スローフード協会が、絶滅の危機に瀕する守るべき食材「プレジディオ(味の箱舟)」に指定するパスタとして以前ご紹介した「Fusilli Lavorati a Mano フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノ」 《Link to backnumber》。一本ずつ手巻きされ、長さ50cmほどにもなる螺旋状に仕上げる超・ロングパスタに関する後日談を、ショートパスタのごとく短かめにお伝えします。
ところが、東京圏で増殖中のイタリア食材専門店「Eatalyイータリー」で扱うグラニャーノで1848年に創業した老舗「Afeltra アフェルトラ」製パスタの表記は一味違います。調理時間を意味するTempo di Cotturaは、9/11min,8/11min など3分程度の幅があるのです。これは、好みの硬さをこまめに確かめるよう、作り手の自主性を求める個人主義のヨーロッパらしさであり、南イタリアならではの"緩さ"の表れともいえます。
同じ穴あきフジッリでも機械成形の「Fusilli con buco フジッリ・コン・ブーコ」は、9-11分と茹で時間が指定される一方、フジッリ・ラヴォラーティ・ア・マーノのパッケージには具体的な茹で時間の記載はありません。そこには今回の副題と日本語訳にある通り、Decidete voi secondo la cottura...Lasciteli al Denteと記されるのみ。これでは埒が開かないと輸入元のEatalyジャパンが作成したバックラベルの調理方法がコレ。
【Photo】イタリアきっての美食の街ボローニャ郊外Savigno サヴィーノにある「トラットリア・ダ・アメリゴ」併設の食品店「La Dispensa da Amerigo」のみならず、リバティ様式で統一されたこの有名トラットリアのレシピによるソース類やチーズペーストなどの食品はEataly各店でも購入可能
味付けは、同じくEatalyで調達した近郊パルマで作られるパルミジャーノ・レッジャーノに地元エミリア・ロマーニャで冬季間採取される希少な白トリュフTartufo Bianchetto を少量加えたチーズペーストのソースにしました。スローフード協会が創刊したガンベロ・ロッソや、非スノッブを標榜するIL MANGIAROZZOなど、多くのレストランガイドで高い評価を受けるボローニャ郊外「Trattoria da Amerigo トラットリア・ダ・アメリゴ」〈Link to Website 〉のレシピによるものです。
スローフード協会ご用達
Osteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノ直伝
深谷 政宏シェフのピエモンテ料理@EATALY 代官山
イタリア・ピエモンテ州Bra ブラにあるスローフード協会本部が入る古びた建物の棟続きに一軒のオステリアがあります。中庭に咲く藤の花がテラスに伸びる二階にある店の名は「Osteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノ」。イタリア語で美味なものを意味するBocconeとVino(=ワイン)を掛け合わせた造語です。気取らないオステリアらしく手頃な料金で良質なピエモンテ料理を提供するこの店は、1984年12月のオープン当初から、のちにスローフード運動の母体となる「ARCI アルチ」のメンバーと深く関わってきました。
【photo】小さな村 Bra ブラの一角にあるスローフード協会本部のある二階建ての建物の入口に架かるOsteria del Boccondivino オステリア・デル・ボッコンディヴィーノの看板(右写真)
【photo】わずか€19という良心的な価格でロビオーラ・ディ・ロッカヴェラーノのトマト風味ショートパスタにドルチェとカッフェが付くオステリア・デル・ボッコンディヴィーノのセットメニュー「Colazione di Lavoro n.1」にアンティパスト(=前菜)として組み込まれる雌鳥を使った伝統料理「Tonno di gallina all'aceto balsamico トンノ・ディ・ガッリーナ・アッラ・アチェートバルサミコ」は、その名の通りツナのオイル漬けのような食感が面白い(左写真)
