あるもの探しの旅

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2012/04/22

パスタに見る日伊の差異

(伊語表記)
Tempi di Cottura:Decidete voi secondo la cottura...Lasciteli al Dente
(日本語訳) 
調理時間:アルデンテかどうか、自分で判断して下さい

fusilli1_a_mano.jpg【Photo】パスタの聖地カンパニア州Gragnanoグラニャーノで「Fusillaiaフジッライア」と呼ばれる女性たちが細長い棒にパスタを1本ずつ転がしながら巻き付け、螺旋状に成形する根気の要る手仕事で作る「フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ」。形も長さもさまざま

 スローフード協会が、絶滅の危機に瀕する守るべき食材「プレジディオ(味の箱舟)」に指定するパスタとして以前ご紹介した「Fusilli Lavorati a Mano フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ」Link to backnumber。一本ずつ手巻きされ、長さ50cmほどにもなる螺旋状に仕上げる超・ロングパスタに関する後日談を、ショートパスタのごとく短かめにお伝えします。

 何を今更とお思いかもしれませんが、マ・マーやSHOWAなど、日本製のパスタには、例外なく5分・9分・11分などと茹で時間がパッケージ表面に明記されます。乾燥パスタでイタリア国内トップシェアを誇り、日本法人もある「Barillaバリラ」、日清フーズが取り扱うNo.2の「DE CECCO ディ・チェコ」、エスビー食品が販売する「AGNESIアネージ」など、イタリア製パスタのパッケージにも、6min,12minと、決め打ちで茹で時間が記されます。

fusilli2_a_mano.jpg【Photo】スパイラル状の曲線を描くフジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ。表面にはブロンズダイス成形特有のザラ付きがあり、生地の押し出し成形時に中心に空く穴とあいまってソースがよく絡むが、まずはさておき低温長時間乾燥ゆえの小麦本来の香りを噛みしめたい

 イタリア料理がすっかり定着した最近では、日本でも輸入パスタの選択肢が増えました。パスタの街Gragnanoグラニャーノ産乾燥パスタの中で明治屋が取扱う「Garofaloガロファロ」のバックラベルには、「標準ゆで時間」という表現が使われ、少し幅が出ます。「Divellaディヴェッラ」「Voielloヴォイエロ」「Martelliマルテッリ」などもまた同様。

 ところが、東京圏で増殖中のイタリア食材専門店「Eatalyイータリー」で扱うグラニャーノで1848年に創業した老舗「Afeltra アフェルトラ」製パスタの表記は一味違います。調理時間を意味するTempo di Cotturaは、9/11min,8/11min など3分程度の幅があるのです。これは、好みの硬さをこまめに確かめるよう、作り手の自主性を求める個人主義のヨーロッパらしさであり、南イタリアならではの"緩さ"の表れともいえます。

fusilli7_a_mano.jpg【Photo】A Mano(=手作り)ゆえ、てんでバラバラでまとまりのないフジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノとは対照的に、機械成形されて行儀のよい規則正しい螺旋形をしたフジッリ・コン・ブーコ。その名が示す通り、中心にはBuco(=穴)が空いている

 その極みが、プレジディオに登録されるフジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ。青銅製の金型で押し出しながら成形する一般的な乾燥パスタとは異なり、手で成形するこのロングパスタは、一本ずつ姿形が異なります。バラバラで型にはまらないそのさまは、まるでイタリア人(笑)。そんなパスタを食す前から、まず面食らうのが( ̄ ̄;)、バックラベルの調理時間表記です。

 同じ穴あきフジッリでも機械成形の「Fusilli con buco フジッリ・コン・ブーコ」は、9-11分と茹で時間が指定される一方、フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノのパッケージには具体的な茹で時間の記載はありません。そこには今回の副題と日本語訳にある通り、Decidete voi secondo la cottura...Lasciteli al Denteと記されるのみ。これでは埒が開かないと輸入元のEatalyジャパンが作成したバックラベルの調理方法がコレ。

ricetta_fusilli_mano.jpg 茹で時間が15-25分。・・・10分も幅があるなんて...((((((( ;゚Д゚)))。緻密なドイツ人やマニュアル通りに動く生真面目な日本人には、なんともアバウトかつアンビリーバボーな指示に戸惑いが隠せないはず。

amerigo_clema_parmiggiano.jpg そこで慌てず騒がず対応するのが大人というものですぞ。この緩さを受け入れる人間的な幅がある方は、個性を尊重し臨機応変なイタリア向きです(笑)。15分を過ぎた頃合いを見計らって噛んでみてちょうど良いと感じたのが23分。

【Photo】イタリアきっての美食の街ボローニャ郊外Savigno サヴィーノにある「トラットリア・ダ・アメリゴ」併設の食品店「La Dispensa da Amerigo」のみならず、リバティ様式で統一されたこの有名トラットリアのレシピによるソース類やチーズペーストなどの食品はEataly各店でも購入可能

 味付けは、同じくEatalyで調達した近郊パルマで作られるパルミジャーノ・レッジャーノに地元エミリア・ロマーニャで冬季間採取される希少な白トリュフTartufo Bianchetto を少量加えたチーズペーストのソースにしました。スローフード協会が創刊したガンベロ・ロッソや、非スノッブを標榜するIL MANGIAROZZOなど、多くのレストランガイドで高い評価を受けるボローニャ郊外「Trattoria da Amerigo トラットリア・ダ・アメリゴ」Link to Website のレシピによるものです。

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【Photo】ラグーやチーズなどの濃いめの味付けでもしっかりとした存在感を示すフジッリ。千両役者同志を組み合わせた料理の相伴は、わずか5haの畑で栽培されるサンジョヴェーゼ90%+カベルネ・ソーヴィニヨン10%を、天才醸造家ルカ・ダットーマが持てる技量を惜しげもなく注ぎ込んで混醸したトスカーナ産ヴィーノ・ロッソ「Gaglioleガッリオレ'99」。シルキーで上質なタンニン。豊かな香り。そして長い余韻。セラーでの眠りから目覚めたこのヴィーノが、熟成の極みに差し掛かかりつつあることを黒ずんだエチケッタが物語る

 濃厚なクリームソースに負けない生半可ではないパスタの弾力と小麦の香り。小麦と水だけで作られるパスタをして、これだけの違いを生むグラニャーノの凄さ。多様な形状を持つパスタひとつにも、お国柄が表れるものですね。

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2012/01/31

第1回 Salone del Piatto レポート

◆大晦日に山伏修行をアップしたまま、新年を迎えても一向に更新されないため、修行のため再び山籠りに入ったとか、あまりの寒さで冬眠に入ったとの噂が流布されかねないので、今年初となる新ネタをば一席。本年もよろしくお付き合いのほどお願いします。

salonepiatto_10.jpg 仙台圏で発行している情報誌「Piatto」で好評連載中の「Invito al Piatto 一皿への誘い」。誌面でご紹介したお料理を、読者の皆さんに実際に召し上がっていただく「Salone del Piattoサローネ・デル・ピアット」第1回目は、昨年12月号で登場した「Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ」ご協力のもと、1月10日(月)に開催されました。

 当日は、オーナーシェフの廣瀬竜一さんが、フィレンツェの人気店「ラ・ジオストラ」でマスターしたウサギ料理「Conglio al Forno Piansana con Polenta ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」をメインとするコース料理をご堪能いただきました。今回はその模様のご報告です。

【Photo】厨房に立つ廣瀬竜一シェフ

salonepiatto_01.jpg 欧州きっての名門ハプスブルグ家公認料理人という称号を持つ廣瀬シェフに冒頭ご挨拶いただき、いやがおうにも期待が高まる中、お店からご用意いただいたスプマンテで「Salute!(=乾杯)」の掛け声とともにサローネは幕を開けました。

【Photo】店を貸し切って行われた第1回Salone del Piatto から

 アンティパストは2皿。
プロローグは、ふんわりと優しい磯の香りが漂う「ウニのムース」と、焼き目をつけて香ばしさと甘みを増幅させた上にフレッシュなオリーブオイルのフレーバーでまとめた冬野菜「カブのグリル」(下左写真)

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 ローマから東へ50kmほど離れたラッツィオ州Serroneセッローネにある「Terenzi テレンツィ」という作り手が有機栽培した地品種パッセリーナの白ワイン「Passerina del Frusinate パッセリーナ・デル・フルシナーテ」がサーヴされる頃に運ばれてきたのは、色とりどりの料理を盛り付けると、絵の具を解いたパレットのように見える皿に6品が並ぶという、芸術の都フィレンツェで研鑽を積んだ廣瀬さんらしい「アンティパスティ・ミスティ」(上右写真)

 右写真右上から時計回りにご紹介すると、アジのマリネ・ヴェネツィア風、新潟産アマダイのカルパッチョ、ホウレンソウ(緑)・カリフラワー(白)・ニンジン(赤)のイタリアン・トリコローレなスフォルマート、ローマ法王のクロスティーノ、ポルチーニ茸のクロスティーノ、センターがパルマ産生ハムの6品。Crostino Papa こと「ローマ法王のクロスティーノ」は、26年の長きにわたりローマ法王の要職を務め、2005年にこの世を去った前法王ヨハネ・パウロ2世の長寿の秘訣だったという逸話が残ります。この料理を召し上がられた皆さんも、寒さ厳しい冬を元気にお過ごしのことでしょう。

 当初ご案内した予定メニューではリストになかったスープが次に登場しました。とろりとした食感と素材の香りが口腔を満たす群馬県下仁田町特産の冬野菜、下仁田ネギにズワイガニがアクセントとなった塩味の「下仁田ネギのズッパ」(下左写真)です。こうした冬ならではの味覚を楽しめる料理って楽しいですよね。

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 プリモピアットはリゾットとラヴィオリ2種。
藩制時代は御譜代町だった青葉区大町にある上村豆腐店の木綿豆腐をリコッタチーズ代わりに使った「ムジェッロ風ラヴィオリ」(写真奥手右)と「ホウレンソウのラヴィオリ」(同写真奥手左)、「ホタテと冬野菜のリゾット」。廣瀬シェフは、あれも食べたい、これも食べたいという欲張りなお客様には、こうしてパスタとリゾットを組み合わせて出してくれます。食いしん坊にとっては何とも嬉しい心遣いです。

 セコンドピアットは、お待ちかね「ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」。ラ・フランスとスペイン産のしっかりとした肉質のウサギが好相性です。Piatto取材の折には風味付けにたっぷりと使われていた褐色のソース「フォンド・ブルーノ」ですが、この日は控え目。付け合わせのポレンタも焼き色を付けずに出てきたので、よりラ・フランスの風味を感じました。

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 この料理と抜群の相性だったのが、北イタリア・ピエモンテ州の代表的な品種ネッビオーロを使った赤ワイン「Roeroロエロ」。著名なバローロやバルバレスコと比べ、白トリュフで有名な町アルバ北西に位置するロエロは、10年ほど前までは、ワイン産地としてほとんど知られることのなかった土地です。

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 そんな状況を打破しようと品質向上に邁進したのが、この日用意された作り手「Matteo Correggia マッテオ・コレッジャ」でした。耕作中、不慮の事故により若くして命を落としたマッテオの遺志を継ごうと醸造所を引き継いだ未亡人を栽培や技術面で支援したのが、マッテオの友人であり、自身の醸造所「ラ・スピネッタ」を一躍スターダムに引き上げた敏腕醸造家ジョルジョ・リヴェッティ氏でした。そんな胸がいっぱいになるワインで満ち足りた時を過ごす皆さんのお腹もそろそろ一杯。宴の最後を飾ったのが、「ティラミス」とハプスブルグ家直伝「ザッハトルテ」(右写真)。しっかりとしたコース料理の後でも、全く重さを感じさせないこの絶品ドルチェを皆さん残さずペロリと完食!!

ふぅ~、ごちそうさまでした。

salonepiatto_09.jpg こうしてすっかりお世話になったリストランテ・ダ・ルイジを後にしたスタッフが、「もう1杯だけ呑もう」と向かったのが、徒歩1分の至近距離にある「エノテカ・イル・チルコロ」でした。3月号で告知するので、まだ詳細は内緒ですが、実はこちらのお店で2月20日(月)に第2回Salone del Piattoが開催されるのです。すでに満腹の一同、食欲は皆無ながら、美酒はベツバラ(笑)。私が選んだトスカーナ州モンタルチーノ産の名醸ワイン「ブルネッロ」と呼んでも差し支えのないサンジョヴェーゼ・グロッソで醸した「Anteoアンテオ」でグラスを重ね、ひたすら美味しい夜はいつ果てるともなく更けてゆくのでした。


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2011/11/03

il Clistero dello fico

サンマのタリオリーニ &
イチジクとマスカルポーネのドルチェで深まる秋を堪能
@CEPPA(チェッパ)

※イタリア語が堪能な方でなくとも、タイトルの意味は最後にお分かりになるかと。

antipast_ceppa.jpg【Photo】ふんわり火を入れた岩手県産いわい地鶏とマコモタケのこんがりロースト ブロッコリーソース風味 @CEPPA

 離陸したものの、高みに至らぬ水平飛行が続いたマッシュしたカボチャを絡めたシンプルなマルタリアーティをこれまで唯一の例外に、いつも納得の料理を出してくれるのが、仙台市青葉区本町にあるイタリア料理店「CEPPA(チェッパ)」です。一昨年のオープン当初から何度か足を運びながら、佐藤篤シェフが一人で店を切り盛りするゆえ、軌道に乗るまでは当Viaggio al Mondoでのご紹介を控えてきました。

 通りから見える看板を出さず、ビルの2階にあり、表通りから外れたロケーションゆえ、ちょっとした隠れ家的なこの店。昼から気の利いたZuppa ズッパ(=スープ)やアンティパスト、手打ちパスタ、そしてドルチェを頂くことができます。仙台の南隣り、名取市下余田にある佐藤シェフのご実家は、恵まれた地下水を利用した特産のセリを栽培する農家。ゆえにセリをハーブとして使ったムール貝のズッパなどの料理はお手のものです。

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 聞けば、「アロマフレスカ」「カーザ・ヴィニタリア」「エッセンツァ」「カッフェ・アロマティカ」など、次々と人気店を手掛け、日本のイタリア料理界をリードする原田慎次シェフのもとで研鑽を積んだのだといいます。イタリア人も一目置くトーキョー・イタリアンの人気店で腕を磨いた佐藤シェフが、「いわい地鶏とマコモタケのローストブロッコリーソース」がアンティパストとして登場した先日のランチタイムに私を唸らせた2品をサックリとご紹介します。

【Photo】定番の塩焼きもいいけど、こんな意外な組み合わせはいかが? 思いのほかシンプルな調理法なので自作にもチャレンジしたい「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」@CEPPA

 まずは「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」。秋刀魚とトマトの意外な組み合わせが絶妙のハーモニーを生むシンプルなれど目からウロコな一品。(ウロコがない)秋刀魚の皮面をしっかり焼いた秋刀魚に少量のアサリのブロードとジューシーなフレッシュミディトマトを加えれば、スライスしたトマトのジュレもまたソースになる仕掛けです。適度にほぐして麺になじませ、香り付けにディルを散らせばイタリアンカラーのパスタ料理の完成です。

 材料はフツーに入手できるものばかりなので、ご自宅でも挑戦しやすい一品かと。生パスタにこだわる佐藤シェフは、卵入りの手打ちタリオリーニを使っていましたが、スパゲッティーニやフェデリーニなど入手しやすい細めの乾燥パスタでもいけるでしょう。お供には難しいことは考えず、トレッビアーノやマルヴァジアといったポピュラーなブドウ品種を使ったイタリア産の気軽な白ワインが合うはずです。

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【Photo】ソルベの上に鎮座したイチジクにナイフを入れると、中から桃太郎でもイチジク太郎でもなく、トロリとしたマスカルポーネチーズが現れる。「イチジクのマスカルポーネ風味」@CEPPA

 その日のドルチェは、イタリアではこの季節ポピュラーな果物イチジクを使ったものでした。イチジクの果汁を凍らせたソルベの上に、コロンとした花イチジクが乗っています。ナイフを入れると、赤い果肉の中にはトロリとしたフレッシュチーズが詰め物として入っていました。

【Photo】中部イタリア・ウンブリア州の古都オルヴィエートのドゥォーモ。イタリアンゴシックの最高傑作といわれる聖堂のファサード左側には、蛇にそそのかされてイチジクの実を口にするアダムとイブの浮彫りなど、14世紀初頭にロレンツォ・マイターニと弟子が完成させた旧約聖書の逸話が表現される.。アダムとイブが口にした禁断の果実は、リンゴではなくイチジクだったというのがイタリアでは一般的な考え方(下写真)
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 爽やかな完熟イチジクの風味と、ミルキーなマスカルポーネチーズの穏やかな甘さが、満ち足りた食事の充足感を更に高めてくれます。佐藤シェフによれば、イチジクのお尻からマスカルポーネを注入したのだとか。外見上は穴が見当たらないイチジクの中にどうやってチーズを入れたのかをシェフに確かめたかった私は、その答えを聞くやいなや、昼食を共にした後輩の女性社員2名から顰蹙を買うイチジクつながりな禁断のギャグを口走ってしまいました。

 「それって、文字通りのClistero dello fico じゃないですかっ!!


 敢えてここではイタリア語表記にした箇所は、実際になされた会話では当然のこと日本語でした。ご参考まで単語の意味のみ列記しますと・・・

 ・clistere  (=浣腸・ここは語尾変化でclistero)
 ・dello (=男性名詞の冠詞) 
 ・fico (=イチジク)

 これで意味不明だったタイトルの意味がめでたく判明、clistero dello fico の効能のようにスッキリしたでしょ?

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CEPPA (チェッパ)
住:仙台市青葉区本町1-9-23 アートスリービル 2F
Phone:022-263-7113
営:11:30~13:30  18:00~20:30(L.O.)
  日曜・第3月曜定休
  店内禁煙・カード不可 


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2011/10/02

アドリア海の恵み「ブロデット」

Piatto2011.10.jpgPiatto10月号こぼれ話 ver.2
「Invito al Piatto 一皿への誘い」
魚介類のブロデット アドリア海風

 月が改まった昨日、毎月第一土曜日に発行されるマンスリーマガジン「Piatto ピアット」10月号が発行されました。特集テーマは「女性目線のステキを見つける デザインのある暮らし」。パナソニック リビングショウルーム仙台で撮影が行われた表紙は、今月も高以亜希子さんにモデルを務めて頂きました。相変わらずおキレイな高以さんの次に私の目を引いたのは、Web Piattoこぼれ話で触れたALESSI社のレモンスクイーザーもそうですが、ディスプレーに使われていた1本のワインには驚かされました。

【Photo】Piatto10月号表紙(上写真) ※Web Piattoは http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/

pesce_vineger.jpg そのイタリア・マルケ州産「Pescevino ペッシェヴィーノ」は1996年ヴィンテージ。本来は淡い若草色に輝くはずのヴィーノですが、室温に長期間置かれ、飲み頃をとうに過ぎているため、すっかり変色していました。中身は隣りに置いてある「Maille マイユ」のワインヴィネガーと同じような酢に変わっていることでしょう。エチケッタにはBianco delle Marche(=マルケ州の白)とあるので、間違いなく白ワインなのですが、ここまで激しく変色したワインを見ることはまずありません。

【Photo】一見Rosato(=ロゼ)かと思うようなPescevino。ショウルームのように特別な場合を除き、一般家庭では冷暗所でワインを保管し、飲み頃を過ぎる前に抜栓したいもの

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 さて、シェフとっておきの一皿をご紹介する「Invito al Piatto 一皿への誘い」連載第2回目は、東北No.1リストランテを目指す「リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」矢島 広之料理長にご協力頂きました。出身地である栃木と東京都内で研鑽を積んだ矢島シェフが、2005年にイタリアへと渡った地が「イタリアの緑の心臓」と呼ばれる中部ウンブリア州の古都Perugia ペルージャ。ウンブリアは地中海に面したイタリア半島では数少ない海に面していない州です。

【Photo】料理への熱い思いを語るパドリーノ・デル・ショーザン料理長・矢島広之シェフ

 地域性が強いイタリアだけに、各地に特徴的な料理が存在し、いわゆるイタリア料理は存在しないとさえいわれます。狩猟が盛んなウンブリア州では、これからの季節、山鳩などのジビエや黒と白が共に採取されるトリュフをよく口にします。こうした内陸ならではの食生活が続くと、日本人なら魚介類が恋しくなるもの。アペニン山脈を越えれば、なだらかな丘陵地が続くマルケ州はすぐ隣。そこには輝くアドリア海の魚介を使った美味しい食事が待っています。

pesceria_senigallia.jpg【Photo】マルケ州アンコーナ県Senigalliaセニガッリアには、古代ローマ時代の円形劇場跡の建物に魚市場が立つ。目の前に広がるアドリア海の新鮮な魚がふんだんに並ぶ

 矢島シェフにお勧め頂いたのは、この地域を代表する魚介料理「Brodettoブロデット」。アドリア海沿岸のこの地域では、お馴染みの魚介スープ「ズッパ・ディ・ペッシェ」をこう呼びます。新鮮な魚介をたっぷりと使うこの料理は、異郷で暮らす矢島シェフの心をよほど捉えたのでしょう。この料理には私にも懐かしい思い出があります。

