短歌(5/23掲載)

【斉藤 梢 選】

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もろ肌を晒すごときの短歌(うた)ノート今宵に終わり胸に抱きしむ   石巻市開北/星ゆき

【評】作者の暮らしには「短歌ノート」があり、日々それを開き歌を綴る。ノートの最後の空白を埋めた「今宵」、共に月日を歩んできた相棒のような一冊を胸に抱く。口に出して言えないことも、感情の起伏も、感慨や感動も、自然へのまなざしも、詠むという行為によって残してきた作者。一首一首が生きている証であろう。「もろ肌を晒すごときの」は、真実を表現してきたからこその実感。そして、「晒す」という自覚こそが、短歌の本質を語っているのだと思う。また新しいノートに記される歌は、心の軌跡になってゆくだろう。

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あの日より野蒜の浜に戻りしは浜昼顔と揺らすその風   東松島市矢本/高平但

【評】大津波によって失った多くのもの。あの東日本大震災の被災より十年。失ったのは、みなかけがえのないものであり、奪われたとも言える。震災前の「野蒜の浜」を知る作者ゆえに、この一首の下の句には悲しみが滲む。風が立ち寄る浜には浜昼顔が生きている。
この景を、私たちは歌により知る。風は語り部か。

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山肌が削り取られて復興の堤防なれど緑戻らず   石巻市桃生町/高橋冠

【評】復興は進むけれども、山肌は削りとられてゆき、削り取られた土によって堤防は成る。自然が失われる現実に目を向け、「緑戻らず」と詠む作者の複雑な心情。復興とは、という問いを内包する一首。

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人の眼を優しく包む芝桜天に向かいて何を語るや   石巻市中里/須藤清雄

【評】芝桜にある、一面に咲くというイメージ。一枚の布のような美しさに包まれていると感じた作者。「包む」の捉え方がいい。そして、下の句は花と空の会話を想起させる。春のよろこびに満ちる「人の眼」。

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報道でヤングケアラー知る我は手助け出来ぬ無力を恥じる   石巻市不動町/新沼勝夫

夕さればふろたき大将とおだてられ粗朶(そだ)を焚(く)べにき鉄砲風呂に   石巻市駅前北通り/庄司邦生

なにもかも眼と指だけで足りる世界アナログ人の生き難き日々   石巻市大門町/三條順子

北国の口は重いが腕がある漁にいそしみ田畑を打ちて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

地震(ない)のたび友らと交わすメール文「またね」「無事よ」と定型化して   東松島市赤井/佐々木スヅ子

うぐいすは梅の木忘れずやってきた友の手紙の春の喜び   石巻市丸井戸/高橋栄子

九十歳命の時間楽しむにコロナのニュースにこころが縮む   石巻市駅前北通り/津田調作

鍬仕事今日はここまでやれば良し水を一口腹におさめる   石巻市桃生町/佐藤俊幸

一人居て押しつぶされる淋しさにペンをはしらせまぎらわせおり   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

夕暮の浜辺に一羽海鳥が餌を求めて引く波を追う   石巻市水押/阿部磨

選挙カー我が目の前で鉢合わせどうするこの票二つにするか   東松島市矢本/奥田和衛

満々と水をたたえて代掻きも終わりてあとは田植え待つのみ   石巻市あゆみ野/日野信吾

沢の水桜のはなびら友にして肩を寄せ合い次々過ぎる   石巻市桃生町/千葉小夜子

山の店囲い外して客を待つ除雪車通る辛夷咲く道   東松島市赤井/茄子川保弘