「光の贈り物」「読者の思いライトアップ」...先月30日の本紙に、このような見出しの記事が載りました。美術家・高橋匡太(きょうた)さんの作品で、RAF(リボーンアート・フェスティバル)の夏期開催中に石ノ森萬画館の白い外壁をライトアップするとのこと。

 三陸河北新報社はRAF事務局とコラボレーションし、読者から色とエピソードを募集。当日のライトアップカラーとエピソードを紙面で紹介するという企画です。コロナ禍により、昨年に続き夏の風物詩「川開き祭り」が中止に追い込まれる中にあって、一筋の光明となる素晴らしいプロジェクトだと思います。

 さて、この「コラボレーション」という長い言葉、「コラボ」としてすっかりお馴染(なじ)みになりましたが、語の成り立ちを調べてみると、以外と面白いことが分かります。

 「コラボレーション」は英語の collaboration(名詞)に由来し、動詞は collaborate。co- は「一緒に」、labor はご存知「労働」で、collaborate は「一緒に働く」を指します。したがって、collaboration は「共同制作」「共同研究」などという和訳が与えられています。

 「働く/働き」と聞くと work さらには job という語を思い浮かべますが、それぞれどのような違いがあるのでしょう。

 まず、work は広い意味でやるべき「仕事」さらには「芸術作品」を意味し、job は具体的な1つの仕事で「職業」と和訳されます。それに対して labor はどちらかというと「苦しい仕事」、Concise Oxford Dictionary によれば ' work, especially hard physical work '(特に体を使うハードな仕事)とあり、「労働」という訳語がふさわしい場合が多いです。

 美術家の高橋氏および関係者の皆さんにとっては、力を合わせて「思い」をカタチにする work ではないでしょうか。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

俳句(7/25掲載)

【石母田星人 選】

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向日葵や空に何かを叫びをり   東松島市矢本/雫石昭一

【評】生命力の象徴のような向日葵。いつの世でも夏の真ん中に咲いている。この句、その向日葵が叫び声を上げたわけではない。この叫びは、自らの記憶の中から聞こえてきたもの。作者は幼い頃にグラマンの音を聞いている。その音の延長には、機銃掃射があり空爆があった。あの飛行音の記憶には向日葵が咲いていたのだろう。作者は夏になるとこのように、命からがら逃げた記憶を作品にしてくれる。頭が下がる。

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風さわぐ朴の葉裏の白さかな   石巻市小船越/三浦ときわ

【評】夏の山道でこの場面に出合ったことがある。表を向いていた緑の朴の葉が風に吹かれて一瞬でみな裏返しになった。白い葉裏が現れて目前に明るい壁ができたようだった。下五の詠嘆でその驚きを表現。

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トリアージてふ言葉の過る草むしり   石巻市丸井戸/水上孝子

【評】トリアージは、緊急時に治療・処置する優先順位のこと。草むしりのさなかこの言葉がよぎった。土の匂いと疲労感があの日を思い出させたのだろう。

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白靴の一段飛ばしに追ひ越され   石巻市桃生町/西條弘子

【評】軽やかで涼しげな白靴が追い越して行った。それもこんな急な石段を一段飛ばしで駆け上がって、もう姿も見えない。白靴の主を想像させて面白い。

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俳諧の外れに生きて銀河かな   石巻市駅前北通り/小野正雄