カルロ・ペトリーニ会長など協会本部のスタッフが昼夜を問わず食事に訪れるこの店は、スローフード運動が目指す理念を味覚で体感するにはうってつけといえます。トリノの南方約30kmの町、カルマニョーラ産の銀毛ウサギ「Grigio di Carmagnola グリージオ・ディ・カルマニョーラ」、200年来変わらぬ製法で作られる稀少なヤギ乳主体のチーズ「Robiola di Roccaverano ロビオーラ・ディ・ロッカヴェラーノ」、牛肉のタタキ「Carne cruda カルネ・クルーダ」や皿にとぐろを巻いた状態で供される名物ソーセージ「Salsiccia di Bra サルスィッチャ・ディ・ブラ」などで生食される「Vitelli Piemontesi ヴィテッリ・ピエモンテーズィ(= ピエモンテ牛)」など、絶滅の瀬戸際にある保護すべき小規模な生産者の手になる伝統食材「Presìdio プレジディオ(= 味の箱舟)」を用いた料理がメニューに並びます。
今年で創刊20周年を迎えたスローフード協会が発行する美味しい料理を手頃な価格で提供する約1,700軒を網羅するレストランガイド「Osterie d'Itala オステリー・ディタリア」のみならず、さまざまなガイド本に取り上げられるこの名店で1991年から9 年にわたり研鑚を積み、つい先ごろ凱旋帰国したのが、Masa こと深谷 政宏シェフです。スローフード協会が監修して2007年にオープンした「Eataly Torino イータリー・トリノ」国外初進出のショップとして2008年9月に東京・代官山にできた「Eataly 代官山」内のレストラン「Guido per Eataly グイド・ペル・イータリー」が、このほど「Osteria di Eataly オステリア・イータリー」としてリニューアル。深谷シェフがボッコンディヴィーノ仕込みのスローフード発祥の地・ピエモンテの味を提供する店として生まれ変わりました。
アンティパストは比内地鶏をマリネした「Insalata di tonna インサラータ・ディ・トンナ」。ピエモンテ料理というと、肉の脂を多用するものを連想しますが、これは全く違います。丸ごと4時間ボイルしてから一晩冷蔵庫に置いて処理したという比内地鶏の食感は、ふんわりあくまで軽やか。見た目といい味といい紛れもなくTonno(=イタリア語でマグロの意)そのもので、言われなければ鶏肉とは思わないでしょう。ボッコンディヴィーノでは、「Tonno di gallina all'aceto balsamico トンノ・ディ・ガッリーナ・アッラ・アチェートバルサミコ」という料理が登場します。〈上記参照〉直訳すると「雌鳥のマグロ・バルサミコ酢風味」といったところ。雌鳥を丸ごとボイルし、一晩おいてから肉をほぐしてオリーブオイルでマリネしたもので、ピエモンテでは伝統的な調理法のひとつです。
ミシュランガイド・イタリア版で☆評価(⇒自国フランスでの☆☆レベルを意味する)を受けるトリノのリストランテ「Guido per Eataly -Casa Vicina【Link to website】」出身の若きシェフ、Enrico Panero エンリーコ・パネッロが手掛けたこれまでのGuido per Eataly 代官山の料理は、伝統をベースに軽やかで洗練された味付けを加えたものでした。
【photo】発祥の地トリノから1997年にコスティリオーレ・ダスティに移転。ブドウ畑に囲まれた小高い丘の上に建つ築1000年というCastello di Costigliole コスティリオーレ城にICIFの本部がある。内部は最新設備を備えた研修施設に改装されている
さて、州都トリノから東へ伸びる高速A21を進むと、モンフェラート丘陵地帯で作られる発泡性ワインの産地として知られるAsti アスティ県へと至ります。アスティから10kmほど南下したCostigliole d'Asti コスティリオーレ・ダスティにある「ICIFイチフ(Italian Culinary Institute for Foreigners)【Link to website】」は、外国人のためのイタリア料理研修機関です。そこで学ぶ者には、美食の粋が集うピエモンテ州を中心とした一流講師陣による講習や生産現場の見学、提携先のレストランでの研修などのプログラムが用意されます。高品質のイタリア産食品やワインに肌で触れることで理解を深め、イタリア各地の郷土料理が世界に紹介され、真の姿を伝えることを目的に1991年に北イタリア・ピエモンテ州の州都トリノで設立された非営利団体です。
