前回、話題にした「オンライン」の「ライン」について少しお話ししましょう。ご承知のように「ライン」は英語の line で「線」を意味しますが、さまざまに用いられます。

 まずは電話〔線〕( telephone line )。たとえば、The line is busy. は「電話線は忙しい」=「話し中」ということです。

 また、鉄道の路線もライン。正式には railroad line です。「仙石線」は Senseki Line 。ただし、「東北新幹線」は Tohoku Shinkansen と言いますね。

 さらに、物干しもライン。hang out the washing on the line は「濡れたシャツを物干しにかけて乾かす」という意味になります。物干し竿は laundry pole ですが、特にイギリスではロープのようなヒモ( line )に洗濯物を干すのが一般的です。

 行列も line で表します。英国では queue(キュー)とも。 a long line of people waiting to get tickets で「切符を買うために順番を待つ人の長い列」。

 また、読書家の皆さんへ。line には文章の「行」という意味があります。「上から3行目」は the third line from the top となります。 read between the lines と言うと「行間を読む」というお馴染みの表現に。

 私が英語のやりとりでよく用いる表現が、 Drop me a line, will you? 「お便りくださいね」や、Drop me a line when you get there. 「そこに着いたらお便りください」。この a line は、日本語の「一筆」にあたります。Write me a line. でもかまいませんが、 Drop me ... とするところが、ポストにポンと手紙を投げ入れる、つまり「投函する」という日本語の語源ではないかと推測してしまうくらい面白い表現だと思っています。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

短歌(5/17掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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三寒も四温も霧中のこの春は手作りマスクにため息ばかり  (石巻市開北・星ゆき)

【評】「三寒四温」は春が近づいたことを言う気候用語。コロナウイルスでこれからどうなるのか、いつ終息するのか、さっぱり見当がつかない、いわば「霧の中」。マスクも手に入らないので手作りのマスクを掛けるようにしたが、マスクの中に溜まるのは「ため息」ばかり。困り果てての生活もためいきばかりで解決策がない、実に鬱陶しい毎日を強いられてきた。コロナのために一変してしまった日常生活を己の言葉で詠みとった佳作である。

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桃太郎と中型トマトの十六本マスクを外す五月の菜園  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】「タキイ」のホームページでいろいろと教えられる。「桃太郎」は大玉ピンク系のトマト。その「桃太郎」のほかのトマトを合わせて十六本の苗を植えつけたのだろうか。畑仕事が一段落したところでの深呼吸の場面かも知れない。下の句が実に深々とした解放感を味わわせてくれる。マスクを外しての深呼吸。マスク漬けの生活の或るところで、マスクを外すことができたのだ。「桃太郎」の名前から、岡山県の施設で開発した品種なのか、などと余計なことを考えたりした。

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母の味しっかり継いだ義妹(いもうと)のぼたもち届く彼岸の中日  (石巻市向陽町・鈴木たゑ子)

【評】実家の味を継いだ「義妹」。つまり、弟のお嫁さんということ。感謝したくなるほど、母の味をすっかり受け継いだ弟のお嫁さんへの感謝の心が詠みこまれた一首。しかも、今日の彼岸の日に届いた「ぼたもち」の味は、亡くなった母の味その物だ。子供である自分たちは他家へ嫁いでしまったその穴を完璧に補完したお嫁さんへの「感謝」以外の何物でもない。「ぼたもち」を仲立ちにして母親・娘・嫁の関係を明るく生き生きとまとめた一首である。

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島に生まれ海一筋の我なれば船子の短歌(うた)を編むしか無くて  (石巻市駅前北通り・津田調作)

冬眠中あるいは起こしてしまいしか白蛙の出ず草取りおれば  (石巻市向陽町・後藤信子)

わが田んぼ遥か岩手の水を引き気がかりもなく田植を済ます  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

嵐あとマストに止まる鳩一羽シナ海沖でエビ引く船に  (石巻市水押・阿部磨)

マスクにと浴衣解(ほど)けば樟脳(しょうのう)の匂いと大漁踊りの熱気  (石巻市羽黒町・松村千枝子)

窓の外は虎落笛(もがりぶえ)泣く春嵐鳩も宿借る我がベランダに  (石巻市三股・浮津文好)

よもぎ摘む手に付きし匂い搗(つ)きたての餅(もち)思わしむ家路を急ぐ  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

小流れに桜は淡く散りゆけりふしぎなほどの重さも見せて  (石巻市桃生・佐藤国代)

若葉へと木々の新芽は衣替え深く吸い込む風萌黄色  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

しばしばも心に砂の湧き上がる一人留守居の孫を思えば  (石巻市流留・大槻洋子)

還暦の最初の散歩は膝を上ぐ筋トレジムの休業続けば  (石巻市駅前北通り・工藤幸子)

