あるもの探しの旅

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2016/09/29

鳴子「むすびや」復活へむけて

鳴子の米プロジェクトの新たな挑戦


 コメ余りによる生産者米価の低迷、そして住民の高齢化と人口減少に直面した我が国の中山間地域では、耕作放棄地が広がり続けています。

 その典型的な縮図ともいえる一つが、秋田・山形との県境に位置し、宮城県内で唯一の特別豪雪地帯に指定されている宮城県北部の大崎市鳴子温泉地域

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【Photo】9月末の週末。実りの季節を迎え、黄金色に染まる宮城県大崎市鳴子温泉鬼首 上川原地区

 なかでも山間部の鬼首(おにこうべ)地区は、長雨と冷夏を引き起こすオホーツク海高気圧が優勢な夏に吹く東風「やませ」の影響を受けやすく、かつては年によって皆無作となる稲作農家も少なからずありました。「鬼首のコメはまずくて牛も食べない」と揶揄され悔しい思いをしたそうです。

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【Photo】鳴子温泉郷の入口にある上川原地区から、28年に及ぶ難工事の末、昨年11月に開通したR108花渕山バイパスを経由して秋田県境へ向かって20kmあまり。栗駒山系の峰々が迫る山あいを流れる荒雄川。日の目を見ることがなかった東北181号の試験栽培が2006年に行われたのは、ここ鬼首中川原地区と山あいへと更に分け入った寒湯(ぬるゆ)地区・岩入(がにゅう)地区だった

 温泉街の近くを流れる江合川(荒雄川)の源流域となる鬼首地区と中山平地区のコメ作りに一つの希望の光を灯したのが、2001年(平成13)に「ササニシキ」や「ひとめぼれ」を育種した宮城県古川農業試験場で寒冷地向けに開発された品種「東北181号」でした。

 2005年(平成17)の秋、生命と生存のための食糧の作り手と農地保全の大切さを訴え続けてきた民俗研究家・結城登美雄氏の提唱により、生産者・旅館経営者・直売所グループのお母さん・木工品の職人・行政ら30名で構成される「鳴子の米プロジェクト会議」が発足します。 

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【Photo】鳴子温泉郷の最深部にあたる鬼首(おにこうべ)。トンボが舞う田んぼで収穫を待つばかりとなった鳴子の米プロジェクトの象徴であるコメ「ゆきむすび」。9月に収穫される早生種で、今年も収穫が始まった9月24日(土)、通りかかった鬼首では、頭(こうべ)を垂れた稲穂が秋風に吹かれていた

 プロジェクトが掲げた目標は、生産者だけでなく地域を挙げて地元のコメ作りを支えること、生産者が持続可能な価格設定をすること、食べる人と作る人との信頼関係を構築すること。

 その理念と実践を知って以降、ずっとずっと庄イタが応援している取り組みです。

〈2008.10 拙稿「鳴子の米プロジェクト」稲刈り交流会【前編】【後編】 
 2014.6 拙稿「ゆきむすび 田植え交流会2014」【前編】【後編】参照〉

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【Photo】雪深い山里で命の糧を作る人の思いが一粒ごとに込められている「ゆきむすび」。事前に予約し、毎年手元に届くのを心待ちにしている新米のパッケージに記されたメッセージ。豊という漢字の旧字体〝豐〟は、穀物を足付きの器「高坏(たかつき)」に盛った様子が語源。旧字体には、山の中で育つ稲穂が見て取れる

 国の減反政策により、作付けが行われることがなかった東北181号の奨励品種登録を目指す実証実験として、2006年(平成18)5月中旬、残雪に包まれた栗駒山系の冷たい雪解け水が流れ込む鬼首の稲作農家3戸が、10アールずつ合計三反歩の水田で試験栽培の田植えを行いました。

 東北181号は、コメどころ宮城の代表的な奨励品種「ササニシキ」や「ひとめぼれ」が生育できない山間地特有の日照量が限られる冷涼な気象条件に見事適合。豊かな実りを得たのです。

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【Photo】杭掛けの準備を整え、収穫を待つゆきむすびと、すでに刈り取りを終え、杭掛けされたゆきむすび。ここは荒雄岳を迂回するように鬼首の最深部に分け入った上ノ台地区。廃屋が散見されるこの一帯で大地を耕す人がいなくなった時、こうした瑞穂の国の原風景は、たちまちにして失われてしまう

 地域の相互扶助「結(ゆい)」の復活、そして農村と都市とを結ぶ懸け橋となることを願い、2007年12月に「ゆきむすび」と名付けられた東北181号は、県の奨励品種として翌年2月登録されます。

 今年度産米の稲作農家が農協から受け取る仮渡し金は、宮城ひとめぼれで1俵60kgあたり1万1千円程度が見込まれています。農家の採算ラインを大きく下回る1万円を割る事態に至った米価の暴落にひとまず歯止めがかかった格好ではあります。

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【Photo】30万~20万年前の火山活動で形成された鬼首カルデラの平野部分、上山崎地区の大場隆英さんの圃場。手間がかかる杭掛け・日差しを浴びた天日乾燥による「ゆきむすび」は500俵限定。11月末にで予約者の手元に届く

 余剰小麦の輸出拡大を図る米国の意向で推し進められた戦後の復興期に始まったパン給食が功を奏し、コメ中心だった日本人の食生活は様変わりしました。北米や豪州など9割を輸入に依存する小麦とは違って、コメは自給可能な日本人の伝統的な主食です。

 瑞穂の国ニッポンの国土保全にも役立つコメ作りを続けていくうえで、1年間の労働や必要経費を差し引いた対価として、果たしてこれは妥当な額なのでしょうか?

 日本の農業が国際市場で競争に打ち勝つというお題目のもと、農地の大規模集約化を目指そうと、平成19年度産米からは、4haに満たない耕作地の稲作農家への国の財政支援が打ち切られました(中山間地域には基準の8割程度の緩和措置あり)

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【Photo】鬼首・山崎前地区でゆきむすびを育てている大場市雄さんの圃場。繁殖牛1頭を飼い、その発酵堆肥をコメ作りに活用。杭がけのため稲を束ねていた奥様は「鬼首は雪深いけれど、春が来れば自然に解けるから苦にならない」とカラカラと笑った

 国の方針転換により、担い手として国の支援対象となったのは、鳴子地域の稲作農家620戸のうち、わずか5戸に過ぎません。

 グローバル化・空洞化が進む工業生産品と同じ市場原理を導入した霞が関の発想と地域の実情とのズレは明白でした。「このままでは地域の疲弊は進む一方。」そんな危機感からスタートした鳴子の米プロジェクト発足3年目の2008年(平成20)、推進母体である鳴子の米プロジェクト会議は、恒常的な組織としてNPO法人化されます。

 鳴子の米プロジェクトでは、農家の手取り額として玄米1俵あたり1万8千円を保証。購入者が支払う60kgあたり2万4千円との差額6千円は、若者を中心に地域を支える後継者を育成するためと事務局運営の必要経費に充てています。

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【Photo】(株)こばやし(本社:仙台市宮城野区)が2008年(平成20)に発売した駅弁「宮城ろまん街道」(税込850円)。2つのおむすびに使用されるお米は「ゆきむすび」。包装紙には鳴子の米プロジェクトに当時参加していた鬼首と中山平地区の作り手24名の顔が揃う

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 ゆきむすびは、低アミロース米特有のモチモチした粘りが強い食感と、特Aの常連である宮城産ひとめぼれに勝るとも劣らない食味の良さを兼ね備えます。炊き立てはもちろん、冷めても美味しいため、お弁当やおにぎりにも向く用途の広いお米です。

「初めて人に美味しいと言ってもらえるコメができました。」東北181号の試験栽培への協力を2006年2月に決断した曽根清さん(上画像左から11番目・故人)の言葉は、今も耳に残っています。〈2010.12拙稿「酷暑を乗り越えた『初ゆき』の味」参照〉

 食べる人の安全を考え、除草剤や化学肥料の使用を県の慣行栽培比5割以下までに抑えたゆきむすびの対価は、ごはん茶碗1膳あたり約24円。米国資本の某ファストフードのハンバーガーは100円。子どもたちに伝えたい味は果たしてどちらでしょうか?

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【Photo】冷めても美味しく用途の広い「ゆきむすび」。全ての商品にゆきむすびを使用するおにぎり専門店「おむすび権米衛アパホテル神田神保町駅東店(下)のように、おむすびやお弁当が美味しいのは言わずもがな。加工品で庄イタが最も愛好するのが、濃醇な甘酸っぱさが堪能できる「ゆきむすび 鬼のどぶろく」(上・300mℓ 税込750円)

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 9月24日(土)、秋田・湯沢に向かう道すがら立ち寄った鬼首では、好天のもと早生種であるゆきむすびの稲刈りに汗を流す農家の姿が見られました。

 プロジェクト発足3年目からゆきむすびを栽培しているという山崎前地区の大場市雄さんによれば、寒冷地での栽培に適したゆきむすびゆえ、初夏に高温傾向が続いた今年は分けつ数が少ない上、スズメによる食害も少なからず発生。収量的には少ないとのこと。

 ゆきむすびの購入者も参加して例年行われる5月末の田植え交流会や9月末の稲刈り交流会で振る舞われる食事でお世話になる「やまが旬の市」のお母さんたちも、ゆきむすびの栽培農家にとって、除草や病害虫との闘いに加え、今年は暑さで苦労したと口を揃えます。

 今年も予約済みの28年度産米。12月初旬、鳴子に受け取りに行くことになっています。手を合わせて頂くことにしましょう。

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【Photo】親・子・孫。先祖伝来の田んぼに家族三世代が集い、ゆきむすびの収穫・杭掛け作業に精を出す。鬼首・上山崎地区にて
 
 NPO法人鳴子の米プロジェクトが、大切な命の糧を作る人と食べる人との縁を結ぶ場所として、大崎市鳴子温泉要害地区のR47に面した農協の施設を借り受け、おむすびを提供する「むすびや」を土日限定営業でオープンしたのが2009年12月。

 麹南蛮味噌焼き、青菜漬巻き、クルミ炊き込み、きな粉、古代米炊き込みなど、地元のお母さんが握った鬼首産ゆきむすび100%のおにぎりは常時10種(120~140円)。岩手・野田村の塩、宮城・七ヶ浜「星のり店」の海苔といった選りすぐりの海産物ともコラボ。

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 具だくさんの味噌汁・煮物の小鉢・漬物と、宝石のような前出のおむすびから2つが選べる農作業の合間に田んぼで食する「小昼(こびる)」をイメージした「小昼らんち」(600円)も人気を博しました。

 こうして過去形で語るのには理由があります。鳴子温泉を訪れる観光客や地元の人々で賑わったむすびやは、2011年(平成23)の東日本大震災で設備が損傷。2013年末の賃借契約満了をもって建物が取り壊されたのです。

 再開を待ちわびる声に背中を押されたNPO法人鳴子の米プロジェクトでは、比較的少額な個人からの寄付金を募るクラウドファンディングの手法を取り入れて待望久しい「むすびや」営業再開に向けて始動しました。

logo_musubiya@narugo.jpg 9月15日、READYFORに支援窓口が開設された「鳴子の米プロジェクト、伝説のおにぎり屋『むすびや』を復活!」。

 来年4月の復活を目指し、資金の一部250万円をインターネットを介して2か月間で調達しようという試みです。

 おむすび10個引換券(学生限定)ないしはサンクスレターが届く一口3千円ほか、鳴子の温泉宿利用券と交流会無料参加資格が得られる一口1万円から5万円まで、多彩な特典つきの支援コースが用意されます。

 11月14日(月)23時までに目標額に達しない場合、善意が活かされることはありません。現時点で目標額の40%強の資金協力を得ています。

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【Photo】北東イタリア・チロル地方に相通じる景観を生む神室連山を背景に一面の穂波で黄金色に染まった鬼首。そこに人の温もりを感じるのは、営々と築かれてきた耕土の営みがあってこそ

 2007年3月4日、東北181号が初めて世に出た「鳴子の米発表会」で配布されたパンフレットに記された鳴子の米プロジェクトの提唱者である結城登美雄氏の言葉の一節を最後にご紹介しておきましょう。

 ----この世には、あきらめてはいけないことがあり、失ってはならないことがあります。私たちの「生命と生存のための食料」(ソクラテスの言葉)と、それを育ててくれる人びとと大切な農地の存在です。

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鳴子の米プロジェクト 

◆28年度産ゆきむすびのご予約はFAX(0229-29-9437)で。
 申込書はこちら 201604yukimusubiyoyaku

◆「むすびや」復活のご支援はREADYFORサイトで。
 申込みはこちら https://readyfor.jp/projects/musubiya

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2016/09/10

巨大スケール 縦横無尽

「殿、利息でござる!」「ティファニーで朝食を」「シン・ゴジラ」と映画に関連づけた話題が続いたこの夏。その最後を締めくくるのは、桁外れの大きさの宇宙船で来襲し、地球を植民地化しようとする地球外生命体に結束して立ち向かう人類の闘いを描いた作品です。

迫力の3Dで迫り来る侵略者もタジタジのピッツァ
& 棟方志功に見る青森ねぶたの色彩


cooking-kingdom2016.6.jpg 「TOHOシネマズ仙台」がキーテナントで6~9Fを占める仙台PARCO2の1F飲食フロアには「サルヴァトーレ クオモ& バール」が東北初出店(下画像)

 7月1日(金)のグランドオープン前日に行われたプレス内覧会には、日本にナポリピッツアを広めた功労者でナポリ出身のサルヴァトーレ・クオモ氏も駆けつけ華を添えていました。

 そうして期せずしてトートバッグに忍ばせていた料理王国6月号の表紙(右画像)をちらつかせながら、落合務シェフと並んで写るクオモ氏とご対面。

©CUISINE KINGDOM

 2003年にナポリで開催されたピッツァ職人の技能を競う世界最高峰の大会「Pizzafest」において、イタリア人以外で初の最優秀賞に輝いた大西 誠氏も、生地づくりや薪窯の技術指導のため、数日間は仙台にいらっしゃる予定であることを店の方から聞き出しました。

 上杉「ピッツエリア・パドリーノ・デル・ショーザン」、楽天コボスタ内「穂波街道 赤のイスキア」、塩竃「ラ・ジータ」、定禅寺「ダ・ジェンナーロ」、台原「イル・ピッツァイオーロ」といった庄イタをうならせる本場ナポリの味を仙台に居ながらにして味わえるピッツェリアが増えつつある仙台圏。

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 一方で、東京・中目黒「ダ・イーサ」で、山本尚徳さん(下画像)の手になるサックリ&モチモチの食感が素晴らしいピッツア生地が、何故に世界一なのかを体感するなど、日々の鍛錬も怠りません。

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 マルゲリータ・レッジーナ協会主催「Trofeo città di Napoli ナポリ・ピッツア選手権」において、2007年と2008年に世界一に輝いたのが、当時、南青山の名店「Napule」のピッツイオーロだった山本さんでした。

marinala-daisa.jpg【Photo】異次元の食感で魅了する生地の旨さは特筆もの。Pizzera e Trattoria da Isa ダ・イーサのマリナーラ(1,500円)

 2003年世界チャンプ・大西氏のマルゲリータS.T.G.を新潟で食して以来の願ってもない機会ゆえ〈2013.10拙稿「すわ119番」参照〉、開店初日のランチに再訪した折には、ピッツアが冷めかねない通常メニューのランチビュッフェには目もくれず、大西さんが焼き上げたマリナーラ(下画像・S1,300円・M1,500円)を所望したのです。

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 内覧会の翌週末、再びPARCO2に足を運んだ一つの理由は、多店舗展開による個々の質の劣化という飲食店が陥りがちな悪弊に関して、サルヴァトーレ クオモ&バールが、その例外であるかどうかを見極めんがため。

 注文したカルボナーラが、熱々を食したいピッツアと同時に運ばれてくるなど、現場のオペレーション面ではオープンして間もないハンデを差し引かねばなりません。今後に期待しましょう。

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 ピッツアに換算したなら数億食分はあろうかという大きさの宇宙船(下画像)が地球に来襲するIMAX®3D版の「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」を鑑賞するのが、もう一つの仙台PARCO2を訪れた目的でした。

resergence-mothership.jpg【Photo】前作では直径24kmの設定だったエイリアンの宇宙船。新作では格段にスケールアップした母船が登場。映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」より ©2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

 20年前に人類が結束して撃退したエイリアンが、遥かにスケールアップして再び地球を襲う「インディペンデンス・デイ:リサージェンス」。

 北米大陸を覆いつくすほどの巨大な宇宙船(下画像)の大きさのみならず、製作費についても1億6千5百万ドル(約165億円)の巨額を投じたSF超大作です。

indipendenceday-1.jpg【Photo】地球の重力を操作する技術を備えたエイリアンは、世界の主要都市を破滅に追い込む。映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」より ©2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

 20年前に公開された第一作「インデペンデンス・デイ」では、ベトナム戦争の退役軍人ラッセル・ケイスが、ミサイルを装填した戦闘機ごと体当たりして母船を破壊。地球制服を目論むエイリアンと人類との死闘の末に地球を救いました。

 前作では湾岸戦争でパイロットとしての従軍経験がある設定だった米国大統領ホイットモアが、前作のラッセルと同じく自らの命と引き換えに人類を救う元大統領役を新作で演じます。

indipendenceday2.jpg【Photo】地球制服を目論む巨大で強力な侵略者に対し、人類はいかに立ち向かうのか。映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」より ©2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

 前作より遥かに巨大化したエイリアン母船に対し、武力による徹底抗戦を挑むアメリカ。新作でもアメリカ独立記念日の7月4日が人類が勝利を収める日という設定がなされています。英雄の登場を待望し、世界の盟主たらんとする米国らしさが炸裂するこの作品。

 トランプ候補に拍手喝采するアメリカ市民のメンタリティと共通する〝善〟対〝悪〟の単眼的な図式化は、イスラム原理主義やテロとの戦いを主導する第二次世界大戦の戦勝国・米英仏の根底に流れる発想と相通じるように感じます。

IndependenceDay-queen.jpg【Photo】巨大なエイリアンの女王と繰り広げる死闘の結末やいかに。映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」より ©2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

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 IMAX®デジタルシアターの巨大スクリーンに投影される空を覆いつくす巨大な宇宙船や、体長118.5mに巨大化したシン・ゴジラが引き起こした大きさの感覚に関する麻痺に追い打ちをかけたのが、既報の八戸三社大祭に加え、青森ねぶた、そして五所川原立佞武多と続いた夏祭りのハシゴでした。

oirase2016.8.jpg【Photo】鬱蒼とした樹間からこぼれる木洩れ日と、十和田湖から流れ出る豊かな水流とが、多彩な緑のコントラストを描き出す奥入瀬渓流「石ヶ戸の瀬」

 八戸から青森市への移動ルートに選んだのは、山岳コースのR103。寄り道した緑したたる樹間を変化に富んだ渓流美が続く「奥入瀬渓流」のハイライトとなる「石ヶ戸」~「銚子大滝」間、約8kmでマイナスイオンをたっぷりと浴び、まずはココロの洗濯。

choshi_otaki.jpg【Photo】雪解け水で水かさが増える春先は最大幅20mにもなり、落差7mの高さを水しぶきをあげて流れ落ちる「銚子大滝」は、奥入瀬渓流の本流では唯一の滝。轟音を響かせる滝を前に思い起こしたのが、5年前の9月、羽黒山伏修行の折に湯殿山での瀧行だった〈2011.12拙稿「修験道体験@出羽三山」参照〉

 広葉樹林帯からブナの森を縫うように走るR103。次第に標高が上がると、八甲田山が北限となるアオモリトドマツの森へと植生が変わってきます。標高890mのいで湯「酸ヶ湯温泉旅館」の名物、総ヒバ造りの「千人風呂」で身を清めてから青森市に到着しました。

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 大型ねぶたの運航が開始される19時10分までは時間の余裕がありました。そこで訪れたのが、世界的な板画家・棟方志功(むなかたしこう・1903~1975)の業績を展示する「棟方志功記念館(上画像)

munakatashiko-saku_konin.jpg 青森市で鍛冶屋の三男として生まれた棟方志功は、18歳で文芸誌「白樺」の表紙に描かれていたゴッホの「ひまわり」と出合い衝撃を受けます。「わだばゴッホになる」と画家の道を志します。1939年に発表した代表作「二菩薩釈迦十大弟子」で国内における名声を確立。1956年のヴェネツィア・ビエンナーレ版画部門で日本人初の国際版画大賞を受賞するなど、ここで改めてご紹介するまでもなく、海外でも広く認められた偉大な芸術家です。

【Photo】モノトーンの板画に裏側から色を滲ませる裏彩板画の作例。1962年(昭和37)「弘仁の柵」

 ねぶた祭を愛した志功は、郷里を離れた後も、跳人(はねと)として祭りに参加したそうです。志功が生命の象徴として好んで取り上げた丸顔で豊満な女性像に見られる裏彩板画の色合いは、躍動感に溢れるねぶたの配色を彷彿とさせます。

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【Photo】開幕を告げる打ち上げ花火に続き、血沸き肉踊る青森ねぶた祭の主役・大型ねぶたの先陣を切って出世大太鼓の勇壮な響きが近づいてくる

haneto2016.jpg【Photo】扇子持の合図で動くねぶたの曳き手、跳人と囃子が一体となって青森の夏の夜を焦がす

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画像提供:(公社)青森観光コンベンション協会

 黄昏時に聞かれる虫の鳴き声が、ヒグラシからスズムシへと変わり、過ぎ去った夏の感傷に浸るビデオクリップが秀逸なドン・ヘンリーの名曲「The Boys of Summer」が似つかわしい季節となりました。

 次回、「躍動、縦横無尽。青森ねぶた祭&五所川原立佞武多(たちねぷた)の偉容」で、笛・太鼓・手振り鉦が奏でるお囃子と、通りを練り歩くねぶたが宵闇を熱くする青森・津軽の短い夏を回顧します。

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2016/07/31

吉岡宿はパラディーゾでござる!

映画「殿、利息でござる!」後日譚

 

Paradiso:パラディーゾ【イタリア語】楽園、天国、景勝の地

 今をさかのぼること250年前。時は江戸中期の1766年(明和3)から1773年(安永2)。世界に目を転ずれば、平等主義・人民主権などを掲げる啓蒙思想が欧州各地で広まりをみせていた時代。

 1769年、ジェノヴァ共和国からフランスに統治権が移行直後のコルシカ島で、のちに絶対君主制を市民が打破したフランス革命(1789)後の欧州を軍事力で席巻したナポレオン・ボナパルトが誕生。英国の植民地下にあったアメリカでは、独立宣言(1776)への布石となったボストン茶会事件(1773)が発生した頃。

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©2016「殿、利息でござる!」製作委員会 tono-gozaru.jp

 かたや極東ジパング。ところは仙台藩第7代藩主、伊達重村の治世下の陸奥国吉岡宿。財政難に陥った藩に対し、庶民が現在の価値にして3億円を貸し付け、幕末まで金利を地域で分配し続けたという実際にあった前代未聞の出来事を映画化した「殿、利息でござる!」を皆さまご覧になったでしょうか。

 5月7日に仙台先行公開されたこの作品。同14日の全国劇場公開以降、各地でロングランを続け、興行収入は7月末に13億を突破。10月5日(水)のブルーレイ・DVD発売に向けた予約も好調なのだそう。

 配役は、身を挺して宿場を救った穀田屋十三郎役が阿部サダヲ。前代未聞の奇策を発案した知恵者の茶師・菅原屋篤平治は瑛太が演じ、竹内結子が居酒屋の未亡人女将♥とき、両替商を兼ねる造り酒屋の実家・浅野屋と同じ造り酒屋の穀田屋へ養子に入った十三郎の父・先代の浅野屋甚内を山﨑努、母きよは草笛光子、家業を継いだ十三郎の弟・甚内は妻夫木聡。

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©2016「殿、利息でござる!」製作委員会 tono-gozaru.jp

 仙台藩主・伊達重村役として起用され、物語の大詰めでスクリーンに登場するや、客席から歓声やざわめきが起きるフィギアスケーター・羽生結弦さんの映画初出演ながら堂に入った演技も話題を呼びました。

 監督は中村義洋氏。仙台市在住の作家・伊坂幸太郎氏の小説「アヒルと鴨のコインロッカー」や「ゴールデンスランバー」、リンゴ農家の木村秋則さん役を阿部サダヲが演じた「奇跡のリンゴ」など東北ゆかりの作品を手掛けてきました。

mushi_no_giapponesi.jpg 吉岡宿は、仙台藩の財政援助がある直轄地ではなかったため、奥州街道の要衝として人馬を提供する伝馬役(てんまやく)の重い負担に苦しんでいました。そのため課役に耐えきれず、夜逃げや住人の離散が後を絶たない存亡の危機にあったのです。

 窮状を打開するため、とことん生活を切り詰め、さらには私財まで投げ打ち、足掛け8年をかけて用意した一千両(約3億円)を仙台藩に貸し付け、その利息100両を毎年分配することで吉岡宿を救った穀田屋十三郎(1720-1777)ら9人の篤志家らに光を当てた評伝「無私の日本人」(文春文庫)が映画の原作。著者は歴史家の磯田道史氏です。

【Photo】庶民に儒学の心を説いた中根東里、幕末の女流歌人・大田垣蓮月とともに〝いまどうしても記しておきたい〟という思いに駆られた磯田氏によって、平成の世に蘇った穀田屋十三郎。「無私の日本人」文庫版の装丁に描かれるのは、七ツ森の山並み。山のようにブレない先人の気概と生き方に心が動かされる一冊

settte-monti.jpg【Photo】奥羽山脈の一角となる標高1,500mの船形山(上画像右奥)は、「御所山」とこの山を呼ぶ山形と宮城との県境となる分水嶺。宮城側、南川ダム周辺には名前に岩を意味する「倉」の字が入った笹倉山など標高500~300m前後の小高い7つの連山があり、総称の「七ツ森」の名で親しまれている。写真提供:宮城県観光課

kuhonji-sekihi.jpg 仙台城下から北へ25kmほど。宮城県黒川郡大和町吉岡は、東北自動車道大和ICからほど近く、多くの車両が行き交うR4が旧宿場を迂回するように通っています。

 酒田湊まで続いていた出羽仙台街道と松島街道とが奥州街道と交差する吉岡宿は、江戸時代後期の1821年(文政4)と1879年(明治12)に発生した二度の大火に見舞われます。そのため、9名の篤志家が守った宿場町の面影をかろうじて留めるのは、上町・仲町周辺の旧奥州街道沿いのごく一部。

【Photo】九品寺の山門前に立つ宝暦7年(1757)建立の道標。南無地蔵菩薩と刻まれた左右には「右せんだいみち 左まつしまみち」という道案内が判読できる

 区割り以外に往時と変わらないのは、船形山を背に特徴的な山容を連ねる七ツ森の姿と、伊達家ゆかりの古刹、臨済宗「天皇寺」や、穀田屋を屋号とする高平家や菅原屋篤平治の菩提寺、浄土宗「九品寺」の山号「蓮台山」を掲げる山門前の苔むした石碑など(下画像)

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 九品寺の境内には、子宝に恵まれなかった菅原屋篤平治・なつ夫妻が眠る墓碑の脇に地元の有志が寄付を集め、2003年(平成15)に建立した「国恩記顕彰碑」(下画像)があります。

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 穀田屋十三郎は〝私がしたことを人前で語ってはならない。我が家が善行を施したことなど、ゆめゆめ思うな。何事も驕らず、高ぶらず、地道に暮らせ〟と家族に言い残し、念願が叶った4年後の1777年(安永6)、58歳でこの世を去りました。

 奥ゆかしい東北人ならではのエエ話やなァ(T-T。

 高平家には高さ20cmほどの裃と髷姿の十三郎の座像(下画像提供:穀田屋)を収めた「お堂っこ様」が伝わっており、新たな年を迎えるごと、家族そろって拝礼するのを習わしとしています。

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 磯田道史氏が「無私の日本人」を執筆する際、下敷きとなったのが、全6巻からなる「吉驛國恩記(よしおかこくおんき・国恩記)」。

 九品寺にほど近い曹洞宗「龍泉院」の住職・栄洲瑞芝(えいしゅうずいし)が、辛苦を乗り越えた9人の善行を後世に伝え、心ある者が精神を受け継ぐことを願って編纂した歴史書です。

 国恩記は、穀田屋十三郎ら9名が存命中だった1773年(安永2)から1781年(天明元年)まで8年がかりの聞き取りに基づいて記されました。9人の精神が末永く伝わるよう、漆箱や袱紗(ふくさ)で幾重にも包み、防虫対策の上、土用の時季に風通しをするなど、事細かに保管の仕方まで指示してあります。

shikishi-isoda.jpg【Photo】「無私の日本人」執筆取材のため、旧吉岡宿で穀田屋十三郎の子孫が営む酒販店「穀田屋」を訪れた磯田道史氏が、店頭で書き記した色紙。そこに選んだのは、穀田屋十三郎が最晩年に言い残した含蓄あるこの言葉。9名の功績を聞くに及んだ藩から下賜された報奨金、1名につき2両2分(浅野屋は3両3分)も、9人はすべて宿場のために分配した

 古文書から歴史を冷静に分析し、埋もれた史実を明らかにすることを常とする歴史学者磯田道史氏をして、公益のため尽力した穀田屋や浅野屋らの生きざまを記した国恩記に目を通していて、感涙を禁じえなかったといいます。

honjin-i.jpg 映画「殿、利息でござる!」宮城県先行公開に合わせ、尊い共助の心で旧吉岡宿上町にあった本陣跡に「吉岡宿本陣案内所(上画像・Phone:080-8236-2008 ・営:9:30~16:00 火曜定休/年末年始休 ※8月末まで無休)が開設されました。

 5月7日の開設以来、7月末時点でおよそ8,000名が訪れたという本陣案内所。常駐するスタッフの説明を聞きながら、展示される関係資料の理解を深められるほか、マップ(下画像)を片手に街並みを散策してはいかがでしょう。

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 吉岡宿の街並みのロケ地が、庄イタにとっては庭に等しい月山の麓スタジオセディック庄内オープンセットであることを忽ちに見抜いた映画には、茶畑のシーンが幾度か登場します。

 伊達藩が茶の栽培を奨励したこともあり、宅地化が進んだ現在では思いもつきませんが、富谷町明石・成田から、小野・宮床・吉田など大和町にかけての地域は、伊達藩における茶の一大産地でした。

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 優れた茶師であった菅原屋篤平治。茶を献上した京都九条家から〝春風の香ほりもここに千代かけて花の浪こす末の松山〟という和歌とともに授かった「春風」「薫香」「千世」など、5つの茶銘を螺鈿(らでん)で額装し、仙台藩ご用達の菅原屋の店頭を飾っていた看板(上画像)が、当時の宿場の雰囲気を今に伝えます。

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 映画の最後で紹介されている通り、250年の歳月が流れた現在、吉岡宿を救った9名の篤志家の子孫で唯一、旧宿場に現存するのが穀田屋(上画像)

 十三郎の時代は造り酒屋でしたが、現在は子孫の高平和典さんが酒販店を営んでおいでです。造り酒屋を起源とする穀田屋の店内には、磯田道史氏が訪れた際の〝一粒の花の種は ...〟の一節を記した色紙や映画ゆかりの品が展示されています。

 有機農法で栽培した宮城県産の酒造好適米「蔵の華」を用い、船形山系伏流水を仕込み水とし、加美町の山和(やまわ)酒造店に醸造を委託しているオリジナル特別純米酒「七ツ森の四季」(720mℓ・1,296円)を買い求めました。

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 藩主重村から直々に酒銘を授かった3つの酒「春風」「霜夜」「寒月」は、宿場を救う浄財一千両の1/3(約1億円)を負担したことで破産寸前となった浅野屋が売り出しました。藩主ゆかりの酒は、巷の評判を呼び、浅野屋は持ち直したといいます。

 甚内は、その後も私財を投じて橋を架け、道普請でも宿場に貢献。天明大飢饉(1782-1788)に際しては食料支援を行うなど救済に尽力。75歳まで9名の中では最も長生きをし、1802年(享和2)9月に亡くなった甚内の最期の願いは〝戒名は(位が高い)居士ではなく、先に逝った皆と同じ信士に〟というもの。

 かくして九品寺にある9名の法名碑には、誰よりも多額の寄進を寺に対して行った檀家総代の甚内に僧侶が用意した戒名「善誉院慈慶信士」ではなく「善誉慈慶信士」と刻まれています。いやはや...(T-T。

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 上町の本陣正面にあった浅野屋は、明治12年の大火後に廃業。跡地には現在「瀬戸医院」が建っています。浅野屋の廃業で途絶えた殿様ゆかりの酒が、映画公開を機に蘇りました。

 1952年(昭和27)、宮城県塩竃市で創業した「酒のやまや」傘下の大和蔵酒造が製造する大吟醸「殿の春風」(720mℓ・2,160円)は、町内の酒販店「馬場商店」「浅多商店」、酒のやまや各店またはJR仙台駅1階およびS-PAL地階の酒類販売店で。

 純米吟醸「殿の霜夜」(720mℓ・1,940円)、純米「殿の寒月」(720mℓ・1,620円)は、宮城県栗原市金成の「萩野酒造」が商品化。左党ならずとも羽生君ファンには見逃せないのでは? 

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 店を訪れた日曜日限定で穀田屋で扱っているのが、はす向かいの洋菓子店「梅香亭」が商品化したココア風味のクッキー「殿、利息ッキーでござる」(110円)。

 月~土は梅香亭でお買い求めのほど。何故なら、バナナ風味のパウンドケーキ「大和んバナナ」や「七ツ森盛りクッキー」など、おかしなお菓子と出合えますので(^0^;

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 大和んバナナと双璧をなすネーミングセンスを利息ッキーでも発揮した梅香亭や、吉岡宿本陣案内所正面の「とんかつ やぐら」がブームに乗り遅れてはならじと編み出した「殿、食事でござる 千円定食」(上画像)には思わず苦笑。

 苦心の末に庶民が用立てた千両を元手に支配者から金利を頂くことで存続した旧吉岡宿の衆の知恵者ぶり健在を見届け、吉岡宿から旧出羽仙台街道・R457を2里(8km)ほど北上、目指すは加美郡色麻町の自然食レストラン「RICEFIELDライスフィールド)」。

RICEFIELD2016.jpg【Photo】ライスフィールドという名の通り、店の前は田んぼ(上画像)。キュートなワンコが愛嬌を振りまく店内には心地よいBGMとゆったりした時間が流れる(下画像)

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RICEFIELD ライスフィールド・住:宮城県加美郡色麻町大下新町13−3 ・Phone:0229-65-3430 ・営:11:30~21:00 水曜・第二火曜日定休 <2011.8拙稿「ばんつぁん市 I'll be back.」参照>

ricefield-shop.jpg【Photo】無施肥・無農薬自然栽培によるササニシキ玄米ご飯と餡かけふっくら豆腐ハンバーグの定番セット(下画像:税込880円)ほか、カラダが喜ぶ大地の恵みを食することができる

hamburg-ricefield.jpg 今の季節の狙い目は「トマトとナスの冷製パスタ(下画像:ミニサラダ付き930円)。真夏の太陽を浴び、素材の力がみなぎる真っ赤に熟した露地トマトと茄子がゴロゴロとふんだんに入り、大葉の香りがアクセントとなる夏季限定の逸品です。庄イタが10年以上愛してやまないこのメニュー。

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 冷製に適した細目のロングパスタを使うようになった昨シーズンから、絶妙なアルデンテに食感がバージョンアップ。相性が良いひんやり夏野菜と和洋折衷の味付けが織りなす一体感もまた従来以上に向上しています。夏を元気に乗り切るパワーを充填できる一皿。美味しいですよ~。ぜひぜひ(^^。

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2016/04/09

Formaggio Cigliegio Atto II さくらチーズ 第二幕


Robiola di capra in foglia Cigliegio


 前回は北海道から一足早い桜の便りとなるチーズ、共働学舎「さくら」を取り上げました。盛岡では早くも石割桜が開花。過去40年で最速だった去年と同じペースで桜前線が北東北に到達し、仙台で満開宣言が出された今回は第二幕。

 西ヨーロッパ各地にチーズ作りを広めた古代ローマ以前に起源を持つイタリア版さくらチーズの話題をお届けします。

formaggi-Taccuino_Sanitatis.jpg【Photo】ローマ・パンテオン脇の路地を入った先にある「Biblioteca Casanatense カサナテンセ図書館」所蔵の養生訓「Tacuina sanitatis 」(14世紀)に収められた中世のチーズ作りの様子

 仙台市泉区「グリーンマート桂店」のチーズ売り場には、数こそ多くはありませんが、時として希少な輸入チーズがお目見えします。

 先日、そこを物色していて目に留まったのが、さくらと同じような小さな円筒形をしたチーズを濃緑色の葉で包み、赤い紐で縛った「La Rossa ラ・ロッサ」。

 「ムムッ、チーズのこんなパッケージングには見覚えがあるぞっ!

Ciliegia_Cerise2.jpg それもそのはず。La Rossa(下写真 / 税込1,975円)は、美味の宝庫である我が郷里ピエモンテ州南部、Alta Langa アルタ・ランガ地方産なのでした。

 それは牛・羊・山羊のいずれかの乳を用いる小ぶりなチーズを指す「Robiola ロビオーラ」の中でも、最も数が少ない山羊乳100%のチーズを、ピエモンテに自生する桜の葉を塩蔵し、包み込んだ変わり種です。

【Photo】「Tacuina sanitatis 」に収録の14世紀イタリアにおけるサクランボ狩りの模様

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 2006年(平成18)に製品化された当初は日本から空輸した桜の葉を使用していたというLa Rossa。日伊合作によるこのチーズが誕生する契機を作ったのが、ナチュラルチーズの輸入販売会社「フェルミエ」代表で、欧州各地のチーズに関する多くの著作がある本間るみ子さん。

formaggi-italiani-RHomma.jpg ヨーロッパのナチュラルチーズに魅了された本間さんがフェルミエ社を立ち上げたのが、ちょうど30年前。設立当初チーズは絶対にフランスに限ると考えていた本間さんが、イタリアのチーズの奥深い魅力に開眼したのは、彼の地を訪れるようになってからだといいます。

【Photo】作り手に会うため訪れたイタリア全土から、バリエーション豊かな19 のチーズを紹介する本間るみさんの著作「チーズで巡るイタリアの旅」〈駿台曜曜社1999年刊〉。 ランゲ丘陵や山岳地域を中心に伝統製法によるチーズが数多いピエモンテ州とヴァッレ・ダオスタ自治州には、冒頭の1章を割り当て、写真入りで5つのチーズを紹介。かぐわしい香りが届くような内容で旅情をかきたてられる

 正式な名前がないマンマの味的な自家製を含めると、イタリア全土に存在するチーズの数を正確に把握するなど、どだい無理な話。個性派揃いのチーズに限らず、製法や道具に対して画一的な衛生基準を求め、域内の市場拡大を狙ったEU 統合には功罪両面があり、本来の製法、つまるところ本物の味が失われていった側面も。

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 農産・畜産・海産物の生産・加工・調整の全工程が、特定の地域内で規定に沿って行われなければならないD.O.P (保護指定原産地表示)や、工程のいずれかが該当すれば認定を受けられるI.G.P (保護指定地域表示)に認定される50種近いFormaggi (チーズの複数形)が各地に存在しています(上写真)

IGP-logo.jpgDOP-logo.jpg 食に対する飽くなき情熱にかけては目を見張るものがあるイタリアは、製法や産地などに関してEU が定める厳格な規定をクリアした製品が最も多いお国柄。
 
【Photo】D.O.P (左)I.G.P (右)認定マーク

 フレンチレストランがそうであるように、食事の締めくくりに(飲み残した)ワインとともにチーズを食するのがフランス。イタリアでもそうした食ベ方をしますが、むしろ(魚介系を除く)料理の素材としてチーズが活用されることが多いように思います。

 パスタ料理にブロックごとすりおろすハードチーズはいわずもがな。たとえば北部のリゾットやポレンタの味付けのほか、パンとともに食するフォンデュータ、中部ならばピアディーナやカルボナーラ、そして南部ではナポリピッツァやインサラータ・カプレーゼと、枚挙に暇(いとま)がありません。

gianni_paula_lorena.jpg【Photo】ジャンニ(中央)とパオラ(右)の娘ロレーナ(左)、息子のフランチェスコほか、9名のスタッフで運営されるCORA Formaggi で生産する多彩なチーズの一例

 リグーリア州との境界が5kmほど南に迫るピエモンテ州南部、小高い山々と丘陵地帯が広がるアルタ・ランガ地方の小さな村Monesiglio モネジーリオにLa Rossa の作り手であるCORA Formaggi 社はあります。この地域の女性たちは、自家用や地元消費用に山羊乳のチーズを何世代にもわたって作ってきました。

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【Photo】イタリアの食とワインに関して最も影響力がある出版社「ガンベロ・ロッソ」が、その味がIndimenticabile (=忘れられない)で、最も美味しい山羊乳で作るロビオーラチーズだというお墨付きを与えたのが、CORA Formaggiの「Robiola del Castello ロビオーラ・デル・カステッロ」。2014年からは原料のミルクは、全て自社の飼育場「La Cravette」で生産。飼育場を支えるスタッフとコーラ夫妻

 ともにアルタ・ランガ地方で生まれ育ち、1985年に若くして結ばれたジャンニ・コーラとパオラ・フラッキア夫妻。二人が趣味で自宅用に手作りしていたチーズの本格的な製造に乗り出したのが1998年。近隣の生産者から牛乳や羊乳を仕入れるほか、2014年には自前の飼育施設「La Cravette ラ・クラヴェッテ」でヤギ300頭の自家飼いを開始。以前にも増して搾乳したての新鮮なミルクの調達が可能となりました。

SF0147630.jpg【Photo】スローフード運動発祥の地、ピエモンテ州ブラで隔年開催される乳製品の多様性に触れることができる国際イベント「Cheese 」には、このCastagno (=クリ)の葉で包み込んだチーズ「Castagneto」のような小規模な生産者による多種多様なチーズが一堂に会する

 燻製のほか、塩水や蒸留酒に浸したイチジク・クリ・ブドウ・クルミなどの葉で包み込んだり、さまざまなハーブ、干し草、トリュフ、殺菌効果がある灰、ワインの醸造過程の副産物である発酵したブドウ果皮などで表面を覆うことで、風味付けや保存性を高めた個性豊かなチーズは、イタリアやフランスを中心に欧州各国に多数存在します。

 La Rossa の原型となるチーズ「Robiolaロビオラ」は山羊乳製。古代ローマ以前の先住民族ケルト人まで歴史が遡る「Robiola Di Roccaverano ロビオラ・ディ・ロッカヴェラーノ」は、ロンバルディア州ヴァレーゼ県の山岳地域で作られる「Formaggella del Luinese フォルマッジェラ・デル・ルイネーゼ」と並び、D.O.P 認定チーズでは数少ない山羊乳チーズとなります。

SF0149356.jpg【Photo】ピエモンテ州アスティ県Roccaverano からクーネオ県にかけての丘陵地帯がD.O.P エリアとなるチーズ「ロビオラ・ディ・ロッカヴェラーノ」。50%以上の山羊乳の使用が義務付けられており、季節によっては牛乳と羊乳の混入が規定上では可能。新鮮なうちは寄せ豆腐のような外観だが、熟成が進むと黄色から赤っぽく変化。味わいもまた変わる

 ジャンニとパオラは、製法を受け継ぐ農家を訪ね歩いたり、文献を通してチーズ作りの技術を磨きました。彼らが使用するのは、2月から11月にかけての最も風味がよい山羊の乳。

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【Photo】CORA Formaggi の原料乳生産を担う「La Cravette ラ・クラヴェッテ」で飼育するヤギの中で頭数が最も多いのは、原産地であるスイスの地域名に由来する「Saanen ザーネン種」

 ピエモンテ伝統の葉包みチーズですが、加工に適した葉を確保し、殺菌してから一個ずつ手で包み込む手間がかかるため、近年ではあまり見られなくなりました。

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【Photo】La Cravetteではスイスアルプス地域原産のヤギ「Camosciate delle Alpi カモシアーテ・デッレ・アルペ種」も飼育する

 スローフード協会では、本部があるピエモンテ州Bra ブラを会場に、チーズと乳製品の祭典、その名もズバリ「Cheese チーズ」を1997年から隔年で開催しています。昨年9月のCheese 2015には、3日間の会期中に世界中から27万人が参加するブラを挙げての一大イベントに成長しています。

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【Photo】 目移りするほどのチーズをはじめとする伝統食材が勢ぞろいしたCheese 2015。トスカーナ州南部ピエンツァ近郊で作られる「Pecorino ペコリーノ」を、クルミの葉を敷き詰めたテラコッタ製の壷で追熟させた「Riserva Foglia Noce リセルヴァ・フォーリア・ノーチェ」ほか、羊乳チーズがてんこ盛り

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 伝統を重んじ、品質向上のための労を惜しまないCORA Formaggi は、2013年に開催されたCheese2013で、地域性豊かな秀れた作り手が対象となる「Locale del buon formaggio」に選出されています。

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【Photo】 レンネット(凝乳酵素)を加えた山羊乳の成型作業を行うパオラさん

 フェルミエ社の本間さんが、Cheese 2003 を視察した足で、当時すでに取引があったCORA Formaggi の工房を訪れたのが、2003年9月末のこと。

 そこにはチーズを包む目的でグラッパに漬け込まれたさまざまな木の葉がありました。CORA Formaggi では、木の葉で熟成・風味付けする伝統的な製法によるチーズ作りの合間に、野山から葉を集め、洗浄してからグラッパで殺菌する作業を自前で行っていました。

 ジャンニとパオラは、桜・笹・柏・柿などの葉を和菓子や寿司に取り入れる文化が日本で培われてきたことを本間さんから教わります。
 
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【Photo】近隣の野山に自生する西洋サクランボの木から採取した桜葉は、水で洗浄してから塩蔵。La Rossa のためだけに使われる

 そこでイタリアに自生する「Ciliegia(西洋サクランボ)」の葉を塩蔵して山羊乳チーズと組み合わせてはどうか、という話の展開から、伝統を踏まえた新たなチーズ作りに向けた挑戦が始まります。

 脂肪酸が多い山羊乳のチーズは、フランスの「Chèvre シェーヴル」、イタリアの「Caprino カプリーノ」、スイスの「Ziegenkäseツィーゲンケーゼ」など、タイプは多様。程度の違いはありますが、酸味を感じるのが一般的。

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 試行錯誤の末に出来上がった試作品は、桜葉の甘い香りが素材由来の酸味を和らげ、桜餅(上写真は青葉区北目町「村上屋餅店」謹製)を彷彿とさせる香りがかすかに漂う上々の出来栄えでした。

 2年目からは桜餅のように葉ごと食べることができるよう、西洋サクランボの葉よりも芳香性が強い日本のオオシマザクラの葉を空輸。チーズの中に刻んだ葉を含ませることで、より桜のニュアンスが強く出た仕上がりとなりました。2013年からは再びピエモンテの桜葉を使用しています。

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【Photo】日伊合作によるCORA Formaggi 社のLa Rossa。直径10cm×高さ4cmほどの山羊乳100%のロビオラを、自ら集めた地元の桜葉で一つずつ包み込み、10日から15日の熟成を経て出荷される。賞味期間は45日

 La Rossa は、山羊乳チーズの常で日を追うごとに風味が変化するため、まずはフレッシュなうちに御開帳。イタリアの桜葉は、日本のそれとは違って硬く食用には不向き。うっすらと赤っぽい外皮に覆われた白いロビオラの中身は、とろ~りクリーミーな食感。

 繊細なヤマトナデシコのような共働学舎の「さくら」と比較すると、塩味が強く、山羊乳チーズらしい酸味は感じません。しっかりしたミルクの風味の余韻に桜の残り香が重なります。

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 クセがない優しい味わいの牛乳製のさくらとはタイプを変えて試みたヴィーノとLa Rossa のアッビナメント(上写真)に関しては、長くなるので【 Atto】第三幕にて。

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2016/03/20

さくらの便りは北の国から

桜が香る〝春待ちチーズ〟共働学舎「さくら」
× バラ香るロゼ・スプマンテ+α


 仙台市街地中心部を南北に貫く東二番町通りを挟んで、仙台市役所の筋向かいが青葉区役所。その裏手にチーズ専門店「Fromagerie & Café Au Bons Ferments オー・ボン・フェルマン(下写真)はあります。

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 Viaggio al Mondo では、「Sale dolce サーレ・ドルチェ(=甘い塩)」と称されるエミリア・ロマーニャ州チェルヴィアの天日塩を取り上げた折〈2008.7 拙稿「こっちの塩は甘いぞ」参照〉と、ソメイヨシノが開花した直後、仙台では最も遅い積雪記録となった降雪について記した「桜と名残り雪」でご紹介しました。〈2010.4 拙稿「桜と名残り雪」参照〉

 花便りで驚いたのが、仙台市宮城野区の榴岡天満宮で、昨年12月25日に梅が開花したこと。天満宮によれば、ここ数年、梅の開花は2月下旬から3月上旬だったといいます。極端な暖冬が自然の営みにも影響していたのですね。

Au_Bons_Ferments2.jpg【Photo】国内外のさまざまなタイプのチーズを取り揃えたある日のオー・ボン・フェルマン。フランスチーズ鑑評騎士のショップオーナー足立武彦さんは、シニアワインアドバイザーの資格も有し、店内でワインとチーズの組み合わせを体感できる催しを定期的に実施している

 そんな暖冬傾向が一変したのが、年が改まった1月中旬から。連日寒い日が続いた仙台では、梅の見頃が続いています。そんな春まだ浅い3月。スギ花粉症の方にとっては、ありがたくない花粉前線も東北まで北上。咽喉や目鼻の不快感に苛まれるじっと我慢の季節が今年もやって参りました。

 三寒四温を繰り返し、やがて寒さに震える季節が終わります。ウグイスの初鳴きを観測した仙台でも週後半からは寒さが緩み、春近しを感じる陽気となりました。日本気象協会による桜の開花予想では、総じて昨年に続き、今年も早咲きのようです。

kobai-hakubai.jpg【Photo】接ぎ木されて一株となった早咲きの紅梅と、遅咲きの白梅とが凍える寒さの中で咲き揃う。オー・ボン・フェルマンからほど近い勾当台公園の一角で見つけた小さな春の足音(2016.3.12 撮影)

 イタリアかぶれの庄イタをしても、ニッポンに生を受けて良かったと思うのが、間もなく訪れる桜の季節。うららかな陽気のもとで愛でるソメイヨシノは、こと長い冬を越す東北の地においては、春を迎えた喜びの象徴にほかなりません。

 冬から春への境となる春分の日は、昭和23年に施行された「国民の祝日に関する法律」では〝自然をたたえ、生物をいつくしむ〟日と定義されています。

 昼と夜の長さが同じになる春分の日は、年によって日が変わります。今年は本日3月20日で、日曜日と重なるため、翌日が振替休日となります。連休で得をした気分になるのは、やはり精神構造がイタリア人ゆえでしょうか。

hitome-senbon2015.jpg【Photo】1922年(大正12)に植樹されたソメイヨシノやシロヤマザクラなど、1,200本ほどの桜並木が見られる「一目千本桜」。阿武隈川の支流・白石川沿いに8kmにわたって続く宮城県南きっての桜の名所。父親が小さな男の子を乗せた車を曳く姿がほほえましい親子を見守る満開の桜(2014.4.12 撮影)

sakura_logo2.jpg カトリック国のイタリアでは、キリストの生誕を祝う「Nataleナターレ(クリスマス)」と同様、主の復活を祝う「Pasquaパスクア(復活祭)」は、重要な意味を持つ祝日。敬虔なキリスト教徒にとっては、すべからく万人に訪れる誕生より以上に十字架からの復活は、意味深い奇蹟と考えられるわけですね。

 春分の日を過ぎた最初の満月の夜が明けた日曜日がパスクアと定められており、春分の日と同じ移動祝日で、今年は3月27日。月の満ち欠けの関係から、来年は4月16日がパスクアと、振れ幅が大きい祝日でもあります。

 啓蟄を過ぎ、風ぬるむ季節の訪れを待ち焦がれる今の時季、毎年いち早く春の息吹を届けてくれるのが、ほんのりと桜の香りがするチーズ「さくら(下写真)

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 繊細な日本人の感性が生んだこのチーズは、北海道上川郡新得町の農事組合法人「共働学舎新得農場」で生産されます。1月初旬から、桜の季節が終わる5月下旬にかけての季節商品となります。

 十勝平野の最北部に拓かれた共働学舎新得農場には、自閉症や引きこもりなど、心身にハンディを抱え、一般社会に居場所を見つけられない人々が集います。そこでは日々の糧を生み出す家畜とともに、自然の摂理に沿った農作業を行うおよそ70名が、自給自足による共同生活を送っています。

 林業とソバ栽培が盛んな新得町にあって、西に日高山脈、北に大雪連峰を望む総面積70haほどの南東向き斜面に拓かれた新得農場では、有機農法による野菜・そば栽培なども行いますが、生産活動の主力は酪農。

 付加価値が高いチーズ生産ほか、ブラウンスイス種の肉牛・ホエー豚などの飼育に取り組んでいます。現在はブラウンスイス85頭とホルスタイン10頭から、朝夕2回の搾乳が行われます。

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【Photo】広大な十勝平野の北部、新得町は昼夜の寒暖差を生かしたそば栽培に適している。約6,300人の人口に対して、飼育される牛の頭数は33,000以上!!

nozomu_miyajima_libro.jpg 開設以来、農場主を務めるのは宮嶋 望氏(65)。米国内でチーズ生産量が最も多いウィスコンシン州にある農場「Vogel Farm 」での2年間の実地研修後、酪農学を専攻したウィスコンシン大学マディソン校を卒業。1978年(昭和53)に入植しました。

 6頭の乳牛からスタートし、翌年モッツァレラから着手したチーズ作りは、1984年(昭和59)に本格稼働。お手本となったのは、酪農やチーズ生産に関して工業化が進んだ米国ではなく、地域の伝統に培われた欧州各地のチーズ作りでした。

【Photo】共働学舎の理念を記した宮嶋氏の最新刊「いらない人間なんていない」(いのちのことば社2014/6刊)

 1998年(平成10)、79点が出品した「第1回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」(主催:中央酪農会議において「ラクレット」が最高賞を受賞。2004年(平成16)には、スイス・フランス・イタリア3ヵ国で構成する「Caseus Montanus (山のチーズ委員会)」主催の「山のチーズオリンピック」ソフトチーズ部門で、さくらが金賞に輝きます。

 共働学舎新得農場は、競争社会からドロップアウトした人々が集い、生きがいを感じる仕事を通して、自分の居場所と、もう一人の自分を見いだす場でもあります。そのありようは、色も形も異なる花たちが、共働学舎という一本の木に、それぞれのペースで花開いてゆくかのよう。そんな作り手たちの姿と、さくらとが、重なります。

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【Photo】半地下の床下に炭を敷き詰め、札幌軟石を積み上げた共働学舎新得農場のチーズ熟成庫。成形した凝乳の塊を塩水に浸し、熟成庫に移して後も、時おり塩水を染み込ませた晒(さらし)で磨きながら寝かせること3ヵ月。スイスでは表面を溶かしてジャガイモに塗って食するセミハードチーズ「ラクレット」が完成する

 トッピングされた一輪のエゾヤマザクラは、ヨーロッパの人々に日の丸を連想させ、エキゾチックな桜のフレーバーが、遠い日本を想起させるのでしょう。さくらは、国内はもとよりチーズの本場ヨーロッパで催される各種コンテストで、数々の受賞歴を積み重ねてきました。

 春先限定のさくらは、表皮までホロホロとした淡雪のようにしっとり柔らかな食感。桜餅に通じる和の香りに牛乳の甘さ、薄味の塩気、そしてヤギ乳から作るシェーブルチーズに似たほのかな酸味が加わります。出荷までの熟成期間を10日程度に留め、繊細な風味を残しています。

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 全体を覆う白い粉は、味噌の仕込みで用いる酵母「ジオトリカム・カンディダム」によるもの。カビではなく、この酵母を用いる製法で作られる共働学舎のチーズが、「プチ・プレジール」(上写真)

 プチ・プレジールを桜葉で香り付けし、熟成が進み過ぎない段階で一輪のヤマザクラを添えたソフトタイプのチーズが、さくらです(下写真)

 さくらのベースとなるPetit plaisir の意味は、フランス語で「小さな喜び」。さくらには、冬のモノクローム世界から芽吹きの季節を迎える今の時季に似つかわしい、ほんのり桜色のロゼがイメージ的にぴったりです。

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 今シーズン初のさくらは、共働学舎の各種チーズを取り扱うオー・ボン・フェルマンで例年通り購入。アドリア海に面したイタリア中部マルケ州のごく限られた地域だけで栽培されるブドウ「Lacrima ラクリマ」から醸したスプマンテを合わせてみました。

 ラクリマは、顕著なバラの香りが特徴となるアロマティックなブドウです。桜はバラ科の植物。バラの香りとの親和性は高いだろうという読みでした。ただ、果皮に割れが生じやすく、収穫時期の見極めが難しいため、栽培が難しい品種とされます。〈2011.11拙稿「ボジョレー騒動はさておき...」参照〉

 素晴らしいDOCG 白ワイン「Verdicchio dei Castelli di Jesi Riserva ヴェルディッキオ・デイ・カステッリ・ディ・イエージ・リセルヴァ」 の造り手である「Marotti Campi マロッティ・カンピ」は、通常DOC 赤ワイン「Lacrima di Morro d'Alba ラクリマ・ディ・モッロ・ダルバ」を醸すこのブドウを、アロマ感を活かすシャルマ方式(密閉タンク方式)で、発泡性のある辛口スプマンテに仕上げました。

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【Photo】イタリア中部マルケ州アンコーナ県のごく一部だけで栽培されるバラの薫香を漂わせる品種「ラクリマ」。個性的なこのブドウをスプマンテに仕立てたのが、モッロ・ダルバ地区の造り手「マロッティ・カンピ」。バラ科の桜の香りが魅力のさくらとの相性はいかに

 淡いピンクの色調からイメージする品種特有のバラ香との相性はまずまず。時間と労力を要する瓶内二次発酵を行うため、いきおい高価となるシャンパーニュやフランチャコルタのように持続性が高い細やかな泡の立ち上がるシルキーさはありません。泡の感触が食感に障(さわ)るうえ、渋みのもととなるタンニンを意外と感じるため、ガンベロロッソ式3段階評価では★で第1ラウンドを終了。

 半分ほど残ったさくらには、蜂蜜のワンダーランド「藤原養蜂場」で購入した「盛岡石割桜一番蜜」を少しだけ垂らしてみました。その途端、さくら本来の香りが数倍増しとなり、一気に花開いたのです。予定外の第2ラウンドは寺内大吉さんの採点(⇒昭和世代はご存じかと)でも1.5ランクアップで★★ の満点に迫る組み合わせとなりました(下写真)

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 さくらと合わせるため、自宅にストックしていたヴィーノとのアッビナメント(組み合わせ・マリアージュ)を試みるべく、今季2個目のさくらを買い求めようと、仕事帰りに再び訪れたオー・ボン・フェルマン。店内では、さくらと3種類の産地が異なるロゼとの組み合わせを体感するショップイベントの真っ最中でした。

 テーブル席では6名ほどが、淡いピンク色のグラス3杯と切り分けたさくらを前に、真剣な面持ちでロゼとさくらの相性を確かめています。自転車で移動中だったため、同好の輪に加わることはできません。「そっちがグラス3杯なら、こっちはボトル3本返しだっ!」 堺雅人ばりの意気込みを胸に、家路を急ぎました。

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【Photo】赤と比べて圧倒的に数少ないロゼの自宅ストック。(右から順に)「Cerasuolo Montepulciano d'Abruzzo チェラスオーロ・モンテプルチァーノ・ダブルッツォ1999」、「Dolcedorme Rosé ドルチェドルメ・ロゼ 2014」、「Principessa Cerasuolo プリチペッサ・チェラスオーロ2014」。特別な日に飲みたいアブルッツォの巨人「Valentini ヴァレンティーニ」はお飾り(^ ^; 。結局選んだのは左端のヴィーノ・ロッソ

 当初考えていたアッビナメントの本命は、カラブリア州の作り手「Ferrocinto フェッロチント」が、長期熟成型の偉大な「Taurasi タウラージ」を生む南イタリアの赤品種「Aglianicoアリアニコ」から醸したロゼ。畑の標高が400m以上と高く、南らしからぬエレガントな造りが魅力。

 対抗は2013年に新潟市西蒲区に誕生した「カンティーナ・ジーオセット」を起業した瀬戸潔さん(54)が、山形の契約農家が生産するスチューベンをチャーミングに仕上げた1本。第1ラウンドでは、さくらの繊細な風味を覆ってしまうタンニンの存在が気になったため、結局は知り合いのソムリエが推奨するプーリア州のヴィーノ・ロッソを選んでみました。

 捲土重来を期す第3ラウンド。挑戦者はイタリア半島のかかとの位置にあたるプーリア州産「Fatalone Teres ファタローネ・テレス2014」。本来は高い熟成能力を備えた力強い赤ワインとなる品種「Primitivo プリミティーヴォ」を、15℃から18℃程度に冷やして飲む造りをあえて狙った変則パターンです。

fatalone-sakura2.jpg 「Ridge」や「Clos du Val」など、成功を収めているカリフォルニアの「Zinfandel ジンファンデル」と同一品種であることが、20世紀後半のDNA検査で判明したプリミテーヴォ。色が濃いロゼ風に仕立てたファタローネ・テレスとの組み合わせは、いわば変化球勝負。

 州都Bariバーリから、どこまでも平坦な地形が続く内陸側へ40kmあまり南下した「Gioia del Colle ジョイア・デル・コッレ」は、良質な赤ワイン産地。円錐形の石積み屋根が特徴の住居「トゥルッリ」で名高い「Alberobello アルベロベッロ」の西方約30km の海抜365mの丘陵地にブドウ畑を所有する「Pasquale Petrera パスクアーレ・ペトレーラ」。

 イタリアにおけるオーガニック認証機関の先駆けであるICEAから有機認定を受けているパスクアーレ・ペトレーラ醸造所の信条は、ブドウの樹を人と同じように慈しむこと。自らが欲することをブドウにも同じように与えるため、常に細心のケアを怠りません。

 太古そこが海底だったことを物語る貝の化石が出てくる石灰岩と粘土の赤黒い土壌。ヴィーノ・ロッソとしては淡く、ロゼとしては濃い微妙な色合い(上写真)は、発酵前に果汁に果皮を浸すマセレーションを、ロゼと同程度の30時間に留めたスキンコンタクトによるもの。樹齢25年ほどのプリミティーヴォが完熟する10月後半に収穫後、樽は用いずステンレスタンクで12ヵ月、瓶内3ヵ月の熟成を経て、リリースされます。

 「Negroamaro ネグロアマーロ」種をメインとするイタリアン・ロゼの発祥とされるDOC Salice Salentino サリーチェ・サレンティーノ」を含め、お値打ち品が多いこの地域では、夏の日中は40℃越えが珍しくありません。5代前の創業者ニコラ・ペトレーラが好んだという、冷やして飲むロゼ風の仕上がりのヴィーノ・ロッソです。

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 青葉区広瀬町のワインショップ「Wine Store ブドウの木(下写真)で、さくらとの組み合わせを前提に、選択のお手伝いをして下さったのが、オーナー・ソムリエの奥山和茂さん。

tag-fatalone.jpg セラーに200種前後を取り揃えるワインには、奥山さんがプロフィールを記したタグ(右写真)が1本ごとついています。

 ワインは店内のカウンターやテーブル席でフード類と共に頂くことができます。家飲み用には、表示価格の25%引きで購入可能(6本以上の場合30%OFF)。 よって店頭価格3,440円のファタローネ・テレスの購入価格は2,580円でした。

 比較的手頃な価格帯のヴィーノ・ロッソですが、安ワインにありがちな単調さやヌケ感は皆無。ふくよかな果実の旨味が伸びやかに広がります。渋味のもととなるタンニンは希薄で、飲み口は滑らか。

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 パスクアーレ・ペトレーラ醸造所の地下セラーには、クラシックやヒーリング音楽が流れています。えもいわれぬ心地よさを感じさせる癒しの秘術は、ワインがそこで体得するのかもしれません。

 ファタローネ・テレスは過剰な自己主張をせず、繊細なさくらの風味がより引き立つよう、優しくエスコートするかのよう。ファタローネの名は、2代目フィリッポ(左写真)のニックネームにちなんだもので、il Fatalone とは、俗にいう〝女たらし〟のこと(笑)。

 ただでさえ情熱的なイタリア男をして、そう言わしめるのですから、フィリッポは相当お盛んだったのでしょう( ^0^;)。自家製のヴィーノ・ロッソと牛乳を500mℓずつ飲むことを朝の日課としていたフィリッポ。98歳で天寿を全うした日とて、その例外ではなかったといいます。そんな酒とバラの人生を謳歌したフィリッポの精神と、作り手のブドウへの愛情がこの1本に体現されているように感じました。

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 北の大地に春の訪れを告げる桜が香り立つ共働学舎のさくら。そこに集う心に悩みを抱える人たちのように遅咲きのさくらに寄り添い、引き立て役を果たしてくれたFatalone Teres 2014 vinには、アッビナメント★★に加え、あっぱれ助演男優特別賞を献上したいと思います。

【Photo】共働学舎のさくらに添付の栞(しおり)に描かれた一輪の桜

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Fromagerie & Café Au Bons Ferments
 フロマージュリー&カフェ オー・ボン・フェルマン
 住:仙台市青葉区上杉1丁目4-10 庄建上杉ビル1F
 Phone : 022-217-2202
 営) 12:00~22:00 月曜定休

Wine Store ブドウの木
 住:仙台市青葉区広瀬町3-48
 Phone : 022-796-2293
 営) ・ダイニングバー 13:00~22:00 L.O.  ・カフェ13:00~17:00 日曜定休


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2016/02/27

Piovere dal cielo棚からボタ餅

pescare un'orata rara con gamberi
海老で鯛を釣った件


1456218845721.jpg 今回は、ネタ元を明かさぬことをお許し願います。何故ならば、バックラベル(右写真)に表記された42%という高いアルコール度数もさることながら、希少性も極めて高いボトルの中の液体が、瞬間蒸発しかねないがため。と、いう訳で異例の投稿となりますが、どうぞご了承ください。

 とある庄イタの立ち回り先で、とある一品を食しながら、その店のオーナー氏とカウンター越しに会話をしていた時のことです。

astiLaSelvatica.jpg グラスでオーダーできるワインやビールがストックされている冷蔵ショーケースの片隅に、見覚えのある特徴的な手描き風のイラストが描かれたカートンボックスが置いてあるのが目に留まりました。

 庄イタが箱の中身として想像したのは、エチケッタ(ラベル)に、そのイラストをDOCG アスティ・スプマンテとして唯一使っている作り手「La Caudrina ラ・カウドリーナ」のアスティ・ラ・セルヴァティカです。

【Photo】プリントラベルのドンナ・セルヴァティカ。ラ・カウドリーナのアスティ・ラ・セルヴァティカ

 なぜならば、このアスティ・スプマンテは、輸入飲料や食品を扱う「カルディコーヒーファーム」ほか、楽天市場などでも取扱いがあり、日本で唯一入手しやすいがため。

 「イラストが描かれているその箱だけど、アスティ・スプマンテを仕入れたのですか?」という庄イタの問いに対するオーナー氏の答えは、予想を覆す意外なものでした。

 直訳では〝野生の女〟となる「Donna Selvatica ドンナ・セルヴァティカ」と呼ばれるそのイラストに庄イタの視線が釘付けとなった理由は、Viaggio al Mondo 2007年6月の投稿「伝説のグラッパ職人、ロマーノ・レヴィ ~ 天使のグラッパ職人は生き仏だった」をご覧ください。

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【Photo】2006年10月。ピエモンテ州クーネオ県ネイヴェの自宅兼蒸留所のアトリエにて。頸椎を痛めて体調が優れない中、まさに一期一会の時間を割いて下さったロマーノ・レヴィさんは、この1年半後、80歳で天に召された。数え切れぬほどのファンタジーを紡ぎ出してきたその手の温もりと柔らかな感触は、今も庄イタの右手に鮮明に残っているPhoto by Takashi Aoyagi

 レヴィさんとの橋渡しの労をお願いしたアグリツーリズモ「Rupestr ルペストゥル」オーナーのジョルジョ〈2007.9「アグリツーリズモRupestr との出逢い」参照〉からの依頼を受け、レヴィさんとのご縁を直接つないでくれたのが、ジョルジョの友人であるラ・カウドリーナの当主で醸造家のロマーノ・ドリオッティさんでした。

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【Photo】2015年7月。青森市のイタリアン「AL CENTRO 」でコース料理の締めくくったのが、レヴィさん生前の2005年に瓶詰めされたグラッパ(右)。これが庄イタ的には直近のレヴィ体験だった。レヴィ翁の没後にボトリングされた復刻版ながら、記録更新は、つい先日、予期せず某所にて果たされた

 そのイラストは、ワインの醸造過程で発生するブドウの果皮や種などの搾り滓を原料に、加熱釜でアルコール成分を蒸留・抽出する蒸留酒「Grappa グラッパ」を、イタリアでは唯一直火式の蒸留設備で製造していたロマーノ・レヴィ(1928-2008)のグラッパのラベルに登場していたもの。

libro-levi22.jpg ワインジャーナリスト、ルイジ・ヴェロネッリ(1926-2004)により〝Grappaiolo Angelico (天使のようなグラッパ職人)〟と世に紹介され、伝説となったロマーノ・レヴィ。2008年5月にレヴィさんが逝き、2年後にはハーブ入りグラッパを担当していた姉リディアさんも亡くなります。

 創刊にスローフード協会が関わった「Vini d'Italia」と同格の影響力があるイタリアワイン評価本「I Vini di Veronelli 」の版元がヴェロネッリ出版。同社からはラベルを150ページに渡って収録した画集(右写真)が出版されるほど。

 現在、市場に出回るレヴィさんが生前にラベルを描いたグラッパ、特にドンナ・セルヴァティカがモチーフとなると、ゆうに5万円以上。90年代以前のヴィンテージグラッパには、桁違いの驚くようなプレミア価格がついています。世界中にマニアが存在する一方、希少性が徒(あだ)となり、まがい物が出回っているとのまことしやかな噂も。

   

【Movie・前編】2012年公開のレヴィ・セラフィーノ蒸留所におけるグラッパ造りの模様。冒頭に登場するレポーターを挟んで左側がマウロ・マルティーニ氏、右側がファブリツィオ・ソブレロ氏。深さ7mの貯蔵庫でおよそ1年保管したDOCG バルバレスコの醸造に用いられたヴィナッチャから、直火式の銅製蒸留釜カルダイアを含む蒸留装置アランビッコでアルコール蒸留をする工程

 レヴィさんの晩年、「Distilleria Levi Serafino レヴィ・セラフィーノ蒸留所」のアシスタントとして働いていたファブリツィオ・ソブレロ氏と、マウロ・マルティーニ氏が、蒸留所を引き継ぎ、レヴィさん亡き後の今も以前と変わらぬ製法でグラッパ造りを続けています。 

   

【Movie・後編】マウロ・マルティーニ氏により1本づつ手詰めされるボトリングから、ファブリツィオ・ソブレロ氏によるラベルの手貼り工程の模様。ロマーノ・レヴィさんの生前と変わらぬ大量生産がきかない伝統的な製法を受け継いでいることが窺える

 レヴィさんの健康状態が思わしくなくなって以降、ラベル以外のほとんどの仕事を任されていた二人の後継者が、レヴィ・セラフィーノ蒸留所で作り続けるグラッパは、現在日本の正規代理店を通して1本2万円前後で入手が可能です。印刷に変わったラベルは、生前レヴィさんが描いたドンナ・セルヴァティカのバリエーション違い。

levi-serafino-barolo.jpg カウンター越しに見つけた冷蔵ショーケースの中のボトルは、そんな1本でした。

 エチケッタにはBaroloと記されていることから、バローロ地区の造り手が持ち込んだ高貴品種ネッビオーロのヴィナッチャを原料としているグラッパです。(左写真)

 オーナー氏が、さらっと語るその用途を聞いて驚いてしまいました。

調理酒として、素材との組み合わせを試そうと思っています

 「エッ!? 」 素材選びには妥協を知らぬショップオーナーであることは、これまでの付き合いから重々承知していたつもり。それにしても贅沢極まりない話ではありませんか!!

