木山麓で育った脂身が美味しいイノシシがラグー風に絡めてあります。付け合せは、惠子さんの畑で土田さんが朝採りして来るニンジンとキャベツに加えて、在来野菜の温海カブが強めに天火グリルされたもの。湯殿山近くの山中から土田さんが採ってきたというアケビのほろ苦さと、野菜本来の味と香りを加熱して際立たせた甘味、噛み締めると滲み出てくるイノシシの肉汁の旨みが三位一体となって木霊(こだま)しあいます。視覚と嗅覚も動員して野趣溢れる秋の恵みを味わったところで、お腹具合はおおよそ八分目に。約束の時間が迫っている次なる目的地へ向かわなくてはならなかったので、「まだ食べられますか?」との土田料理長の問いに、そろそろドルチェにしてくれるようお願いしました。

2008.10.21alche_dolchi.jpg 高級ブドウ品種の「高尾」と「甲斐乙女」、庄内柿、羽黒で育つヤギのミルクのジェラートが付け合わされたドルチェ「Uva Ciocco ウヴァ・チョコ(右写真)には、秋深しを実感させる赤く色付いた葉を付けた天然のヤマブドウが飾られていました。聞けばアケビ同様に土田さんが湯殿山から採ってきたのだといいます。ならばと一粒つまんでみましたが、脳天まで突き抜ける鋭角的な酸味に口がシビれるほど。進藤さんが栽培するヤマブドウも、十分に熟すと強い酸味に加えて甘味が乗ってきます。するとそれまではヤマブドウに見向きもしなかった野生のクマが畑を荒らしにやって来るのだそう。そりゃクマだって冬眠を控えて強壮効果が高いだけではなく美味しいヤマブドウが食べたいですよね。

 ヤマブドウの鋭い酸味で麻痺した味覚を呼び戻し、トロけさせてくれたのは「フルーツタウン」と呼ばれたかつての櫛引町R112沿いにある「産直あぐり」に減農薬栽培したブドウを出荷している佐久間ファームの糖度が高い白ブドウ品種「ハニーシードレス」でした。軽やかな甘味の生クリームとチョコスポンジに挟まった甘~い完熟ブドウは、その名の通り蜂蜜のような甘味が特徴です。ここ数シーズン頂いている秋の定番スペチャリテとエスプレッソ・ドッピオで、ひさびさに平日の昼からアルケで頂く「ごっつぉ」(=庄内弁で「ご馳走」の意)を締めました。

uvisakuma2007.jpg【photo】 昨年の9月23日(日)、佐久間さんの畑で採らせて頂いたブドウたち。奥から手前へ順に、小粒の黒ブドウ「メルロー」、同じく白ブドウ「ハニーシードレス」、大玉赤ブドウの「赤嶺」、「甲斐乙女」、細長い白ブドウ「ゴールドフィンガー」。3箇所に分散した畑で育つ20品種以上のブドウは、地域慣行の半分ほどの消毒回数で栽培される。

 店を出た私が向かったのは、ドルチェで食べたばかりのハニーシードレスを鶴岡市西荒屋で栽培する佐久間良一・みつご夫妻のブドウ畑でした。私にとってアルケの醍醐味は、こうして料理の背景がすぐ近くにあり、旬の素晴らしい素材をもたらしてくれる生産現場に直に触れられること。食の都・庄内においても、飛び切りの食材が揃うアルケを通して得た生産者とのご縁は、人間にとっていかなる時代も普遍的な価値を持つ「食」を媒介とした尊いものです。

 そこからは豊かな実りの秋を実感する「ごっつぉ」(=庄内弁で「おいしい食べ物・ごちそう」の意)調達となるはずが、日頃お付き合い頂いている生産者の皆さんからの頂き物で溢れかえる「もっけだの」(=庄内弁で「(申し訳ないのニュアンスを込めた)ありがとう」の意)な展開が待ち受けていたのです。 

地の恵みに癒された濃密な一日
「もっけだの」篇 へ続く
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2008/09/28

結束を再確認

生産者の会、ふたたび。
@ il.ché-cciano

 昨年7月の「il.ché-cciano イル・ケッチァーノ」開店直後に行われた「生産者の会」が、今日9月28日(日)、再び行われました。この日は平年より11日、昨年と比べて15日も早く初冠雪を観測したという鳥海山が、八合目付近まで白い雪に覆われているのが遠望できました。もう山には冬の気配がひたひたと近付いている一方、すっかり黄金色に染まった庄内平野では、あちこちで稲刈りの真っ最中。深まる秋を実感させる爽やかな乾いた風に乗って、心地よい稲藁の香りが運ばれてきます。あ、実りの季節だな。この夜、鶴岡 al.ché-cciano と il.ché-cciano を支える庄内一円から集った生産者の数はおよそ40名ほど。「食の都・庄内」たるゆえんの多種多彩な農産物を手掛ける生産者の皆さんが、一年で最も忙しい農繁期にもかかわらず何を置いても一同に集ったのには理由があります。
20080928ilche1.jpg【photo】 生産者と料理人、小売店や食品加工業などの納入業者、研究者、間接的に恩恵に与る観光関連業者などが、食を軸とした稀有なコミュニティを形づくるアル・ケッチァーノの人脈。 本人の再三の固辞にもかかわらず、県から請われて決断したしばしの銀座進出に関する経緯をこの夜集った人々に報告する奥田シェフ

 地元の各メディアはもちろん、河北新報紙上【→会員登録(無料)の上、閲覧可能】でも報道されたとおり、先月まで東京港区虎ノ門にあった山形県のアンテナショップが来年3月、銀座に移転オープンするのにあわせ、その目玉として開店する県産食材を使ったレストランの運営を委託されたのが、「アル・ケッチァーノ」(以下、「アルケ」というファンお馴染みの共通語に略)のオーナーシェフ、奥田 政行氏です。2000年3月のアルケ開店以来、地道な相互扶助の関係作りを通して生産者や研究者、行政などからなるネットワークを築いてきました。そうして生まれた地元・庄内の食材を活かした数々の創作料理で、今では評判を聞き付けた人々が全国から訪れているのは周知の通り。事業案の選定に当たっては、公募という形を採ったものの、最終的な採択には「彼をおいて他にはあり得ない」という県の意向が強く働いたようです。県の行政の長は、対外的なアピールに欠かせないコンテンツとして、奥田シェフの抜群の知名度を放っておかなかったのでしょう。

 県のアンテナショップという性格上、庄内産のみならず、内陸産の米沢牛や蕎麦、ラ・フランスなど山形一円の食材を使った料理を提供することが求められるはずです。京阪や仙台などのプロの料理人に庄内産の食材を紹介し、彼らがその価値を認め、彼らの店で提供してもらい、一般の人々に認知を広めて販路拡大を図る「食の都庄内」事業で、奥田シェフは初年度の2004年からか親善大使を務めてきました。生産者を前にした挨拶の中で、有名店がひしめく銀座でも同様の活動を繰り広げたいという意欲と、レストランの監修と食材の販路を広げる目処が立った時点で地元に戻りたいという本人の意向が語られました。

 地元の顔として八面六臂の活躍をしてきたスタープレーヤーが、行政の意向で活動の場を東京に移すことが明らかになった以上、現在アルケの厨房を取り仕切るシェフの右腕、土田 学 料理長がシェフとして看板を引き継ぐことになります。その間留守宅を守るのは、今宵集まった生産者と地元に残る店のスタッフに他なりません。2003年5月、偶然店に立ち寄って以来、5年に渡って変幻自在で繊細極まりない奥田シェフの味に魅了された一人として、土田料理長には更なる奮起と一層の研鑽を望むところです。先月、およそ2年ぶりに(⇒負の影響が大きかった「情熱大陸」放映以前ということです)私を感動させる料理を出してくれたのは、il.ché-cciano をマンツーマンの貸切状態でお任せコースを出してくれた奥田シェフでした。
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【photo】 この夜の模様を収録するテレビ朝日系「素敵な宇宙船 地球号」の撮影クルー(写真右奥)

 シェフに対する餞(はなむけ)の言葉は、これまた庄内のスター生産者の皆さんが代わるがわるマイクを握りました。まもなく出回るまったりとした口どけが絶品のズイキ芋を植酸農法で水耕栽培する坪池 兵一さん、そろそろ本来の味が乗ってくる平田赤ねぎの後藤 博さん、樹熟トマトやスーパー小松菜の生産者 井上 馨さん、絶滅寸前だった藤沢カブを復活させた後藤 勝利さん、特有のクセが全くない肉質に仕上げるサフォーク羊で知られる綿羊飼養家・丸山 光平さんと、そのラム肉や山伏豚を扱う精肉店クックミートマルヤマのご主人・丸山 完さん、シェフの知恵袋役でもある山形大学農学部の江頭 宏昌准教授、魚介用のVino della Casa(=ハウスワイン)ともいうべき、アルケの水「イイデヴァの泉」で仕込んだ酒、「水酒蘭(みしゅらん)」を造る蔵元で、ご意見番としても頼れる存在、鯉川酒造の佐藤 一良社長などなど。
 この日出された料理には、ここに集った生産者が丹精込めた食材の数々が使われていたことは申し上げるまでもありません。

 遠来の友人としてスピーチを求められた私が、皆さんにお伝えしたのは、奥田シェフが不在となる来春以降も今まで通り店を支えてほしいこと、生産者や店を取り巻くさまざまな人々の関係性の上に成り立っている類い稀なこの店の良さを大切にしてほしいことでした。必ずしも生産者の皆さんは今回の決定を心の底から祝福しているのではないことは、どこか淋しげな皆さんの表情を見ていれば伝わってきました。だからこそ、地元では反対意見が渦巻く中で苦渋の決断をした奥田シェフと彼の家族、地元に残る店のスタッフをそこに集った人たちが今まで通りに応援しなくてはならないからです。私の訴えと同様の呼びかけをした鯉川酒造の佐藤社長にも賛同の拍手が巻き起こりました。

 そもそも、庄内の風土や生産者の顔を知らない東京の都市生活者が、そこでこそ光り輝くアルケの真価を見抜く慧眼を果たして持ち合わせているのか私には判りません。ましてや今回のシナリオを描いた県の思惑が、いかなる結果をもたらすのかも判りません。いずれにせよ「食の都・庄内」と言い始めた張本人が公務で地元を不在となる間、期待を胸に全国から集う人々をして、評判に違(たが)わぬ食の都だと舌を巻かせるか否か、真価を問われるのはこれからです。この夜の私にとっての収穫は、改めてそこに集った人々を結びつける絆の強さを再認識したこと。この日の模様は、取材スタッフが来ていたテレビ朝日系列で毎週日曜日午後11時から全国放送される「素敵な宇宙船地球号」で11月第一週に放映されるようです。Check it out!

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2008/09/06

瓢箪(ひょうたん)から沖田ナス

置賜の沖田さんのナスは庄内・沖田で沖田ナスとなった

 何故かナスに関する"あるもん探し"が多かった今年の夏。民田ナス萬吉ナスと続いた庄内在来丸ナス3部作(?)の最後は「沖田(おきた)ナス」の登場です。紛らわしいタイトルを付けてしまいましたが、瓢箪からナスが生る奇跡の突然変異がおきたナスの話ではありません(笑)。ややこしい副題の意味は、やがてお解かりいただけますので、しばしお付き合いのほど。

chikeiken_natsu_asa.jpg【photo】フウセンカズラが夏の陽射しを和らげる。喧騒と隔絶された「知憩軒」の朝

 イタリア人と結婚したペルージャで暮らす友人のお祝い食事会が催され、鶴岡市西荒屋の農家民宿兼レストラン知憩軒で一泊した翌7月21日。海の日にふさわしいギラギラとした真夏の太陽が顔を出し、早々に目が覚めました。柔らかな肌触りで全身を優しく包み込んでくれる名湯で朝風呂を浴びようと、朝一番で湯田川温泉に向かいました。いつにない早朝に訪問した馴染みの庄イタに、いつもの柔和な笑顔で「ウチで朝ごはんを食べていったら」と声を掛けて下さったのは、旅館「ますや」の大女将・忠鉢泰子さん。

 なれど知憩軒では朝食の準備ができているはず。せっかくの女将のご好意でしたが、後ろ髪を引かれながら、ますやを辞去したのでした。そうして頂いたのが、知憩軒の朝採り野菜中心の朝ごはん。それは、あわただしい日々を送る中で蓄積する体内毒素をさらりと洗い流してくれます。フウセンカズラが這う窓からは、風鈴の音と共にすがすがしい朝の新鮮な風がすだれ越しに入ってきます。いつも"足るを知るとはかくありなん"と教えてくれる朝食。

chikeiken_asagohan.jpg 大女将の長南光(みつ)さんと話をしていると、いつしか心まで満たされてゆきます。まだ8時過ぎだというのに、蝉たちはフォルテシモで鳴いています。ふぅー、今日も暑くなりそうだ。モバイルでチェックしたその日の仙台の天気は、最高気温22℃の曇り。どんよりと薄ら寒い仙台に急いで帰る気など毛頭ありませんでした。

【photo】 自家製の梅干、ばんけ(フキノトウ)味噌、青紫蘇の味噌汁...。ほとんどが自家製の素材を使った知憩軒の朝食。薄味の出汁加減が上品なナスの煮浸し、生姜醤油の風味が心地よいサヤインゲンのおひたし、月山筍とシイタケ・厚揚げの煮物、丸ナスとキュウリの浅漬、コシヒカリのおにぎりを鮮やかな手つきで握るのは娘のみゆきさん。「うちでは伝統的な庄内の田舎料理を出しているだけ」と謙遜する長南さんだが、洗練された味付けはいずれもハイレベル(上写真)

okita_keiko.jpg【photo】鶴岡市羽黒町狩谷野目の今野恵子さんが有機無農薬で栽培する「沖田ナス」。ご子息が沖田地区の知り合いから譲られた沖田ナスの苗を自家採種しているので、沖田ナスを名乗ることができる。ほかにも先に取り上げた「民田ナス」や「萬吉ナス」、置賜地方がルーツの「薄皮丸小ナス」「梵天丸ナス」など個性派揃い


 真夏の庄内グリーンツーリズムを満喫し、かつて一緒にイタリアに行った三浦琢也さんが鶴岡市馬場町で営むナポリピッツアの店「Gozaya」でマルゲリータを注文しました。香ばしい薪の香りが漂うカウンターでアツアツの一枚を平らげ、エスプレッソを引っ掛けてから、そろそろ引き上げようかと店を出たのが13時30分過ぎ。山形自動車道・庄内あさひICの手前で高速の道路状況を確認するためにカーナビのVICS画面に目をやりました。そこには「沖田」という地名が表示されています。詳細に地名表示をするようにカーナビの設定を変えるまでは、気付かずにいましたが、そこはいつも通りかかる場所でした。

 庄内の深遠なる魅力に開眼した2003年(平成15)、沖田ナスという丸ナスの存在を初めて知ったのは、鶴岡市羽黒町の産直「あねちゃの店」でのこと。「沖田ナスは朝日村で採れるナスなのよ」と、佐藤典子店長から聞いていたので、「ここが沖田ナスの産地だな」と、ピンときました。仙台へ直行しようとしていた予定は急遽変更、少し集落の中を歩いてみました。そこの地名は鶴岡市東岩本字沖田。畑でそれらしき少しひしゃげた巾着状の丸ナスを栽培しているokita1.jpgお宅を見かけたので、畑の持ち主と思しきお宅を訪ねましたが、残念ながら留守の様子。隣のお宅のご主人に伺うと、「すぐ近くに沖田ナスの生みの親の小野寺さんが住んでいるから訪ねてみたら」と教えてくれました。

【photo】 同じ丸ナスでも、沖田ナスは民田ナスよりも幾分丈が大きい。8月の最盛期には、うっかり見逃すと一晩で巨大化してしまう(右写真)

onodera_masakazu.jpg【photo】引きの強さが奏功し、庄内地方に沖田ナスを広めた小野寺政和さんとご対面(左写真)

 目指す目印は、小野寺さんが沖田ナスを初めて育てた手掛けたというビニールハウス。それと思しきハウスすぐに見つかりましたが、中を覗くと肥料袋に仮植えした普通の形状をしたナスの苗が10本ほど。「ん?ここでいいのかな」と半信半疑のまま、隣接する小野寺姓のお宅を訪ねると、荷台に農業用水タンクを載せた軽トラックが停まっています。敷地の奥からちょうど出てきた丸顔の男性は、なんとも沖田ナスにウリふたつ(まったくもって失礼ながら、そう思ってしまったのデス...m(。_。;))m)。  

「あの~ぅ、小野寺 太(ふとし)さんのお宅はこちらでしょうか?」
  軽トラに乗り込もうとする丸顔の男性に尋ねました。
「おぉ、そうだよ。今、太は留守にしているけどね」
 よく日焼けしたその方は、先ほどの隣家のご主人に教えて頂いた太さんのお父様、政和さんなのでした。
「突然で申し訳ありませんが、沖田ナスについてちょっと調べておりまして...」

onodera_mitsuko.jpg かくなる上は、名刺を差し出して氏素性を明かした上で、これ幸いと突撃インタビューの開始です。

「今から畑に行ってナスの水やりに行くんだ」と応じた政和さん。

 小野寺さんは一旦仕事の手を休めて陽射しを避けるように私を軒下へといざないます。時計を見るとちょうど14時。まだ日盛りの太陽がジリジリと照りつけています。小野寺さんは私と並んで長椅子に腰掛けながら、家の奥に「おーい浅漬け持ってきてー」と声を掛けました。ほどなく奥様のみつ子さんが、沖田ナスの浅漬のパッケージとガラス小鉢を手に登場しました。

okita_onodera.jpg【photo】小野寺みつ子さん(右写真)の手になる沖田ナスの浅漬け(左写真)。よく冷えたコロンとした小ナスを頬張ると、うまいんだ、これが。
 
 「ウチで漬けたんだけど、無添加だから食べてみて」と、小野寺さんは封を開けて小鉢に盛ったナスを勧めます。みずみずしい蒼さのナス漬けは、いかにも美味しそう。かくなる上は遠慮無用。一粒つまんでパクリ!! 口いっぱいに、すがすがしい夏の香りとほのかな塩味が広がります。

 いつも感じることですが、私がお会いする庄内の方たちには、敷居が低い独特の懐の深さと優しさがあります。突然訪ねてきた見ず知らずの私を、こうして受け入れてくれるのですから。よく冷えた浅漬けをもう一粒頂き、(「美味しいですね」を意味する庄内弁)「んめのぉー」と口走る私に、小野寺さんは沖田ナスの由来を語り始めました。
「このナスと出合ったのは、かれこれ30年ほど前のことかなぁ・・・」

kubota_nasu.jpg 昭和40年代末に小野寺さんが世話になっていた農業改良普及員【注】が、出身地の山形県置賜(おきたま)地方に伝わる食味が優れているという2種類のナスの種を「育ててみたら」と持ってきました。ひとつは「窪田ナス」。米沢市の北東部、最上川左岸の窪田地区を中心に上杉藩政時代に家老職を務めた重臣の色部一族によって栽培が奨励されてきた丸ナスです。もうひとつが「沖田ナス」。南陽市宮内地区の沖田与太郎(おきたよたろう)が、およそ50年前に新潟から訪れた行商人から仕入れた長岡の在来ナス「巾着ナス」の系統とも、窪田ナスから外皮が柔らかい個体を選抜したともいわれる丸ナスです。

【photo】偶然通りかかった米沢市窪田町家中地区の畑でやっと見つけた窪田ナス

 周囲の勧めから自分の名前を付けて銘々した沖田ナスとしては今ひとつ普及せず、特徴をストレートに描写した「薄皮丸小ナス」と改名したところ、人気が出ていったという経緯をもつ沖田ナス(=薄皮丸小ナス)。その経緯については、沖田 与太郎と交流があった米沢市窪田町家中(かちゅう)地区で今も窪田ナスを守り伝える生産者、石山 忠美さんにも詳しく教えて頂きました。置賜地方産の丸ナスのルーツとされる窪田ナスについては、機会を改めてレポートします。