【Photo】ロレートの料理学校で講習を受けたのがブロデットの調理法だった(下写真)

loreto_scuola.jpg 2003年(平成15)10月にマルケ州アンコーナ県Loreto ロレートにある州立の料理学校を訪れました。有機農業を通じた民間交流を行うため、マルケ州を訪れた鶴岡アル・ケッチァーノ奥田シェフ一行に同行取材を行う中で、その日は同校の講師を務める地元のシェフからマルケ州の郷土料理を教えてもらったのです。

【Photo】同校の講師を務めるアンコーナ県Arcevia アルチェヴィアのリストランテ「Pinocchio ピノッキオ」のシェフ、ロモーロ・ディ・オルチァ氏(左)と有機農産物生産者組合「La Terra e il Cielo ラ・テッラ・エ・イル・チェッロ」代表のブルーノ・セバスチャネッリ氏(右)が講習の模様を見守る(下左写真)  ホテルマンの養成コースもある学校ゆえ、食事のテーブルセッティングも生徒たちが行ってくれた(下右写真)
      cuocco_pinocchio.jpg tablesetting_scola.jpg

【Photo】ロレートの料理学校でご馳走になったブロデット・アンコーナ風(下写真)

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 講習後の食事で豚の丸焼き「Porchetta ポルケッタ」などと共に供されたのがブロデットでした。マルケ州でも地域ごとさまざまな味付けがなされるこの料理。ムール貝やスカンピ(=手長エビ)などの鮮魚だけでなく、タラの干物「Stoccafissoストッカフィッソ」も具材に使われています。魚介のブロードとトマトがコクのある風味を生むアンコーナ風の味付けがなされ、定番のabbinament アッビナメント(=組みあわせ)となるこの地域の白ワイン「Verdicchio castello di jesi ヴェルディッキオ・カステッロ・ディ・イエージ」とではなく、地元の力強い赤ワイン「Rosso Conero ロッソ・コーネロ」と十分に渡り合うのでした。

Brodetto_padrino.jpg 【Photo】火を通す時間を素材ごとに変え、理想的な食感を生むよう矢島シェフのアレンジが加わった一皿。2名から要予約のこの大皿盛りは2名分で6,000円

 矢島シェフは高級魚のキチジをメインにこの日のブロデットを仕上げて下さいました。撮影中に立ち込める芳醇な香りの素晴らしいこと。それだけでワインを頂けそうな勢いです(笑)。あくまでも取材のため、目の前に出された「甲州ワイン牛のビール煮込みソース自家製タリアテッレ」ともども料理には口をつけず、特別にご案内いただけるという1970年代から1990年代の稀少なワインが眠るワインセラーへと後ろ髪を引かれる思いで移動したのでした。

【Photo】暗証コードを知る限られた者だけが入ることが出来るパドリーノ・デル・ショーザンの壮麗なワインセラー(左写真) 私がこれまで飲んだワインの中で、鳥肌が立つほどの感動を覚えた数少ないワインのひとつCh. d'Yquem'83が更なる熟成を重ねるほか、20世紀屈指のグレートヴィンテージ1990年産のボルドー五大シャトーが揃い踏み(右写真)
     cellar_shozan.jpg cellar2_shozan.jpg

 世界的な潮流の中で、実績を築いてきたフレンチからイタリアンにリニューアルして2年あまり。今後はイタリアワインも充実させたいと成澤政道マネージャー兼シェフソムリエは語ります。
I shall return!!baner_decobanner.gif
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Ristorante Padrino del Shozan
リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン

住:仙台市青葉区上杉2-1-50
Phone:022-222-7834
営:11:30~15:00(L.O.14:00)
  17:30~22:30(L.O.20:30) 月曜定休(祝日の場合は翌日休)
URL:http://www.shozankan.com/padrino-del-shozan/ 

2011/09/25

仙台初「真のナポリピッツァ協会」認定店が誕生

Complimenti !! Pizzeria Padrino
 おめでとう!! ピッツェリア・パドリーノ

atessaAVPN.jpg【Photo】9月21日にピッツェリア・パドリーノで行われた「真のナポリピッツァ協会」認定審査の模様。 いつも通りの鮮やかな手さばきでAcunto のピッツァ窯を扱う千葉 壮彦ピッツァイオーロ

 昨年の実食レポート Link to backnumberで、仙台圏で唯一「Verace Pizza Napoletana =真のナポリピッツァ」を味わえる店であることを確認、今年7月に「アクロバットもスゴイんです」Link to backnumberで予見した通り、仙台市青葉区の「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」が、宮城初の「Associazione Vera Pizza Napoletana アソチアツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ(以下、真のナポリピッツァ協会)」認定店として登録されました。Bravissimo!!
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【Photo】千葉さんが焼き上げたピッツァを前に仕上がりをチェックするガエターノ・ファツィオ氏(中央)、西川 明男氏(左)、渡辺 陽一氏(右)

 真のナポリピッツァ協会による本審査が行われたのは、9月21日(水)。9月16日~18日に東京汐留のイタリア街で開催された「ナポリピッツァフェスタ2011」のため、ナポリの協会本部から来日したマッシモ・ディ・ポルツィオ会長代行ら4名の役員のうち、主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏と、同協会日本支部長で日本第1号認定店である兵庫県明石市のピッツェリア・リストランテ「さくらぐみ」西川 明男氏、副支部長で東京広尾にあるピッツェリア「パルテノペ」の渡辺 陽一氏の3名が審査に当りました。

atessa2_AVPN.jpg【Photo】審査する側、審査される側ともに真剣な表情。脇から審査の成り行きを見守るのは、オーナーである仙台勝山館の伊澤 泰平社長

 EUが伝統的な製法による食品に対して与える統一規格「Specialità Tradizionale Garantita 伝統的特産品保証」に認定されるナポリピッツァ。イタリアではシチリアの伝統的な操り人形劇「Pupi プーピ」や男声4名によるサルデーニャの牧羊歌「Canto a tenore カント・ア・テノール」が、日本からは能楽や歌舞伎が登録されているユネスコの「無形文化遺産」への登録を目指す動きもあります。現在世界20カ国で370店以上が認定を受ける真のナポリピッツァ協会認定店への登録に際しては、厳格な国際規約に沿って審査が行われます。

atessa4_AVPN.jpg 【Photo】3代続くイスキア島のリストランテ・ピッツェリア「Da Gaetano ダ・ガエターノ」のオーナー・ピッツァイオーロ、ガエターノ・ファツィオ氏。この道50年以上、真のナポリピッツァ協会では主任技術指導員を務めるマエストロが焼き上げたばかりのピッツァの仕上がり具合を実食して確認

 これまで東北ブロックでは唯一の登録店だった鶴岡「穂波街道 緑のイスキア」Link to Backnumberに続く登録店を目指してこのほど審査を受けたのは、事前審査をパスしていた岩手県盛岡市の「Piace ピアーチェ」と ピッツェリア・パドリーノの2店。20日に審査が先行して行われたピアーチェが、東北で2番目の認定店と認められた翌21日、台風15号が仙台に最接近する荒れ模様の中で審査が行われました。

 東日本大震災の影響で、春に予定していた来日を急遽取り止めたガエターノ氏。これまで数多くのピッツァイオーロ(Pizzaiolo=ピッツァ職人)を志す日本人をイスキア島にある自身の店「Da Gaetano ダ・ガエターノ」で受け入れてきた親日家でもあるガエターノ氏は、多くの命が失われた今回の震災に話が及ぶと、ポロポロと涙を流しました。2004年に認定店となった広島の「Pizza Riva ピッツァ・リーヴァ」の審査終了後、本人のたっての希望で原爆ドームを訪れた際も、目を真っ赤に泣き腫らしていたといいます。マエストロはイタリア人らしく情に厚い方なのですね。

Complimenti_ciba.jpg【Photo】審査対象の9項目中、最高得点のOttimoが8つというハイスコアを達成。通常は後日送られて来る真のナポリピッツァ協会認定店としての証しであるプルチネッラの看板が事前に用意された。世界で374番目の認定店であることを示す遠し番号が入った看板がマエストロ・ガエターノから即日交付された

 私の事前リサーチでは、控えめな言葉ながら、自信のほどをのぞかせていた千葉 壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。審査員の矢継ぎ早の質問が飛び、射るような視線を浴びる中で行われた本審査では、9項目中8項目で最高点の「Ottimo オッティモ」、修正が容易な具材の分量に関してのみ次点の「Buono ブォーノ」というほぼ満点の結果で見事合格。晴れて世界で374番目となる真のナポリピッツァ認定店の称号を得たのです。

atessa5_AVPN.jpg【Photo】真のナポリピッツァ協会が認定店に対して発行する認定証

 審査に当たったガエターノ氏は、「世界中どこに行っても、これだけの高い評価を与えることは、そうあることではない。この結果は、彼が真剣にピッツァと向き合っていることの証しである」と千葉さんを褒めたたえました。

 ピッツェリア・パドリーノのオーナー企業「仙台 勝山館」Link to Websiteのグループには、「宮城調理製菓専門学校」Link to Websiteがあります。その研修施設カフェ・ピッツェリア「IL VIALE イル・ヴィアーレ」は、ピッツエリア・パドリーノと同じく、ナポリのピッツァイオーロから信頼の厚い「Gianni Acunto ジャンニ・アクント」製の石窯を備えています。今後同校には、真のナポリピッツァ協会本部から派遣されたピッツァイオーロが、生徒への技術指導に定期的に訪れるのだそう。そうして本場の空気を感じる機会は、得がたい経験となるはずです。

marinara_2011.9.21.jpg【Photo】認定後初のオーダーは、念願が叶ったオーナーの伊澤 泰平社長にお譲りし、2番目の客として注文した私の定番であるナポリ伝統の香ばしいピッツァ「マリナーラ」

 まずは当面の目標を達成した千葉さん。今回の認定を機に、宮城調理製菓専門学校で学ぶ後進の指導に当たりたいと抱負を語ります。この夏、仙台駅前に進出したナポリピッツアを標榜する店の残念な出来に落胆させられるなど、本場ナポリの味を忠実に再現するピッツェリアの空白地域だった宮城。(私のような?)一部のマニアだけでなく、広く一般の人にナポリピッツァに親しんでもらえるよう頑張りたいと次なるステップに向けて意欲を見せます。

 薪の香りが香ばしいモチっとしたナポリ直伝の生地の美味しさを味わって頂きたいこの店。新たなる目印は、認定店の証しであるピッツァを窯に入れる木製の道具パーラを手にしたナポリの道化プルチネッラの看板。そこには世界共通の通し番号374が記されています。千葉さんは、その番号にピッツァを食べてくれた皆(37)が幸せ(4)になってほしいという願いを込めながら、これからも窯の前に立ち続けます。
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atessa6_AVPN.jpg「真のナポリピッツァ協会」認定店
Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ
 住:仙台市青葉区上杉2-1-50 勝山館1F
 Phone:022-222-7834
 営:昼11:30~15:30 夜17:30~20:30
   月曜定休(祝日の場合は翌日休)
 メニューはコチラ
 URL:http://www.shozankan.com
 

2010/12/26

待望のピッツァ・ナポレターナ@仙台

新生「Pizzeria Padrino 」で
 県内随一のPizza Napoletana を

 皿の上だけでは、生命を健全に維持する食べ物の背景は見えてきません。自宅に居ながら食材が届くお取り寄せもまた同様です。実際に産地や料理の本場に足を運び、背景にある風土や歴史を知り、人と接することで、それまでは気にもとめなかったことが初めて見えてきます。

spacca_napoli1.jpg【photo】無秩序でも魅力的なナポリを象徴するSpacca Napoli スパッカ・ナポリ地区

 Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅~では、主観に基づく断定が氾濫する飲食店情報サイトのような個人的価値観を振りかざして飲食店の優劣を語ることをしていません。これは上から目線が鼻につく赤い装丁の某レストランガイド本が、☆の数で店をランク付けする手法を良しとしない私の考えによるものです【注1】。以上の原則をもってしてもなお、是非ご紹介したいピッツェリアを、今回は期待を込めて取り上げます。

 喧騒渦巻くナポリの下町で生まれた庶民の味ピッツァ。仙台におけるナポリピッツァ草分けの「Pizzeria de Napule ピッツェリア・デ・ナプレ」が、小麦をオーガニックに切り替えて以降、一番町に店があった頃から追求していた本場と寸分違わぬ食感が変わってしまいました。香坂ピッツァイオーロの不在が恒常化して以降、これぞ!と納得できる店が、仙台と名取・富谷など近郊には長いこと存在しませんでした。砂をかむような空白期間に終わりを告げる本物のピッツァ・ナポレターナを従来よりぐっとリーズナブルに【注2】味わえるピッツェリアが、このほど仙台に登場しました。以下、実食による速報レポです。

taihei_isawa.jpg【photo】薪窯を前に意欲を語る勝山企業 伊澤 泰平社長

 先月30日、東北No.1のリストランテを目指す「Padrino del Shozan パドリーノ・デル・ショーザン」を会場に催された「宮城・ローマ交流倶楽部」のクリスマスパーティで、勝山企業の伊澤 泰平社長とお会いしました。パーティがはねた後、リストランテの入口に設置されたひときわ目を引くピッツァ窯が、いかに性能が良く、いかに造作にこだわったかを30分以上に渡ってご説明頂きました。芸術的な板金加工で注目される宮村 浩樹氏〈Link to website〉が手掛けた窯は、本場ナポリのピッツェリアでも滅多にお目にかかれないような、一見の価値があるゴージャスで美しい窯です。

 宮村氏の見事な職人技が光る銅製の天蓋と煙突、打ち出しによる「PADRINO」の銘板が正面を飾るその窯は、ナポリで最も信頼される薪窯工房「Gianni Acunto ジャンニ・アクント〈Link to website 〉」による完全オーダーメード。ピッツァを載せる炉床には熱伝導が穏やかなソレント近郊の粘土を用い、6人の職人が窯ひとつを4~5日かけて仕上げます。この窯を東北で使っているのは、知る限りにおいて宮城調理製菓専門学校併設の実習カフェ・ピッツェリア「Il Viale イル・ヴィアーレ」を除けば、鶴岡「穂波街道 緑のイスキア《Link to backnumber》」のみ。今年8月オープンした弘前「ピッツェリア・ダ・サスィーノ」では、同社の技術を受け継ぐジャンニの弟マリオのブランド「Mario Acunto マリオ・アクント〈Link to website〉 」 を導入しています。日本では輸送コストが上乗せされるイタリア製を導入せず、コスト面から日本製の窯を使ったり、自作する場合すらありますが、耐久性や性能では、やはりイタリア製に及びません。

acunto_napoli.jpg

 「窯の中に手を入れてみて下さい」という伊澤社長に促され、開口部を覆う銑鉄製の蓋を外した窯に手を入れてビックリ。昼の営業終了後の15:30過ぎに火を落としたという窯の中は、6 時間あまりを経てなお、サウナどころの熱さではなく、一瞬で手を引っ込めてしまいました。「この断熱と保温性能の素晴らしさこそイタリア窯の良さです」と伊澤社長。リストランテを兼ねるピッツェリアでは、朝一番に前夜の余熱でパンを焼いてしまうというのも頷けます。

takehiko_chiba@padrino.jpg

 伊澤社長は「ナポリの庶民の味であるピッツァが手頃な値段であるように、もうすぐ素材のクオリティとピッツァの美味しさはそのままに、価格の大幅見直しをしますよ!! 期待してください」と語りました。今から2010年前、救世主の誕生を心待ちにしたベツレヘムの羊飼いの心境はかくありなんと、リニューアルした「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」を先週から今週にかけて2度訪れました。まずは自分の舌でナポリを代表するピッツァ、マルゲリータとマリナーラを実食するためです。

【photo】調達しうる最高の素材と窯で本場仕込みのピッツァ・ナポレターノを提供する千葉 壮彦ピッツァイオーロ

 窯を預かるのは、本場ナポリで2年半腕を磨いた登米出身の千葉 壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。聞けば2000年(平成12)から2年間、ピッツェリア・デ・ナプレで、香坂師匠からナポリ仕込みの味をたたき込まれたのだそう。後半の1年間は、店に寝泊りして基礎を固めたそうです。「冬は良かったのですが、夏は大変でした」と千葉さん。そりゃ、そうでしょう。体の芯から暖まる遠赤外線を発する薪窯の暖房完備のもとで寝なければならないのですから(笑)。

takehiko_chiba2@padrino.jpg ペルージャでの語学研修の後、千葉さんは単身ナポリに渡ります。2003年に誕生し、のちに国内外に95店舗を展開するまでに急成長した「Fratelli la Bufala フラテッリ・ラ・ブファーラ」のナポリと近郊のカセルタにあるグループ店舗で働きます。ピッツェリア・パドリーノの生地に同じ小麦の配合を取り入れたという名店「Di Matteo ディ・マッテーオ」でも2ヵ月腕を磨き、都合2年半、本場で研鑚を積みました。2002年冬に帰国後は、古巣のピッツエリア・デ・ナプレを経て、五反田の「Galibardi ガリバルディ」を立ち上げた後、日本におけるピッツァ・ナポレターナの第一人者、渡辺 陽一氏の店「パルテノペ恵比寿」の厨房で南イタリア料理もマスターします。

【photo】生地の向きを変えながら、窯の中の対流熱で一気に焼き上げる

 期待を胸に訪れたピッツェリア・パドリーノは、チケット前払いのセルフサービスによるカジュアルなシステムを取り入れています。9時に薪で火入れした窯の炉床は理想的とされる450℃~485℃を維持するよう目を配ります。小麦粉は名だたるピッツァイオーロが厚い信頼を寄せ、ナポリにおけるシェアが7割を超えるという製粉メーカー「Antimo Caputoアンティモ・カプート〈Link to website〉」のピッツァ専用小麦粉、小麦の芯の部分を細挽きしたRinforzato tipo"00" リンフォルザート(通称Sacco rosso サッコ・ロッソ=赤袋)とPizzeria ピッツェリア(通称Sacco blu=青袋)の二種を配合して使用します。

【photo】窯の目の前でアツアツを味わえる至福のピッツァ・マルゲリータ

margherita_padrino.jpg テイクアウトにも対応しますが、ピッツァは焼き立てが一番。チケットを購入して南欧の雰囲気を漂わせる開放的なテーブル席で頂くとしましょう。サイズはS(直径14cm)M(20cm)L(28cm)の3つ。ナポリでは、おおよそ28cm がスタンダードな大きさとなります。ナポリピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータの重要なファクターであるモッツァレラ・ブファーラ(水牛乳のモッツァレラチーズ)とフィオール・ディ・ラッテ(牛乳のモッツァレラ)は、発祥の地カセルタで伝統製法による少量生産を貫く「Caseificio Ponticorvo カセイフィチョ・ポンティコルヴォ〈Link to website 〉」から出荷後24時間以内に日本へ届く鮮度の高いものを、週3回空輸で取り寄せているそうです。

 能書きはこのぐらいにして、お味のほうが気になるところ。窯を目の前にしたポールポジションで焼き立てを味わえるのがうれしい限り。ナポリのピッツァ好きたちは、なるべく窯に近い席に陣取り、ピッツァが運ばれてくると、それまで身振り手振りを交えて夢中になっていたおしゃべりを止めて食べ始めます。日本で言えばカニを食べる時の真剣さに似ているかもしれませんね。最初に頂いたマルゲリータ、後日頂いたオレガノが香ばしい生地と絡み合うマリナーラともに、非の打ち所がなく一気に食べ切ってしまいました。

marinala_padrino.jpg【photo】マリナーラ。チーズを用いず、生地の上にトマトソース・ニンニク・オレガノ・バジルをトッピングするナポリ伝統のピッツァ。このようにピッツァ・カッターでカットされた上でサーブされる

 現状ではカトラリーが簡易なプラスチック製のため、本場とは違ってカッターで6つに切り分けてサービスされます。私が頂いたLサイズは、6等分してあっても一口では食べきれないため、更に半分に切り分け、中心からコルニチョーネと呼ばれる盛り上がった縁へ向かってクルクルと生地を巻いて頂きました。嬉しいことに価格が手頃なので、小ぶりなSサイズならば、2種類の異なるピッツァを時間差でオーダーしてもいいでしょう。

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 私が頂いたマルゲリータ、マリナーラともにピッツァ・ナポレターナの風味を忠実に伝えるものでした。千葉ピッツイオーロによれば、オリジナルメニューの「ヴェルデ・ポッロ」(マリナーラ+サニーレタス・エンダイブ・トレビス、トマト、ローストチキン、マヨネーズドレッシング、パルミジャーノ)と「パルミジャーナ」(マルゲリータ+メランザーネとミートソースのグラタン)も是非味わってみて下さいとのこと。まずは私が頂いた基本の2品から、お熱いうちにBuon appetito ~♪

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URL:http://www.shozankan.com
 
<メニュー一例>
マリナーラ :S500円 M700円 L1,000円
マルゲリータ:S600円 M850円 L1,200円
ヴェルデ・ポッロ / パルミジャーナ:S710円 M1,000円 L1,500円
※テイクアウトは上記と同額。リストランテからもピッツァはオーダー可能

【注釈1】 八つ当たり気味の本音炸裂トークは「ルチアーノ・サンドローネ訪問記」冒頭部分を参照願います 

【注釈2】スパッカ・ナポリ地区にある名店 Di Matteo では、マリナーラ2.5エウロ、マルゲリータ3エウロ、小腹が空いた時に食べる生地を揚げただけのPizza fritta は1エウロ。軽食がとれるBar(バール)以外のイタリアの飲食店では、少なくとも一食につき20エウロ以上の出費が必要だが、ピッツェリアは例外。一皿で完結する食事を意味する「Piatto unico ピアット・ウニコ」を手軽に食べることができるピッツェリアは庶民の味方である