 レヴィさんのもとを訪れた経験があることを明かすと、心の広いオーナー様(⇒ここは敬称付き♥)は、「グラッパグラスがなくて申し訳ありません」と言いながら、なんとデミタスカップに注いだ1本2万円以上もするグラッパを味見させてくれたのです。

 その日私がオーダーした一品は380円。いわば海老で鯛を釣った格好。イタリア語ならば「晴天から雨が降ってくる」という意味のPiovere dal cieloという慣用句がピッタリな展開です。
 
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 店としては、ディジェスティーヴォ(食後酒)として仕入れたのではなく、あくまで香り付けの〝調理酒〟。まして、こちらはゴチに預かっている身。「せっかくだからグラッパグラスで...。」などと、本音 ワガママを言える立場ではありません。まして、女性客中心の業態からして、仮にグラッパグラスを置いていても、恐らくニーズはゼロ(笑)。

 補糖や香料・カラメル色素など人為的な添加を一切行わない本来のグラッパならではの力強さ、そして4年に及ぶオーク樽熟成による円熟味。長い余韻を残す琥珀色の液体を飲み干し、謝意を伝えた去り際、こう言い残すのを忘れませんでした。

grappa-glass.jpg 「またグラッパを味見させてもらってもいい? 次はちゃんとお代も払うので。」

 臆面もなくこうした発言をする庄イタは、おそらくはオーナーが望む本来の客筋とは程遠いはず。なぜならメニューには載るはずもない〝調理酒を飲ませて欲しい〟と言っているのですから。

 店のメニューとのアッビナメント(=組み合わせ)を試みるべく、「次回は自前のグラッパグラス(左写真)を持参するかも...。」と、図に乗って二の矢を放つ庄イタ。

 「ハイ、どうぞ。」と言いつつも、オーナー氏が浮かべた笑いが、若干引きつって見えたのは気のせいでしょうか(;^ω^)。

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2016/02/13

Bravissime Monte Bianco

ハートまでトロけるモンブランはいかが?


 この冬、仙台ではジェラートが熱い。Viaggio al Mondo には昨年6月に登場した青葉区一番町の「GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ」が、その発信地です。

〈2015.6拙稿「Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈後編〉」参照〉


 ジェラテリアにとってはシーズンオフにあたるこの季節。ジェラーティ・ブリオのショーケースには、定番のシチリア産ピスタチオや岩手・中洞ミルクジェラートほか、果実系では柑橘類やリンゴを主とする旬のラインナップが並びます。

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【Photo】山形県舟形町産ブラウンマッシュルーム+ブラックチョコレート風味「Fungo & Choco フンゴ&チョコ」(右)。同ホワイトマッシュルーム+ホワイトチョコレート(左)のカップリングも(シングル¥ 380・ダブル¥ 450・トリプル¥ 520)

 原価率を著しく押し上げるに違いないマニア垂涎の某レアもの樽熟グラッパを仕込みで使うケースもあるチョコレート系やナッツ系ジェラートも充実。そんなこの季節ならではのフレーバーとともに、付け合わせとしてお試し頂きたいのが、外はサクサク、中はモチモチ&フワフワの香ばしく軽い食感の「ポップオーバー」です。

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【Photo】冬季限定のポップオーバーとの組み合わせを楽しむ真冬のジェラート。熱々&フワフワと、ひんやり&トロ~リ冷たい組み合わせが目新しい。

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【Photo】新食感スイーツとして人気上昇中のポップオーバーは、店内のオーブンで毎日45分をかけて焼き上げる自家製。ジェラートと交互に召し上がれ(Mサイズ ¥ 200 Sサイズ ¥100)

 そして何よりも、この冬に食べ逃しては一生の不覚!! に相違ない皿盛りのTorta Gelato トルタ・ジェラート(=ジェラートケーキ)が、ジェラーティ・ブリオのスペチャリテとして密かに登場しているのをご存知でしょうか ?

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 3月中旬までのイートイン限定の皿盛りトルタ・ジェラートが、「Tiramisù ティラミス(上写真・税込¥750)と、「Monte bianco モンテ・ビアンコ(下写真・税込¥890)のツートップ。

 クリスマスシーズンに数量限定で登場し、好評を博したというトルタ・ジェラート。開店した2014年の冬から登場したティラミスに関しては、食べる前から想像がある程度つき、実食した印象も期待にたがわぬ結構なお味でした。

 辛党・甘党の二刀流を標榜する庄イタのイチオシは、この冬デビューの新作モンテ・ビアンコ(下写真)。この投稿を最後まで読み終えた皆様が抱くであろう期待値を、少なくとも150%は上回る美味しさに悶絶すること請け合いです。

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 そもそもMonte Bianco モンテ・ビアンコとは、イタリア・フランス国境に聳えるMont Blanc モンブラン(4,810m)のイタリア語名。1789年のフランス革命以前は、15世紀初頭から山全体がサヴォイア公国の領地でした。

 1792年、武力による領土拡大の野望を抱いたナポレオン・ボナパルトが、首都をトリノに置いたサヴォイア公国の流れをくむサルデーニャ王国第3代国王ヴィットーリオ・アメデオ3世に対し、欧州最高峰モンブランを含むサヴォワ(伊語:サヴォイア)地域や、ニースの割譲を迫ります。

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【Photo】ヴァッレ・ダオスタ自治州の温泉保養地「Pre-Saint-Didier プレ・サン・ディディエ」は、古代ローマ時代から属州ガリアへと通じる要衝の地。背後に標高4,000m級のモンブラン(モンテ・ビアンコ)山塊が迫る海抜1,000mを超える高地に温泉が湧出する保養地。山側の2kmほど先が、モンブラン観光の起点となるCourmayeur クールマイユール

 1796年のパリ条約によって、サヴォワはフランス領とされますが、皇帝ナポレオン1世失脚後のウィーン会議(1814-1815)によって、パリ条約の無効が宣言されます。その結果、サヴォワ県全体がサルデーニャ王国に返還されます。

 イタリア王国成立後の1861年、初代イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエレ2世とナポレオン3世との間で、モンブラン山頂に国境線を引くことで妥協が成立。現在に至るまで、モンブラン山頂は両国の領地という玉虫色の定義がなされています。

 こうした歴史的な経緯を踏まえ、日本ではモンブランの名で広く認識されているこの名峰を、イタリア式のモンテ・ビアンコと呼ぶべきと考える前世イタリア人の庄イタ。さて、皆さまいかがでしょうか。 以下、紛らわしいので山をモンブラン、ジェラートはモンテ・ビアンコと表記しますが、庄イタ的には、どちらもモンテ・ビアンコ以外の何物でもありません)

【Movie】本格的な登山を志すのでなければ、モンブラン観光には、フランスと国境を接するクールマイユールから出るケーブルカー「Skyway」が便利。高所恐怖症の方には厳しいかもしれない360°のパノラマを楽しみつつ、往復40€(18歳-64歳。年齢による各種割引あり)で万年雪に覆われたモンブラン山頂が、すぐ眼前に迫る標高3,466m地点のプント・エルブロネへと難なく到達が可能

 フランス語表記のMont Blanc 、イタリア語表記のMonte Bianco のいずれもが〝白い山〟を意味するこの山は、山頂付近を分厚い氷塊に覆われています。ゆえに夏と冬では標高がメートル単位で異なるのだといいます。そうした自然のメカニズムに加え、自然環境に影響を与えているのが、一向に止まらない地球温暖化です。

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【Photo】モンテ・ビアンコのベースとなるジェラートは、ピエモンテ州クーネオ県特産のヘーゼルナッツを使ったNocciola ノチオーラ。ポップオーバーとの相性も良好。モンテ・ビアンコで使用するマロンのジェラートは、専用のオリジナルレシピによるもの

 ここ数年、アルプスの氷河が溶け出し、アルピニストを生命の危機にさらす雪崩が頻発するようになってきました。異常気象を誘因する温室効果ガスを排出しない移動手段が自転車。宮城県民にとって喫緊の課題である脱メタボに向けた「みやぎカイゼンプロジェクト」推進にも繋がる一石二鳥のツールでもあります。

 もともと仙台は東北でも積雪が少ない土地柄。ましてや路面の凍結が少ない今年。体内の内燃機関を活性化させる街乗りに適したBianchi Lupo号で駆ける機会を減らさぬよう、心がけています。

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 そんな庄イタのカロリー燃焼のための努力を水の泡と帰する甘い罠(?)の極め付け、モンテ・ビアンコ。ティラミスもそうですが、トルタ・ジェラートは注文を受けてから一皿ずつの手作り。店主でジェラタイオの磯部智広さんによる作業過程を、カウンター奥のガラス越しに眺めていると、否応なしに期待感は高まります。(上写真)

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 ベースは冬場の定番ジェラート、Nocciola ノチオーラ(=ヘーゼルナッツ)。その上にピエモンテ産の栗を原料とするマロングラッセを刻んで挟み込むように、別誂えのラム酒が香る大人の栗ジェラートをドッキング。握りこぶし大に盛りつけされたジェラート×2には、絞り袋に入ったバニラ香る濃厚マロンペーストをぐーるぐると半回転(上写真)

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 残り半周にはフワフワの生クリームをたっぷりとトッピング(上写真)。最後の仕上げにはバージンスノーのように粉糖をサーラサラ(下写真)

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 付け合わせには甘酸っぱい洋ナシのコンフィチュールが箸休め的に添えられます(下写真)。皿の上で繰り広げられる多彩なマロンの風味とヘーゼルナッツ、そして生クリームの饗宴。やがて訪れるのは、めくるめく至福の時。それではボナペティート。

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 完成形。まさにこれは万年雪を頂く山頂を挟んで、北西フランス側はメール・ド・グラース氷河と雪原が広がり、南東イタリア側には切り立った岩壁がそびえ立つモンブランの山容そのもの。

 世界の登山家を魅了する名峰が連なるヨーロッパアルプス。その最高峰モンブラン。そして世の美味しいもの好きを魅了してやまない(はずの)冬季限定 トルタ・ジェラートの最高峰、モンテ・ビアンコ@ジェラーティ・ブリオ。

 ひと匙ごとに幸福が訪れるモンテ・ビアンコは、ボリューミーで食べごたえも十分。半分まで食べ進んだところで、皆様にもお裾分け(下写真)。ハイ、あーん

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 どうです? 今すぐにでも食べたくなるでしょ ? ココロの奥底まで満たされるはずの一皿を召し上がられた後は、落とした頬っぺたの持ち帰りをお忘れなく(^ ^。

 1911年にモンブラン登頂を果たし、13年後に世界初のエベレスト登頂に挑んだのが、英国の登山家ジョージ・マロリー(1886-1924)。山頂付近で消息を絶つ前年、「どうしてエベレストを目指すのか?」というニューヨークタイムズ紙記者の問いかけに答えたマロリーの言葉はあまりに有名です。

Because it's there.(=何故なら、そこにエベレストがあるから)〟

 たとえ貴方がダイエット中だろうと、ここは理性をかなぐり捨ててモンテ・ビアンコ攻略に取り掛かりましょう。庄イタがお薦めする理由は至って単純明快です。

 何故なら、そこにモンテ・ビアンコがあるから。

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GELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ

・住:仙台市青葉区一番町1-6-23 shuon 358 ビル1F
・Phone:022-302-5669

logo_brio.jpg・12月~2月末まで冬季短縮営業
   (火~金) 12:00~19:00 (土) 10:00~19:00
    (日・祝) 10:00~18:00  月曜定休(2/15~18 臨時休)
・3月より通常営業
   (火~木) 11:00~20:00  (金) 11:00~21:00
   (土) 10:00~21:00  (日) 10:00~20:00  月曜定休
    禁煙 バンコ(カウンター)6席 テラス4卓12席   Pなし
・URL:https://www.facebook.com/GELATI.BRIO


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2016/01/10

苦難を乗り越え、かなえた夢の雫

鼎ヶ浦の美酒「酒也 鼎心(かなえ)

 皆さま、本年も「Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅~」をご贔屓に預かりますよう、お願い致します。一陽来復。2016年の幕開けを飾るのは、穏やかな新年を迎えた宮城県気仙沼市本吉町大谷海岸からの初日の出の画像から。

alba-2016@oya.jpg 出合いから5年を経た今も鮮烈に記憶に残っている美酒にまつわる物語を2016年幕開けの話題として今回はご紹介します。発端は2011年に年が改まった日。それは東日本大震災発生が発生する2ヶ月あまり前のことでした。

fukuyoshi-otokoyama-daigin.jpg【Photo】キンキ(吉次)、唐桑産カキ、サンマなど、気仙沼で揚がった鮮度抜群の地物を丹念に火入れ。〝日本一の焼き魚〟を食べさせてくれる海鮮居酒屋「福よし」。ご主人の村上健一さんの筆になる福よしオリジナルラベルの伏見男山純米大吟醸の相伴は、絶品の烏賊腑味噌焼き

 気仙沼の地酒といえば、「金紋両国」・「船尾灯(ともしび)」・「別格」・「福宿(ふくやどり)」などの銘柄を醸す角星(明治39年創業)と、「伏見男山」・「蒼天伝」が二枚看板となる男山本店(大正元年創業)が両雄。

 2011年3月に発生した東日本大震災では、両社とも内陸部にあった酒蔵は大きな被害を免れました。しかしながら、ともに国指定有形登録文化財に指定されていた趣ある本社屋が津波で壊滅。震災発生から5年を迎え、嵩上げや防潮堤工事が進むなか、現地再建に向けてそれぞれ始動しています。

iwao-saya_okoshi.jpg【Photo】津波で店舗兼自宅が流失。現在も大谷小中仮設住宅で暮らしながら、親類宅の敷地に設置したコンテナの仮店舗で業務を続ける大越商店。2013年4月に訪れた店舗の中で宿題をしていた長女の彩弥ちゃん(当時小学3年生)と大越巌さん(当時46歳)。先日会った彩弥ちゃんは、お父さんの胸ぐらいの背丈まで背が伸びていた

 震災直前の5年前、初めて口にしたのが「鼎心かなえ」という気仙沼の酒。同市本吉町大谷(おおや)の酒販店「大越商店」の現当主・大越巌さんが、1993年(平成5)から栽培に取り組み始めた地元のコメと水だけを使い、男山本店に750ℓ容量のタンク1つ分だけ醸造を委託したという極めて稀少な純米吟醸酒でした。

 朱色のラベルは、大越さん自身による墨痕鮮やかな〝酒也 鼎心〟の揮毫。口に含むと完熟メロンに通じる上品な吟醸香が適度にあり、長い余韻を伴った芳醇なコメの旨みがどこまでも広がるのでした。

kanae_hiire.jpg【Photo】もろみを搾った生原酒を湯煎した「純米吟醸 鼎心 火入 無濾ろ過原酒」。大越巌さんの筆によるラベル

 気仙沼市本吉町大谷は、遠浅の海原に面した全幅1kmの砂浜が弧を描く白砂青松の地。「日本の水浴場55選」や「快水浴場100選」として、環境庁から認定を受けた大谷海岸には〝日本一海水浴場に近い駅〟といわれたJR気仙沼線の大谷海岸駅がありました。

 ピンク色のハマナスが浜辺を彩る季節、宮城だけでなく岩手県南や山形内陸から訪れる海水浴客で賑わいました。海沿いを並走するR45には道の駅「はまなすステーション」が併設され、定置網にかかったマンボウが、のんびりと水槽で漂う姿に和んだものです。

 しかしながら、地区の世帯のおよそ半数にあたる1,670棟の家屋が流失する大きな被害を受け、75名が犠牲となった震災を境に、こうした記憶の中の風景は全て過去形で語らざるを得なくなりました。

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【Photo】仙台でガソリンの供給が幾分なりとも改善し、生活物資や食料を積み込んだ車で気仙沼を被災後初めて訪れたのが2011年4月10日。20m超の津波で全壊した道の駅はまなすステーション展望台の最上部から心が折れそうになりながら撮影した1枚。大谷の人々の暮らしが無残に打ち砕かれた爪痕が痛々しい変わり果てた光景。瓦礫を取り除いただけで砂塵が漂うR45とJR気仙沼線の線路が延びる方角に大越商店があった(上写真)。同日撮影した下写真右手の建物が大越さんが地震と遭遇した「はななす海洋館」の一部

kaiyo-kan_oya-2011.4.10.jpg

 大谷海岸には9.8mの防潮堤が整備される計画で、黒い土嚢の仮堤防が築かれている現在は、ほとんど美しい海を眺めることができません。R45から大谷漁港に分岐する脇道沿いに、かつて酒類とLPガスを扱う大越商店はありました。

 あの日、大越さんは酒の配達に来ていた大谷海岸に面した「はまなす海洋館」で、体験したことのない強烈な揺れに遭遇します。6mの津波襲来をカーラジオのニュースが告げていたため、車で2分とかからない距離の海抜5m地点に建っていた店舗兼自宅に営業車で急ぎ戻りました。

 家族をワゴン車に乗せて高台に避難させ、業務用の車を移動させようと自宅に再び戻ったところで津波が大越さんを襲います。膝まで水につかりながら、かろうじて動いた車で高台まで避難し、紙一重で難を逃れることができました。

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【Photo】2013年5月。遠目には震災前とさして変わらぬ気仙沼湾を眼下に見渡す標高239mの安波山(あんばさん)山頂からの眺め。震災で発生した火災で焼け野原となった鹿折(ししおり)と南気仙沼は地表が露出している(両端)。外洋に面した沖合いに気仙沼大島があるため、波静かで天然の良港であるこの入江を「鼎ヶ浦」と命名したのは仙台藩学問所「養賢堂」指南役を務めた詩人・書家の油井牧山(ゆいぼくさん 1799-1861)

 千葉での会社勤めを経て家業を継いで間もない大越巌さんが、地元のコメと水だけで地元の蔵人が作った本当の地酒を自身の手で作ろうと一念発起したのが24歳のとき。

 酒造りや酒米に関する書籍をむさぼり読み、県内外の酒米生産者や農協・蔵元を訪問。種籾を手に吟醸酒の醸造に必要な1,500kgの酒造好適米の栽培に協力してくれる農家探しに明け暮れること数ヵ月。

shikomi-mizu_otokoyama.jpg【Photo】鼎心にも使用される男山本店の仕込み水は、北上山地の伏流水が湧出する旧JR大船渡線の上鹿折駅近くにある、この個人宅の井戸を使用している

 ようやく見つけた地元3軒の農家の水田で、支援者とともに気仙地域で初めてとなる酒造好適米「美山錦」を作付けしたのが1993年(平成5)の春。種籾の確保や田植えから始めた大越さんの挑戦に天は味方をしてくれませんでした。外米の緊急輸入に踏み切った「平成の大凶作」にあたったこの年の収穫はわずか360kg。初年度は酒造りを見送り、2軒の生産農家が加わった翌年は、猛暑による水不足と収穫期の長雨と台風の直撃に見舞われました。

 初年度の10倍にあたる3,600kgの美山錦と新たに「亀の尾」を収穫した2年目。男山本店の蔵人から指導を仰ぎ、1基の750ℓタンクに仕込んでから上槽。念願かなって初めて吟醸酒が仕上がったのが1995年3月。自身で本物の地酒を作ろうと思い立ってから4年の歳月が流れていました。

 「理想とは程遠い出来でした」大越さんは笑いながら、そう当時を振り返ります。田植えや稲刈りに参加した支援メンバー15名が考えた150もの候補から、その酒を「鼎心」と名付けます。

【Movie】岩手県境に近い気仙沼市北西部の山あいにある水清らかな廿一(にじゅういち)地区。初年度から酒米の植え付けに協力してきた農家のひとり千葉清幸さんの圃場。当初は信州生まれの酒造好適米「美山錦」を作付けしていたが、現在は平成9年に奨励品種に採用された宮城県古川農業試験場生まれの「蔵の華」を酒米としている

 蜂ヶ崎・神明崎・柏崎という3つの岬に内湾を囲まれた気仙沼湾は、別名「鼎ヶ浦」と呼ばれ、高校の校名にもなっていたほど地元では馴染みある言葉。もともと〝鼎〟は中国最古の王朝「夏」以来、王権の象徴とされた3本足の青銅製炊器の呼称です。鼎心とは栽培農家・蔵元・飲み手が三位一体となって、王位の称号にふさわしい酒を目指そうという気概を込めた名前なのです。

 以来、生産農家と支援者に支えられ、合計90アールの水田に作付を行ってきたコメ作り。理想の味を求め、男山本店の杜氏との二人三脚で鼎心の酒質を高めてきた大越さんにとって、二度目の大きな試練となったのが東日本大震災でした。

 避難所暮らしを続けていた2011年5月、大谷海岸から少し内陸部に入った本吉町寺谷の親類宅の敷地に現在の仮店舗を構えます。

kanae-Funaguchi27BY.jpg

 不屈の精神で、震災発生の翌年から醸造を再開。一昨年からは、仕込みを大越さんと気心が知れた同級生の杜氏が担当するようになりました。その結果、鼎心の完成度が更に高まった印象があります。

 今醸造年度27BYは11月末に搾りを行いました。今年も納得の仕上がりだという搾りたての「純米吟醸 槽口(ふなぐち)無ろ過生原酒」を、大晦日に伺った仮店舗で購入しました。

 フレッシュな飲み口を堪能できる搾りたてを楽しむもよし。しばらくは冷蔵し、まろやかさが加わった円熟の味を堪能するもよし。

 今年7月には5年あまりを過ごした仮設住宅を出る予定という大越さん。その再出発のお祝いを兼ね、震災から5年を経る3月11日以降、貴重な新酒を開けるつもりです。

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okoshi-shoten_2013.jpg大越商店
・仮店舗住所:宮城県気仙沼市本吉町寺谷88-13
・Phone:0226-44-2701
・F a x :0226-44-2212
純米吟醸 酒也 鼎心(かなえ)
 1800mℓ 税込3,085円 / 720mℓ 税込1,644円


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2015/11/07

アンジェリーナへ捧げるラヴ・レター

Ti voglio bene con il cuore.


 Amore mio ANGELINA
 愛しのアンジェリーナ

 あなたが私のもとを去ったあの日から、待ち焦がれるのが、束の間の邂逅。

 人生はさようならの繰り返しで、その時が必ず訪れることが、
 運命(さだめ)なのだと頭で分かってはいる。それでも
 愛してやまない存在との身を切られるような別離の味は、いつもほろ苦い。

 アンジェリーナの甘い囁きに抗うことなど、私には無理な相談。
 あなたは、何処までもかぐわしく、いつも夢見心地へと誘う。

 久方ぶりに存在を身近に感じることができたこのひと月は至福の時。
 そっと寄り添い、味わう幸せに幾度となく溺れたことでしょう。
 嗚呼、それなのに再びあなたは手の届かない遠い地へと去ってしまった。

 今はただ、最後と知りつつ駆られてしまった魅惑の味を噛みしめ、
 聖夜の再会まで、夜な夜な身を焦がし続けるのだろう。

 その日まで、ずっとあなたを想ってます。
 Ti penso sempre, Tanti Baci
                                       Carlo

 イタリア男ならば、いともたやすく女性の耳元で紡ぎ出してみせるような言葉を並び立ててみました。贈る相手はパリジェンヌのアンジェリーナ。

montblanc-angelina.jpg【Photo】大方の日本人は、パリ本店と同じ大きさの「モンブラン」(税込810円)を巨大だと感じるはず。日本限定で適量のハーフサイズが「デミ・モンブラン」(税込486円)


siren-roxymusic.jpg 甘美な歌声に魅せられ、深追いした船乗りを海の底へ沈めてしまうギリシャ神話に登場するセイレーンさながらに、誘惑を断ち切る理性を失うや、体重増や体脂肪増に跳ね返って来るのが玉にキズ。綺麗な薔薇には棘がある。

【Photo】英国のバンドRoxy Musicが1975年に発表したアルバム「Siren サイレン」。バンドを率いるブライアン・フェリーの当時フィアンセだった米国人スーパーモデル、ジェリー・ホールが扮する魔性の歌姫セイレーン。移り気なジェリー・ホールは、後にミック・ジャガーに乗り換えた 

 1903年創業のパリに本店を構えるパストリー兼カフェ「ANGELINA」の支店「サロン・ド・テ・アンジェリーナ」がプランタン銀座に初出店したのが1984年。

montblanc_angelina2013.jpg サクっとした食感のメレンゲ、ふんわりとしたコクのある生クリーム、香り立つ濃密なマロンペーストが三位一体となった類い稀なモンブランの美味しさは、たちまちにして日本女性を虜にしました。それは辛党・甘党を使い分ける二刀流、庄イタも例外ではありません。

 パリ本店では、2008年にマロンペーストをリニューアル。日本でも5年前にパリ本店から輸入したマロンペーストに変更されています。

 数年前、仙台三越に出店し、庄イタが狂喜したのも束の間の儚い夢。仙台では知名度が不足していたのか、不幸にして一昨年の食品フロア改装時、悲しいかな撤退してしまいました。orz

 それからというもの、仙台では知る人ぞ知るこの絶品モンブランを購入する機会は、今回のように10月7日から11月3日まで仙台三越に出店した年1回程度の出張販売と、藤崎でクリスマスデコレーション(直径15cm 税込3,456円)を扱うシーズンに限られてしまいました(T_T)。

 アンジェリーナ、だから声を大にしてこう叫ぶのです。

 Venez à SENDAI s'il vous plaît !!!!!
 カムバック・センダイ・プリーズ !!!!!

 自分のもとを去った恋人カタリを追慕するナポリ歌曲が〝Core 'ngrato(邦題:「カタリ・カタリ(つれない心)」)。ここは「カタリ」を「アンジェリーナ」と読み替え、シチリアが生んだ往年の名テノール、ジュゼッペ・ディ・ステファノの切ない絶唱を庄イタの心の叫びとしてお聞きください。

 未練タラタラ。なぁーんてね。


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2015/06/28

Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈後編〉

GELATO Artigianale e Caffè IzzoGELATI BRIO

Il dolce e l'amaro スウィート & ビター〈前編〉
GELATO Artigianale @ GELATI BRIO より続き


1-1435249079793.jpg 東北北部も梅雨入り。蒸し暑さを感じる日が増えるこれからの季節。美味しいクールダウンの選択肢として、押えておきたいのが、仙台中央通りに3年前の春フランチャイズストアが進出したSegafredo Zanetti Espressoのイタリア版かき氷「Granitaグラニータ」。

 そして庄イタ的には絶対に外せないのが、古今東西、性別年齢を問わず人を笑顔にする稀有な食べ物「Gelatoジェラート」。アイスクリームは乳脂肪分8%以上。対してジェラートは味付けにもよりますが5%前後。「体型維持を心掛けていても、クリーミーな誘惑には弱くて...」と仰る方にとってもビタミン類やたんぱく質などの栄養価が高いジェラートはヘルシーな心強い味方です。

【Photo】エスプレッソ・グラニータ(¥430)は、エスプレッソ&ミルクにクラッシュアイスを加えたイタリア夏の定番フローズンドリンク。セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ仙台中央通り店では、エスプレッソにチョコレートを加えたメッツォメッツォ(¥430)、ブラッドオレンジ(¥440)ほか、期間限定のグラニータも

 18,000年前の旧石器時代、スペイン北部のアルタミラや15,000年前のフランス・ラスコーで洞窟に壁画として描かれた野牛は、あくまでも狩猟の対象でした。10,000年前のメソポタミアで初めて人は山羊の乳を飲んだと考えられています。牛を農耕用の家畜としたのが8,500年前のトルコから西アジア地域。

latte-nakahora.jpg 紀元前400年前後と推定されるブッダの臨終後、弟子が師の教えを古代インド語で記した大般涅槃経には、現代のヨーグルトやチーズと考えられる乳製品の存在を窺わせる以下の記述があります。

〝牛から乳を出し 乳より酪を出し 酪より生蘇を出し 生蘇より熟酥を出し 熟酥より醍醐を出す 醍醐は最上なり〟「醍醐味(だいごみ)」の語源となった牛乳を得ることで、人類の栄養状態は向上し、今日の繁栄を築く要因となりました。

【Photo】牛乳の醍醐味を知るならばコレ。中洞牧場牛乳(次回詳報)

 旧約聖書「出エジプト記」では、預言者モーゼは約束の地である理想郷カナンを〝乳と蜜が流れる地〟と表現しています。これは家畜の乳と蜂蜜が、エジプトで迫害を受けるユダヤの民をパレスチナへと駆り立てるだけの当時から非常に価値あるものであったということ。

AltamiraBison.jpg 【Photo】世界文化遺産スペイン・アルタミラ洞窟壁画(部分)。旧石器時代に野を駆けていた野牛を巧みな筆致で描いたのは、パブロ・ピカソの遥か遠い祖先

 紀元前4世紀にマケドニアを建国したアレクサンドロス大王(BC356-BC323)や、葡萄酒は嗜まなかったといわれるユリウス・カエサル(BC100‐44)も、氷雪に乳や蜂蜜や果物を加えて食することを好んだといいます。

 唐(618-907)の時代に、現在もモンゴルなど中央アジアで親しまれるKumis(馬乳酒)を凍らせた菓子の製法を東方見聞録の中で伝えたのがマルコ・ポーロ(1254‐1324)。このようにアイスクリームやジェラートの起源には諸説あります。

1-giolitti_roma_2003.jpg【Photo】カエサルが礎を築いた永遠の都ローマで屈指の人気を誇るジェラテリアが、1900年創業の「Giolitti ジオリッティ」。年中客足が途絶えることがなく、全体でこの3倍以上はあるショーケースには、選択に困るほど多種多様なジェラートがズラ~リ。2つの味が選べるPiccolo(S)で2.5エウロ。cassa(レジ)で先払いし、カウンターでレシートを提示し、coppa(カップ)かcono(コーン)を選択してフレーバーを選ぶシステム。生クリームのトッピングが無料なので、con panna(コン・パンナ)と告げる。〝Veni,vidi,vici(来た、見た、勝った)など、明瞭簡潔な表現を好んだ名文家カエサルが、この店を訪れたなら、こう言ったに違いない。「Veni,vidi, .........emi. ⇒来た、見た、(うーん......... さんざん迷った末に)買った」

 パドヴァ大学で教鞭を執っていたマルクアントニオ・ズィマーラ(1475-1535)が、火薬の原料となる硝石を加えて水を冷却する方法を発見したのが16世紀初め。

 サンタ・トリニタ聖堂のファサードやボーボリ庭園を設計したほか、フィレンツェを拠点に自然科学の分野で多才ぶりを発揮したベルナルド・ブォンタレンティ(1531-1608)は、美食家でもありました。ブォンタレンティは、セミフレッド(=半冷凍)に仕立てたズコットをメディチ家の求めに応じて創作したと伝わります。

getato_kisetsu.jpg 1533年、オルレアン公(後のアンリ2世)との婚礼に臨むカテリーナ・デ・メディチに随行した菓子職人ルッジェーリが、席上アーモンド風味のソルベ(=シャーベット)を披露。それまでは手づかみで料理を食べていた当時のフランス王族は、洗練されたその味に魅了され、上流階級の間で氷菓子が広まります。

 もともと政略結婚だったため、アンリ2世はカテリーナに対しては冷淡で、関係は氷のように冷え切っていました。世界に冠たる中華思想の持ち主であるフランス人から嫉妬されたルッジェーリは、奸計を巡らされ、やがてフィレンツェへと追いやられます。スウィート&ビターな人生の栄華は、シャーベットが溶けゆくように儚いもの。

【Photo】中洞牧場牛乳が次回番外編のテーマゆえ、比較のためにパティスリー・グラス・キセツでオーダーした「蔵王ミルク」&「生姜レモン」〈上写真〉、前編のGELATI BRIOでは辛口プロセッコと共に味わった「アルフォンソマンゴー」&ずんだ味の「枝豆」〈下写真〉。各ダブル(¥390)

gelato-kisetsu2.jpg さて、ジェラート発祥の国イタリアには、現在およそ35,000軒のジェラテリアが存在するのだといいます。OEMの既製品を仕入れたり、濃縮果汁や製菓用ペーストを使用するケースも存在しますが、味にうるさい地元っ子の支持が高いのは、旬の果物や新鮮な牛乳から毎朝手作りされるジェラートを提供するGelateria artigianaleジェラテリア・アルティジャナーレ

 そんなジェラートを提供するジェラテリアが、昨夏相次いで仙台に登場しました。

 仙台第二合同庁舎並びの本町定禅寺通り沿いに昨年7月オープンした「Pâtisseries Glaces Kisetsuパティスリー・グラス・キセツ」。

 パティスリーと看板にある通り、フランス発祥のエクレール(エクレア)に加え、ジェラート(こちらの店ではアイスクリームを指すフランス語「グラス」を標榜)も自家製で提供する、といったほうが正確かもしれません。

 日替わりで6種類が店頭に並ぶジェラートのうち、これまで庄イタが食したゲランドの塩、蔵王ミルク、生姜レモン、枝豆などは香味があっさりした印象。シングル360円・ダブル390円・トリプル420円という価格設定からして、こちらは複数の味を試すのが得策かと。

(エクレアに関しては、40年以上にわたって愛される「とびばいさ甘座」のモカエクレアをおいて他に経験則を持ち合わせておりません。よって今回は華麗にスルー。(^^)ゞ)

gelatibrio2.jpg そしてもう一軒。サンモール一番町から南町通りを越え、東北大学片平キャンパス方向に南下した一角に昨年8月登場したのが「GELATI BRIOジェラーティ・ブリオ」(上写真)です。

 こちらのジェラートは、KIDS(12歳以下限定)200円・シングル380円・ダブル450円・トリプル520円という価格帯。存在感のあるレバーマシンで淹れるナポリスタイルの本格エスプレッソ・ダブル「Caffè Doppio」(¥400)やアイスカフェラッテ「Caffè Lattefreddo)」(¥450)などの一部カッフェには、以下の通りジェラートとのセット料金が適用されます。(シングル600円・ダブル680円・トリプル740円。エスプレッソ・シングルの場合-100円)
 gelati-brio4.jpg【Photo】GELATI BRIO のショーケースは7連×2列。下写真のような果物を丸ごと練り込むジェラート・アッラ・フルッタやミルク系など、最大で14フレーバーの色とりどりなジェラートが味わえる。まったりとキメ細やかで目が詰まった滑らかな食感は、生地の絶妙な空気含有量に由来するもの

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    1-DSCF6038.jpg1-DSCF6037.jpg

 福島市で育ち、仙台で10年ほど暮らしたオーナーの磯部智広さん。日本初のイタリアンスタイル・バール・ジェラテリアとして玉川高島屋S・C内に1986年に開業した「アンティカ」で、ジェラタイオ(=ジェラート職人)やバリスタとしての腕を磨きました。

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【Photo】「マスカルポーネ」がおまけでトッピングされたValrhonaのクーベルチュールを使った「Choco」が、スペイン・バレンシア地方アルマンサ産の赤ワインの香りと混然一体となって溶けあう(左)  グリーンキウイとバナナのフレーバー「キバナ」。アルゼンチン・パタゴニア地方でイタリア系移民が世界最南端のブドウ栽培地域に1909年に設立した国内最古のワイナリーHumberto Canale。伝統的なブドウ品種トロンテスのアフターに苦味を伴う特徴的な蜂蜜のような芳香が漂う(右)

 ジェラートとの相性を想定し、知人のソムリエにセレクトを依頼して取り揃えているのが、肩肘を張らずに楽しめるグラスワイン各種(泡・赤・白¥500~)。グラスワインを傾けつつ味わうジェラート。これがまた目からウロコの新境地!!この夏、庄イタの新たなマイブームを呼びそうな予感が。ビールはMessina(¥600)とNastro Azzuro(¥700)の2種類を用意。イタリアには少なくないバール・ジェラテリアのスタイルを踏襲しています。

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【Photo】親しい間柄同士なら好みのフレーバーを分けあうのも楽しい。赤肉のレノンメロン「Melone」(+50円)とダークチェリー「Amarena」(左)、ド定番「ピスタチオ」(+100円)&実山椒「Pepe Giapponese」のダブルに、ワンスプーンお味見で酸っぱい杏「Albicocche」がおまけ(右)

 香りの良い稀少なシチリア産を店内でローストする「ピスタチオ」、トリノ伝統のヘーゼルナッツ風味チョコレート「ジャンドゥーヤ」、美食の街ボローニャ発のFABBRI で知られるダークチェリーをシロップに漬けこんだ「アマレナ」などは、ジェラートが国民食ともいえるイタリアの定番フレーバー。

gerati-brio1.jpg インドの最高級品種「アルフォンソマンゴー」や季節ごとのフルーツを練り込んだ各種ジェラーティ・アッラ・フルッタ、栗カボチャとルッコラ「ズッコラ」、新タマネギ「Cipolla」などのスペチャリテも加わります。

 仙台味噌とチョコレートが出合った「Choco&Miso」ほか、(今季は商品化に至らなかったものの)仙台せりのようなご当地フレーバーにも挑戦。鶴岡の生産者と繋がっただだちゃ豆がこの夏登場予定とのこと。これは期待できそうですね。

【Photo】屋外のテラス席ほか店内はカウンターのみ。ジェラートはカップが基本。庄内砂丘産のアンデスメロンを使用した「Melone」と「マスカルポーネ」のダブル(¥450)

 そして是非ともお試し頂きたいのが、たったひと匙で夢見心地へと誘ってくれる岩手「中洞(なかほら)牧場」のジャージー乳「ミルク」(+100円)。哺乳類のDNAを根源からくすぐってやまない良質なクリームの香りに魅了されます。

 仙台では藤崎の地下2F生鮮コーナーで、2013年のご当地牛乳グランプリで最高金賞を受賞した中洞牧場牛乳(720mℓ1,180円 500mℓ 810円 130mℓ 270円)を先月から取り扱い始めました。素材そのものを味わうのも結構ですが、類い稀なミルクの風味を凝縮させたジェラートをお召し上がりになれば、中洞ジャージー牛乳の格の違いを実感できるはず。

 1-gelati-brio-affogato.jpg 1-gelati-brio-affogato2.jpg 
【Photo】「アフォガート」(¥550)のカップリングは、誰が何と言っても中洞ミルク+Izzoのカッフェ(左)。セルフの後掛けゆえ、それぞれを少し味わってからお好みによりグラニュー糖を加えたエスプレッソをタラ~リするか、苦さの中に甘味を秘めたカッフェ・ナポレターノと組み合わせるかはお好みで

 そしてミルキーなジェラートに熱いエスプレッソを注ぐスウィート&ビターなイタリアンドルチェ「Affogato al caffèアッフォガート(・アル・カッフェ)」はいかがでしょう。GELATI BRIOでは、中洞ジャージーミルクと極めつけのカッフェとの共演による甘くほろ苦い大人の味との出逢いが待っています。イタリア語のaffogatoは溺れた状況を指す形容詞。底なし沼のごとき大人だけの悦楽に溺れてみるのも悪くないかと。

gelatibrio3.jpg【Photo】焙煎したコーヒー豆の雑味を封じ、旨味だけを引き出す最適な抽出圧が得られるよう設計された専用レバー式エスプレッソマシンを操作する磯部智広さん。或る時はジェラタイオ、また或る時はバリスタ。バールのバンコ(立ち飲み)感覚で頂くカッフェは、いずれも庄イタ納得の味(上・下写真)

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 コーヒー市場を席巻するスターバックスなどシアトル系の上陸すら許さないイタリア。エスプレッソの本場ナポリのバールを彷彿とさせる厚くキメ細かい褐色のクレマに覆われた「Izzoイッツォ」のエスプレッソをベースに少量のフォームドミルクを加えたマッキアート(¥350)、氷と砂糖を加えてシェークする夏の定番シェケラート(¥500)など、エスプレッソベースのドリンク類も秀逸な出来栄えです。
 
Shakerato-brio.jpg Izzo Caffè は1979年にポンペイ近郊で創業。同じくナポリ発祥の「Passalacquaパッサルアックア」(1948年創業)や「KIMBOキンボ」(1963年創業)と比べて歴史は浅いものの、創業者のヴィンチェンツォ・イッツォ氏はコーヒー好きが高じ、焙煎所を立ち上げるだけでは飽き足らず、自社のコーヒー豆に最適な抽出を可能にするレバー式エスプレッソマシンまで自作してしまったマニアックな人物。

【Photo】フルボディのエスプレッソ・ドッピオにたっぷり目のグラニュー糖。個人的な好みでミルクを少々追加。ロックアイスを加えてシェーク10秒。ひんやり冷たいフローズン・エスプレッソ「Caffè shakeratoカッフェ・シェケラート」の出来上がり

 昨年10月、ポンペイ遺跡の近くにあった本社工場が、放火とみられる火災で全焼する不幸な出来事がありました。現在はナポリとローマを結ぶ高速A1アウトストラーダ・デル・ソル沿いのローマから1時間ほどの町で事業を再開。カンパーニャ州からラツィオ州へと拠点を移しましたが、カッフェのスタイルはエスプレッソの聖地であるナポリの王道から、いささかもブレてはいません。

1-DSC_0724.jpg【Photo】エスプレッソとフォームドミルクの二層からなる「Caffè macchiatoカッフェ・マッキアート」。温めたミルクをエスプレッソに加えるカフェラッテより豆の持ち味が感じられる。イタリア人がするようにスプーン1.5杯程度グラニュー糖を加えると、より美味に

 時流に流されない普遍的なエスプレッソ&バール文化を確立している南イタリアのエスプレッソに顕著なのは、強靭なボディと長い余韻を残す深煎り豆の甘い香り。そこに欠かせないのがロブスタ種。世界のコーヒー生産の2/3を占めるアラビカ種は、多様な個性が際立つスペシャルティコーヒーのように、ウイスキーに例えればシングルモルトのような存在。


caffe-brio.jpg かたや主演を演じる華やかさはなくても、エスプレッソ・ナポレターノの名脇役がロブスタ種。アラビカ種をベースに、深いコクと香りを閉じ込める豊かな泡立ちを生み出すロブスタ種を加えた9種類の豆が、心地よい和音を響かせるブレンデッドウイスキーのように調和するIzzoのカッフェ。

 たとえミルクが加わっても、いささかも魅力が色褪せないのは、分厚い褐色の微細なクレマに覆われたエスプレッソがあってこそ。レバー式マシンが創造する深遠なるカッフェ・ナポレターノの真髄をご体験あれ。

【Photo】このクオリティと味わいにして、その価格はイタリア本国とさして変わらぬ1杯200円。Bravissimo!!

 売り切れ必至のミルクジェラート@GELATI BRIO。並み外れた美味しさは、早朝から仕込みを始める磯部さんの誠実な仕事あってこそは言わずもがな。いまだ解き明かされぬもう一つの鍵、素材となるジャージー牛乳が、いかなるものかを探るため、延長戦突入の次回は、岩手県岩泉町の中洞牧場を訪れます。 

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logo_brio.jpgGELATI BRIO ジェラーティ・ブリオ

・住:仙台市青葉区一番町1-6-23 shuon 358 ビル1F
・Phone:022-302-5669
・営:(火~木) 11:00~20:00  (金) 11:00~21:00
   (土) 10:00~21:00  (日) 10:00~20:00  月曜定休
    禁煙 バンコ・カウンター6席 テラス4卓12席   Pなし
・URL:https://www.facebook.com/GELATI.BRIO

ジェラーティ ブリオジェラート / あおば通駅広瀬通駅仙台駅

●夜総合点★★★★ 4.5 ●昼総合点★★★★ 4.0

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2015/06/14

Il dolce e l'amaro スウィート & ビター 〈前編〉

GELATO ArtigianaleGELATI BRIO

 政情不安による内戦の勃発、独裁体制下での人権抑圧、Islamic State(イスラミック・ステート:通称IS)やBoko Haramボコ・ハラムなどのイスラム過激派組織の台頭。

 こうした脅威に直面するシリアなど中東地域やアフリカ大陸から、欧州へと逃れてくる難民への対応が現在進行形の深刻な社会問題と化している昨今。

 その最前線のひとつが、チュニジアから東へ113kmの地中海に浮かぶイタリア領最南端に位置するペラージェ諸島では最大のIsola di Lampedusaランペドゥサ島と、さらに北方へ180kmあまり離れたシチリアです。昨年だけで17万人にも上るボート難民がイタリア領内に逃れてきているのです。

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 シチリア・アグリジェンドから通年運航されるフェリーで8時間、Alitalia アリタリアが1日3便を運行するパレルモ空港から1時間、スペインの大手LCC(格安航空会社) Vueling ブエリングが1日1便ローマ・フィウミチーノ空港と1時間20分で結ぶランペドゥサ島。

 遥かイタリア本土からは遠いため、10年ほど前までは手つかずの自然が残り、ダイビング愛好者に知られる以外、海で生計を立てる素朴な島でした。


Viaggi Lampedusa.jpg

 旅行情報サイト「トリップアドバイザー」®が、口コミをもとに選定する「トラベラーズチョイス(TM) 世界のベストビーチ」で第3位となったLa spiaggia dei Conigliラビット・ビーチ)が、近年にわかに脚光を浴びています。日本でも海の透明度の高さゆえに停泊する小舟が、空中に浮遊するようにしか見えないと話題となりました。

 イタリア最南端に位置する美しいこの小島が直面しているのが、冒頭で述べた政情不安に揺れるアフリカから逃れてくる不法移民問題です。今年に入ってからだけでもランペドゥサ島近海でボートが転覆するなどして女性や子どもを含む1,800名以上の犠牲が出る一方、急造された受け入れ施設は満杯状態が続いています。

barchetta-mediteran-NHK.jpg【Photo】定員を遥かに超える難民を乗せ、アフリカからイタリアを目指して地中海を北上する難民船(NHK総合テレビ「クローズアップ現代」画面より)

 政治難民の処遇は、まず受け入れた国が責を負うのが、従来のEU内におけるルール。人道的見地から難民救護にあたるイタリアですが、難民の急増を受け、EU加盟国全体で負担を分担すべきとイタリアやドイツは主張。イギリス・フランス・スペインなどは従来の立場を変えていません。第二次大戦における戦勝国の論理がまかり通る戦後レジームの転換は、ここでこそ迫られているように思えてなりません。

 珍しく硬派な話題で切り出した今回。

 専門的な経済書としては異例の世界的ベストセラーとなったフランスの経済学者トマ・ピケティ氏の著作〝LE CAPITAL AU XXIe SIECLE〟(邦題「21世紀の資本」みすず書房刊)にも話は及びます。

21st-capitalism.jpg r > g

〝資本収益率(r)は、経済成長率(g)を凌駕する〟

 日本と西欧20カ国に関する過去200年分の所得税や相続税の膨大なデータをもとに導き出されたのが、上記の不等式で示される命題。

 著者が言わんとする核心を噛み砕いて言えば、「資本主義体制下では、地道な労働の積み重ねによる所得増は、不動産や株取引で得られる収入を超えることはなく、格差は拡大する一方である」ということ。


 そこで思い起こしたのが、石川啄木の第一歌集「一握の砂」に収められた一首。

  はたらけど
  はたらけど 猶(なほ)わが生活(くらし) 楽にならざり
  ぢっと手を見る

 妻子を養うため、朝日新聞東京本社の前身である東京朝日新聞で校正係として働き始めた啄木。なれど給金を花街通いにつぎ込み、宮崎郁雨や金田一京助、北原白秋などから返済のあてのない借金を重ね、26歳で夭逝した啄木に関しては、どうもピケティ理論はしっくりこないと思う次第で...。

1-Thomas PikettyTED.jpg

【Movie】2014年6月ベルリンで行われたトマ・ピケティ氏による「21世紀の資本論についての新たな考察」と題する16分ほどの講演(日本語字幕入りTED動画にリンク)

 700頁に及ぶ労作の中で、ピケティ氏は富の世界的再分配を目的とする富裕層への累進課税システムの構築を提唱しています。尖鋭化する暴力が連鎖し、憎悪が憎悪を生むスパイラルに陥っている冷戦終了後の世界。

 人類の歴史で繰り返されてきた争いは、おもに国家間の利権絡み、あるいは志向する政体、宗教、民族の相違に起因したものでした。21世紀の世界が直面しているのは、富の独占と貧困がもたらす根深い矛盾です。新たな対立軸が浮き彫りとなった現状に照らし、格差解消の処方箋としてこの本は読み解かれるべきと考えます。

 定員の10倍もの人々を舟に押し込む悪質なブローカーが介在する難民の流入に対し、財政状況が厳しいイタリア政府は非常事態を宣言。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や欧州委員会は、イタリアへの対症療法的な財政援助以外、事態打開に向けた根本的な解決への道筋を示せずにいます。

【Movie】大西洋上を東進する低気圧に向かって吹く南風シロッコは、アフリカの熱気だけでなくサハラ砂漠の砂塵と、時にどんよりした雨雲をも運んでくる。粒子の細かい砂塵に雨が加わると、屋外に干したままの洗濯物や路上駐車の車はシミだらけの悲惨な状況に。シロッコの影響はイタリア領最南端のランペドゥサ島、マルタ島、ラグーザやアグリジェントなどのシチリア南岸だけに留まらない。アドリア海最深部にあるヴェネツィアの満潮と重なると、サンマルコ広場など街中至る箇所が冠水するアックア・アルタ(acqua alta=高潮)に見舞われる

affogato-brio.jpg こうしている間にも、移民に比較的寛容なドイツや北欧が入国を受け入れてくれる淡い希望を胸に、イタリアを目指す難民たちは、命の危険を冒してまでも海を渡ろうとしています。

 地中海を渡ってくるのは難民だけではありません。初夏を迎える頃、サハラ砂漠の赤く粒子の細かい砂塵を伴ってイタリア半島に吹き付ける湿気を帯びた熱風が「Sciroccoシロッコ」です。南イタリアでは5月初旬でもシロッコが吹く日には軽く30℃を超えることが珍しくありません。普段は乾燥した地中海性気候のもとで暮らすゆえ、この風が吹くと頭痛や倦怠感など体の不調を訴えるイタリア人も。

【Photo】中洞牧場ミルクジェラートIZZOエスプレッソ・ナポレターノ。それぞれ単品でも一級品のゴージャスな組み合わせによる甘くほろ苦いアッフォガートは大人の味。昼下がりのGELATI BRIO にて(右上写真)

brio-prosecco-mango.jpg サマータイムに切り替わり、日が長くなると、Barバール〈2007.9拙稿「Barバール」参照〉のメニューに登場する氷菓子Granitaグラニータと、イタリア全土でおよそ35,000店といわれるジェラート専門店Gelateriaジェラテリーアは、イタリアの夏には欠かせない存在〈2009.7拙稿「トロける夏の誘惑 イタリア編」参照〉

 蒸し暑さにおいてはイタリア以上の日本列島では、現在まさに梅雨前線が北上中。鬱陶しい雨の季節を通り越し、前世イタリア人の想いは太陽の季節へ。中洞ミルクジェラートIZZOエスプレッソ・ナポレターノ、そして季節の果物をまるごと使用したジェラート・アッラ・フルッタヴィーノ・ビアンコが、庄イタ的にこの夏ブーム到来の予感がしています。

【Photo】インドの最高級品種アルフォンソマンゴーのゴージャスな香味が溶け込んだジェラート(左)。細やかな泡が立ち上る辛口のプロセッコで味覚を刷新するごと、濃厚な至福のひとときを反復体験できる。ヴェネツィアの立ち飲み居酒屋「Bacaroバーカロ」風に「ombraオンブラ」を一杯。この夏のアフターファイブは、こんなクールダウンからスタートしてみては。薄暮のGELATI BRIO にて(上写真)

 ピケティ理論を図式化した「r > g」の向こうを張って、「中洞牧場ミルクジェラート+IZZOエスプレッソ・ナポレターノ=向かうところ敵なしのアッフォガート」という命題を提示したところで前編は一区切り。

 その実証の場、ジェラテリーア・バール「GELATI BRIOジェラーティ・ブリオ」を後編でご紹介します。

Il dolce e l'amaro スウィート & ビター〈後編〉へ続く
to be continued.


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2015/04/05

餅モチ ~ハレの食~

 米どころ宮城で育まれた餅文化を紹介する特別展「餅モチハレの食~」が、仙台市宮城野区五輪の榴岡(つつじがおか)公園にある「仙台市歴史民俗資料館」で開催されています(4月12日まで)。

 今回の企画展の特徴は、日本民俗学の祖である柳田國男が唱えるところの「ハレ」(=非日常)と「ケ」(=日常)の分類で、ハレの食べ物という視点で餅をとらえている点。

Mochi_mochi.jpg 会場の仙台市歴史民俗資料館は、1874年(明治7)9月に竣工した宮城県内に現存する最古の疑洋風木造建築物です。

 普仏戦争(1870~71)でプロイセン王国にナポレオン3世が惨敗を喫するまでは明治新政府が軍制の規範としたフランス兵法に倣った兵舎の遺構となります。同時期に竣工し、現在は名古屋の明治村に保存されている歩兵第6連隊兵舎(1783竣工)とほぼ外観が共通なのはそのため。

 瓦葺寄棟造りで、白漆喰仕上げの外壁には、四隅にコーナーストーンを配し、重厚さが増している点が第6連隊の兵舎とは異なります。前述の通り、造営当初の用途は、歩兵第4連隊所属の200名以上が訓練に明け暮れる兵舎でした。戦前の街並みが空襲により焼失した仙台にあっては、希少な歴史の生き証人でもあります。

hohei-4rentai.jpg【Photo】1895年(明治28)当時の旧日本陸軍歩兵第4連隊全景。現在は榴岡公園として市民憩いの場となっている11ヘクタールの敷地を囲むように建物が建っていた

 戦後は1956年(昭和31)まで米軍が駐留したのち、1975年(昭和50)まで東北管区警察学校として使用。市制88周年記念事業の一環で1977年(昭和52)に榴岡公園が整備された際、移築・補修され、2年後から資料館として公開されています。

 四季を彩る年中行事や祭礼、人生の節目といった特別な日を意味する〝ハレの日〟。御所に備えられていた三種の神器のひとつ、銅鏡をかたどった年神様にお供えする鏡餅に象徴されるように、日本人にとって餅は古来より特別な食べ物でした。

sendai-rekimin-muzeo.jpg【Photo】元禄年間に伊達家4代綱村公がツツジと京都から取り寄せた桜の苗1,000本を植えたことに端を発し、今では仙台屈指の桜の名所として知られる榴岡公園。その一角に建つ仙台市歴史民俗資料館。表裏同じ作りの建物の全体像が見やすい裏手側より撮影

 今日においても世界最大の小麦輸出国であり、生乳生産国はアメリカです。日本を統治した米国の意向により、戦後間もなく再開された学校給食では、米国産原料で製造されたパンとバターの副産物である脱脂粉乳(スキムミルク)が全国で導入されました。〈データ出典:米国農務省Foreign Agricultural Service/USDA 2015.4

 敗戦後しばらくは食糧難にあえいだ日本から見れば〝豊かさの象徴〟と映ったのが米国。生活習慣病や肥満の増加を招いた一因とされるファストフードやコーラ飲料に代表される食文化に限らず、アメリカ文化を日本人は積極的に取り入れました。挙句は慶大医学部教授による〝コメを食べると頭が悪くなる〟という「米食低脳論」なる極論まで登場し、それが広く庶民に受け入れられます。

 米国の資金を後ろ盾に、国は日本各地に米国の農産品を普及させる栄養指導車(通称:キッチンカー)を派遣。タンパク不足を訴える「栄養改善普及運動」によって、日本人の食の嗜好を変化させる素地が巧妙に形づくられました。

tamagami-kesenuma.jpg【Photo】前回ご紹介した気仙沼の元・網元宅の神棚。鏡開きを終えた2月末の撮影ゆえ鏡餅は見られない。海老と宝珠が描かれた「玉紙」が、鯛、扇などのおめでたい絵柄と開運福禄寿の文字を切り抜いた南三陸町周辺で見られる「切紙(きりこ)」〈拙稿:南三陸の新春を飾る「きりこ」(2011.1)参照〉と共に神棚に供えられている

osonae-tamagami.jpg 食生活に限らず、暮らしぶりの変化に伴い、日本古来の暮らしの中で受け継がれてきた年中行事もまた、核家族化が進む都市部を中心に簡略化の傾向が強いと思います。多世代が一つ屋根の下で暮らす旧家は別として、神棚がある家庭は、果たしてどのくらいあるでしょう。
 
 新年を迎えた年神様にお供えするのが鏡餅。庄イタの幼少期は亀ヶ岡八幡宮から授かった縁起物の宝珠と海老や昆布が描かれた「玉紙」とともに神棚や仏壇に鏡餅を大晦日の午後にお供えしました。これは宮城周辺だけの習慣のようですね(右写真)。

 仙台の年越しには欠かせない子持ちナメタガレイの煮付けを夕飯で頂き、除夜の鐘に交じって聞こえてくる亀ヶ岡八幡宮の宮司が打つ太鼓の音とともに新年を迎えていました。

omisoka-nameta.jpg【Photo】特別展「餅モチ~ハレの食~」の展示「年中行事とモチ」より。仙台の一般家庭の大晦日の食事を再現した子孫繁栄を願う子持ちのナメタガレイ、柿なます、漬け物、白米、お吸い物

 時効成立済みなので白状しますが、玉紙と鏡餅をお供えしてから、祖父の定番だった「極上黒松剣菱」をお神酒のお裾分けと称して舐めていたことが懐かしく思い起こされます(⇒8歳にして剣菱で酒の味を覚えた「こち亀」の両さんと相通じる幼少体験かと)

 自ら居を構えた現在、そこには神棚はなく、もっぱら餅は楽しみに頂くものとなりました。至高の食味を備え、もはや替えが利かないという意味では、禁断の実に等しい「本女鶴」〈拙稿:「酒田女鶴と本女鶴」(2012.10)参照〉を知ってしまったことが、その傾向に拍車をかけているように思います。

shogatsu-sendai-zouni.jpg【Photo】特別展「餅モチ~ハレの食~」の展示「年中行事とモチ」より。昭和30年代の仙台の商家の元旦膳を再現。きな粉餅、イクラのなます、大根・人参・伊達巻・凍豆腐・なると・セリなどの具と焼きハゼや芋がらで出汁をとったすまし汁の仙台雑煮、当主と神前に供える雑煮には、飾りで焼きハゼを載せることも

 今回の特別展「餅モチ~ハレの食~」では、紀元前3世紀には稲作が行われていた仙台平野で出土したクヌギの木で作った古代の竪杵(たてきね)や、脱穀や精米にも用いられた臼の残片など、糯米を餅にする道具の展示で始まります。

ceppi-zunda.jpg【Photo】仙台西部の上愛子(かみあやし)地区のある農家における1865(元治2)~68(慶応4)にかけての行事食の記録。旧暦7月7日には「七夕祝」として「さとう糯」と「ぢん(た)糯」を食し、同15日に「さとう小豆入糯」と「ぢんたもち」を食したと記されている(矢印部分)

 仙台の旧家における伝統的な正月膳が再現されているほか、多彩な餅の食べ方を食品サンプルで紹介する展示も。枝豆をすりつぶし少量の砂糖を加えて味を整え、餅にからめて食する宮城の郷土食「ずんだ餅」が、豆(zu)を打(da)つことから転じた呼称であり、その起源がいつ頃なのか?といった展示も目を引きます。

aramaha-zouni_hatsukine.jpg【Photo】2月19日に東北ろっけんパークで開催された「オモイデゴハン食堂」で、限定100食のみ振る舞われた希少な糯米「ハツキネモチ」の餅が入った荒浜地域の仙台雑煮

 いそべ餅、あんこ餅、きなこ餅、胡麻餅など、現在でもポピュラーな食べ方のほか、くるみ餅、生姜餅、納豆餅、大根おろしに醤油をたらしたおろし餅、縄文時代には食用にされていたとされる栃の実をアク抜きしてから糯米と混ぜて作る栃餅、鰹節でとった出汁に餅を入れて味わう汁餅、ヨモギやヤマゴボウの葉を摘んで糯米と和えた草餅(ヨモギ餅)、前述のずんだ餅などなど・・・。

 宮城で主力となる糯米は「ミヤコガネモチ」ですが、仙台市の沿岸部で東日本大震災の津波被害が最も深刻だった地域のひとつ若林区荒浜で農業を営んできた佐藤善男さんは、昭和30年代に紹介された「ハツキネモチ」という品種を、だた一人作り続けてきました。その理由は「餅にすると抜群においしいから」。

 種籾は津波で全て流されてしまいましたが、福井県農業試験場に少量だけ冷凍保管されていた種籾100gを入手。除塩を終えた圃場で栽培を再開したのが2013年。まとまった量が確保できたのは、昨年秋の収穫から。

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【Photo】東北ろっけんパークで開催された「オモイデゴハン食堂」(右上)。希少な糯米ハツキネモチを震災後に復活させた若林区荒浜で農業を営む佐藤善男さん(左上)。御年79歳にして堂々たるハツキネモチの餅つきを披露して下さった佐藤さん(下左右)。

 旧正月の2月19日、仙台市青葉区中央にある東北の観光や産業の復興をバックアップする「東北ろっけんパーク」には佐藤さんが駆け付け、作り手ご本人が杵で搗(つ)いたばかりのハツキネモチが入った荒浜風仙台雑煮が振る舞われました。

isshou-mochi.jpg【Photo】紅白の餅を満1歳の誕生日を迎えた子に背負わせる「一升餅」
 
 「人生儀礼とモチ」で紹介されるのは、紅白合わせて一升分の糯米を使った紅白の餅を満1歳を迎えた赤ちゃんに背負わせ、「一生食べることに不自由することがないように」と願いを込める「一升餅」や家の上棟式で餅や小銭を撒く「振る舞い餅」など。

 最近では珍しくなった上棟式の振る舞い餅ですが、家と同様、決して焼いてはならないため、うるち米の上新粉に砂糖を加えた「すあま」を用いることもあるそうです。

 〝餅は餅屋〟と申します。餅にまつわる興味深い展示を見た上は、無性に餅が食べたくなるのが人情というもの(笑)。そこで帰り足で青葉区北目町の「村上屋餅店(下左写真)に寄りました。村上家は仙台藩に菓子を納めた御用菓子司で、明治維新後の1877年(明治10)に創業した老舗です。

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 大正時代に先代が初めて商品として売り出し、今や押しも押されぬ仙台名物となった「づんだ餅」」(上右写真/ 3個入税込561円)は、一粒づつ枝豆の薄皮を除く手間を惜しまない製法ゆえのクリーミーな食感と風味が魅力。桜餅、すあま、健康大福など、いずれも朝から仕込みを行うご当主の丁寧な仕事ぶりが光ります。

 現在の業態としては4代目のご主人、村上康雄さんが気が向かないと作らないという、和洋折衷な「いちごショコラ大福」(下写真)が、幸運にも「いちごミルク大福」(各292円)とともに残っていました。

ichigo-chocola-daifuku.jpg その日がバレンタインデーで、少し多めに作ったのかもしれません。モチモチした求肥に包まれたふんわりとしたチョコレートクリームに1個丸ごと入った甘酸っぱい仙台イチゴ。それらの風味が混然一体となって絡む鉄板の組合せを味わえるのは、5月末まで。

 資料館を2月なかばに訪問しておきながら、多忙を極めた3月を挟んだため、ご紹介がすっかり遅れてしまいました(滝汗)。なれど、榴岡公園の桜が見頃を迎えるタイミングと重なったのは怪我の功名。残り6日を残すのみとなった「餅モチ ~ハレの食~」。〝花より団子〟は風流を解さない無粋を指しますが、この春の狙い目は、花と団子の一石二鳥。

 未訪の方は、榴岡の桜を愛でながら、ラストチャンスのこの機会にぜひ!!

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仙台市歴史民俗資料館 特別展「餅モチ~ハレの食~」 
●会期:2015年4月12日(日)まで 
●入館料:一般・大学生200円 高校生150円 小中学生100円 
 ・住:仙台市宮城野区五輪1-3-7(榴岡公園内)
 ・開館:9:00~16:45(入館は16:15まで)  ・休館日:毎週月曜日
 ・Phone:022-295-3956
 ・URL: http://www.city.sendai.jp/kyouiku/rekimin/
(※注:村上屋餅店やエンドー餅店(青葉区宮町)などの老舗では、「ずんだ餅」ではなく、旧仮名遣いの「づんだ餅」を使用。なお、特別展では餅の試食や販売は行いません)


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2015/03/26

気仙沼の味「あざら」

奇跡の巡り合わせにお互いビックリ。

もはや妖術使い。
これは呼び寄せられてしまいました (^0^; 。

 2月26日(木)、岩手県陸前高田市で、復興庁平成26年度「新しい東北」先導モデル事業「いのちと地域を守る新しい津波防災アクション『カケアガレ!日本』企画委員会」主催による津波避難訓練が行われました。

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 東北大学災害科学国際研究所、岩手日報社・河北新報社、電通グループが主体となった今回の訓練が実施されたのは、同市米崎地区に昨年夏にOPENした「イオンスーパーセンター陸前高田店」。

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【Photo】いのちと地域を守る実践的な津波避難訓練モデル構築を目指す「カケアガレ!日本」。同企画委員会が実施を呼びかけ、2月26日にイオンスーパーセンター陸前高田店で実施した訓練の模様

 Viaggio al Mondoでは、矮化(わいか)栽培による特徴的な樹形をした「米崎リンゴ」の産地として、拙稿「無機と有機のカタチ」〈2014.3〉で陸前高田市米崎地区を取り上げています。

 陸前高田の震災発生前の人口は2.4万人。そして震災関連死を含む犠牲者・行方不明者数は2,228名。市民のおよそ10人に1人が津波の犠牲となっています。

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【Photo】防災・減災ワークショップ「むすび塾」と「カケアガレ!日本」の連携例。2014年10月に宮崎日日新聞社との共催により、宮崎市木花保育園で実施した園児の避難訓練の模様

 津波被害が最も深刻だった宮城県内を皮切りに、昨年は福島県いわき市、今年は陸前高田で津波発生を想定した避難訓練を実施。岩手にもエリアを拡大しました。さらに被災地・東北発の防災・減災モデル構築のため、編集局の巡回ワークショップ「むすび塾」との連携で、釧路、宮崎、京都でも、東北大学災害科学国際研究所が監修する実践的防災学の見地に立った訓練を行っています。

kesenuma-merccato2014.7.jpg【Photo】屋上に避難した市民が、かろうじて難を逃れた気仙沼魚市場。壁面には、車と比較しても尋常ならざる高さであったことが一目瞭然な東日本大震災での津波高を示す青い表示が取り付けられた。その下に立つと、津波の恐ろしさを実感する(上写真) 味噌味・醤油味ともに2014年モンドセレクション金賞に輝いた無添加・手作りの網元逸品「ケイさんまつくだ煮(右下写真)

sanma-tsukuda-ni-kei.jpg  震災発生から4年の時が経過し、三陸沿岸では水産業を中心に沿岸部の浸水域で事業を再開する事業所が増えています。休業中に失った販路復活が思うに任せないのが、被災地の厳しい現状。たとえ居住地は高台に移転しても、豊かな海の恵みで生計を立てる上では、加工場は沿岸部で再建せねばなりません。

 そのため当初は、陸前高田に加工場を有する事業所に津波からの避難を想定した訓練実施を持ちかけました。しかし、避難訓練を独自に実施した直後であったり、秋鮭漁や養殖漁業の繁忙期と重なるため、折り合いが付かないまま時が経過しました。そこで不特定多数の人が利用する商業施設に切り替えて今回の実現に至った次第です。

 仙台から車で3時間近くを要して北上山地を越える経路が平坦ではないように、訓練実施に至るまでの道のりも、また平坦ではありませんでした。そのため事前調整のために陸前高田には幾度も足を運びました。

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【Photo】隣りにある「福よし」でも、村上健一名人が炭火で串焼きするプリップリの唐桑産を味わえる冬の三陸を代表する味覚マガキ。ケイの佃煮名人・菅原義子さんが、気仙沼大島産を用い、高級珍味として昨年から発売した「かき つくだ煮」

 一関市街地から旧大東町を経るR343は、途中で山深い笹ノ田峠を通過するため、できれば冬場は避けたいところ。そのため現在は南三陸町の手間まで開通している三陸自動車道経由か、ひと頃は護岸工事の、最近では嵩上げ工事の大型車両が行き交うR284(気仙沼街道)を経由することになります。

kei-maitake.jpg【Photo】つくだ煮名人の菅原義子さんは新境地開拓に意欲を燃やす。ド定番のサンマ以外で特にお薦めは、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災と続いた大地震で被災した宮城県栗原町で菌床栽培された舞茸を、地元の無添加醤油で甘辛く煮付けた「舞茸つくだ煮」。旨いぞ~(^¬^)

 後者ふたつのルートは気仙沼を経由するため、この一年、気仙沼には仕事で何度か足を運んでいました。真似のできない美味しさのさんまつくだ煮に惚れ込み、自宅の在庫が無くなるごとに顔を出していたのが、魚町に仮事務所兼加工場を復旧させた製造元、(有)ケイです。〈拙稿:2011年6月「海の男は不屈だった」/ 同11月「復活宣言」〉

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【Photo】元・網元の菅原啓・義子ご夫妻が現在も暮らす気仙沼湾に面した3階建てRC構造の旧社屋兼住居の裏手にあるケイの仮事務所兼加工所

 「味噌味」「しょうゆ味」「同ごぼう入」の3種類が揃う看板商品さんまつくだ煮だけでなく、料理上手の代表・菅原義子さんの手にかかった舞茸の佃煮は、さんまつくだ煮に相通じる滋味に溢れたカラダが喜ぶ味わい。

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【Photo】味付けは信頼する地元の老舗の仙台味噌と醤油。保存料・化学調味料を用いず、安心して食べられる「手作り」を貫く。全壊した旧加工場の裏手に必要最低限の設備を揃えて復旧したケイの加工場では、地元のお母さんたちがパック詰め作業を行っていた

 昨年12月、魚町の事務所兼加工所にお伺いした時、気兼ねのないお付き合いをさせて頂いている奥様に、つい口を滑らせてこう言ってしまいました。「機会があれば料理名人の義子さんお手製の『あざら』を食べてみたい」と。

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【Photo】自然の造形美を生かした柾目の天然秋田杉が、水分を適度に吸収し、ご飯のおいしさが3割増となる庄イタ愛用の伝統工芸品「大館曲げわっぱ」2段重お弁当箱。おかず箱のさんまつくだ煮と共に、ケイの舞茸つくだ煮は、ご飯のトッピングとして頻繁に登場する(上写真)

 あざらとは、発酵が進んで少し酸味が加わった白菜漬と、冬場に旬を迎えるメヌケ(目抜)やキチジ(吉次)などの脂が乗った白身魚を味噌と酒粕で煮込んだ旧正月の頃に食される気仙沼の郷土料理です。

 気仙沼大島が外洋に面して横たわる波静かな天然の良港である気仙沼は、全就業者に占める水産業の割合が突出して多い土地柄。地名の語源がアイヌ語のケセ(=果ての)モイ(=入江)であるとする説があるように、アイヌの人々が、はるばる漁の拠点として訪れていたのでしょう。

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【Photo】階上(はしかみ)と松川の2店舗で営業を再開した気仙沼資本のスーパー「クリエみうら」で購入した「あざら」は、夕方には売り切れ必至の人気商品。超レアな気仙沼の地酒「鼎心(かなえ)」の肴に最高!!