教会の残響にゐる涼しさよ   東松島市新東名/板垣美樹

諦めぬ十年梅雨の浜掻かる   石巻市広渕/鹿野勝幸

鳥居なき社より海薄暑光   石巻市開北/星ゆき

晩学の行末ほのと夕溽暑   東松島市矢本/紺野透光

御所浦に土用鰻を釣る翁   石巻市吉野町/伊藤春夫

熱帯魚覗く児またも欠伸する   石巻市小船越/芳賀正利

能舞台ありあをあをと今年竹   石巻市相野谷/山崎正子

雨上り蟻に括れや艶めきて   石巻市中里/川下光子

透き通る京の葛切つるつると   仙台市青葉区/狩野好子

オムレツの焼かれて光る外は梅雨   石巻市蛇田/石の森市朗

老鶯のこだま届きぬ墓苑かな   石巻市南中里/中山文

朝凪や欠伸を誘ふ浪の音   石巻市門脇/佐々木一夫

助手席の窓から足の三尺寝   石巻市流留/大槻洋子

八朔の割く指先に香り立つ   東松島市矢本/菅原れい子

みどりごの視線の先や夏来たる   石巻市桃生町/佐藤国代

川柳(7/25掲載)

【水戸一志 選】

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炎天下さらに無言の遺構かな   多賀城市八幡/佐藤久嘉

【評】酷熱の日中に3・11震災遺構と向き合う。あの日の非劇をまざまざと浮かび上がらせる「物の証人」は、当然無言。だからこそ伝わるものがあるのだが、じっとたたずむ炎天下では、それが一層明瞭になる。俳句の季語に人間を語らせて見事。

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身をひねり燕は吾をさけていく   石巻市桃生町/高橋冠

換気扇きょうのメニューを喋ってる   東松島市矢本/菅原れい子

炎天下満を持しての百日紅   仙台市青葉区/鈴木邦雄

こんなにも待ち望まれる注射とは   石巻市蛇田/佐藤久子

知の巨人 永久の世界へ取材ゆく   石巻市桃生町/佐藤俊幸

チャンネルをかえても総理のお題目   石巻市築山/飯田駄骨

日の本の今こそ見せよ底力   石巻市開北/安住和利

コラム:梅雨に想う

 先週の金曜日、東北地方が梅雨明けしたと気象庁が発表。振り返れば、今年はこの時期の雨の苛酷な仕打ちに多くの人が泣きました。特に、今月3日に静岡県熱海市伊豆山で発生した大規模な土石流は甚大な被害を及ぼし、今なお捜索活動が続いています。

 私たち日本人にとって、雨は田畑を潤す恵みであると同時に急峻な地形を一気に流れ落ち洪水を引き起こすという、吉と凶の二面性をもっている存在です。一方、英語圏では雨( rain )にまつわる様々な表現があります。その一部を紹介しましょう。

 まず、一風変わった表現があります。

It rains cats and dogs.
猫と犬の雨が降る

これは「雨が激しく降る」「土砂降りだ」という意味の慣用句。起源については諸説ありますが、「猫は雨を降らし、犬は風を起こす」という北欧の伝説に由来するという説が有力なようです。(『英米故事伝説辞典』冨山房)

 さらに-。映画「マイ・フェアレディ」(アメリカ、1964年)の中に「スペインの雨」というシーンがあります。オードリー・ヘプバーン扮する下町生まれの花売り娘イライザの粗野な言葉遣いを矯正しようと、言語学者・ヒギンズ教授が彼女に課すのが次の文です。

Rain in Spain stays mainly in the plain.
スペインの雨は主に平野に降る

コックニーと呼ばれる下町言葉では[éi]を[ái]と発音するため、イライザは rain を「ライン」、Spain を「スパイン」、stays を「スタイズ」などと発音。しかし、涙ぐましい練習の末、ある夜更けに突然「レイン イン スペイン ステイズ メインリー イン ザ プレイン」と正しく発音し、教授を驚かせ、二人は共に喜び踊ります。

 私の場合、これまで英語を学んできて、「雨」と言えば真っ先に以上の2つが浮かんでくるのです。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

短歌(7/18掲載)

【斉藤 梢 選】

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わが名呼ぶ母の声なき十幾年されど聞きおりこえ無きこえを   石巻市駅前北通り/庄司邦生