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2010/07/25

珠玉のパスタ、Gragnano グラニャーノ

「味の箱舟」にオンリストされるパスタ
 Fusilli Lavorati a mano 手作りフジッリ @EATALY 代官山

 オステリアとして生まれ変わった施設2Fの「オステリア・イータリー」を前回ご紹介した「Eataly 代官山」をもう少し掘り下げてみましょう。

eataly_pane.jpg【photo】ピエモンテの製粉業者Mulino Marino の石臼挽きしたオーガニック小麦と天然酵母で自家発酵させたパン生地を店内で焼き上げるベーカリーには本格的なパン釜を備える。
 パン職人Panettiere パネッティエーレの仕事ぶりはガラス越しに眺めることができる

 1,200 種類以上の食品をイタリア本国から輸入するという Eataly 代官山では、マーケットエリアで扱う品数の多さにまず圧倒されます。ワインに薬草を加えたリキュール、ベルモット製造元のCarpano 社工場跡にできた14,000平方メートルもの広大なトリノ本店のキーコンセプトにはスローフード協会が全面的に協力しています。「Comprare, Mangiare,Imparare コンプラーレ・マンジャーレ・インパラーレ(=買って, 食べて, 学んで)」という本国で成功を収めているコンセプトは代官山にもそのまま反映されています。

eataly_formaggi.jpg【photo】鮮度の良い食肉加工品・チーズ類も豊富に揃う。ものによっては試食も可能

 ピエモンテ州・リグーリア州といった北イタリアを中心にワイン400種・食肉加工品40種・チーズ80種・パスタ70種もの豊富な食材が並ぶマーケット・エリアは、そこがニッポンであることを忘れさせるほどの充実ぶり。

 日本国内でも流通する大手メーカーの量産品ではなく、高い品質を備えた小規模な生産者の製品が Eataly のほとんどを占めます。7年前に訪れたマルケ州のビーチリゾート、Senigallia セニガッリアの☆☆付きリストランテ「Uliassi ウリアッシ〈Link to website〉」と人気を二分する「La Modonnina del Pescatore マドンニーナ・デル・ペスカトーレ〈Link to website〉」の著名な料理人、モレノ・チェドローニのレシピを製品化したMarmellata マルメラータ(=ジャム)などの品も並ぶ店内に足を踏み入れた私が狂喜したのは言うまでもありません。

eataly_pasta.jpg【photo】Eataly 代官山のパスタ売り場はパスタの国イタリアさながらのラインナップ

 長さ5 mほどの陳列棚の前後左右4 面に並ぶパスタだけをとっても、ピエモンテ州では秋に白トリュフと共に食される卵黄の細麺パスタ「Tajarin タヤリン」、ジェノヴァ発祥のバジルソース、Pesto Genovese ペスト・ジェノヴェーゼのために作られたリグーリア州の「Trofie トロフィエ」、隠れ家的な仙台の新生イタリアン「CEPPA チェッパ」佐藤シェフが余りパスタ生地からよく作る不揃いな形の「Maltagliati マルタリアーティ」など、さまざまなショートパスタ、ロングパスタがズラリで目移りするほど。

 上の写真をご覧の通り2 面全てを埋め尽くし、最も幅を利かせているのが、ナポリから南東に20km下ったソレント半島の付け根にあたる人口3万人ほどの Granago グラニャーノで作られるパスタです。Città della Pasta(=パスタの町)として知られるグラニャーノは、パスタ作りにおける理想的な4つの条件を備えています。南イタリア特有の強い陽光、背後に控えるラッターリ山(標高1,444m )とポンペイを挟んで北方のヴェスヴィオ山(標高1,281m )から吹き降ろす乾燥した風、サレルノ湾の海岸線から2kmという位置にあるゆえの適度な湿度、そしてラッターリ山系の良質な硬度の低い伏流水。これらが地元カンパーニャ州などで生産される最高品質のGrano duro グラノ・ドゥーロ(=硬質小麦)を原料に、パスタ生地の表面から内側までじっくりと乾燥させる最適な環境を生むのです。

gragnano_pasta.jpg 19世紀後半、乾燥パスタの主原料となる硬質小麦の一大産地であった南イタリアから多くの移民が新大陸に移住しました。故郷の味を懐かしむイタリア系アメリカ人(⇒庄内系イタリア人を名乗る私の遠縁にあらず)にナポリ港から大量のパスタを輸出するため敷設された鉄道が、パスタの町グラニャーノの名声を高めるのに寄与しました。パスタ製造所が多く、パスタ職人通りを意味するVia dei Pastai パスタイ通りや目抜き通りのVia Roma ローマ通りには、かつてパスタを天日干しする光景が日常的に見られましたが、現在は衛生面への配慮から法律で禁止されています。

【photo】パスタ製造に理想的な環境に恵まれたグラニャーノでは、屋外でのパスタの天日干しが日常的な光景だったが、現在では見られなくなった

 乾燥パスタ作りに機械乾燥が全面的に導入された現在では、立地に関係なく大量生産が可能となりました。イタリア国内で最大のシェアを持つBarilla バリラ社は、中部イタリア、エミリア・ロマーニャ州パルマ近郊の高速A1(通称アウトストラーダ・デル・ソル)沿いに唖然とするほど巨大な工場があります。このポー川流域の肥沃な平原地帯では、乾燥パスタには用いないGrano Tenero グラノ・テネーロ(=軟質小麦)が生産されます。

don_alfonso_paccheri.JPG【photo】ホースを輪切りにしたような形のパスタ「Paccheri パッケリ」。ソレント近郊の名リストランテ「Don Alfonso 1890 ドン・アルフォンソ1890」が"平手打ち"という意味のこのパスタを特注した先はグラニャーノのパスタメーカー「Di Nola ディ・ノーラ

 イタリア国内には現在135のパスタメーカーがありますが、乾燥パスタが主流となる南イタリアのグラニャーノには、現在11社が存在しています。谷あいにあるグラニャーノでは、おのずと規模の制約を受けますが、国内生産量の4.2%を占め、年産6万トンの生き生きとした小麦の香りが残る「低温・長時間乾燥」と、ころがり抵抗の強い青銅製の鋳型で表面がざらつくよう白っぽく形成する「ブロンズダイス製法」による高品質なパスタを生み出しています。

fusilli_2.jpg【photo】イタリア食文化の精華を伝えるEataly の主力をなすパスタ、Afeltra アフェルトラ社の製品2種。Rigolosa リゴローザ 穴あきフジッリFusilli con bucoは中心が空洞になるよう作られた青銅の型で成形する(写真左)。味の箱舟に登録される IL PASTAIO DI GRAGNANO イル・パスタイオ・ディ・グラニャーノFusilli Lavorati a mano フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ(写真右)

 近年のグローバル化と小麦価格の高騰は、500年近い伝統に培われた職人技に支えられてきたグラニャーノのパスタ産業にとって逆風となっています。ここ数年、廃業に追い込まれる業者が出る中で、2003年には地元の9 社からなる「Consorzio Gragnano Città della Pasta グラニャーノ・パスタの町協会〈Link to website〉」が発足、グラニャーノ産パスタに関する普及啓蒙を行っています。協会加盟の生産者の中で仙台で入手しやすいのは、明治屋仙台一番町ストアで売られる「 Garofalo ガロファッロ」と、南イタリア随一の著名なリストランテ「Don Alfonso 1890 ドン・アルフォンソ1890〈Link to website〉」が店名を冠したパスタを特別注文する先として選んだ1555年創業の「Di Nola ディ・ノーラ 」の二社でしょうか。

【photo】 Afeltra アフェルトラ社を傘下に収める Eataly のイートインでは、レベルの高いグラニャーノ産パスタでも一目置かれる同社のパスタを提供する。一口食べれば、たちどころに格の違いを実感できるはず。

eataly_eatin.jpg スローフード協会が目利きしたEataly 代官山のグラニャーノ産パスタは、Di Nola ディ・ノーラと1848年に創業した「Afeltra アフェルトラ」のふたつ。アフェルトラについては比較的手頃な価格の赤い紙パッケージに入った「Rigolosa リゴローザ」と透明な包装フィルムの「IL PASTAIO DI GRAGNANO イル・パスタイオ・ディ・グラニャーノ」という二つのラインが揃います。初めてマーケットエリア内に設けられたイートインスペースで食べたエビとフレッシュトマトのグラニャーノ産スパゲッティに受けた衝撃は強烈でした。モチっとした腰の強い食感と小麦を噛みしめるかのような芳醇な薫りには、驚きを禁じえません。Eataly がこだわる本物の凄さは、このパスタを食するだけでもお分かり頂けるはずです。

◆グラニャーノのパスタメーカー、GENTILE社の生産の模様はコチラ。2:03 頃からフジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ作りに携わる女性職人フジッライアが登場

afeltra-fusilli-a-mano.jpg グラニャーノ伝統の深遠なるパスタ文化に触れたい方は、「Fusilli Lavorati a mano フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ」をどうぞ。フジッリ専門の作り手であるFusillaia フジッライアと呼ばれる女性たちが、細長い金属の棒に手作業でパスタ生地を巻き付けて螺旋状に成形するこのパスタは、文字通り手仕事(Lavorati a mano)によって一本ごと作られています。最近では、技能と根気を要するこのパスタ作りを受け継ぐ女性が少なくなってきました。そこでスローフード協会は、古き良き伝統を今に伝える Fusilli Lunghi a Mano をプレジディオ(=味の箱舟)に指定したのです。トリノのEatalyでもこのパスタは500gで€ 9,80と高めに価格が設定されています。

◆イタリアのジャーナリスト・TVコメンテータ、アントニオ・ラブラーノ氏がグラニャーノのパスタ作りを紹介する番組にも手作業で行われるフジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノが登場(2:05~)

 手仕事ゆえコイル状の形自体が不揃いで、長さもまちまちになりますが、それも味わいのうち。ブロンズダイスによる機械成形が生まれる以前の伝統製法によるこのフジッリは、長さが50cmほどもあります。パスタ作りにとって理想的なグラニャーノの水と挽いた小麦を真空で撹拌・混合することで、効率優先の機械乾燥にありがちな高温・短時間乾燥がもたらす温度上昇によるグルテンの劣化が避けられます。さらに風味を失わわぬよう、45℃から50℃未満で、形状ごと24時間から52時間をかけて低温・長時間乾燥が行われたそのパスタは、全てにおいて一線を画するものに仕上がります。

 マンマが手作りしたプレジディオのパスタを半分に折ってしまうのはもったいないし、よほど胴の長い特殊な鍋でなければそのまま茹でることは叶いません。いざ買ったはいいが、どうやって茹でるかが思案のしどころです。いっそのことパッケージの裏面に記載されたServizio Clienti(=顧客サービス窓口)の電話番号081-8736080 に「Pronto...(=「もしもし」の意)」と問い合わせしようかと真剣に悩む私なのでした。


大きな地図で見る

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Eataly 代官山
eataly_logo.jpg 住:東京都渋谷区代官山町20-23 代官山ラヴェリア2F
(東急東横線 代官山駅より徒歩2分)
Phone:03-5784-2736
営:マーケット 10:30‐21:30 
  イートイン 11:00‐21:00(L.O.)平日15:30-17:30休憩
  バール   11:00‐21:30
URL:http://www.eataly.co.jp/top/welcom.html

Premiato Pastificio Afeltra
Via Roma,8/20 Gragnano(NA)
Phone:(+39)081‐8736080

2010/07/11

Osteria di Eataly オステリア・イータリー誕生

スローフード協会ご用達
Osteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノ直伝
深谷 政宏シェフのピエモンテ料理@EATALY 代官山

esterno_slowfoood.jpg イタリア・ピエモンテ州Bra ブラにあるスローフード協会本部が入る古びた建物の棟続きに一軒のオステリアがあります。中庭に咲く藤の花がテラスに伸びる二階にある店の名は「Osteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノ」。イタリア語で美味なものを意味するBocconeとVino(=ワイン)を掛け合わせた造語です。気取らないオステリアらしく手頃な料金で良質なピエモンテ料理を提供するこの店は、1984年12月のオープン当初から、のちにスローフード運動の母体となる「ARCI アルチ」のメンバーと深く関わってきました。

【photo】小さな村 Bra ブラの一角にあるスローフード協会本部のある二階建ての建物の入口に架かるOsteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノの看板(右写真)

Tonno_gallina_aceto.jpg【photo】わずか€19という良心的な価格でロビオーラ・ディ・ロッカヴェラーノのトマト風味ショートパスタにドルチェとカッフェが付くオステリア・デル・ボッコンディヴィーノのセットメニュー「Colazione di Lavoro n.1」にアンティパスト(=前菜)として組み込まれる雌鳥を使った伝統料理「Tonno di gallina all'aceto balsamico トンノ・ディ・ガッリーナ・アッラ・アチェートバルサミコ」は、その名の通りツナのオイル漬けのような食感が面白い(左写真)

 カルロ・ペトリーニ会長など協会本部のスタッフが昼夜を問わず食事に訪れるこの店は、スローフード運動が目指す理念を味覚で体感するにはうってつけといえます。トリノの南方約30kmの町、カルマニョーラ産の銀毛ウサギ「Grigio di Carmagnola グリージオ・ディ・カルマニョーラ」、200年来変わらぬ製法で作られる稀少なヤギ乳主体のチーズ「Robiola di Roccaverano ロビオーラ・ディ・ロッカヴェラーノ」、牛肉のタタキ「Carne cruda カルネ・クルーダ」や皿にとぐろを巻いた状態で供される名物ソーセージ「Salsiccia di Bra サルスィッチャ・ディ・ブラ」などで生食される「Vitelli Piemontesi ヴィテッリ・ピエモンテーズィ(= ピエモンテ牛)」など、絶滅の瀬戸際にある保護すべき小規模な生産者の手になる伝統食材「Presìdio プレジディオ(= 味の箱舟)」を用いた料理がメニューに並びます。

eataly_2010.6.19.jpg【photo】中庭で新型Lancia Delta の展示会が行われる傍らのオープンカフェで人々が憩うEataly代官山。左手がマーケットゾーン、右手1Fがカフェ・パスティチェリア、エノテカ。オステリア・イータリーはその2Fにある

 今年で創刊20周年を迎えたスローフード協会が発行する美味しい料理を手頃な価格で提供する約1,700軒を網羅するレストランガイド「Osterie d'Itala オステリー・ディタリア」のみならず、さまざまなガイド本に取り上げられるこの名店で1991年から9 年にわたり研鑚を積み、つい先ごろ凱旋帰国したのが、Masa こと深谷 政宏シェフです。スローフード協会が監修して2007年にオープンした「Eataly Torino イータリー・トリノ」国外初進出のショップとして2008年9月に東京・代官山にできた「Eataly 代官山」内のレストラン「Guido per Eataly グイド・ペル・イータリー」が、このほど「Osteria di Eataly オステリア・イータリー」としてリニューアル。深谷シェフがボッコンディヴィーノ仕込みのスローフード発祥の地・ピエモンテの味を提供する店として生まれ変わりました。

masahiro_fukaya.jpg【photo】オステリア・イータリーの厨房に立つ深谷 政宏シェフ

 海外展開第一号店となった代官山のほか、現在では日本橋・八重洲に3店舗を構えるEataly。国内最大規模のイタリア食材を取り揃えるマーケットゾーンのみならず、入手困難なイタリアパンを石臼挽きしたMulino Marinoのオーガニック小麦と天然酵母で焼き上げるベーカリー、バール・パスティチェリア、日本人初のAISイタリアソムリエ協会認定ソムリエの資格を持つ林 茂CEOがセレクトしたヴィーノがずらりと揃うエノテカ、素材の良さを実感できるイートインスペースなどから構成される代官山店を訪れた6月19日(土)は、オステリアとしてのオープン初日でした。
osteria_eataly1.jpg【photo】中庭に面した側が一面ガラス張りで明るく開放的な雰囲気のオステリア・イータリーは、シンプルモダンな内装にふさわしいオステリアとして生まれ変わった(右写真)

 ここぞとばかりに食材を買い込んだマーケットゾーン前の中庭を挟んだ二階にあるオステリア・イータリーは、ガラス越しに射し込む陽光が溢れるモダンな雰囲気。真紅のヴェネツィアンガラス製シャンデリアと、ランゲ丘陵の風景写真パネルが豊穣なる北イタリアの地へと来店客を誘います。マーケットで扱う食材を使用したこの日のメニューには、プレジディオ指定を受ける岩手短角牛のほか、比内地鶏といった東北産の食材がオンリストされていました。

arneis_eataly.jpg【photo】ハウスワインはピエモンテ州Roero DOCGの作り手Castello di Santa Vittoria の白ワイン Roero Arneis と赤ワイン Nebbiolo d'Alba 。グラス(500円)カラフェ(1500円)

 期せずして11時30分の開店直後に改装後一番乗りを果たしたため、深谷シェフやフロア担当の澤口 雅史さんに話を伺うことができました。Reggero レッジェーロ(1,800円)、Piccolo ピッコロ(2,800円)、Complate コンプレート(3,800円)のランチコース3 種から、アンティパスト・パスタ・ドルチェ・カッフェがセットされたレッジェーロとVini della casa(=ハウスワイン)のヴィーノ・ビアンコ「Roero Arneis ロエロ・アルネイス」をまずはお試しとグラスでオーダーしました。

Insalada_tonna.jpg【photo】素材の味を活かしたシンプルで毎日でも食べたくなる料理を提供したいと言う深谷シェフの手になる比内地鶏を使ったインサラータ・ディ・トンナは、ボッコンディヴィーノのエッセンスを色濃く感じる
 
 アンティパストは比内地鶏をマリネした「Insalata di tonna インサラータ・ディ・トンナ」。ピエモンテ料理というと、肉の脂を多用するものを連想しますが、これは全く違います。丸ごと4時間ボイルしてから一晩冷蔵庫に置いて処理したという比内地鶏の食感は、ふんわりあくまで軽やか。見た目といい味といい紛れもなくTonno(=イタリア語でマグロの意)そのもので、言われなければ鶏肉とは思わないでしょう。ボッコンディヴィーノでは、「Tonno di gallina all'aceto balsamico トンノ・ディ・ガッリーナ・アッラ・アチェートバルサミコ」という料理が登場します。上記参照〉直訳すると「雌鳥のマグロ・バルサミコ酢風味」といったところ。雌鳥を丸ごとボイルし、一晩おいてから肉をほぐしてオリーブオイルでマリネしたもので、ピエモンテでは伝統的な調理法のひとつです。

vesuvio_eataly.jpg【photo】アスパラガスとパンチェッタのヴェズーヴィオ・オイルとチーズ風味。ヴェスヴィオ山のような形をしたこのパスタは、有史以来噴火を繰り返すこの名高い火山にほど近い山あいの町Gragannoグラニャーノで作られる

 パスタはアスパラガスとパンチェッタを細かく刻み、オイルとチーズで軽く味付けした螺旋状の円錐形をしたショートパスタ「Vesuvio ヴェズーヴィオ」。パスタ作りに理想的な環境が整ったGragnanoグラニャーノ産ショートパスタは、挽きたての小麦のように香ばしく、その格の違いを見せ付けます。ドルチェはチョコレートが添えられたミルキーなジェラート。"モカで淹れた"と但し書きのあるエスプレッソには店のサービスでピエモンテの焼き菓子が付きました。

 ミシュランガイド・イタリア版で☆評価(⇒自国フランスでの☆☆レベルを意味する)を受けるトリノのリストランテ「Guido per Eataly -Casa Vicina【Link to website】」出身の若きシェフ、Enrico Panero エンリーコ・パネッロが手掛けたこれまでのGuido per Eataly 代官山の料理は、伝統をベースに軽やかで洗練された味付けを加えたものでした。

 スローフード運動発祥の地に9年間身を置いた深谷シェフを新たに迎え入れ、オステリアとして再スタートを切ったとはいえ、これまでの方向性から大きく転換する訳ではないようです。より多くの人に良質なイタリアの味に親しんでもらうことが今回のリニューアルの目的だと澤口さんは語ります。オイルやパスタなど素材のクオリティの高さと代官山という立地を考慮すれば、コストパフォーマンスもなかなか。素材に敬意を払った深谷シェフの味付けは、好感が持てるものでした。次回は岩手短角牛を味わうとしましょう。

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Osteria di Eataly オステリア・イータリー
住:東京都渋谷区代官山町20-23 代官山ラヴェリア2F (東急東横線 代官山駅より徒歩2分
Phone:03-5784-2739
営:Pranzo 11:30‐14:30 L.O.   Cena 18:30‐21:30 L.O.
   ◆夜のコース/ Stagione・旬のおすすめ 3,000円
             Tradizione・ピエモンテ伝統料理 4,800円
              Degustazione・プリフィックス 6,000円
日曜夜・月曜定休(祝日の場合は営業・翌火曜休)
URL:http://www.eataly.co.jp/osteria/index.html
E-mail:osteria@eataly.co.jp

