あるもの探しの旅

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2012/04/30

比類なきエトナ

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【Photo】噴煙を上げるエトナ山

 錦江湾に浮かぶ鹿児島のシンボル・桜島、ハワイ島のキラウエア、あるいはカムチャッカやアイスランドなど極寒の局地で灼熱の溶岩を吹く火の山。これら轟音とともに噴煙やマグマを吹き上げる活発な火山活動が見られる世界の火山の中でも、最も頻繁に噴火を繰り返す火山のひとつとされるのが、イタリア・シチリア島のエトナ山です。

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【Photo】シチリア・タオルミーナにある古代ギリシャ円形劇場は紀元前3世紀にギリシャ人によって屋外劇場として創建され、ローマ人が闘技場に改装。その最上段からの「広大渺茫(びょうぼう)たる一幅の絵」(相良守峯訳「イタリア紀行」岩波文庫より)のような眺望。トーガ姿のギリシャ人・ローマ人を端緒にして、1787年5月6日、この地を訪れ、「これほどの景色を眼前に眺めた者は外にはあるものではない」(同)と感動を記したドイツの文豪ゲーテを筆頭に、大デュマ、オスカー・ワイルド、D.H.ローレンス、ダンヌンツィオといった欧州各国の文人のほか、ブラームス、ワーグナー、マレーネ・ディートリッヒ、グレタ・ガルボら多くの文化人・著名人たちを魅了した

 日本ではポンペイを一昼夜にして火山灰で埋め尽くしたヴェズーヴィオ山(1,281m)のほうが、火山としての知名度は高いかもしれません。しかしながら、今月だけでも1日・12日に続き、23日から24日にかけて活発な噴火活動を繰り広げ、絶えず変動する標高3,300m級のエトナ山は、ヨーロッパ最高峰の活火山でもあります。

Etna@notte1995.maggio.jpg【Photo】1995年8月の深夜、静寂を切り裂く轟音とともに漆黒の闇を照らす真っ赤な溶岩を激しく噴出する典型的なストロンボリ式噴火を繰り広げたエトナ山。タオルミーナやカターニアからは火山観光ツアーが定期的に出ている

 山頂から北東側へおよそ25km離れたタオルミーナの街外れにあるギリシア時代の円形劇場からは、映画グランブルーの舞台となった紺碧のイオニア海と、噴煙をたなびかせながら、なだらかなスロープを描くエトナが一望のもと。

 エトナ南麓にある人口30万を擁するCataniaカターニアは、州都パレルモに次ぐシチリア第二の都市。有史以来幾度となく繰り返されてきたエトナの火山活動でも、特筆されるのが1669年3月11日に始まった噴火でした。

Catania-Cattedrale-Eruzione1669.jpg【Photo】18世紀に創建されたカターニアのドゥオーモ(大聖堂)Cattedrale di Sant'Agataの壁面に描かれた1669年に起きたエトナ噴火のフレスコ画。山腹の火口から流出した溶岩流は、16km離れたカターニアの西側をのみ込んだ。122日間の長きに及んだこの噴火による犠牲者は、当時の人口の2/3にあたる15,000人とも20,000人ともいわれる クリックで拡大

 街の一部と周囲を溶岩で覆い尽くし、港を破壊した噴火から24年後の1693年、今度は大地震がカターニア一帯を襲います。93,000人が命を落としたこの震災で、廃墟と化した街の復興が本格化したのが18世紀。壊滅した街を不死鳥のごとく蘇らせた現在のカターニア市は、アメリカ・フェニックス市と姉妹関係にあります。街のシンボル象の噴水にも見られるカターニア特有の火山性の岩と白大理石を組み合わせたドゥオーモほか、モノトーンの華麗なバロック様式の建築群は、パレルモ出身の建築家ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴァッカリーニやフランチェスコ・バッタリアらが設計したもの。

Catania_Basilica_Collegiata.jpg【Photo】1693年の地震で崩壊した聖堂跡に建てられたカターニアのBasilica della Collegiataコッレジャータ聖堂。1768年に完成したこの傑作を手掛けたのはステファノ・イッタール。ジュゼッペ・シューティによるフレスコ画が描かれたヴォールト天井も見逃せないクリックで拡大

 カターニアのほか、震災で廃墟と化した旧街区から移転再生したNotoノート、アラブ支配の痕跡ともいえる迷宮部分と都市計画に基づく整然とした新市街の二つの顔を持つRagusaラグーザなど、バロック様式で再建されたシチリア南東部にある8つの街「Val di Noto ヴァル・ディ・ノート」が世界遺産に登録されたのが2002年。Forza TOHOKUuuuuuuuuu !!

 時として災いを人間にもたらすエトナ山ですが、一方では大いなる恵みも。エトナ周辺一帯は果実栽培に適した火山性の土壌となります。そこは果肉が赤く染まるブラッドオレンジこと「Arancia Rossa アランチャ・ロッサ」、レモン、リンゴのほか、山の南北と東側の三日月状のD.O.C.(=統制原産地呼称)「Etna エトナ」ゾーンでは、紀元前5世紀にはブドウ栽培が行われていました。ワイン生産者組合Consorzio di Tutela dei Vini Etna D.O.C.には、新旧62の作り手が加入しています。

ETNA_FESSINA.jpg【Photo】樹齢100年を超えるであろうエトナ原産のブドウ品種「ネレッロ・マスカレーゼ」の古木の手入れ。高温で乾燥した栽培環境に向くアルベレッロ仕立ては、支柱を立てたブドウの丈を短く太く仕立てるシチリア伝統の手法。機械が使えないため、多くの手間と人手を要する

 19世紀に欧州のブドウを壊滅させたフィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)禍は、ギリシャ以来の歴史あるブドウ産地シチリアにも及びましたが、海抜1,000mに迫る高地では、その被害を免れました。そうした畑には、接ぎ木されることなく自根を地中深くまで張った樹齢100年~150年という稀有なブドウすら見られます。

 標高が高くなるにつれ傾斜が増す斜面に開墾された階段状のブドウ畑の仕切りは、ゴロゴロとした真っ黒な火山岩の擁壁。日中は南イタリア特有の灼熱の太陽が照りつける反面、夜間は高地ゆえ気温が下がり、1日の中で大きな寒暖の差が生じます。

nerello_mascalese@etna.jpg【Photo】エトナ北東部Castiglione di Sicilia。この地でブドウ作りが始まってから、一体どれほどの時が流れたのだろう。幹の太さが歴史を物語るエトナ伝統のアルベレッロ仕立てのネレッロ・マスカレーゼ。ここでは独特の樹形をしたこんな古木が珍しくない
 
 今から20年前、質より量を求めていたシチリアでは、仮に国としても世界第7位にあたるイタリア国内最多となる年間90万㎘のワインを生産していました。シチリア南東部原産で、島全域で栽培される在来品種ネロ・ダヴォラから造られていた凝縮感のある色濃い赤ワインは、国内はおろかアルプス以北の有名ワイン産地のブレンド用に、大量にバルク売りされていたのだといいます。

tancredi_donnafugata.jpg【Photo】ネロ・ダヴォラに30%カベルネ・ソーヴィニヨンを加えた1983年設立のDonnafugata ドンナフガータ「Tancredi タンクレディ」。歴史の転換点リソルジメントを生きたシチリア貴族を巨匠ヴィスコンティが映画化した「il Gattopardo(邦題:山猫)」で、赤シャツ隊に参加する青年タンクレディを演じたアラン・ドロンと重なる溌剌さを熟成を待たずに味わうのも一興

 そんな状況に一石を投じたのが、祖父が所有していた荒廃したブドウ畑で古典的なブドウ栽培とワイン醸造の刷新に乗り出したジュゼッペ・ベナンティと、ドンナフガータなどでの経験を買われ全てを託されたカターニア出身の醸造家サルヴァトーレ・フォティの両氏。製薬業で成功し、醸造所「Benanti ベナンティ」を1988年に興した実業家と若き醸造家は、150種以上のブドウについて複雑に入り組んだエトナの土壌との相性を考慮しつつ、区画ごとにブドウの選定を数年かけて行います。

rovitello_benanti.jpg【Photo】淡い色調とエレガントに香り立つ高貴さは、さながら伝統的なバローロやブルゴーニュ。「Rovittello ロヴィテッロ」のエチケッタに描かれる火を吹くエトナ北麓の樹齢90年になるネレッロ・マスカレーゼ80%に色素とタンニンを加える役割を果たすネレッロ・カプッチョ20%をブレンド。D.O.C.エトナ・ロッソ伝統の黄金比率を踏襲

 国際市場をいち早く意識したトスカーナで、カベルネやメルロの導入が目覚ましい成功を収めていた'90年代。伝統を否定するかのようなそうした潮流に抗うように2人のシチリア人が進むべき基軸として選んだのは、いずれもエトナ原産とされる赤ブドウ品種「ネレッロ・マスカレーゼ」、「ネレッロ・カップッチョ」、そして白品種の「カッリカンテ」でした。

passopisciaro_motoxx.jpg 伝統への敬意は払いつつ、更に高みを目指した成果は、顧みられることのなかったEtnaの可能性を世に知らしめます。複雑に入り組んだ多様な火山性土壌ゆえのエキス豊富なミネラル感と、標高1,000mに迫る高度がもたらす温度差が生む綺麗な酸味。またとないエトナの風土のもとでのワイン造りへの新規参入が、ここ10年ほど続いています。

【Photo】エトナ北麓の海抜650m~1,000mの畑で収穫された樹齢60~80年のネレッロ・マスカレーゼだけで造るがゆえ、D.O.C.エトナ・ロッソではなく、村名が名前となったパッソピシャーロ。2008年からは、エトナ一帯で「Contrada」と呼ぶクリュの概念による4種の単一畑が加わった

 名醸地ピエモンテを30年前に覚醒させたバローロ改革の旗手「バローロ・ボーイズ」を率いたMarc de Graziaマルク・デ・グラツィアが2002年に設立した新興ながら、素晴らしい成果を上げる「Terre Nere テッレ・ネレ」。そしてトスカーナの辺境から彗星のごとく現れ、シンデレラストーリーを体現してみせたアンドレア・フランケッティが2000年に購入した「Passopisciaroパッソピシャーロ」。変わり種では'80年代にHolding Back The Yearsなどをヒットさせた英国マンチェスター出身のバンドSimply Redのリーダーだったミック・ハックネルが2001年からオーナーを務める「Il Cantanteイル・カンタンテ」など。

Cantante_bianco.jpg【Photo】「Il Cantante Bianco イル・カンタンテ・ビアンコ」のエチケッタ。標高1,200mという高地にある畑で育つEtna biancoの主力品種「Carricanteカッリカンテ」と土着の「Grecanicoグレカーニコ」、「Minnellaミネッラ」の混醸。2007年ヴィンテージは、Slowfood協会発行のワイン評価本「slow wine2011」で、質の高いワインを指すGrande Vinoの評価。これは紀元前8世紀の詩人ホロメスの叙事詩「オデュッセイア」に登場する一つ目の巨人キュクロプス族のポリュフェモスによって、洞窟に閉じ込められた英雄オデュッセウス(=ユリシーズ)が、巨人にブドウ酒を勧める場面。Piazza Armerina ピアッツァ・アルメリーナ郊外に4世紀に造営された離宮「ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ」で20世紀に発見されたモザイク床絵がオリジナル。3,500㎡の遺跡から発見された40以上の色鮮やかなモザイク画は過去50年における考古学上の最も価値ある発見とされ、離宮は1997年世界遺産に登録された (上写真)  背後に雪を頂くエトナが迫るパッソピシャーロ村。気鋭の醸造所Graciでのネレッロ・マスカレーゼの収穫(下写真)

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 オデュッセイアには歌声で船乗りを惑わして船を座礁させる女性の顔と鳥の足と翼を持つ魔物セイレーンが登場します。トロイア戦争から帰還する英雄オデュッセウスは、エトナからほど遠からぬシチリア・メッシーナ海峡近くのセイレーンが棲む島アンテモッサの海域を通ります。美声に興味をもった英雄は、自らをマストに縛りつけ、漕ぎ手には耳栓をさせてそこを通過します。一つ目の巨人ポリュフェモスを酔い潰したブドウ酒は、セイレーンの歌声のようにさぞ甘美だったことでしょう。エトナのブドウ酒が、ホメロスが記した神話の時代から2700年以上の時を経て、改めて多くの人を惹き付けるのは、数々の神話の舞台となった地だからなのかもしれません。

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2011/11/27

トスカーナが呼んでいるぅ~

罪作りで目の毒な本
FINE WINEシリーズ「トスカーナ」

NBCtoscana.jpg 【Photo】トスカーナ州を中心に90人以上の醸造家が美しい写真とともに登場する「FINE WINE シリーズ トスカーナ」。ワインの生産現場にある造り手の顔が見えるだけでなく、ブドウが育つ大地に吹き抜ける風の香りが感じられる一冊(右写真)

 ワインジャーナリズムが発達した英国で最も権威ある評価機関が「The Institute of Masters of Wine(略称:IMW)」。IMWが認定するワインのスペシャリスト「マスター・オブ・ワインには、世界中で299人のみが認定されているに過ぎません。その一人が1940年にLAで生まれ、現在は英国を拠点にワインジャーナリストとして活動するニコラス・ベルフレージ氏です。

 1970年代からイタリアワインの魅力にとりつかれ、英国の著名なワイン評価本「Decanter」誌や、ワイン関連書籍としては世界最多の累計部数を誇る英国きってのワイン評論家・ヒュー・ジョンソン氏の「Pocket Wine Book」で、イタリアワインに関する評価を担当していたこともありました。

NB1_toscana.jpg【Photo】風が吹き抜ける音しか聞こえない典型的なモンタルチーノの風景の中に佇む醸造所「Camiglianoカミリアーノ」。1957年に現オーナーであるゲッツィ家が入手した建物は、中世期には物見台として使われたという。そこは100haにも及ぶ屈指の広大なブドウ畑に囲まれている(「FINE WINE シリーズ トスカーナ」より)

 多種多様なイタリアワインに造詣が深いベルフレージ氏が2009年にロンドンの出版社「Fine Wine Editions」が発行するワインガイド「Finest Wine」のひとつとして出版したのが「The Finest Wines of Tuscany and Central Italy(=トスカーナと中部イタリア極上のワイン)」。いずこを切り取っても絵のように美しいトスカーナの風景や、醸造家たちの姿を写真に納めたのが、英国在住の写真家ジョン・ワイアンド氏です。

 本書はシャンパーニュを代表する造り手「ルイ・ロデレール」が創設した「International
Wine Writers'Awards インターナショナル・ワインライター・アワード
」9つのジャンルのうち、芸術性の高い仕事に対して贈られる「The Artistry of Wine」を2010年度に受賞しています。その和訳版「FINE WINEシリーズ トスカーナ」が日本で出版されたのが昨年11月。

NB2_toscana.jpg【Photo】歴史ある名酒「ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチアーノ」を産するモンテプルチアーノ郊外に建つサン・ピアージョ教会は、周囲の風景に溶け込むルネサンス様式の美しい聖堂(「FINE WINE シリーズ トスカーナ」より)

 前回の訪問から5年のブランクを置いて、重篤な禁断症状が出ている庄イタのイタリア欠乏症。その対症療法としてトスカーナ州モンテプルチアーノで2番目に古い1,000年近い歴史を刻むカンティーナ「Contucci コントゥッチ」の扉が表紙となったこの本を出版直後に購入しました。以来、あたかも極上のワインを味わうようなワクワク感を、この美しい写真集のようなワインガイドはページをめくるたびに体験させてくれます。

 国内での名声のみならず、ここ数年で国外でもワイン産地として脚光を浴びるようになったトスカーナ。高まる一方の需要と人気を反映するかのように、ここ15年ほどで価格上昇が最も著しいイタリアワインがトスカーナ産赤ワインだと言ってよいでしょう。しかしながら本書では、変貌著しいトスカーナワインの魅力の神髄は、著名な米国のワイン評論家ロバート・パーカーが95点以上の評価をつけて国際市場で引く手あまたとなる高級ワインではなく、多くのイタリア人が日々の糧とともに楽しむ85点前後のワインにこそあることを序説で押さえています。この点に関しては私も意を同じくするところです。

 本書で登場するのは、イタリアで最も著名ながら、1970年代半ばまで横行していた過剰生産の悪弊で、ボルドーやブルゴーニュを至上とするワインスノッブの人々から白眼視されたものの、いまや変貌を遂げたキアンティ・クラシコ、クラシコゾーン以外では最も熟成能力のあるキアンティを産するRufinaルフィーナを含むフィレンツェ東部・西部、シンデレラワインが次々と登場するマレンマなどの海岸地域、バローロと並び称される高級ワインの代名詞ブルネッロを生むモンタルチーノからオルチア渓谷沿いに絵画のような風景が続くモンテプルチャーノ、そして塔の街サン・ジミニャーノなど。
 
NB3_toscana.jpg【Photo】著者ニコラス・ベルフレージも絶賛するイタリアきっての素晴らしいデザートワインである「Vin San Giustoヴィン・サン・ジュスト」。陰干ししたブドウの果汁を6年間の眠りにつかせる樽を前に揃ったマルティーニ・ディ・チガラ兄弟。右から無愛想なフランチェスコ、エリザベッタ、私を快く迎え入れてくれたルカ(「FINE WINE シリーズ トスカーナ」より)

 登場する生産者のヴィーノの多くは日本にも入ってきており、実用書としての役割を十分に果たします。醸造家の言葉と写真が並ぶ本書を眺めているだけで心はトスカーナへとトリップしてゆくかのよう。すでに確固たる地位を築いていたオルネッライアをさらなる高みに引き上げたアクセル・ハインツ氏や、アヴィニョネージと並ぶ珠玉の極甘口ワイン「Vin San Giustoヴィンサンジュスト」を心行くまで試飲させてくれたルカ・マルティーニ・チガラ氏、昨年仙台に来てくれたキアンティ・クラシコ協会会長のマルコ・パッランティ氏ら、お会いしたことがある醸造家たちの懐かしい顔も登場します。

 ヴィーノを飲みながら彼らの言葉を読み返しているうち、醸造所を訪問して肉声を聞いているような錯覚すら覚えます。そんな儚い酔いから醒めた時、思うに任せない籠の鳥のような境遇を恨むとともに、かえって禁断症状が悪化することを承知の上で、手に取らずにはいられなくなる、とっても罪作りな本なのです。

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FINE WINEシリーズ トスカーナ
ニコラス・ベルフレージ(著) 水口 晃 (監修) 佐藤志緒 (翻訳)
出版社: 産調出版 320ページ
本体価格:3,400円(税別)


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2011/11/20

ボージョレ騒動はさておき...

地球上で唯一オフヴィンテージが存在しない奇跡のブドウ産地・ボージョレ
VS 解禁日に飲んだ今年のヴィーノ

※商戦が盛り上がりに欠けた昨年は、怒りの矛先を向けずにスルーしましたが、ユーロ安が追い風となって関係者の鼻息が荒い今年は負けずに行きまっせーっ!!  Boooo...q(`ε´q)

georgesduboeuf.jpg 今月18日、仙台では平年と比べて8日遅く初霜を観測しました。こうして寒さが増してくると本格的な赤ワインシーズンの到来です。そこに巡ってきた11月の第3木曜日。そう、ボージョレ・ヌーボーの解禁日ですね。今年もプロモーションのため、ボージョレ地区最大手のネゴシアン(=酒商)「ジョルジュ・デュブッフ」が、ヌーボー最大の得意先であるニッポンにオーナー自らやって来ました。

【Photo】ボージョレの帝王ことジョルジュ・デュブッフ氏 (大きな声では言えないが、我がホームグラウンド庄内ではお目にかかれないタイプのアクが強いこの御仁。ブドウを手にほくそ笑む表情からは、畑仕事に精を出す醸造家よりも商売人の印象を受ける。仮面ライダーに登場した悪役・死神博士に似ていると思うのは私だけ?)

 商魂むきだしのボージョレ・ソードー(=騒動)に黙っていられないのが、真っ当に造られた美味しいワインを愛する庄イタなわけで...(笑)。したたかなフランス人に踊らされている日本に警鐘を鳴らすべく、これまで2度ほどViaggio al Mondoで孤独な戦いを繰り広げてきました(2008年9月27日「今年も当たり年? ボージョレ・ソードーは日本固有のお祭り」、同年11月28日「ボージョレ後日談&自然派ワインよもやま話」)

 自国の文化や価値観が最も優れていると考える中華思想においては、本家中国と肩を並べるフランス。東京電力福島第一電子力発電所の事故直後、日本では菅首相(当時)が原発推進路線からの転換を表明したのとは対照的に、サルコジ仏首相は自国の重要な産業である原子力発電の推進にご執心です。

lacrima_1morro.jpg【Photo】イタリア・マルケ州の在来ブドウ「ラクリマ・ネラ」を使った「ラクリマ・ディ・モッロ・ダルバ」3種。家族経営による「ジュスティ・ピエルジョヴァンニ」の「ルッビヤーノ」(写真右)「ルイジーノ」(写真左)、マルケ州最大手の「ウマニロンキ」の「フォンテ・デル・レ」(写真中央)

 東大名誉教授の故・木村尚三郎は、米国は "巨大な島国に過ぎず、自国と相いれない文化を決して受け入れようとはしない国家"と評しました。この戦後を代表する西洋史研究家の洞察は、20世紀末に顕在化したイスラム文化圏との衝突や、実態は自国の権益を押し通そうという意図が明白なTPP交渉をみれば、正鵠を射た慧眼であったと納得がゆきます。

 日本の輸出産業に打撃を与えんとする米国主導の円高誘導と、信用不安に端を発したユーロ安を追い風に、今年もJaponで荒稼ぎしようと、フランス食品振興会(SOPEXA)や酒販業界は一丸となって多様な販促活動に躍起です。東京港区白金台にある「八芳園」で、17日の午前零時にブドウジュース もとい、ヌーボーで乾杯する派手な解禁イベントを仕掛けたのは前述のSOPEXA。仙台でも地元プロスポーツチームのスポンサーになっている大手流通が、ベガルタ仙台手倉森監督などをゲストに深夜のカウントダウントークショーを実施するなど、今年も日本各地でお祭り騒ぎが繰り広げられました。

lacrimautumno.jpg【Photo】収穫期を迎えたラクリマ・ネラ

 それにしても喧伝されるボージョレ・ヌーボーの作柄を自画自賛する誇大表現には、ほとほと閉口します。天候による劇的な品質向上など望むべくもない酒質のヌーボーをして、今年も判で押したようなお約束の「グレートヴィンテージ」だそう(デュブッフ社の日本輸入元サイトはコチラ

 ジョルジュ・デュブッフ社サイトでは、2011年のボージョレ・ヌーボーを "Full,Smooth body with a fine,silky harmonious texture and exceptional richness."と表現しています。これはボージョレ地域の主力ブドウ品種「Gamayガメ」以外のブドウで造られるワインは口にしたことがない中華思想の持ち主による評価なのでは??と勘ぐりたくなる内容です。

 ボージョレ・ヌーボーは、普通のワインとは全く異なり、通常で2~5日の極めて短期間の発酵で仕上げる突貫工事のような特殊な製法で醸造されます。私が思うにボージョレ・ヌーボーは、どう転んでも複雑味に欠けるタンニン成分が少ない軽く(smoothとも言う)平板な(silkyとも言う)味わいの酒です。間違ってもジョルジュ・デュブッフ社が言うところのフルボディのワインでは断じてありません。

az.ag.giusti.piergiovanni.jpg【Photo】栽培が難しいラクリマ・ネラ種から熟成能力の高い素晴らしいヴィーノを生産するジュスティ・ピエルジョヴァンニ醸造所。アンコーナ・ファルコナラ空港近くのアドリア海から2kmほど内陸に入ったそこは、比較的平坦な地形だが、海風による昼夜の気温差がブドウ栽培に適した微気候を生む


 SOPEXAが言うように2011年ヴィンテージが「3年連続のとても偉大な品質〈Link to website〉」だとしても、それは通常の醸造法で醸された「Morgonモルゴン」「Chénasシェナス」「Fleulieフルリ」といった素性が明らかなクリュ・ボージョレに限った話。2~3ヵ月の寿命しか持ち合わせていないヌーボーに偉大という賛辞を当てはめるのは土台無理な相談でしょう。

 一部のスーパーが競って導入しているペットボトル容器と円高ユーロ安の恩恵で、現地価格(2€~5€)に近い価格で出回っている今年のヌーボー。酒販業界では前年比2%増の60万ケースの売り上げを見込んでいるといいます。お手並み拝見といったところですが、解禁初日の売り場には、ヌーボー目当ての来店客がそれなりに群がっていたように思います。そんな人たちを煽るかのように前例踏襲の各メディアも、ヌーボー解禁を毎年ニュースとして取り上げます。自分がメディアに身を置くゆえに声を大にして言いたいのです。「もうやめませんか、"売らんかな"の片棒担ぎは」と。今年も私の闘いはまだ道半ばであることを思い知らされたのでした。

lacrima_tagawakabu.jpg【Photo】ジュスティ・ピエルジョヴァンニの「ルッビヤーノ・ラクリマ・モッロ・ディ・ダルバ'03」を頂き物の田川カブ甘酢漬とともに。和洋の希少な在来種同士の組み合わせだが、これがまたピタピタと合う

 そんなお寒い状況の中、赤ワインが一層美味しくなる季節となる11月第3木曜日に庄イタが開けたボトルはこれ。古来から中部イタリア・マルケ州アンコーナ県のごく限られた地域に伝わる土着品種「Lacrima Nera ラクリマ・ネラ」を使って「ジュスティ・ピエルジョヴァンニ」という真摯な作り手が仕込んだ「Rubbjano Lacrima di Morro d'Alba 2003 ルッビヤーノ・ラクリマ・モッロ・ディ・ダルバ'03」。

 神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世は、拠点となる港湾都市アンコーナ攻略のため、アドリア海から10kmほど内陸側の丘陵地帯にある「Morro d'Alba モッロ・ディ・ダルバ」の要塞に拠点を構えます。そこで出合ったのが、うっとりするようなバラやスミレの顕著な香りがするこのヴィーノ。その特徴的なアロマに魅了されたフリードリヒ1世は、このヴィーノを愛飲したという12世紀の記述が今に残ります。

 霜害のリスクが高い早春に発芽する上、収穫時期の見極めが難しいこの品種。熟した顆粒からあたかもLacrima(=涙)のように果汁がしたたり流れることから、この名が付いたともいわれます。19世紀に欧州のブドウを壊滅させる猛威をふるったフィロキセラ禍以降に導入せざるを得なかった台木との適合性が判明するのに時間を要したことも、このブドウ品種が作付を減らす要因となりました。

giusti_piergiovanni.jpg【Photo】父親が早逝したため、23歳からワイン醸造の世界で独り立ちしたというジョヴァンニ・ジュスティ

 1985年にDOC(統制原産地呼称)指定を受けた際、イタリア各地で栽培される代表的な赤ワイン用品種サンジョヴェーゼと、マルケ州で最良の結果を生む品種モンテプルチアーノを15%までは混醸が認められたラクリマ・モッロ・ディ・ダルバですが、当時ほとんど栽培されなくなっていた品種「Lacrima neraラクリマ・ネラ」の可能性に着目、一時は幻とまで言われたこの品種の復権と品質向上に携わったのが、1920年代に先々代が興した醸造所を継いだ父ルイジーノの傍らで幼少時代を過ごしたという現当主のジョヴァンニ・ジュスティでした。

 かつては若飲み向きとされたこのヴィーノ。ジュスティ家では、フローラルに香り立つラクリマ・ネラの美点を活かした体躯のしっかりとした極めて香わしく、数年の熟成に耐えうるヴィーノを他品種との混醸なしで醸します。この日セラーから取り出した2003年は、この希少なブドウとオリーブの畑が連なるなだらかな丘陵地が広がるモッロ・ディ・ダルバや隣町の「Monte San Vito モンテ・サン・ヴィート」などを訪れた思い出深い年。イタリア全土が酷暑に見舞われてブドウが焼けた中、作柄に恵まれた'03vinのマルケ州産ヴィーノはしっかり確保してあります。

 映画「よみがえりのレシピ」庄内公開初日、後藤勝利さんの藤沢カブ畑に伺った帰りに湯田川温泉に立ち寄った折、定宿の「ますや旅館」の女将・中鉢泰子さんから頂いたのが、焼畑で作られた比較的辛味の少ない在来種「田川カブ」のお手製甘酢漬。自家製ならではの心和む自然な味付けの漬物をつまみながら、8年の熟成を経て角が取れたはずのこの作り手のミドルレンジに当たるラクリマ・ネラ100%の年産わずか3,400本しかない「Rubbjano ルッビアーノ'03」を開けました。

rubbjano03_2011.jpg【Photo】かつては若飲みといわれたラクリマ・モッロ・ディ・ダルバ。ジュスティ・ピエルジョヴァンニの手になる瓶詰め後7年を経たルッビヤーノ'03は、快活で魅力的な作り手そのままの生き生きとした素晴らしい香りと風味で楽しませてくれた。フラッグシップとなる「Luigino」は敬愛する父の名を冠した更に熟成能力が高いヴィーノ。我がセラーに眠る3本の'03vinをいつ開けるかが思案のしどころ

 手摘みされたブドウだけを除梗・発酵後、バニラ香の強いバリック新樽を4割使用、10ヵ月の樽熟成と6ヵ月の瓶熟成を経てリリースされます。抜栓直後はその優美な香りが閉じた印象でしたが、1時間を過ぎる頃には蕾が花開いて芳醇な色香を漂わせ始めました。キメ細やかなタッチ、目の詰まったシルキーなタンニン、適度な樽香が溶け込んだインクのようなスモーキーなフレーバーの後、スミレ・バラ・湿った落ち葉の香りが幾重にも重なり、ブラックチェリーやカシスのような澄んだ綺麗な酸が長い余韻を残してゆきます。う~ん、オイシイ。

 前回「よみがえりのレシピ」で述べたように、経済効率とは関係なく、自分が生まれ育った土地固有の資源の価値を大切にしようという思いは世の東西を問いません。ボージョレ・ヌーボーの販促活動に見られるような行き過ぎた商業主義とは無縁の人々とその仕事をこれからもViaggio al Mondoではご紹介してゆきます。

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Azienda Agraria Giusti Piergiovanni
アジェンダ・アグラリア・ジュスティ・ピエルジョヴァンニ

Via Castellaro, 97
60010 MONTIGNANO - (AN)
Phone&Fax: +39 071 918031
Fax: +39 071 918031
URL:http://www.lacrimagiusti.it/italiano/home.html


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2011/06/18

Colletta per Giappone (イタリアから届いた義援金)

Gent.mi italiani
Come ben saprete abbiamo subito danni distruttivi a causa del terremoto e dello Tsunami: dove abito nella provincia di Miyaghi, nei paesi vicini all provincia di Iwate e nella stupenda costa della provincia di Fukushima.
Sono passati quasi 3 mesi ma la situazione è ancora molto critica in tutta la zona colpita.
Credo che sarà davvero molto difficile la situazione ancora per molto tempo anche solo per trovare le forze di riprendersi, nonostante molte persone cerchino di sollevare quelle persone che hanno perso un membro della famiglia o che hanno perso la casa e tutto il denaro, o che sono hanno dovuto trasferirsi lontano dalla propria città a causa del problema della centrale nucleare di Fukushima.
In questa situazione così critica, ho avuto la piacevole notizia dalla Sig.ra Mayumi Nakagawara (la quale da giornalista ha pubblicato 2 libri sui vini italiani che amo perchè riesce a comuncare bene il fascino dei vini) di questa intenzione di raccogliere fondi dalle cantine italiane, da giornalisti del settore e da associazioni italiane per cercare di sostenerci.
Come Voi italiani avete ricostruito il vostro Paese dopo la seconda guerra mondiale, anche Noi giapponesi non possiamo arrenderci a questa orribile calamità naturale come ci ricordano le generazioni dei nostri genitori che hanno saputo ricostruire miracolosamente a seguito dei numerosi incendi causati dalle bombe durante la seconda guerra mondiale, oltre alla terribile bomba atomica di Hiroshima, città che oggi si è popolata di 1.000.000 di persone e vanta della presenza della sede centrale dell'azienda di automobili MAZDA, famosa in tutto il mondo.
Noi siamo sicuri di rinascere anche grazie alla vostra cortesia.Mi auguro che potremo fare un brindisi con un calice di vino italiano e con il sorriso grazie a persone preziose che ci stanno aiutando in un periodo così doloroso.
9 Giugno,2011
Hiroto Carlo KIMURA (日本語の原文はコチラ【pdf】


イタリアワイン関係者からの義援金

m_nakagawara.jpg【photo】イタリア各地に広がる人脈を生かして義援金を募って下さった中川原まゆみさん〈撮影:渡邉 高士 氏〉

 中部イタリア、エミリア・ロマーニャ州Bologna ボローニャ在住のワインジャーナリスト中川原まゆみさんからメールが届いたのが4月21日。東日本大震災に関するニュースが、連日イタリア国内で報道されていた頃です。被災地の惨状に心を痛めた中川原さんが、ワイン生産者や生産組合、ジャーナリスト仲間らに声を掛けて集めたという総額11,515ユーロの義援金の送り先に関して情報がほしいという内容でした。以前、中川原さんの著作をご紹介したこともあり、何かお役に立つのなら、喜んでお引き受けする旨をお返事しました。

 日本円に換算して130万円ほどの募金を被災したレストランや酒販店に直接届けたいというのが中川原さんのお申し出でした。状況を探るため心当たりに直接打診したほか、被災地の支局に勤務経験のある同僚記者にも動いてもらいました。東北一円を営業エリアとしてカバーするイタリア食材専門のインポーター「モンテ物産」ほか、イタリアワインを多く扱う卸業者にも情報提供を求め、特に被害がひどかった岩手・宮城・福島の3県の候補から、最終的に下記5店に義援金を贈ることにしました。

◆ 「レストランまるみつ」 岩手県宮古市藤の川
 岩手短角牛を用いたハンバーグが人気の宮古湾に面した南欧風レストラン。被災状況はオーナーソムリエ古舘 英樹さんのブログで。http://ariv.blog.so-net.ne.jp/2011-03-20 
 

「レストランまるみつ」周辺の状況をGoogleマップで見る

◆ 「Ozio オッツィオ」  宮城県亘理郡山元町山寺
Ozio_yamamoto.jpg 宮城県南では珍しい石窯で焼くピザと旬の素材で作る創作パスタ&ドルチェの隠れ家的なイタリアン。海岸から1km と離れておらず、平坦な地形が災いして津波の直撃を受けた店が全壊。店のHPには、映画界に復帰したシュワルツェネッガー元カリフォルニア州知事のような石川オーナーのメッセージがひと言。「I'll be back ... 」