 この地を治めていた葛西氏を攻略した伊達政宗は、旧唐丹村(とうにむら)までの現在の釜石市の一部と大船渡、陸前高田までを所領としました。旧伊達藩領でありながら、明治維新後に気仙沼が宮城県に編入されたのは1876年(明治9)。

 明治になっても、登米(とめ)県、桃生(ものう)県、石巻県、一関県、水沢県、磐井県と所属が6度にわたって変遷した挙句、現状の鞘に収まっています。

 地勢的にも宮城の最北東部の岩手県境に突き出した格好の気仙沼。北隣りの陸前高田や大船渡・住田町までを指す気仙地方という括(くく)りの方が、地元の方たちの意識の上では、しっくりくるのかもしれません。

 かかる事情から、気仙沼は伝統的にモンロー主義の土地柄。仙台であざらを知る人は、気仙沼出身の人を除けば、まず存在しないはず。かといって忘れられた存在かと言えば、そんなことは断じてありません。
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【Photo】自家製の白菜漬とメカジキのカマを味噌とたっぷりの酒粕で味付けした義母のお手製あざら

 今年の元旦、日帰りで気仙沼市本吉町にある家人の実家に里帰りした折、あざらが食卓に上がりました(右写真)。ピエモンテ州出身で仙台生まれ??(*'ω'*)の庄イタにとって、義母が手作りしたあざらを食するのはこの時が初めて。

 気仙沼街道沿いでは、気仙沼との県境を接する旧室根村(現一関市)の隣町、旧千厩町(せんまやちょう)出身の義母にとって、あざらは馴染みのある料理ではなかったようです。

 本吉に嫁いでから何度かあざらを食べたことがある程度という義母が、白菜の古漬とともに使ったのは、脂が乗った白身魚を用いるあざらのセオリーを踏まえたメカジキのカマ。昨年のメカジキ水揚げ高が2,373トンで日本一の気仙沼でなければ入手困難な希少部位です。嬉しいことに伏見男山の酒粕が相当に利いており、左党にはたまらない味付けでした。

 2013年(平成25)からは、複合商業施設「気仙沼さかなの駅」主催による「あざらグランプリ」が開催されています。これは、地元のお母さんたちが自慢のあざらを持ち寄り、実食した一般客の投票によりグランプリを選出するというもの。3年目の今年も事前エントリー制で13名が参加。グランプリの栄冠は、吟味した地元の素材を丹念に煮込んだ同市松崎猫渕の主婦白幡とし子さんが獲得しました。

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【Photo】まさに〝瓢箪から駒〟な成り行きにで某所でご馳走になった「ケイ」菅原義子さんお手製のムール貝・ホタテ・カキ・ウニなどの具だくさん海鮮おこわ、吉次あざら、カニ缶・ビンチョウマグロ缶あざら。そのココロは「念ずれば通ず」?? 神がかり的な顛末は文末で

 被災した市内階上(はしかみ)店を現地再開し、被害が大きかった松岩店は内陸部の松川地区に移転し、新たなスタートを切った地元資本のスーパー「クリエみうら」では、11月から5月の大型連休の頃まで、あざらを惣菜コーナーで扱っています。大鍋で仕込む100パックほどが連日売り切れてしまうほど、震災前から固定ファンが存在するのだといいます。

 それは同本郷のJA産直「菜果好(なかよし)」でも同様。こうした店舗の惣菜コーナーであざらを置くのは、白菜が収穫され、古漬が出回る冬場を挟んだ季節に限られます。

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【Photo】市や県などが出資する第三セクター「気仙沼産業センター」が運営する海鮮市場「海の市」(中央)は昨年7月に営業を再開。周辺の浸水域では嵩上げ工事が行われ、日々風景が変わっている(上写真) ある時は佃煮名人、またある時は水彩画家の顔を持つ菅原義子さん。一昨年、ご好意でお送り頂いたつくだ煮に添えられていたご挨拶状には、解体される前の第18共徳丸が描かれていた(下)

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 そろそろ今回の副題タイトルのタネ明かしをするとしましょう。翌朝9時に避難訓練がイオンスーパーセンター陸前高田店で実施される2月25日は、事前の打ち合わせと設営もあり、昼すぎに気仙沼入りしました。

 この日仙台から同僚が運転する車に庄イタと同乗した「カケアガレ!日本」企画委員会のメンバーで仙台勤務2年目のH氏が、被災後の気仙沼を訪れるのは2回目。昨年夏の施設再開の際、H氏の知人がリニューアルに関わったというシャークミュージアムが2Fに入居する「海の市」や魚市場、旧JR気仙沼線の嵩上げが進む南気仙沼駅周辺などを案内しました。

 新たな海の市は、1Fが物販スペースと飲食店。2Fは震災遺構として保存が検討されている気仙沼向洋高校や、嵩上げのため現在は撤去された大型漁船「第18共徳丸」〈拙稿:「第二十八共徳丸に思う」2014.7参照〉が鹿折に打ち上げられていた当時の姿が、3Dの記録映像で上映されています。

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【Photo】急遽立ち寄ったケイの仮事務所にあったのは、送り状の宛先に庄イタ宅の住所が記載され、発送される寸前の保冷BOX。(左写真) 「こんなこともあるのね~」と言いつつ作業場から出ていらした義子さん。発送する箱の中身だという、あざら2種類と炊き込みご飯をご馳走に(右写真)

 集合時刻の30分前に気仙沼市街を出れば陸前高田には到着するはず。自ら魚を下ろすという魚好きのH氏に、ケイのさんまつくだ煮をご紹介する時間がありそうでした。そこで急遽ケイを訪れると...。

 奥の加工場から出ていらした義子さんは私の姿を見て開口一番、「あらま、本人が来ちゃった」と目を丸くしています。聞けば、昨年末に私が何気なく言ったおねだりを覚えていて下さった義子さんが、2つの味付けであざらを作って、宅配便で発送するばかりのところに当の本人が集荷に伺った格好になった次第。

 ご自身の励みのため、昨年出品したモンドセレクションで金賞を受賞したさんまつくだ煮だけでなく、何を作っても美味しい義子さん。さては妖術の使い手かも(笑)。伺った3人揃って気仙沼ならではの具だくさんな海鮮炊き込みご飯とともに2種類のあざらを店頭でご馳走になってしまいました。

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【Photo】宅配業者を介することなくお預かりした保冷箱を帰宅後に開封すると・・・。店頭でご馳走になった海鮮おこわ、キチジあざら、カニ缶とビンチョウマグロ缶あざら、さんまつくだ煮、のり佃煮(左)。そしてご丁重な手書きメッセージカードが2枚(右)

 実を言うとケイに伺う前、Viaggio al Mondoで以前ご紹介した本格ネパール・インド料理の店「Yeti(イエティ)〈2012年9月拙稿参照〉でボリュームたっぷりのランチセットを食していました。そのため、この時は満腹度120%だったのですが、別腹を発動し、残さず美味しく頂きました。

 嬉しかったのは、お連れしたH氏が、海鮮おこわとあざらに添えられたさんまつくだ煮に感動。味噌味、醤油味を揃って買い求めてくれたこと。

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【Photo】「散歩をしていたら良い香りがするので立ち寄ってみました」と、突然現れた南果歩さんとツーショットの義子さんの写真と、それ以降リピーターとなった南さんとスタッフのお母さんたちの笑顔の写真が、ケイの店頭を飾る

 「K-Port」〈2012.9拙稿「想いをカタチに。」参照〉を憩いの場として気仙沼にプレゼントして下さった俳優・渡辺謙夫人の女優南果歩さんがそうだったように、食べれば違いがわかるケイのさんまつくだ煮。食べる人を思って無添加にこだわり続ける名人なればこそ出せる味のファンが、また一人こうして増えてくれました。

 店頭にあった保冷BOXは訓練を終えてからお預かりし、帰宅後に開封しました。中には義子さん手書きのご挨拶状がしたためてあり、感激しきり。時折香り立つ柚子がアクセントになって食べ飽きしない心のこもったPRICELESSなあざらの美味しさを5割増しにしてくれたのでした。

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網元逸品 さんまつくだ煮 (有)ケイ

・住:宮城県気仙沼市魚町2-5-17
・Phone :0226-22-0327  ・Fax :0226-22-3331
・Mail : sanmakei@yahoo.co.jp
・URL : http://www.k-macs.ne.jp/~choko-hs/
◎ さんまつくだ煮〈しょうゆ味・味噌味〉各450円(税別)
  ほか各種 全国地方発送


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2015/03/09

Made in TOHOKU 仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展

Sendai and Tohoku presents its arts and crafts to the world.
東北の手しごとを、見て・聞いて・感じよう

 東北六県と新潟の伝統工芸品を紹介する企画展「Made in TOHOKU-仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展」が、東北電力グリーンプラザで現在開催されています。(入場無料・14日まで)
madeinTohoku-01.jpg 仙台市・仙台観光コンベンション協会・東北電力グリーンプラザが主催するこの催しには複数の知人が絡んでおり、開幕初日3月4日に伺ったほか、一昨日も会場に足を運んで来ました。

logo-WCDRR.jpg フライヤー(上写真)には、企画展の最終日3月14日(土)に開幕する「第3回国連防災世界会議」の公式ロゴマークがあしらわれています。仙台出身のデザイナー佐藤悠さんが手掛けたロゴ(右)の5つの色は、5大陸の人と人が手を携えて行動を起こす姿を表現したといいます。

FLAG-wcdrr.jpg 国連(UN)が主導するこの国際会議は、世界が連携して自然災害による犠牲と損失を防ぐ指針を打ち出すため、10年に一度開催。潘基文(パン・ギムン)国連事務総長ほか世界193の国と地域から首脳級・閣僚級など5,000人以上が参加する本体会議は、国連総会に次ぐ規模。

 第1回は1994年(平成6)に横浜で、第2回は2005年(平成17)に神戸を会場に開催されており、今回、東日本大震災の被災地・仙台市をメイン会場に開催されることになりました。これは日本がさまざまな自然災害に見舞われてきた事実と無関係ではありません。

【Photo】国連が作成した幾何学模様のキービジュアルと略称WCDRRをデザイン化した歓迎フラッグが各所に掲げられる仙台市内(左・下)

 「東日本大震災の経験と教訓を世界へ」をテーマに国や実行委などが主催する10件の総合フォーラムほか、国内外の企業・団体・NGO・大学などが企画し、仙台市内各所で開催される市民参加型のパブリック・フォーラムは350件以上。これは神戸で開催された第2回会議の10倍という特筆すべき数字です。

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 5日間の会期中、国内外の随行者・プレス関係者を含め、延べ4万人が参加する見込みです。これは東北で開催される国際会議としては過去最大規模。震災発生当時、過酷な状況にあっても互いに助け合い、思いやりを忘れない東北の人々を、驚きをもって世界が賞賛したことを皆さんもご記憶かと思います。

benjyogami.jpg【Photo】庄イタの周辺では、耳にすることが最近めっきり少なくなった仙台弁。「ようこそいらっしゃいました」を意味する「よくござった」と語りかけるかのような藩制時代以来の仙台の工芸品「堤人形」。その特徴は鮮やかな朱色。時を経ると色合いに深みが加わる。これは男女一対の「赤芥子」(別の雅号:厠神)。ロケ地:仙台市歴史民俗資料館の某所。ヒント:植村花菜の代表曲

 東北の暮らしの中で育まれた手仕事もまた、世界に誇るべきもの。この機会に東北6県と新潟から選りすぐった伝統工芸の素晴らしさを再認識したいものです。

 「手しごとミュージアム」には、伝統の技に現代性を取り入れた暮らしを彩る逸品が揃います。例えば青森・BUNACO、岩手・南部鉄器、秋田・曲げわっぱ、宮城・鳴子漆器、山形・天童木工、福島・ノダテマグ、新潟・越後三条打刃物。

madeinTohoku-2.jpg 「プレミアムギャラリー」では、仙台で生まれた11品目の伝統工芸品と出合うことができます。一昨年、数量限定でGUCCIとコラボしたバッグが話題を呼んだ仙台平の紋付袴、松川だるまに代表される仙台張子、名工・田村政孝氏が200もの工程を経て編み出す稀少性の高い仙台竿、堅牢さと装飾性を兼ね備えた仙台箪笥などなど。

 さらに見逃せないのが、国内外で活躍する仙台ゆかりのアーティストの感性が、伝統の技と出合って誕生した「クリエイティブプレミアム」。固定概念を破るプロダクツで注目される尾方釿一氏や木村浩一郎氏らが手掛けた玉虫塗や仙台堆朱を取り入れた作品は、見る人のイマジネーションをかきたててくれるでしょう。

 メイン会場である東北電力グリーンプラザ以外の仙台市内各所でも、Made in TOHOKUのコラボ企画が展開されます。
madeinTohoku-3.jpg 11日(水)まで藤崎7階催事場で開催されている「Made in TOHOKU」には、イラストレーター佐藤純子さんの下絵をもとに遠刈田系こけし工人・小笠原義雄氏が絵付けした12カ月ごと異なる花をあしらった愛らしいサイズの12本揃いの「花こよみ」が限定50セットで登場。

 仙台木地製作所とセレクトショップBEAMSが連携して2年前に登場するや話題をさらった本藍を使った青いこけしが「fennica indigo kokesi」。完売必至の予想通り、3月8日(日)にビームス仙台で発売されたインディゴこけし300本は、開店前から行列ができ、数分で完売したといいます。

madeinTohoku-4.jpg 工人がモノ作りについて語るトークイベントが行われるアクアホールには、宮城を代表する銘酒のひとつ「浦霞」と堤焼の酒器との四季ごとの組み合わせや、洋風のテーブルセッティングに曲げわっぱを調和させる組み合わせを提案する一角も。
 
 仙台市内の飲食店17店舗では、堤焼や玉虫塗、埋もれ木細工など、今回展示されている伝統工芸品で宮城の味を味わえる企画を展開中。

 遠来のお客様が数多く仙台を訪れるこの機会に、存分に宮城・仙台の粋を見て・触れて・味わって頂けるよう、改めて地元を知ることが肝要。311以降、国内外から差しのべられた温かい支援への感謝の心を込めたおもてなしを心がけたいものですね。

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Made in TOHOKU
仙台・東北が世界に誇れるモノづくり展

メイン会場:東北電力グリーンプラザ 仙台市青葉区一番町3丁目7-1電力ビル1F
日時:2015年3月4日(水)~14日(土)10:00-18:00 
   ●3月9日(月)は休館 最終日は16時まで
URL:手とてとテ http://tetotetote-sendai.jp/
問:Made in TOHOKU事務局 022-214-2772
  (株式会社ディー・エム・ピー内 ※平日10:00‐18:00)

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2015/01/23

聖ジェンナーロの奇跡

 昨年末から〝Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅〟では、皆さまをアマルフィ海岸を巡る避寒旅行へとお誘いして参りました。そして次なる目的地はナポリ。

 南イタリア欠乏症が重症化する一方の庄イタ。「これじゃ〝無い物ねだりの旅〟じゃん!!」との謗(そし)りを受けかねませんが、仙台に居ながらにして、南イタリア気分に浸ることができる素敵な新スポットゆえ、つい図に乗って踏鞴(たたら)を踏んでしまうわけで...。(^○^;\

まだ続く避寒の旅
まんまナポリ@ダ・ジェンナーロ

 過去100年で最も寒いというこの冬のイタリア。特に南部の寒さが厳しく、最南端のカラブリアやシチリアですら年末年始にかけて50cm以上の積雪を記録しました。ナポリの年越しでは、風物詩である闇夜を切り裂く爆音を発する大型爆竹「Cipolla(チポッラ⇒「玉ネギ」の意)」の暴発などで250名が負傷。現地メディアによれば、これでも昨年比で100名減。例年になく少ない数字といいます。これも思わぬ寒波の恩恵といえるかも?

Acunto-piace.jpg 避寒の旅に訪れたはずが、予期せぬ寒さに震える彼の地。かくなる上は、薪火の遠赤外線で体の芯から温まってはいかがでしょう。そこで恋しくなるのが薪窯で焼き上げたアツアツのナポリピッツァ。

da-gennaro-facciata.jpg 「Pizzeria Padrino del Shozan」と比肩しうるピッツェリア・ナポレターナが、仙台圏では久しく見当たらない状況が続いていました。そんな閉塞状況を打破する新星が彗星のごとく現れたのが昨年5月。東京エレクトロンホール宮城の脇道沿いに建つ店の扉は、まさにナポリに通じる〝どこでもドア〟。

 その名は「Pizzeria e trattoria da Gennaroダ・ジェンナーロ」。ピッツァの本場ナポリの守護聖人、聖ジェンナーロ(聖ヤヌアリウスとも。下写真)の名を冠した本格 ピッツエリア兼トラットリアです。

【Photo】ビルの狭間に忽然と登場したピッツエリア・エ・トラットリア「ダ・ジェンナーロ」外観(右写真)

San-Gennaro1.jpg カトリック教国のイタリアでは、365日ごと、町ごと、職業ごと、シチュエーションごとに守護聖人が定められています。有名どころでは、Basilica di San Pietroサン・ピエトロ大聖堂があるローマの守護聖人は聖ペテロ(イタリア名:ピエトロ)と聖パウロ(同:パオロ)、ヴェネツィアは聖マルコ、2月14日は聖ヴァレンタイン(同:ヴァレンティノ)、体を弓矢で射ぬかれても落命しなかった聖セバスティアヌスは兵士の守護聖人。

 皆さまお気づきの通り、庄イタの精神構造は、彼の国で過ごした前世の名残りを色濃く留めております。幼児ながら耐え難い重さのキリストを背負い大河を渡り切った聖クリストフォロは、旅の守護聖人。

 そのため乗り継いできたマイカーのダッシュボードには、お守りとなる聖クリストフォロのメダイオンが輝いています(右下写真)。
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 ナポリの西隣にあるPozzuoliポツオリは、女優ソフィア・ローレンが幼少期を過ごした町です。キリスト教が迫害を受けていた西暦305年9月15日、ナポリ近郊ベネヴェントの司祭ジェンナーロが、そこで馘首され殉教しました。遺骸がナポリのカタコンベに埋葬されて以降、ジェンナーロはナポリの守護聖人となりました。

 蛇足ながら日本の守護聖人は、聖フランシスコ・ザビエルと聖母マリア。これは日本にキリスト教を伝えたイエズス会の宣教師ザビエルが鹿児島に上陸した8月15日が、被聖母昇天の祭日だったことにちなんだもの。

francesco-Saverio.jpg【Photo】1549年8月15日、布教のためフランシスコ・ザビエルが日本に第一歩を記した鹿児島市にある記念碑は、戦災で焼失した明治期に建立された聖堂の一部。来訪400年を記念して1949年8月15日にローマ法王庁から寄贈された(上写真)

 13世紀に着工したドゥオーモ内にバロック様式で17世紀に設けられた「サン・ジェンナーロ礼拝堂(Cappella di San Gennalo)」には、ガラス製の容器に納められた聖人の血液と頭骨の聖遺物が今に伝わります。

 司祭によって容器内の乾燥した血液が液状化する奇跡を、多数の参列者が固唾をのんで見守る儀式が、毎年5月と9月の聖ジェンナーロの祭日に執り行われます(上Movie)。血液が凝固したまま液状化しない場合は凶兆とされ、ナポリに災禍が起こると信じられています。コワイデスネ~。

atsushi-takagi.jpg【Photo】愛用の薪窯の前に立つ髙木篤さん

 髙木篤ピッツァイオーロは、南青山のAntica Pizzeria e Trattoria「Napuleナプレ」で4年間基礎を学び、6カ月の在ナポリ留学後、赤坂Cucina meridionale「La Scogliera スコリエーラ」と渋谷Taverna & Bar ITALIANO「Tharrosタロス」で仕上げを2年。サルデーニャ料理のスペシャリスト・馬場圭太郎シェフのもと、徹頭徹尾、南イタリア一筋の華麗なキャリアをお持ちです。仙台ご出身の高木さんが南青山のナプレにいらした頃、庄イタも2度ほど店を訪れたことがあり、ご縁を感じたものです。

 外からガラス越しに見える本場ナポリ製「ジャンニ・アクント(GIANNI ACUNTO)」の薪窯に次いで、ドアを開けてまず目に留まるのが、今シーズン、セリエAで首位に立つ強豪ユヴェントスをPK戦の末で撃破し、国内最強クラブ戦「コッパ・イタリア」で通算5度目の優勝を果たしたSSCナポリの応援旗。ときにSSCナポリのユニフォーム姿で窯の前に立つ髙木さんは、熱狂的カルチョファンを指す〝Tifosoティフォーゾ〟さながら。

entrata-da-gennaro.jpg さらにご立派なのが、ワインリストです。都市国家が群雄割拠した歴史を持つイタリアでは「カンパニリズモ(Campanillismo)」(⇒教会の鐘(Campanille)が聞こえる程度の生まれ育った地域をこよなく愛するイタリア人一般の傾向を指す言葉)と出合うことが珍しくありません。郷土愛の強さは、食にも反映されるのが普通。高級店を除いてEnotecaエノテカ(=ワインショップ)や飲食店ではその地域のワインしか置いていないのが当たり前。

entrata2-da-gennaro.jpg ダ・ジェンナーロのワインリストにオンリストされるのは、カンパーニャ・シチリア・サルデーニャの南3州だけという潔さ。これはまさにイタリア式。ここはどこ?(笑)。

 暖かみのあるテラコッタ風フロアでワンポイントとなる花柄の彩色タイル(上写真)が愛らしいエントランスから、右手に厨房を目にしながら通路を抜けた先が、光に満ちたホールです。

 「Vietri sul Mareヴィエトリ・スル・マーレ」は、サレルノに隣接した陶芸が盛んな彩りに溢れた街です。そこで髙木さんが作風を気に入った工房に制作を発注したのが、ホール壁面の彩色タイルに描かれたポジターノ(下写真)。それが南イタリア気分を盛り上げ、いやが上にも美味との出合いへの期待感が高まります。

positano-da-gennaro.jpg ホールのカウンター上には、店名の由来となった聖ジェンナーロの人形が鎮座し(右下写真)、カウンター周辺にはナポリ人の化身である仮面をつけた道化「プルチネラ(Pulcinella)」や、その下半身がナポリではお守りとなる赤い唐辛子から転じた水牛の角を使った「プルチコルノ(Pulcicorno)」も(左下写真)

  Pulcicorno.jpg San-Gennaro2.jpg

 喧噪と活気に満ちたナポリの下町スパッカ・ナポリ地区にプレセピオ・ナポレターノの職人街、サン・グレゴリオ・アルメーノ通り(Via San Gregorio Armeno)があります。その一角に工房を構える髙木さんの友人マルコから、大きさから察するに、明らかに値が張るこれら調度品類を、開店祝いの〝トモダチ価格〟で調達したのだそう。

paccheri-gamberri-rossi.jpg【Photo】優しい風味の自家製トマトソースに絡めた「赤エビとトマトソースのパッケリ」。大きさが半端ではないナポリ発祥のショートパスタ「パッケリ(Paccheri)」。その名が平手打ち(=pacca)に由来すると理解していた庄イタ。髙木シェフによれば「修道服の袖に由来する「マニケ・ディ・フラーテ(maniche di frate)」という別名も存在するという。 うーむ、また一つ無益な雑学が増えてしまった...

 ナポリの混沌とした下町に漂う猥雑さを取り去り、アマルフィ海岸を代表する高級リゾート地ポジターノのエッセンスを加えたようなダ・ジェンナーロで頂くことができるのは、南イタリアの郷土料理と、本場と同じ30cmサイズのこれぞまさにナポリピッツァ。そのキモとなるのは生地の美味しさです。

cetara-daGennaro.jpg【Photo】ナポリピッツァの代名詞「マルゲリータ」に用いる3つの具材、トマトソース・モッツァレラチーズ・バジルに、赤タマネギ・黒オリーブ・マグロオイル漬をトッピングした「チェターラ」

 髙木さんにとってのお手本は、ナポリ屈指の名店。例を挙げると、地元を含めて初めてとなる支店を2012年1月末、恵比寿に進出させた「ダ・ミケーレ(l'Antica Pizzeria da Michele)」ほか、「イル・ピッツァイオーロ・デル・プレジデンテ(il pizzaiolo del presidente)」、「ジーノ・ソルビッロ(Gino Sorbillo)」、「カパッソ(Capasso)」のマルゲリータなのだそう。

 そう言われてみればピッツァ生地の〝外パリ中モチ〟の鉄則は順守しつつ、髙木さんが目指す食べ疲れしない感じは、食感の〝軽さ〟にしっかりと表現されています。

cicinielli-daGennaro.jpg【Photo】スライスしたニンニクとトッピングのシラス干しの塩味が、チーズを使わないトマトソース風味の生地やオレガノとバジルと一体になって香るナポリ発祥の「チチニェッリ」

 サラダ・自家製パン・コーヒーがセットされたお得な平日限定ランチは、ピッツァ3種(1,300円)とパスタ2種(1,100円)から選択可。夜は南イタリア料理のアラカルトとコース(3,000円~)を南3州のヴィーノとともに。ちなみにcafféにはナポリっ子の支持が高い「Passalacquaパッサルアクア」でも力強いタイプの「メハリ(MEHARI)」を使用しています。(価格は2015年1月現在)

 ここ数年、香ばしい薪窯ならではのナポリピッツァを提供する新店が仙台圏でも増えつつあります。そうしたニューフェースの中では、冒頭で挙げたピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン以外の選択肢として、納得のクオリティであることを各店のピッツァを実食した庄イタが保証します。

salsiccia-da-Gennaro.jpg【Photo】天井が高く解放感のあるダ・ジェンナーロ。マルゲリータに自家製サルスィッチャをトッピングした「ピッツァ・サルスィッチャ」

 KOBOスタ宮城で東北楽天の主催試合が行われる日だけ営業する鶴岡「穂波街道・緑のイスキア」分店「赤のイスキア」を例外とすれば、パドリーノ・デル・ショーザン以外でも仙台で本物と出合える環境が整いました。

 ナポリピッツァの真の美味しさを求め、東北では前述した鶴岡市「イスキア」ほか、盛岡市「ピアーチェ」、秋田市ないし十文字町「コジコジ」、さらに青森・三沢市「マッシモ」まで遠征してきた庄イタにとって、選択の幅が広がったのは嬉しい限り。まずは皆さまも聖ジェンナーロの奇跡のお味をお試しあれ。

sign-da-gennaro.jpg**************************************************
Pizzeria e Trattoria ナポリピッツァと南イタリア料理

da Gennaro ダ・ジェンナーロ

・住: 仙台市青葉区国分町3-4-26
・phone: 022-281-8271  ・fax:022-281-8272
・営:・Pranzoランチ11:30~14:00 L.O. ・Cenaディナー18:00~22:00L.O. 
   月曜休(→祝日の場合は火曜休)
・Vietato Fumare 禁煙  ・ピッツァのテークアウト可 ・カード可 ・幼児OK ・Pなし 
・URL: http://www.da-gennaro.com


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2015/01/04

Quintaluna クインタルーナ

 2015年の幕開けを飾る話題も、南イタリア・サレルノからお届けします。
サーバ変更後の前々回の更新から発生している文中にリンクタグが貼れない状況は打開できておりませんが、本年も〝Viaggio al Mondo~あるもん探しの旅〟をご愛顧下さいますよう、皆さまどうぞよろしくお願いいたします。

「Regimen Sanitatis Salernitanumサレルノ養生訓」
発祥の地の絶品パスタ

 温暖な気候の地中海沿岸では、海の幸とオリーブオイル・ガーリックなどの香味野菜・ハーブ類を多用する食文化が育まれました。健康的な「地中海式ダイエット」が女性の注目を浴びた時期が日本でもありましたね。

 イタリア・ギリシャ・スペイン・モロッコの4カ国が申請した「地中海料理」は、和食に先立つこと4年前の2010年11月、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。

caprese-alla-mozzarella.jpg【Photo】モッツァレラチーズ、トマト、バジルにオリーブオイルを加えた「インサラータ・カプレーゼ」。〝カプリ島のサラダ〟という名の通り、ナポリを州都とするカンパーニャ州発祥の郷土料理

 地中海料理においては、魚介類・穀類・乳製品・旬の野菜や果物をバランス良く摂取し、肉類は少なく、油脂はオリーブオイルが中心。適量のワインとともに、食卓を囲むゆったりとした語らいの時間、栽培・生産・加工に関する伝統文化も無形文化遺産への登録要件に含まれている点を見逃してはなりません。

insalata pomodorini rucola alici marinate polpo nocciole Giffoni.jpg【Photo】カタクチイワシとタコのルッコラとプチトマトのサラダ仕立て サレルノ地域特産のヘーゼルナッツ風味

 こうした食文化は、心臓疾患の原因となる動物性脂肪を多く摂取するアルプス以北の食文化との近似性があるピエモンテなど北イタリアの食習慣ではなく、ナポリを州都とするカンパーニャ州など、シチリア・プーリア・バジリカータなど南イタリア各州ならではの所産です。

fontanaSG-olio.jpg【Photo】エキストラ・ヴァージン・オリーブオイル「Fontana San Giovanni フォンターナ・サン・ジョヴァンニ」。サレルノ県ブッチーノ近郊で、オリーブ生産農家として400年以上の歴史を持つファルコ家は、標高250m近辺の畑180haで、レッチーノなど6品種のオリーブを栽培。完熟した実だけを選別し、収穫後16時間以内にコールドプレスを行うため、生き生きとした風味が感じられる。刺激・苦味が少なくまろやかな味わい。生野菜や白身魚との相性が良い。仙台市泉区の「ベスト・オブ・サレルノ」で取り扱う

 ヒポクラテスを祖とする西洋医学。古代ギリシャ・ローマ時代を経てヨーロッパ最古の医学校「スクオーラ・メディカ・サレルニターナ(Scuola Medica Salernitana)」がサレルノで創設されたのが8世紀のこと。

 自然科学の停滞期と考えられる中世期においては、医学の分野で先んじていたイスラム医学に基づき、11世紀から13世紀にかけてサレルノ医学校でラテン語により体系化されたのが、「Regimen sanitatis salernitanumサレルノ養生訓)」として知られる生活習慣病予防のための健康指南書です。その書き出しは・・・。

 curas tolte graves (くよくよせず)irasci crede profanum (怒ることなく)
 parce mero, coenato parum, non sit tibi vanum (ワインと夕食は適量を)
 など、冒頭から現代にも通じる長寿のコツが記されます。
 医者いらずで過ごすための3つの要素は
 mens laeta, requies, moderata diaeta.(朗らかな心、休息、正しい食生活)

  quintaluna-fontana-s.giovanni.jpg仙台市泉区にショールーム兼店舗を開設した「ベスト・オブ・サレルノ」では、その名が示す通り、サレルノが誇る高品質なパスタやオリーブオイルといった食品ほか、革製品など選りすぐりの商品を取り扱います。商品を実食した庄イタが、自信を持ってお勧めするのは「Quintalunaクインタルーナ」の各種パスタ

 硬質小麦の産地が近く、パスタ製造に理想的な環境が揃う「Gragnanoグラニャーノ」に負けず劣らず、高品質のパスタ製造にとって欠かせない良質な水と気候などの好条件に恵まれた地がサレルノです。

 パスタ製造メーカー最大手のBARILLA社が量産向けに開発したテフロン加工を施した鋳型で成形すると、表面がツルツルしたパスタとなります。対してクインタルーナでは、摩擦係数の高い伝統的な青銅製の鋳型(ブロンズダイス)製法を採用。これにより麺表面に細かい凹凸が生まれ、ソースが良く絡みます。良質なデュラム小麦の芳香と、低温長時間乾燥がもたらすコシの強いアルデンテな食感は、まさに一級品。

scialatielli.jpg【Photo】ブロンズダイスによる低速成形により、パスタ表面に無数の凹凸があるため、白っぽく見えるクインタルーナ。その形状がイタリア人のように自由奔放で画一的ではないシャラティエッリ(上写真)、ソースの絡みを良くする縦筋入りのペンネ・リガーテではなく、筋のないこのペンネ・リッシェでも、表面のザラつきによりソースがしっかり絡む(下写真)

penne-riche.jpg

 クインタルーナのパッケージには〝pasta artigianale a lenta lavorazione(=丹念な職人技のパスタ)〟と記されます。以前ご紹介したEATALYが主力商品として販売する「IL PASTAIO DI GRAGNANO イル・パスタイオ・ディ・グラニャーノ」や、イタリア全土のワイン1,500種以上をラインナップする横浜馬車道IL CALICEイル・カリーチェなどで扱う「FAELLAファエッラ」も、素晴らしい品質を誇ります。なれど価格もまたそれなり。

 かたや2012年に設立された新ブランドゆえ、現状では知る人ぞ知るクインタルーナ。ベスト・オブ・サレルノでは1袋500g入り税抜き650円で販売中です(2015.1現在)。オープン以来、売り上げ数No.1を快走、リピーターが増殖中とのこと。

scialatielli-mare.jpg【Photo】アマルフィ一帯では地元の豊富な海の幸とともに「Scialatielli al frutti di mareシャラティエッリ・アル・フルッティ・ディ・マーレ」が定番。レシピをTaverna Carloで再現するも、本場ではトッピングの具材として活躍するスカンピ(手長エビ)は入手困難につき省略!!(上写真)

caffe-sanpietro.jpg サレルノ養生訓に従い、地域性や伝統を重んずる「Mastroberardinoマストロベラルディーノ」や「Feudi di San Gregorioフェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」などのヴィーノを相伴に、エスプレッソやフォームドミルクを加えたマッキャートで食事を締めくくれば、寒波に凍える日本に居ながらにして、心は陽光溢れる南イタリアへ。

【Photo】昨年チャリティ出店したベスト・オブ・サレルノでご馳走になったのが、サレルノ「カッフェ・サン・ピエトロ(Caffè San Pietro)」のポッドカフェ。少量で濃縮した旨味を抽出するのが南イタリア流。家庭用マシンでバールの味を再現するのは至難の業

 サレルノ発の色鮮やかな陶板画を皮切りに、昨年12月からアマルフィ海岸一帯を巡って参りました。厳しい寒さが続きますが、避寒旅行気分を味わって頂けたでしょうか。

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Best of Salerno ベスト・オブ・サレルノ

住: 仙台市泉区歩坂町67-25ロイヤルプラザ103 (株)minekenショールーム内
phone: 022-204-4385 営: 10:00~12:00 13:00~17:00 火曜・日曜・祝日定休
URL: http://www.bestofsalerno.com
E-mail: info@minekentosou.co.jp


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2014/12/07

レモン色づくアマルフィの海辺

南イタリア・サレルノ発、
クレアツィオーニ・ルチアーノの彩色タイル

 Kennst du das Land, wo die Zitronen blühn, 
 Im dunkeln Laub die Goldorangen glühn, 
 Ein sanfter Wind vom blauen Himmeln weht, ...
   レモンの花咲く国を知っていますか
   緑の葉陰には色付いたオレンジが輝き
   晴れ渡る空のもと爽やかなそよ風が吹く ...

Wilhelm Meisters LehrjahreMignon
Johann Wolfgang von Goethe

fiore-limone-Amalfi.jpg「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」3巻
「ミニョン」より抜粋 原作:J.W.ゲーテ

(現代語訳:不肖庄イタ)

 文豪ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」第3巻の書き出しは「ミニョン」と題するこの詩で始まります。幼くしてサーカスに売られた12歳の少女ミニョンが、遠い郷里への思慕を込めたこの詩は、森鴎外が文語訳した「君知るや南の国」など、多くの翻訳が日本でも知られます。

 ドイツ人青年ヴィルヘルム・マイスターにミニョンが語りかけるこの詩の内容から察するに、薄幸の少女が回想したのは、きっとこんな南イタリアの海辺の風景だったはず。

flamed-luciano-amalfi.jpg【Photo】南イタリア・サレルノの工房「クレアツィオーニ・ルチアーノ」で1枚ずつ手作業で彩色されたセラミックタイル。絵柄のイメージに合った額装をオーダーし、世界にひとつだけのアマルフィが完成

 ブーゲンビリアがピンクの彩りを添える白いテラスの眼下には紺碧のティレニア海。輝く太陽のもと、洋上では小舟が白い帆を張り、地上の万物は姿形と色彩をより鮮明に浮き立たせます。造形芸術の傑作の数々がイタリアで生まれたのは、この日差しがあってこそに違いありません。

 そこはソレント半島南岸の入り組んだ変化に富む地形が30kmほど続くアマルフィ海岸。急峻な岩肌に張り付く家々とともに、世界で最も美しいと称えられる海岸線には、急斜面に開墾された棚田式の畑で「Sfusato Amalfitanoスフサート・アマルフィターノ」と呼ばれるレモンが実を結びます。

amalfi terraced limone.jpg【Photo】さまざまな言語が飛び交うリゾート客で賑わうアマルフィの喧騒を離れ、家並みの背後に屹立する岩山の中腹に拓かれたレモン果樹園へ。車がやっとすれ違える坂道を延々と登ると、眼下にはアマルフィの街とティレニア海が広がる

 通常の倍はあろうかという大きさと、やや青みがかった黄色が特徴のレモンは、世界遺産に指定されるアマルフィ海岸沿いのナポリを州都とするカンパーニア州サレルノ県のAmalfiアマルフィ、Positanoポジターノ、Ravelloラヴェッロ、Cetaraチェターラなど11のコムーネ(行政単位)の特産品です。3月から7月が最も美味しい季節ですが、12月でも日中の最高気温が20℃を超す南イタリアゆえ、1年を通して収穫されます。

vietri Terraced limone.jpg【Photo】平地面積が限られるアマルフィ海岸では、棚田状の畑に栗の支柱を立て、テラス状に枝を這わせたレモン栽培が盛ん

 陽射しに恵まれたこの地域におけるレモン栽培の歴史は古く、紀元79年のヴェスヴィオ火山の噴火で滅びたポンペイの壁画にも豊かに実をつけたレモンの樹が描かれています。ポンペイに近いソレント近郊やカプリ島で栽培される「リモーネ・ディ・ソレント」と、アマルフィ海岸で栽培されるレモンは名前だけでなく品種が異なるのだそう。

case-del-frutteto.jpg【Photo】2000年前の街並みが、火山灰によって封印されたポンペイ遺跡。Casa dei Cubicoli Floreali(=花の寝室の家) またはCasa del Frutteto(=果樹園の家)と呼ばれる遺構は、ヴェスヴィオ火山の噴火時点で相当に古い家だったと推察される。レモン果樹が描かれた東側の壁画の一部(click to enlarge

 穏やかな酸味と、厚い果皮に覆われた「Limone Costa d'Amalfi(=アマルフィ海岸のレモン)」は、前菜からドルチェ、食後酒に至るまで食卓を彩ります。1999年にEUのI.G.P.(Indicazione Geografica Protetta=保護地域指定表示)に指定され、スローフード協会によって、保護されるべき貴重な食材を指す「プレシディオ」にも登録されています。

Limoni-amalfi.jpg【Photo】アマルフィ海岸の文化的な景観を成す重要な要素となるスフサート・アマルフィターノ

 レモン果樹の寿命は80年ほどといわれ、1本の樹からは年間200から600の果実が人の手で収穫されます。機械化が困難な急峻な畑には車両での進入が不可能。ゆえに収穫されたレモンは篭に入れられ、成人男性1人分の重さはあろうかというカゴを頭に乗せ、小さなトラックを停めた路地までの急坂を人力で運搬します。

 アマルフィの街並みを眼下に一望する凪いだ海からの穏やかな風と陽射しを感じる目にも鮮やかな陶板画。冒頭にある通り、絵柄にふさわしいイメージの額装をオーダーし、9月に登場したヴェルナッツァの貴石モザイク画との左右シンメトリーでコレクションに加わりました。

Creazio_Luciano.jpg【Photo】アマルフィやヴィエトリ・スル・マーレの街では陶器生産が伝統的に行われてきた。手彫りで作られる原版をもとにした浮き彫りの陶板に1枚ずつ職人が彩色を施すため、絵柄は同一でも微妙に色使いや表情が異なり、ひとつとして同じ作品は生まれない

 作り手である「Creazioni Luciano クレアツィオーニ・ルチアーノ」は、アマルフィ海岸の東の起点となるサレルノで1955年に創業。現在は初代ランベルト・タスタルディの息子、ルチアーノとロベルト兄弟が60年の伝統を守り続けています。原版の彫り出しから、素焼したセラミックにガラスや特別な釉薬で彩色を施し、再び焼成する全ての工程が手作りによるものです。

best-of-salerno.jpg【Photo】明るい色彩が溢れる「ベスト・オブ・サレルノ」。南イタリアらしい色使いの彩色タイルほか、革製品、パスタ・オイルなど、サレルノから選りすぐった商品を扱う〈click to enlarge

 教会のステンドグラスにインスピレーションを得て作り上げられたというルチアーノ社の作品。師走を迎えた途端、真冬の寒気が訪れた仙台に居ながらにして典型的な南イタリアの風景を鮮やかな色彩で描き出したこの陶板画やパスタ・オリーブオイル・革製品など、サレルノ発の商品が入手可能になりました。

 今年の夏、期間限定で青葉区一番町の情報ステーション「仙台なびっく」にチャリティ出店した「ベスト・オブ・サレルノ」が、このほど仙台市泉区歩坂町に常設店舗を開設しました。次回は南イタリア・サレルノの息吹を伝えるこの陶板画の制作の模様をご紹介します。
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Best of Salerno ベスト・オブ・サレルノ
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2014/11/23

駅弁? 空弁? いいえ「道弁」です。

「みちのく潮風トレイル」の道連れには道弁を


shiokazetrail_press1.jpg 11月1日(土)、まさに〝雨降って地固まる〟空模様のもと行われた「みちのく潮風トレイル」のキックオフイベント「みちのく潮風トレイルフェスティバル! in 石巻・女川」。会場は宮城県石巻市中瀬の石ノ森萬画館に隣接した特設テントです。

 セレモニーの冒頭、みちのく潮風トレイルのうたが披露された会場には、東日本大震災の発生直後に山形市の東北芸術工科大の学生が立ち上げた復興ボランティア組織、「福興会議」のメンバーが核となり、全国から集結した大学生によるプロジェクト「あるいて、つないで、みちになる」に参加した3人の姿がありました。

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【Photo】全国から参加した大学生が、みちのく潮風トレイルを踏破するプロジェクト「あるいて、つないで、みちになる」23日間の行程を通して、メンバーが感じたままの印象を詳細に綴ったフリーペーパーの一部(上・右) 画像拡大可〈click to enlarge

 これは8月20日~9月11日までの23日間をかけて、青森県八戸市と福島県相馬市を南北の起点に岩手県大船渡市恋し浜で合流すべく、みちのく潮風トレイルを二手に分かれ1チーム4名で350kmを踏破するというもの。参加メンバーが行程で感じたことを日記風にまとめたフリーペーパーには、みちのく潮風トレイルを旅した記録がびっしりと記されています。

arahama_sendai2011.3.24.jpg【Photo】震災発生の翌朝、200から300のご遺体が海岸で発見されたという一報が駆け巡った仙台市若林区荒浜で2011年3月25日に撮影した1枚。屋上に避難した住民が助かった4階建ての荒浜小学校が原形をとどめる以外、基礎だけを残して流失した住宅の残骸が累々と続く。仙台市はともに震災遺構として保存する意向。彼方に遠望する仙台の街並みとのコントラストは、現在も固定化されたまま〈click to enlage

 家族や家財産を津波に持って行かれ、喪失感に苛(さいな)まれながらも、大いなる恵みをもたらす海から離れずに暮らす人たち。目の当たりにして言葉を失った南三陸町防災庁舎石巻市立大川小学校。そうした震災の痕跡や自分と向き合いながら一歩づつ歩みを進めた先々で、五感で感じ取ったままが切々と語られます。

arahama-sendai_2013.jpg【Photo】仙台市若林区荒浜に建立された荒浜慈聖観音は、この地を襲った9mの津波と同じ高さ。黒御影石に刻まれた荒浜地区の犠牲者190人の名前と年齢を凝視していた庄イタに、木製の慰霊塔に手を合わせていた年配の男性が「どちらからいらしたのですか?」と声をかけてきた。仙台市内のみなし仮設にお住まいというその男性は、私と同じ年齢のご子息を津波で亡くされたという。合掌(上写真)

 「日頃は仙台で暮らしており、ほとんどが初めて訪れる場所を自分の足で歩き、津波の痕跡が色濃く残る地域の実相に肌身で触れた体験は、得がたい財産になった」とは、相馬市を起点に北上する4人チームのリーダー格として参加した東北芸術工科大3年小松大知さん(仙台市出身)のコメント。

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 9月に開催された「ツール・ド・東北2014」で、キャロライン・ケネディ駐日米国大使など、出走者から「美味しい~❤」と大好評を博したサンマつみれ・木綿豆腐・長ネギ入りの郷土料理「女川汁」がセレモニー会場で振舞われました。

 そして試食販売ブースでお披露目されたのが、潮風トレイルのコースとなる石巻市や女川町の海の幸を使った3つのご当地弁当、名付けて「道弁」。お弁当とはいうものの、歩いて食することができるよう、中身は地元の具材を用いたおむすびが主役。女川町で寿司店併設の鮮魚店を再開した親子や、石巻市雄勝、同鮎川の漁師のお母さんたちが、地元の味をおにぎりに仕上げました。

 道弁のプロデュースには、「東北食べる通信」を創刊し、2014年度グッドデザイン金賞を受賞したNPO法人「東北開墾」が当たっており、セレモニー会場では代表理事を務める高橋博之氏が、食を通じた新しいコミュニティづくりと題するディスカッションに参加していました。

package-michiben.jpg 道弁のパッケージ(上写真)は、被災からの再起を目指す作り手の営みと産地MAPの紹介リーフレットを兼ねています。道弁を手にした人が、そこを訪れ、交流することで、食材の作り手と食する人とのご縁を繋ぎ、結ぶ媒介役を果たして欲しいという願いが込められているのですね。

 インターネットの普及で、情報を得ることは、いとも容易になりました。しかし、文字面や映像といったうわべの知識だけでは見えてこない作り手の想いや、産地の風土・文化に直接触れることで、初めて気づくことがあるはず。それが何よりの味付けとなり、人の命を支える食べ物の作り手への敬意や、食材への感謝に結びつくことを、庄イタもViaggio al Mondoを介してお伝えしてきました。

 以下、道弁のラインナップをご紹介します。まずは道弁エントリー番号1番、石巻市雄勝地区の行政区長が推薦した選抜女性メンバーで結成された「おがつスターズ」から。浜言葉で「人たち」を意味する「すたず」とスターズの秀逸な掛け言葉(笑)。

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【Photo】(写真左から)宮城で最もホタテ養殖が盛んな雄勝。水揚げしたての大ぶりな帆立貝を煮込んで一晩味を染ませ、炊き込みご飯にした看板メニューの「ホタテ」。活アナゴを天ぷらにしただけの素材の味が引き立つ「アナゴの天むす」。雄勝湾や追波湾の昆布を乾燥後、荒削りしたとろろ昆布で塩むすびをふんわり包み込んだ「とろろ昆布いずれも画像拡大可〈click to enlarge


 道弁エントリー番号2番、女川町小乗浜「おかせい」。女川で70年近く続く水産物加工卸会社。加工場や売り場を流失し、避難所暮らしの中で口にした寿司の味に発奮した兄が卸し担当、弟が小売担当となり、ふさぎ込んでいた父の背中を押す形で震災から7カ月後に寿司や海鮮丼を提供する寿司店を開業。

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【Photo】(写真左から)脂が乗って肉厚と築地の仲買人から指名買いが入る宮城産アナゴ煮を甘辛く味付けした「アナゴ煮」。おかあさんたちが殻むきし味付けしたホヤと紫蘇の香りが酢飯とベストマッチする「ホヤとしそ」。志津川に代表されるアワビを食した三陸のタコは、明石と並び称される逸品。「おかせい」の看板商品「たこめしの素」にも用いる煮付けたタコがたっぷり入った「タコ 画像拡大可〈click to enlarge


 道弁エントリー番号3番、石巻市鮎川「ぼっぽら」。牡鹿半島の先端部にある鮎川は、捕鯨の一大拠点だった。牡鹿の方言で「急に、備えなしに」を意味する「ぼっぽら」という名のお弁当屋を2012年7月に立ち上げたお母さんたちが、クジラやホヤを使った弁当を注文に応じて手作りする。

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【Photo】(写真左から)金華山沖は黒潮と親潮が出合う世界三大漁場。リアス式の入り組んだ地形が複雑な潮流を生み、肉厚のワカメが養殖される。冬に種付けして春には収穫できるため、浜復活に向けた第一歩となった磯の香が広がる「ワカメ」。近海で捕獲されたクジラを余すところなく使うのが、ニッポンの鯨食文化。種類によって食べ方を変える鮎川のお母さんがお薦め「ツチクジラのつくだ煮」。国内生産高の9割を占める宮城の養殖ギンザケ。脂が乗ったギンザケとベストマッチな海苔を巻いた「焼きギンザケ 画像拡大可〈click to enlarge
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 米どころ宮城ならではの冷めてもなお美味しいご飯のお味は、宮城の観光PRキャラクター「むすび丸」も太鼓判。さて、あなたはどの道弁を、みちのく潮風トレイルを巡る旅の道連れになさいますか?
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みちのく潮風トレイル
 URL: http://www.tohoku-trail.go.jp/

おがつスターズ
 住:宮城県石巻市雄勝町雄勝字伊勢畑24
 Phone:080-8221-1430
 営:電話での注文に応じて弁当販売、ケータリングに対応 不定休
 URL: https://www.facebook.com/ogatsustars
 メニュー:旬の素材を使ったお弁当 (例:ホタテご飯500円)

おかせい
 住:宮城県牡鹿郡女川町小乗浜字小乗115
 Phone:0225-53-2739
 営:11:00-16:00(鮮魚販売は8:00-17:00) 水曜定休
 URL: http://www.rakuten.co.jp/okasei/
 メニュー:寿司・海鮮丼ほか魚介料理(例:特撰女川丼2500円)

ぼっぽら食堂
 住:宮城県石巻市鮎川浜北18-4
 Phone:080-2816-1389
 営:11:00-13:00(売り切れ次第終了) 日曜定休 臨時休あり
 URL: http://mermamaid.com/
 メニュー:日替わり弁当500円 ※完全手作りのため当日10:00頃までに電話注文

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2014/10/13

再見。石窯ピザOzioオッツィオ

 大粒のブドウが旬を迎える頃、鶴岡のフルーツタウン櫛引でのブドウ狩りと併せてクリア必須のミッションが庄イタには存在します。それは庄内産ブドウをふんだんに使ったピッツァを仙台市青葉区国見の「石窯ピザOzioオッツィオ」で食すること。

 山形県酒田市出身の石川淳さんと仙台市出身の雄子さん夫妻が営むオリジナルピザとパスタ料理の店Ozio。ご主人の郷里である庄内や、かつて店があった山元町など、生産者から直送される旬の素材を取り入れた、まさに庄内系イタリアンな創作メニューを提供しています。

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【photo】Ozio(=イタリア語で「のんびりした時間」の意)という店名にある通り、ゆったりした時間が流れる山元町が気に行って店を構えたという石川さんが、縁あって仙台に移転して2年半。山元時代からの馴染み客に加えて新たなファンを開拓している淳さん(右)と雄子さん(左)ご夫妻。トンボ玉作家の顔も持ち合わせる雄子さんは、トンボ玉工房「Morelloモレロ」を主宰し、Ozioでは制作体験を組み込んだコース設定も

 今年7月にハードカバー改訂版が出版された労作「土着品種で知るイタリアワイン」は、個性豊かなイタリアワインを知るには好適な一冊です。その著者であり、イタリア・ボローニャを拠点にワインジャーナリスト兼コンサルタントとして活躍するのが中川原まゆみさん。

 中川原さんは、3年前、東日本大震災の発生を受け、ジャーナリスト仲間や親しい生産者たちに、被災したイタリアンレストランのための義援金を呼びかけました。仲介を依頼された庄イタが総額11,515ユーロを橋渡しした先5軒のひとつがOzioでした。《Link to back number

jun_yuko-ishikawa.jpg【photo】自作した石窯の前で仲睦まじく立ち働く石川ご夫妻は息もぴったり。木の温かみを感じるログハウスで、創作ピザを召し上がれ

 宮城県亘理郡山元町の海岸近くにあったOzioは、3.11の津波で壊滅。かつての場所は町によって災害危険区域に指定され、現地再建を断念せざるをえませんでした。そこに手を差しのべたのが、庄イタも良く存じ上げている東北福祉大学の某氏。山元にあった店に以前から通っていたという、この大学関係者の好意により、同大国見ケ丘第一キャンパスの一角を新出発の地として紹介されます。

 そこは1997年に仙台市宮城野区港地区で開催された第8回JAPAN EXPO「国際ゆめ交流博覧会」にスロヴェニア館として出展したログハウスを移築した東北福祉大学スロベニア記念館。石川さん夫妻が2か月近くをかけて自作した石窯が完成した2012年4月、13カ月あまりの空白を経て店は再開を果たしました。

ozio_kunimi.jpg【photo】アドリア海に面したイタリアの隣国スロヴェニアのログハウスを活用したOzio外観。東北福祉大の学生食堂を兼ねるとはいうものの、一般客の利用も当然OK

 外パリ・中モチの生地の美味しさが命ともいえるナポリピッツァとは異なり、フカフカの生地に旬の素材をトッピングしたOzioのピザ。庄イタが愛するナポリピッツァと方向性は違いますが、遊佐町産パプリカなど、ご主人の郷里である庄内や山元町時代から繋がっている生産者から届く旬の新鮮素材を使ったオリジナルメニューは、パスタを含めてどれも魅力たっぷり。

 鮮度の良い生野菜や生ハムなどのアンティパスティ・ミスティに日替わりで3種から選べるピザorパスタ+セットドリンクの平日限定ランチセット(1,350円)がお薦め。いつも美味しいデザートが付く「欲張りセット」(1,650円)も。

   insalata_ozio.jpg pesca-proschutto-ozio.jpg
【photo】平日限定ランチセットと欲張りセットのサラダは、ご覧の通りの充実ぶり(左写真)。ランチセットは3種のピザとパスタ料理からの選択制。9月末に食したのは、庄内産白桃と生ハムの冷製スパゲッティーニ(右写真)

 そんなOzioで、昨年もこの季節に食したのが「庄内産いろいろぶどうのピッツァ」。先月末に訪れた時は6種類のブドウを使用しており、チーズはコクを出すため、モッツァレラだけでなくゴーダなど複数をブレンドするとのこと。半分にカットしたブドウがゴロゴロとトッピングされた今シーズンも、深まる秋の味覚を堪能させて頂きました。

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【photo】庄内産いろいろぶどうのピッツァ。この日は6種類のブドウをトッピング。その出元を聞いてビックリ!!! w(゚0゚*)w

 あまたの食材が揃う食の都・庄内で、ブドウ産地と言えば、昼夜の寒暖差が大きく、昔は暴れ川だった赤川の氾濫原ゆえの砂礫土壌を拓いた鶴岡市西荒屋。ブドウのみならず果樹栽培が盛んな西荒屋地区の「産直あぐり」に出荷している生産者は89にも上ります。

 帰りしなに石川ご夫妻と会話を交わして驚いたのが、庄イタが慌ただしく日帰りでブドウ狩りに訪れた翌週、石川さんたちも西荒屋の佐久間良一さん・みつさんのもとでブドウ狩りをしていらしたとのこと。予期せぬ形で素材の答え合わせができました。

 いやー、世間は狭い。

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石窯ピザOzio(オッツィオ)
住:仙台市青葉区国見ヶ丘6-149-1 東北福祉大学スロベニア記念館 1F
営:11:00-14:00L.O./17:00-20:30L.O. 水・木曜定休
Phone:022-343-6672 
Pあり 禁煙
URL: http://www.ozio.info/ozio/baner_decobanner.gif 

2014/10/05

いちごワイン by 山元いちご農園

山元いちごの幸せ便

 復活を遂げつつある「仙台いちご」。その最大の産地は、福島との県境を接する宮城県最南部の沿岸部、亘理郡山元町亘理町の沿岸浜通りです。

yamamoto-ichigo1.jpg 震災前は東北最大のイチゴ産地であり、地域の基幹産業であったイチゴの生産園地96ヘクタールのうち、91ヘクタールが津波で流失。129の生産者がいた山元町では98%にあたる124軒、251の生産農家がいた亘理でも9割以上の232人が被災する文字通りの壊滅的な被害を受けました。

 郷里再生に向けた旗頭となるべく、震災発生の3カ月後の2011年6月、3軒のいちご農家が農業生産法人「山元いちご農園」(岩佐隆 代表取締役)を立ち上げました。

【photo】津波浸水域でいち早くイチゴ栽培の復活に取り組んだ「山元いちご農園」では、除塩を必要としない高設式のEM栽培を取り入れ震災翌年2月に完熟イチゴを初出荷した

yamamoto-ichigo2.jpg

yamamoto-ichigo.jpg 国や団体などの助成と借入金を元手に、総事業費4億8,000万をかけて10棟の大型ハウスを整備。40人を新規雇用し、震災翌年の2月に初出荷にこぎ着けました。復活して3回目となる仙台いちごにとって最大の需要期となるクリスマスに向け、冬いちごの出荷が今月末には始まります。

 JAみやぎ亘理管内には復興交付金を活用した最新鋭設備を備えた栽培・育苗合わせて458棟の大型鉄骨ハウスが集積した「いちご団地」と選果場が完成。昨年11月上旬には「感謝の心」というラベルを貼った主力品種「とちおとめ」や「もういっこ」を仙台市場ほか北海道・京浜方面に出荷。稼働2年目の今年も、地域再生に向けて歩みを続けています。

yamamoto-ichigo3.jpg【photo】真っ赤に色付いた山元いちご農園の朝採りイチゴ(上・左)

 多くの犠牲を生んだ震災発生以降、東北大災害研や電通グループとの共同作業で、庄イタが取り組んでいるのが、地域事情に応じた津波避難訓練モデル構築を目指す「カケアガレ!日本」です。

 今年6月14日(土)、自動車を使った津波避難訓練が山元町で行われました。翌日には同町花釜地区で住民による意見交換会があり、カケアガレ!日本企画委員会として聞き取り調査を実施。その際、昼食に立ち寄ったのが、山元いちご農園が今年2月にオープンさせた「Berry Very Labo ベリー・ベリー・ラボ」。

 地場産品の直売所を併設したそこでは、自家製イチゴをたっぷり使ったフードメニューやドリンクメニューを味わうことができます。お腹を空かせた庄イタがオーダーしたのが、ベリー・ベリー・ラボがイチオシする「いちごカレー」と「フレッシュいちごジュース」。収穫期の最終盤に差し掛かりつつあった主力品種「とちおとめ」と、甘めのカレーとの意表を突いた組み合わせです。

     yamamoto-ichigo4.jpg  yamamoto-ichigo5.jpg
【photo】ベリー・ベリー・ラボの人気メニュー「いちごカレー」(写真左・右) 「イチゴとシーフードのクリームパスタ」(ともにサラダ付き850円・税込918円)や「おすすめランチ」(11:00~13:30/サラダ付き850円・税込918円)。 いちご100%使用の「いちごジュース」(380円・税込410円)

 甘酸っぱさとマイルドなスパイシーさが入り混じるそのお味にご興味がおありなら、30分食べ放題の摘み取り体験ができるイチゴ狩りがてら、どうぞ山元にお出掛けください。摘み取り体験ができるのは1月初旬から6月中旬にかけて。お帰りには、お隣り亘理町・JR常磐線山下駅近くの洋菓子店「お菓子のアトリエ・リモージュ」の看板商品、上質な生クリームとスポンジ生地の中に隠れんぼをした亘理産イチゴを求肥で包み込んだ冬季限定「イチゴのシルキーケーキ」のお買い求めもお忘れなく。

yamamoto-wine7.jpg【photo】山元いちご農園産イチゴを100%使用した「いちごワイン」。色合いが綺麗なフロストボトル(左)と紫外線による変質防止効果の高いグリーンボトル(右)の2種類(中身は同一)

 姿恰好が個性的など、規格外のイチゴに新たな付加価値を与えるべく、山元いちご農園が六次化の成果として商品化したのが「いちごワイン」。10月4日(土)、ベリー・ベリー・ラボで、齊藤俊夫町長や阿部均町議会議長を招いてのお披露目会が行われました。

yamamoto-wine8.jpg【photo】ベリー・ベリー・ラボのテラス席からは、発災から3年半を経過し、集団移転用地の嵩上げ工事が進む山元町の姿を見ることができる。今年12月には常磐自動車道の未開通区間だった相馬IC-山元IC間が開通する

 冒頭、挨拶に立った岩佐社長が語ったのが、かつて地元・山元のイチゴを使った果実酒を作りたいと互いに夢を語った一年後輩の故・桔梗幸博さんのこと。宮城県内初のイチゴ果実酒を製品化した桔梗長兵衛商店は、ご当主の幸博さんが犠牲となり、残念ながら廃業に追いやられました。が、このほど山元いちご農園が100本の数量限定で製品化したいちごワインの誕生を、きっと亡き桔梗さんも天国で喜んでいることでしょう。

yamamoto-wine9.jpg いちごワイン醸造の委託先として選んだのが、郷里再生に向けて歩み始めたばかりで、まだ体制が万全とはいえない山元いちご農園の事情を何かにつけ勘案してくれた酒田市浜中の「オードヴィ庄内」。庄内砂丘特産のメロンや、刈屋梨を使用した果実酒の製造実績があり、パートナーシップを組んだのだそう。

 グラスからはイチゴ果汁100%ならではの甘酸っぱい香りが立ちあがってきます。口に含んだロゼのような美しい色合いの液体は、香りから予想したほど甘口ではありません。イチゴを生食するよりも複雑味があり、安価なワインにありがちな薄っぺらさや水っぽさもありません。

 「ほぉ~、なかなかのお味」

 そう思って改めて眺めたエチケットには、赤く熟したイチゴのイラストが描かれ、青いガクは山元町の鳥であるツバメをデザインしたもの。キャッチフレーズは「山元いちごの幸せ便」。ほんのり甘酸っぱいこのワインが、きっと味わった人と山元町に幸せを運ぶ青い鳥になってくれることでしょう。
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◆ 山元いちご農園 いちごワイン
 ・原材料: 山元町産イチゴ、
       酸化防止剤(脱硫酸塩)
 ・アルコール分: 8%
 ・720mℓ:2,000円 ・360mℓ:1,200円(各税別)
 ・フロストボトル・グリーンボトルの2種類
  (中身は同一)
 ・初ヴィンテージは100本限定

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山元いちご農園株式会社
 Berry Very Labo ベリー・ベリー・ラボ
 住:宮城県亘理郡山元町山寺字稲実60
 Phone:0223-37-4356
 営:10:00-17:00 月曜定休
 URL: http://yamamoto-ichigo.com/
     http://berryverylabo.com/

 【商品取り扱い】
        ・山元いちご農園内 Berry Very Labo ベリー・ベリー・ラボ 
        ・橋元商店 山元町山寺頭無161-1 Phone:0223-37-0036 
                 営:7:00-19:00 第1・3・5日曜定休
        ・仙台名店ドットコム http://www.sendaimeiten.com/

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2014/07/12

第二十八共徳丸に思う

 沖縄から南東北の日本海側に深い爪痕を残した台風8号。空模様を気にしながら、津波防災関連の仕事で岩手県陸前高田市と宮城県気仙沼市に出張した日は、震災から3年4ヶ月目の月命日でした。

rikutaka-2014.7.11.jpg【Photo】高台に移転した陸前高田の仮庁舎から旧市街地に戻ると、およそ10mの嵩上げを要する旧市街中心部に土砂を運搬する「希望の架け橋」と名付けられたベルトコンベアーの巨大プラントが、さらにスケールアップして稼働中〈click to enlarge

 県境を越えて気仙沼に入ると、台風の接近による時化(しけ)から避難したと思われるカツオ一本釣り漁船が、魚市場脇の桟橋に多数停泊中でした。魚市場に併設される観光施設「海の市」は、建物2階にあるフカヒレ生産高日本一の気仙沼ならではの「シャークミュージアム」がこの春先行OPEN。津波の直撃を受けて休業中だった1階の物販ゾーンが、来週19日に待望の再出発を果たします。

porto_kesennuma2014.7.11.jpg【Photo】気仙沼魚市場脇の桟橋には、漁期を迎えたものの、水揚げが遅れていたカツオ一本釣り漁船が、台風を避ける為に多数停泊していた〈click to enlarge

 地盤沈下と津波の猛威に晒された魚市場付近の岸壁は、海中のがれき撤去と補修がほぼ終わり、今では大型の漁船が接岸できるようになっています。港に停泊中は、思い思いの時間を過ごす船員たちの姿が見られます。こうした何気ない営みに海と生きる町・気仙沼の日常が、ほんの少しでも戻ってきていることを感じることができました。

28er-kyotoku-maru.jpg【Photo】見覚えのある名前、青と赤の配色。「二」の文字がなければ、昨年10月末に解体された「第十八共徳丸」の残像と出合ったかのよう〈click to enlarge

 宮崎や高知停泊中の漁船の中で、庄イタが船尾に書かれた船名に目が止まったのが「第二十八共徳丸」。

 そう、気仙沼市鹿折地区の海岸から750mも内陸側に打ち上げられ、保存か解体かで議論を呼んだ大型巻き網船「第十八共徳丸」(330トン)と同じ福島県いわき市の水産会社「儀助漁業」が所有する漁船です。

18er_kyotoku-2013.8.jpg【Photo】流出した燃料用の重油タンクに引火して焼け野原となり、気仙沼の中でも被害が著しかった鹿折地区に打ち上げられたまま、解体される間の2年半を陸で過ごした「第十八共徳丸」。現在、気仙沼市中心部の浸水域一帯では、大規模な嵩上げ工事が行われている〈click to enlarge 

 昨年夏に実施された気仙沼市民対象の意向アンケートでは、第十八共徳丸を保存すべきと考える人が16%に留まり、保存は必要ないとする意見が68%を占めました参考データ。被災地においてすら震災の記憶の風化は進んでいます。

 苦い経験を繰り返さぬよう、震災遺稿として船を残すべきだとする人々からの非難を承知で、「目にするのは苦痛だから撤去すべき」との声に配慮して解体という苦渋の選択に踏み切った船主の柳内克之社長(41)は、排水量375トンの同じ名前を付けた大型船を地元いわきで建造し、昨年1月に進水式を終えています。

18er-kyotoku_2013.8-2.jpg【Photo】3.11以降、打ち上げられた第十八共徳丸の船首部分には自動車が下敷きとなっていた〈another picture〉。紆余曲折を経て解体された後、気仙沼市全体でいまだに230人にのぼる行方不明者の捜索が行われたが、発見には至らなかった

 保存か解体かで物議をかもした船と同じ名前を新造船に付けた理由が、昨年末の河北新報に掲載された柳内社長のインタビュー記事で明かされていました。苦しい時に助けてもらった船が陸で朽ち果ててゆくのを見るのは忍びなかったこと。そして大海原に向けて出港した船は、大漁旗をなびかせて戻ってきたほうが、気仙沼が活気づき、気仙沼市民もまた嬉しいだろうこと。

2014.7-mercato_kesennuma.jpg【Photo】水揚げされたばかりのカツオ(写真手前)を手分けして保冷箱に詰める作業で活況を呈する復旧した気仙沼魚市場。隣接する海の市は7月19日(土)3年4か月ぶりの再OPENを果たす

 一方で、震災発生当時、チリ地震津波(1960年・昭和35)を体験した人の多くが存命し、昭和三陸津波(1933年・昭和8)や明治三陸地震津波(1896年・明治29)の教訓を刻んだ石碑が、三陸沿岸には317カ所も存在していたといいます。にもかかわらず、およそ2万人の人命が失われた事実を私たちは重く受け止めなければなりません。

 当初は後世のために船を保存すべきだと考えていた庄イタも、その船主の言葉に溜飲を下げました。かく申すものの、文字や映像などの記録だけでは、大津波の猛威を実感として感じることはできないと囁くもう一人の自分が、今も確かに存在します。

 理不尽にも突如として生命を絶たれた多くの犠牲を無にしないため、万が一への備えを怠ってはなりません。街の再生に欠かせない土地の嵩上げのため、第十八共徳丸を解体・撤去した気仙沼市民の選択に対する評価は、子や孫たちによって30年後・50年後になされることでしょう。

2014.7-mercato_kesennuma2.jpg【Photo】カメラのフラッシュ気付き、見学者デッキの庄イタに向かって高々と両手に持ったカツオを掲げて下さったサービス精神溢れる海の男が若干2名(笑)

 一回り船体が小さく、数字は異なっても先代と同じ青と赤の配色の第二十八共徳丸が、気仙沼に停泊する姿は、感慨深いものがありました。新造された共徳丸が、再び大漁旗を掲げて入港すること、そして一日も早い復興を願って第十八共徳丸の解体と新造を決めた船主と被災者の選択は正しかった、と後世まで言い伝えられるよう、切に願います。

 今回は自戒の念を込めて2000年前にユリウス・カエサルがガリア戦記第3巻18節に残した警句で締めくくりましょう。
   ・quod fere libenter homines id quod volunt credunt. 【ラテン語原文】
   ・えてして人は自らが欲する現実しか見ようとしない。【現代語意訳】

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2014/06/29

La porchetta è pronto

ポルケッタ、焼き上がりました。
@仙台勝山館ビュッフェ・デリ仙台三越

 四方を海に囲まれた日本では魚食文化が発達しました。かたや三方を海に囲まれたイタリアにも魚食文化は存在しますが、欧州全体を見渡すと肉食文化が主流。

porchetta.jpg【Photo】仔豚をこんがり丸焼きにした「ポルケッタ」売りの屋台。切り分けてパンに挟んだパニーノなら3.5エウロ(=約490円)のワンコイン感覚。ローマ郊外にて
 

 冷蔵技術が未発達だった時代は、塩蔵や発酵、燻製によって食品の保存性を高める狙いもありました。ラテンのあくなき食に関する欲求は、さまざまな肉を加工した食品をイタリア各地で生みだしてきました。

2003.Otto-3.jpg【Photo】マルケ州セニガッリアのメルカート脇でスィニョーラが店番をしていたポルケッタの屋台(上写真)。空腹ではなかったため、パニーノにはせず、そのままをオーダー。ハーブの香りと適度な塩味が利いたパンチのある味付け。脂身の少ない赤身とパリっとした皮がクセになるおいしさ(下写真)

03.Ottobre-3senigallia.jpg 豚の後ろ足のモモ丸ごと一本を加工する生ハムは「サン・ダニエレ」と「パルマ」が二大看板でしょう。非加熱の生ハムは、モモ肉の「スペック」のほか、首と肩の「コッパ」、稀少で高価な「クラテッロ」、カルボナーラの具となる「グアンチャーレ」など多彩。同様に非加熱のソーセージ「サルスィッチャ」、ミラノのレシピが有名な「サラメ」、バラ肉のベーコンに相当する「パンチェッタ」、肉と脂身を温燻するボローニャ発祥の「モルタデッラ」など、枚挙にいとまがありません。

 首都ローマを擁するラッツィオ州、ペルージャが州都のウンブリア州、アドリア海に面したアンコーナを州都とするマルケ州など、おもに中部イタリアで親しまれる料理が、今回のお題となる「ポルケッタ」です。

本来のポルケッタは、仔豚の丸焼きを指します。ポルケッタは、リストランテやバール、あるいは家庭で食するというよりは、ポルケッタ売りの屋台で売られる気取らない料理です。食べ方はパンに挟んだ「Paninoパニーノ(複数形⇒「Paniniパニーニ」)」がポピュラー。

【Movie】ポルケッタの街として知られるラッツィオ州アリッチャで1940年に創業したLeoni Randolfoにおける伝統製法によるポルケッタ作りの模様

 イタリア半島の先住民族であるエトルリア人の時代まで起源が遡るとする説もありますが、文字を持たなかった民族ゆえ真偽のほどは定かではありません。時代が下って帝政ローマ期にはすでに存在していたポルケッタ。ローマからアッピア街道を下り、ローマ法王の夏の避暑地として知られる丘陵地帯カステッリ・ロマーニにある小さな街、「Aricciaアリッチャ」は、その本場として知られています。

 ローマで気軽に飲める白ワインとして親しまれるのが「Frascatiフラスカーティ」。その産地にほど近いアルバーノ湖対岸にあるアリッチャの街に伝わるレシピで作られるポルケッタは、伝統的な手法に則って限られた地域で生産される食品や農産物に対し、EU欧州連合が定めた商標「I.G.P.(Indicazione Geografica Protetta.=保護指定地域表示」認証を受けています。

shozan_porchetta.jpg【Photo】リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン矢島広之料理長が素材を厳選。仙台勝山館三越店ビュッフェ・デリに新登場したポルケッタ

 I.G.P.指定を受けたアリッチャのポルケッタに用いる仔豚は例外なくメスのみ。屠畜した豚の肋骨や背骨をナイフを使った手作業で取り除いてから、身の内側に塩・黒コショウ・ニンニク・ローズマリーを擦り込みます。時に御頭つきのまま、スノコ状に胴体を巻き、丸ごと大きな串に掛けてじっくりと時間をかけて焼き上げます。皮にはナイフで穴が開けられるため、焼成の間と粗熱が取れる間に、相当量の脂が落ちるため、しつこさを全く感じなくなります。

 「Fraschettaフラスケッタ」と地元で呼ばれる気軽な居酒屋のメニューに欠かせないのが、「Porchetta di Ariccia I.G.P.」。アリッチャでは例年9月を迎える頃、街に通じるローマ時代の水道橋を模して19世紀に造られた3層からなる陸橋Ponte di Ariccia からバロックの天才建築家・彫刻家ベルニーニが設計したキージ宮前の広場にかけて、数多くの屋台が並ぶ「Sagra della Porchettaポルケッタ祭り」が行われ、会場ではパニーノをほおばる人出で賑わいます。
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【Photo】仙台勝山館三越店ビュッフェ・デリでは、ポルケッタを100g前後に切り分け、土曜・日曜のみの週末限定で販売する

 庶民の味、ポルケッタが、仙台三越定禅寺通り館地下1階の「仙台勝山館三越店ビュッフェ・デリ」に6月7日(土)から新登場しました。「リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」矢島広之料理長が、ウンブリア州ペルージャでの修行時代に慣れ親しんだ本場の味を再現したのだといいます。