2009/07/25

トロける夏の誘惑 イタリア編

Vacanze dolce @ sud Italia
  南イタリアのヴァカンスはひんやり甘いドルチェとともに

cocomeri.jpg【photo】真っ赤な果肉を連想させる赤いパラソルの露店でスタンド売りされるイタリアのスイカ、 Cocomero コッコメーロ(Anguria アングリーアとも呼ぶ)。この手の店は切り分けて売ってくれる場合もある。「Lo taglierà in pezzi? ロ タッリエーラ イン ペッツィ?=切り分けてくれますか?」と聞いてみよう。ジリジリした太陽が照りつける南イタリアは、 スイカの名産地

 オールイタリアロケを行った映画「アマルフィ 女神の報酬【Link to website】」の派手なPRのおかげで、すっかり南イタリアへの里心がついてしまった今年の夏(笑)。開局50周年記念事業作品としてCX系の放送局では主題歌となったサラ・ブライトマンの「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」に乗せて大量のスポットCMが投入されました。盲目のイタリア人テノール、アンドレア・ボッチェリが1995年のサンレモ音楽祭で初演したこの曲の原題は「Con Te Partirò コン・テ・パルティロ」。ズバリ「君と旅立とう」という意味です。あ゛ーっ、イタリアのまばゆい太陽が、輝く青い海が、美しい大地が、美味しいヴィーノや食べ物の数々が、私を呼んでいるぅーー!!!!
villa_rufollo_ravello.jpg【photo】映画の舞台として、日本でも一気に知名度が上がった"世界で一番美しい町"こと、世界遺産のAmalfi アマルフィから内陸側に7kmの急なカーブが続く坂道の先にある小さな村Ravello ラヴェッロ。「Villa Cimbrone ヴィッラ・チンブローネ」と並ぶ絶景スポット、かつてリヒャルト・ワーグナーの住居ともなった「Villa Rufolo ヴィッラ・ルフォロ」のテラスから望むアマルフィ海岸とサレルノ湾(上写真)/ アマルフィ海岸の急斜面で栽培されるレモンを絞った果汁をたっぷり使用するグラニータ・ディ・リモーネには砂糖もたっぷり(下写真)

Granita_limone.jpg 肌にまとわり付く湿気がうっとうしい日本とは違い、サラリと乾燥した地中海性気候のイタリアでも、体温を越えるような灼熱に見舞われる夏は、ともすると意識がボーッとしてきます。湿気が少ない分、抜けるように青い空からは強烈な陽射しが降り注いできます。発泡性のミネラルウオーターなしでは、体が干上がってしまいそう...。そんな時、ナポリの海岸通りなどで目にするゴロゴロと山積みされた露天売りのスイカに激しく心惹かれますが、連れが大人数でもない限りは、旅先でまるごと一個を攻略するには相手が大きすぎます(笑)。アスファルトが溶け出しそうな夏のイタリアでは、Gelato ジェラートやシチリア発祥のレモン風味が効いたGranita di Limone グラニータ・ディ・リモーネ(=レモンシャーベット)、Granita di Anguria グラニータ・ディ・アングリーア(=スイカシャーベット)など天然果汁を用いた氷菓子を乾いた体が要求します。イタリア仕様の砂糖の甘さが気になる左党の方は、グラニータ・ディ・リモーネにリモンチェッロを加えてもらうなど、ベストマッチなリキュールをプラスすればOKです。イタリア版かき氷ともいうべきグラニータは、酷暑で遠のいた意識をシャキッとさせてくれます。

【photo】ビーチに繰り出したグラニータの露店は人気の的。砂浜でかきこむGranita fragora グラニータ・フラゴーラ(イチゴのグラニータ)でリフレッシュ。一見かき氷と同じだが、「練乳がけ」は存在しないし、日本のかき氷に使われるシロップのドギツイ赤や緑に舌は染まらない granita_fragora.jpg 

 日焼けした肌へ憧れるイタリア人バカンス客で賑わう南イタリアのビーチで見かけるグラニータの移動式屋台は手押しのため、売り子は比較的若い男性の二人組みがほとんど。砂に足を取られながらビーチで屋台を引くには、相応の体力も必要です。対して砂浜ではなく路肩に立つグラニータの屋台にいるのは、50代以上の男性が多いように思います。グラニータで忘れていけないのは、以前「Bar バール」【Link to back number】で取り上げたローマのカフェ「Tazza d'Oro タッツア・ドーロ」の「Granita di caffè con panna グラニータ・ディ・カッフェ・コン・パンナ」です。ローマで一番美味しいとの呼び声が高いカッフェをシャリシャリに凍らせ、ホイップクリームをたっぷりとトッピングしたもの。ザラついた感じがしないキメ細やかな氷のカッフェをスプーンで頂くと、ひとときの涼と共に口の中で薫り高いエスプレッソとクリームの甘さが溶け出し、甘くほろ苦い「これぞイタリアンDolce vita!」という幸せな時間を過ごせます。

granita_tazza_d'oro.jpg【photo】古代ローマが残した建築史の奇跡、パンテオン近くにある「タッツア・ドーロ」。世界中から観光客が訪れるローマ有数の観光スポットにある店だが、夏の定番「グラニータ・ディ・カッフェ・コン・パンナ」(€ 2.50)(右写真)は、根強いローマっ子の支持を集める

ナヴォーナ広場に面した「トレ・スカリーニ」の絶品ジェラート「タルトゥフォ」もぜひ! (下写真)
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 暑さで消耗した体力を回復させるには、甘いものが一番。ここはGelato ジェラートの甘い誘惑にトロけてみましょう。タッツア・ドーロを左に出た角を北上すると、ほどなく恐らくはローマで最も有名なGelateria Psticceria ジェラテリア・パスティッチェリア(ジェラート店菓子店)の「Giolitti ジオリッティ」があります。店内では白い制服に身を包んだGelatiere ジェラティエーレ(ジェラート職人)が立ち回り、1900年創業の歴史を感じさせるクラシックな雰囲気が漂います。今月イタリアで行われたG8では、オバマ米大統領の二人の娘が同店を訪れ、ブラックベリーとバナナのジェラート作りを教わり、合計6kgの自作ジェラートを持ち帰っています。タッツア・ドーロを出て右折、バロック彫刻の天才、ベルニーニ作「四大河の噴水」で名高いナヴォーナ広場にあるバール「Tre Scalini トレ・スカリーニ」には、シロップ漬けのチェリーを忍ばせた濃厚なチョコレートのジェラートにホイップクリームをのせたTartufo タルトゥフォという魅力的な選択肢もあります。いずれも有名店だけに夏場は観光客に占拠されるのが玉にキズ。ならばタッツア・ドーロをロトンダ広場側に出て Via della Rotonda をしばらく南下すると、テヴェレ川に架かるガリバルディ橋の手前にローマっ子の評判が高いBar Gerateria バール兼ジェラテリア「Pica Alberto ピーカ・アルベルト」があります。Zabaione ザバイオーネやこの店オリジナルのシナモン風味のお米が入った食感が面白いRiso alla cannella リーゾ・アッラ・カネッラは、観光スポットにありがちな量産ジェラート特有のgranita_catania1994.jpg不自然な強い粘りやどぎつい着色がなく、控えめな甘さで好感が持てます。"Gelati artigianali"(=職人気質のジェラート)は、店を切り盛りする 仏頂面のオジ様が手作りしているのが妙にアンバランスかも。サマータイムの夏は21時をまわる時間帯まで明るいイタリアゆえ、石畳の照り返しが強烈な真昼を避けてジェラテリアをハシゴするのも一興です。

【photo】 シチリア東海岸、カターニアのビーチに登場したグラニータ売りの二人組み。シチリア名産の大ぶりなレモンを日よけにぶら下げ、足をとられながら屋台を引く姿は、どう見ても体力勝負。売り子の彼らも売り物が欲しくなるだろうに・・・(上写真)

【photo】Giolitti ジオリッティからテイクアウトしたジェラートを手に、近くにあるパンテオン前のロトンダ広場への道を急ぐも、夏のローマでは見る見るジェラートが溶けてくる(下写真)

melting_gelato_panteon.jpg 甘くトロけるイタリアでのヴァカンスは今年も白日夢に終わりそうなので、今年4月に日本初上陸のジェラテリアを東京新宿にオープンさせた「GROM グロム」【Link to website】への訪問をせめて果たしたいところ。北イタリアを中心に国内23店舗、N.Y・パリへも展開を進める店ながら、最高の素材を無添加で仕上げるジェラートが北イタリアを中心に人気を呼んでいます。しかしながら、人口過飽和な東京ゆえ、長蛇の列ができているとの噂も(×_×;)。と、いうわけで次回は、もはや亜熱帯性気候と化した東京の酷暑の中を並ばなくても済む、秋田発の移動式ジェラテリア・ジャッポネーゼこと「ババヘラ」のレポートです。(⇒何という落差・・・)

2009/06/14

東北初「真のナポリピッツァ」誕生

Verde Ischia ヴェルデ・イスキア
穂波街道 緑のイスキア

vera_pizza_10.jpg

 またひとつ「食の都・庄内」に国内外から真価を認められる新たな魅力が加わりました。この春、鶴岡市羽黒町にあるピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」が、ピッツァ発祥の地、ナポリに本部を置く「Associazione Verace Pizza Napoletana アソチアツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ(以下、真のナポリピッツァ協会)」から、本場ナポリの味を伝える店として、東北初の認定を受けたのです。

【Photo】「真のナポリピッツァ協会」認定店の目印は、このプルチネッラの看板。店ごと登録順に通し番号が発行される。古参の認定店であることを示す登録番号10を掲げるナポリ湾に面したサンタルチア地区にある庶民的な老舗リストランテ・ピッツェリア「Marinoマリーノ」

 ピッツァ専門店 Pizzeria ピッツェリア(イタリア人は「ピッツェーア」と発音)にとって、栄誉な真のナポリピッツァ協会認定店となるには、同協会が定めた厳格な基準をクリアしなければなりません。世界共通の通し番号入りの認定証が交付される認定店には、噴煙を上げるヴェスヴィオ火山とピッツァを薪窯に出し入れする際に使う柄のついたヘラ状の道具「Pala パーラ」を手にした協会のシンボル、ナポリの古典劇に登場するsalita_s.anna_brandi.jpg黒マスクに白装束姿の道化「プルチネッラ」が描かれた VERA PIZZA Napoletana と記された看板を掲げることが許されます。穂波街道 緑のイスキアは、4月20日に大阪で行われた交付式で、世界で296番目、日本では30番目の認定証が贈られました。

【Photo】ピッツァ・マルゲリータを編み出した「Brandi ブランディ」(写真左の旗が掲げられた店)は、王宮前広場にあるエレガントなカフェ「Gambrinus ガンブリヌス」脇の路地を入ってすぐの場所にある。真のナポリピッツァ協会非加盟ながら、発祥店の誇りをかけた絶品との呼び声が高いマルゲリータ(下)を求めていつも客足が絶えない

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 一口にピッツァと言っても、地域ごと独自の文化が息づくイタリアでは、厚みのある四角いピッツァを切り分けて量り売りする Pizza al Taglio ピッツァ・アル・タッリオや生地を揚げた Pizzetta ピッツェッタなど、スタイルはさまざま。バジル・チーズ・ラルドを使ったMastunicola マストゥニコーラなるピッツァの原型が17世紀に、18世紀半ばにはトマトソースを載せた生地に火を通す現在のスタイルが登場したピッツァ発祥の地ナポリでは、生地の美味しさが際立つカリッとした外側と、モチッとした内側の食感が命です。ナポリと並ぶピッツァ文化の両雄と目される首都ローマでは、パリパリしたクリスピータイプの薄い生地が特徴のPizza Romana ピッツァ・ロマーナが主流となります。ことピッツァに関してローマvsナポリの好みを申せば、私は断然ナポリ支持派。ふっくら盛り上がった生地の外周部分「Cornicione コルニチョーネ」のモチモチした食感はナポリピッツァだけのものです。

di_matteo.jpg【Photo】ナポリ中心部ドゥオーモ近くのVia Tribunali トゥリブナーリ通りにある42号認定店「Di Matteo ディ・マッテーオ」のマルゲリータ。'94年のナポリサミットでビル・クリントン米大統領がお忍びで訪れた店として知られる。当時の村山富市首相は、歓迎夕食会の席上、急性胃腸炎でダウンし入院。ローマで酩酊騒動を引き起こした中川大臣といい、日本の閣僚にはイタリアの食事が鬼門?

 1984年、ナポリの名だたるPizzaiolo ピッツァイオーロ(ピッツァ職人)らが中心となって旗揚げした真のナポリピッツァ協会は、Pizza Napoletana ピッツァ・ナポレターナの伝統技術を守り、後世にそれを伝えるための綿密なDisciplinare(=規約)【pdf】を作成しました。2006年9月には日本支部【Link to Website】が設立され、第二次大戦後にBrandi_Napoli.jpgイタリア南部からの移民が伝えたピッツァを独自に変化させたアメリカ経由でもたらされたピザパイ文化が根強い日本において、ナポリ本来のピッツァの姿を伝える啓蒙活動を行っています。

【Photo】1989年、マルゲリータ誕生100周年を記念する大理石のプレートが発祥の店 Brandi 外壁に掲げられた。120周年にあたる今年、協会による記念事業が行われる

 宅配で届くピザには、テリヤキチキンやプルコギ(!)、コーンやパイナップル(!!)などの具がさまざまにトッピングされ、もやはそれは国籍不明のピザ風ミートパイ状態。極めつけはイタリア人が聞いたら卒倒しそうなマヨネーズソース(!!!)にお決まりのタバスコを振りかけ、あらかじめ切れ目の入ったそれを手でほおばるのが日本に定着しているピザの食べ方です。便利な宅配ピザを否定はしませんが、これらはナポリピッツァとはおよそかけ離れたもの。ゆえに前世イタリア人の私は、世間一般に使われる「ピザ」という和製英語にどうしても違和感を覚えます。近年、本場で修業した日本人ピッツァイオーロが作る薪窯の薫りが香ばしい生地を味わう「ナポリピッツァ」を提供する店が増え、ようやく本来のピッツァが市民権を得てきました。

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【Photo】真のナポリピッツァ協会は、電気やガスなどの熱源を窯に使用することを一切認めていない。薪や木屑を燃やして摂氏450℃~485℃に窯の内部を保つようピッツァイオーロに求めている。窯の床面で焼かれるピッツァは1分あまりで出来上がる。この穂波街道 緑のイスキアのピッツァ窯には、審査で店を訪れたガエターノ師匠の熱い心意気を示す「心の底から幸運を祈ってるよ」という意味のハート型メッセージ〈clicca qui〉が書き加えられた

 日本的なピザはさておき、まずは良質の水と食材の宝庫・庄内に誕生した東北初の協会認定店のピッツァがいかなるものか味わってみましょう。最初にお断りしておきますが、Brandi がそうであるように、認定店でなければ本格ナポリピッツァが味わえない訳では決してありません。認定を受けようとする店が協会に申請の上、対価を支払って審査・認定を受ける認定店ではありませんが、鶴岡市役所裏手の馬場町にある「pizzeria Gozaya (ゴザヤ)」でも、本場よりは幾分小さめなジャポネーゼ仕様ながら、オーナー兼ピッツァイオーロの三浦 琢也さんが薪窯で焼き上げる真っ当なナポリピッツァが頂けます。ピッツァ・ナポレターナお約束の"外パリ中モチ"な香ばしい生地は、紛れもないナポリピッツァそのもの。ナポリピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータで500kcal、同じくマリナーラで350kcal ほどと意外に低カロリーなので、胃袋のキャパに自信がある方は、真のナポリピッツァのハシゴにチャレンジしてみては如何? ゲプッ...scusi.

verde_ischia.jpg【Photo】店で提供するお米や野菜は、27年以上に渡って無農薬で土を作ってきた庄司さんの田んぼや畑で採れる安全なもの。その田畑に囲まれて建つ「穂波街道 緑のイスキア」

 鶴岡市中心部から赤川に架かる三川橋を越えると、R345の両側には豊かな穀倉地帯が広がってきます。波打つ穂波の中にぽつんと浮かぶイタリア国旗を掲げる孤島のような白い総二階建ての店、穂波街道 緑のイスキアの原点は、東京から羽黒の農家に嫁いだ庄司 祐子さんが、ご主人の渡さんと農業法人「J・FARM」を立ち上げ、自家製の有機野菜とアイガモ農法で栽培するコメの直売所を開店させた1994年(平成6)に遡ります。 ほどなく始めたのが、まだその頃は東北はもちろん全国でも珍しかった農場直営のレストラン「穂波街道」でした。当時は畑で採れた野菜を使ったカレーなどの親しみやすい料理を提供していた穂波街道が、最初の転機を迎えたのが、2年後に鶴岡ワシントンホテル料理長を辞したばかりの現「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ、奥田 政行氏を料理長として迎え入れ、イタリア料理店としてメニューを一新したことでした。庄司さんが自家栽培したハーブやオーガニック野菜を取り入れたイタリアンはやがて評判を呼び、素材にこだわる本格イタリアンとして、観光ガイドブックで紹介されるようになります。

vista_aragonese.jpg【Photo】古代ローマが礎を築き、ゴート族・アラブ・ノルマン支配の後、15世紀半ばにナポリを支配していたアラゴン家のアルフォンソ王によって、陸地と通路が渡されて要塞化されたCastello d'Ischia イスキア城(下写真)より望む緑に覆われたイスキア島。手前の町はIschia Ponte イスキア・ポンテ。庄司建人さんが修行したピッツェリアDa Gaetano はここからすぐ近く

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 2000年(平成12)春に奥田氏が独立した後も農家イタリア料理店として営業を続けていた穂波街道に、私が最初に伺ったのが山形エリアを仕事で担当していた2003年(平成15)初夏のこと。レストランに隣接する庄司さんの田んぼでは、アイガモやフランスガモたちが雑草をついばんでいました。当時の穂波街道で印象的だったのは、風に揺れる稲穂がどこまでも続く豊かな庄内の原風景に惚れ込んだ庄司さんの想いを込めた店名にふさわしい無農薬の健全な土から生まれるコメの美味しさです。数十種のハーブを栽培する畑の前には、農家レストランの体験メニューとして用意されたピッツァを焼くための小さな手製の窯も作られていました。

kenji_gaetano_ischia.jpg【Photo】旧東欧圏バルカン半島の付け根にあたるアルバニア出身の青年二コーラとイスキア島のDa Gaetano で修行中の建人さん

 その頃、東京で学生生活を送っていた祐子さんのご子息 建人(けんじ)さんが、ナポリピッツァの美味しさと出合い、ピッツァイオーロを志します。本場で腕を磨こうと決意した建人さんは、真のナポリピッツァ協会で主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏の店、「Da Gaetano ダ・ガエターノ」【Link to Website】があるイスキア島へと旅立ちます。ガエターノ氏は、これまでも数多くのピッツァイオーロを志す日本人を迎え入れてきた親日家でもありました。その中には、2003年にナポリで開催された「ピッツァ世界選手権」の個人部門で初めてイタリア人以外で優勝した「ピッツァ サルヴァトーレ・クオモ」(東京)のプリモ・ピッツァイオーロ 大西 誠氏も含まれます。(同店は2006年にチームテクニカル部門でも最高賞を獲得した) 15人のスタッフ中10人がイタリア人以外という国際色豊かなダ・ガエターノで、飲み込みの早い建人さんは、師匠の技術をわずか2カ月で習得して日本へ帰郷、母が営む店にプリモ・ピッツァイオーロとして迎えられました。店の中心にイタリア製の薪窯を据え、南イタリア風の白を基調とした内装のピッツァがメインとなるピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」として2007年11月にリニューアルします。

shinsa_honamikaido.jpg【Photo】今年3月に行われた本審査の模様。手前の赤いセーターを着た恰幅の良い後姿の男性がガエターノ・ファツィオ氏。

 真のナポリピッツァ協会日本支部によって行われる事前の書類審査と実地審査を経て、イタリア本部が派遣する協会役員によって行われる本審査に臨んだのが今年3月12日。建人さんの師であり協会の主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏、同協会日本支部長で1997年に日本初となる92号認定店となった兵庫県赤穂市のピッツェリア「さくらぐみ」オーナー兼ピッツァイオーロ【Link to Website】西川 明男氏、同支部副支部長で東京広尾と恵比寿の店が日本で3番目・4番目の認定店指定を受けたピッツェリア「パルテノペ」総料理長【Link to Website】渡辺 陽一氏ら3名が審査に当たりました。師匠と弟子の関係とはいえ、協会が定める厳格な規定に沿ったピッツァであるかを厳しくチェックされるため、そこに私情を挟む余地などありません。前出のDisciplinareにある通り、ナポリ周辺のカンパーニア州産と定められたモッツァレラチーズほか原材料や海塩に限るとされる調味料の産地はどうか、厳密に規定されている生地の配合具合・発酵と成型具合など素材の管理はどうか、必ず薪を使わなければならない窯の温度管理は的確か、35cm以下とされるピッツァのサイズや火の通り具合は均一か、定められた道具を使っているか、などなど。審査の厳しい視線や取材のカメラを前に緊張したと語る建人さんですが、焼きあがった完成度の高いピッツァに、ガエターノ師匠ら3人の審査員は高い評価を与え、晴れて東北初の認定店として認められました。

mare_forio.jpg【Photo】イスキア島西部の港町Forioフォリオ郊外。切り立った緑の森と水辺で戯れる人々が集う小さな砂浜

 あふれんばかりに陽光が降り注ぐナポリ湾の沖合いに浮かぶ美しい島々で最も大きな Isola d'Ischia イスキア島。海沿いの町を除く島の中央部には手つかずの自然が残っています。そのため「l'isola del verde(伊語で「緑の島」の意)」ともそこは呼ばれています。船着場がある島の表玄関 Ischia portoイスキア・ポルトからは、映画「イル・ポスティーノ」の舞台となったプロチーダ島がすぐ目の前。その彼方にはヴェスヴィオ火山の稜線を見晴るかすことができるはず。目線を南東に転ずれば、紺碧のティレニア海の水平線上に切り立った岩肌が露出する高級リゾート地カプリ島を望むことができるでしょう。外国人観光客がほぼ一年中絶えることのないカプリ島に比べれば素朴な漁村の一面も垣間見せるイスキア島を訪れるのは、温泉目当てのドイツ人を除けば、イタリア国内からのケースが多いようです。
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【Photo】多くのヴィッラが並ぶチェルノッビオの船着場前に建つヴィッラ・エルバ・ヌオヴァ。中庭を挟んで建つヴィッラ・エルバ・ヴェッキアでヴィスコンティは4時間を越える畢生の大作「ルートヴィヒ」の編集を手掛けた