◆ 「ぱぴハウス2号店・3号店」 宮城県多賀城市および同山元町坂元
 社会福祉法人「臥牛三敬会」が、障害をもつ若者の就労支援施設として運営するイタリアンレストラン。両店舗とも津波により大きな被害clicca quiを受けた。

◆ 「Al Fiore アル・フィオーレ仙台市太白区向山
alfiore_distribuito.jpg 斜め向かいに建っていた「鹿落旅館」の崩壊で店に通じる道路が封鎖され、インフラも戻らず4月末まで休業。その間、目黒浩敬シェフは被災3県の支援が行き渡らない避難所に連日出向き、炊き出しに奔走。店を再開した今も依頼が入るため、取引先から一部食材の提供を受けながら、数百名単位の炊き出しを毎週のように継続中。

◆「Est Est エスト・エスト福島県いわき市平字堂ノ前
 イタリア風居酒屋。建物には大きな被害はなかったが、什器類が損壊。現在は営業を再開。

 食器やワインが割れた、平常営業ができずに売り上げが激減した・・・といった震災の影響は、程度の差こそあれ、ほぼ例外なくあったかと思います。原発事故により立ち入り禁止区域に指定され、いつ店を再開できるのか見通しが全く立たない店舗があることも承知しています。

 ヴェロネリが発行する著名なワイン評価本「I VINI DI VERONELLI」のテイスターとして知られるジジ・ブロッツォーニ氏など、イタリアワインに関わる方たちから寄せられた思いもかけぬ浄財。どこに渡るかも知れぬ赤十字経由ではなく、再起を期するイタリアワインのユーザーに直接お渡ししたいという中川原さんの真摯なお気持ちを生かすよう、中川原さんと相談の上で以上のような段取りをとった次第です。

514px-Michelangelo_Caravaggio_007.jpg 被災状況を伝える写真に、私からのメッセージを添えてイタリア語への翻訳をお願いした中川原さんにお送りし、今週ボローニャから義援金を送金して頂きました。津波による被害は、地震保険の対象外であり、公的な保障もされない中で、自発的に動いてくださった中川原さんと、それに応えてくれた人たちに改めて御礼を申し上げたいと思います。

【photo】ウフィッツィ美術館所蔵のカラヴァッジョ作「Bacchus バッカス」。今回義援金を寄せてくれた「I Giusti & Zanza イ・ジュスティ・エ・ザンツァ」が自社のワイン「Nemorino」のエチケッタに使っている。再起の1杯に

 最後は善意を受け取られた皆さんへの私からのお願いで締めくくるとしましょう。店舗再開の暁には、募金に協力して下さった生産者のワインで祝杯をどうぞ上げて下さい。さらには再開した店のワインリストに下記のワインを加えて頂ければ、被災地で暮らす皆が心優しき生産者のワインを楽しむことができます。イタリアワインを愛する者として、また今回の橋渡し役として、これに勝る幸せはありません。

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募金に協力頂いた主な生産者(括弧は輸入業者)
I Giusti & Zanza / Toscana (中島董商店)
 イ・ジュスティ・エ・ザンツァ / トスカーナ州ピサ県ファウリア
   *URL:http://www.igiustiezanza.it/
Fratelli Serio e Battista Borgogno / Piemonte (中島董商店)
 フラテッリ・セリオ・エ・バッティスタ・ボルゴーニョ / ピエモンテ州クーネオ県バローロ
   *URL:http://www.borgognoseriobattista.it/
Capovilla / Veneto (スリー・リヴァーズ)
 カポヴィッラ蒸留所 / ヴェネト州ヴィチェンツァ県バッサーノ・デル・グラッパ
   *URL:なし
Azienda Vinicola Pietracupa / Campania (ウインターローズ)
 ピエトラクーパ / カンパーニャ州アヴェリーノ県モンテフレッダーネ
   *URL:なし 
Stefano Ferrucci / Emilia-Romagna (アビコ)
 ステファーノ・フェルッチ / エミリア・ロマーニャ州ラヴェンナ県カステル・ボロニェーゼ
   *URL:http://www.stefanoferrucci.it/home.html
Bisol / Veneto (パシフィック洋行)
 ビゾル / ヴェネト州トレヴィーゾ県ヴァルドッビアーデネ
   *URL:http://www.bisol.it/
Tenuta San Francesco / Campania (テラヴェール)
 テヌータ・サン・フランチェスコ / カンパーニャ州サレルノ県トラモンティ
   *URL:http://www.vinitenutasanfrancesco.it/
Josephus Mayr / Trentino-Alto Adige (アビコ)
 ジョセフ・マイアー/ トレンティーノ=アルト・アディジェ州ボルツァーノ県コルネード・アッリザルコ
   *URL:なし

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2011/04/24

桔梗が花開く日を信じて

Pasqua パスクア(復活祭)の日に

TorinoUmi.jpg【photo】阿武隈川河口(写真下)と汽水湖「鳥の海」。南側の浜堤部に平坦な防潮林が続く先に見える牛橋河口近くで、宮城県唯一の自家詰めワインが造られていた

 那須岳と連なる旭岳北側に端を発し、福島・宮城を北上した東北第二の大河、阿武隈川が太平洋へと注ぐ海沿いにあるのが、亘理(わたり)郡です。阿武隈山地が北西風を遮り、海洋性の温暖な気候に恵まれ、東北の湘南と形容される山元町も、3月11日の東日本大震災で発生した15mもの高さに達する大津波の惨禍から逃れることはできませんでした。

thedayafter20110311.jpg【photo】海岸線(写真右)から800mほどしか離れていない平坦な地にある「桔梗長兵衛商店」の醸造所(赤いピンマーク)とブドウ畑は、襲い掛かった津波にのみ込まれてしまった

 亘理町から山元町にかけては、ビニールハウスによるイチゴ栽培が盛んで、「仙台いちご」の一大産地として知られています。国道6号線をはさんで海沿いを走る県道38号線には、観光農園が点在し、別名「ストロベリーライン」と呼ばれます。それに対して内陸部を南北に走る道は「アップルライン」と言われる通り、海抜50m~60m前後の亘理丘陵一帯には、リンゴ畑が広がっています。

vini_kikyoya.jpg【photo】店頭で津波にのまれたものの、割れずに残り、汚れを流したエチケット(ラベル)が擦り切れている「桔梗長兵衛ワイン 赤・白」、山元町産のリンゴ紅玉を用いたアップルワイン「紅玉」。松島町「むとう屋」にて

 海浜部ゆえの茫漠たる砂地と沼沢地で、かつては不毛の土地といわれた亘理町浜吉田南部から山元町山下地区にかけて、痩せた土地でも育つブドウ栽培が始まったのが、今を遡ること109年前の1902年(明治35)。昭和30年代までは、県内随一のブドウ産地でしたが、よりブドウ栽培に適した他県の産地に押される形で、ブドウ畑はイチゴのビニールハウスへと姿を変えていったのだといいます。

nama_mutouya.jpg【photo】デラウエアのピュアで爽やかな凝縮した透明感の高い甘味が心地よい「むとう屋生詰めワイン」

 宮城県内唯一のワイナリーが、創業者の名を屋号とする「桔梗長兵衛商店」。醸造免許を取得した1910年(明治43)以降、大正期にはアルコール発酵させない「ぶどう液」の製品化にも成功、ワインと並ぶ特産品として親しまれてきました。見学や試飲ができる施設を造るでもなく、畑仕事に精を出し、ワイン醸造職人に徹した当主の桔梗 幸博さんもまた、花好きだったお母様のよし子さん共々、醸造所を壊滅させた津波で帰らぬ人となりました。享年54歳。心からご冥福をお祈りいたします。

watari_wine.jpg 【photo】桔梗長兵衛商店の「わたり」は、主に生食されるブドウ「キャンベル」を使用した可憐でソフトなワイン。造り手が亡くなった今、エチケットの「わたり」の文字が、哀しみを表すかのように薄墨で書かれている偶然に胸が痛む

 ブドウの個性がストレートに味わえる非加熱・無濾過の酵母入り生詰めワインの製造を持ちかけ、1998年(平成10)から「むとう屋生詰めワイン」として商品化したのが、松島町の酒販店「むとう屋」の佐々木 繁社長です。東京農業大学で醸造学を学んだ根っからの職人気質の幸博さんに惚れ込み、宮城県唯一の生詰めワインを生むきっかけを作った佐々木社長も道半ばにして逝った醸造家を悼みます。

 朴訥で飾らない人柄を物語るような"その土地ならではの味がするワイン"を造り続けた幸博さんが情熱を注いだ醸造所は、建屋の残骸が残るのみとなりました。幸博さんと奥様の間には、現在大学で醸造学を学んでいるという娘さんがおいでです。むとう屋の佐々木社長は、多くのファンがいた生詰めワインをこうした形で途絶えさせるのは無念だし、かといって他の醸造所に製造を委託するのも忍びないと胸の内を語ります。
,
 非業の最期を遂げた家族の後を継いだ女性が素晴らしいワインを造り続けている醸造所は、今日がPasqua パスクア(= イースター・復活祭)にあたるイタリアを例に挙げると、病に倒れた夫の遺志をチンツィア夫人が継いだ「Le Macchiole レ・マッキオレ〈Link to website〉」や、耕作中の事故で命を落とした夫が夢なかばにした醸造所をオルネッラ夫人が継承した「Matteo Correggia マッテオ・コレッジャ〈Link to website〉」があります。

 桔梗の花言葉は「変わらぬ愛」「気品」「誠実」「従順」「変わらぬ心」だそう。全てを失った今は悲しみに打ちひしがれているご家族も、いつの日か、また新たな一歩を踏み出すことを切に願っています。
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■ 桔梗長兵衛商店
宮城県亘理郡山元町山寺字牛橋19

■ むとう屋
宮城県宮城郡松島町松島字普賢堂23
Phone:022-354-3155(代) FAX:022-354-3156
URL: http://www.mutouya.jp
※ 現在店舗2階で仮営業中

2011/04/03

Percarlo per Carlo.

身代わりになったVino

cave_electrolux.jpg【photo】高さが1,735mm ある大型のワインセラー上部に取り付けた転倒防止ポールとあいまって、セラーの扉が開くのを阻止し、大切なセラーアイテムを守ってくれた樹脂製のベルト型開放防止器具。Good job !!!

 3月11日に発生した東日本大震災では、自宅2階に設置しているワインセラーが、扉のロックをしていたにもかかわらず、詰め込んだワインの重さで3台とも全て鍵が押し開けられてしまいました。206本が収納できる大型セラーは、念のために取り付けておいたベルト型の開放防止器具が功を奏して無事でしたが、扉が開いた2台の中型セラーは、寝かせていたワインの一部が外に飛び出てしまいました。

broken_percarlo.jpg

 折り重なるように床に散乱したワインの中で、唯一割れてしまったのが、娘のバースデーヴィンテージである'98vin の「ペルカルロ Percarlo / サン・ジュスト・ア・レンテンナーノSan Giusto a Rentennano」。これまでも幾度か触れてきた私が好きなトスカーナ産の赤ワインです〈Link to back number〉。

 自分が生まれた年のワインを、いつか人生の節目に開けてもらおうとした当の本人は、学校で被災しましたが無事でした。その日、私は出張先の弘前市にいました。地震発生時は、仙台へと向かうバスが震源から遠く離れた青森県碇ヶ関付近を走行中で、乗員乗客は誰一人として地震発生に気付くことすらなかったのです。

 イタリア語では「H」を発音しないため、本名では「iroto」となるため、Carlo(カルロ) と呼んでもらうことにしている私は、割れてしまったPercarlo が、文字通り"per Carlo"(=カルロのために)身代わりになってくれたのだと思っています。

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2011/02/20

Super Shonai(スーペル・ショーナイ)

知る人ぞ知るメルロ100%の逸品

 ブドウ品種の多様性を縮図で見るようにバリエーション豊かな品種のワインが生産されるイタリア。いち早く国際市場を意識したヴィーノ・ロッソを生み出した産地といえば、トスカーナ州西部、Maremmaマレンマ海岸地域にあるBolgheri ボルゲリを忘れるわけにはいきません。700年以上前から名醸地として名を馳せていたChianti Classicoキアンティ・クラシコ、Montepliciano モンテプルチアーノ、19世紀後半から頭角を現したMontalcino モンタルチーノといった内陸の産地とは環境が全く異なるティレニア海沿いの海洋性気候のもとで、世界最高水準にあるワイン群が生まれています。

maremma.jpg

【photo】湿地帯が広がる典型的なマレンマ海岸の風景

 ボルゲリ一帯は、近年までマラリア蚊が発生する湿地帯だったために開発の手が及ばず、イタリア国内ですら、「Maremmano マレンマ馬」の産地としてしか認知されていなかったといいます。そんな辺境の地がワイン産地として世界の檜舞台に突如として登場したのが、1978年のロンドンでのこと。英国の権威あるワイン情報誌「Decanter」が催した試飲会に11ヵ国33本のカベルネ・ソーヴィニヨンが出品され、ヒュー・ジョンソンら名だたる評論家が頂点に選んだのが、名前すら知られていなかった「Sassicaia サッシカイア」'72ヴィンテージでした。

strada_bolgheri.jpg【photo】古代ローマが敷設したピサとローマを結ぶアウレリア街道の名残りを「via Aurelia 」という別名に残す国道1号(Strada Statale 1)をSan Guidoサングイードで内陸側の脇道へ。このBolgheriボルゲリへと伸びる5kmほどの直線道路の両側には、ノーベル文学賞を受賞した19世紀の詩人ジョズエ・カルドゥッチが愛した糸杉の並木が続く

 Sassi(=小石)だらけの土地を意味するそのワインの造り手は、20世紀最高の競走馬として語り継がれる「Ribot リボー」の馬主であったマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵が所有する「Tenuta San Guido テヌータ・サン・グイード」。第二次大戦前に旅先で出合ったボルドーワインをえらく気に入った侯爵が、ボルドー原産のブドウ、カベルネ・ソーヴィニヨン(以下CS)とカベルネ・フラン(以下CF)をボルゲリに所有する2,500haもの広大な領地のCastagneto Carducci カスタニェート・カルドゥッチというコムーネの一角に植えたのが1944年。最初は自家消費用に1ha のみを植えたに過ぎませんでした。

vini_bolgheri_98.jpg 【photo】GAJAやAntinori など、国内外から進出が相次ぐボルゲリと南隣りのスヴェレート。成長著しいこの地域でシンデレラ・ストーリーを打ち立てたワインたち。女性醸造家エリザベッタ・ジェペッティが運営するファットリア・レ・プッピレが、ジャコモ・タキスの監修のもとで誕生させたSaffredi サッフレディ'98、伝説の'85vinに匹敵する可能性を秘めるサッシカイア'98、ワインスペクテイター誌が2001年度に世界の頂点に選んだオルネッライア'98、ワインアドヴォケイト誌が100点を献上したレディガッフィ'00。いずれも我がセラーで睡眠中(写真左より) 

 競走馬の生産とオリーブ栽培が主で、趣味の域で始めたブドウ栽培に、次男のニコロとともに1968年から参画したのが、昨年第一線を退いた著名な醸造家ジャコモ・タキス博士でした。二人は当時としては常識外れの1ha当たり30hℓ以下という低収量に抑えたCS85%・CF15%の比率でブドウを混醸、熟成にはそれまで主流であったスロベニアオークの大樽ではなく、フランス産225ℓ容量のバリック樽を導入します。

cantina_orenellaia1.jpg【photo】 無国籍な雰囲気を色濃く漂わせるオルネッライア。当時はGambero Rosso から「インターナショナルだ」と酷評されたものの、7割を国外に輸出するという製品はいずれも高い評価を受ける

 VDT(Vino da tavola=テーブルワイン)からIGT、DOC、頂点のDOCGまでのランクに分けられるイタリアワイン法の規定に捕らわれない品種や醸造法で造られる高品質なVDTを総称する「Super Tuscan スーパー・タスカン(イタリア語では Super Toscana スーペル・トスカーナ)」の象徴として、高まる一方のサッシカイアの名声とともに、後に続いた「 テヌータ・デッラ・オルネッライア」「Le Macchiole レ・マッキオレ」や、20kmほど南にある小村Suveretoスヴェレート近郊の「Tua Rita トゥア・リータ」「Fattoria Le Pupille ファットリア・レ・プッピレ」などの成功により、新興地ボルゲリの国際的な評価は高まるばかり。

ornelloornellaia.jpg【photo】「オルネッライア」の名前の由来となったOrnello(=トネリコ)の大木が、ティレニア海を望むブドウ畑に囲まれてぽつんと立つ

 世界で最も影響力のあるといわれるワイン評論家ロバート・パーカーは、主宰する「Wine Advocate」誌1997年2月号において、'85年ヴィンテージのサッシカイアに対し、イタリアワイン初となる100点満点を献上します。同ヴィンテージは、'96年に非営利法人「Grand Jury Européen グラン・ジュリ・エウロパン」が行ったブラインドテイスティングで、ラトゥール、ラフィット、マルゴーら五大シャトーはおろか、最も高価なボルドーであるペトリュスをも打ち破り、第一位に輝きます。

azienda_ornellaia.jpg 【photo】緩やかな傾斜を描くオルネッライアの畑は、表層部が石灰岩質の鉄分を含んだ粘土質、基底部が水はけの良い砂というブドウにとって理想的な土壌に恵まれている

 大方のニューワールド産ワインには無い複雑味があり、高貴かつ厳格。なれども和食とイタリアン中心の自宅ごはんと共に楽しむには、あまりに重苦しく埃っぽく、時としてカビ臭い(と、私は感じる)ボルドー。かたやボルゲリで生産されるボルドー品種のヴィーノは、母国とは一線を画する明確な個性を持っています。ボルゲリのCS、CFは、熟成を経てなお若々しく親しみやすい優美な香りを備え、ヴィーノ単独で楽しむのは勿論、食事と合わせる場合でも守備範囲の広さが身上です。

cellar_ornellaia.jpg【photo】空調の行き届いた清潔極まりないオルネッライアの熟成庫。フラッグシップのオルネッライアは新樽と一年樽で14-18ヶ月、メルロのマッセトは100%新樽で24ヶ月の熟成

 「Tignanello ティニャネロ」「Solaia ソライア」を生んだ名門「Marchesi Antinori マルケージ・アンティノリ」を率いるピエロを兄に持つロドヴィコ・アンティノリ侯爵が、世界に通用するプレミアムワインを造ろうと醸造所テヌータ・デッラ・オルネッライアを興したのが1980年。そこは母方が姻戚関係にあるテヌータ・サン・グイードに隣接する土地でした。カリフォルニアで多大な業績を残していたロシア人醸造家アンドレア・チェリチェフを招聘、ポムロルの土壌とカリフォルニアの気候に近いボルゲリに適したCS、CF、メルロ(以下M)、ソーヴィニヨン・ブランなど、ボルドー原産品種ばかりを植樹します。'86年に完成した現在の醸造所に伝統的なイタリアらしさが微塵も感じられないのも、目指す先が国際市場であったがゆえでしょう。
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【photo】熟成中のバリック樽から、Masseto 用のメルロをサンプルとして抜き出し、試飲を勧めてくれた才能あるドイツ人醸造家アクセル・ハインツ。その名の通り、彼の起用によって、オルネッライアの品質向上が一段と加速した

 '99年にカリフォルニアの大手ワイナリー「Robert Mondaviロバート・モンダヴィ」が資本参加('05に撤退)、米国の「Wine Spectator」誌が毎年発表するWine of the year で、'98ヴィンテージが2001年に世界の頂点に選ばれた翌年、ロドヴィコが経営から退きました。現在運営に当たるのは、モンダヴィとのジョイント・ヴェンチャーで話題を呼んだ「Luce ルーチェ」を軌道に乗せていたフィレンツェの名門貴族「Marchesi de' Frescobaldi マルケージ・デ・フレスコバルディ」。モンダヴィ撤退後、フレスコバルディ家による単独経営となった'05年にミュンヘン出身の才能ある若き醸造家アクセル・ハインツを迎え入れ、CS55%・M27%・CF13%・Petit Verdotプチヴェルド5%という基本セパージュに落ち着いた近年の「Ornellaiaオルネッライア」の完成度と安定感は特筆すべきものです。
 
 海風により、年間を通して温暖な気候に恵まれ、砂礫交じりの粘土質土壌のボルゲリで、近年最も成功を収めているブドウ品種がメルロです。偉大なワインに共通するフィネスを備えたオルネッライアの「Masseto マセット」、レ・マッキオレの「Messorio メッソリオ」、トゥア・リータの「Redigaffi レディガッフィ」・・・。元祖スーペル・トスカーナといわれるサッシカイアが築いたボルゲリの名声をより一層高めたこれらの立役者たちは、CSよりタンニンが少なくまろやかで早熟なメルロ(以下M)の聖地と考えられてきたジロンド河右岸域Pomerol ポムロル産の希少性ゆえ高値を呼ぶ「Le Pin ル・パン」や「Petrus ペトリュス」の実力に比肩するまでになりました。

masseto_06.jpg【photo】「イタリア版ポムロール」ともいわれるメルロ100%の「Massetoマセット」。天候に恵まれたこの'06ヴィンテージは、ワインアドヴォケイト誌で、ほぼパーフェクトである99点のハイスコアをマーク

 設立当初より特別顧問として迎えられた仏国の著名な醸造コンサルタント、ミシェル・ロランは、当初ブレンド用に植えた7haの区画「Masseto マセット」で収穫されるメルロの品質が目覚しいものであったため、単独でのボトリングを指示します。区画の名を冠したそのワインは、樹齢が上がると共に品質の向上が著しく、初ヴィンテージとなる'87年以降、最新ヴィンテージ'06年がWine Advocate 誌で99点、'04年は97点、Wine Spectator 誌が'01年に100点を付けるなど、非の付けどころのない評価をほしいままにしています。あえて欠点を申すなら、上昇の一途をたどる市場価格ぐらいでしょうか(笑)。そう遠くない将来、ボルゲリとスヴェレート一帯は、メルロの新たな聖地として、ワインラヴァー垂涎の地となることでしょう。

 愛好家なら知らぬ人の無い傑出したヴィーノばかりが登場したところで、話題は急転直下、知る人ぞ知る日本が生んだメルロワインの逸品に移ります。とはいえ、国産最高峰といわれる長野県塩尻市桔梗ヶ原地区の「メルシャン 桔梗ヶ原メルロ」がお題ではなく、タイトルにある通り「Super Shonai(スーペル・ショーナイ)」が今回の主役です。あらかじめお断りしておきますが、このスーペル・ショーナイ、ごく初期のサッシカイアがそうであったように、自家消費用に造られる超・限定の非売品につき、一般には入手不可能である点をお含み下さい。
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【photo】佐久間良一さん・みつさんの畑で実を結んだメルロ

 顆粒が小さいため、醸造用の品種であることが明らかなブドウを山形県東田川郡櫛引町の佐久間 良一さん・みつさんの畑で目にしたのが今から8年前のこと。日々厨房に立ち、料理人としての本分を貫いていた頃のアル・ケッチァーノ奥田シェフに「こちらが契約しているブドウ生産者の畑です」と情報誌「ALPHA」の取材で案内された時のことです《 Link to backnumber 》。

 日本で一般的な棚式栽培で育つ佐久間さんのブドウ畑を改めて訪れた際、みつさんからそのブドウが県内のワイナリーに醸造を委託しているメルロであることを伺いました。醸造用の品種とはいえ、ブドウに変わりはありません。庄内産メルロの味やいかにと、生食用に毎年少量を収穫させて頂いています。山寄りにある旧櫛引町は夜間に海風が対流して吹き降ろすために昼夜の寒暖差が生じ、ブドウ栽培に適した土地です。夏季の日照時間が日本でも屈指の多さである庄内地方は、芽吹きが早いゆえ春先の霜害さえ注意すれば、早熟な品種であるメルロに有利な条件を備えているのです。

 同じ畑で育つ大玉ブドウの果粒と比較すれば、1 / 5 にも満たない大きさでしかなく、種無しにするジベレリン処理も施さないメルロだけに、房からつまんで食べる際に若干せわしないのが文字通り玉にキズですが、そんな些細なことはなんのその。糖分が十分に乗ったメルロは生食しても極めて美味しいブドウです。'98ヴィンテージ生まれの我が娘は、何故かこのメルロがお気に入り。私から受け継ぐDNA がそうさせるのでしょうか??

vina_sakuma.jpg【photo】期待以上のパフォーマンスを発揮した佐久間さんが2006年に収穫したメルロで仕込んだワイン

 本来の用途を伺っていたので、ワインの存在は知っていながら、少量生産ゆえ実際に口にしたのが最近のこと。降雨量が多い我が国では、生食用のブドウは雨除けを施した棚式栽培が主流です。棚式は収量が見込めるため、生産効率からも農家から歓迎されました。

 対してスーペル・トスカーナのように国際市場を意識したワイン醸造用のブドウは、房の数を減らして葉に日光がよく当たるように剪定しながら垣根式で栽培されるのが一般的。イタリアでも棚式栽培と構造が同じPergola ペルゴラ仕立てまたはTendone テンドーネ仕立てで有機栽培するブドウを使い、白ワイン用のTrebbiano トレッビアーノに至っては、今なお足踏みによる破砕を行う、"自然派"などという軽佻なジャンル分けを拒絶するような並外れた「Montepulciano d'Abruzzo モンテプルチァーノ・ダブルッツオ」を作り出す「Emidio Pepe エミディオ・ペペ」のような例外はありますが、今では少数派となりつつあります。

super_shonai_toscana.jpg【photo】スーペル・トスカーナ「マッセト'98(中央)」とスーペル・ショーナイ「佐久間良一さんの秘蔵ワイン'06(右)&'08(左)」

 しかるに棚式栽培のメルロ100%のワインはどうだったのか?「今、'06年はいいカンジになってっからね~」と頂く時に佐久間さんが仰っておられた言葉通り、いや、予想をはるかに上回るその出来には正直驚かされました。リーデルのボルドーグラスから立ち上がる香りは、まさにメルロそのもの。ゆっくりと黒味がかったガーネットの液体をスワリングすると、豊富なミネラル分をうかがわせる筋が幾重にもグラスの内側を垂れてゆきます。青臭さや鋭いエッジのきいた酸味など微塵もなく、しっとりと見事なまとまりを見せてくれます。

 おお、これは素晴らしい! かつてSuper Tuscan なる造語を生んだワインジャーナリストであれば、このメルロに「Super Shonai スーパー・ショーナイ」の称号を与えることでしょう。熟成のピークを過ぎ、枯れ果てたオールドヴィンテージ以外の良いワインほど、抜栓した翌日の2日目、3日目が美味しいことがよくあります。実力を見込んだ佐久間さんのメルロでも過度の酸化を防ぐためバキュバンを施してから、日を改めて頂きました。すると、初日より更に厚みが増し、ましてやフィニッシュが腰砕けになることもなく、長い余韻を残し、「さすがスーペル・ショーナイ」と唸らせる期待通りの変化を見せてくれました。もう一本残っている'08ヴィンテージにも大きな期待が広がります。

 そういえば、このワインのエチケッタ(=ラベル)、どことなくMesseto に似ていませんか?

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2010/08/22

イタリアソムリエ協会式テイスティング 〈後編〉

多様な食とワインの組み合わせの新たな座標軸
 @ ピエモンテフェスティバル presented by 宮城・ローマ倶楽部
 

前編より続き》 
ICT_workshop1.jpg【photo】 AISイタリアソムリエ協会式試飲メソッドによるピエモンテ州のワインと宮城県産食材を用いた料理の組み合わせのコツを学んだワークショップ会場

 1980年代後半以降巻き起こった「イタ飯ブーム」のもと、良質なイタリア料理店が東京・大阪の大都市圏を中心に増殖しました。バブルの余熱を引きずっていた'90年代半ばまで、銀座8丁目の並木通りに面した支社に勤務していた私は、食の分野だけでなく(前世における)母国イタリアの多岐にわたる魅力が急速に日本に浸透してゆく様子を胸のすく思いで目の当たりにしたのです。それから15年あまりを経て、食材に恵まれた地方ならではのアプローチで頑張っているイタリアンが脚光を浴び、日本のイタリア料理シーンは多様化の時代を迎えています。

ICT_workshop2.jpg【photo】 イタリアン・クリナリー・ツアーズ社が窓口となる日本人向けソムリエ研修の責任者で、AIS 認定ソムリエの資格を有するコスタンティーノ・トモポウロス氏(左)による講習のひとこま。右は通訳を務めた同社日本窓口の渾川 駒子さん

 日本のイタリア料理は、世界最高峰のレベルにあるとイタリア人自身が語るほど完成度が高いものです。'90年代以降、イタリアで料理を学ぶ日本人が激増し、繊細な日本人の感覚でイタリア各地の料理が磨き上げられてゆきました。大都市より地方に美味しいリストランテが存在するイタリアでは、いかなる辺鄙な場所であろうと日本人が厨房で働いています。彼らは多くの場合、北から南まで数か所の店で技術を習得します。南北に長いイタリアの食文化は、地方ごとに特色ある料理とワインが表裏一体で結びついています。器用なジャポネーゼとはいえ、時間的制約や言葉の問題もあって、調理技術の習得はできてもヴィーノに関する本格的な勉強までは手が回らないのが実情のようです。

【photo】 第一次大戦後の混乱で経営が行き詰った醸造組合 Ai Vini delle Langhe を買い取ったアルフレード・プルノットが興したカンティーナPrunotto〈Link to website〉。1989年からはトスカーナの著名な Antinori 一族の当主ピエロ・アンティノリの長姉アルビエッラが三代目の経営者として運営にあたっている。透明感のある心地よい香りのロエロ・アルネイス'07
       
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 東京に次々とイタリア料理店が誕生していた当時、イタリアワインに関する広範な知識と料理との組み合わせに関する実践的なノウハウを有する J.S.A.日本ソムリエ協会認定ソムリエは、現在同協会の副会長を務める荒井 基之氏を除いて存在しませんでした。家庭の食卓を含め、カジュアルな店からエレガントな高級路線までイタリア料理がすっかり定着した現在でも、バリエーション豊富で日々の食事をより美味しくしてくれるイタリアワインの魅力が理解されていないのは、輸入ワインに占めるイタリアワインのシェアが2割にも満たない事実からも明らかです。街の規模に比して良質なイタリアワインを扱う店がごく限られる仙台にあって、宮城・ローマ交流倶楽部の主催により実現したのが、今回の催し「宮城の食材とピエモンテ産ワインのマリアージュ」です。

【photo】 自家栽培以外の購入したブドウから造られる Prunotto バルベーラ・ダルバ'07は、2年続きで理想的な収穫が得られた年。前菜から赤身の肉料理、チーズまでと汎用性が高い1本
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 宮城・ローマ交流倶楽部とスローフード宮城の招きで昨年初めて仙台を訪れた【Link to backnumber】イタリアン・クリナリー・ツアーズ社のダニエラ・パトリアルカ代表からピエモンテ料理の歴史と特色について映像を交えながら説明を受けた後、生野菜スティックをアンチョヴィソースで頂く Bagna càuda バーニャ・カウダや牛肉の赤ワイン煮込み料理 Brasato al Barolo ブラザート・アル・バローロなど、ピエモンテ料理の数々に67名が舌鼓を打った「ピエモンテ郷土料理とワインの夕べ」に先立ち行われたワインセミナーには、30名ほどが参加。一般のワイン愛好家に混じってOsteria Cucinetta オステリア・クチネッタ橋本シェフや Osteria da Kurihara オステリア・ダ・クリハラ 栗原シェフらプロの料理人の顔もありました。

 宮城の食材を使った料理とピエモンテ産ヴィーノのAbbinamento アッビナメント(=組み合わせ。日本では通常「マリアージュ」という仏語を使う)を、イタリアソムリエ協会(以下AIS と略)方式に則ったテースティング・ワークショップで披露する講師を務めたのはダニエラさんのパートナーで、AIS ソムリエの資格を持つコスタンティーノ・トモポウルス氏です。ワインと食材の味の特徴を1~10までの間で数値化し、独自のチャート表を用いて相性の良し悪しを判断するAISの手法は非常に興味深いものでした。

【photo】 名醸地 Barbaresco からNeive,Treiso 一帯の土壌はマグネシウム・マンガン・亜鉛を多量に含み、骨格のしっかりした力強いワインを生む。契約農家から購入したブドウを厳選して造るPrunotto バルバレスコ'05 はネッビオーロらしい淡いレンガ色を呈する。Barbaresco 地区で自家栽培するブドウを仕込むクリュワイン Barbaresco Bric Turot も造られる
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 イタリアではGrongo グロンゴと呼ばれ、ウナギ同様にブツ切りのフリットで食されるアナゴはまだしも、笹かまぼこを口にするのは初めてと明かしたコスタンティーノが試飲用にセレクトしたピエモンテ産ワインは、泡もの1 本・白1 本・赤3 本の計5 本。ブドウ品種は、Moscato bianco モスカート・ビアンコ、Arneis アルネイス(別名:ネッビオーロ・ビアンコ)、Dolcetto ドルチェット、Barbera バルベーラ、Nebbiolo ネッビオーロの5種類。アルト・アディジェ地方やオーストリア国境に接するチロル地方を除き、ほぼ全土で栽培されるモスカート以外はピエモンテ原産のブドウ品種を混醸せず、単一品種から造られたものばかりです。

 最初に分析するのが、グラスに注ぐ際やグラスをスワリング(=回転)させて判断する粘性の高さ・色合い・透明度など視覚から得られる情報です。そこから土壌由来のミネラルや果実エキス成分が多いか、熟成度合いはどうかといった情報を得ることができます。次に香りをかぐことで、その強さと香りの特徴を捉えます。最も大切なのが実際に口に含んで感じる味わいで、AIS式メソッドでは放射状に0~10までの数値で香りの強さ・アルコール・タンニン・酸味・甘味の強弱などを項目ごと表にプロットしてゆきます。

【photo】 Poderi Luigi Einaudi ドルチェット・ディ・ドリアーニ・ヴィーニャ・テック'07。のちにイタリア共和国第2代大統領となる23歳のルイージ青年が、1897年に故郷で自らの名前を冠して興した由緒正しきカンティーナ〈Link to website〉。若飲みに向くドルチェットの最良形が単独のDOCGに近年昇格したDogliani の地で造られる。60年前後の樹齢の古木から造られる粘性の高さが伺えるこのVigna Tecc は複雑味・ボリューム・力強さともに充分。AIS発行の評価本Duemilavini では、'07ヴィンテージは最高点に次ぐ4グラッポリ、前年'06 は最高点 5グラッポリとGambero Rosso でも最高点トレ・ヴィッキエリに輝いた
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 次に組み合わせようとする食べ物の特徴を脂肪分の量・多汁性・味の濃さ・スパイシーさ・酸味などの項目別に同じく数値化します。用意された宮城県産食材を用いた料理は、スライスした笹かまぼこにゴルゴンゾーラ・ドルチェとクリームタイプの二種類のチーズがサンドされたミルフィーユ仕立てにした一皿と、歯ごたえを残すようオリーブオイルでマリネしたパプリカ・ズッキーニ・ネギの上に香ばしく白焼きした石巻産穴子が載ったもの。