【photo】7月から10月まで毎日収穫が続くという小野寺さんの沖田ナス畑で

 旧朝日村沖田集落で生まれ育った小野寺さんは、勧められた二つのナスのうち、どうせ育てるなら、たまたま郷里の地名「沖田」の名前がかつて付いていたナスを育てようと考えたのです。もらい受けた種を徐々に増やしていった最初の10年近くは、ほぼ自家消費のみ。小野寺さんはこの品種を選抜してゆく過程で、沖田集落の生産者の手で大切に育てていったのだそう。その若干寸詰まりの巾着袋のような形状の丸ナスは、皮が柔らかく浅漬けにぴったりで、歯が弱ったお年寄りでも美味しく食べられると評判を呼んでゆきます。2004年(平成16)にR112号沿いの旧朝日村下名川地区に開店した「産直あさひ・グー」では、春は山菜、秋はキノコやトチ餅など豊かな山の恵みを扱いますが、夏から初秋にかけては沖田地区の畑で採れた沖田ナスがふんだんに店頭に並びます。

 畑の様子を見に行くという小野寺さんの軽トラックで案内されたのは、古道六十里越街道の十王峠の分水嶺から流れ出る月山水系の岩本川の豊富な水を引いた畑でした。おおよそ7月から10月上旬まで毎日収穫が続くという沖田ナスには、毎朝の水遣りが欠かせません。そこには塩ビパイプとホースを使った自作の潅漑(かんがい)施設がありました。典型的なナスの害虫であるアブラムシやアザミウマのほか、土の中にいるコガネムシの幼虫が実に付くそうで、畑には足繁く通わなくてはなりません。

okita_mizu.jpg ご自身は塩漬した翌日の新鮮な浅漬けが好きだと語る小野寺さんの奥様、みつ子さんが漬けた沖田ナスは、鶴岡市内に多店舗展開するスーパー「主婦の店」およそ十店舗にご子息の太さんが直接届けて回ります。180g入り一袋268円の浅漬けは、売り切れ続出のため、10月まで出荷は毎日続きます。私が伺った時はご不在だった太さんも父の跡を継いで専業農家として頑張っているのだそう。

【photo】沖田ナス畑の下には月山水系岩本川の農業用水。良質の水とメリハリのきいた四季が稀に見る多彩な作物をもたらす

 米沢に転封となった越後の上杉氏が、会津経由で米沢に持ち込んだ窪田ナス。その変異種かもしれない外皮の柔らかなナスを広めようとした沖田さんは、沖田ナスと名付けるも地元の置賜(⇒「おきたま」 おっと、ここにも語呂合わせが・・・)地方では別の名・薄皮丸小ナスで一般化。たまたま沖田つながりで沖田地区から沖田ナスを庄内地方に広めた小野寺 政和さん。そのご本人に私は期せずして巡り会うことが出来ました。在来作物に詳しい山形大学農学部の江頭 宏昌准教授によれば、沖田ナスは、もはや庄内の在来野菜と呼んで何ら問題がない品種なのだそうです。沖田ナスが歩んだ歴史同様、瓢箪から駒、いえ"瓢箪からナス"な展開となった今回の突撃取材には後日談があります。

okita-nasu2014.jpg【photo】コロンとした形状の沖田ナス。ナス特有のエグさがない食味の良さが身上

 とびきり海の水が綺麗な新潟山北町の「笹川流れ」と越後村上を訪れた8月12日。米沢を経由して県道101号線「米沢浅川高畠線」を通って高畠町に抜ける仙台への帰路、奥羽本線 置賜駅の手前で「窪田」の地名標識を発見しました。「おおっ、ここは窪田ナスの産地に違いない!」と、車を左折。そんなデジャヴな展開の末、最上川に架かる置賜橋を渡って立ち寄ったところは、まさしく窪田ナスが生まれた米沢市窪田町家中地区でした。

 つい先日、家中地区のとある農家で1969年(昭和44)3月11日付の新聞に包まれた窪田ナスの種が見つかりました。その種を入手した石山さんは、現在伝わる窪田ナスと比較するため、その種の発芽試験を山大農学部の江頭准教授に依頼したのだそう。江頭先生によれば、作物の種が発芽するのは、通常は冷蔵状態で保存しても10年が限度。そのため、この種の発芽は、最後の手段ともいうべき試験管内での胚培養技術を用いて試みるのだそうです。

 さて、40年もの時間(とき)を経たその種は、果たして現代のバイテク技術をもってして芽吹くのでしょうか? また、いかなる実を結ぶのでしょうか? いずれにせよ沖田ナスのルーツ探しに端を発した"あるもん探しの旅"は、まだ続きそうです。


【注】 戦後の食糧難を打開すべく、食糧増産と農業支援を目的に1948年(昭和23)に施行された「農業改良助長法」によって設立された「農業改良普及所(後に「センター」と改称)」所属の地方公務員。各都道府県には同普及所を設立・運営する義務があり〈必置義務は2004年(平成16)に撤廃〉、栽培技術指導や新品種の紹介などの営農支援を行った。

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2008/07/27

スピンオフな民田ナスのパスタ

Spagetti alla ragù bolognese melanzane Minden
@al.chè-cciano

 在来野菜「民田ナス」の食べ方は漬物ばかりではありません。

 ナスは組成の9割以上が水分で食物繊維が豊富。糖質がほとんどですが、「茄子紺」と表現される外皮にはアントシアニンが含まれており、抗酸化効果がある野菜でもあります。ナスは体を冷やすとされ、暑い夏を乗り切るにはぴったりの野菜でもあります。
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【Photo】 野菜たっぷりな南イタリア発祥の料理「カポナータ」は、Autostrada アウトストラーダにあるオアシス、Autogrill アウトグリルなど作り置きの軽い食事をとれる店やRosticceria ロスティッチェリア(=惣菜屋)の定番メニュー

 ナスは油との相性が良い野菜です。オリーブオイルでさっと素揚げし、炒めたパプリカや玉ネギ、セロリ、トマト、ズッキーニなどの夏野菜と合わせて軽く煮込んだ「Caponata カポナータ」は南イタリアを中心に夏の食卓に欠かせない料理です。西リヴィエラのフランス国境を越えてプロヴァンスに入ると「Ratatouille ラタトゥイユ」と名前が変わり、これまたポピュラーな料理となります。イタリアでは年産376,000トンあまりのMelanzana メランツァーナ(ナスの伊語)が生産されており、日本の395,000トンに次いで世界6位のナス食い民族でもあるのです。

 さて、皮が硬めでナス特有のアクがある実が詰まった民田ナスは、私も大好きなカポナータ向きのナスとはいえません。かといって和風の漬物ばかりじゃ・・・と仰る向きに、自宅でもコピー可能な民田ナスを使ったプロのイタリア料理をひとつご紹介しておきます。それが今年の7月上旬に鶴岡の「al.chè-cciano」で土田学料理長が出してくれた「Spagetti alla ragù bolognese melanzane Minden(≒民田ナスのラグーソーススパゲッティ)」です。

 2004年(平成16)、アル・ケッチァーノの奥田シェフが、当時まだ黒板メニューにオンリストしておらず、ぜひ攻略したい庄内産伝統作物として挙げていたのが民田ナスでした。その後、「笑貝と民田ナスのエゲシスープ」や「羽黒仔羊の腎臓と民田ナスのぺペロンチーノ」などのスペチャリテが誕生し、特徴的な民田ナスのエグミを活かした料理を店で実験台として(笑)味わってきました。庄内浜のムール貝こと「笑貝」は別にしても、トウモロコシのヒゲのような海藻の「エゲシ」や「花沢ファーム産の羊の内臓」などは、なかなか入手が難しい食材でもあります。いざ自宅で挑戦しようにも限界があろうというもの。

 昨年7月に al.chè-cciano の隣にオープンしたカフェ「il.chè-cciano イル・ケッチァーノ」で先月からランチタイムに出すようになったシンプルなパスタ料理と夜のお任せコースを奥田シェフが担当し、土田料理長がアル・ケッチァーノのほとんどを任されるようになった今、それぞれのメニューに変化が生まれています。夕方までに仙台に戻らなくてはならなかったある日、「民田ナスを使った料理を」という私の唐突なリクエストに応えて土田さんが用意してくれた初見参のパスタは、山伏豚をミンチにして、唐辛子を加えた深みとコクのあるラグーソースのスパゲッティでした。鶴岡市渡前の井上農場産樹熟トマトと赤ワイン風味のしっかりとしたラグーのピリッとした辛味が、軽く塩をしてさっとソテーした今野 惠子さんの畑から土田さんが朝に採ってくるオーガニックな民田ナスとうまくマッチしています。

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 【Photo】 民田ナスのラグーソーススパゲッティ @al.chè-cciano 2008年7月

 ゴロンとしたしっかりした食感が特徴的な民田ナスの存在を主張しますが、口の中では重過ぎないラグーのコクと唐辛子の辛味が太めのパスタと絡んでゆきます。そうそう、この一体感。山伏の里・羽黒で実を結んだ鶴岡の在来野菜が、山伏豚のラグーとあいまって見事なイタリアンにメタモルフォーゼしていました。こうした独自の世界観こそ、アル・ケッチァーノの真骨頂ともいうべきもの。とはいえ、これならもぎたての民田ナスを手に入れたどなたでもコピーが可能なパスタ料理に挑戦できそうです。私のように山伏豚を鶴岡市みどり町の「クックミートマルヤマ」に買いに行かない方は、豚と牛の合い挽き肉を使ったしっかりしたラグーソースをご用意ください。ポイントは唐辛子の辛味が民田ナスのエグミとうまくマッチすること。ラグーソースに使った Vino rosso をグラスに注げば、一層パスタが引き立つことでしょう。

それでは、Buon appetito!!  

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2008/07/26

めづらしや山をいで羽の初茄子

松尾 芭蕉も愛でた丸小ナス「民田ナス」

 今からちょうど319年前の今日、1689年(元禄2)7月26日(陰暦6月10日)、奥の細道を訪ねる旅の途中で、松尾 芭蕉は出羽三山を詣でた後に鶴岡を訪れました。そこで芭蕉は城下の山王町、現在も長山小路と呼ばれる細い路地の一角に居を構えていた庄内藩士 長山 重行の屋敷に招かれます。俳句を嗜む重行は、江戸勤めをしていた折に深川に暮らす芭蕉と交友がありました。同行した曾良ら芭蕉の門人が集ってその夜催された句会で芭蕉が詠んだのがこの一句です。

 めづらしや山をいで羽の初茄子

【Photo】 芭蕉が滞在した長山重行邸跡(鶴岡市山王町)
《備考》 蛇足ながら現在そこにはなぜか「バナナハウス」という名のアパートが建っている。
せめて「ナスビハウス」にしてほしかった・・・?(笑)

mindenynagayama.jpg この句に登場する「初茄子(はつなすび)」が今回のお題、「民田(みんでん)ナス」です。山頂まで登った月山をはじめとする酷暑の中の山歩きよる疲れで、鶴岡滞在中の3日間は体調が優れなかったという芭蕉。俳聖をもてなす食膳に粥とと共に供された民田ナスは、旬真っ盛りならではの軽く塩で漬けた浅漬けだったに違いありません。初めて目にする民田ナスの小ぶりでコロンとした丸い形状と、パキッとした歯ごたえが、よほど芭蕉の心をとらえたのでしょう。在来作物の宝庫・庄内地方産の伝統野菜でも、だだちゃ豆と並んで有名なのが、この可愛らしい丸ナスかもしれません。

 昨年出版された「どこかの畑の片すみで」(山形在来作物研究会編)によれば、1908年(明治41)、東京で開催された蔬菜(そさい=「野菜」の意)展覧会に出品された民田ナスが表彰を受けたことで、全国の研究者から注目され、大正・昭和と多くの園芸書に登場したことで広く名が知られるようになったのだといいます。藤沢 周平の原作では「茄子」とだけ記され名前が登場しないものの、黒土 三男監督の映画「蝉しぐれ」では、緒方 拳が演じた牧助左衛門が組屋敷の菜園で育てていた丸小ナスは民田ナスの設定でした。2005年の封切りに先立って前年の9月に訪れた同市羽黒町松ヶ岡のオープンセットの庭に植えてあったのも、民田ナスのように見受けました。【注】
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【Photo】 民田地区の外れにある畑の2畝(うね)で栽培されていた民田ナス越に望む金峰山

 鶴岡を流れる赤川の分流「青龍寺川」と「内川」に挟まれた地区が「民田」です。鶴岡南バイパスから水田が広がる民田地区の平坦な地勢を車窓越しに眺めることができます。この一帯は、かつては暴れ川だった赤川の左岸にあたるため、砂利が多い土壌で、地下水が地中の浅い位置にあるのだといいます。隣接する「外内島(とのじま)」や「小真木(こまぎ)」を中心に鶴岡周辺で今も栽培が行われる民田ナスの由来は定かではありません。一説では「茄子太夫」なる神職が伝えたものとも、京都から流れてきた宮大工がこの地に種を持ち込んだものともいわれます。民田地区から青龍寺川を渡った目と鼻の先の西側には、古来より山岳信仰の山として知られる「金峰山(きんぼうさん)」の参道へと続いています。

 京都の伝統野菜では、大柄な丸ナス「賀茂ナス」が有名ですが、ヘタとの境界の実が白くなる小ぶりな形状や硬い外皮と締まった果肉などの特徴を備えている「椀(も)ぎナス」は、民田ナスとの類似性が認められます。ひょとすると、慶応年間から明治初期にかけて京都聖護院で選抜された「椀ぎナス」の原種が、民田ナスのルーツなのかもしれませんが、DNA鑑定でもしない限り、今となっては知る由もありません。
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【Photo】 さまざまな大きさで並んだ民田ナス。鶴岡市羽黒町狩谷野目の今野 惠子さんが害虫忌避剤として唐辛子の希釈液を撒くなど、手間のかかる有機無農薬栽培で育てたもの。ここで一句「ありがたや羽黒いで羽の丸茄子」・・・お粗末。「あねちゃの店」で取り扱う

 民田ナスの特徴である硬い外皮と締まった肉質を愛でるには、もぎたてを浅漬けで頂くのが一番。漬物に向くのは、せいぜい長さ3~4センチ、重さ15グラム程度の小さなものです。まだ小さいからといって、未熟なわけではありません。夏の庄内特有の強い日差しを浴びて育つ民田ナスは、わずか1日収穫時期を逃すだけで、ひとまわりもふたまわりも大きくなって、香りが飛んでしまうのだとか。主な用途となる加工用の需要は小ぶりなナスに限られるため、大きくなった民田ナスは、流通サイドの論理で「規格外」という理不尽なレッテルを貼られたにせよ、煮物や素揚げとして美味しく頂けます。組成の94%が水分からなるナスの栽培には、こまめな水遣りが欠かせません。米沢の在来種「窪田ナス」を選抜して後世登場した「梵天丸小ナス」や「薄皮丸小ナス」の系統とされる旧朝日村産の「沖田ナス」などと比べて虫がつきやすいため、現在では民田ナスから他の品種に切り替える農家が多くなっています。

 仙台市青葉区の勾当台公園市民広場を会場に、ほぼ毎月第3木曜日に合同定期市を開催しているのが、NPO法人「朝市夕市ネットワーク」です。安全な農産物・加工品を届けようという意識が高い生産者が集う、この青空市に鶴岡市民田から軽トラックでやってくるのが五十嵐 正谷さん・京子さんご夫妻。会話の中で庄内ローカルな単語(地名・食べ物etc)を連発する私とはすっかり顔なじみです。「旬菜畑」ブランドの豆餅や赤カブ漬けなど、旬の庄内の味をいつも届けてくれる五十嵐さんによれば、民田の農家では、稲作のかたわら、近隣の農家向けに販売する民田ナスの苗作りが盛んだったのだそう。しかしながら、実際に民田を訪れても、集落内ではほとんど民田ナスを栽培している畑を見かけません。
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【Photo】鶴岡協同ファームの民田ナス畑。「日本一!」の看板はご愛嬌

 民田の西隣、高坂地区には山形大学農学部の演習農場があり、その通り向かいに"日本一!「民田なす」の栽培面積"という看板が立つ鶴岡協同ファームのナス畑があります。地域特有の作物である在来野菜の作付け面積が日本一と言われても苦笑するしかないのですが、その志は立派なもの。なぜなら畑の持ち主、鶴岡協同ファームの代表、五十嵐 一雄さんは、自分が生まれた集落の名前が付いた伝統ある民田ナスが、お膝元でほとんど作られていない状況に疑問を感じ、2003年(平成15)から地元で栽培を始めました。連作障害が出やすく、害虫にも弱いため、高度経済成長が始まった頃から、徐々に安価な中国や韓国で生産された丸小ナスが漬物の加工用として用いられるようになっていたのです。こうした経緯は、仙台名産の「仙台長ナス漬け」でも起きたこと。最近は日本の食料自給率の低さとフードマイレージのズバ抜けた高さがやっと問題視されるようになりました。仙台の味として名高い牛タン焼きもそうですが、原料のほとんどを輸入に依存する名産品って、「なんだかなー」と感じてしまいます。仕入れ原価を抑えて利益を上げようという経済効率を重んずる価値観が跋扈し始めたこの時代以降、日本中でこうしたことが平然と行われてきました。
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【Photo】 収穫期真っ盛りの7月、民田ナスは次々と花を咲かせては実をつける
 
 6月、地植えして間もない民田ナスの茄子紺色の根元を見ると、接木がされているのがわかります。これは連作障害を避けるための処理。収穫期を迎えるころに咲き始める薄紫の花の黄色い花粉が付いた雄しべには、蜜蜂が飛んできます。その八角形の花の蕾は、茎から枝分かれした長いヘタが始めから下向きに付くのが面白いところ。はにかむようにうつむき加減で下を向いて咲く淡い紫の花の姿には、いじらしさを感じませんか? やがて結実する黒光りする実がリリー・フランキーの漫画「おでんくん」に登場する「ガングロたまごちゃん」にどこか似ている(「つみれちゃん」とも似ているかも・・・)ように思うのは私だけでしょうか。(「ガングロ・・・」が思い浮かばない方はコチラをどうぞ)

 民田ナスが、おでん鍋の中ですっかり煮染まったガングロたまごちゃんと違うのは、夏の庄内の食卓に欠かせない人気者である点。民田に最も近い鶴岡市外内島にある「産直もえん」や、同市西荒屋の「産直あぐり」、量り売りをしてくれる同市羽黒町狩谷野目「あねちゃの店」などで、まずはプリプリの民田ナスを入手しましょう。塩とミョウバンを加えて手揉みした採れたての民田ナスに水を加えて加圧すれば、半日から一日で浅漬けが出来上がります。鮮やかな青みが加わった浅漬けは、新鮮さが命ゆえ、召し上がるのはよく冷やしてお早めに。保存食としても活躍する民田ナスは、庄内町(旧余目町)特産のカラシ菜を使って加工される辛子漬けや、藩政時代以来の酒どころ鶴岡市大山地区で造られる酒粕漬け、味噌付けやたまり漬けなどとして、地元以外でも広く知られるようになりました。

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【Photo】 今野さんの民田ナスを仕込んだ自家製の浅漬け

 最もポピュラーな辛子漬けは、鶴岡で130年の暖簾を守る老舗「佐徳」の創業者、佐藤 徳次郎が1877年(明治10)に商品化したもの。1908年(明治41)に創業し、今年で創業100周年を迎える鶴岡市大山の「本長」の粕漬けは、仙台などの主要百貨店でもよくみかけます。観光で鶴岡を訪れた際には、都市間バスのターミナルにもなっている鶴岡IC近くの「庄内観光物産館」を訪れて下さい。試食サンプルをつまみながら、好みの製品を選ぶことができます。
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【Photo】月山パイロットファームの民田茄子からし漬け特別仕様