たんぽぽを袋いっぱいに持っている児らの笑顔にコロナを忘る  (石巻市須江・須藤壽子)

菜の花や食よし句よし花見よし黄色の可憐に癒されており  (石巻市渡波町・小林照子)

生きているただそれだけで疲れると言いし祖母(ばあ)さん今なら解かる  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

朝食に酢味噌で和(あ)えし山独活(やまうど)の美味しく食みて友に感謝す  (石巻市桃生・千葉小夜子)

校庭の花壇に咲いた春の花授業再開子供らと待つなり  (石巻市水押・佐藤洋子)

乗り物は船だけだったその昔芭蕉は徒歩でみちのくの旅  (東松島市矢本・奥田和衛)

川柳(5/17掲載)

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【水戸一志 選/評】

◎コロナドタバタ劇の裏表。県の休業要請を無視したパチンコ店は、店名公表という制裁を受けたが、店は繁盛したという。苦々しく感じた人が多かったに違いない。作者はこれを「恥ずかしさ」と捉えた。しかも、「玉が出にくい」と、皮肉を込めて。

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◎ 恥ずかしいパチンコ玉も出にくそう  (仙台市青葉区・鈴木邦雄)

  東京の雰囲気運ぶ新幹線  (東松島市大曲・添田潤)

  アマビエの絵に玄関を見張らせる  (東松島市矢本・遠藤恵子)

  食材に求めるだけの季節感  (仙台市青葉区・吉田真一)

  日頃から妻とソーシャルディスタンス  (石巻市築山・飯田駄骨)

  すずめ踊り代わりにおどる閑古鳥  (石巻市蛇田・菅野勇)

  田植え機が描く模様の福笑い  (石巻市桃生町・佐藤俊幸)

  たんぽぽの綿毛窓から安否問う  (東松島市赤井・片岡シュウジー)

オンラインとウェブ(上)

 不穏な社会情勢のもと、「オンライン」という言葉が飛び交っています。「オンライン授業」「オンラインストア」さらには「オンライン飲み会」など。英語の on-line に由来しますが、この line は世界を覆う「見えざる網」とでも言うべきものです。

 この「網」、つまり「ネット」は「インターネット」( internet )もしくは「ネットワーク」( network )の略で、「オンライン」はコンピュータなどが回線でつながり、ネット経由で提供されるサービスのこと。

 さらに、ネット上で文字や画像などを示し、アクセス(接続)できるようにする仕組みを英語圏では「ウェブサイト」( website )と言います。日本では「ホームページ」としてお馴染みですね。

 web は英語で「クモの巣」を意味します。不気味ですが、我々の地球は今やクモの糸ですっぽり包まれている...情報がまるでクモの巣のように網目状に張り巡らされた世界、これが現代の「ネット社会」です。

 このような世の中になったのはいつ頃でしょうか?

 記憶をたどれば、わが国でパソコンが一般に普及し、インターネットが急激に広まったのが1990年代の後半です。


 そこで思い出すのが、

 北京 ベルリン ダブリン リベリア ...

 美人 アリラン ガムラン ラザニア
 マウスだって キーになって
 気分 イレブン アクセス 試そうか

 1996(平成8)年、井上陽水・奧田民生が作詞・作曲し、PUFFY がヒットさせた「アジアの純真」。また、コンビニの「セブンイレブン」が国内出店数6000店舗を達成したのが1995(平成7)年。「マウス」「キー」「アクセス」「イレブン」が1990年代後半の空気を表していますね。

俳句(5/10掲載)

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【石母田星人 選】

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一斉に賢治の空へ白辛夷  (石巻市小船越・三浦ときわ)

【評】宮沢賢治の作品には数多くの樹木の花が出てくる。早春、他の木に先駆けて枝いっぱいに白い花を咲かせる辛夷(こぶし)もそのひとつ。たくさんの花びらの手を伸ばして、青空と吹き渡る風をつかもうとしている。

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紙風船一打一打に変形す  (石巻市小船越・芳賀正利)

【評】この句の紙風船は、紙手鞠(てまり)と呼ばれるもの。赤や黄などの半透明グラシン紙を球状に貼り合わせている。富山の売薬さんが置いていく角風船ではない。「変形す」の把握が見事。実際に風船をつかないと、こうは感じられないだろう。シャリシャリした感触の紙風船をつくと形の変化とともに音も変わっていく。演出をするのは手のひらの力加減。視覚と聴覚そして触覚を総動員した一句。辺り一面に春が散らばる。

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春光をひとり占めして畑仕事  (東松島市矢本・菅原れい子)

【評】季語「春光」は本来、春の風光や春の景色を言ったが、春の日光の意としても用いられる。耕せば土の中に、水やりをすれば葉の上に春の光が転がる。

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もう一度跳ねて甘ゆる仔馬かな  (東松島市矢本・雫石昭一)