 仮にヴィーノと食べ物の各項目が全て10点満点だとすると、二つの正三角形が上下逆に対称で重なり合う形となります。料理とヴィーノの相性は、チャートの対極にある特徴を備えたもの同士が合うと判断します。例えば動物性脂肪の多い甘さを感じる料理には、円形のチャート表で反対側に項目が記された酸味がしっかりしたヴィーノか発泡性のあるスパークリングワインを、その度合いに応じて合わせるといった具合。各数値を線で結んで円形に近いほどバランスが取れたヴィーノであり、料理ということになります(⇒一番下の写真を参照願います)

【photo】 Gancia アスティ・スプマンテ NV。ほぼイタリア全土で栽培されるモスカート種から造られる甘口発泡性ワイン。比較的手頃な価格だが、発泡性ワインだけでなく、世界のデザートワインでも珠玉の1本に挙げてよい。デリケートでフローラルな香りが際立つこのスプマンテは、1850年にピエモンテ州アスティ県カネッリで Gancia 社〈Link to website〉を創業したカルロ・ガンチアが1865年に編み出した密閉タンクを用いた特殊製法で造られる
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 壇上のコスタンティーノは、まずはヴィーノを、次に料理のテイスティングをして、用意したAIS方式のチャート表にそれぞれの特徴を数値化し記入してゆきました。コスタンティーノの判断では、チーズ由来の乳脂肪分を7 ポイントと評価した笹かまぼこのミルフィーユには、アルコールの熱さと酸味を感じるバルベーラ・ダルバか、酸味と旨味が7~8ポイント程度としたロエロ・アルネイスが合うだろうという見立てでした。

ICT_workshop4.jpg 【photo】 仙台名産、笹かまぼこのミルフィユ。淡白な白身魚のすり身を使ったかまぼこの間に挟まるゴルゴンゾーラとクリームチーズが脂肪の存在を主張する

 AIS式メソッドで重視する料理とのアッビナメントを実際に試してみると、酸味のあるロエロ・アルネイスではドライトマトとバジルの風味が残ることと、チーズの風味に負けていることが確認され、悪くはないが最良の選択ではないことがわかりました。対してバルベーラ・ダルバでは互いの風味がマッチし、チーズの脂肪が消える一方で、口の中に残るタンニンが心地よく、次の一口を欲する理想的な組み合わせであることが確認できました。会場に感想を求めたコスタンティーノにうなずく一同。

ICT_workshop5.jpg 脂分のない穴子のグリルに関しては、野菜の水気と白焼きによる香ばしさが増していることから、薫り高いヴィーノが合うはずとの見立てがされ、実際に組み合わせを試みました。酸が特徴的なバルベーラ・ダルバではバランスが悪く、アルバ近郊のドリアーニ産ドルチェットでは、土壌由来のミネラル分とタンニンが強く出過ぎてしまいます。そこでベストな選択として残ったのが、プルノット社のバルバレスコでした。作り手によって多様な個性を持つバルバレスコですが、この作り手はバランスを重視したものです。2005年産とまだ若く、グラスにサーブされた直後の固さが取れたバルバレスコと穴子の相性の良さは偉大な品種ネッビオーロとしては意外なほどでした。

【photo】松島産穴子のグリルと夏野菜のマリネ

 通常は複数のカンティーナ訪問なども織り交ぜ、栽培から醸造に至るプロセスなど12 回の講座で学ぶ内容に対して、コスタンティーノにこの日与えられた時間は2時間ほど。Tomopoulos という名から推察するに彼の遠い祖先にあたるであろう古代ギリシャ人が "ブドウの大地" を意味する「エノトリア・テルス」と名付けたほど恵まれた栽培環境にあるイタリア半島で育つ多種多様なブドウを、個性的な作り手が伝統と革新を織り交ぜた手法で造るイタリアワイン。そんな vini italiani の魅力を充分に伝えるのは2時間では impossibile (=無理)だとコスタンティーノは言っていたようですが、いえいえどうして。

ICT_workshop3.jpg 【photo】AIS式試飲メソッドの特徴である料理との相性をみる独自のチャート表で自身のテイスティング結果について解説するコスタンティーノ

 セミナーに参加したJ.S.A.シニアワインアドバイザーでもある仙台市青葉区のチーズ専門店オー・ボン・フェルマン 安達 武彦オーナーは、J.S.A.との違いが鮮明なAIS方式に初めは戸惑いも感じたようですが、次第に「こうした手法もあるのか」と、見識を新たにしたようです。イタリアン・クリナリー・ツアーズ社日本窓口の渾川(にごりかわ)駒子さんによると、AIS方式はJ.S.A.ソムリエから「お客様に接する上で新たな座標を見出すことができる」と総じて好意的に受け入れられているとのこと。

 Vino rosso italiano が全身に流れる私は、あまたのヴィーノの洗礼を受けており、呑むリエの資格は十分すぎるほど。それでも体系立ててアッビナメントについて実演がなされた今回の催しは新たな発見に満ちたもので、探究心が改めてメラメラと燃え上がりました。この上はレストランでの実地研修を含め、6 ヶ月に及ぶ実際の研修をトリノで受けるしかなさそうですが、まずは不撓不屈・堅忍不抜の精神で日々の稽古を怠らず、一意専心の気持ちを忘れず不惜身命を貫く覚悟を固めたのでした。どすこい、どすこい。
今宵もごっつあんです。 (*`´)_Y cin cin!!

2010/08/15

イタリアソムリエ協会式テイスティング 〈前編〉

多様な食とワインの組み合わせの新たな座標軸
 @ ピエモンテフェスティバル presented by 宮城・ローマ交流倶楽部

 およそ400年前、仙台藩主・伊達政宗は、スペインとの交易を目的に支倉常長ら慶長遣欧使節を欧州に派遣します。帆船サン・ファン・バウティスタで太平洋を渡り、メキシコを経由してスペイン国王フェリペ3世やローマ教皇パウルス5世と常長らが謁見した史実から、宮城県とイタリア・ラツィオ州ローマ県は姉妹県の関係にあります。「宮城・ローマ交流倶楽部」(会長:西井 弘 弘進ゴム株式会社取締役会長)Link to website】は、イタリアとの相互交流を行う民間団体です。daniela_hiroshi_nishii.jpg同倶楽部の主催で先月初旬、仙台国際ホテルを会場に「ピエモンテフェスティバル」が催されました。「宮城の食材とピエモンテ産ワインのマリアージュ」と題するワークショップで披露されたイタリアソムリエ協会Associazione Italiana Sommeliers 以下、略称のAISと表記)式試飲メソッドで、料理とヴィーノが互いを高めあうイタリア食文化の美点を改めて体感してきました。

【photo】イタリアソムリエ協会公認ソムリエ資格取得のための日本人向け研修プログラムの窓口となるイタリアン・クリナリー・ツアーズ社代表のダニエラ・パトリアルカさんから名誉ソムリエの称号を受ける西井 弘 宮城・ローマ交流倶楽部会長

 日本ソムリエ協会(略称 J.S.A.)が認定するソムリエ試験のテイスティング実技は、Degustation デギュスタシオンなる舌を噛みそうな仏語が正式な呼称です。そこでワインの香りや味わいの例えに用いられるのが、鉛筆・コショウ・カカオ・杉・バラ・新樽由来のバニラ香など。こうした馴染みのあるモノはまだしも、完熟した黒スグリ・レッドカラント・キイチゴ・リコリス(スペイン甘草)・熟成による濡れ落ち葉や土の香りとなると、簡単には思い浮かばない方が多いのでは? これはワインを単体で評価するワインジャーナリズムが発達している英国や仏国を規範とする J.S.A.の方針によるものです。

bagna_cauda_rc.jpg【photo】現代の名工、中村 善二 仙台国際ホテル総料理長が監修したピエモンテフェスティバルで供されたバーニャ・カウダのアンチョヴィには石巻産のイワシを使用したという

 夏野菜をたっぷりと使ったカポナータ(=南仏のラタトゥイユでは用いないビネガーと砂糖を加えた南イタリア料理)、スティック状の冬野菜をアンチョビ・ニンニクとオリーブオイルなどから作る温製ディップソースで頂くバーニャ・カウダ、分厚い赤身の牛肉を塩・胡椒でシンプルにグリエしたビステッカ、白身魚をアサリやトマト・ケイパーなどと水煮するアクアパッツァ、そして各種パスタ料理やリゾットなどなど...。こうしたイタリアンに関しては、ヴィーノがないと嚥下(えんげ)機能が著しく低下して咽喉を通らなくなるラテン体質な私は、一介の「呑むリエ」に過ぎません。イタリア人がそうであるように、美酒が食事をより一層美味しくしてくれれば、それで十分。イタリアの片田舎にあるトラットリアでは、地元の人たちがカラフェに入ったその地方産のハウスワインで食事とおしゃべりに興じている光景に出合います。

Mr.nakamura_rc.jpg【photo】ピエモンテならではの贅沢な肉料理「Brasato al Barolo ブラザート・アル・バローロ(=牛肉のバローロ煮込み)」をサーブする中村 善二 仙台国際ホテル総料理長

 一見、無頓着に地元のヴィーノを選んだかのように見えるイタリア人たちの食卓にも、食事とワインのマッチングには、最低限のお約束は存在します。なにせ幼少の頃から水で薄めたヴィーノで舌のトレーニングを積んでいる人たちのこと。体感的に料理の味付けの濃淡とヴィーノのボディをあわせる彼らの鉄則からすれば、魚介や野菜の入った軽やかで繊細な冷製パスタには、強靭なタンニンが口腔を覆うアリアニコ種から造られるTaurasi タウラージなどフルボディの偉大な赤ワインでは釣り合いません。食事とヴィーノの産地を同一地方で合わせる彼らのセオリーからすれば、白トリュフの濃厚な香りに満たされるスクランブルエッグに、南イタリア屈指の高貴な白品種フィアーノ種を持ってきたのではお互いの美点を掛け算で高め合うことはないでしょう。

sommelier_franciacorta.jpg【photo】スローフード協会主催のSalone del gusto サローネ・デル・グストで行われたフランチャコルタのセミナーで参加者にサービスするAIS公認のソムリエ(右)とソムリエール(左)

 Enologia(=ワイン学)とGastronomia(=日本語では美食学と訳されるガストロノミー)を組み合わせた Enogastronomico エノガストロノミコという言葉が存在するイタリアにおいては、ワインと食事は常に一体のものとして考えられてきました。ゆえにイタリアのソムリエ資格試験においては、ワインのみならず食べ物も視覚・嗅覚・味覚を駆使して体系的に特徴を把握します。日本のようにワインを多彩な言葉を用いて表現するのではなく、食事との相性・組み合わせに重点を置くのです。こうしたイタリアソムリエ協会方式は、ワインを本来の食中酒として楽しむ一般のワインラヴァーにとって、極めて使える技能となるはずです。

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 ミラノ北西部、モンツァ通りにある日本料理店「木村」【Link to website】(⇒寿司ブームに沸くイタリアでも、中国系移民の経営によるこうした怪しげな日本料理店の何と多いことよ!! この店もサイトのBGMは中国語ゆえ、店名も看板にあるKimura ではなく、Mùcún ムーツンと中国読みするやも? )の向かいに本部があるAISは1965年の創設。4年後に発足した世界ソムリエ協会 Association de la Sommellerie Internationale (略称:A.S.I. 本部:パリ。Moët & Chandon社がスポンサードする同協会は後にイタリア主導のワールドワイド・ソムリエ・アソシエーション Worldwide Sommelier Association 略称:W.S.A. と分裂。現在J.S.A.日本ソムリエ協会はA.S.I.に加盟。45カ国で構成されるA.S.I.会長には、J.S.A.会長でプリンスホテルシェフソムリエの小飼 一至氏が2007年に就任。A.S.I.副会長は'95年に同団体が主催するコンテストで優勝した田崎 真也氏)の立ち上げにも主導的な役割を果たしました。

【photo】毎年50名のソムリエがイタリア全州のヴィーノを試飲、Grappolo (ブドウの房)の数でヴィーノを評価するイタリアソムリエ協会発行のワイン評価本Duemilavini (上写真)

 分派した格好のW.S.A.には日本を含めて英・米・独・露など14カ国が参加しています。AIS には国内20州全てに支部があり、さらに町単位の支部が存在します。日本にも支部があるAISは全世界で40,000人の会員を擁します。主な活動としては、柱となるイタリアワインの啓蒙普及活動とソムリエ育成のほか、2000年以降毎年版を重ねているワイン評価本「Duemilavini ドゥエミッラヴィーニ」の発行が挙げられます。11冊目となる2010年版では、1,792ページに渡って1,592 の醸造所が取り上げられています。AISのソムリエが 2万本以上のヴィーノを試飲、最高位の5 Grappoli チンクエ・グラッポリ(=5つのブドウ房)には279 醸造所の319銘柄が輝いています。

vini_rc7.3.2010.jpg【photo】史上初めてイタリア人と接した日本人、支倉常長の偉業にちなんで発足した「宮城・ローマ交流倶楽部」が主催したピエモンテワイン・ワークショップで試飲したヴィーノ。北イタリアらしい繊細な個性を持ち合わせたこれら5 本については、次回ご紹介

 日本のワイン消費量のおよそ半数はフランスワインで占められます。国内消費が主で海外進出が遅れたイタリアワインはその半分にも満たない2 割弱に過ぎません。2009年のデータでは、世界のワイン総輸出量の21.5%を占めるイタリアが頭一つ抜け脱して第一位。シェア16.5%で2位に食い込んだスペインに続くのがフランスで14.5%。にもかかわらず半数をフランスからの輸入で賄う日本と世界の実情との明確な違いの背景として、同じ目標のために国を挙げて行動するのが不得手なイタリア人特有の資質(笑)のみが災いしているのではないようです。世界的に消費が伸びているカリフォルニアやチリ、オーストラリアといったニューワールド産ワインの市場拡大がさほど進まず、旧態然としたブランド志向が根強い日本人のワイン消費傾向が数字から浮き彫りになってきます。冷涼な気候ゆえに赤ワインの自国生産がほとんど出来ない世界最大のワイン輸入国ドイツや、世界第二位のワイン消費国であるアメリカとフランス語を公用語とするケベック州がある隣国カナダですら、イタリアワインのシェアがフランスワインを上回っているという事実だけを述べておきましょう。
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【photo】多種多様なイタリアワインの概要を知るにはうってつけの中川原まゆみさんの著作2点。主要100品種ガイド土着品種で知るイタリアワイン(左)イタリアワイン・スタンダード110(右)

 急速な経済成長による富裕層の登場で、フランスワインの輸入量に関しては、もはや日本の数字を上回った中国は、ワイン消費のみならずブドウの作付けも右肩上がりで増えています。こうした新興の生産国を含めて世界中で最も栽培されているブドウ品種は赤がカベルネ・ソーヴィニヨン、白はシャルドネです。栽培環境を選ばない汎用性の高いこの二つのブドウ品種は、当然イタリアでも栽培されますが、画一的なニッポンのお米のようにコシヒカリに右倣えでは、個性と多様性の国イタリアらしくありません。万年雪に覆われた北の山岳地帯の斜面からアフリカ大陸にほど近い灼熱のシチリア南端の島々まで、起伏と変化に富んだ地形と気候のもと20州全てでブドウが栽培されます。資料によって数は異なりますが、その種類は400を超え、各地の風土に順応して変異したクローンまで細分化すれば優に2,000はあるともいいます。

 郷土料理の良き伴侶として愛されてきたイタリアワインは、その多様性ゆえに理解することが難しいといわれ、ワイン消費に関しては後発国の日本での普及を妨げる一因となってきました。その上、Barolo・Barbaresco の原料となる北イタリア随一の高貴なブドウ品種Nebbiolo ネッビオーロは、Nebbia (=霧)に霞むランゲ丘陵以外のブドウ畑では、本来の強靭で妖艶な魅力あるワインとなることはありません。Brunello di Montalcino など中部トスカーナで最良の結果を生むSangiovese サンジョヴェーゼは、晩熟型のため、収穫期に気候が安定しない地域ではリスクが高くなります。原産地以外への旅が出来ないイタリア品種は、やはり産地で食事とともに味わってこそ、その魅力が初めて理解できるのでしょう。

m_nakagawara.jpg【photo】美食の都・ボローニャを拠点に、イタリアワインの魅力を紹介する活動を展開する中川原まゆみさん
〈撮影:渡邉 高士 氏〉

 今回のセミナーに登場した5 品種を含め、イタリア固有の主要100品種で作られるヴィーノを紹介する中川原まゆみさんの労作「主要100 品種ガイド 土着品種で知るイタリアワイン」(産調出版刊)は、百花繚乱のイタリアワインを理解する上で格好の一冊です。初出から2年を経て改訂版を出した昨年、中川原さんは州別にヴィーノの特色を表す日本でも入手可能な110本と、その良き伴侶となる郷土料理110種のレシピを紹介した「イタリアワイン・スタンダード110」(インフォレスト刊)を上梓します。

 イタリア料理好きが高じ、東京でレストランを開業するも、さらに高みを目指すため、2001年3月単身イタリアに渡った中川原さんは、イタリアン・クリナリー・ツアーズ社が現在日本での窓口となる AIS ピエモンテとの共催による6カ月のソムリエ研修プログラム【⇒詳細はコチラに参加します。同年9月、日本人女性初のイタリアソムリエ協会公認の上級資格、Sommelier Professionista ソムリエ・プロフェッショニスタを取得。AIS主催のPremio Internazionale del Vino 2008(インターナショナル・ワイン・アワード2008)で最優秀レストラン&ワインリスト賞に輝いた1,800種に及ぶ壮麗なワインが記載された131ページのワインリスト〈clicca qui 〉を備えたエミリア・ロマーニャ州の名リストランテ「Paolo Teverini 」のソムリエールとして活躍、現在は輸出業のかたわら執筆活動を続けています。

 と、ここまで前置きだけで本題のテイスティングまで一向にたどり着かないまま、中川原さんの本でイタリアワインに関する予習をして頂いたところで、当日の模様は後編にて... (^_^; A

2010/05/30

キアンティ・クラシコ協会会長が来仙

カステッロ・ディ・アーマ試飲会 with 醸造責任者
マルコ・パッランティ氏 @ENOTECA仙台店

 イタリアワインの産地としての知名度にかけては、バローロと双璧をなすであろうキアンティは、生産地域が広大なためにエリアによって持ち味が異なります。エリアの中心に位置し、品質的に高い水準にあるのがChianti classico キアンティ・クラシコです。その生産者組織である「Consorzio Vino Chianti Classico キアンティ・クラシコ協会」には現在597の生産者が加盟しており、このうち350のカンティーナが自社銘柄のヴィーノをリリースしています。同協会の会長を務めるMarco Pallanti マルコ・パッランティ氏が、ワイン専門店「Enoteca エノテカ」の招きで仙台を5月22日(土)に訪れました。

presidente_pallanti.jpg【photo】キアンティ・クラシコ協会会長マルコ・パッランティ氏

 今年3月に満を持して仙台市青葉区の藤崎一番町館1Fにオープンしたエノテカ(=イタリア語でワインショップの意味)仙台藤崎店(藤田 郁 店長)が企画したのは、マルコ・パッランティ氏が醸造責任者を務めるカンティーナ「Castello di Ama カステッロ・ディ・アーマ」の有料試飲会。3年前に宮城・ローマ交流倶楽部がピエモンテ州のワイン生産者を招いて会員向けに交流試飲会を催した例などを除けば、一般のワイン愛好家が生産者の生の声を聞きながら試飲ができる機会は、ほとんど仙台ではなかったと記憶しています。料飲関係者向けセミナーやFoodex のような主に業者を対象とする展示会が頻繁に行われる東京とは違い、仙台のワインラヴァーが、国外の生産者との接点を持つ機会はごく限られているのが実情です。

tutti_ama.jpg 【photo】試飲アイテム6本。左よりAl Poggio アル・ポッジョ'08(サイン入り)、Chianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'06、同'00、Chianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04(サイン入り)、L'Apparita ラッパリータ'05、Vinsanto ヴィンサント'04 の豪華なラインナップ

 キアンティ・クラシコ協会第12代会長の要職にあるマルコ・パッランティ氏は、キアンティ・クラシコでも屈指の醸造家として知られます。イタリアを代表するワイン評価本であるGambero Rosso ガンベロ・ロッソによって最優秀醸造家に選出されたのが2003年。2年後にはカステッロ・ディ・アーマがベストワイナリー・オブ・ジ・イヤーの栄誉にも輝いています。カステッロ・ディ・アーマに関しては、2年前に「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ【Link to back numuber】」で詳しくご紹介しています。よもやイタリア屈指の醸造家と仙台でお会いできるとは思ってもいなかったのが正直なところ。ゆえに今回の催しは何としても見逃すわけにはいきませんでした。miyajima_isao.jpg会場に顔を見せた藤崎のワイン担当庄子さんも、まず仙台には来ない方ですよ!と参加者に力説していました。エノテカさん、あなたは偉い!

【photo】参加者の質問に気軽に応じるマルコ氏(左)とワインジャーナリストの宮嶋 勲氏(右)

 開始予定時刻の10分前に着いたとき、すでにマルコ・パッランティ氏は通訳として同行していたワインジャーナリストの宮嶋 勲氏とともに店においででした。国内消費は3割以下で、7割以上が国外で消費されるというキアンティ・クラシコ。世界をフィールドにビジネスを展開するキアンティ・クラシコ協会会長はイタリア人といえども時間に正確なのでした。1959年(昭和34)、京都に生まれた宮嶋氏は、某新聞社のローマ支局勤務中にイタリアの食文化、特にワインに魅了され現在の道に進んだといいます。帰国後はイタリアの権威あるワイン評価本「Le Guide de l'Espresso エスプレッソ誌」で唯一の日本人テイスターとして活躍する一方で、日本のワイン専門誌「Vinotheque ヴィノテーク」などでイタリアワインに関する紹介を続けています。

Guidoriccio_da_fogliano.jpg【photo】シエナ派の画家シモーネ・マルティニ作とされるグイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像。騎乗の傭兵隊長が向かう先の砦が現在もフレスコ画に描かれた塔の痕跡が残るトスカーナ州グロッセート県のMontemassi モンテマッシ(上写真)
 カステッロ・ディ・アーマのヴィーノには、シエナの英雄グイドリッチョ・ダ・フォリアーノの騎馬像があしらわれる。誇り高き金色の騎士が描かれたのはマルコ氏にサインを頂いたお宝ワイン Chianti classico Vigneto Bellavista キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ベラヴィスタ '97(下写真)

Bellavista_97.jpg 30名定員の試飲会に用意されたアイテムは白1本、赤4本、デザートワイン1本の計6本。カステッロ・ディ・アーマのエチケッタには全てシエナ派の画家 Simone Martini シモーネ・マルティニの手になる傭兵隊長グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ像が描かれています。キアンティ・クラシコのエリアでも南端にあるガイオーレ・イン・キアンティは世界遺産の街Siena シエナのすぐ北側。13世紀に整備されたカンポ広場に面したPalazzo Pubblico(=市庁舎)の Sala del Mappamondo (=世界地図の間)に描かれたフレスコ画は、1328年にシエナが行ったMontemassi モンテマッシ攻略の功績を称えたものです。シエナの勢力拡大に尽力した英雄を描いたエチケッタには、銘酒キアンティの伝統を受け継ぐアーマの誇りと品質向上にかける決意が見て取れます。

 意気揚々と馬にまたがる傭兵隊長の派手な衣装とは対照的に、シックなissei miyake とyohji yamamoto が好みだというマルコ氏。この日はノーネクタイのホワイトシャツにゆったりとしたシルエットのブラックスーツに身を包んでいました。アルマーニやヴェルサーチェなどの高級イタリアンブランドではなく、日本人デザイナーの服を愛用していることを宮嶋氏に披露されてマルコ氏は苦笑い。私が学生時代に憧れたY'sや三宅一生がお好きだということで、親近感を覚えました。意外なネタばらしで場の雰囲気が和んだところで試飲会の始まりです。冒頭で挨拶に立ったマルコ氏は、カステッロ・ディ・アーマのブドウ畑は海抜500m前後という比較的標高の高い場所にあるため、寒暖の差がもたらすエレガントな酒質を備えていること、常にバランスの良い仕上がりを心がけていると述べました。
alpoggio_08.jpg       【photo】綺麗な印象のアル・ポッジョ'08

 まずはカステッロ・ディ・アーマ唯一の白ワイン、Al Poggio アル・ポッジョ'08から。フランス原産のChardonnay シャルドネを主体にPinot Grigio ピノ・グリージョを手摘みして混醸、24,000本だけがリリースされます。Poggio(=高台)という畑の名前から名付けられたこのヴィーノは、標高が高いTeritorio テリトーリオ(=仏語:テロワール→ブドウが栽培される環境・土壌の意)を感じさせるエレガントなトップノートに熟成で一部使用されるオーク樽由来のバニラ香が幅を与えます。仙台で牛タンを食べたと言うマルコ氏は、トスカーナ料理のボイルした牛タンとこのワインは相性が良いはずだと語りました。

 2本目・3本目はキアンティ地区において最も重要な品種とマルコ氏が語るSangiovese サンジョヴェーゼを80%、残り2割をMalvasia nera マルヴァジア・ネラ, Merlot メルロ, Cabernet Franc カベルネ・フラン 、Pinot Nero ピノ・ネロで構成する基幹アイテムのChianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマの'06と'00。熟成能力の高いワンクラス上のキアンティであるRiserva リセルヴァ表記はないものの、法定熟成期間26ヶ月をクリアするカステッロ・ディ・アーマは、並みいるキアンティ・クラシコの中でも別格のヴィーノです。
castelloama00_06.jpg【photo】収穫された6年の時間的な差異以上に熟成能力に影響するヴィンテージの違いが表れた'00と'06のカステッロ・ディ・アーマ

 ブドウの作柄がダイレクトに味に反映するワインは、収穫年によって熟成能力が異なります。それを如実に感じたのがこの2本でした。'00のトスカーナは収穫期に雨が降ったため、決して恵まれた作柄ではありませんでしたが、収穫後10年を経た今がすでに飲み頃を迎えており、鼻腔を満たす香りが全開。今飲むなら断然'00をお勧めします。かたや'06は'01,'04と並び称される2000年代の優良ヴィンテージ。試飲会の開始時刻にあわせて抜栓した店側の配慮もあり、いくばくかは開花させつつあるものの、'00と比べればまだ十分とはいえません。まだ固く閉じた状態ですが、良質な酸味とビシッと目の詰まったタンニンからは熟成能力の高さがうかがえます。

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【photo】ヴィンテージの違いを如実に感じたChianti classico Castello di Ama キアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'00(左)は熟成が進んでいるためオレンジ色を呈し香りも全開。かたや'06(右)はまだガーネットが主調の若い色。味もまだ固さが残る

 理想的な作柄に恵まれた'06ヴィンテージは、フィレンツェ大学で醸造学を学んだ後、キアンティ・クラシコ協会で働いていたマルコ・パッランティ氏がカステッロ・ディ・アーマの醸造責任者として迎え入れられた1982年から数えて25年目にあたります。そのため、特別に25の数字が浮き彫りされたボトルに銀婚式を意味するシルバーのキャップシールが施されています。エチケッタには、4組のオーナー一族の1人で妻のロレンツァさん自筆の 「Grazie Marco per questi 25 anni マルコ、この25年間ありがとう」というメッセージが記された特別なヴィンテージとなりました。

 20世紀最高のヴィンテージと騒がれた'97年以前は、とりわけポテンシャルの高いブドウが収穫される畑指定のブドウを用いた「Bellavista ベッラヴィスタ」と「Casuccia カズッチャ」の二種類のクリュワインが生産されてきました。 '64年から'78年にかけて植えられたブドウの樹齢が上がり、高い品質のワインが生産できると判断した'97以降は、特に優れた作柄の年(→'99・'01・'04・'06 の4つ)にだけ2種類のクリュワインが生産されるようになりました。この日はChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 が試飲できました。

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【photo】グラスから立ち上るなまめかしい香りをお届けできないのが残念! 妖艶な表情で魅了するChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 はキアンティの既成概念を覆す出色の出来(左) 偉大なワインの特徴であるベルベットのようにソフトな口当たりと密度の濃い複雑な構造が同居するL'Apparita ラッパリータ'05(右)

 用意されたリーデルのボルドーグラスをゆっくりとスワリングすると、色気のある芳香が立ち上ってきます。ひと口含んだ粘性の高い液体の何と表情の豊かなこと!! エッジが突出することのない見事な調和を見せながら、さまざまなニュアンスが山びこのように次々と現れてきます。男性的なBellavistaと比べて砂礫の多いCasuccia の区画は柔らかさが身上。サンジョヴェーゼにメルロを15%混醸したこのヴィーノのいつまでも消えることの無い余韻に浸りながら、まるで万華鏡を味わっているようだとマルコさんに感動をお伝えすると、醸造家は嬉しそうに微笑むのでした。

 トスカーナ州では初めて栽培に取り組んだというカステッロ・ディ・アーマのMerot メルロは、骨格を成すサンジョヴェーゼの補助的な役割で植えたにすぎないといいます。高評価の中で争奪戦が巻き起こり価格が高騰するトスカーナ産メルロワイン。その火付け役となったL'Apparita ラッパリータの'05ヴィンテージを赤の4本目に頂きました。何を隠そうイタリアの熟練の技が生む皮革製品に目が無い皮フェチな私。上質ななめし皮に喩えられるラッパリータのシルキーな持ち味は決して良い天候ではなかったこの年も全開です。vinsanto_ama04.jpg寸分の隙すら見せないさすがの出来でした。マルコ氏によれば、キアンティ・クラシコのブレンド用に使用するメルロの栽培区画と、このカルトワイン用の畑を分けているとのこと。

 【photo】淡い琥珀色のVinsanto ヴィンサント'04
 
 最後はデザートワインのVinsanto ヴィンサント'04。収穫した白ブドウMalvasia マルヴァジア とTrebbiano トレッビアーノを陰干しして1/5程度の重量にまで水分を除き、干しブドウ状態となったブドウを5年の長期に渡って温度差の激しい屋根裏部屋で作るトスカーナ伝統のワインです。カステッロ・ディ・アーマのヴィンサントは初めて口にしましたが、マルコ氏の解説通り、甘さを抑えた造りになっていました。トスカーナ料理の饗宴を締めくくる甘いドルチェやハチミツを垂らした羊乳チーズ「Pecorino Toscano ペコリーノ・トスカーノ」などと相性が良さそう。ブドウが持つピュアな甘さを極限まで抽出し、唯一無二の高みに昇華する「Avignonesi アヴィニョネジ」と「San Giusto a Rentennano サン・ジュスト・ア・レンテンナーノ」の二大巨頭が Vinsanto Toscano ヴィンサント・トスカーノの白眉と考えるゆえ、同じヴィンサントでもタイプが異なるものでした。

marco_article.jpg【photo】サイン欲しさに私が持参した「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ」の出力紙に目を通すマルコ・パッランティ氏

 ラ・カスッチャ'04とラッパリータ'05は、現在の価格が2万円前後の高級ワインゆえ、両方ともゲットするには相当の勇気を要します(笑)。イタリアワイン好きの私がここぞと奮発したのは、綺麗な酸味を伴うサンジョヴェーゼらしい珠玉の一本、ラ・カズッチャ'04です。加えて産地を訪れた年のワインは必ず口にするというポリシーに則ってキアンティ・クラシコ・カステッロ・ディ・アーマ'06 のほか、今では稀少なバックヴィンテージの優良年'99を確保、いずれにもしっかりとマルコ氏のサインを頂きました。

 この日のためにプリントアウトした「グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ」のブログ記事とともに差し出したのが、自宅のワインセラーから探し出して持参したChianti classico Vigneto Bellavista '97。世紀のヴィンテージ騒動がさめやらぬリリース直後にミラノのPeckで購入し、あまたのセラーアイテムとともに10年以上の眠りについていた一本です。まだ当分は開けるのがもったいないレア物のcon_marco.jpgエチケッタにもこうして作戦通りにサインを加えることができたのでした。

 めでたし、めでたし。
  (⇒ なんだ、セラーのコヤシ自慢かよっ ヽ(`ε´*)

【photo】購入したChianti classico Vigneto La Casuccia キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ラ・カズッチャ'04 にもサインを頂き満悦至極の筆者とマルコ・パッランティ氏

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ワインショップ・エノテカ 仙台藤崎店
仙台市青葉区一番町3-4-1 藤崎一番町館1F
Phone:022-265-2303 Fax:022-265-2304
営:10:00~19:00
URL:http://www.enoteca.co.jp/
E-mail:Sendai_shop@enoteca.co.jp

Castello di Ama カステッロ・ディ・アーマ
Località Ama 53013 Gaiole in Chianti - Siena - Italia
URL:http://www.castellodiama.com/

2010/01/02

ソムリエ from トリノ

スローフード宮城 食談会

 イタリア本国では日本で意味するところの全土にあまねく存在するイタリア料理が存在しないかわりに、質の高い郷土料理が各地に群雄割拠しています。そんなイタリアにあって、ピエモンテ州は屈指の洗練された食文化を誇ります。いかなる黒トリュフが寄ってたかっても及ばない唯一無二の強烈な芳香と希少性ゆえに重量あたりの単価が最も高価な食材「Tartufo bianco pregiato タルトゥフォ・ビアンコ・プレジャート(別名:Tuber magnatum Pico トゥベル・マグナトゥム・ピコ)=白トリュフ」の濃厚な香りと霧に包まれる晩秋ともなると、白いダイヤモンドの別名をもつ白トリュフの最高の伴侶となるバローロ・バルバレスコといった高貴なヴィーノと共に味わおうという美食家が世界中から白トリュフの聖地Alba アルバを目指します。

tartufi_bianchi2009.jpg【photo】日本での業務用仕入れ価格がキロ50万円(!)というピエモンテ州アルバ産白トリュフ「Tartufo bianco pregiato タルトゥフォ・ビアンコ・プレジャート」(写真右上) より香りと価格が控えめながら、イタリア中部トスカーナ、エミリア・ロマーニャ、マルケなどではアルバ産の代用品として珍重される「Tartufo Bianchettoタルトゥフォ・ビアンケット」 (別名:Tuber albidum Pico トゥベル・アルビドゥム・ピコ(写真手前))
◆ロケ地:鶴岡市 il che-cciano