 個人的に最も美味しいと思う民田ナスの漬物は、以前も登場した鶴岡市三和の農事法人「月山パイロットファーム」製の「民田茄子のからし漬け特別仕様」です。私が敬愛するエコファーマー相馬 一廣さんは、1977年(昭和52)に月山山麓の未開地の開墾に着手、永年に渡る試行錯誤と研究の結果、輪作と緑肥の活用による独自の無農薬栽培法を確立しました。ご子息の大(はじめ)さんと共に栽培サイクルの中で自家栽培する民田ナスを塩蔵後、同じく自作するカラシ菜とササニシキを「竹の露酒造」に委託醸造してもらう吟醸酒(残念ながら(笑)非売品。うまいんだ、これがっ!!の酒粕を塩抜きのために加えたもの。添加物を全く使わないために日持ちはしませんが、それが自然の摂理。Non-GMO(「非遺伝子組み換え食品」)ゾーンを示すヘタウマな手書き看板が立つ雑草だらけの畑から採れる野菜は、どれも安全で美味しいものばかり。発酵によって旨みを増した素材の持ち味を活かした自然な味を知ってしまうと、蛍光色に近い色をした漬物など、到底食べられなくなってしまいます。一部の生協や特定消費者団体との直販システムのため、簡単には入手ができないのが唯一玉にキズですが、かつてイタリアにご一緒したご縁もあり、顔を出すたびに買わせていただいています。(いつもオマケして頂いてもっけです~
今年も間もなく赤川花火大会とだだちゃ豆の季節がやってきます。また伺いますね、相馬さん。

※「スピンオフな民田ナスのパスタ」に続く

【注】 藤沢 周平の生家は、東田川郡黄金村大字高坂(現在の鶴岡市高坂)にあった。すでにその家は取り壊されて現在は空き地になっている。唯一の名残りは「藤沢周平 生誕之地」と刻まれた石碑のみ。今は山形自動車道によって分断されているものの、民田とは青龍寺川を挟んで目と鼻の先。農家に生まれ育った藤沢 周平にとって、民田ナスは馴染み深い郷里の味だった

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2008/06/14

プリップリでとろける吹浦の岩ガキ

決め手はケッカソース

 海産物にもさまざまな「ブランド」があります。
横綱級の有名どころでは、大分・豊後水道の関アジと関サバ、下関のフク、明石のタコ、富山湾氷見の寒ブリ、青森・大間の黒マグロ、北海道・利尻や羅臼のコンブ・・・。これら全国に名前が轟く海産物は、局地的に特徴ある海流やエサとなるプランクトンの寡多などによってもたらされる優れた食味、ないしは卓越した加工技術によって、地域ブランドとして認知されてゆくものです。新鮮さが大切な海の幸だけに、「●●港直送」という謳い文句が付くだけで、価格面でメリットが生まれるため、各産地間で水産物のブランド化の動きが盛んです。

 5月30日に訪れた私のホームグラウンド、食材の宝庫・庄内で夏の訪れを告げる予期せぬ海の幸にありつくことができました。山海の幸からなるオールスター軍団が、飛び切りの旬を感じさせてくれる「アル・ケッチァーノ」で昼食のテーブルに付こうとする私の耳元で、厨房から出てきた土田 学 料理長がにじり寄って来て小声で囁きました。

 「ちょっとしかありませんが、今日は吹浦(ふくら)の岩ガキがありますよ」
 「ホ・ホント? じゃ、『鳥海モロヘイヤのケッカソース』で頼むわ」と私。

 夏の日本海の恵み、天然岩ガキ。まばゆい太陽の季節に欠かせない海の幸にいち早くありつけるとは。しかも庄内浜でも最も身が肥えてとりわけ美味とされる遊佐町吹浦産とは願ってもない幸運。聞けば庄内浜に夏の訪れを告げる岩ガキの素潜り漁が28日に解禁されたとのこと。吹浦漁協の方の話では、今年は燃料価格の急騰で、沖合いでの漁を取り止め、吹浦から酒田北港までの近場で行うbelgianoyster.jpg岩ガキ漁に切り替える漁師が多いのだそう。宮城の志津川湾や岩手の陸前高田などの南三陸と三重の志摩半島などのリアス式海岸地域や、鳥取の隠岐島などで最近は一部養殖が行われている岩ガキですが、おもに日本海側沿岸の水深5mから15mほどの岩礁に自生しています。産卵期に入る前の6月から8月中旬までが鉄、亜鉛などのミネラルとタウリン、グリコーゲン、ビタミンB類などの栄養分が最も豊富な旬となります。甘味が強く、「海のミルク」とも形容される濃厚な旨みの塊である岩ガキは、私にとって唯一生食がOKなカキです。江戸期に養殖が始まった松島湾から牡鹿半島を経て気仙沼・唐桑に至る東日本最大のマガキの産地に居ながら、生ガキだけはNG。

【Photo】ヨーロッパでは、夏にも生食されるマガキ(上写真)
サンマロ湾に遠浅の海が広がるカンカルは、カキ養殖が盛んなフランス北部のブルターニュやノルマンディー地方の中でも重要な産地。干潮時にはこうして岩場一面に広がるカキの養殖棚が現れる(下写真)

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 仙台と姉妹都市になっているフランス・ブルターニュ地方の街 Renne レンヌの北方60km、サンマロ湾に面した港町 Cancale カンカルでは、1960年代に発生した寄生虫による病気で死滅しかけた「ヨーロッパヒラガキ(別名:Belon ブロン)」の代わりに、宮城県から輸入したマガキの養殖が盛んになりました。いまや浜辺に並ぶ屋台で売られている主流はヒラガキではなく、宮城県からフランスに帰化したマガキ(Photo左側。右手前はブロン、右奥はムール貝)たち。そう思うと親しみがわいてきますが、いかんせん苦手なことには変わりません。

Oyster_Belon.jpg【Photo】脚付きの養殖棚でカキを育てるカンカルの漁師

 一般に「R の付く月以外は食べるな」とされるカキですが、ヨーロッパでは年間を通して生で食べます。5月にベルギーの首都ブリュッセルにある魚介料理専門レストラン「Rugbyman ラグビーマン」(→変な名前だ)で、希少なブロンを食べた時もそうでした。美食の都ブリュッセルでも評判のオマール海老をはじめとする魚介料理に定評あるこの店。殻付きで大皿に盛られてレモンを添えて出てきたのは、丸く平たい形状の「フランスガキ」とも呼ばれる希少なブロンでした。その時も一個だけを白ワインで飲み込んだだけで、あとは狂喜しながらそれを頬張るカキ好きの連れにすべて差し出しました。

 鮮度は抜群でも、私にとって問題は生食で顕著に感じるカキ特有の石灰質のヨード香。それを嗅ぎ分けると、いかにそれが新鮮だろうとダメなのです。 ┐(´~`;)┌ 前世がイタリア人だからフランスと名前が付く食材に拒否反応が出るわけではなく(笑)、イタリアでも主に南部のシチリアやカンパーニャ、プーリアなどの海沿いの地方では「Ostrica オストリカ(=カキ)」を生で食べます。南イタリアの海沿いのリストランテには「Frutti di Mare フルッティ・ディ・マーレ(=「海のフルーツ」の意)」なる料理があり、カキを Muscoli ムスコリ(=ムール貝)やMoscardino モスカルディーノ(=イイダコ)などの海の幸とともに、ソレント産の大振りなレモンをぎゅっと搾って「Greco di Tufo グレーコ・ディ・トゥーフォ」や「Fiano di Avellino フィアーノ・ディ・アッヴェリーノ」といった地ブドウを使用した白ワインとともに頂きます。

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【Photo】
「イタリア版・舟盛り」といった風情の(?)「フルッティ・ディ・マーレ」。さっとボイルしたイイダコや貝類など鮮度抜群の海の幸は、まさに海の果実。ナポリ湾に浮かぶ地中海の楽園・カプリ島のリストランテLa Capannina で

 2005年8月に山形県庄内町の響ホールで開催された「庄内国際ギターフェスティバル」にイタリアが生んだクラシック・ギター界の巨匠、オスカー・ギリア氏が参加しました。この時、休日返上で歓迎レセプションの料理を提供したのが、アル・ケッチァーノのスタッフの面々。師匠にあたるマエストロとの息の合った演奏を披露した日本のトップ・ギタリスト福田 進一氏ともども、トスカーナ州の港町Livorno リヴォルノ出身だというオスカー・ギリア氏は、岩ガキのケッカソース風味に「Ottimo!(=サイコーっ!)」と言いながら、むしゃぶりついていました。ホームシック気味だったマエストロ・ギリア氏は、この夜の料理にいたく感激し、一気に活力を取り戻しました。さすがは岩ガキ、強壮効果バッチリ!

 庄内地域における岩ガキのトップブランドは吹浦産ですが、全国で最も漁獲量が多いのは秋田県にかほ市象潟(きさかた)です。象潟産の岩ガキは、吹浦同様、品質においても一目置かれる岩ガキのトップブランド的存在。そこには、秋田・山形県境の海岸線から一気に2,236m の高みまで聳え立つ鳥海山の存在が大きく関係しています。亜熱帯性気候に属する鹿児島県屋久島の山岳部における年間 10,000mm の降水量をはるかに上回る 20,000mm もの年間降水量があるとされる鳥海山。降り注ぐ大量の雨水や雪解け水には、ブナなどの広葉樹の腐葉土層を浸透する際にosagawashimizuba.jpg水溶性のタンパク質や炭水化物が溶け出します。地中の火山性土壌からは、鉄分やケイ酸、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどが取り込まれ、豊富な地下水となって人里へと下りてきます。生物にとって欠かせない栄養分をたっぷりと含んだ伏流水は、地上はもちろん、象潟から遊佐にかけての海中にも湧き出してきます。

【Photo】にかほ市小砂川集落にある共同水場「小砂川の清水場(しみずば)」。上写真の水場の奥に水神の石碑が祀られた湧出口(下写真)がある。鳥海山南側に湧く「さんゆう」や「神泉の水」「滝ノ水」などの柔らかな水と比べると、硬い金属的なきりりとした味がする

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 植物性プランクトンを含む伏流水が海中に湧き出す岩礁には、多くの動物性プランクトンが集まってきます。漁師の話では、岩ガキもそうした場所に多くの群生が見られるといいます。卵から孵化した幼生は、やがて稚貝となって岩場に張り付き、5年、10年と時間をかけて育ってゆきます。象潟周辺では6月に漁が解禁される小砂川(こさがわ)漁港を除いて、7月と8月に岩ガキの漁期が限られます。生育に時間がかかる天然岩ガキの資源保護のため、各漁協では、素潜りで漁を行う漁業者一人当たりの一日の捕獲数を200個までと定めています。岩ガキ好きに言わせると、岩ガキの産地ブランドとして名高い象潟のなかでも、小砂川の岩ガキは身が肥えて一段と濃厚なうまみが詰まった絶品なのだとか。

 にかほ市象潟にある道の駅・象潟「ねむの丘」を夏に訪れると、大人の足の大きさほどもある優に10年以上は経たと思われる岩ガキを目にすることがあります。そこからR7を南下、本州の日本海側で唯一のウミウの営巣地がある大須郷(おおすごう)海岸から小砂川と山形県境の三崎公園を経て、岩に穿った羅漢像が奇観を呈する「十六羅漢」を過ぎると辿り着く吹浦湾にかけては、鳥海山の稜線が切り立った岩場となって海へと続いています。この周辺には、「奥の細道」で松尾 芭蕉が辿った北の果てとなった象潟への途中、雨宿りをしたと伝えられる「福田の泉」や、飲用水と生活用水として大切にされている小砂川集落の「小砂川の清水場」、遊佐町女鹿集落の「神泉(かみこ)の水」など、多くの湧水スポットがあります。それは海の中でも同様のことです。

【Photo】遊佐町女鹿の「神泉の水」。8月上旬、体にすぅーっと沁み込む非常に口当たりの良いこの湧き水を汲むためそこを訪れると、水槽の中にはスイカなどと共に岩ガキが(緑のネットの中)

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 そうした中には、神泉の水のように湧出口から順に、飲用、スイカなどの食べ物の冷却用、洗い物・洗濯用にと高低差をつけた水槽で区切られている水場があります。鳥海山周辺の海辺にある水場では、湧水の中に捕獲した岩ガキを入れておく場面に出くわすことがあります。海の生物である岩ガキを真水に入れておいて大丈夫なのかと思い、居合わせた地元の方に岩ガキを湧水に浸けておく理由を尋ねました。すると、「夏でも冷たい湧き水は鮮度保持の冷却保存に適しているからね」という答えが返ってきました。海中に湧き出す水温10℃前後の伏流水は、前述の通りミネラル成分などの栄養分が豊富。そうした汽水帯を好み、持久力の源となるグリコーゲンがもともと豊富な岩ガキにとって、そこは居心地の悪い場所ではなさそう。長期間は無理にしても、数日程度は全く問題ないとのこと。恐るべし、湧水パワー。

 日仏伊とカキを生食する場合は、レモンを添えて出てくるのが一般的でしょう。フランス文化圏では刻んだエシャロットを薬味にしたワインビネガーソースで食べることもあります。いずれにせよ、至ってシンプルな調理法です。かたや食材の宝庫・庄内をフィールドに奥田シェフが編み出したアル・ケッチァーノ夏の定番メニューといえば、私がリクエストした「岩ガキの鳥海モロヘイヤ・ケッカソース風味」です。本来「Salsa di Checca ケッカソース」は、甘味の強いフレッシュトマトを湯剥きしてダイスにカットし、みじん切りしたニンニクとバジルを加え、オリーブオイルと塩コショウで味を整えるのが基本。通常は冷たいソースで、さまざまなイタリア料理に使われます。面白いことにCheccaという単語は、男性の同性愛者、いわゆるオカマを指すイタリア語です。 なぜに冷製トマトソースの名前が「オカマソース」なのかなんて、ワッカンナイわよ(何故かオネエ言葉(*^.^*)

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【Photo】今シーズンの初物「吹浦産岩ガキ鳥海モロヘイヤのケッカソース」はアル・ケッチァーノ夏の定番スペチャリテ。岩ガキとしては幾分形は小ぶりながら、ぷっくりとした身には日本海の旨みがたっぷりと詰まっている

 鳥海山の森と水と海の恵みといえる新鮮極まりないプリプリの吹浦産岩ガキ。アル・ケッチァーノのケッカソースに使われるトマトは、6月末から地元の契約農家、井上農場の大玉種「麗夏(れいか)」が登場します。ビニールハウスの中で赤みを増し糖度が上がるまで樹熟させる井上さんのトマトは、甘いだけで水分が多い昨今のトマトとは一線を画す両者のバランスの良さが身上。もぎたてをかぶりつくと、トマト特有の青みを伴った甘く目の詰まった果肉が口の中で弾けます。うま味が凝縮したその味わいは月山水系のブナ原生林に端を発する栄養分をたっぷり含んだ梵字川の水と、夏の庄内特有のカラっと晴れ渡った空から降り注ぐ太陽の味。

 アル・ケッチァーノでの食事前に訪れた井上農場のハウスでは、トマトの黄色い花が咲き、青い実が付き始めたばかりでした。トマトと好相性のバジルの代わりにケッカソースに使われるのは、岩ガキが育つ遊佐町の鳥海山麓で栽培されたモロヘイヤ。ニンニクは用いずに、香りに高貴さをもたらすセロリとエシャロットが華を添えます。素材の持ち味を活かすため、個性が強いエキストラ・ヴァージン・オイルではなく、穏やかなピュアオイルを加えて最後に微量の塩で味をまとめます。モロヘイヤの粘りがトロトロのミルキーな岩ガキと一層の一体感を生み出します。

 ぷっくりとしたMade in 鳥海山な岩ガキが主旋律を奏で、オリジナルレシピのケッカソースが副旋律となる見事な対位法。その甘美な調べにトロけてください。(※記述は2008年夏時点)


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2008/02/16

燗酒と寒鱈で乾杯

庄内の美味を堪能する会 《後編》
in 「al.chè-cciano アル・ケッチァーノ」

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 アイスバーンをそろりそろりと走るバスは、およそ30分遅れで鶴岡市アル・ケッチァーノに着きました。私たちを見送った後、自らの車で合流願った鯉川酒造の佐藤社長は、すでに到着済み。総勢22名での会食とあって、私たちのテーブルは昨年7月にアル・ケッチァーノの隣にオープンしたカフェ「il.chè-cciano イル・ケッチァーノ」を貸し切る形で用意してもらいました。そこには、四里四方の並外れた素材と稀代の料理人 奥田 政行の感性が共鳴しあって現出する唯一無二の世界を五感で味わってもらおうという仕掛けが用意されています。

 およそ一年前、がらんとした改装前の空間で、新しい店のコンセプトを2度ほど奥田シェフと語りあったことがあります。実現したアイデアのひとつが、"料理の背景を学べるレストラン"。そのため、変化に富んだ庄内の地勢を丹念に描いた俯瞰図や映像スクリーンが設えられました。そこに映し出されるのは、移ろいがはっきりとした庄内の四季、豊かな山海の産物、生産者たちの姿・・・。カウンターキッチンで調理をしながら映像や料理の説明がされるという趣向です。そう、「大人の食育」。この店では、運ばれてくるお皿の中だけでなく、皿の外にも素敵なストーリーが隠れているのです。

seisan_greenseat.jpg【Photo】イル・ケッチァーノに用意された生産者優先席

 逆立ちしても都市部のレストランには真似ができない素材が生産される場と物心両面で一体となったアル・ケッチァーノの厨房。この店のもう一方の主役は厨房を支える生産者にほかなりません。素晴らしい食材を提供してくれる生産者のために、店の一角には"生産者優先席"が用意されています。プロの技で生まれ変わった素材は、生産者に新鮮な驚きと持続する意欲をもたらすはず。"品質が優れていても販路が開けない"という生産者支援のために、首都圏の料飲店へ庄内産食材を紹介する取り組みは、奥田シェフがかねてより個人的にしてきたことでした。2004年4月からは山形県が委嘱する「食の都庄内親善大使」として、対外的な広報活動は県の事業となり、その範囲も仙台・東京・関西へと広がり今日に至っています。

haracucina-2.jpg【Photo】食の都庄内食材マップ・ハラクチーナ(表紙)イラストは鶴岡出身の絵本作家・土田義晴氏

 さまざまなマスメディアに登場する機会が増えた昨今、当の本人も予想だにしない速さで「食の都 庄内」に対する人々の認知は進みました。しかし、現状ではシェフ個人と店の名前が一人歩きしている感が強く、本来は長い時間をかけて取り組むべき広範な底支えのための体制づくりは、道半ばの状況にあります。タレントなるがゆえ舞い込む依頼に時間を割かれ、料理人の本分を離れることが増えた過去1年半。料理がかつての輝きを失って毀誉褒貶にさらされた時期もあります。友人として奥田シェフにはあれこれ言ってきましたが、稀有な才能を活かすも殺すも本人の自覚と周囲の環境作りあってのこと。人々の目が庄内に向いている今だからこそ、「ご利用は計画的に」ですぞ!