 ポルケッタに使用するのは余分な脂が少なくキメ細やかな肉質の「宮城野ポーク」のバラ肉。味付けには、自然豊かなイタリア・サルデーニャ島の天日干し製法で精製される海塩、西東京市にある「ニイクラファーム」のセージやローズマリーなどのハーブ類、青森県田子(たっこ)産ニンニクを使っているのだそう。素材選びには決して妥協しない矢島シェフらしいですね。

shozan-porchetta3.jpg【Photo】バラのような形のローマ伝統のパン「ロゼッタ」風のパンに挟んだ矢島シェフ特製の厚切りポルケッタ。これにカプチーノが加われば、気分はもうローマの休日

 これぞ!!というポルケッタにこれまで出合えなかった仙台で、懐かしいイタリアの味が楽しめるようになりました。今のところ土日週末限定で、テークアウトのみ。刻みタマネギやパセリをオリーブオイルで和えた専用ソース付きで100gあたり648円。日本では入手が難しいチャバッタやロゼッタなどのイタリアパンは無理でも、そのままフォカッチャ系のパンに挟んでパニーノで食べるのが一番かと。

 Buon appetito~♪
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取り扱い:仙台勝山館 三越店(ビュッフェデリ
住: 仙台市青葉区一番町4丁目8−15仙台三越 B1F
Phone(直通): 022-224-2850
営:10:00-19:00 ポルケッタは土日のみ数量限定

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2014/06/21

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈後編〉

命の糧を作る人と支える人が、
 かくも美しき山里で座を囲む小昼の楽しみ

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈前編〉より続き

 9年目を迎えた鳴子の米プロジェクト。前回はプロジェクトのシンボルであるコメ「ゆきむすび」が、まだ系統名の「東北181号」と呼ばれていた2006年、最初に試験栽培をした3人のひとりである高橋正幸さんのもとに、作り手と支え手が集った交流会前半の田植えの模様をご紹介しました。

nuruyu_onikobe20080611.jpg【Photo】ここ寒湯(ぬるゆ)は、今年の交流会が行われた中川原と岩入(がにゅう)に挟まれた東北181号が初めて試験栽培された地区のひとつ。田植えを終えて間もない6月。水鏡に映るのは、雪解け水や栗駒山系の伏流水の恵みをもたらす山々

 鬼首のコメには、忘れがたい記憶があります。岩手・秋田・宮城の3県にまたがる栗駒山の標高1,126(イイフロ)m地点に乳白色をした強酸性の湯が湧き出でる雲上の名湯、須川温泉から仙台に戻るには、ブナやナラの原生林の間を縫うように進むR398を通ります。須川からは湯浜峠を経て花山湖に向かうのが通常ルート。

1126_former-sukawa.jpg【Photo】岩手・宮城内陸地震で損傷し、取り壊されたのが、「須川高原温泉」の名物だったこの「千人風呂」。一つの源泉の湯量では国内2位となる毎分6,000ℓもの豊富な湯量を活かした大露天風呂「大日湯」のほか、かつて温泉プールだった場所に新たな内湯が設けられ、今も変わらぬ素晴らしい湯をすべて源泉掛け流しで満喫できる

 最大震度6強の揺れが襲ったことで、大規模な山体の崩落が発生するなどして、観光面で今も尾を引く痛手を受けた岩手・宮城内陸地震が発生する4年前の2004年9月末。走り慣れたコースから、山頂付近が色付き始めた栗駒を背にしてカーナビをもとに鬼首・鳴子方面に抜ける通称「鎌内林道」こと県道248号線入ったのは、ちょっとした気まぐれだったように思います。

kamauchi-rindo.jpg【Photo】栗駒の豊かな自然のありようを象徴するブナやナラの原生林を抜け、R398から鳴子・鬼首方面への近道となる鎌内林道。比較的フラットなダート路の先には予期せぬ光景が待ち受けていた

 当時は前輪に225/45R、後輪に245/40R17の扁平タイヤを装着した足回りが固く車高の低い車でしたが、ダート道とはいえ路面の凹凸は少なく、通過に手こずることはありません。山中を速度を上げずに進むことしばし。ほの暗い森を抜け、突然視界が開けました。そこには、頭を垂れた稲穂が夕陽を受けて輝く田んぼが、道に沿った狭い平地に開かれていました。

 「こんな山奥でコメ作りをしているなんて...。」鬱蒼とした森の中を進む 山道を下ってきた後だっただけに、より一層、驚きと畏敬の念を抱かせる光景が私の目の前にありました。やがて人家も現れたそこは鬼首岩入(がにゅう)地区。そう、それから4年の時を経て「ゆきむすび」と後に名付けられるコメ、東北181号が初めて植えつけられた地だったのです。

fiori-onikobe-2014.5.25.jpg【Photo】コメ作りをやめた耕作放棄地に搾油のため植えられた菜の花が、大地を鮮やかな黄色に染める。ミツバチやクマバチが蜜を求めて舞う一角で、小昼の準備をする生産農家など事務局メンバー

 
 鳴子の米プロジェクトは、消費者が安心して食せる冷害に強いコメを、米価低迷にあえぐ農家が、継続して作ってゆける手取り額を確保しようとする試みです。そのため相互の信頼と顔が見える関係性を重んじています。農器具の調達・維持などの必要経費を差し引いた金額が、米作農家に毎年渡るよう、1俵あたりの農家の手取り額18,000円を保証する60kg24,000円で消費者が買い支えることが肝要。

 長期凋落傾向から一転、東日本大震災後のコメ不足から、米価に幾分持ち直しの機運がありました。しかしながら、長びくデフレで生活者の価格志向は否応なく強まりました。そのため、5kg2300円超の高値を維持してきたコシヒカリなどの銘柄米を敬遠し、9割近くを米国やカナダ・豪州産の輸入に頼る小麦を原料とするパンや麺類に乗り換えることで生活防衛に走った都市生活者は少なくありません。

yamaga-shun-ichi2014.jpg【Photo】「山が旬の市」を運営するお母さんたちが持ち寄った地場産品を買い求める交流会参加者

 干ばつや洪水被害などの異常気象が地球規模で頻発する昨今。市場原理で動く食料、わけても主食となる穀物を安定して供給することは、安全保障上からも、国の根幹をなす1丁目1番地の課題。国が飢えては高品質な自動車や精密機器は輸出できません。日本の主食であるコメ離れは耕作放棄地を広げる大きな要因です。生産農家の高齢化が著しい鬼首もその例外ではありません。コメ作りをやめた農地は荒れ放題となり、耕作適地として復活させるには、膨大な手間が必要となります。

 
 庄イタが交流会に参加する一番の目的は、水稲の栽培環境としては厳しい山あいにある鬼首で、作り手の皆さんと農作業を共にする機会であること。これは、ともすると、コメの銘柄や産地や食味の優劣にばかり目が行きがちな都市生活者にとって、血となり肉となる大切な命の糧を育む尊い仕事を人任せにする、いわば他人ごとから、我がこととして実感する契機ともなるはずです。

kobiru-2014.5.jpg【Photo】力を合わせてともに田植えを終えた作り手と支え手、そして小昼を用意して下さったお母さんたちによる交流会恒例の自己紹介タイム

 交流会の大きな楽しみが、作業を終えた皆で座を囲み、農家のお母さんの手料理を食する「小昼(こびる)」の時間です。梅雨の走りを感じさせる曇天のもとで交流会が行われたこの日。鬼首は変わりやすい山の気候ゆえ、2009年に参加した時と同じく屋内での小昼の方が無難との声も上がったそうです。それでも見ごろを迎えた菜の花畑で食事を共にした方が、より美味しかろうということで、予定通り屋外での小昼となったとのこと。

 気まぐれな山の天気をも味方につけ、そんな懸念をも吹き飛ばす心掛けのよいメンバーが、この日は揃ったようです。その何よりの証拠に、花盛りの菜の花に囲まれた小昼は、雨に降られることもなく、和やかな笑顔に満ちたひと時となりました。

kobiru1-2014.5.jpg【Photo】さまざまに工夫を凝らして味付けされ、おむすびのために作られた専用の木桶に盛り付けされたゆきむすびのおにぎり

 小昼の場としてご用意頂いたのは、山あいを見渡す限り黄色に染める菜の花畑に囲まれた一角。そこに地場産品を扱う産直「やまが旬の市」を運営するお母さんたちが用意して下さった山の幸を使った手料理と、鬼首在住の県内で唯一の桶職人、金田孝一さんの手になる桶に入ったゆきむすびのおむすびが運ばれて来ました。いつもながら、食べてしまうのが勿体ないほど美しく盛り付けられたおむすびの数々。

kobiru2-2014.5.jpg【Photo】麹南蛮味噌焼おにぎりの付け合わせとしてピカ一の美味しさだったのが、甘口味噌で味付けされたタケノコの水煮。味噌づかいが文字通りミソとなって素材の旨味が増幅。素朴ながらも滋味深い味わい

 プロジェクト発足当時は、大崎市鳴子総合支所に勤務し、本庁勤務となった今も世話役として活躍する安部祐輝さんの進行で小昼が始まりました。上野健夫理事長のご挨拶から、今年の田植え交流会が行われた水田の持ち主である高橋正幸さんまで、恒例の作り手・支え手相互の自己紹介から。飾らない笑いの輪が広がってゆきます。こんな互いに顔の見える近しい関係が、多くの共感を呼んだ鳴子の米プロジェクトを支えています。

yukimusubi-doburoku.jpg【Photo】発酵食造りが盛んな「ふつふつ共和国」を標榜する大崎市の面目躍如。ゆきむすびで仕込んだ「ゆきむすび 鬼のどぶろく」(alc.12%~13%未満/ 容量:300ml/ 750円)

 緑が目にも鮮やかなハウチワカエデやツバキが彩りを添えるおむすびは、王道の梅干し海苔のほか、麹南蛮味噌焼おにぎりに加え、きなこ、ショウガといった味付けも。地域に活力と潤いを与えたコメの美味しさを、さまざまな具材と組み合わせて表現すお母さんたちの創意工夫には感心するばかり。でんぷん質の粘性が高い低アミロース米、ゆきむすびのモチモチした食感は、ご飯が冷たくなった弁当やおにぎりでも、作り手の熱い思いと同様に美味しさが失われることはありません。

 もうひとつ交流会で庄イタが楽しみにしているのが、ゆきむすびで仕込んだどぶろく。それが目当てで、プロジェクト事務局が用意した温泉街から出るマイクロバスを利用したのです。作り手の席には一升瓶も登場し、そこだけは農作業後の軽い食事を意味する小昼というより、田植えを終えた謝意を田の神に捧げる祝宴「早苗饗(さなぶり)」さながらの盛り上がり。

onokobe-kagura2014.5.jpg【Photo】興が乗るまま、郷土の伝統芸能「鬼首神楽」の一節をご披露頂いた鳴子の米プロジェクト作り手部会長の後藤錦信さんは、大正期に発足した歴史ある鬼首神楽保存会の会長でもある

 濃醇なコメの旨味が凝縮したどぶろくの酔いも手伝って、ほんのりと赤らんだ顔もちらほら。初めのうちは「神前以外では、おいそれとはお披露目しないんだよ」と言っていたのが作り手部会長の後藤錦信さん。やがて求めに応じ、独特の言い回しによる伝統郷土芸能「鬼首神楽」の一節を披露して下さいました。

 宴たけなわ座が盛り上がったところで、そろそろお開きの時間です。

 秋には稲刈り交流会と、天日干し作業の補助を行う杭掛け交流会が実施されます。実りの季節の再会を誓って散会となりました。9種類の多彩な泉質の温泉が湧く鳴子温泉郷の名湯で骨休めしてから家路へと就いたためか、翌日以降も筋肉痛が全く残らなかったこと。そして産直「山が旬の市」のお母さんたち手作りの産品と地場野菜が荷台に積まれた軽トラックの移動販売で購入したキノコと山菜の和え物が、極めて美味であったことを申し添えておきます。
************************************************************************ 
特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト事務局
住:宮城県大崎市鳴子温泉字要害字馬場3-3
Phone:0229-29-9436(土・日・祝日を除く平日9時~16時)
Mail:komepro181@yahoo.co.jp

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2014/06/08

ゆきむすび 田植え交流会2014 〈前編〉

9年目を迎えた鳴子の米プロジェクト

 北海道を除いて全国的に梅雨の季節を迎えました。農作物には恵みの雨でも、当分うっとうしい日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

kobiru_2009.5.jpg【Photo】庄イタが直近で田植え交流会に参加したのが2009年。雨中で行われた田植えの後、地区の集会所に場所を移して行われた小昼(こびる)で挨拶に立つ今は亡き曽根清さん(写真左上)

 二十四節季で穂のなる穀物の種をまく頃を意味する「芒種」を過ぎました。平年比で1週間ほど早く入梅を迎える直前の5月25日(日)、宮城県大崎市鳴子で、NPO法人「鳴子の米プロジェクト」主催による田植え交流会が催されました。プロジェクトがスタートして2年後の2008年、稲刈り交流会から参加した庄イタ。2009年の田植えに参加して以来、交流会には5年ぶりの参加となりました。

kobiru2_2009.5.jpg【Photo】2009年田植え交流会より。参加者のために鬼首在住の県内唯一の桶作り名人お手製の桶に盛られ用意されたのは、食べてしまうのが勿体ないようなお母さんたち手作りのおむすびや漬物、そして特製どぶろく。モチモチした食感が冷めても失われないゆきむすびの味に感謝感激

 2009年は稲刈りにも参加。翌年は都合がつかず、やむなく不参加。震災が発生した2011年以降は、以前にも増して多忙となり、交流会には久しく参加できずにいました。

nakagawara2014.5-2onikobe.jpg【Photo】今年の田植え交流会が行われた大崎市鳴子温泉鬼首中川原地区では、菜種油を採取するため休耕田に植え付けた菜の花が、一面に咲き揃って参加者を出迎えてくれた

 輸入頼みの小麦を原料とするパン食が普及し、余剰米を抱える中で長年維持してきた減反廃止を打ち出したニッポンのコメ作り。経済界の後押しを受けてTPPを推進する政府は、農業経営の大規模化によって活路を見出そうとしています。そうした画一的な発想を当てはめるのが土台無理な条件下にある中山間地での持続可能な稲作に希望の光を当てたのが「鳴子の米プロジェクト」です。

 寒冷な中山間地でも作付可能な耐寒性を備えた食味の優れた品種として、古川農業試験場で開発された低アミロース米「東北181号」を、大崎市鳴子でも最も奥地にある鬼首(おにこうべ)で、3人の農家が試験的に栽培をしたのが、地域に希望を与えた物語の発端です。

nakagawara2014.5-1onikobe.jpg【Photo】国道398号線に抜ける県道248号線が開通する以前、さらに奥地の岩入(がにゅう)地区へと続く旧道沿いに集落が築かれ、山の豊かな雪解け水や湧水を引いてコメ作りが行われてきた中川原地区

 2007年に「ゆきむすび」と名付けられたこのコメの作り手と食べ手が、相互に支え合う関係構築のため、総合プロデューサーに民俗研究家の結城登美雄氏を迎えて発足したプロジェクトでは、田植えや稲刈り、杭掛けといった農作業に購入実績のある顧客を中心に参加を呼び掛けて相互交流を進めてきました。

shigetoshi-takahashi2014.5.jpg【Photo】9年前、ゆきむすびレジェンドが誕生したご自身の水田を前に手植えのコツを説明する高橋正幸さん

 それは日本人の主食であるコメ作りが、いかなる所で、どんな人たちが作っているかを都市生活者に知ってもらうことで、他人任せの人ごとではなく、我がこととして食べ物の大切さを知ってもらいたいという願いあってこそ。人間にとって最も根源的な食する行為を介して結ばれた人と人が、農作業を通して信頼を深め、強い絆を結ぶ場に我がこととして立ち会うため、庄イタも交流会には可能な限り家族を伴って参加してきました。

ueno-takeo2014.5.jpg【Photo】NPO法人鳴子の米プロジェクトの理事長を務める上野健夫さんも、参加者と共にゆきむすびを植え付けた

 寒湯(ぬるゆ)集落の高橋繁俊さんの水田に場所を移した昨年から、交流会を行う水田が毎年変わる方針が打ち出されています。そのため、5年前に交流会でお邪魔した岩入(がにゅう)地区の後藤錦信(かねのぶ)さんの水田から、今年は中川原地区の高橋正幸さんのもとでの交流会となりました。高橋正幸さんは、9年前にゆきむすびという名前が付けられる前の東北181号を試験栽培した岩入の曽根清さん(故人)、昨年の交流会が行われた高橋繁俊さんら、3人のうちの一人です。

taue2-narugo2014.5.jpg【Photo】のぼり旗に記された「つくる人と食べる人がつながり合い、みんなの力で地域の農を守りたい」という鳴子の米プロジェクトの理念通り、力を合わせて田植えを行う作り手と食べ手

 日中の最高気温が28℃にまで達するという天気予報が出ていた交流会当日。午前10時過ぎに鳴子公民館前に集合、プロジェクト事務局が用意したマイクロバスで中川原地区へと向かいました。鳴子の温泉街から鬼首までは、荒雄川を鳴子ダムでせき止めた人造湖である荒雄湖を左手に見ながら、カーブの続く道を30分ほど山あいへと入って行かなくてはなりません。ちょうど見ごろを迎えていた菜の花畑に囲まれた鬼首でバスを降りると、曇りの空模様のせいか、少しひんやり感じるほど。そこは紛れもない山あいの気候でした。

taue1-narugo2014.5.jpg【Photo】大人たちに交じって素足で水田に入った小さな男の子も、時折飛び入り参加するカエルと戯れながら一生懸命に田植えを行った

 冒頭、上野健夫理事長がご挨拶され、まだご自身の田植えを終えていないという作り手部会長の後藤錦信さん、そして水田の持ち主である高橋正幸さんの順にプロジェクトの作り手3名がご挨拶に立たれました。古川農業試験場で品種開発に携わった総括研究員永野邦明さんほか、仙台や東京などから参加した18名が、作り手の方たちと一緒に田植えをする5アールの水田は、9年前に初めて東北181号を植え付けした場所。そこには前もって木製の大きな熊手のような「タカサゴ」(⇒「梶棒」「ワク」「条板」など地方や農家によって用いる農具が異なる)」で線が引かれており、線に沿って3~4株づつ苗を手植えするよう高橋さんからご指示がありました。

taue3-onikob.jpg【Photo】写真奥から手前に向かってまっすぐ植えていたつもりが...。写真中央の4列が庄イタが植えた苗。長靴をはいた足元を深みにとられた参加者が悪戦苦闘するうち、次第に水が濁り始め、最初は真っすぐだった列が怪しくなる場所も。後日、高橋さんが植え直しをしたかも(^^;)

 カエルの合唱を聞きながら泥と格闘することおよそ1時間。長靴の泥を小川の清水で洗い流しました。心地よい汗を流して働いた後は、庄イタにとっては何よりの交流会の楽しみである農作業を終えた後の軽食タイム「小昼(こびる)」が始まります。その模様は、次回「ゆきむすび田植え交流会2014 〈後編〉」にて。
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特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト事務局
住:宮城県大崎市鳴子温泉字要害字馬場3-3
Phone:0229-29-9436(土・日・祝日を除く平日9時~16時)
Mail:komepro181@yahoo.co.jp
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2014/05/25

Digestivo(=食後酒)は適量を。<後編>

Tanti tanti digestivi.

5月X日はディジェスティーヴォの日
Digestivo(=食後酒)は適量を。<前編>より続き

 熟したブドウを酵母の働きでアルコール発酵させた天賦の飲み物がワインであることは論を俟(ま)たない事実。ですが、フランス・ドイツ・ルクセンブルグ・英国といった欧州の一部の国や北米オレゴン・日本などの寒冷な地域では、ブドウが完熟しない場合、糖分を発酵前のモスト(もろみ)に添加して必要なアルコール度数を得る「シャプタリザシオン(Chaptalization:仏語)」が慣習として行われています。


【Movie】収穫後、除梗・破砕したブドウを皮ごと入れたステンレスタンクから発酵前の果汁をバットに移し、砂糖を加えるシャプタリザシオン(補糖)のルクセンブルグにおける事例© European Union, 2014

 産地やヴィンテージの持ち味を曖昧にする補糖がワイン法で禁止されているイタリアで、例外的に完熟ブドウの糖分を更に高める目的で行われるのが、傷みが出ないよう手摘みしたブドウを陰干しする「アパッシメント(Appassimento=乾燥)」。乾燥したブドウは酵母がアルコールに変換する糖分割合が高く、多くは「Vinsantoヴィンサント」など、極甘口のデザートワインとなります。

1-san_gervasio-vinsanto96.jpg【Photo】幾多の伝説を生んだ天才醸造家カルロ・フェッリーニが醸造コンサルタントとして就任した1996年、カステッリーナ・イン・キアンティで創業間もない「サン・ファビアーノ・カルチナイア」が初めて造り、市場には流通しなかったプロトタイプともいうべきロングネックのヴィンサント'96(上写真)を「闘うワイン商」こと川頭義之氏の好意で相伴に預かったのが2012年7月。長~い余韻を伴うそのピュアで甘美なとろけるようなエッセンスの完成度たるや!! 通常のボトルで初リリースされた翌'97はトスカーナのグレートヴィンテージ。ともに眠りについているセラーアイテムをいつ呑もうかしらん~♪

 キアヴェンナスカ(=ネッビオーロ)種を用いる「Valtellina Sfursatヴァルテリーナ・スフルサート」と同じく、陰干ししたブドウを辛口に仕上げる「Amarone della Valpolicellaアマローネ・デッラ・ヴァルポリッチェラ」を産するヴァルポリッチェラ地区気鋭の生産者「L'Arcoラルコ」が、ワインバー「Bonne Placeボンヌ・プラス」で5杯目に登場したこの夜。ここ十数年では最も作柄が良かった2007ヴィンテージのアルコール度数は15.5%。グラスを重ねるうち次第に気持ち良くなってきました。そろそろDigestivoディジェスティーヴォ(=食後酒)で締めにかかるタイミングです。

torcolato_golgonzola.jpg【Photo】手作業で縄のれん風に絡ませたブドウを吊り下げ、陰干しすること4ヵ月。貴腐菌が付着した房を含む糖分が凝縮したヴェスパイオーラ種から作られるトルコラート。厳選した貴腐ブドウのみを用いた稀少なリゼルヴァクラスの「Acinobili」とゴルゴンゾーラとの至福のアッビナメント(abbinamento:伊語。組み合わせ・マリアージュ)

 ちなみに5杯目に登場したアマローネと同じ品種から造られる甘口デザートワインが、「Recioto della Valpolicellaレチョート・デッラ・ヴァルポリッチェラ」。同じヴェネト州ヴァルポリッチェラ県でガルガネーラ種をメインとする「Recioto di Soaveレチョート・ディ・ソアーヴェ」が、ヴィチェンツァ県では、完熟するとVespa(=蜂)を呼び寄せるほど甘くなるヴェスパイオーラ種から「Torcolatoトルコラート」が造られます。特に「Maculanマクラン」の手掛ける「Acininobiliアキニノービリ」は、夢見心地へと誘う琥珀色をした珠玉の一滴。あぁ・・・。甘美な記憶に浸る庄イタを現実に引き戻したのは、ソムリエの荒川さんのこんな囁きでした。

antica-carpano.jpg 「70年代のヴェルモットがあります」 

【Photo】ヴェルモットがトリノで産声を上げた1786年当時のラベルと製法を踏まえた「Carpano Antica Formulaカルパノ・アンティカ・フォーミュラ」(写真左)。陶芸の盛んなファエンツァの陶器職人による意匠を受け継ぐクラシックなパッケージで知られるシロップチェリー「Amarena Fabbriアマレーナ・ファッブリ」を添え、アペリティーヴォに。これは@ボンヌ・プラスではなく、成田―マルペンサ空港経由でミラノにやむなく宿泊した折、Pinacoteca di Brera(ブレラ美術館)にほど近い宿Carlyle Brera Hotelのラウンジにて、旅のアペリティーヴォの1杯。Salute!

 「Vermouthヴェルモット」とは、複数の薬草とスパイスを加えたワインのこと。1786年にアントニオ・ベネデット・カルパーノが、トリノで製法を編み出した「Carpanoカルパーノ」(当時のレシピをそのまま再現した「Antica Formula」は、現在Fratelli Brancaが製造)、大手ではモータースポーツでお馴染みのCinzanoMartiniが知られています。ヴェルモットは、"とりあえずビール"を必要としない庄イタにとっては、少量のソーダを加えると爽やかなアペリティーヴォ(=食前酒)となります。熟成によって複雑味が増す長命なワインは別として、40年近くを経たヴェルモットは経験した事のない珍品です。荒川さんの誘い水に即応してしまいました。

rosso_antico.jpg

【Photo】ディジェスティーヴォ1杯目@ボンヌ・プラス。70年代のデッドストックものヴェルモット〈click to enlarge

 5種類のワインに32種類のハーブを加えたという「Rosso Antico」。本来はアルコール度数が16~18度あるヴェルモットですが、口に含んだ印象では、アルコール分をほとんど感じません。このボトルが、いかなる状態で40年近い時を過ごしてきたのか分かりませんが、劣化した印象はなく、溶け込んでいる薬草成分の風味だけが残ります。珍品に興味を示し、お裾分けした同行者も頷いた庄イタの感想はこうでした。

「この味はソルマックだわ」( ̄▽ ̄;)

fernet_branca.jpg

【Photo】ディジェスティーヴォ2杯目。フェルネ‐ブランカ〈click to enlarge

 さっくりと二日酔い対策を済まし、2杯目のディジェスティーヴォとして、この夜初めて庄イタから指名したのが「Fernet-Brancaフェルネ-ブランカ」。1845年にミラノで誕生したイタリアではポピュラーな苦味系リキュールです。これもデッドストックのようで、現在のラベルとは雰囲気が異なります。五大陸から集めたという27種のハーブ・スパイスを秘伝の製法で組み合わせ、オーク樽で1年熟成させています。その味はあくまで苦く、庄イタはOKですが、イタリア人でも好みが分かれるところ。健胃薬としても用いられたというのも頷けます。これぞ良薬口に苦し。

 2杯続けての薬草酒ドーピングにより、もはや怖いものなし。3杯目となるディジェスティーヴォとして、荒川さんにお勧め頂いたのは下のカルヴァドスとコニャックの2本。ブドウが原料となる蒸留酒であるブランデーで注目すべきは、ヴィンテージ・アルマニャックとコニャックです。庄イタが食指を伸ばしたのは25年物のコニャック。(写真左)

Paul_giraud.jpg【Photo】ディジェスティーヴォ3杯目。25年熟成のコニャック(写真左)は口当たりが良くスルスルと飲み進み、グラスに注いだカットは撮り忘れ(^ ^;)

 このコニャックの造り手は、コニャックの白眉とされるグラン・シャンパーニュ地方で昔ながらの製法でコニャックを造り続ける「Paul Giraudポール・ジロー」。大手のような工業製品化されたコニャックではなく、19世紀の創業時よりブドウの栽培から原料のワイン醸造、そして蒸留に至るまで、頑ななまでに伝統製法を貫く数少ない生産者です。25年に及ぶ長期熟成により、40度のアルコール度数を感じさせない角のとれた「Extra Vieuxエクストラ・ビュー」の魅力は円熟味。

DomPerignon.jpg【Photo】ディジェスティーヴォ4杯目。ドン・ペリニョン'04click to enlarge

 まだ顔に飲み足りないと書いてあるのか、荒川さんが次に出してきたのは、日本では最も名を知られたシャンパーニュであろう「Dom Pérignonドン・ペリニョン'04」。シャンパーニュならずともヴァン・ムスー、スプマンテなどの泡ものはディジェスティーヴォというよりも、アペリティーヴォで頂くのが普通です。きっと他のテーブルで開いた残りが回ってきたのかもしれません。いずれにせよ、この展開は"棚からぼた餅"ならぬ"棚からドンぺリ"。きめ細やかに幾筋も立ちあがり続ける泡、シルキーかつクリーミーな飲み口は、さすがの完成度。

 9杯目に意表を突いたシャンパーニュが登場したことで、クローザーとなるディジェスティーヴォなのか、スターターのアペリティーヴォを飲んでいるのかが怪しくなってきました(苦笑)。時の過ぎるのを忘れてグラスを重ねてきましたが、すでに深夜1時30分を回っていました。ひと思いで昇天できる本当の締めの一杯をお願いする潮時です。

jaques_prieur.jpg【Photo】アペリティフには申し分のないドンぺリニョンの登場で、リスタート!? いやいや、既に午前様。今度こそ〆る決意のディジェスティーヴォ5杯目。マール・ド・ブルゴーニュ・オルダージュ'91〈click to enlarge

 本拠地があるムルソーほか、ブルゴーニュの名醸地にグランクリュ、プルミエクリュクラスの畑を所有する「Domaine Jacques Prieurドメーヌ・ジャック・プリュール」。ナディーヌ・ギュブラン女史が醸造責任者に就いて以降、昔日の輝きを取り戻しています。なれど、ピノ・ノアール愛好家に人気が高いワインは常に売り手市場。ブランド信仰を持たぬコスパ重視の庄イタには高嶺の花に映ります。

 マールはそうしたブドウを搾った残りの果皮から作る蒸留酒。イタリアのグラッパと同じです。オーク樽で15年熟成した琥珀色の「Marc de Bourgogne Hors d'Ageマール・ド・ブルゴーニュ・オル・ダージュ」は日本での流通量は極めて限られます。ワインよりもレア度は高くとも、(下世話な話で恐縮ですが)需要と供給のバランスゆえか、福沢諭吉先生でもお釣りが戻ってくる程度の値付けがされているようです。

 アルコール度数の高いコニャックとマールを、ドン・ペリニョン'04を挟んで飲み干し、ようやく締めの一杯を空けた気持ちになれました。アマローネに続く6杯目をディジェスティーヴォにしたつもりが、食後酒だけで5杯。ワインと合計して都合10杯。心地よさのあまり、つい長居をしてしまった次第。荒川さん、今回は勉強になりました。ありがとうございます。m(_ _)m でもディジェスティーヴォをこんな延々と飲み続けてはイケマセンね。反省してます。
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Bonne Place ボンヌ・プラス

住:仙台市青葉区一番町4-3-1 2M4・3ビル
Phone:022-211-7702
営:18:00-翌3:00 日曜定休
URL: http://www.espe-rance.com/bonneplace/

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2014/05/11

Digestivo(=食後酒)は適量を。<前編>


  5月X日はディジェスティーヴォの日

 旧知のソムリエ泉田氏が仙台市青葉区で営むワインバー「Bonne Placeボンヌ・プラス」を訪れた夜のこと。全てお任せで頂いた都合10杯の中には、「狭く」そして「ディープ」を旨とする庄イタの趣味嗜好をご存じの皆様ならば、「おや、珍しい」と思われるに相違ない銘柄も含まれるはず。
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【Photo】ショーケース的ワインセラー@ボンヌ・プラス

 それでもアレルギー反応を引き起こした頂き物のボージョレ・ヌーボーとは違い、中毒症状を引き起こすことはありませんでした。挙句カウンター席で6時間近くを過ごした前半のみを今回は綴ります。

 カウンターを預かるソムリエの荒川侑さんとはこの夜が初顔合わせ。自宅セラーの95%がイタリアワインというこちらの嗜好は伝えず、二杯目以降も基本はお任せで、赤・白・泡のざっくりした希望だけをお伝えして出てきたワインを頂くことにしました。

arpent-des-Vaudons.jpg【Photo】アペリティフはトゥレーヌのソーヴィニヨン・ブラン 

 Aperitivo(アペリティーヴォ=食前酒)には、同行した呑み助氏が泡ものを所望し、「白のスティルワインを」とお願いした庄イタに出されたのは、フランス・ロワール地方のソーヴィニヨン・ブラン「L'arpent des Vaudonsラルパン・デ・ヴォドン」。SancerreサンセールでもPouilly-Fumèピュイイ・フュメでもなく、掘り出し物が多いTouraineトゥレーヌの若き造り手である「Domaine Jean-François Mérieauジャン・フランソワ・メリオー」による自然派らしからぬ綺麗でスッキリとした爽やか系。この品種特有の青草の香り(ネコの●シッコの香りとも評される)はごく柔らかな印象。

chablis_jennes.jpg【Photo】2杯目は20年近く口にしていなかったシャブリ

 オードブル1皿目の「ツブ貝とキノコのソテー ブルギニョン風」には、シャブリ最大手の生産組合「La Chablisienneラ・シャブリジェンヌ」の「Chablis la pierrelèeシャブリ・ラ・ピエレレ2011」が出てきました。シャブリと名がつくシャルドネを口にしたのは、遥か以前、ベルギーの首都ブリュッセルでシーフードに定評のある店で、ブロン種の生ガキの相伴としてプルミエ・クリュを飲んで以来。比較的軽めながら、泥灰と石灰岩土壌に由来するシャブリの特徴であるミネラリーで硬質な味わい。どちらかと言えばフローラルな白ワインを嗜む機会が多いゆえ、こうしたタイプは久々。

DSC_0119.jpg【Photo】3杯目。ジュヴレ・シャンベルタン

 オードブル2皿目「桜肉のカルパッチョ 黒ニンニクのシャンティ トリュフの香り」には、ブルゴーニュのGevrey-Chambertinジュヴレ・シャンベルタン。造り手は定評あるDomaine Michel Magnienドメーヌ・ミッシェル・マニャン。名高い特級畑シャルム・シャンベルタン東隣の区画les Seuvreesレ・スーヴレの樹齢40年以上のブドウに用いられる樹齢の高いブドウから醸したVieille Vignes ヴィエイユ・ヴィーニュ2010。鉄っぽい凝縮した果実味が広がるまだ若いヴィンテージであるため、熟成したピノ・ノワールや、タイプが似ているネッビオーロの官能性を備えるには至っておりませんが、内包する酒質の良さは伝わります。

DSC_0121.jpg【Photo】4杯目。ビッグヴィンテージ2006年のブルネッロ・ディ・モンタルチーノ

 メインディッシュは、ほぼレアに火入れされた「黒毛山形牛(A5)サーロインのロティ赤ワインソース」。日本短角種と同様、きめの細かい赤身が魅力のキアーナ牛を分厚く捌き、軽く炭火を通すビステッカが、鉄板の組み合わせとなるブルネッロ・ディ・モンタルチーノが相伴となりました。家族5人で目が届く2.5haの自家畑で、自然農法で栽培するサンジョヴェーゼ・グロッソを収穫後、発酵にはセメントタンクを、熟成には大樽を用いる伝統的な製法を貫く作り手「Il Paradiso di Manfrediイル・パラディーソ・ディ・マンフレディ」。ヴィンテージは良作年の誉れ高き2006年。

 3杯目のジュヴレ・シャンベルタンまでは、5月になっても朝夕は涼しく冷たい雨が降る日が少なくない北緯48度の北フランスを彷徨っている気分でした。しかし、ブルネッロの登場で、アルプスを越えて陽光が降り注ぐ風光明媚な南トスカーナに戻ってきたかのよう。

buonconvento-montalcino.jpg montalcino2003-1.jpg【Photo】シエナからSR2を南下、ブォンコンベントの分岐を右のモンタルチーノ方向へと南下すると、イル・パラディーソ・ディ・マンフレディのエチケッタに描かれた姿そのままの丘陵の上に築かれたモンタルチーノの街が見えてくる(左写真)。やがて現れるのが、このイル・パラディーソ・ディ・マンフレディへの分岐に立つロードサイン。名だたるモンタルチーノの醸造所がズラリ〈click to enlarge

orcia maggio1996.jpg【Photo】モンタルチーノからモンテプルチアーノへ。ワイン好きには外せない名醸地巡りルートとなるSR2沿いのSan Quirico d'Orciaサン・クイリコ・ドルチアにある有名な糸杉の浮島。5月を迎えると緑の色合いを増すオルチア渓谷に咲き乱れる赤いポピーに陽春の日射しが微笑みかける

 ロメオとジュリエットの舞台、ヴェローナにほど近いヴァルポリチェッラ地区における辛口赤ワインの最高位が「Amarone della Valpolicellaアマローネ・デッラ・ヴァルポリッチェラ」。収穫後に陰干ししたコルヴィーナ種を主軸にロンディネッラ種とモリナーラ種を混醸、凝縮した力強さと複雑味を備えた長命かつ個性的なヴィーノとなります。この造り手「L'Arcoラルコ」は柔らかく香り立つ偉大なヴィーノを造り出した故ジュゼッペ・クインタレッリのもとで研鑽を積んだルーカ・フェドリーゴが立ち上げたカンティーナです。

l'arco_amarone.jpg【Photo】5杯目。力強く深みのあるアマローネ・デッラ・ヴァルポリッチェラ

 ラルコのアマローネは、瞑目してグラスを重ねるのに相応しい師匠譲りの奥深さと複雑味を備えています。伝統的なスロヴェニアン・オークの大樽を用いたアマローネの製法にフレンチバリックを導入した「Dal forno Romanoダル・フォルノ・ロマーノ」のパワー路線とは明確に異なるスタイル。プルーンやカカオなどニュアンスを含み、デリケートなヴァルポリッチェラともども、ジンワリとこみ上げてくる出汁のきいたイメージのクインタレッリを愛した庄イタゆえ、そのスタイルを受け継ぐラルコのアマローネは、当然のこと好みです。

 ロワールのソーヴィニヨン・ブランに始まり、スロヴェニアン・オークの大樽を用いるマンフレディとラルコという双璧で頂点に至った感の荒川さんの組み立て。画像はおさえていませんが、パスタも食べたいという連れの希望でオーダーした「ベーコンとパルミジャーノのアマトリチャーナ・スパゲッティーニ」で、お腹の具合もちょうどいい具合に。

 リストランテではエスプレッソで〆る庄イタですが、その前にお願いするのが、Digestivoディジェスティーヴォ(=食後酒)です。イタリア語ではdigerire(=消化する【動詞】)、digestione(=消化【名詞】)と言い、そこから派生した単語でしょう。個性豊かな食後酒となるリキュールがイタリアには多数存在しています。満ち足りた食卓を囲んだ家族や友人との語らいの時間をさらに豊かに演出してくれる食後酒は、スローフード運動を生んだイタリア人、そして庄内系イタリア人にも欠かせないのです。

 さまざまな食後酒が入り乱れて登場する後半戦「Tanti tanti digestivi」に続く。

continua / To be continued.

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Bonne Place ボンヌ・プラス

住:仙台市青葉区一番町4-3-1 2M4・3ビル
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URL: http://www.espe-rance.com/bonneplace/

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2014/03/23

庄イタ流 避寒術 vol.1

Ritorni a per sempre(=Return to Forever) 
ナポリの神髄、Passalacqua

 九州ではソメイヨシノが開花したという知らせが届いても、例年にない厳しい寒さが続く仙台。春分の日を迎えた週明けからは、やっと春めいた気温になるという週間予報が出ており、長かった冬の出口がようやく見えてきました。

 それにしても今年の冬は寒かったですね~。シベリア寒気団が居座るなか、2月に太平洋側を二度にわたって通過した南岸低気圧は、78年ぶりの35cmという積雪を仙台にもたらしました。真冬でも積雪の少ない仙台にしては珍しく、しばらく溶けないままで路肩に残っていた雪のため車道の幅が狭まっていました。そのため路面に積雪がない限りは通勤の足として使っているBianchiに乗る機会が少なく、カラダが幾分なまり気味の今シーズン。

positano_terazza.jpg【Photo】時間と懐に余裕があれば、南イタリアへの避寒旅行はいかが。そんな時はアマルフィ海岸の宝石と呼ばれるPositanoポジターノの青い海を見下ろすこんなテラス席へ。陽光降り注ぐ眼下の絶景を明るい南欧風の色彩で楕円形の陶板にハンドペイントで表現したピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン特注の彩色タイル

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 北風が身にしみる仙台に居ながらにして、温暖な南イタリアのリゾート気分に浸れるのが、勝山館の角を左折、北一番町通り沿いに昨年夏にオープンした「Pizzeria padrino del Shozan ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン」です。Link to backnumber

 大振りなレモンがたわわに実り、輝く蒼い海と切り立った急峻な岩肌に張り付く家並みが美しいコントラストを描く冬でも温暖なイタリア屈指のリゾート地、Positanoポジターノ。その郊外にある家族経営の陶器工房「Ceramiche Casola」に発注したハンドペイントの彩色タイル材を随所にちりばめた内外装の店では、ちょっとしたヴァカンツァ気分が味わえます。

piz_padrino.jpg【Photo】エントランスの壁面を飾るのは、ピッツァの故郷、ナポリ湾の風景。ハンドペイントによる特注品であることを示す手書きサインが記されている(上)  陽光溢れるナポリ湾をイメージした青系のタイルで装飾されたピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザンの薪窯(下)

piz1_padrino.jpg 勝山館1Fの「Ristorante Padrino del Shozan リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」エントランス前で営業していた4年前から使用していたシックかつゴージャスな窯と同じナポリの工房「Gianni Acunto ジャンニ・アクント〈Link to website 〉」製の石窯は、明るいブルーのタイルモザイクでお色直しされました。それは震災発生直後、全国から駆けつけたピッツァイォーロの協力を得て8回実施されたナポリピッツァの炊き出しで、たくさんの笑顔を石巻に届けてくれた薪窯です。

piz5_padrino.jpg【Photo】通りに面したテラス席の内側テーブル席のスペース壁面の彩色タイル画(上) シラスをトッピングしたナポリ伝統のマリナーラ、「チチニェリ」(1,300円)。もはや向かうところ敵なしの絶品。お熱いうちにブォナペティート~♪(下)

piz6_padrino.jpg 2012年6月、石巻での8回目の炊き出しにイタリアから参加したマエストロ・ピッツアイォーロ、ガエターノ・ファツィオさんが、教え子である千葉壮彦チーフ・ピッツアイォーロと被災地に向けて贈った「BUONA FORTUNA(=幸運を祈ります)」という手書きのメッセージが窯の正面を飾ります。凝った内外装だけでなく、ピッツァを始めとするフード類の味も折り紙つき。昨年、秋田の「cosicosi(コジコジ)」が加わり、東北で4店舗となった〈*注1〉ピッツァ発祥の地ナポリに本部を置く「Associazione Verace Pizza Napoletana(真のナポリピッツァ協会)」が本場の味と認めた「VERA PIZZA」認定店の看板に偽りはありません。

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【Photo】一昨年のカプート杯でブロンズメダルを獲得した証しのトロフィーが輝くカウンターに立つ千葉壮彦マエストロ・ピッツアイォーロ(右)

 今シーズンから「コボスタ宮城」となった楽天イーグルスのホームスタジアム一塁側フードストリートで、鶴岡「穂波街道 緑のイスキア」が、試合開催時間帯だけ営業する「赤のイスキア」を除けば、現在のところ仙台圏では唯一、ナポリで食するピッツァと寸分違わぬ、いや、下手なイタリアのピッツェリアよりもオススメできるピッツェリアだと断言します。リニューアルを機に、ピッツァのバリエーションが増え、南イタリアのアンティパストや「ババ」、スフォリアテッラに似た「コーダ・ディ・アラゴスタ」などドルチェ類も拡充しました。

piz7_padrino.jpg【Photo】1台ごとハンドメードされ、エスプレッソマシンのロールスロイスと称される「La Marzoccoラ・マルゾッコ」。安定した抽出温度を保つ2連モデル「FB/80」(左)

 アンティパスト類に合わせるよう、カンパーニャ州を中心にラインナップが増えたヴィーノともども見逃せないのが、カッフェ。ナポリっ子の支持を集める「Passalacquaパッサルアックア」の豆で淹れたカッフェを頂くことができるようになりました。しかし豆だけでは、ナポリで飲む「Barバール」の味を再現できません。マシンはフィレンツェ発祥の「La Marzoccoラ・マルゾッコ」社が 創業80周年を記念してリリースした「FB/80」がカウンターに鎮座します。

piz9_padrino.jpg【Photo】ナポリのカッフェ好きの間ではKIMBOと並んで支持の高いロースター、Passalacqua。アラビカ種とロブスタ種の絶妙なブレンドによるボディのある豊かな味わいは、まごうことなきナポリスタイル。ハンドペイントされたカップもポジターノの「Ceramiche Casola」製(右)

 研究熱心なバリスタ兼ソムリエの三瓶友和さんによるチューニングが加えられたLa Marzocco FB/80で淹れたカッフェは、昨年夏のリニューアル直後と比べて、焙煎豆の風味を凝縮させたストロングタイプの正統派ナポリスタイルの純血度が増しています。ここは迷わずイタリア式にエスプレッソ・シングルならスプーン2杯、ダブルのドッピオなら3~4杯のグラニュー糖を入れて頂きましょう。

piz11_padrino.jpg【Photo】バリスタ兼ソムリエの三瓶友和さん(左)

 北欧が主な発信地となったスペシャルティ・コーヒーが、コーヒーの最先端を行くような捉え方が、ここ何年か日本でもされています。なれど、豆の美味しさを高圧の蒸気で抽出するエスプレッソでも、特に凝縮感が高い南イタリア・ナポリのカッフェは、決して流行に流されることのない永遠不滅のスタイル。その神髄を伝えるPassalacquaの一杯は、南イタリア気分を味わえるピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザンでの時間を、より印象的にしてくれます。ナポリピッツァとカッフェとの至福の出合いがあなたを待っているはずです。

Continua / to be continued

〈*注1〉・東北の「VERA PIZZA」認定店(2014年3月現在・認定順)・・・鶴岡市「穂波街道 緑のイスキア」、盛岡市「Piace ピアーチェ」、仙台市「ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン」、秋田市「cosicosi コジコジ」
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Pizzeria Padrino del Shozan ピッツェリア・パドリーノ・デル・ショーザン

住:仙台市青葉区上杉2-1-50 仙台勝山館
Phone:022-213-9220
営:11:30~14:00 (LO) 15:00 クローズ
   17:30~21:00 (LO) 22:00 クローズ
  月曜定休(祝日の場合は翌日) ※2014年4月からは年末年始を除き無休
●エスプレッソ シングル300円 ドッピオ450円 ●マッキャート400円
●カプチーノ450円 など

URL: http://www.shozankan.com/pizzeria/
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2014/02/09

K-port @気仙沼

想いをカタチに。

 東日本大震災の発災後すぐ、「Kizuna311」プロジェクトを立ち上げ、表現者としての立場から被災地支援に立ち上がったのが、俳優の渡辺謙さんでした。仕事の合間を見つけては岩手の陸前高田と釜石、宮城は気仙沼、福島には葛尾(かつらお)などに幾度となく足を運び、被災地で暮らす人々の声に耳を傾けてきました。

 NHK大河ドラマの史上最高平均視聴率を記録した「独眼竜政宗」で主役を演じ、トム・クルーズと共演した映画「ラストサムライ」でアカデミー賞にノミネートされた国際派俳優と比肩するのはおこがましいですが、庄イタが一昨年から関わっているプロジェクトが「カケアガレ!日本」。津波による犠牲者を二度と出さぬよう、自力避難が困難な高齢者が多い沿岸地域や、近くに高台がない平野部などに、地域課題に即した津波避難訓練を習慣として根付かせようという試みです。

 復興庁の「新しい東北先導モデル事業」に採択された、この命と地域を守る訓練プログラム策定のため、「東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)」の研究者ほかでチームを組み、昨年12月から宮城県内の沿岸16市町の防災担当部署に課題抽出のためのヒアリングを実施しています。今月16日、根本匠復興大臣ご臨席のもとKKRホテル仙台で開催される「津波避難のための防災・減災シンポジウム」では、不肖・庄イタが、カケアガレ!日本の取り組みをご紹介します。

yeti2014.1.21.jpg【Photo】古来いわく「腹が減っては戦ができぬ」。当日11時までに電話予約すれば食することができる気仙沼「Yetiイエティ」のネパール料理「ダルバート」。気仙沼への到着時刻が読めず、ダルバートを予約できなかったものの、この日食したのは充実のランチCセット。カレーはテークアウトも可能ゆえ、好物のキーマと定番のマトンを持ち帰り

 住民の多くが犠牲となった閖上(ゆりあげ)が海沿いにある名取市役所で仕事を終え、午後に設定していた気仙沼市役所に向かった1月末。同じ宮城県内とはいえ、名取からは三陸自動車道を経由しても片道2時間半を要する移動が伴います。気仙沼市では、昨年11月2日に行われた総合防災訓練を受けて、高齢者などの避難行動要支援者対策をテーマとするワークショップを階上(はしかみ)地区で別途実施しており、今後の取り組みの方向性を模索するために市の危機管理担当部門を幾度か訪れていました。

 そこに「Yetiイエティ」が存在することで、知る人ぞ知るネパール・インド料理の聖地となった気仙沼に到着したのが2時過ぎ。3時からの打ち合わせを控え、Yetiのランチ営業時間にもどうにか間に合いました。深みのある味わいが魅力のマトンカレーと豆の風味が生きたダールカレー、チキンティッカ、シークカバブなどがワンプレートになったCセットで内燃機関を活性化。市役所での打ち合わせを終えると、すでに西の空に陽は傾き、足もとから底冷えがしてきました。

shunsaiya-ken2014.1.21.jpg【Photo】国内水揚げ高の9割を占めるサメが三陸沖から鮮度の高いまま調達でき、冬場の乾燥した北西の季節風のもとで天日干しされることで高い品質が保証される日本一の生産高を誇るフカヒレの町が気仙沼。産地ならではのリーズナブルな価格で、豪奢なフカヒレ姿煮が入った「ふかひれラーメン」(@旬菜屋KEN)


 失われた日常を取り戻そうと懸命な被災地で消費を行うことを心がけている庄イタ。高級食材フカヒレを、銀座アスター仕込みの中華料理としてリーズナブルに堪能できるばかりか、銘酒愛好者が集う店として知る人ぞ知る店であった「でまえれすとらん」が、南気仙沼から震災の半年前に「旬菜屋KEN」として田中前に移転して以降は店を訪れていませんでした。前身のでまえれすとらんでは、ズワイガニの旨味がたっぷりのフカヒレで倍増するスープに悶絶する忘れもしない「フカヒレ・カニあんかけラーメン」が定番でしたが、夕食は大振りなフカヒレ姿煮がドーンと鎮座する「ふかひれラーメン」(1500円)で軽めに夕食を済ませました。

KEI_maitake.jpg【Photo】岩手・宮城内陸地震で打撃を受けた栗原産の菌床栽培マイタケを使い、無添加にこだわって新たな佃煮名人伝説を打ち立てた気仙沼ケイの「舞茸つくだ煮」。 

 昨年末、「(有)ケイ」の佃煮名人、菅原義子さんが、誰にも真似のできない味の決め手となる秘伝の製法で作る「さんまつくだ煮」と、義子名人ならではの絶品「舞茸つくだ煮」を購入しようと魚町にあるケイの仮設製造施設兼事務所を訪れた折。そこには渡辺さんの奥様で女優の南果歩さんと義子さんが店の前で並んだ写真が飾ってありました。聞けば、「近くを散策していたら、美味しそうな香りがしたので」と、店を突然訪れたのだそう。

 それは、ご主人の渡辺謙さんが出資し、気仙沼観光桟橋前に開いたカフェ「K-Port」がオープンした昨年11月25日翌朝のこと。それにしても南さん、嗅覚細胞がヒトの倍もあるニャンコ顔負けの警察犬のようなスルドイ嗅覚をお持ちのようで(笑)。

kport2014.1.21-2.jpg 100km以上離れた仙台への帰路に就く前にクールダウンするため、被災地との対話を重ねた渡辺謙さんが、人と人を結ぶ場として気仙沼にプレゼントしたK-Portに立ち寄ることにしました。ガラスを多用したせんだいメディアテークを手掛けたほか、世界的に評価される建築家の伊東豊雄氏が設計したという不規則な五角形をした黒い建物から灯台のように明かりがこぼれるK-Portは、復興屋台村気仙沼横丁のすぐ隣。目の前には気仙沼大島へのフェリーが出る観光桟橋があります。

kport2014.1.21-3.jpg 入り口でスリッパに履き替えて店内に入るシステムは、自宅のような感覚で寛いでほしいという思いからなのでしょう。天井が高く柱のないフローリングの開放的な室内は、海に面する側が大きなガラス窓になっています。

otokoyamahonten_2011.4.10.jpg そこからは、気仙沼湾と魚町の街並みを見渡すことができます。1915年(大正4)と1929年(昭和4)に発生した二度の大火で市街地を焼失後、昭和初期に建てられた造り酒屋「男山本店」や「角星店舗・旧酒造場」、「武山米店」など国登録有形文化財が点在する歴史ある屋並みが津波で流失し、空き地ばかりが目立つ今は、すっかり風景が一変しました。

【Photo】気仙沼湾に面して魚町にあった木造3階建ての洋風建築の男山本店は1932年(昭和7)築。3階部分を残して流失したが、街の復興に向け、復元を目指して曳家され、元の場所で保存されている(左写真)

kport2014.1.21-4.jpg kport2014.1.21-6.jpg【Photo】K-portのエントランスからはイルミネーションきらめく夜の気仙沼湾が一望のもと(上写真)

 被災後しばらくは、夜になると闇が支配していた内湾一帯にも、人の営みの息吹が感じられる明かりが徐々に戻ってきています。薄暮の迫る内湾に夜の帳(とばり)が次第に忍び寄り、灯リ始めた街の明かりに交じって、街に活気を取り戻そうと取り付けられたイルミネーションが、内湾の波間に反射して波間でキラキラと輝きます。窓越しに眺める気仙沼は、震災前と変わらぬ姿でそこにあるかのよう。

【Photo】このオリジナルマグカップは1,000円で購入可(右写真)

 定番ホットドリンクは、ドリップコーヒー(380円)、カフェラッテ・カプチーノ(各400円)、ココア・カフェモカ・キャラメルモカ(各450円)。コールドドリンクは、オレンジジュース・ジンジャエールなどソフトドリンク4種(各300円)、アイスコーヒー・アイスティー(各380円)、アイスラッテ(400円)、アイスココア・アイスモカ・アイスキャラメルモカ(各450円)。ふたつの冬季限定ドリンク「しょうがはちみつ」と「ゆずはちみつ」(各400円)という選択肢から、体の芯から温まろうと注文したのが、しょうがはちみつ。すりおろした生姜と蜂蜜の風味が生きたホットドリンクで気持ちまで温まりました。

kport2014.1.21-5.jpg 三國清三シェフが監修した土日のみ20食限定の「おかえりカレー」(1,500円)ほかの定番フードは、焼成に理想的な500度以上をキープする機能を備えた電気窯「e-Napoli500」で焼き上げる世界の遠洋マグロ漁基地の名前がついたピッツァ。地元「ケセンヌマ(=マリナーラ」)」(780円)、南アフリカ「ケープタウン(=マルゲリータ)」(980円)、南米ペルー「カリャオ」(=南米の魚介マリネ「セビチェ」を用いたピッツァ)」(1,280円)、カナリア諸島「ラスパルマス(=クアトロフォルマッジ)」(1,380円)。マグロ関連産業の集積が進むインドネシア「バリ」(580円)は、生地に胡麻かクルミのソースで味付けし、アイスクリームをのせたデザートピッツァ。渡辺謙さんが思い入れのある「パンケーキ」(チョコレートシロップ・バター・メープルシロップ風味の3枚セット500円)は土日は14:00以降に食することができます。

kport2014.1.21-7.jpg 開店後、月一回ペースで気仙沼入りしている渡辺さんに代わって店長を任されているのが、東京都八王子市出身の小林峻さん(25・右写真のごとくイケメン!!)。東松島市と仙台で震災後ボランティア活動を行い、K-portの開店と同時に気仙沼に居を移したのだそう。

 訪れた際にカウンターにおいでだった2名の女性スタッフは地元出身。K-portオープン後、幅広い層のお客様が足を運んで下さっていますと目を輝かせ笑顔をみせてくれました。

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DSCF2023.jpgK-port(ケーポート)
住:宮城県気仙沼市港町1-3
営:10:00-18:00(店内でイベント・ライブがある場合は変更あり) 無休
Phone:0226-25-9915
URL: http://www.k-port.org/
facebook: https://www.facebook.com/k.port.kesennuma?fref=ts
Mail: info@k-port.org 
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2013/06/30

潮騒ダー

みんな一緒に~ 「イチ,ニー,サン,シオサイ・ダー!!
海の男のサイダーはちょっぴり塩辛かった

shiosai_da1.jpg 海岸段丘の切り立った断崖が続き、このほど三陸復興国立公園に指定された北三陸では、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」に登場する「潮騒のメモリーズ」ことアキちゃん&ユイちゃんが歌う「潮騒のメモリー」で盛り上がりを見せている昨今。同国立公園の南端にあたる南三陸・気仙沼から新登場したこの夏オススメの海塩入りサイダー「潮騒ダー」にちなんだアントニオ猪木風コールにご唱和いただけたでしょうか?

【Photo】この夏、南三陸でブレイクしそうな「潮騒ダー」。そのラベルに描かれるのは、昇る朝日を背景にカツオが威勢よく跳ねる荒ぶる海。そして大漁と書かれた赤フン一丁の姿で腕組みをして仁王立ちする海の男。そんな彼が口にくわえるのが「潮騒ダー」。良い子はこんなワイルドな飲み方をしてはイケマセン

 相当にひねりの効いたネーミングとラベルが目を引くこのサイダーは、気仙沼市松川にある牛乳販売店「千葉一商事」の千葉清英さん(43)が、仙台市宮城野区の「トレボン食品」に製造を委託した新商品。シュワシュワの泡と、昭和を思い起こさせる懐かしいサイダー風味に、熱中症予防にピッタリな塩味がしっかりと加わっている点がミソ。そこに使われているのが、大潮ともなると高さ10m以上まで岩場から海水をクジラのごとく吹き上げる「潮吹き岩」で知られる観光地、気仙沼市階上(はしかみ)の岩井崎で採取した海水をろ過して作った海塩です。では何故に岩井崎の塩なのか?

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【Photo】気仙沼市観光キャラクター「ホヤぼーや」が、ギフト用途に震災の記憶を書き記せるスペースがとられた潮騒ダーのラベル

 東日本大震災で愛妻・幼い二人の娘・義父母と義妹らを揃って亡くした千葉さんは、昨年9月11日付河北新報朝刊の連載企画「これから-大震災を生きる」に、唯一無事だった息子の瑛太君とともに紹介されています。同年8月26日付の河北「3.11記憶 あなたを忘れない」では、気仙沼市階上観光協会による岩井崎での塩作り復活に向けた取り組みがスタートしたことが報じられました。この連載は、震災で犠牲となった市井の人々の足跡を偲び、生きた証を語り継ぐのが目的です。

 藩制時代には仙台藩の御塩場(おしおば)として、今回の震災で全壊した気仙沼向洋高校が建つ場所で入浜式製塩が行われていた階上。1896年(明治29)に発生した明治三陸大津波で御塩場が壊滅して以降、塩作りの伝統は久しく途絶えます。文献をもとに薪と平釜による伝統的な塩造り復活に取り組んだのが、同市波路上上明戸の遠藤伊勢治郎さんLink to Website。納得のゆく出来栄えが得られた2005年、「伊勢治郎こだわりの塩」として製品化にこぎつけるも今回の津波で帰らぬ人となりました。享年81歳。

iwaisaki_1.jpg【Photo】大津波に堪えて残った第9代横綱秀ノ山像と龍の被災松のシルエットが夕陽に浮かび上がる

seien_iwaisaki.jpg 東京目黒の名物催事「目黒のさんま祭」で提供されるサンマ5,000尾分の振り塩や、地元の菓子舗サイトウの「しぶきの舞」などに広く使われたのは、定年退職後にゼロから始めた遠藤さんの塩作りにかける情熱とたゆまぬ努力が編み出した柔らかな塩味が好評を博したがゆえ。伊勢治郎名人の遺志を継いだ観光協会の有志が伝統を絶やしてはならないと、県やNPOなどの助成を受け、レンガ造りの製塩体験施設がボランティアの協力のもとログハウス併設で整備されたのが昨年11月。

【Photo】2011年11月、岩井崎伝統の塩づくり復活の狼煙(のろし)を上げたレンガ造りの製塩施設

 人力で汲み上げた海水500kgを薪で煮詰めること丸5日。平釜からはおよそ10kgの海塩「岩井崎の塩」が得られます。天日干しをするなど、文字通り手塩をかけて塩作りをしていた遠藤さんが行っていた塩づくり体験学習も復活しています。そこは風光明媚な海原に面して銅像が立つ郷里出身の第9代横綱秀ノ山や、昇り龍のごとき形状で残った被災松のすぐ近く。

iwaisaki_2.jpg【Photo】海と共に生きる町・気仙沼。「けせもい」の不屈の気概を示すかのように、今にも海に向けて動き出しそうな龍の被災松

 「仙台・宮城デスティネーションキャンペーン」は6月末をもって幕を閉じました。荒砥沢ダム付近で山体崩落が発生し、祭畤(まつるべ)大橋が落橋、17名が犠牲となった震度6強の大地震があったことが、ともすると忘れられがちな「平成20年 岩手・宮城内陸地震」の発生から5年を経た今も客足が途絶えたままの栗駒山周辺を含め、復旧途上にある被災地を、これから先も応援してゆかねばなりません。今年の夏は潮騒に誘われて海の幸の宝庫・南三陸や栗駒周辺を訪れてみてはいかがでしょう。旅のお伴は潮騒ダーで決まり!!ですね。

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◆潮騒ダー
 340mℓ 復興祈願価格230円
 問:トレボン食品お客様相談室
 Phone:022-256-4137

◆岩井崎 塩づくり体験学習
 問:気仙沼市階上観光協会 
 Phone:0226-27-5410


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2013/06/09

水無月の森の湧水@川崎町ブドウ沢

緑したたる「ブドウ沢清水」 
  蔵王水系の湧水を訪ねて【中級編】

 二口渓谷「磐司の湧水」を芽吹きの季節に訪れた前回レポートに次ぐ今回は、同じく北蔵王山系の雁戸山(がんどさん)山麓の小屋ノ沢林道沿いにある湧水を今月初旬に訪れた探訪記です。タイトルに中級編とあるのは、初級編と銘打った前回よりもアプローチしにくい湧水ポイントであることを意味します。よってランボルギーニやフェラーリは当然のこと、車高の低いヤンキー仕様車やオンロードバイクでは今回ご紹介する「ブドウ沢清水」へは到達不能であることを最初に申し上げておきます。

budosawa_S1.jpg【Photo】R286から「新東北笹谷渓流つり」の看板を目印に小屋ノ沢林道の方向へ。橋の入口には「北蔵王登山道案内図」があるので、あらかじめブドウ沢清水の位置を確認しておきたい

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【Photo】Y字の橋を渡ると、左手に養魚場があり、すぐにこの分岐がある。そこは新東北笹谷渓流つりの立て看板のある左方向へ(上写真) 杉木立の間を進むダート道を進み、1kmほどで右手の斜面から水が湧き出している。沢水ではなさそうなので、飲用できそうだが??(下写真)

budosawa_3.jpg 宮城県柴田郡川崎町から山形方向にR286笹谷街道を進むと、「新東北渓流つり」の看板が左手に見えてきます。今回の湧水への経路となる「小屋の沢林道」の入口は、並走する山形自動車道古関PAを過ぎたあたり。山形方向からは、辛味噌ラーメンでお馴染みの「天狗山」の系列店「ラーメン渓流」を通過し、カーブの先すぐ右手に入口があります。いずれの方向から入ってもY字の橋を奥へ進み、最初の分岐を左方向に直進すると、間もなく舗装路は途切れます。R286から脇道のダートに入って1.3kmほどの山肌から塩ビパイプが引かれ水が流れ出ていますが、飲用に適するかどうか不明につき、スルーしました。

budosawa_4.jpg【Photo】謎の流水から600mほど進むと視界が急に開け、植林された杉木立に「キリンビール水源の森」の看板が立っている(上写真)。その分岐点は進入禁止の左方向にではなく、砂利道を迷わず直進。やがて新東北笹谷渓流つりの巨大な看板が登場(下写真)
 budosawa_5.jpg およそ300m先には「新東北笹谷渓流つり」の大きな看板が立っています。右手に牧草地があるそこから先は、さらに凹凸の激しい悪路となるため、路面を常に注視し、速度を落として慎重なハンドル操作が求められます。

 左手を流れる小屋ノ沢(別名「金山川」)の瀬音は耳に届きますが、崖下の流れを目にすることはできません。植林された杉林が途切れると、鬱蒼とした広葉樹林帯となります。途中むき出しの岩肌が今にも崩れそうな箇所があり、そこには転落防止のガードレールなどないので、注意して進みましょう。

budosawa_11.jpg【Photo】悪路を進むこと4.7km。マイナスイオンたっぷりの沢沿いにブドウ沢清水は突如として現れる

budosawa_14.jpg 新東北笹谷渓流つりの看板を過ぎて悪路を進むこと更に2.5km。山形県境となる南雁戸山(1486m)南面の八方平付近から流れるブドウ沢に架かる「葡萄沢橋」手前の右手のブナの森の山肌から、今回目指す「ブドウ沢清水」は湧き出しています。岩から浸み出た湧水は、塩ビパイプから2筋、苔むした石盆からも勢いよく流れ出しています。その手前には間伐材でのり面を保護された箇所があり、そこからも地下水が滲み出しているので、付近一帯に地下水脈があるのでしょう。そこは川崎町が建てた標柱があるので一目瞭然です。

budosawa_12.jpg【Photo】人の手が及ばないブナの原生林に囲まれたブドウ沢清水。付近の深山はクマ出没注意の領域につきご用心を(上写真) 岩肌から清らかな伏流水が流れ落ち、塩化ビニール製のパイプと石盆から水を汲みやすいよう整備されている(下写真)

budosawa_10.jpg 川崎町が過去に実施した水質検査では、水道用水源では3mg/ℓ以下とされる水のきれいさを示す指標のひとつ、化学的酸素要求量(COD)は1mg/ℓ。pH7.2の中性から弱アルカリ性、硬度12mg/ℓの超軟水であることがわかっています。周囲に人工的な施設がないことから大腸菌類は検出されていません。大好きなブドウ発酵液(=Vino\(^-^*))と比べるべくもありませんが(笑)、岩肌から流れ出るブドウ沢清水は、クリスタルガラスのようにひんやり爽快なもの。硬度からして、蔵王の急峻な山塊で滞留する時間は長いものではないでしょう。口に含んだ印象は、遊佐町の名水として名高い「胴腹滝」左側の伏流水に近い味でした。

 蔵王水系の湧水を訪ねて【初級編】【中級編】と続いた以上、続編があるかも。(と、思わせぶりに締めくくってみる)

     
より大きな地図で 宮城蔵王周辺の湧水マップ を表示
 

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2013/05/12

芽吹きの森の湧水@二口渓谷

自然の息吹に触れる春の奥秋保
  蔵王水系の湧水を訪ねて【初級編】

 天候に恵まれた今年の大型連休中、宮城県南エリアの東北自動車道を走行された方は、白銀に輝く蔵王連峰を目にされたことでしょう。脇見運転はいけませんが、蔵王を最も間近にする区間が白石から村田にかけて。村田JCTの分岐で山形方向へ進路をとり、北蔵王の分水嶺となる笹谷峠の山塊が迫る宮城川崎ICから山形蔵王ICの間は、カーブと登り下りが続く山岳道路となります。笹谷峠の通行事情が劇的に改善した笹谷トンネルの開通は1981年(昭和56)。2002年(平成14)には片側2車線の自動車専用道路に改良されました。こうして宮城と山形の県域を越えた相互交流が進んだ現在、山形自動車道を平日は1日76便の高速バスが仙台市と山形市とを往復しています。

mt.zao.jpg【Photo】雪を頂く蔵王連峰。宮城・山形両県にまたがる峰々は多くの水の恵みをもたらす

 笹谷トンネル開通以前の旧R286は見通しの悪い狭隘な峠道のため大型車は通行不能で、山岳観光道路蔵王エコーラインや船形連峰を越えて加美町と尾花沢を結ぶR347鍋越峠と同様、冬季は全面閉鎖されます。山形自動車道以外に宮城から奥羽山脈を越えて山形へ通年通行が可能なのは、白石から七ケ宿街道R113を経由して高畠・米沢方面を結ぶルート、そして石巻-酒田間の太平洋ー日本海最短コースでもある鳴子温泉郷から最上街道R47経由で新庄を目指すルート、そして仙台-東根・天童間の関山峠を経るR48の3ルート。

秋保大滝_2013.5.jpg 全国生産の7割を占めるサクランボの代表品種「佐藤錦」発祥の地である山形県東根市などに向かう行楽の車で6月に大渋滞が引き起こされるR48は、第2代仙台藩主・伊達忠宗が1660年(万治3)に開削した峰伝いの関山街道が端緒です。馬の通行もままならない難所だった関山峠を越える通称「峰渡りの道」に車両の通行が可能となる隧道が穿たれ、当時は関山新道と呼ばれた旧道が開削されたのが1882年(明治15)。山形道の完成前は、R48関山街道と1937年(昭和12)に全通した仙山線が仙台-山形間の動脈でした。

【Photo】釣鐘型の特異な形をした仙台神室岳(かむろだけ)北麓の二口側に源を発する名取川。その上流域にある落差55mの日本三大名瀑「秋保大滝」

 こうした交通インフラが整備される以前、伊達領と最上領の城下町を結ぶ最短コースとして人馬が往来したのが二口街道です。860年(貞観2)に慈覚大師(円仁)が開山した立石寺(山寺)に通じるこの古道は、役行者が吉野から蔵王権現を勧請して以降、山岳信仰の場となった蔵王連山と出羽三山へと向かう信仰の道でもありました。仙台の奥座敷、秋保温泉郷から二口渓谷に向かう道程には、都落ちした源義経の後を追って来るもこの地で果てたと伝わる静御前の墓など、苔むした石碑が数多く残っています。国境警護と荷運びの任にあたった足軽22世帯が、往来を監視しやすいよう街道に沿って列をなして住まった遺構を残す野尻集落などは、往時を偲ばせます。

鳳鳴四十八滝.jpg ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝は、若き日にウイスキー作りを学んだスコットランド・ローランド地方のスタイルである柔らかいタッチのウイスキー造りに適した水を探し歩き、あまたの候補から広瀬川上流の支流・新川(にっかわ)の水に白羽の矢を立てたことは良く知られた逸話。その清流は第四紀小火山群のひとつ面白山に源があります地質図リンク。宮城峡蒸留所では実際の蒸留には川水ではなく新川沿いで汲み上げた伏流水を使用しています。究極の食中酒「伯楽星」で知られる新澤醸造店は、震災被害で廃業した歴史ある酒蔵・まるや天賞の醸造施設を譲り受ける形で仕込み蔵を大崎市三本木より移転。蔵王水系の伏流水が豊富な川崎町の新天地で伯楽星はより一層輝きを増したように思います。

【Photo】新川川(にっかわがわ)と広瀬川の合流地点から間もなくのR48沿いにある「鳳鳴四十八滝」。秋には滝見台から「ゴリラ山」の名で親しまれる鎌倉山と色付いた広葉樹と渓流との競演が二口峡谷(右下写真)と同様、仙台市中心部から車で40分ほどで見ることができる

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 奥羽山脈の分水嶺に端を発する広瀬川の上流域に沿って道が続くR48に対し、名取川の源流域沿いに道が開かれた二口街道。その名の由来は、山寺への道筋と、最上氏が築いた城下町であった現在の山形市を結ぶ街道に枝分かれするゆえだといいます。片側二車線の舗装路は秋保ビジターセンターから先は狭隘な未舗装区間となり、海抜934mという最高地点の高さもあり冬季は県境を挟んだ往来が困難となります。仙台市と山形市、しかも秋保温泉郷と山寺という観光地を最短で結ぶルートではありますが、満足な整備がされぬまま今日に至っており、崩壊したのり面の補修が完了した2011年(平成23)の秋、12年ぶりに通り抜けが可能になりました。

banji_2013.5.4.jpg【Photo】ブナやナラなどの広葉樹が淡い新緑の芽を出したばかりの二口の森と表磐司。今年初めて訪れた5月上旬は彩りにまだ欠けていたが、来週あたりは新緑が見ごろに。紅葉の季節もまた素晴らしい

 この眠れる観光ルート最大のクライマックスは高さ150mほどの切り立った岩肌が3km近く連続する国名勝「磐司岩」でしょう。二口一帯は面白山と同様、大東岳などの噴火によって、中新世から第四紀にかけて形成された火山性の固い岩盤からなります。磐司岩に見られる安山岩質角礫凝灰岩質の断崖は、長年にわたる風雨の浸食によって地表に表れた岩が垂直に削り取られた柱状節理が見られます。

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【Photo】芽吹き始めたばかりの二口渓谷に楚々とした彩りを添える山桜(左) 白や淡い紫の花で二口に春の訪れを告げるキクザキイチゲ(右)

 二口渓谷の右岸は「日陰磐司」、対峙する左岸は「表磐司」、大東岳側は「裏磐司」と呼ばれ、その特異な光景は磐神信仰やマタギの祖とされる磐司磐三郎伝説を生みました。レストハウスや植物園が整備された国名勝・秋保大滝付近までは訪れる人が多いのですが、すぐ先の釜淵などの渓谷美や多くの動植物が生息する緑あふれる自然美に癒されずに帰るのはもったいないというもの。

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【Photo】渓流沿いの苔むしたブナには大きなウロが(左) ブナやナラなどの手つかずの広葉樹林帯が動植物の多様な生態系を育む森からは絶えずこうした清冽な水が流れ下る(右)

 遠出を控えた今年の大型連休中、穏やかな陽気に恵まれた5月4日(土)、ようやく山桜が咲き始めた淡い新緑の二口渓谷を訪れました。前回はムラーノグラスの補修に関する助言を得るため、秋保大滝近くに工房を構えるガラス工芸作家鍋田尚男さんのもとを雪の中を訪れて以来となりますLink to backnumber。補修完了のお礼を申し上げたところで、地元事情に明るい鍋田さんに、二口を訪れるといつも汲んで帰る湧水がある磐司橋まで行けるかを尋ねたところ、大丈夫とのこと。

banji_shimizu2013.5.jpg【Photo】冬を越えた湧水の水場には、足もとをすくわれた大きなブナの倒木が2本。やがて命脈が尽き、土に還るであろうこの倒木から、新たな森の生命が芽吹く日がやってくる

 県境はまだ冬季閉鎖中であることを告げる標柱の立つ磐司橋のたもとに湧き出でる伏流水は、良質の水が得られるブナやナラをはじめとする原生林に覆われた土壌から浸透してきます。その水源は1,000mを超える山々が連なる蔵王連峰に降った雪や雨が火山性の岩盤でろ過されて湧出してくる口あたりの良い軟水です。長い冬の眠りから覚めた生き物が活動を始め、山桜が花を咲かせ木々が芽吹く季節を迎えた生命の揺籃のごとき二口の湧水は、いつにも増して体を目覚めさせるものでした。

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【Photo】ブナの森に湧く伏流水は2系統。左手の水場は1本(左)、水量の多い右手は3本のパイプ(右)が整備され、水が汲みやすい。シーズンには多くの人が水を汲みに訪れるので、ボトルの入れ替えとキャップの蓋を閉める手間がかかり、余計に時間を要するペットボトルではなく、容量の大きなポリタンクで効率的に水汲みをするのが公共のマナー

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【Photo】(株)ざおうハーブ(旧・グリーンアトリエひらきゅう)のドライハーブティ「レモンバーベナ」は蔵王町内の直売所「わいわいハウス」のほか、仙台市内の取り扱い飲食各店・サンモール一番町「みやぎフードキッチンCOCORON」などで購入可(左) 汲んで来たばかりの蔵王水系の二口の森の伏流水が、蔵王で育ったハーブティを珠玉の癒しをくれる一杯に変えたカップは硬質なガラスや磁器製ではなく、イタリア中部ウンブリア州オルヴィエート窯の伝統的な陶器(右)

 蔵王水系の湧水の美味しさをもっとも端的に体感できたのが、同じ宮城蔵王の風土で育ったハーブ苗の生産・加工品販売を手掛ける(株)ざおうハーブの「蔵王グリーンハーブティ レモンバーベナ」との組み合わせ。数年前に取り扱うようになった仙台市大町のイタリアン「francescaフランチェスカ」で初めて飲んだ時に美味しさに目覚め、県から委嘱された商品モニターのサンプルとして登場した折にはベタ褒めの感想を戻したハーブティです。心地よいレモンとミント系のすがすがしい香り。そして極上の緑茶のようなまろやかな口当たり。

 うっとりとするような珠玉の癒しの一杯に、夢見心地のひとときを過ごしたのでした。
************************************************************************
◆二口磐司の湧水
 ばんじ山荘前の秋保ビジターセンターから二口林道を二口キャンプ場・姉妹滝を経て、左手に見ていた名取川に架かる「磐司橋」に至る。橋を渡ってすぐ左手
 (所要時間:秋保ビジターセンターから車で約15分)

   
より大きな地図で 宮城蔵王周辺の湧水MAP を表示

(株)ざおうハーブ
 蔵王グリーンハーブティー レモンバーベナ
 レモンの香りが素晴らしいハーブティーの女王。ティーカップ約30杯分¥525
 URL:http://www.zaoherb.com/


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2013/04/20

上映期間延長

在来作物と種を守り継ぐ人々の物語
  映画「よみがえりのレシピ」仙台上映 期間延長

・2013年4月27日(土)~5月3日(金・祝)@フォーラム仙台

 川崎市アートセンター「アルテリオ映像館」と大阪府淀川区「第七藝術劇場」で映画「よみがえりのレシピ」劇場公開が始まった本日、先週13日から劇場公開が行われている仙台での上映期間延長が決定しました。パチパチパチ...。

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 宝谷カブのピッツァなど、アル・ケッチァーノが編みだした料理の写真が加わった最新のフライヤーに写真提供をなさった東海林晴哉さんの写真展「山形在来作物の世界」@美術カフェ ピクニカは明日が最終日。6月には再びレストラン「パリンカ」での作品展示がありますが、21日(日)15時頃から東海林さんご本人が会場にいらっしゃるとのこと。作品を前に直接話をうかがえるまたとない機会です。

 映画に登場するオーナーシェフは、遠方からの客が多い週末といえど、必ずしも店に居るわけではない点、加えて店主不在の折に出される???な料理には大きな落差がある点を除けば、虚構はもちろんのこと、少しの誇張もないおとぎ話のようなこのドキュメンタリー作品。まだご覧になっておられない方。そして今一度カタルシス体験をなさりたい方。どうぞ「フォーラム仙台」へお運びください。

 延長期間は4月27日(土)~5月3日(金・祝)まで。上映は10:00~となります。じんわりとこみあげてくる映画の感動さめやらぬ今年のGWは、撮影の舞台となったロケ地を訪ねてみるのもいいかもしれません。

primavera_fujisawa2009.5.jpg【Photo】春の大型連休を迎える頃、湯田川温泉と藤沢集落を結ぶ金峰山中の林道に分け入ると、新緑の山中で藤沢カブが人知れず一斉に花をつけた秘密の花畑が視界に入ってくる。カブはアブラナ科ゆえ、4月下旬になると菜の花のような黄色い花を咲かせ、やがて実を結び、翌年以降に撒かれる種となる。撮影:2009年5月4日
(Photoクリックで拡大)

 庄内平野を見はるかす高台にある鶴岡市宝谷地区、藤沢集落の山中、そして湯田川温泉から温海温泉へと向かう道筋の田川地区から一霞地区にかけては、映画に登場する宝谷カブ・藤沢カブ・田川カブ・温海カブが、新たな種を結ぶための楚々とした黄色い花を咲かせて訪れる人を優しく出迎えてくれることでしょう。

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2012/12/29

Piatto 読者参加 みやぎの環境保全米試食講習会

piatto2013.1-1.jpgPiatto 1月号こぼれ話 ver.2
◆Web Piatto:http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/

 仙台発・大人文化を提案するマンスリーマガジンPiatto2013年1月号は本日発行。仙台圏で23万部が毎月第一土曜日に発行されるPiattoですが、最新号は一足早くお届けしました。今号でレポートしているのが、サンモール一番町にある産直レストラン「みやぎフードキッチンCOCORON」を会場に実施した「みやぎの環境保全米 新米試食講習会」(Piatto主催・JA全農みやぎ協賛)。試食会が開催されたのは、年の瀬が押し迫る12月12日(水)。お米は収穫された年の12月末までは新米として扱われます。この日はCOCORONがオープンして3周年にあたり、その記念イベントとして開催されました。

piatto2013.1-2.jpg【Photo】今年も頑張った自分へご褒美ジュエリーを贈りませんか、という特集ページにちなんだPiatto1月号の表紙(上)。その5面に掲載されている試食講習会レポートページ(左)。詳細は今日の河北新報朝刊折込の本誌、またはWeb PiattoでCheck it out !!