 イタリア北部ロンバルディア州パヴィーア県Casteggio カステッジョからVarzi ヴァルツィ一帯のポー川沿いからアペニン山脈北端にかけての地域と、エミリア・ロマーニャ州Ravennaラヴェンナ・ Forlìフォルリ・Bolognaボローニャ周辺、中部イタリア・マルケ州Acqualagna アックアラーニャ、トスカーナ州San Miniato サン・ミニアートなど、良質の亜種を含めた白トリュフの産地はイタリア各地にあります。自国のぺリゴール産黒トリュフこそ頂点と信奉する誇り高きフランス人はさておき、世界の美食家がひれ伏すのは、アルバ産白トリュフにとどめを刺します。香りと重量を失わせる大敵である乾燥を避けるため、リストランテではガラス製の蓋で覆われて登場するそれは、形こそゴツゴツとしたジャガイモのよう。カメリエーレがうやうやしく蓋を外すや否や周囲10mに立ち込めるクラクラさせるような強烈な芳香は、人生で一度は体験すべきもの。あの香りに浸れるなら来世はトリュフ犬に生まれ変わってもいいなぁ...。

castello-Costigliole.jpg 【photo】発祥の地トリノから1997年にコスティリオーレ・ダスティに移転。ブドウ畑に囲まれた小高い丘の上に建つ築1000年というCastello di Costigliole コスティリオーレ城にICIFの本部がある。内部は最新設備を備えた研修施設に改装されている

 さて、州都トリノから東へ伸びる高速A21を進むと、モンフェラート丘陵地帯で作られる発泡性ワインの産地として知られるAsti アスティ県へと至ります。アスティから10kmほど南下したCostigliole d'Asti コスティリオーレ・ダスティにある「ICIFイチフ(Italian Culinary Institute for Foreigners)【Link to website】」は、外国人のためのイタリア料理研修機関です。そこで学ぶ者には、美食の粋が集うピエモンテ州を中心とした一流講師陣による講習や生産現場の見学、提携先のレストランでの研修などのプログラムが用意されます。高品質のイタリア産食品やワインに肌で触れることで理解を深め、イタリア各地の郷土料理が世界に紹介され、真の姿を伝えることを目的に1991年に北イタリア・ピエモンテ州の州都トリノで設立された非営利団体です。

Daniela_ Costantino.jpg【photo】ダニエラ・パトリアルカさん(写真左)とコスタンティーノ・トモポウロスさん(写真右)

 リゾットほかピエモンテ料理を得意とする「OSTERIA Cucinetta オステリア・クチネッタ」橋本 俊シェフや、オーセンティックな正統派を志向する「Piu Sempre ピュ・センプレ」高橋 義久シェフなど、仙台にもICIFでの研修経験のある料理人がいます。

 ICIFの立ち上げに関わったのがDaniela Patriarca ダニエラ・パトリアルカさん。現在は1995年に設立した自身の会社「Italian Culinary Toursイタリアン・クリナリー・ツアーズ【Link to website】」で、イタリア各地を周遊しながら料理を学ぶ独自の研修スタイルを取り入れています。北は万年雪に覆われた4,000m 級のアルプスの峰々、南はアフリカ大陸から吹き付ける夏の季節風シロッコで灼熱の大地と化すシチリアまで南北1,200km、山あり海ありのイタリアは食の万華鏡さながら。同社の研修にはこれまでに600人以上の料理人とソムリエが参加しているといいます。akiusoba_sato.jpg11月末から12月上旬にかけて仙台市青葉区一番町の「Antreffen アントレッフェン」で催された「スローフード宮城 秋の食談会」と同エクセルホテル東急が会場となった「宮城・ローマ交流倶楽部 クリスマスパーティ」のゲストとして、ダニエラさんとパートナーのイタリアソムリエ協会AIS(Associazione Italiana Sommelier)公認のソムリエ資格を持つ Costantino Tomopoulos コスタンティーノ・トモポウロスさんのお二人が仙台を初めて訪れました。

【photo】「秋保そば愛好会」の佐藤 栄一会長

 スローフード宮城は、蕎麦をテーマに今年度活動しています。今回の食談会には、仙台市太白区秋保町野尻地区で在来種の「長治そば」を栽培する「秋保そば愛好会」佐藤 栄一会長が参加しておいででした。藩制時代、仙台と山形を最短で結ぶ二口街道の国境警護に当たる足軽集落であった面影を残す中山間地域の野尻地区では、戦前までコメを作らず、蕎麦を主食にしていたそうです。16回目を迎えた「そば祭 in 野尻」が11月3日に町内の集会所で催され、そば打ち体験(1500円/おひとり)のほか、在来種を使った手打ち蕎麦(500円)や、そばがきにあたる「そばねっけ」(350円)が提供されました。

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【photo】二口街道の最深部にある仙台市太白区秋保町野尻地区

 1613年(慶長13)、海外との交易を求めて宮城県石巻市月浦から帆船「サン・ファン・バウティスタ」でアカプルコを経由してローマへと渡航した慶長遣欧使節。その史実をもとに姉妹県となった宮城県とイタリア・ラッツイオ州ローマ県特産の葉物野菜「プンタレッラ」を宮城県丸森町で栽培する宍戸 志津子さんは、「食WEB研究所」のフードライターpuntamamma さんと一緒にお越しでした。宍戸さんのシャキシャキとしたプンタレッラは、この日アンチョビ風味のサラダで頂くことができました。
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【photo】宮城県丸森町でプンタレッラを栽培する宍戸 志津子さんは野菜ソムリエの資格を持つ生産者 

 日本食のイメージが強いそばですが、国内消費の8割近くは中国とアメリカからの輸入で賄っているのが実情です。滋味に乏しい痩せた土地でも栽培が可能で、播種から収穫までの期間が短いソバは、アジアからヨーロッパ、北米にかけて栽培される穀物です。スイス国境に近いイタリア最北部ロンバルディア州Valtellinaヴァルテリーナ渓谷には、トルコからサラセン人がそばをもたらしたといわれます。少なくとも17世紀初頭から栽培されているソバ「Grano saraceno グラーノ・サラチェーノ」を石臼で挽いた代表的なパスタ「Pizzoccheri ピッツォッケリ」がこの日は参加者に紹介されました。当Viaggio al Mondoでは、3年前にお年越しの話題として、標高800mを超える山あいの村ソンドリオ県Teglio テーリオが発祥とされるピッツォッケリを取り上げました【Link to back number】。

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【photo】 中にチーズを詰めたそばがきを揚げたようなヴァルテリーナ地方の郷土料理「sciatt シャットゥ」(右写真)この日アントレッフェンで出されたピッツォッケリもチーズがたっぷりと使われていた(左写真)

 そば粉と小麦粉を8対2の割合であわせ、平たいパスタ「タリアテッレ」のように形成し、ボイルしたジャガイモとキャベツと共に溶かしバターやチーズで味付けして食べられるピッツォッケリ。トウモロコシの代わりにソバを使う「Polenta taragna ポレンタ・タラーニャ」として食するほか、この地方で1300年以上の歴史を持つ牛乳製チーズ「Valtellina Casera ヴァルテリーナ・カゼーラ」、または「Bitto ビット」をそば粉に混ぜ込んで揚げた団子状のluigi_gufanfnti.jpg「Sciatt シャットゥ」など、寒冷な気候と痩せた土壌ゆえ小麦の栽培ができないアルプスのヴァルテリーナ地方では欠かせない穀物として珍重されています。

【photo】ルイジ・グファンティ社5代目のGiovanni Guffanti-Fiori ジョヴァンニ・グファンティ・フィオーリ氏。技術革新が成し遂げられた21世紀の今日でも、創業以来の技と伝統を受け継ぐチーズ作りにかける情熱は変わらない

 この日は、ソムリエのコスタンティーノさんがピッツォッケリとあわせる前提でセレクトした日本にはまだ紹介されていないイタリアワインと稀少な北イタリアのチーズを味わえるというので、早々に参加の意思を表明していました。当日はロンバルディア平原がアルプスの峰々と交わる絵ハガキのように美しい風景が広がる湖水地方で、Lago di Como コモ湖と並び称される景勝地Lago Maggiore マッジョーレ湖の南端にある町、Arona アローナで1876年に創業したチーズ工房「Luigi Guffanti ルイージ・グファンティ」社製のチーズ4種類が紹介されました。
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【photo】食談会で登場したチーズ4種。右上から時計回りにチヴィダーレ・フリウリ・ラッテリア、リコッタ・アッフミカータ・カルニカ、ビットヴァッリ・デル・ビット2008、ロビオーラ・ディ・カプラ

● Robiola di Capra ロビオーラ・ディ・カプラ(ピエモンテ州ランゲ地方Roccaverano ロッカヴェラーノ村産。放牧されたヤギ乳のみを使用したソフト外皮チーズ。新鮮なうちはヤギ特有の柔らかな酸味と甘みを感じるが、一ヶ月以上熟成させると青草の香りが現れる)
● Cividale Friuli Latteria チヴィダーレ・フリウリ・ラッテリア(オーストリア・スロヴェニア国境に近いフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州産のハードチーズ。「Lo Spadone」「Latteria del Diavolo」「Il Goloso」「Il Cividale」などのタイプに分類される。牛の生乳または脱脂乳を使用)
formaggi_gufanti.jpg● Bitto valli del bitto 2008 ビットヴァッリ・デル・ビット2008(ロンバルディア州ヴァルテリーナ地方産。Albaredo アルバレード渓谷からGerola ジェローラ渓谷地域にある標高1400m~2000m 級の山で放牧される牛の乳にOrobica オロビカと呼ばれるヤギの乳を10~20%混ぜる。世界でも類を見ない10年にも及ぶ長期熟成が可能だが、この日は2008年産を頂いた。スローフード協会がプレジディオに認定している)
● Ricotta affumicata carnica リコッタ・アッフミカータ・カルニカ(フリウリの一部地域で作られる牛の乳清を煮詰めて作る柔らかな味わいが特徴のリコッタチーズを軽くスモークしたもの)

 これらのチーズとピッツォッケリにあわせるためにご主人のコスタンティーノさんが選んだのは、フリウリ地方産の白が1本・赤2本、ウンブリア地方産の赤1本の計4本。私が飲んだ経験があるのは、日本におけるイタリア食品商社の草分け「モンテ物産」が扱うイタリア中部ウンブリア州の優良生産者「Colpetrone コルペトローネ」のSagrantino di Montefalco サグランティーノ・ディ・モンテファルコだけ。香りの強いビットとよく合う強靭な体躯を備えたサグランティーノ・ディ・モンテファルコはvini_sfmiyagi2009.jpg、ペルージャの南西モンテファルコ周辺で作られ、1992年にイタリアワイン法最上位のDOCG(統制保証原産地呼称)に昇格したヴィーノ。タンニンが多い長熟向きの土着品種サグランティーノ種のブドウを陰干しして作られ、最良のものは30年を優に越える熟成にも耐えます。その他の3本は日本未輸入の作り手によるものでした。

【photo】コスタンティーノ氏が選んだヴィーノ4種のうち3種は日本未輸入

 イタリア最東北部の港町Triesteトリエステは、随筆家 須賀 敦子の著作にも地名が登場します。通常の州よりも大きな自治権を与えられた特別自治州フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の州都になっている人口20万人ほどのこの町は、女帝マリア・テレジアに港湾都市として整備されたハプスブルグ帝国時代の遺構を色濃く残します。オーストリア領下で参戦した第一次世界大戦の激戦地となったヴェネツィア・ジューリア地域がイタリア領となったのは1918年。今でも歴史的・地理的につながりが深かった国の言語であるドイツ語・スロベニア語がイタリア語と共に飛び交う独特の雰囲気があります。第二次大戦後、ベルリンのように市街地の中をユーゴスラビアとの国境線が通っていた町Gorizia ゴリツィアでは、スラブ文化圏との辺境に来たと実感するに違いありません。

castelvecchio_azienda.jpg【photo】ヴェネツィア・ジューリア地方サグラーノ北方の高台にあるAzienda Agricola Castelvecchio のブドウ畑

 ゴリツィア周辺のCollio Goriziano コッリオ・ゴリツィアーノ地域は世界に冠たる白ワインの産地として、近年急速に名声を高めています。特異な持ち味で熱烈なファンがおり、プレミアム価格で取引される「Gravner グラヴナー」「Miani ミアーニ」「Radikon ラディコン」は別としても、水晶のように繊細なワインを生むTerritorioテリトーリオ(=その土地の気候風土に由来する個性。仏語ではテロワール)の特質を感じさせるcasa castelvecchio.jpg「Vie di Romans ヴィエ・ディ・ロマンス」「Jermann イエルマン」「Villa Russiz ヴィラ・ルシッツ」「Venica & Venica ヴェニカ&ヴェニカ」などを飲むだけで、理想的な栽培環境に恵まれたこの地域の白ワインがいかに素晴らしいかがお分かりいただけるはずです。

【photo】ブドウの葉が色付く秋のカステルヴェッキオ

 ワインのほかオリーブオイル・ハチミツも生産する「Azienda Agricola Castelvecchio カステルヴェッキオ」は、ゴリツィアを高速A4方向に向かって南西に15kmほど進んだSagrano サグラーノの町外れでTerraneo テラーネオ家が40haの畑でブドウを栽培しています。この日はトリエステの南、第二次大戦終結前はイタリア領であったイストリア半島地域に伝わるブドウMalvasia Istriana マルヴァジア・イストリアーナが紹介されました。除梗したブドウに最小限の圧力を加えて雑味が出ないようソフトプレスし、ステンレスタンクで発酵させ若飲みに適した味に仕上げるこのワイン。2008年という一番新しいヴィンテージとあって微かに発泡しており、華やかなトロピカルフルーツのようなフローラルで上品な香りが広がります。

  Isonzoイソンツォ川を挟んだゴリツィアの北方5kmの高台にあるSan Floriano del Collio サン・フロリアーノ・デル・コッリオの作り手「Muzic ムージチ」は、二度の大戦によって荒廃した16世紀まで遡る畑で1960年からムージチ家がブドウを育ててきました。当主Ivan Giovanniイヴァン・ジョヴァンニは醸造を学ぶ二人の息子ともどもワインに全情熱を傾ける生産者です。「Bora ボラ」と呼ばれる大陸からの風が昼夜の温度差を生む温暖な微気候にあるこの地域は、白ワインだけでなく、19世紀にフランスよりもたらされたカベルネやメルロの栽培に適しており、DOC(統制原産地呼称)Friuli Isonzo フリウリ・イソンツォcantina_ivan_ragazzi.jpgに指定されます。それなりにボディがあるボルドー品種のCabernet Franc カベルネ・フランの個性である植物的なニュアンスがあり、青草の香りがする熟成したロビオーラ・ディ・カプラとの好相性を見せてくれました。

【photo】ムージチの当主イヴァン・ジョヴァンニと二人の息子

 州都トリエステに次ぐ人口10万人の都市Udineウーディネから北西20kmには、繊細でとろけるような味わいの私が大好きな生ハム「Prosciutto di San Daniele プロシュット・ディ・サン・ダニエーレ」の産地として知られる「San Daniele del Friuli サン・ダニエーレ・デル・フリウリ」があります。(Principe社のサイトで製造の模様をご覧あれ)「Emilio Bulfon エミリオ・ブルフォン」はフリウリ地方Pordenone ポルデノーネ県 Valeriano ヴァレリアーノの打ち捨てられた古い畑を再興し、16haの畑で白品種のCividìn・Sciaglìn、赤品種のCjanòrie・Forgiarìn・Cordenossa・Refosco del Peduncolo Rossoなどの土着品種だけを育ています。当主エミリオ・ブルフォンは全てのワインに地元の教会に残るceremony_sfmiyagi.jpg13世紀のモザイク画「最後の晩餐」をモチーフに自らデザインしたエチケッタを使用しており、この夜コスタンティーノが選んだのは、Piculìt Neri ピコリット・ネーリという品種100%の赤ワイン。生き生きとしたブーケと若々しい味わいが印象的でした。

【photo】ダニエラさんからスローフード宮城に贈られたブォンリコルド協会の絵皿を手にする若生裕俊 同協会会長
 
 数多くの日本人を迎え入れてきた親日家でもあるダニエラさんから、スローフード宮城に贈られたのが「Unione Ristoranti Buon Ricordo ブォンリコルド協会」がローマのレストラン用に製作している絵皿〈clicca qui〉でした。Buon Ricordo( =伊語で「よき思い出」の意)とは、郷土料理の良さを食べる人に伝えたいという願いを込めて1964年に発足した団体です。詳しくはコチラ。およそ400年前、伊達 政宗の命を受けてローマに渡った家臣 支倉 常長の存在や、プンタレッラの特産化に取り組んでいる宮城とイタリアのご縁を意識したダニエラさんの心配りです。

decantare_costantino.jpg【photo】食談会の翌週催された宮城・ローマ交流倶楽部クリスマスパーティの席上、澱が出たオールド・ヴィンテージワインのデキャンタージュを実演するコスタンティーノ

 スローフード宮城の知人にワガママを言って本場の美味しいピッツォッケリを是非とも食べたいと事前に伝えていました。そこでダニエラさんにご用意頂いたのが、スローフード協会が「Cittàslow チッタスロー(=スローシティ)」に指定しているソンドリオ県 テーリオで作られるMolino Tudori 社製の乾燥パスタです。翌週行われた宮城・ローマ交流倶楽部のパーティでは、デキャンタージュの実演をご披露頂いたコスタンティーノいわく、この製造業者のピッツォッケリは大変美味しいとのこと。年越し蕎麦として頂こうかな、とも思いましたが、年末に訪れた鶴岡で、同市田川地区で作られるソバ粉100%の「鬼坂そば」を同小真木(こまぎ)にある「産直こまぎ」で入手、一家総出でご自宅脇のハウスで作業中の平田赤ねぎ生産組合 後藤 博 組合長のもとを訪れて譲って頂いた収穫したての平田赤ねぎを薬味に頂きました。ピッツォッケリはそのうちチーズとバターで頂くとしましょう。

 イタリアン・クリナリー・ツアーズでは、これまで培ったプロの料理人やソムリエ対象の研修のノウハウを活かし、一般の日本人観光客がイタリアが誇るアチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレやプロシュット類、オリーブオイルから200種以上あるブドウ品種から作られる多種多様なヴィーノなど、さまざまな伝統食材の生産現場を視察できる日帰りツアーやレストランでの料理講習などのイタリア本国で参加できるプログラムを用意し、日本における窓口を東京に設置しました。

pizzoccheri_valtelina.jpg ここぞとばかりにイタリアソムリエ協会AIS認定のソムリエに浴びせる質問の内容から、イタリアワインに関する私のマニアぶりを見込まれ、コスタンティーノが「Carlo(→私のイタリア名。命名の経緯は【コチラ】)が次回トリノに来るのはいつだ? オレが車で小規模な素晴らしいカンティーナを案内するから必ず連絡をくれ」と言い出す始末。さて、どうなりますやら...

【photo】発祥の地テーリオで作られたピッツォッケリ
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2009/11/29

オフヴィンテージ考

Podere Salicutti / Brunello di Montalcino Poggiopiano '02
ポデーレ・サリクッティ / ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ'02年
 @エノテカ・イル・チルコロ

 2009年は奇跡の年。 今年のボジョレー・ヌーボーの売り文句です。

 表現は違えど毎年グレートヴィンテージが宣言される唯一無二の産地、ボジョレーの新酒をお飲みになった方は、どんな奇跡を体感なさったのでしょう。商魂たくましい産地関係者が煽るお囃子に合わせ、"踊らにゃ損々"と盛り上がる11月の第3木曜日。一部インポーターや酒販店も加担して解禁日に向けたプロモーションが繰り広げられます。その動きを眉唾モードで受け流すことにしている私の記憶では、2、3年前にも聞いた記憶があるフレーズ、「50年に一度の出来!!」と、派手に持ち上げられても、どこ吹く風。総選挙で自民党が繰り広げたネガティブキャンペーン顔負けの「今年も当たり年? ボジョレー・ソードーは日本固有の祭りLink to back number」で持論を展開したのが昨年のことでした。その甲斐あってか(?)例年通り静観を決め込んだ今年の騒動は、いまひとつ盛り上がりに欠けた感があります。

selezione_hayashi.jpg【photo】イタリアワインを輸入業者に斡旋するエージェント、林 達史(たつし)氏が選んだモトックス社取り扱いのヴィーノが揃った「エノテカ・イル・チルコロ」でのワイン会。日に日に寒さが増してくる11月の3週以降ともなれば、しっかりとしたボディのある上質なヴィーノ・ロッソが一段と美味しく感じられる。どうせならこうした真っ当なワインを楽しみたいもの

 今年の商戦は解禁直前に大手スーパーが火花を散らした値下げ競争と、ペットボトル入りの低価格ヌーボーがトピックスとなりました。ブドウを原料とする醸造酒(→特殊な製法で速成醸造されるボジョレー・ヌーボーは"ワイン未満"であると考えているため、敢えてワインとは呼びません)カテゴリーでは、年間売り上げの重要な山場となるボジョレー商戦の売り上げ確保に躍起となる日本の酒販業界の努力もむなしく、ここ数年その売り上げは減少の一途をたどっています。今年の輸入量は、昨年比で15~20%の減少が見込まれるといいます。Bio (ビオ)だ自然派だと、特に女性を意識した付加価値をつけたところで、到底価格に見合った酒質が伴わない商材を持ち上げるかまびすしい商業主義が駆逐され、真っ当なワイン文化が日本に根付くまで、私の孤独な闘いは続くことでしょう(笑)。

tatsushi_hayashi.jpg

 前置きはこのぐらいにして、ワインの輸出斡旋業者であるクルティエの林 達史 氏をお招きして仙台市青葉区のイタリアン「エノテカ・イル・チルコロ」で行われたワイン会で出た一本のヴィーノが、今回の話題の中心です。1964年(昭和39)京都に生まれた林氏は、'90年代前半にイタリアワインと出合い、小規模な素晴らしい生産者が日本に紹介されていないことから、生産者と輸入業者の橋渡しを始めます。現在は一年の半分以上をフィレンツェの北隣りにある街Fiesole フィエーゾレに住まい、フィレンツェを拠点に自らの目と舌で選んだ生産者だけを紹介しています。

【photo】多彩なイタリアワインへの深い理解によって生産者から厚い信頼を得ているクルティエ 林 達史 氏

 その日のワイン会は、'95年に林氏がカンティーナ(=醸造所)に足を運んで日本に紹介したトスカーナの「Montevertine モンテヴェルティーネ」など優良生産者の中で、信頼のおけるインポーター「モトックス」が扱うラインナップからセレクトした6本のイタリアワインが出されました。特にヴィーノ・ロッソ(=赤ワイン)は、私が注目しているAzienda アジェンダ(=生産者)のワインを4種類も味わえるというので、万難を排して参加しました。

franciacorta_e_arneis.jpg【photo】スプマンテはロンバルディア州ラ・フェルゲッティーナのフランチャコルタ・サテン04(左)白ワインはピエモンテ州ブルーノ・ジャコーザのロエロ・アルネイス'07(右)ともに産地で品質面のリーダー格と目される生産者といえる

 まずはキメ細やかで持続性の高い泡が立ち昇り、淡いクチナシと明確なアーモンドのニュアンスがあるイタリア北部ロンバルディア州Bresciaブレシア県産のスプマンテ「Franciacorta Saten '04 フランチャコルタ・サテン」から。自家栽培したシャルドネの中から最良の状態のブドウおよそ35%だけを選別してステンレスタンクで一次発酵させ、1割をオーク樽にて熟成。36ヶ月の長期瓶内熟成を経てリリース後、わずか3ヶ月で完売してしまうというこのスプマンテの造り手は、Erbusco エルブスコで優良なDOCG(「統制保障原産地呼称」イタリアワイン法の最高位)Franciacortaを生産する「La Ferghettina ラ・フェルゲッティーナ」。Ca'del Bosco カ・デル・ボスコと並び称されるBellavista ベッラヴィスタで栽培・醸造責任者を20年務めたロベルト・ガッティ氏が'91年に興したカンティーナ(=醸造所)です。

 青リンゴのような香りが後を引くヴィーノ・ビアンコ(=白ワイン)はPiemonte ピエモンテ州の固有品種Arneis アルネイスを復活させた立役者、名醸地として知られるCuneo クーネオ県Neiveネイヴェに醸造所を構える「Bruno Giacosaブルーノ・ジャコーザ」の「Roero Arneis '07 ロエロ・アルネイス」。1929年生まれの現当主ブルーノ氏は、誰よりもLangheランゲ地区の畑を知り尽くしており、ランゲの伝統を重んじる醸造スタイルは、一貫したものです。天候に恵まれない年は、自社ブランドの醸造は行わず、すべてバルク売りしてしまいます。自社畑のほかに一部生産を委託しているブドウ生産者とは、作柄の善し悪しに関わらず、常に一定量を買い取りしており、地元で厚い信頼と尊敬を集める生産者でもあります。吉田シェフの作る有機野菜のパレット仕立てとホワイトアスパラガスの茹で上げ・茹で卵とパプリカのソース掛けとともに、ワイン会は上々のスタートを切りました。

dopoteatoro_e_rosso.jpg【photo】赤ワインはトスカーナ州ポデーレ・サリクッティのカベルネ・ソーヴィニョンをメイン品種とするIGT(=地域特性表示ワイン)ドーポテアトロ'04(左)と、翌'07ヴィンテージから格上のブルネッロ同様、畑名のSorgente が最後に付くようになったロッソ・ディ・モンタルチーノ'06(右)。エチケッタに描かれるのは古代ギリシア・ローマ時代のTeatro (=円形劇場)。いずれも素晴らしい作柄のブドウが収穫された年らしい深みのあるしっとりとした血筋のよさを備えている

 いやが上にも期待が高まるヴィーノ・ロッソは「Podere Salicutti ポデーレ・サリクッティ」の4本。何をおいても参加した私のお目当ては、旗艦となるヴィーノ「Brunello di Montalcino ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でした。ローマで科学教師をしていたシチリア人のフランチェスコ・レアンツァ氏が、'90年にトスカーナ州最南部の名醸地Montalcino モンタルチーノに土地を購入して移住、Podere(=「農場」の意)にブドウを植えた4年後に誕生したカンティーナは、伝統ある産地モンタルチーノでは新参ながら今では揺るがぬ名声を築いています。19世紀初期の古地図に同じ名が認められるというPodere Salicuttiでは、科学者でもあるフランチェスコが栽培から醸造・ラベリングまで全てを自らの手で行っています。

    uva_salicutti.jpg francesco_uva.jpg vigna_nuova.jpg
【photo】1.5haの区画Piaggione ピアッジョーネは風通しのよい南斜面に1haあたり4,500本の密植度でブルネッロ種ことサンジョヴェーゼ・グロッソ種が栽培される(右写真)  畑に立つオーナー兼醸造家フランチェスコ・レアンツァ(中央写真)  開花期のサンジョヴェーゼ・グロッソ(左写真)

 1967年に発足した「Consorzio del Vino Brunello di Montalcino ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ協会」【Link to website】では、産地全体としての作柄を5段階で自己評価し、毎年☆の数を公式に発表しています。毎年のようにグレートヴィンテージ五つ星を約束され、今年のような自称・奇跡の年に至っては六つ星すら付きかねない地球上唯一の産地ボジョレーとは違い、天候が比較的安定しているトスカーナ南部にあってすら、至極当たり前なことですが、年によっては厳しい天候のもとでブドウを育てなくてはなりません。直径16kmのエリアに24,000ha の耕作面積が広がるトスカーナきっての名醸地モンタルチーノ。協会に加盟する216軒の生産者は、標高や土壌など地域によって微妙に栽培条件が異なるため、brunello_02_03.jpg強靭なタンニンを備えた長期熟成型のヴィーノとなるサンジョヴェーゼ・グロッソ種(ブルネッロ種)だけを原料とするブルネッロ・ディ・モンタルチーノでも、一般的傾向として西側がエレガントで、ブドウの成熟が早い南側ではアルコール度数が高めになるなど、味に微妙な差異が生まれます。

【photo】ポデーレ・サリクッティの名を一躍世に知らしめたのが、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの生産を始めて2年目、良作年として話題になった'97ヴィンテージ。この夜は水浸しの年と渇水と酷暑が襲った年という違いはあれど、困難な年だったと多くの生産者が振り返る'02ヴィンテージ(左)と'03ヴィンテージ(右)を試飲

 ブドウが熟する過程から収穫期に雨が降り続いた'02年が'92年以来の☆☆二つ星評価で、作り手によっては、最良のグランヴァンにあたるブルネッロの生産を諦め、セカンドクラス Rosso di Montalcino ロッソ・ディ・モンタルチーノに格落ちさせざるを得ませんでした。セカンドクラスはブルネッロの半値程度で販売されるため、その決断は生産者にとって痛手以外の何物でもありません。翌'03年は☆☆☆☆四つ星評価ですが、欧州全体が記録的な猛暑に見舞われ、夏の間に降水が全く無かったイタリア中部以南ではブドウが干しブドウ状になる高温障害が発生。そのため糖度が高くジャミーな(=ジャムのような)ワインに仕上がるケースも散見され、インパクトはあるものの、長期熟成に耐えうる重要な要素となる酸味の乏しいヴィーノも見受けられました。

back_rabel.jpg【photo】権威あるイタリアの有機認証機関「ICEA」からビオ認定を受けているサリクッティのブルネッロは、バックラベルに「Con uva da agricoltura bioligica(=有機栽培のブドウを使用)」と記載される

 近年では'97年・'04年と、まだ法定熟成期間中で未リリースながら'06年・'07年のように最高評価☆☆☆☆☆五つ星の理想的な気候のもとでは、健全に育ったブドウからバランスの良い味わいを備えた偉大なヴィーノが生まれます。生産者によっては、☆☆☆☆四つ星の'99年・'01年にも素晴らしいブルネッロをリリースしました。

vigna_piaggione.jpg【photo】南方50km にある標高1,732m のアミアータ山は、地中海からの海風を遮り、安定した気候をモンタルチーノ周辺にもたらしている。ポデーレ・サリクッティのブドウ畑、Piaggione ピアッジョーネでは、主にブルネッロ用のサンジョヴェーゼ・グロッソが栽培され、例年10月5日ごろに収穫が行われる(上写真)

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 ポデーレ・サリクッティは、モンタルチーノ中心部から標識を頼りに世界遺産の「Val d'Orcia オルチア渓谷」方向に4.5kmほど進んだ高台にあります。すぐ近くにはイタリアで最も美しいといわれるロマネスク様式の修道院「Abbazia di Sant'Antimo サンタンティモ修道院」〈clicca qui〉がブドウ畑と草原に囲まれて建っています。キアンティ・クラシコ地域よりも年間降水量が50mmほど少ないモンタルチーノ特有の乾いた風が吹き抜けてゆくブドウ栽培に適したサリクッティ農場では、4つのブドウ畑のほか、オリーブも栽培しています。農村体験型の宿泊施設「Agriturismo アグリツーリズモ」を併設した建物の南側からは、火山としてはシチリアのMonte Etnaエトナ火山(3,315m)に次ぐ高さのMonte Amiata アミアータ山が遠望されます。

colori_vini.jpg【photo】1 泊から利用できる宿泊施設アグリツーリズモを併設したPodere Salicutti (上写真)
カベルネベースのドーポテアトロ'04(写真右)は、サンジョヴェーゼ・グロッソ100%のブルネッロ'03(写真中)'02(写真左)と比較すると、幾分黒味がかったガーネットをしている

 フランチェスコ・レアンツァ氏は、有機認証を受けた飼料のみで育てられた地元の牛舎から提供される堆肥を通常の1/4程度の使用にとどめ、ブドウの畝で栽培されるマメ科を中心に15種類ほどの草花を緑肥として活用しています。除草剤や化学肥料に依存することなく、自然に対して謙虚さを忘れず、いかなるヴィンテージでも最良の結果へと導くアプローチを忍耐強く探る姿勢を貫いています。欧州でも重要な有機認証機関の一つ「ICEA」からBio (ビオ)認証を受けるブルネッロ・ディ・モンタルチーノのファーストヴィンテージが'96年。米国の権威あるワイン評価誌「ワインスペクテイター」は、軒並み高評価を与えた'97年のブルネッロの中で、最高得点の98点をポデーレ・サリクッティに与えました。それまでほとんど無名であった創業間もない小さなカンティーナは、こうしてイタリア屈指の名醸地モンタルチーノの協会加盟のワイン生産者216軒の頂点として名乗りを上げたのです。

 【photo】ニクヤキスタこと吉田シェフの本領発揮、久慈市山形町産短角牛の肉料理

 プリモピアット「岩手産ホロホロ鶏のラグーソース風味パッパルデッレ」、セコンドピアット「岩手久慈市山形町産 短角牛リブロースの炭焼・同テールの赤ワイン煮込、レバーのソテー」が運ばれると、いよいよ料理とお互いを高めあうイタリアワインの美質を発揮するVini rossi (=赤ワイン・複数形)の登場です。4つの区画では最も標高が高いために成熟が遅く、糖度とポリフェノール成分が幾分少ないブドウとなるSorgente ソルジェンテのブドウを主に用いた「Rosso di Montalcino '06 ロッソ・ディ・モンタルチーノ」、カベルネ・ソーヴィニョンを9割使用し、トスカーナ原産とされるサンジョヴェーゼとキアンティでも補助品種として使用されるカナイオーロを各5%ずつ混醸したIGT「Dopoteatro '04 ドーポテアトロ」、ヴィンテージ違いの「Brunello di Montalcino Piaggione '02と'03 ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・ピアッジョーネ」という4種のヴィーノ・ロッソが次々とテーブルに並びました。

vigna_sorgente.jpg【photo】標高460~480 m の畑Sorgente ソルジェンテでは、0.8haの区画にサンジョヴェーゼのほかに外来種Cabernet Sauvignon カベルネ・ソーヴィニョンと混醸用に用いられる品種Canaioloカナイオーロが栽培される

 太古は海底であったために貝殻の多い砂礫粘土質土壌のブドウ畑は、4箇所に分かれています。合計4haの畑で栽培するブドウだけを使用するサリクッティのヴィーノは、生産本数が極めて限られます。高い評価を得るブルネッロは、国内外で争奪戦が行われており、これだけの種類を一度に飲む機会はそうありません。マニア垂涎のラインナップが揃ったこの日、ともに最高の天候に恵まれた'04と'06 のヴィーノが期待通りだったのは申すまでもありません。そのなかで最も輝いていたのは、イタリアワイン愛好家の間では天候に恵まれなかった不作年として知られる'02ヴィンテージのBrunello di Montalcino Piaggioneでした。

salvioni_pacenti.jpg【photo】生産本数が限られるため、滅多に市場に出回らないサルヴィオーニとシロ・パチェンティのブルネッロ'01ヴィンテージ(私物。ウフッ)。天候に恵まれなかった翌年は、生産されずにセカンドクラスのロッソ・ディ・モンタルチーノに格下げしてリリースされた