 今回のツアー参加者には、「食の都 庄内食材マップ・ハラクチーナ」を事前にお渡ししておきました。JR東日本が山形県の出先機関である庄内総合支庁や奥田シェフ・山形大学農学部江頭准教授らの監修・協力のもと作成したこのマップ、庄内産食材の解説が写真やイラストと共にびっしりと記載してあります。最もその食材が美味しい旬や各地で切磋琢磨しあう産地直売所の特徴も紹介。良質な穀倉地帯でありながら、米だけでなく多種多様な産物に恵まれた食の都庄内の魅力を余すところなく伝えてくれるなかなかのスグレモノです。

 夏の日照の多さと厳しい冬の気候は食材に個性を与え、照葉樹林に覆われた山々は豊かな山の恵みだけでなく、糧(かて)を生み出す大地を潤す水をもたらし、沖合いでは寒流の親潮と暖流の黒潮が出合って南と北で潮目が異なる庄内浜には、持ち味の異なる豊富な海の幸が年間を通して揚がります。北前船交易や出羽三山信仰によって、さまざまな種が持ち込まれたそこは、民間育種が盛んな土地柄。独自の進化を遂げた個性豊かな在来作物が60種以上も残る稀有な地域でもあります。恵まれた飼育環境のもとで盛んな畜産を含め、年間通して旬の食材に恵まれた地域を自己プレゼンテーションする媒体としては一通りの情報が網羅してあります。

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【Photo】アル・ケッチァーノのオリジナル純米吟醸「水酒蘭」はイイデヴァの泉を仕込み水として鯉川酒造で醸される。「蔵元封緘」のブルーボトルを飲み干した後は一輪挿しに
 
  いまは雪に覆われたこの地が、いかに豊かな食の大地であるのか、日帰りツアーの限られた時間の中で果たして皆さんにどれだけ実感として感じて頂けたかは判りませんが、このマップを手に再びこの地を訪れて頂きたい。そう思ってのことでした。今回、皆さんをご案内したツアーのいわばメインディッシュが寒鱈を使った奥田シェフお任せフルコースとあって、日本酒と寒鱈の相性、なかでも「燗酒と寒鱈のマリアージュ」を試したいと思っていました。ワインアドバイザーの資格をお持ちで、ぬる燗にした純米酒の食中酒としての守備範囲の広さを語れる鯉川酒造の佐藤社長は、皆さんのガイド役として最適任でした。酸味ベースの白ワインよりは、旨みベースの日本酒のほうが、それも脂が乗った寒鱈には、燗酒が合うであろうことはおよそ察しがつきました。過去5年、優に100回以上にわたって、奥田シェフの手になる料理を食べてきた私の経験では、食材としての汎用性が広いタラ料理には、何といっても日本酒がドンぴしゃで合いそうでした。スプマンテで乾杯した後、アンティパストの食中酒としてお願いしたのはアル・ケッチァーノの入口脇に湧く「イイデヴァの泉(Fontana ii-de-va フォンターナ・イイデヴァ)」の伏流水で仕込んだ純米吟醸「水酒蘭(みしゅらん)」。

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 店のVino del casa(=ハウスワイン)にあたるこの酒は、庄内産の酒造好適米・美山錦を使って鯉川酒造で仕込まれます。かつて奥田シェフは地下150mから湧くこの月山水系の伏流水の存在が、店を現在の地で開く大切なファクターだったと語っていました。「ほったな(=そんな)金など要らないから、汲んでっていいでば」という庄内弁が命名の由来だというこの泉。水酒蘭のラベルには「月の山の水」と「郷のお米」で仕込んだ酒であること。そして、その水の由来が記されています。そこに曰く ― "月の山で生まれた清らかな水は 豊かな清流となって大地に潤いをもたらし 海の恵みとなって再び山へと帰ります "


 幾度も蔵人がアル・ケッチァーノの料理を口にして味が決められていったという水酒蘭。そのなりたちを佐藤社長にご説明いただいているところに、お待ちかねの料理が登場しました。

cappellini.jpg【寒鱈の胃袋とカラフル野菜の冷たいカッペリーニ燻製の胃袋をちらして】
 コリコリとした鱈の胃袋の歯ごたえと、シャキシャキしたパプリカを、オイルとほのかな塩味でまとめたシンプルな冷製パスタ。スモークした香ばしい鱈の胃袋が、ナッツィーな芳香のオリーブオイルと絡みます。澄んだ香りのハーモニーが楽しめるスプマンテとの相性がいい一皿。

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【寒鱈と遊佐の燻製ニジマスをサンドしたミルフォーリエ】
 鳥海山の裾野、庄内最北に位置する清水の里、遊佐町。その清流に暮らすニジマスをスモークし、昆布〆した寒鱈とサンドにしたミルフォーリエ。一見、一切れの肉のようにも見て取れますが、正体は淡水魚と海の魚のミルフィーユです。散りばめられたニジマスの卵が、プチプチとした歯ごたえを。ボイルしてダイスにカットしたブロッコリーの茎がコリコリした食感を残し、フェンネルの香りが心地よく響きます。ひと手間加えた素材が奏でる調和と一体感を楽しみたい奥田シェフらしい一品。

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【寒鱈の白子とカリフラワーの温製フォンデュータ】
 さっと湯煎したぷりっぷりの白子。今も蘇るトローリとろける口どけ。付け合せのマッシュド・カリフラワーともども、お口の中一杯に広がる人肌なトロトロ感が堪りましぇん。うーん、シアワセ・・・。口で感じる食材の温度が絶妙。まったりとした隠微さすら感じさせる食感は病み付きになりそう。白子とマッシュド・カリフラワーの相性もバッチリ。見事な奥田式掛け算の料理。

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【寒鱈のタラの子とエリンギのスパゲッティ 柚子の香り】
 2003年、イタリア・マルケ州アルチェヴィアを舞台に行われたオーガニックの祭典「Biologica」に出店した際にもイタリア人から好評を博したアル・ケッチァーノ流タラコ・スパゲッティ。この時期ならではの寒鱈の鱈の子を使ったアレンジバージョンでこの夜は登場。パスタに和える時間がどんぴしゃなのでしょう、獲れたての鱈の子には、たっぷりと半生の鱈の子が絡んでいます。プチプチと口の中で弾けてロングパスタとの一体感もバッチリ。バターがもたらす深いコク、ほのかな柚子の香りと弾力あるエリンギが食感にアクセントを与えていました。

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【寒鱈とタラレバー(アブラ腑)のロッシーニ風】
 「セヴィーリャの理髪師」や「ウイリアム・テル」で知られるイタリアの音楽家ロッシーニは、たいへんな美食家として知られました。トリュフとフォアグラをこよなく愛した音楽家は、料理に専念するため37歳で本格的な音楽活動から身を引いてしまいます。そんなロッシーニが編み出したといわれるのが牛フィレ肉とソテーしたフォアグラとトリュフをあわせ、マデラ酒と肉汁のソースを掛けた料理「トゥルヌド・ロッシーニ」。これは牛フィレの代わりに脂が乗った寒鱈の白身のソテーを使い、フォアグラの代わりに鱈の肝臓(あぶらワタ)を使った香ばしくも濃厚な一皿。

JYUNDAIH15BY.jpg この重量級の料理には、佐藤社長の秘蔵の一本「鯉川 純米大吟醸15BY」をマッチング。社長が持参された錫製の燗付け器で43℃の適温に温められた古酒は、ふくよかなボディと複雑さを増した味の広がりを遺憾なく発揮してくれました。イタリアの世界的ギタリスト、オスカー・ギリア氏や日本のトップギタリスト福田 進一氏らを招いて2005年8月に開催された「庄内国際ギターフェスティバル」のレセプションディナーでも、鯉川の3年熟成純米大吟醸を燗で頂きましたが、フルボディの上質な赤ワインの役割を見事に果たすことに舌を巻きました。「もうこの平成15年の純米大吟醸は蔵にも在庫はないんです」と佐藤社長。

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 平成15年は、私が山形全域を担当し、庄内の魅力と出逢うきっかけとなった年。太平洋側のコメが深刻な冷害で不作となり、平年通りの作柄に恵まれた庄内米の美味しさに目覚めた年でもあります。蔵で丸4年を経た出羽燦々の昇華した味わいは、またひとしおでした。非売品だという希少な一本をご提供頂いた佐藤社長に感謝。レア物マニアの皆さーん、このレポートを読んで社長に泣きついても無駄ですよー。

hamaguri.jpg【寒鱈とハマグリのクリームスープ雪(岩)海苔で!】
 平たく言うと、アル・ケッチァーノ風の寒鱈汁。この鱈のブイヤベース22人前を作るのに、4尾の寒鱈を投入したという原価率が高い一皿。こうした郷土料理をベースにした創作料理は奥田シェフの真骨頂。浮き身はわけぎとグリシーニ。庄内浜の岩海苔が磯の香りを運んできます。

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【寒鱈の骨身とジャガイモのサラダ】
 寒鱈の中落ちをボイルして、一旦パサパサに。マッシュポテトを泡立てた生クリームと混ぜて爽やかな味でまとめた口の中をさっぱりさせるワンポイントの一皿。トッピングはアンディーブ。オリーブオイルとピンクペッパーはお好みで。


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【寒鱈の尻尾の身とキャベツ・カラスミのスパゲッティーニ】
 アル・ケッチァーノでは、庄内浜に揚がるフグとの組み合わせで出されることが多い薄い塩味のパスタ料理。運動量が多い尻尾に近い部分を使い、身の締まった寒鱈の美味さを実感。甘みが乗った柔らかなキャベツとの相性は、フグも寒鱈も共に良好。自家製のカラスミは鶴岡市内にある美味しい某寿司店「H」の親方に頼んで作ってもらっていると、かつてシェフが語っていましたっけ。

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【伝統野菜「宝谷カブ」のピッツァ】
 鶴岡市の高台、庄内平野を一望する宝谷地区に伝わる在来野菜「宝谷カブ」。同地区で唯一この細長い青首のカブを守ってきたのが畑山丑之助さん。水田の畦の斜面を焼畑として使って栽培します。持ち味の幾分もっさりした辛味が、加熱することによって甘みへと変化、オイルもチーズも使わないピッツァ生地とのシンプルな組み合わせ。

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【羽黒産仔羊のモモ肉ローストと藤島産糸カボチャ】
 鶴岡市羽黒町で肥育農家の丸山光平さんが手がける絶品のサフォーク羊。夏の間、月山の麓で放牧された羊たちは、畜舎に戻ると鶴岡特産のだだちゃ豆の鞘や穀類・藁などを与えられ、そんじょそこいらの羊とは一味もふた味も違う肉質に仕上がります。この夜は生後10ヶ月ほどの仔羊のモモを絶妙の火加減でローストして頂きました。鶴岡市藤島地区に伝わる糸カボチャのシャキシャキした食感も印象的。

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【笹川流れの新月の塩入りチョコムースと新月の塩のジェラート(左)イタリア伝統焼き菓子とマタタビチョコラータ(右)】
 地球に及ぼす月の引力が最大となる新月の夜、海水中のミネラル成分が高まるのだといいます。新潟県山北町の名勝「笹川流れ」の透き通った海水を汲み上げ、薪火で15時間煮沸。浮き上がったキラキラの結晶を集めたピュアソルト。好評の満月の夜に汲み上げた「月の雫の塩(Sale de-sio サーレドシオ)」に続く新たなオリジナルの塩「新月の塩」が隠し味になったチョコレートムースとジェラート。北イタリアピエモンテ伝統の焼菓子とマタタビ入りの濃厚なチョコ菓子

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【Photo】 豪華フルコースを完食後、お世話になった奥田シェフと佐藤社長を囲んでこの日の参加メンバー一同でハイ、チーズ。

 あ~あ、食べた(*^¬^*)。 かくして、大寒の前日に決行された「庄内の美味を堪能する会」の締めを飾った寒鱈尽くしのたらふくフルコースは、大食漢の寒鱈さながらにぺロリとメンバーの胃袋へと収まったのでした。朝早くからご一緒させて頂いた皆さん。よくぞ食べたり。伝え聞くところでは、帰宅後に胃痙攣を起こして難渋した方もおいでとか。体を張った当ツアーにご参加頂いた皆さん、おつかれさまでした。

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2008/02/08

「亀の尾」の故郷の酒

庄内の美味を堪能する会 《中編》

庄内の美味を堪能する会 《前編》 寒中に寒鱈で乾杯 より続き

 大寒の前日1月20日(日)に決行された「庄内の美味を堪能する会」もいよいよ佳境。次なる目的地は、私が密かに仕込んだツアーの隠しテーマ「燗酒と寒鱈のマリアージュ」に向けた伏線となる「鯉川酒造」です。目指すは、田園風景が広がる庄内平野のほぼ中央、山形県東田川郡庄内町。sigkameji.jpg 2005年7月に旧余目町と旧立川町が合併して誕生した町です。そこは私たちが日頃食べているササニシキ・ひとめぼれ・コシヒカリといった優良銘柄米のルーツとなった米「亀ノ尾」の生みの親、阿部 亀治(1868~1928)が生まれた地でもあります。亀治の生家がある同町小出新田から目と鼻の先では、8基の風力発電用の巨大な風車が「日本三大悪風」に数えられる強い局地風「清川ダシ」を受けて回っていました。この一帯は春から秋にかけて、新庄盆地から最上峡を抜けて吹き抜ける寒冷な強風のために、たびたび稲作への深刻な被害を受けてきました。冬場には地吹雪に見舞われるこの地に暮らす人々は、過酷な自然と向き合わねばならなかったのです。

swan.jpg【Photo】近代のコメ作りに偉大な足跡を残した阿部亀治(上写真)一面の雪原と化した庄内平野。この旧藤島地区から旧余目地区にかけては、地吹雪が頻発する地帯。最上川河口から飛来して羽根を休めるオオハクチョウ(下写真)

 その地が冷害に襲われた1893年(明治26年)、青立ちの穂波の中で黄金色の実をつける3本の稲穂をたまたま目にした亀治は、「耐冷性に優れた個体ではないか」と直感し、その稲をもらい受けます。試行錯誤の育種を重ねた4年後に再び襲った冷害の中、亀治の稲は見事に実を結びました。その米は育種に成功した発見者の名をとって亀ノ尾と名付けられます。亀治は評判を聞きつけて籾を求める人々に無償で種籾を分け与えたといいます。

 1905年(明治38年)、東北の太平洋側は天保飢饉以来の大凶作となり、大量の種籾の注文が亀治のもとに寄せられました。亀治は、厳選した種籾一斗分(約18ℓ)を宮城県庁あてに寄贈したのです。優れた耐寒性と早収性、食味から亀ノ尾は東北の主力品種として広く普及してゆきます。現在では日本の穀倉地帯としての役割を担う東北地方も、明治・大正期には、単位あたり収量で16位の山形、20位台後半の宮城・福島以外、青森・秋田・岩手の北東北三県は全国でも最低レベル。凶作時には口減らしをせざるを得なかった東北のコメ作りの歴史は、ひとえに寒さとの闘いであったのです。

KiichiAbe.jpg【Photo】風ぬるむ5月中旬。残雪を頂く鳥海山(右奥)を望む先祖伝来の田に亀の尾を手植えする亀治の曾孫、阿部 喜一さん(左)と奥様のひろ子さん(右)

 その構図を劇的に変えたのが、耐冷性に秀でた亀ノ尾でした。このコメは大正末期の1920年代には19万haあまりに作付け面積を増やし、大正期から昭和十年代にかけて、東北・北陸はおろか、朝鮮半島や台湾にまで普及してゆきます。やがて戦後生まれの耐病性に優れ収量も多い品種に押されて飯米としての作付けが減り、一時は幻の米と言われた亀ノ尾。 漫画「夏子の酒」のモデルとなり、近年では酒米として復権しつつあります。

 その発祥の地・庄内町で1725年(享保10年)に創業した鯉川酒造は、現在も自ら所有する水田で亀の尾(※注)を育て、地元の米にこだわった酒造りを続ける蔵です。年産850石(=153,000ℓ)を醸すこの蔵の11代目となる佐藤 一良社長が目指すのは、米の旨みが凝縮し、適度に熟成した純米の酒。アルコール添加の本醸造酒も需要があるために若干は造るものの、主力はあくまで純米酒。冷やで香りが立つ淡麗な生酒ではなく、理想は複雑な味わいが楽しめる「ぬる燗」で食事を通して楽しめる酒だといいます。 (※注:現在では「亀の尾」と表記する)
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【Photo】鯉川酒造では、蔵に隣接する水田に井戸水を引いて亀の尾を育てている。無農薬栽培のため雑草に覆われた畦に立つ佐藤社長

 鯉川酒造の先代、佐藤 淳一氏が亀治の曾孫にあたる阿部 喜一氏から亀の尾の原種籾を譲り受けたのが1979年(昭和54年)の冬。"亀治爺さんの遺言だから"と、喜一氏は毎年水田の10平米ほどの狭い一角で亀の尾を細々と造り続けてきたのです。その場には後に稼業を継ぐ長男の一良氏も立ち会ったのだそう。蔵の近隣で米作りをしていた当時の杜氏 佐藤 隆氏とともに栽培を始めたのが翌1980年春のこと。初年度の秋は全て種籾用に収穫されました。穂丈が長く倒伏しやすいうえ、化学肥料や農薬が導入される以前の品種だけに、現代の一般的なコメ造りとは異なる亀の尾の栽培には、苦心を重ねたようです。

 無農薬による栽培を軌道に乗せた1981年の翌年2月には亀の尾を混醸した純米酒を世に出します。その年の秋に収穫した亀の尾だけで仕込んだ純米酒が作られたのは、翌1982年春のことでした。その歩みには亀の尾を生んだ郷土の蔵元として、忘れられた米・亀の尾復活にかけた淳一氏の使命感と矜持があったように思えます。こうして地域の伝統に根ざした特色ある酒造りをしていた淳一氏が1993年に急逝します。落胆する間もなく蔵を継いだのが一良氏です。それは氏が前年7月にそれまで11年間勤めた協和発酵工業㈱から実家に戻った矢先のことでした。

2006.7.1attico.jpg【Photo】梅雨期に訪れた鯉川酒造の亀の尾栽培田。冷立稲の中から亀治が発見した3本の稲のDNAを受け継ぐ直系の稲が育つ。「無農薬田の土の色を覚えておいてください」とは社長の弁

 協和発酵在職中にワインアドバイザーの資格を取った一良氏は、ワインの買い付けと営業を担当しました。商談で訪れた欧州のワイナリーで目にしたのが、土壌や気候といった産地のテロワール(≒風土)を反映した結晶ともいうべきブドウへの徹底したこだわりでした。s-2006.7.1jyunmaidaiginjyou.jpg Enologist エノロジスト・Enologo エノロゴ(=醸造家)の技量もさることながら、常に畑でブドウと向き合う Agronomo アグロノモ(=栽培家)の存在が、醸造酒であるワインの品質を決めるのです。いかに腕の良い醸造家でも、品質が悪いブドウから良いワインは造れないのが道理。それは氏が酒造りと表裏一体になった農業の大切さを認識する契機となりました。造り酒屋の跡取りとして、原料となる米に及ぼす土や水の力、いわばテロワールの重要性を肌で感じたのです。かつて清川ダシに苦しめられた農民たちを救ったコメ発祥の地で酒造りをする以上、亀の尾は避けて通れない道筋。契約農家を含め蔵に隣接した自家所有の水田で無農薬で亀の尾を栽培する佐藤社長は、将来的には原料米も全て地元産にしたいと夢を語ります。

【Photo】亀の尾を40%まで磨く贅沢な造りをする「純米大吟醸生原酒 阿部亀治」。繊細な香りを活かすため、中硬度の自家井戸水ではなく鳥海山系の軟水を仕込み水に用いる。郷土の偉人、阿部 亀治に捧げた酒。墨痕鮮やかな揮毫は亀治の曾孫、阿部 喜一氏の手になるもの

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【Photo】仕込みを待つ米は、ほとんどが地元産。庄内町に4町歩以上の契約栽培田がある。中央にうずたかく積まれたのが亀の尾。手前は蒸した米を平らに伸ばした上に麹種をかけた状態。この後、麹室に入れられる

