河北新報

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2012年2月 8日

【ソーシャル, Books】

薄暗がりのウェブ/「インターネット・デモクラシー」

P1000434_02.jpg フランスの社会学者ドミニク・カルドンさんの「インターネット・デモクラシー 拡大する公共空間と代議制のゆくえ」(トランスビュー)を読みました。久しぶりに読みごたえのあるインターネット見解に触れたような気がします。キーワードは「公共空間」と「代議制」です。特にSNS、ツイッター、フェイスブックなど、ソーシャルメディアが活用されるネット社会の新しい領域を「薄暗がりのウェブ」と表現している点が注目されます。公共空間の拡大や政治形態のありようからメディアとインターネットとの関係、女性や社会的な少数者の参加の問題についてもあらためて考えるきっかけとなるはずです。翻訳家の林昌宏さんが翻訳、東大大学院情報学環の林香里教授が翻訳と解説を担当しています。

 66ページに掲載されている図「公共の場における4つの発言形態」を見てから読むことをおすすめします。カルドンさんのインターネット理解の中核ともいえるものです。まず「ネット社会における公共空間」に登場するプレイヤーを「発言する人物」と「発言の話題にされる人物」に分類します。「発言する人物」は「プロ」と「アマチュア」に分け、「話題にされる人物」を「公共の領域で知名度のある有名人(政治家、企業経営者、専門家など)と、特別に注目の対象にならない一般人」に分類します。

 そのうえで、「プロ]と「アマチュア」を横軸に設定し、「有名人」と「一般人」を縦軸にして「公共空間」を4つに区分します。「アマチュア」がブログなどで「有名人」について語るエリアが「参加型のウェブ」、「アマチュア」が「一般人」について語るエリアが「薄暗がりのウェブ」となります。「薄暗がりのウェブ」では,「ほとんどの者たちは、自分自身のこと、自分の家族のこと、自分の気持ち、自分の趣味などについて語」ります。

 「要するに、個人のおしゃべりである。彼らは、身近なネット仲間以外に、誰が見聞きしていようとほとんど気にしない。薄暗がりで交流する主人公たちは、このような交流が成り立つのは、人目につくのが限定的な、このような領域においてであると信じているようだ」

 「薄暗がり」のネーミングがどんな意味なのかについて直接の説明はありませんが、もっぱら「プロ」が「有名人」や「市民」について語る、伝統的な公共空間から見れば、何が行われているか、よく分からない「薄暗がり」というほどの意味でしょうか。インターネットの急激な発達は、ちょっと前なら私的な空間であったはずの発言やコミュニケーションにも公共性をもたらし、そのこと自体が既存の価値観や秩序に大きな衝撃と変化をもたらしつつあるというわけです。その点についてカルドンさんは「インターネットが社会全体に浸透するに伴い「公けに発言する権利が社会全体に広がる一方、私的なおしゃべりの領域が公共空間に組み込まれるという、二重の革命が起こった」と書いています。

 解説の中で林教授は「その言葉どおり、そこはジメジメとして暗く、何があるか、どこまで広がっているかわからない未踏の領域」「この領域こそ、従来のマスメディアにはない、ネットに広大に広がる表現・言論空間であり、しかもそれは、政府の公式見解やマスメディアのスクープと同じ空間に並列されてしまうところが、インターネットのポテンシャルとリスクとを物語っている」と述べています。

投稿者 yoyu : 2012年2月 8日 00:43