 そんな一人が映画監督のルキーノ・ヴィスコンティ(1906-1976)です。若き日のアラン・ドロンを起用した「若者のすべて(1960年作品)には、尖塔が立ち並ぶミラノのドゥオモ屋上で撮影された場面が登場します。14世紀、この後期ゴシック様式の聖堂建造に着手したのは、ルキーノの祖先であるミラノ公国の領主ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティでした。ダヴィンチが15世紀に要塞化したミラノのスフォルツァ城をかつて所有していたのもヴィスコンティ一族。そんなミラノきっての有力貴族の血を引く巨匠は、一族の寄進で造られた町エミリア・ロマーニャ州グラッツァーノ・ヴィスコンティにある城館や湖水地方コモ湖畔などに所有する別荘を仕事場としても使っていました。大作「Ludwig ルートヴィヒ(1972年作品)制作中に発症した脳血栓で半身不随となった体で編集作業を行ったのは、コモ湖畔の高級ホテルとして有名な「Villa d'Este ヴィッラ・デステ」がある街Cernobbio チェルノッビオに母方のエルバ家が所有していた二つの壮麗な別荘「Villa erba ヴィッラ・エルバ」でした。

IschiaLaColombaia.jpg 【photo】ヴィスコンティが愛したかつてのヴィッラ「La Colombaia」は、2006年に博物館として生まれ変わった

 オペラや舞台の演出にしろ、映画作りにしろ、決して妥協を知らぬ完全主義者だったヴィスコンティは、芸術家たちが集う場として、また仕事を離れてプライベートな時間を過ごす場として、イスキア島西部の港町Forioフォリオの町はずれに建つ別荘を購入します。地中海に面した高台にある館は「La Colonbaia ラ・コロンバイア(=伊語で「鳩小屋」の意)」と呼ばれ、ルキーノは夏だけでなく時間を見つけては足繁く緑に覆われた館に通ったのだといいます。1982年(昭和57)に初版が、そして一昨年復刻版が出版された篠山紀信の写真集「ヴィスコンティの遺香」には、撮影当時は生前そのままに保存されていた別荘の貴重な姿が収録されています。巨匠が揃えたアールデコ、アールヌーボーの内装で統一された建物は、生誕100年を迎えた2006年に政府の肝いりで設立された「Fondazione La Colombaia di Luchino Visconti ラ・コロンバイア財団」によって、撮影で使用された衣装などを展示するヴィスコンティ博物館として生まれ変わりました。その裏庭には、永遠の安息を得る地としてそこに葬られることを望んだヴィスコンティの華麗な足跡とは不釣合いなほど質素な墓がありました。

tomba_visconti.jpg【photo】イタリア屈指の名家の血を引くヴィスコンティが眠るのは、お気に入りだったイスキア島の別荘「La Colombaia」のひっそりとした裏庭だった

 イスキアといえば、全国から訪れる悩みを抱えた人々を迎え入れ、おむすびに象徴される心を込めた手料理で生きる力を取り戻す支えとなる宿泊施設を青森県弘前市で主宰する佐藤 初女さんを思い起こす方もおいででしょう。初女さんの自宅を改装して造った癒しの空間は、「森のイスキア」と名付けられました。命名の由来は、何不自由ない満ち足りた暮らしをしていながら、ある日突然何もかもが嫌になり、生きる意欲を失った一人のイタリア人青年の逸話に基づくのだといいます。生きる目的を失った無気力な日々を送るうち、青年はふと思い立ってナポリの富豪だった父親に少年の頃連れて行かれたイスキア島を訪れます。喧噪を離れた島の中心部にある廃墟となった教会に単身滞在した青年は、自身をじっくりと見つめ直します。美しい島の自然風景に癒された彼は再び生きる力を取り戻し、やがて日常生活に帰ってゆきました。初女さんは、折れそうになった人の心を癒やし、立ち直る力を得る糧として、ご自身の言葉をお借りすれば、"ごはんが息をできるように"今日も優しくおむすびを握ります。

 人の心を癒す初女さんの愛情が込もったおむすびは特別にせよ、おむすびは日本人のソウルフードともいえましょう。現世では日本人ながら、前世はイタリア人だった私にとっては、おむすび同様に郷愁をそそるソウルフードのひとつが、ピッツァ・ナポレターナです。東北初の真のナポリピッツァ協会認定店誕生!との情報を入手し、穂波街道を再び訪れたのは、かつてそこから巣立った奥田シェフプロデュースの銀座店「ヤマガタ サンダンデロ」旗揚げを祝う生産者による壮行会に参加を求められた4月11日(土)昼過ぎのことでした。年間通して温暖な気候に恵まれ、グランブルーの海に抱かれた南イタリアの理想郷、イスキア島のVillaヴィッラ(=別荘)を彷彿とさせる明るい内装のピッツェリアにそこは生まれ変わっていました。早口でまくしたてるイタリアのWebラジオ放送が流れる店内には、イスキアのゆったりとした時間が流れているかのよう。

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【photo】生地には大手製粉メーカーに籍を置くパルテノペ 渡辺 陽一氏が配合する国産小麦粉とナポリ産小麦粉を使い分け、ナポリ産トマトソース(左)とナポリ東方45kmのサレルノ近郊から毎週空輸されてくる新鮮な水牛乳モッツァレラ・チーズ(右)を使う

 私が注文したピッツァD.O.Cをカウンターの中で手際よく仕上げてゆく建人さんの手元を頼もしげに見つめるのは店長の祐子さん。その目線に温かさを感じるのは、お母様なるがゆえでしょう。こうした親子・兄弟など家族で店を営むスタイルは、イタリアでよく見かけます。建人さんはあれこれ話を聞き出そうとする私と会話しながらも、窯を何度かのぞき込んでは焼き加減を確認します。燃え盛る薪に近いほうが先に焼けるので、金属製のパーラでピッツァを半回転させ、全体がこんがりキツネ色になったところで、協会が定める鉄製のパーラで焼きあがったピッツァを窯から取り出しました。そして建人さんは私の前世がイタリア人だと言葉の端々から悟ったのか、さりげなく「切ってお出ししていいですか?」と私に問いかけたのです。お、そこまで本場流にこだわるのかっ!

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【photo】全てハンドメードで造られるナポリ窯の最高峰「Gianni Acunto ジャンニ・アクント」の窯にピッツァを入れるのは木製(左)、向きを変えて窯から取り出すのは鉄製のパーラ(右)

 前出の協会が定める規約には、La verace pizza napoletana va consumata appena sfornata(=真のピッツァ・ナポレターナは焼き立てのうちに食べるべき)と明文化されています。食べ方にまで注文を出す本場ナポリでは、窯に近いかぶりつきのテーブルに陣取った地元のナポレターノたちは、切らずに出されたアツアツのピッツァをナイフとフォークを使って食べてゆきます。ズボラな私は、厳しい審査員の目が無いことをいいことに、建人さんのご厚意に甘えて、Prego.(=どうぞ)と答えていました。いずれピッツァは熱いうちに頂くのが店に対する礼儀です。撮影も早々にナイフで食べやすい大きさにピッツァをさらに切り分けてほおばると、喧騒と活気に満ちたナポリ下町の香りが口腔いっぱいに広がるのでした。

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【photo】カウンター脇から建人さんの仕事ぶりを見つめる祐子さん(上左)ピッツァD.O.C(上右)協会から授与された296の通し番号入りサインボードを手にする建人さん(下)

numero_296.jpg ナポリから1万kmも離れた地で、ナポリ文化そのものであるピッツァの味をよくぞ再現した!と師匠を納得させたそのピッツァは、身も心も(→「mi」とは言ったものの、ここでは「i=胃」を指すニュアンスが強いです、ハイ満たしてくれる、一皿で完結する料理を意味するまさに「Piatto unico ピアット・ウニコ」でした。26歳にしてピッツァ職人としての腕を認められた建人さんは、鶴岡にある本格的なピッツェリア同士、Gozayaの三浦さんとコラボでナポリピッツァの魅力を多くの人に知ってもらえる何か面白い仕掛けをしたいと語ります。緑に囲まれたピッツェリア、穂波街道ヴェルデ・イスキアは、今後どんな展開を見せてくれるのでしょうか。まずはともかく、Complimenti (おめでとう) Kenji!

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「真のナポリピッツァ協会」認定店
ピッツェリア「穂波街道 緑のイスキア」
  住所)鶴岡市羽黒町押口字川端37
     Phone 0235-23-0303  Fax 0235-57-4185
  イートイン・デリバリー:平日11:00-14:00 L.O 17:30-20:30 L.O
       土日祝11:00-14:30 L.O 17:30-21:00 L.O 火曜定休
  URL:http://www.midorinoischiak.com/
  Menu:ピッツァ・マルゲリータ 1,785円 ピッツァD.O.C(ドック)2,310円  
       食の都・庄内ならではの食材を活かした南イタリア料理も充実!!

◆「l'Isola del Verde(=緑の島)」こと、イスキア島およびDa Gaetano‎ はこちら
               

大きな地図で見る


追記
 2009年6月11日(木)、ナポリでピッツァ・マルゲリータ生誕120周年の記念イベントが行われた。世界中で愛されるマルゲリータの名前の由来となったのは、イタリア国民から広く敬愛されたサヴォイア家のマルゲリータ王妃(1851-1926)。マルゲリータを最初に考案したBrandiには、この日120周年を記念するプレートが贈られた。王妃に扮した女性が馬車でうやうやしく登場、ピッツァにかぶりつくパフォーマンスも行われた。一歩間違えれば"共食い"に見えなくもないマルゲリータの感想を求められられた"なんちゃってマルゲリータ王妃"は「Buono(=おいしい)」「Ottimo(サイコー)」とわかりやすいコメント。仮面姿のプルチネッラが振る舞い餅ならぬ"振る舞いピッツァ"で盛り上げに一役買ったお祝いムードに沸く当日の模様はこちら

2008/05/19

食料自給率100%のレストラン

行くべし弘前!! 「ダ・サスィーノ」

Cellar2007.8.jpgAntipastimisti2007_10.jpg【photo】クオリティの高いイタリアワインが揃うダ・サスィーノの「ワインセラー」兼「自家製食肉加工品熟成庫」兼「自家製チーズ熟成庫」兼「その他もろもろ実験室!?」

 味を追求し安全で美味しい素材の調達のために信頼の置ける農家と契約するだけではなく、自身で畑を持つ料理人が最近では珍しくなくなってきました。私が「食WEB研究所」の「飲食店ブログ」にお招きした仙台市太白区向山にあるイタリアン「AL FIORE アル・フィオーレ」の目黒シェフのように、自ら畑に足を運んで無農薬自然栽培や有機栽培で育てる野菜類だけでなく、生ハムなどの食肉加工品まで自作してしまう料理人も登場しています。

【photo】ベストマッチな自家製イチジクとともに味わう自家製ハム類7種(右写真)

 しかしながら"餅は餅屋"と言うとおり、畑仕事は作物と常に向き合う農家の野菜や果物にいささか分がありそうなのもまた事実。日本在来の野菜は別にして、西洋野菜や生ハム類を気候風土が異なる日本で作ると、どうしても本場とは風味が異なる仕上がりになりがちです。特に、20ヶ月前後の熟成期間を要する生ハムのような食肉加工品を湿度が高い日本で自家製造するには、雑菌の繁殖を抑える細心の注意と加工技術が必要となります。

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【Photo】自家製チーズを切り分ける笹森シェフ

 地方にある飲食店が進む一つの指針を示してくれる1軒のレストランが青森県弘前市にあります。イタリアンレストラン「Osteria Enoteca Da Sasino オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」。オーナーシェフの笹森 通彰(みちあき)さんは、1973年(昭和48)岩木町(現弘前市)生まれ。仙台・東京・イタリアでの数年間の修行を経て、郷里の弘前に戻ったのが2003年(平成15)。弘前大付属病院前の路地を入ってすぐの場所に現在の店を開いたのが同年8月。スタート当初は、笹森さんが修行中に口にした本場イタリアの輸入食材を使った本格イタリアンを志向しましたが、弘前ならではの特色を打ち出せずにいたそうです。その頃、かつて笹森さんが修行した仙台のイタリアン「Vino il Salotto」(当時)のオーナー鳥山さんから、「ウチにいたヤツが祖父母がやっている畑のある郷里で店を出したから、行ってみて」 と誘い水をかけられていました。その年の夏といえば、今でこそ「食の都 庄内」と呼ばれるものの、当時はその価値が全く認知されていなかった彼の地の凄さに開眼した頃。Formaggi2007_10.JPG当時はまだ無名ながら無類の輝きを放っていた鶴岡「アル・ケッチァーノ」と、店を支える珠玉の素材を提供する生産者の取材のため、仙台から足が向くのは月山の先ばかり。昨年の夏まで弘前へは、ついぞ向かわずじまいでした。

【photo】白カビ系から黒カビ系・青カビ系、セミハードタイプとさまざまな自家製チーズと付け合せの自家製モスタルダ

 そんな私がダ・サスィーノ初見参を果たしたのは2007年(平成19)8月のこと。TBS系全国ネットの某TV番組放映後、それまで毎月複数回のハイペースで訪れていたアル・ケッチァーノが迷走し、私の足がそこから遠のいていた時期でした。ランチを"フレンチの街 弘前"が誇る名店「レストラン山崎」で頂き、その足で向かったのが、病害虫に弱いリンゴを「奇跡」といわれる自然農法で栽培する弘前のリンゴ農家、木村 秋則さんのもとでした。このとき畑で2時間じっくりと伺った木村さんの今日に至る波乱万丈な逸話は機会を改めて〈Link to back number〉。

 その夜に出合ったダ・サスィーノ 笹森シェフの自給自足への取り組みと、運ばれてくる料理が私に与えた驚きは予想をはるかに超えるものでした。以降、木村さんのリンゴがたわわな実を結んだ10月と、冬を挟んで可憐なリンゴの花が咲き揃った今年5月にも畑の様子を確かめながら、ダ・サスィーノに通いつめるまでに。アルファ・ブレラを駆って片道310kmの移動を厭わせない理由とは・・・。

Antipastimisti2007_8.jpg【photo】2007年8月、初めて店を訪れた際に「イタリア本国で食べるプロシュット類と変わらぬ美味さでこりゃイケル!」と舌を巻いたフィノッキオーナやソプレッサータ、コッパ、バルバリー鴨の生ハム、プロシュット・クルードといった全て自家製によるハム各種とお約束の組み合わせのマスクメロンもまた自家製。いやはや恐れ入りました(左写真)


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【photo】ピエモンテ州の優良カンティーナ「Braida ブライダ」のオーナー、ラファエッラ・ボローニャ女史から開店記念に贈られたという同醸造所のフラッグシップ・ワイン「Bricco dell'Uccellone ブリッコ・デルッチェローネ」の3 リットルボトルの木箱に納まる自家製プロシュット・クルードはこのとき熟成22ヶ月目。こうしてブロックが客の前でスライスされる(右写真)

 笹森さんの転機となったのは、食肉加工技術が高度に発展したイタリアで習得した技術を遺憾なく発揮して作るProsciutto プロシュット(=生ハム)などのハム作りでした。フェンネルの芳香が心地よいキアンティ地方のサラミ「Finocchiona フィノッキオーナ」や、甘味のある豚の首肉を使う「Coppa コッパ」、塩とハーブで下処理した豚モモをスモークする北イタリアのアルト・アディジェ地方発祥の「Speck スペック」、頭の部位を使い、コリコリした食感が楽しめる「Sopressata ソプレッサータ」などの材料には、地場産の黒豚や隣町の鯵ヶ沢「岩木山麓いのしし牧場」で飼育される絶品のイノシシ、青森産のバルバリー鴨などを使います。それらの素材を加工して作る非加熱のプロシュット・クルードや Lardo ラルド(=脂身を加工・熟成させたもの)は、いまや本場モノと見まごう完成度であることは、口にすればお分かり頂けるはず。アンティパストでブロックから切り立てで提供されるそれら鮮度抜群の自家製ハムやラルドは、スライスしてから時間が経過した輸入物のパック詰め生ハムなどとは比較にならない風味のよさ。地場産シャモロックのレバーをTerrina(=テリーヌ)にして、陰干しブドウで造られるイタリアの極甘口ワイン「Vin santo ヴィン・サント」で風味付けした甘美な一品に至っては、悶絶すること請け合い。
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【photo】大鰐産シャモロックレバーのパスティッチョ・ヴィンサント風味

 地元で飼育されるジャージー種の牛乳を使って仕込むゴルゴンゾーラやカマンベールなどのチーズ類は、凝固剤をイタリアやフランスから取り寄せて作ります。相当のヴィーノ好きであることが伺えるイタリアワインのセレクションが眠る店内のワインセラーで熟成されるこれらのチーズも、熟成が進んで食べ頃を迎えたものが提供されます。弘前市街を望む岩木山の裾野にある実家の畑で育てる野菜や果実はおろか、イタリアの代表的なワイン醸造用ブドウであるネッビオーロやサンジョヴェーゼほか数種のブドウも栽培。自宅で飼育するウコッケイの卵や蜂蜜、アンチョビに至るまで、店で使う素材は自家調達のほか、青森原産の優れた食味をもつ地鶏「シャモロック」や、近海で揚がる魚介類を含めて地元産がほとんど。味に妥協を許さない笹森さんは、地元産の素材のほかに脂と赤身の食味が良い島豚「アグー種」を沖縄から取り寄せたり、日本中のグランシェフがこぞって使う山形・庄内町にある「スパール」の山澤 清さんが日本で唯一飼育するピジョン鳩なども使用しています。

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【photo】カボチャのトルテリーニ・セージとケシの実ソース ズッキーニの花フリット添え

 詰め物をした「Tortellini トルテリーニ」や太めの平麺「Pappardelle パッパルデッレ」、トスカーナ州シエナのパスタで、うどんのような食感が面白い「Pici ピィチ」などの手打ちパスタ類がラインナップされ、充実したプリモピアットも楽しみのひとつ。徹底した自給自足への取り組みは、店の背景となる広い畑と、発酵食品類なら何でも手作りしてしまう店内のワインセラー兼熟成庫を舞台に発揮される飽くなき探究心があって初めてできること。なかば本気で素材の自給率100%を目指すと決意を語ります。自宅の周りにある畑と店内の熟成庫でおおかたの素材を調達してしまうゆえ、恐らくはフードマイレージazienda_sasamori.jpgが日本一低いであろうダ・サスィーノ。最近ではユニークな笹森さんの仕事ぶりがメディアに取り上げられることが増えてきました。そんな状況下にあって、こうしてご紹介するのをちょっと躊躇しましたが、地方ならではのアプローチで頑張っている姿にエールを送りたいと思います。

【photo】畑の一角ではサンジョヴェーゼなどのイタリア品種をメインにブドウの木が育つ。ワイン醸造免許取得のための準備も怠りない。左奥のハウス内では、オリーブやLimone(レモン)Calciofi(アーティチョーク)なども栽培する

 今回も満ちたりた時間をくれたダ・サスィーノを振り返ると、外壁に掛かるテラコッタ製のバッカスが笑顔で見送ってくれました。

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Osteria Enoteca Da Sasino
オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ

弘前市本町56-8 グレイス本町2F
PHONE:0172-33-8299
URL: http://www.dasasino.com/
日曜定休 / 営 11:30-13:30(L.O.) 18:00-21:00(L.O.) 

