河北新報

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2012年6月 2日

【ソーシャル, 新聞&ネット】

バージョン2へ。新聞社データの公開と活用

 写真.JPG 全国紙のいわゆる電子新聞モデルが多様に登場し、地方新聞社も、さまざまに対応しようとしています。紙メディアの典型でもある新聞社のデジタル環境に動きが目立つのは確かですが、どうも妙な感じです。新聞からニュースサイト、モバイル、ソーシャルメディアと積み上げてきた取り組みのその先に、新聞モデルを軸にサービスやコンテンツをプラスαしたデジタルサービスが想定されるのでしょうか。特に地域に由来するメディアには見えていない部分がまだあるのではないか。メディアの立ち位置と保有するコンテンツの関係、コンテンツの発信(公開)やニーズ、ジャーナリズムあるいはメディアに関心を持つ世間さまの意識やライフスタイルの変化などについても、少ししつこく考えてみなければなりません。

 そう思っていたところに公開シンポジウム「オープンデータが拓く未来-動き出した日本の公共データ活用」の案内が届きました。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の主催でした。「オープンデータ」は、いわゆる「ビッグデータ」とともに、新聞社の大量のデータの発信(公開)の手法を考えるうえで、とても気になっているポイントです。データを保有する主体と、そのデータを利・活用する人々との関係をあらためて整理・理解する機会になるかもしれません。

 公共データの公開と利・活用は、政府のIT戦略の中で検討が進んでいます。シンポジウムでは国のIT戦略づくりや自治体のオープンデータ戦略にかかわっている専門家らがオープンデータの意義や課題について意見を交換しました。オープンデータの考え方は開かれた政府の実現、政策形成過程の透明化につながります。公共データが一定のデータ形式で公開されれば、ソフトウェア技術や情報通信技術をうまく組み合わせることによって、さまざまな公共サービスを実現し、社会問題の解決をサポートする仕組みができると考えられています。

 公共データの開示は、常に個人情報の保護や著作権との兼ね合いが問題になります。シンポジウムでは、国や自治体のリーダーらの決断や組織マインドの醸成、オープン化に向けた法的な環境整備、民間活用による新たなサービスの開発など、数多くのポイントが指摘されました。「オープンデータの考え方は、公開してそれで終わりじゃない。データをどう利用し、イノベーションを起こしていくのかが重要だ」。出席者から何度も聞かれた言葉です。

 新聞社が保有する情報も、新聞として配達されたり、ネットで配信されたりするだけで終わりではないかもしれません。もう一段、世のためになる仕掛けや意味ある目標が必要なのではないでしょうか。ブログ、SNS、ツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアの導入によって、プロの記者の手になるニュースとは別の体系のコンテンツも生まれつつあります。その位置づけも含めて、総合的な新聞データ戦略が必要です。従来の延長型ではない「バージョン2」を模索する時期にきているように思えます。

 情報を発信(公開)する意義をコンテンツごとに分析し、さらには情報を利・活用するためのツールや環境、サービスにも目配りする必要があります。それは新聞モデルの拡張型のデジタル製品を作るだけでは、とても済まないでしょう。

 もともと新聞社がウェブでニュースを発信し始めたきっかけは、振り返れば、恥ずかしくなるほど安直でした。「そういう時代だから」「インターネットを使えば地方新聞社のニュースをより遠くに飛ばせるから」「インターネットは社会のすべてを変える。新聞社もその変化に追い付いていく必要がある」・・。報道機関としての戦略も、意思もそこには存在しませんでした。そういう認識が存在したとしても、組織内のごく一部にとどまっていました。

 今はどうなんでしょう。全体を見渡す余裕もないので、自分の田んぼのことを言ってしまえば、編集局が主体となってデジタル分野のありようを議論し、判断する場が、この4月にやっとスタートしました。正直に言えば、「河北のインターネットは、あんたの趣味でやっていると、他社の人間が言っているのを聞いたことがある」と、ほとんど罵倒に近い扱いを受けたこともあります。新たな環境の中で、若い人たちが活発に論じ、実践するのをサポートし、時には、尻をたたかせてもらおうと考えています。

投稿者 yoyu : 2012年6月 2日 01:16