【評】全力で遊ぶ仔馬。静かになったかと思ったらまた大きく跳ねた。仔馬の躍動が生き生きと描かれている。そばに寄り添う母馬の姿にも思いが至る。

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恐竜の骨格残し月おぼろ  (石巻市相野谷・山崎正子)

田水引き水の惑星始まりぬ  (石巻市広渕・鹿野勝幸)

空よりも水田に濃くて島の虹  (東松島市矢本・紺野透光)

かごめ唄かこみて遊ぶ躑躅かな  (石巻市丸井戸・水上孝子)

海嘯がここまで来しと梅ひらく  (石巻市蛇田・石の森市朗)

春色や気球に乗りて風となる  (東松島市新東名・板垣美樹)

母の日や波打ち際に桜貝  (石巻市吉野町・伊藤春夫)

春宵の灯の入る頃の仁王門  (石巻市桃生町・西條弘子)

風光り島に放送鳴りわたる  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

苧環に水滴一つ光風裡  (仙台市青葉区・狩野好子)

蓬摘む籠の中から鳴るメール  (石巻市桃生町・佐々木以功子)

強風に肩寄せ合うて黄水仙  (石巻市北上町・佐藤嘉信)

公園に授業のチャイム春深む  (石巻市中里・川下光子)

閉店の街静もりて南吹く  (石巻市南中里・中山文)

尻濡らす潮も知らずに潮干狩り  (石巻市門脇・佐々木一夫)

山菜の並ぶ店先里の春  (東松島市赤井・茄子川保弘)

川柳(5/10掲載)

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【水戸一志 選/評】

◎「気持ちよくもらえるお金」という言い方に笑ってしまう。新型コロナという災厄で国民に給付される一人10万円。根拠があいまいでタナボタのような側面もある。それに、誰がどんなミソをつけるのか。「どうせ口だけ」。作者は冷ややかに聞いている。

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◎ 気持ちよくもらえるお金ミソつける  (石巻市向陽町・佐藤功)

  連休にライン帰省の孫を見る  (石巻市北上町・那須野六男)

  巣ごもりで増えた食費とごみの量  (石巻市開北・安住和利)

  一億人君子になって近寄らず  (石巻市桃生町・三峰)

  アメリカと並ぶつもりか新学期  (石巻市桃生町・高橋希雄)

  ステイホーム離れぬネコに癒される  (石巻市蛇田・大山美耶紀)

  使用後のマスク二枚は記念品  (石巻市蛇田・鈴木醉蝶)

  解禁の漁に出られぬ漁船(ふね)わびし  (石巻市水押・阿部磨)

短歌(5/3掲載)

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【佐藤 成晃 選】

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静かなる暮らし一変と言いながら増えし家族に張り切るバアバ  (石巻市向陽町・後藤信子)

【評】この短歌作品を鑑賞するについては、これまでの投稿歴から知りえるさまざまな情報を総動員しなければならない。御主人との二人だけの静かな生活が終わったその後の家族の動静を作品化したものだ。もしかしたら、孫連れの子どもさん家族と同居することになったのだろうか。にぎやかな家族になって、ついつい張り切ってしまうバアバ。「バアバ」とは作者自身のことだ。賑やかさで夫亡き後の寂しさを忘れようとしておられるのか。喜びが抑えられているが、自然と滲んでくる佳作。下の句、秀逸。

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満開の一目千本に宴(うたげ)なし並木は風の渡る音のみ  (石巻市蛇田・菅野勇)

【評】「三密」不可で花見の茣蓙(ござ)やブルーシートが今年は無くなってしまった。遠くまで続く桜の下には、いつもの乾杯乾杯が無い。コロナウイルスで世情が一変してしまった。ただ桜の枝を吹く風の音だけが響き渡っているさびしさ。「満開」とか「千本」とか「宴」という大きな言葉の下に「なし」とか「のみ」を置いてで絞っていくことで、寂しさが引き立った作品となった。コロナ関係の作品が応募はがきに数首あったが、この作品に心が動いた。

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短歌(うた)ひとつ纏(まと)めてほっと息を吐くまぶたに浮かぶ青き海原  (石巻市駅前北通り・津田調作)

【評】難渋の末にやっとまとまった一首。推敲に推敲を重ねてまとまったときの満足感で「ほっと」一息ついたのだろう。気持ちのいい一息だったに違いない。若いころ魚を追って走り回ったあちこちの海の様子がぐるぐる頭の中を回ったのかもしれない。三十一音しかない小さな世界だが、沢山のことが歌えることは誰もが知っている。青年・壮年時代の漁労の世界がこうした詩に昇華していくことの喜びは例えようがないものだ。新人の参加を待っております。

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かんぬきをかけた世代の同窓会どんぶく童子(わらすこ)話途きれず  (石巻市大門町・三條順子)