 この年、完璧主義者の「Salvioni サルヴィオーニ」や「Siro Pacenti シロ・パチェンティ」のように高い評価を受ける生産者のいくつかは、ブルネッロの水準に達しないと判断、その生産を見送りました。愛好家を裏切りたくないというその英断は称えられるべきでしょう。一方で、サリクッティのフランチェスコ・レアンツァ氏は水浸しの天候のもと、実に高水準な渾身のブルネッロを作り出していたのです。

 開墾に着手した'94年から'95年にかけての最も早い時期に傾斜20度の南斜面1.5haにブドウの植え付けをした区画、Piaggioneで栽培するSagiovese Grossoサンジョヴェーゼ・グロッソを、一房ごと一粒ずつ手で選別し、アリエ産とスロヴェニア産のオーク樽で3年の熟成を経た後、5,333本だけがリリースされました。雨に祟られた年であることを感じさせないsalicutti_0102.JPG完熟したブドウ由来の加熱したバルサミコのような甘さの後、ベリー系の香りが現れ、ダークチョコレートのようなスパイシーな余韻が続きます。

【photo】エノテカ・イル・チルコロで昨年頂いたポデーレ・サリクッティのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ'01。抜栓後、時間と共に開いてゆき、多彩な表情を見せた果ての最後の一杯が一番美味しかった

 シルキーな柔らかさと強靭な体躯を備えた素晴らしい出来映えとなった'01ヴィンテージのサリクッティのブルネッロをエノテカ・イル・チルコロで頂いたことがあります。それと比較すればわずかにボディは細く、柔らかさはあるものの、いささかの破綻もきたさない高い次元で融合したバランスの良さは、見事というしかありません。恵まれた天候のもと、質と量が両立した'01ヴィンテージが9,300本あまりの生産本数だったことを考えれば、いかにブドウの選果が厳格に行われたが分かります。

    tank_salicutti.jpg francesco_leanza.jpg tonaou_salicutti.jpg
【photo】ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ'02 は、ステンレスタンク(左写真)で自然酵母を用いた主発酵後に乳酸菌によるマロラクティック発酵。モストを500ℓ容量のオーク樽に移し、12ヶ月を経た後、4,000ℓ容量のオーク樽(右写真)にて24ヶ月熟成される。仕上がったヴィーノを試飲するフランチェスコ・レアンツァ氏(中央写真)

 降雨状況の把握とカビの発生を抑制するための風通しを確保する細やかな剪定作業の積み重ねによって、過酷な自然を克服せんとした真摯な作り手の努力が詰まった珠玉の作品。それがポデーレ・サリクッティのブルネッロ'02です。中部イタリア以北のアジェンダが、おしなべて困難な年だったと口を揃える'02の翌年、欧州を多数の死者が出るほどの稀に見る猛暑が襲いました。過剰なまでの日照にさらされたブドウの選別は、前年同様に厳しく行われ、2年連続で少量しか確保できなかった健全なブドウから、ブルネッロ'03が生産されました。

con_hayashi.JPG 【photo】ワイン会終了後、モトックスの梶本氏(写真左)ら居残ったメンバーで美味しい料理をご用意頂いた吉田シェフと林氏を囲んで歓談後、感銘を受けたサリクッティのワインボトルを手に記念撮影

 米国の著名なワイン評論家ロバート・パーカー氏は、インパクトのあるワインに高い評価を与える傾向があります。案の定、試飲した'03ヴィンテージのブルネッロ22点に92ポイント以上のハイスコアをつけました。ポデーレ・サリクッティのブルネッロ'03は、93ポイントを獲得しています。(良年の'04年には95ポイントを献上)イタリアワインに造詣が深い林 達史氏は、サリクッティのブルネッロの特徴として、瓶熟による熟成能力の高さを指摘した上で、オーナー兼醸造家のフランチェスコ自身も驚くほどの出来だというしなやかな'02ヴィンテージのほうが、パワフルさを感じる'03ヴィンテージより寿命の長いヴィーノとなるでしょうと語ります。穏やかなタンニンの内に秘めたブドウのポテンシャルの高さは、穏やかで真摯なフランチェスコの人柄を偲ばせるものです。

 意図的に新酒の作柄を美辞麗句で飾り立てる産地がある一方で、☆☆二つ星で自己評価する決してブドウの作柄が良くなかった'02ヴィンテージのブルネッロ。しかしサリクッティのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ'02年は、いかなる装飾語を用いるでもなく、たとえ困難な状況にあっても、造り手の情熱はそれを乗り越えるのだ、という真実を物語るかのように長く複雑な余韻を残すのでした。


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Podere Salicutti
Azienda Agricola di Francesco Rosario Leanza
Località Podere Salicutti, 174 - 53024 - Montalcino (Siena)
Phone / Fax:+39 0577 847003
URL: http://www.poderesalicutti.it/
email:leanza@poderesalicutti.it

協力:㈱モトックス
Phone:本社 06-6723-3131  東京オフィス 03-5771-2823
URL: http://www.mottox.co.jp/
 

2009/02/11

ルチアーノ・サンドローネ訪問記

記憶を呼び覚ますヴィーノ @Francesca by 非覆面調査員

 私もそうですが、つい飲みすぎてしまったワインで記憶を失った苦い経験ならば事欠かない方も多いのでは? 今回は逆に失った記憶を呼び覚ますワインに関するお話です。酒を呑んで記憶を取り戻すなんて、まるで「ア中」みたいですが、国内外問わずワイン産地や生産者を訪れたことがある方なら、きっと頷いて頂けるはずです。

 シチリアと北部山岳地域を除くイタリア半島のほぼ全域で栽培されるブドウ品種「Sangiovese サンジョヴェーゼ」を主体に、強靭な個性を主張する「Nebbioloネッビオーロ」や汎用性の高い「Dolcetto ドルチェット」など、イタリア原産ブドウ品種からなるセパージュで組成された血液が流れている特異体質ゆえ、免疫のないボジョレー・ヌーボーの摂取によって、急性中毒を発症した《Link to back number 》翌日のこと。カンフル剤となるヴィーノ・ロッソの摂取と口直しを兼ねて仙台市青葉区大町にあるイタリアン「Francesca フランチェスカ」を訪れました。

francesca_antipast2.jpg【photo】 自家仕込みしたフランチェスカのハム各種。奥から順に、コッパ、モルタデッラ、鴨の生ハム、赤ワイン漬けしたプロシュット

 ボジョレーを産する国の大手タイヤメーカーM社が発行するレストラン評価本のうち、アジア圏では初めてとなる同ガイドの東京版が、一昨年発行されて話題を呼びました。M社の行った事前の覆面調査は、3名のフランス人と2名の日本人調査員が担当したのだといいます。ん? Un moment s'il vous plaît!(ウン モメント シル ヴゥ プレ=「ちょっと待って」仏語)パンを主食とする3人のフランス人調査員は、自国ではほとんど栽培されないコメの味が分かるのでしょうか? どちらかといえば淡白な日本食をどれだけ客観評価できるのか、私には甚だ疑問です。自国の文化に絶対的なプライドを持つ「中華思想」にかけては、本家中国と並ぶ彼らが、自分の尺度でいかなる感想を抱こうと構いませんが、それをもとにランク付けした本を日本で発行すること自体が余計なお世話だし、時としてそうした不遜な姿勢は傲慢にすら映ります。

capo_harada_francesca.jpg【photo】 自ら仕込んだ県産ガーリックポークのプロシュットを切り分ける原田シェフ

 いっぽう米国発のレストラン評価本「Zagat Survey ザガット・サーベイ」(1979年創刊)は、一般の利用者によるアンケート結果から、ユーザー個々の嗜好や極端な意見を平均化した上で、専門スタッフが実際に足を運んで評価を検証する手法を取り入れています。最新の東京版では、5,500人超のユーザーが参加したアンケート結果をもとにしているのだといいます。12ヶ月に及ぶ食に関する研修を受けているとはいえ、日本の食に対する理解度にいくばくかの疑問を差し挟みたくなる3人の異邦人を含む5名の調査員による採点に比べれば、こちらのほうが客観性があり、信用度が高いと思うのですが、いかがでしょう。それにもかかわらず日本では後発となる仏国発のガイドのほうが売れているようです【注】。ここにもボジョレーに飛びつくのと同じ日本人特有の「おフランス信仰」が顔をのぞかせているように思えます。いくら日本が仏教国でも、そんなに「仏」を有難がたがらなくてもねぇ・・・(苦笑)

 ワインリストにボルドーやブルゴーニュが(→直接問い正してはいないが、ボジョレーは範疇外のはず)それなりに充実していないと、決して最高評価の☆☆☆を与えないのは、1956年に自国以外では初めて出版され、毎年版を重ねているM社によるガイドのイタリア版でも同様です。パスタやリゾットの命ともいえるアル・デンテが何たるかを、創刊半世紀を経てもなお理解しようとしないエスプリ(「Esprit(仏語)」→日本においては何故か言葉の知名度は高くとも、意味は謎 (゚_。)??ですよね)の国の尺度で語られる赤い装丁のガイドには、ゆえに興味はありません。そもそもが自動車旅行の普及で自社製品が売れることを目的に創刊した発行元のタイヤメーカーの動機を知ってかどうか、同社製のタイヤではなく、かといってイタリアのPIRELLI社製でもなく(→自国製自動車部品に対する自信の無さの表れか?)、米国GOODYEAR社製のEagle F-1 GS-D3を標準装備に選択したalfa romeo 車で東北を駆け巡りながら綴る当Viaggio al Mondo。持ち前の嗅覚で発掘したリストランテを、某ガイドの覆面調査員とは一線を画する以下に述べるような基準で取り上げてきました。

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【photo】 フランチェスカのPasta fresca パスタ・フレスカ(=生パスタ)二種。イノシシのラグー風味のピィチ(左)、ズワイガニのラザニア

 総合点を10点とすれば、その内訳は―― 形だけ取り繕うスタイルの模倣ではなく、こりゃ参った!と唸らせてくれるキラリと光る料理か⇒ 4.5割、ワインの充実度(品揃えだけでなく、実勢価格(≒おおよその仕入れ原価)に管理コストを上乗せしても2倍程度に留めた妥当な価格設定か、グラスの形状やサーヴする際の温度は適正か...etc)⇒ 3割、時として私が投げかけるマニアックな問いかけに、内心では舌打ちしつつも態度には出さず、うろたえた様子など決して見せずにフレンドリーな受け答えをしてくれるか、といった接客ぶり⇒ 2割、Pucara.jpg小物を含めた内・外装のクオリティとセンス(銀座コア7Fに広がるエレガントな「Enoteca Pinchiorri エノテーカ・ピンキオーリ東京店【本店のあるフィレンツェへワープできるWebサイトはコチラ」のようにとは言わないまでも、当然、そこで擬似イタリア体験できるほうが望ましい...)⇒ 0.4割、沈みゆく水の都ヴェネツィアが往時の繁栄を取り戻したかのように輝く黄昏時のラグーナが目に浮かぶアルビノーニマルチェッロのアダージョが、あるいはラテンの情熱を吐露するCore 'ngrato(カタリ・カタリ)などのカンツォーネが、かと思えばイタリアンポップスや早口でまくし立てるナポリのラジオ局のWebストリーミング放送が流れ、勿体ぶった響きでつぶやかれる陰気なシャンソンなどは決して流さないBGMの趣味⇒ 0.1割ぐらいの割合でしょうか。 ...ナンノコトヤラ(゚-゚;)

【photo】 蔵王土鶏と蔵王の裾野にあるボンディファーム
で育った野菜のしみじみとした旨みを味わえるプカラ

 パスタがメインの店は論外として、幾分ホスピタリティに難があるものの、共に正統派イタリアンを提供する「il Destino イル・デスティーノ」(青葉区本町)や「Marco Polo マルコ・ポーロ」(遠田郡涌谷町)、肩の凝らないイタリアのマンマの味を楽しませてくれる「il Golosone イル・ゴロゾ-ネ」(名取市相互台)と「Fiorentina フィオレンティーナ」(青葉区錦町→現在は子育てに専念するため閉店)といった僅かな例外を除いて、"もっと頑張らなきゃ!"というイタリアンレストランには事欠かない食材王国・宮城。街の規模からして、真っ当な店がもっと存在してしかるべきな仙台にも、赤・白・緑のTricolori トリコローリなイタリア国旗を店頭に掲げる店が、この10年でやっとこさ増えましたが、未だ玉石混交の感は否めません。

dolcetto_sandrone_francesca.jpg【photo】ルチアーノ・サンドローネのドルチェット・ダルバ'06

 ナポリ庶民の味を伝えるピッツェリアに関しては、本家本元で育ったナポレターノ、パンツェッタ・ジローラモ氏が「アソコはホンモノのピッツァ。オイシイデスネェ~」と、2001年当時私に太鼓判を押した「Pizzeria de Napule ピッツェリア・デ・ナプレ」を挙げておきましょう。Laura PausiniやEros Ramazzotti などのイタリアンポップスが流れる店は、今も変わらぬピッツェリアそのものですが、オーナー・ピッツアイオーロ(=Pizzaiolo ピッツァ職人)の香坂師匠が健康路線に目覚めた近年、素材をオーガニックに切り替えました。それまで同店が大切にしてきたピッツァの命、本場仕込みのモチモチした生地の食感が、小麦粉を替えたことでいささか変化しています。生地の外周「Cornicione コルニチョーネ」がパンのような点が気にかかりますが、薪の香り漂うナポリピッツァの片鱗には、富谷町富ヶ丘の「薪窯焼ピッツァ屋」こと「Pizzeria del Sol ピッツェリア・デル・ソル」でも出合えることでしょう。

 素材選びに心を砕き、日々料理を提供してくれるプロに対して甚だ不遜な閻魔帳など、実際につけてはいませんが、個々の飲食店に関するネガティブな情報をこの場で書き連ねることは本意ではありません。皆様にもオススメできる美味しい時間を過ごせるお店だけをこれからもご紹介してゆきます。
barolo_la_morra.jpg【photo】 朝霧にかすむランゲの丘。王のワインと例えられる風格あるバローロの中でも、土壌の違いで比較的しなやかな酒質を生むLa Morra ラ・モッラ村付近にて

 そんな店のひとつ、Francescaのオーナー、シニョール鳥山の勧めでその夜選択したのは、開店一周年を記念する「1st Anniversary Dinner」なるプリフィクスコースでした。プロローグは「お味見のひとくち」ことスプーンに載ったオーガニックなブラックオリーブとドライトマトのオイル漬け。アンティパストの「自家製生ハムの盛り合わせ」は、全て一周年に引っ掛けたおよそ12ヵ月の熟成期間を経たコッパ、モルタデッラ、鴨の生ハム、プロシュット赤ワイン漬の盛り合わせ。ガーリックポークの尻から脛にかけての部位を自家加工し、熟成11ヶ月目だというフレッシュな生ハムは、弘前「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」【Link to back number】の笹森シェフのもとで肉の加工を仕込まれた原田シェフが切り分けてくれました。「自慢のスープ」は村田町で自然循環農法に取り組むボンディファーム【Link to back number】から届く驚くべき糖度に達する白カボチャのポタージュ。

comune_barolo.jpg【photo】 威容を誇るカステッロ・ディ・ファレッティ城(通称:バローロ城)(写真右)はバローロ村のシンボル。ほまれ高き王のワインBaroloは、現在680人ほどが暮らすこの小さな村の名から付けられた
 

 プリモピアットは手打ちパスタ「Pici ピィチ」をイノシシのラグーソースで、...と、ここまでの料理には、原田シェフの古巣「ダ・サスィーノ」の雰囲気が明らかに感じられます。メインとなるセコンドピアットには、蔵王産土鶏とボンディファームの季節野菜をハーブで蒸し焼きにしたポルトガル料理「Pucara プカラ」を頼んだこともあり、さして強いワインを合わせる必要はありません。そこでワインリストからチョイスしたのが、北イタリアきっての銘醸地、ピエモンテ州Cuneoクーネオ県Baroloバローロ村にあるカンティーナ、「Luciano Sandrone ルチアーノ・サンドローネ」のDOC(統制原産地呼称)ワイン「Dolcetto d'Alba ドルチェット・ダルバ'06 」です。メインの鶏料理との相性には、トリ繋がりの(?)シニョール鳥山も太鼓判を押してくれました。

cantina_sandrone_luciano.jpg【photo】1999年に最新の醸造設備を導入する大規模な改装がなされたルチアーノ・サンドローネのカンティーナ

 産地は同じでも、バローロ、バルバレスコといった偉大なワインを生み出すブドウ「Nebbiolo ネッビオーロ」とは異なり、ニュートラルで幅広い料理に合わせられるヴィーノとなる「Dolcetto ドルチェット」。このブドウはピエモンテで最も栽培が盛んな「Barbera バルベーラ」と同様に、日常の食事の伴侶として飲まれるヴィーノの原料となるブドウです。一般にドルチェットは柔らかなタンニンと華やかな果実の香りが特徴の若飲みに適したヴィーノとなります。作り手のもとを訪れたヴィンテージだったのでオーダーしたサンドローネのドルチェット・ダルバは、前夜に飲んだヌーボーと同じ2千円台後半の小売価格帯のワインでした。
 
 早生種のドルチェットは、ルチアーノ・サンドローネが手掛ける一連のラインナップでは最も早い時期に収穫されます。私がカンティーナで試飲した'05vinは、9月20日から30日にかけて収穫作業が行われ、およそ30,000本がリリースされたそうです。「Dolcetto d'Alba ドルチェット・ダルバ」の醸造では、甘く華やかな香りを持つこの品種の風味を活かすため、ステンレスタンクだけで翌年の7月まで熟成させます。ネッビオーロやバルベーラの熟成には、甘くウッディなバニラ香を適度に付加する目的でピエモンテで伝統的に用いられてきた600ℓサイズの「Fusutoフスト」と呼ばれるオーク樽を使用します。世界的な潮流で一頃はイタリアでも急速に導入が進んだ225ℓサイズのバリック樽は、液面と樽の接触面積が大きくなるために、熟成期間が短縮できる半面、一般に樽香が強くなりがちです。ピエモンテでは第二次大戦期を挟んで2,000ℓ容量以上barbara_sandrone.jpgもの縦に長い楕円形の大きなオーク樽「Botte ボッテ」が普及します。混乱した世相下、略奪を防ぐ意味もあったといいますから、イタリアらしい話です。伝統の大樽熟成では、10年未満では強烈な渋味として感じられるタンニンが落ち着くまでに時間を要するものの、活き活きとしたブドウ本来の持ち味が20年・30年と持続する偉大なヴィーノが造られてきました。

【photo】 ルチアーノに代わって歓迎のご挨拶を頂いた娘のバーバラさん(右)

 ルチアーノ・サンドローネのドルチェットがリリースされるのは、瓶詰めされた2ヶ月後の毎年9月。収穫から一年でリリースされるわけです。カンティーナを訪問した'06年ヴィンテージの中で既にリリースされているドルチェット・ダルバは、若飲み用に一本すでに確保済みです。ドルチェットは、我が家のセラーアイテムとなって久しい「Barolo Cannubi Boschis バローロ・カンヌビ・ボスキス'98年」のように長期熟成向きのヴィーノにはならないため、天候に恵まれグレートヴィンテージの呼び声が高い'06年といえども、そろそろ飲み頃を迎えているはず。フランチェスカでこのヴィンテージのドルチェットを選んだのは、自宅でストックするドルチェットが既に楽しめる状態かどうかを見極める毒見を兼ねていました。

sig_luciano.jpg【photo】醸造所の壁面に描かれたブドウ畑でスクーターに乗るルチアーノの肖像とはご対面(?)が叶った

 私のワイン道楽のひとつに、(イタリアを訪れた年には)" 訪れた土地で収穫されたワインを必ずストックする"という鉄則があります。それは、ワインを通して、自分が一度はそこに身を置いて陽射しや土の香りを感じた濃密な時間を追体験できるからです。ブドウ畑を取り巻く風景や作り手を記憶していれば、時を越えたタイムスリップがいつでも可能です。実際に目にした畑で育ったブドウが収穫され、芳醇なワインとして生まれ変わり、数年後に飲み頃を迎えた時、もはや記憶の彼方へと押しやられた季節の恵みが凝縮された一杯を味わうことは、幸福なワインラヴァーだけの特権でしょう。

 1980年代に押し進められたバローロ改革の主導者の一人でもあるルチアーノ・サンドローネのカンティーナへは、3年前の訪伊メンバーと共に訪れています。ピエモンテ州Langhe ランゲ地方では、秋から冬にかけて頻繁に著しい濃霧が発生するにもかかわらず、抜けるような青空が広がった2006年10月27日の朝。Barbaresco バルバレスコから白トリュフの街として名高い Alba アルバを南西に進むと、両サイドの丘陵一面にブドウ畑が広がってきます。そこはイタリアきっての銘醸地Barolo バローロの心臓部、La Morra ラ・モッラ村とCastiglione Faletto カスティリオーネ・ファレット村の間に伸びる道なのでした。ピエモンテーゼが世界一美しいと自慢する手入れの行き届いた畑が広がる美しい丘陵風景を目にしながら、道沿いに立つBarolo の標識に従って進むと、前方の高台にバローロ村のシンボル「バローロ城」ことstainless_tank.jpg「Castello di Faletti カステッロ・ディ・ファレッティ城」が見えてきます。内部がその地方のワインに関する展示・試飲販売を行う州立の「Enoteca Regionale エノテカ・レジョナーレ」となっている城へは立ち寄らず、手前の枝道を左へ折れた先の明るいイエローの外壁の建物が目指す「Azienda Agricola Sandolone Luciano アジェンダ・アグリコーラ・サンドローネ・ルチアーノ」でした。

【photo】 醸造所の地下一階に並ぶ発酵用ステンレスタンク

 約束の朝10時過ぎに私たちが到着した時、当主のルチアーノは留守でしたが、娘のバーバラさんが一行を出迎えてくれました。バローロを代表する生産者の一人としてサンドローネの名を世界に知らしめることになる「Cannubi Boschis カンヌビ・ボスキス」の畑をルチアーノが取得したのが'76年のこと。日本でも'50年代から'60年代にかけてのバローロをたまに見かける大手醸造所Giacomo Borgogno ジャコモ・ボルゴーニョなどのもとで四半世紀近く醸造の仕事に携わった後に、自ら興した醸造所での初収穫は2年後の'78年からだといいます。醸造施設と貯蔵庫がある地下一階へ降りる階段の手前には、現在とは異なる意匠のSandolone 醸造所'70年代のボトルが床面に埋め込まれたアンモナイトをかたどったガラスケースに納められていました。屋外のテーブルの上に試飲用として用意されていたのは、「Dolcetto d'Alba'05 ドルチェット・ダルバ'05」「Nebbiolo d'Alba'04 ネッビオーロ・ダルバ'04」「Barbera d'Alba'04 バルベーラ・ダルバ'04」「Barolo Le Vigne '02 バローロ・レ・ヴィーニェ'02」の4種。'02年は天候に恵まれず、最も高い評価を受ける単一畑のバローロ 「Cannubi Boschis カンヌビ・ボスキス」が生産されなかった年ゆえ、残念ながらそこで試飲することはできませんでした。

fusto_sandrone.jpg【photo】 空調設備で温度管理がなされた熟成庫に整然と並ぶフスト樽で眠りに着くヴィーノたち

 低温と降り続く雨で厳しい年となった中、所有する3地区の畑からブドウを厳しく選別の上ブレンド、平年の半分にあたる8,800本だけを造ったというレ・ヴィーニェ'02は、高貴なネッビオーロらしい陰影のあるしっとりとエレガントな印象のヴィーノに仕上がっていました。天候に恵まれれば、更に奥行きが増すのでしょうが、厳しい条件下でよくぞこのレベルまで仕上げたと言うべきでしょう。サンドローネでは、除草剤の使用を最小限に留め、有機肥料を積極的に取り入れた畑でブドウを育てています。そんなブドウの持つ可能性を再認識させたのがバルベーラ・ダルバ'04でした。土壌の違いから東のAsti アスティ地区よりも骨格がしっかりとしたヴィーノに仕上がるAlbaアルバに所有する2つの畑で栽培する樹齢30年から40年のバルベーラ種から造られます。このブドウの特徴である酸味だけでなく複雑味も充分で味わいのバランスが取れたもの。目の詰まったキメの細かいタンニンが心地よい余韻を長く残します。バローロ、バルバレスコを生み出すネッビオーロの名声の陰で目立たないバルベーラですが、サンドローネのみならず「Hastaeハスタエ」や「Giacomo Bolognaジャコモ・ボローニャ」などの素晴らしいワインを生み出す生産者の労作を含めて、要チェックのブドウ品種です。恐るべし、イタリアの地方品種。

         dolcetto05sandrone.jpg barbera04.jpg
         valmaggiole_nebbiolo_04.jpg le_vigne_barolo_02.jpg 

【photo】試飲アイテム4種。ヴィーノの若さを表すガーネット色が印象的なドルチェット・ダルバ'05(上左)、凝縮度の高い秀逸な味わいを示すかのような深みのある色合いのバルベーラ・ダルバ'04(上右)、淡い特有の色調を呈するネッビオーロ・ダルバ'04(下左)、豊富なエキス成分由来の高い粘性を伴うバローロ・レ・ヴィーニェ'02(下右)

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【photo】試飲テーブルに揃ったサンドローネの逸品

 ワイン単体で光り輝くネッビオーロやバルベーラのように強い自己主張をしないものの、さまざまな素材を拒絶することなく受け入れ、料理を引き立てる名脇役ぶりを発揮するドルチェット。理想的な天候の下で素晴らしい出来のブドウが収穫できたと語っていたサンドローネを訪ねた'06ヴィンテージのドルチェット・ダルバは、フランチェスカでの晩餐で期待に違わぬ役割を果たしてくれました。活き活きとしたベリー系やザクロのような果実味と、落ち着きある口当たりの良さからグラスが進み、セコンド・ピアットが出る頃には残りわずかになっていたのですが、抜栓後1時間あまりを経過し、立体的な複雑味を増してゆきました。ボンディファームのカブやジャガイモ、クリームピーマンなどの野菜たちの優しい旨みが、強めのローズマリーの香りをまとった地鶏のしっかりとした肉に染み込んだその夜の主役の料理を一層引き立て、より美味しく感じさせてくれました。

 満ち足りた時間の中で、前夜のボジョレーがもたらしたモヤモヤは、そうしていつしか雲散霧消していました。あたかも私がカンティーナを訪れた日の澄み渡った秋のすがすがしい青空が、グラスの中から広がってゆくかのように。Gazie gentile Dolcetto.

 
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Azienda Agricola Sandrone Luciano
Via Pugnane,4-12060 Barolo(CN) Piemonte ITALIA
phone:+39 0173 560023
info@sandroneluciano.com
URL / http://www.sandroneluciano.com
カンティーナの見学は要・予約。畑を含めて最低二時間はみる必要あり

Francesca フランチェスカ
仙台市青葉区大町2-5-3 コーポラティブハウス大町202
phone:022-223-8216
営) 11:30-14:00 17:30-22:00 月定休
URL / http://www.francca.jp/
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【注釈】Amazon.co.jp ランキング: 本カテゴリー中 M社のガイド2009年版が2,170位に対して、ザガット・サーベイ2009年版は8,889位に過ぎない。レストラン評価本として内容的には全く遜色がないのだが・・・

2009/01/12

丑年なVinoでスタートダッシュ

 新たな年も早や12日が過ぎ、今年も残すところ353日となりましたが(?)、皆様いかがお過ごしでしょうか。 私は2009年の幕開けを1,100名あまりの皆さんと共に、新年を迎えるカウントダウンの大合唱の中で迎えました。と申しますのも、東北大学百周年記念会館「川内萩ホール」を会場に、大晦日(独語で「Jilvester ジルベスター」)の深夜に催された「東北大学ジルベスターコンサート2008-2009」の運営に携わったからです。仙台では今回が初開催となった東北大学・河北新報社・TBC東北放送の共催によるこのニューイヤーコンサートは、新装なった東北大学百周年記念会館「川内萩ホール」の世界水準とされる音響のもとで新年を飾るにふさわしいクラシックの名曲を楽しみながら、午前零時のカウントダウンを挟んで新年を迎えようというものです。聴衆としてではなく、仕事だったのはやむを得ませんが、会場を埋める聴衆の皆さんと夢のような時間を共有することができました。
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【photo】2008年秋に新装なった東北大学「川内萩ホール」。世界レベルの音響設計がなされたホール初の有料コンサートとなった「東北大学ジルベスターコンサート」のリハーサルの模様。本番前から熱の入った演奏を聞かせた山下洋輔さんと仙台フィル。本番では更に鬼気迫る熱演を繰り広げ、会場を熱狂の渦に巻き込んだ

 山下一史氏の指揮のもと、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲でオープニングを飾った仙台フィルハーモニー管弦楽団とのコラボで、海外で輝かしい成功を収めている圧倒的なパフォーマンスを聴かせてくれたのはソプラノの田村麻子さん。2008年が生誕150周年に当たったイタリア中部トスカーナ州Lucca ルッカで1858年に生まれたジャコモ・プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」のアリア『私のお父さん』を情感豊かに歌い上げました。恋する乙女心を切々と表現する田村さんの美声に聞き惚れるうち、歌詞にも登場するフィレンツェ・アルノ川に架かる「ポンテ・ヴェッキオ」の上へといつしか誘(いざな)われていました。歌劇「トスカ」より『星は光りぬ(←昨年亡くなったディ・ステーファノの冥福を祈って...) 、「トゥーランドット」より『誰も寝てはならぬ』という豪華カップリングで聴衆を魅了したのは、10月に開催された仙台クラシックフェスティバルでもお馴染みのテノール中鉢 聡さん。極めつけは、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を熱のこもったエネルギッシュな演奏で会場の大喝采を浴びたピアノの山下洋輔さん。とまぁ、ソリストといい、演目といい、なんとも贅沢なラインナップなこと!
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【photo】トスカーナ州北西部の城壁に囲まれた古都、Lucca ルッカのプッチーニ生家(背景奥の建物)の前に建つ凛々しい作曲家の銅像

 実はコンサートの進行役を務めたTBCの藤沢智子アナウンサーと舞台裏のスタッフは、時計と睨めっこで時間管理に当たる極度の緊張を強いられていました。演奏中に年をまたぐジルベスターコンサートという特別な日の演出上、予定のプログラム7曲をカウントダウンを始める23時59分頃までには終えなくてはならなかったからです。指揮者の山下さんと仙台フィルのメンバー、3人のソリストが揃ったステージと客席が一体になって新年のカウントダウンが始まると、会場の興奮は最高潮に。ステージの背景に映し出されたカウントダウンの数字がゼロになり、A Happy New Year! の文字が映し出されると、会場は一気に華やいだ雰囲気に染まりました。新年を飾る曲として演奏されたのが、19世紀半ばのイタリア統一運動(Risorgimento リソルジメント)を精神的に支え、今も「イタリアの父」と称えられるジュゼッペ・ヴェルディの歌劇「椿姫」より『乾杯の歌』です。

 ワイングラスを高らかに掲げながらステージに登場した田村さん・中鉢さんのお二人。目にも鮮やかな赤いドレスをまとった田村さんが手にする赤ワインがステージによく映えます。時間を気にする必要が無くなったせいか、こちらもリラックスして二重唱の名曲を楽しむことができました。中鉢さんが「ルネッサーンス!」という髭男爵のギャグを飛ばしてくれなかったのが残念でしたが(笑)、所属する藤原歌劇団でも当たり役の青年貴族アルフレードが「Libiamo ne'lieti calici che la bellezza infiora,(友よいざ飲み明かそう、心ゆくまで)」と歌い出す「乾杯の歌」は、新たな年の幕開けにはぴったりの選曲ですよね。

Vernet-Barricade_Novara.jpg【photo】 街の守護聖人、聖ガウデンツィオを祀るサン・ガウデンツィオ聖堂が描かれたノヴァーラの対オーストリア市街戦を描いた19世紀の絵画

 ラヴェル作曲「ボレロ」の演奏が終わっても鳴り止まぬ拍手の中、アンコールはウィーンフィル恒例のニューイヤーコンサートでもお馴染みの「ラデツキー行進曲」。前世イタリア人にとって、ウィーンの楽友協会大ホールかと錯覚させるかのような客席の手拍子と共に演奏されたこの楽曲には、いささか複雑な思いがよぎります。というのも北イタリアがオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあった1848年3月、独立を勝ち取ろうと現在のピエモンテ州Novara ノヴァーラで決起したサルデーニャ連合軍を主体とする我が同胞は、オーストリア帝国のヨーゼフ・ラデツキー将軍によって殲滅されました。その勝利を称えるためにヨハン・シュトラウスが作曲したのがこの威勢の良い行進曲だからです。こうして私が前世を過ごしたイタリア統一運動(リソルジメント)真っ盛りの時代に活躍した作曲家の作品を中心としたプログラムで、気持ちが高揚したまま深夜1時30分過ぎに家路に着きました。

avignoneseidesiserio1995.jpg【photo】 深みとしなやかさを兼ね備えたアヴィニョネジのVino rosso、「Toro Desiderio トーロ・デジデーリオ」。エチケッタに描かれたキアーナ牛もまた、中身のヴィーノ同様に堂々たる体躯を備えている

 丑年の幕開けを祝うにふさわしいワインは無いかと、静まり返った深夜のリビングルームで一人思案しました。黒い闘牛がボトルに掛かるスペイン・カタルーニャ地方の大手ワイナリー「ミゲル・トーレス」は日本でも有名ですが、イタリアワインにほぼ占拠され、お目当てのヴィーノを探し出すのにひと苦労する(^^;我が家のセラーには、「牛の血」を意味する同社の看板ワイン「Sangre de Toro サングレ・デ・トロ」すらありません。

 イタリアでエチケッタ(=ラベル)に牛が登場するヴィーノといえば、「Avignonesi アヴィニョネジ」の「Toro Desiderio トーロ・デジデーリオ」というヴィーノを真っ先に思い浮かべました。世界最高峰のデザートワインに数えられる「Vin Santo Occhio di Pernice ヴィン・サント・オッキオ・ディ・ペルニーチェ」で名高いこの造り手が、トスカーナ州南部「Val di Chiana ヴァル・ディ・キアーナ(=キアーナ渓谷)」地帯に位置する「Cortonaコルトーナ」近くで栽培するメルローとカベルネ・ソーヴィニヨンを混醸したワインです。幸福無事な一年の願いをかけるにはぴったりな「願望」を意味するイタリア語Desiderio の名が付いたこのヴィーノのエチケッタに描かれた白い雄牛(伊語でToro)はイタリアきってのブランド牛であろう「Chianina キアーナ牛」です。

mucca_chianina.jpg【photo】 オスは体重900kgから1,000kgもの巨漢になる世界最大級の牛、キアーナ牛

 ほとんどの観光ガイドブックに郷土料理として紹介されるほど有名な「Bistecca alla Fiorentina ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(=フィレンツェ風Tボーンステーキ)」に使われるのがこの牛です。一大観光都市でもあるフィレンツェでは、肉料理の目玉としてレストランのメニューによく登場しますが、月齢24ヶ月以下の雄牛の肉を厚切りにして炭火で「al sangue アル・サングエ」(=レア)に焼く本物のビステッカは稀だといいます。トスカーナ州南東部のキアーナ渓谷周辺で飼育される希少なこの牛は、5月上旬から11月中旬にかけて放牧肥育され、オスの体重は1トンにも及ぶ世界最大級の巨漢牛となりますが、優れた肉質と希少性からスローフード協会によって次代に残すべき食材を守る「味の箱舟」事業の保護(=プレジディオ)指定を受けています。bistecca_fiorentina.jpg以前取り上げた日本短角種のように噛み締めると肉の旨味が口の中一杯に広がる本物のキアーナ牛にありつきたい方は、モンテプルチアーノやコルトーナ周辺まで足を伸ばすことをオススメします。ただし、ほとんどの場合、ビステッカは二人分以上のボリュームがあるので、お一人で完食するのはまず無理でしょう。