 名取市在住のフードコーディネーター、伊藤豊子先生監修による安心安全な宮城県産ひとめぼれ新米と、仙台雪菜・仙台白菜・余目ねぎ(仙台曲がりネギ)といった旬の伝統野菜について学び、それらを使った特別メニューを実際に召し上がっていただく講習会には、総勢20名の女性にご参加いただきました。

 只今子育て中だというフリーアナウンサーの宮田敬子さんの司会で幕を開けた試食会。その主役は、みやぎの環境保全米ひとめぼれ新米でした。農薬や化学肥料の使用割合を慣行栽培の半分以下に減らし、耕土保全に役立つ有機質肥料の使用割合を増やすことで、水田で生息するシロサギなどの水鳥や、カエルやトンボといった多様な生態系保護につながることから、JA全農みやぎで栽培を奨励しているお米です。現在では宮城県内の全作付の6割が環境保全米になっており、県をあげたこうした取り組みは宮城ならでは。

cocolon_1.jpg【Photo】TBC東北放送を退社後も、ラジオ番組COLORS水曜日のパーソナリティとして活躍中の宮田敬子アナ。女性ばかりの和やかな雰囲気のもとで行われた試食講習会

 農薬の使用を減らすことで、雑草除去の手間は増えますが、健全な土壌のもとで育てた安心安全な食べ物を届けたいという地元の稲作農家を応援し、自然環境を守るためにも積極的に毎日の食卓にサステナブルな環境保全米を取り入れたいものです。

cocolon-3.jpg いろいろ野菜と豆のミネストローネ、ちぢみほうれん草と仙台曲がりネギのイタリアンオムレツなどと皆さんに召し上がって頂いたのは、平成24年産環境保全米ひとめぼれ無洗米。ヌカを除去する特殊精米技術の導入により、水で研がずに炊けるお米です。精米工程で出るヌカは、肥料や家畜の飼料としてリサイクルされるのだといいます。研ぎ汁が出ないため、生活排水が削減され、川や海の水質悪化を防げるお米です。「水の確保が大変だった震災の時は無洗米のお世話になったわね」との声が会場から聞かれました。

cocolon-4.jpg【Photo】試食講習会の特別メニューより、ちぢみホウレンソウと仙台曲がりネギのイタリアンオムレツ(左上)・いろいろ野菜と3種のお豆のミネストローネ(右上)・仙台黒毛和牛の赤ワイン煮 温野菜(仙台白菜&仙台雪菜)添え(左下)・ひとめぼれ入りアイスクリーム、黒豆とイチゴジャム入りチョコレートのサラミ仕立て、蔵王ハーブティー(カモミール)(右下) 里芋のドリア(下写真・左) 

cocolon-5.jpg 環境保全米についての講師をお願いしたJA全農宮城の西條さん(上写真・中)が、持参したIH対応の土鍋に蒸気抜きの穴がないガラス蓋をして(鍋に合うサイズの穴なし蓋がない場合は、穴を割りばしで塞げばOK)炊き上げたひとめぼれは、甘さが際立つ文字通り一目惚れの美味しさ(上写真・右)。お代わりを所望する参加者も多く、ご飯の美味しさを改めて認識頂いたように思います。
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 野菜とお米に関するクイズの正解上位者には石巻・亘理・山元でハウス栽培が復活しつつある仙台イチゴやトマトが贈られました。環境保全米ひとめぼれ無洗米2kgとともに参加者全員にお渡ししたのが、「旬米新缶 ひとめぼれ」2合(300g)。

 旬米新缶は、特許申請中の脱酸素技術により、精米したての味を5年にわたり維持するのだといいます。通常の350ミリ缶と同サイズのため、持ち歩きに便利なコチラ。非常用の備蓄米としての用途は勿論、海外で暮らす日本人にとってもニッポンの味を忘れないためにも重宝するだろうとのことで、成田空港で取り扱う予定とのこと。

 ご参加いただいた皆さ~ん、せっかくなのでここはじっと我慢して、5年後に開缶して味をお確かめください。それまでは、ホームパーティでは座を盛り上げ、大晦日の紅白歌合戦をよりヒートアップさせるマラカス代わりにシャカシャカ鳴らして使うのが、なんといってもオススメです ♪♪♪

 Piattoを、そして「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」をこの1年ご愛読いただきありがとうございました。それでは皆様、良い年をお迎えください。
Buon anno nuovoooooo!! ~\(^0^)

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2012/12/09

復活、金華さばみそ煮缶

待ってましたの製造再開!

 脂が乗った新鮮な秋サバを冷凍保存せず、石巻魚市場で買い付けてすぐ生のまま加工する「フレッシュパック」ゆえの美味しさに魅せられ、被災前から我が家の食卓に上っていたのが、「木の屋石巻水産 さばみそ煮」。石巻市魚町にあった本社前に据え付けられた鯨の大和煮缶詰をかたどった巨大な魚油タンクは、津波で横倒しになり、世に広く知られることとなりました。

tank_kinoya.jpg【Photo】津波の直撃を受け、全壊した本社工場からおよそ300m内陸側に流され、県道脇で野ざらしとなっていた木の屋石巻水産の巨大な魚油タンク(撮影:2011年7月)。震災の記憶を風化させないため「震災遺構として保存すべき」との意見がある一方で、「震災を思い出す」という被災者心情を慮って今年6月に解体された(上写真)
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【Photo】昨年の夏、石巻を訪れた際に立ち寄った道の駅「上品の郷」で販売していた木の屋石巻水産 希望の缶詰。当然のごとく大人買い(右写真)

 津波で全壊した本社屋に隣接する倉庫で保管していた製品も被災。ヘドロまみれになった缶詰80万個を大量に発生したハエと暑さの中で従業員がかき集め、全国から支援に訪れたボランティアの助けも借り、8月3日に最後の1缶の作業を終えるまで4カ月を要して洗浄。昨年夏に道の駅「上品の郷」で購入した正規の商品ラベルすらない「希望の缶詰」は、万感の思いとともに手を合わせて頂きました。

【Movie】ヘドロの中からかき出した80万個の缶詰を「希望の缶詰」として出荷に至るまでの道のりをダイジェストした動画。復興元年といわれた今年はもうすぐ暮れようとしているが、復興はおろか復旧の歩みすら遅々として進まない。三陸の厳しい現実をどうか忘れないでm(_ _)m

 善意の人々が加わって手洗いした缶詰は、津波に浸かったため一部に錆や凹みはあるものの品質に影響はなく、世に知れたブランド鯖が青ざめる(⇒鯖は青魚なので当然なのだが...)美味しさ。いえ、販売に至る経緯を知っていただけに、かえって有難味も加わって五臓六腑に旨さが沁み渡ったのでした。

 捕鯨基地として、余すところなく鯨を活用する素晴らしい食文化が培われた鮎川港を擁する石巻で1957年(昭和32)に創業した木の屋石巻水産。希少な須の子ほか同社の鯨大和煮缶は、岩手県内の水産加工業者の協力を得て一足先に製造販売の再開にこぎ着けました。その一方で、世界三大漁場の金華山沖で揚がる金華サバを使った同社のさば缶は久しく入手ができない状態が続いてきました。金華サバが最も美味しくなる秋サバの旬にこだわって県内の協力工場に社員が出向いて製造を委託、今月1日からようやく販売がを再開したばかり。待ってましたとばかりに入手しました。

misoni_kinkasaba.jpg【Photo】金華サバの旬(9月~11月末)を待ってOEM生産を再開した「木の屋石巻水産 さばみそ煮」。漁獲量が少なかった今年は早期に売り切れること間違いなし。被災前や希望の缶詰で親しんだ美味しさを忘れられないファンの方は、石巻の内陸側に隣接する美里町に現在建設中で来春稼働する同社新工場で生産される1年後を待たず、今すぐ買うっきゃない!!

minoya_sabakan.jpg 和の鉄人・道場六三郎氏が味噌汁用に普段使いするという同郷の高砂長寿味噌で味付け、加工に当たって化学調味料や保存料類を使わずに製造。ホンマグロの大トロのように口の中でふっくらトロける食感は、さすがは西の関サバ、東の金華サバと称された旬の金華サバ。欠品中に代用品として食べた他産地の高額な缶詰でも太刀打ちできない美味しさです。この味にして輸送や冷蔵の必要がない産地直送価格の一缶398円はご立派。養殖を再開した宮城の牡蠣の9割を死滅させる原因となった海水温の高さが災いし、金華山沖での鯖の水揚げが少なかったため、今年度の生産は当初目標の1割に留まったといいます。

【Photo】脂がよく乗ったふっくらとした食感は魚体の大きな旬の金華サバを厳選し、冷凍せずに加工し缶に手詰めするがゆえ(上写真)。復興元年の今年は計画の1割程度に留まる製造数とのことで、来年の漁期まで庄イタが自家消費する必要数を確保したのだった(下写真)

cans_kinoya.jpg 現状で入手できるのは、石巻市吉野町に開設した仮本社事務所併設の直売店や同市中央「石巻まちなか復興マルシェ」、三陸自動車道「石巻河南I.C.」を降りてすぐにある道の駅「上品の郷」、「やまや」各店、仙台駅構内1F「食材王国みやぎ」などのほか、10缶以上で送料無料で購入できる同社のWEBサイト限定です。海と共に生きる町、石巻ならではの数量限定の美味をぜひお試し下さい。決して損はさせませんので。ただし生産量が少ないだけに早期の売り切れは必至。今秋の漁獲分が完売すれば、また1年待たなくてはなりません。かくなる上は逡巡している余裕はありません。善は急げ~♪ (ちょっと煽りすぎかも...)


◆お買い求めはコチラから ⇒ http://kinoya.co.jp/eccube/
  問:木の屋石巻水産 Phone:0225-23-1234

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2012/12/01

伊達の粋空間

Piatto12月号こぼれ話 ver.2
◆Web Piatto : http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/
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 仙台発・大人文化を提案するマンスリーマガジンPiatto12月号は本日発行。巻頭では、ホームパーティが華やぐ簡単に作れるおいしい料理をご紹介しています。

 取材にご協力頂いた「醇泉(じゅんせん)」は、杜の都の迎賓館「勝山館」の日本料理店。その発祥は、1688年(元禄元年)に創業し、安政年間に仙台藩御用酒蔵の一つとなった「勝山」銘柄の蔵元「伊澤酒造」の迎賓施設でした。 皇族方などの賓客を迎える施設であった格式ある勝山館は、戦災により焼失してしまいます。半世紀の時を経て1991年(平成3)に復興した現在の勝山館にも、母体である勝山ならではの美酒と美食でお客様をもてなしする精神は脈々と受け継がれています。

amano_jyunsen.jpg これまでPiattoでは、東北No.1を目指すイタリア料理店「パドリーノ・デル・ショーザン」矢島広之シェフのブロデットを昨年の10月号で、そしてナポリに本部がある「真のナポリピッツァ協会」の認定を受ける直前に取材を行った「ピッツェリア・パドリーノ」千葉壮彦ピッツァイオーロを今年の7月号において、ほぼ庄イタの独断で取り上げてきました。

【Photo】家庭でも簡単で美味しくできるおもてなし料理として、醇泉の天野耕一料理長にお勧め頂いた「蔵王香鶏と仙台芹の沢煮鍋」。醇泉では、その日調達可能な最高の素材を目利きして料理を決めるため、コースの献立は日によって変わるのだという(左写真) 

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 客人を招く食卓にふさわしい料理と演出を特集した今月号では、瀟洒な佇まいをみせる勝山館のエントランス左手に暖簾を掲げる日本料理 醇泉の天野耕一料理長お勧めの和前菜と鍋料理をご紹介しました。10月31日に行われた取材・撮影で使わせて頂いたのが、和風館3階にある「末広の間」。

【Photo】師走に入り、朝方は雪が舞って例年比で7日早い初積雪を観測した仙台。明朝はこの冬初めて氷点下の予報。そこで恋しくなるのが鍋料理。彩り豊かな冬の根菜を油抜きした油揚げで束ねた食べやすく見た目も美しい沢煮鍋。地鶏と組み合わせることで栄養バランスも良好で低カロリー。柚子や生姜を薬味に温かいお部屋で召し上がれ

suehiro_shozankan.jpg【Photo】水玉文様陣羽織と宮城野萩の意匠を会津伝統の華麗な会津絵漆器の手法で手描きした襖(下写真)とベンガラ壁のコントラストが映える「末広の間」(上写真)は、その名の通り末広がりの88畳の和室。椅子・テーブル使用時で60名、座卓を配した72名までの披露宴にも対応

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 さまざなま会合や宴会需要と並んでブライダルのニーズも高い勝山館。油抜きした油揚げと三つ葉で束ねた仙台芹・長ネギ・ゴボウ・大根・ニンジンが具材として入った沢煮鍋の豊かな彩りだけでなく、4年前に改装したという和風モダンなお座敷の粋な内装にも目を奪われた庄イタなのでした。
jinbaori_masamune.jpg【Photo】伊達家の家紋「竹に雀」の金刺繍が施された水玉文様陣羽織。政宗公晩年の江戸初期から中期にかけての作とされる。秋冬ミラノコレクションに登場してもよさそうな時代を超越した粋を感じさせるのは、さすが伊達男の面目躍如 (仙台市博物館所蔵 市指定文化財)

kurabutai_shozan.jpg 伊逹政宗が着用したとされる水玉文様陣羽織と宮城野萩をモチーフに喜多方の蒔絵職人が手描きしたホログラムも取り入れた襖が、朱色のベンガラ壁に映え、洒脱な伊達者の語源となった政宗公の粋な気概を感じさせます。勝山館では、末広の間で執り行う仙台ならではの美意識を取り入れた披露宴が人気なのだそう。文武両道で書画や能にも秀でていたという政宗公。薪能の舞台ともなる蔵舞台は、挙式はモチロン、結婚写真の撮影にも対応します。

【Photo】結婚という晴れ舞台にふさわしい最高の演出がなされる勝山館中庭に設けられた蔵舞台。ここでは間違っても演目に"狂言"は似つかわしくないので老婆心ながら...(笑)

cappella_shozan.jpg そして忘れてならないのが、隣接する勝山公園がガラス越しの借景となる「光と風のチャペル」。取材を行った日は、葉が色づく前の緑したたる杜の都ならではの表情をみせてくれました。冬の入口へと季節が進んだ今ならば、黄色や赤に色づいた葉が残る木々が秋の名残りのステンドグラスさながらになっているはず。これからの雪降る季節には、大理石のバージンロードに溶け込む純白の世界と化すことでしょう。

【Photo】水の都ヴェネツィア伝統のムラーノグラスでハンドメードされた多灯シャンデリアから降り注ぐ柔らかな光が、天然大理石のバージンロードに映り込む堂内は、厳粛かつゴージャスな非日常空間

 絆婚や料理男子がもてはやされる昨今。男女を問わずホームパーティで料理の腕前をアピールし、人生のよき伴侶を見つけようと意気込む独身のアナタ、どんな式を挙げたいですか?

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2012/11/03

暮らしをデザインする「あかり」

Piatto11月号こぼれ話 ver.2 
◆Web Piatto : http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/
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 仙台発・大人文化を提案するマンスリーマガジンPiatto11月号は本日発行。8月号の取材現場に携わって以降は、「ジョジョ展 in S市杜王町」関連業務と編集作業の時期が重なった9月号・10月号では誌面制作に全くタッチせずにいました。ゆえにPiattoこぼれ話カテゴリーはひさびさの更新です。

 晩秋の夜長、灯火親しむの候だからこそ、見直したい照明について11月号では取り上げました。居心地の良い空間づくりに欠かせない要素のひとつが「あかり」。いつものお部屋の雰囲気をガラリと変えるプロのアドバイスを参考に、大切な人とのリラックスした時間を過ごすもよし、自分と向き合う満ち足りた時間を過ごすもまたよし。

 ほの暗いロウソクのような暖色系の白熱灯や、壁面にバウンスさせた間接照明を好み、蛍光灯のシーリングライトが発する寒色系の光を忌み嫌う傾向がある庄イタ。きっと電球が一般化する以前に前世を過ごした19世紀中葉の北イタリアでの前世の習性が抜け切らないのでしょう。震災後は不夜城のごとき歓楽街のまばゆさには、以前にも増して違和感を感じるようになりました。

monmaya_1.jpg【Photo】登録有形文化財に指定された1928年(昭和3)築の町屋造りの母屋。(株)門間箪笥店の若き6代目・門間一泰(かずやす)専務が「monmaya」と屋号を変えた現在は、伝統的な様式美を継承する仙台箪笥とデザイン性の高いイタリアの照明器具をリスペクトして誕生した「DI CLASSE ディクラッセ」の照明器具などを取り扱う伝統美とモダンが調和するショールームとして活用

 今月の巻頭特集「毎日がいとおしくなる あかりがつくる心地よい暮らし」では、あかりを軸に和洋それぞれのノウハウをご紹介しています。登場したアイテムをお勧めするのは勿論ですが、今回の取材先は、テイストは異なれど、いずれも時間を工面してでも訪れたい素敵な雰囲気をたたえた空間でした。

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【Photo】間口は一般家屋とさして変わらないものの、奥行きがある典型的な町屋造りのmonmaya。木枠のガラス窓、表紙にも登場した雪見障子、ゼンマイ式の柱時計幾何学模様を描く象嵌細工の欄間など、随所に古き良き日本家屋の面影を残す(写真左)

 まずは表紙撮影と併せて築84年の母屋がロケ地となった「monmaya(もんまや)」。1995年(平成7)に完成したショールーム仙台箪笥伝承館を併設するこちらは、創業以来140年になる老舗です。門間箪笥店としての創業以来の地である仙台市若林区南鍛冶町は、染師町・畳屋丁・弓ノ町・石切町などと並んで、その名が示す通り藩制時代は鍛冶職人が住まった職人町。丹念な鍛冶仕事の精華である飾り金具がふんだんに用いられた芸術品のような仙台箪笥は、仙台人にとっては一竿は欲しい憧れの家具です。

monmaya_4.jpg【Photo】神棚と押し入れの下の壁面に組み込まれた明治の名工といわれた門間民冶の手になる玉杢の欅に仙台木地呂塗りを施した仙台箪笥。重厚感のある金具は、寅年生まれの民冶が、彫金の名人と称された菊地松右エ門に製作を依頼した名品

 門間箪笥店は、仙台では唯一の取り扱いとなる新潟県燕市のダイニング・キッチンウエアブランド「enn」のサービングプレートを8月号で取り上げています。その時と同様、美しい造形は、世の東西を問わず融合することを示してくれた「DI CLASSE ディクラッセ」の照明器具をメインに撮影が行われたのは、ショールームとして使われる1928年(昭和3)築の母屋。平成の初期までは実際に住まいとして使われていた町屋造りの純和風建築です。文化庁から登録有形文化財の指定を受けるだけあって、職人技が光る建具や作り付けの箪笥のしつらえは一見の価値ありです。

 続いては青葉区花京院に建つビルの1Fにある「トーヨーキッチン&リビング 仙台ショールーム」。今号では照明器具を中心にご紹介しましたが、それだけではもったいないのがこちら。なぜならそこは庄イタの物欲を刺激する質の高いイタリアン・プロダクツが、数多く展示されていたのです。
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 毎日の料理が楽しくなりそうな機能的でデザイン性に満ちた同社オリジナルキッチンツール、遊び心いっぱいのハイセンスなイタリア家具、芸術の薫り高いモザイクに圧倒される世界遺産の街ラヴェンナに工房を構えるSICIS(シチス)社のヴェネツィアン・モザイクなどが所狭しと展示されています。

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【Photo】壁面のヴェネツィアン・モザイクが変幻自在な光を放つ。プラスチックにクロームメッキを施し、装飾性の高さを演出するできるシャンデリア「Kilalaキラーラ」。9灯(W780×H780)と5灯(W450×H580)の2サイズ。ダイニングチェアは「AMI AMI アミアミ」。ブラックと白も展開(左写真)
 高低差をつけたダブル使いの事例を誌面でご紹介したキラキラの「Klunkerクランカー」(右写真奥)の手前は、花型のポリカーボネートが華やかさを演出する「Bloomブルーム」(W590mm×H750mm)。いずれもミラノ近郊に本拠地を構えるKartell社の製品
 

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【Photo】スタンド型フロアライト「Satin サテン」(W400×H1995)の隣のソファに座る取材スタッフEさんは伝説の小人族コロボックルにあらず(笑)。(左写真) 重量が軽く、女性でも積み重ねが簡単にできる肘掛椅子「Louis Ghost ルイ・ゴースト」(右写真)は、一見すると"空気椅子"

 世界的に活躍するプロダクトデザイナー、吉岡徳仁氏が2008年のミラノサローネで発表したポリカーボネートで編み格子のような造形を生み出したKartell カルテル社のチェア「AMI AMI」、パリ生まれの工業デザイナー、フリップ・スタルクが、ルイ15世の時代に登場したクラシックな肘掛椅子を透明な樹脂で現代風にリモデルした「Louis Ghost」など、アート感覚溢れる機能的な生活ツールは、1脚2万円台から3万円台と手が届く範囲。
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 オブジェのようなシャワー水栓「BIG」を採用したアイランドキッチンから、色合いがひとつずつ異なるため、見る角度や光の当たり方によって万華鏡のような表情を見せるSICIS社製ヴェネツィアン・モザイクのコースターまで、ショールームには幅広いラインナップが揃います。

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【Photo】トーヨーキッチンオリジナルのシンクは樹脂製で可動式の水栓や「BIG」(上写真)だけを挙げても機能性と優れたデザイン性を両立している。  SICIS社のモザイクを用いたこのコースター(1個500円・左写真)に載せたコップの水が、季節と時間によってさまざまに表情を変える水の都ヴェネツィアのラグーナ(=潟)へと変貌しそう

 今年9月、東京南青山に絢爛たるSICIS社のヴェネツィアン・モザイクの展示スペース「SICIS TOYO KITCHEN STYLE」がオープンしました。250平米の床や壁面を埋め尽くす色ガラスを組み合わせたモザイクは、日本では他に例を見ないスケール。それはSICIS社の工房があるイタリア・ラヴェンナの至宝、6世紀の建造当時のモザイクの輝きに息をのむサン・ヴィターレ聖堂内陣や、その脇に建つ小さなガッラ・プラチディア聖堂内部を埋め尽くす天上の楽園かと思えるモザイクをも想起させるかもしれません。目の保養・心の栄養になること間違いなし。こちらも必見です。


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2012/10/20

ナシにまつわるアバタもエクボなハナシ

着果不良とカメムシ禍で無収穫の生産者も。
なれど利府梨のおいしさは今年も変わりナシ

 蔵王連山の雄姿を間近かに仰ぎ見る円田地区を中心に栽培農家が多く、宮城では和洋の梨について総生産量のおよそ半数を占めるのが蔵王町。次いで2番目の和梨産地となるのが利府町です。町内屈指の優秀な梨生産者との呼び声の高い伊藤梨園さんのおかげで、昨年その美味しさに目覚めたのが、明治生まれの歴史ある和梨品種「長十郎」でしたLink to Backnumber

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【Photo】 昨年9月、利府町の伊藤梨園直売所で味見したのが、本命の「あきづき」と対抗馬にあたる「新星」。本命買いに傾いた形勢を逆転したのが最後に勧められた長十郎。最近は姿を見る機会がほとんどない古馬ゆえ、その時点では期待せずにいたダークホース長十郎を絶賛した拙ブログの読者から、新規の指名買いが続いたという。今年は春先の寒さと夏の酷暑のもとで平年の半分も実を結ばなかったという青梨系品種「八雲」(写真右側)と赤梨系品種「幸水」(写真左側)。本来はキツネ色に色付く幸水が、高温の影響で着色不良の傾向が見て取れる
 
 すっかり長十郎の味をしめた今シーズンも、秋の味覚を求めてイオン利府ショッピングセンター前にある直売所ではなく、利府町内のご自宅に伺い、選果場で直接購入すること3度。初回は9月9日に早生種を代表する品種「幸水」と二十世紀の改良種「八雲」を。二度目は暑さにめげず美味しさが際立ったという「あきづき」と利府梨の代名詞「長十郎」を10月8日に。間もなく収穫される晩生種「新高」が出る前に今シーズン最後になるであろうずっしりと大きく育った長十郎をこのほど購入しました。今年も味わうことが叶った秋の恵みに感謝。
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 例年より1週間から10日生育が遅れ、やっと収穫が始まったばかりだという9月上旬。ホームグラウンド庄内きっての梨産地である酒田市刈屋でも同様に耳にしたことですが、伊藤さんから伺ったのが、梨農家にとって、こんなに難しい年は近年なかったということ。ミツバチと手作業による受粉作業の後に続いた春先の寒さが響いて着果自体が少なかったことで、250軒ほどある利府町内の梨生産農家によっては、全くの無収穫に終わったケースもあるそうです。

【Photo】収穫直前のカメムシ禍により、アバタ顔のような凹みができた長十郎(手前の3個)

 連日の酷暑が続いた9月上旬に伺った際に買い求めた幸水は、少雨とまだ旬の走りということで、型が小さく味の乗りも昨年と比べて今ひとつでした。伊藤梨園さんでは、小さな傷がついたり、黒い斑点が出るなど姿形が良くないだけで出荷できない梨をいつもお土産にと下さいます。その時は、そうして頂いた初めて口にするスッキリとした酸味が持ち味の八雲から、青梨の美味しさを教わったように思います。

chojyuro2_2012.jpg【Photo】カメムシが果汁を吸った凹型の痕跡が写真左上と右下部分に残ったため、商品価値が損なわれた長十郎。伊藤梨園さんの長十郎は、皮を剥くと糖度の高さをうかがわせるねっとりとした感覚が果肉表面に残る

 丹念な土作りから品質管理に心を砕く伊藤梨園さんですら、平年の4割しか収量が見込めない今年。追い打ちをかけたのが、高温続きによる着色不良と梨農家の大敵カメムシの襲来でした。暑さで活動が活発化したカメムシは、梨の実に飛来しては果汁を吸い取ります。肥大初期に果汁を吸われると、その箇所が成長を止めてしまい、ジャガイモのように型がいびつになって廃棄せざるを得なくなります。

 収穫末期に入り、1個の重さが1kgに迫る場合もある長十郎。今年のように収穫期にカメムシ被害に遭った箇所が凹型に窪んだ哀れ"カメナシ"と化した長十郎は、商品価値が著しく損なわれるのです。1年をかけて大切に育てた梨が台ナシ(梨)にされるのですから、梨農家にとってはたまったものではありません。憎っくきカメムシは病害虫よけの袋掛けをしていても、果汁を吸ってしまうことがあるそうで余計にタチが悪いのだといいます。

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【Photo】カメムシが果汁を吸った跡は、皮を剥くと水気が少ないスポンジ状に変質しているが(左写真)、その部分を包丁で取り除けば何ら問題ナシ(右写真)。そのまま食べても結構ですし、スプマンテやプロセッコなど辛口の発泡性ワインとの相性が良い長十郎。いただきま~す

 「ウチに置いてあっても仕方ないので」と、今回もハジキ梨をおまけして下さった伊藤さん。多少見た目が悪くても、その味に貴賎はありません。実力通りの美味しさで庄イタを魅了した昨年とはまた一味違う今年の利府梨。オジャマ虫に悪戯され、ルックスはお笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」の南原清隆のようなアバタ顔になっても、精一杯美味しくなろうと頑張ってくれた文句ナシのカメ梨君なのでした。

  
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伊藤梨園直売所
住:宮城県宮城郡利府町八幡崎前
  ※イオン利府ショッピングセンター西側
    「河北・TBC利府ハウジングギャラリー」と「利府デンタルクリニック」の間
    直売所が閉まっている場合は、下記伊藤恒雄さん宅に問い合わせを
Phone:022-356-2233


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2012/09/01

Yeti イエティ @気仙沼

深遠なるスパイスのラビリンス(迷宮)
ネパール・インド料理レストラン「Yeti イエティ」

 北カフカス(コーカサス)のイングーシ共和国でYeti(イエティ=雪男)を捕獲したという、耳目をそばだてるような出来事をロシアのインタファクス通信が伝えたのが昨年末。捕えられ、奇声を上げながらオリを両手でゆするのは、全身を黒い毛に覆われた体長2mのUMA(未確認動物)のメスだとする触れ込みの生物。
 
     

【Movie】イングーシ共和国で捕獲されたYetiの正体が暴き出される衝撃の結末をお見逃しなく

 ここはロシア人のジョークに世界が振り回された格好ですが、それも無理からぬこと。極寒のツンドラ地帯であるロシア・西シベリア地方ケメロヴォ州で、ロシア・中国・モンゴル・アメリカ・カナダ・スウェーデンなど7カ国の専門家による国際会議が催されたのが同年10月。大規模な捜索が行われた上で、足跡や毛といった存在を示す物証が得られたことから、95%の確率で雪男が同州に存在するという結論が導き出されていました。

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【Photo】1951年にイギリス隊のエリック・シプトンらによって足跡が発見されて以降、空想による雪男=類人猿のイメージが出来上がった。日本のヒマラヤ登山隊を案内するシェルパのテントをイエティが夜襲した(左写真)、などと報じる当時のゴシップ誌

 ヒマラヤの山岳民族シェルパ族の呼び名でYeti 、北米ではBigfootと呼ばれる雪男。このイングーシでの噴飯もののイエティ捕獲劇はともかく、その存在の真偽はどうなのでしょう。今年6月に山と渓谷社から興味深い一冊「イエティ = ヒマラヤ最後の謎『雪男』の真実= 」が出版されました。長年にわたる現地での聞き取り調査を踏まえてその正体に迫ったのが、弘前市の登山家・ルポライターの根深 誠氏。そこで導かれる結論はここでは伏せますが、いずれにしても今回のタイトルから、"すわ一大事、気仙沼に雪男が出没したのかッ!?"などと早合点しないで下さい(笑)。

yeti_outlook.jpg【Photo】山岳用品をメインとするアウトドア用品店を併設する「Yeti イエティ」では、ネパールの定番料理「Daal bhaat ダルバートセット(1700円)」とネパール風居酒屋メニューが充実した夜も狙い目

 その正体は「Yeti イエティ」という名のネパール・インド料理店。内偵を進めていたYetiの実態に迫るため、このほど気仙沼を訪れて確認したのは、フカヒレやホルモンで知られる水産の街・気仙沼こそが、南三陸地域のみならず東北を代表するネパール・インド料理の紛れもない聖地であるという意外な事実。香辛料を多用するインド料理は日本でもポピュラーですが、気仙沼Yetiで食することができるのは、厨房を預るデバック・ケーシー氏の出身地であるネパールと料理と隣接する北インドの料理。

 Yetiとの邂逅は3年前の夏。家人の里帰りでお盆に訪れる気仙沼では、マンボウなどの新鮮な魚介中心の食事となります。生ものが続くと、夏場はスパイシーな料理が欲しくなるもの。そんな時に出合ったのが、田中前の表通りを少し入った路地裏に突如として現れたYetiでした。

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【Photo】大きなナンはフレームアウト(笑)。ある日のランチAセット。気仙沼Yeti にて

 どことなく場違いな印象がありながらも、美味しそうなオーラを放つその店。吸い込まれるようにドアを開いた初訪問では、定番インド料理をワンプレートで組み合わせたターリーを、ヒマラヤで発見されたYetiの足跡のように大きくフカフカのナンと組み合わせて頂きました。

yeti_2011.8.jpg【Photo】2011年8月のお盆休み、被災した店を同年7月末に再開して間もないYetiをランチタイムに訪れた際の忘れがたい再会のワンプレート。この時も5辛でお願いしたマトンカレー(写真奥)はほとんど真っ赤(笑)。串焼きにするシシカバブやタンドーリチキンと同じく、タンドール(石窯)で焼きたてをハフハフさせながらカレーと頂く大きなナンもまた美味で食べごたえ十分

 鼻腔から脳天まで鋭角的に突き抜ける辛さのワサビは別にして、唐辛子系の辛さに対する耐性が常軌を逸しているとまでいわれる庄イタ(爆)。特産のPeperoncino ペペロンチーノ(=唐辛子)を使った料理が多いイタリア南部カラブリア州出身Calabrese カラブレーゼの身内がどうやら前世では存在したようです。ゆえにこの時も、ネパールを離れたのち、北海道から岩手・滝沢村を経て気仙沼に来たという達者な日本語で話しかけてくるタカリ族のフロアスタッフに「辛さはVery very very Hot ね」などと図に乗って口走ったものです。

yeti_colors.jpg【Photo】最近Yetiでは、辛味の調整を後盛り可能なシステムに変更した

 マイルドな日本人仕様ではない満足のゆく辛さ、深みのある万華鏡のようにスパイスが渾然一体となってフルオーケストラのようにフォルテシモで響きあう美味しさ。予期せぬ本物との出合いでした。それからというもの、選択可能な7段階の辛さで一番ホットな「5辛」をお願いするのが常でした。現在は辛味調味料を後盛り可能な日本的システムに変更したので、どなたでも安心です。

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【Photo】充実のタルカーリが追加となるある日のランチBセット。気仙沼Yeti にて

 根深 誠氏とは同郷の出身で長年交流があり、ヒマラヤ山中の6,000m付近の雪渓で、イエティと思われる足跡をかつて目撃したと語るのが、店のオーナーである小野一太さん。ネパール人スタッフが本場の味を気仙沼で提供する店を胸まで届く高さの津波が襲ったのが昨年3月11日。山とカレーを愛する小野さんは、揺れが収まるや否やスタッフにパスポートを持って近くの高台に避難するよう促したのだといいます。彼らの無事を被災後まもなくTwitterで教えて下さったのが、仙台市泉区高森にある「カレーと珈琲の店 あちゃーる」のご主人、森 好宏さんでした。

 世界の屋根と呼ばれるエベレストをはじめとする8,000m級の山々と深い谷に囲まれた多民族国家ネパール。未曾有の津波を経験しながら、厳しい環境で生き抜く術を知っている山岳民族ならではのタフネスゆえか、再び気仙沼に戻ってきたスタッフのデバック・ケーシー氏を中心に店の再開に漕ぎ着けたのが昨年7月。

misoramen_hikadoshokudo.jpg 長いこと復活を待ちわびた滋味深い味噌ラーメンを食べさせてくれる気仙沼市本吉町日門「南三陸ドライブイン ひかど食堂」と同様、昨年の気仙沼へのお盆の帰省の折、営業を再開した南三陸ドライブイン ひかど食堂とYetiを訪れたのは申すまでもありません。

【Photo】気仙沼市本吉町日門のR45沿いに建つ「南三陸ドライブイン ひかど食堂」には、1m50cmほどの津波が襲い、自宅にいた先代が亡くなった。寄せられた支援と関係者の熱意で昨年も披露された地元の伝統芸能「平磯虎舞」復活にも奔走したご主人が研究を重ねた味噌ラーメン(700円)は、庄イタも20年来食べ続けている変わらぬ美味しさ

 気仙沼を訪れた先日、念願のネパール料理「Daal bhaat ダルバート」を食することができました。あちゃーるでも東京・小岩にあるネパール料理「サンサール」仕込みのスパイシーなダルバートに震災後力を入れています。

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【Photo】気仙沼Yeti のダルバート

 ダール(Daal=挽き豆を使った香辛料スープ)、バート(Bhaat=インディカ米飯)が語源となるダルバートは、ダールとバートに加えて香辛料を多用するタルカーリ(Tarkaarii=野菜中心の副菜・カレーといったおかず)、アチャール(Acaar=大根などの漬物)をワンプレートに盛り付けたネパール伝統の家庭料理。

 Yeti ではディナー限定で登場するダルバート(1,700円)は、以下の組み合わせとなります(ランチタイムにダルバートを希望する場合は、AM11:00までにお店にTELのこと)。さらっとした食感のインディカ米と混ぜて頂く2種類のスープ風カレー2種。鶏肉が入った野菜たっぷりのネパールカレーと、レンズ豆・ヒヨコ豆・皮なし緑豆ムングダルの3種豆入りダルスープ。

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【Photo】スープカレーのようなさらっとした食感が特徴のネパールのカレー。野菜たっぷりなチキンカレー(左写真) 豆を用いるダルスープ(右写真)はネパールでは馴染み深い料理。ネパール人は右手だけを使ってご飯とルーをせっせと混ぜながら食する

   yeti_talcurry2.jpg yeti_talcurry1.jpg

 おかずとなるTarkaariiタルカーリはホウレンソウのカレー炒め物・サーグ(左上写真)と、ジャガイモのマサラ風味炒め。つけ合わせはダイコンとトマトのネパール風スパイシーな漬け物アチャール2種(右上写真)。締めはシナモンが香る<ミルクティー(右下写真)

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debag&sunita.jpg 故国の味を忠実に再現したダルバートは、まさに珠玉の逸品でした。連れがオーダーしたインドカレーも、サモサ(左上写真)などを含めて被災前と比べて更にワンステージ上がった印象。ふっかふかのナンの美味しさも以前と変わりません。デバックさんいわく、5辛が自分たちのスタンダードな辛さであり、その辛さが伴わないと本当の美味しさは生まれないとのこと。エスニック系の辛い物好きの方は、ぜひそのウマ辛ぶりをご堪能下さい。

【Photo】本国の調理師免許を持ち、カトマンズの有名ホテル、ジ・エベレスト・ホテルで腕を磨いたデバッグ・ケーシー氏と奥様のスニータ・ケーシーさんがYetiの厨房を預かる

 ラーメンと並ぶニッポン人の国民食カレー。その発祥の地インド・ネパールのマザーフードに触れ、その目からウロコの美味しさにノックアウトされたければ、昼食はひかど食堂の味噌ラーメン、夕食はイエティでダルバートと、飛びきりな国民食のハシゴができる気仙沼へ今すぐGo!

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ネパール・インド料理レストラン Yetiイエティ
住:宮城県気仙沼市田谷20-11
営:11:00~15:00 17:00~22:00
   月曜定休  P有り
Phone:0226-25-7096

   
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Yetiインド料理 / 不動の沢駅南気仙沼駅

夜総合点★★★★★ 5.0
昼総合点★★★★ 4.5

2012/08/13

杜王銘菓「ごま蜜団子」

盛況御礼ッ! 閉幕迫る
ジョジョ展 in S市杜王町

jojo_S.jpg 8月14日(火)の閉幕が目前に迫った「荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展 in S市杜王町」。日本各地からお越しいただいた数多くの皆さまで、連日会場はディ・モールトに賑わっています。独自の作風で熱狂的ファンが存在する国内は勿論、ルーブルに続いて原画展がGUCCI MUSEO(グッチ・ミュージアム)で来年開催されるフィレンツェなど、海外でも高い評価を受けている仙台出身の漫画家・荒木飛呂彦氏。代表作「ジョジョの奇妙な冒険」を中心に、原画100点以上が、第4部「ダイヤモンドは砕けない」と最新作第8部「ジョジョリオン」の舞台となった杜王町のモデルとされる仙台で国内初公開されています。

©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 18日間の会期で3万人以上を動員するジョジョ展。驚くべきはその波及効果。JTBが企画したジョジョ展コラボツアーだけで、380件ほどの申し込みがありました。開幕初日の7月28日には、会場となったせんだいメディアテークのキャパシティを遥かに越えるお客様にドドドドドとご来場頂き、遠方より来仙されたにもかかわらず、会場に入れずゴゴゴゴゴな思いをされた方が少なからずいらっしゃいました。会場前では、設置看板を前にしたジョジョ立ち撮影が連日繰り広げられており、ジョジョ立ちに見えなくもないブロンズ像が点在する定禅寺通りの新たな風景となっています。

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 トニオ風コースを提供する「パドリーノ・デル・ショーザン」は、既報のごとく開幕前から予約が殺到、18日間の会期中におよそ600組(!!)が訪れています。期間限定で登場した杜王町のコンビニ「OWSON」やチャリティ商品が展示されているGUCCI仙台店前では、撮影に興じるジョジョファンの姿が。4部に登場する「靴のむかでや」のモデル「むかでや履物店」では、ちょっとした買い物ついでに作中の吉良吉影(きらよしかげ)宛名でボタン代の領収証をねだるジョジョファンが後を絶たないのだといいます。空条承太郎(くうじょうじょうたろう)が滞在した「杜王グランドホテル」を自称する便乗ホテルまで登場しているようですが、皆さん思い思いにジョジョの世界観を仙台でお楽しみ頂いています。

jojo_firenze.jpg【Photo】復興支援のチャリティオークションで仙台市に落札額の全額が寄贈されるフィレンツェ展キービジュアルのサイン入り複製原画が、GUCCI仙台店のウインドーを飾る

©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 開幕直前の券売の急上昇により、お客様の安全確保のために急遽原画会場から外出しとなった物販会場での売り上げは億単位に。ジョジョファンの旺盛な購買意欲はとどまるところを知りません。そんな中で新規顧客の拡大に成功しているのが、今回のジョジョ展 in S市杜王町に協賛頂いた岩手県一関市の「菓匠 松榮堂」の「ごま摺り団子」をアレンジした「杜王銘菓 ごま蜜団子」です。

goma_mitsu.jpg【Photo】オリジナル包装紙で販売される「杜王銘菓 ごま蜜団子」。ジョジョ展 in S市杜王町会場で8月14日まで限定販売。8個入り700円(税込)

 岩手県最南端の一関は、かつて奥州藤原氏や伊達氏ゆかりの田村家が治めた領地。平野部は穀倉地帯で、ハレの日に食する餅文化が発達しました。1906年(明治36)の創業時から続く菓匠 松榮堂を代表する銘菓「田むらの梅」は、梅の花をかたどった五角形をしています。地場産の餅米「こがねもち」を米粉にした求肥を包み込むのが、1年間塩漬け込けした上で糖蜜で仕上げた青紫蘇。それが口の中でプチッとはじけた後、中に詰まった甘酸っぱい梅餡の風味が絶妙の組み合わせとなります。

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【Photo】プニュッ、モチモチとした食感のごま蜜団子(=ごま摺り団子)。ひと口サイズのお団子をつまんで口にほおばると、ジュワーッと胡麻の香りがほんのり甘い餅の風味と折り重なる

 誕生して20年ほどのごま摺り団子もまた、東北産のうるち米を使用した米粉のもっちもちの食感と、口の中にとろ~り広がる練り胡麻の摺り蜜の風味が織りなすシンプル・イズ・ベストな菓子。ジョジョリオンの主人公・東方定助(ひがしかた じょうすけ)は、初めて口にした杜王銘菓ごま蜜団子を隙っ歯の前歯で噛んだため、ヴチュゥゥゥゥ!と中のごま蜜を口から吹き出してしまいます。

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【Photo】ごま蜜団子のパッケージを開けると、蓋の裏にはジョジョリオンでのやり取りが
©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 そのパフォーマンスに挑戦しようという(?)ジョジョファンが競って会場で買い求めるのが、ごま摺り団子に特製ジョジョ展オリジナルパッケージを施し、荒木先生直筆の食べ方指南書(下写真)を付けた遊び心もたっぷりと詰まったジョジョリオンに登場したそのままのごま蜜団子。

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 杜王新報社の社員証と記者Kの名刺を胸に下げた私が会場で売り場を見ている間にも、お客様が2箱、3箱と入れ替わり立ち替わり買い求めてゆきます。ごま摺り団子の"プニュッ、チュルンッ"というたまらない食感を損なわないよう、冷凍することで保存料を用いずに日持ちさせることに成功しています。

 「ごま蜜団子は、ごま摺り団子とは明らかに異なる新規のお客様にお買い求め頂いています」と手応えを語るのは同社の横沢栄基専務。欧州チョコレート文化発祥の地・トリノを擁する北イタリアで過ごした前世の嗜好からか、いつもは洋菓子好きの私もそんな新規客の一人にほかなりません。

 ジョジョ展閉幕後も、通常のごま摺り団子はTo be continuedといわんばかりに販売を継続するのは申すまでもありません。練り胡麻が入ったごま蜜以外にも、枝豆をすりつぶした「ずんだ餡」、ほんのり生姜が香る「みたらし」、まろやかな抹茶クリームと餡を抹茶団子でくるんだ「抹茶クリーム」の4種類の味が揃います。

gomasuri_dango.jpg【Photo】定番のごま摺り団子。8個入り525円(税込)16個入り1050円(税込)

 中でも不動の一番人気は、ごま摺り団子なのだとか。横沢専務にゴマを摺るわけではありませんが、10月に開催される東京展、さらには来年のフィレンツェ展でも、仙台でブッチギリの人気を得た杜王銘菓ごま蜜団子が販売されればディ・モールト売れると思いますよ。

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菓匠 松榮堂
本社:岩手県一関市山目前田103
Phone:0120-23-5008
Fax:0191-23-3151
Mail:ume@shoeidoh.co.jp
URL:http://www.shoeidoh.co.jp/index.html#pagetop

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2012/07/01

必食!! トニオ風コース料理

jojo_S.jpg この夏、杜の都を彩る旬な話題が、仙台出身の漫画家・荒木飛呂彦氏の原画展「ジョジョ展in S市杜王町」(会期:7月28日(土)~8月14日(火) 於:せんだいメディアテーク)Link to Website。熱狂的なファンが存在する荒木氏の代表作「ジョジョの奇妙な冒険」の原画を中心とする企画展です。被災地復興のために貢献したいという荒木氏の意向で、10月下旬に開幕する東京に先駆けて国内初の大規模な原画展が荒木氏の郷里で実現します。

【Photo】キービジュアルは荒木飛呂彦氏が書き下ろしたオリジナルイラスト。5月6日河北新報朝刊の終面をセンセーショナルに飾った ©LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

 仙台市職員の荒木ファンが母体となり、組織されたプロジェクトメンバーが実現に向け始動。私も主催団体である実行委に縁あって参画し、開幕に向けて準備を進めています。原画展と関連した周辺企画もその一つ。現在「ウルトラジャンプ」(集英社)で連載中のジョジョの奇妙な冒険第8部「ジョジョリオン」に登場する「ごま蜜団子」のモデルとなった岩手県一関市の「菓匠松榮堂」が製造販売する「ごま摺り団子」をジョジョ展仕様にパッケージを変更、荒木氏による食べ方指南書を付けて会場のみで発売するというもの。ネット上などでのファンの反響は大きく、1,000個限定のごま密団子(8個入り700円)が確実に入手できる「ごま蜜団子付きチケット(大人2,000円)」が、本日ローソンチケット(Lコード28888)から発売となりました。

padrino_shozan.jpg【Photo】調理から給仕までトニオ一人で賄うため2卓しかテーブルがないトラットリア・トラサルディとは違い、エレガントでゆったりとしたリストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン。能舞台を備えた緑豊かな庭園が、非日常感を演出するテーブルに彩りを添える

tonio_shozan.jpg【Photo】リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザンでジョジョ展inS市杜王町開催期間中限定で食することができるトニオ風コース・要予約

 もうひとつ関心を呼んでいる食関連企画が、「リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」が会期中限定で提供する「トニオ風コース料理」。ジョジョの奇妙な冒険第4部に登場する天才イタリア人シェフ、トニオ・トラサルディの料理をベースにアレンジしたスペシャルコース(税・サ10%別 6,500円)を同展のチケット・半券を提示の方のみ味わうことができます。矢島広之シェフに打診したところ、かねてよりジョジョの奇妙な冒険の愛読者であったあことが判明、伊澤泰平社長にコラボを即断即決でOKを頂きました。

 ジョジョの世界観を再現したと語る矢島シェフが考案したコースをご紹介すると、ナポリから毎週空輸されるミルキーかつジューシーな水牛モッツァレラチーズを使ったアンティパスト「ナポリ産水牛モッツァレラチーズとフルーツトマトのカプレーゼ ニイクラファーム直送無農薬バジルのジェノヴェーゼ」、プリモピアット「魚介類の娼婦風スパゲッティーニ」、セコンドピアット「骨付き仔羊のソーテー リンゴヴィネガー風味のマスタードソース」、ドルチェ「カボチャのプリン ラム酒風味のジェラート添え」というラインナップ。

caprese2_shozan.jpg【Photo】ナポリ産水牛モッツァレラチーズとフルーツトマトのカプレーゼ ニイクラファーム直送無農薬バジルのジェノヴェーゼ(右)

 客の両手を見ただけで身体の不調が分かり、料理でそれを直す特殊能力「幽波紋(スタンド)」を備えたトニオの店「トラットリア・トラサルディ」を訪れた4部の主人公である東方仗助(ひがしかた じょうすけ)と友人の虹村億泰(にじむらおくやす)。キリマンジャロの5万年前の雪解け水だというミネラルウオーターは、ひと口飲んだだけで「ンまーい!」と感動するほどの甘露。睡眠不足気味だった億泰は、眼球が委縮するほど大量の涙をドボドボと流した揚句に眠気が吹っ飛ぶ体験をします。

puttanesca_shozan.jpg【Photo】魚介類の娼婦風スパゲッティーニ(左)

 "サイモンとガーファンクルのデュエット!  ウッチャンに対するナンチャン!..."などと億泰が表現した絶妙の組み合わせ「モッツァレッラチーズとトマトのサラダ」を食して肩こりが解消、ヴェネツィアの娼婦が仕事の合間の僅かの時間で作れるよう編み出したとされるプッタネスカこと「娼婦風スパゲティー」では虫歯が治り、鶴岡市羽黒町のめん羊肥育家・丸山光平さんが、だだちゃ豆の鞘を与えて育てる特有のクセがない絶品の羽黒仔羊を使えば美味さが倍増であろう「子羊背肉のリンゴソースかけ」で腹痛が治まり、デザートの「プリン」で頑固な水虫が治ってしまいます。

agnello_shozan.jpg【Photo】骨付き仔羊のソーテー リンゴヴィネガー風味のマスタードソース(右)

 究極の薬膳ともいえるトニオの料理。原作では、客の体調や症状に合わせて料理をアレンジし、料理を通して客を快適で心地よくすることに生甲斐を感じるトニオの店には、メニューは存在しません。作品の舞台となった架空の都市「杜王町」は仙台がモデルとされています。「河北ウイークリーせんだい」6/21号紙上で、トニオ風コースの提供が初めて紹介されました。杜王町を訪れた全国のジョジョファンの皆さんには、チケット・または半券提示で席を予約の上、作品の世界観を味わって頂ければと思います。

pudding_shozan.jpg【Photo】カボチャのプリン ラム酒風味のジェラート添え(左)

 取材に伺った役得が、撮影用ではなく、実際に提供する味付けを施したドルチェをいち早く味わえたこと。スプーン一口ごとに糖度の高いカボチャの甘みと生クリームの風味、そしてカラメルソースの深いコクが混然一体となり、まったりとした食感とともに長~い余韻を残します。ラム酒が香る大人の味付けのバニラ風味ジェラートとのコンビネーションも抜群!!! トニオの絶品料理に感激した億泰は、大声で「うンマアアイ!!」と連発しますが、格調高い店の雰囲気をブチ壊すので、ぐっと堪えてくださいね(笑)。

 それでは皆様、会場でお待ちしております。

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リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン
 住:仙台市青葉区上杉2-1-50(勝山館 1階)
 予約Phone: 022-222-7834(10:00~)
 トニオ風コース提供期間 / 2012年7月28日(土)~8月14日(火) 月曜定休
  ランチ:11:30~15:00(LO 14:00) ディナー:17:30~22:30 (LO 20:30)
  URL:http://www.shozankan.com/padrino-del-shozan/event.html#jojo

ジョジョ展in S市杜王町
 会 期:2012年7月28日(土)~8月14日(火) 会期中無休
 会 場:せんだいメディアテーク (仙台市青葉区春日町2-1)
 チケット:大人1,500円(前売1,300円) 高校生以下800円(前売600円) 未就学児童無料
       数量限定「杜王新報」付前売券 大人1,600円 高校生以下900円
       数量限定「ごま密団子」付チケット 2,000円
       ※お求めは全国のローソンに設置のLoppi で 【Lコード】28888
       ローソンチケットオペレーター予約・問合せ
             0570-000-777(10:00~20:00)
        ※チケットは日時指定なし。期間内のお好きな日時でご来場下さい
 主 催:ジョジョ展 in S市杜王町実行委員会・仙台市
 協 賛:松栄堂
 特別協力:LUCKY LAND COMMUNICATIONS
 協 力:集英社
 URL:http://www.jojo-morioh.com/
◆杜王新報...荒木飛呂彦先生のインタビュー、超多忙な某人物との対談、仕事場紹介、S市杜王町おススメスポットMAPなど、ジョジョファン必見の内容が収録された16ページの仙台展限定タブロイド紙。ウルトラジャンプで既報通り、当日会場でも400円で発売(数量限定)
【ジョジョ展 in S市杜王町実行委員会事務局】
 問い合わせPhone: 022-378-0175
 (受付:平日10:00~17:30 土日祝10:00~15:00)


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パドリーノ デル ショウザンイタリアン / 北四番丁駅勾当台公園駅北仙台駅
夜総合点★★★★ 4.0
昼総合点★★★☆☆ 3.5

2012/06/02

表紙の裏話

Piatto201206cover.jpgPiatto 6月号こぼれ話 ver.2

 仙台発、大人の女性のためのマンスリーマガジンPiatto6月号は本日発行。仙台圏にお住まいの河北新報購読者の方は誌面を、そうでない方もWeb Piatto〈http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/〉をチェックして下さいね。

 6月号の特集「夏目前!目指せ!スッキリ夏美人」でご紹介したのが、鳴子の米「ゆきむすび」の発酵玄米と、地元産の山菜・野菜を中心とした食事と湯あみを満喫する「一汁三菜」プランが女性客に好評だという東鳴子温泉にある「旅館大沼」。保湿成分が多く美肌効果が高い重曹泉と、胃に優しい食事の組み合わせで、中と外からオンナ磨きができると女性に人気の湯宿です。

 これからの季節にふさわしいお出掛け着としてスタイリストさんが選んだのは、淡いピンクの一着と目にも鮮やかなグリーンのワンピースという初夏らしい装い。フィトンチッドたっぷりな緑したたる木立ちの中で撮られた6月号の表紙には、目が覚めるようなグリーンのワンピース姿の高以亜希子さんにご登場頂きました。最近では積水ハウスや井田両国堂のCMでも活躍中の高以さん。昨年9月の誌面リニューアル後、ずっとご登場いただいているので、もうおなじみですね。

Piatto2012.6_front.jpg 表紙撮影が行われたのは、ひなびた温泉街に建つ本館から車で5分ほどの閑静な離れの一角に建つ茶室「緑清庵」です。本館での食事シーンに始まった撮影の最後、離れから本館に戻った高以さんにお願いし、表紙を想定して何パターンかポーズをとって頂きました。

 これは編集スタッフが最後まで選択に迷った表紙候補の一枚。最終的に特集記事の中でも使われることがなかったため、結局お蔵入りに。それではあまりに勿体ないので、特別にお目にかけましょう。

 取材が行われた4月24日は、天候には恵まれたものの、寒気を伴った低気圧の影響で、雲が時おり立ち込める日でした。東鳴子温泉は、宮城内陸部でも最北部にある温泉地。木立ちで日差しが遮られる茶室の軒先や、ひんやりとした離れで撮影を続けているうち、肌寒さを感じてきました。ましてや高以さんがお召しのワンピースは、季節先どりの半袖で、ほぼシースルーの夏仕様。この頃には体の芯まで冷え切っていたことでしょう。

 撮影前日に腰を痛め、コルセットを巻いて臨んだこの日。3時間余りに及んだ撮影の間、ほぼ立ちづめだった腰がパンパンに張ってきました。名湯の誉れ高い東鳴子の湯にすぐにでも直行したい誘惑を私に断ち切らせたのは、薄手のワンピース姿で輝く笑顔をみせる高以さんと、撮影に没頭するスタッフの姿。時折クルマが通るため、路上での撮影が幾度か中断するなかでも集中を切らさない高以さんに、心の中でエールを送っていました。

royce.jpg 寒さに耐えきった高以さんのエネルギー源になった(かもしれない)のが、途中で立ち寄った大崎市池月にある「あ・ら・伊達な道の駅」のソフトクリーム。平成の大合併で大崎市となる前の岩出山町が、北海道石狩郡当別町と姉妹都市だった縁で、あ・ら・伊達な道の駅では、当別町に工場があるROYCE製品をラインナップ豊富に扱っています。

 現在はROYCE直営ではなくなったものの、「伊達なソフトクリーム」と名前が変わっただけで、原材料とレシピは当時のまま。上質なトロ~リとした口どけと濃厚なミルクの風味が後を引くソフトクリームを目あてに道の駅を訪れるファンも少なくないと聞きます。

 「ソフトクリームには目がないんですー♪」と仰る高以さんも絶賛。伊達なソフトクリームは250円。鳴子温泉の行き帰りにぜひどうぞ。(営業時間 / 9:00~18:00) 

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2012/05/06

お見逃しなく ヴェネツィア展

frier_veneziani.jpg アドリア海の女王と称えられたヴェネツィア共和国。

 仙台市青葉区の宮城県美術館で開催中の世界遺産ヴェネツィア展-魅惑の芸術‐千年の都-。もうご覧になりましたか?