【評】声の記憶が作者の生を支えているのだろう。名前を呼ぶ母の声が今も聞こえるという内容の一首には、母への深い思いがある。「わが名呼ぶ母の声」を聞くことがなくなってから「十幾年」の年月が流れた。しかし、作者の心の中には、今も聞こえている「母の声」がある。面影の記憶と声の記憶によって、その人の存在をいきいきと感じることができるのでは。四句目の「されど聞きおり」には、聞こえるはずが無い声を引き寄せて聞く、という思いの強さが表現されている。作者にだけ聞こえる母の声は、きっと温かい。

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踏み台を直してくれと言われしこと母の齢(よわい)となりて気付きぬ   石巻市桃生町/三浦多喜夫

【評】あの時の母と同じ年齢になって、ようやく気付くことができたと、作者は詠む。しみじみと、ああそうだったのかと思いつつ、それを母に伝えることはできない。日常にあるささやかな会話を、母からのお願い事を、今思い出す。この一首は、母への言葉であろう。短歌は、時にはこのように伝えたい言葉を残す。

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磯の辺はいまだに寒く砂利の上ぢかに広げしひじきが匂ふ   女川町/阿部重夫

【評】国産のひじきはとても貴重。砂利の上に広げられているひじきに目がとまる。「ぢかに」は、「磯の辺」ならではの光景。この一首はおそらく春の作だろう。「匂ふ」と表現したことでひじきの存在感が際立つ。

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あいまいな記憶ばかりのジレンマは老いとコロナのわなかもしれず   石巻市流留/大槻洋子

【評】確かな記憶ではなく、「あいまいな記憶」が多い日々に陥る「ジレンマ」。あれこれと記憶を辿る作者。心情を表す「わな」という捉え方が独特。コロナ禍にあって、何かがじわじわと鈍っているのかもしれない。

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魚夫たりしひと世を歌に詰め込めばひとり善がりに喜びの湧く   石巻市駅前北通り/津田調作

億年の時と流れる最上川芭蕉も愛でておしんも泣いて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

刈られたる一メートルに雑草(くさ)一寸いのちを形にまた生き始む   石巻市開北/星ゆき

気にせずに生きてみたとていずいだけ目一杯の気を私は使う   石巻市桃生町/佐藤俊幸

能登の冬波とどろきて砕け散る間垣の宿の寝れぬ一夜   石巻市蛇田/菅野勇

彦星も余白無きほど短冊に天の川での逢瀬を願う   東松島市矢本/高平但

無視という礫の痛さ雀の子いたわるごとくチュンチュンチュンと   東松島市野蒜/山崎清美

要人をまねて拳と肘鉄で挨拶交わし目で爆笑す   東松島市赤井/佐々木スヅ子

小夜ふけて窓に映りし梅雨の月中天高く鈍くかがやく   石巻市三ツ股/浮津文好

この夏に世界一周夢を見る先ずは地球儀ぐるっと回す   石巻市桃生町/高橋冠

一度目のワクチン接種終えし今コロナと距離は離れた気分   東松島市矢本/奥田和衛

コロナ禍で一年ちょっと会わぬ間に幼い孫は乙女になりぬ   石巻市中里/大谷キク

ぽつぽつと飛ばして聞いて眠りゆく深夜放送は私の眠剤   石巻市羽黒町/松村千枝子

ブルーインパルス大空広くハート形神の領域ハートに祈る   石巻市渡波町/小林照子

川柳(7/18掲載)

【水戸一志 選】

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マスク2枚よりも遅いぞ接種2回   東松島市あおい/添田潤

【評】もう忘れかけていたが、アベノマスクが届いたのも確かに遅かった。それよりもワクチン。64歳以下の層に接種する分量が十分確保できないのだという。2枚と2回、どっちもひどいが、より怠慢なのは後者という句だ。ゴロの悪さは許容範囲。

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自粛飛ぶ投打アピール大谷ショー   石巻市桃生町/忖度放恣