【photo】ダニエラ・パトリアルカさん(写真左)とコスタンティーノ・トモポウロスさん(写真右)
リゾットほかピエモンテ料理を得意とする「OSTERIA Cucinetta オステリア・クチネッタ」橋本 俊シェフや、オーセンティックな正統派を志向する「Piu Sempre ピュ・センプレ」高橋 義久シェフなど、仙台にもICIFでの研修経験のある料理人がいます。
ICIFの立ち上げに関わったのがDaniela Patriarca ダニエラ・パトリアルカさん。現在は1995年に設立した自身の会社「Italian Culinary Toursイタリアン・クリナリー・ツアーズ【Link to website】」で、イタリア各地を周遊しながら料理を学ぶ独自の研修スタイルを取り入れています。北は万年雪に覆われた4,000m 級のアルプスの峰々、南はアフリカ大陸から吹き付ける夏の季節風シロッコで灼熱の大地と化すシチリアまで南北1,200km、山あり海ありのイタリアは食の万華鏡さながら。同社の研修にはこれまでに600人以上の料理人とソムリエが参加しているといいます。11月末から12月上旬にかけて仙台市青葉区一番町の「Antreffen アントレッフェン」で催された「スローフード宮城 秋の食談会」と同エクセルホテル東急が会場となった「宮城・ローマ交流倶楽部 クリスマスパーティ」のゲストとして、ダニエラさんとパートナーのイタリアソムリエ協会AIS(Associazione Italiana Sommelier)公認のソムリエ資格を持つ Costantino Tomopoulos コスタンティーノ・トモポウロスさんのお二人が仙台を初めて訪れました。
【photo】「秋保そば愛好会」の佐藤 栄一会長
スローフード宮城は、蕎麦をテーマに今年度活動しています。今回の食談会には、仙台市太白区秋保町野尻地区で在来種の「長治そば」を栽培する「秋保そば愛好会」佐藤 栄一会長が参加しておいででした。藩制時代、仙台と山形を最短で結ぶ二口街道の国境警護に当たる足軽集落であった面影を残す中山間地域の野尻地区では、戦前までコメを作らず、蕎麦を主食にしていたそうです。16回目を迎えた「そば祭 in 野尻」が11月3日に町内の集会所で催され、そば打ち体験(1500円/おひとり)のほか、在来種を使った手打ち蕎麦(500円)や、そばがきにあたる「そばねっけ」(350円)が提供されました。
日本食のイメージが強いそばですが、国内消費の8割近くは中国とアメリカからの輸入で賄っているのが実情です。滋味に乏しい痩せた土地でも栽培が可能で、播種から収穫までの期間が短いソバは、アジアからヨーロッパ、北米にかけて栽培される穀物です。スイス国境に近いイタリア最北部ロンバルディア州Valtellinaヴァルテリーナ渓谷には、トルコからサラセン人がそばをもたらしたといわれます。少なくとも17世紀初頭から栽培されているソバ「Grano saraceno グラーノ・サラチェーノ」を石臼で挽いた代表的なパスタ「Pizzoccheri ピッツォッケリ」がこの日は参加者に紹介されました。当Viaggio al Mondoでは、3年前にお年越しの話題として、標高800mを超える山あいの村ソンドリオ県Teglio テーリオが発祥とされるピッツォッケリを取り上げました【Link to back number】。
この日は、ソムリエのコスタンティーノさんがピッツォッケリとあわせる前提でセレクトした日本にはまだ紹介されていないイタリアワインと稀少な北イタリアのチーズを味わえるというので、早々に参加の意思を表明していました。当日はロンバルディア平原がアルプスの峰々と交わる絵ハガキのように美しい風景が広がる湖水地方で、Lago di Como コモ湖と並び称される景勝地Lago Maggiore マッジョーレ湖の南端にある町、Arona アローナで1876年に創業したチーズ工房「Luigi Guffanti ルイージ・グファンティ」社製のチーズ4種類が紹介されました。
【photo】食談会で登場したチーズ4種。右上から時計回りにチヴィダーレ・フリウリ・ラッテリア、リコッタ・アッフミカータ・カルニカ、ビットヴァッリ・デル・ビット2008、ロビオーラ・ディ・カプラ
