河北新報

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2011年10月18日

【ソーシャル, 新聞&ネット】

多メディア時代の震災報道

 東日本大震災はその規模、被害の程度や状況、復旧・復興に向かうための課題など、あらゆる点で過去に例のないものだ。歴史的な震災に遭遇し、多くのマスメディアがそれぞれに役割を果たそうとしたが、被災者の置かれた状況は深刻かつ多様なため、本当に必要な情報を必要なだけ、必要なタイミングで提供できたかどうかは、今後の検証を待たなければならない。(「月刊 地方自治職員研修」2011年10月号から転載)

 河北新報社(本社・仙台市)のネット部門では、新聞とネットの組み合わせ、とりわけSNSやツイッターなど、ソーシャルメディアによる報道・情報発信を可能な限り心掛けた。その経験を踏まえて率直に言えば、今回のような大規模災害の場合、特定のメディアの動向を軸にしても議論の展望は開けない。たとえば、既存のマスメディアが、いわゆる市民メディアや行政、NPOなどを含む「ネット社会」の多様な「メディアプレーヤー」たちと柔軟に協力する関係を日ごろから構築しておく必要を感じる。いろいろな特徴を持つ既存メディア自体も連携しながら、長期にわたって被災地、被災者に寄り添う道を研究すべきだろう。

●被災者の情報ニーズにこたえるメディア
 河北新報社は仙台市に本社を置いている。東日本大震災で大きな被害を受けた宮城、福島、岩手、青森を含む東北6県に取材網と配達網を持つ。2010年12月末現在の新聞発行部数は約47万部。3月11日に発生した「M9・0」の巨大地震と巨大津波によって、河北新報社の取材、販売網は大きな被害を受けた。他の被災県の新聞社同様、新聞発行のすべての過程に携わる社員自身が被災者であり、自らの被災を半ばなげうつ形で、新聞を発行し続けた。
 この点についての報告は既にさまざま例があるので詳しくは触れない。「いかなる状況でも新聞を休まずに発行する」エネルギーが、地域に由来するメディアとしての「メインエンジン」の役割を果たしたことは、あらためて確認しておきたい。
 加えて東日本大震災は、地方圏のネット環境が本格的にブロードバンド時代に突入し、ブログ、SNS、ツイッターなどのソーシャルメディアが普及して初めての大規模災害といっていい。河北新報社には新旧さまざまなネットツールを使って情報を求めるアクセスが殺到した。ニュースサイト「コルネット」の閲覧数は地震発生前に比べて2倍、ユーザー数は6倍となった。同様に地域SNS「ふらっと」の閲覧数は2倍に増えた。河北新報社に寄せられる電子メールの数は3倍に増えた。河北新報社が公表している複数のツイッターアカウントは、地震発生直後からフォロワーが増え始め、その伸びは最低でも4・8倍、多いもので18倍に急増した(表)。ネット環境を経由して河北新報社に情報を求める人々、ニーズが一気に顕在化したように思える。インターネットが登場して20年。「ネット社会」がこれほどのリアリティーをもって迫ってきたのは初めてだ。
 こうしたニーズにこたえるため、新聞に掲載されるニュースや情報をニュースサイトだけでなく、再編集してツイッターで大量に配信し続けた。地震発生直後から編集局夕刊編集部とメディア局ネット事業部の記者が自転車で被災地を回り、見たまま聞いたままを発信する「新機軸」にも挑戦した。
 東日本大震災はライフラインへの被害が著しく、百万都市仙台を中心とする仙台圏でも電気、ガス、水道などが致命的な被害を受けた。市民の生活を支える飲食店、小売店、デパートなどはほとんどすべてが営業を停止した。ツイッターで配信した情報は「○○が開店している」「●●でランチを販売中。値段は...」など、より生活に近い「街角情報」の類だった。深刻な被災地の状況をつぶさに報道することを最優先とする新聞メディアとは明らかに異なる情報の流れが実現した。ガソリンの欠乏もひどく、身動きができないままに、長期間耐乏生活を強いられた被災者にとって河北新報のツイッター情報は役に立ったと確信している。

●二つのジレンマ
 巨大地震、巨大津波、原発事故と、次々に発生する非常事態に遭遇し、河北新報社は新聞とネットの双方を使って、可能な限りの報道・情報発信につとめてきたが、二つの大きなジレンマを抱えた。
 一つは新聞配達網が地震と津波によって打撃を受け、販売店自体が流出したり、新聞を配達する従業員自身も激しく被災したことだ。それに伴い、被害の深刻な地域ほど、新聞を届けることが難しくなった。最も深刻な境遇にある被災者たちを、せめて情報過疎に追いやらないために、少なくとも避難所には新聞が届くようなネットワークを行政、NPOなどと協力して構築しておく必要を感じる。新聞社の配達網が復旧するまでの間、たとえばボランティアセンターに集まるボランティアに1部でも2部でも新聞を持参してもらえれば、被災者にとっては喜ばしいはずだ。新聞配達網がうまく機能しないときの緊急避難的な代替システムを開発すべきだ。
 ジレンマの二つ目は地震発生直後から電気が途絶え、通信が不調になったため、多様なネットツールを使って情報を発信しても、被害の深刻な地域には届くはずもなかったことだ。災害のたびに繰返される通信遮断は、別途、社会的に回避策を講じるべきだと思う。