朝起きてウイルスを出す窓全開   石巻市新栄/堀内ひろ子

甘い汁吸った官僚苦い汁   石巻市蛇田/大山美耶紀

認めない ひたいが広くなっただけ   石巻市湊/小野寺徳寿

靴底に運を逃がした跡がある   東松島市矢本/畑山講也

接種済み傘寿の夏を楽しもう   石巻市北上町/那須野六男

無観客セミの歓声一段と   石巻市あゆみ野/日野信吾

コラム:エビデンス

 COVID-19の報道で感染症を研究している先生方がテレビに出演、それぞれ専門の立場から見解を示しています。その内容を十分に理解しないまま番組を視聴してきましたが、先生たちが口にするカタカナ語はなぜか記憶に残り、慣れ親しむようになっています。皆さんはどうでしょうか?

 たとえば「クラスター」や「エッセンシャル・ワーカー」など、そしてよく耳にするのが「エビデンス」です。この言葉は「証拠」や「根拠」を意味する英語の evidence で、けっこう難易度が高い単語に属します。私などは大学入試の受験勉強で必死に覚えたものです。

 ところで、この語が成り立ちの上で「ビデオ」と密接な関係があることをご存じでしょうか? 「成り立ち」とは語源のことです。evidence は 「e-」+「vidence」と分解できます。e- はラテン語の ex- で「外に」、vid は vision や video などの語のルーツで「見える」、evidence は「外に見えている」ということから、「証拠」などという日本語訳になるのです。

 そもそも「証(あかし)」は「明かす=暗いところを明るくする」(広辞苑第七版)から生まれ、「外に出して見えるようにする」ことに繋(つな)がっています。まさに「白日のもとにさらす」ということでしょう。

 「論より証拠」。あれこれ論じるよりも証拠を示すことで物事は明らかになる...学者先生のみならず私たちも「エビデンス」にこだわります。

 最後に、この「論より証拠」に相当する英語の諺(ことわざ)を紹介しましょう。

The proof of the pudding is in the eating.
食べることでプディングの味は証明できる
→プディングの味は食べてみないと分からない

 多くの人に災(わざわ)いをもたらすコロナ。確かなエビデンスに基づく一日も早い収束を祈らずにはいられません。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

俳句(7/11掲載)

【石母田星人 選】

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老鶯に蔵王の峰の高すぎる   東松島市矢本/紺野透光

【評】老鶯は夏の鶯のこと。名前に「老」とあるが実際はよく鳴いて衰えなどない。春の間、人里近くの平地にいた鶯たちは山地に移って営巣する。その声は辺りの山河の空気を震わせるほど張りがあり、老いの印象には程遠い。この句の夏鳥も驚くほど元気な声で鳴いている。もしかすると隣の山形県まで届きそうな声だ。しかし残念ながら蔵王の峰は高すぎる。

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炎昼やパントマイムの鞄浮く   東松島市新東名/板垣美樹

【評】持っていた鞄が重くなったり軽くなったり、果ては空中に浮いて飛んでいこうとする。鞄が意思をもっているように見えるパフォーマンスだ。不思議なパントマイムの世界に酔いしれている作者。屋外での大道芸のショーだろうか。季語の炎昼がぴったりだ。

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新じやがの確と応ふる指の先   石巻市広渕/鹿野勝幸

【評】新じゃがを収穫するタイミングや方法は長年培ったものがあるのだろう。中七下五の「確と応ふる指の先」はプロならではの表現。いい手応えなのだ。

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川鰻焼く香が路地を塞ぎけり   石巻市相野谷/山崎正子

【評】路地を塞がれてしまったのに、困った感じは全くない。むしろこの路地に入ってから、歩く速度を緩めたくらいだ。川鰻焼く香を楽しんでいるのだ。

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六月のプラットホームに銀河ゆき   石巻市小船越/芳賀正利