 
 バスで一面雪に覆われた庄内町を走ることしばし。ほどなく黒塀とこんもりとした木立に囲まれた鯉川酒造に到着しました。佐藤社長には、冷たい風のなか、わざわざ蔵の外で迎えて頂きました。築100有余年の歴史と風格を漂わせるお屋敷の座敷で社長のお話を伺いながら、奥様に蔵の仕込み水となる井戸水で点(た)てた抹茶とお茶菓子でおもてなし頂きました。こちらの蔵では、いつもこうして仕込み水の味を確認してもらおうと抹茶とお茶菓子でおもてなし頂きます。凛とした空気が漂う仕込み蔵に移り、契約農家から納められる酒米の90%以上が地元産という米蔵を見せていただきました。酒造好適米として広く高い評価を受ける「山田錦」や、kamijikoujitsu.jpg熟成に耐えるバランスの良さで近年注目を集める秋田生まれの「美郷錦」に加え、特Aランクの優れた食味を持つ「はえぬき」や高級酒用に開発された「出羽燦々」、そして「亀の尾」など地元山形ならではのコメが仕込みを待ち受けています。この冬から杜氏を勤めるという高松 誠吾 製造部長の解説のもと、亀の尾で仕込んだ純米吟醸「亀治好日」を試飲させていただきました。通常は火入れをして味を落ち着かせてから出荷される酒ですが、このしぼりたての生酒は亀の尾特有のほのかな酸味と甘味が入り混じり、炊き立てのご飯のような米の香りが含み香として残ります。燗をつけた食中酒としての旨さをかつて私に知らしめてくれたこの酒、ぜひぬる燗でお試し下さい。

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【Photo】火入れ前のしぼりたて「亀治好日」を試飲。「まだ味が落ち着いていませんが・・」というものの、精米歩合55%の活き活きとした亀の尾の香りが後を引く(上写真)      裸電球の熱で発酵を促すと語る杜氏の高松 誠吾 製造部長。櫂棒(かいぼう)で醪(もろみ)を攪拌すると底に溜まった炭酸ガスがボコボコと抜けてくる(左写真)

 温度管理に細心の注意を払うという発酵中の大吟醸の酒母からは、すでに良い香りが立ち上がってきます。発酵を均一に進めるため、日に2~3回の攪拌は欠かせないといいます。蔵限定の火入れ前の亀治好日を味わえただけでなく、手をかけた造りをする日本酒の奥深い世界を窺い知ることができ、一同感激した面持ちでした。大吟醸特有の華やかな吟醸香を楽しむだけではなく、数年寝かせてから燗にして複雑な味わいを楽しんでほしいというこの蔵では、純米大吟醸のバックヴィンテージをいくつか抱えているようです。この日の夜、食卓を共にした佐藤社長が持参されたのは、まさにそんな秘蔵の一本でした。

 仕込み蔵から再び座敷に戻った私たちを待っていたのは、ぬる燗をつけた「鉄人うすにごり」なる純米吟醸でした。2005年3月に劇場公開された映画、実写版「鉄人28号」の監督、冨樫 森 氏は佐藤社長の高校時代の同級生。1960年代にアニメ放映された横山 光輝原作の「鉄人28号」tetsujinusunigori.jpgのリメイク映画を友人が手掛けるとあって、佐藤社長が一肌脱いで造った酒です。通常は庄内町の契約農家が栽培する酒米「五百万石」から造る酒ですが、私たちが頂いた平成18BYの酒は、五百万石が不作だったため、「出羽燦々」で醸したのだそう。かつて社長も胸躍らせたであろう鉄人の名を冠した酒は無敵の旨さ。淡い粉雪のような濁りはさほど強くはなく、43度の適温に燗をつけた酒は、さらりとした飲み心地。佐藤社長によれば、人間の体温に近いぬる燗の酒は、アルコール吸収のストレスがなく、肝臓が効率的に働くのだそう。仕込み水をチェイサーにすれば、二日酔いなど決してしないのが純米酒の良さでもあるとも断言。世の呑ん兵衛諸氏、純米酒を愛飲しましょうね。(笑)

【Photo】細やかなもろみの粒子が溶け込んだ「鉄人うすにごり」。和風モダンなラベルともども、音楽を愛し、自作した「出羽燦々」のPRソングを持ち前の美声で歌い上げる蔵元の遊び心ある一本

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 蔵元が座敷の障子を開くと、雪に埋もれたお屋敷の庭が目に入ります。重ねる盃は淡い白雪のような「うすにごり」。飲み心地の良さも手伝って、つい長居をしてしまいそうでしたが、ツアーの仕上げとなる「燗酒と寒鱈のマリアージュ」を皆さんに体感いただく時間が迫っていました。とっぷりと日が暮れ、ツルツルのアイスバーンと化した「庄内こばえちゃライン」を時速30キロで向かった先は、鶴岡市のアル・ケッチァーノ。奥田シェフには「寒鱈尽くしで一行を昇天させてね」と頼んでありました。佐藤社長を交えて始まった寒鱈と燗酒の宴はいかなるものだったか? "細工は流々、仕上げを御覧じろ" ということで、詳報は次回庄内の美味を堪能する会 《後編》 「燗酒と寒鱈で乾杯」! (引っ張るなぁ、今回は・・・)  つづく

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2008/01/29

寒中に寒鱈で乾杯

庄内の美味を堪能する会 《前編》

gassanntunnel.jpg【Photo】厳冬期の月山道路。冬ならではの庄内の美味と巡り合うためには、この難所を越えなくてはならない

 去る1月20日(日)に「庄内の美味を堪能する会」が催されました。このツアーの提唱者は、仙台のお弁当製造企業「㈱こばやし」の小林 蒼生社長です。仙台の企業経営者やブランチの長の方々に加え、当社の一力 雅彦社長も参加して行われました。小林社長から行程のプロデュースを仰せつかった私は、"庄内系"の名にかけて内容を吟味しました。ご夫妻で参加された5組を含む総勢21名が参加したこの旅行会、わが社が提唱する仙山圏交流の広域拡大版ともいえる展開となったのです。

tatsutaage.jpg【Photo】九兵衛旅館で頂いた「寒鱈の竜田揚げ」。思わず庄内弁で「んめのー(=おいしいなぁ)」

 小林社長は、職業柄、全国の美味しいものを食べ歩いておられます。これまで社長とは幾度となく庄内にご一緒しました。社長の主目的は、鶴岡のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」で食事をすること。「あんたが一緒だと店の扱いが違うから」(⇒そんなことはない...)と、いつも私の同行を求めるのです。時間が許す限り、四季折々に多彩な食材が揃う庄内の産直施設や生産の現場へも私がご案内するので、実益を兼ねてという側面もあるのでしょう。やがて社長は、すっかり庄内の魅力にハマってしまいました。お付き合いの幅が広い社長は、これまでも食に関心が高いお仲間や取引先に声を掛けられ、私がガイド役となる5~6人による庄内ツアーを何度も実施してきました。私は私で、別途お付き合いのある仙台や東京圏から訪れた料飲店関係者を庄内にご案内したことも数回あります。そうした中から、プロのお眼鏡に叶う質の高い庄内産食材が仙台や首都圏の飲食店で使われるケースが生まれています。命を繋ぐ安全で美味しい食材を提供してくれる庄内の生産者。彼らの真摯なお仕事ぶりを見るにつけ、私も自信をもって食材をご紹介できるのです。新たな販路を紹介できれば、ささやかなお返しにもなるので、一石二鳥といったところでしょう。

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【Photo】九兵衛旅館の「鱈の子ごはん」。付け合せは胡麻豆腐・フキの酢味噌和え・ひろっこ(アサツキ)のおひたしの三点。漬物は温海カブの甘酢漬けと青菜漬け

 朝8時30分に大型バスで仙台を出発したこのツアーのテーマは「寒鱈を食べ尽くす」。まず目指すは鶴岡 湯田川温泉の「九兵衛旅館」です。参加メンバーのお一人、仙台秋保温泉の名旅館「佐勘」の佐藤 勘三郎社長から、後輩にあたる先方の大滝 研一郎専務に「美味しいものを日頃召し上がっておいでの方たちなので、量は少なめで良いものを」と昼食の手配をかけて頂いていました。この日は例年2万人の人出で賑わう「鶴岡 日本海寒鱈まつり」の開催日に重なったため、寒鱈の調達に苦労されたようです。到着後、湯田川の肌触りが柔らかな硫酸塩泉のお湯をお楽しみ頂いた後、サントリー㈱東北支社 西宮 佑二支社長のご発声で乾杯。そこへ旬の寒鱈を使った料理が運ばれてきました。一皿目は「寒鱈の竜田揚げ」。脂が乗った寒鱈の白身をキツネ色に揚げたものです。ジューシーな白身の旨みがカラっと揚がった衣の香ばしさと共に口一杯に広がります。これはビールとの相性がピッタリ。地元では「ひろっこ」ともいうアサツキのおひたしや温海カブの甘酢漬けkuheikanndarajiru.jpgといった庄内の味覚を、真鱈の卵を醤油と味醂・酒で漬けた鱈の子ごはんと共に頂きました。これだけは外さないでとお願いしていた寒鱈汁【Link to back number】は、味噌に酒粕がほのかに香り、長ネギや半月切りにしたダイコンと共にガラもしっかり入ったもの。旅館の寒鱈汁ということで上品な味付けを予想していましたが、良い意味で予想を裏切られて皆さん大満足の様子でした。
【Photo】九兵衛旅館の「寒鱈汁」

 九兵衛旅館の女将 大滝 澄子さんは、作家・藤沢 周平(1927~1997)が山形師範学校(現・山形大学)卒業後の1949年4月、当時の湯田川村立 湯田川中学校に教師・小菅 留治(藤沢 周平の本名)として着任した際の教え子でした。小菅教諭は結核を患ったため、わずか2年で教壇をyuzusamejinjya.jpg 去ることになりますが、療養後に業界紙記者を経て藤沢 周平として文壇デビューを果たした後も教え子たちとの交流は続き、九兵衛旅館にたびたび逗留したといいます。九兵衛旅館には、藤沢 周平が終生続けた女将との交流を窺わせる手紙などが常時展示されています。映画「たそがれ清兵衛」で宮沢りえ演じる朋江が清兵衛の娘たちと村祭りで演じられるひょっとこ神楽に興じる場面のロケが行われた「由豆佐売神社(ゆずさめじんじゃ)」は温泉街から石畳の小路を歩いてすぐ。雪化粧した杉並木の階段の先にある社殿へと詣で、名匠 山田 洋二監督が描いた心豊かな藤沢文学の世界に浸ったのでした。

【Photo】由豆佐売神社の参道(右写真)

kankoubussannkan.jpg【Photo】「庄内観光物産館」内の菅原鮮魚店で。一番大きなオスの寒鱈には17,000円の値札が(左写真)

 庄内の風土のように人を優しく癒すまろやかなお湯と満ち足りた食事にまったりモード漂う中、庄内観光物産館へ移動、買物タイムとなりました。オス1kg 2,000円、メス1kg 1,000円、白子1kg 3,000円という庄内浜産寒鱈の値段に皆さん目を丸くしていました。taranobori.jpg
【Photo】「鱈のぼり」が目印。鶴岡日本海寒鱈まつり会場

 そこから市街中心部の鶴岡銀座商店街で開催中の「鶴岡 日本海寒鱈まつり」会場へと向かいました。到着が14時近くとなり、まつりは終盤。すでに寒鱈汁が完売となって店じまいをした出店もありました。九兵衛旅館とは味付けのタイプが異なる寒鱈汁を皆さんに味わっていただこうと、お目当ての出店を探しました。なにせ4年連続で来ている鶴岡 日本海寒鱈まつり。事前に傾向と対策はできています。「白身が無くなって、ガラだけのガラ汁だから一杯500円のところ300円でいいよー」という呼び込みに並ぶことしばし。2008tsuruokakandarajiru.jpg皆さんには別腹で寒鱈汁を召し上がって頂きました。もはやガラだけとなった汁には寒鱈の旨みが滲み出ており、味噌と共に酒粕の効いた私好みの味付けは今年も健在でした。

【Photo】終了時間迫る「鶴岡 日本海寒鱈まつり会場」で頂いた岩海苔とアラがたっぷりと入った「商店街婦人部」のドンガラ汁(寒鱈汁)は300円のバーゲンプライス
 
 午前中から昼過ぎは多くの人手で賑わったという寒鱈まつり会場も、2時をまわって幾分人もまばら。寒鱈汁で一度は温まったものの、2℃ほどしかない気温の中で底冷えがしてきました。こりゃ堪らんと日本酒好きの呑兵衛数名が立ち寄ったのが、 商店街にある「山形の地酒 佐野屋」です。wataraimiyama.jpg鶴岡市西部の大山は、藩政期より天領の造り酒屋街として栄えた地区。現在では4軒の蔵元が酒造りを続けています。店頭でグラス売りされていたのが、「渡會本店 出羽ノ雪酒造」の限定品「和田来(わたらい)」の新酒、純米吟醸でした。冷えた体を中から温めようと再び乾杯。美山錦を55%まで磨き、朝日水系の中硬度の伏流水を精製して仕込んだ芳醇なしぼりたての生酒は、華やかな吟醸香が程よく立ち上がり、口に含むと原酒ならではのボリュームを備えながらも、トロリとした滑らかな口当たり。ん~ぬくまるのぅ。もう一杯呑みたかったのですが、次なる目的地に向けて出発の時刻が迫っていました。寒中に寒鱈で乾杯したカンカン尽くしの一行が目指す先は? そう、 ぴったしカンカンでお察しの通り、燗酒で乾杯をしに向かったのです。まぁまぁ、「オヤジギャグばっかじゃん!」とカンカンにならずに・・・。つづく

◆ 大山新酒・酒蔵まつり
新酒が出回る時期に催される日本酒好きには堪らないイベント。鶴岡市大山地区の4軒の酒蔵(冨士酒造・加藤嘉八郎酒造・渡會本店・羽根田酒造)ほかを巡る「酒蔵スタンプラリー」では心ゆくまで試飲ができ、酒蔵ならではの限定品も提供。夕刻からは旬の郷土料理を肴に「新酒パーティー」(前売り制)
【開催日】 2008年2月9日(土)
【開催地】 鶴岡市大山各所(各酒蔵・大山商工会館・大山コミュニティセンターほか )
       ※酒蔵スタンプラリー券 500円
【問合せ】 新酒・酒蔵まつり実行委員会事務局(大山商工会内) TEL:0235-33-2117
【URL】  http://www.tsuruokakanko.com/season/fuyu/sake.html


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2008/01/15

寒鱈汁は怒涛のうまさ

冬こそ庄内へ!! こばえちゃ「寒鱈まつり」

mare_giappone.jpg【Photo】次々と押し寄せては岩礁に砕け散る荒波。まるで東映映画のオープニングを観ているかのよう。厳しい冬の表情を見せる鉛色の日本海。R7 鶴岡市波渡岬付近

 厳冬期の庄内浜。灰色の雲が低く垂れ込める空の下、岩に砕けた高波は強風にあおられ浪の華となって舞い飛びます。防波堤を乗り越えた荒波は港に停泊した漁船を弄ぶかのように揺らします。「この時化(シケ)じゃ、タラ漁は休漁だ」。

 そんな考えが頭をよぎると、とある演歌のフレーズが浮かんできませんか? "♪ 波の谷間に 命の花が~、ふたつ並んで 咲いている~" そう、ここは鳥羽一郎の「兄弟船」をBGMにすると世界に浸れますよー。((-.- = -.-))〃ソンナコト、ナイナイ) ハイ、ご一緒にぃ "♪ 兄弟船は 真冬の海へ 雪の簾をくぐって進む、 熱~いこの血は~ 親父譲りだぜぃ..." くぅ~、シビレルのぅー。

 押し寄せる日本海の怒涛を前にすると、荒海に立ち向かう男の歌に妙にラテンの血が騒ぐ自分。波間を舞い飛ぶウミネコは風にあおられ右往左往。
"♪ ヒュルリー、ヒュルリララ~"(⇒こりゃ冬のツバメの歌でしたっけね ?(゚~゚)ヾ

 さっ、気を取り直してと・・・

fiore_di_onda.jpg【Photo】荒波が岩に砕けてできるフワフワとした浪の華が岩肌にびっしりと貼り付く。肌を刺す冷たい北西からの強風に煽られた浪の華が目の前を舞ってゆく。R7 鶴岡市波渡岬付近

 霰(あられ)混じりの雪と北西の季節風が吹き荒れる1月から2月にかけては、日本海が最も荒ぶる季節。たとえ一昨年のような記録的な豪雪であっても、高い雪の壁ができる月山道路や、水墨画の世界と化す最上川沿いの凍結したR47を越えてでも、美味の宝庫庄内を目指す庄イタ。それは寒さが一番厳しい季節にこそ、その地でしか味わえないものがあるから。

 その筆頭格が、凍てつく冬の日本海の恵み、寒鱈を味噌で煮込んだ「寒鱈汁」。二十四節気で最も寒さが厳しいとされる大寒の頃(1月20日頃)、脂が乗って丸々と太った真ダラを庄内では「寒鱈」と称して尊びます。

nezugasekikanndara.jpg【Photo】粘液で覆われヌラヌラとした肥満体。水圧変化によって飛び出した目玉。こんなオジサンは世の女性たちから疎まれそうだが、寒鱈にとってはコレが男前の条件。宝石のごとくテラテラと輝く白子、滋養が詰まった肝臓。うまいんだ、コレがっ!