 前回のエトナ山とシチリアの白日夢に束の間のカタルシスを得た私のように、重度のイタリア禁断症状に陥っておいでの方は、カンフル剤代わりに何をおいてもさておき。この世に二つとない海上に築かれた迷宮都市を訪れた甘美な記憶を呼び戻したい方もぜひに。まだ足を運んでおらず、ラストチャンスとなる次の週末、特に予定がないと仰る宮城とその近県の方も、目の保養を兼ねてよろしければ。

 ラグーナ(潟)の一角にヴェネツィア共和国が誕生してから1315年。今も華麗な輝きを放つ文化遺産140点が日本で公開されています。あらゆるモノと情報が集中する東京以外では、なかなか触れる機会のない海洋国家の繁栄ぶりを物語る精華の数々。ヴェネツィア商人マルコ・ポーロが、13世紀末にシルクロードを旅して訪れた中国での伝聞から、黄金で造られた国と形容したジパングを11月まで全国6都市を巡回しており、現在開催中の仙台での会期は、今月13日(日)までとなりました。

FrancescoFoscariBastiani.jpg【Photo】国家元首であるドージェの正装は金と緋色の衣装とコルノ帽。34年の在任期間は、歴代ドージェで最長。名君の誉れ高い65代ドージェ、フランチェスコ・フォスカリ。コッレール美術館所蔵のラッザロ・バスティアーニが描いた肖像画(1455-1460?)も仙台展に登場

 7世紀末に成立し、1797年に終焉を迎えたヴェネツィア共和国は、人類史上最長の共和制を維持しました。国の舵取りは、120人が名を連ねた「Dogeドージェ」と呼ばれる終身制の総督を頂点に、貴族階級から選出される大評議会と十人委員会からなる独自の政体に委ねられました。海上交易で空前の繁栄をみた千年の都は、オリエントと西洋が渾然一体となった独自の文化を開花させます。西暦828年、二人のヴェネツィア商人がエジプト・アレキサンドリアから遺骸を持ち帰った聖使徒福音記者・聖マルコを祀るサン・マルコ寺院を見るだけでも、その特異性は明らか。

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 11世紀末に完成した現在の聖堂は、紀元前4世紀にギリシャで製作され、13世紀初頭の十字軍によるコンスタンティノープルからの戦利品である4頭立ての馬のブロンズ像(複製)を正面入口に頂きます。黄金のモザイクで覆い尽くされた内陣は、ビザンチンを基調に、ロマネスク・ルネサンス様式が交差するヴェネツィア共和国ならでは空間。交易で栄えた海の都は、冬場に頻発するアクア・アルタ(高潮)を見ての通り、21世紀を迎えた今、海に沈みゆく街として黄昏の時を迎えています。(リド島を除き)ヨーロッパで唯一、自動車が走らない本島の人口は6万人ほどですが、世界中から年間1,200万人とも1,500万ともいわれる観光客が訪れます。

 かようにディズニーがモデルとした浦安の某テーマパークさながらの観光地ではありますが、イタリアで私が最も魅力を感じるのは、何を隠そう、この水の都なのです。いかに俗化してもなお色褪せぬ高貴さを湛えたヴェネツィア。この水の都のほかに1日の中で万華鏡のように表情をさまざまに変化させる場所を私は知りません。

St_Marco_Basilica.jpg 177の浮島からなる本島は、浅瀬に杭を打って人為的に造られているゆえ、縦横無尽に張り巡らされた150を超える水路で結ばれています。一般的にいわれる運河ではなく、あえて水路と私が呼ぶのは、陸地に刻まれるのが運河であり、ヴェネツィアのそれは、人とモノが行き交う道としての海にほかならないからです。

 水面を音もなく進む黒一色のゴンドラに揺られながら見上げる商館の崩れかけた壁面や傾いた鐘楼。ゴンドラが往き来するゆらめくカナーレ(運河)に射す日差しは、歴史を刻んだ家並みに深い陰影を与えます。狭いリオ(水路)には、400は下らないというアーチ型の橋が架かり、観光客でごった返すリアルト橋やサン・マルコ広場へ通じるカッレ(表通り)から一歩先は、すれ違うのがやっとの狭いルーガ(路地)やコルテ(袋小路)。そんな迷宮を地図片手に進むうち、突如として現れるカンポ(広場)で開ける視界。この街では道に迷うこともちょっとした楽しみに変わります。

gondola_Veneziana.jpg そんな水の都を彷徨っているうち、そこがひとつの劇場装置であり、自分がその一部になっていることに気づくはず。有名観光地の例にもれず、宿泊や食事に要する代金は幾分高くつきますが、ヴェネツィアでは本島の中心部に泊まることをお勧めします。安全上、女性には無理強いしませんが、宿にお願いして早朝の散歩に出てみてください。

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 サン・マルコ広場には誰ひとりおらず、贅沢な空間を独り占めできるはず。大鐘楼を右に折れたドゥーカレ宮正面の小広場に立つ聖マルコの象徴である有翼の獅子と聖テオドロス像を頂く2本の円柱の間からは、係留されたゴンドラの先に朝もやに霞むサン・ジョルジョ・マッジョーレ島が望めます。

 無敵を誇った海軍力を背景に、ヴェネツィア人は地中海交易で得た莫大な富を多岐にわたる文化遺産へと転化しました。例えばカナル・グランデ(大運河)沿いに建つ12世紀から18世紀の壮麗な商館や邸宅。見事というよりほかにないガラス製品やモザイク、レース、絹織物などの工芸品。15世紀末から16世紀の爛熟期に登場したジョルジョーネティツィアーノティントレットらヴェネツィア派の絵画作品。そして衰退の影が忍び寄る17世紀末~18世紀のヴェネツィアに生を受けたアルビノーニヴィヴァルディマルチェッロらが紡いだ哀愁を帯びたバロックの旋律などなど。

bragadinsmarco.jpg【Photo】守護聖人・聖マルコになぞらえてヴェネツィア共和国の威信を描いた初期ヴェネツィア派の画家、ドナート・ブラガディンの「聖ヒエロスムスと聖アウグスティヌスを伴うサン・マルコのライオン」(1459・ドゥーカレ宮所蔵)

 今回のヴェネツィア展では、ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコを寓意化したアルヴィーゼ・ビアンコと協力者による有翼の木製獅子(1490頃)が入口で出迎えてくれます。ヴェネツィアでは頻繁に目にする翼を持ったライオンを描いたドナート・ブラガディンの筆になるカンバス画も地中海世界で空前の繁栄を謳歌した海洋国家の威信を表現した作品とされます。

2Ca_Rezzonico.jpg【Photo】13の美術館・博物館から構成されるヴェネツィア市立美術館群のひとつで、共和国末期18世紀の美術品を蒐集する美術館となっている「Ca' Rezzonico レッツォニコ宮」

 今回の展示品は、サン・マルコ寺院と対峙する広場の反対側にある「Museo Correrコッレール美術館」をはじめとするヴェネツィア市立美術館群所蔵の作品。アカデミア美術館やベギー・グッゲンハイム美術館のほか、ティツィアーノの代表作「聖母被昇天」(1518)を主祭壇画とし、教会では珍しく美術館と同様に入場料を徴収するサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会などとは違い、美術愛好家以外の観光客は訪れることが少ない美術館だけに、本邦初公開を数多く含みます。

 絵画だけではなく注目したいのが、往時の文化水準の高さを示す工芸品や装飾品の数々。地中海交易を独占し、繁栄の礎となったガレー船の模型、ドージェに次ぐ役職の財務官が羽織った二重織りベルベットの緋色の外套トーガや精緻な刺繍が施された貴族の衣装など、華麗なヴェネツィア共和国の姿を伝える品々が展示されています。

lampadari_rezzonico.jpg【Photo】 18世紀なかばの欧州で最もガラス工芸の技術水準が高かったムラーノ島。随一の職人といわれたジュゼッペ・ブリアーティ作のシャンデリア。華やかな色ガラスを多用するカ・レッツォニコ様式は、このレッツォニコ宮に由来する

 13世紀末、技術の流出を防ぐため職人が集団移住させられたムラーノ島では、さまざまな技法が編み出されます。Link to backnumber 18世紀のムラーノで、当代きっての職人といわれたジュゼッペ・ブリアーティが編み出した彩色ガラスを用いる技巧を凝らした巨大なシャンデリアは圧巻。

 カナル・グランデに面して建つバロック建築「Ca' Rezzonico レッツォニコ宮」は、18世紀美術館となっています。その一室に稀代のガラス職人・ブリアーティの手になる12灯の芸術品のようなムラーノ製のシャンデリア(上写真)があります。仙台展にはオリジナルを上回る下段20灯・上段8灯というシャンデリア(19世紀~20世紀)が展示されています。ヴェネツィアに魅せられた我が家にも、淡い水色のそれが型違いでありますが、同じ個人所有といえども仙台展の豪華なシャンデリアとは月とスッポン。

 ネタバラシになるため、身の丈の倍はありそうな赤や青などの色ガラス500片で形造られたシャンデリアの画像はここではご紹介しません。珠玉のヴェネツィア共和国の姿に触れるなら今。どうぞお見逃しなく。

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世界遺産 ヴェネツィア展-魅惑の芸術 ‐ 千年の都-
会期:2012年3月17日(土)~5月13日(日)
会場:宮城県美術館(仙台市青葉区川内元支倉34-1)
    Phone 022-221-2111
開館時間:9:30~17:00発券は16:30まで 月曜休館
観覧料:一般1200円 学生1000円 小中高校生500円
URL: http://www.go-venezia.com/   

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2012/04/07

三陸の宝・十三浜ワカメ ふたたび。

ワカメしゃぶしゃぶ@石巻市北上町十三浜

 東北最大の1級河川・北上川は、岩手県北部の西岳付近に端を発し、全国第4位の流域面積1万150㎡、同7位の河川延長249kmを有する大河です。宮城県登米(とめ)市津山町柳津(やないづ)で新北上川・旧北上川の二手に分かれた流れは、旧北上川が石巻市街地を抜け石巻湾へ、新北上川が同市飯野川で大きく左折し、追波湾で太平洋に注ぎ、その長い旅を終えます。


大きな地図で見る

 緑豊かな奥羽山脈と北上山地の間を南進して流れる北上川は、途中で雫石川・稗貫川・和賀川・迫川・江合川など多くの支流と合流します。山の養分を蓄えた滔々とした流れの最下流域では、河口から10km以上に渡って自生する葦(ヨシ)が、およそ120haにもなる国内最大級の葦原を形成しています。

 生活排水や産業排水などの河川への流入によって、窒素やリン成分が過剰に増えて富栄養化すると、海では赤潮発生の原因となります。水鳥や魚類の産卵場所ともなる多くの微生物が棲む葦原には、水の浄化作用があり、天然の浄化槽ともいえる新北上川の汽水域は、ベッコウシジミやマハゼ・サクラマスなどの良質な漁場となります。

kamiwarisaki_2009capodanno.jpg【Photo】平成の大合併で南三陸町と石巻市になった旧志津川町・戸倉村と旧北上町・十三浜村の境になる「神割崎」。伝説によると、昔は境界が曖昧なため、そこでは領地争いが絶えなかったという。大きな鯨が岩場に打ち上げられ、所有をめぐって両村民の間で諍いが起きたある夜のこと。天地を揺るがす雷鳴とともに落雷があった翌朝、鯨と巨岩が真っ二つに裂けていた。これを神の裁きと受け止めた村民らは、長年の領地争いに終止符を打った。この岩の左側が南三陸町、右側が石巻市北上町となる(上写真)
沖合に避難して助かった漁船が停泊する大室漁港 (下写真・クリックで拡大)

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 その北岸に当たる河口から南三陸町の景勝地「神割崎」に至るリアス式海岸特有の入り組んだ岩場と入江が続く13の集落(北から順に小滝・大指・小指・相川・小泊・大室・小室・白浜・長塩谷・立神・月浜・吉浜・追波)を総称する石巻市北上町十三浜は、良質なワカメ産地として知られます。岩手・宮城の三陸沿岸は、国内のワカメ生産のおよそ75%を賄う一大産地。北上川の河口に近く、藻類の生育に必要な珪素・窒素・リンといった栄養塩分が多い滋養豊かな親潮のもとで育つ南三陸「十三浜ワカメ」は、肉厚で弾力があり食味に優れることから、岩手田老の「真崎ワカメ」と並び称される逸品です。

13terre_harvest.jpg【Photo】収穫されたワカメを加工場に運び出す相川の漁師たち

 全国内生産高に占める養殖ワカメの割合は94%(2006年統計)。かつては海が荒れて打ち上げられた天然ワカメを採取する拾い漁でした。養殖漁業への転機となったのが、1960年(昭和35)のチリ地震津波。半世紀前に地球の裏側から押し寄せたこの津波で大きな打撃を受けた三陸地域振興のため、ギャンブル性の高い捕る漁業から安定した収入が得られる育てる漁業への移行が本格化します。当初の水平筏式から、現在三陸地域で広く採り入れられている延縄式養殖法の確立により、今日では養殖ワカメが主流となりました。

 共助の精神が根付く固い絆で結ばれた630世帯2,000人が暮らしていた十三浜。近年では、収益性の高い養殖ホタテやコンブ漁を主体に、サケの定置網漁や、アワビ・ウニといった海の恵みを糧として人々は暮らして来ました。これまで幾度となく津波被害に見舞われてきた地ゆえ、今回も迅速な避難誘導はなされたものの、収穫期に入ったばかりのワカメと養殖設備、漁船などの漁具、作業所、漁港はもとより、沿岸部に建つ家屋のほとんどが流失・半壊以上の被害を受けました。物心両面で受けた痛手の深さは計りしれません。

13terre_2harvest.jpg【Photo】港で収穫したばかりのワカメを芽カブ・茎ワカメとに手分けして切り分ける

 警察庁が震災一年を控えた3月9日に発表した十三浜地区における犠牲者・行方不明者数は136。全校児童・教職員の8割にあたる84人が津波にのまれる惨劇の舞台となった大川小学校がある釜谷地区では、被災自治体の中で最も多くの犠牲者が出た石巻でも最多となる258名が亡くなっています。そこは十三浜で被災した185世帯が仮設住宅で避難生活を送る追波にっこりサンパークとは、北上川を挟んですぐ対岸にあります。過酷な状況に直面する十三浜で養殖ワカメの収穫が始まったという知らせが届いたのが2月末。そこで全国から寄せられた物心両面の支援に対する感謝と、地域復興を願う「福興祭」が行われた3月4日(日)、相川漁港を訪れました。

13terre_aikawa.jpg【Photo】洋上から見た十三浜・相川。背後には北上山地の南端にあたる山々が控え、生活排水を含まない良質な山の水が湾内へと流れ込む

 現在も橋が流された個所があり、被災直後は石巻市北上総合支所や南三陸町戸倉方面と結ぶR398が随所で寸断され、完全に孤立した相川地区。1933年(昭和8)の昭和三陸津波で被災後、海抜約30mの高台に29世帯が集団移転した集団地に昨年の震災直前に完成した「相川子育て支援センター」が福興祭の会場となりました。そこは相川運動公園やにっこりサンパークに造られた仮設住宅への入居が完了した7月までは、相川・小指・大室の3地域の一次避難所となりました。

13terre_barca.jpg【Photo】私たちが乗船した佐々木昭一さん所有のホタテ養殖に用いる漁船

 朝が早い浜ゆえ、早朝5時には漁に出るのが常。この日は午前11時からの福興祭に先立ち、朝9時から洋上でワカメの収穫体験を行うというので、佐々木昭一さん・昭繁さん親子の船に同乗させて頂きました。

 それは地震発生直後、昭繁さんが舵をとって沖合まで避難させたホタテ養殖用のやや船体の大きな漁船でした。十三浜で津波の難をそうして逃れた船は被災前の3割にとどまります。この一年で窮状を知った全国各地の漁協などから数隻の漁船が十三浜に贈られましたが、操舵室が船の中央にある漁船は、甲板上の積み込みスペースが少なく、養殖漁業には不向き。延縄でのワカメ養殖には、小回りが利く小型船が適しますが、ワカメ養殖用の船は津波で失いました。そのため重油価格高騰の折、たった1艘だけ残った燃費効率の悪い船を使わざるを得ないのです。

13terre_2.jpg【Photo】大海原へと向かう船上では自然と気持ちが高ぶる。ワカメ養殖のあらましと被災してからの胸の内を語って下さった佐々木昭一さんと舵を取る昭繁さん

 ご一緒したのは、被災直後から十三浜の支援を行ってきた仙台友の会に所属するライターの小山厚子さん、同じく元ハウンドドッグのメンバーで、現在は水源地の環境保護に取り組むNPO法人「水守の郷・七ヶ宿」 Link to Website代表を務める海藤節生さんと同志の山形県高畠町から訪れたボランティアの人々ら男女18名。日差しはあるものの、洋上を吹き抜ける冷たい風に顔がこわばり、波をかき分けて進む船上で足元がおぼつかないライフジャケットを着用した参加者とは対照的に、大海原へと漕ぎ出す佐々木さん親子は、凛々しい海の男そのもの。

13terre_3_1.jpg【Photo】港から1km以上離れると、海の青さが増してくる。紺碧の海の彼方に開けるのは北上川の河口。地盤沈下が著しい河口南側の長面湾手前のキャンプ場や海水浴場があった低地帯はことごとく水没した

 「あそに津波で流された橋がそっくりそのまま沈んでいます」
 船上で岩壁から100m以上離れた湾内を指さす昭一さんの目線の先には、南隣りの小泊集落へと向かうR398に架かっていた橋が沈んでいるのでした。津波で流された養殖施設や建物など、浜の暮らしで積み上げてきた全ての痕跡は、大量の瓦礫と化して海中に沈んでいたため、その撤去から始めた被災後のワカメ養殖。芽カブの種付けに着手できたのは、例年より一月ほど遅れた昨年11月でした。

13terre_4.jpg 【Photo】養殖ホタテの稚貝が入った網を海中からウインチで引き上げる昭一さん。成貝として出荷できるまで最低2年は要する。収益性が高いホタテ養殖には、幾層にも重なったカゴが必要で初期投資額がかさむ。そのため、海の男たちは3~4ヵ月で収穫できるワカメを主体に養殖再開にこぎつけた (※Photoクリックで別画像がOPEN)
 
 ワカメを湯通し後に塩蔵するほとんどの加工・貯蔵施設が被災したため、相川や大室には白いテント張りの仮設加工所が援助によって作られました。それでも作業は思うようには捗らず、収穫期を迎えてもそのままの放置されたワカメも海上に散見されました。海水中にはワカメを食い荒らす水生生物もいるため、あまり長い期間に渡って海中に取り置くと商品価値が下落しかねません。相川漁港の沖合1.5kmまでが、漁業権があるそうですが、現状では借入金を増やすわけにもゆかないため、被災前の規模までは養殖施設を戻せないとのこと。「亡くなった多くの仲間にはこうした言い方は申し訳ないが、むしろ生き残ったことで辛い思いを一杯しました」と佐々木さんは語るのでした。
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【Photo】ご多分に洩れず高齢化が進む十三浜・相川の漁師うちでは若手の佐々木昭繁さん

 古タイヤの下半分をコンクリートで固め、フック状になった上半分に種付けするロープを通し、それが海上で水平になるよう浮き玉を付け、重量2tのアンカーとして海中へと投入したのが10月になってから。長さ100m~200m程度の延縄を等間隔に並べ直す作業も手間のかかる仕事です。その一角には、まだ小ぶりな養殖ホタテの延縄と、今季は漁を終えた秋鮭の定置網も設けられていました。こうした養殖施設が洋上の至るところにありましたが、今年は被災前の7~8割まで戻すのがやっとだったそう。

 延縄ロープにびっしりと付着した色ツヤの良いワカメを茎部分から鎌で刈り取ると、あっという間にカゴは満杯に。ごく一部で再開した三陸の養殖ガキ生産者は、今シーズンのカキは生育が早かったと口を揃えましたが、これは津波によって陸地の養分が海水中に流入し、プランクトンが増加したことが一因と考えらます。ワカメも生育は順調で、収穫期が早い塩釜種や4月に収穫を行う岩手種ともに良好な作柄とのこと。

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【Photo】長さ2m前後まで成長したワカメの延縄ロープにフックをかけ、電動ウインチで手繰り寄せる(左写真) ローブに張り付いた茎の根元から鎌で刈り取る参加者(右写真)クリックで拡大

 岩手では夏場に自生する天然ワカメの芽カブを採苗し、海中での培養を経て種付けを行います。1953年(昭和28)に牡鹿郡女川町小乗浜(このりはま)で日本初の養殖が始まったワカメ養殖技術発祥の地・宮城では、各地の漁協から種付け用の芽カブを購入してきました。夏場は海中の瓦礫処理に追われた今季は、県内の芽カブの絶対量が不足。そのため、南三陸から芽カブを購入していた青森市から10,000m分の種苗を無償提供されたほか、研究用に気仙沼の芽カブを保管していた徳島からは8,000m分、養殖ワカメ生産量日本一の岩手からも芽カブを調達。こうしてさまざまな地区の芽カブを種付けしたため、従来の十三浜ワカメとは幾分食感が異なるもの含まれるのだといいます。
 13terre_7.jpg【Photo】収穫したワカメから切り分けた芽カブ。独特の粘りがあり、さっと湯がいてからニンニク醤油でたたきにしても美味

 放射性物質による海洋汚染を引き起こした東電による原発事故発生2ヵ月後の検査で、福島南部・いわき市沿岸で採取されたワカメから、暫定基準値の2.4倍もの放射性セシウムが検出されました。ワカメは1年生ゆえ、高濃度汚染水が流出した海域で育った昨年のワカメは既に枯死・融解しています。厚生労働省は、穀類・肉・魚・野菜など一般食品に適用する1kgあたり500ベクレル以下という従来の基準値を、今月から100ベクレル以下の規制値へと厳格化。今なお山積みされ復興の足かせとなっている瓦礫受け入れ拒否を叫ぶ人たちを見るにつけ、放射線に対する根強い不安を取り除く必要性を痛感します。

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【Photo】コリコリした食感の茎ワカメを味噌と味醂風味に漬け込んだ漁師料理(左写真) すがすがしい生姜の香りが心地よい茎ワカメの浅漬け(右写真)

 今なお払拭しきれない消費者の懸念に応えるべく、宮城県漁協十三浜支所では、残留放射線の数値について、国の定めよりも厳しい肉・卵20ベクレル、野菜・魚・加工食品50ベクレル以下という厳格な自主基準を設けている「生活クラブ連合」に検査を依頼しています。2週間ごとに実施される米国製NaIシンチレーションカウンターによる検査結果は、ヨウ素131・セシウム134・137について常に検出限界値(3~12ベクレル/kg)以下というもの。ちなみに岩手県漁連が検査を委託する機関の検出限界値は20ベクレル以下。十三浜ワカメの安全性は十分に担保されています。

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【Photo】ホタテの稚貝が惜しげもなく入った味噌汁はうま味もたっぷり(左写真)  芽カブの和え物(右写真)
 
 刈り取ったワカメは、漁港に戻ってから必要なだけを皆で分け合いました。犠牲者の冥福を祈る黙祷に始まった福興祭では、浜のお母さんたちが料理を準備して下さっていました。寄贈された太鼓と獅子頭のお披露目を兼ねて獅子舞が披露され、明るい笑顔が戻る中、用意された仕出し弁当と共に頂いたのが、茎ワカメの浅漬け・味噌を味醂で溶いて蕎麦つゆを加え半日漬け込んだ酒の肴にもピッタリな茎ワカメ・まだ小さな稚貝ながらホタテのうま味たっぷりの味噌汁、そして収穫したての生ワカメのしゃぶしゃぶ。採れたては濃い茶褐色のワカメをサッと湯がくと、鮮やかな緑色へと変わります。ぽん酢につけてコリコリした食感のワカメしゃぶしゃぶを一体何杯お代わりしたことでしょう。
 
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【Photo】褐色の生ワカメをお湯でさっと湯がいた瞬間、鮮やかな緑色に変色する(左写真) ぽん酢で頂くわかめしゃぶしゃぶは、旬の走りならではの風味(右写真)

 宮城に遅れること数日、生産量日本一の岩手でも収穫が本格化、養殖ワカメは収穫の最盛期を現在迎えています。加工所が壊滅した漁協は、保存がきく塩蔵ではなく、賞味期間が短い生ワカメで全量を出荷せざるをえないケースも少なくありません。生命の源である海のミネラル成分や食物繊維をふんだんに含む旬の採れたてワカメを楽しむなら今が好機。サラダでよし、しゃぶしゃぶでよし、味噌汁の具でもよし。毎日の食卓に欠かせない味噌汁ならば深い味わいの仙台味噌でどうぞ。庄内系らしからぬ(笑)こんな手前味噌で今回は締めくくるとします。

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2012/03/03

わんぱくたまご

Piatto 3月号こぼれ話ver.2

piatto201203.jpg 19世紀英国では、産業革命による粗悪な大量生産品の氾濫に対し、暮らしに芸術を取り入れ、豊かな創造性を取り戻そうというアーツ&クラフツ運動が起こりました。その精神的な支柱となったのが、テキスタイルデザイナー・詩人・空想的社会主義者のウイリアム・モリス(1834‐1896)です。

 ヴィクトリア朝英国に花開いたラファエル前派や世紀末ウイーンを妖しく彩ったウィーン分離派、フランス・ベルギーのアール・ヌーヴォー運動にも影響を与え、モダンデザインの祖とも呼ばれるモリス。21世紀を迎えた現在も色褪せないその思想を具現化した樹木や草花・鳥など自然のモチーフを取り入れたインテリア製品の数々。生命の芽吹きを感じさせるこれからの季節、暮らしの中に取り入れてみては。

 昨年はモリスが設立した「MORRIS&Co.」(モリス商会)Link to Website創立150周年でした。キイチゴをくわえたツグミを意匠化した「Strawberry Thief いちご泥棒」柄のファブリックの前に立つモデルの高以亜希子さんが表紙のPiatto Link to Website3月号は本日発行。巻頭特集のテーマは人の往き来が増えるこれからの季節、大人の女子会にお勧めの3店をロケーション別にセレクトしました。

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 随時募集中の読者モデルとしてご登場頂いた高橋由香さん、佐藤久美子さんのお2人に召し上がって頂いたのは、仙台市戦災復興記念館の脇にある「土井親方のこだわり料理 縁(えん)」の親方おまかせコース。お品書きにあった「カニ入りだし巻き玉子」で使っているという玉子に「おぉ」と反応した庄イタなのでした。

【Photo】土井親方のこだわり料理 縁のだし巻き玉子は3種類の味付け。プレーン(500円)やくらい山葵(550円)カニ(写真・650円) 全てお持ち帰り可

 それは先月末からオンエアが始まった日本生命のCMに出演している千葉県八街市「エコファーム浅野」浅野悦男代表や東京表参道「bar&enoteca Implicito」松永聡オーナーらが、海・山・里に珠玉の食材が揃う食の都・庄内の視察に訪れた折に見学した鶴岡市羽黒町「わんぱく農場」の「わんぱくたまご」でした。地に足が付いた仕事をしていた頃の「アル・ケッチァーノ」奥田政行氏をガイド役に伺ったのは、高病原性鳥インフルエンザが問題となり、部外者が鶏舎への立ち入りを一般に制限されるようになる1年前の2004年6月のこと。

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 運営元の(株)エコ・オフィス代表取締役 松浦眞紀子さんご案内のもと見学したわんぱく農場は、狭苦しいケージに鶏を押し込んで卵を産ませる養鶏場とは全く異なるものでした。数ある玉子の中で、みやぎ食材伝道師である土井親方の厳しいお眼鏡にかなった鶏卵を産む2,000羽のニワトリたちは、クラシック音楽が流れるストレスフリーな開放鶏舎と自由に行き来できる庭で放し飼いにされていました(現在は3,000羽を飼育)。

1pakuegg.jpg【Photo】一般的な卵と比べて高タンパク低コレステロールなわんぱくたまご。生臭さのないハリのある黄身、ぷっくりした白身の盛り上がりが品質と鮮度の良さを物語る。
こうした状態を維持する期間が普通の卵より長いのもこの玉子の特徴

 地元で調達した米ぬか・大豆かす・トウモロコシなどの穀類、おから・庄内麩、採卵後に粉末化された鮭や牡蠣殻など、入手経路が明白な材料だけを高温発酵装置で自社加工し、配合飼料となります。この完全発酵飼料を与えるため、不快な臭気をほとんど感じさせない鶏フンは、大豆やダイコンなどの農園内で栽培する野菜類の有機肥料として活用されます。与える水は総面積4,500坪の敷地に掘削した井戸で地下80mから汲み上げたミネラル成分豊富な月山水系の伏流水。養鶏場といえば、ニワトリの排泄物による特有の臭気を感じるのが普通ですが、こちらはその限りではないのがとても印象的でした。
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 そうした環境のもとで抗生剤を投与されずに伸び伸びと育つ鶏たちが生む卵もまた健康そのもの。白身の盛り上がりが高く、ハリのある黄身はご覧の通り針ネズミ状態になってもぷるんとしたまま。たまごかけご飯にしてよし、加熱調理してよし。「仙台でこの玉子を使っているのはウチだけかも」と土井親方。並々ならぬ素材に対するこだわりを垣間見たのでした。

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土井親方のこだわり料理 縁(えん)
住:仙台市青葉区大町2丁目13-9 幸田ビル1F
Phone:022-263-1030
営:昼11:30~13:30(要予約・5名以上から)
  夜17:00~22:00
定休:日曜・祝日
URL:http://kodawari-en.com/index.html

わんぱく農場
住:鶴岡市羽黒町荒川字漆畑33
Phone:0235-78-0232
購入はフリーアクセス:0120-189-414
URL: http://www.wanpakunoujou.com/index.html


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2012/01/31

第1回 Salone del Piatto レポート

◆大晦日に山伏修行をアップしたまま、新年を迎えても一向に更新されないため、修行のため再び山籠りに入ったとか、あまりの寒さで冬眠に入ったとの噂が流布されかねないので、今年初となる新ネタをば一席。本年もよろしくお付き合いのほどお願いします。

salonepiatto_10.jpg 仙台圏で発行している情報誌「Piatto」で好評連載中の「Invito al Piatto 一皿への誘い」。誌面でご紹介したお料理を、読者の皆さんに実際に召し上がっていただく「Salone del Piattoサローネ・デル・ピアット」第1回目は、昨年12月号で登場した「Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ」ご協力のもと、1月10日(月)に開催されました。

 当日は、オーナーシェフの廣瀬竜一さんが、フィレンツェの人気店「ラ・ジオストラ」でマスターしたウサギ料理「Conglio al Forno Piansana con Polenta ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」をメインとするコース料理をご堪能いただきました。今回はその模様のご報告です。

【Photo】厨房に立つ廣瀬竜一シェフ

salonepiatto_01.jpg 欧州きっての名門ハプスブルグ家公認料理人という称号を持つ廣瀬シェフに冒頭ご挨拶いただき、いやがおうにも期待が高まる中、お店からご用意いただいたスプマンテで「Salute!(=乾杯)」の掛け声とともにサローネは幕を開けました。

【Photo】店を貸し切って行われた第1回Salone del Piatto から

 アンティパストは2皿。
プロローグは、ふんわりと優しい磯の香りが漂う「ウニのムース」と、焼き目をつけて香ばしさと甘みを増幅させた上にフレッシュなオリーブオイルのフレーバーでまとめた冬野菜「カブのグリル」(下左写真)

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 ローマから東へ50kmほど離れたラッツィオ州Serroneセッローネにある「Terenzi テレンツィ」という作り手が有機栽培した地品種パッセリーナの白ワイン「Passerina del Frusinate パッセリーナ・デル・フルシナーテ」がサーヴされる頃に運ばれてきたのは、色とりどりの料理を盛り付けると、絵の具を解いたパレットのように見える皿に6品が並ぶという、芸術の都フィレンツェで研鑽を積んだ廣瀬さんらしい「アンティパスティ・ミスティ」(上右写真)

 右写真右上から時計回りにご紹介すると、アジのマリネ・ヴェネツィア風、新潟産アマダイのカルパッチョ、ホウレンソウ(緑)・カリフラワー(白)・ニンジン(赤)のイタリアン・トリコローレなスフォルマート、ローマ法王のクロスティーノ、ポルチーニ茸のクロスティーノ、センターがパルマ産生ハムの6品。Crostino Papa こと「ローマ法王のクロスティーノ」は、26年の長きにわたりローマ法王の要職を務め、2005年にこの世を去った前法王ヨハネ・パウロ2世の長寿の秘訣だったという逸話が残ります。この料理を召し上がられた皆さんも、寒さ厳しい冬を元気にお過ごしのことでしょう。

 当初ご案内した予定メニューではリストになかったスープが次に登場しました。とろりとした食感と素材の香りが口腔を満たす群馬県下仁田町特産の冬野菜、下仁田ネギにズワイガニがアクセントとなった塩味の「下仁田ネギのズッパ」(下左写真)です。こうした冬ならではの味覚を楽しめる料理って楽しいですよね。

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 プリモピアットはリゾットとラヴィオリ2種。
藩制時代は御譜代町だった青葉区大町にある上村豆腐店の木綿豆腐をリコッタチーズ代わりに使った「ムジェッロ風ラヴィオリ」(写真奥手右)と「ホウレンソウのラヴィオリ」(同写真奥手左)、「ホタテと冬野菜のリゾット」。廣瀬シェフは、あれも食べたい、これも食べたいという欲張りなお客様には、こうしてパスタとリゾットを組み合わせて出してくれます。食いしん坊にとっては何とも嬉しい心遣いです。

 セコンドピアットは、お待ちかね「ウサギの洋ナシ詰めポレンタ添え」。ラ・フランスとスペイン産のしっかりとした肉質のウサギが好相性です。Piatto取材の折には風味付けにたっぷりと使われていた褐色のソース「フォンド・ブルーノ」ですが、この日は控え目。付け合わせのポレンタも焼き色を付けずに出てきたので、よりラ・フランスの風味を感じました。

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 この料理と抜群の相性だったのが、北イタリア・ピエモンテ州の代表的な品種ネッビオーロを使った赤ワイン「Roeroロエロ」。著名なバローロやバルバレスコと比べ、白トリュフで有名な町アルバ北西に位置するロエロは、10年ほど前までは、ワイン産地としてほとんど知られることのなかった土地です。

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 そんな状況を打破しようと品質向上に邁進したのが、この日用意された作り手「Matteo Correggia マッテオ・コレッジャ」でした。耕作中、不慮の事故により若くして命を落としたマッテオの遺志を継ごうと醸造所を引き継いだ未亡人を栽培や技術面で支援したのが、マッテオの友人であり、自身の醸造所「ラ・スピネッタ」を一躍スターダムに引き上げた敏腕醸造家ジョルジョ・リヴェッティ氏でした。そんな胸がいっぱいになるワインで満ち足りた時を過ごす皆さんのお腹もそろそろ一杯。宴の最後を飾ったのが、「ティラミス」とハプスブルグ家直伝「ザッハトルテ」(右写真)。しっかりとしたコース料理の後でも、全く重さを感じさせないこの絶品ドルチェを皆さん残さずペロリと完食!!

ふぅ~、ごちそうさまでした。

salonepiatto_09.jpg こうしてすっかりお世話になったリストランテ・ダ・ルイジを後にしたスタッフが、「もう1杯だけ呑もう」と向かったのが、徒歩1分の至近距離にある「エノテカ・イル・チルコロ」でした。3月号で告知するので、まだ詳細は内緒ですが、実はこちらのお店で2月20日(月)に第2回Salone del Piattoが開催されるのです。すでに満腹の一同、食欲は皆無ながら、美酒はベツバラ(笑)。私が選んだトスカーナ州モンタルチーノ産の名醸ワイン「ブルネッロ」と呼んでも差し支えのないサンジョヴェーゼ・グロッソで醸した「Anteoアンテオ」でグラスを重ね、ひたすら美味しい夜はいつ果てるともなく更けてゆくのでした。


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リストランテ ダ・ルイジイタリアン / 勾当台公園駅広瀬通駅あおば通駅
夜総合点★★★☆☆ 3.5
昼総合点★★★☆☆ 3.5


2011/12/10

「Salone del Piatto」へのお誘い

私も参加します。
スペシャル・ディナー会「サローネ・デル・ピアット」
@Ristorante da LUIGI

◆来年1月10日(火)、Piatto12月号でご紹介した料理「ウサギの洋ナシ詰め」をセコンド・ピアットとするフルコースを特別料金でお召し上がり頂けるディナー会「Salone del Piatto」を開催します。 残席あとわずか、ぜひご参加下さい◆

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 料理人渾身の一品や、思い入れの深い料理をご紹介するPiattoで好評連載中の「Invito al Piatto 一皿への誘い」。最新12月号でご登場願ったのは、広瀬通りに面した仙台市青葉区国分町にある「Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ」です。オーナーシェフの廣瀬竜一さんは、ナポリで修業した後、フィレンツェのシンボルとも言うべきサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から500mほどの距離にある人気店「Ristorante La Giostra リストランテ・ラ・ジオストラ」でトスカーナ料理をマスターしました。

 ルネッサンス芸術の祖ジョットが1334年に設計した高さ84mの鐘楼が建つ側のドゥオ-モ広場を進み、パッツィ宮の前からVia dell'Oriuolo(オリウオロ通り)を進んだ先の四叉路にあるリストランテ・ラ・ジオストラ。フィレンツェのチェントロという場所柄、フィリップ・ノワレ、ジョン・トラボルタ、フランコ・ゼフィレッリなど、多くのセレブが訪れるといいます。オーナーは、オーストリア・ハプスブルグ家の末裔ゆえに、敬意と親しみを込めて「Principe プリンチペ(皇太子)」と呼ばれたディミトーリ・クンツ・ディアスブルゴ・ロレーナ氏。腕を見込まれ料理長に就任した廣瀬さんは、プリンチペから初めて「ハプスブルグ家公認の料理人」という称号を許されます。

luigi_reception.jpg プリンチペからは、料理のみならず生き方についても多くを学んだと語る広瀬さん。2009年3月に人生の師と仰いだプリンチぺが急逝した後、郷里の仙台に戻りました。その年の12月、せんだいメディアテーク・オープンスクエアを会場に開催されたインテリア・空間デザイナーである尾形欣一氏のエキシビジョンのレセプションで、イタリア好きの私に是非にと尾形さんからご紹介されたのが廣瀬さんご夫妻でした。

【Photo】イタリア滞在当時の廣瀬シェフが、フィレンツェ郊外にあるブドウ棚の下で食事ができるレストランをモデルにしたというリストランテ・ダ・ルイジ。開店に先立って2010年8月28日に催されたオープニングレセプションにて

 広瀬さんは、ヨーロッパ文化への造詣が深い尾形さんに店舗デザインを依頼、遊び心いっぱいの白亜の空間のもとで正統トスカーナ料理を提供する現在の店を昨年9月にオープンします。お招き頂いたオープニングレセプション以降、何度か足を運んでいますが、数少ない私が苦手な食材であるレバーを使ったクロスティーニ・トスカーニは必食。トーストしたパンにレバーペーストをのせたお馴染みのアンティパストですが、プリンチペのレシピによるリストランテ・ダ・ルイジのクロスティーニは、ニンジンなどの野菜をたっぷりと混ぜており、レバー特有の臭みが全くありません。

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【Photo】ある日のリストランテ・ダ・ルイジのテーブルから。典型的なトスカーナ料理のひとつ、レバーのクロスティーニ・トスカーニ(左写真・写真手前)を含むアンティパスティ・ミスティ
(右写真・手前から)既成概念が崩れる廣瀬さんのトルタ・ザッハー、ティラミス

 
 ハプスブルグ家の血を引くプリンチペから薫陶を受けた廣瀬さんオリジナルの「Torta Sacher トルタ・ザッハー(ザッハ・トルテ)」もこの店を語る上で欠かせません。発祥とされるウィーンのホテル・ザッハーのザッハ・トルテは、とてつもなく甘く、1ピースを食べただけで鼻血が出るかと思うほどですが、広瀬さんがチョコレートに加水しながら1ホールづつ手作りするトルタ・ザッハーの軽やかな味わいは、個人的には元祖のズシリと重い味付けよりもはるかに好みです。

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 来年1月10日(火)18:30から始まるPiatto主催による初のディナー会「Salone del Piatto サローネ・デル・ピアット」では、最新号のInvito al Piatto でご紹介した「ウサギの洋ナシ詰め」を含むコース料理をお楽しみ頂けます。臭みが少なくロースがしっかりとした肉質の良いスペイン産ウサギのオーブン焼きには、洋ナシの女王とも呼ばれる山形産ラ・フランスがスライスされて組み合わされます。フレッシュなラ・フランスがみずみずしいソースの役割を果たしますが、ベースのビーフに玉ネギやニンジンなどの野菜を加えた褐色のソース「フォンド・ブルーノ」と香り付けのフェンネルシードが味に深みと幅を与えます。

【Photo】ウサギの洋ナシ詰め

 サローネ・デル・ピアットでは、アンティパスト2皿・プリモピアット(パスタまたはリゾット)・セコンドピアット(当日は「ウサギの洋ナシ詰め」)・ドルチェの料理5品と、お飲み物をご用意致します。通常は5,500円のディナーコースですが、サローネ・デル・ピアットの初回を飾るということで、廣瀬シェフに特別の計らいをいただき、今回のみ特別価格4,500円でのご提供となります。

guado98_tasso@luigi.jpg【Photo】Salone del Piatto当日は、プラス2,000円で料理とのアッビナメント(=組み合わせ・マリアージュ)を意識したワイン4種をグラスでサービス。注ぎ足しでは物足りない方は、別途料金でボトルオーダーも可(※写真のVino Toscanoはありません)

 美味しい料理にはヴィーノが欠かせないと仰るワイン好きの方には、この日の料理にあわせてセレクト頂く4種のグラスワインをプラス2,000円でご用意致します。こんなオイシイ話を見逃すわけにはいきませんヨ!!。全20席のテーブル席は皆様にお譲りし、厨房と向かい合ったカウンター席で庄イタもご一緒させて頂きます。おかげさまで20日の申込み締切りを待たず、残席わずかとなりました。お一人様もOKゆえ、どうぞご参加ください。

第1回 Salone del Piatto サローネ・デル・ピアット
 【日 時】 2012年1月10日(火)18:30~
 【会 場】 Ristorante da LUIGI(リストランテ・ダ・ルイジ)
 【参加費】 4,500円(通常価格5,500円) ※ 現金にてお支払い下さい
 【定 員】 20名様限定(お申し込み多数の場合は抽選)
 アンティパスト2品・プリモピアット・セコンドピアット・ドルチェ・お飲物
 ※プラス2,000円でお料理に合わせたグラスワイン4種をご用意

◆エントリーは下記バナーから専用ページへと進み、「お申し込みはこちら」のボタンから、エントリーフォームにてお申し込み下さい。【12月20日(火)締切】
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Ristorante da LUIGI リストランテ・ダ・ルイジ
住: 仙台市青葉区国分町1丁目8-14 仙台協立第2ビル1F
  (地下鉄広瀬通駅より徒歩8分)
Phone: 022-263-7855
営:11:00~15:00(L.O.14:00) 18:00~22:00(L.O.21:00)
木曜定休 テーブル席全20席 全日禁煙
(※廣瀬シェフによれば、Rolling Stones御一行が来店した場合のみ喫煙可とのこと)


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2011/12/03

復活宣言

絶品「さんまつくだ煮」を再び@気仙沼

 盆暮れの家人の里帰りなどで、年間に何度か気仙沼を訪れる私がこれまで試した中で、最も美味しいサンマ佃煮の造り手としてご紹介した(有)ケイ。「自分や家族が食べるものなら、安心できない素材は使わないでしょ?」と語るのは、魚の扱いを知り尽くした元・網元の菅原 啓さん・義子さんご夫妻。

kei_sanma.jpg 【Photo】ケイの「さんまつくだ煮」の詰め合わせ用パッケージには、代表の菅原義子さんの手になる大海原を行くサンマ漁船が描かれている

 地元の味噌醤油醸造元「平野商店」が、化学調味料や防腐剤などを使用せずに仕込んだ味噌と醤油で、素材のうま味を手間を惜しまず引き出すケイの「網元逸品 さんまつくだ煮」は、海と共にある漁師町・気仙沼の心意気を示します。

 3.11直後、情報が寸断して混乱した状況下、気仙沼を襲った大津波の映像を見るにつけ、気仙沼湾に面した魚町に建つケイの社屋兼住居に暮らす菅原啓さん、義子さんご夫妻の安否が気にかかっていました。その無事を知った顛末は、「海の男は不屈だった」Link to backnumberでご紹介した通り。

kobayashi_osechiS.jpg【Photo】東日本大震災で被災したものの、復興に向けて歩み出した食品加工業者・生産者の製品を積極的にメニューに取り入れた「㈱こばやし」のおせち新聞広告※Photoクリックで拡大

 それから半年を経た9月初旬、仕事で気仙沼を訪れる機会がありました。仙台のお弁当製造会社「こばやし」が、被災企業支援のため、来年のおせちと本日12月3日に東京駅で先行発売される新商品「ありがとうの詩(うた)」に使う具材の製造元を訪れ、少しずつでも事業を再開し、復興に向けて歩み出した姿を取材するというものでした。

bento_grazie.jpg【Photo】お弁当に添付されるリーフレットには、支援に対する被災地からのありがとうの気持ちを綴った最優秀作5点のいずれかが収録される。悲しみの淵にあっても、人をおもんばかる投稿者の優しさに胸が熱くなること必至。幕の内弁当「ありがとうの詩」1,000円(税込)12月9日よりJR仙台駅売店・首都圏主要駅売店・こばやし本社ショールームで販売するほか、宮城県内での各種会合・会議にお届け可

 「ありがとうの詩」は、国内外から寄せられた支援に対する被災地からの感謝の言葉をしたためた詩を河北新報社が募集、詩集や曲として発売し、売り上げを被災地復興に役立てようという企画です。被災3県から460点以上の応募があり、最優秀に選ばれた5作品が本日の河北新報朝刊18面に掲載されています。優秀作の45点も、今後随時朝刊紙上で発表して参ります。

 企画趣旨に賛同し、本日先行発売されたこばやしの新商品には、最優秀5編のいずれかが、具材を提供した6つの生産者紹介とともに入っています。いずれも心に響く言葉が並ぶ秀作揃い。来週9日(金)には仙台駅店頭にも並ぶとのこと。被災地域支援のため、県に売り上げの一部を寄託するというこの新商品。作り手の顔が見える具材ともども、くれぐれもかみしめてお召し上がりください。

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【Photo】稼働したばかりの新工場で取材に応じて頂いた女川町「蒲鉾本舗 高政」菊地繁志工場長の取材風景(左写真) 万石浦に面した加工場が被災したものの、アワビの養殖を再開した石巻市「ヤマサ正栄水産」阿部正栄社長(右写真)

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 時折激しい雨が降るあいにくの空模様となった取材当日。訪れたのは活アワビ柔らか煮を提供する石巻市「ヤマサ正栄水産」、御膳蒲鉾穴子の製造元・女川町「蒲鉾本舗 高政」、そして4月に被災見舞いに伺った際、津浪で流されなかった"奇跡の"と形容詞をつけたくなるさんまつくだ煮をお土産に頂いた気仙沼「ケイ」の3社。偶然にもその日の朝食に並んだのが、頂戴したのち冷凍保存していたケイのさんまつくだ煮・醤油味でした。

【Photo】被災前に作ってあったというケイのさんまつくだ煮醤油味が、偶然にも訪れる日の朝食として食卓に並んだ

 地殻変動により平均70cm前後の地盤沈下に見舞われた南三陸地域にあって、ケイは気仙沼湾に面した魚町に社屋があります。伺ったのが大潮の時期だったこともあり、津波に耐えた鉄筋3階建てのケイの社屋は、夕刻になると海水が基礎部分までヒタヒタと上がって来るのでした。

kei_2011,09,01.jpg【Photo】地盤沈下のため、気仙沼市魚町に建つケイの社屋前は、大潮の時期ということもあり冠水被害が著しかった

 難を逃れた菅原ご夫妻と久々の再会を果たした後、建屋の3階で話を伺うことができました。かつては事務室として使っていた1階部分を仮設の加工場に改装、保健所の許可を得てプロパンガスを熱源に佃煮の製造を一部再開する段取りであること、少し離れた場所に小さな加工場を新たに設ける予定であることを伺いました。

2011.09.01yoshiko_sugawara.jpg【Photo】気仙沼湾に係留されたサンマ漁船を前に「5年以内に後継者も見つけなきゃ」と語る菅原義子さん。御歳72とは思えないパワーにはいつも圧倒される

 目黒さんま祭など、首都圏で開催される物産市でも多くの固定ファンを獲得しているケイのさんま佃煮。ほかでは真似のできない美味しさであるケイの佃煮をまた食べたいという声に背中を押されたと語る義子さん。「津波に負けてはいられない。もう歳だけど、あと5年は頑張ろうと思うようになったのよ」と語ります。その力強い言葉を伺ったのち、サンマ船やカツオ漁船が接岸する桟橋へ移動して撮影となりました。

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 取材を終え、帰りしなに頂いたのが、地元の酒蔵「角星」に依頼され、「がんばろう...けせんぬま!」の手書き文字入りラベルを絵心のある義子さんが描いたという「金紋両国 吟醸酒」。気仙沼産の酒造好適米「蔵の華」を使ったその酒を、菅原さんは支援してくれた方たちへの返礼に贈っているのだそう。

【Photo】義子さんお手製ラベルの「金紋両国」には、仲睦まじいご菅原夫妻のようなイキの良さそうなサンマと颯爽と海原をゆくサンマ漁船が描かれている。背景に見える法被(はっぴ)は、かつて網元だったご主人・菅原 啓さんと義子さんに知り合いが大漁旗を加工して贈ったもの

 一昨日、宮城県庁1階ホールで行われていた気仙沼物産市で、ケイのさんまつくだ煮を売っているところに被災後初めて出くわしました。義子さんのように元気な網元あみちゃんのパッケージを目にした私は、嬉しさのあまり思わず大人買い。久々のさんまつくだ煮は、ケイが製造を再開した暁に祝杯を上げようと取っておいた義子ラベルの金紋両国の酒肴として感慨深く頂きました。

 ささやかな復活を果たしたケイ。水産関連業などの事業再開の知らせが届くようになった一方、皮肉なことに被災地への関心は薄れるばかりです。3.11から間もなく9カ月を迎えようという被災地をいま訪れると、瓦礫の撤去は確かに進んでいます。それでも厳しい雇用環境が続く中、生活再建の目途すらつかない方たちが大勢いらっしゃいます。被災地域の自立のためには、もはや施しだけではなく事業再建に向けて立ちあがった人々を支えることが肝要。これからも末長いご支援をお願いします。

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さんまつくだ煮 (有)ケイ
住:気仙沼市魚町2-5-17
Phone:0226-22-0327 Fax:0226-22-3331
E-mail:sanmakei@yahoo.co.jp

◆さんまつくだ煮(味噌味・醤油味) 各420円 化粧箱入りもあります

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2011/11/10

祝・初出荷。仙台せり

香り高き和製ハーブ「仙台せり」
 @朝市・夕市ネットワーク合同市

 宮城県内の農漁業者50名ほどで構成されるNPO法人「朝市夕市ネットワーク」(本部:仙台市)では、毎月1回、生産者が直接対面販売を行う定期合同市を開催しています。会場は仙台市青葉区の勾当台市民広場。頻繁に催しが行われるそこでは、今週も8日・9日の2日間、県内各地から自慢の鍋料理が揃った「仙臺 鍋まつり」Link to websiteが催され、多くの人出で賑わいました。

takahiro_miura.jpg【Photo】本日11月10日(木)、恒例の「朝市夕市ネットワーク合同市」に今季初出荷となるセリを出品した三浦隆弘さん

 有機農法で栽培された新鮮な農産物や、私が知る限りにおいて三陸随一の美味しいワカメ産地である石巻市北上町十三浜の漁業者、糖度15度にもなる県産ミヤギシロメの豆乳と伊豆大島のにがりで作る濃厚な豆腐など、いずれ劣らぬこだわりの生産者が集います。15年に渡って開催されている催しだけに、固定ファンが多く、午前中には売り切れることも珍しくありません。ゆえに可能な限り早めに足を運ぶようにしています。


 東日本大震災では、朝市夕市ネットワーク加盟生産者のうち10名ほどが命を落としたり、漁具を津波で失うなどしました。灌漑施設が津波で壊滅したため、コメの作付を見送った生産者もおり、春先は合同市の開催を見送らざるを得ないこともありましたが、夏以降は出店可能なメンバーが出店するようになりました。

seri1_miura.jpg【Photo】今シーズン初物となる三浦さんのセリ。来月にはシャキシャキした茎とゴボウのような風味がある根がもう一回り太くなる

 仙台市役所で打ち合わせを終えた今日、目の前の勾当台市民広場で合同市が開催されていました。震災前の半分ほどの出店数ではありましたが、旬の新鮮な作物やこだわりの加工品類が並んでいます。ざっと見渡した中に、河北新報朝刊に連載された「食でつなごう」執筆者の一人で、名取市下余田の専業農家・三浦隆弘さん(31)の顔がありました。現在は地域SNS「ふらっと」 Link to websiteで、被災後の東北の声を発信する「オピのおび」ブロガーとしてお世話になっています。

 ミョウガタケ、セリ、仙台長ナスといった特徴ある在来作物が作られる名取市下余田地区は、震災で多くの犠牲者が出た閖上(ゆりあげ)から2kmほど内陸側に位置します。堤防のような盛り土構造の仙台東部道路のお陰で、津波による直接の浸水被害はありませんでしたが、農業用水の確保に欠かせない灌漑施設が壊滅したため、コメの作付ができなかったといいます。

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 名取川水系の豊富な地下水脈を利用して江戸初期から下余田地区周辺で栽培されてきたセリは、宮城が全国一の生産量(2010年)。その大方が名取で栽培されています。およそ40軒の農家が一斉にセリの植え付けを行うのが3月から4月。寒さが増す年の瀬に出荷のピークを迎えます。ハゼの焼き干でダシをとった澄まし汁に千切りにした凍り豆腐・ゴボウ・ニンジン・大根といった野菜にハラコ(イクラ)とともにトッピングされるセリは、伝統的な正月料理「仙台雑煮」の具として無くてはならないもの。ここ数年、三浦さんが仕掛け人となった「せり鍋」や「せりしゃぶ」といった新メニューも登場しています。

 7代続くセリ農家を継いだ三浦さんは、子どもやその親に農業生産現場を知ってもらうため、2004年(平成16)に「なとり農と自然のがっこう」を開講。削減対象農薬や化学肥料を使わない有機農法を通して、食べる人の安全に配慮した持続可能な農業に取り組んできた三浦さんにとって大きな心配の種となったのが、東京電力福島第一原子力発電所の放射線漏れ事故でした。原発から85kmの下余田で暮らす三浦さんは、震災直後から複数の線量計を常に携帯、今日も3台の線量計を合同市に持参していました。

 先月末、東京の専門調査機関に根付きの状態で送って検査を依頼したセリの残留放射性物質検査の結果は、放射性ヨウ素(I-131)・放射性セシウム(Cs-134・137)・放射性カリウム(K-40)とも、1kg当たり1ベクレル以下の測定可能下限値で測定されない「検出せず」というもの。国が定めた暫定基準値が2,000ベクレル以下ですから文句なしの結果です。これで出荷のメドがつきました。 

seri3_miura.jpg【Photo】東京電力福島第一原発事故の影響が気になる方は、こちらをご確認の上、安心してお召しあがり下さい。東京の専門機関に委託した検査報告書のコピー ※Photoクリックで拡大

 蔵王からの冷たい風が吹き抜けるセリ畑の水は冬でも12~13℃ほど。腰まで水に浸かって全て手作業で行われる収穫作業は、否応なしに体温を奪ってゆきます。寒さが募るこれからの最盛期から見れば、まだ茎や根が細く、香りも優しいセリですが、まずはおひたしにで旬の到来を感じたのでした。

 秋田が生んだ魚醤の傑作「しょっつる」で味付けするきりたんぽ鍋の主役は、日本海の荒波を乗り越えてやってくるハタハタですが、隠れた主役の座にあるのが三浦さんのセリ。今年もこのかぐわしい和製ハーブとともに季節が巡ってくることに感謝しつつ、この週末は鶴岡でいよいよ公開される在来作物の生産者を追った山形発ドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」Link to Website公開初日に向けて庄内入りです。

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2011/11/05

ショウガパワーで節電の冬を温かく

Piatto 11月号こぼれ話
目指せ!! まばゆい「冬美人」

piatto11uno.jpg 本日発行Piatto11月号では、女性にとってお肌の大敵である寒さと乾燥に負けない冬美人を目指しましょう! という特集を組みました。撮影は仙台市青葉区一番町の藤崎ファーストタワー館3Fビューティスクエアにある「インフェイシャス」Link to websiteのご協力で行いました。隣接するアトリウム棟2Fに「とんかつと豚肉料理 平田牧場 仙台ファーストタワー店」Link to backnumberがあり、1Fに「GUCCI」、2Fには「セルジオ・ロッシ」&「イヴ・サンローラン」、4Fがテラス席もある「メゾン・ド・ブラッスリー・ヴェランダ」がテナントとして入居する藤崎ファーストタワー館で、これまで唯一足を踏み入れていなかったのが3Fでした。

【Photo】高以亜希子さんの輝く笑顔で、ぱっと華やかさが増した明るく開放的な「インフェイシャス仙台藤崎店」ウエイティング・スペース

 それもそのはず、そこは女性専用サロンなのですから。フォトグラファーのAさんや、庄イタほか取材に立ち会った4人の男が女性専用スペースをウロウロしてお客様を驚かすことのないよう、開店前に撮影が終了しなければなりません。そのため、今月号でも輝く美しい笑顔を振りまいて下さったモデルの高以亜希子さんには、オープンの1時間半前にお越し頂き、撮影を始めました。

piatto20011.11_due.jpg【Photo】スタイルスパ・ガウシェル仙台藤崎店のまばゆいウエイティング・スペース

 
 インフェイシャス仙台藤崎店での取材目的はネイルケアでしたが、同じフロアには、系列のエステティックサロン「スタイルスパ・ガウシェル」があります。見る物すべてが新鮮な女性専用エステティックサロンで私が注目したのが、アーバンクラシカルモダンをテーマにしたというウエイティング・スペース。ロンドン在住で英国インテリアデザイン協会(BIDA)正会員、王立建築家協会準会員のインテリアデザイナー澤山乃莉子氏が手掛けた内装は、洗練された上質感漂う空間でした。

 シルバーに輝くビロード調のソファーや銀色のロココ調猫足テーブルや椅子などが配置され、銀色を基調に白と淡いモノトーンで統一されています。J・S・バッハのゴルドベルク変奏曲をBGMに、磨き上げた純銀製のアンティークなティーセットで淹れる紅茶の香り漂う午後のひと時が似合いそう。アストン・マーティンを乗りこなす英国貴族が暮らしていそうなこんな部屋が似つかわしい日本人は、叶姉妹かデビ夫人?あとは假屋崎省吾か美輪明宏ぐらい??

piatto2011.11_tre.jpg【Photo】温感効果が高いショウガを摂取できる「ヴェーダヴィ ジンジャーシロップ」

 輝く部屋と同様、美しくまばゆい女性を目指すアナタにこれからの季節にふさわしい一品を最後にご紹介しておきましょう。それはインフェイシャスでも取り扱っている「ヴェーダヴィ ジンジャーシロップ」(380g 税込2,940円)。冷えが気になる女性に嬉しい温感効果が高いショウガをふんだんに使ったという濃縮シロップは、6~8倍のお湯や炭酸水、牛乳、紅茶などで割って飲むのはもちろんのこと、調味料としてさまざまな料理に用いることも可能。加糖してありますのでヨーグルトやアイスクリームとの相性もよさそうです。

 夏に引き続き節電が求められる今年の冬。ショウガや唐辛子などカラダの中から温まる食品を積極的に食生活に取り入れ、免疫機能を高めて元気に乗り切りましょう。

◆Web Piatto : http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/

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2011/11/03

il Clistero dello fico

サンマのタリオリーニ &
イチジクとマスカルポーネのドルチェで深まる秋を堪能
@CEPPA(チェッパ)

※イタリア語が堪能な方でなくとも、タイトルの意味は最後にお分かりになるかと。

antipast_ceppa.jpg【Photo】ふんわり火を入れた岩手県産いわい地鶏とマコモタケのこんがりロースト ブロッコリーソース風味 @CEPPA

 離陸したものの、高みに至らぬ水平飛行が続いたマッシュしたカボチャを絡めたシンプルなマルタリアーティをこれまで唯一の例外に、いつも納得の料理を出してくれるのが、仙台市青葉区本町にあるイタリア料理店「CEPPA(チェッパ)」です。一昨年のオープン当初から何度か足を運びながら、佐藤篤シェフが一人で店を切り盛りするゆえ、軌道に乗るまでは当Viaggio al Mondoでのご紹介を控えてきました。

 通りから見える看板を出さず、ビルの2階にあり、表通りから外れたロケーションゆえ、ちょっとした隠れ家的なこの店。昼から気の利いたZuppa ズッパ(=スープ)やアンティパスト、手打ちパスタ、そしてドルチェを頂くことができます。仙台の南隣り、名取市下余田にある佐藤シェフのご実家は、恵まれた地下水を利用した特産のセリを栽培する農家。ゆえにセリをハーブとして使ったムール貝のズッパなどの料理はお手のものです。

primo_ceppa.jpg

 聞けば、「アロマフレスカ」「カーザ・ヴィニタリア」「エッセンツァ」「カッフェ・アロマティカ」など、次々と人気店を手掛け、日本のイタリア料理界をリードする原田慎次シェフのもとで研鑽を積んだのだといいます。イタリア人も一目置くトーキョー・イタリアンの人気店で腕を磨いた佐藤シェフが、「いわい地鶏とマコモタケのローストブロッコリーソース」がアンティパストとして登場した先日のランチタイムに私を唸らせた2品をサックリとご紹介します。

【Photo】定番の塩焼きもいいけど、こんな意外な組み合わせはいかが? 思いのほかシンプルな調理法なので自作にもチャレンジしたい「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」@CEPPA

 まずは「秋刀魚とトマトのタリオリーニ」。秋刀魚とトマトの意外な組み合わせが絶妙のハーモニーを生むシンプルなれど目からウロコな一品。(ウロコがない)秋刀魚の皮面をしっかり焼いた秋刀魚に少量のアサリのブロードとジューシーなフレッシュミディトマトを加えれば、スライスしたトマトのジュレもまたソースになる仕掛けです。適度にほぐして麺になじませ、香り付けにディルを散らせばイタリアンカラーのパスタ料理の完成です。

 材料はフツーに入手できるものばかりなので、ご自宅でも挑戦しやすい一品かと。生パスタにこだわる佐藤シェフは、卵入りの手打ちタリオリーニを使っていましたが、スパゲッティーニやフェデリーニなど入手しやすい細めの乾燥パスタでもいけるでしょう。お供には難しいことは考えず、トレッビアーノやマルヴァジアといったポピュラーなブドウ品種を使ったイタリア産の気軽な白ワインが合うはずです。

    fico_ceppa.jpg  fico2_ceppa.jpg
【Photo】ソルベの上に鎮座したイチジクにナイフを入れると、中から桃太郎でもイチジク太郎でもなく、トロリとしたマスカルポーネチーズが現れる。「イチジクのマスカルポーネ風味」@CEPPA

 その日のドルチェは、イタリアではこの季節ポピュラーな果物イチジクを使ったものでした。イチジクの果汁を凍らせたソルベの上に、コロンとした花イチジクが乗っています。ナイフを入れると、赤い果肉の中にはトロリとしたフレッシュチーズが詰め物として入っていました。

【Photo】中部イタリア・ウンブリア州の古都オルヴィエートのドゥォーモ。イタリアンゴシックの最高傑作といわれる聖堂のファサード左側には、蛇にそそのかされてイチジクの実を口にするアダムとイブの浮彫りなど、14世紀初頭にロレンツォ・マイターニと弟子が完成させた旧約聖書の逸話が表現される.。アダムとイブが口にした禁断の果実は、リンゴではなくイチジクだったというのがイタリアでは一般的な考え方(下写真)
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 爽やかな完熟イチジクの風味と、ミルキーなマスカルポーネチーズの穏やかな甘さが、満ち足りた食事の充足感を更に高めてくれます。佐藤シェフによれば、イチジクのお尻からマスカルポーネを注入したのだとか。外見上は穴が見当たらないイチジクの中にどうやってチーズを入れたのかをシェフに確かめたかった私は、その答えを聞くやいなや、昼食を共にした後輩の女性社員2名から顰蹙を買うイチジクつながりな禁断のギャグを口走ってしまいました。

 「それって、文字通りのClistero dello fico じゃないですかっ!!


 敢えてここではイタリア語表記にした箇所は、実際になされた会話では当然のこと日本語でした。ご参考まで単語の意味のみ列記しますと・・・

 ・clistere  (=浣腸・ここは語尾変化でclistero)
 ・dello (=男性名詞の冠詞) 
 ・fico (=イチジク)

 これで意味不明だったタイトルの意味がめでたく判明、clistero dello fico の効能のようにスッキリしたでしょ?

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CEPPA (チェッパ)
住:仙台市青葉区本町1-9-23 アートスリービル 2F
Phone:022-263-7113
営:11:30~13:30  18:00~20:30(L.O.)
  日曜・第3月曜定休
  店内禁煙・カード不可 


大きな地図で見る
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CEPPAイタリアン / 広瀬通駅あおば通駅勾当台公園駅
夜総合点★★★☆☆ 3.5
昼総合点★★★☆☆ 3.5

2011/10/23

和ナシのルーツのハナシ

利府で長十郎を指名買い
番外編・ナシの原木「ヤマナシ」の古木は300歳!?

itounashi_2.jpg【Photo】利府町加瀬の伊藤恒雄さん宅で指名買いした「長十郎」とお土産に頂いた「二十世紀」。郷土資料館向かいの公園にある日野藤吉が初めて利府で栽培を始めた「真鍮梨」の古木の赤く色付いた葉が華を添える
 
 直売所で試食した刹那、その味に魅了された長十郎を生産する梨栽培農家・伊藤恒雄さん宅を訪れ、長十郎を指名買いした日、気になる情報を郷土資料館で入手しました。前回述べたとおり、利府における梨栽培は先駆者となった日野藤吉以来127年の歴史があります。資料館で手にした利府町誌には利府町大町の板橋繁春さん宅に推定樹齢300年の古木があるという記述があったのです。

 リンゴの古木を訪ねてつがる市を訪れるなど《Link to backnumber》、果樹の古木には目がない(笑)私の好奇心がムクムクと頭をもたげる情報ではありませんか! ここは仙人のような古木とお目にかからなくては、とリサーチ開始です。

nashikoboku_1.jpg【Photo】利府町大町の板橋繁春さん宅の敷地内にある梨の古木。一説には樹齢300年ほどだという自生種のヤマナシ ※Photoクリックで拡大

 郷土資料館の裏手には「十符の里農産物直売所 ふれあい館」があり、そこに居合わせた事情通の男性客から、250軒ほどの梨生産農家があるという利府でも伊藤さんが五本の指に入る梨農家であること、味の決め手はどれだけ手間と愛情をかけるかであることなどを伺いました。ところが梨の古木について話が及ぶと、その方はおろか、直売所の職員兼生産者の方たちでも、町誌に記述されていた梨の古木については、一様にご存知ないのでした。


 資料館の方から頂いた地図を手に徒歩で訪れたのが、そこからすぐ近くの板橋重春さん宅。ご高齢の板橋さんは体調が優れず、玄関先で応対して下さったのですが、裏手の畑にその樹があるとのこと。お許しを頂き伺った畑の片隅で、古木は突然の訪問者の私を出迎えてくれました。
nashikoboku_2.jpg
 二階の屋根を越える10mあまりの高さで幹が切られた古木は、町が立てた標柱によれば、梨の原種「ヤマナシ」という品種。地表から斜めに生えた周囲3mほどの幹の根元には大きなウロがあり、そこから真上にくの字に折れ曲がって緑の葉を茂らせています。下から見た限りでは、実をつけているようには見えませんでした。

 現在の栽培品種のような食感ではなく、小粒で硬いため、今では食用とされなくなったこの梨。かつては「石子梨」と呼ばれたのだとか。晩秋の霜が降りる頃になって甘味が出るため、その昔は多くの実を結ぶ石子梨は食用にもされたようです。

【Photo】訪れる人もない古木の片わらに利府町が立てた標柱

 その豊産ぶりを示す原種梨に通じる梨の古木の姿は、果樹栽培が盛んな福島で見たことがあります。福島市置賜町の東北電力福島営業所前には2本の梨の古木があります。さまざまな花々が色彩豊かに咲き揃う福島市郊外の花見山を訪れた昨年の4月24日(土)夕刻、福島駅前にある「山女」で名物の円盤餃子を食べに行く途中、白い花を咲かせた梨の古木を目にしました。

nashi3_fukushima.jpg【Photo】清楚な白い花を愛でるには、皮肉なことに縦横に走る電線が玉にキズ。東北電力福島営業所(写真右)前にある梨の古木

 それは大正期まで酒造業を営んでいた加賀屋総本家別邸に植えられたという樹齢100年~150年と推測される2本の梨。社屋の前を通る吾妻通りの慢性的な渋滞解消のため、道路拡張に伴う移植計画が浮上したこともありますが、枯死のリスクを避けるため、梨を愛する地元の強い要望を受ける形で、移植が実行に移されることはありませんでした。

        nashi1_fukushima.jpg nashi2_fukushima.jpg
【Photo】地元の要望を受けて当初計画が変更となり、移植を免れた東北電力福島営業所の梨 ※Photoクリックで拡大

 溢れんばかりに花を咲かせた梨の樹は、中国唐代の詩人・白居易が長編漢詩「長恨歌」の一節で「梨花一枝春帯雨」と詠じた涙を流す楊貴妃の美しい姿を想起させました。遥か昔の故事に思いを馳せながら梨の花を愛でるのも結構ですが、やはり梨は美味しく食べてナンボ。

 放射線スクリーニング検査で安全性が担保されている福島産の梨生産農家の梨の作柄も利府梨同様に今年は良い出来だといいます。利府のように糖度の高い長十郎は栽培されていませんが、晩生の「新高」が間もなく旬を迎えます。寒暖差が大きく果樹栽培に適した福島盆地の梨も美味しいですよ。
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2011/10/16

利府長十郎、おぬしやるよの

※時代劇のセリフのようなタイトルですが、剣術遣いの達人に関する話でもなければ、伊達家の重臣・片倉小十郎の影武者・長十郎の存在を捏造するわけでもありません。

梨の里・利府町伝統の「長十郎」を見直すの巻

rifunashi_1.jpg【Photo】大型のショッピングセンターと住宅展示場に隣接して、豊かに実を付けた梨園が共存するのも、仙台のベッドタウンとして人口増が続く利府ならではの光景

 仙台市の北東部に位置する宮城郡利府町のこの季節の名産といえば、和梨が思い浮かびます。宮城では蔵王町と並ぶ梨の主力産地である利府町。三陸自動車道が開通する以前は、仙台と松島を結ぶ利府街道沿いには、秋ともなれば数多くのナシ直売所が軒を連ねていました。
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 現在の主力3品種、「幸水(早生)・「豊水(中生)・「新高(にいたか)」(晩生)といった和ナシは、我が国で独自に品種改良されたもの。耐冷性に優れた梨は、東北の寒冷な気候にも適合しました。

 塩釜との境界となる丘陵地帯の一角・森郷地区に初めて梨が植えられたのが1884年(明治17)のこと。石巻で栽培されていた梨の苗木150本を譲り受けた日野藤吉が、森郷仲町に所有していた水田を梨園に変えたのが利府梨の始まり。その跡地にある公園には、日野藤吉の頌徳碑と、今も小さな実を結ぶという樹齢127年を越える古い品種「真鍮」の古木とが残ります。

【Photo】茶色に色付き、収穫を待つ最晩生「新高」

 我が本拠地、庄内で梨の名産地として産地名がブランドとして確立している「刈屋梨」と同様、仙台では知らぬ者がない「利府梨」こと「長十郎」が偶発品種として登場したのがそれから11年後の1895年(明治28)、神奈川県川崎市の当麻梨園でのこと。病気が発生し、軒並み梨が枯れる中で一本だけ残ったというこの梨が、利府で栽培品種の主力として普及していった影には、1925年(大正14)に77歳で亡くなるまで、梨の品質向上に一生を捧げた藤吉ら先人のたゆまぬ努力がありました。

origin_rifunashi.jpg【Photo】JR利府駅近くにあった日野藤吉の住居跡は、現在公園として整備され、利府梨の礎となった「真鍮」の古木が残る。恩人の功績を称えるため、町の有志が1958年(昭和33)に建てた頌徳碑の脇にあるこのマザーツリーの世話をしている。石巻から苗木が移植されて127年を経た現在もなお、その樹勢に衰えは見られない  ※Photoクリックで拡大

 藤吉がそうだったように、塩釜から仕入れた魚粉で土作りを行うなど、手間を惜しまぬ栽培技術向上への努力が重ねられるなかで、利府梨の屋台骨を支えた主力品種の長十郎は、1980年代に入ると次第に育てやすい後発品種へと植え替えが進み、現在では栽培品種が10種類以上に多様化しています。春先の剪定に始まり、収穫期を迎える8月末から11月まで、幸水を皮切りに次世代の主力品種と期待される中晩生種「あきづき」から最晩生の新高まで、梨の出荷は続きます。

rifunashi_3.jpg【Photo】利府梨発祥の地・森郷地区に隣接した三陸自動車道 利府・塩釜IC近くの加瀬地区にも梨園を所有するという伊藤梨園。直売所奥の畑のすぐ隣りは歯科の駐車場。ほぼ収穫を終えた枝に袋がけされて残るのは、わずかに数えるばかりだけとなった「あきづき」。品種登録されてまだ10年ほどの新しい梨だが、利府でも作付けが増えている

 私が小さかった頃は、梨といえば千葉県松戸市二十世紀ヶ丘が原産地の水気と酸味が多い「二十世紀」と長十郎ぐらいしか、食べたことがありませんでした。それだけに、昭和60年ごろから市場の主役となった幸水のみずみずしく甘味があり柔らかな果肉と出合った時の驚きは鮮烈でした。以来、私にとっての梨の旬は、それまでの秋口から幸水が出回るお盆過ぎ前までに変わったように思います。

rifunashi_5.jpg【Photo】秋晴れの空のもとで本日訪れた利府町伊藤梨園での収穫。(写真左から)あばた顔でいびつな形がユニークな「新星」、コロンとした姿格好がカワイイ「あきづき」、利府梨の代名詞ともいえるこの「長十郎」の直径はなんと12cm!!