これらのチーズとピッツォッケリにあわせるためにご主人のコスタンティーノさんが選んだのは、フリウリ地方産の白が1本・赤2本、ウンブリア地方産の赤1本の計4本。私が飲んだ経験があるのは、日本におけるイタリア食品商社の草分け「モンテ物産」が扱うイタリア中部ウンブリア州の優良生産者「Colpetrone コルペトローネ」のSagrantino di Montefalco サグランティーノ・ディ・モンテファルコだけ。香りの強いビットとよく合う強靭な体躯を備えたサグランティーノ・ディ・モンテファルコは、ペルージャの南西モンテファルコ周辺で作られ、1992年にイタリアワイン法最上位のDOCG(統制保証原産地呼称)に昇格したヴィーノ。タンニンが多い長熟向きの土着品種サグランティーノ種のブドウを陰干しして作られ、最良のものは30年を優に越える熟成にも耐えます。その他の3本は日本未輸入の作り手によるものでした。
Isonzoイソンツォ川を挟んだゴリツィアの北方5kmの高台にあるSan Floriano del Collio サン・フロリアーノ・デル・コッリオの作り手「Muzic ムージチ」は、二度の大戦によって荒廃した16世紀まで遡る畑で1960年からムージチ家がブドウを育ててきました。当主Ivan Giovanniイヴァン・ジョヴァンニは醸造を学ぶ二人の息子ともどもワインに全情熱を傾ける生産者です。「Bora ボラ」と呼ばれる大陸からの風が昼夜の温度差を生む温暖な微気候にあるこの地域は、白ワインだけでなく、19世紀にフランスよりもたらされたカベルネやメルロの栽培に適しており、DOC(統制原産地呼称)Friuli Isonzo フリウリ・イソンツォに指定されます。それなりにボディがあるボルドー品種のCabernet Franc カベルネ・フランの個性である植物的なニュアンスがあり、青草の香りがする熟成したロビオーラ・ディ・カプラとの好相性を見せてくれました。
【photo】ムージチの当主イヴァン・ジョヴァンニと二人の息子
州都トリエステに次ぐ人口10万人の都市Udineウーディネから北西20kmには、繊細でとろけるような味わいの私が大好きな生ハム「Prosciutto di San Daniele プロシュット・ディ・サン・ダニエーレ」の産地として知られる「San Daniele del Friuli サン・ダニエーレ・デル・フリウリ」があります。(Principe社のサイトで製造の模様をご覧あれ)「Emilio Bulfon エミリオ・ブルフォン」はフリウリ地方Pordenone ポルデノーネ県 Valeriano ヴァレリアーノの打ち捨てられた古い畑を再興し、16haの畑で白品種のCividìn・Sciaglìn、赤品種のCjanòrie・Forgiarìn・Cordenossa・Refosco del Peduncolo Rossoなどの土着品種だけを育ています。当主エミリオ・ブルフォンは全てのワインに地元の教会に残る13世紀のモザイク画「最後の晩餐」をモチーフに自らデザインしたエチケッタを使用しており、この夜コスタンティーノが選んだのは、Piculìt Neri ピコリット・ネーリという品種100%の赤ワイン。生き生きとしたブーケと若々しい味わいが印象的でした。
【photo】今ではコラトゥーラの町としてイタリアで広く認知されるチェターラ。古代ローマ時代の魚醤ガルムの流れを汲むコラトゥーラと並ぶ町のシンボルは、アラブやノルマンなどの外敵から町を守ってきた写真中央の「Torre di Cetara チェターラ塔」
その推進役となったのが、現職に就任して3年目というセコンド・スクイッツァート町長や「Associazione Amici delle Alici di Cetara チェターラ・カタクチワシ協会」を2002年に立ち上げたピエトロ・ペッシェ(pesce=伊語で「魚」の意。名は体を表す!)会長、地元のリストランテ「San Pietro サン・ピエトロ」のフランチェスコ・タンマーロ シェフら、チェターラ人のアイデンティティーともいうべきコラトゥーラに誇りを持つ人々でした。伝統的な食文化の復興という共通命題のもと、彼らは各人各様の役割を果たしました。