2007/10/05

アウトグリルの朝ごはん

 当「食WEB研究所みやぎ」で好評展開中の「朝ごはんを撮ろうキャンペーン」。
朝ごはんは一日の活力を生み出す大事なもの。なにかと忙しい朝ですが、自分のカラダとアタマの調子を整える大切な栄養はキチンと摂りましょう&撮りましょう!!(笑) 事務局では雫石プリンスホテルの宿泊券ほか賞品も"それなりに"用意しているようなので皆さんもドシドシご応募くださいね! ※キャンペーン内容はこちらをクリック  《このキャンペーンは終了しました
      
 ということで、私もキャンペーン趣旨に賛同して、ピエモンテのアグリツーリズモ Rupestr の甘~い朝ごはんLink to backnumber を先にご紹介しました。イタリアの朝ごはん第二弾として、今回は少し趣を変えた朝ごはんをご紹介します。

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【Photo】車でイタリアを旅するのならば、ぜひ活用したいアウトグリル。セルフとはいえ食事はバリエーション豊かでそれなりに美味しい。エミリア・ロマーニャ州のビーチリゾート Rimini リミニ近くのアウトグリル内のレストラン「Ciao チャオ」での遅い朝食。既製品のドレッシングが存在しないイタリアでは、Insalata インサラータ(=サラダ)には、エキストラ・ヴァージン・オイルとアチェート・バルサミコをかけて食べる

アドリア海に面した中部イタリア Marche マルケ州を10月初旬に訪れた際のこと。前日まで滞在した教会の宿泊施設を引き払い、州都 Ancona アンコーナの西方10キロにあるアンコーナ・ファルコナーラ空港へ移動。にわか雨が降り出す中、予約していたレンタカーをピックアップしました。自動車の旅の魅力は、意の趣くままに行動範囲が広がること。世界一高いといわれる日本よりもよほど手頃な通行料で利用できる高速道路網が整備されたイタリアでは、車での移動が何かと便利です。当然ですがイタリアのレンタカーは、左ハンドルで大多数がマニュアルシフト。私が普段乗っているイタ車は同じ仕様ゆえ、日本に居ながらイメージトレーニングはバッチリ !

 起伏に富んだ丘陵地が続くマルケから、初期キリスト教時代やビザンティン様式のモザイクで有名な世界遺産の町 Ravenna ラヴェンナを目指して一路アウトストラーダ A14号線を FIAT Punto で北上。稀代の美食家でも知られた作曲家 Rossini ロッシーニの故郷 Pesaro ペーザロを過ぎると、美味しい物の宝庫エミリア・ロマーニャ州の肥沃な平原が広がってきます。走り始めて90キロほどすると左手彼方の岩山に要塞のような山上都市サン・マリノ共和国が見えてきます。そこは気ままな一人旅。その威容に惹かれ、ふらっと寄り道しようかと時計を見ると、すでに11時。「おっと、朝食がまだだっけ」。すぐにお腹の虫が鳴き始めました。

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【Photo】Autostrada del Sole アウトストラーダ・デル・ソーレ(=太陽の道)の愛称で呼ばれるイタリアの大動脈・高速 A1。トスカーナ州 Arezzo アレッツォに向かう途中で立ち寄ったアウトグリル。上下線どちらからも利用できるよう、片側 2車線のアウトストラーダを跨いで建っている。車上荒し対策のため駐車する際には、外から見える場所に荷物を置かないのが鉄則。取り合わない方がよろしい怪しげな物売りが寄って来たりもするので、ご用心、ご用心

 そんな時に重宝するのが、Autostrada アウトストラーダ(=高速道路)に併設された 「Autogrill アウトグリル」です。"アウトグリルとは何ぞや?"という方もおいででしょう。日本の高速道路にあるサービスエリアに近い存在ですが、内容の充実ぶりは日本のそれの比ではありません。1993年に民営化され、'95年からは大手服飾企業 Benetton ベネトン系列の持ち株会社 Edizione Holding エディツィオーネ・ホールディングが運営しています。高速道路網が発達したイタリア全土 900箇所に展開、年間延べ 4億1,500万人が利用。フランス・スペインなど欧州各国のみならず、北米や南米諸国・豪州・インドなどの空港・高速道路を中心に飲食サービスを提供する世界最大規模のグループ企業なのです。イタリア国内では、傘下にセルフサービスのレストラン「Ciao」、ピッツェリアの「Spizzico」、バール形式のカフェ「A cafè」など多様なスタイルの店舗を展開しています。

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【Photo】ジョルジョに案内され、トリノ郊外にあるサヴォイア家が狩猟用に建てた離宮「 Parco Regionale La Mandria」を訪れた夜。初代イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世が愛用した館の中を見学後、ナイトサファリツアーが幕を開けた。離宮の広大な敷地は自然公園になっている。闇を照らすサーチライトを備えた観察用ワゴン車に乗り込み、生息するイノシシやシカなどの野生動物を観察した。暗闇から現れる動物に大はしゃぎのジョルジョをよそに、猛烈な睡魔に襲われた一行はほぼ皆が爆睡。夜11時すぎにツアーを終えて Canelli に向かったが、皆を乗せたクルマの常任ドライバー(⇒当然、私)は、濃霧による視界不良の中、頭にも霞がかかり始めた。もはや居眠り運転寸前でアウトグリルのサインを認めて先行するジョルジョのプジョーにパッシング数回。立ち寄ったそこでオーダーしたのが眠気覚ましの Espresso doppio エスプレッソ・ドッピオ(=ダブル)と、店員のお兄ちゃんが温めてくれたこのパニーニ。どちらもおいしかったぁ~

 イタリア国内のアウトグリルで特筆すべきは、セルフサービスながら、店員と対面で温かい食事を 24時間頂くことができること。Barバールよりもフードメニューが充実しており、それなりに美味。深夜のドライブで小腹が空いた時などにつまめるパニーニ類も、温めて提供してくれます。地域性豊かな国イタリアらしく、地方ごとに特色あるフードメニューを取り揃えているのも魅力。併設されるショップには、チーズやパスタ・生ハムなど地域の特産品や菓子類・ドリンク・地図・CDなどが、わんさと並びます。なかには土産用にフルボトルワインを置いているアウトグリルも少なからず存在します。高速道路でアルコールを売っている事に驚かれるかもしれませんが、さすがにその場で飲んでいるイタリア人は見かけません。

 デミサイズのワインがセルフで選ぶ食べ物と共に用意されていることもあります。白ワインの産地 Orvietoオルビエートのアウトグリルに立ち寄った際のこと。私はその時バスで移動中でしたので、心おきなく芳醇な白ワイン Orvieto Classico と軽い食事を楽しめました。
 当然ですが、イタリアでも飲酒運転はご法度であることを最後に申し添えておきましょう。

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【Photo】Rimini 近くのアウトグリルで頂いたブランチのレシート。パン 35チェント、サラダ 2.40エウロ、牛肉のワイン煮込み 9.1エウロ、カップチーノ 80チェント、しめて 12エウロ 65チェント。味にうるさいイタリア人たちを相手にしている施設なので、まずハズレはない

2007/09/11

甘~い生活の始まり

これぞDOLCE VITA 甘い生活

 イタリアの朝は、甘美に始まります。

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【photo】ピエモンテ州 Canelli カネッリ郊外のアグリツーリズモ(=農家民宿) Rupestr ルペストゥルの朝ごはん

 ダイニングテーブルの上に用意されるのは、Rupestr オーナーお手製のサクサクしたビスケット類が山盛り。加えて自家製のサクランボ・モモ・イチジク・マルメロなどの Marmellata マルメラータ(=ジャム)が添えられます。これは「ごはん」というより、日本人の感覚で表現すると、ほとんど「3時のおやつ」(爆)。

 朝から元気全開のオーナー、ジョルジョ・チリオ氏が大きな声で「Buongiorno!」の挨拶とともに大きめのコーヒーカップでカフェラッテをサーブしてくれます。その温かなカフェラッテに入れるのは、レモンの絵が手描きされたシュガーポットの砂糖をスプーンで2杯。

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 ひんやりとした秋の空気が心地良いピエモンテの朝。窓の外は乳白色の朝もやに包まれた Rupestr の色付いたブドウ畑。北の彼方にはヨーロッパアルプスの白い山並み。日常の喧騒とかけ離れたゆったりとした時間が流れてゆきます。 あぁ、シ・ア・ワ・セ。

2007/08/10

チョコレートの街 トリノ

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【Photo】テッラ・マードレに集った世界の料理人たちをピエモンテの料理人がもてなす目的で開催されたレセプション会場で。トリノのシンボル「モーレ・アントネッリアーナ」をかたどった精巧な飴細工

 Cioccolato チョッコラート(=チョコレート)を抜きにしては語れない街、それがトリノです。トリノでは年間8万5千トンのチョコレートが生産され、8億5千万ユーロ(=約1,360億円)の歳入をこの街にもたらしています(2002年データ)。トリノがヨーロッパのチョコレート文化発展に果たしてきた役割は、とても大きなものでした。

 チョコレートの原料となるカカオ豆は南米大陸が原産地。インカやアステカでは、焙煎したカカオ豆をペースト状にして、バニラビーンズや唐辛子・香辛料を加えて飲料として飲んでいました。1528年、圧倒的な武力をもってアステカを征服したスペインのエルナン・コルテスは、さまざまな略奪品とともにカカオ豆を時のスペイン王カルロス一世に献上します。こうしてヨーロッパに初めてカカオ豆がもたらされました。しかし、アステカで飲まれていた「ショコラトル(xocolatl )」というカカオ飲料は、インディオの言語ナワトル語で苦いを意味する「ショコク(xococ)」と、水を指す「アトル(atl )」が組み合わされた呼び名通り、カカオ豆由来の苦味が強いものでした。そのためスペイン人の口には合わなかったようです。間もなくカカオに砂糖を加えて口当たりをよくする工夫がなされ、一気にスペインの王族たちにホットチョコレートは広まってゆきました。

cioccolatacalda.jpg【Photo】「チョコラータ・カルダ」=温かいチョコレートの名前通り、この濃厚なホットチョコレートドリンクは冬場のトリノに欠かせない

 近世から19世紀初頭のヨーロッパでは、甘いものは贅沢品でした。よって、新大陸から伝わったこの飲み物は、王族や貴族などの特権階級だけが楽しんでいました。スペイン王室と婚姻関係を持ったハプスブルグ家やブルボン家にもホットチョコレートは伝わりましたが、製法は対外的には秘匿されていたのです。(注1)

 ここに仙台藩祖・伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節団が、スペインで日本人として初めてチョコレートを口にしたのではないか?という仮説が生まれます。石巻郊外「月の浦」を出港後、メキシコ経由で一年近くを要して1614年にスペインに上陸した使節団。一行に同行したスペイン人宣教師ルイス・ソテロの故郷セビリアで大歓迎を受けた彼らは、意気揚々と首都マドリッドに入ります。翌年早々に国王フェリペ3世との謁見も実現、一行を率いた支倉常長は、国王列席のもとそこで洗礼を受けています。残念ながら、常長が記した滞欧日記が今日では散逸してしまったため、あくまで推測の域を出ませんが、国王は表向き使節団を歓迎していたので、延々8カ月に及んだ使節のマドリッド滞在中、彼らがチョコレートドリンクを口にしたとしても不思議ではありません。進取の気性に富んだ政宗が遣わした伊達者にふさわしい逸話ですね。

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【Photo】トリノ サン・カルロ広場の中央に建つエマヌエーレ・フィリベルトのブロンズ像
 

 話をトリノに戻しましょう。サヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトclicca quiは、1550年前後に繰り広げられた対フランス領土戦争でスペイン軍を指揮します。その折にスペイン王カール5世からホットチョコレートを勧められて口にしたようです。美食家であったフィリベルト公は、そのエキゾチックな飲み物を気に入り、1563年、サヴォイア王国のトリノ遷都を祝って「cioccolata チョッコラータ」と今でも呼ばれ親しまれているホットチョコレートを市民たちに振舞いました。1587年、フィリベルト公の息子カルロ・エマヌエーレ一世と、スペイン王フェリペ二世の娘カテリーナ・ミカエーラの婚礼の席でも参列者たちにホット・チョコレートが出されたといいます。

 チョコレートの歴史において転換点となったのは1678年。夫カルロ・エマヌエーレ二世が亡くなった後、サヴォイア公国を摂政として統治していたマリーア・ジョヴァンナ・バッティスタclicca quiが、ジオ・アントニオ・アッリという菓子職人にチョコレートの製造と一般向けに販売する権利を6年に限って認めたのです。(注2)これをきっかけに、多くのチョコレート職人がトリノへと集まりました。それまで特権階級が独占していたチョコレートは、トリノからサヴォイア公国の領土だったスイス・フランス東部へと広まってゆきます。こうして大衆向けにチョコレートが作られるようになり、トリノで修行した職人たちによって、現在チョコレート産業が盛んなスイス・ベルギー・パリなどでチョコレート文化が花開いてゆくのです。18世紀、チョコレート文化の中心都市となったトリノからは、ヨーロッパ一円に毎日340キログラムものチョコレートが輸出されていました。

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【Photo】ノッチオーレ(写真右)とジャンドゥイオッティ

 トリノ発祥のチョコレートとして、一個ずつ金銀の包装紙で被われた「Giandujotto ジャンドゥイオット」(複数形で Giandujotti ジャンドゥイオッティとも呼ばれる)を忘れてはなりません。ピエモンテ州ランゲ地方では「丸々と太った紳士」を意味するTonda Gentile とも呼ばれる特産の Nocciole ノッチオーレ(=へーゼルナッツ)のペーストとチョコレートを混ぜたこのチョコレート菓子の誕生の経緯には、かのナポレオン・ボナパルトが絡んでいます。

 産業革命による経済成長が著しかった大英帝国の囲い込みのため、ナポレオン一世は1806年にヨーロッパ諸国に対し、英国とその植民地との交易を禁じる「大陸閉鎖令」を発令しました。イギリス側も対抗措置としてフランスに対する海上封鎖を実施。そのため大西洋を越えて新大陸から輸入される原料のカカオ豆が激減、わずかに確保された豆の価格も暴騰しました。それによって、当時フランスの支配下にあったサヴォイア王国の首都トリノでは、チョコレート産業が大きな打撃を受けたのです。とはいえ、甘美なチョコレートを渇望する声は衰えませんでした。やがてミケーレ・プロシェという菓子職人が、地元ピエモンテ・ランゲ地方の特産だったヘーゼルナッツを粉末にして、チョコレートに混ぜた代用品を生み出します。「必要は発明の母」を地でゆく滑らかな口どけを持つこの菓子は、1865年のカーニバルの際、Caffarel 社Link to Websiteによってカーニバルのキャラクターの名前に由来する Gianduiotti ジャンドゥィオッティという名で売り出されました。現在では DOC (=原産地統制呼称)で規定された25%以上のピエモンテ産ヘーゼルナッツやイタリア産アーモンドを材料に使用した製品だけにジャンドゥイオットの呼称が許されています。

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【Photo】Caffarel の「ジャンドゥィオ1865」のパッケージ(写真右)にはカーニバルのキャラクター Gianduiotti が描かれている。写真左はNocciolatoノッチョラートと呼ばれるヘーゼルナッツ入りのチョッコラート。リバティ様式のエレガントなパッケージが目を引く

 その組み合わせをペーストにした「Nutella ヌテッラclicca quiはトリノの南、Alba アルバに本社がある菓子の多国籍企業「Ferrero フェッレロ」 Link to Website(伊語のみ)〉が1964年に売り出し、世界ブランドに成長しました。Dolce Vita ドルチェ・ヴィータ(=甘い生活)な朝に欠かせないヌテッラは、パンに塗って、あるいはビスコッティにつけて食べられ、男女問わず熱烈なファンが多いといいます。日本にはオーストラリア製の製品が輸入されているので、豪州のものだと思っていた方もおいでなのでは?同社は世界で最も売れているチョコレート菓子だというヘーゼルナッツを使用した丸い形の Rocher ロッシェclicca quiをはじめとする多彩なチョコレート製品のラインナップを揃えます。老舗のPeyranoペイラーノLink to Websiteや、日本ではヴェンチと名乗っている Venchi ヴェンキLink to Websiteなどの大手から、イタリアにおけるアール・ヌーボー様式を指す Stile Liberty (=リバティ様式)の内装が見事な Baratti&Milano バラッティ&ミラノなどのカフェ、そして小規模な菓子工房に至るまで、数多くのチョコレートが今もトリノで作られています。
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【Photo】チョコレートの街トリノでは、さまざまなCioccolatoが作られている

 そんなチョコレートの街トリノが一層チョコレートの甘い香りに包まれるのが、毎年春先に開催されるチョコレートの祭典「CioccolaTÒチョコラート」です。ネーミングの由来は Chiccolato チョッコラートと Torino の語呂合わせですね。年々規模を拡大し2007年で5回目の開催を迎えたこのイベント。トリノにチョコレートをもたらした恩人エマヌエーレ・フィリベルト公の騎馬像が建つサンカルロ広場や、ヨーロッパ最長の1km に及ぶポルティーコ(前回「そしてトリノ」参照のこと)で囲まれたヴィットリオ広場や市内各所のPasticceria パスティチェリア(=菓子店)、カフェなどが参加して行われました。地元ピエモンテを始め、世界中のチョコレート職人が優れた菓子作りの技を披露したのはもちろん、プロの料理人が料理の素材としての可能性を提案したり、子ども向けのワークショップや工場見学など、多彩なプログラムが組まれました。10日間の会期中、およそ90万人がこの催しに参加して、5.2トンに及ぶチョコレートが売買され、1万杯のチョコレートドリンクが飲まれました。 食に関するイタリア人の関心の高さには、いつも感心させられます。

 当初は"飲むもの"だったチョコレートの原型を窺わせる飲み物が「Cioccolata calda チョッコラータ カルダ」(=温かいチョコレートの意味)。1828年にオランダのバンホーテン社がカカオ豆の脂肪成分(カカオバター)を取り除いて製品化した現在のココアよりも、濃厚なトロトロのホットチョコレートと表現すればよいでしょうか。寒い季節のイタリアのBarバールの定番メニューとして登場する通称「チョッコラータ」には、使用するチョコレートの種類別(ビター・ミルク・ホワイトなど)はもちろん、グラッパ・ウイスキー入りのほか、ココナッツ、マロングラッセ・ミックスベリー・ザバイオーネ入りなどの豊富なメニューが目白押し。冬にイタリアを訪れたならば、ぜひお試しを。

pasticceria.jpg【Photo】Torineseトリネーゼ(=トリノっ子)は老若男女問わずドルチェには目がない。パスティチェリアでは誰もが目を輝かせる

 チョコレート好きな方にオススメしたいのがトリノ市内の観光案内所(9:30AM~9:30PM)で扱っている「Chocopassチョコパス」。このカードを提示すると、協賛しているパスティチェリアやクラシックなカフェでチョコレートやジャンドゥィオッティの試食ができます。一定額以上の買物をすると5%~10%の割引サービスが受けられる場合も。24時間有効の10回券(10エウロ)と48時間有効の15回券(15エウロ)の2種類があります。対象店舗が多い48時間券のほうがバリエーション豊かなトリノのチョコレート文化に触れることができますが、日曜日や午後の早い時間帯と6月末から9月にかけてのヴァカンスシーズンは、店に行っても閉まっていたなんてこともあるので要注意です。美しくディスプレーされたチョコレートの買いすぎと食べすぎにはくれぐれもご用心を。なぜなら燃料代が高騰する昨今、エアライン各社は重量制限にシビアになってきています。航空荷物が重量オーバーの場合、数万単位のけっこうな追加料金を支払わなければなりません。スーツケースの重量超過にはお気をつけ下さい。その点、食べ物が美味しい上に甘いもの天国のトリノは危険な街かもしれません。体重の超過で後々泣かないためにも、ご用心ご用心 (^_ ^)


【注1】おそらく最も名が通ったチョコレートケーキは「ザッハトルテ」だろう。ハプスブルグ家のお膝元・ウィーンで1832年に誕生したこのケーキ、現代の私たちの感覚ではかなり甘いと感じるはず。ウィーンに本店がある「DEMELデメル」が仙台の藤崎に出店している。地元ではサッハトルテと濁らずに発音されるこの濃厚なチョコトルテ。産みの親フランツ・ザッハーの味を受け継ぐのは「Hotel Sacherホテル・ザッハ 」。15年以上前にホテル・ザッハで味わったザッハトルテの甘さの記憶は今も強烈に残っている

【注2】カルロ・エマヌエーレ二世とマリーア・ジョヴァンナ・バッティスタの間に誕生したのがヴィットリーオ・アメデオ2世。世界遺産に登録されているトリノの王宮群を建て、サルデーニャ王国の国王となるなど、サヴォイア公国の基盤整備に尽力した人物だ。幼少のころ胃腸が弱かった息子のために、母は宮廷医と相談の上、パン職人に消化の良い食べ物を考案するよう命じる。職人 Antonio Brunero アントニオ・ブルネロは上質の小麦を極細挽きにして焼き上げるカリカリとした歯ごたえの細長いパンを生み出した。それが Grissini グリッシーニである。自らを"Madama Reale マーダマ・レアーレ(≒本当の夫人)"と称し、野心家でもあったこの王女は、チョコレート産業とグリッシーニの誕生にかかわり歴史に名を残したのである

2007/06/21

チンクエ・テッレの絶品シーフード

リストランテ サン・ジョヴァンニ@カサルッツァ・リグーレ

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【Photo】海岸線から少しアペニン山脈沿いに入った小さな街カサルッツァ・リグーレ。小高い山の先にはリグーリア湾が広がる

 高速A12を Chiavali キアヴァリで降り、陽光あふれる海岸線から若干内陸に入った Casarza Ligure カサルッツァ・リグーレという小さな町にあるリストランテ「San Giovanni サン・ジョヴァンニ」に着いたのは、11時すぎ。ここで、リグーリアの東端の都市 La Spezia ラ・スペツィアの先にある別のリストランテを予約していたジョルジョと西川さんとは、しばしのお別れです。そこからはガイド役不在のまま、半日を過ごすことになりました。実はこの日の昼食は、各 Guida(=レストラン評価本)において、東リビエラで随一の評価を受けるリストランテ「Ca'Peo」でとりたかったのですが、当時はシェフを務めるお母さんの体調が優れずに休業中。