 本日、用事があって利府を訪れました。以前に担当していた頃は頻繁に足を運んでいた総合住宅展示場の隣りに直売所を構える「伊藤梨園」さんの直売所に立ち寄りました。当時は来場者プレゼントとして購入していたものの、自身では何故か食べる機会に恵まれなかったように思います。残留放射性物質の安全性をアピールする検査結果証明書が掲げられたそこで指名したのは食味の良いあきづき。今年は着色が良く味も良いとのことで、そろそろ最後の新高に切り変わる時期だとのこと。「畑に採りに行きましょう」と、ネットを潜り抜けて中でもぎ取りできるのは産地ならでは。

rifunashi_4.jpg【Photo】枝からもぎたてを試食させて頂き、味に納得して購入した伊藤農園の梨3種類。1カゴ分の対価である1,000円札と比較してみると、新星と長十郎の大きさがおわかりいただけるかと

 案内された梨園には、接ぎ木した樹齢15年ほどの比較的若木に大ぶりな新高がわたわわに実を付けています。1カゴ1,000円とのことで、味見させて頂いたのが、あきづきと「新星」。食感と味が幸水と近いあきづきはモチロン、いびつな外見ながら食味のよい新星も気に入りました。

 そこに試食用として出されたのが、一般的には固めの果肉と穏やかな甘さに酸味も伴うことから、国内でもわずか1%しか栽培されず、最近はほとんどお目にかかれなくなった長十郎です。伊藤農園さんでは、この品種にひときわ愛着を持っておいでのようでした。果肉がわずかに黄色みがかった特徴的な長十郎を一切れ口に入れた途端、それまで長十郎に対して抱いていた先入観が音をたてて崩れていったのです。

rifunashi_6.jpg 糖度の高さは、あきづきに勝るとも劣りません。他地区ではともすると、水分が少なくガリガリ感すらある果肉の食感も、ジューシーで心地よいもの。これぞ適地適作の利府梨ならではの美味しさであり、梨栽培を主力に専業で培われた栽培技術の賜物。そこで浮かんだのが、今回のタイトル「利府長十郎、おぬしやるよの。」長十郎の魅力を再発見したことを告げると、どう見ても1カゴから溢れるであろう新星とあきづきを袋詰めして頂いただけでなく、「ちょっと形は悪いけど、どうぞ」と、ずしりと重い大きな長十郎を4個もお土産に下さったのでした。

 結局、あきづき・新星・長十郎による利府梨3番勝負は、ハチミツのような甘さ充分の長十郎の圧勝となった次第。灯台下暗し。伊藤梨園さん、また行かなくちゃ。

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伊藤梨園直売所
住:宮城県宮城郡利府町八幡崎前
  ※イオン利府ショッピングセンター西側
    「河北・TBC利府ハウジングギャラリー」と「利府デンタルクリニック」の間
    直売所が閉まっている場合は、下記伊藤恒雄さん宅に問い合わせを
Phone:022-356-2233

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2011/10/02

アドリア海の恵み「ブロデット」

Piatto2011.10.jpgPiatto10月号こぼれ話 ver.2
「Invito al Piatto 一皿への誘い」
魚介類のブロデット アドリア海風

 月が改まった昨日、毎月第一土曜日に発行されるマンスリーマガジン「Piatto ピアット」10月号が発行されました。特集テーマは「女性目線のステキを見つける デザインのある暮らし」。パナソニック リビングショウルーム仙台で撮影が行われた表紙は、今月も高以亜希子さんにモデルを務めて頂きました。相変わらずおキレイな高以さんの次に私の目を引いたのは、Web Piattoこぼれ話で触れたALESSI社のレモンスクイーザーもそうですが、ディスプレーに使われていた1本のワインには驚かされました。

【Photo】Piatto10月号表紙(上写真) ※Web Piattoは http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/

pesce_vineger.jpg そのイタリア・マルケ州産「Pescevino ペッシェヴィーノ」は1996年ヴィンテージ。本来は淡い若草色に輝くはずのヴィーノですが、室温に長期間置かれ、飲み頃をとうに過ぎているため、すっかり変色していました。中身は隣りに置いてある「Maille マイユ」のワインヴィネガーと同じような酢に変わっていることでしょう。エチケッタにはBianco delle Marche(=マルケ州の白)とあるので、間違いなく白ワインなのですが、ここまで激しく変色したワインを見ることはまずありません。

【Photo】一見Rosato(=ロゼ)かと思うようなPescevino。ショウルームのように特別な場合を除き、一般家庭では冷暗所でワインを保管し、飲み頃を過ぎる前に抜栓したいもの

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 さて、シェフとっておきの一皿をご紹介する「Invito al Piatto 一皿への誘い」連載第2回目は、東北No.1リストランテを目指す「リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン」矢島 広之料理長にご協力頂きました。出身地である栃木と東京都内で研鑽を積んだ矢島シェフが、2005年にイタリアへと渡った地が「イタリアの緑の心臓」と呼ばれる中部ウンブリア州の古都Perugia ペルージャ。ウンブリアは地中海に面したイタリア半島では数少ない海に面していない州です。

【Photo】料理への熱い思いを語るパドリーノ・デル・ショーザン料理長・矢島広之シェフ

 地域性が強いイタリアだけに、各地に特徴的な料理が存在し、いわゆるイタリア料理は存在しないとさえいわれます。狩猟が盛んなウンブリア州では、これからの季節、山鳩などのジビエや黒と白が共に採取されるトリュフをよく口にします。こうした内陸ならではの食生活が続くと、日本人なら魚介類が恋しくなるもの。アペニン山脈を越えれば、なだらかな丘陵地が続くマルケ州はすぐ隣。そこには輝くアドリア海の魚介を使った美味しい食事が待っています。

pesceria_senigallia.jpg【Photo】マルケ州アンコーナ県Senigalliaセニガッリアには、古代ローマ時代の円形劇場跡の建物に魚市場が立つ。目の前に広がるアドリア海の新鮮な魚がふんだんに並ぶ

 矢島シェフにお勧め頂いたのは、この地域を代表する魚介料理「Brodettoブロデット」。アドリア海沿岸のこの地域では、お馴染みの魚介スープ「ズッパ・ディ・ペッシェ」をこう呼びます。新鮮な魚介をたっぷりと使うこの料理は、異郷で暮らす矢島シェフの心をよほど捉えたのでしょう。この料理には私にも懐かしい思い出があります。

【Photo】ロレートの料理学校で講習を受けたのがブロデットの調理法だった(下写真)

loreto_scuola.jpg 2003年(平成15)10月にマルケ州アンコーナ県Loreto ロレートにある州立の料理学校を訪れました。有機農業を通じた民間交流を行うため、マルケ州を訪れた鶴岡アル・ケッチァーノ奥田シェフ一行に同行取材を行う中で、その日は同校の講師を務める地元のシェフからマルケ州の郷土料理を教えてもらったのです。

【Photo】同校の講師を務めるアンコーナ県Arcevia アルチェヴィアのリストランテ「Pinocchio ピノッキオ」のシェフ、ロモーロ・ディ・オルチァ氏(左)と有機農産物生産者組合「La Terra e il Cielo ラ・テッラ・エ・イル・チェッロ」代表のブルーノ・セバスチャネッリ氏(右)が講習の模様を見守る(下左写真)  ホテルマンの養成コースもある学校ゆえ、食事のテーブルセッティングも生徒たちが行ってくれた(下右写真)
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【Photo】ロレートの料理学校でご馳走になったブロデット・アンコーナ風(下写真)

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 講習後の食事で豚の丸焼き「Porchetta ポルケッタ」などと共に供されたのがブロデットでした。マルケ州でも地域ごとさまざまな味付けがなされるこの料理。ムール貝やスカンピ(=手長エビ)などの鮮魚だけでなく、タラの干物「Stoccafissoストッカフィッソ」も具材に使われています。魚介のブロードとトマトがコクのある風味を生むアンコーナ風の味付けがなされ、定番のabbinament アッビナメント(=組みあわせ)となるこの地域の白ワイン「Verdicchio castello di jesi ヴェルディッキオ・カステッロ・ディ・イエージ」とではなく、地元の力強い赤ワイン「Rosso Conero ロッソ・コーネロ」と十分に渡り合うのでした。

Brodetto_padrino.jpg 【Photo】火を通す時間を素材ごとに変え、理想的な食感を生むよう矢島シェフのアレンジが加わった一皿。2名から要予約のこの大皿盛りは2名分で6,000円

 矢島シェフは高級魚のキチジをメインにこの日のブロデットを仕上げて下さいました。撮影中に立ち込める芳醇な香りの素晴らしいこと。それだけでワインを頂けそうな勢いです(笑)。あくまでも取材のため、目の前に出された「甲州ワイン牛のビール煮込みソース自家製タリアテッレ」ともども料理には口をつけず、特別にご案内いただけるという1970年代から1990年代の稀少なワインが眠るワインセラーへと後ろ髪を引かれる思いで移動したのでした。

【Photo】暗証コードを知る限られた者だけが入ることが出来るパドリーノ・デル・ショーザンの壮麗なワインセラー(左写真) 私がこれまで飲んだワインの中で、鳥肌が立つほどの感動を覚えた数少ないワインのひとつCh. d'Yquem'83が更なる熟成を重ねるほか、20世紀屈指のグレートヴィンテージ1990年産のボルドー五大シャトーが揃い踏み(右写真)
     cellar_shozan.jpg cellar2_shozan.jpg

 世界的な潮流の中で、実績を築いてきたフレンチからイタリアンにリニューアルして2年あまり。今後はイタリアワインも充実させたいと成澤政道マネージャー兼シェフソムリエは語ります。
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Ristorante Padrino del Shozan
リストランテ・パドリーノ・デル・ショーザン

住:仙台市青葉区上杉2-1-50
Phone:022-222-7834
営:11:30~15:00(L.O.14:00)
  17:30~22:30(L.O.20:30) 月曜定休(祝日の場合は翌日休)
URL:http://www.shozankan.com/padrino-del-shozan/ 

2011/10/01

「気仙パン」は不滅です

郷愁をそそる菓子パンのマスターピース
 「クリームサンド」(通称:「気仙パン」)@気仙沼

kesen_pan1.jpg クリーム色のメラミン樹脂製ランチプレート、先割れスプーン、カワイの肝油ドロップ、カセイの耳輪印ジャム、三角テトラパックの牛乳、当番が終わると洗濯をするため家に持ってゆく白衣・・・。同世代の方にとっては懐かしいであろう小学校時代の給食にまつわる記憶の品々です。

 現在は国内外からのお見舞いや激励のメッセージで埋め尽くされる仙台市役所1Fロビーですが、3.11以前は各種展示を行う市民ギャラリーの役割を果たしていました。そこでは年に1度、時代ごとの給食を再現して当時の写真とともに変遷ぶりを展示しており、懐かしそうに足を止める市民の姿がありました。 コチラを参照)

【Photo】気仙沼永遠のローカルフード「クリームサンド」126円(フレッシュ製パン)

 1976年(昭和51)に米飯給食が始まる以前は、第二次大戦後に日本を統治した農業大国でもある米国の戦略もあり、給食の主食はパンばかり。当時は食パンよりもコッペパンが多かったように記憶していますが、現在は月1回程度しかコッペパンの出番はないようです。表面にこんがりと焼きが入ったコッペパンを横から割いて、透明なビニールの小袋に入ったカセイのチョコスプレッドやイチゴミックスジャムをサンドして食べていた頃が懐かしく思い起こされます。大手メーカーによる寡占化とベーカリーの選択肢が増えた平成の世になってからは、"唯一の例外"を除いてコッペパンの姿をめっきり見かけなくなりました。

kesen_pan3.jpg その唯一の例外が、気仙沼地域限定で不動の人気を誇る「クリームサンド」です。「気仙パン」とも呼ばれるクリームサンドは、今から50年ほど前に、気仙沼市新町にあった「奥玉屋」で産声を上げました。その発祥の地は、新鮮な三陸の酒肴、漁師町らしいぶっきらぼうな親方がカウンターの中からストライクで投げてくる!! おしぼり、瓶ビールは冷蔵ケースから客自身が持ってくるという独自のルール、帰りのお土産に頂くイカの切れ込み(塩辛)などで知られる名物居酒屋「いろり」の近くでした。

【Photo】オリジナルのクリームサンドに加え、21世紀を迎えて以降に登場した「黒糖クリームサンド」126円(フレッシュ製パン)

 クリームサンドは、横に切れ目が入ったコッペパンに、ピーナツクリームが挟まった素朴なパンで、気仙沼出身者であれば、誰もが一度は口にしているのだといいます。ピーナツクリームとはいえ、1960年(昭和35)に誕生した「SONTON(ソントン)」のピーナツクリームのように、ピーナツバターの風味が勝ったものではなく、ホイップクリームが程よく配合された秘伝の黄金比率がキモ。元祖の奥玉屋が店を畳んだ後、クリームサンドの製造を引き継いだのが、近くの古町にあった「気仙沼製パン」。気仙沼市本吉町出身の家人によれば、気仙沼周辺の小売店・スーパーの店頭にあまねく気仙パンは並び、広く浸透していたそうです。

kesen_pan2.jpg【Photo】生地に練りこんだ黒糖がピーナッツクリームと絶妙のハーモニーを生む(フレッシュ製パン)

 初めて私がこのパンと出合ったのは、学校給食を卒業して久しい'90年頃だったでしょうか。「懐かしい~」と言いながら気仙沼市内の大型店で家人が手にした白い包装のパンには、緑色のレトロな文字で商品名と乳牛のイラストが印刷されていました。仙台出身の私にとっては、初めてだけど何故か懐かしい印象を与えるそのパンは、味もまた郷愁をそそるのでした。以来、クリームサンドと後に登場する黒糖クリームサンドは気仙沼を訪れるたび、二度三度と( ̄皿 ̄;購入するマストアイテムとなりました。

 気仙沼製パンが1990年代半ばに倒産、職人がそのまま移る形でその味はJR気仙沼駅近くで1995年(平成7)11月に創業した「フレッシュ製パン」に引き継がれます。私が初めて気仙沼でこのパンと出合った頃のパッケージにはなかった「気仙沼発」という、気仙沼ローカルフードとしての明確な宣言が後にパッケージに追加されました。現在2名代表制を敷く同社の最高経営責任者のお母様、高橋まさ子さんによれば、区画整理のため住まいがあった桃生郡河北町(現・石巻市)飯野に移転したのが2001年(平成13)。

kesen_pan4.jpg それは同社が「コンセプトリンク(株)フレッシュ製パン」と社名変更した翌年のこと。プレーン生地と黒糖配合生地の2種類がある同社のクリームサンドは、気仙沼市内のイオン、マルホンカウボーイといった商業施設のほか、三陸道河北IC近くのR45沿いにある「道の駅 上品(じょうぼん)の郷」などで購入することができます。

【Photo】パッケージングはフレッシュ製パンと似ているものの、パン生地表面に皺が寄ったのが特徴の気仙沼パン工房のクリームサンド(右)と黒糖クリームサンド(左)ともに126円

hideko_suzuki.jpg クリームサンドには、もうひとつの製造元が存在します。書体は異なるものの、白地にグリーンの文字と乳牛のイラストというパッケージの基本デザインは共通の「気仙沼パン工房」製のものです。長年に渡ってクリームサンド作りに携わってきた熟練の職人が加わることで、「昔懐かしい味がする」と口コミが広がり、こちらも気仙沼市民の支持を得てゆきます。後発の気仙沼パン工房が、パッケージデザインを踏襲した事実からも、いかにクリームサンドが広く行き渡っていたかが分かります。

【Photo】今年のお盆時期に訪れた気仙沼パン工房の店頭に建つ鈴木秀子さん。地元の味を懐かしむ帰省客のため、休み返上で店を開けていると顔がほころぶ

kesen_pan5.jpg 「気仙沼の味として親しまれてきたクリームサンドを地元で復活させたかった」と語るのは、かつて気仙沼製パンで働いていたという気仙沼パン工房の鈴木秀子代表。定番のプレーン生地のほか、黒糖配合生地と黒ごまを加えた生地が後に加わり、最近ではコーヒークリーム・栗クリーム・くるみクリームといった独自のラインナップを増やしています。市内本郷の目抜き通り沿いにある店舗兼工場は津波で浸水しましたが、現在は営業を再開。地元資本のスーパー片浜屋のほか、(本来126円の商品が1個150円で売られているため私は手を出しませんが)仙台市青葉区のサンモール一番町で週末に開催されるマルシェジャポンでも販売されます。

【Photo】気仙沼パン工房のクリームサンド(右)と黒糖クリームサンド(左)

 ひとつひとつ職人がハンドメードする気仙沼発のクリームサンド。原材料にさまざまな添加物が加わるオートメーション化された大手のパンとは異なり、製造日から2日もすると、生地が硬くなりますが、そんな時はレンジで軽くチンすれOK。両社を食べ比べると、生地の見た目や食感がやはり異なります。B級なれど永久に気仙沼地域で愛されるであろうクリームサンド。お好みの味を探してみては?
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コンセプトリンク株式会社 フレッシュ製パン
住:石巻市飯野字大筒前東1番14-2
Phone:0225-62-0047
URL:http://www.cream-sand.com/
E-Mail:info@cream-sand.com

気仙沼パン工房
住:気仙沼市本郷9−3
Phone:0226-22-5121
URL:なし

2011/09/25

仙台初「真のナポリピッツァ協会」認定店が誕生

Complimenti !! Pizzeria Padrino
 おめでとう!! ピッツェリア・パドリーノ

atessaAVPN.jpg【Photo】9月21日にピッツェリア・パドリーノで行われた「真のナポリピッツァ協会」認定審査の模様。 いつも通りの鮮やかな手さばきでAcunto のピッツァ窯を扱う千葉 壮彦ピッツァイオーロ

 昨年の実食レポート Link to backnumberで、仙台圏で唯一「Verace Pizza Napoletana =真のナポリピッツァ」を味わえる店であることを確認、今年7月に「アクロバットもスゴイんです」Link to backnumberで予見した通り、仙台市青葉区の「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」が、宮城初の「Associazione Vera Pizza Napoletana アソチアツィオーネ・ヴェラーチェ・ピッツァ・ナポレターナ(以下、真のナポリピッツァ協会)」認定店として登録されました。Bravissimo!!
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【Photo】千葉さんが焼き上げたピッツァを前に仕上がりをチェックするガエターノ・ファツィオ氏(中央)、西川 明男氏(左)、渡辺 陽一氏(右)

 真のナポリピッツァ協会による本審査が行われたのは、9月21日(水)。9月16日~18日に東京汐留のイタリア街で開催された「ナポリピッツァフェスタ2011」のため、ナポリの協会本部から来日したマッシモ・ディ・ポルツィオ会長代行ら4名の役員のうち、主任技術指導員を務めるガエターノ・ファツィオ氏と、同協会日本支部長で日本第1号認定店である兵庫県明石市のピッツェリア・リストランテ「さくらぐみ」西川 明男氏、副支部長で東京広尾にあるピッツェリア「パルテノペ」の渡辺 陽一氏の3名が審査に当りました。

atessa2_AVPN.jpg【Photo】審査する側、審査される側ともに真剣な表情。脇から審査の成り行きを見守るのは、オーナーである仙台勝山館の伊澤 泰平社長

 EUが伝統的な製法による食品に対して与える統一規格「Specialità Tradizionale Garantita 伝統的特産品保証」に認定されるナポリピッツァ。イタリアではシチリアの伝統的な操り人形劇「Pupi プーピ」や男声4名によるサルデーニャの牧羊歌「Canto a tenore カント・ア・テノール」が、日本からは能楽や歌舞伎が登録されているユネスコの「無形文化遺産」への登録を目指す動きもあります。現在世界20カ国で370店以上が認定を受ける真のナポリピッツァ協会認定店への登録に際しては、厳格な国際規約に沿って審査が行われます。

atessa4_AVPN.jpg 【Photo】3代続くイスキア島のリストランテ・ピッツェリア「Da Gaetano ダ・ガエターノ」のオーナー・ピッツァイオーロ、ガエターノ・ファツィオ氏。この道50年以上、真のナポリピッツァ協会では主任技術指導員を務めるマエストロが焼き上げたばかりのピッツァの仕上がり具合を実食して確認

 これまで東北ブロックでは唯一の登録店だった鶴岡「穂波街道 緑のイスキア」Link to Backnumberに続く登録店を目指してこのほど審査を受けたのは、事前審査をパスしていた岩手県盛岡市の「Piace ピアーチェ」と ピッツェリア・パドリーノの2店。20日に審査が先行して行われたピアーチェが、東北で2番目の認定店と認められた翌21日、台風15号が仙台に最接近する荒れ模様の中で審査が行われました。

 東日本大震災の影響で、春に予定していた来日を急遽取り止めたガエターノ氏。これまで数多くのピッツァイオーロ(Pizzaiolo=ピッツァ職人)を志す日本人をイスキア島にある自身の店「Da Gaetano ダ・ガエターノ」で受け入れてきた親日家でもあるガエターノ氏は、多くの命が失われた今回の震災に話が及ぶと、ポロポロと涙を流しました。2004年に認定店となった広島の「Pizza Riva ピッツァ・リーヴァ」の審査終了後、本人のたっての希望で原爆ドームを訪れた際も、目を真っ赤に泣き腫らしていたといいます。マエストロはイタリア人らしく情に厚い方なのですね。

Complimenti_ciba.jpg【Photo】審査対象の9項目中、最高得点のOttimoが8つというハイスコアを達成。通常は後日送られて来る真のナポリピッツァ協会認定店としての証しであるプルチネッラの看板が事前に用意された。世界で374番目の認定店であることを示す遠し番号が入った看板がマエストロ・ガエターノから即日交付された

 私の事前リサーチでは、控えめな言葉ながら、自信のほどをのぞかせていた千葉 壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。審査員の矢継ぎ早の質問が飛び、射るような視線を浴びる中で行われた本審査では、9項目中8項目で最高点の「Ottimo オッティモ」、修正が容易な具材の分量に関してのみ次点の「Buono ブォーノ」というほぼ満点の結果で見事合格。晴れて世界で374番目となる真のナポリピッツァ認定店の称号を得たのです。

atessa5_AVPN.jpg【Photo】真のナポリピッツァ協会が認定店に対して発行する認定証

 審査に当たったガエターノ氏は、「世界中どこに行っても、これだけの高い評価を与えることは、そうあることではない。この結果は、彼が真剣にピッツァと向き合っていることの証しである」と千葉さんを褒めたたえました。

 ピッツェリア・パドリーノのオーナー企業「仙台 勝山館」Link to Websiteのグループには、「宮城調理製菓専門学校」Link to Websiteがあります。その研修施設カフェ・ピッツェリア「IL VIALE イル・ヴィアーレ」は、ピッツエリア・パドリーノと同じく、ナポリのピッツァイオーロから信頼の厚い「Gianni Acunto ジャンニ・アクント」製の石窯を備えています。今後同校には、真のナポリピッツァ協会本部から派遣されたピッツァイオーロが、生徒への技術指導に定期的に訪れるのだそう。そうして本場の空気を感じる機会は、得がたい経験となるはずです。

marinara_2011.9.21.jpg【Photo】認定後初のオーダーは、念願が叶ったオーナーの伊澤 泰平社長にお譲りし、2番目の客として注文した私の定番であるナポリ伝統の香ばしいピッツァ「マリナーラ」

 まずは当面の目標を達成した千葉さん。今回の認定を機に、宮城調理製菓専門学校で学ぶ後進の指導に当たりたいと抱負を語ります。この夏、仙台駅前に進出したナポリピッツアを標榜する店の残念な出来に落胆させられるなど、本場ナポリの味を忠実に再現するピッツェリアの空白地域だった宮城。(私のような?)一部のマニアだけでなく、広く一般の人にナポリピッツァに親しんでもらえるよう頑張りたいと次なるステップに向けて意欲を見せます。

 薪の香りが香ばしいモチっとしたナポリ直伝の生地の美味しさを味わって頂きたいこの店。新たなる目印は、認定店の証しであるピッツァを窯に入れる木製の道具パーラを手にしたナポリの道化プルチネッラの看板。そこには世界共通の通し番号374が記されています。千葉さんは、その番号にピッツァを食べてくれた皆(37)が幸せ(4)になってほしいという願いを込めながら、これからも窯の前に立ち続けます。
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atessa6_AVPN.jpg「真のナポリピッツァ協会」認定店
Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ
 住:仙台市青葉区上杉2-1-50 勝山館1F
 Phone:022-222-7834
 営:昼11:30~15:30 夜17:30~20:30
   月曜定休(祝日の場合は翌日休)
 メニューはコチラ
 URL:http://www.shozankan.com
 

2011/09/17

女川再生への第一歩

がんばっぺ女川
蒲鉾本舗 高政 女川本店「万石の里」開店

 昨日の河北新報朝刊TV面には、黒地を背景にうっすらキツネ色に焼きあがった美味しそうな笹かまぼこの写真が掲載されました。それは宮城県牡鹿郡女川町の蒲鉾店「高政」(高橋正典社長)が、9月1日に稼動した新工場内に昨日開店させた本店「万石の里」誕生を告げる広告です。 ※(クリックで拡大)

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 一見、何気ない新店OPENの広告ですが、そこには震災で町の8割が壊滅した地元・女川の再生にかける高政の決意が込められています。その熱き思いを示すかのように湯気がうっすらと立ち上る蒲鉾の写真に魅せられた私は、自宅近くのスーパーにある高政の売り場に直行、笹かまぼこと揚げかまぼこがお買い得価格でセットされた「開店記念セット」をゲットしたのでした。うー、広告効果抜群!?


大きな地図で見る

 高政の本社工場がある万石浦は、石巻市渡波から女川へと向かうJR石巻線沿いに広がる内海です。外海に面した開口部が250mほどしかなく、津波による被害が甚だしかった石巻と女川の境界にありながら、宮城県内では唯一ほとんど津波被害を受けませんでした。そのため、カキやホタテの養殖いかだが無傷で残っています。

mangokuura_2011.9.1.jpg【Photo】全国屈指のヒラメ釣りのメッカでもある万石浦は、宮城県内では唯一、津波による被害を受けなかった。2011年9月、船上でカキ養殖棚の手入れをする万石浦の漁師

 とはいえ、入り江が深く切れ込んだ女川湾に面して建っていたマリンパル女川の外壁だけを残して町の中心部を壊滅させた津波は、R398沿いでは最も高台となった同町旭ヶ丘付近をも越えて万石浦方向へと抜けて行きました。高政の本社工場がある女川町浦宿浜は、万石浦の最深部にあたり、標高が比較的高い場所だったため、建物が浸水被害を受けることはありませんでしたが、自宅にいた高橋政一会長ほか、従業員が津波の犠牲となりました。

takamasa_kaitenkinenset.jpg【Photo】高政「開店記念セット」笹かまぼこ(吉次2枚・石持2枚)揚げかま(上からプレーン「たかまさ」具だくさんの「海老」「五目」「貝柱」)一口サイズの「ぷちあげ」で1,000円のお買い得価格

 被災前はおよそ40軒の水産加工業者が町を支えていた水産の町・女川にあって、元々は新鮮な魚のすり身を製造するのを本業としていた高政。現社長の祖父で創業者の高橋政助氏が鮮魚商を始めたのが1937年(昭和12)。自社ブランドの蒲鉾で市場に参入したのは1994年(平成6)からと、県内の大手かまぼこ製造業者の中では後発組と言ってよいでしょう。

 それでも素材を扱ってきた長い経験を活かし、すり身を加工する段階で魚肉の純度を上げるために通常は3回繰り返す「水晒し」工程を多くても2回までに留め、噛めば噛むほど原料の吉次やイシモチなどの風味が味わえる独自の製法を編み出しました。仙台市内の老舗百貨店に直営店を構えて以降、贈答用としても全国の百貨店・大手スーパーとの取引を開始、順調に業績を伸ばしています。

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【Photo】高級白身魚の代名詞「吉次」を使った高政の肉厚な笹かまぼこ。上品でふんわりとした素材の持ち味を生かすため、焼きは弱めに入れるのだという。そのままガブリ!

 「会社は地域の皆んなによって生かされている」が口ぐせだった政一会長の遺志を受け、正典社長を先頭に応急修理で復活させた製造ライン1系統で、冷蔵していたすり身から揚げかまぼこの製造を再開したのが3月28日。揚げたてのかまぼこ延べ10万食以上を避難所で配布しました。冷たいおにぎりしか口にできなかった当時、通常の5割増の厚さに仕上げた善意のかまぼこは、笑顔を忘れていた被災地に温かな心も届けていたのです。

takamasa_shinkoujyou.jpg 【Photo】笹かまぼこ製造ラインが2セット、揚げかまぼこが3セットの新工場は従来の4倍の製造能力を備える

 3.11と4.7に起きた震度6の揺れで製造設備に被害が出たため、4月18日に直営店舗での販売を再開したものの、製造ラインの一部だけで操業を強いられてきました。当初計画から3ヶ月遅れで新工場の「火入れ式」が行われたのが9月1日のこと。その日、石巻を経由して訪れた女川は、廃墟となった町が折からの猛烈な雨に打たれて一層くすんで見えました。その日私が女川を訪れたのは、事業再開に向けて歩みだした企業の食品を使ったお弁当の製品化しようという仙台のお弁当製造会社の取材に同行したため。

 ご対応いただいたのは社長のご子息で取締役企画部長の高橋正樹さん。製造工程でCO2を排出しない業界初となるオール電化工場は、旧工場の4倍の製造能力を備えています。食べる人の安心のため、スクリーニング放射線測定器を導入して原料の安全性を確認しています。この測定器は、一部で水揚げが再開した地元の漁師にも貸し出されるのだといいます。

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 地域復興のために取り組んだのが、新工場稼動によって使わなくなった隣接する旧工場と300tの収容能力を備えた冷蔵施設を被災した地元の同業者に無償で提供すること。あわせて今回の新工場・新本店の稼動によって、高政では52名を新規採用しました。町の中心部が建築制限区域に指定され、復興へのロードマップが見えてこない中、人口流出を少しでも食い止めるため、年度内に新卒者の採用を予定するなど、生き残った企業としての責務を果たすのだと正樹さんは力強く語りました。

【Photo】キツネ色になるまで焼き目を付ける「石持」笹かまぼこ。使う素材によって、焼き加減を変えるのも高政のこだわり

 最新鋭の製造ラインの見学コースが設けられた工場に併設される本店には、笹かまぼこの手焼き体験コーナーと揚げたてのかまぼこを頂ける一角を設置。数量限定「御膳蒲鉾」は本店でしか入手できない職人こだわりの逸品です。再起を目指す地元同業者の製品や「がんばっぺ女川! おだつなよ(=石巻地方で「いい気になるな」を意味する方言)津波」とプリントされたTシャツなども販売しています。

 16日から19日(祝)までの4日間はグランドオープンフェアを開催。毎日先着200名に工場で焼きたての笹かまぼこと「笹かませんべい」各1枚づつがプレゼントされるようです。この連休は石巻・女川へGo!!
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takamasa_mangoku.jpg高政 女川本店「万石の里」
住:宮城県牡鹿郡女川町浦宿浜字浜田21
Phone:0225-53-5411
営:8:30~18:30 不定休
駐車場:大型バス4台・乗用車20台
URL:http://www.takamasa.net/.
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2011/09/11

2011年・世界チャンプバリスタが来仙

念力で呼ばれてしまいました(笑)
 @ La Casa del Caffe Bal Musette

 スペシャルティコーヒーの持ち味を存分に、かつ手軽に味わうことができる唯一のツール「Aeropress エアロプレス《Link to backnumber 》」を昨年10月に入手した「La Casa del Caffe Bal Musette ラ・カーサ・デル・カッフェ・バル・ミュゼット」を訪れた今日の午後。仙台市の北部郊外に店があるため、平日は行く機会に恵まれない店の赤い扉を開いたのは久しぶりのことでした。

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 オーナーの川口バリスタには内緒ですが、ほんの5分前までは水を汲みに行くつもりで泉IC付近のR4を北に向かって走行中だったのです。それが何故か突如として気が変わり、隠し味の塩が味の幅を広げるバニラアイスにエスプレッソを加えたアッフォガート・サーレを注文していました。

 「こちらからご連絡しようと思っていたところに、先ほどお見えになったので、驚いてしまいました」と川口さん。マカロンに限らず最近続いている言霊現象が逆の形で表れたのでしょう。エスプレッソマシンの使い手として超一流の川口さん。最近はテレパシーの遣い手としても修行を積んでいるのかも。

 念力を使って川口さんが私に伝えたかった内容は下記を参照願います。
 http://balmusette.exblog.jp/14516734/

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 今年6月、南米コロンビアの首都ボゴタで開催されたワールド・バリスタ・チャンピオンシップ(以下WBCと略)で優勝したのは、中米エル・サルバドル出身のアレハンドロ・メンデス氏(当時23歳)。2000年の第1回モナコ大会以降、コーヒー生産国で初開催されたWBCで初めて消費国以外から優勝者が出たのです。

 通常、WBCの優勝者を招くには高額なギャランティが必要となります。アレハンドロは2001年にエル・サルバドルで死者1,149名・負傷者8,000名、150万人以上が被災した大地震が2度に渡って起きた際、日本から被災地に対して救援活動が行われた恩返しをする意味で、現在の勤務先である故国のカフェ「Viva Espresso」 の理解を得て報酬を求めずに来日するのだといいます。

 川口さんが念力で私だけではなく、世界チャンプまでも呼んだのかもしれない今回のチャリティイベントには、「コーヒー好きは皆友だち」を合言葉に集ったコーヒーショップの従業員、カフェオーナーから一般のコーヒー好きのメンバーが、東日本大震災の被災地に温かいコーヒーを届ける活動を展開した団体「Coffee Amigos (コーヒー・アミーゴス)」もサポートにあたります。

 Coffee Amigos にも参加し、大手コーヒー会社勤務時代に世界のコーヒー生産地を巡り、独立後の2008年には「Grand Cru Cafe グラン・クリュ・カフェ」なる新たなコンセプトの優れたコーヒー豆を発掘し続けるコーヒーハンター、Jose(ホセ)こと川島 良彰氏のセミナーも同日開催。WBCバリスタ世界チャンプの技とパフォーマンスにライブで触れることができるまたとないチャンス。プロフェッショナルのみならず、コーヒーを愛する方ならどなたでも歓迎とのこと。 Don't miss it!!
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アレハンドロ&ホセ川島ジャムセッション
日時:2011年9月27日(火)17:00~
会場:仙台コミュニケーションアート専門学校 第2校舎
    仙台市宮城野区榴ヶ岡4-11-20《JR仙台駅 東口より徒歩15分》
会費:5,000円 (収益はあしなが育英会の東北レインボーハウス建設資金に役立てられます)
定員:先着100名

◆お問合わせ・申し込みは
 musette@bal-musette.com に空メールを送信。送られてくるエントリーシートに必要事項を記入、再度返信でエントリー完了
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2011/09/10

ココロもトロけるソフトクリーム

あったかい気持ちをありがとう。
ソフトクリーム被災地キャラバン presented by 日世

okashi_1hourou.jpg【Photo】追波湾に流れ着く北上川河口域には、ベッコウシジミや十三浜のワカメなどを育む豊かな生態系を生む広大な葦原があった。津波でこの風景が一変する5ヶ月前の2010年10月11日、石巻ロケが行われた映画「エクレール・お菓子放浪記」より。74名もの児童が命を落とす痛ましい悲劇の舞台となった大川小学校はこのロケ地の対岸にある
©2011「エクレール・お菓子放浪記」製作委員会

 西村滋の自伝的小説を映画化した「エクレール・お菓子放浪記」《Link to Website 》のキャッチフレーズは「お菓子はやさしさを運んでくる。」エキストラとして出演した石巻市民の2/3が津波で命を落とし、跡形もなく全壊した映画館「岡田劇場」など、映画の随所に登場するメーンロケ地・宮城県石巻市の原風景の記憶は、今となっては映像の中に刻まれるだけとなりました。

hashiura_ishinomaki2011.9.jpg【Photo】石巻市北上町橋浦と釜谷地区を結ぶ新北上大橋は津波で一部が流出。橋が架かる東北最大の大河・北上川河口部の流域面積が日本一だった葦原も被災直後は壊滅と伝えられたが、再生が進みつつあり、ベッコウシジミ漁も残された船で再開した ※Photoクリックで拡大

 幼くして両親を亡くした主人公アキオ少年が、孤児院を脱走するも、空腹に耐えきれず菓子を盗んだところを刑事の遠山に見つかります。事情を察した遠山の取り計らいでアキオは少年院ではなく感化院に入所することになります。そんなアキオに遠山が差し出したのは二つの菓子パン。

okashi_2hourou.jpg 生まれて初めて心ゆくまで味わう甘味にアキオは魅了されます。大好きなお菓子に生きる希望を託し、さまざまな人との出会いと別れを繰り返しながら、戦中戦後の混乱した時代を生き抜いてゆくアキオ。その健気な姿に被災地の明日を担う子どもたちをつい重ねて見てしまうのは、私だけではないでしょう。
©2011「エクレール・お菓子放浪記」製作委員会

 エクレア(Éclair=フランス語読みでエクレール)が歌詞に出てくる童謡「お菓子と娘」をアキオに教える感化院の教師・陽子は、「あなたがお菓子になって、みんなの心を優しい気持ちにしてあげて」と諭します。思わず顔をしかめる辛さ、苦さ、酸っぱさとは違って、甘いお菓子は人を幸せな気持ちで満たしてくれるもの。

 今、被災地にお菓子を通した支援の輪が広がっています。

 江陽グランドホテル(仙台市青葉区)で9月4日(日)に催されたキリンビバレッジ主催「紅茶で笑顔を、ティーパーティー」には、避難生活を送る石巻市や女川町などの子ども243名と保護者220名が招待されました。同社の「午後の紅茶」とともに振舞われたのは、被災地から参加した45人の宮城県洋菓子協会加盟のパティシェが作る県産イチゴやブドウ・バナナなどを使ったフルーツケーキ。何かと不自由を強いられる避難生活を送る子どもたちは、顔を輝かせながら一心にケーキを食べていました。

nikkun_seichan.jpg ニックン・セイチャンのキャラクターでもお馴染みのソフトクリーム総合メーカー「日世(本社:大阪府茨木市)は、切迫した被災地の状況が報道されていた3月下旬、社業を通じて復興を応援するという方針を打ち出します。ソフトクリームを製造するフリーザーを積み込んだ車で被災地に赴き、美味しいソフトクリームを無償で提供、避難生活を送る人々に笑顔を取り戻してもらおうという「日世ソフトクリームキャラバン」はこうしてスタートします。(※ 詳しくはコチラ⇒ http://www.nissei-com.co.jp/dreamcar.jsp

 ソフトクリームが日本に初めて上陸したのは、戦後の厳しい食糧事情が続いていた1951年(昭和26)7月3日に神宮外苑で催された進駐軍主催のカーニバルだったとされます。アキオがお菓子に夢を託した時代、ソフトクリームを広く日本中に紹介したのが、日世です。朝鮮戦争の特需に沸く日本各地には、進駐軍からフリーザーが払い下げられてゆきました。百貨店の食堂やカフェで提供された甘くひんやりトロけるソフトクリームは、焦土と化した国土の再建に向けて走り出した日本人の心を捉えたのです。

dreamcar_nissei.jpg【photo】つい目尻が下がる美味しい北海道ソフトクリームを仕事の合間に頂けるという思わぬプレゼントに時ならぬ長蛇の列ができた河北新報社本社1階の旧新聞用紙搬入ゲート

 車両の改造を行うにも物資調達がままならない当時の状況を打開し、6月末に完成したのが特注の「日世ソフトドリームカー」です。津波で107名が犠牲となった宮城県七ヶ浜町の仮設住宅で500食を提供した6月29日(水)以降、太平洋側の東北3県にある学校・幼稚園・保育所・避難所などでたくさんの笑顔を届けてきたキャラバンご一行が、石巻での支援活動を終えた9月2日(金)の夕刻、被災地の報道機関として奔走する河北新報社員にも心和むひと時を贈りたいと、勤務先を慰問に訪れて下さいました。

nissei_freezer.jpg【photo】一時は製造が追いつかなくなるほどの盛況ぶりに、スタッフの方たちはフル回転

 「あの極限状況にあって新聞が届くとは思っていなかった」という声が多く寄せられた被災翌日。襲いかかる幾多の困難を乗り越えて被災実態を伝える朝刊をお届けできた要因のひとつが、市内泉区にある免震構造の印刷工場です。2003年(平成15)末に新工場が稼動する以前に輪転機が据え付けられていた本社社屋1階は、現在倉庫として使われています。17時過ぎ、社内アナウンスで、かつての新聞用紙搬入ゲートに日世ソフトドリームカーが到着したことが告げられると、あっという間に長い行列が。
 
 白と小麦色のソフトクリームのようなツートンカラーの車体に積み込まれたのは、毎時240個の製造能力を備えたサーバー2基。フル稼働する日世スタッフの方にご提供頂いたのは、業界のリーディングカンパニー日世が誇るプレミアムソフトの最高峰「ソフォーレ」と双璧をなす「北海道ソフトクリーム」。北海道の大自然が育んだ厳選された生乳と生クリームのみを原料に使用しているのだといいます。

hokkaidou_soft.jpg【Photo】贅沢な風味はまさにプレミアム。滑らかでコクのあるリッチな味わいの北海道ソフトクリーム

 上質なシルクのような滑らかな口どけとともに乳脂肪分8%、無脂乳固形分10%の濃厚なミルクの甘さが口腔を満たしてゆきます。プレミアムというだけあって、コクのあるまったりとした味わいは感動もの。現在の「伊達なソフトクリーム」になる以前、大崎市岩出山「あ・ら・伊達な道の駅」で出していた忘れがたいROYCEソフトクリームをも凌駕する贅沢な味わいを楽しみました。

 思いもかけぬプレゼントに大喜びの女性社員はもちろん、日頃は時間に追われ眉間に皺をよせた男性の同僚たちも、ソフトクリームを手にすると自然と笑みがこぼれてきます。翌日は仙台市内の被災地域にある保育所や公園でソフトクリームの提供活動を行う予定だという日世ソフトクリームキャラバンのスタッフの方たちの優しさと、思えば震災発生後は初めて口にするソフトクリームの際立った美味しさに感激もひとしおでした。

 たくさんのやさしい気持ちを運んで下さった日世ソフトクリームキャラバンの皆さん、本当にありがとうございました。
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2011/08/28

ばんつぁん市 I'll be back.

まだ見ぬ憧れの君は年上の...
 @大崎市岩出山

karinto_okubo.jpg 仙台からR4を北上、県下で唯一の村となった大衡で枝分かれするR457を色麻・加美と進むと、旧岩出山町(現大崎市)となります。米沢から移った伊達政宗が仙台に居城を構える前、本拠地としていた岩出山は、落ち着いた城下町の面影を残します。一斗缶に入った「おおくぼのかりんとう」でも有名ですね。

【Photo】大久保製菓の定番かりんとう。ごま・黒ごろもの2種類が入ったこの一斗缶(2,100g)のほか、ビニール袋入り(400g)も。R47「あ・ら・伊達な道の駅」(大崎市池月)ほか、R457を町内に入り最初のT字路角にある店頭に一斗缶を山積みしている坪田菓子店などで取り扱う

door_k'santique.jpg【Photo】エッチングガラスのエレガントな文様が気に入って岩出山にあったころのK'sアンティークで購入した19世紀末英国製パイン材ドア。現在はキッチンの扉として納まっている ※click to enlarge

 5年ほど前、仙台市泉区に移転した庄イタご用達のアンティーク家具を扱うショップが、以前は岩出山にあったので、当時は毎月のようにルートとなるR457を通っていました。その頃からずぅ~っと気になっていた店と呼ぶには、いささか気が引けるような年季の入った建物が道沿いにあります。看板には「ばんつぁん市」とあり、毎週水曜・土曜のみ営業とだけ最初の頃は書かれていたように思います。しかしながら、そこが開いているところに出くわしたことは一度たりともありません。
 
 高齢化が進む農村だけに、閉鎖されたまま放置されているのかとも思い、岩出山町民のアンティークショップ・オーナーKさんにその店のことを尋ねると「すごいよあそこは」という返答が帰ってきました。どのようにスゴいのかはこの目で確かめたわけではないので、その言葉の意味するところは謎のまま。これまで宮城県の農業は、米作中心だったため、在来作物の宝庫・庄内のように地域性のある特徴的な産直施設に出くわしたことがないというのが偽らざる私の本音。

bantsuan_ichi.jpg 【Photo】土壁が落ち、和製アンティークのような佇まいを見せていた(?)かつての「ばんつぁん市」。R457(写真左)沿いに建つ

 お姉さんを指す庄内弁が店名となった「あねちゃの店」(鶴岡市羽黒町狩谷野目)も特色ある産直が居並ぶ庄内でも屈指の"濃い"店ですが、宮城県北の方言で、おばあさんを意味する「ばんつぁん市」は、決して負けていません。キュウリはキュウリ、ジャガイモはジャガイモと臆目もなく売っている没個性な産直には事欠かない宮城にあって、異彩を放つ強烈なインパクトがありすぎるネーミングではありませんか(笑)。古びた納屋を利用した素っ気ない店が気になりつつも、ついぞそこに足を踏み入れることはありませんでした。

 岩出山に足繁く通っていた当時から、よく立ち寄っていたのが色麻町R457沿いの自然食レストラン「Rice Field ライスフィールド」です。浦山利定さんが自然農法で育てるササニシキと自家製野菜や山の恵みを中心にしたオーガニック料理を頂くことができます。27日(土)、毎年これを食べないと夏の訪れを感じなくなくなった夏限定「トマトとナスの冷製スパゲッティ」を今季初めて堪能、土曜日で営業しているはずのばんつぁん市を目指しました。

ricefield_pomodorimeranzani.jpg ricefield_urayama.jpg【Photo】色麻町「Rice Field ライスフィールド」の夏季限定メニュー「トマトとナスの冷製スパゲッティ」は、ご覧の通り夏の陽射しをたっぷりと浴びた具材がてんこ盛り(800円・左写真)
気さくに常連客との会話に応じるオーナー浦山さん(右写真)は、フレンチの鉄人・坂井宏行シェフと見まごう風貌の持ち主。仙台市役所前の勾当台市民広場で毎月開催される「朝市夕市ネットワーク」定期市にも出店、自然栽培のコメなどを販売

sign_bantsuan.jpg ばんつぁん市に着いたのが13時すぎ。久々に訪れた店の前は道路が新たに整備され、立て看板が少し増えていました。変わらないのはこれまでと同様店を閉めていたこと。おかしいなぁ、と思いつつ、「毎週水・土曜日 午前6:00~午 :00 ちょこっと寄ってがいん!(=「ちょっと立ち寄っていって!」を意味する宮城県北の方言)」という看板に促されるように敷地の奥に建つお宅へと足を踏み入れました。

 窓が開かれた居間の網戸越しに聞こえてくるのは、楽しげな女性たちの声。声の感じからそれなりにお年を召された女性たちであろうことが窺えました。こちらから中に声を掛けると、網戸越しに振り向いたのは3人のおばあちゃん。御簾(すだれ)越しに会話する平安貴族のような(?)状況です。

 「恐れ入りますが、ばんつぁん市は今日お休みでしょうか?」
 
 網戸越しゆえ、紗がかかって表情まではよく見えませんが、一番奥にいらした方があっけらかんと答えて言うには
 
 「朝からやってたけど、もう今日は終わりました」

bantsuan_ichi2.jpg その言葉で私はおおよその事情を察しました。夜がまだ明けやらぬうちに農作業は始まります。朝6時から営業とだけ看板にある通り、売り切れ次第終了なのです。お三方は、ばんつぁん市を支えるメンバーなのでしょう。おばんつぁんたちは、午前中で生き甲斐でもある店を閉め、昼下がりの茶飲み話に花を咲かせていたのです。

【Photo】店の周囲が小ぎれいになり、縦看板が設置されたばんつぁん市 ※click to enlarge

 産直施設は全国にさまざまありますが、朝6時から始まり、午前中で終わってしまう店は、そうは無いでしょう。無駄足になったにもかかわらず、楽しげに談笑するおばんつぁんたちの様子に、私まで愉快になりました。あのパワフルさなら、またいつでも訪れることができるはず。日本軍の侵攻でコレヒドール島を撤退するマッカーサー、ないしはシュワルツェネッガー演じるターミネーターの心境に至ったのでした。

 「また出直します(≒ I shall return.ないしはI'll be back.)」そう言い残してそこを後にしました。冬ごもりに入る11月末までに、店の奥に談話スペースがあるのを目にしたあの店で、まだ見ぬおばんつぁんの君と逢瀬を果たすため、光源氏のようにいそいそと足を運ぶつもりです。

 いづれの御時にか、おばんつぁん、あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき庄内系にはあらぬが、すぐれてときめきたまふ。
Genji_emaki_TAKEKAWA_Large.jpg【Photo】ばんつぁん市には未到達ながら、御簾(みす)越しに繰り広げられた平安貴族の恋物語「源氏物語」さながらの状況を体験した夏の終わりの昼下がり... 

国宝「源氏物語絵巻」より「竹河」/ 徳川美術館所蔵


【注】女性を放っておかない典型的なイタリア男カサノヴァのようなプレイボーイの日本における代表格といえば光源氏(ローラースケートを履いていない方)。紫式部風に締めくくりましたが、庄イタは光源氏ほど女性の守備範囲は広くはなく、ましてや倒錯的な過熟女趣味はありません(爆)

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ばんつぁん市
住:大崎市岩出山下野目南原95
Phone:0229-72-3206
営:5月~11月 6:00~なくなり次第終了
水曜・土曜日
Pあり(普10台)
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2011/08/13

不死鳥のごときブドウ

桔梗さんは津波に屈しない

20110812kahoku.jpg

 3月11日から5ヶ月を経た今月11日、福島と県境を接する宮城県亘理郡山元町では、町主催の合同慰霊祭が行われました。その模様が、昨日の河北新報朝刊で報じられています。

 16,600人の町民のうち、710名が死亡、7名が行方不明となった山元町。1,600名が参列した慰霊祭で「お別れの言葉」を述べた遺族代表2人のうちのひとりが、同町で1902年(明治35)に創業し、宮城県内唯一の自家詰めワイナリー「桔梗長兵衛商店」の当主で津波の犠牲となった桔梗 幸博さん(54)の奥様、理恵さんでした。

uva_kikyo.jpg【Photo】
震災発生から5ヵ月目を迎えた8月11日、同町山下中学校体育館でしめやかに行われた山元町合同慰霊祭(上写真)
ワイナリー周辺に咲く花を描くのが好きだったよし子さんが描いたブドウの絵(左写真)。基礎だけが残る玄関跡に落ちていたので、屋根が残る醸造所に移しておいた

 ご主人と義母のよし子さん(79)を今回の震災で亡くした理恵さんは、「2人の無念を思うと涙が止まらないが、生かされた命を大切にし、精一杯生きてゆきたい」と言葉を詰まらせながら祭壇に向かって呼びかけました。

 当日、同じく合同慰霊祭を行った亘理町から山元町にかけての津波が襲った耕作地では、土壌の除塩作業に協力しあう人の姿を多く目にしました。汚れちまった悲しみに覆い尽くされた被災地にも、かつての日常を取り戻そうという人々の努力によって、少しずつ変化が生まれています。

uva_yamamoto.jpg【Photo】桔梗長兵衛商店(写真中央奥)に納入するブドウを育てていた契約畑には新たな苗が植えられていた

 その日、被災後初めて訪れた桔梗長兵衛商店は、記憶の中にあるかつての姿と重ね合わせるのが不可能なほど様相が変わっていました。うず高く積まれた瓦礫置き場の向かいにある桔梗さんのお住まいは基礎部分が残るだけで、醸造施設だけがかろうじて姿を残すのみ。

 花好きだったよし子さんのスケッチブック・充填機・ビンなどが砂に混じって散乱する内部は、あの日から時間が止まったかのよう。宮城県内唯一の歴史あるワイナリーを襲った過酷な現実を目のあたりにし、改めて胸が締め付けられます。犠牲となったお2人のご冥福を祈って手を合わせました。

【Photo】桔梗屋の葡萄液ことブドウジュース

succo_uva.kikyo.jpg 道路を挟んだ海側に目を転じると、自衛隊が整地し、持ち主が土壌の除塩を行ったのでしょう、まばらに植えられたブドウの若木が育つ一角がありました。枝の剪定や蔓の誘引など、きちんと手入れがされています。自宅の片付け作業中だった畑の持ち主に声を掛けて話を伺うことができました。ワインと並ぶ桔梗長兵衛商店の看板商品だった葡萄液に加工する北米原産のブドウ「コンコード」を代々栽培してきたというご主人。被災した現在は仮設住宅に入居しながら、ブドウの世話をしているのだそう。宮城では唯一、栽培が綿々と行われてきたこの地域ならではのブドウに対する愛着を感じさせてくれました。

 そして桔梗さんのことに話が及ぶと、思いもかけない言葉を私は耳にしたのです。

  「桔梗さんが育てていたブドウが何本か残っているよ」

uva2_yukihiro.jpg 先ほどまでいた醸造所から見た桔梗さんの畑もまた、津波によって根こそぎにされていました。そこは、もはや雑草が繁茂する荒地としか目に映りません。予想だにしない言葉に促され、足を踏み入れたかつての畑は、雑草の根元が津波が運んだ塩分を含む海砂で覆われています。砂浜に生える草のような雑草は、膝まで埋まるほどの丈に伸びていました。

【Photo】破壊された醸造所(写真奥)に隣接する桔梗さんのブドウ畑。一面の雑草が生い茂る荒地と化したと思いきや...

uva_yukihiro.jpg uva3_yukihiro.jpg【Photo】津波の直撃を受け、塩害の影響があるにもかかわらず、強靭な生命力で試練を耐え抜いた桔梗さんのブドウ。青々とした葉を付けて実を結び、不死鳥のように枝を伸ばす先の空には、桔梗さんの不屈の遺志を表すかのようにハート型の雲がかかっていた

 根をしっかりと張った古木ゆえ、たとえ津波で根こそぎにされず残っていても、塩害で立ち枯れしているのだろう。そう思いつつ歩みを進めた私は、ブドウの樹の前で目を疑いました。なんとブドウは青々とした葉を付けていたのです。もはや世話をする人がいなくなったため、枝と蔓が複雑に絡まりあってはいますが、中には小さな緑の房を結んだ樹すらあります。

 「よくぞ耐え抜いて...」思わず私はブドウに語りかけていました。生活のすべてを無残に破壊し、醸造家の命まで奪った大津波。過酷な状況を不死身の生命力をもってして乗り越え、逞しく生き抜いたブドウを前にして、さまざまな想いが去来しました。

 合同慰霊祭で理恵さんが誓った通り、大学で醸造を専攻する娘さんら残された家族4人で精一杯これからの人生を歩んでいくことでしょう。天国に召された幸博さんとよし子さんが、その歩みを先代と幸博さんが大切に育ててきたブドウの葉陰からきっと見守ってくれるはずです。

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2011/08/06

これぞ言霊(ことだま)

マカロンの摩訶不思議

piatto2011_8.jpg 昨年10月に新創刊したPiatto ピアットは、来月号から大幅に誌面を刷新します。リニューアル直前の今月の特集は、山形・福島と続いた「かわいっぴん」シリーズ第3回。これまでは伝統に新たな感覚を加えた工芸品や生活雑貨を取り上げてきましたが、今回は従来の路線に新たな視点を加え、震災被害から立ち上がり歩みを続ける宮城の逸品をセレクトしました。

 かわいい食べ物といえば、意匠を凝らしたケーキをまず連想します。甘いものの食べ歩きだけでなく、休日は家族のために自ら菓子作りを買って出るというスイーツ男子こそ、Piattoの前身にあたるマンスリーマガジンALPHAの頃からお世話になっているディレクターのゴーゴー氏。

 当時のスタッフブログで明かされたDolce Vita (=甘い生活)ぶりはコチラ。
 http://blog.kahoku.co.jp/alpha/staff/archives/2010/07/post_59.html
 http://blog.kahoku.co.jp/alpha/staff/archives/2010/08/post_67.html

alpha_2002.2.jpg 甘いものに目がないゴーゴー氏イチオシだったのが、3月の震災で店舗を襲った津波により、一階部分が浸水、製造機械類が使えなくなったため、7月初旬まで休業を余儀なくされた宮城県多賀城市「Kazunoli Mulata」の看板商品マカロンです。この店、ALPHA2002年2月号「あま~い生活」では、「フランス菓子シセイドウ」という旧店名時代に取材しています。当時からマカロンは人気がありましたが、クレームブリュレと並ぶ私のオススメだったモンブランを9年前は取り上げました。

【Photo】当時編集を担当していた私以外にも「この表紙、超・懐かしい~~っ!!」と仰る方もおいでかと。ALPHA2002年2月号

 撮影を終えた現場では、準備したマカロンを囲んで、編集スタッフ全員で試食しました。自宅から遠方のため、3年前に店名が Kazunoli Mulata と変わって以降は訪れることがなかったこの店。定番の10種類に加え、季節ごとに限定の2種類が加わり、全12種類がラインナップされるマカロンは、予約必須の人気で午前中には売り切れるのだとか。「あんまり美味しいんでボクはいっぺんに全部食べちゃうんです」と熱く語るゴーゴー氏に唖然としながら、しばしマカロン談義に花を咲かせました。

【Photo】前世イタリア人のみならずフランス人もその味に感嘆するという Kazunoli Mulata のマカロン。化粧箱入りプレミアム・マカロンBOX(12個入)

kazunoli_mulata.jpg 私が頂いたのはイチゴとピスタチオ。素材の風味が活きた優しい甘さのクリームとアーモンドが香るサックリとしたメレンゲ生地のハーモニーが絶妙です。この上は、コーヒー・抹茶・ココナッツ・ショコラ・キャラメル・レモン・ゴマ・ショコラ&カシスなど、ほか10種類のお味が気になるところ。これは即予約せねば、と思ったのでした。

kazunoli2_mulata.jpg 翌7月14日(木)の朝は、多賀城在住のプランナーSさんと別件で打合せが入っていました。「先日営業を再開した近所の人気店から今朝買って来ました」と切り出したSさんの手には、Kazunoli Mulataの12個入りマカロンがしっかりと握られていたではありませんかっ!!

 これぞ言霊(ことだま)の成せる奇跡。どうやら今年の運はこれで使い果たしたみたいです。

【Photo】今月号でご紹介した仙台市太白区秋保のガラス工芸作家、鍋田 尚男さんの夏らしい涼しげな皿とマカロンの饗宴。「棚からボタ餅」ならぬタナボタ・マカロン。うまかった~。


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Kazunoli Mulata カズノリ ムラタ
住:宮城県多賀城市町前3-2-25 (ホテルキャッスルプラザ向い)
Phone:022-362-7767
URL: http://www.kazunoli-mulata.com/
村田和範オーナー・パティシェのブログ ムラタ山荘 http://blog.goo.ne.jp/kazunoli_2008
営: 平日 9:30~19:30
   日曜・祝日 9:30~19:00
定休:毎週火曜日・月半ば水曜日 / 1月と8月に連休あり

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2011/07/23

アクロバットもスゴイんです

プルチネッラ.jpg世界第3位・銅メダルの妙技。
飛ばして、回して、回って、回る~ 夢想花ならぬ
夢想ピッツァ@Pizzeria Padrino

 本場ナポリの味を伝える「真のナポリピッツァ協会」認定店の証しである道化プルチネッラの看板を、私の気持ちの中では既に掲げている「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」〈Link to backnumber〉。イタリア・ナポリから5月にやって来るはずだった認定審査員が、震災と原発事故のため来日を取りやめたため、宮城初の認定店誕生は秋に延期となりました。Twitter で庄イタをフォローして下さっている方にだけは、一次審査をパスした時点で、店名を伏せてつぶやいていましたが。

 本登録に向けた肩慣らしを兼ねてか、プリモ・ピッツァイオーロの千葉 壮彦(たけひこ)さんが、先月ナポリ郊外の町「Nolaノラ」にある大規模な商業施設内で開催された「PizzaFesta ピッツァフェスタ」の「X Campionato mondiale del pizzaiuolo 第10回ピッツァ職人世界選手権(通称:Trofeo Caputo カプート杯)」に出場しました。

全員集合.jpg【photo】イタリア各地はもちろん、アメリカ・ブラジル・日本・スペイン・フランス・イギリスなどからピッツァ職人世界選手権に出場した各国のピッツァイオーロ

 「Associazione Pizzaiuoli Napoletani ナポリピッツァ職人組合」が主催するこの競技会には、イタリア本国はモチロン、北米・南米・ヨーロッパ各国など世界中から腕自慢のPizzaiuolo(ピッツァイオーロ=ピッツァ職人)が参加します。メイン競技となるピッツァナポレターナS.T.G.部門で、昨年イタリア人以外で初優勝したのが、名古屋市中区にある真のナポリピッツァ協会認定店「Cesari チェザリ」牧島 昭成さん。

東北魂.jpg【Photo】競技に臨む千葉 壮彦さん(左)と、昨年の世界最優秀ピッツアイオーロ牧島 昭成さん(右)

 ナポリピッツァ本来の姿を追求する牧島さんが在籍するチェザリは、ピッツェリア・パドリーノと同じくセルフサービスを導入、直径25cmのマリナーラを350円、マルゲリータ550円という、あっぱれなナポリ現地価格で提供。いつも長蛇の行列が絶えないのだといいます。

 現在のところ3人しかいない「ナポリピッツァ世界大使」としてナポリピッツァ職人組合から任命された牧島さんは、本場の味を多くの人に楽しんでもらおうと、ナポリピッツァを提供する店が無い空白地域や今回の震災被災地に赴き、移動式の薪窯で焼きたてを無償提供する「夢ピッツァ」活動も実践しています。

     

 全国から駆けつけた35人のピッツァイオーロによる宮城県山元町・亘理町などで行われた炊き出しには、地元からピッツェリア・パドリーノ千葉さんや車に窯を積んだ移動ピッツェリア「ベルテンポ」荘司 洋典さんらが参加。東北からは盛岡「Piace ピアーチェ」八柳 達彦さん、横手市十文字町「こじこじ」佐藤 直樹さん、鶴岡「緑のイスキア」庄司 祐子さん・健人さん〈Link to backnumber〉らが参加。食を通して被災地の子どもたちを支援しようというOne Life Japan プロジェクト発起人のサルヴァトーレ・クオモ氏と協力して七ヶ浜町や南相馬を訪れるなど精力的に活動。今後は石巻や陸前高田での炊き出しも予定しているとのこと。

日本ブースにて.jpg

 第9回大会で世界最優秀ピッツアイオーロの称号を手にした牧島さんの余勢を買い、国外では最大規模となる40名のピッツァイオーロが今年エントリーしたのが日本。千葉さんは、独学でマスターしたというアクロバット部門にエントリーしました。なでしこジャパンの世界一達成という偉業に隠れてしまった格好ですが、結果は3位。

 先日、14時前にピッツァ・マリナーラを食べに行った際、オネダリをして銅メダルの妙技を披露してもらいました。忙しい時間を除けば、練習用の生地でその技を快く見せて頂けるかもしれません。純粋にエンターテインメントとして、専用のピザ生地を回転させながら観客に向かって投げ飛ばすThrow Dough なるパフォーマンスとして変化させたアメリカのような国もありますが、ピッツァは食べてなんぼ。パフォーマンスだけをお願いするのはご遠慮くださいね(笑)。まずは下記動画でその技をご覧下さい。

  

 焼いて良し、飛ばしてよし、回してよしのこの見事な腕前。ナプレの香坂師匠やナポリのDi Matteo だけでなく、海老一染之助・染太郎師匠にも弟子入りしてたんじゃ...。(「Bravo!!」と声を掛ければ、いつもより余計に回してくれるはず)

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Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ
住:仙台市青葉区上杉2-1-50 勝山館1F
Phone:022-222-7834
営:昼11:30~15:30 夜17:30~20:30
  月曜定休(祝日の場合は翌日休)
URL:http://www.shozankan.com

2011/06/12

海の男は不屈だった@気仙沼

絶品サンマ佃煮の復活を祈って

kesennuma_myojinmaru.jpg【Photo】津波によって陸上に打ち上げられ、5月23日にクレーン船でようやく海に戻された女川港船籍の遠洋マグロ延縄船「第3明神丸」(379トン・左)と、船首を除いて焼けただれた漁船(右)。写真奥が気仙沼市魚町周辺。4月9日撮影

 発生から3ヵ月が過ぎた東日本大震災。巨大津波が襲った三陸沿岸の被災地では、津波の爪痕と同様、心に受けた傷から必死に立ち直ろうとしています。23年分のゴミに相当するといわれる瓦礫の撤去は、2割ほどが仮置き場に移送されたに過ぎず、順次入居が始まった仮設住宅も、必要数の半分に過ぎない中で、被災者は生活再建に向けた長い道のりを歩み始めようとしています。

sakanamachi_2011.4.9.jpg【photo】被災後1ヵ月になろうとする4月9日、瓦礫と化した人の暮らしの痕跡や重油タンクが無残に散乱する気仙沼市魚町。この駐車場の右隣りにケイの建屋がある

 高濃度の放射能を含んだ冷却水が漏れ出して海洋汚染の懸念が高まる原子炉のメルトダウンという重大な事実を発表しなかった東京電力の姿勢には、怒りを通り越して呆れるばかり。国策として原発建設を推し進めた当事者である野党を含め、党内ですら政争に明け暮れる為政者たちは、復興の道筋すら示されず、焦燥感に駆られる被災者の声に耳を傾けるつもりはないのでしょうか。

 被災前、私が気仙沼を訪れると必ず買っていたものがあります。それは有限会社ケイの「網元逸品 さんまつくだ煮」。最初にその味を知ったのは、ご縁あって気仙沼市魚町に事務所を訪ねた5年ほど前。気仙沼湾に面した海岸沿い建つ加工場を備えた事務所兼住宅は、1897年(明治30創業)に創業した「菅長水産」時代のもの。

 かつて幾艘もの漁船を率いた網元の正月の神棚(下写真)。「開運福禄寿」や気仙地方特有の漁網をかたどった切り子が祀られる。今も海とともに生きる菅原啓さん、義子さん夫妻が営むケイの事務所でご馳走になったのがきっかけです。

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【Photo】遠洋マグロ漁船の一大拠点であった気仙沼港。燃料の高騰や漁獲量の減少などで往時の1/3以下に減船を強いられた。出港する大型サンマ船などを、乗組員の家族や市民が豊漁と航海の安全を祈って盛大に見送る「出船送り」の風習が昨年5月に復活。活気ある街を取り戻そうという試みが行われていた矢先、未曾有の災害が気仙沼を襲った(下写真:2011年1月撮影。被災2ヶ月前の気仙沼漁港)

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【Photo】魚を知り尽くした元・網元が作るさんまつくだ煮。絵心のある奥様の血を引く娘さんが描いた「あみもとあみちゃん」が美味しさと笑顔の輪を広げる(右写真)

kei_sanma1.jpg 国内有数の遠洋マグロ延縄漁業拠点として栄えた気仙沼の海で生きてきた人らしく、青地に白い漁船のイラストをあしらった詰め合わせ用の青い箱は、素朴な手作り感溢れるもの。

 「どうぞ召し上がってみて」という義子さん。商品化して間もない2005年(平成17)、毎年大阪で開催される「全国水産加工たべもの展」に出品したケイのさんまつくだ煮は、水産物佃煮部門で最高賞の農林水産大臣賞、次点の水産庁長官賞に続く大阪府知事賞を受賞しています。全国から選りすぐった約3,000点の中から認められた気仙沼の逸品を勧められて遠慮する手はありません。

kei_sanma2.jpg【Photo】手描きのパッケージと同様に素朴だけれど、たまらなく美味しいケイのさんまつくだ煮味付けは、醤油味と味噌味(写真)のほか醤油味ごぼう入が加わり全3種類。味付けに使う無添加の味噌・醤油を作っていた市内の老舗「平野本店」が、津波被害を免れたのが救い

 なるほど、それはそれまで食べた中では、間違いなくダントツに美味しく、それでいてどこか懐かしさを覚えるサンマの佃煮でした。天然素材だけを使う旨味が詰まった骨まで柔らかい佃煮は、常温でも温めても、最高のご飯のおかずとなります。そんな正直な感想をつい言ったものですから、同行した社の後輩ともども、温かいご飯まで奥様に持ってきていただき、すっかり恐縮したものです。

 漁場として世界でも稀な好条件が揃った三陸の海。気仙沼はリアス海岸特有の入り組んだ地形の湾口に気仙沼大島があるため、波静かな天然の良港です。毎年秋、滋養豊富な親潮に乗って養分をたっぷりと体内に蓄えながら三陸沖を南下してきたサンマを集魚灯で集め、魚体へのダメージが少ない棒受網漁ですくい上げるよう捕獲します。

kei_sugawara.jpg【Photo】気仙沼ならではのさんま佃煮の傑作は、こうして海の男が工房でじっくりと時間と手間をかけて作り出す。(上写真) 被災後初めて伺った当日はお会いできなかったものの、後日NHK仙台放送局の番組「被災地からの声」に登場、「あんまり頑張らずに頑張ります」と語った菅原 義子さん(右下写真・NHK番組画面より)yoshiko-sugawara.jpg

 ケイで用いるサンマは水揚げ後すぐに氷漬けされ、マイナス40度で冷蔵されます。こうして鮮度を保ったサンマに下処理を加え、「すぐそこで作ってもらっているのよ」という醤油・味噌をベースに、みりん・日本酒・生姜・唐辛子で味を整え、照りを出す水飴を加えてじっくりと愛情込めて煮込みます。

 私のお気に入りは味噌味。旨味の塊のような味付けは真似のできない美味しさです。すっかり入れ込み、気仙沼魚市場前の海鮮市場「海の市」や、同市八日町の「横田屋本店《Link to Website》 」で購入するだけでなく、時には事前に菅原さんにお願いして業務用の大容量パッケージを事務所で譲って頂いたりもしました。

sugacho_suisan.jpg【Photo】気仙沼湾の目の前に建つケイ本社兼住宅。津波は建物2階の天井部分まで押し寄せ、菅原さんご夫妻は従業員ともども3階に逃れ命拾いをした

 気仙沼大島が防潮堤の役割を果たしたとはいえ、今回の津波は気仙沼市街地では、海抜12mの地点まで達しました。もともと水産会社だったケイの事務所は、観光桟橋がある気仙沼湾の最深部に位置し、海に面した場所にあります。電気が復旧してからTVで目にしたのが、鳴り響く警告音と避難を呼びかける防災無線の中、台風で増水した濁流のように気仙沼湾内に流入する津波の模様でした。その衝撃的な映像に安否が気になったのが菅原さんご夫妻のことでした。

 県がまとめた避難者名簿には名前が見当たらず、電話回線が遮断して安否が分からないまま、不安な気持ちでいた3月中旬、建物の2階まで押し寄せた津波を3階に避難して難を逃れた気仙沼市魚町の菅原啓という76歳の人物のコメントが、新聞に掲載されていることをネットで知りました。魚町近辺で3階建ての建物で命拾いをした同姓同名のほかの人物がいるとは思えません。この小さな記事でご主人の無事を確信しました。

messagio_sugawara.jpg【Photo】ご夫妻の無事を知らせる走り書き

 震災発生から1ヵ月近くを経た4月9日(日)、避難所へ生活物資を届けるために被災後初めて気仙沼入りした足でケイの事務所を訪れました。ダンボール紙にご夫妻の無事を知らせる走り書きのメッセージがあるそこにご夫妻はお留守でしたが、家を流されて3階で一緒に暮らしているという親戚の方から、被災当時の模様と、あみもとあみちゃんのようにいつもお元気な奥様が、事業再開に向けて張り切っていることを伺って安心しました。

 被災見舞いに伺ったにもかかわらず、津波に浸からなかった佃煮を私に下さる始末で、お渡ししようとしたお代は、どうしても受け取って頂けませんでした。事務所の泥かきをしている所に伺って、なんとも申し訳ないことをしました。

 同社のさんま佃煮に惚れ込み、人気の駅弁「宮城まるごと弁当」の一品として扱っていた弁当製造業の「株式会社こばやし」(仙台市宮城野区)でも、動き出したケイの事業再開に合わせて絶品のさんまつくだ煮を具材に復帰させる予定とのこと。

 幾度となく荒海を乗り越えてきた網元ご夫妻のこと。再びあの味と出合える日がまた来ることでしょう。

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2011/05/07

La felicità di una tazza di caffè (コップ一杯の幸せ)

おいしさが溢れ出すカフェ・ラッテ。
えっ? 200円なの!?  @Cafe de Ryuban

 3.11東日本大震災では、暮らしに欠かせないライフラインが軒並み大きな打撃を受けました。仙台圏の都市ガスもその例外ではありません。地元最大のガス事業者である官営の「仙台市ガス局」だけで対応するには、余りに甚大な被害ゆえ、その復旧には、旭川から宮崎まで全国51のガス事業者で編成された延べ8万人に及ぶ復旧応援隊が、昼夜を問わず作業にあたりました。
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【Photo】店頭のケースにはシングルオリジン(=単一農園)やブレンドの厳選ビーンズ〈clicca qui〉がズラリ。装いを新たにしたCafe de Ryuban

 インフラが停止した地震直後の数日に及んだ急場をしのぐ間は、苦労して確保したカセットコンロや比較的復旧が早かった電気を熱源としたため、火力が強いガスの炎で調理した料理など望むべくもありませんでした。仙台では周辺部から復旧作業が行われたため、中心部にガスの火が戻るまでには、ほぼ1ヵ月を要したのです。流出した家屋を除く復旧対象の約32万9千軒について、5月4日までに開栓作業が完了しました。駆けつけて下さった復旧隊の皆さん、本当にお世話になりました。

 到底3月とは思えぬ寒さが続き、電気も戻らぬロウソクのもとで、口にできたにしても、せいぜいおにぎりやカップラーメンだった震災発生から一週間を経た当時、営業を再開した飲食店で頂く温かい食事が、どれほど疲弊したココロを癒してくれたかしれません。ガスの停止によって、通常営業ができないまでも、一杯の香り豊かなカッフェで、ささやかな憩いのひと時を提供してくれたのが、昨年11月に「秋のカプチーノ」でご紹介した「Cafe de Ryuban カフェ・ドゥ・リュウバン」です。

ryuban_marzocco.jpg【photo】カフェ・ドゥ・リュウバンでは、ドリップコーヒー以外のエスプレッソ系ドリンクは、プロフェッショナルユースの最高峰マシン、イタリア製の「La Marzocco GB-5」で抽出する

 コーヒー豆の焙煎に使われる焙煎機(ロースター)の熱源はガスが主力です。そのため、自家焙煎を行うカフェでは、新鮮な自前のコーヒー豆がほとんど提供できなくなりました。私がコーヒー豆の調達をしているショップのひとつカフェ・ドゥ・リュウバンでも、通電後は電動のエスプレッソマシンLa Marzoccoが健在でしたが、ガスの炎が消えた間は、ショップ自ら焙煎したビーンズが提供ができない状態となりました。

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【photo】震災発生以降、紙コップで提供されるようになったカフェ・ドゥ・リュウバンのカフェ・ラッテ。ベースのエスプレッソはLa Marzoccoで抽出したスペシャルティなブレンデッド・ビーンズ、ミルクのクレマには若芽をかたどったラテアート。200円という低価格がにわかに信じ難いハイクオリティな一杯。こりゃ参りました(右写真)

 「(あらかじめ挽いたコーヒー豆がパック詰めされた)カフェポッドなど、カッフェ好きにとっては邪道のツールだっ!!」と10年以上使っているDe'Longhi の普及版エスプレッソマシン「Bar14」と共に、今や自宅カッフェのメインツールとなった「AeroPress エアロプレス《Link to back number 》」用の豆を購入するため、Cafe de Ryuban に伺ったのが3月末。

blackburn_tanzania.jpg【Photo】タンザニア・ブラックバーン農園のシングルオリジン(深煎り)1,260円/200g

 そこではスペシャルティコーヒーの我が国における草分けで、國井 竜士オーナーの師匠・堀口 俊英氏が代表を務める「珈琲工房HORIGUCHI 〈Link to website〉」で焙煎した豆を販売していました。以前は店内でコーヒーを頂けるテーブル席があったのですが、かつてのカフェスペースは豆の選別や発送などを行う作業場に。店頭はコーヒー豆とテイクアウトで提供するドリンク類(日替わりドリップコーヒー、ウインナー・コーヒー、エスプレッソ、カフェ・ラッテ)の販売カウンターというスタイルに変わっていました。

 通常はネット通販でしか入手できないホリグチコーヒーのビーンズが入手できるというので、深煎りのフレンチロースト(1,115円/200g)を購入。豆の持ち味が存分に味わえるAeroPressで淹れたカッフェの期待に違わぬ美味しさはモチロンですが、私が驚いたのがテイクアウト限定で提供されるドリンク類のコストパフォーマンスです。

 紙コップで提供される「カフェ・ラッテ」と生クリーム入り「ウインナー・コーヒー」は200円、日替わりドリップコーヒー「本日のコーヒー」とデミタスサイズの「エスプレッソ」、エスプレッソをお湯で薄めた「エスプレッソ・アメリカーノ」に至っては、缶コーヒーより安い100円という超・お手軽価格。私の定番だったふんわりとしたフォームドミルクを加えたイタリアンスタイルのカプチーノはメニューから消えていましたが、同じエスプレッソベースにミルクを加えたカフェ・ラッテをオーダーしました。

cuore_ryuban.jpg【photo】ココロなごむハート形のラテアート。ちょっと幸せになれる土曜朝のカフェ・ラッテ

 ガスが復旧した4月13日以降は、無事クオリティの高い自家焙煎に戻り、ベースとなるエスプレッソは、4年来使って扱いを熟知した2連式のエスプレッソマシン「La Marzocco GB-5」で淹れた一級品。しかもラテアートまで施されています。滑らかな陶器製カップで味わう本来のスタイルではないにせよ、豆のケース脇にはスツールも置いてあるので、イタリアの「Barバール」感覚で淹れたてを店内で頂くことも可能です。13年ぶりといわれるコーヒー生豆価格の高騰が続く中、たった1コインないし2コインで贅沢な気持ちに浸れます。 