♪ Vide 'o mare quant'e bello! Spira tantu sentimento,...(美しい海!感傷を誘う...)と自分のもとを去った恋人に語りかけるカンツォーネの名曲「Torna a Surriento 帰れソレントへ」(⇒ルックス重視の男声グループ「IL DIVO」顔負けのイタリア人少年、Piero ピエロ 15歳・Gianluca ジャンルーカ 14歳・Ignazio イグナツィオ 14歳。将来の三大テノール(?)が国営放送Rai uno に登場、美声で魅了するTV番組「Ti lascio una canzone」は必見 )の舞台となったソレントとサレルノ50km間に点在するポジターノやアマルフィといった宝石のように美しい海辺の町の影に隠れていた人口2,400人の小さな漁村が、現在ではコラトゥーラを使った料理を目当てに足を運ぶ観光客で賑わっています。
このようにして作られる薫り高い調味料「Colatura di alici コラトゥーラ・ディ・アリーチ 」は、サラダや野菜の煮込みから魚料理、パスタ料理に至るまで、幅広く用いられてきました。カトリック教国イタリアでは、救世主の誕生を待ちわびる待降節の最後の晩には、伝統的に肉食を慎み、魚を食べる習慣があります。チェターラではクリスマスイブの晩餐に用いる特別な贈り物としてもコラトゥーラが珍重されてきました。午前中のフォーラムでは、一度は失われたコラトゥーラをいかにして地域活性化に結びつけたのか、自身の体験をもとにセコンド・スクイッツァート町長は成功のカギとして4つのポイントを挙げました。
2007年5月4日から7日の4日間、イタリア・リグーリア州ジェノヴァでスローフード協会が開催した「Slow Fish スローフィッシュ【Link to website】」では、海の生物多様性と持続可能な漁業、伝統的な魚食文化の保護に向けた意見交換などが行われました。この催しに「スローフード秋田」の会員として参加した諸井さんは、今回男鹿を訪れたチェターラのコラトゥーラ生産者らと出会い、意気投合します。コラトゥーラが地域活性化に果たす役割がいかに大きいものかを知るにつけ、その後も交流を続けてきました。次回 io sono shozzurista ショッツリスト宣言 では、男鹿地域の人々にとって示唆に富んだ提言がなされたフォーラムの模様をお伝えします。
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住:秋田県男鹿市船川港船川字化世沢176
Phone:0185-24-3597
F a x:0185-23-3161
URL:www.shottsuru.jp
E-mail:shottsuru@basil.ocn.ne.jp
農水省は40%前後に低迷する日本の食料自給率の向上に躍起ですが、現状では改善の兆しすら見えません。一向に実効を伴わない霞ヶ関の施策に見切りをつけた結城さんが始めた試みが、世界的な広がりを見せているCSA(Community Supported Agriculture「地域が支える農業」)の考え方と相通じる「鳴子の米プロジェクト」【Link to Back number】でした。結城さんは家族のものと推定される弥生時代中期、2000年前の水田跡に残された6人の男女の足跡が発見された青森県南津軽郡田舎館村(いなかだてむら)の垂柳(たれやなぎ)遺跡を引き合いに出して、本州最北の厳しい気候風土の中にあっても、そこで暮らす人々は、コメと共に生きてきた事実に言及しました。淡々とした語り口ながら、予定された2時間を越えて聴講者に食を通した根源的な問いかけを続けた結城さん。その言葉の重みを胸に会場を後にしました。