 そこで、イタリアの料理評価本「l'Espresso」や「Accademia Italiana della Cucina」などで、魚料理が美味しいとの理由で評価が高い「San Giovanni サン・ジョヴァンニ」を、数軒の候補の中から、いわば"勘"で代役に立てました。ことの経緯はともかく、結果的にこの選択は大正解だったのです。帰国後、「サン・ジョヴァンニの料理が一番だった」と言うメンバーすらいたのですから。到着早々に見舞われた強烈な先制パンチさながらのピエモンテ料理に、すっかり根を上げた面々にとって、それは正に体が欲した料理だったのです。四方を海に囲まれた私たち日本人のDNAが、新鮮な魚介を切実に求めていました。
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【Photo】リストランテ「サン・ジョヴァンニ」の名前の由来となったサン・ジョヴァンニ・バティスタ教会は7世紀~8世紀に創建されたロマネスク様式。リストランテの裏庭から鐘楼が見える

 リストランテ「サン・ジョヴァンニ」は、小柄で気さくなお母さんのピヌッチャ・ノヴァロさんがシェフで、娘さんがフロア係という家族経営の店です。白い外壁が青い空に映えるその店の敷地には、オリーブやミモザが植えられています。ピヌッチャさんのお母さんだという、肝っ玉母さんといった風情で魚を抱えるジュゼッピーナさんの絵が掛けられた明るい店内は、いかにもリビエラの開放的な雰囲気を漂わせていました。
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【Photo】店のエントランスにて日伊のグランシェフ揃い踏み。奥田シェフとピヌッチャ・ノヴァロさん

 テーブルについた私たちは、「今日はアンティパストとプリモピアットを魚介系中心でいきましょう」と示し合わせた上で、胃腸を癒す料理のチョイスを奥田シェフにお任せしました。メニューと睨めっこのシェフの脇では、私がワインリストと睨めっこ。"料理とワインは一心同体"が信条の私が選んだのは、これから訪れるチンクエ・テッレの急斜面を段々畑に切り開いて栽培される地ブドウ、Boscoボスコ種を主体にVermentinoヴェルメンティーノ種、Albarolaアルバローラ種を混醸した辛口のDOC白ワイン、その名もずばり「Cinque Terreチンクエ・テッレ」。ものは試しと異なる生産者の2本をオーダーしました。そこから前日とはガラリと変わった地中海の幸あふれる饗宴が幕を開けたのです。

【以下、空腹時は閲覧をお勧めしないPhoto が続きます】
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 さっぱりした軽い酸味が心地よい「カタクチイワシのエスカベーチェ」と、ピンクペッパーがアクセントになった「茹でサーモンのサラダの盛り合わせ」(上写真)、優しい歯ごたえと上品な薄味で一同狂喜した「茹でイカのシンプルサラダ」(下写真)は軽くレモンを絞って。

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 「トマトのスライスに刻みルッコラ・マグロの燻製包み」(上写真)はサンダニエレの生ハムのように、まったりとした食感とスモークの香りが香ばしいマグロと、ルッコラやフレッシュトマトが口の中で渾然一体。これまた一同悶絶。からっと揚がったキツネ色の衣をまとって登場したのは、「小麦粉の詰め物をしたムール貝のフリット」(下写真)。小ぶりなムール貝の旨みが詰め物の小麦粉に滲み出て、素材のおいしさを増幅します。

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 揚げ物の次は口をさっぱりさせる「カタクチイワシと玉ネギ、レーズンのマリネ」(上写真)が登場。「殻付きムール貝のムース仕込みトマトソース煮込み」(下写真)と、7品いずれもが新鮮な素材の良さを引き出す伝統と革新の技が冴えるアンティパストばかり。

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 オーダーしたチンクエ・テッレDOC2種。最もブドウの生産量が多い集落とはいえ、Riomaggiore リオマッジョーレのブドウ生産組合のワインCosta de sèra di Riomaggiore'05は年産わずか4,000本。ふんわりと柔らかに香りが広がってイイ感じ。 対照的にキリリとしたTerre di Levanteは、チンクエ・テッレで集落が唯一海に面していないCorniglia コルニーリア産。典型的なリグーリア料理と地元の辛口ワイン「チンクエ・テッレ」が見事にピタピタと好相性を見せてくれました。隣りあう州同士でも、内陸のピエモンテと海に開かれたリグーリアでは、かくも劇的に料理の質が違うものかと実感させられます。

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 多彩なバリエーションでオーダーされたプリモピアットは、タジャスカ種のオイル特有の繊細なナッツ系の香りが活きた「バジルペーストとフレッシュトマト和え半生イカのポレンタ」(上写真)から、続々と運ばれてきました。素材の旨みが凝縮したコッテリとしたブロードの「イカのリゾット」(下写真)には、モチモチした歯応えのスペルト小麦Farroファッロ(注)が使われていました。

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 コクのある海の幸たっぷりのソース「スコーリオのリングイーネ」(上写真)、「イカスミ入りタリオリーニの魚介の軽いトマトソース」(下写真)

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 「ジェノヴェーゼ・ソースを軽くまとったイカのスパゲティ」(上写真)、「トロフィエのペスト・ジェノヴェーゼ風味」(下写真)と、平らげたプリモは全6品。いずれの皿も適度にメリハリが効きながらも、調和がとれたしつこくない味付け。疲れ気味の胃とカラダが一気に生き返りました。

幸福な余韻に浸るメンバーの心境を詠んで一句。「おいしさや、腹に染み入る 海の幸」

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 皿に山盛りで運ばれてきたのは摘みたての黒ブドウ(上写真)。ドルチェのティラミス(下写真)とレモンソルベには、スローフード協会からプレシディオ指定されているチンクエ・テッレ産の有名なデザートワイン、「Sciacchetrà シャッケトラ」を合わせたくなり、一杯だけグラスでオーダーしました。30年に及ぶ熟成も可能というシャッケトラは、DOCチンクエ・テッレに使用するブドウを陰干しして作られます。目のくらむような切り立った斜面で栽培される収量の少ないブドウ100キロから、わずか25リットルも作れないために、高価なデザートワインとなります。小さなワイングラスに注がれたシャッケトラを皆でちびちび回し飲みしましたが、似たような製法で作られる同価格帯の良質なヴィンサント・トスカーナと比較して、若干複雑味が足りず、線が細い印象でした。しかし、料理はどれも素晴らしく、充分に満足のゆくものでした。

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 「フルーツを食べたい」という女性陣のリクエストで、キウイ・バナナ・ラズベリーのマチェドニアと爽快な酸味のレモンソルベも追加。タイプは違えど二日続きの充実した昼食をカッフェと共に終えました。

 面倒見が良く気のおけないピヌッチャさんは、「ペスト・ジェノヴェーゼを本場リグーリアで手に入れよう」という私たちの買い物にまで付き合ってくれました。超ベテランのバリスタが渋~く切り盛りしている近所のバールでお礼のカッフェをピヌッチャさんに一杯ご馳走した後、チンクエ・テッレで最も風光明媚といわれるVernazzaヴェルナッツァに向かったのが15時頃。直線距離にして26キロほどの距離ですが、そこから先の長かったことといったら!地図を頼りに行程のほとんどを山中の曲がりくねった道を駆け抜けたため、つづら折りの道が続く尾根の高みから絶海に浮かぶ孤島さながらの佇まいのヴェルナッツァを目にするまで、およそ一時間半を要したのです。

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Ristorante San Giovanni
リストランテ サン・ジョヴァンニ
住所 Via Monsignor Podestà 1.CASARZA LIGURE (GE)
    HP なし/ TEL 0185-467244
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【注】
イタリアでは Farro と呼ばれる古代より人類が栽培してきた穀物がスペルト小麦。肥料や農薬の力を借りずとも、過酷な環境下での栽培にも耐える。反面、品種改良をされていない分、収量は少なく、殻が固く製粉に手間取るために栽培量を減らしてきた。小麦の栄養分の多くは、脱穀の際に取り除かれる殻や胚芽に存在する。しかしスペルト小麦は粒自体に栄養分が含まれるため、製粉後も栄養素が失われない。こうした長所が見直され、無農薬栽培に取り組む生産者たちによって再評価の機運が高まっている。そのまま Zuppa スープや Risotto リゾットにすると、プリプリした食感が楽しめる。栄養価が高いため、ファッロ100%で製麺したパスタの需要がイタリアで高まっている


2007/06/11

白トリュフの魔力

 2006年秋のイタリア訪問のきっかけは、Slow Food協会が主催した「テッラ・マードレ2006」に料理人として招聘された山形県鶴岡市にある庄内ベジ・イタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田 政行シェフに「取材を兼ねてどうです、今回も一緒に? 」と誘われたから。というのは表向きで、アッシー君としての実績をシェフに見込まれたからに他なりません。
 詳細は機会を改めてご紹介しますが、2003年に奥田シェフがイタリア・マルケ州のオーガニックフェスティバルに招かれて料理を提供した際もイタリアに同行した私。宿泊先だった教会の神父が所有するワゴン車のキーを突然預けられ、食材の仕入れはもちろん、伝統食材の生産現場見学のために遥かモデナやパルマまで車で延べ数千キロを駆け回ったのですから。
 時として上がる同乗者の悲鳴をよそに、一向にスローにならない私の運転を評して「ジェットコースターみたいだ」と、つぶやいたのは同店の青柳マネージャー。(^0^;)お得意のスローとはいえない速さ(注1)で、スローフード協会の公式行事以外にも、ピエモンテ州ほかイタリア各地を今回も駆け巡りました。

◆「禁断の白トリュフ」

 2006年10月24日早朝4時過ぎのパリ・シャルル・ド・ゴール空港ターミナル。搭乗したエールフランスの空港職員の勘違いでトランジットの待ち時間に通されたのは、ビジネスクラス専用のサロンでした。そこに用意された飲み物やお菓子にあらかた手を付け、(「お土産~♪」と言ってマドレーヌを鷲づかみにしたのは、どこのシェフでしたっけ?)予期せず優雅なひとときを過ごしました。広大な空港をトリノまでの乗り継ぎ便の搭乗ゲートまで移動した後、朝7時30分とはいえ、まだ真っ暗なパリを離陸。朝焼けに染まるアルプス上空を越え、ほどなく霧の間に滑走路が垣間見えてきたトリノ空港に着陸したのが、定刻の8時45分でした。
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【PHOTO】秋のトリノ周辺は霧が立ち込める事が多い。機上から垣間見たトリノ市街。万年雪を頂くアルプスがすぐ間近かに迫る

 そこで私たちを飛び切りの笑顔で出迎えてくれたのは、ピエモンテでの宿泊先となったアグリツーリズモ「Rupestr(ルペストゥル)」のオーナー、Giorgio Cirio ジョルジョ・チリオ氏。その年の3月に奥田シェフの店で会って以来の再会です。いざ、予約していたレンタカーをピックアップして出発進行!と思ったものの、空港でローマから合流する予定だった私の友人が、機材故障のため到着が大幅に遅れるトラブルが発生。"ハプニングも旅の醍醐味"というプラス思考で空港を2時間あまり散策した後、巨大なFIATのワゴン車にスーツケースをぎゅうぎゅう詰めにして、ジョルジョが運転するプジョーの先導のもと、トリノ市内を経由してからモンフェラート丘陵の間を走る高速A21をスプマンテの産地として有名なアスティの手前まで疾走。アスティ県にある90キロほど南東にある町、カネッリに向かいました。
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【PHOTO】トリノからアスティへと向かう高速A21を激走するジョルジョの年季の入ったプジョー306。イタリアの高速道路における一番左側の車線は追越し車線である。定員一杯でスーツケースまで満載したジャッポネーゼが運転する車を先導しながらも、ジョルジョはこのようにビュンビュン飛ばし続けた。(後部座席から青柳店長が激写)

 今回のツアーの同行メンバーは、奥田シェフほか青柳 孝フロアマネージャーと佳子夫人、同店の若手料理人・佐藤 渓治君と原田 健治君のアル・ケッチァーノ関係者5人。そしてRupestrの常連で仲介の労と通訳をお願いした盛岡在住の税理士・西川 温子さん、私と同じく奥田シェフに誘われて参加した料理雑誌「四季の味」の八巻 元子編集長と、私の友人を含めて車の定員いっぱいの総勢9名での移動となりました。

 スタートが遅れたため、途中で立ち寄る予定だったサレジオ会の創設者でカトリックの聖人ドン・ボスコゆかりの地、Castelnuovo Don Bosco カステルヌオーヴォ・ドン・ボスコへは後日立ち寄ることに変更。"まずは腹ごしらえ"と、メンバーが向かったのは、イタリアの各Guida(=レストラン評価本)での高評価はもちろん、イタリアのレストランには点が辛いといわれるミシュランのレッドガイドでも一つ星を獲得しているカネッリのリストランテ「SAN MARCO サン・マルコ」。奥様のマリウッチャさんがシェフ、ご主人のピエール・カルロさんがソムリエ兼フロアマネージャーというフェレッロ家による経営スタイルは、家族の結びつきが強いイタリアのリストランテではよくある形態です。人口一万人ほどのカネッリの町にあるこのリストランテでも、二人の日本人がその日は厨房で働いていました。ワインに目がない私が事前にWebサイトでチェックして「ココで食べたい!」と一目ぼれしたのは、地元ピエモンテ産ワインがズラリと並んだ地階のセラールーム「La Tavernetta」。その部屋を予約してもらうようジョルジョにお願いしてあったので、私たちが通されたのは、まさにその部屋の大きなテーブルでした。
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【PHOTO】この日SAN MARCO の厨房には、外国人のための教育研修機関「ICIF」でイタリア料理を学ぶ二人の日本人スタッフがいた
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【PHOTO】ピエモンテ州ランゲ地区の名醸ワインがズラリ。SAN MARCO のセラールーム「La Tavernetta」でゴキゲンなジョルジョと奥田シェフ

 テーブルには、一般的なスティック状のものと、薄く延ばした細長い形状の自家製だというグリシーニや大きなポルチーニ茸や野菜類が美しくセッティングされ食欲をそそります。
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【PHOTO】テーブル上のディスプレー。白い野菜がカルド・ゴッボ・ディ・ニッツァ・モンフェラート(上写真)自家製グリッシーニ2種類。グリッシーニ発祥の地はトリノだそうな(下写真)

 まずは、ジョルジョがチョイスしたカネッリにあるカンティーナ(=ワインの醸造元)CONTRATTOの辛口スプマンテで、彼の「カンパーイ」の流暢な日本語の発声のもと旅の無事を祈って乾杯。
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【PHOTO】CONTRATTOのSPUMANTE'02は、長雨による厳しいヴィンテージを反映してか、残念ながら泡立ちや複雑味、奥行きがいまひとつ。かつてこのカンティーナの醸造責任者を務めた経歴のあるジョルジョも物足りなさ気だった

 予約したお任せコースは、フェンネル(=ういきょう)のクリームとフォアグラ、ジャガイモと自家製ソーセージ、豚の頬皮のサラミ・ポレンタ(注2)挟みフリットなどの5品のアンティパスト(前菜)で始まりました。
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【PHOTO】アンティパストは大皿で登場

 そこに先ほどまで厨房にいた日本人スタッフの中村さんが、小学生の握りこぶし大ほどの大ぶりなタルトゥフォ・ビアンコ(=白トリュフ)を皿に6個ほど載せて登場。すると、えもいわれぬトリュフの芳香が部屋中に漂い始めました。いわく「グラム単位の計り売りになります。いかがされますか?」。野暮な質問はやめてくれ~。据え膳食わぬは何とやら。魅惑的な匂いをかがされたワンコ同然の私たちは、イタリアが誇る超・高級食材、白トリュフの産地に、しかも旬の真っ盛りに日本からわざわざ来ているのですから、頼まないはずがありません。きちんとグラム単価の説明を受けたかどうかは、視線がトリュフに集中するあまり記憶が定かではありません。それでも極めて高価な食材である事は充分知っているつもりで、メンバー相談の上オーダーしました。
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【PHOTO】トリュフを手に登場した日本人スタッフ中村君。私たちの視線は皿の上に釘付け

 テーブルにもディスプレーされている野菜「Cardo Gobbo di Nizza カルド・ゴッボ・ディ・ニッツァ」は、カネッリの北東8キロほどにあるNizza Monferratoニッツァ・モンフェラート周辺の砂の多い土壌で作られるアザミの一種。生育途中で一ヶ月ほど茎の部分を土中に埋めて白化させる伝統的な栽培法でスローフード協会からプレジディオ指定を受けています。
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【PHOTO】ポルチーニのトルティーナ・フォンドュータソースと温製カルド・ゴッボ・ディ・ニッツァ

 そのカルド・ゴッボ・ディ・ニッツァを温製の付け合せにした「ポルチーニのトルティーナ・フォンデュータソース」には、シェフのマリウッチャさんが登場し、専用のおろし具で白トリュフをおろし始めました。その途端、先ほどまで部屋の中に漂っていた芳香が一段と強く立ちこめはじめたのです。
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【PHOTO】白トリュフをたっぷりとスライスするシェフのマウリッチャ・フェレッロさん

 白トリュフの最大の魅力である馥郁たる香りは、黒トリュフとは比べ物にならないほど強く、取引価格もイタリア産黒トリュフの3倍以上はします。その芳香は収穫された後、時間の経過と共に水分ともども失われてゆきます。日本に空輸された白トリュフをリゾットで食べたことがありますが、その時に感激した香りすら、比較にならないほど嗅覚を強く刺激する心地よい香りです。あわせるワインはジョルジョにお任せで、バローロやバルバレスコにも使われるピエモンテの代表的なブドウ品種、ネッビオーロをABBONAという作り手が仕込んだミディアムボディのNEBBIORO D'ALBA BRICCO BARONE'03。
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PHOTO】NEBBIORO D'ALBA BRICCO BARONE '03

 そこから、豪奢な白トリュフの饗宴が始まりました。まずは、持ち味の繊細極まりない肉質は地元で味わう生食でこそわかるという、これまたプレジディオ指定を受けたピエモンテ牛のタタキ料理「カルネ・クルーダ」。
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【PHOTO】PIEMONTE牛のタタキ「カルネ・クルーダ」

 次にピエモンテ州の伝統的パスタ、ピエモンテ訛りで「タヤリン」と呼ばれる小麦と卵黄で作る手打ち細麺パスタ「タリオリーニ」、肉やチーズ・野菜を詰め物にするキョウザのような形のラザニア「アニョロッティ・ダル・プリン」。
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【PHOTO】タヤリンとアニョロッティ・ダル・プリン

 そしてピエモンテでもフランス国境に近い標高1,800メートルに位置するアルプス山中の村、クーネオ県カステルマーニョの澄んだ空気のもとで2年の熟成を経て作られる希少価値の高いチーズ「カステルマーニョ」をからめたニョッキ。
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【PHOTO】 カステルマーニョチーズ風味のニョッキ

 これらの皿には、料理を覆いつくさんばかりのトリュフが贅沢にすりおろされました。料理自体の香りと味わいが、トリュフの放つフェロモンたっぷりの芳香によって増幅され、妙なる響きを口から鼻腔にかけて奏でるさまは、今でも鮮烈に記憶しています。かつては媚薬としても珍重され、今日でも世界の食通が鵜の目鷹の目で追い求めるアルバ産白トリュフ。料理の画像だけで、あの香りを皆さんにご紹介できないのが、つくづく残念!