●災害FMの可能性
 一方、被災地では、自治体の長が放送局長となって開設する臨時の災害FMラジオ局が多数、生まれた。今回は事前の準備が不十分なため、ラジオの受信機さえ手に入らない状況が生まれたが、ラジオ受信機や乾電池の備えを災害対策として本格的に位置づけてあれば、仮に電気が途絶えていても、最も深刻な被災地の人たちに情報を届ける有力な一助にはなるはずだ。
 亘理町(宮城県)の臨時災害FM局「あおぞら」。3月11日からちょうど3カ月後の6月11日に訪問した。ボランティアたちが行政と連携しながら運営していた。放送機材を新潟県の市民FM局から借り受け、3月24日に開設したという。救援物資の提供や町内の飲食店の開店情報、イベントなど、被災者の暮らしに直接かかわる情報を提供してきた。大きなメディアではカバーしきれない情報でも、地元の被災者にとっては一つひとつが命や暮らしに直接かかわる。市民FMが有望なのは、必要なら同じ情報を何回でも伝えられるメディアである点だ。「一度取材した」「既に同じような話題を取り上げた」など、マスメディアにありがちな理由で、ニュースバリューが落ちることもない。

●メディア間の差異と連携
 「きょうは月命日ですよ。亡くなられた方々のお名前を全員読み上げます。一緒に冥福をお祈りしましょう」。「あおぞら」のボランティアアナウンサーの語り口は、被災地・被災者に寄り添う報道がどういうことであるかをあらためて実感させてくれた。新聞報道にも、もちろん犠牲者を悼む気持ちはこもっている。だが、新聞なら「震災から3カ月」といった見出しで、時間の流れを事実として伝える。その新聞スタイルと、「月命日ですよ」という、犠牲になった肉親と残された家族の気持ちのつながりや時間、体温まで感じさせるような表現との間には大きな違いがあるように思えた。
 東日本大震災のような災害に備えて、メディアの連携を工夫する必要がありはしないか。たとえば「あおぞら」のような臨時の災害FM局を支える市民のメディアボランティアと河北新報のような、新聞とネットの双方で地域密着型の報道を行うメディアが連携する道はないか。その可能性を至急研究する必要がある。
 東日本大震災で、災害FM局との間で情報配信の協力体制を柔軟に作ることができれば、河北新報のニュースや生活情報を細分化し、再編集した情報を地域の実情に合わせて読み上げるような番組ができるはずだ。被害の最も深刻な地域に新聞を配達できないジレンマを緊急避難的に解消するニュース専門のラジオ局を想定してもいいかもしれない。
 全国に展開する地方新聞社が日ごろ目指している地域密着の姿勢が、災害時には被災地にしっかり寄り添うメディアポリシーに形を変える。地方新聞社と各地の市民メディアとの連携を実現できれば、届けたくとも届けられない情報、つまりは選挙の「死に票」ならぬ「死に情報」を限りなくなくすことができる。

●見えてきたメディアの課題
 最後に震災下のメディアのありようについて考えるポイントを押さえておきたい。デジタル化が高度に進行した社会の大災害は、新聞とデジタルの双方をフルに使いながら以下のポイントをしっかりクリアできるかどうかを、被災地の新聞社に問い掛けることになるからだ。加えて、新聞、テレビ、ラジオだけでなく、ソーシャルメディアを使いこなす市民や情報を多様に蓄積・発信する力を持った行政、NPO、企業などは、広い意味での「メディア」と考えるべきであり、震災下の被災地・被災者が置かれる状況とメディアの役割、情報の伝わり方について考え、必要な対策を練るうえでの前提になるはずだ。
 第1に被災者が置かれた深刻かつ複雑な状況を十分に伝え、社会的に正しく共有する環境を作れているかどうか。長期にわたって継続する震災では、報道内容を常に検証する視点が重要だ。特に自らも被災したメディアにとって、息の長い取材と検証を継続できるかどうかが勝負どころになる。切実感に駆られて首都圏から駆け足でやってきては去る、一過性のメディアとはスタンスを異にすべきだ。
 第2に被災者が向き合っている過酷な問題を解決するための情報を十分に提供できているか? 被災地や被災者に寄り添いながら提案する力と言い換えてもいい。問題解決に向かう提案力は、被災地により近いところで育まれ、具体化されることが望ましい。
 第3に被災地を支援するためにいち早く行動を起こした大勢の人々が必要とする情報を十分そろえているか? 特に今回は、阪神・淡路大震災の経験を経たボランティア・非営利分野に携わる人々の動きが素早かった。彼らが被災地に向かうために必要な情報をメディアはどれだけ発信できていたか。特に被災地の外側で生まれる支援パワーを、被災地・被災者に寄り添う形で生かすには、多くの組織や市民の参加が必要になる。長期戦になれば、当初想定していた事態とは異なる側面も多数発生する。解決に向けたエネルギーが整然と導かれるような工夫が必要だ。
 最後に被災地の状況を知りたいと願う多くの人々の声にこたえきれているか? 今回の震災は歴史的、地球規模的な衝撃に満ちたものであり、国内外の関心は高かった。河北新報社のような、地域に由来する地方新聞社にとっては、特にネット系の情報発信を円滑に行えるかどうかなど、日ごろの準備、体制づくりを試された形だ。双方向の情報環境を含め、ニーズにこたえるだけの準備ができていたかどうかが重要だ。

投稿者 yoyu : 2011年10月18日 13:09