 昨日、國井さんのブログでリリースされましたが、Open以来10年続けてきたカフェをやめ、今後はコーヒー豆のローストと小売をメインにしてゆくとのこと。しかしながら震災発生以降導入したドリンクのテイクアウトは続けるそうなので、まずはひと安心。豆のクオリティからすれば、恐らくは仙台のみならず、日本屈指のコストパフォーマンスのコーヒーを味わえるショップへと変貌したCafe de Ryuban。 決して損はさせません。お試しあれ。

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Cafe de Ryuban カフェ・ドゥ・リュウバン
住所:仙台市青葉区広瀬町4‐27‐102
Phone:022-264-4339
URL:http://www.cafederyuban.com 
営:10:00-19:00 年末年始・お盆を除き無休
ブログ:Ryubanの日記
     http://blog.livedoor.jp/cafederyuban/

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2011/04/24

桔梗が花開く日を信じて

Pasqua パスクア(復活祭)の日に

TorinoUmi.jpg【photo】阿武隈川河口(写真下)と汽水湖「鳥の海」。南側の浜堤部に平坦な防潮林が続く先に見える牛橋河口近くで、宮城県唯一の自家詰めワインが造られていた

 那須岳と連なる旭岳北側に端を発し、福島・宮城を北上した東北第二の大河、阿武隈川が太平洋へと注ぐ海沿いにあるのが、亘理(わたり)郡です。阿武隈山地が北西風を遮り、海洋性の温暖な気候に恵まれ、東北の湘南と形容される山元町も、3月11日の東日本大震災で発生した15mもの高さに達する大津波の惨禍から逃れることはできませんでした。

thedayafter20110311.jpg【photo】海岸線(写真右)から800mほどしか離れていない平坦な地にある「桔梗長兵衛商店」の醸造所(赤いピンマーク)とブドウ畑は、襲い掛かった津波にのみ込まれてしまった

 亘理町から山元町にかけては、ビニールハウスによるイチゴ栽培が盛んで、「仙台いちご」の一大産地として知られています。国道6号線をはさんで海沿いを走る県道38号線には、観光農園が点在し、別名「ストロベリーライン」と呼ばれます。それに対して内陸部を南北に走る道は「アップルライン」と言われる通り、海抜50m~60m前後の亘理丘陵一帯には、リンゴ畑が広がっています。

vini_kikyoya.jpg【photo】店頭で津波にのまれたものの、割れずに残り、汚れを流したエチケット(ラベル)が擦り切れている「桔梗長兵衛ワイン 赤・白」、山元町産のリンゴ紅玉を用いたアップルワイン「紅玉」。松島町「むとう屋」にて

 海浜部ゆえの茫漠たる砂地と沼沢地で、かつては不毛の土地といわれた亘理町浜吉田南部から山元町山下地区にかけて、痩せた土地でも育つブドウ栽培が始まったのが、今を遡ること109年前の1902年(明治35)。昭和30年代までは、県内随一のブドウ産地でしたが、よりブドウ栽培に適した他県の産地に押される形で、ブドウ畑はイチゴのビニールハウスへと姿を変えていったのだといいます。

nama_mutouya.jpg【photo】デラウエアのピュアで爽やかな凝縮した透明感の高い甘味が心地よい「むとう屋生詰めワイン」

 宮城県内唯一のワイナリーが、創業者の名を屋号とする「桔梗長兵衛商店」。醸造免許を取得した1910年(明治43)以降、大正期にはアルコール発酵させない「ぶどう液」の製品化にも成功、ワインと並ぶ特産品として親しまれてきました。見学や試飲ができる施設を造るでもなく、畑仕事に精を出し、ワイン醸造職人に徹した当主の桔梗 幸博さんもまた、花好きだったお母様のよし子さん共々、醸造所を壊滅させた津波で帰らぬ人となりました。享年54歳。心からご冥福をお祈りいたします。

watari_wine.jpg 【photo】桔梗長兵衛商店の「わたり」は、主に生食されるブドウ「キャンベル」を使用した可憐でソフトなワイン。造り手が亡くなった今、エチケットの「わたり」の文字が、哀しみを表すかのように薄墨で書かれている偶然に胸が痛む

 ブドウの個性がストレートに味わえる非加熱・無濾過の酵母入り生詰めワインの製造を持ちかけ、1998年(平成10)から「むとう屋生詰めワイン」として商品化したのが、松島町の酒販店「むとう屋」の佐々木繁社長。東京農大で醸造を学んだ根っからの職人気質の幸博さんに惚れ込み、宮城県唯一の生詰めワインを生むきっかけを作った佐々木社長も道半ばにして逝った醸造家を悼みます。

 むとう屋の佐々木社長は、多くのファンがいた生詰めワインをこうした形で途絶えさせるのは無念だし、かといって他の醸造所に製造を委託するのも忍びないと胸の内を語ります。

 朴訥で飾らない人柄を物語るような"その土地ならではの味がするワイン"を造り続けた幸博さんが情熱を注いだ醸造所は、建屋の残骸が残るのみとなりました。幸博さんと奥様の間には、現在大学で醸造学を学んでいる娘さんがおいでです。

 非業の最期を遂げた家族の後を継いだ女性が素晴らしいワインを造り続けている醸造所は、今日がPasqua パスクア(= イースター・復活祭)にあたるイタリアを例に挙げると、病で急逝した夫の遺志をチンツィア夫人が継いだ「Le Macchiole レ・マッキオレ〈Link to website〉」や、耕作中の事故で命を落とした夫が夢なかばにした醸造所をオルネッラ夫人が継承した「Matteo Correggia マッテオ・コレッジャ〈Link to website〉」があります。

 桔梗の花言葉は「変わらぬ愛」「気品」「誠実」「従順」「変わらぬ心」だそう。全てを失った今は悲しみに打ちひしがれているであろうご家族も、いつの日か、また新たな一歩を踏み出すことを切に願っています。
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■ 桔梗長兵衛商店
宮城県亘理郡山元町山寺字牛橋19

■ むとう屋
宮城県宮城郡松島町松島字普賢堂23
Phone:022-354-3155(代) FAX:022-354-3156
URL: http://www.mutouya.jp
※ 現在店舗2階で仮営業中

2011/03/06

♪ はーるが来た、はーるが来た

Piatto 3月号 こぼれ話vol.2
web Piatto URL:http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/

piatto110305.jpg 弥生3月を迎え、今日は二十四節気の啓蟄。とはいえ、仙台では梅の開花を宣言したばかりで、まだ雪がちらつく寒い日が続きます。冬ごもりの虫たちが姿を現すのはまだ先でしょう。うららかな春の訪れが待ち遠しい一方で、スギ花粉症に悩む私にとっては、花粉との闘いに明け暮れるユウウツな季節もすぐ眼の前。う・・・。

piatto1103_0.jpg さて、Piatto3月号「おウチでクッキング」は、春のお出掛けにオススメの料理2品をご紹介しました。60品種200本の梅が揃う仙台市若林区の仙台市農業園芸センターや、シダレザクラを中心に360本の桜が春爛漫を告げる榴ヶ岡公園などのお花見スポットで撮影を行いたかったのですが、今回の撮影が行われたのは2月中旬。ソメイヨシノの蕾はまだふくらんですらいません。

 今月の誌面では、舞い散った桜の花がちらし寿司の上やお重のまわりに写っています。安易に造花で妥協しないのが Piatto 流。スタッフが花屋さんから早咲きの桜として知られる「啓翁桜(けいおうざくら)」を調達してきました。

piatto1103_1-1.jpg 12月中旬から3月が旬という啓翁桜は、現在、山形で盛んに栽培される品種です。一般の桜のような太い幹がなく、株から出た何本もの細い枝に小ぶりなピンクの花を数多く咲かせます。そのルーツは、昭和初期に福岡県久留米市で誕生した「敬翁桜(けいおうざくら)」。山形に導入された後、選抜を重ねるうちに、呼び名が現在一般に使われる啓翁桜へと変化しました。

 啓翁桜のもうひとつの特徴は、華やかに香り立つ甘い香り。撮影現場には、えもいわれぬ芳香が漂っていました。ここでその香りをお伝えできれば良かったのですが・・・。

piatto1103_2.jpg ちらし寿司と一緒に楽しみたいのが、今回ご紹介したオリジナルの「SAKURA酒」。桜の塩漬けを浮かべて春らしさを演出する、この食前酒を考案いただいた料理研究家の鈴木 茜先生は、宮城県産の微発泡性低アルコール日本酒でも試作したそうです。

 しかしながら、桜と相性が良かったのは「章姫」というイチゴをピューレにして、アルコール度数6%の微発泡性純米酒とブレンドした「ちょびっと乾杯」(300mℓ入680円)。静岡県浜松市にある「花の舞酒造」が製造するこのお酒は、昨年のモンドセレクションで金賞を受賞しています。

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 甘酸っぱいイチゴとサクラが爽やかに香り、口当たりの優しいシュワシュワの食前酒と啓翁桜とが、一足早い春をもたらしてくれました。

 地産地消にこだわるなら、春季だけ数量限定で発売される一ノ蔵「ひめぜんUme〈Link to website 〉も春らしいアペリティフとなります。県下では蔵王町が主産地となる青梅「白加賀」を黄熟させ、梅酒にしてから、女性の支持が高い「ひめぜんsweet」とブレンド。昨年デビューしたこのリキュールは、今年は3月11日(金)に発売されます。

 こうして春を感じてみるのもいいですね。

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2011/02/28

サンタ・マリア・ノヴェッラ 仙台

お待たせしました。

◆ Viaggio al Mondo ご愛読者はすでにご存知かと思いますが、「サンタ・マリア・ノヴェッラ」についてはコチラで復習をば...。

SMN_7.jpg 諸事情により開店が延び延びになっていた「サンタ・マリア・ノヴェッラ仙台」が、2月25日(金)、仙台市青葉区一番町4丁目にオープンしました。聖母マリアの思し召しで(?)、プレス関係者では最も早く仙台進出の計画を知ったのが昨年。当初計画から3ヶ月遅れで一番町買物公園の一角にクラシックなイタリアそのままの異空間が誕生しました。

 病人救済のため、ドメニコ会修道士によってフィレンツェで誕生以来、800年もの歴史に彩られた現存する世界最古の薬局は、ヴァロワ朝アンリ2世のもとに嫁ぎ、当時最先端の文化をフランス王家にもたらしたカテリーナ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ(1519‐1589)など多くの貴顕に愛されてきました。これまでは東京に出向かなければ入手できなかった天然由来成分から生み出される香りの芸術品が、やっと仙台で入手することができるようになります。

SMN_1.jpg【photo】サンタ・マリア・ノヴェッラのシルクサシェで、フィレンツェの伝統工芸品である金糸の刺繍を施した絹織物のクッションカバーに相応しい優雅な香り付け

 イタリアン・セレクトショップ「Lo Spazio bianco」に続き、フランチャイズとして上質なフィレンツェの香りを届けて下さった(株)アイディール(仙台市宮城野区)の庄子 弘社長、本当にありがとうございます! グランドオープンに先立って行われたレセプションには、美しいケヤキ並木で知られる定禅寺通から至近の立地と、庄子社長のお人柄から仙台進出を決めたという(株)ヤマノ アンド アソシエイツ(東京都港区)関係者の顔もありました。

 ベージュの石壁と木製の扉が落ち着いた雰囲気を醸し出す店のファサードを飾るのは、人造大理石でできたサンタ・マリア・ノヴェッラのロゴを彫り抜いたプレート。こうしたイタリアらしい大人の演出には、好感が持てます。当初は店内の棚の上を飾る芸術品のような伝統的な薬壷は調達できないかも、と庄子社長は漏らしていましたが、いえいえどうして。ファエンツァ国際陶芸美術館《Link to backnumber 》に展示されていてもよさそうな薬壷が棚の上に鎮座しています。ちなみにこの美しい薬壷も、れっきとした商品。

SMN_2.jpg【photo】美しいガラス瓶に入ったリキュール類が有名なサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のラインナップでは珍しく、紙の外筒とプラ製容器に入ったアックア・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ エリジール

 仙台店初の買物は、サンタ・マリア・ノヴェッラのロゴが刺繍で縫い込まれたポプリのシルクサシェ(6,300円)にしました。これまで使っていた赤に続く2個目のサシェは、深い闇に落ちてゆく寸前のイタリアの空の色のような濃いブルー。独自の発酵・熟成を加えることで1年は香りが持続するサンタ・マリア・ノヴェッラのポプリは、別売のポプリに中身を換えることで、ずっと使い続けることができます。

 レセプションでは、お祝いのスパークリングワインで乾杯しましたが、真新しいポプリが薫りたつ自宅で、改めて祝杯を上げたのが、以前に銀座店で購入した「Acqua di Santa Maria Novella Elisir アックア・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ エリジール」。Acqua アックア(=水)というものの、アルコール度数が70%以上という、れっきとしたリキュールです。

 アックア・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ エリジールは、初代薬局長を務めたFra Angiolo ngiolo Marchissi フラ・アンジョロ・マルキッシが1614年に考案。スペアミント、ペパーミント、シナモン、キク科の多年草コストマリーといった植物成分を抽出しています。ミントやシナモンは馴染みがありますが、コストマリーは、葉の浸出液が風邪予防や胃痛緩和に効果があるとされる西アジア原産の植物だそう。容量が25mℓしかないので、そのまま飲むものではありません。コーヒースプーン1杯分をコップ半分程度の水で薄め、その香りを楽しむというもの。
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【photo】鎮静効果があるハーブ類を秘伝の処方で調合した「アックア・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ エリジール」

 グラッパグラスに注いだ透明な液体は、爽やかなミント系の香りのあとにエキゾチックな苦味が残ります。割り水は、ここ2ヵ月ほど珍しくご無沙汰している庄内の湧水でも、イタリアのミネラルウオーターでもなく、仙台市に隣接する富谷町某所の口当たりが優しい湧水を使いました。合わせる水によって、印象が異なりそうなので、水を変えてみると面白いかもしれません。

 仙台の一等地ということもあり、オープン翌日の土曜日に改めて訪れたショップは、なかなかの盛況ぶりでした。私と同じくフィレンツェ本店を訪れたことがあるというお客様もいたとか。一方で開店を告げるサインボードを目にした20代と思しき女性の二人連れが、「何? 新しい紅茶屋さん??」と、店内を興味深げにのぞき込みながら語り合う姿も。

 知名度が上がってゆくのは、これからでしょうが、一人でも多くの皆さんに時代を超えて愛されるイタリア伝統の香りの芸術に触れて欲しいと願う庄イタなのでした。

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サンタ・マリア・ノヴェッラ仙台
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住:仙台市青葉区一番町4-4-27
営:10:00-19:00 不定休
Phone:022-398-8535
Fax:022-398-8210
URL:www.santamarianovella.jp/
右ショップphoto、クリックで拡大表示します

2011/02/06

来たれ 肉食系女子

Piatto こぼれ話 vol.2 (当篇のダイジェスト版 web Piatto はコチラ

comfy_2.jpg Piatto2月号「食材手帳」のお題は仙台味噌。「美人をつくる味噌」では、健やかな女性美を生み出す味噌の効能を中心にご紹介しました。実践篇として取り上げたかったのが、仙台味噌を使った料理。その候補探しをする中でキャッチしたのが、味噌風味のクリームソースパスタの存在でした。

【上photo】螺旋階段を上がった2Fが北欧ビンテージ家具を配した居心地の良い飲食スペース

 発酵食品の味噌と乳製品の相性の良さは容易に想像がつきます。即断即決、パスタだけではなく、ピッツァやドリアにも味噌を取り入れているというカフェ・レストラン「COMFY(コンフィ)」に取材のアポを入れました。

comfy_3.jpg【photo】COMFY店内のファイヤーキングコレクションの一部。小売する商品も含まれる ※photoクリックで拡大

 店に伺ったのが、ディナーの営業開始直前。店一番の人気メニュー、「仙台味噌のクリームパスタ」は、7年前のオープン当初から続く川村 義之シェフのスペシャリテです。川村さんは蔵王連峰を望む白石の自家農園で無農薬栽培する野菜類を積極的にメニューに取り入れています。時には野菜を店内で直売することもあるのだそう。北欧ビンテージ家具やファイヤーキングのカップ類がディスプレーされた店内は、およそ9 割を占めるという女性客の女子ゴコロをくすぐる味付けあちらこちらに。

Miroton_comfy.jpg【右photo】「豚肉のミロトン風」。一般にビーフをオーブン焼きにするが、COMFYではポークを使って日本人好みの味に仕上げる

 ランチ限定の「レディースセット」もそんなひとつ。豚の角切り肉をトマトとチーズで煮込んだフランスの家庭料理「豚肉のミロトン風」と仙台味噌のクリームパスタが頂ける欲張りなセットです。ともにハーフサイズゆえ、どちらも頂けちゃうという仕掛け。スープ、サラダ、パンorライス、ミニデザートがついて1,580円也。よく聞かれるそうですが、レディースセットは男性でもオーダー可能とのこと。美味しいものには目がない世の男性諸氏、ミッツ・マングローブやマツコ・デラックスのように女装はしなくても大丈夫ですよ。

    comfy_4.jpg comfy_5.jpg
【photo】作り置きすることで、味噌クリームソースの風味が短冊切りした大根とベーコンに浸透し、一体感を生む(左写真) 味噌の香味が飛ばないよう、たっぷりのホウレンソウの食感が残る程度にパスタと馴染ませる(右写真)

 数が出る人気メニューゆえ、あらかじめソースは仕込んでおきます。ソースには短冊切りした大根とベーコンが入っており、オーダーを受けてから新たに生クリームと青菜を加えます。ソースを加熱して茹で上がったスパゲッティと馴染ませ、味噌と和風だしを混ぜて乾燥させたオリジナルのドライ味噌とわけぎをトッピングすれば完成です。クリームソース系パスタではありますが、ほんのり味噌の香りが和のテイストを醸し出します。

spaghetti-miso.jpg【photo】仙台味噌のクリームパスタ(単品950円)

 女性客が多いだけにヘルシー路線かと思いきや、COMFYの人気シリーズ企画が「食べ放題」だと聞いてビックリ。スープ、サラダ、ライスorパン、デザートが付いた月替わりのメインディッシュを異なる味付けで楽しめるというもの。

 今月は17日から「手羽カルビ食べ放題」を実施。1月は和風ガーリックソース・特製カレーソース・ねぎ味噌ソース・わさびマヨネーズソースという4種のソースで変化を付けた「ビーフステーキ食べ放題」2,480円、直近では12月「ハンバーグ」1,980円、11月「チキンカツ」1,980円、10月「ポークソテー」1,980円... と見事なまでに肉料理のオンパレード。

tabeho-dai_comfy.jpg【photo】1月の食べ放題はビーフステーキ。ちなみにロケ地は「バイキング食べ放題」で知られる全国チェーン「すたみな郎」ではないので、念のため

 「魚料理で食べ放題をやったこともあるのですが、お肉の方が皆さん喜んで頂けるみたいで」と川村シェフは苦笑い。「ステーキなら4、5枚は皆さん召し上がりますよ」というシェフの話に、肉食系女子の旺盛な食べっぷりに感心することしきり。スイーツ食べ放題も随時実施しているようですので、気になる方はCOMFYのブログをチェックして下さいね。
http://comfy-blog.blogspot.com/

 COMFYでは、市営地下鉄主要10駅や仙台市内大型書店などに設置しているのと同様、リアルPiatto をお手にとってご覧頂き、お持ち帰り頂くこともできますので、ぜひどうぞ(数量限定)

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COMFY (コンフィー)

住:仙台市青葉区北根黒松1-20 神山ビル2階
Phone:022-301-7856
営:ランチタイム 11:30-15:00
  ティータイム 15:00-17:00
  ディナータイム17:00-22:00(L.O. 21:30)
定休日:火曜日 / 年末年始 P4台分

URL :http://colorstown.biz/shop/cmf/index.html

2011/02/05

新カテゴリー 「Piatto こぼれ話」

 昨年10月に新創刊した大人女子のためのマンスリーマガジン「Piatto(ピアット)」。Web とモバイル限定コンテンツに「こぼれ話」という人気コーナーがあります。不肖・庄イタが誌面制作を手掛けており、取材の舞台裏や誌面化できなかった情報などを「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」とは一味違った軽いタッチでまとめています。
◆ web Piatto ⇒ http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/
◆ mobile Piatto ⇒http://piatto.kahoku.co.jp/piatto/m/       または下記QRコードから

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 更新ペースを上げるため、Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅に、新カテゴリー「Piatto こぼれ話」を新設することにしました。こちらには web Piatto の内容を少し変えてアップします。本日2月5日(土)発行の2月号では、仙台味噌を取り上げ、庄イタがふたつのこぼれ話をご披露しています。今回はそのうちのひとつから。

味噌屋さんの味噌ランチ

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 美と健康を気遣う女性にウレシイことがいっぱいある味噌の話をあれこれ伺ったのが、今年で創業157年を迎える仙台味噌の老舗「佐々重」。青葉区本町にある本店には、安心安全なこだわりの食材がさまざまに揃い、100g から量り売りしている無添加の生味噌だけでも12種類が揃います。使い道が分からなければ、てきぱきとした応対がいつも気持ちよいお店の方に相談に乗ってもらえる上、試食もできるので、店頭で味噌の味を確かめられます。

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【photo】のれんを受け継ぐ9代目、佐々木 淳一郎 社長のこだわりを形にした限定品「淳朴」(1kg2,600円・左写真)。宮城県登米市米山町産で特別栽培の認証を受けたササニシキ一等米と宮城を代表する大豆品種ミヤギシロメ一等大豆、沖縄の海塩を使用。通常の仙台味噌は大豆6:米麹4 の配合だが、5:5 の同量配合と塩分含有率11.5%の減塩化により、上品な甘味と大豆本来の旨味が味わえる。 外皮を取り除いた国産大豆と米麹を贅沢に使用、鮮やかな山吹色の甘口味噌「特吟」(1kg1,470円・右写真)

eatin_sasajyu.jpg【photo】佐々重 本店イートインスペース

 発酵食品は微生物の働きで豊富な栄養素がヒトの体に取り込まれやすく変化するのみならず、老化の原因となる活性酸素を非活性化する働きもあるといいますので、毎日の食事に積極的に取り入れることで、サビつかないピカピカの若さを保つことができるわけです。

 そこで訪れたのが、本店内にあるイートインコーナー。味噌の色で(?)統一された一角では、仙台味噌を取り入れた「特製焼きおにぎり・サラダ定食」(880円)、「特製味噌ロースカツ重定食」「特製味噌のロース焼き重定食」「極上の味噌カツサンド重セット」(各1,200円)、味噌かつ丼(1,000円・1日限定10食)といった豚肉を使ったランチが用意されます。

 豚肉と味噌は組み合わせることでさまざまなメリットがあります。味噌で漬け込んだ豚肉は、味噌のアミノ酸と酵素の働きにより、ビタミンB1などの栄養吸収が促進されます。味噌に含まれるグルタミン酸は、豚肉のイノシン酸との相乗効果で肉の旨みを増す効果があり、味噌に含まれる酵母が肉の繊維質を柔らかくする働きも。

katsudon_sasajyu.jpg【photo】限定10食の味噌かつ丼。週替わりの味噌汁や日替わりの自家製デザートも魅力

 11:30~15:00のランチタイム限定で、味噌おにぎりに味噌汁がついた「お持ち帰りセット」(300円)のほか、特製焼きおにぎり・サラダ定食以外のメニューは、テイクアウトも可能(1,000円・事前予約がベター)です。

 多くの皆さんがそうであるように、"限定"という言葉に弱い私がオーダーしたのは、味噌かつ丼。長期熟成により大豆の旨味を引き出した辛口米麹味噌の定番「本場 仙臺味噌(粒)」を挟み込んだ宮城県産もち豚を用いています。ご飯は宮城のひとめぼれ。量の加減をお好みで調整してくれます。

    miso_katsudon.jpg misoshiru_2011.2.jpg
【photo】佐々重 本店のベストセラー、本場仙臺味噌(粒)を宮城県産もち豚に挟み込んだ味噌かつ丼(写左真) 味噌と一緒に摂取することで野菜の栄養分が吸収されやすくなる効果が期待できる具だくさんの味噌汁(右写真)

 ワカメ・大根・豆腐・油揚げ・ネギが入った味噌汁には、食に関する造詣が深かった藩祖・伊達政宗公が、仙台城築城の際に造らせた味噌蔵「御塩礎蔵(おえんそぐら)」に由来する味噌が使われていました。辛口の「ごえんそ」は、具だくさんに負けない奥行きのあるしっかりとした風味が魅力。味噌汁は週替わりで味噌が変わるそうなので、仙台味噌のバリエーションも楽しめます。

 辛口味噌というと塩分を気にする方もおいででしょうが、一杯の味噌汁に含まれる塩分はおよそ1.4g。日本人の平均塩分摂取量である1日12~13gと比較してもさほど気になる数値ではないことはPiatto 2月号でもご紹介した通りです。

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【photo】付け合せはユズ風味の大根の浅漬けと、胡桃味噌を青シソで巻いてサッと揚げた宮城県北の伝統食しそ巻き(左写真) ほうじ茶と共に食後に供される自家製デザート。デミサイズの味噌チーズケーキ(右写真)

cake2_sasajyu.jpg【photo】ランチにセットされるのはデミサイズの味噌チーズケーキ
 
 食後のデザートには、日替わりで自家製の焼き菓子やケーキが用意されます。この日はタルト生地の上に敷かれた黒ゴマがアクセントになり、コクのあるねっとりとした蔵王産クリームチーズの旨味が、ほのかな酸味を伴う甘口味噌「みかく」とベストマッチな味噌風味のチーズケーキでした。
 
 さすがは味噌屋さん自らプロデュースするランチセットだけに、どれも味噌の風味を上手に取り入れたたものばかり。1854年(安政元年)創業の老舗・佐々重 本店さんの味噌づくしランチで味噌使いの奥深いワザを学び、味噌を使いこなしてこそ、伊達な文化が息づく城下町仙台の一人前の大人女子ですぞ。

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佐々重 本店

住:仙台市青葉区本町2-9-7
Phone:022-264-3310
営業時間:10:00~18:30
ランチ:11:30~15:00
不定休 Pあり
URL: http://www.sasaju.co.jp/index.html

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2011/01/09

肝入・今野家の正月飾り

石巻市北上地方の切紙(きりこ)

konnoke_jyutaku.jpg【photo】東北歴史博物館構内に移転・復元されたチューモン(上写真)の奥にホンヤ(下写真)などが配置される今野家住宅

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 今回は「南三陸の新春を飾るきりこ」で触れた「東北歴史博物館」に移築・公開されている県指定有形文化財「今野家住宅」に見る正月飾りをご紹介します。

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 今野家は、北上川河口域に広大なヨシ原が広がる旧桃生郡橋浦村の肝入(きもいり・村の責任者)を江戸時代に代々務めた家柄。建坪72坪の大きなホンヤ(母屋)は1769年(明和6)建造の寄棟造りで、かつては90cm の厚さにヨシを積み重ねた茅吹き屋根の民家です。宮城県多賀城市にある東北歴史博物館に移転・復元された今野家住宅では、1月20日(木)まで、北上町の農家が新年を祝う伝統的な正月飾りを展示しています。

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【photo】 サケ・メバル・マコガレイなどの干魚が下がる「カケザカナ」

 玄関から屋内に入ったドマ(土間)は、村内に配っていた味噌に用いる大豆を茹でる大きなカマド、炊飯用のカマドなどが配置された作業場。その壁には、サケ・カレイ・スケソウダラ・クロソイ・メバルといった12本の魚の干物に縄飾りを施した「カケザカナ」が吊るされています。これは年の瀬に浜の漁師が肝入である今野家に持って来た魚を食用にとっておいたもの。届けられる順番に吊るしてゆくので、年によってその種類は異なり、昨年は干しダコも混ざっていたそうです。

 usubuse.jpg usubuse2.jpg 【photo】筵(むしろ)の上にコメとお供え餅を置き、上下逆にした臼を被せ、若水の入った手桶を乗せた「ウスブセ」に巻いた注連縄には、煮干が一匹挟んである

 その前には、枡に入れた米の上にお供え餅を置き、注連縄(しめなわ)を回したコメ搗(つ)き臼を上下逆にして、邪気を除くとされる井戸から汲んだ若水(わかみず)を入れた手桶を上に乗せた「ウスブセ」が祀られています。

 竹を簾の子状に敷き詰めた台所の壁では、かつて釜神様が睨みをきかせていました(現在は東北歴史博物館に展示)。その場所の上には、囲炉裏の自在カギをかたどった切紙「カマドガミ」と8本の幣束「ハチホンベイ」が並んでいます。カマドガミはその名が示す通り、火難避けや魔除けの意味で竈(かまど)神を祀るものですが、ハチホンベイは今野家に切紙を納めている河北町皿貝の大日靈(おおひるめ)神社でも由来は不明だそうです。

【左photo】カマドガミ(右)とハチホンベイ(左)
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【右photo】馬が曳く馬鍬をかたどったタノカミ

 畳敷きのチカザシキとトーザシキは、もっぱら代官や役人の接遇に使う部屋で、住人の生活の場となったのは板敷きの4室。土間から上がった囲炉裏があるオカミに通じる上り框(あがりがまち)であるハットシの上には、かつて農耕馬が曳いた代掻きの農具「馬鍬(まんが)」をかたどった「タノカミ(田の神)」を輪通しの注連縄と共に飾ります。

 居間であるオカミには、四方を取り囲むように注連縄が張られています。奥のコザシキとの仕切り壁には神棚があり、当主が肝入の業務を行う部屋・ナカマとの仕切り壁の柱には「トシガミ(年神)」が7日に取り払われるまで飾られます。アカマツの三蓋飾りに先細りの注連縄「ゴボウ(牛蒡)」に「ヨダレ」と呼ばれる4枚重ねの幣束を組み合わせたトシガミには、下半分に赤い布をまとわせており、その姿は巫女の装束を連想させます。

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【photo】どこかしら巫女の装束を思わせるトシガミ(左) 沿岸地域の農家ならではの切紙(きりこ)エビス・ダイコク(右) ※各Photoクリックで拡大

 神棚の右隣りには前回「南三陸の新春を飾る きりこ」でご紹介した気仙沼の切紙とは形状が異なる「エビス・ダイコク」が飾られます。和紙で切り出す意匠は、末広の扇・枡・鮒・鯛など。追波湾に面した沿岸地域の農家ならではの、豊穣と大漁の願いが込められています。その両脇にはモミジの枝に小さなダンゴや打出の小槌・千両箱・鯛・大福帳などの飾り付けで、福が舞い込んだ様子を表す「メンダマギ」が飾られています。

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【photo】エビス・ダイコクとメンダマギを飾り付け、正月を迎えた今野家の神棚

 天照大御神(あまてらすおおみかみ)の別称である大日靈神を祀る大日靈神社では、12月15日頃から今野家のほか、およそ500軒の氏子に「オショウガツサマ」を毎年頒布するのだといいます。各家庭では、その切紙を神棚に載せ、大晦日に今野家では、1升分のコメを神社へのお返しにしていました。

 idogami.jpg secchin.jpg 【photo】イドガミ(井戸神・左写真) 向かって左側が当主専用、右側が家族用に分かれていた雪隠にも正月飾り。祀るのは、当然「♪ キレイなトイレの女神様 ?? 」(右写真)

 敷地内には、馬屋と倉庫を兼ねた寄棟造り茅葺のチューモンの他、井戸や独立した造りの風呂などが復元されています。それぞれにオショウガツサマが飾られており、日本人が年の初めに八百万(やおよろず)の神々をお迎えしていたことが判ります。今野家住宅に展示される正月飾りは、今も北上で暮らす末裔・今野 勝實 氏が持参し、飾り付けも行います。都市部では、正月の風情が失われてゆく中、南三陸・石巻地域に伝わる独特の正月飾りは、なかなか興味深いものがありました。

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東北歴史博物館
住:多賀城市高崎1-22-1
Phone:022-368-0101
開館:9:30~17:00 (冬期間は~16:00)月曜休館
常設展観覧料:一般400円 小・中・高校生無料
URL:www.thm.pref.miyagi.jp/


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2011/01/03

南三陸の新春を飾る「きりこ」

大漁を願う祈りの造形

 大雪に見舞われた北東北各地と山陰地方、暴風雪警報が発令された北日本の日本海側を中心に、新年の幕開けは大荒れとなりました。雪と強風による交通機関の乱れで、やっとの思いで帰省された方もおいででしょう。鳥取では1,000台もの車両がR9号の路上で立ち往生して一昼夜を明かし、係留中の漁船が雪の重みで転覆する被害が出ました。まずは被災された方たちにお見舞いを申し上げます。

capodanno2011.jpg【photo】先端に葉のついた竹に大漁旗や国旗を掲げた漁船。気仙沼市本吉町日門(ひかど)漁港にて ※Photoクリックで拡大

 一方で年末年始は大荒れとの予報に反して、宮城では穏やかな新年を迎えました。薄曇りの空模様のもと、家人の実家がある気仙沼を元旦に訪れました。一般家庭では伝統的な正月の風情が薄れる一方の仙台とは違って、大漁旗を掲げた漁船が、晴れがましい新たな年の訪れを告げています。こうして正月に気仙沼を訪れるたび、存在が気になっていたものがありました。

 新年を迎える気仙沼・南三陸の家庭の神棚には、独特な紙飾りが飾られます。年神様を祀る南三陸地方の家庭では、5枚ほど重ねた白い和紙を切り抜いて網にかかった真鯛や末広の扇などをかたどった「切紙(きりこ)」を神棚に祀る伝統があります。「刻みもの」「お飾り」「恵比寿ご幣(へい)」などとも呼ばれる切紙は、漁の無事と豊漁を願う意匠が伝わる宮城北部の南三陸沿岸地域のほか、農村部では野菜類や米俵を、商家では七福神などの縁起物が飾られてきたそうです。

kiriko1_2009.jpg【Photo】新たな年神様をお迎えする神棚を飾る投網にかかった真鯛と末広を切り抜いた気仙沼伝統の切紙(きりこ) ※Photoクリックで拡大表示

 全国的に見られる一般的な幣束とは異なり、複雑な絵柄を切り出す南三陸伝統の切紙は、江戸時代中期から伝わるそうです。漁師町・気仙沼一帯に多い投網にかかった魚をかたどり、注連縄(しめなわ)のように展開させるもの、南三陸町周辺に多い四角い和紙に七福神や伊勢エビ・宝船などを切り抜くものがあります。その複雑な造形を生み出すため、代々伝わる型紙をもとに、神社でお盆過ぎから製作に取り掛かる切紙は、年の瀬になると神職が氏子の家庭に届けに来るのだといいます。

 各家庭では、大晦日に神棚を清め、新たな切紙を飾り新年を迎えます。宮城に見られる見事な造形を生み出す切紙は全国でも珍しいのだとか。こうした伝承はいつまでも受け継がれてほしいもの。宮城県石巻市北上町橋浦から移築された県指定有形文化財の今野家住宅を一般公開する東北歴史博物館では、切紙ほか井戸神・釜神など、さまざまな正月飾りを1月5日(水)~20日(木)まで展示します(今野家住宅は入場無料)。信仰と結びついた伝承の成り立ちやその由来などを知る好機ではないでしょうか。

◆ 肝入・今野家の正月飾りに続く

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2010/12/26

待望のピッツァ・ナポレターナ@仙台

新生「Pizzeria Padrino 」で
 県内随一のPizza Napoletana を

 皿の上だけでは、生命を健全に維持する食べ物の背景は見えてきません。自宅に居ながら食材が届くお取り寄せもまた同様です。実際に産地や料理の本場に足を運び、背景にある風土や歴史を知り、人と接することで、それまでは気にもとめなかったことが初めて見えてきます。

spacca_napoli1.jpg【photo】無秩序でも魅力的なナポリを象徴するSpacca Napoli スパッカ・ナポリ地区

 Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅~では、主観に基づく断定が氾濫する飲食店情報サイトのような個人的価値観を振りかざして飲食店の優劣を語ることをしていません。これは上から目線が鼻につく赤い装丁の某レストランガイド本が、☆の数で店をランク付けする手法を良しとしない私の考えによるものです【注1】。以上の原則をもってしてもなお、是非ご紹介したいピッツェリアを、今回は期待を込めて取り上げます。

 喧騒渦巻くナポリの下町で生まれた庶民の味ピッツァ。仙台におけるナポリピッツァ草分けの「Pizzeria de Napule ピッツェリア・デ・ナプレ」が、小麦をオーガニックに切り替えて以降、一番町に店があった頃から追求していた本場と寸分違わぬ食感が変わってしまいました。香坂ピッツァイオーロの不在が恒常化して以降、これぞ!と納得できる店が、仙台と名取・富谷など近郊には長いこと存在しませんでした。砂をかむような空白期間に終わりを告げる本物のピッツァ・ナポレターナを従来よりぐっとリーズナブルに【注2】味わえるピッツェリアが、このほど仙台に登場しました。以下、実食による速報レポです。

taihei_isawa.jpg【photo】薪窯を前に意欲を語る勝山企業 伊澤 泰平社長

 先月30日、東北No.1のリストランテを目指す「Padrino del Shozan パドリーノ・デル・ショーザン」を会場に催された「宮城・ローマ交流倶楽部」のクリスマスパーティで、勝山企業の伊澤泰平社長とお会いしました。パーティがはねた後、リストランテの入口に設置されたひときわ目を引くピッツァ窯が、いかに性能が良く、いかに造作にこだわったかを30分以上に渡ってご説明頂きました。芸術的な板金加工で注目される宮村浩樹氏〈Link to website〉が手掛けた窯は、本場でも滅多にお目にかかれないような、一見の価値があるゴージャスで美しい窯です。

 宮村氏の見事な職人技が光る銅製の天蓋と煙突、打ち出しによる「PADRINO」の銘板が正面を飾るその窯は、ナポリで最も信頼される薪窯工房「Gianni Acunto ジャンニ・アクント〈Link to website 〉」による完全オーダーメード。ピッツァを載せる炉床には熱伝導が穏やかなソレント近郊の粘土を用い、6人の職人が窯ひとつを4~5日かけて仕上げます。この窯を東北で使っているのは、知る限りにおいて宮城調理製菓専門学校併設の実習カフェ・ピッツェリア「Il Viale イル・ヴィアーレ」を除けば、鶴岡「穂波街道 緑のイスキア《Link to backnumber》」のみ。今年8月オープンした弘前「ピッツェリア・ダ・サスィーノ」では、同社の技術を受け継ぐジャンニの弟マリオのブランド「Mario Acunto マリオ・アクント〈Link to website〉 」 を導入しています。日本では輸送コストが上乗せされるイタリア製を導入せず、コスト面から日本製の窯を使ったり、自作する場合すらありますが、耐久性や性能では、やはりイタリア製に及びません。

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 「窯の中に手を入れてみて下さい」という伊澤社長に促され、開口部を覆う銑鉄製の蓋を外した窯に手を入れてビックリ。昼の営業終了後の15:30過ぎに火を落としたという窯の中は、6 時間あまりを経てなお、サウナどころの熱さではなく、一瞬で手を引っ込めてしまいました。「この断熱と保温性能の素晴らしさこそイタリア窯の良さです」と伊澤社長。リストランテを兼ねるピッツェリアでは、朝一番に前夜の余熱でパンを焼いてしまうというのも頷けます。

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 伊澤社長は「ナポリの庶民の味であるピッツァが手頃な値段であるように、もうすぐ素材のクオリティとピッツァの美味しさはそのままに、価格の大幅見直しをしますよ!! 期待してください」と語りました。今から2010年前、救世主の誕生を心待ちにしたベツレヘムの羊飼いの心境はかくありなんと、リニューアルした「Pizzeria Padrino ピッツェリア・パドリーノ」を先週から今週にかけて2度訪れました。まずは自分の舌でナポリを代表するピッツァ、マルゲリータとマリナーラを実食するためです。

【photo】調達しうる最高の素材と窯で本場仕込みのピッツァ・ナポレターノを提供する千葉 壮彦ピッツァイオーロ

 窯を預かるのは、本場ナポリで2年半腕を磨いた登米出身の千葉壮彦(たけひこ)ピッツァイオーロ。聞けば2000年(平成12)から2年間、ピッツェリア・デ・ナプレで、香坂師匠からナポリ仕込みの味をたたき込まれたのだそう。後半の1年間は、店に寝泊りして基礎を固めたそうです。「冬は良かったのですが、夏は大変でした」と千葉さん。そりゃ、そうでしょう。体の芯から暖まる遠赤外線を発する薪窯の暖房完備のもとで寝なければならないのですから(笑)。

takehiko_chiba2@padrino.jpg ペルージャでの語学研修の後、千葉さんは単身ナポリに渡ります。2003年に誕生し、のちに国内外に95店舗を展開するまでに急成長した「Fratelli la Bufala フラテッリ・ラ・ブファーラ」のナポリと近郊のカセルタにあるグループ店舗で働きます。ピッツェリア・パドリーノの生地に同じ小麦の配合を取り入れたという名店「Di Matteo ディ・マッテーオ」でも2ヵ月腕を磨き、都合2年半、本場で研鑚を積みました。2002年冬に帰国後は、古巣のピッツエリア・デ・ナプレを経て、五反田の「Galibardi ガリバルディ」を立ち上げた後、日本におけるピッツァ・ナポレターナの第一人者、渡辺 陽一氏の店「パルテノペ恵比寿」の厨房で南イタリア料理もマスターします。

【photo】生地の向きを変えながら、窯の中の対流熱で一気に焼き上げる

 期待を胸に訪れたピッツェリア・パドリーノは、チケット前払いのセルフサービスによるカジュアルなシステムを取り入れています。9時に薪で火入れした窯の炉床は理想的とされる450℃~485℃を維持するよう目を配ります。小麦粉は名だたるピッツァイオーロが厚い信頼を寄せ、ナポリにおけるシェアが7割を超えるという製粉メーカー「Antimo Caputoアンティモ・カプート〈Link to website〉」のピッツァ専用小麦粉、小麦の芯の部分を細挽きしたRinforzato tipo"00" リンフォルザート(通称Sacco rosso サッコ・ロッソ=赤袋)とPizzeria ピッツェリア(通称Sacco blu=青袋)の二種を配合して使用します。

【photo】窯の目の前でアツアツを味わえる至福のピッツァ・マルゲリータ

margherita_padrino.jpg テイクアウトにも対応しますが、ピッツァは焼き立てが一番。チケットを購入して南欧の雰囲気を漂わせる開放的なテーブル席で頂くとしましょう。サイズはS(直径14cm)M(20cm)L(28cm)の3つ。ナポリでは、おおよそ28cm がスタンダードな大きさとなります。ナポリピッツァの代名詞ともいえるマルゲリータの重要なファクターであるモッツァレラ・ブファーラ(水牛乳のモッツァレラチーズ)とフィオール・ディ・ラッテ(牛乳のモッツァレラ)は、発祥の地カセルタで伝統製法による少量生産を貫く「Caseificio Ponticorvo カセイフィチョ・ポンティコルヴォ〈Link to website 〉」から出荷後24時間以内に日本へ届く鮮度の高いものを、週3回空輸で取り寄せているそうです。

 能書きはこのぐらいにして、お味のほうが気になるところ。窯を目の前にしたポールポジションで焼き立てを味わえるのがうれしい限り。ナポリのピッツァ好きたちは、なるべく窯に近い席に陣取り、ピッツァが運ばれてくると、それまで身振り手振りを交えて夢中になっていたおしゃべりを止めて食べ始めます。日本で言えばカニを食べる時の真剣さに似ているかもしれませんね。最初に頂いたマルゲリータ、後日頂いたオレガノが香ばしい生地と絡み合うマリナーラともに、非の打ち所がなく一気に食べ切ってしまいました。

marinala_padrino.jpg【photo】マリナーラ。チーズを用いず、生地の上にトマトソース・ニンニク・オレガノ・バジルをトッピングするナポリ伝統のピッツァ。このようにピッツァ・カッターでカットされた上でサーブされる

 現状ではカトラリーが簡易なプラスチック製のため、本場とは違ってカッターで6つに切り分けてサービスされます。私が頂いたLサイズは、6等分してあっても一口では食べきれないため、更に半分に切り分け、中心からコルニチョーネと呼ばれる盛り上がった縁へ向かってクルクルと生地を巻いて頂きました。嬉しいことに価格が手頃なので、小ぶりなSサイズならば、2種類の異なるピッツァを時間差でオーダーしてもいいでしょう。

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 私が頂いたマルゲリータ、マリナーラともにピッツァ・ナポレターナの風味を忠実に伝えるものでした。千葉ピッツイオーロによれば、オリジナルメニューの「ヴェルデ・ポッロ」(マリナーラ+サニーレタス・エンダイブ・トレビス、トマト、ローストチキン、マヨネーズドレッシング、パルミジャーノ)と「パルミジャーナ」(マルゲリータ+メランザーネとミートソースのグラタン)も是非味わってみて下さいとのこと。まずは私が頂いた基本の2品から、お熱いうちにBuon appetito ~♪

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URL:http://www.shozankan.com
 
<メニュー一例>
マリナーラ :S500円 M700円 L1,000円
マルゲリータ:S600円 M850円 L1,200円
ヴェルデ・ポッロ / パルミジャーナ:S710円 M1,000円 L1,500円
※テイクアウトは上記と同額。リストランテからもピッツァはオーダー可能

【注釈1】 八つ当たり気味の本音炸裂トークは「ルチアーノ・サンドローネ訪問記」冒頭部分を参照願います 

【注釈2】スパッカ・ナポリ地区にある名店 Di Matteo では、マリナーラ2.5エウロ、マルゲリータ3エウロ、小腹が空いた時に食べる生地を揚げただけのPizza fritta は1エウロ。軽食がとれるBar(バール)以外のイタリアの飲食店では、少なくとも一食につき20エウロ以上の出費が必要だが、ピッツェリアは例外。一皿で完結する食事を意味する「Piatto unico ピアット・ウニコ」を手軽に食べることができるピッツェリアは庶民の味方である

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2010/12/18

酷暑を乗り越えた「初ゆき」の味

感慨もひとしお、
  鳴子の米「ゆきむすび」

2008.12.16.jpg【photo】成人一人を半年養うコメがとれる60㎡ほどの鬼首岩入の後藤 錦信(かねのぶ)さんの田んぼ。田植え交流会参加者による不揃いな作付け跡が残る。収穫を終えた12月半ば、寒風が吹き抜けてゆく耕作放棄地が隣接する後藤さんの田んぼは、白雪に覆われようとしていた

 ここ数日来の寒波到来により、今週15日が仙台における今年の初雪となりました。平年の初雪が11月22日頃だといいますので、観測史上3位の遅い記録だそうです。山間部を除いて里雪はまだ降っていなかった鶴岡でも、その日初雪が降りました。異例づくめだった今年の天候は、灼熱と化した夏の記憶がさめやらぬまま、もうすぐ暮れようとしています。

yukimusubi_2010.jpg【photo】今年も届いたゆきむすびの袋にはこう記してある...「農は地域の暮らしの基本です。つくる人、食べる人、暮らす人、みんなの力で支え、守り育てていきましょう」

 先日、「鳴子の米プロジェクト」に参画する農家が作る予約分の「ゆきむすび」15kg が例年より少し遅れて届きました。今年は猛暑の影響でコメの生育が早く、昨年私も一家で参加した稲刈り交流会が9月18日(土)に急遽行われるという案内のハガキが直前に自宅に届きましたが、都合がつかず参加できませんでした。じっくりと天日干しさせる鳴子の米プロジェクトのゆきむすびは、美味しさも格別です。

 担い手農家の手取りを補完するという鳴り物入りで導入された戸別保証制度が、一層の米価落ち込みにより、米作農家の淡い希望を打ち砕く結果となった今年。私たちの命をつなぐ糧の作り手が持続可能な価格(玄米1俵24,000円/ 5kg 2,000円)で、食べる人が生産者を買い支えることで、過疎と高齢化で耕作放棄地が広がる一方の山間地のコメ作りを応援しようという鳴子の米プロジェクトの存在価値が、皮肉な形でより一層高まったように思えます。

naruko_taue2009.jpg【photo】2009年(平成21)5月30日、そぼ降る霧雨の中行われた田植え交流会に参加した生産者を代表して挨拶に立たれた曽根 清さん(写真右)

 耐冷性の強い低アミロース米ゆきむすびが、まだ東北181号と呼ばれていた2006年(平成18)、3軒の農家が10アールずつ試験栽培に挑戦します。

 その一人が栗駒山系のブナ林を流れる雪解け水が直接流れ込む鬼首(おにこうべ)でも最深部にある岩入(がにゅう)地区の曽根 清さんでした。岩入は、海抜400mの冷涼な山あいにあり、日照も少ないために熱帯原産のコメには厳しい栽培環境にあります。いもち病と稲が実を結ばない青立ちが頻発する鬼首では、収量が少ない上、美味いコメは決して出来ないと揶揄され、曽根さんは忸怩(じくじ)たる思いでいたといいます。

yukimusubi2_taue2009.jpg【photo】田植え後の交流会では、朝早くからお母さんたちが準備したゆきむすびの彩り豊かなおにぎりなど、野良仕事の合間に食べる「小昼(こびる)」が参加者に振舞われた

 プロジェクトの発案者で民俗研究家の結城 登美雄先生の勧めに応え、最初に立ち上がった農家が曽根さんでした。試験栽培で手応えを感じた曽根さんは、一軒でも多くの稲作農家が参画するよう、地区を回ってプロジェクトの意義を説いて歩きます。

 22軒の農家が参加した2年目には、メンバーの田んぼを訪れては水管理や土づくりの助言を行い、200俵の収穫に結び付けます。

 その年の10月に発足した作り手部会の会長に就任、12月には「ゆきむすび」という名が決まりました。

 農閑期に湯治に訪れる地元の農家にお返しがしたいとコメをまとめ買いした鳴子温泉の旅館関係者や一般の購入者を招いての田植え交流会や稲刈り交流会に必ず顔を出した曽根さん。「初めて人から美味いと褒められるコメが出来た」と嬉しそうに語っていた曽根さんの笑顔を見ることはもう出来ません。

 連日の猛暑が鬼首を襲った今年8月20日、曽根さんは帰らぬ人となりました。享年73歳。

 私が曽根さんと最後にお会いしたのが、昨年の田植え交流会が行われた5月30日。今にしてみれば、胃がんの手術を受けた後で少しお痩せになったものの、交流会にも元気な姿を見せていました。肝臓への転移から今年7月末に再入院。プロジェクト5年目の今年、38軒まで増えた農家が暑さの中で精魂を傾けて育てているコメの出来を最期まで気にかけていたそうです。

yukimusubi2_2010.jpg【photo】夜間でも下がらない気温のため、過呼吸状態となった米がデンプン質を消費し、中に空気のすき間が生じた。例年以上に白濁したゆきむすびが、異常だった今年の夏を物語る

 ゆきむすびは、うるち米ともち米の中間的な性格を有しています。一般に登熟期の気温が高いと玄米のアミロース含有率がより低下して白濁が進みます。記録的な猛暑となった今年、夜間でも気温が下がらない平地では、お米が白濁して割れやすく脆い米となる高温障害によって、二等米比率が高まり、米価低迷に拍車をかけました。

 鳴子の米プロジェクトでは農家の手取り額をあらかじめ保証しているため、設定された価格に変更はありません。米という字が示す通り、農家が掛ける八十八の手間には変わり無いのですから。

 平場ほどではないにせよ、夏でも冷涼な鬼首とて例外ではなく、今年は特異な年だったようです。5度目の収穫を待つことなく逝った曽根 清さんの名前も見られる裏書きには、暑さのために粘りが増したことが記されています。通常の2割減の水で炊いた今年のゆきむすびは、例年以上にもちもち感が高く、そのまま頂くのはもちろん、炊き込みご飯やうるち米と混ぜて炊くのに適しているように思います。

【photo】殖酸農法の水苗代で作られる酒田市横代の坪池兵一さんのカラドリの小芋の味噌煮(写真右奥)と鶴岡市藤沢地区の在来種・藤沢カブの自家製浅漬け(写真左奥)と今シーズン初めて頂いた鳴子の米・ゆきむすび。いずれも耳を傾けるべき物語を持っている

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 今から10年ほど前、国道398号線から山中で枝分かれするダート道を抜けて偶然通りかかったのが、初めて訪れた岩入地区でした。黄金色に色つき始めた田んぼが山あいに広がる光景に、標高の高い山中でコメ作りが行われていることに驚きを覚えたことを記憶しています。

 過酷な条件にあっても実を結ぶゆきむすびのように、人の輪を拡げている鳴子の米プロジェクト。農地を保全し、絶ち切られた作り手と食べ手の関係を修復しようという試みの価値は普遍的なもの。互いに支えあって山里でコメ作りを続けてゆく人たちを応援する私の気持ちもまた不変です。

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特定非営利活動法人 鳴子の米プロジェクト
事務局:宮城県大崎市鳴子温泉字要害34
Phone:0229-84-7367

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2010/11/28

革フェチまんじゅう

しっとり吸い付くトロトロの食感
 黒砂糖まんじゅう@玉澤総本店

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 杜の菓匠 玉澤総本店の人気商品と言えば「黒砂糖まんじゅう」ですね。1996年(平成8)の発売以来、ジワジワと人気が高まり、新参ながら今では押しも押されぬ仙台銘菓としての地位を確立しています。原料に使用する葛が生みだす照りを放つふっくら・もちもちの皮、シルキーな口どけとすっきりしたほどよい甘さのこし餡の絶妙な組み合わせは、仙台出身の元宝塚トップスターで女優の杜けあきさんやフィギュア女王・荒川静香さんのみならず、辛党・甘党の両派に属する私を含め、多くのリピーターを生んでいます。

【photo】玉澤総本店の「黒砂糖まんじゅう」レギュラーサイズ(写真左)とミニサイズ(写真右)

 黒砂糖まんじゅうは、商品名の由来となった沖縄・波照間島産の黒砂糖を皮に、餡には赤いダイヤこと北海道十勝産小豆を用いたお饅頭です。最高の原料を追い求めた結果、日本の南北の果てまで行き着いたということでしょう。緯度にして18度、直線距離で2,800kmも離れた産地の主原料を使っていることになります。

kurozato_manjyu3.jpg オーソドックスかつシンプルなお饅頭だけに、際立つ素材の良さを活かす匠の技が光ります。店頭に並ぶ商品は、すべて当日朝に作られたものです。最高の状態で味わってもらうため、賞味期限は製造から48時間のみ。

 青葉区上杉にある本店・工場では、販売個数が増える週末や帰省シーズンなどは早朝4:30に、通常は5:00から製造を開始し、店頭の在庫状況を確認しながら、多い日で製造現場は3 回転するそうです。

【photo】玉澤総本店 土屋 富士夫 取締役統括部長
 
 玉澤総本店 取締役統括部長 土屋 富士夫さんの説明によると、和菓子の命とも言うべき餡には、二種類のグラニュー糖を使用しているといいます。企業秘密ゆえ、詳細は控えますが、スッキリした餡の甘さを出すためには、純度が高い氷砂糖が向いているのだそう。その日の天候や季節によって、水分量を調節し、シットリしたもち肌のような食感がぶれないよう細やかな工夫を加えています。

黒砂糖まんじゅう.jpg【photo】黒砂糖の香ばしい皮と、絡みつくようにシルキーなこし餡、もち肌のふっくらとした食感。「もう1個いってみよー」という甘い誘惑から逃れることは難しい

 サンゴ礁からなる土壌で栽培される波照間産のサトウキビは、手刈りが中心。機械刈りでは混入が避けられない土の混入が抑えられます。不純物が少ない波照間島の黒砂糖は、品質の高さで定評があります。

 そうした天然素材を用いるゆえのエピソードとして、常連のお客様から、いつもより塩気が強く感じると指摘を受けたことがあるそうです。別に原料の配合を誤ったわけではなく、原因を調べたところ、その日に使用した黒砂糖の原料となったサトウキビが収穫される直前、強力な台風が沖縄付近を通過していたことが判明します。

 八重山諸島の石垣島から高速艇でおよそ一時間、距離にして南へ56km南下する波照間島は、水平線上に南十字星が輝く周囲15kmにも及ばない比較的平坦な小島です。人が暮らす島としては日本最南端の島全体に広がるサトウキビ畑は海岸線近くまで及ぶため、台風による高波と猛烈な風で海水をかぶったサトウキビの茎が使われたことが分かりました。精製工程を経てもなお、その日の黒砂糖には味に微妙な変化が生じたのです。

kurozato_manjyu04.jpg【photo】表面の照りが食欲をそそる黒砂糖まんじゅう。 妖艶な輝きを放つ写真奥のお饅頭は??

 黒砂糖まんじゅうは、1個からバラ売りするレギュラーサイズ(税込84円)とミニサイズ(6個入り税込300円~)の二種類。お茶受けはもちろん、お遣い物でも喜ばれます。こし餡のシットリ感を心ゆくまで味わいたいならばレギュラーサイズ、皮の吸い付くようなふわふわ感と黒砂糖の風味を楽しみたい方はミニサイズをどうぞ。どちらも後を引く美味しさゆえ、"やめられない、とまらない"となってしまいがち。とはいえ甘さ控えめなので、カロリーなど気にせず、心のおもむくままに頂きましょう。

 仙台銘菓のライジングスター・黒砂糖まんじゅうを詳しく掘り下げるのがセオリーでしょうが、脱線しがちな「Viaggio al Mondo ~あるもん探しの旅」では大きく話題がそれてゆきます(笑)。名の知られた仙台の和菓子を今回珍しく取り上げた意図と、タイトルが何故に「革フェチまんじゅう」なのか、そのナゾは次回つまびらかになります。

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杜の菓匠 玉澤総本店

住:仙台市青葉区上杉3-9-57
phone:022-223-2804
URL:www.tamazawa.co.jp
営:8:00~19:00(日・祝は~18:00)
◆直営店:JR仙台駅店、ララガーデン長町店、
ティーラウンジを併設する一番町店、エスパル店、クリスロード店の3店では、メニューにはないものの、飲み物とともに黒砂糖まんじゅうを味わえます

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2010/11/14

I Profumi di Capri

カプリ島の香り、
Carthusia カルトゥージア

 はや立冬を過ぎ、冬の足音がヒタヒタと近づいています。山々はすでに晩秋から冬の装いに移ろいつつあります。こうして寒くなってくると、暖かな陽光降り注ぐ南イタリアへの憧憬が募ってきます。これは私のDNAに刻まれた前世の記憶によるものに相違ありません。そんな時、ナポリ湾に浮かぶ美しい島・カプリ島へ誘う淡い白日夢に浸るのにもってこいなアイテムを今回は取り上げます。

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 フランスの作家マルセル・プルーストの自伝的色彩が強いとされる長編小説「失われた時を求めて」は、主人公の「私」が、叔母が差し出した紅茶に浸したプチット・マドレーヌを口に含んだ途端、幼ない頃に夏の休暇を過ごした街の記憶が鮮明に蘇るという書き出しで始まります。ゆえに失われた記憶が香りによってフラッシュバックすることをプルースト効果と呼ぶのだそうです。

【photo】貝殻のような文様がつく伝統的な焼き菓子、プチット・マドレーヌ

 ヒトの五感の中で、最も記憶と密接に結びついているのは嗅覚です。これは脳内における香りの伝達経路が、味覚・聴覚・視覚・触覚とは異なることが原因だといわれます。鼻から入った香りの分子は、鼻の奥にある嗅覚細胞で取り込まれ、神経を伝わる信号へと変化します。それは大脳辺縁系と呼ばれる脳で最も奥深い位置にある部位、嗅球で感知されます。

Grottazzurro_Capri.jpg【photo】パスタソースの商品名になるほど日本では有名なカプリ島の「青の洞窟」。天気晴朗で運よく小型ボートで洞窟内に入れたとしても、船頭たちは頼みもしないのに、オオ・ソレ・ミオやサンタルチアを歌い続け、数艇の船頭の唄が洞内に反響しあう。海水全体が青色発光ダイオードのように輝く世にも美しい光景を前にして、興醒めすることおびただしい

 大脳辺縁系は新皮質が発達したヒトへ進化する以前の原始的な部位で、すぐ近くにある喜怒哀楽や摂食をコントロールする扁桃体ともども、動物としての本能的な働きをつかさどります。その大脳辺縁系には、出来事の記憶がインプットされる海馬があることから、嗅覚と記憶にまつわる不思議は起こるのかもしれません。

via_camerelle.jpg【photo】GUCCI,FENDI,BRUNELLO CUCINELLI,D&Gなど高級ブランドが軒を連ねるカプリ島のvia Camerelle カメレーレ通り。目の保養のみならず、所有欲を激しく揺さぶるアイテムがショーウインドーに並ぶここでは、自制心と清水の舞台から飛び降りる決断力がともに肝要

 世界のセレブが集うリゾート、カプリ島を初めて訪れたのが15年前の夏。ナポリから連絡船が着く港マリーナ・グランデから、フニコラーレ(=ケーブルカー)に乗って着く先は島の表玄関となるCapri カプリの町です。観光客で賑わうウンベルト1世広場から延びるVittorio Emanuele ヴィットーリオ・エマヌエーレ通りや交差するCamerelle カメレーレ通りといったメインストリートには、高級ブランド店がズラリと並びます。その中に島に自生する花や果実などの天然由来成分を使ったフレグランスを製造する工房兼ショップが点在します。喧騒を抜け、島の南岸に面したアウグストゥス庭園からはコバルトブルーのサレルノ湾に浮かぶIsole Faraglioni ファラリオーニ岩島の奇観が望めるでしょう。

Isola_Faraglioni.jpg【photo】カプリ島からわずかに離れた群島ファラリオーニ

 高揚した心持ちで過ごした甘美な時間の記憶が蘇る香りが、カプリ島のフレグランス「 カルトゥジア」です。2年前の夏、この世で最も香(かぐわ)しい場所としてフィレンツェの「Officina Profumo-farmaceutica di Santa Maria Novella オフィチーナ・プロフーモ・ファルマチュウティカ・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ」(=サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)に関して述べた「典雅なイタリアの遺香 ~ i profumi di antica Italia《Link to backnumber 》」の最後で名前だけ登場しています。仙台市青葉区のセレクトショップ「Antelope アンテロープ」で取り扱うカルトゥジアは、このフレグランスの名前の由来となったCarthusio カルトジオ会派のサン・ジャコモ修道院と深いつながりがあります。

san_giacomo_capri_fiore.jpg【photo】現在は博物館と図書館としても使われるサン・ジャコモ修道院は、ブーゲンビリアやランタナといった南国の花が咲き乱れるアウグストゥス庭園に隣接して建つ

 1380年、当時ナポリ王国を支配していたアンジョ(アンジュー)家の女王、ジョヴァンナ1世がカプリ島を訪れます。3日間の滞在先となったのは、カプリに隠遁した帝政ローマ第2代皇帝ティベリウスが造った離宮跡に自身が1371年から3年を要して秘書官のジャコモ・アルクッチに建てさせた「Certosa di San Giacomo チェルトーザ・ディ・サン・ジャコモ(=サン・ジャコモ修道院)」でした。島に咲く美しい花々を生けて女王を歓待した修道院長は、女王が去った後に花器の水から妙なる甘い香りが漂ってくることに気付きます。それは夏にピンクの花を咲かせる石灰岩質を好む野生のカーネーション「garofano silvestre ガロファノ・シルヴェストレ」に由来する香りでした。

vista_Anacapri_.jpg【photo】島全体が石灰岩質の岩場からなるカプリ島最高峰のソラーロ山頂へは、島で2番目に賑やかなアナカプリの街からリフトが通っている。高所恐怖症の方にはオススメしないが、山頂からは360度のパノラマが広がる。東のカプリ方向の先にファラリオーニ岩島を望む

 キリスト教の教義に基づいた施療・投薬を行うこともあった中世期の修道院では、先述したドメニコ会のサンタ・マリア・ノヴェッラがそうだったように、信仰に生きる修道士が慈善事業として薬草栽培を行っていました。科学万能の現代人からすれば、胡散臭いイメージが付きまとう錬金術ですが、錬金術師が科学の発展に寄与した功績は看過できないものがあります。当時の最先端をゆく薬学の現場は修道院であり、そこからカプリ島では初の香水が生まれました。

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【photo】 クラシックで端正なボトルフォルム。カプリの記憶を呼び覚ますカルトゥージアのオードトワレより3種。Mediterraneo,Via Camerelle,Io Capri (写真左より) 各50mℓ/ 12,600円(税込) 

 その後、修道院は時の変遷を経る中で改築を繰り返す一方、サラセン人による破壊やナポレオン支配のもとでは閉鎖の憂き目に遭います。1948年、修道院の蔵書の中から当時の処方が記された文書を発見した修道院長は、バチカンの許諾とトリノの化学者に協力を得て、久しく忘れ去られていた香水の復元に成功しました。修道院の前に造られた小さな工房は、修道会の名にちなんで Carthusia カルトゥジアと名付けられます。

showroom_carthusia_augustus.jpg【photo】サン・ジャコモ修道院前にあるカルトゥージアの工房兼ショップ

 島で最も高いソラーロ山(589m)で採れるローズマリーや、ジョヴァンナ1世ゆかりのガロファノ・シルヴェストレなど、島に自生する植物を主原料に天然由来成分だけで造られるフレグランスは、少量生産ゆえ希少性が高く、2002年までは島内の3ショップほか、ソレントとナポリの直営店だけで扱われてきました。アルコールの揮発性で香り立ちを高めたEau de Parfum、Eau de Toilette 以外に、植物性オイルと天然ワックス成分を練り固めた半固形タイプで香りが長時間持続するSolid Perfum もラインナップ。アルコール成分が苦手な皮膚が敏感な方でも優雅に香り立つフレグランスをお使いいただけます。

tre_carthusia.jpg【photo】強烈な陽射しを跳ね返す真っ白な漆喰で覆われたカプリのパラッツォのようなカルトゥージアのパッケージ。中央のVIA CAMERELLE はカプリ島のカメレーレ通りの陶器製の街路名表示をそのまま用いている

 カプリ島でも人気のリキュール「Limoncello リモンチェッロ」の原料となる大振りなレモンの葉とグリーンティが爽やかな「Mediterraneo メディテラネオ」は男女兼用で。カプリのメインストリートの名を冠したVia Camerelle ヴィア・カメレーレは女性用というものの、ベルガモットとビターオレンジにスパイシーなマリンノートがベース。その爽やかな香りはメンズユースもOK。完熟したイチジクと紅茶の生き生きとした活動的な香り「Io Capri イオ・カプリ」は男性向け。その日の気分で使い分けるお気に入りはこの3種類です。

 有名ブランド系の場合はことさらそうですが、フレグランスはイメージ戦略上、ボトルなどのパッケージデザインにも手を抜きません。Carthusia の製品は、香りと同様に、ニンフや人魚などが描かれたカプリ島らしいパッケージがまた魅力的です。イタリアの街では辻々の建物の壁面に、通りの名が刻まれた大理石板や白地に青い文字の陶板が埋め込まれています。
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【photo】フニコラーレを登りきったCapri の駅前で。島内の街区表示は全てこのデザインで統一されている

 カプリ島では、いかにも南イタリアらしい明るい色使いの陶製サインが使われており、リゾート気分を盛り上げてくれます。Via Camerelle のパッケージは、その陶製サインのデザインがそのまま使われており、私をカプリ島へと誘います。Carthusia は、いずれもカプリの植物をベースにしたものとくれば、思いは一層募るばかり。その香りに包まれている限り、遥か遠い美しい島への思いは決して断ち切ることができないのでしょう。

 そして今月26日(金)。現存する世界最古の薬局として知られるフィレンツェのオフィチーナ・プロフーモ・ファルマチュウティカ・ディ・サンタ・マリア・ノヴェッラ(=サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局)が、仙台市青葉区一番町4丁目にオープン予定です※追記を参照願います。この世で最も香(かぐわ)しい場所とされるショップが、遂に仙台上陸。今度は宝石箱のようなルネッサンスの街フィレンツェへの恋慕が募りそうだ...。

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antelope アンテロープ
住所:仙台市青葉区大町1-2-17-103
営:12:00-19:30 不定休
phone:022-724-1023

※ 追記11/23:サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 仙台店のオープンは年明けにずれ込む見込み。詳しくはコチラを参照のこと
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2010/11/06

秋のカプチーノ

アプリコットが香る秋の一杯 @ カフェ・ドゥ・リュウバン

ryuji_kunii.jpg 毎年オーナーの國井 竜士さん(39歳)が生産地を訪れ、自分の目と舌で選んだコーヒーを提供する「Cafe de Ryuban カフェ・ドゥ・リュウバン」(仙台市青葉区)。山形県寒河江市出身の國井さんが20代の頃、当時はまだ日本でほとんど流通していなかったスペシャルティコーヒーの魅力と出合ったのが、コーヒーに関するさまざまな業務を手掛ける東京の「珈琲工房HORIGUCHI」〈Link to website 〉でのこと。

【photo】ソフトな語り口の國井 竜士さん。言葉の端々からコーヒーにかける熱い情熱がうかがえる

 カフェ・ドゥ・リュウバンでは、生産者、精製加工方法、船積み時期など履歴がしっかりした世界最高水準の生豆を、ワインで用いられるのと同じ低温管理可能なReefer コンテナで輸送し、自家焙煎したスペシャルティコーヒーを味わうことができます。これはスペシャルティコーヒーの我が国におけるパイオニア、堀口 俊英氏(珈琲工房HORIGUCHI代表取締役)のもとから巣立った人々が加盟する Leading Coffee Family の頭文字をとった団体「LCF」が中間業者を通さず直接買い付けたもの。ともすると生産者が弱い立場に置かれがちなコーヒーの生産現場が存続可能な取引条件で信頼関係を築いているといいます。

crops_st.catalina.jpg【photo】空調管理されたカフェ・ドゥ・リュウバンの貯蔵室には、世界中から船便で届く麻袋に入ったさまざまな生豆が山積みされる。國井さんが加盟するLCF向けのロットであることを示すマークの入ったサンタ・カタリーナ農園産コーヒー(写真右)

 例えば、タンザニアのブラックバーン農園。アフリカ最高峰キリマンジャロ(5,895m)山麓、標高1,600m以上の高地ゆえ、昼夜の寒暖差が柑橘系の酸と豊かなコクを生みます。そして農園内に古い礼拝堂が建つ中米グアテマラのサンタ・カタリーナ農園。その芳醇な香り+酸+コクのバランスは、火山灰土壌と1,600m~2,000mという高地性気候がもたらします。さらに南太平洋に浮かぶ赤道直下のパプア・ニューギニア西部山岳州のシグリ農園。熱帯性の潤沢な降雨量と昼夜で15℃ほどもある大きな寒暖差は、コーヒー栽培に理想的な環境です。そこで栽培され、手摘みされた顆粒は、丹念に洗浄されてから天日干しされ、特徴的な甘味のあるコーヒーが生産されます。
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【photo】9 年前の開店以来、愛用している焙煎機。廃熱効率を高めるファンを排煙部に加えるなど、独自に細部の改良・チューニングを加えてある

 こうした世界最高水準のシングルオリジンは、豆の香味をそのまま楽しむならストレートでどうぞ。個性を掛け合わせることで新たなキャラクターを生み出すブレンドは、焙煎の強い順に「イタリアン」「フレンチ」「シティロースト」といった5種類の定番ほか、春には「そよ風」冬の「こもれ日」など季節ごとにバリエーションで登場。豆の個性をストレートに表現する特徴的な円錐形をしたKONO 式ドリッパーで提供されます。ご自身はショップ奥に設置された焙煎機の前でローストやブレンド作業に割く時間が多く、仕切りのガラス越しに姿をお見かけすることのほうが多いかもしれません。堀口門下生として、師匠同様にコーヒーの楽しみを一般向けに伝授するセミナー「おいしい珈琲教室」も定期的に開催しています。

capucino_ryuban.jpg【photo】私の定番、キメ細やかなフォームドミルクを加えたカプチーノ(500円)。猫舌の方でもOKな王道のイタリアンスタイル

 コーヒーに関しては、(「も、」と言ったほうが正確か?) 完全にイタリア人的嗜好ゆえ、國井さんの店ではエスプレッソかカプチーノを頂くことにしています。その香味あふれる一杯は、仙台では数少ないフィレンツェ製業務用エスプレッソマシン、La Marzocco ラ・マルゾッコで抽出したもの。カプチーノには美しい文様を描くラテアートが施されます。その豆はミルクに負けない強さを持ったタンザニア・コロンビア・ブラジル・ケニアなどからなる味わい深いエスプレッソ・ブレンドです。

 品質低下を招かぬよう、温度・湿度を管理した保管庫でストックされた生豆は、こまめに焙煎し、新鮮な状態で店頭に並びます。カフェ・ドゥ・リュウバンでは、定番の豆やドリンクに加え、季節限定のメニュー