 北海道から東北一円にかけてが、おもな漁場となるマダラ。なかでも日本一の高値を付けるのが庄内浜で揚がる寒鱈だとされます。例えば、三陸産のマダラは白子が入った10キロ近い大型のオスでも5,000円ほどですが、日本海の荒波に揉まれた庄内浜の寒鱈は大型のオスともなると、ゆうに20,000円を超える値が付きます。かつては醤油漬けにして温かいご飯にのせて食べるタラコを持つメスのほうが価値があったのだそう。現在では、男女の地位が逆転し(?)、メスはオスの半値ほど。

 タラというと、鱈ちり鍋などの比較的淡白な料理を連想するかもしれませんが、身が締まった寒鱈を使った寒鱈汁は全くの別物。胴(白身)とガラ(白身以外のアラ)を余すところなく使うことから、「ドンガラ汁」とも呼ばれます【注】。身と内臓をブツ切りにし、ヒレやエラ、中骨と共に煮込む漁師料理が原型とされる豪快な冬の庄内の味覚です。

tarajiru.jpg【Photo】厳しい冬の日本海の恵み寒鱈汁。体の芯まで温まる

 重低音の海鳴りを伴った時化が収まった深夜2時過ぎ。鶴岡市の由良漁港や鼠ヶ関漁港からは、真っ暗な港を次々とタラ漁の漁船が沖合い10~20km付近の「鱈場」と呼ばれる漁場へ出港してゆきます。狙い目は水深200~300m付近にいる産卵を控えた真ダラ。主流となるのは底曳網漁で、延縄(はえなわ)を用いた漁も行われています。延縄漁師が狙うのは、水深300mより深い海底近くにいる底生魚です。海底付近では、年間を通して氷温に近い海水温度が保たれています。底曳網で一網打尽にされる寒鱈よりも、延縄で一尾ずつ釣り上げられる寒鱈のほうが、魚体を保護する表面のぬらぬらとした粘膜が残されたまま揚がるため、より傷みが少なく上物とされます。

 もともと大食漢のタラは、多量の消化酵素を持つことで消化・吸収を行っています。真鱈は海中では消化酵素の活動が抑制される低温域に生息する魚。それが船上に揚がると、自身が持つ多量の酵素が活性化し、魚体の傷みが一気に進むのです。そのため、漁獲したタラは速やかに氷詰めにされ、鮮度維持に細心の注意を払って港へと運ばれます。タラの旬となる1月は海が時化ることが多く、希少性が高い「由良産の寒鱈」はひときわ威光を放つブランドとして地元で定着しています。

mizuage.jpg【Photo】鮮度が命の寒鱈は、水揚げされると直ちに氷詰めされた発泡スチロールの箱に入れられ港まで運ばれる。鼠ヶ関漁港にて

 真ダラは産卵期が近くなると、「鱈腹食べる」の由来となった旺盛な食欲に拍車がかかります。タラは一般に広範囲な回遊はせず、寒帯から亜寒帯にかけての水深300mよりも深い深海域に生息する魚。エサが少ない深海域にいるタラは、大きな口と体長の1/3以上を占める巨大な胃に手当たり次第にエサとなるイカ・タコ・貝・小魚・ゴカイなどはおろか、海底の石までも飲み込みます。そうして摂りこんだ栄養は肝臓に蓄えられ、ぷっくりと膨らんだメタボな体型を形作るのです。ビタミンを豊富に含む「アブラワタ」(肝臓)は寒鱈汁の味に深みを与える立役者となります。コリコリとした胃袋やエラに加えて「タダミ」(酒田)「タヅ」(鶴岡)と呼ばれる白子のまったりとした食感が堪りません。

kandarajirutsuruoka.jpg【Photo】鶴岡・日本海寒鱈まつり「商店街婦人部」の出店で出される寒鱈汁。例年、アブラワタと酒粕をたっぷりと用いた濃厚な味付けで、身も心も暖めてくれる私のお気に入りのひとつ

 寒鱈汁に欠かせないのが、雪が舞って海水温が下がると波打ち際の岩場に密生することから「雪海苔」ともいわれる「岩海苔」です。寒鱈の漁期と岩海苔の収穫期は12月から2月にかけてと重なり、ともに寒ければ寒いほど味が良くなるとされます。寒風吹きすさぶ波打ち際でしぶきを浴びながらかじかむ手で岩海苔を手摘みする作業は、ことのほか重労働。凍てつく海へと漁に出る男衆と岩海苔を摘む女性たち。寒鱈汁は、冬の苛酷な自然と向き合う庄内の人々が生み出した、海の恵みを余すところなく使った郷土料理にほかなりません。

kandarafes_Tsuruoka.jpg【Photo】多くの人出で賑わう'07年の「鶴岡 日本海寒鱈まつり」会場。毎年およそ2万人分が用意される寒鱈汁に舌鼓を打つ。「平成18年豪雪」と気象庁が命名した厳しい前年の冬から一転、穏やかな陽気のもとで寒鱈まつりが開催されたこの年。鯉のぼりならぬダンダラ模様の「寒鱈のぼり」(写真奥)を眺めながら、「こうも暖冬じゃ"暖ダラまつり"じゃん!」とひとり突っ込みを入れるのだった

kandarafes_sakata.jpg【Photo】鶴岡の翌週に開催される「酒田 日本海寒鱈まつり」会場のひとつ、中通り商店街にて。鶴岡と同様にテント張りの出店ごとに味付けが異なるため、ハシゴして好みの寒鱈汁を探すのも楽しい。会場では、寒鱈の解体実演やお楽しみ抽選会もあり、この日は「すし券」を見事ゲット。寒鱈汁を満喫ののち、市内日吉町の寿司屋へと繰り出した。ゲプッ・・(失礼) 
 
 平成の世を迎えた頃から、遊佐・酒田・鶴岡・温海など庄内各地で「寒鱈まつり」が開催されるようになりました。寒鱈汁は、味噌ベースの出汁に酒粕を混ぜ、鱈のほか家庭によって具にネギや大根、豆腐などを加えるので、味付けが家ごとに異なります。居並ぶ出店からは、鍋から立ち上る湯気と共に濃厚でおいしそうな寒鱈汁の香りが漂ってきます。底冷えする屋外でハフハフさせながら頂く寒鱈汁はまた格別。口直しには青菜漬で包んだ味噌おにぎりを炭火で焙った香ばしい「弁慶めし」をどうぞ。アツアツの寒鱈汁には、何と言っても地元庄内の燗をつけた日本酒が良く合います。左党の方には、鶴岡「雪見昼御膳」【click!】や酒田「地酒フェア冬の膳」【click!】もまた一興。藩政時代からの酒どころ鶴岡・大山の蔵元や、酒田の蔵元のしぼりたて新酒と寒鱈汁をはじめとする料亭の味がセットで楽しめるという欲張りな企画です。"寒鱈汁はおいしそうだけど、寒いのは苦手"というネコ科の方には、屋内で頂ける由良や遊佐の寒鱈まつりをオススメします。地元の寒鱈汁通に言わせると、観光客向けに白身を多く入れる上品な寒鱈汁では物足りないのだとか。野菜や豆腐を入れず、ガラがたくさん入る由良のドンガラ汁こそダイナミックな漁師料理としての寒鱈汁本来の味がするといいます。 しかし、威勢の良い声が飛び交い、いくつもの出店が立ち並ぶ鶴岡・酒田の寒鱈まつりには、さまざまに食べ比べる楽しさもあります。

【Photo】 ガラからとれるダシが合わせ味噌の味にコクを与え、具はアラが多く入った寒鱈と岩海苔だけ。地元の支持が高い「由良寒鱈まつり」の寒鱈汁は、これぞ「ドンガラ汁」と呼びたい磯の香漂う味わい

 遊佐まで足を伸ばせば、寒鱈に福を呼び込むクサフグを加えた「鱈ふく汁」を頂けます。いずれも地元のどんがら汁ファンに観光客も少なからず加わるので、昼前に早く行かないと、売り切れ (TT)なんてことにもなりかねませんよー。
 では、会場でお会いしましょう。こばえちゃ(庄内弁で「来ればいいのに」「いらっしゃい」の意)、寒鱈まつり !


2008年寒鱈まつり概要 
▼鶴岡 日本海寒鱈まつり
【開催日】 2008年1月20日(日)午前10時30分~午後3時
【開催地】 鶴岡銀座商店街 特設会場
        ※寒鱈汁:当日500円 前売券:1,000円(1,050円分の商品券)
【問合せ】 鶴岡銀座商店街振興組合 TEL:0235-22-2202
【URL】 http://www.tsuruokakanko.com/season/fuyu/kandara.html

▼鱈ふくまつり
【開催日】2008年1月20日(日)午前10時30分(受付開始)~午後2時
【開催地】遊佐町 吹浦西浜 ふれあい広場(マルチドーム「ふれんどりぃ」)
       ※鱈ふく汁:当日600円(抽選券付)前売券:1,200円(抽選券付)
【問合せ】 遊佐鳥海観光協会  TEL:0234-72-5666
【URL】 http://www.town.yuza.yamagata.jp/

▼酒田 日本海寒鱈まつり
【開催日】2008年1月26日(土)27日(日)午前10時30分~午後3時30分
【開催地】中町モール・中通り商店街・さかた海鮮市場・JR酒田駅前広場・中町交流ひろば
      ※寒鱈汁:当日500円 前売券:1,200円(寒鱈汁券2枚、お楽しみ券2枚、抽選券1枚)
【問合せ】 酒田観光物産協会 TEL:0234-24-2233
       酒田市観光物産課 TEL:0234-26-5759
【URL】 http://www.sakata-kankou.gr.jp/matsuri/kandara/index.html

▼由良寒鱈まつり
【開催日】2008年1月27日(日)午前10時30分(受付開始)~午後1時30分
【開催地】鶴岡市フィッシングセンター(由良自治会隣り)
      ※寒鱈汁:500円(限定800食)
【問合せ】 由良寒鱈まつり実行委員会(由良自治会内) TEL:0235-73-4141
       鶴岡市農山漁村振興課 TEL:0235-25-2111(内線558)
【URL】 http://www.city.tsuruoka.lg.jp/050200/page1816.html

▼しゃりん寒鱈まつり
【開催日】2008年2月3日(日)午前10時(受付開始)~完売まで
【開催地】鶴岡市早田 道の駅あつみ「しゃりん」
      ※寒鱈汁400円(限定500食)
【問合せ】 鶴岡市温海庁舎 産業課観光商工班 TEL:0235-43-4617
【URL】 http://www.city.tsuruoka.lg.jp/901500/page303.html

さて、今年は何処へ? (いずれもなくなり次第終了)

【注】 「ドンガラ汁」は元来、魚のアラを使った汁物一般を指す。なかでも寒鱈を用いた寒鱈汁は横綱格。ここ数年、さまざまな味付けで寒鱈汁を振舞う「寒鱈まつり」が冬の庄内の観光資源として定着して以来、「ドンガラ汁」イコール「寒鱈汁」を指す場合が多い。鱈を使った汁物料理は、ほかに青森県津軽地方周辺の「じゃっぱ汁」、秋田県男鹿半島周辺や宮城県南三陸町志津川の「ざっぱ汁」なども。味噌仕立てのほか「しょっつる」味や塩味にするなど、地域によって味付けや材料とする魚が鮭や鯛だったりとさまざま。酒田でも塩味・酒粕仕立ての「新寒鱈汁」が3年前から登場した

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2007/12/15

どこかの畑の片すみで

 だだちゃ豆、温海カブ、民田ナス、佐藤錦、もってのほか・・・。皆さんも一度は耳にしたことがあるであろう農作物の名前。これらは山形県に伝わる在来作物です。すでに商品化され名が知られたこうした例だけでなく、山形各地には個性豊かな伝統野菜に代表される在来作物が数多く残されています。

 在来作物に詳しい山形大学農学部 江頭 宏昌准教授によれば、現在山形県内で確認されている在来作物は133 品目。ひとつの県単位でこれだけの在来作物の存在が確認されている例は全国でも珍しいといいます。山形県下四地域における在来種の分布数は以下の通り― 新庄市周辺の最上地域20 品目、山形市周辺の村山地域34 品目、米沢市周辺の置賜地域22 品目、酒田市・鶴岡市周辺の庄内地域64 品目。この中には、複数地域で栽培されるケースも含まれますが、他地区の2倍~3倍の在来作物が伝わる庄内地域の突出ぶりが目につきます。

【Photo】鶴岡市白山地区に広がるだだちゃ豆の畑。収穫時期が異なる品種を栽培するため、丈が異なるのがお判りいただけるかと

 鶴岡市在来の枝豆「だだちゃ豆」にしても、極早生種「舞台(ぶで)」から最晩生種「彼岸青(ひがんあお)」に至るまで、系統を大別すると20 種以上。収穫時期にも二ヶ月もの開きがあるのです。地元の食味コンテストでトップクラスの評価を受ける無農薬のだだちゃ豆を生産する「月山パイロットファーム」の相馬一廣氏【下の集合写真・前から3列目右から2番目 】によれば、細分化すると40 種は存在するはずだといいます。64 品目という庄内地方における在来作物の数では、だだちゃ豆はあくまで1品目としてカウントしているのだそう。いやはや恐れ入りました。

 鶴岡市外内島(とのじま)地区に伝わる在来野菜「外内島キュウリ」を、ごく最近まではただ一人で栽培してきた上野 武さん【集合写真・前列から3列目右から4番目】の畑を8月上旬に訪れた時のこと。もはや旬を過ぎた畑には褐色に変色した採種用のキュウリがわずかに残るだけです。その畑の片すみに育つ枝豆を指差し、「あの甘露(かんろ)という品種は8月中旬、そっちの外内島だだちゃは8月下旬が旬。」と仰っていました。鶴岡市近辺に点在する産直施設を7月末から9月の夏場に訪れてみて下さい。時期ごと、場所ごとに多種多様なだだちゃ豆が試食用に出ており、系統ごとの形状と味わい・香りの違いを実感することができるでしょう。

mousou.jpg【Photo】朝採りプリップリの谷定孟宗。真っ白な断面の形状が楕円形の地中で圧力をうけた平孟宗(ひらもうそう)は美味しさの証

 桜前線が通り過ぎた後、まだかまだかと私がその到着を待ち焦がれるのが"筍(タケノコ)前線"です。鹿児島・福岡・京都・静岡・・・と北上する筍のなかでも食味に優れる孟宗(もうそう)の北限とされるのが南庄内。柔らかでエグミが無く、アク抜きの必要すらない庄内産孟宗。鼠ヶ関に近い海沿いの鶴岡市早田(わさだ)地区と、湯田川周辺から信仰の山・金峯山(きんぼうざん)北東側斜面の鉄分が多い粘土質土壌が広がる集落、滝沢・谷定(たにさだ)へと産地が東へ移動すると、姿は同じでも微妙に味が異なってきます。鮮度が命の孟宗ゆえ、何を差し置いても地元へ赴いて食べるのが一番。庄内は孟宗に関して一人当たりの消費量が日本一だといわれる土地柄です。酒粕と味噌仕立てで頂く庄内の郷土料理「孟宗汁」 【click!】は、春から初夏への季節の移ろいを旨みたっぷりに感じさせてくれます。金峯山南東斜面や修験道の里・羽黒町高寺(たかでら)に広がる孟宗竹林は、京都からこの地を訪れた修験者が植えたものが広まったのだとされます。
 
 ちなみに鶴岡市早田地区には、在来のマクワウリ「早田ウリ」も残っています。1950年代に登場した甘味が強く日持ちするアンデスメロンに押され、現在では10軒ほどの農家によって細々と栽培される早田ウリ。キュウリのような味にメロン特有のほのかな甘みが交差する早田ウリは、大正期に北海道松前町へと出稼ぎに出向いた早田地区の男性が持ち帰ったものだとか。そのためか、「松前ウリ」とも呼ばれているようです。私を魅了して止まない庄内の食文化は、こうしたさまざまな物語を持つ個性豊かな在来作物を受け継ぐ人々の存在と、四季折々の山の幸と庄内浜の海の幸の恵みがもたらすものです。

IMG_2080.jpg
【Photo】在来作物を伝える生産者が、行政・研究者・料理人と結束して地域の宝を守ろうとしている庄内。今年7月、al.chè-cciano の隣に開店したカフェ il.chè-cciano のオープニングパーティに集った「藤沢カブLink to back Number」「平田赤葱Link to back Number」「カラドリイモ」「ヤマブドウ」などの生産者・研究者と店のスタッフ。彼らは固い信頼で繋がっている
 
 2003年11月には「山形在来作物研究会(略称:在作研)」が発足しました。在作研には、研究者・行政・料理人・生産者・一般消費者など、県内外のさまざまな立場の人々からなる360人ほどの会員が現在参加しています。在作研の母体となった山形大学農学部は、1947年に前身の山形県立農林専門学校が設立されて以来、ずっと鶴岡の地に置かれています。当初、実習に欠かせない演習用地探しが内陸の村山地域で難航していたところに、1945年に当時の加藤精三 鶴岡市長(加藤紘一衆院議員の父)が周辺町村に呼びかけて用地提供を含めて誘致に乗り出した経緯があります。

 1949年から山形県立農林専門学校で教鞭をとり、山大農学部の教授を1976年まで務めた青葉 高氏(1916~1999)は、著書「北国の野菜風土誌」(東北出版企画 1976)や「野菜-在来品種の系譜」(法政大学出版局 1981)の中で、かけがえのない在来作物の価値を指摘、わが国でいち早く保護の必要性を訴えた研究者です。日本が飽食の時代を迎えた1980年代中盤以降、京野菜や加賀野菜が脚光を浴びる以前から、山形には在来種の価値を見抜いていた先人がいるのです。在作研では、現在年1回の公開行事と会員向けの会報「SEED」を発行しています。青葉氏が撒いた種は、教え子や遺志を受け継ぐ人々によって芽吹き、在来研を通して実を結びつつあるのです。

dokokanohatake.jpg【Photo】表紙は温海カブ。かけがえのない地域の固有の遺産である在来作物が数多く残る山形の底力を知るには最適の一冊「どこかの畑の片すみで」

 今年(2007年)8月末、山形大学出版会から在作研が編纂した「どこかの畑の片すみで」が出版されました。研究者向けの専門的な内容ではなく、身近かにある宝物の価値を一般消費者に認識してもらうための、平易な読み物となっています。冒頭では、生物多様性が必要な理由や、在来作物の保護の必要性が解りやすく解説されています。在来研の幹事を発足以来務める江頭准教授と在来研のメンバーに名を連ねるアル・ケッチァーノ奥田シェフによる対談を挟んで、地元・山形新聞夕刊に連載中の「やまがた在来作物」で紹介された45 種の在来作物の物語が写真入りで紹介されています。そこでは足掛け5年にわたる綿密なフィールドワークを通して、在作研が確認した個性豊かな在来作物とともに風土が生み出した貴重な種を受け継ぐ人々の声が紹介されています。

【Photo】2006年3月に鶴岡を訪れたイタリア・マルケ州アンコーナ県 Arceviaアルチェヴィアのシルビオ・プルガトーリ町長(中央)から、地元の在来作物を守る取り組みに対し、表彰状を贈られた江頭准教授(右)と奥田シェフ(左)

 しかし現実に立ち返ってみると、人の手による品種改良が加わった商業品種と比べれば、生産効率が悪く、個体間のばらつきが出やすい在来作物は、種を受け継ぐ人たちの高齢化も手伝って、急激に数を減らしています。山形県内各地の畑を精力的に回る江頭先生は、「去年までは作っていた」「数年前までは見かけた」という言葉とよく出くわすといいます。現代のバイオテクノロジーをもってしても、一度途絶えた種は、もう永遠に甦らせることはできません。まさに覆水盆に帰らず。在来種が途絶えることは、単にひとつの品種の滅びと、先人が残した生産技術の消失を意味するのではありません。それは特徴ある食べ物や生産物にまつわる暮らしぶりや調理法など、営々と受け継がれてきた地域の記憶とかけがえの無い財産の消失にほかならないからです。

 あなたもそんな畑の片すみに目を凝らしてみませんか?