【photo】 MontepulcianoにあるリストランテBorgobuioで正真正銘のキアーナ牛を使ったビステッカをオーダー。マダムのエルダさんに「少なめに」と伝えたものの・・・(上写真) ランボルギーニの名に恥じないスーパー・ウンブリアのセカンドヴィンテージとなった「カンポレオーネ'98」(下写真)

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 私が所有するDeseiderioは、トスカーナが理想的な気候のもと作柄に恵まれた'04年ヴィンテージで、まだ飲み頃に達していません。そこで"牛つながり"でセラーから選んだのが、今回ご紹介するイタリア中部ウンブリア州で造られた赤ワイン、「Lamborghini-La Fiorita ランボルギーニ - ラ・フィオリータ」なる造り手の「Campoleone カンポレオーネ」の'98年ヴィンテージ。そう、'70年代のスーパーカーブームで有名になったあのランボルギーニ家が所有するカンティーナです。エミリア・ロマーニャ州Sant'Agata Bolognese サン・アガタ・ボロネーゼに本拠地を置く自動車メーカーのランボルギーニ「Automobili Lamborghini Holdings S.p.A」 (秀逸な「Pronti a correre?(=Ready to ride?)」の問いかけから始まるWebサイト(伊語・英語)こちらは、数度に及ぶオーナーの変遷を経て'99年以降はドイツのAUDI 傘下に入りました。しかしワイナリーは創業者であるランボルギーニ一族によって現在も運営されています。

 ちなみに北イタリアのトレンティーノ・アルト・アディジェ州には「Ferrari フェラーリ」というスプマンテの著名な作り手も存在しますが、車のフェラーリとは全く関係ありません。イタリア伝統のベルカントなハイトーンを奏でながら8,000回転以上まで一気に吹き上がる官能的なエンジンを積んだランボルギーニやフェラーリの名が付いたヴィーノやスプマンテでも、酔いが回るのまで速いわけではありませんのでご安心を(笑)。跳ね馬をシンボルとするフェラーリに対して、ランボルギーニは牡牛座だった創業者にちなんだかどうかは判りませんが、猛々しく突き進むファイティング・ブル(闘牛)をシンボルマークにしています。

lamborghini_logo.jpg【photo】 猪突猛進(→ここでは「牛突猛進」?)するファインティング・ブル(闘牛)はランボルギーニのシンボル

 ランボルギーニ社の創業者であるフェルッチョ・ランボルギーニ(1916-1993)がイタリア最大の湖である「Lago Trasimeno トラジメーノ湖」を訪れた際、湖水を背景になだらかな丘陵が広がるPanicale パニカーレの風景に魅せられます。第一線を退いた'71年に32haの畑を購入し、「Sangiove サンジョヴェーゼ」や「Ciliegiolo チリエジョーロ」といったイタリア固有品種に加え「Merlot メルロー」と「Cabernet Sauvignon カベルネ・ソーヴィニヨン」といったボルドー原産のブドウの栽培を始めます。優秀なメカニックとして、エンツォ・フェラーリも一目置く存在だったフェルッチオは、もともとエミリオ・ロマーニャ州Ferrara フェラーラ近郊にある農家の出身でした。当初は自家消費を目的に楽しみで始めたワイン造りが転機を迎えたのは、'93年に亡くなったフェルッチオの後を'96年から継いだ娘のパトリツィアが「ミスター・メルロー」の異名を持つ有能なオルヴィエート出身の醸造家、リッカルド・コタレッラを醸造コンサルタントに迎えた'97年ヴィンテージから。パトリッツィアがベーシックラインのヴィーノ「Trescone トレスコーネ」について語るVideoはこちら。

 同年より赤をイメージカラーとするキャップシールとエチケッタ(ラベル)のコストパフォーマンスが高い「Trescone」と、黄色を基調としたフラッグシップに位置付けられる「Campoleone カンポレオーネ」というイタリアン・スポーツカーのメーカーらしい2種類のヴィーノにラインナップを一新。'03年にはミッドレンジとして「Trami トラミ」も第3のワインとして年産4,000本という少量だけながらリリースされています。それらのヴィーノのエチケッタには、誇らしげにLamborghini のロゴと小さく控えめに猛牛をあしらったシンボルマークが記されています。etichetta_campoleone.jpg著名な米国のワイン評論家ロバート・パーカーJr.が97点(/100点満点)を付けて世のワインラヴァーの注目を集め、ファーストヴィンテージとなった'97年産からカンポレオーネはシンデレラ・ワインとして鮮烈なデビューを飾りました。それはグラスに注いでも全く光を通さないほど真っ黒な色合いを呈する凝縮度の高いサンジョヴェーゼとメルローが50%ずつブレンドされたヴィーノでした。

【photo】 ランボルギーニの紋章、ファイティング・ブルをあしらったCampoleone のエチケッタ。およそ猛牛のイメージとはかけ離れた小柄でチャーミングな女性オーナー、パトリッツィアさんには不似合いかも?

 新年の一杯目として選んだCampoleoneセカンドヴィンテージの'98年は、10年を経てタンニンがこなれてきたものの、抜栓直後はいまだに硬さが残る印象を残します。徐々に妖艶な香りを漂わせるヴィーノをグラスで2杯ほど空けましたが、これはもう少し時間を置いたほうが良さそうだと思う間も無く、猛烈な睡魔が襲って来ました。そういえば紅白歌合戦の小林 幸子と美川憲一のド派手な衣装はどんなだったか? そして紅組・白組の勝敗はどうなったんだろう? という考えが中鉢さんの「Nessun dorma!=誰も寝てはならぬ!」というリフレインと共に脳裏をよぎりましたが、いつしかソファーで深い眠りについていました。Zzz・・・ 飲み残したCampoleone がスーパーカー並みの優れたポテンシャルを見せてくれたのは、優れたワインにはよくあるように翌日元旦と翌々日の2日のことでした。(ちなみにいずれの疑問についても未だにその解答を得ていません)

agri_lamborghini.jpg【photo】 トラジメーノ湖を望む美しい丘陵に建つランボルギーニのカンティーナ(手前) 

 イタリア国家警察が創設152周年を迎えた昨年、ランボルギーニ社から最新型フラッグシップモデル「Gallardo(ガヤルド)LP560-4」が記念に贈呈され、主にスピード違反を取り締まるためのパトカーとして稼動しています。(そりゃそうです、時にF1レーサーまがいのフェラーリやポルシェを追尾するのですから...←(・_・┐)))。メーカーによる特別な講習を受けた30名の警官だけがステアリングを握ることが許されるというのは、時速100kmに達するまでわずか3.7秒、最高巡航速度325kmに達するモンスターばりの性能ゆえ、運転にもそれなりの腕を要するということ。(圧倒的な加速性能を披露する動画はコチラをclick!

 不景気風を吹き飛ばすファイティング・ブルにあやかって上のGallardo LP560-4の動画ばりにホイルスピンをかけて猛烈なスタートダッシュを切るには最適なアイテムとして、皆様にもランボルギーニをオススメします。ちなみに日本ではGallardo LP560-4は一台2,500万円の高嶺の花、Campoleoneは5,000円台のまだしも手の届く価格で入手可能です。...いくら丑年の幕開けだからといって、新年最初の一本が牛ラベルのワインとは、いささか安直な選択だなぁ、と自省しつつ、今年もよろしくお願いします。m(_ _)m


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2008/11/28

ボジョレー後日談&自然派ワインよもやま話

 今月20日(木)は「今年も当たり年?」の中で∋━ グサッ(゚ロ゚)━━ (`▼´) ウリャ! とばかりに槍玉に上げたボジョレー・ヌーボーの解禁日でした。ぶっちゃけ本音炸裂の言いたい放題ぶりからして、そして真紅のワインカラーからしても「血祭りに上げた」と表現したほうが的確かもしれない(笑)内容をご覧頂いた方は、よもやヌーボーなどお買いにならなかったと思いますが、いかがでしょう。

 そもそも勿体つけて"この日まで飲んじゃダメ" だなんて、エサを前に「待て!」と飼い主からお預けを喰らうワンコみたいだなぁ。ブツブツ... "飲みたい時が飲める時"を常とする一介の呑ん兵衛として、そんな偉そうな商法は甚だ不愉快。ブツブツブツ... フレッシュとかフルーティなどの常套句でいかに美化しようと、どう贔屓目に見てもその味は水っぽいし。ブツブツブツブツ... まして「飲んでよし!」の一声でありつけたソレが売り文句通りに美味しけりゃ、四の五の言わないんだけどねぇ。ブツブツブツブツブツ...

 立地条件や土壌以外に農作物であるブドウの作柄を左右する要因は、開花から結実して顆粒が熟してゆく過程における日照量と適度な降水量、そして収穫時の天候です。たとえ収穫直前まで生育が順調でも、収穫期に雨が続くと、それまでの苦労が水泡に帰することになります。イタリア人は何につけPassioneパッスィオーネ(情熱)の重要性を口にしますが、ブドウの栽培は自然相手の仕事である以上、作り手の熱い情熱をもってしても乗り越えられない壁は存在します。ヘミングウェイの「老人と海」ではありませんが、過酷な自然の前で人は自らの無力さを思い知らされる宿命にあります。

fiori_uva.jpg【photo】花を咲かせたブドウの幼果

 現地からの情報によると、開花期の5月から太陽の力で糖度を上げてゆく8月末にかけて雨が多かった2008年。ボジョレーではブドウが侵されやすい「べト病」や結実不良が発生、北部ではゴルフボール大の降雹被害もあり、決して天候には恵まれなかったようです。ひと頃のブームが去った今も行われていることに私などは驚きを禁じえない東京での解禁パーティーに登場したボジョレー大手の生産者によれば、「今年のヌーボーは例年にまして凝縮度が高い良い出来だ」といいます。たとえ収穫期は晴れたにせよ、いかに選果を厳しくしたにせよ、前段を知っている以上、額面通りにその言葉を受け取るわけにはゆきません。「ナメとんのかワレ(`Д´*)?!」と、庄内系から関西系に豹変して突っ込みを入れたくなるコメントを吐いたこの生産者は、日本では「ボジョレーの帝王」と呼ばれています。現地価格が2~5ユーロ(240円~600円)程度の安酒の帝王と言われても、なんだか激安王のドン・キホーテみたい・・・。(笑)

 ここ何年か「自然派」という耳障りの良いカテゴリー名で語られるワインが一部の人々の間で持てはやされています。この概念を最初にもたらしたフランスでは「Vin Nature ヴァン・ナチュール」と総称される自然派ワインとは? ごく簡単に言うと、栽培や醸造段階で人工的な要素を排除した主にフランス・ロワール地方やブルゴーニュ地方などの生産者とワインを指します。イタリアにもビオロジカルな栽培法で造られる美味しいヴィーノは山と存在しますが、このようなあざとい表現は使いません。もちろんワインは人が口にするものですから、除草剤を撒いたり化学肥料を多用する疲弊した土壌で、防疫のため薬剤を散布して造られるブドウを原料とするよりは、極力オーガニックな栽培環境のもとで造られるワインのほうが望ましいことは確かです。自然派の中には、有機農法だけでは満足せず、自然界のリズムを重視して天体の動きにあわせて農作業を行う「ビオディナミ」を取り入れる生産者もいます。醸造においては培養した酵母を使わず、無補糖・無清澄・無濾過など、古代ローマ時代さながらのワイン造りも行われています。

 輸送途中での温度変化による変質を避け、長期保存を可能にする殺菌効果や酸化防止効果を得るための最小限の(日本国内で販売されるワインは、食品衛生法で0.35g / ℓ以下と規定)亜硫酸塩すら添加しない場合もある自然派のワインは、雑菌による劣化リスクに加え、輸送や保管段階での環境変化に弱く、品質のバラツキが出やすいのが現実です。通常の飲酒量では亜硫酸塩による健康への影響は無いとされる以上、頭痛を発症するような過度の化学物質過敏症でもない限りは、雰囲気に流されて安易に自然派ワインに手を出さないほうがハズレを掴まされるリスクはずっと少なくて済むはずです。

【photo】葉が色付き収穫を待つばかりのブドウ

uva_autunno_06.jpg 事実、自然派ワインには、自然派を名乗るための生産手段の確立そのものが目的であるかのような、味や品質をなおざりにしたシロモノが少なからず紛れ込んでいます。一般の飲み手にとってワインを飲む目的は、食事をより美味しく楽しむためだったり、作り手がこだわり抜いたワインのみが持つ高貴で深遠な世界を窺い知るためではないでしょうか。自然派だから美味しいという必然性はどこにもありません。"そう名乗れば、「なんとなくカラダに良さそう」と連想させるから、自然派の看板を掲げよう"という作為をそこに感じてしまうのは私だけでしょうか。美味しいワインを生み出す手段として辿り着いた手法がビオやビオディナミであったというのが自然な成り行きですよね。"自然派を標榜しながら不自然"とはこれいかに??

 にも拘らず、目先の目新しさばかり追いかける雑誌や酒販サイトのいくつかが、自然派と称するワインをこぞって持ち上げました。消費低落傾向が顕著なヌーボーに付加価値を付けるには絶好のキーワードだったのか、昨年ぐらいのヌーボー商戦から、「自然派ヌーボー」が登場しています。予想通り今年も作柄の良さを強調する商才に長けた「帝王」氏とは違って、丁寧な仕事ぶりに定評ある自然派の若手リーダーと目され、日本での人気が高いフィリップ・パカレ氏は、今年が厳しい作柄だったことを輸入元のサイトで率直に認めています。

 大方の皆さんがそうであるように、お付き合いで購入したというボジョレー・ヌーボーを「自分では飲みきれないから」という知人から頂いたので、仙台のとある業者が輸入元になっているLouis Joseph なる作り手のヴィラージュ・ヌーボーをものは試しに飲んでみました。私にとっては初めて口にするこの生産者、輸入元によれば「採用基準の厳しい地元ヨーロッパの多くの航空会社をはじめ、日本の航空会社でもビジネスクラス以上でサーブ」されているとのこと。さりとてヌーボーは概して年越しすら叶わない超・若飲みの酒ゆえ、さっさと空けてしまったほうが得策です。「とりわけ品質の優れたヴィラージュ地域から醸し出された逸品」と記されたバックラベルをヤブにらみしながらグラスに注ぐと、エキス成分由来の粘性が皆無な水のようにさらっとした触感が見て取れます。色調は果汁20%程度の加水ジュースかと思わせる薄いガーネット色。グラスをスワリング(撹拌)すると、ヌーボー特有のバナナ香がベリー系の香りに混じって立ち上ってきます。口に含むと、ジャミーで甘酸っぱい痩せた酸味がまずは押し寄せ、アフターに残るのは儚げな尖った酸のみ。日ごろ飲んでいるワインは、グラスの中で時間の経過と共に香りが開いて、味わいの変化を見せてくれるのですが、このヌーボーは酸化の進行が驚くほど早く、味の変化と言ってもワインヴィネガーのように痩せ細ってゆくだけでした。

bojyo-bojyo2008.jpg【photo】 バックラベルには全く非の打ち所がない品質であるかのような期待を抱かせる記載が並ぶ。一口含んで、思わずそれを読み返してしまったボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボーの色合い

 人さまから頂いたモノをとやかく言うのは野暮なことは重々承知の上で、敢えて感想を述べれば、「これはブドウから作ったアルコール飲料には違いないものの、果たしてワインと呼べるだろうか?」 というのが正直なところ。軽めの味付けのビーフストロガノフと共に、日頃使うことが多いRiedel 社のワイングラス「ヴィノム・ボルドー」で(→形状が異なる「ヴィノム・ブルゴーニュ」で味の違いを試すまでもないと判断したため)3杯までは飲みましたが、我慢もそこまででした。残りは調理酒としての用途しか無さそうです。もっともこの酒質では劣化が早そうなので、すぐにワインヴィネガーに化けるかもしれませんが...。一応ネットで価格を調べたところ、昨年は2,880円で売られていた商品のようです。ヌーボーのご多分に漏れず、これは明らかに品質と不釣合いな値段と言わざるを得ません。全身を流れる血液がイタリアワインで出来ている私にとっては、4年ぶりに口にした(前回も頂き物だったっけ...)ボジョレー・ヌーボーはどうやら輸血ミスに等しい選択だったようです。ヘモグロビンが欠如した血液のように貧弱なヌーボーの摂取によって、モヤモヤした枯渇感が後遺症として残ってしまいました。

 そんな急性ボジョレー中毒(?)の症状から脱するためには、やはり特効薬として真っ当に造られたヴィーノを服用するのが一番。古来より「酒は百薬の長」というではありませんか。アハハ・・・ と、いうことで、翌日さっそく実行に移された食事療法のレポは次回 !

次回「記憶を呼び覚ますヴィーノ~ルチアーノ・サンドローネ 訪問記」に続く

2008/09/27

今年も当たり年?

ボジョレー・ソードーは日本固有のお祭り

 恒例行事の観すらあるボジョレー・ヌーボー商戦がヒートアップする季節がそろそろやって来ます。Lyon リヨンの北方、ブルゴーニュ南部のボジョレー地区では、花崗岩土壌に適合したGamey ガメイというブドウの収穫が8月末から9月にかけて行われます。ヌーボーは通常のワインの仕込とは異なり、ブドウを破砕せず密閉したステンレスタンクに入れ、炭酸ガスの作用で促成醸造後、捕糖してアルコール度数を上げ、樽熟せずに瓶詰めする「マセラシオン・ カルボニック」、ないしは「マセラシオン・ボージョレ」という特殊な醸造法で造られます。何事につけイベント好きな日本人の国民性ゆえか、航空便で運ばれたヌーボーを解禁日の11月第三週木曜の午前零時に店を開けて売り捌くスーパーと酒販店、そして真夜中の解禁イベントの様子がニュースに登場したりします。

 ピーク時(2004年)に比べてボジョレー・ヌーボーが売り上げを減らしている近年においても、昨年は輸出総額のうち54%は日本向けでした。第2位の米国が10%強に過ぎませんので、ボジョレーの生産者にとって日本は圧倒的なシェアを占める上得意先です。明らかに日本を意識したサンリオのキャラクター、HELLO KITTY ラベルのヌーボーまで最近では登場しています。日本人にとって、ボジョレー・ヌーボーは季節の風物詩的な特別な酒として崇められてきました。

Beaujolais_Sendai_AP.jpg【photo】 2006年の解禁日を控え、パリから仙台空港にチャーター便で空輸されたボジョレー・ヌーボーを検査する空港の税関職員

 実は日本だけが熱心に輸入しているのに「世界中が待ち焦がれる」とか、毎年の「最高の出来!」はおろか、2、3年おきに「100年に一度の世紀のヴィンテージ!!」などと喧伝されるボジョレー・ヌーボー。私は一連の騒ぎを「またボジョレー・ソードー(騒動)の季節か...」と右から左へ受け流すことにしています() ??。流布される美辞麗句が額面通りとすれば、ボジョレーには天候に恵まれないオフヴィンテージなど存在しないかのようです。ボジョレーに限っては、ネガティブな情報は決して関係者から発信されません。

 しかるに実態は、より上質だとされる「ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボー」ですら、半年はおろか年越しすら叶わない酒質であることは、普通の作り方をした同価格帯ワインの味をご存知の方ならば容易にお分かりになる筈です。そもそも、ヌーボーは天候によって品質が劇的に向上する酒なのでしょうか? 私見では断じてNoです。かつて Mommessin モメサンというボジョレー地区の有力なネゴシアン(酒商)が、同地区にある10のクリュのひとつ、Fleurie フルリで1990年に収穫されたガメイをマセラシオン・ カルボニックではない通常の醸造法で醸した「クリュ・ボジョレー」を飲んだことがあります。瓶詰め後9年を経て、綺麗に熟成が進んだそのボジョレーは、深みのあるフローラルな芳香と程よい体躯を備え、充分に私を満足させるものでした。

 本国では対価を支払って飲むワインとしての需要が見込めないボジョレー地区の新酒を売り込む先として、したたかな政府機関と関係業界が白羽の矢を立てたのが、当時一人当たりの年間ワイン消費量が0.6本程度と、一部の愛好家を除いてまだワインに親しむ素地が無かった極東の島国 Japonでした。"11月第3木曜日以降に解禁すべし"という現在のルールが定められた1985年は、ボジョレー・ヌーボーが日本に本格的な攻勢をかけ始めた年です。「日本は世界で一番早くヌーボーが飲める!」というお馴染みの宣伝文句は、日付変更線のすぐ西側に位置し、日本よりも3時間一日が早く始まるオーストラリア東海岸とニュージーランドの存在を忘れた人々によって広められました。もっとも、20世紀初頭においては、真っ当なワインが世界のどこよりも市場に出回っていた英国からの移民が多いオーストラリアやニュージーランドでは、まともなワインの味を知らなかった日本とは違って、現地では2ユーロ(300円!)からせいぜい5ユーロほどのボジョレー・ヌーボーの解禁に飛び付く現象など起こりようがなかった筈ですが...。

 バナナフレーバーが漂うアセロラジュースのような大方のボジョレー・ヌーボーとは対極にある、長期熟成に耐えうる本格的な赤ワインだけが備える複雑味。その大切な構成要素のひとつである渋味成分の元となるのが良質なタンニンです。日本では、酸味を伴ったタンニンのあるワインは、「酸っぱい」「渋い」からと苦手にする方がおいでです。タンニンを感じさせないヌーボーは、ブドウ由来の甘味が残るスムーズな味が広く受け入れられたようです。世界で唯一ボジョレー・ヌーボーを競うかのように購入する日本人の多くは、ヌーボー以外の赤ワインを自家消費しておらず、年間一人当たりの赤ワイン消費量は、いまだに750mℓ瓶2本程度でしかありません。飲酒人口のおよそ2割は、ワインを日頃ほとんど口にしないにもかかわらず、ボジョレー・ヌーボーだけは買うのだとか。

 1970年代後半にブームとなった1,000円ワインや、その後登場した500円前後の低価格ワインと比べ、航空便ヌーボーの2,000円前後という価格設定は、「安酒ではない」という印象を抱かせるに充分だったでしょう。国名の前に「お」を付けて呼ばれるように、かつて日本に蔓延していた"おフランス"ないしは花の都パリへの漠とした憧れもボジョレーのイメージ向上に寄与したはずです。大方の日本人がワインといっても「赤玉スイートワイン」ぐらいしか飲んだことがなかったであろう1976年(昭和51)、日本にヌーボーを最初に輸入した業者は、"パリと同じ日に乾杯"というクサーいキャッチフレーズを使っていました。

Beaujolais_Aeon.jpg【photo】 午前零時の時報と共に販売が解禁されたヌーボーにおよそ500人もの客が群がった。2005年の解禁日となった11月17日(木)午前零時過ぎ、仙台市内のある大型店で

 今年も11月20日(木)の解禁日に向けてドル箱(⇒ここでは「ユーロ箱」か?)の日本にヌーボーが運ばれて来ることでしょう。流通の過程で倉庫保管料や中間マージンやらが付加され、3ユーロ前後の酒が2,500円以上の値段となって市場に出回ります。相変わらずのユーロ高と燃料代が高騰する今年は(9/27時点)、サーチャージも付加され、需要下落の傾向にあるヌーボーに価値を付加するキーワード、「ヴィラージュ・ヌーボー」や昨今流行の「自然派」の手になるヌーボーは、軽く3,000円を越える値が付いています。そこまで出せば、そこそこ上質なワインを探すことは容易なこと。元来は嗜好品であるワインの味の好みについて、とやかく申し上げる意図は毛頭ありませんが、肌寒さが加わる11月下旬ともなれば、しっかりとした味わいを持ったワインがより美味しく感じる季節です。一本750mℓのブドウジュースに3,000円を支払う余裕のある方はともかく、少しでも費用対効果を求めるのであれば、これまでのように付和雷同してヌーボーに飛びつかなくとも、選択の幅は広く持ったほうが納得の行く買い物ができるはずです。

 あまりに商業主義が目に付くボジョレー・ヌーボーを巡る日本の現状を見るにつけ、今回はぶっちゃけ本音トーク気味でした(笑)。" フランス・ボジョレー産の酒を口にしないイタリアワイン好きの前世イタリア人が贔屓目でグダグダ文句を付けているんじゃないの? (`-´) "とお感じになった方もおいでかもしれません。誤解の無いように申し上げておきますが、日本におけるボジョレーの成功に続けとばかりに近年出回るようになったイタリアの新酒Novello ノヴェッロとて私にとっては同じこと。多種多様なブドウが栽培されているイタリアワインの個性をあえて殺すようなマセラシオン・ カルボニックで造られるノヴェッロは、一部のワイン生産地で少量造られる程度で、イタリア人が発売を心待ちにするものではありません。伝統に培われた醸造法で仕込めば、ちゃんとしたヴィーノになるブドウのポテンシャルを引き出すことなく、特殊な製法でごく短期間にSucco di uva (ブドウジュース)を水で希釈したような味の飲み物に仕立ててしまうのですから、もったいない話です。

 かようにボジョレーの解禁には全く関心がない私ですが、今月15日に狩りが解禁された北イタリア産白トリュフは、今年質量共に最高の出来が期待される当たり年なのだとか(⇒ボジョレーの当たり年とは違ってこっちは本当ですよ)。重量当たりの値段が世界一高価な食材といわれるイタリア・アルバ産の白トリュフ狩り同行記については、またいずれ。

 

2008/08/13

作り手死すとも、ワインは死せず

急逝したアブルッツォの巨星、ジャンニ・マシャレッリが遺したもの

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 来る10月23日から27日にかけての5日間、イタリア・トリノでスローフード協会主催の「Salone del Gusto サローネ・デル・グスト」が行われます。世界中から特色ある優れた食品の生産者と料理人、ジャーナリストが集った前回の開催は今から2年前の2006年。そこでアブルッツォ州の手打ちパスタとワインを紹介するセミナーでお会いしたのが、イタリアワイン界の重鎮、Gianni Masciarelli ジャンニ・マシャレッリ氏でした。《Link to back number
セミナーの席上、自身のワイン造りについて熱弁をふるったマシャレリ氏が、7月31日に滞在先のミュンヘンで脳梗塞のため亡くなりました。スローフード協会が運営するWEBサイト「Sloweb」には、「Addio Gianni(=さようなら、ジャンニ)」と題する8月1日付の記事が掲載されています。

【Photo】2006年10月、サローネ・デル・グストのセミナー会場で。愛妻Marina Cveticの名を付けたワインを手にするジャンニ・マシャレッリ

 もはや神格化されたエドアルド・ヴァレンティーニの例を除いて、かつては、さほど注目されていなかった「Montepulciano モンテプルチアーノ」種という中部イタリア・アドリア海沿い原産の赤ワイン用の固有ブドウ品種を世界レベルのワインに仕立て上げた立役者の一人がマシャレッリ氏でした。1956年生まれで50代に差しかかったばかり。まだまだ醸造家として前途を嘱望されていた彼の突然の死は、地元アブルッツォ州だけでなく、イタリアワイン界全体にとっても大きな損失として捉えられています。今年5月1日に世界中のファンから惜しまれつつ亡くなってしまったグラッパ職人、ロマーノ・レヴィさんに続いて、イタリアでお会いした私の憧れの人が相次いでこの世を去ってしまいました。 あぁ、寂しいなぁ...(TT)


衛星写真を拡大

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【photo】比較的穏やかな山並みが続くアペニン山脈でも、海抜2,912mと標高が高いアマーロ山

 Abruzzo アブルッツォ州は、全体の2/3をアペニン山脈の最高峰Gran Sasso グラン・サッソ山(2,912m)をはじめとする山岳地帯が占め、129kmの海岸線が続くアドリア海沿岸域との狭間に人々が暮らす地方です。ジャンニ・マシャレッリが生まれたChietiキエーティ県San Martino sulla Marrucina サン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナは、グラン・サッソ・ディ・イタリア(「イタリアの大きな石」の意)山塊の南側に位置する「Maiella マイエッラ国立公園」の主峰、Monte Amaro アマーロ山(2,793m)の裾野で標高400m、アドリア海から20kmほど内陸にあります。1,000人あまりの住民が暮らすこの地域は、昼夜の寒暖の差が大きく、温度差によって生じる風によってもたらされる乾燥した気候は、ブドウ栽培に適した風土を生んでいます。ジャンニ・マシャレッリは、この土地を世界のワイン生産地でもベスト50に入る理想的な環境だと語り、地元を深く愛していました。
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【photo】丘陵地にあるサン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナの町を遠望。アマーロ山などアペニンの山並みが迫る


 日本では生食を主目的としたブドウの枝を棚に這わせ、房を下に垂らす棚式ブドウ栽培が盛んです。シチリア、プーリア、ヴェネト、エミリア・ロマーニャ各州に次ぐイタリア全土で第5位のワイン生産量を生み出すアブルッツォ州では、日本の棚式栽培と基本的な構造は同じ「Tendone テンドーネ式」と呼ばれるブドウの栽培法が伝統的に行われてきました。収量効率が高いアブルッツォのワインは、ワイン生産地の全域がDOC指定を受けています。しかしながら、その大方は廉価ながら、まずまず優れた品質ゆえ、ブレンド用にフランスやドイツにバレル(樽)売りされてきました。

 1978年、ワイン醸造を大学で学んだ23歳のジャンニ青年は、両親からブドウ畑を受け継ぎます。そこにはラッツィオ州南部やシチリア州の一部などを除けば、イタリア国内では珍しいテンドーネ式で育つ白ワイン用のブドウ品種Trebbiano トレッビアーノ種とモンテプルチアーノ種が植えられていました。中でも、樹齢50年を越えるトレッビアーノは、祖父のジョヴァンニが植えたブドウ。後にジャンニが地元キエーティだけでなく、州内のテーラモ県とぺスカーラ県に畑を合計150haにまで拡げ、生産本数が9,000本まで増えた後も、「自分の原点はここにある」とジャンニが語っていた畑です。その畑から1981年に生まれたのが、700本のMontepulciano d'Abruzzoと1,300本のTrebbiano d'Abruzzoでした。
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【photo】マシャレリのブドウ畑

 近年では、ワイン醸造に関するコンサルタントを雇うカンティーナが少なくありません。国内のみならず、国際市場を意識したヴィーノ造りをしている場合はなおさらそうでしょう。イタリアワインがお好きな方ならご存知のカルロ・フェリーニやフランコ・ベルナベーイ、ジャコモ・タキス、ルカ・ダットーマといった優秀なコンサルタントは、各カンティーナから引く手あまたで、いくつもの著名なカンティーナと契約しています。

 かたやマシャレッリでは、醸造責任者にロメーオ・タラボレッリ氏を迎えた後も、ジャンニが畑に立ち、ブドウの栽培から醸造に至るまで、彼が全ての指示を出してきました。自社畑のブドウ以外は使用しないベーシックラインのMasciarelli Classicoの納得がゆく品質もさることながら、マシャレッリの名を一躍有名にした「Montepulciano d'Abruzzo Villa Gemma (ヴィッラ・ジェンマ)」を忘れるわけにはいきません。1984年ヴィンテージから所有する畑から採れる中で最高のモンテプルチアーノを選抜して造った稀代の醸造家渾身の一本は、スローフード協会が運営するワイン評価本「Gambero rossoガンベロ・ロッソ」で最高評価となるTre bicchierri トレ・ヴィッキェーリの常連となります。2001年、ガンベロ・ロッソが最も優れたイタリアワインとして選んだのが、1997年のヴィッラ・ジェンマでした。イタリアの高級ワインを生み出すブドウとして知られるネッビオーロやサンジョヴェーゼ、ましてや国際品種のカベルネ・ソーヴィニョンやメルローでもなく、故郷の風土と伝統が生んだモンテプルチアーノが、イタリアワインの頂点を極めたのです。その特別な一本は、私のセラーで今も眠りについています。
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【photo】イタリアワインの最高峰に輝いたMontepulciano d'Abruzzo Villa Gemma '97

 1991年ヴィンテージから登場したのが、彼の妻であるMarina Cuvetic マリーナ・チベティックの名を付けたヴィーノ。1987年に訪問先のクロアチアの醸造所で化学の研究生だったマリーナと出会ったジャンニは、2年後に結婚し、ミリアム、キアラ、リッカルドの3児に恵まれました。当初から手掛けたトレッビアーノに続き、現在はシャルドネ、モンテプルチアーノ、カベルネ・ソーヴィニョンの4種のラインナップが揃います。ヴィーノ・ビアンコ(白ワイン)では国際品種としての地位を確立しているシャルドネよりも、イタリアでは最もポピュラーな白ワイン用のブドウであるトレッビアーノの完成度に私は強く惹かれます。トロトロの高い粘性を備えた濃い黄金色の液体は、トロピカルフルーツと花や蜂蜜、焦がしバターなどの複雑な香りを立ち上らせながら、高い次元で見事な調和をみせてくれます。口に含むと柔らかな口当たりながら、すぐに只者ではないことを伺わせるこのヴィーノ。イタリア各地でさまざまなクローン(亜種)が存在するとされるトレッビアーノですが、アブルッツォの固有品種Trebbiano d'Abruzzoをかかる高みにまで引き上げたジャンニの情熱の結晶には脱帽せざるを得ません。

 ミュンヘンで急逝したジャンニの葬儀は8月3日に地元サン・マルティーノ・スッラ・マッルチーナの教会で執り行われました。残された家族は、次代の醸造家育成のための基金「Fondazione Gianni Masciarelli」を創設することを発表しました。いつもジャンニがそうだったように、情熱に溢れた未来の醸造家に道半ばにして神のもとに召された彼がワインにかけた夢を託したのです。昨年誕生したばかりの長男リッカルドはまだ8ヶ月。成長した彼がいつの日か父の跡を継ぐ日が来てくれたら・・・。そんな淡い夢をつい抱いてしまうのでした。