子ら五人帰りて行けば五人分の食器は棚の奥に収まる  (石巻市羽黒町・松村千枝子)

海豚(いるか)にも鯱(しゃち)にもなれず捕はれて牡鹿半島を観に来る鯨  (石巻市恵み野・木村譲)

蝶一羽ひらりと回り飛びさりぬ「不要不急」を思い出したか  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

我が影が背すじ伸ばせと喝(かつ)入れる老いゆく我を鼓舞するごとく  (石巻市不動町・新沼勝夫)

小女子(こうなご)を探しあぐねて泣くかもめ牡鹿の海に春は来たのに  (石巻市門脇・佐々木一夫)

苗の束ほどよく放る父なりき結子(ゆいこ)のもとへ届けとばかり  (石巻市南中里・中山くに子)

穏やかな四月の空を切り裂いて黒いマンタ(F15)が飛び出して来る  (東松島市矢本・川崎淑子)

門前(かどまえ)の白木蓮(はくれん)が老いの肩に降るわずかに温き春惜しみつつ  (仙台市泉区・米倉さくよ)

この地区にべっぴんおばさん集まりて百歳体操見事にこなす  (東松島市矢本・奥田和衛)

コロナゆえ花は咲けどもテレビにて今年の花見終わりとせんか  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

一度でも言いたかったな「俺はプロ」一人よがりのどんぐりだけど  (石巻市桃生・佐藤俊幸)

オブラート一枚ずつを剥ぐように心をめくり再びペンとる  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

漁船(ふね)下りてまさかの出会いの短歌道 投稿うながす声ありがたし  (石巻市水押・阿部磨)

空高くさえずる雲雀 減反の田の面の麦をすいすい燕  (石巻市桃生・大友雄一郎)

幼子に泣かれまいとて猛者(もさ)の叔父ネコ鳴きまねと顔面作る  (石巻市開北・星ゆき)

野に山にあふれるばかりの桜見て家に帰ればうがい手洗い  (石巻市中里・上野空)

川柳(5/3掲載)

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【水戸一志 選/評】

五月の風に泳ぐ鯉のぼりは最も日本らしい光景の一つ。大きな親鯉の下で青い子鯉がじゃれつく姿は、家族の幸せを象徴するかのようだ。しかし、この句(◎)からは希望の裏に、東日本大震災で犠牲になった子どもたちへの慰めを感じる。「見えるかい」と。

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◎ みじかくも強くと青い鯉のぼり  (石巻市築山・飯田駄骨)

  通学路いまはジジババ歩く道  (東松島市野蒜ケ丘・雫石幸市)

  ピカピカのままで待機のランドセル  (東松島市赤井・秋田小桃)

  ファーストレディあちこち跳んでし放題  (東松島市矢本・川崎淑子)

  四十周年地域のニュースありがとう  (石巻市蛇田・菅野勇)

  お返しに手作りマスク送ります  (東松島市矢本・遠藤恵子)

  堂々とこれから鯨食べられる  (石巻市桃生町・高橋冠)

  今だから坂本九を歌いたい  (石巻市あゆみ野・日野信吾)

一生に一度の

 「もはや途上国も先進国も、国内も海外も、あなたも私も、区別はなく、ありとあらゆる国・地域と個人が『当事者』になった...」。新型コロナウイルス感染による地球規模の危機の中、国連のアントニオ・グテーレス( Antonio Guterres )事務総長が4月19日、米国のオンラインメディア HUFFPOST に寄稿しました。

 題名は、" All hands on deck to fight a once-in-a-lifetime pandemic "<未曾有(みぞう)のパンデミックと闘うために全員の力が不可欠>。

 注目したいのは " once-in-a-lifetime "(ワンス インナ ライフタイム)という表現。直訳すれば「人生において一度の」ですが、上記のように「未曾有の」「またとない」あるいは「千載一遇の」という日本語にも当てはまります。

 " Listen, Jack, this is a once-in-a-lifetime chance! "「いいかい、ジャック、こりゃまたとないチャンスだぜ」...映画でこのようなセリフがよく使われます。

 once-in-a-lifetime chance は、直訳すると「一生に一度きりの機会」ですね。chance の代わりに opportunity(オポチュニティ)と言うこともできます。

 a once-in-a-lifetime meeting(一生に一度の出会い)は、茶道における「一期一会」に通じるかも。ご存知の通り、この理念は「茶会に臨む際には、その機会は一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」と、千利休の弟子・宗二の「山上宗二記」に基づくものです。

 " Now or never."「今をおいて他はない」。私があえて座右の銘にしている言葉ですが、実際はなかなかこうはいきません。怠(なま)け者の私はつい " Put off till tomorrow what you cannot do today."(今日できないことは明日にのばせ)なものですから。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)