 私たちが訪れた直後の2006年11月、アルバで行われたオークションで、香港の実業家が慈善団体へ寄付をするため自身が主催したチャリティディナー用に3個あわせて1.5キログラムになる大きな白トリュフを12万5千ユーロ(=約1,900万円)で落札したといいます。そんな白トリュフの魔力に魅入られた一行は、トリュフをすりおろすスライサーの手をせわしなく動かすカメリエーレ(=給仕)に「STOP」をかける理性を、その時すでに失っていました。

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【PHOTO】仔ヒツジのリブロース・バローロソース

 メインディッシュ「仔ヒツジのリブロース・バローロソース」には、ピエモンテらしいしっかりとした味付けに負けないフルボディのワインが、ソムリエによってデキャンタージュされてサーブされました。バローロ・ボーイズ(注3)と呼ばれる優れた新世代の作り手PAOLO SCAVINOのBAROLO'01は、'96年から6年間も連続したピエモンテのグレートヴィンテージ最後の年。さすがは秀逸な造り手の優良年だけあって、味わいの構成バランスが取れた良くできた印象のワインでした。
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【PHOTO】PAOLO SCAVINOのBAROLO'01。評価の高い畑指定のクリュものではないバローロでもさすがの味わい

 幸福な充足感に浸る私たちに、アスティ県の南端ランゲ地区ロッカヴェラーノで作られるプレシディオの山羊乳チーズ、「ロビオーラ・ディ・ロッカヴェラーノ」とアルバ産の「ロビオーラ・ディ・アルバ」が運ばれてきました。前者は熟成が進み山羊乳特有の酸味が薄れた香りが強いもの。後者は牛乳も混ぜたフレッシュなタイプで、熟成の度合いによって同じシェーブルチーズでも印象が全く異なりました。
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【PHOTO】(上写真/右側から)ロビオーラ・ディ・ ロッカベラーノとロビオーラ・ディ・アルバ(下写真)メレンゲほかピエモンテの焼き菓子数種

 この後に続いたドルチェは、ドライフルーツやナッツ類が入ったヌガー菓子「トローネ」とチョコレート、シチリアのマルサラ酒を使ったピエモンテ発祥のカスタード「ザバイオーネ」が添えられたクレームブリュレ、メレンゲと素朴な焼き菓子が美しく盛られた3皿。
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【PHOTO】(上写真)トローネとトリュフチョコ(下写真)クレームブリュレ・ザバイオーネソース

 強烈な芳香を放つ白トリュフを使ったフルコースをたっぷりと頂いたため、胃の物理的要因もさることながら、心因的な充足感から、ドルチェを口に運ぶのを躊躇するメンバーがほとんど。バローロの生産者として名高いMICHELE CHIARLOの食後酒「バローロ・キナート」(注4)で胃をすっきりさせ、何とかドルチェもほぼ完食しました。トリノまでの空路、2度提供された機内食の内容に閉口していた私たちは、イタリア到着早々、何とも贅沢極まりない食事よって、長いフライトの疲れを一気に回復したのでした。
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【PHOTO】MICHELE CHIARLOのBAROLO CHINATOは食後に楽しむDigestivo(食後酒)

 締めくくりのエスプレッソで豪奢なフルコースの余韻に浸っていると、食事の途中で用事のため中座していたジョルジョが戻ってきました。最初の見学先となる伝説のグラッパ職人ロマーノ・レヴィさんのもとを訪れる約束の時間が迫っていたのです。精算をお願いした伝票を見ると、料理代金が500エウロ(イタリアでは「ユーロ」を「エウロ」と発音します)、ワイン3種類5本で184エウロ、カフェ20エウロ、ミネラルウォーター18エウロ、タルトゥフォ218グラム×単価3.6エウロ=784.80エウロで、しめて1,506エウロ。出発時の為替レートは1エウロ=約153円だったので、23万円余りということになります。電卓をたたきながらも、にわかに一人当たり2万3千円という数字を信じられません。イタリア人が手書きした数字は独特のクセがあり、日本人には読みにくいため、ジョルジョに念のため確認しましたが、残念ながら間違いありません。ガ・ガ・ガーン ( ̄ロ ̄lll)・・・

 おいしい料理の後の幸福なマッタリモードに浸っていた私たちは、その時初めてトリュフの魔力に気付いたのです。西川さんには「到着早々のランチだから軽めに」とお願いし、ジョルジョもPiccolo Pranzo(=軽い昼食)と予約したのに、友人であるジョルジョの予約だったため、どうやら店側が品数をサービスしてくれたようです。☆付きリストランテの質の高い料理内容からして、料理の代金は安いくらいだったと、後にジョルジョは言っていたそう。想定外だったのは、事情通のジョルジョが不在にしている間、スライサーでトリュフを惜しげもなく振舞うカメリエーレに誰もストップをかけることなく、トリュフだけで12万円あまりが私たちのお腹にいつしか吸い込まれていったこと。(TT)/~~ 代金をクレジットカードでまとめて支払った私の友人は、到着初日の昼食で、早くも利用限度額を意識せざるを得なくなってしまい、なんとも気の毒でした。

 日本人が思い描くイタリア料理は、オリーブオイルやトマトソースで味付けされた魚介中心の南イタリアの食事かもしれません。しかし、フランスと地理的に近く、内陸に位置するピエモンテの料理は、肉食が中心で味付けに動物性の脂やバターを使用するため、ともすると重く感じられると聞いていました。SAN MARCOで出されたのは、まごう事なきピエモンテ料理。それでも女性シェフらしい細やかさと、サヴォイア王朝の都だった歴史を持つトリノの洗練された文化の影響からか、洗練された味付けが印象的でした。

リストランテ サン・マルコ
 住所:Via Alba 136 14053 CANELLI(AT)
www.sanmarcoristorante.it

【注1】 イタリアの一般道における制限速度は、市街地が時速50キロ、郊外で90キロ、高速は130キロと法律で決められている。しかしその実態は・・・高齢ドライバーを除く大方のイタリア人は、市街地を出れば、そこはサーキット場と考えている。郊外の一般道における巡航速度は130キロを下回ることは稀。日本のように60キロほどで走ろうものならビュンビュン追い越されるはずだ。郊外の交差点は、ほとんどが合理的なロータリーになっており、信号機だらけの日本のように、ストップ&ゴーで燃費を悪化させる弊害はない。もっとも信号があってもローマ以南では、信号を守るドライバーのほうが珍しいかもしれない。それでいて暗黙のルールは存在し、運転の上手なドライバーも多いため、とてもスムーズに走れる(と、思う)。「WHEN IN ROME , DO AS THE ROMANS DO = 郷に入っては、郷に従え」が身上の私は、イタリア式の流儀にのっとって走っただけである。(・・・って開き直りだろうか?)

【注2】トウモロコシの粉を水で溶いて弱火にかけ、40分から1時間以上(事情通によれば、本人が納得するまでらしい)、ひたすらかき混ぜてトロトロになるまで煮込む北イタリアの伝統的な家庭料理。パイオーロと呼ばれるポレンタ専用の銅製の鍋もある。北イタリア各地で、さまざまに味付けがされ、特に小麦の栽培が困難な土地のやせた山間地でよく食べられる。最近は時間がかかる本来のものではなく、3分ほどで出来上がるインスタント製品も出回っている。 
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2005年3月に庄内を訪れたイタリア・マルケ州アルチェヴィアのSindaco(=町長)シルヴィオ・プルガトーリ氏ら訪問団のメンバーの一人アルフィエーロ・ヴェルディーニ氏から贈られた年季もののパイオーロ

【注3】名醸地ピエモンテでは、1980年代初頭までは、大手の酒商がワインの販売権を独占しており、「ワインの王」バローロや「ワインの女王」バルバレスコにおいても、ブドウ生産者が栽培から醸造まで一貫して行う「生産者元詰め」は、ジャコモ・コンテルノやバルトロ・マスカレッロなどの20軒ほどの事例を除いて行われていなかった。酒商によって買い叩かれたブドウ生産者は、いきおい多産に走り、ブドウとワインの品質低下を招いた。そのような状況を打破するべく、'80年代中頃にブルゴーニュのような畑の区画指定「クリュ」の概念や、ブドウの少量生産、バリックによる熟成といった手法を導入した次世代が登場した。彼らが生み出したバローロやバルバレスコは、ブドウ生産地として本来恵まれた土地であったピエモンテの世界的名声を一気に回復させた。それら新たな手法でワイン元詰め生産を行ったピエモンテの生産者第二世代を「バローロ・ボーイズ」と総称する

【注4】ほぼピエモンテ州内のみで食後酒として飲まれるほろ苦く甘い酒。南米アンデス原産のキナの木の樹皮に含まれるキニーネというマラリアの特効薬となる成分や数種類のハーブやスパイスをブドウ果汁由来のアルコールに溶かし込み、バローロを加え補糖したデザートワイン。作り手によって味はさまざま。

2007/06/08

Salone del Gustoサローネ・デル・グスト体感レポート

◆File2:スローフード運動の理念を体現した「サローネ・デル・グスト」

Salone_logo.jpg テッラ・マードレの会場「オーバル」に隣接する広大な「リンゴット」国際展示場では、「Salone del Gustoサローネ・デル・グスト(=味のサロン)」が催されました。10回目を迎えた当イベントのスローガンは、「GOOD,CLEAN,FAIR (=おいしく、きれいで、正しい)」こちらは、20ユーロの入場チケットを購入すれば、一般参加者も入場可能です。幕張メッセで開催される日本最大の食の見本市「FOODEX JAPAN」の出展ブース数はサローネより多いものの、あくまで業者向けの商談の場・見本市の性格が強いもの。一方、スローフード協会は、サローネを広く一般消費者に門戸を開放しています。

salone.jpg【Photo】広大なサローネ・デル・グストの会場。世界各国の個性ある伝統食品が並ぶ "Slowfood archives"
  
 かようにサローネ・デル・グストは単なる食の見本市ではなく、スローフード運動が目指す生物多様性のあり方と、味覚・環境・社会的公正さを備えた質の高い健康な食の世界を、訪れた人が多面的に体感できる場なのでした。事実、初開催となった10年前は、食品メーカーや小売店などの商工業者出展の割合が75%だったのに対し、第一次産業に携わる人々の出展が25%の割合だったものが、今回はその割合が生産者出展75%・商工業者出展25%に逆転していたのです。

ViaDolci.jpg【Photo】来場者でごった返すサローネ会場。甘党にはたまらない菓子類がずらりのVia dei Dolci (=お菓子通り)。チョコレート作りが盛んなトリノの老舗 Venchi ほか、ほとんど全てのブースで試食が可能。Dolce vita なイタリア人が作るドルチェだけに、さすがに美味 "Slowfood archives"

 そこでは開場時間の11時から23時までの間、胃袋と気力が続く限り、食の五大陸一周旅行を堪能できるのです。ワインやオイル、チーズや食肉加工品、トリノ名産のチョコレートなどイタリアを代表する伝統的産品の300あまりのブースや、世界各国の特色ある食品が広大な会場にぎっしりと並び、一日で会場のすべてを食べつくし、学ぶことなど、とても不可能なスケールです。

PRESIDIO.jpg【Photo】イタリア・トスカーナ州アレッツオ県のアルノ川沿いのヴァルダルノ地方で作られるプレジディオ指定された独特の製法によるパンチェッタ「Valdarno Tarese」のブース

 「味の箱舟」認定産品のなかでも、特に重要で良質な食材はスローフード協会から「Presidioプレジディオ(=庇護・防衛)」指定を受けます。私が訪れた2006年大会からは、個性豊かなプレジディオが、大陸別に展開するブースが300ほど設けられました。そこにはスウェーデンのトナカイの干肉や、チベット高地で飼育されるヤクの乳のチーズなどの、さまざまな国籍の生産者がおり、いわば異文化と触れ合う坩堝(るつぼ)さながらの様相を呈していました。

abruzzi.jpg【photo】パスタ製造が盛んなアブルッツォ州の小麦粉挽き職人のパスタワークショップには、同州のみならず、イタリアを代表するワイン醸造家、ジャンニ・マシャレッリ氏も登場、講座に華を添えた

  特色ある世界中の伝統食品・飲料に関するワークショップが会期中に行われ、そこでは英語の同時通訳による生産者自身や生産組合などの関係者らの解説を聞きながら、試食・試飲ができました。私が参加したのは、ふたつの講座。まずはイタリア中南部アブルッツォ州の小麦粉挽き職人ニコラ・ディ・ラッロ氏が、小麦粉を手ごねして作るパスタ「マッケローニ・アッラ・ムニャイア」 (注1)の製造過程を実演し、打ち立てのパスタを試食するというもの。

RARROPASTA.jpg RARRO.jpg
【Photo】小麦粉挽き職人ニコラ・ディ・ラッロ氏による「マッケローニ・アッラ・ムニャイア」作りの実演。ラッロ氏の手つきは日本人からみれば"うどん打ち"そのもの

 コシのある麺にトマトソースが軽めに絡めてあり、小麦の香りが活きた仕上がり。アブルッツォならではの素朴なパスタと共に出されたのは、2006年に亡くなった伝説的なワイン生産者、エドアルド・ヴァレンティーニ氏亡き後、同州のリーダーと目される著名な醸造家ジャンニ・マシャレッリ氏の赤ワインでした。ワインと共に登場したのが、アブルッツォのみならずイタリアでも屈指の醸造家、ジャンニ・マシャレッリご本人でした。イタリア人らしいビシっとしたスーツ姿の同氏の登場は事前のリリースには一切記載されておらず、私にとってはうれしい誤算です。

PASTA.jpg【Photo】 日本人にとっての醤油味のように、イタリア人の味覚において最もベーシックな味付けとなるトマトソースによるシンプルな味付けでパスタを味わった。醤油とダシで頂く讃岐うどんと同じく、パスタのコシと小麦の香りが際立った「マッケローニ・アッラ・ムニャイア」

 フレンチオークのバリック樽100% (注2) でモンテプルチアーノ種のブドウを36カ月間長期熟成をさせるフルボディのD.O.C.赤ワインMarina Cvetic Montepulciano d'Abruzzo'03。マシャレッリ氏がアブルッツオ州キエーティ県マルッチーナに1978年から所有していたブドウ畑に新たに興したマリーナ夫人の名前を付けた醸造所、Azienda agricola Marina Cveticからの初リリースとなるモンテプルチアーノ種100%で仕込んだI.G.T.赤ワインRosso colli Aprutini ISKRA'03の2種類が用意されました。前者はプルーンのような上品な香りでクラシックな造り。エレガントさも持ち合わせています。スロベニア語で"閃光"や"きらめき"を意味するという後者は、よりバリックが効いたモダンでインパクト重視な味わい。タイプは違えど、フルボディでいずれも極めて魅力的。醸造家ご本人の解説を聞きながら試飲できるとは願ってもない機会。 ん~、至福のひととき。

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【Photo】Marina Cvetic Montepulciano d'Abruzzo'03とRosso colli Aprutini I.G.T ISKRA'03。記録的な夏の灼熱がイタリアを覆った年ながら、アドリア海沿岸のマルケ州とアブルッツオ州はブドウの作柄に恵まれた。輪郭を際立たせるイタリアらしい酸味もあり、さすがはマシャレリと唸らせる出来。スローフード協会が発行するワイン評価本「Vini d'Italia 2007・通称Gambero Rossoガンベロ・ロッソ」で、前者は最高評価のTre bicchierri トレ・ビィッキエリと、コストパフォーマンスに優れたワインに与えられるアスタリスクマークを共に獲得。後者はファーストヴィンテージながら、次点に当たるDue bicchierriドゥエ・ビィッキエリの評価をされた
masciarelli.jpg 【Photo】ジャンニ・マシャレッリ氏と。マシャレリのトップキュベ "Villa Gemma"の'97年産は、「Vini d'Italia 2001」に掲載された全イタリアワイン12,000本あまりの頂点"ワイン・オブ・ジ・イヤー"に選ばれた。「Villa Gemma'97を持っていますよ」と、この稀代の醸造家に伝えると、トークセミナー中の近寄りがたい雰囲気を漂わせる鋭い眼光のエネルギッシュな表情から一変、破顔一笑のもと親しげに写真に納まってくれた。これが2年後の8月に急逝したジャンニとの最後の一枚となろうとは・・・

 もうひとつのワークショップは、エミリア・ロマーニャ州パルマ北東40キロのポー川沿いにあるジベッロ村で作られるプレジディオ指定の生ハム「Culatello di Zibelloクラテッロ」 (注3) 。有名なパルマ産プロシュット(=生ハム)が年産900万本なのに対し、クラテッロがわずか年産5万本なのは、豚の尻から脛にかけてのごく限られた部位しか使用せず、しかも冬場にポー川の発する霧が肉の熟成に欠かせない要素になるという完全手作りなるがゆえ。需要が増えた最近は、輸出向けに本来の部位以外の肉を使用し、製造過程で一部機械を使用する製品も出回っているといいます。

 今回クラテッロ協会マッシモ・スピガローリ会長の解説で12カ月、20カ月、24カ月、36カ月の熟成期間別に試食に出されたのは、会長自身の加工場で製造された間違うことなき伝統的製法による逸品。ここでは北イタリアのトレンティーノ・アルト・アディジェ州産の辛口発泡ワイン「スプマンテ」が5種類出されました。

cratellolabo.jpg【Photo】クラテッロ協会加盟の製品に張られるラベルを掲げる男性の左側がクラテッロ協会マッシモ・スピガローリ会長

 熟成期間が長いほど肉に乳酸系の発酵臭が加わり、味わいに複雑さと深みが増してゆくのがよく分かります。特に36カ月熟成を経たものは、地元エミリア・ロマーニャでも希少。かつて冷蔵技術がなかった時代、ヨーロッパの食肉加工文化は必要に迫られて発達した側面もあります。長い伝統が培ったイタリアの食肉加工技術は、イタリア屈指の美食の里といわれるエミリア・ロマーニャ州で、独自の発展を遂げたのです。ジベッロ村の自然環境を活かす人智が生み出したクラテッロの深い味わいには唸らされました。

12mesie20mesi.jpg【Photo】フレッシュ感が残る12ヶ月熟成(左) 味に幾分深みが出る20ヶ月熟成(右)

24mesie36mesi.jpg【Photo】24ヶ月熟成は更に複雑味が増す(左) 色合いが変化し、乳酸系の発酵感が強い36ヶ月熟成は全く別物。至高の味となる(右)

 そのワークショップ会場で出会ったのが、神奈川出身の茂垣綾介さん(25歳)。2003年春に渡伊し、料理修行からサラミなど肉の加工に転進したのが一年前。スピガローリ会長が経営する会社では半年ほどクラテッロ作りを学んでいるといいます。イタリアのリストランテでは、実に多くの日本人が料理修行のために働いていますが、彼は異色といってよいでしょう。

mogaki.jpg【Photo】サローネ会場で修行先のクラテッロを手にする茂垣 綾介氏。隣りは公式行事がなく、この日はリラックスモードで会場を回っていたアラン・デュカス御大。そこはさすがにプレス慣れしたもので、しっかりとカメラ目線でポーズをとってくれた。世界のトップフレンチシェフは実に如才がないのだった

 日本からはサローネ・デル・グストに築地の寿司店「寿司岩」がブース出店していたほか、「テアトロ・デル・グスト(=味覚の劇場)」と銘打たれた催しでは、江戸前握りの実演も。京都吉兆の徳岡邦夫総料理長は、湯葉と胡麻豆腐を使った懐石料理を紹介していました。世界中の有名シェフの調理の様子が間近に見られ、試食もできるこの催事のチケットは全てあっという間に売り切れたようです。

 昭和40年代から古酒を手がけてきた岐阜の蔵元「達磨正宗」の昭和54年産の古酒と鮎の熟れ寿司の組み合わせを試みるという日本人にとってもマニアックな?ワークショップや、静岡産有機栽培緑茶と和菓子のワークショップもあり、日本の食文化にスポットライトが当てられる局面もありました。

 メイン会場の州都トリノを離れたピエモンテ各地では「Gli Appuntamenti a Tavola(=食卓へのいざない)」という28ものディナーが催されました。ピエモンテ州が誇る高級食材・白トリュフの産地、クーネオ県アルバや、バローロ・バルバレスコといった名醸地のブドウ畑が広がるランゲ地方のリストランテや歴史的建造物を会場に、世界各国から選ばれた料理人が、伝統料理を振舞いました。ホスト国イタリアからも、アマルフィ近郊の名店「ドン・アルフォンソ1890」ほか各種Guida(=レストラン評価本)で高い評価を受けるシェフたちが腕を振るったのは申すまでもありません。

 主だったサローネ・デル・グストの催しをざっとご紹介しましたが、食いしん坊な私には、体と胃袋が幾つあっても足りない5日間でした。

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【注1】
アドリア海に面したアブルッツォ州では、パスタ製造が盛ん。日本でも有名なDE CECCO(イタリアでは「デ・チェッコ」と発音)やDue Pastori(ドゥエ・パストゥーリ)が本拠地を構える。こうした乾麺のほか、アブルッツォ州では、「マッケローニ・アッラ・キタッラ」という伝統的な手打ちパスタが有名。Chitarraとはイタリア語でギターのこと。弦を張った専用の道具【click!】で生地を押し切るため、麺が四角い。ちなみにワークショップでラッロ氏が作ったマッケローニ・アッラ・ムニャイアは、同州南部に伝わる類似のパスタで、生地に使用したのは、デュラム小麦ではなく普通の小麦だった

【注2】
ワインの醸造過程において、ボリュームと風味付けのために樫(オーク)材の樽を使用する。一般に225リットル容量のものをバリックと呼ぶ。ワイン醸造用バリックの主な産地、アリエやトロンセなどフランス産のものは、タンニンなどのエキス成分を多く含む。一方アメリカ産のバリックは木の香りが強い。よって、カリフォルニアワインは樽香が一般に強くなる。形成過程で内側を火であぶるため、その焙煎具合もワインの仕上がりを左右する。ローストが強いと焦げた香りがワインにつく。新樽は成分が強く、一回使用した樽は、樽由来の成分が幾分穏やかになる。よって、生産者は樽の産地やロースト具合、熟成期間をいろいろと組み合わせてワインを作り出す。「新樽100%」とは、全て新樽を使用して仕込んだということ

curatello.jpg【Photo】クラテッロ協会による審査を受けたブロック製品にのみ付けることが許されるタグ。これが本物の証
【注3】
パルマやサンダニエレ産の生ハムは豚のモモからスネにかけての骨付き肉から作られる。かたやクラテッロは、骨抜きにした豚肉の尻(Culo=クーロ)からモモにかけての最上の部位のみを使用する。完成品で3キロあまりの重量しかできないクラテッロは、一本9キロ前後のパルマ産生ハムとほぼ同額。つまり3倍の値がつく。伝統的製法では、脂肪を削ぎ落とした豚肉を岩塩・コショウ・ガーリックパウダーなどで下処理。三日間の冷蔵後、細心の注意を払って再び塩を加え、白ワインで表面をさらす。これら一連の作業を終えてから、洗浄処理した膀胱に詰めた上で、ひもで網目に縛って円筒状に成形する。それを10ヶ月以上、湿度がこもったロフトと地階で自然熟成させる。よって、熟成過程で劣化する場合もあり、一級品はより希少性が高まる。EU統合により、画一的な衛生管理が求める動きもあり、本来のクラテッロに出会ことが困難になりつつある

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