2008/03/23

グレートヴィンテージ・1990年のキアンティ

Castello di Ama の希少なクリュワイン

 無類の旨さとコストパフォーマンスを兼ね備えた庄内・羽黒産「山伏豚」を使った自家製ラグーソースのラザニアを作った週末。"そろそろ飲み頃かな?"とワインセラーから取り出したのがCastello di Ama カステッロ・ディ・アーマ Chianti Classico Vigneto Bellavista キアンティ・クラシコ・ヴィネート・ベッラヴィスタ1990。中部イタリア・トスカーナ州キアンティ・クラシコ地区南東部「Gaiole in Chianti ガイオーレ・イン・キアンティ」産のヴィーノです。1990年はヨーロッパ全域で気候に恵まれ、健全なブドウが収穫されて素晴らしいワインが生まれた年。そのため、世のワインラヴァーたちにとっては、期待度の高いヴィンテージでもあります。

autumnoama.jpg【Photo】標高600m前後の照葉樹が生い茂る丘陵「Collioコッリオ」に覆われたキアンティ・クラシコ南部。その一角の高台にあるCastello di Amaからの眺め。収穫を待つ黄金色のブドウと青緑のオリーブのBellavista(=美しい眺め)


 世界中で最も名が知られたイタリアワインといえば、中部トスカーナ州のChianti キアンティか北イタリア・ピエモンテ州のBarolo バローロを挙げる方が多いかと思われます。多産な白ワインSoave ソアーヴェとともに日本に最も早く紹介されたイタリアワインのひとつが、トウモロコシの皮から作った菰(こも)被りのフィアスコボトルに入ったキアンティでした。1865年にガラス職人のPaolo Caprai パオロ・カプライが生み出したフィアスコボトルをワインにいち早く使用したのは、Adolfo Laborel Melini アドルフォ・ラボレル・メリーニ(1848-1920)が創業したカンティーナ「Melini メリーニ」です。輸送に適したフィアスコボトルで一世を風靡した素朴なキアンティも、今では菰を藁づと状に被せる職人が少なくなったため、観光地の土産物店以外では、イタリアでもほとんど見ることが無くなりました。品質向上の足かせとなっていた「白ブドウを混醸しても良い」という旧時代的な法規が2006年産から撤廃される以前から、villaama.jpgトスカーナ原産とされる「Sangiovese サンジョヴェーゼ」や「Canaiolo カナイオーロ」といった黒ブドウだけで作るしっかりとした体躯を備えたキアンティを作っていた生産者が存在しました。

【Photo】平均海抜480mの丘陵に広がるCastello di Ama のブドウ畑は粘土質と石灰岩・泥炭岩からなる

 一口にキアンティと言っても、リリース時点で1,000円前後の若飲みに向いた軽いものから、1万5,000円以上する長熟タイプのヴィーノまで、酒質はさまざま。その産地 は州北西側のティレニア海に近い平坦なPisa ピサの南「colli Pisane コッリ・ピサーネ」から、フィレンツェの南東側で主にエレガントなタイプのヴィーノを産する「colli Fiorentini コッリ・フィオレンティーニ」と、その北東側アペニン山脈が迫る標高が高い「Rufina ルフィーナ」を経由してArezzo アレッツォの西「colli Aretini コッリ・アレティーニ」、さらに南部Siena シエナ・Montalcino モンタルチーノ・San Gimignano サン・ジミニャーノ周辺の「colli Senesi コッリ・セネージ」などの広大なエリアが含まれます。さらに作り手によっては、26ヶ月以上という長い法定熟成期間を経てリリースする「Riserva リゼルヴァ」を作っており、ヴィンテージによっては20年以上の長期熟成に耐える偉大なヴィーノとなります。
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【Photo】13世紀の建造とされるCastello di Ama のセラーには、仏アリエ産やスロヴェニア産のバリック樽が整然と並ぶ。Chianti Classico Vigneto Bellavista は新樽80%、前年使用した樽を20%の割合で14ヶ月熟成。良年のみの生産

 生産者数が多いだけに多種多様なキアンティにあって、優れた品質のヴィーノを産出することで知られるのが、キアンティ地方の中心部にあたる「Chianti Classico キアンティ・クラシコ」です。樫や栗などの照葉樹が生い茂る標高600m前後の「Collioコッリオ」と呼ばれる丘陵に覆われた「Monti del Chianti(=『キアンティの山々』の意)」西側の内陸一帯およそ7万haがキアンティ・クラシコの産出地となります。北から「Greve in Chianti グレーヴェ・イン・キアンティ」、「Radda in Chianti ラッダ・イン・キアンティ」、「Castellina in Chianti カステッリーナ・イン・キアンティ」、「Gaiole in Chianti ガイオーレ・イン・キアンティ」などに産地が分かれています。これらの銘醸地を訪れると、思いのほか山間地にブドウ畑が広がっていることに軽い驚きを覚えるかもしれません。周辺の野山には野生のCinghiale(=イノシシ)が数多くCINGHIALE.jpg棲息しており、プロシュットに加工されたり、パスタ料理のラグーに使用されたりします。キアンティ・クラシコはそうしたトスカーナ料理と抜群の相性を発揮します。ほとんどが足の便が悪い立地となるカンティーナ(=醸造元)巡りには、何といっても小回りが利く車が一番です。これらのクラシコゾーン以外では、Chianti Rufina で長期熟成に耐える赤ワインが作られています。

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【上Photo】トウモロコシをくわえたイノシシが店頭に立つ土産物屋にはフィアスコボトルのヴィーノがズラリ。Chianti colli Senesi キアンティ・コッリ・セネージに含まれるSan Gimignano サン・ジミニャーノで

【右Photo】Bellavista の区画最上部3.8haほどの一角で栽培されるCastello di Ama のメルロ。1982年に栽培を始めたメルロは、畑(クリュ)指定のキアンティ「La Casuccia ラ・カズッチャ」とクリュ指定ではないキアンティ・クラシコにブレンドされる以外の最良のものが、カルトワイン「Vigna l'Apparita」としてリリースされる

 クラシコゾーンの南に位置するガイオーレ・イン・キアンティは、一般にボディのしっかりしたワインに仕上がります。以前にご紹介した「Capannelle カパネッレ」や「San Giusto a Rentennano サン・ジュースト・ア・レンテナーノ」に加え、「Barone Ricasoli バローネ・リカソリ」、「Badia a Coltibuono バーディア・ア・コルティブオーノ」、「Riecine リエチーネ」などの優良生産者がひしめく地域です。そのひとつが今回開けたChianti Classico Vigneto Bellavista を生産する「Castello di Ama カステッロ・ディ・アーマ」です。1972年、当時は住む人もなく荒廃しきったAma 村に4人のローマ在住の実業家が200haの土地を購入しました。ボルドーのシャトー・ムートン・ロートシルトで醸造責任者を務めたパトリック・レオンを迎え入れ、ブドウとオリーブの栽培を始めたのがカンティーナの始まりです。1982年、二代目エノロゴとしてスカウトされたMarco Pallanti マルコ・パッランティの手腕が世のワインラヴァーを驚かせたのが、'91年に行われたブラインド・テイスティングで、メルロー100%からなる「Vigna l'Apparita ヴィーニャ・ラッパリータ」'87(→オフヴィンテージである)が、ボルドーの最高峰メルロー「ch Petrus シャトー・ペトリュス」の優良ヴィンテージ'88を破ったことでした。後にトスカーナでは、他の作り手が「Redigaffi レディガッフィ」pallantielorenza.jpgや「Masseto マッセト」、「Messorio メッソリオ」といったモンスターメルローを排出することになりますが、カステッロ・ディ・アーマでは、主力のキアンティ・クラシコを補完する品種として植えたに過ぎないといいます。

【Photo】Castello di Ama のエノロゴ、マルコ・パッランティ氏とカンティーナのオーナーの一人で妻のロレンツァ。パッランティ氏は2003年「ガンベロ・ロッソ」の最優秀エノロゴに選ばれ、'06年からはキアンティ・クラシコ協会の第12代会長に就任した

 イタリアの名醸地でも、北のピエモンテではブルゴーニュ同様、畑の区画ごとの特徴を表現した「クリュ」(イタリア語では「Sottozona ソットゾーナ」、ピエモンテ方言で「sorì ソリ」と言う。かのGAJAの名高い畑指定バルバレスコ、sori San Lorenzo,sori Tildin の名に使われている)の概念に基づく畑の名前が付いたバローロやバルバレスコが数多く造られています。しかし、トスカーナを代表する産地のキアンティ・クラシコでは、そういったクリュの名前が付いたワインは前出のMelini が先駆けとされますが、あまり造られていません。カステッロ・ディ・アーマでは、一般的なRiservaは生産せず、作柄の良い年にのみ「Bellavista」と「La Casuccia」のクリュワインを造っています。これはかつて法定熟成期間が36ヶ月とされたRiserva の長い樽熟期間によって、ブドウの個性が失われてしまうリスクを嫌ってのことだそう。多くの場合、同じ生産者でも品質の良いブドウはRiservaとなるか、カベルネ・ソーヴィニョンやメルローなどの国際品種と呼ばれるブドウの混醸比率を高めたり、自由な発想による醸造法を取り入れて国際市場で高い評価を得た「スーパー・トスカーナ」としてリリースされました。70年代に始まった「Tignanello」や「Sassicaia」の成功がその動きを決定付けたのです。確かにそういった一連のワインの登場は、ワイン産地としてのトスカーナの名声を押し上げるのに一役買ったのは事実。しかしCastello di Amaは、カルトワインのVigna l'Apparita を看板にするのではなく、あくまでもトスカーナの風土と伝統に沿ったワインに活路を求めてゆきました。
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【Photo】9612本目の瓶詰ロットであることを表す刻印がなされたChianti Classico Vigneto Bellavista '90 のエチケッタ。DOCG名のChianti classico よりも作り手の名前Castello di Ama と畑の名前が大きく記され、作り手の誇りと自信が伺える

 かつては「Vigneto San Lorenzo サン・ロレンツォ」と「Beltinga ベルティンガ」の二つのクリュワインを造っていたカステッロ・ディ・アーマでは、その区画のサンジョヴェーゼの樹齢が上がってきた'90年にレギュラークラスのChianti classico の醸造用にそのブドウを使うため、後者ふたつのクリュを廃止しました。その結果、サンジョヴェーゼ種にマルヴァジア・ネロ種を15%ブレンドし、スパイシーで収斂性が強い良質なタンニンを備えた「Bellavista ベッラヴィスタ」('78年初リリース)と、メルローを15%ブレンドして鉄分と共に柔らかさを備えた「La Casuccia カズッチャ」('85年初リリース)の二つにクリュを絞りました。bellavistabicherre.jpgその背景には、同じサンジョヴェーゼのクローン種サンジョヴェーゼ・グロッソ(ブルネッロ)種から醸す「Brunello di Montalcino ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」と並んでトスカーナを代表する赤ワイン、キアンティ・クラシコの底上げを図るというアーマの思いがあったのです。その決断から9年を経た'99年産のキアンティ・クラシコが、ガンベロ・ロッソで最高評価のトレ・ヴィッキエーリを獲得したのです。

【Photo】グラスのエッジに熟成による明るさが見て取れるが主調は濃いガーネット。エキス由来の粘性もまだ高いベッラヴィスタ'90

 5年ほど前に飲んだベッラヴィスタ'93に比べてヴィンテージに恵まれた'90もさすがに収穫後18年を経て、抜栓直後から香りが立ちはじめますが、本領発揮は1時間近く経って香りが開いてから。ビシっと目が詰まった密度の高さと高貴さを兼ね備えた充分なボリューム。熟成により丸みを帯びたタンニンが心地よく感じられます。湿った落ち葉や微かな動物香などの複雑味も文句なし。サンジョヴェーゼの美点である果実由来の活き活きとした酸味が芯にしっかりと感じられます。熟成のピークに差し掛かりつつあるものの、まだ10年以上は熟成による向上を維持しそう。抜栓後、バキュバンをして数日に分けて飲みましたが、2-3日後が最もシルキーかつ高い次元で味わいのバランスの良さが感じられ、さすがというポテンシャルの高さを見せてくれました。

 このベッラヴィスタ、1995年からは極端に生産本数を絞り、価格もリリース時点での小売価格が15,000円以上と跳ね上がってしまいました。5,000本程度が良年のみの生産ということもあり、レア度は増すばかり。既にミラノのPECKで入手済みの'97年以降は、'99年・'01年・'04年と生産され'06年も生産予定とのこと。いずれもトスカーナのグレートヴィンテージ。今のうちに一本入手して、何年か後に至高のキアンティ体験をしてみてはいかがですか?

2007/12/13

Vino Azzurro 青ワイン

 「青ワイン」って飲んだことありますか? 赤ワインでもなければ、白ワインでもありません。今回は私がつい最近出合った青ワインの話です。したたか酔っ払って赤ワインが青く見えたのだろうって? いえいえ、そうではありません。ワインラヴァーにはお馴染みの「Terroir テロワール」というフランス語は、特にワインに関して産地の土壌や標高の違いによる気候風土などブドウの生育環境を意味しますが、青ワインは、まさにテロワールの賜物でした。

 仙台の百貨店「藤崎」で、恒例のワールドリカーフェアが12月12日(水)まで催されているというので、出掛けてみました。時節柄、スパークリングワインの出品が多かったのですが、冬場はフルボディの赤ワインが美味しい季節。掘り出し物の赤ワインを狙って、あれもこれもと試飲していると、顔見知りのインポーターさんたちが「やっぱり来たの」と声を掛けてくるし、売り場をうろつく知り合い数人ともバッタリ。いわく「いると思ったよ」。うーむ、行動パターンを読まれているぞ |||(-_-;)|||||| 。

capanelle_03vista_ottobre.jpg 【photo】緩やかに起伏を繰り返す緑豊かなガイオーレ・イン・キアンティ。照葉樹林帯の中にブドウとオリーブの畑が点在する。Capannelle カパンネッレ付近にて

 "タダ酒の試飲ばかりではフードライターの名折れ"とばかりに、会場内にあったENOTECA のワインバーにも立ち寄りました。そこでは、ボルドーのオールド・ヴィンテージや希少なブルゴーニュなどをグラスで有料試飲できるのです。脇目も振らず私が選んだ2本は、イタリア・トスカーナ州キアンティ・クラシコのエリアでは最も南に位置するGaiole in Chianti ガイオーレ・イン・キアンティ地区に畑を所有する優良生産者「Capannelle カパンネッレ《Link to website 》」が、かの有名リストランテ「エノテカ・ピンキオリ」向けに造ったのが始まりだという「Solare ソラーレ'99」。

MAIPOVALLEY.jpg【Photo】カベルネ・ソーヴィニョンにとって理想的な栽培環境とされるチリのマイポヴァレーは、世界の注目を集めるプレミアムワインを生みだすテロワールに恵まれている

 もう1本はチリの「Concha y Toro コンチャイトロ」社とボルドー一級格付けの「Chateau Mouton Rothschild シャトー・ムートン・ロトシルド」がジョイント事業としてサンティエゴ南東部のMaipo Valley マイポ・ヴァレーで造るプレミアムワイン「Almaviva アルマヴィーヴァ'01」。マイポ河が運んだ土砂交じりのPuente Alto プエンテ・アルトの畑は、Cabernet Sauvignon カベルネ・ソーヴィニョンの耕作に適した土壌といわれます。加えて内陸特有の激しい気温差とアンデスの清涼な風が健全なブドウを育てるのです。

 グラスの中で最初は閉じていたSangiovese サンジョヴェーゼが、徐々に開いて複雑さを増してぐんぐん良くなってくるソラーレ。最初からパワー全開、バランスも良く完成度が高いアルマヴィーヴァと、個性が異なるワインを2杯頂いたところで、再び無料試飲へandiamo!(=レッツ ゴー)。

kikusuisetsugorou.jpg【Photo】二番目に印象的だったのは、元禄期の清酒(すみさけ)を再現した越後・菊水の「節五郎元禄酒」

 口直しに新潟新発田市にある菊水酒造のコーナーへ寄り道してみました。創業125周年にあたる昨年、同社が設立した「日本酒文化研究所」が江戸元禄期に飲まれていた清酒(すみさけ)を再現したという「節五郎元禄酒」に興味を持ったからです。安政期に生まれた蔵の創業者・高澤節五郎の名を付けたこの酒。淡い黄金色を呈し、アルコール度数17度のトロリとした濃醇な味わい。90%の精米歩合といいますから、私たちが普通に頂く白米と同じ磨きに留め、お米自体の旨みを感じさせます。同研究所所蔵の浮世絵をもとにデザインしたという江戸情緒溢れるパッケージもあいまって、時代劇に出てくる呑み屋の風情を味わえました。

MANCINI_MARE_CERRO-1.jpg【Photo】アドリア海に面した崖の上に切り開かれたFattoria Mancini のブドウ畑

 そうして古今東西、試飲した中で特に面白かったのが、中部イタリア・マルケ州ペーザロ・ウルビーノ県の県庁所在地、Pesaroペーザロの近郊で造られた「BLU ブル(ー)(=伊語で「青・紺色」の意)」という名の赤ワインでした。「なぁ~んだ、青ワインって単に名前がBLUというワインなのか」と早合点しないで下さいね。おもに北隣りのエミリア・ロマーニャ州で混醸用に栽培される「Ancellotta アンチェロッタ」というブドウと、「Pino Nero ピノ・ネロ」を50%ずつ混醸した珍しいセパージュ(=ブドウの品種構成のこと)のこのワイン。確認されているだけで400種以上のブドウ品種が存在するため、個性的なワインが数多く存在するイタリアですが、このBLU は印象的な特徴を持ちあわせていました。

 原産地のブルゴーニュ地方では「Pinot Noir ピノ・ノワール」種として知られるこのブドウ。イタリアワインにほぼ占拠された我がワインセラーには、ピノ・ノワールのワインは一本もありません。寒冷な気候と乾燥して痩せた土壌に向くピノノワールは、栽培環境の影響を受けやすいブドウ品種です。よって産地のテロワールが明確にワインに現れるブドウといえます。過去にブルゴーニュやカリフォルニアなどのピノ・ノワールから造られたワインをいくつか試してみましたが、エレガントと個性を形容されるこのブドウから造られるワインは、要するに自分の好みではないのです。概して生産量が少ない一方で知名度が高いため、"需要≧供給" な図式にあるブルゴーニュワイン。法外な値段が付くロマネ・コンティは極端にしても、私にはいかんせん割高感が拭いきれません。

MANCINI_VINICLIFF.jpg【Photo】珪藻質の石灰岩でできた崖が続くペーザロ北方のアドリア海沿岸の一角にあるマンチーニ家のブドウ畑。目がくらむような崖っぷちの畑の眼下には、海が広がる

 栽培環境を選ぶ気難しい品種ゆえ、同様に偉大なブドウ品種といわれるピエモンテ原産の「Nebbioloネッビオーロ」ほどでないにせよ、"旅ができないブドウ"といわれるピノ・ノワール。ピノ・ネロからは、中部イタリア以北で優れた赤ワインが造られます。北部イタリアLombardia ロンバルディア州 Franciacorta フランチャコルタでは、フランスのブドウ生産地としては最北部のChampagne シャンパーニュ同様に優秀な発泡ワイン生み出します。オーストリア国境に接するイタリア最北部のAlto Adige アルト・アディジェ地方では、ドイツ語も話される南チロル地方らしく「Blaubrugunder ブラウブルグンダー」とドイツ風の名前で栽培されます。マルケ州へは、19世紀初頭のナポレオン統治時代、ブルゴーニュからペーザロへとピノ・ノワールがもたらされました。

0960.jpgEttore%20Mancini.jpg【Photo】先代・4代目のエットーレ・マンチーニ(左)と現在醸造所を切り盛りする息子のルイージ・マンチーニ(右)

 アドリア海に面したペーザロから世界遺産の街 Urbino ウルビーノにかけては、DOC 「Colli Pesaresi コッリ・ペサレージ」の赤ワインと白ワインが生産されます。海抜201mのサン・バルトロ山周辺は、渡り鳥の楽園としても自然環境が保たれた州立自然公園に指定されています。このエリアで唯一ピノ・ネロを栽培するのは、19世紀中頃からカンティーナ「Fattoria Mancini ファットリア・マンチーニ」を所有するMancini 家です。このカンティーナの主力は、独自の遺伝子を持つクローンのピノ・ネロだけで造られる「IMPERO インペロ」(=帝国・王国、特にナポレオンの第一帝政時代の形容詞でも使われる)という名の赤ワインと白ワイン。先代のエットーレ・マンチーニ氏の努力によって、2000年には単独のDOC「Colli Pesaresi Focara Pinot Nero コッリ・ペサレージ・フォカーラ・ピノ・ネロ」が認められました。現在は高齢のエットーレ氏に代わって息子のLuigi ルイージがカンティーナを運営しています。

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【Photo】この2000年ヴィンテージまでは、アンチェロッタとピノ・ネロが 50%ずつ使用されていた。翌年からはピノ・ネロの割合を減らし、代わってマルケ州で優良な赤ワインを生み出すMontepulciano モンテプルチアーノ種を40%混醸するようになった「BLU」。ノンフィルターでボトリングしているため、澱(オリ)が出ている旨がバックラベルに記載されている

 私が試飲したBLUは、2000年ヴィンテージのものでした。7年を経過しているにもかかわらず、ワインの色調は明らかに色調の淡いピノ・ネロ由来のそれではなく、色の濃いワインに仕上がるアンチェロッタによる黒っぽさを湛(たた)えたものです。1998年に初めてこのワインを仕込もうとした際に、醸造所の床にこぼれた果汁による青いシミが出来たのだそう。それで、このワインはBLUと名付けられたといいます。ちなみに2001年からは、Ancellotta 50%+Montepulciano 40%+Pinot Nero 10% にセパージュが変更されています。
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【Photo】マンチーニ家が受け継いできたピノ・ネロはミラノ大学の分析によって、独自の遺伝子構造を持つクローン(=突然変異)種であることが判った

 ペーザロ旧市街の北側、海岸線から陸地へ500m~1,500m入った海抜100~170mにある珪藻質の石灰岩土壌の畑で栽培されるピノ・ネロとアンチェロッタを手摘みで収穫後、フランス・アリエ産のバリック樽(新樽を50%・一年落ちの樽を50%ずつ使用)で14ヶ月熟成。瓶詰め後、セラーの熟成庫で18ヶ月寝かされた後、リリースされます。しっかりとしたボディを持つこのワインの特徴は、アフターになんと海の香りが残ること。マルケ州の海沿いにある地域特有の風によってアドリア海の潮の香りがブドウの個性となるのでしょう。これぞBLUなアドリア海のTerritorio テリトーリオ(=テロワールの伊語)。

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 興味深いことに、栽培環境の影響を受けやすいピノ・ネロ100%で造られるIMPEROよりも、BLU はよりテロワールを反映したワインに仕上がると5代目を継いだルイジは語ります。BLU は名前だけでなく、青い海のアロマ(=本来は「ブドウに由来する香り」を指す)を感じさせてくれる"青ワイン"なのでした。

【Photo】サン・バルトロ山自然公園は、野鳥と花々の楽園。アドリア海に面して変化に富んだ地形が続く

 こうして、晴れて我がセラーで唯一、Pinot Nero が使われたヴィーノが一本仲間入りしました。ご参考まで、購入価格は4,725円。極端なユーロ高の昨今。酒質からすれば、納得のゆく買物ができました。

2007/11/01

一匹狼のイタリアワイン商

「イタリアワイン最強ガイド」の著者でワイン商の川頭 義之氏とワイン談義に花を咲かせた Enoteca il Circoloでの一夜。いわゆるラテン系の「はじけた」お人柄ではないものの、ワインへの愛情と情熱の持ち主であることが氏の言葉の端々から伺えました。頂いた名刺に記された社名は「LupoSolitario」。伊語で「一匹狼」を意味するその気概や善し。なんとCOOLで素敵な社名でしょう。

 著書に記載されていた著者プロフィールで、大学の同窓であることは事前に知っていました。そこで大学時代の学籍番号を告げたところ、学部違いで同じ年に入学していた事が判明。あ~ら偶然。Il mondo è piccolo(=世界は狭い)。おまけに氏が名刺を取り出した名刺入れは、私が愛用するショルダーバッグと同じ Piero Guidi でした。日本ではあまり見かけないものの、イタリアでは人気のある品のユーザー同士とは、これまた偶然。"Il mondo è molt piccolo(=世界はとっても狭い)"。川頭氏は'92年にイギリスで現在の奥様であるジョヴァンナさんと出会い、イタリアワインに本格的に目覚めたといいます。やがて「自分が口にするワインは、どんな場所でどうやって造られているのか」という興味が湧いてきたのだそう。そのため、生産者のもとを訪ね、根掘り葉掘り質問をぶつけたのだそうです。こういった行動に出る思考回路を私も持ち合わせていることを、当ブログの読者の皆様は既にご存知かと。口にするワインのほとんどがイタリアワインであること以外にも、いろいろとシロガネーゼな(?)両者には共通点があるのでした。

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【Photo】シロガネーゼな大学時代はラグビー部に所属、FWとして活躍した川頭 義之氏と奥様のジョヴァンナさん、同校の広告研究会に所属、ただのチャランポランだった筆者。数年を経た今の差は歴然...il||li _| ̄|○ il||li(写真左より)

 陰干ししたブドウで仕込むイタリアの偉大な赤ワインのひとつに Amarone della Valpolicella アマローネ・デッラ・ヴェルポリッチェラが挙げられます。川頭氏の奥様ジョヴァンナさんは、その産地に程近いイタリア北東部ヴェネト州の Vicenza ヴィチェンツァの出身。ヴェネト州はイタリアで3番目の生産量とDOC【注】ワイン生産量全体のおよそ25%を生産する一大ワイン産地です。願ってもない伴侶を得た川頭氏は、さまざまな地方の印象に残ったワインの Cantina カンティーナ(=ワイナリー)を訪ね、ブドウ畑や醸造の過程を目にしてきたといいます。そこで実際のワイン造りに関与する Enologo エノロゴ(=醸造家・醸造コンサルタント)や Agronomo アグロノモ(=ブドウ栽培に関する責任者・栽培コンサルタント)の話を聞くうち、ワインは自然風土と密接に結びついた農産物であり、ブドウの世話をする生産者やカンティーナでワイン造りに関わる人々の努力の結晶以外の何物でもないという事実に思い至ったのです。

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【Photo】Enoteca il Circolo でこの夜飲んだヴィーノ。川頭氏が自宅で最も飲む機会が多いと語るシチリアのGulfiという造り手によるRossoibleo、 ピエモンテで最も親しまれているブドウBarbera バルベーラの特徴である酸がキレイな Monchiero Carbone Pelisa、白ワイン産地として高い評価を得るフリウリでは、国際品種 Merlot も高い品質を備えたものがある。Vie di Romans Maurus もそんなひとつ。Redigaffi で一躍ワイン産地として世界に名を轟かせたトスカーナの南端、スヴェレートの Tua Ritaを立ち上げた伝説は余りに有名。天才と呼ばれる醸造コンサルタント、ルカ・ダットマが立ち上げた自身のカンティーナからビオディナミコ農法で栽培したブドウから造られる Altrovino(写真左より)

 出逢った翌年の'93年に結婚したお二人は、川頭氏の実家がある神奈川県藤沢市に居を構えます。イタリア育ちのジョヴァンナさんは、飲みなれたイタリアのヴィーノを地元で探したものの、当時日本に輸入されていたイタリアワインは種類が限られ、あったとしても品質が伴わないものが大方でした。そのため、わざわざ電車で青山や広尾まで出向いてヴィーノを買い求めていたといいます。"日本になければ自分たちで道筋を切り開けば良いではないか"。そうした思いから、それまで勤務していた商社を退職し、生産者とインポーターとの仲介をするフランス語で「Coutier クルティエ」と呼ばれる輸出斡旋を業務とするワイン商として'96年に独立した川頭氏。宮城県には駆け出し時代の苦い思い出があるそうです。とある知人の紹介で、宮城に本社があるワイン輸入会社を単身訪問した時のこと。東京を早朝に出発、仙台近郊にあったその会社の事務所で待たされること 1時間。肝心の商談はわずか15分で打ち切られ、何の成果を得ることなく神奈川の自宅へ戻ったとか。これまでも川頭氏が日本に紹介したワインを数種類愛飲してきた私ゆえ、その時の商談相手が私だったら、即・商談成立だったはず。運が悪かったのですよ、川頭さん(笑)。

 川頭ご夫妻は、トスカーナ州のワイン生産地として急速に名声を上げている Maremma マレンマ地区にある町 Montescudàio モンテスクダイオにも家を持っています。そのため日本での事務所兼住居がある東京とイタリアを行き来する生活を送っています。リグーリア海沿いの Cècina チェチナから Volterra ヴォルテッラに向かって10キロほど内陸にあるこの町の南、Bolgheri ボルゲリには優れたワインを生産するカンティーナがいくつも点在します。イタリアワイン界の巨人アンジェロ・ガヤ氏が地元ピエモンテ州以外で新たなワイン造りの可能性を追い求めて畑をボルゲリに購入したのは、1996年のこと。現在のイタリアワイン界で最も注目を集めるエリアと言って差し支えないでしょう。

scriomessorio.jpg【Photo】Enoteca il Circolo吉田シェフ秘蔵の Messorio(右)と Scrio(左)イタリアワインファン垂涎のこの二本。セラーの肥やしにせずに、そのうち開ける時は忘れずに声を掛けて下さい。お願いしまーす(^0 ^)

 カベルネ・フランから造られる Paleo,メルロ100%の Messorio,シラーの Scrio といったイタリアワインラヴァーなら知らぬ者はいないカルトワインを生産するカンティーナ Le Macchiole レ・マッキオレ。その3代目当主エウジェニオ・カンポルミとの出会いが、川頭氏をして「イタリアワイン最強ガイド」を世に問うきっかけになったといいます。2002年に癌のため40歳の若さで夭逝したエウジェニオは、川頭氏の表現を借りれば「勤勉で寡黙」な職人気質の人物だったのだそう。その人柄に惚れ込んだ氏は、私生活でもカンポルミ夫妻と交友を深めていったといいます。販売の手伝いのため藤崎でワイン売り場に立たれた川頭氏の脇には、エウジェニオの遺志を継いで現在ワイン造りに取り組む妻のチンツィアさんの写真が飾られていました。

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【Photo】Vie di Romans ジャンフランコ・ガッロ渾身の一本、Vie di Romans Chardonnay。バリックを使用しながらも厚化粧な嫌味がなく、「これがシャルドネ100%のワイン?」と良い意味で先入観を覆してくれる。果実由来の甘味に続いて上品な香りが鼻腔を心地よくくすぐる。大き目のグラスで冷やしすぎずに香りを楽しみたい

 「ワイン造りの鍵は畑におけるブドウの手入れが全て」と断言するエウジェニオのほか、川頭氏が出会ったエノロゴやアグロノモが本書には登場します。たとえばLe Macchiole のエノロゴを現在も務め、自身のカンティーナ Duemani ドゥエマーニをモンテスクダイオの北隣にある Riparbella リパルベッラで2000年に興したルカ・ダットマ氏。そしてブルゴーニュの名だたる白ワイン産地にも比肩しうると川頭氏が語る北イタリアのアルトアディジェと並ぶフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州からは Vie di Romans ヴィエ・ディ・ロマンスのオーナー、ジャンフランコ・ガッロ氏。そして川頭氏が非常に個性的で印象に残る人物と語るピエモンテ州 Roero ロエロ地区 Canale カナーレにある Monchiero Carbone のオーナー、マルコ・モンキエロ氏、Poliziano・Lupicaia・Fonterutoli・Brancaia・Brolio などイタリアワインファンならばお馴染みのカンティーナの醸造コンサルタントとして輝かしい実績をもつカルロ・フェッリーニ氏など。

 品質と価格のバランスが取れたイタリアワイン選びに実践的に役立つガイドとしての役割もさることながら、足掛け5年をかけてまとめ上げたこの本の狙いは、ワインを造る人たちにスポットライトを当てることにあったといいます。彼らが本の中で語ったワイン造りにかける情熱の発露ともいえる言葉は説得力に溢れています。そんな作り手が丹精込めて造ったワインは、雄弁に作り手の思いを伝え、造られた地の風土すら窺えると川頭氏は本の中で語っています。

 私が体験したそんな事例をご紹介しましょう。私が好きなヴィーノのひとつに San Giusto a Rentennanoサン・ジュスト・ア・レンテンナーノclicca quiPercarlo ペルカルロがあります。イタリアを代表する赤ワイン用ブドウ品種 Sangiovese サンンジョヴェーゼから造られるトスカーナ産の中では最も優れていると川頭氏も太鼓判を押すこのヴィーノ。2003年にトスカーナ州 Siena シエナを訪れた際、近郊にあるガイオーレ・イン・キアンティ地区にあるカンティーナを訪問し、オーナーであるマルティーニ・ディ・チガラ兄弟の弟、ルカ・マルティーニ・ディ・チガラ氏に畑と醸造施設を案内して頂きました。突然の訪問だったにも係わらず、彼は快く私を受け入れ、熟成中の樽からサンプルを取り出して試飲させては、感想を求めるのでした。最後にセラーで購入した Percarlo とメルロから造られる La Ricorma、そして私がこの日最も感動したデザートワイン Vin San Giusto に私の名入れでサインをしてくれました。

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【Photo】作柄に恵まれた2001年産 Percarlo のバレルサンプルをテイスティング用グラスに注ぐルカ・マルティーニ・ディ・チガラ氏。翌2002年産のバレルサンプルは、厳しかった天候を反映してエレガントな印象。私の反応を見てルカ氏も苦笑い。結局この年は Percarlo ではなく Chianti Classico Riserva Le Balòncole として、いわば格下げしてリリースされた

 昨年、イタリアを訪れた際、事前にルカ氏にアポを取って再訪を申し出ていました。その日は Lucca ルッカ郊外のエレガントなリストランテ「La Morra ラ・モッラ」での豪奢な昼食に思いのほか時間を割いてしまいました。11月ともなると緯度が高いイタリアは陽が落ちるのが早くなります。「ルッカからルカのもとへ~♪」などと同行した二人の友人とお気楽なギャグを飛ばしていたのも束の間、約束の時間に遅れそうな旨をルカ氏の携帯に入れて道を急ぎました。しかし、夜に別な用事があるため、もはや待てない旨を4回目の電話でルカ氏から告げられたのです。

boccadama.jpg【PHOTO】カンティーナ訪問を果たせなかった日の夜、フィレンツェのワインバーで選んだのは4年前に訪問した際にステンレスタンクで発酵中のモスト(果汁)clicca quiを口にしていたサンジョヴェーセで醸されたPercarlo'03。再会を果たせずに失意に沈む心を穏やかに解きほぐしてくれた。遅れを取り戻そうとブンブン車を飛ばす私の運転も災いしたのか、疲れた表情を浮かべていた友人二人も初めて口にするこのワインによって力が漲ってくるのを感じたという。「凄いワイン。逃した魚は大きかったんだね」の問いに「その通り」と笑うしかなかった