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どこかの畑の片すみで =在来作物はやまがたの文化財=
山形在来作物研究会 編  発行:山形大学出版会
A5判 167ページ  本体定価1,429円+税

山形在来作物研究会
URL:http://zaisakuken.jp/

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2007/09/28

平田の赤ねぎ

 江戸幕府の御用商人・河村瑞賢によって開かれた西回り航路の北の基点として、最上川交易の集積地であった湊町・酒田。1893年(明治26)の稼動以来、114年を経た今も庄内米を備蓄する山居倉庫の黒い板壁と、冬の季節風や西日を遮るため明治期に植えられた欅並木が、季節ごと美しいコントラストを見せます。井原西鶴の日本永代蔵で日本海側随一と称えられた酒田の繁栄を支えた商家「三十六人衆」のうち、現存する旧鐙屋(あぶみや)や本間家旧本邸の豪奢な佇まいに、活気に満ちた往時の面影が偲ばれます。

Sankyo_Souko.jpg【Photo】緑したたるケヤキ並木が美しい初夏の山居倉庫

 酒田のみならず、山形県を貫流する最上川沿いには北前船交易の遺産が残ります。小鵜飼舟や一回り大きい艜(ひらた)舟といった小舟で最上川河口の酒田まで運ばれた物資は、そこで大きな千石船に積み替えられ、海路上方へと運ばれてゆきました。江戸期より重要な交易品だった紅花の産地・山形内陸の河北町谷地(やち)には、享保雛や古今雛などの雛人形が、江戸期から明治にかけて紅花商人たちによって上方からもたらされました。これらの雛飾りは、旧暦のひな祭り(4月2日・3日)に公開されています。

      IMG_1245.jpg
【Photo】享保10年に創業した庄内町の造り酒屋「鯉川酒造」所蔵の江戸末期の雛飾り二対。11代目当主佐藤一良社長のご好意で見せていただいた天保雛cliccca qui と古今雛clicca qui (一般非公開)

 近年では最上川沿いの山形県内各地で、今に残る雛飾りを公開するようになりました。最上川河口に位置する酒田や近郊の鶴岡など、庄内地方でも「庄内ひな街道」と称してその地に伝わる雛人形を春先に公開しています。商家や武家で母から娘へと大切に受け継がれてきた艶(あで)やかな雛人形は、洗練された上方文化の粋を物語る見事なものです。

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【Photo】同上所蔵 甲冑姿の神功皇后(右)と皇后の子・後の応神天皇を抱く武内宿禰(左)(一般非公開)

 江戸末期、酒田から最上川を遡った小鵜飼船が最初に立ち寄る宿場だったのが山形県飽海郡平田町(現 酒田市)飛鳥地区でした。この地で一夜を明かした船頭と商人らは、次の宿場となる川上にある戸沢村 草薙温泉を目指して最上川を再び上って行ったといいます。現在では護岸工事で堤防が築かれたために、当時の船着場の面影はありませんが、集落の名の由来となったと推察される飛鳥神社【注1】 がある現在の集落付近まで当時は最上川が蛇行していました。もとより日本三急流のひとつ最上川のこと。雨による増水はもちろんのこと、日照りによる渇水などで船の航行が困難となることも稀ではなかったはずです。地元の言い伝えによれば、上方よりこの地を訪れた商人が何らかの理由で飛鳥に足止めをくい、その際に美味しい湧き水でもてなされたお礼に、とあるネギの種を置いてゆきました。その種は、最上川北側の水捌けのよい砂を含む肥沃な堆積土壌の飛鳥の地で適応し、川下の砂越地区や西隣の楢橋地区でも代々伝えられてゆきます。

mtchokai.jpg【Photo】堆積土壌の飛鳥地区は水捌けが良く、栽培が難しい赤ねぎの栽培に適しており、休耕田を転用した赤ねぎの畑が広がる。地名の由来となった飛鳥神社は写真右手奥にある。彼方に聳えるのは鳥海山

 それが今回の物語の主役、在来野菜「平田赤ねぎ」です。茎が根本から枝分かれ(=分けつ)しない形状の一本葱で、土寄せをする土中の葉鞘部が鮮やかな赤紫色を呈するのが特徴。強い芳香を放つ平田赤ねぎは、そのまま刻むとシャキシャキとした強いネギ特有の辛味を伴います。加熱すると一転、糖度が 5.9度から 8.1度に上昇、まったりとした甘みが加わります。よって、薬味や鍋料理に使用すると素材の持ち味が活きるネギといえましょう。山形大学農学部 五十嵐 喜治教授の分析によって、赤色部分にアントシアニンやポリフェノールを含むことが判明しています。また、通常の長ネギに比べてビタミンCの含有量が多く、風邪の薬用としても重宝されてきました。

shouhin.jpg【Photo】豊富なアントシアニンによって、茎が赤紫色を呈する平田名産の赤ねぎ。平田赤ねぎ生産組合から出荷されるこの鮮度保持フィルムのパッケージには、赤ねぎの由来が記されている

 通常の長ネギは栽培に要する期間が 6ヵ月(180日間)なのに対し、この赤葱は、収穫までに倍以上の14ヵ月もの長い時間を要します。伝統的な栽培法では、8月から 9月かけて畑に播種(はしゅ)をした後、発芽後の仮植えを経て一年後の夏に分けつした個体を除いて土寄せをして定植。里に雪の便りが届き始める11月から 12月にかけてが収穫の最盛期となります。それだけ手間がかかる露地栽培の赤葱には天候によるリスクが伴うのです。赤葱が栽培される旧平田町の最上川沿いは冬季間、時として猛烈な北西の季節風が吹きつける地域。2005年12月25日に発生したJR羽越線の脱線事故現場は、赤葱の畑が広がる最上川の河川敷とすぐ目と鼻の先にあります。5人の尊い命が失われたあの痛ましい事故の原因は局地的な突風だったといわれている通り、遮蔽物の無い最上川沿いは季節風の通り道となります。この強烈な風に庄内地域特有の霰(あられ)が混じったり、冬場に多く発生する雷と共に雹(ひょう)が降ると、柔らかな葉の部分に黒班ができてしまい、商品価値が失われてしまいます。そのため、食味は優れているものの、ごく最近までは一部の農家の畑で自家用として細々と栽培されてきたに過ぎませんでした。

sig_goto.jpg【Photo】畑で赤葱の説明をして下さった後藤 博 平田赤ねぎ生産組合長

 そんな状況に変化をもたらしたのが、7年前に設立された農産物直売所「めんたま畑」の登場でした。厳冬期を除けば、四季おりおりに多彩な産物に恵まれた庄内地方は、地産地消が盛ん。いわば個性豊かな産直施設の激戦区です。当時、平田町地産地消推進協議会会長だった同町農林課長 前田 茂実 氏(55)が「特色ある農作物を商品化できないか」と相談したのが、県立庄内農業高校の 2年先輩で親しくしていた飛鳥地区の篤農家 後藤 博さん(57)でした。後藤さんはそれまでも河川敷に広がる田んぼの一角にある畑で自家用の赤葱を栽培していました。それまでは転作地で大豆の栽培もしてきましたが、連作障害が出やすく新たな転作作物を模索していた時期でもあったといいます。何とか伝統ある赤葱を特産化できないかと考えた後藤さんは、赤葱の特徴である鮮やかな赤色と太さを備えた葱の種を分けてくれるよう、周辺の農家を一軒ずつ回ったのです。庄内地方は自家採種が盛んな土地柄でしたが、もとより収量が少ない赤葱の種は思うように集まりませんでした。どうにか集まった種で10a ほどの作付けをし、特産化に向けた挑戦を始めました。

saishu.jpg【Photo】今年7月初旬に訪れた後藤さんの畑では、採種用の赤葱のネギ坊主が風に吹かれていた

 まず県の出先機関である庄内酒田農業技術普及課と共に取り組んだのが、およそ14ヶ月を要していた栽培期間の短縮でした。国内で他に赤葱が栽培されている生産地として知られているのは茨城と広島の 2ヶ所のみ。栽培法の研究のために、そのひとつ茨城県東茨城郡桂村(現 城里町)を訪れたりもしました。そこで実践していたのが育苗用のセルトレイに播種してハウス内で栽培する手法だったといいます。この栽培法を取り入れることによって、厳冬期の 2月から 3月にかけて播種した後、仮植えをせずに 4月から 5月にかけて定植。10月以降 12月末に畑が根雪で覆われるまで続く収穫期までの所要期間を およそ 9ヶ月に短縮することができました。しかし、栽培を始めた 2000年から 2002年にかけては、思うような太さに生育しない個体が多く、収量もごくわずか。地元の秋祭りなどで売り出すのがやっとだったといいます。赤葱の命とも言うべき赤の発色が悪く、全く色付かないものも全体の 1割ほど発生。そのため、苦労して育てたネギの大方をトラクターで潰さざるを得なかったのです。

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【Photo】定植後 間もない赤葱。丈は15cmから20cmほど

 そもそも平田の赤ねぎは、「仙台曲がり葱」同様、斜めにネギを定植させる栽培法だったため、湾曲した形状をしていました。めんたま畑では、そうした在来種の姿を伝える「曲がり赤ねぎ」を主に地元向けに扱っています。一方、首都圏などに赤葱を出荷しようとしていた後藤さんらは、大方の流通・小売サイドの「曲がったネギは扱えない」という要請に応えるため、畝(うね)を高く盛り上げて根から茎までを土で覆って、葱の形状をまっすぐにする工夫を加えたのです。更に個別に袋詰めをして、野菜の見栄えを気にする消費者心理に巧み訴えてゆきます。こうして試行錯誤を繰り返しながらも、徐々に手ごたえを感じ始めていた2003年春、赤葱の特産化に向けた町主催の説明会が行われました。後藤さんは、この日集まった平田町一円の農家 12戸と共に、栽培法や販路の確立に向けて「平田赤ねぎ生産組合」を発足させました。世話役だった後藤さんが組合長に推挙されます。それから、以前は大豆を育てていた圃場 30 aで赤葱栽培が本格稼動し始めたのです。そのころ開設 3年目を迎えていた「めんたま畑」組合加盟の生産者 10戸も赤葱栽培に本腰を入れて取り組み始めていました。

brushup.jpg【Photo】収穫の最盛期、畑の近くにある作業場では陽が落ちてもは作業続く。持ち込まれた赤ねぎは一本ずつタオルで磨き上げられた上で、鮮度保持フィルムに包まれ出荷される

 優良種の選抜による改良を加えるなど、関係者の熱意は徐々に実を結んでゆきます。出荷先の首都圏では、平田赤ねぎの優れた食味は市場関係者の高い評価を受けます。通常の長ネギの 3倍近い高値で取引されるにもかかわらず、一度口にした消費者は、必ずリピーターになってくれたといいます(何を隠そう、私もそんな平田赤ねぎファンの一人)。生産者たちにそうした確かな反響が届き始め、2004年に 1.5ha、翌年は 2.5ha、そして昨年は 3haと、作付け面積を徐々に広げてゆきます。柔らかな赤葱を傷付けないよう、収穫の際に必ず手で泥を落とした上で薄皮を風圧で吹き飛ばし、仕上げにタオルでやさしく磨き上げるなど、厳格な品質管理を徹底してきた生産者にとって、作付面積が増えるということは、栽培環境の多様化を意味します。平田赤ねぎの栽培には、地中深くまで水捌けが良い堆積土壌が向いていることが、これまでの経験から明らかになってきました。

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【Photo】更なる品質の向上を図るべく 2006年から組合で始めた交配用ハウス内での赤ねぎ栽培。その管理は組合員からの信頼が厚い後藤さんが任されている

 そのため平田赤ねぎ生産組合では、昨年から平田赤ねぎの特徴を備えた、いわば純血種の平田赤ねぎを再現・普及させようとする試みを始めました。露地栽培では避けられない受粉時の交雑を避けるため、外部と遮断した環境のビニールハウス内で採種用の赤ネギを栽培するのです。先日、実験中のハウスを後藤さんにご案内いただきました。2年目を迎えた今年は、栽培するサンプルの間隔を広げるなど、山形大学農学部 江頭 宏昌准教授の助言を仰ぎながら、葉鞘部の太さと鮮やかな発色を兼ね備えた個体を絞りつつあるとのことでした。そうして固体ごとの特徴を見極め、食味の良い優良種を厳しく選抜しようというのです。加えて強い季節風と地吹雪で飛ばされる霰(あられ)を遮るために、赤葱の栽培期間中、西側の畑に丈が高いトウモロコシを植えた区画を設け、更なる品質の向上を図るとのこと。 7年前、地域をあげて地元農業活性化の切り札にしようと歩み出した平田赤ねぎは、いまだ改良の道半ばにあるようです。

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【Photo】 ある日の我が家の平田赤ねぎ活用簡単メニュー「最強庄内産食材揃い踏み・無敵の豚しゃぶ」 
◆材料:平田産赤ねぎ適量 / 鶴岡市藤島地区 井上農場産 寒い時期が最高に美味しい噛むと畑の水が溢れ出す驚きの小松菜 適量 / 鶴岡市羽黒町産 上品な脂身とキメ細やかな肉質が魅力の山伏豚のバラ肉しゃぶ用薄切り(→しかもアクが出ない!) 適量 ◆つけダレ:しょうゆ / ゴマ油 / ダシ汁 / ニンニクとショウガのみじん切り各適量 ◆お湯 :庄内で汲んだ軟水系の湧き水 ⇒ これより美味しい豚しゃぶがあったら私までご一報を

 産直施設 めんたま畑では、今や赤葱は食味の良さから晩秋から冬場にかけての人気商品として定着しています。県外を含めた市場での高い評価を支える背景には、形状や傷の有無などについて組合が自主的に定めた厳しい出荷基準があります。その際にはじかれた赤葱を有効活用しようと、うどんや煎餅に練りこんだり、甘酢漬けなどの加工品として新たな需要の掘り起こしにも取り組んでいます。2004年から後藤さんが届ける赤葱を使った創作料理を提供している鶴岡市のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ奥田 政行さん監修のもと、和洋問わず幅広い料理に活用可能な調味料「赤ねぎROSSO(ロッソ)」の本格販売にもこの秋から取り組むなど、生産者・県・地元自治体・学術研究者・料理人らが一体となって、消費拡大と一層のブランド化を後押ししています。
  
akanegirosso.jpg【Photo】この秋から本格的に販売される万能調味料「赤ねぎROSSO」。ROSSO ロッソ=伊語で「赤」の意。ラベルデザインは鶴岡出身の絵本作家土田義晴氏。平田赤ねぎの旬以外に上記「無敵の豚しゃぶ」をする場合のコク出しにも最適! 130g入り一個840円(税込)

 そんな平田の赤ねぎに心強い後継者が現れました。後藤さんの後輩に当たる庄内農業高校の農業専攻科を今年の春修了した高橋直希さん(21)が、平田赤ねぎ生産組合の仲間に加わったのです。農業後継者の不足は日本の農業生産現場が抱える共通の悩み。高橋さんは、在学中必須の実地研修を自宅のある飛鳥地区で赤葱作りに取り組む後藤さんのもとで12回にわたって受けたといいます。そこで意欲的に生産に取り組む後藤さんたちの姿を見て、自身その輪の中に入って勉強しながらこの道に進もうと思ったのだそう。組合が借りている転作田の一角、30aで高橋さんの赤ねぎ作りが始まっています。

hirataakanegi.jpg【Photo】どうです、この堂々とした千両役者ぶり。生産者や関係者の熱意と創意工夫によって、優良種の選抜が進み、特産化に向けた取り組みを始めて6年を経た昨シーズン。このように見事な赤ねぎが作られるまでになった。鮮やかな緑・白・赤からなるイタリア国旗を連想させるこの配色。前世イタリア人の私にとって非常に親しみが沸くのは当たり前!?

 陽が傾き始めた畑からの去り際、川沿いの堤防の上に立ってみました。背後には滔々(とうとう)とした最上川がキラキラと輝きながら流れてゆきます。目の前には赤葱の緑のじゅうたんが一面に広がります。紅花を積んだ船が往き来した最上川がもたらした一握りの種がこの地で芽吹いてから幾星霜。地元だけで愛されてきた紅差す葱は、今新たな輝きを放ち始めています。その葱が経てきた気の遠くなるような歩みと、厳しい自然の中で代々それを受け継いできた人たちの思いにしばし思いを馳せたのでした。
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【Photo】枯れススキが風に揺れる堤防の上で。左手には最上川が静かに流れてゆく。収穫を待つ赤ねぎの畑が乳白色の靄(もや)に霞んで見えた

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ひらた農産物直売所 めんたま畑 
  山形県酒田市飛鳥字堂之後83-3 TEL:0234-61-7200
  http://bananan.net/mentama/web/

ひらた悠々の杜 アイアイひらた 直売所 (※平田赤ねぎ生産組合 商品取り扱い)
  山形県酒田市山楯字南山32-4 TEL:0234-61-7520
  http://www.aiaihirata.co.jp/top.html
  
平田赤ねぎ生産組合
  【問い合わせ先】庄内みどり農業協同組合 酒田園芸センター TEL0234-23-4124
  http://ja.midorinet.or.jp/
  アドレス toshikazu@ja.midorinet.or.jp

【注1】大和国高市郡(現 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥)の飛鳥坐(あすかにます)神社を分詞、8世紀に現在の社殿が建つ地に勧請したのが起源とされる。興味深いことに、奈良県明日香村には「平田」という地名が存在する。彼の地を訪れたことがある後藤さんによれば、飛鳥坐神社の四祭神のうち、三つまでが平田の飛鳥神社と同じだったという。また、奈良県明日香地方では明治初期までは赤葱が作られていたという資料が存在する。これは、当時から奈良と平田地区との間に何らかの交流があった証拠ではないか?というのだ。だとすれば、北前船の時代よりも遥か以前から平田地区で赤ねぎが育てられていた可能性も出てくる。 さて真相は?

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2007/08/01

海に湧く山の水

大自然の水循環を目撃する海辺@遊佐町釜磯

 今日8月1日、東北地方もようやく梅雨明けしました。これからが夏本番です。週末は海へ繰り出す方もおいででしょう。そこで今回は、ちょっと珍しい浜辺へとご案内します。目的地は前回同様に鳥海山のお膝元です。

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【Photo】夏をクールダウンするならココが一番。ひんやりした鳥海の伏流水が海辺に湧出する遊佐町吹浦の釜磯海水浴場

 独立峰ながら東北で二番目の高さで聳える鳥海山は、山自体が海から吹く風の障壁となります。そのため山頂から中腹付近は雲に覆われることが多く、出羽富士といわれる秀麗な全容をなかなか人目にさらさない山でもあります。
 
 山麓に降り注ぐ大量の雨水は、腐葉土層のフィルターを通して地中に滲みこんでゆきます。その栄養分を含んだ伏流水は、コニーデ式の円錐型の形状をした鳥海山の裾野が広がる秋田・山形の各所に湧き出しています。漏斗(ろうと)を伏せたような形をした鳥海山は、山自体が水の"ろ過器"と言ってよいでしょう。

 鳥海山の伏流水は、比較的短い期間で地上に湧き出すのでは?と見る向きがあります。この山の岩石組成は、ほとんどが溶岩が冷えて固まった安山岩です。前回述べたとおり、鳥海山の局地的な降水量は熱帯雨林地帯並み。この豊富な水が地中に滲み込み、標高 2,236mの高みから急峻な火山性の土壌の中を通ってくるため、その水には、地中のカルシウムやマグネシウムなどのミネラル成分がじっくりと浸潤することはありません。そのため、鳥海山周辺の湧水はミネラル成分が比較的少ない硬度の低い軟水となります。
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【Photo】釜磯の砂浜には多くの湧水口があり、長い時間は手足を浸していられないほど水温が低い伏流水が湧きだしてくる

 日本海に面する鳥海山の西側では、その稜線が海岸線まで伸びているため、多くの湧水スポットが海沿いに存在します。その中でも秋田県にかほ市の長磯や山形県飽海郡遊佐町の釜磯では、砂浜に豊富な湧水が湧き出ています。その海域では、海中にも地下水が湧き出しているといいます。夏には海水浴場となる釜磯ですが、湧き水の温度は10℃あまりと冷たいため、湧水が海に直接流れ込む付近の海水はひんやりとしています。
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【Photo】 ひんやりとした湧水が砂浜に流れを作って海へと流れ込んでゆくさまは、大自然が営む水循環そのもの

 釜磯の湧水口は砂浜だけでも20箇所以上は認められます。湧き出す水量はそれぞれ異なりますが、水脈が固まっている大きな湧水口には近づかないほうが得策です。なぜなら絶えず砂を巻き上げているその窪みは思いのほか深く、うっかり足を入れようものなら、あっという間に膝のあたりまで沈み込んでゆきます。そうなると大人でも簡単には抜け出せません。ちょっとした"底なし沼"のようなそこは、小さなお子さんには危険を伴うかもしれません。

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【Photo】浅瀬の岩には食べられた形跡のある岩ガキも。密漁はご法度ですよ(^ ^;)

 さほど広くはない砂浜には、活火山・鳥海山の噴火によって吹き飛ばされた岩が点在しています。そうした岩と砂の間からも水がこんこんと湧いているのが見て取れます。湧水が流れ込む浅瀬にある岩の表面には、小さな岩ガキがびっしり。波打ち際からやや離れた砂浜に湧き出した水は、そのまま砂浜に水路を刻む小川となって海へと流れ込んでゆきます。その水路には湧出口から湧き出す水によって、地下から粒子の細かな砂鉄が吐き出されるため、黒い砂鉄が描き出す筋が幾つもできています。
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【Photo】水が滲み出してくる砂浜の一角には、砂鉄が黒い流紋を作る

 砂浜を挟んで両脇の岩場からも水が湧いており、場所によってはすくって飲むことも可能。すぐ目の前は海なのですが、岩の隙間から湧き出す水に塩辛さはありません。なぜか北側と南側の岩場では水の味が異なるように感じます。