沖縄忌叔父の名もある宮城之塔   石巻市蛇田/高橋牛歩

頼りない疎らな松に蝉の声   多賀城市八幡/佐藤久嘉

雲の峰かすめて描く曲飛行   東松島市矢本/雫石昭一

梅雨晴や渡舟傾け聖火乗る   石巻市蛇田/石の森市朗

花あざみ婿取り娘は横座にて   石巻市開北/星ゆき

幼子の薄毛を揺らす団扇かな   仙台市青葉区/狩野好子

蛍火やぽつりぽつりと八十路坂   石巻市門脇/佐々木一夫

卯の花腐し電信音の話し中   石巻市中里/川下光子

繕ひの針の滑りや梅雨湿り   石巻市丸井戸/水上孝子

流れゆく草の速さにボート漕ぐ   石巻市吉野町/伊藤春夫

新緑の水面静かに櫓漕ぎ舟   石巻市元倉/小山英智

朝顔が起床ラッパの顔で咲き   東松島市矢本/菅原れい子

下水道の土掘る音や梅雨合間   石巻市南中里/中山文

麦秋やさやさや揺れて黄金打つ   石巻市桃生町/高橋冠

てきぱきと足場撤去の入梅かな   石巻市流留/大槻洋子

川柳(7/11掲載)

【水戸一志 選】

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家飲みの何か足りない気分かな   石巻市向陽町/佐藤功

【評】そこら中の善良な呑兵衛の気持ちを代弁したような独り言。コロナの感染防止で飲食店での飲酒が目の敵になり、おとなしく家飲みを続けている。しかし、物足りない。何がと問われてもいわく言い難し。川柳好きの怖いもの見たさとしようか。

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なんでだろうマー君投げて点取らぬ   石巻市大街道/岩出幹夫

赤木さんこの指止まる人はなく   東松島市大塩/小野よし

お風呂場を夏至の夕陽に覗かれる   石巻市桃生町/高橋冠

おさげの娘古希を迎えて銀の髪   石巻市蛇田/佐藤ちこ

老いの道入り口あれど出口なし   石巻市桃生町/佐藤俊幸

もういいかい返事をしないコロナ明け   石巻市垂水町/かとれあ

黙々と唯もくもくと箸の宴   石巻市蛇田/梅村正司

 東京オリンピック開会式まで残すところ15日となりました。大会組織委員会も不測の事態に備えて国民にさまざまな呼び掛けをしています。

 その一つが「直行直帰」。これはビジネス用語で「直に訪問先へ出向き、帰りもそのまま自宅へ帰ること」を意味します。

 これを英語で表すとすると、例えば次のように。
" go straight ( directly ) and return straight ( directly ) "

 「家から直行直帰でその会社に行きます」は、
" I'll go straight from my home to that office, and return straight home. "

 「直行直帰」と漢字4文字で表せる日本語の便利さを痛感させられます。この他にも東京オリパラやCOVID-19をめぐり「4文字熟語」を思わせる言葉がすっかりお馴染(なじ)みになりました。その代表格は「不要不急」。これは昨年の2月に当コラムでとりあげましたが、ちょっと振り返ってみましょう。

 「不要」は nonessential( non=不、essential=重要な)、「不急」は non-urgent( non+urgent=緊急な)で、これを合わせると nonessential and nonurgent となります。発音すると4~5秒かかりますが、「不要不急」は2秒で済む。便利な言葉を考えたものですね。ちなみに、広辞苑(第7版)によれば「不要」は明治期の造語だそうです。

 さらに耳にタコができるほど聞かされているのが菅首相の「安心安全」。「安心な」は英語で safe、「安全な」は secure なので safe and secure としてしまいそうですが、よく考えてみると、この2つの語は別個なものではなく、「安全だから安心」ということでしょう。別な言い方をすれば「安全」は客観的で「安心」は主観的・精神的なものです。

 いずれにせよ、菅首相の答弁を JapanTimes紙はこう英訳しています。
... the games will go on in " a safe and secure" way.

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)