人口2万ほどのチェルヴィアへは、息を呑むほど美しいビザンティン様式のモザイクに彩られた世界遺産の街 Ravenna ラヴェンナから 賑やかなビーチリゾートの町 Rimini リミニへ伸びるSS16号線を南東に向かいます。すると平坦な地平の前方にレンガ造りの「Basilica di Sant'Apollinare in Classe サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂」が見えてきます。質素な外観とは対照的に、かつて総督府として栄華を誇った6世紀の創建当時そのままの輝きを放つ半円形の後陣部に散りばめられたモザイクは、眺めていて全く見飽きることがありません。聖堂を通り過ぎて10キロほど下ると、もうそこは小さなコムーネCerviaです。ラヴェンナで没した詩人ダンテ・アリギエーリ(1265-1321)の代表作「神曲」の地獄篇にも町の名前が登場しています。北側ポー川河口のデルタ地帯からチェルヴィアにかけての低湿地帯は、ラムサール条約に登録された水鳥の楽園でもあります。アドリア海に面したビーチ「Riviera del Sole リヴィエラ・デル・ソーレ(=「太陽の海岸」の意)」には、毎年夏になると Bologna ボローニャや Modena モデナ、Ferrara フェラーラといった近場の都市だけでなく、ブレンナー峠を越えてやって来るドイツ・オーストリアからの多くの海水浴客で賑わいます。海からは水路が引かれ、1.6キロほど内陸側に入った市街地の先に827ヘクタールの塩田(衛星写真右下の黒っぽい箇所)が広がっています。
第二次大戦による中断を経て、塩の専売制のもとで1959年に国有化されたチェルヴィア塩田。機械化の導入によって生産効率を上げますが、1976年に塩の販売が自由化されて以降、世界最大の塩産出国アメリカや欧州で最も製塩が盛んなドイツなどからの輸入品や、国内最大の1,600ヘクタールもの塩田を擁するシチリア西端に位置する塩の町Trapani トラパニ産の塩などに押されてゆきます。1981年と1995年に大雨で壊滅的な被害を受けたのち、1998年に国営のチェルヴィア塩田は閉鎖されました。すると一部のチェルヴィア市民が、伝統ある塩作りの再開に向けて準備を開始します。1999年に「 Parco della Salina di Cervia(チェルヴィア塩田組合)」を発足、5年の休止期間を経て2003年5月に塩の生産が復活しました。
冬季は海水を抜いていた塩田に4月初旬に水を張り、区画ごとに仕切られた塩田外周部から、中心部へと移動させながら天日にさらして水分を蒸発させてゆきます。気温が上昇する6月には塩分濃度が30%前後まで高まり、結晶化した塩が 2cm 近くまで堆積してゆきます。塩の収穫は最も気温が高い夏から9月にかけて。日差しを遮るものがない炎天下での収穫は、肉体的負担が大きい作業となります。その過程で、水面に浮いてくる結晶をサリナイオが手で掬い取った一番塩は、今も「法王の塩」と彼らが呼ぶ「Salfiore di Romagna - Il Sale dei Papi サルフィオーレ・ディ・ロマーニャ - イル・サーレ・デイ・パピ」(=「ロマーニャ地方の塩の花 - 法王の塩」の意)。特に優しい味が特徴となります。
【Photo】9月末頃に収穫を終えた塩は秋から冬にかけておよそ6 ヶ月間天日干しされる
甲子園のグラウンド整備で使う木製のトンボに似た道具を使って縁(へり)に集められた塩は5日後に人力で蒸発槽から地上に移され、大きな塩盛りの状態でおよそ6 ヶ月間にわたり、秋から冬にかけての柔らかな陽光と風にさらされます。表面に付着した汚れを高濃度の海水で洗い落として遠心分離機を使用して脱湿後、(リセルヴァはさらに貯蔵庫で一定期間熟成される)組合の手で袋詰めされて出荷されます。可能な限り古来から伝わる製法を踏襲したリセルヴァには、塩化ナトリウム(NaCl)のほか、海水に含まれる硫化マグネシウム・硫化カリウム・硫化カルシウム・塩化マグネシウムといった天然の微量成分が豊富に含まれます。そのため、結晶は薄く茶色を帯びたものとなります。近年の研究によって、これらの微量成分が、官能上かすかな苦味を生みだし、塩自体の甘味と食材の甘味をも際立たせる働きをすることが判ってきました。塩が素材の旨味を引き出す隠し味となるのです。現代の科学がSale dolce のメカニズムを解き明かした今も、チェルヴィアでは遥か昔と変わらぬ職人の目と経験則による塩作りが行われています。精製に際しては、廃棄物を一切出さないという方針のもと、塩分を含んだ泥は入浴用や美容用に製品化されています。
【Photo】 赤いパッケージは法王の塩「Salfiore di Romagna - Il Sale dei Papi サルフィオーレ・ディ・ロマーニャ - イル・サーレ・デイ・パピ」(左写真)。青のパッケージが「Sale di Cervia サーレ・ディ・チェルヴィア」(右写真)