 先日、釜磯海水浴場を訪れた際、湧水口に缶ビールやスイカを冷やしておく人を見かけました。確かにひんやりと冷たい湧き水は天然の冷蔵庫代わりになってくれます。ただし、水量が豊富な場所は避けたほうがよいでしょう。さもないと、せっかく冷した飲み物が泳いでいる間に流されていってしまいますので。(笑)

 車を運転していた私は、冷えたビールをおいしそうにあおる連れを横目に、この時とばかり岩場の湧き水を飲んでみました。砂浜の入り口(北側)に近い大きな岩裾から湧き出すひんやりと冷たい水は、まぶしい陽射しで火照った体をクールダウンするにはもってこい。しかも鳥海の湧水の例にもれず口当たりの柔らかな軟水で、なんとも贅沢な気分になりました。地元の事情通に言わせると、ほんの微量ながら海水が混じり込むといわれる釜磯の水は、ミネラル成分が増してカラダにも良いのだとか。
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【Photo】岩の隙間から流れ出す鳥海山の湧き水は冷たくまろやかな味がする

 こうして海辺に湧き出す釜磯の水は、直接目の前の海へと戻ってゆきます。その水はもともと日本海の水だったもの。太陽によって暖められた海水が蒸発して雲となり、雪や雨となって陸地に降り注いだ後、地中に滲み込んだ伏流水となって、地上に湧き出してきます。

 釜磯は水が循環する大自然のメカニズムを目のあたりにすることができる稀有な場所なのでした。


◆追記◆

 釜磯を訪れた際に立ち寄りたいのが、すぐ近くの名跡「十六羅漢」前にある「サンセット十六羅漢」。ココのイチオシは「夕日ラーメン」(650円)。味の決め手は酒田沖に浮かぶ飛島で捕れたトビウオのダシが効いた上品なスープ。縮れた細麺と澄んだ醤油系スープの相性はバッチリ。トッピングは加熱すると鮮やかな緑色を呈する地元吹浦産のアオサ。磯場に育つミネラルたっぷりのアオサが加わってすっきりとまとまる。仕込みに使うのは、すべて鳥海山の湧水だという。
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 対馬海流に乗って日本海を北上してくるトビウオは、庄内沖が北限。酒田の沖あいに浮かぶ飛島では、初夏が漁期となる。頭と内臓を除いたトビウオを浜で炭火焼にしてから一週間ほど天日干しにして作る「アゴ(⇒トビウオの別名)の焼き干し」は、庄内の食事に欠かせない食材。

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 加えて夏の庄内浜のオススメは岩ガキ。海中に伏流水が湧き出る吹浦産岩ガキは、庄内浜でもとりわけ美味とされる。滋養豊かな湧水が湧き出す付近に群生が見られる岩ガキは、低い水温のために、ゆっくりと成長して濃厚な旨みが凝縮してゆく。何を隠そう、カキ特有のヨード香が苦手な私は、三陸産の生ガキは残念ながらNG。しかし庄内浜の獲れたて新鮮な岩ガキは、カキの種類が違うためか、苦手な香りが全くせず、ミルキーな甘味すら感じさせ非常に美味。三陸のカキがダメでも岩ガキならいけるのは、「庄内系」なるがゆえか?(爆) 私同様、生ガキが食べられないという会社の後輩も岩ガキならば全然オッケーだという。優雅な一人暮らしの彼女は、夏に庄内を訪れると必ず殻付きの岩ガキを実家用と自分用にそれぞれ箱買いしてくるそうな。

 国道7号線沿いにある「道の駅 鳥海 ふらっと」では、旬の岩ガキを店頭で食することができる。ひときわ大きな「スーパージャンボ」は、およそ8年の間、海中で育ったものだという。目の前で殻を開け、サッと水洗いされたプリップリの岩ガキを口にほお張ると...。 おっと、ヨダレが。

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 ◆サンセット十六羅漢 :山形県飽海郡遊佐町大字吹浦字西楯7-30
  TEL 0234-77-3330 (元旦以外無休・P有り)

 ◆道の駅 鳥海 ふらっと :山形県飽海郡遊佐町大字菅里字菅野308-1
  TEL. 0234-71-7222 (元旦以外無休・P有り)
   URL. http://www2.ocn.ne.jp/~furatto/index.html

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2007/07/05

庄内系転生伝説 第二章 

アル・ケッチァーノ、そして庄内発見伝
河北ALPHA取材の舞台裏

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【Photo】日本海に没する夕陽。鶴岡市由良海岸にて

 私が仙台から山形へ"通勤"していた2003年(平成15年)、東北の太平洋側は記録的な冷害に見舞われました。7月から8月にかけてオホーツク海高気圧が優勢であったこの年、「やませ」と呼ばれる北東の海風が東北の太平洋側に吹き付けました。この湿気を帯びた冷たい風が、障壁となる奥羽山脈に遮られると、山の東側に雨雲が発生します。その雨雲は、そぼ降るシトシト雨と深刻な日照不足に起因する肌寒さを東北の太平洋側にもたらします。
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【Photo】「やませ」が吹いた7月のある日、宮城県側には雨雲がどんよりと垂れ込み、冷たい霧雨が降り続く。山形自動車道・笹谷ICから庄内へと向かう途中地点で撮影
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【Photo】宮城-山形県境の山形自動車道 笹谷トンネル。山形側出口からは眩しい陽光がこぼれ、劇的に天気が変わる

 この年、7月の仙台の日照時間は平年の1/3以下、平均気温は18.4度と観測史上最低を記録。気象庁は8月初旬にいったん発表した東北の梅雨明けを、その後も続いた天候不順のため、結局9月になって「梅雨明けを特定し得なかった」と訂正しました。

 東北の太平洋側は、この年、夏を忘れてしまったのです。

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【Photo】夏の日差しが降り注ぐ山形自動車道 山形蔵王ICからみた宮城県との県境の山には、北東の冷たい風によって雨雲が発生している
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【Photo】山形自動車道 寒河江SA付近から。奥羽山脈には延々と雨雲のヴェールがかかる。上記4枚の写真は、やませの影響で一変する天候を宮城~山形を車で移動しながら撮影したもの

 そんな中、私は宮城・山形県境を越えて山形へと通勤していました。太陽が全く顔を見せない太平洋側と違って、奥羽山脈によって雨雲が遮られる山形県側には、まぶしい夏の太陽が照りつけていました。かたや、冷たい雨に濡れる青立ちの穂波が続く宮城県側の惨状は目を覆いたくなるほど。そのように笹谷峠・関山峠・鍋越峠・二井宿峠など、県境を越えると、天候が劇的に変化するさまを、毎日のように目の当たりにしていました。山をひとつ隔てるだけで、かくも天候が変わるものかと私は驚きを禁じえませんでした。かの川端康成であれば、そのありさまを「県境の長い笹谷トンネルを抜けると南国であった。昼の空が青くなった。」とでも表現したのでしょうか。【注1】

Puglia otranto.jpg【photo】日がな一日をダラダラと海辺で過ごすイタリア式極楽ヴァカンス。海が美しい南イタリアPuglia プーリア州otrantoオートラントにて

 イタリア人は夏のバカンスシーズンになると、こぞって陽光溢れる海辺を目指します。DNAに残る前世の記憶がそうさせるのか、深刻な日光欠乏症に陥っていた私は、ギラギラした夏の日差しと、輝く海辺に飢えていました。そのため、週末もおのずとまばゆい太陽のもと、青い海が広がる庄内へと足が向くのでした。その名の通り、山形県は起伏の多い地形によって、最上・村山・置賜・庄内の四つのエリアに分かれます。四方を山々に囲まれた風光明媚な内陸各地の変化に富んだ風景も魅力的でしたが、日本海に向けて開かれた庄内の風土と、そこに暮らすラテン気質のおおらかな人々に、より惹かれたのは必然の結果だったのかもしれません。

 抜けるような青空のもとに広がるのは、連山を従えてどっしりと構える霊峰・月山と、すらりとした姿が対照的な秀峰・鳥海山を背景に、青く輝く田んぼが広がる瑞穂の国の原風景。そして、澄み切った青空を一面の茜色から深紅に変えてゆきながら日本海に沈みゆく夕陽の表情豊かな様相でした。ゆったりとした時間が流れ、優しい空気感が漂う庄内の魅力と、肥沃な大地と日本海がもたらす生命力に満ちた旬の恵みから、私は元気と活力をもらっていました。

 こうして庄内への距離感は一気に短縮していったのです。

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【Photo】庄内での仕事を終え「仙台に戻る前に、軽く腹ごしらえでも」と立ち寄ったアル・ケッチァーノ前で。車を降りると西の空が茜色と亜麻色が入り混じる残照に輝いていた。夏の庄内の夕焼けは息を呑むほど美しい。長距離運転で疲れたカラダを生き返らせる食事の後、再び 140キロ以上離れた自宅へ戻った。そんなタフな日々を送っていた翌年の冬、この看板は庄内特有の猛烈な季節風で倒壊してしまった

 5月にたまたま立ち寄って以来、アル・ケッチァーノで口にする庄内産の食材は、どれも生命力に溢れ、不思議な活力を与えてくれるものでした。3枚の黒板に列記される多彩な食材。それを提供する生産者と奥田シェフの人的ネットワークは、いかに作られているのか? それらは、どんな人たちが、どんなところで作っているのか? という興味が店に通いつめるうち、だんだんと湧いてきました。

 懐が深いその地の魅力に触れた私は、その年の9月末に発行予定だった月刊情報誌「河北ALPHA」の特集「秋色小旅行」《Link to PDF 》で取り上げる山形エリアの情報を庄内に的を絞りました。前述の通り山形内陸地方から仙台に向けて発信される情報は、仙台の百貨店が催す山形物産展を見ても明らかなように、蕎麦・果物・玉こんにゃく・漬物ばかり。変わりダネといっても、モノは試しと一度だけ食べて以降、二度と口にしていない氷が浮いた「冷やしラーメン」や鶏モツが入った「とりもつラーメン」程度。そういったパターン化された情報に私は食傷気味でした。それと比べて、遥かに多種多彩ぶりが窺える庄内の食事情は、いかにも魅力的に映ったのです。ましてや仙台人はその事実をほとんど知りません。日本海と豊かな山々に挟まれたそこには、未知の食材が埋もれているようでした。

tasogareseibei.jpg【photo】山田洋二監督の映画「たそがれ清兵衛」〈予告編〉より

 酒井家が治めた城下町鶴岡の落ち着いた佇まい、北前船交易で栄えた湊町酒田の粋、出羽三山の山岳信仰が遺した独自の文化。この土地には人を包み込むような優しさと、奥ゆかしい魅力があるのに、仙台の人々はそれをほとんど知らない。山形県と一口に言うもののも、山形県下をくまなく回るうちに、庄内と内陸では全く人々の気質や培われてきた文化が違うことを、肌で感じていました。今でこそ鶴岡出身の作家・藤沢周平の再評価で衆目を集める庄内ですが、その頃は映画「たそがれ清兵衛」が前年末に公開されたばかり。相変わらず仙台からは月山の手前しか視野に入っていなかったのです。

 万人をあまねく惹きつけるのは美味しい食べ物。そこで「豊饒なる食の里・庄内」をテーマにした取材を "庄内の食の語り部" として最適任であろうアル・ケッチァーノの奥田シェフに申し入れました。

 8月初旬の爽やかに晴れ渡った朝、店の前で待ち合わせをした奥田シェフと合流しました。そこからは、シェフの自家用車に乗り換えての移動です。ふと後部座席に目をやると、泥だらけの長靴やら、野菜の切れ端が入ったダンボールなどが雑然と転がっています。その様子に一瞬たじろいだものの、そこは見て見ぬフリ。カメラを手に助手席に潜り込みました。

 すぐに「仕入れをしながらご案内します」というシェフの話が始まりました。「ボクは月山と心が通うんです。念を送れば雨雲だって晴らしてもらえるんですよ」。うーむ。霊峰月山と交信するとは、修験道の徳を積んだ聖者か天狗の仕業。にわかには信じ難い話を真顔で語る運転席の天狗シェフは、鼻高々どころか至って低姿勢でした。その言葉通り、シェフに取材の段取りを取ってもらった訪問先では、たとえ小雨混じりの天気でも、そこに到着すると何故か雨が上がり、薄日すら射すことが続いたのです。それに味をしめた私もすっかり増長して、「私がそちらに行く時は、月山にお願いして晴らしておいて下さい」などと、電話でお願いするようになっていました。するとシェフは、その都度いつもの脱力系な鼻に抜ける声で一言、「やっときまーす」。(⇒「晴れるよう月山に念を送っておきます」という意味だと思われるが、定かではない)

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【Photo】開店当初からの固い信頼関係で結ばれていた奥田シェフと今野恵子さん(撮影:2003年8月)

 まず案内された先は羽黒町(現鶴岡市羽黒町)黒瀬の契約農家、今野恵子さんの畑でした。今野さんは、奥田シェフが独立した平成12年当初から、毎月定額を支払い、無農薬で野菜の生産を委託している生産者です。今野さんの畑は土壌や水分が異なるという四箇所に分散していました。空のダンボール箱を手に畑に入ってゆくシェフが、朝露に濡れた雑草をかき分けるたびにバッタや蛙がピョンピョン。シェフは摘んだ野菜をそのまま口に含みながら、無造作に私にも差し出します。仙台育ちの私は、畑から採ったばかりの野菜を洗いもせずに食べたことなど、それまでありませんでした。「天候によって味が変わるので、毎朝こうやって味見しています」。雨降りの日には優しい味に、好天続きだと、やんちゃな強い味になるのだそう。いくら無農薬栽培とはいえ、赤ん坊のように何でも口に運ぶシェフには驚きを禁じえません。見よう見まねでモグモグする私の隣で、彼は的確に野菜の味の微妙なニュアンスを言い当ててみせました。・・・驚くべき味覚能力。これなら料理人としては鬼に金棒。いや、天狗に金棒か? 

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【Photo】仕入れ(?)中の奥田シェフの真剣な表情。今野さんの畑の脇にある草むらで何やら物色中。近寄ってみると自生するアサツキ(⇒当然仕入れ原価ゼロ!)を採っていた(撮影:2003年8月)

 「オンエアを見てね」という電話が本人からくる以上、番組の感想を伝えるためにチェックせざるをえない奥田シェフを紹介する後発のテレビ番組では、多くの場合、いかにもテレビ受けしそうなモグモグシーンを取り上げているのには笑ってしまいます。最初にに私が驚いたのと同様、取材クルーにとっては、よほどインパクトがあるのでしょう。そうしたテレビや雑誌の取材要請が増えた最近は、当時は何もなかった今野さんの畑のひとつに al.chè-cciano の看板が立つまでになりました。
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 今野さんの畑で野菜を味見しながら組み立ててゆくその日のメニューで、確保できなかった野菜や山菜などを補充するという産直「あねちゃの店」は、同町狩谷野目にある四つ目の畑から車でわずか25秒の至近距離にありました。羽黒山に向かって車で走っている場合は、手書きのヘタウマな看板が掲げられたトタン張り外装というこの店は、ともすると見過ごしてしまいそう。店内に足を踏み入れると、そこは近郊の農家が持ち寄る農薬や化学肥料の力に頼らない露地もの夏野菜であふれ返っています。朝採りの新鮮な葉物が一袋80円、庄内砂丘で栽培されるマスクメロンのなかで、曲がっている、ちょっとしたキズが付いているというだけの一方的な流通・小売サイドの論理で「規格外」という烙印を押された形が不揃いなマスクメロンが4~5個入って一袋800円などなど。
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【Photo】あねちゃの店。野菜の調理法など、判らないことは、何でも店番の"あねちゃ"に聞いてみよう

 民田ナス・沖田ナス・だだちゃ豆などの個性的な夏野菜が所狭しと置かれた店内を物色していると、今野恵子さんの名が付いた野菜も並んでいます。それを買い求めようとすると、先ほど畑でお別れしたばかりのご本人が野菜を手に登場したではありませんか。これぞ産直!!「お代は要らないから持っていって」と仰る今野さん。「(すぐ生えてくる)雑草とのイタチごっこなのよ、今の時期は」と、つい先ほど畑で語られた今野さんの誠実で手間のかかるお仕事振りを見てきた以上、対価をお支払いしないわけにはゆきません。固辞する欲の無い今野さんを傍らに支払った飛びっきり新鮮な葉物二把の代金は160円。申し訳ないような値段でした。

 現在では、仙台在住の私でも「いつもどーもー」と声を掛けられる常連となったこの店。旬には、栽培ものだけでなく、周辺の山が豊かな証(あかし)といえる山採りのさまざまな山菜やキノコが持ち込まれます。山アスパラとも呼ばれる「しおで」【注2】や、天然ものの珍しいキノコも店頭に並ぶこの店のオーナー佐藤典子さんは、シェフにとって知恵袋のような存在です。「あねちゃ」から教えてもらう素材の使い方と、伝統的な調理法も彼の創作イタリアンのヒントになっているようでした。

 店で野菜・山菜類の仕入れを終えて向かったのは、赤い大鳥居が道路を跨いで建つ羽黒山神社へと伸びる道。そこを運転しながらも、シェフの人を煙に巻くような話が続きました。

「(ご神域との境界に建つ)この大鳥居を越えると、土壌が柔らかくガラッと良くなって、作物の出来が違うんですよ」 ⇒〈以下、私の心の声〉ふ~ん、そうなのかぁ。
「この近くの名勝『玉川寺』の庭には、夜な夜な源氏蛍と平家蛍が交互に集まる木があります」 ⇒へぇ~。(眉に唾をつけながら)
「庄内にはミズの道や、野いちごの壁、野カンゾウの沢など、いろんな食材の秘境があるんです」 ⇒どんな秘境だか想像つかんわ!
「なんちゃってトスカーナの丘、なんちゃってアマルフィ海岸、なんちゃってロンバルディア平原だってあります」 ⇒(地名から風景の想像はつくものの)なんのことやら???
などなど。

 そんな奥田節が炸裂するなか、次はいかなる深みへと誘(いざな)われるのか判らぬまま、私は車に揺られていました。感覚をつかさどる右脳を全開にしてもなお???なシェフの話。その整理がつかないまま、霊験あらたかな月山へと車窓から視線を泳がせていました。この後に起こる奇跡のことなど露知らずに・・・。この後に起こったえっ~!!っというミラクルな展開は、いずれご披露します。


【注1】申すまでもなく川端康成の名作、「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」という書き出しを意識している

【注2】イタリア・ヴェネト州では、「Bruscandoliブルスカンドリ」の名で呼ばれ、リゾットで食べられることが多いが、作付け数を減らしており、幻の野菜となりつつある。写真は旧・朝日村(現・鶴岡市)越中山の進藤 亨さんが栽培するシオデ。進藤さんは奥田シェフから依頼されて、特産のヤマブドウを仕込んだ恐らくは日本で唯一の「アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ」造りに協力している
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2007/06/24

命の水・牛渡川

 地球上に生命が誕生したのは、およそ35~38億年前のこと。その奇跡の舞台となったのは原始の海でした。以来、生命は栄枯盛衰を繰り返しながら地球という恵まれた環境のもとで進化を遂げました。それでも、進化の頂点に位置する人間ですら、水がなくては生きてはゆけません。

 この世に生を受けたばかりの新生児は、体の組成の80%が水分です。成人ではその割合が60~70%となり、加齢と共に50%を割って、やがて人間は土に帰ります。水は生命の源であり、象徴なのです。そんな水と生命のつながりを示す象徴的な光景と出合える場所をご紹介しましょう。

  choukai.jpg【photo】出羽富士の異名をもつ秀峰・鳥海山は、暮らしを支える豊かな水をもたらしている

 秋田県境に近い庄内平野の最北端、山形県飽海郡遊佐町を流れる月光川(がっこうがわ)の支流のひとつが牛渡川(うしわたりがわ)です。全長4キロあ