短歌(7/18掲載)

【斉藤 梢 選】

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わが名呼ぶ母の声なき十幾年されど聞きおりこえ無きこえを   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】声の記憶が作者の生を支えているのだろう。名前を呼ぶ母の声が今も聞こえるという内容の一首には、母への深い思いがある。「わが名呼ぶ母の声」を聞くことがなくなってから「十幾年」の年月が流れた。しかし、作者の心の中には、今も聞こえている「母の声」がある。面影の記憶と声の記憶によって、その人の存在をいきいきと感じることができるのでは。四句目の「されど聞きおり」には、聞こえるはずが無い声を引き寄せて聞く、という思いの強さが表現されている。作者にだけ聞こえる母の声は、きっと温かい。

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踏み台を直してくれと言われしこと母の齢(よわい)となりて気付きぬ   石巻市桃生町/三浦多喜夫

【評】あの時の母と同じ年齢になって、ようやく気付くことができたと、作者は詠む。しみじみと、ああそうだったのかと思いつつ、それを母に伝えることはできない。日常にあるささやかな会話を、母からのお願い事を、今思い出す。この一首は、母への言葉であろう。短歌は、時にはこのように伝えたい言葉を残す。

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磯の辺はいまだに寒く砂利の上ぢかに広げしひじきが匂ふ   女川町/阿部重夫

【評】国産のひじきはとても貴重。砂利の上に広げられているひじきに目がとまる。「ぢかに」は、「磯の辺」ならではの光景。この一首はおそらく春の作だろう。「匂ふ」と表現したことでひじきの存在感が際立つ。

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あいまいな記憶ばかりのジレンマは老いとコロナのわなかもしれず   石巻市流留/大槻洋子

【評】確かな記憶ではなく、「あいまいな記憶」が多い日々に陥る「ジレンマ」。あれこれと記憶を辿る作者。心情を表す「わな」という捉え方が独特。コロナ禍にあって、何かがじわじわと鈍っているのかもしれない。

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魚夫たりしひと世を歌に詰め込めばひとり善がりに喜びの湧く   石巻市駅前北通り/津田調作

億年の時と流れる最上川芭蕉も愛でておしんも泣いて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

刈られたる一メートルに雑草(くさ)一寸いのちを形にまた生き始む   石巻市開北/星ゆき

気にせずに生きてみたとていずいだけ目一杯の気を私は使う   石巻市桃生町/佐藤俊幸

能登の冬波とどろきて砕け散る間垣の宿の寝れぬ一夜   石巻市蛇田/菅野勇

彦星も余白無きほど短冊に天の川での逢瀬を願う   東松島市矢本/高平但

無視という礫の痛さ雀の子いたわるごとくチュンチュンチュンと   東松島市野蒜/山崎清美

要人をまねて拳と肘鉄で挨拶交わし目で爆笑す   東松島市赤井/佐々木スヅ子

小夜ふけて窓に映りし梅雨の月中天高く鈍くかがやく   石巻市三ツ股/浮津文好

この夏に世界一周夢を見る先ずは地球儀ぐるっと回す   石巻市桃生町/高橋冠

一度目のワクチン接種終えし今コロナと距離は離れた気分   東松島市矢本/奥田和衛

コロナ禍で一年ちょっと会わぬ間に幼い孫は乙女になりぬ   石巻市中里/大谷キク

ぽつぽつと飛ばして聞いて眠りゆく深夜放送は私の眠剤   石巻市羽黒町/松村千枝子

ブルーインパルス大空広くハート形神の領域ハートに祈る   石巻市渡波町/小林照子