テッラ・マードレの会場「オーバル」に隣接する広大な「リンゴット」国際展示場では、「Salone del Gustoサローネ・デル・グスト(=味のサロン)」が催されました。10回目を迎えた当イベントのスローガンは、「GOOD,CLEAN,FAIR (=おいしく、きれいで、正しい)」こちらは、20ユーロの入場チケットを購入すれば、一般参加者も入場可能です。幕張メッセで開催される日本最大の食の見本市「FOODEX JAPAN」の出展ブース数はサローネより多いものの、あくまで業者向けの商談の場・見本市の性格が強いもの。一方、スローフード協会は、サローネを広く一般消費者に門戸を開放しています。
【Photo】来場者でごった返すサローネ会場。甘党にはたまらない菓子類がずらりのVia dei Dolci (=お菓子通り)。チョコレート作りが盛んなトリノの老舗 Venchi ほか、ほとんど全てのブースで試食が可能。Dolce vita なイタリア人が作るドルチェだけに、さすがに美味 "Slowfood archives"
もうひとつのワークショップは、エミリア・ロマーニャ州パルマ北東40キロのポー川沿いにあるジベッロ村で作られるプレジディオ指定の生ハム「Culatello di Zibelloクラテッロ」 ※(注3) 。有名なパルマ産プロシュット(=生ハム)が年産900万本なのに対し、クラテッロがわずか年産5万本なのは、豚の尻から脛にかけてのごく限られた部位しか使用せず、しかも冬場にポー川の発する霧が肉の熟成に欠かせない要素になるという完全手作りなるがゆえ。需要が増えた最近は、輸出向けに本来の部位以外の肉を使用し、製造過程で一部機械を使用する製品も出回っているといいます。
メイン会場の州都トリノを離れたピエモンテ各地では「Gli Appuntamenti a Tavola(=食卓へのいざない)」という28ものディナーが催されました。ピエモンテ州が誇る高級食材・白トリュフの産地、クーネオ県アルバや、バローロ・バルバレスコといった名醸地のブドウ畑が広がるランゲ地方のリストランテや歴史的建造物を会場に、世界各国から選ばれた料理人が、伝統料理を振舞いました。ホスト国イタリアからも、アマルフィ近郊の名店「ドン・アルフォンソ1890」ほか各種Guida(=レストラン評価本)で高い評価を受けるシェフたちが腕を振るったのは申すまでもありません。
テッラ・マードレと同時開催されたのは、スローフード運動が目指す食の世界を体感できる「Salone del Gustoサローネ・デル・グスト(=「味のサロン」の意)」。主催は2006年が創立20周年に当たったスローフード協会です。五日間の会期中に両イベントを延べ19万人以上が訪れたといいます。幕張メッセで行われる日本最大の食の見本市「FOODEX JAPAN」の2006年における来場者は、四日間で9万5千人あまり。スローフード運動が、いまや地球規模で広がりをみせていることを物語る数字といえるでしょう。
閉会式で参加者全員に配布されたのは、世界中から選ばれた1,600ものプレジディオに指定された食材を紹介した冊子でした。その名もズバリ「Terra Madre 2006」。生物多様性と個性ある食文化の縮図ともいうべき760ページあまりの分厚いこの一冊には、各プレジディオ生産団体のプロフィールや連絡先などが記載されていました。その冊子を手に「ここに集った皆が、帰国後も連絡を取り合おう」と、生産者・料理人・研究者・マスメディアらのネットワーク構築の意義をアピールして締めくくったペトリーニ会長の演出が印象的でした。
[12/15] おこりんぼシーサー
[12/16] 庄内系イタリア人
[02/02] 菊池 さやか
[02/02] 庄内系イタリア人
[11/23] Lacrima
[10/05] 小野瀬七洋
[10/05] 庄内系イタリア人
[10/14] 松木規恵
[10/14] 庄内系イタリア人
[01/09] Costantino
[01/10] 庄内系 Carlo
[12/28] myu
[12/30] 庄内系イタリア人
[01/05] Myu
[01/05] 庄内系イタリア人
[07/03] 早坂おっかぁ
[07/04] 庄内系イタリア人
[10/08] DAN@DUCATIBIKES
[10/09] 庄内系イタリア人