 ステアリングを操る私に代わって電話でルカ氏と連絡を取ってくれたのは、中部イタリアPerugia ペルージャに暮らす私の友人Kissyでした。彼女によれば、電話の向こうでルカ氏は幾度も「Mi dispiace(=残念だけど)」と言っていたのだそう。この表現は、相手の気持ちに同調して自分も残念に思う場合に使うのです。楽しみにしていた訪問が叶わず、失意のうちに急遽予定を変更、フィレンツェに宿泊する事に。「昼をたっぷりと堪能したし、夕食は軽く」とホテルのフロントにいた男性に勧められたサンタ・クローチェ広場に面した「Boccadama ボッカダーマ(=「貴婦人の口」の意)」というワインバーに入りました。

 訪れた年のその産地のワインを入手するのを慣わしにしている私は、ワインリストから前回カンティーナを訪れた年、2003年ヴィンテージの Percarlo を迷わずチョイスしました。お店でポテンシャルが高いワインを若いうちに開ける場合は、時間をかけて飲むと時の経過と共にさまざまな表情を見せてくれます。大ぶりなグラスをゆっくりとスワリングしながら、30分ほど経過すると次第に香りが開き、Percarlo が秘める高貴さの片鱗を見せ始めてきました。口に含んで瞑目すると、3年前に目に焼き付けたブドウ畑の風景や、思慮深い口調の太い声でヴィーノの説明をしてくれたルカ氏の顔が浮かぶのでした。

 目的を果たせなかった"残念会"の趣で始まったその夜。カメリエーレのお兄さんのサービスで出てきた生ハムやチーズと共に Percarlo をボトル半分ほど飲み進めると、先ほどまでドロドロに疲れていた心と体が嘘のようにほぐれてゆくのでした。それは、私に限った事ではなく、初めてこのワインを口にした友人二人も同じだったのです。まるで「今回会えなかったのは Mi dispiace だったけど、またチャンスはあるさ。あなたに会った年に収穫したブドウで仕込んだボクのヴィーノで、せめて今夜は楽しんでほしい」とルカが語りかけてくるかのような不思議な体験でした。

autograph.jpg【PHOTO】若くして逝ったエウジェニオ・カンポルミのことを想起させる" La vita è breve,beviamo solo buon vino"(=人生は短い。ただ美味しいワインを飲もう)という警句とともに、著書の表紙裏に川頭夫妻から頂いたサイン

 Enoteca il Circolo での楽しい語らいの時間を共に過ごした翌日。藤崎のワインセミナー会場で再会した川頭氏の奥様ジョヴァンナさんから思わぬ素敵なプレゼントを頂きました。私のいでたちを見て「まるでイタリア人みたいですねぇ」とジョヴァンナさん。「いいえ、庄内系イタリア人です」と笑って切り返す私。ヴィーノを中心にイタリアの話で盛り上がった私には、ふさわしいイタリア名があるということになったのです。

 そこでジョヴァンナさんに頂いた名前が「Carlo カルロ」でした。大好きなワイン Percarlo (「Per」= For の意の伊語+Carlo)とも繋がる素敵な名前です。Grazie mille signora Kawazu !
これからは私を「庄内系イタリア人・カルロ」と呼んで下さいね。

【注】1963年に施行された現行のイタリアワイン法では、格付け順にDOCG(統制保証原産地呼称)、DOC(統制原産地呼称)、IGT(典型的生産地表示付・'92から導入)、VDT(テーブルワイン)の四種に大別される。生産エリア・ブドウ品種(混醸の場合は比率も)・栽培法・収穫量・醸造方法・熟成期間・アルコール度数・残糖分・酸度・エキス分などを事細かに規定。加えて国が委嘱する専門試飲委員会による官能検査も義務付けられる。格付け上の頂点にあたるDOCGに最初に指定されたのは、Barolo バローロ,Barbaresco バルバレスコ,Brunello di Montalcino ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ,Vino Nobile di Montepulciano ヴィーノ・ノヴィーレ・ディ・モンテプルチアーノの4種であった。
 品質を追求する生産者は、規定に縛られないブドウ品種を使用したり醸造法を取り入れて、独自の名前を付けたワインを生産し、国際市場から高い評価を受けるようになる。Sassicaia サッシカイアがその端緒とされる('94に Bolgheri ボルゲリDOCに昇格)。Tignanello ティニャネッロ,Ornellaia オルネッライアなど、後に「スーパートスカーナ」ともてはやされる銘柄が後に続いた。こうして実際には、IGT・VDTクラスに傑出したワインが数多く存在する。これが大方のワイン愛好家にとってイタリアワインを判りにくくしている要因といえる

 

2007/10/25

イタリアフェア雑感

ferdinando_martinotti.jpg 本国から招かれた有名リストランテのシェフや、溜め息が出そうな伝統工芸品のマエストロらが、多彩なイタリア文化の魅力を紹介してくれる百貨店のイタリアフェア。所有欲を呼び起こし、美味に事欠かない国にふさわしく、芸術の秋・食欲の秋に催されるケースが多いようです。仙台では満足できず、目の保養を兼ねて質量ともに充実した在京百貨店に出向く事もあります。

【Photo】2007年春の新宿高島屋イタリアフェアでは、ウンブリア州の銘醸「Lungarotti ルンガロッティ」ワイン博物館所蔵の陶器などが展示されたほか、ミラノの名店Peck 直営のBar でシェフを務めるフェルディナンド・マルティノッティ氏(写真左)による調理セミナーも行われた

 有名リストランテのインショップとはいえ、水も違えば素材の鮮度も違う上、まして仮設の調理設備で本国そのままの味を再現するのは至難の業です。プロ意識が高いカメリエーレが質の高いサービスをしてくれるイタリアとは違い、テーブルセッティングも侘しいしつらえであることは否めません。それでも規模が大きな東京のフェアでは、食のみならず幅広くオールマイティなイタリアの魅力の片鱗に触れることはできます。

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【Photo】2002年10月、新宿伊勢丹のイタリア展に登場した Venezia サン・マルコ広場にあるカフェ・フローリアンのインショップ。現存するイタリア最古のカフェの雰囲気を伝えようと、それなりに手をかけた内装。本店と同じリチャード・ジノリ製の特注カップに入ったカッフェには、獅子の紋章の砂糖が添えられていた。モデルは当時4歳の Mia bambina

 これが地方の百貨店の場合、呼び物は「東京にある人気店の出店」となるのがセオリーでしょうか。2007年春に開催された仙台三越のイタリアフェアには、落合 務シェフのラ・ベットラが出店、ローマ下町のトラットリアのような味付けの料理を提供しました。同年秋に開催された新潟伊勢丹イタリアフェアの呼び物は、鶴岡アル・ケッチァーノのインショップレストランでした。東京の店じゃないだろうですと? 私があの店と出合った頃とは違い、東京に活動の軸足を移した感すらあるゆえ、白羽の矢が立ったのでしょう。

piadina_fujisaki.jpg【Photo】仙台のイタリアフェアより。東京にあるナポリピッツァの頂点ともいわれた中目黒「Savoiサヴォイ」を招聘するも、電気窯では本来の味を出せるわけもなく撃沈。写真はエミリア・ロマーニャ州の気軽な郷土食Piadinaのイートイン

 各界の人たちが店の魅力を綴ったオマージュともいうべき本「奇蹟のテーブル」に奥田シェフから乞われて寄稿した私の一文にあるとおり、瑞々しいシェフの感性と多彩かつ質の高い庄内の素材たちが出逢って生み出されるのは、彼の地以外では真似のできない唯一無二の世界です。「地元のため、生産者のため」の活動は、やがて新奇さを追い求める各メディアの注目を集めるようになります。

 2006年夏にTBS系列のTV番組「情熱大陸」で紹介されて以来、奥田シェフはそれまでのペースをすっかり失ってしまいました。厨房以外の活動が増えて得たものの代償は大きかった...。いち早く紙面に取り上げ、全国区デビューの一端を担い、店の歩みをずっと見てきた者の一人として、メディアの功罪を自問しつつ今そう感じています。私が感動に打ち震えた魔法のような在来作物のフルコースを出してくれた平成16年前後の頃の闊達で自在な姿にあの店が戻る日は来るのでしょうか。

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【Photo】完熟したブドウをパッシート(=陰干し)して、糖分を凝縮させて作る Rupestr ブランドの極甘口デザートワイン「INSUPERABILE」(=至極の・越えることのできない)を手にする荒井基之氏、奥田シェフ、ジョルジョ。新潟伊勢丹にて(写真右より)

 新潟伊勢丹では、たまたま来日中だったピエモンテ・カネッリでアグリツーリズモ Rupestr を経営するジョルジョ・チリオ氏も自家農園のブドウで仕込んだ Moscato d'Asti モスカート・ダスティなどを紹介。ピエモンテワインについて1時間のトークショーでお得意のエンドレスマシンガントークを繰り広げました。ジョルジョを案内して訪れた魅力溢れる鮭の町・新潟村上のご紹介は機会を改めてたっぷりと。そのほか新潟のフェアでは、イタリアワインの魅力を日本にいち早く紹介した日本ソムリエ協会副会長で渋谷ヴィーニ・ディ・アライのオーナー荒井 基之氏や、昨年イタリア・ピエモンテ州 Alba の有名なトリュフ祭り会場でもお見かけした日本人初のAISイタリアソムリエ協会認定のソムリエ資格を取得した林 茂氏らが、イタリアワインのセミナーを行いました。

bettora_mitsukoshi2007.jpg【Photo】2007年春、三越仙台店にイートインで出店した銀座「ラ・ベットラ」落合 務シェフの弟子が作ったメリハリが利いたプリモピアットのパスタ2皿。ジェノヴェーゼ(写真上)& キノコノクリームソース(写真下)は、本店の気取らない味付けとの格差は感じなかった

 先週まで仙台で行われていた藤崎イタリアフェア2007では、「イタリアワイン最強ガイド」(文藝春秋刊)の著者 川頭 義之氏がセミナーを行いました。「闘うワイン商、フランスワインに喧嘩売ります!」のオビに目が留まって書店で手にしたこの本。地域性が強い多様な食と密接に結びついたイタリアワインの魅力を知る私が激しく共感した一冊です。

 「こんな貴方におすすめします」と表紙裏にいわく、★とにかく美味しいワインが飲みたい★イタリアは好きだけど、ワインは種類が多すぎて難しい★そろそろ「ブランド信仰」を卒業したい★フランスワインは不当に高すぎると思う★ロバート・パーカーって胡散臭いと思う★能書きは嫌いだが、ワインの本質を理解したい★ワインの職人に興味がある・・・五項目該当した私は、序文「宣戦布告!」の内容に数回大きく頷きながら読み進み、"こんな本を待っていた"と確信してレジへと向かったのです。

saikyouguide.jpg 本国では見向きすらされない「ボジョレー・ヌーボー」は、初物を尊ぶ日本においては、ビジネスとして成功しています。その経緯を見ても明らかな通り、周到なプロモーションで日本のワイン市場を寡占してきたフランス。イタリアワインを特集したワイン雑誌にすら、ボルドーを紹介するタイアップ記事やフランスワインコンセイエ【注】の資格を持つ販売員がいる酒販店を紹介する冊子が綴じ込まれてきます。こうした国や業界を挙げての販促活動の巧みさは、てんでバラバラなイタリアの到底及ぶところではありません。そんなこんなでイタリアワインが過小評価されている日本の現状を苦々しく見てきた私の積年の溜飲を下げてくれたのが川頭氏の著作だったのです。

 フランスワインこそが地球上で一番だと信じ、相当額の投資をされておられる諸氏には決してこの本をお勧めしません。なぜなら、さまざまな嗜好のテイスターによるフランスワインとイタリアワインの価格帯別ブラインド対決で、次々とイタリアワインがボルドー・ブルゴーニュのワインを打ち破ってゆくのですから。しかも勝利したイタリアワインの日本での値段は、総じて比較されたフランスワインの1/3~2/3程度です。評論家からの高い評価と希少性ゆえに高騰する「スーパートスカーナ」と呼ばれる一部のトスカーナ州産を除き、コストパフォーマンスの高さはイタリアワインの魅力のひとつです(最近はユーロ高も手伝ってそのメリットが失われつつある)

 食卓で一層輝きを増す食事の良き伴侶としての魅力にかけてはピカ一のイタリアワイン。豪州やチリなどのニューワールド産の赤ワインにありがちな後味の甘ったるさが無く、綺麗な酸を備えているため、ワイン単体で飲んでも美味しく感じます。その実力は決してフランスに引けを取らないことを川頭氏の本は証明しています。

bettora_sencondo2007.jpg【Photo】2007年三越仙台店イタリアフェアの「ラ・ベットラ」イートインよりセコンド・ピアット2皿。ズバ抜けてはいないものの、手軽でフツーに美味しいこの店らしい味を提供していた

 フランスの有名シャトーのワインは、収斂(しゅうれん)性が強いタンニンが落ち着き、味わいのバランスが取れてくる飲み頃を迎えるまでに良年作で20年~30年もの長い年月を要します。イタリアにも伝統的な造りをする Barolo バローロや Brunello di Montalcino ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、Taurasi タウラージといった同様のワインが存在します。しかし大方のイタリアワインは、ボルドーなどに比べて熟成のピークが早く訪れます。

 屋内温度が上がらない石造りのヨーロッパの家に比べ、夏季は高温になりがちな日本の住宅環境で、こうした長熟型のワインを劣化させずに保管・熟成させるには、セラーが欠かせません。予想される飲み頃を記した自作のワインリスト無しには管理不能に陥る400本以上(「異常」と言った方がふさわしいかも?)の自宅ストックを収容するため、200本収容セラーが1台、40本収容セラーが2台ある私のような熱心なワインラヴァー以外は、それ自体が決して安くは無いセラーを備えるのを躊躇することでしょう。

cellar_casa.jpg 【Photo】3台のセラーが稼働する仙台市在住の某イタリアワインラヴァーのセラールーム。収蔵するワインの9割はイタリア各地の熟成能力が高いヴィーノで占められるという

 その点、リリース時点で充分楽しめる状態になっている場合が多いイタリアワインはオススメです。さらに日本の家庭料理は、素材の味を生かす料理が多く、その点でもイタリアとの共通点があります。ご存知の通りイタリアの食卓にはVinoが欠かせません。日常的にワインに親しむのならば、豊富なブドウ品種のバリエーションを持つイタリアワインは日本の一般家庭の食卓でも活躍できるシーンが多いはずです。飲まず嫌いは人生の損失、ですよ。

 東京から火がついたイタリアンブームに遅れることおよそ10年、ようやく仙台にもパスタとピッツァ以外のイタリア料理を提供するレストランが増えつつあります。在仙のイタリアンレストランの中にも、ようやく頑張ってるなぁという店が何軒か出て来てくれました。女性を中心にご自宅でもイタリアンを召し上がる機会は多いのではないでしょうか?

 そうしたイタリア料理の普及度合いと比較して、良き食卓の伴侶たるイタリアワインの存在感は、日本ではまだ希薄と言わざるを得ません。今ではほとんど見かけなくなったフィアスコ・ボトルという藁で覆われた独特の形状の瓶に入った安いキアンティ=イタリアワインというイメージが日本では強かったように思います。

 品質の向上が著しいキアンティ・クラシコも、かつては「白ブドウを15%混醸すべし」という組合が定めた規定に沿って作られた軽めのものが多かったのです。こうした安酒のマイナスイメージは、ようやく海外に目を向け始めたここ10年あまりの生産者の努力によって、現在では払拭されつつあります。それでも酒販店の店頭にあるイタリアワインは若干淋しい品揃えの場合があります。仙台に本社がある大手輸入酒類・食品販売店が、お膝元の店舗で扱うイタリアワインですら、同社が首都圏で展開する店舗のそれと比べて質量ともに見劣りするのが正直な印象です。

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【Photo】店が一段落したところで、Enoteca il Circolo の吉田シェフ(写真右)もワイン談義に加わった。私がプレゼントした宮城の観光情報を一冊にまとめた「宮城通本」(河北新報社発行)を前に熱くワインを語る川頭義之氏とジョヴァンナ夫人

 そんな仙台で、イタリアワインの魅力を一人でも多くの方に知っていただくには最適のキャスティングともいえる川頭氏のワインセミナーが行われるというので、楽しみにしていました。セミナーの前夜、Enoteca il Circolo の吉田シェフとインポーターのモトックスさんのご好意で、川頭氏と個人的にお会いすることができました。氏が自宅でも愛飲するという Vino 数種を傾けながらの"イタリアワインバカ一代"同士の語らいの内容は次回ご報告します。

【注】conseiller コンセイエ(=助言者:仏語)。パリに本部があるフランス食品振興会(通称SOPEXA)が認定するワイン販売員の資格。フランスワインコンセイエについてはこちらを参照http://www.franceshoku.com/conseiller/conseiller07.html

2007/08/21

ヴェネツィアン・グラス

涼やかなワイングラスで乾杯 

 この夏、仙台では観測史上最高の37.2℃を、そして日本の最高気温記録を74年ぶりに塗り替える40.9℃を埼玉と岐阜で記録しました。ふぅ~、毎日暑い日が続きますが、皆さん夏バテしていませんか? こんな酷暑の季節、ワインラヴァーの方は15℃~18℃が適温とされるタンニンが多いブルボディの赤ワインよりも、白ワインや泡もの(=スパークリングワインの別称)を楽しまれることでしょう。白ワインの場合は8℃~9℃、スパークリングワインなら4℃~8℃の適温まで氷水を入れたワインクーラーで冷すと、より美味しく感じられます。その際、発汗による涸渇感を癒そうと冷凍庫でキンキンに冷しすぎるのはブドウ由来のアロマ(=香り)を封じてしまうので禁物です。

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【Photo】イタリア・ヴェネト州ヴェローナからヴェネツィアに向かう途中にある Illasi イラージ地区clicca qui 産のシャルドネ100%で仕込まれたFrizzanteフリッツァンテ(弱発泡)「Le Vacanzeレ・ヴァカンツェ」(=ヴァカンス)。日本での売価は1,000円前後と非常に手頃なので、その名の通りリラックスしたシーンでよく冷して気軽に楽しみたい

 泡もの=シャンパンと日本では捉えられますが、この「シャンパン」の語源は明らかにフランス・Champagne シャンパーニュ地方産の同名のスパークリングワインの名前からきています。シャンパーニュ産以外の泡ものは Vin Mousseux ヴァン・ムスー(≒泡のワイン)とひと括りで語る誇り高きフランス人の前で混同は慎みましょうね(^ ^;。シャンパーニュがシャンパーニュたる所以(ゆえん)は、
1 : ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネの三種のブドウを混醸または単独で使うこと
2 : タンク内で一次発酵を終えたワインを瓶詰めする際、酵母と糖分を加え、「瓶内ニ次発酵」により炭酸ガスとアルコールを発生させ最低15ヶ月熟成させること
3:フランス・シャンパーニュ地方産であること の三点です。

2:の工程で発生する澱を除くために、斜めにして寝かせている瓶を何度かに分けて回し、-20℃ほどの塩化ナトリウム水にボトルの先を浸して凍らせた澱を炭酸ガスの力で飛び出させる作業が伴います。もとよりフランスのブドウ産地としては条件が厳しい最北に位置するシャンパーニュは、こうした手間を要するという理由から、概して価格が高めに設定されるようです。(注1)
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【Photo】イタリア・ロンバルディア州のフランチャコルタでは、「Metodo Classico メトード・クラシコ」ないしは「Metodo Tradizionaleメトード・トラディツィオナーレ」という、シャンパーニュ地方の修道僧ドン・ペリニョンが編み出した瓶内二次発酵を経て、澱抜きをする生産方式と同じ造りをしている

 かたや北イタリア・ロンバルディア州産の「Franciacorta フランチャコルタ」は、ここ20年でイタリア最高の発泡性ワインとして急速に名声を上げています。この辛口の Spumante スプマンテ(=伊産スパークリングワインの総称)は、ピノ・ネロ(ピノ・ノワールの伊名)、ピノ・ビアンコ(仏名ピノ・ブラン)、シャルドネの3種を使い、シャンパーニュよりも長い最低25ヶ月(うち 2:の瓶内二次発酵期間が最低18ヶ月)に及ぶ醸造所での熟成を義務付けられています。にもかかわらず、シャンパーニュと比べて値段が手ごろなのは嬉しいところ。産地は州都ミラノの東方80キロにある Brescia ブレッシャから Lago d'Iseo イゼーオ湖にかけてのエリア。(注2) シャンパーニュと同様の製法(ただし最低熟成期間は9ヶ月以上)で作られる割には高いコストパフォーマンスが魅力のスペイン産 Cava カヴァともども、泡ものの選択肢に加えてみてはいかがでしょう。

brachetto.jpg【Photo】チンクエテッレを経由してたどり着いたポルトヴェーネレのバールでひと休み。そこで飲んだのがこのグスタフ・クリムトが描いたニンフたちが舞うエチケッタが秀逸な「Brachetto d'Acqqci ブラケット・ダックイ」。奥のグラスを見ての通り、濃い目のロゼといった方が正確な色調をしたこのフリッァンテの生産者は、Nizza Monferratoニッツァ・モンフェラートにある Scrimaglio スクリマリオ。同社は FIAT や Alfa Romeo ブランドとのタイアップワインcliccca qui も手掛ける

 瓶内二次発酵を行わなわず、タンク内で二次発酵を行う醸造法が「シャルマ方式」。量産が可能なこの方法で作られる Piemonte ピエモンテ州産の甘口の白 Asti アスティ、同赤 Brachetto d'Acqqci ブラケット・ダックイ、イタリア北東部 Veneto ヴェネト州産の辛口白 Prosecco プロセッコは、おおよそ1,000円台のリーズナブルな価格で売られ普段飲みにピッタリ。瓶内二次発酵をさせる良質なスパークリングワインが持つキメ細やかな持続性の強い泡立ちには及びませんが、適度なボディと細やかな泡立ちを兼ね備えたプロセッコは、食卓のオールラウンドプレーヤーといえましょう。スパークリングワインの炭酸ガスは、ブドウ由来の酸味をより鮮明に浮き出させる働きをすると同時に、キリリとした辛口感を強調してくれます。

 スプマンテはガス圧が3気圧以上と規定されていますが、実際の製品は6気圧前後。「食事中に泡の強いスパークリングはちょっと・・・」という方もおいででしょう。そんな方にはガス圧が1~2.5気圧の弱発泡性ワインを意味する"Frizzante"とエチケッタ(=ラベル)に表記された白ワインはいかがでしょう。きっと涼やかなアペリティーヴォ(=食前酒)代わりにもなってくれます。モスカート(=マスカット)種の繊細な香りを残すためにアルコール度数を低く抑え(約5%)た Moscato d'Asti モスカート・ダスティは、食後のフルーツやドルチェと楽しむのにピッタリ。最良のモスカート・ダスティは特別な食事の最後を締めくくるのにふさわしいものです。

caudorina.jpg【Photo】3代目の現オーナー Romano Dogliotti ロマーノ・ドリオッティ氏が家族で営む Caudrina カウドリーナというCantinaカンティーナ(=造り手)のモスカート・ダスティ「La Galeisa」。完熟したマスカットのピュアで繊細な甘さ、クリーミーな泡立ちを備えた秀逸なモスカート。極甘口のデザートワインが苦手な方でも爽快なモスカート・ダスティは美味しく飲めるはず。ピエモンテ州アスティ県 Isola d'Asti イゾーラ・ダスティのエレガントな☆付きリストランテ兼ホテルの Il Cascinalenuovo イル・カッシナーレヌオヴォで

 スパークリングワインの細やかな泡を目でも楽しむのならば、細長いフルートグラスが一番。指先でグラスの脚を回すと、グラスの底から立ち上る幾筋もの細かな泡が螺旋(らせん)状に立ち上ってきます。ワインの特徴を味わうための機能を追及したワイングラスとしては、オーストリア製の「RIEDEL リーデル」が有名です。ブドウの品種ごとに細分化された幅広いラインナップを揃える同社のグラスは、どれも機能性優先の無機的なフォルムをしています。ひとつのワインをフォルムの異なるグラスで飲んでみると、微妙に味わいが変わって感じられます。赤・白各2種類ずつベーシックな形(クリスタルガラスを使用した主力の「vinumヴィノム」シリーズ 赤ワイン用⇒ボルドー&ブルゴーニュ、白ワイン用⇒シャルドネまたはソービニョン・ブラン&モンラッシェ。泡もの好きの方は前者いずれかとシャンパーニュまたはキュヴェ・プレスティージュ)を揃えれば充分でしょう。ガラスに占める酸化鉛の割合が25%以上のクリスタルガラスは、高い透明度と光の屈折率によって、まばゆい輝きを放ちます。乾杯の際には澄んだ音色と長い余韻をもたらしてくれるでしょう。

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【Photo】ヴェネツィアの中央を逆S字に貫く大運河 Canal Grande カナルグランデに架かる Ponte dell'Accademia アカデミア橋の上からサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂方向を望むと、カンツォーネを熱唱する歌い手を乗せたゴンドラが数艇横並びで進む映画のワンシーンような光景と出合った。光と水が織り成す多彩な表情を見せる水の都は、このような非日常のドラマチックな場面がよく似合う

 前置きが長くなりましたが、まずはこうした基本を踏まえた上で、今回の主役は機能性を追及するグラスと対極にある装飾性の高いワイングラスです。爽やかな白ワインにぴったりの軽やかで涼しげなこのグラスにまつわる物語の舞台は水の都 Venezia ヴェネツィア。そこはアドリア海の上に築かれた唯一無二の街です。"●●のベニス"という表現をされる都市がほかにいくつかありますが、"アドリア海の真珠"とも称えられる水の都の本家はさすがに格が違います。"北のベニス"ことブルージュやサンクトペテルブルグ、あるいは"東洋のベニス"こと蘇州やバンコクなどのように、数多くの運河や水路が縦横に刻まれているのではなく、街自体が Laguna ラグーナと呼ばれる浅瀬の海の中に木杭を打ち込んだ基礎の上に造られています。つまり海の上に人間が築いた、いわば海から生まれた街なのです。今もヴェネツィア市長には海に指輪を投げ入れて海との結婚を宣言するという、かつては共和国のドージェと呼ばれる元首が行っていた重要な儀式を執り行う役割が課せられます。世界広しといえどもこのような街が他にあるでしょうか。

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【Photo】ガラスの島ムラーノ島で。熱したガラス種を自在に操り、さまざまな表情を持つ製品に仕上げるマエストロの技は見事の一言に尽きる

 外敵の侵入を拒む天然の要害ラグーナの中に築かれたこの街が手に入れたのは、828年にエジプトのアレキサンドリアから二人の商人が持ち帰ったとされる聖マルコの遺骸だけではありません。1498年にヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を発見するまでは、欧州で珍重されたシルクや香辛料などの東方交易を通じて莫大な富を手に入れます。東方商人が去来したヴェネツィアの街は、サン・マルコ寺院のファサードを見ても明らかな通り、ビザンチンと東洋の香りを色濃く漂わせています。

impossibile.jpg【PHOTO】ムラーノ島のガラス工房直営のショップ。レース模様が鮮やかな緑色と交差する脚付きボウル(上段中央)や最もヴェネツィアングラスらしい色といわれる真紅の作品(中段)が目を引いた。ガラス職人が得意な作風によってクラシックなデザインからモダンなものまで店の品揃えの傾向が分かれる。世界的な観光地でもあるヴェネツィアゆえに、ムラーノ島のガラス工房直営店といえども「ベニスの商人」たちの値付けは強気。ヴェネツィア本島の方が概して安かったりするが、ムラーノ製以外(→Made in China )のものもあるので要注意

 15世紀から17世紀にかけてヴェネツィア共和国が欧州で独占したのが、つながりが深かったビザンチンから10世紀頃に伝わったとされるガラス製造の技術。紀元前1世紀のローマ帝国時代に現在のシリアで編み出されたとされる宙吹きガラス製法は、水の都で独自の発展を遂げ、ヴェネツィア共和国の重要な交易品となってゆきます。ガラス職人の組合ができた13世紀にヴェネツィアのガラス工房は本島の北1.5キロにある Isola di Murano ムラーノ島へと集約されます。これによって、火災の危険が伴う火を使う工房を本島から隔離し、高度な技術の流出を免れようとしたのです。以来、ヴェネツィアのみならず、イタリア国内では「ムラーノグラス」と呼ばれるようになりました。15世紀に生まれたエナメルの絵付け装飾を施した彩色ムラーノグラスは、当時の王侯貴族たちから大いにもてはやされます。鉛を用いる技法が生み出されるまでは困難とされた透明のガラス Cristallo クリスタッロの製造にこぎつけたのもこの時代でした。

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【Photo】腕の良いマエストロの手にかかったガラスほど薄くて軽い。ソーダガラスは彩色ガラスに加工しやすい特性がある。最も難しいとされる真紅のグラスは金の溶液を混ぜて、銅とコバルトの化合物を混ぜると青いガラスになる。ワイングラスのステム(=脚)にアップリケ装飾や白鳥・イルカなどの繊細極まりない装飾が施されたワイングラスの数々。便乗値上げが相次ぐ結果を生んだユーロ導入前の今から13年前に一脚2万円以上したこれらのグラス。ワイングラスという実用品よりも、むしろ芸術品の域に達している。日本に持ち帰るには破損のリスクが大きいので、喉から手が出るほど欲しかったが泣く泣く断念した
 
 ムラーノグラスは16世紀に最盛期を迎えます。花や星形の模様が幾つも並ぶ Millefiori ミッレフィオーリcliccca qui という技法や、大理石状に色とりどりのガラスが流紋を描く Marmo マルモ(=マーブル)ガラスclicca qui 、細長い色ガラス(白であることが多い)棒をガラス玉に巻きつけて交差したレース状の文様を付ける Retticello レティチェッロclicca qui、氷の裂け目のような細かいヒビをつけるアイスクラックという技法や、表面にさざなみのような筋をつける技術、金箔をガラス種に付けたまま吹き竿で膨張させて細かな金模様を付ける従来からの技法に加え、金粉を使用する方法など、今日も受け継がれるヴェネツィアン・グラスの伝統技術があらかた出揃いました。
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【Photo】無機的なクリスタルガラスではなく、ソーダガラスを使用したムラーノグラスは口当たりが柔らかい。ワインの色調を目で確認するためには、透明のグラスが好都合。ということで、筆者がムラーノで選択したのはこのワイングラス

 富の独占を目論んだ共和国の為政者は、ガラス職人に高い地位を与えました。ガラス職人の娘が共和国の有力者の子息と結婚するケースもあったとか。しかし職人たちがムラーノ島から外に出ることを決して認めませんでした。そのため親から子へと技は受け継がれてゆきました。華麗なムラーノグラスに対する需要は多く、16世紀以降は密かに島を抜け出して共和国の手が届きにくい英国やオランダなどに渡る職人も増え始めました。そうした職人の手になる製品はフランス語で"ヴェネツィア風の"を意味する「Façon de Venise ファソン・ド・ヴニーズ」と呼ばれたとか。

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【Photo】ゴンドラが往く水面に刻まれる渦巻きを彷彿とさせるムラーノグラス

 刻々と変わる光の具合でさまざまな表情をみせる水に囲まれたヴェネツィアに暮らす人々だからこそ、かくも繊細極まりない芸術品のようなガラス工芸を生み出したのではないでしょうか。光と影が交差する運河の水の面は、ゆらめく万華鏡のよう。海水に浸食され朽ちつつある建物の外壁には、光を写してゆらゆらとうごめく水紋が反射しています。この町に暮らす人たちは、水に囲まれた暮らしの中で、さまざまな表情を持つ水を映し取ったかのようなガラスを作り出したのです。

 さて、今夜のワインはCampania カンパーニャ州の傑出した白ワイン用土着品種 Fiano フィアーノ種を造らせたなら三本の指に入るとの呼び声高い「Guido Marsella グイド・マルセッラ」の手になる「Fiano di Avellino フィアーノ・ディ・アヴェリーノ'04」。カンパーニャ州でも内陸部に位置する街Avellino周辺は、南のバローロともいわれる偉大なワイン「Taurasi タウラージ」の産地でもあります。街の北西、山裾のSummonteスモンテ地区にカンティーナ兼アグリツーリズモ「Marsella」はあります。オーナーのグイド・マルセッラ氏が10ヘクタールの畑でワイン造りを始めたのが1997年から。海抜700mを越える畑で育てられるブドウは、昼夜の寒暖の差が大きな厳しい気候条件のもとで、通常の顆粒より小さく、凝縮した高い品質のブドウとなります。マルセッラ氏が造るのは、フィアーノ・ディ・アヴェリーノのみ。生産1,500ケースだけの希少なこのヴィーノは、ソレント湾を望む南イタリアきっての名リストランテ「Don Alfonso 1890」のワインリストにオンリストを果たしています。


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 このヴィーノのために私が選んだのは、金粉装飾が輝く愛用の白ワイン用のヴェネツィアングラスです。ドラマチックに表情を変える劇場都市ヴェネツィアならではの華やかな雰囲気を漂わせる軽やかなムラーノのワイングラス。一方でワインを味わうための機能を極限まで理詰めで追求し、究極の「器具」を目指すゲルマン系のRIEDEL。方向性が全く異なるふたつのグラスを眺めるうち、「こんなところにも国民性が表れるのだなぁ」と、愉快になるのでした。
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【注1】シャンパーニュは、ブドウの自家栽培・自家醸造を行う小規模な Maison メゾン(=生産者)の手になる「レコルタン・マニピュラン」(RMとエチケット〈=ラベル〉に記載)と、買い付けたブドウや原酒も使い生産量も多い大手の「ネゴシアン・マニピュラン」(NMと記載)、日本にはほとんど輸入されない生産者組合の製品「コーペラティブ・マニピュラン」(CMと記載)などに大別される。作り手の個性が直接表れるRMは約4,800軒。かたやNMは280軒ほどだが、ごく最近まではNMが圧倒的に市場を支配していた。生産量全体の8割を占めるノンヴィンテージ(NV)シャンパーニュは、自家栽培以外の複数の原料を混醸し、一定の味を作り上げる場合が多い。作柄の良い年に生産されるヴィンテージ・シャンパーニュで最低3年、大手のNMが造る高級シャンパーニュ(プレステージ・シャンパーニュ)は最低5年の瓶熟を行うが、その分価格も釣り上がる。私見では酒質が値段に見合ったものかどうか、ブランドだけで選ばない方が得策

【注2】ブレッシャはイタリアサッカーファンにとって、史上5人目のセリエA 200ゴールの記録を持ち「イタリアの至宝」といわれたファンタジスタ、ロベルト・バッジョ【click!】が現役最後に所属したクラブの本拠地として記憶されている。バッジョ自身は生まれ故郷のヴェネト産スプマンテProseccoがお気に入りだと言っている。やはりイタリア人の郷土愛は強いようだ

Maggio 2012
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